男の名は○○。
交通事故というものにあったらしく、その際に怪我を負ったらしい。
同乗していた人間の声だろうか、○○は立ち上がることも出来なかったらしく
周りの断末魔の声を聞いていくうち、ああ……死ぬんだな。
そう思っていたのだそうだ。
「それで私を天使と勘違いしたって事?
残念だったわね。私は貴方が想像しているようなお優しい存在じゃないわ」
そう言うと、○○は困った顔で笑い
「でも、君は俺を助けてくれたじゃないか。
それなら天使でも悪魔でも構わない。
こんな可愛い人に助けられて、嬉しくない人間はいないよ」
「可愛い……ねぇ」
何だかむずがゆい事を平気で言う人間だと思った。
「それに、私は人間じゃないわよ」
まぁ、言っても多分、分からないだろうが。
「……宇宙人とか?」
そう言う○○の顔が真剣だったので、私はこけた。
行く当ての無い○○をここに置いてどれだけの時が過ぎたのだろう。
彼は、私が帰ってくる頃には、人形の手入れをし、部屋を片付けて
使っている道具をきちんと整理しなおしてくれる。
なんとなく、それが彼の仕事になっていた。
傷だらけだった彼曰く、いいリハビリだった、かららしい。
「ただいま……」
「お帰り、
アリス。……ありゃ。随分ボロボロだね」
「いやらしい目で見ないでくれる?……まぁ、いつもの事よ。」
「また弾幕勝負かい……って!いやらしい目でなんてみてないってば!?」
「目が泳いでるわよ」
「い、いやまぁ、それはその」
「……まぁ、もう慣れたわ」
私の日常は、変わった。
○○と出会って。
……いや、手に入れて、か?
いらだっていた私の心は、何時の間にか安らいでいて。
それでいて、何時の間にか……
彼の存在はかけがえの無いものになっていた。
一線を越えようとした――あの日までは。
○○はいつもと変わらず、ソファに布を掛けて寝ている。
私は産まれたままの姿で彼に近付くと、その布の中に潜り込む。
……暖かい。
こんなにも暖かな温もりが、私の傍にある。
何も言わずに、ずっと居てくれる貴方。
私の事を可愛いと言ってくれた人。
だから貴方は私の事を……好きなんだ。
そう思って、いたの
「……何してるんだ」
酷く冷たい声。
その声は間違いなく、彼の声だった。
「……○○」
「やめてくれ……こんなの違うだろ……」
「……っ!」
私から目を背けるように、布を手渡してくると、後ろを向いたまま、続ける。
「なんのつもりなんだ……」
「……女の私に言わせるつもり?」
いつもの調子で、そう答える。
こんなにも手は震えているのに。
「……そうか。……俺はずっと君の事……」
先程まで感じていた温もりは何処へ。
刺すような冷たい言葉で、○○は言った。
「怖くて仕方なかったってのに。何時俺を殺すのか」
……○○は私と暮らすうちに、印象が変わっていったのだそうだ。
私の魔法や、人形。
……何度か弾幕勝負を見せた事もある。
驚いたような顔をいつもしていたが、ああそうか、あれは怯えていたのか。
いつも掃除をしていた理由は、二つ。
私の機嫌を損ねたくなかったという事。
……そして、この状況を打開する何かを……私の家で探していたと言う事。
いつもいつも優しそうな表情をしていた。
どんな時だって変わらない。
そんな貴方が好きだった――
でもそれは、私が怖かったからなんだね
私の中で何かが抜け落ちた。
ゆらり、と立ち上がると私の中の思考は混ざり、何かどうでもよくなってゆく。
……ただ、目の前の人が愛おしい、という感覚だけは残っている。
「……いいわ、○○」
「……?」
「対価を頂戴」
そう。貴方にはある筈だ。私に助けられた恩が、ある筈だ。
「何の対価だよ……」
「貴方を助けた対価よ。……一つだけ、たった一つだけ。お願いがあるの」
「お願い……?一体何を……」
「記憶を、頂戴」
パァン。
……何かが弾ける様な音がした。
○○の後ろにあった人形が麻酔薬を注入し終えると、元の場所に戻る。
私は○○が目覚める前に、ある魔法書を開き、ページを探した。
(一定期間……記憶消去……術式)
何がいけなかったのか分からない。
どうすればよかったのかが分からない。
何もかもが分からない!!
……私は何をしようとしていたんだっけ?
…………ああ、そっか。
新しい人形を作らなきゃ……
新しい人形を作らなきゃ……
私の大切な……私だけの人形を……
ふふ……ふ、ふふふふ……
記憶を抹消した彼を妖怪の群れへと放り込む。
その上で彼を救い出すと、初めてした時の様に手厚く治療を施した。
……此処からが問題。
どの様にすれば○○は私のモノになるのか、考えた。
同じ事を繰り返せば、また○○は私に恐怖し、同じ事を繰り返す。
……簡単な事だ。
私よりも強く、恐怖をもたらす様な存在が居れば良い。
私に身近な存在、かつ私と同じ体験をさせる者。
「……神綺」
濁った目でそう呟くと、呼び出されていた事を口実に、
○○を人形に運ばせながら歩き出していた……。
大切な人が居て、帰る場所があると言う事は……一つの大きな幸せだろう。
あの日、彼女と口づけを交わしてからそんな事を考えていた。
元の世界に帰りたいという気持ちはある。
だけど、此処もまた、自分にとって大切な場所に出来たのかもしれない。
そう思うと、今までよりもずっと楽な気持ちになれた。
……もう恐がらなくても良いのかもしれない、と。
「○○ちゃ~ん!」
神綺さんがこっちを向いて手を振っている。
信じて……いいんだよな。
だからこれからは、平穏で幸せな時間。
そんな退屈で大切でしょうがない日常が続くのだと――本気で信じていた。
……何時もの様に家の掃除を終え、部屋に戻ると郵便が届けられていた。
中位の大きさのプレゼント箱のようなもので、丁寧にリボンまで巻いてある。
「……俺宛てに一体誰が……。ん、手紙?」
リボンにテープで止めてあった手紙を見つけた。
サラさんか、ユキさん辺りだろうか……。
後者ならば、いい加減あの時の返事位しておかなければいけないな。
そんな事を思いながら、封を開けると。
「魔界の神とのキスはどんなお味だったかしら?」
そう書かれていた。
「……ッ!?」
あの事は誰にも話していない筈だ。
神綺さんも、恥ずかしいから秘密にしてくれと言っていたのに……何故!?
あの時、ドアの隙間から誰かが見ていたのだろうか。
いや、しかし……。
気持ちを落ち着け、手紙の続きを読む。
「その女は貴方の敵。
殺されないのは彼女の気紛れ。
貴方は騙されている。
彼女の道楽で生かされているに過ぎない。
貴方を何時奈落へ落としてやろうかと、友好的な表情の裏で考えているわ。」
……これは……
「貴方を助けられるのは、私だけよ」
一体……何の冗談なんだ?
腹立たしさと、何とも言えぬ感情を抑えきれず、手紙を破り捨てる。
と、箱の封が何時の間にか開いており……
中には、何だ……
……人形?
「うっ……!!」
首の無い人形が、這い出るような形をしている。
その手には金髪の髪の毛が巻きついており、より不気味さを感じさせた。
なんなんだ、これ……
だが、手紙のあの文章……。
誰が何の目的でこんな物を?
ふと、巻き付いていた金髪を思い出す。
……だが、長さからして夢子さんは違うだろう。
思い当たるのは、一人しかいない。
……確かめに行くべきだろうか。
入っていた人形を手に、待ち合わせの場所へと向かう。
……約束の時間よりも早く、彼女は来た。
「○○……っ!」
心から嬉しそうな表情で、ユキさんが手を振ってくる。
……やはり勘違いなのだろうか?
「あなたから呼び出されるのは初めてだよね。
なんだか、嬉しいな……」
人差し指をあわせ、もじもじとしながら此方を見上げる。
ほんのりと、頬が赤く染まっているような気がした。
「そうだな……俺の方から呼び出すのは、これが初めてで」
人形を、握り締める。
「これで、最後になるかもしれない」
「え……」
ユキの表情が、一変する。
「もしかして……この前の事、かな……」
……酷く残念そうな。そして、今にも泣きそうな表情になる。
「それもあるけど……それだけじゃない」
そう言うと、人形を差し出した。
「……?何、これ」
ユキは人形をまじまじと見つめる。
……演技だろうか?自分には、そうは見えない。
そもそも、彼女なら……そんなまだるっこしいやり方をするだろうか?
―――― き さ ま
よくも やったな ――――
あの時の声が、頭の中で再生される。
……そして、あの姿。
自分を護ろうとして、紅く染まったその姿を。
……信じるべきか?信じないべきか?
その解答は、前にもやった筈だ、○○。
「送られて、来たんだ――」
人形の事を話す。すると、ユキさんは――
心配そうな顔で、俺を見つめていた。
「そんな事が、あったんだ……」
その瞳に、狂気や異常性はない。
「それで……私を疑って、此処に呼び出したの?」
「……半分は」
「残りの、半分は……?」
「……信じてた。ユキさんの事、親友だと思ってる。だから……」
表情が曇る。けど、彼女は……責めなかった。
「親友、かぁ……」
「あはは」
笑ってみせた。
心配させない様に。
気遣わなくてもいい。
そんな、痛々しい、笑顔で。
「私は、○○の事」
「これからも好きだし、ずっと一緒に居たいって、思ってる」
「だから、いいんだ。これで……っく……いいんだ……」
ぽろぽろと。
彼女の瞳から、涙が溢れ出す。
「信じて……ひっく……もらえるだけ……」
かけられる言葉は、無かった。
「ねぇ、その人形見せてくれる?」
そう言われ、握り締めていた人形を手渡す。
「信じたくは無いけれど……私、心当たりがあるのよ」
「本当に!?」
「……うん。こんな事を出来るのは……多分、あの子だけだと思うから」
……あの子?
「確信が持てたら……こっちから連絡するね。○○は、また何かあったら連絡して」
「分かったよ。それと、その」
「……。そんなに何度も謝らないで。
私が○○を好きな気持ちは、変わっていないんだから……」
「ユキ、さん……」
「……でもそんな優しい所を好きになったんだよね、きっと。
ははっ……ダメ、だなぁ、私……っ」
また少し、泣きそうになる。
「じゃ、ね……」
必死に笑顔を作ると、彼女は逃げる様に、走り出し。
……ドオォォーン……
離れた、彼女の方向から――
耳を貫くような、爆音が、響いた。
……そっか。これ、爆弾だったんだ……
体のあちこちが、ばらばらになっているのが分かる。
それにしても、何て威力だろう……
炎に耐性がある筈の私が此処まで……ね
神でも……殺すつもり、だったのかな?
教えてよ…………ス。
……だんだん視界がぼやけてきた。
神綺様なら、助けてくれるかな。
……きっと、助けてくれるよね。
だって、○○が……好きになった人なんだから。
……私の想像にすぎないけど。
きっと、○○が好きなのは……
多分、神綺様なんだよね……
いっぱい、たくさん、ずっと、おしゃべりしてたから。
わかるんだぁ……○○の事。
魔界人でもなくて。
とっても弱いのに。
それを隠して、優しくしようとして。
でもやっぱり怖くて、素直になれない
そんな貴方が、好きだった――
「ユキさんっ!!ユキさぁんっ!!」
……あ。
良かった、無事だったんだ……
なら、ちゃんと……
ちゃんと、つたえないと。
わたしをしんじてくれた、あなたのために
「――――――。――」
ユキさんは、――動かなくなった。
「……」
最後に言われた名前を思い出す。
「アリス……」
確か、自分を手当てし、此処へ運んでくれた人物だ。
……前から気にはなっていたが。
此処で彼女の名前を聞くとは思わなかった。
「……俺は、どうすれば……」
おぼつかない足取りで、俺は家へと足を進めた。
……影で見ていた、神綺さんに気付く事無く。
……出来る事なら。
俺は此処で逃げるべきだった。
逃げる方法も、逃げる場所も。
そんなもの、ありはしなかったけれど。
……あの爆発は魔界で事件として取り上げられ。
ユキさんの事を胸に抱えたまま……
ただただ、日常を過ごしていた。
「……大変だったのね」
夢子さんがお茶を入れてくれたらしい。
……ミルクティーだ。
「いただきます」
少しだけ飲むと、気になっていた事を聞く。
「その……ユキさんは……」
「……」
夢子さんは表情を変えない。
「神綺様……次第ね」
そう言うと、口を噤んでしまった。
「神綺さん……」
「○○ちゃん?」
その表情に、何時もの柔らかさは無い。
何処か、威圧感さえ感じる。
「ユキさんの容態は……」
「既に生命反応は無いわ。――気味」
「……え?今、何て」
「なんでもないわ」
その口調は、何処か突き放すような感じだった。
「……一から創り直せば何とかなると思うわ」
「……!本当なんですか!?本当になんとか出来るん」
「……何でそんなに喜ぶの?」
え?
「何勝手に他の女の子に会いに行ってるのよ」
後ろを向いたまま、彼女は言う。
……何を、言ってる?
「神綺……さん?それはどういう……」
「……だって」
彼女が振り向く。
その表情は――
まるで、悪魔の様で。
「○○ちゃんは、私の事……好きなんでしょう?」
僅かに、口元を歪ませて……そう言った。
「神綺さん!!!」
大声で呼びかける。
が、彼女は答えない。
「……またユキなのね」
「またって……」
「初めてのデートも、ユキだったじゃない?」
「デートって……それにあれは、マイさんも一緒に」
「そっか。それならマイも同罪ね」
ちゃん付けは、しなかった。
「罰を与えなきゃね?もう死んでるこいつには関係ないけれど」
「神綺さん!?どうして……!さっき、何とか出来るって」
今度は真っ直ぐ此方を見て。
「だってまた誑かされたらいやじゃない」
底の見えない笑顔で、笑った。
神綺に呼び出されたマイは、何処か浮かない表情で。
ぶつぶつと、何か呟きながら歩いている。
「あいつは……本当に役立たずで……バカでっ」
俯いたまま、前を向く事は無かった。
「……失礼します」
普段の口調を取り繕う。
「よく来たわね」
神綺が、そう応える。
……?
何か少し、雰囲気が違うような……
「御用があると伺ったので……あの、ユキは?」
「……えぇ。大切な用事があるの。ユキちゃんに関する事よ」
……!
もしや、ユキを創り治すのに、何か障害があったのだろうか。
いや、それより。ユキは、治るんだ!
そう思うと、少しだけ頬が緩んだ。
……全く。あいつはほんっと役立たずでヘタレなんだから。
やっぱりあいつの傍には私が居てやらないといけない。
あの弱々しい、何処から着たかも分からない男なんかに任せておけるものか。
「こっちの部屋に来てくれる?説明するわ」
そんな事を考えながら、私は。
――その部屋へと、入った。
――鎖に拘束された、○○と。
傷だらけの、ユキの――が置かれた部屋に。
「……うっ!?」
思わず、身を引く。
――背後。
先程まで居た神綺が、何故か立っている。
「遠慮しなくていいのよ。マイ」
ガツッ
頭に激痛が走る――
私は、意識を手放した。
あれから数日は経っただろうか……
神綺さんは……完全におかしくなってしまった。
……それとも、最初から、おかしかったというのだろうか?
――買い物に行った時の事。
空を飛べる、指輪をくれた時の事。
遅くなって、怒られた時の事。
……どうして、俺の思っていた、彼女の姿と……
今の貴方は、かけ離れてしまっているんだ…?
狂気に歪んだ表情で、鎖に繋がれたマイさんを痛めつける。
魔法や、弾幕、鞭、それに――
「許す筈もない。○○を私から、奪おうとする奴は……」
もう、マイさんは悲鳴を上げる事もなく。
今、生きているのか、死んでいるのか。
それすら、分からなかった。
○○が、神綺を好きと言ってから、少し経った、ある日――
「……ふぅ」
枕を抱いて、ベッドに転がりながら○○の事を考える。
今、あの人は何をしてるのかしら?
何時ものように掃除かな?
それとも、部屋で休んでる?
それとも―
ゾクッ
ふと、○○が夢子やユキと楽しげに話している姿を思い浮かべ。
何だか、凄く嫌な気分になる。
「……むぅ」
もしかして……これって嫉妬?
そう思うと、何だか負けた気がする。
「……なんだかなぁ」
なので首を振り、その考えを振り払った。
「信じてるって、言ってたし……
信じて、いいんだよね?」
自分に言い聞かせるように、確かめる様に。
枕を抱きしめ、神綺は目を閉じた。
「今……なんて言ったの?」
「その……ですから。○○と私は付き合ってるって、あの子に言って欲しいんです」
……目の前に居たのは、サラだった。
神綺に用事があると良い、態々門番の仕事が無い日に尋ねてきた。
……その内容が、これだった。
「……どういう……事、なの?」
いつになく、心がぐらつく。
ハンマーで叩かれるような衝撃。
……え?
だって。
だって、○○ちゃんは。
私を、好きって言ってるのよ……?
私だけを、信じてるって、言ったのよ……??
「だからですね。○○も迷惑してるんです。
神綺様から口添えしてもらえれば、あの子もきっと……」
だから。
お前は 何を 言ってる
『奪われる。
私への 想いが』
「あの、神綺様……?」
うるさい
『ツクリモノでない、あの人の好意が。
目の前の、ツクリモノに奪われる』
「聞いてますか?」
うるさい
『壊される。こいつに。奪われる。こいつらに。壊される。
奪われる。こいつに。壊される。こいつらに。奪われる』
「もしかして、体調が優れ……」
黙 れ ! !
『……奪われるなら、コワシテシマエ』
グチャッ
「あ……?」
目の前には、血飛沫。
肉片一つ、残っていない。
「……○○ちゃん」
――返り血を掬い、顔に、服に、塗りたくる。
そして、○○を想うと。
……幸せそうな表情で……顔を、歪ませた
マイさんを痛めつけ、息を切らせた神綺さんが……ゆっくりと、口を開く。
「○○の想いは、私だけの……私だけの……もの……」
……狂気で冷たくなった表情の中には、恐怖。
辛く、今にも泣き出しそうな……、脅える様な、そんな感覚が満ちていた。
「……」
そして黙ったまま……何故か、部屋を出ていった。
「……マイさんっ!!」
呼びかける。
反応は、無い。
やっぱり、マイさんは……
……ガチャリ。
扉の音がした。
……もう戻ってきたのか?!
だが、其処に居たのは……神綺ではなかった。
「……やっと会えたわね。○○」
え……?
誰だ、この人は。
何で、俺の名前を知ってるんだ?
「随分探したわ……けれど、大分面白い事になってるみたいで嬉しいわ。
……あら、ユキ姉さんに、マイ姉さんまで。
ユキ姉さんは、随分と……綺麗になったじゃない。そう、人形は貴方が持ったのね。ふふっ」
……人形!?
その言葉に、ピンとくる。
もしや……こいつが、アリス……!?
「○○。……大丈夫?今助けてあげるから」
「お前が……アリス?!」
「……そうよ」
こいつが…!
「よくも……っ!よくも、ユキさんをっ!お前のせいで――彼女は!」
「……何言ってるの?貴方を護る為にしたことよ」
しらじらしい。
「ユキさんを……ユキさんを……返してくれっ!!」
「……。……そっか。○○は誤解してるのよ……」
何が、誤解だ……。
「書いてあったでしょう?貴方は道楽で生かされてるだけだって。
だから、貴方に殺意がある人がアレを持つと、爆発するように仕掛けたのよ」
「そんな訳無いだろっ!!」
「……そんな事あるわよ。だって貴方、ただの人間じゃない」
「……!」
「私以外にとってはね」
「ユキさんが俺を殺す筈無い!」
「……どうしてそう、言い切れるの?」
「どうしてっ、て……」
少し、アリスの顔が厳しくなる。
が、躊躇わず俺は続けた。
「ユキさんは……俺の事を好きだった筈だから!!」
ガチャリ。
……扉が開く。
アリスの後ろには、神綺さんが居た。
「あ……?」
突然の事に、アリスは反応できなかった。
……神綺さんのには、注射器が握られていた。
「そういえば、○○ちゃんは、アリスちゃんがくれたんだっけ……」
アリスが、倒れる。
「ならアリスちゃんには死をあげるわ。……これで本当に死の少女ね」
そう言って。
アリスを、横に蹴り払った。
ツカ ツカ ツカ
此方に歩いてくる。
…片手にはもう一本、注射器。
俺も、殺されるのだろうか。
その意図が伝わったのか。
「……○○ちゃんのは違うわよ」
そういって、首筋に針を刺し――
何も、わからなくなった。
渇く。
体が、軋む。
早く。
早く、神綺の所に、行かないと。
「…待ちきれなかったの?○○ちゃん」
その姿を見つけ、俺は彼女にキスをする。
そして、その唾液を貪るように――飲み干す。
「ねぇ、○○ちゃん」
段々と痛みが、引いていき。
……感覚が、麻痺してゆく。
「聞きたい事があるの」
……何時もの、質問。
彼女は、時折こうやって聞いてくる。
「あの子の事、どう思う?」
人形を抱えた、金髪の少女。
……何だろう。何故か不快になる。
「……嫌いだ」
「そう」
感傷も無く、神綺がそれを吹き飛ばす。
何か悲鳴の様なものが響いたが、聞こえない。
「じゃあ、この子は?」
赤い服を着た……門番みたいな、女。
……特に、何も感じない。
「別に」
「そう」
そしてまた、吹き飛ばす。
また何か響いたが、聞こえない。
「それでね」
……今日はまだ居るらしい。
随分と、忙しい。
俺は、早く、神綺と
「この子は?」
帽子を被った、女の子。
……あ。
……なん、だっけ。
「…どうしたの。○○ちゃん」
神綺が心配そうに、此方を見る。
……なん、だったっけ。
何か、言わなきゃ。
……。
「多分、しって、る」
「そう」
そして
彼女もまた、吹き飛ばされた。
悲鳴は、聞こえなかった。
「何度創っても……あの子の事は気にするのね」
そう言って、彼女が俺を抱きしめる。
「早く忘れてしまいなさい。……○○ちゃんを壊すもの、全部」
……何故だろう。涙が流れた。
壊れてしまったのは、俺じゃない。本当に、壊れてしまったのは――
「泣いてるの……?私も、○○ちゃんと一緒で……嬉しいよ」
……そして、彼女を抱きしめると。そのまま押し倒した。
床に自分達の姿が映る。
……汚い。
何故か、そうおもった。
最終更新:2010年08月30日 19:59