「なぁ、霊夢!それに咲夜に早苗!」
 神社での宴会の最中、魔理沙はを声を上げて言った。
「名指しで何よ、もう」
 咲夜はレミリアの相手を一時中断し、目の前に美鈴を置いてやると、
 不機嫌そうな顔のまま、魔理沙の傍へと座る。
「はいっ?何か用ですか」
 早苗も度の強い酒とのにらめっこを終え、直ぐに魔理沙の方へと向かってきた。
「おぉーい!れいむー」
「あぁもぅ、はいはい」
 一人聞こえない振りをしていた霊夢も、箸を置いてのろのろと歩いてくる。

「で、何よ魔理沙」
 さっさと応じなかった霊夢だが、態度は変わらずだった。
 好物を口にしていたせいだろうか、座ると同時にごくり、と喉から音を立てていたり。
「……いやまぁ、その、何だ」
「何でもない、だなんて言わないわよね」
 一番に向かってきた咲夜が、冷たく言う。
「そうじゃないんだがな。いや、そうでもあるんだが」
「はぁ」
 早苗は、ただ頷いている。
 まだ少し、アルコールの気が残っているようだった。
「咲夜の言う通り大した話でもないんだ。
 ただ偶には、妖怪水入らずでの人間だけの旅行とか、どうだって。
 誘おうと思ってな」
 咲夜と早苗は眼を点にして
「突拍子も無い話」

「だわ」
「ですね」

 声を重ねるようにして、そう言った。

 少し早苗の声は、上ずっていたが。

「紫かの入れ知恵か何かかしら?」
 特に気にした様子も無い、霊夢。
「半分はな」
「つまり、外界に向かうってことかしらね。なら私はパスよ」
 そしてさっさと立ち上がると、元の場所へと戻ろうとする。
 まだ、食べ物に未練があるらしかった。
「いや……外界じゃない。
 というか紫の話では、妖怪どころか、妖精、人っ子一人居ない静かな所らしい。
 余りにも怪しすぎるって言うんで、人間の私達に旅行がてら、行って来い。

 そんな感じの提案を、持ちかけられたって訳だ」
「……なんか、ただ旅行するより面倒そうね。
 私、やっぱいいわ」
「まぁ待て、霊夢。その代わり紫が宿泊施設とか食べ物とか、全部用意してくれてるんだ」
「まだ私も参加するなんて言ってないんだけど……?」
 咲夜も口を挟む、が。
「此処じゃ取れない食材とかも置いてあったぜ?」
「む……それは」
 あっさりと買収?される。
「しおりとか、やっぱり私が作ったほうがいいかなぁ」
 早苗は既に行く気満々だったらしく、ぶつぶつ呟き、指で何か描いていた。

「しょうがないわね……もう」
 魔理沙の熱心さに、結局折れる形となり、四人全員が参加となった。


 ~ 一日目 ~ AM10:00


「しかし何か、人間だけでっていうのも新鮮だよな」
 旅行当日。
 ○○は、その面子に加わって、スキマを通り、自分もまた旅行へと参加する事になっていた。
「私は現人神ですよ、○○さんっ」
 えへん、と言わんばかりに胸を張って見せる早苗。
「いや、そう言う事じゃなくてね……」
「えぇ?」
 何故か不満そうに言う。

 ○○はこの四人と面識があった。
 日頃、顔を合わせる程度には。
 それが何かは、まぁ、ともかく。

 ただ友人以上の存在ではあったが、誰とも、深い関係ではなく、
 浅すぎず深すぎず、広い交流関係のうちの一人、程度のもの

 だと、一方的に思い込んでいた。

 ○○は。


「しかしあれだよな。律儀に四人全員、皆で手紙を出してくれなくても、
 一人誘ってくれればそれで良かったのに。

 あ、それともあれか!?もしかして、俺に何かどっきりが用意されてるとか」

「ちょっと待って!」
 誘ってくれた事に礼を言おうとしていたが、それを静止したのは、咲夜だった。
 が、何かおかしい。
 良く見ると、四人の表情が、何処か険しいものになっている。

「え……?何いっちゃってるんですか、もう。○○さんは私の手紙を読んだから……」

「早苗こそ、何言ってるんだ。私の手紙を見たから○○は旅行の事を知って……」

「……魔理沙。私も手紙は送ったわよ。というか、私もそれで来たと思ってた」
 霊夢に、驚いた様子は無かった。
 が、良く見ると拳は握りしめられていて――

 真っ直ぐに、刺す様な視線で、周りを見ている。

「つまり、全員が手紙を送っていた……ということね」
 咲夜はそういうと、手荷物を押して、先へと行ってしまう。
 霊夢と魔理沙もそれに続き、どうしていいのか分からずに、ただばつの悪そうな早苗だけが、
 ○○の傍に居た。


 ~早苗から貰ったしおりの一部~

1.紫さんから設けられた期間は三日間。
  それまでの間自由に過ごし、各自変わった事があれば報告して欲しい、との事です。
 (期間終了までの間、紫さんが結界を操作して、
  誰も出る事も入る事も出来なくするみたいです。やりましたね!)

2.五人泊まるには、充分過ぎる程の大きさのお屋敷があるそうです。
  部屋も、余分に多く用意されているそうなので、何かあっても安心ですね。
 (後で、伝えたい事がありますので。
  部屋が決まり次第、直ぐに伺わせて貰いますね!)

3.食料は、三日では余る程の量を予め用意しておいてあるみたいです。
  仮に食べ物で困っても、付近にある植物や川魚は、非常に美味しかったらしいので、
  その時は皆で協力しましょう!
 (折角の機会なので、手料理も披露させて下さいね!)


8.バナナはおやつに...


(カッコ内は早苗が手書きで記入したものらしい)


 ~ 一日目 ~ AM10:20


 早苗と二人、並ぶ様にして歩き、目の前の屋敷へと辿り着く。
 三人の姿は見えなかったが、既に門の鍵は開いており、確かな形跡が残っていた。
「っと、玄関の鍵は……」
 扉を開こうと手を出す。
 と、早苗との手が重なってしまい
「ひ、ひひゃぅ!?」
 と、間の抜けた声を上げ、早苗は後ろへとすっ転んだ。
「○、○○さん。わ、わざとではっ」
 ……倒れた場所が芝生の様なもので、よかった。
「っと。ほら」
 流れ的な物で、手を差し出してやると
「えっ。ぁ、あ……う……」
 何故か、尻餅をついたまま、差し出そうとしていた手を強張らせた。
 顔を真っ赤にしながら。
 案外、痛かったのかもしれない。

 気遣うようにして手を取ってやると
「ちょ……ちょっ、○○さぁん!?」
 力のない感じで、そのまま早苗は引っ張られた。

 もたもたしていると先に行った三人が、更に恐いような気がして。

 俺は早苗の手を引いて、さっさと中へと入るが、早苗は真っ赤な顔のまま
「あーうー!」
 と、訳の分からない言葉を叫んでいるのだった。
 頭は打っていないと思ったのだが……


 ~ 一日目 ~ PM10:50

 適当に部屋を決め、荷物を置くと、予め集まると決めておいた居間らしき場所へと向かう。
 予定した通り、三人は居た。
 遅れて、早苗が入ってくる。

「いやその……ごめん!」
 取りあえず、謝っておく。
 全員に気を遣って貰ったと言うのに……
 確かに、あの態度はないだろう。
 そう思いながら手をすり、三人の顔色を伺う。

 霊夢は相も変わらず、我関せず、といった様子で。
 咲夜は、溜め息をついては、こちらをチラチラと。
 魔理沙に至っては、呆れすぎてもうどうでもいい、といった感じだった。

「ま、いいんじゃない」
 霊夢が口を開くと
「……はぁ。そうね、もう、過ぎた事だわ」
 咲夜も、そう言って許す様に笑いかけてくれた。

「……なんかなぁ」
 目を合わせようともしない魔理沙を除いて。


 ~ 一日目 ~ AM11:20


「魔理沙ってば」

「なーなー、まりさー」

「まりさめー。まりりーん。魔理沙さんやー、返事をしておくれ」

「……うるさいぜ、○○」
「なんだ、聞こえてるんじゃないか。
 だから悪かったって、さっき謝ったってのに」
「……あー」
 魔理沙は心此処にあらずと言った感じで、こちらの弁解を聞く気はないようだった。
 その態度のせいか、少し声が荒げてしまい
「何がそんなに気に触ったんだよ」
 と、口が滑った。
「……」
「あ、いや……」

「原因はそれだ。お前が、怒る理由を理解して無かったって事だよ」
「え?」
「全く霊夢も咲夜も……いや、早苗もか。
 くそっ、こんな事なら」
 急に気が入ったように、魔理沙は歩き出すと、自分を置いてとっとと行ってしまう。
「ま、魔理――」

「何か……を考え……といけない」
 呟くように聞こえたその声は、先程よりもくぐもって聞こえた。

 それとも、そう喋っていたのか。


 ~ 一日目 ~ PM11:30


 部屋へと戻り、一度考えを落ち着ける事にする。
 魔理沙は、何であんなに怒っていたのか……

「やっぱ……

 アノ日か!」

 その独り言と同時に、生野菜の数々がミスディレクションな並びで飛んできた。
「んな!?」

 ピチューン。
 という音がする前に、咲夜が生野菜を回収していた。

「良く考えれば勿体無いわね。ナイフ一本で、十分――」
 そう言うと、微笑みながら、指にナイフを挟んでみせる。

「ちょっと待って!?今の独り言、独り言だから!」
「そう、随分大きな独り言ねえ。廊下の外まで聞こえたけど?」
「たはは……」
「全く」
 ジト目でまた溜息をつきながら、咲夜は俺の隣へと座った。


「それで――

 ○○は、デリカシーってものを考えた事はあるの?」

「え?いや、あの、デリカシーって……っぷ」
「……死なす」
「タイムタイム!ザワールド!!」
 デリカシーと言う言葉に、一瞬吹きそうになったが。
 どうも真面目な話らしかった。
 そもそも、そんな事――いや考えた事はあるにはあるが。
 忙しかったとか、特に気にもならなかったというか。
 だから、自分がそれを自覚するだなんて。
 そういう事態を想像する事など、まるで考えもしなかった。

 今の、今でも。

「神社での宴会の時や、紅魔館でのパーティでは……確かに、女性ばかりだったもの。
 分かるつもりよ。
 ……気にしてたら、今此処に居ないでしょうから。

 でも、こうやって二人きりで居る時位……気持ちに変化があって欲しいと、思うものよ」
「……そーなのかー」

『分かったわ。今日のおゆはんの材料は――』
『だから待てまてマテ!!』
 という展開を予測、していた――のだが。

 ただ一瞬の間に。
 俺は、咲夜の胸にうずまっていた。

「……えっ」
「……これでも?」
 ふわりとした感触と一緒に。
 何の匂いだろう。

 暖かくて、美味しそうな匂いが、した。

「何も、思わないかしら……。
 私なんかが相手じゃ、ね」

「そ、そんな事は……」
 若干しどろもどろになりながら、そう答える。

「……えぇ。人はこういう時なら、大抵は。
 穏やかになれるものだって思うわ……
 される方も、される側も」
 咲夜は、優しく俺の首を撫ぜる。
「こ、こういうのは反則じゃないか?」
「これが反則技なら、さっきあなたは場外乱闘しかけたのよ。
 私達四人、全員にね」
「……大して、変わらなくないか?」
「そもそも……私達が反則技使ってたわけだしね。
 強ち、間違いでもないわよ」
「???」
 少し、意味が判らなかった。
 私達が反則技っ、て……

「そんな事、今はどうでもいいんだけどね」
 俺の顔を引き剥がすと、咲夜は俺の顔の横に、自分の顔を寄せて。
「……分からなければ、分からせれば良いんだから」
 その言葉は何処か、震えていて。
 次に何か、大事なことを言おうと、しているような気がした。
「ついでに、穏やかな気持ちのまま。
 流されてしまわない?○○……」

 すっ、と腕が自分の体へと伸ばされ。
「私ね。ずっと前から……○○、あなたが――」

 ガタンッ!!

「えっ」
「あっ」
 我に返った、とでも言うべきなのだろうか。
 すっかり、彼女のペースに飲まれてしまっていたような。
 ……デリカシーのない物音だ。
 じゃなくて!

 確かに咲夜が、自分の事を好いてくれているなら……それは分かるつもりだ。
 けれど……魔理沙は……どうなのだろう……?
 まさか魔理沙まで、そうだとは……思えないし。

「……もうっ」
「あ」
 目の前の彼女を他所に、ボーッとしてしまっていたらしい。
「ちゃんと私を見てなさいよ……っ」
 小声で、咲夜はそう言うと、再び顔を横に寄せて


 ぢゅうぅぅっ!!


「ぅえっ!?」
 まるで、血を吸うかのように、口づけてきた。
「……続きはまた今度にするわ、○○」
 そう聞こえた時にはもう、彼女の姿は無く。
 首筋に残る、くすぐったい様な、むず痒い様な。
 その感覚だけが、確かなものとして残っていた。

「び、びっくりしたぁ……」

 ガチャ。

「○○さんっ!」

「うおわっ!!!」
「きゃっ?!
 突然開いた扉に、意味も無く驚く。
 開いた本人の早苗も、つられるようにびっくりしていた。

「あ、あぁいやその。
 ……突然だったから。
 驚かせるような声出して、悪かった」
「い、いえこちらこそ。
 ……何してたんですか?」
 取りあえず、咲夜が去った後で良かったと、胸を撫で下ろしながら。
「何って……いや特に、何も」
 人に話すような事でもないと、適当に答える。

「何も……?」
「あぁ、何も……って、ん……?……ぇ?」

「何も、ですか


 ………… ………… …………ふぅん

 ………… ………… ………… …………そうですかぁ」

 ――何故だろう。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に。
 俺は、早苗から視線を逸らす事も出来なければ――

 動く事も、出来なかった。

「伝えたい事があったんですけど、またにしますねっ」

 ぱあっ。

 そんな音が、聞こえたみたいに。
 早苗の表情は、明るい笑顔になっていて。

 あれ……。
 今、何が?

「それじゃあ○○さん、後でまた」
「そ、そうだな。また後でな」
 何だか腑に落ちぬまま、生返事で返す。
 ……伝えたい事って何だったんだ?

「ん?どうしたんだ、早苗」
 後ろを向いたままの早苗は、顔を少しだけ此方に向けたまま。
 まだ、部屋に居た。

「その、ですね」
「うん。何だ、何か用か」
「ええ……ですから」


「私……○○さんの事、好きですからっ!!」
 そうして逃げるようにして、走り去っていった。

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最終更新:2010年08月30日 21:52