深淵に潜むモノ2の続きとなります

深淵に潜むモノ3




 深淵に潜むモノ3

 元は白色だった障子に長年の劣化で色が付き少し黄色みがついた襖の向こうに、
私は確かに何かがいることを確信していた。
生まれてから二十年程この方、二十一世紀に生きている人間としては、
世間一般人と同じ程度には科学万能主義にかぶれていたのだが、そのある種の信仰にもなっていたそれが、
目の前でばらばらと崩れていくことが感じられていた。
緊張の余りに何度か瞬きをする。
次の瞬間に、僕の目の前に彼女達はいた。
女性と言うには余りにも幼すぎる二人の少女。
しかし彼女達が見た目通りの非力な存在であるとは、私には到底考えることができなかった。
「初めまして○○さん。」
姉だろうか?やや身長が高いピンク色の服を着た少女の方が私に話しかけてくる。
音も無く、襖が動くことも無く瞬間的に現れるという、人知を越えた目の前の存在に
私は恐怖を感じながらも精一杯の虚勢を張り、二人に向き合う。
「君たちは一体何者なんだ?この家の親戚か何かなのか?」
言外に圧力を掛けつつ少女に話す。ピンクの少女が答えた。
「いいえ、そうではありません。私達は○○さんを迎えに来ましたので。」
「迎える?一体何の話しなんだ?」
「**さんと同じ様に幻想郷へ連れて行くって話しだよ。」
妹の方だろうか、緑色の服をきた少女が答える。**の名前が出た瞬間に、私の意識は沸騰していた。
「**がどこに居るんだ!」
「幻想郷だよ?」
相変わらずに私の知らない場所を言う少女。
「だからそれは何処なんだ?聞いたことが無いぞそんな場所。」
「幻想郷とは忘れ去られた者が行き着く場所。今の日本とは違う場所です。」
「だからどこの田舎なんだ?東北か?それとも四国の山の中か?」
「いいえ○○さん。幻想郷はこの世界ではないのです。いわば異世界といった方がいいでしょう。」
自分の理解ができない事を告げられ、私は混乱してしまっていた。固まってしまった私に少女は話しを続ける。
「私達の様な現代の外界で存在できない者達が集まる場所、そこに○○さんをご案内致します。
 **さんも地霊殿におりますので、お会いになれますよ。**さんも会いたがっておられましたし。」

 少女の話を聞いているうちに、私の頭の中で一本の線が弾けた。
そうだ、この女どもはきっと近所の悪ガキなんだ、悪戯か泥棒のために留守の家に忍び込んで、
自分に見つかったので適当な嘘を付いて誤魔化そうとしているに違いない、
そうだ、きっとそうに違いない、そんな異世界なんて有るはずがないのだから!!
自分を震い立たせる怒りに燃えて少女の襟首を掴む。
見た目よりも遙かに軽い少女は、さほど運動していない自分でも軽々と持ち上げることができた。
「いい加減にしろ!お前らが留守の家に勝手に入っていることは分かってんだよ!
そういうのは泥棒って言うんだよ!とっとと出て行けこの野郎!」
口から唾を飛ばす勢いで怒鳴るが、目の前の少女は何処吹く風といった様子。
荒い息をつく私にニヤリと笑いかけてきた。
丁寧に私の指を引きはがしていく彼女。
まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりとそっと一本一本の指を外していく。
まるで私の力など込められていないかのように。
「○○さん、信じていませんね。まあ、別に良いんですけれどね。それでもやっぱり私としては、
勝手ですけれどもちょっとは信じて欲しいなぁなんて思う訳なんですよ。ええ本当に。
だって、好きな人には自分のことをやっぱり信じて欲しいじゃないですか。」

どさり、と私は尻餅をついていた。
怒りに我を忘れていた私を軽々とあしらい、まるで赤子の手を捻るが如く対処するその姿に
先程まで感じていた怒りは消え去り、代わりに全身を恐怖が支配していた。
生存本能が背中を駆け巡り脳で暴れ回る。手と足が考えるよりも早く、自分の体を動かしていた。
 障子を破れんばかりに掴み、思いっきり横に動かす。
ガラガラと音を立てて動いた障子の奥に見える、曇りガラスのアルミサッシに飛びつくように手を掛けた。
思いっきりの力を込めて横に引く。動かない!ピクリとも、一センチとも窓は動かない、
この窓の外には今までの日常が広がっていた筈なのに、今この部屋は悪夢に支配されていた。
ポケットを探り、一番最初に見つかった財布を握りしめ、窓ガラスを割るように財布をガラスにぶつけた。
鈍い音が響くが、窓は割れる様子がない。ヒビ一つ入らない窓を見て、私の額に汗が流れた。
「○○さん。そろそろ諦めて頂けるとありがたいのですが。世の中には徒労という言葉もありますし。
この家の人は無駄な努力が好きな様でしたが。」
後ろから声が聞こえてくる。
誰もいない家、直前まで世話のされていたプランター、固く閉ざされた部屋。
悪い推理が私の頭に浮かんだ。
「お前-まさか-!」
「その、まさかですよ。」
一メートルは距離が空いていた筈なのに、映画のコマ送りのように、一瞬の後には彼女は私を抱きしめていた。
力を込めて引きはがそうとするが、少しも空間が開かない。私を捕まえているという余裕なのか、蕩々と説明を彼女は続
ける。
「駄目ですよ、○○さん。私から離れるなんて…。まあ実際にやったのはこいしの方ですけれどね。何でしたっけ、
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえってやつですよ。」
「そうか…なら、好きにしてくれ。」
全身の力を抜き降参の意思を示した。
「うふふ○○さん。大好き。」
自分を抱きしめる彼女。すっかり気が抜けている彼女の頭に携帯を全力で叩き込んだ。
ゴン、と重い音がする。彼女の様子を確かめることもなく、そのままボタンを操作して緊急通報をする。
「もしもし一一〇ですか!今友達の**の家にいるんですが、家族の人が居なくって、その家族を殺したっていう侵
入者が二人いて、住所は-」
ドアを開けようとして電話を掛けつつノブを回すが、一向に扉が開かない。
後ろから殺気が降りかかり、手に持っていた携帯が柱に包丁によって磔になっていた。
「無駄だよ。この部屋には結界が張ってあるから、お兄さんは出れないよ。」
にこやかに妹の方が言う。
ゆらりと立ち上がる姉を見る分には、どうなってもいい積りで殴った割りには勢いが甘かったようである。
二人を牽制するために大声で叫ぶ。
「そうか、だがこれ以上は無駄だ!警察には既に通報してあるからな!」
「住所を言う前に携帯を壊されてしまった。どうしよう、逆探知までには時間が掛かるからな…ですか。」
私の心を読んだかのようにピッタリと言い当てる彼女。
額から流れる血よりも、彼女の目の方が私には怖かった。
ドス黒く澱みきった目。裏切りに激怒し、破壊を湛えた目。
自分がやったこととはいえ、私は身勝手にも少々後悔すらしてしまっていた。
「ああ残念です。○○さん。あなたは裏切らないと思っていたのに、あなただけはそう思っていたのに、とっても私は残念です。」
ーあーお姉ちゃんスイッチ入っちゃったかぁ-と後ろで少女が呟いた。
「私を裏切った○○さんには、一体どんな罰が良いでしょうか?そうですね…これなんてどうでしょうか?」
彼女が柱に刺さった包丁を引き抜く。ガシャリと音を立てて壊れた携帯が畳に落ちた。
「さっき○○さんは、住所を言えれば助かったと思っていますね?」
ニッコリと笑いながらこちらに近づく彼女。後ろ手では刃がクルクルとダンスを踊っていた。
愉快ように、これから起こるであろう愉悦に塗れて。
「そんなことないんですよ。緊急配備してから突入するまでの一〇分に満たない時間、それだけあれば十分すぎる程なんですから。」




「ようやく墜ちてくれましたね。○○さん…。」








感想

  • これ未完結で終わってる感じ?続きめっちゃ気になるけど -- 名無しさん (2023-12-18 13:24:47)
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最終更新:2023年12月18日 13:24