元魔女の妻2
元魔女の妻2
目の前で女が吠える。犬のように激しく、狼のごとく荒々しく、狐のように狡賢く。
人間、取り分け君主や王様といった類いの人間には、そういった動物のような生き様が必要であると
外界から流れてきた書物には書かれていたが、その点から言えば目の前の女は合格点に達していただろう。
ただ闇雲に怒りを発散せずに、凄む。
そういった技術を持つ「人種」は、この幻想郷では限られている。
悪党か、チンピラか、はたまた下衆か、いずれにせよ、その手の人物に対しては
単純な人物では手に余ることが多い。
特に自分の夫のような汚れていない好人物なんぞは、カモにされることが落ちである。
○○は自分に目の前の女の相手をさせまいと、勿論自分の不始末から始まったこともあるのだろうが、
必死に女の攻勢を防いでいる。
しかし女もさるもの、同情心と掻き立たせて半歩下がらせれば、弱味に付け込んで一歩食い込んでくる。
そして正論をぶちかまして二歩踏み込めば、スルリと軒先から母屋に入ってくる。
自分と○○の間、他の誰も存在を許さないその場所に土足で入り込み、
あまつさえ自分に無い子供を梃子にして関係を崩そうとするあの女。
ああ、××したい。妄想の中で女が頭が弾け飛ぶ。
×を引きちぎって、腹を××て、柔らかい布で不相応にも白い粉を塗した×をじっくり、じっくりと×めてやりたくなる。
自分の胸に隠した八卦炉がドクンと動いたような気がした。
「紅魔館は手伝うとのことです。」
お茶のお替りを持って来た婆やが、手紙の返事が届いたのを小声で教えてくれた。
遂に、これで最後の網が掛かった。昔のように異変を解決しなくなったとはいえ、
唯の人間相手ならばいくらでも暴れられる自信はあるのだが、かといって暴れた後の始末というものがある。
これが妖怪ならば退治したとでも言ってしまえば、大抵のことは不問にされるのであるが、里の人間となればそうはいかない。
あくまでも合法的にやるか、それともコッソリと裏で始末を付けるか。
永遠亭に女を持ち込んで外界の技術を使えって診断をすれば、いくらでもあの女の嘘は暴ける自信はあるのだが、
それでは自分の怒りが収まらない。第一、あんな薄汚い女にこれ以上自分の○○が汚されることなんて我慢が出来ない。
普段の弾幕ごっことは違う、人生を賭けた本当の争い。異変に明け暮れていた昔は経験したことがなかった感覚。
全身の皮膚が張り詰め、吸った息が肺の隅々まで行き渡り、神経が研ぎ澄まされる感覚。
全身をアドレナリンが駆け巡り、頭に存在する理性から良識だけを溶かしていく。
相手がライオンの獰猛さと狐のずる賢さを持つのであれば、それを狙うは狩人の仕事である。
野生の目から身を隠して、相手の牙が届かない場所から致命的な一撃を放つ。
この女は、コッソリと裏で始末を付けてやろうと、そう思った。
土下座する○○の頭を上げさせて、その膝の上に乗る。
てっきり罵倒されると思っていたのであろうが、狼狽えて自分の体から腰を離そうとする○○。かわいい。
思った通りの反応をする○○の頭を押さえ、そのまま自分の首筋に押しつける。
一層強い反応を見せる○○の体。自分しか知らない、そして自分としか一緒になれない体。
魔女の秘薬で作り変えられたその肉体は、もう元には戻らない。
永遠亭でオペでもすればどうにかなるのかもしれないが、しない、させない、知らせない。
というか、知らせた奴は潰す。私の○○への愛は曲がり、捻れ、歪み、それ故に純粋であった。
○○にとっては私しかおらず、私にとっても過去、現在、未来、全てを通して○○しかいない。
閉じた世界、だけれども幸せな世界。
自分の伴侶の寿命に悩む妖怪にはたどり着けない、一瞬の、しかし二人にとっては全てを埋め尽くす
という意味では永遠の世界。他の誰にも邪魔をさせない二人の関係、特にあの女には。絶対に。
夜になり、こっそりと家を抜け出る。
私があれだけ啖呵を切ったものだから、○○は短気な私が、と言っても私がそうなるのは
○○絡みだけだというのは本人は気づいていないのであるが、闇討ちでもするのではないかと
随分と心配をしていたのだが、私が布団に入るとその不安を消したようであった。
ああ、○○が私の心配をしてくれるというのが嬉しい、そしてそんなに私に気を掛けてくれる○○が愛おしくなる。
でも残念。あなたの妻は、とっくの昔に愛で異常になってしまっているのだ。
昔使っていた箒を取り出して魔法を掛ける。便利な魔法は埃が被るに任せていた箒を完全に綺麗にしていた。
箒に魔力を通して飛行前のチェックをする。服だけは昔の服ではなく、霧雨屋謹製のものであるが、
そこまで準備をすると○○に気づかれてしまうので、諦めるしかない。
いや、これはこれ使えるだろうと考え直し、箒に跨がり夜の幻想郷に飛び出した。
空中で箒を片手で掴みつつ、空いた手で魔方陣を空中に描く。
初歩的な探知の魔法であるが、魔女同士の遣り取りにはよく使われるものである。
昔によく見た魔力のサインの方向に十分程飛んで行き、周りに余計な人が居ない事を確認して降りれば、そこが目的地である。
そこには男と女が縛られていた。こうも後ろ手に縛られては、特殊な縄抜けの技術でもあるか、
関節が柔らかい人物でもないと抜け出すことは出来ないであろう。
そして二人は何十回目かになるであろう指先と手首の柔軟運動に取り組んでいるようであったが、
顔が苦痛に滲むところを見る分には今回も骨折り損のくたびれもうけのようであった。
見知らぬ人物が、それも空中から飛び込んで来たような人外が乱入したことで、
二人は助けが来たかと助けを求める声を張り上げたが、私の服を見て、
余計に立場が悪化したことを思い知ったのか、一転罵声を飛ばしてきた。
興奮して縛られたまま転がりながら逃げだそうとする二人を、咲夜が蹴り飛ばす。
魔力で安全靴よりも強化された革靴は、一度ずつ綺麗に二人の胸に吸い込まれた。
周囲に魔力の灯りを灯しつつ、器用に自分の顔だけを薄暗くするという演出をしている
パチュリーに手を上げて挨拶をし、
そのまま二人にゆっくりと近づいて笑顔を見せつけてやる。
女の方から唾が飛んできたので箒で顔を掃除してやると、それまで綺麗だった顔に土のパックが施された。
「良かったな、外界では泥パックが流行っているらしいぜ。」
「うるさい!クソ野郎!」
目に涙を浮かべつつも、罵倒に余念がない。
「へえ、まあ、美人局をする奴にはお似合いの格好だぜ。」
「私のお腹には赤ん坊がいるんだよ!外道!」
「は?○○が私以外とする訳ないだろう?」
腹が立ったので、張り手を追加しておく。しまった、手が汚れてしまった。咲夜のように足ですれば良かった。
一方で、直情的な女に任せていたのでは、埒が開かないと考えたのだろうか、男の方が口を開く。
「おいおい、霧雨の一人娘ともあろうモンが、こんなことしていて良いのかい?
これはどう、落とし前を付けてもらればいいんだい?!」
自分が縛られているのに、大胆不敵な態度。何も知らない里の一般人相手ならばこれで怯むのかもしれない。
「○○への美人局の分、しっかりと払ってもらうぜ。」
「馬鹿いうんじゃねーぞ!俺の後ろに誰がついているか分かっているんだろうな!」
「へえ、誰?」
「俺の後ろは岩の親分がついてるんだよ!おめえら、後で覚えとけよ!」
「ぷっ、ハハハ!」
思わず笑ってしまう。
よりによって、二人の情報を仕入れた二つ岩マミゾウの名前が出てくるのは、最早ジョークにしかならない。
「お前、
マミゾウから借金してるだろ、しかも延滞中。」
「なあ、嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。これ以上したら取り返しが付かないぞ。
霧雨家がこんな連中と付き合っていると知られたら、親父さんの名前に傷がつくぞ。
親父さん悲しむぞ。なあ、考え直すんだ。こんな化け物一家と、ブベッ!」
彼方が駄目なら此方というばかりに男の方は説得を続けてくるが。咲夜の足によって中断される。
十中八九、
レミリアが貶されたことが原因であろう。
「それじゃあ、もう、良いでしょう。」
「いいぜ。」
いい加減うんざりしたのか、咲夜が二人を紅魔館に運んでいくことを提案したので、賛成する。
「助けてくれ~!!吸血鬼に殺される~!!」
自分の命がいよいよ危ないと知ったのか、大声を上げる二人に言っておく。
「あのなあ、こんな時間にこんな森の外れに、助けてくれなんて言って来るような奴なんて居る訳ないだろう?」
「うるせえ!お前も人殺しだ!」
「吸血鬼に殺されるなんてわめいた声が聞かれても、向こうに博が付くだけだぜ。残念だったな。」
感想
最終更新:2019年02月09日 21:23