「……貴方なら、そう言ってくれると思ってたわ」
 神綺は優しく微笑むと、伸ばしていた手を引っ込める。

 そして、目を伏せる様にして神綺は言った。

「もう一度だけ私の名前を呼んで欲しいの、○○」

 頷いて彼女の名前を呼んでやる。

 神綺は、息を吸い込んで言った。

「私も、貴方を愛し続ける事を誓いましょう

 だからこの命 貴方に捧げます

 二度と会わなくても良い様に ずっと」


「……大好きよ」


 ――目の前で大きな爆発音がして閃光が走った。

 目の前にはもう 誰も居ない 何も無い 誰の声も聞こえない

 それでも魔界へのゲートは、まだ其処にあった。

 後ろから足音が聞こえる。

 すぐさま振り返るとアリスの姿があり、そして突き放すように言う。

「心配は要らないわよ……魔界の事ならね」

 彼女は俯いたままゲートへと向かう。
 ……その表情を窺う事は出来なかったが、何かをこらえる様な声が、
 そのゲートを潜る瞬間に、聞こえてきた気がしていた。

 彼女に居た空間に手を伸ばす。

 もう 其処には何もない

 分かっているのに


 彼女の声が耳から離れない


『3年目 1月』


 自分の手にはあのナイフがあった。
 あの契約書はただの白紙となっており、彼女が死んだのだと告げている様で、
 持っていられずに直ぐ焼き払ってしまった。

『共に道を進みたいと言うのなら、その命を――』

 耳に焼き付いた彼女の声が、その手に力を込める。
 もし死んだとして、彼女に会えないのだとしても。
 もうそんな事さえもどうだって良い事に思えていた。

 ナイフを思い切り振り上げると、その胸に勢い良く下ろす――!!

 ……。

 何の手応えも無く、ナイフの切っ先は何処にも無かった。
 握りしめていたそれの感覚は、別の何かに代わっていて、もう何処にも無い。

 手の平を開くと其処には髪留めがあった。


 何時も、彼女が着けていた――


『精々長生きして欲しいのよ……人間らしく』

 その髪留めを握りしめたまま、神綺を想い、泣いた。

 もう生きる事も死ぬ事も出来ない、彼女の代わりに、泣いて、泣いて、泣き続けた。











































『23年目 6月』


 ヴェールの下に白く輝く様な髪をした女性が、
 年は倍近くあろう男性の手を取り、その頬を赤く染めている。
「私を、愛し続けてくれますか?」
 男性は頷くと、ゆっくりと唇を重ねる。

 周りには誰も居ない、二人きりの結婚式だった。

「○○……私も、貴方を愛し続ける事を誓います。
 これまでも、これからも、ずっと。

 例えこの命が尽き果てても……貴方を、離さないから」
 結婚指輪の代わりに、男性は彼女のヴェールを捲り、髪を結う。
 そして髪留めを留めると、女性は男性を抱きしめてこう言った。
「……私の想いが分かる?○○。

 もし分かるなら、想いを込めて私の名前を呼んで欲しい」

 女性は手を離すと、男性を見つめたまま、その言葉を静かに待ち。

 そして、思い切り微笑んだ。


 ――神綺

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年08月27日 12:54