切り裂きジャック前日談
白玉楼の一室、そこで僕は妖夢と向かい合っていた。
最近巷で世間を騒がせている、連続殺人事件。
遊女の女性ばかりが被害者となっているその事件は、誰も犯人の姿を見たことがなく噂ばかりが飛び交っていた。
村の方でも稗田家や上白沢先生が対処しているようなのだが、犯人は一向に捕まらない。
業を煮やした自分としては、何かできることはないかとこうして回っている次第であった。
「事件を追うのをやめろとはどういうことだ。」
「それはそのままのことですよ、○○さん。」
机を挟んで向かい合った先で彼女はそう言う。
正座をして背筋を伸ばしている彼女は、とても嘘を言っているようには思えない。
「この事件は○○さんが追うにはあまりにも危険すぎます。そういうことは他の人にやらせておけばいいのですよ。」
正義感が強い彼女にしては、おかしなことを言う。
これではまるで彼女が犯人を知っているようではないか。それに普段の彼女ならば、
犯人を見逃せなんていうことは到底言うはずがない。
「一体どうしてだ妖夢。いつもらしくないじゃないか。」
こちらからそう反論しても彼女は頑なであった。
「ですからこの○○さんの手に余るということです。」
「俺では力不足ということか。」
「もちろんです。」
辛辣な宣告をする彼女であるが、ここで引く訳にはいかない。
「そうまで言うことは、犯人の目星がついてるんだろう。教えてくれよ。」
一瞬たじろぐ彼女。やはり嘘がつけない性格なのだろう。
「その反応を見るに、妖夢自身が犯人じゃないんだろう。ならいいじゃないか。」
彼女の隙を突いて畳み掛けておく。
こうでもして押し切っていかないと、この難事件は解決できそうもない。
優しい彼女に負担を掛けているという負い目はあったが、敢えて心を鬼にして問い詰める。
「なあ、いったいどこなんだ?人里にいるのか、はぐれの妖怪か、それとも山にいるのか?」
思いつくことを手当たり次第に上げていく。きっとその先に犯人がいると思いながら。
「分かりました○○さん…。」
諦めたような彼女。そしてしつこく念押しをしてくる。
「どうしても諦めないのですね。」
「勿論だ。」
「どうしても…どうしてもですか?」
「くどい。」
一刀両断で切り捨てる。ついに真実を見つけることができるのだと、そう愚かにも確信した。
「ならば…」
バン、と音が立つ。
正座をしていた彼女がいきなり跳ね上がり机に手をついたかと思うと、自分の左腿へ冷たい感触が通っていた。
背骨の中を電気信号が暴れ回る。ビリビリとした感触と共に左足の服がゆっくりと赤く染まっていき、
そこでようやく彼女に切られたことが分かった。
「あ、あ、あ…うわあああ!」
足を抱えて畳の上でもがく。なぜ彼女に斬られたのか分からなくて、とにかく足が痛くて、
何も考えられずにひたすら足を押さえて言葉にならない声を出していた。
「動かないで下さい。」
そう言って彼女が止血をしてくる。憎悪もなく興奮もなく、ただただ、冷たい目をしていた。
「どうして…。」
疑問が流れる血と一緒に漏れだす。少なくとも彼女は犯人じゃない。
それくらいのことがわかる程度には、彼女のことを知ってるつもりだ。
「この事件は○○さんの手には負えないものです。これ以上聞き込みを続けたならば、きっと犯人の耳に入るでしょう。
そうすると○○さんは殺されるかもしれません。」
恐ろしいことを淡々と言う彼女。しかしそれにしては論理が飛躍しすぎている。
「なんで斬っ、ッウ!」
痛みによって言葉が途切れ途切れになる。 一方彼女は黙々と手当てをしている。しばらくの間、沈黙が流れた。
「愛、です…。」
思いもよらない単語が聞こえる。
「私は○○さんを愛していましたから、ですからこれ以上行かせるわけには…。」
驚いた。そんなにも妖夢が自分を愛していたことに。そしてそれゆえに斬ったことに。
「こうなっては、外に行っていただくわけにはいきません。ですから二度と立てないように…。」
きっと、自分が立つには彼女の支えがいるのだろう。死なない程度に、然りとて立てなくなる程度に調整するのは、
達人の彼女にとっては容易なのだろう。
「大丈夫です。私がいつでもそばにいますから。」
そう話す彼女は冷静であり、それ故にそこが恐ろしかった。
感想
最終更新:2018年03月27日 23:46