~ 一日目 ~ PM1:00
早苗のしおりにあった食事の時間となり、俺は居間に居た。
先程までの事がさも何も無かったかの様に、
咲夜は厨房での作業に没頭し、此方を見ることも無く。
隣に居る霊夢へと茶葉を渡し、その直後にはもう、テーブルの上に食器類が乗せられていた。
……からかわれたのか?
一瞬、そんな疑問符が浮かぶが――
くいっ。
「あら、また余所見?」
指で俺の顎を摘む様にして、掬い上げる咲夜は、真っ直ぐと此方を見ていた。
「ずるいわね、○○は。ふふっ…
そしてもう、彼女の手は無かった。
ミトンを着け、鍋を此方へと運びながら、誰にでも見せる笑顔で笑っている。
霊夢はただ無表情な顔のままで、入れたお茶をトレイに乗せる。
特におかしな様子も無かった。
「にしても、流石よねぇ。短時間でこの料理の量は……
着いたばっかりだってのに、食材の殆どを使ってるじゃないの」
「見つからなかった食材があったついでってとこよ。
試したいレシピはまだ色々とあったんだけど、これでも抑えたほうなんだから」
「どんだけ作る気なのよ……。五人しか居ないって言うのに。
とはいえ、
魔理沙も早苗もまだ来てないのね
先に食べててもいいのかしら」
「……いいのよ。片方はきっと来ないわ」
「んー?」
その言葉に、霊夢が顔をしかめた。
「あーもう!○○も。さっきから黙ってどうしたってのよ」
「い、いや別に」
「まあいいわ。取りあえず、食べてからにしましょうよ。
お腹が空いてると、○○は力が出ないって事にしとくわ」
「……あ、あぁ」
「そうしましょうか。
……ん、いい香りね、このお茶も」
霊夢が入れた茶を取って、咲夜がそう頷く。
「そう?」
「ええ。流石に何時も淹れてるだけあって、要領を自然と得ているのかも知れないわね。
……この緑茶。良ければ永久就職しない?お嬢様なら、多分喜ぶと思いますわ」
「残念、紅茶は淹れる気は無いわ。
それに、永久就職先も決めてるしね」
その言葉に、咲夜の耳がぴくり、と動いた様な気がした。
「へぇ……勤め先はどちらに?」
「決まってるじゃない。私は、楽園の素敵な巫女よ」
霊夢は気付いているのか居ないのか。全く調子を変えずに、そう話して。
「……そう」
咲夜も、それ以上聞く事は無く。
結局、魔理沙と早苗の来ないままの昼食は終わり、
咲夜に余った料理を片付けておくと言われて、俺達は居間から追い出された。
~ 一日目 ~ PM2:10
「ったく、マメねぇ。まぁ、食べ物を粗末にするよりはいいけどさ」
「そ、そうだな」
正直な話、料理は美味しかった、のだが。
先程から魔理沙、早苗、咲夜から感じられる空気が気になっていたせいか、
料理があまり、喉を通らずにいたのだった。
……といっても、おかわりをしなかっただけで、完食はしたのだけど。
「さ、○○。折角旅行に来たんだし、食後の散歩にでも行きましょ?」
「え?え、ええっと……俺はその」
突然の霊夢の誘い。といっても、ごく自然な流れでの。
「……」
「何よ黙り込んじゃって……。あんた、このまま部屋で寝て過ごすつもりでも居たわけ」
「そんなわけ――」
「だったら、黙って付き合え!!」
「お、おい!ちょっと待てって、霊夢ー!!」
そう叫ぶが、霊夢は完全に聞く耳持たず。
腕を組む様にして、自分を玄関の方へと連れ出そうと――
外に居た魔理沙と鉢合わせる。
「あら、魔理沙」
「霊夢か……」
そう口にした魔理沙の雰囲気は、やはり重く。
俺の腕が、霊夢と組まれている所を見るなり、ギロリ、と俺を睨む。
「魔理沙も来る?食後の散歩がてら、この周りを見ておこうと思ってね」
そしてその視線は、あっけなく霊夢の言葉に遮られるようにして、逸れた。
「遠慮しておくぜ。私には……やる、事があるんでな」
「つれないわねぇ」
「……ははは」
乾いたような笑いを、霊夢に返すと、魔理沙は屋敷の中へと戻って行こうとする。
――と。
「あ、そうそう。魔理沙?」
「なんだよ」
「外で何してたか知らないけど。
食事の時間には顔出しなさいよ?
咲夜が疲れるのは構わないけど、私の手間が増えるのは、困る」
「……何?」
「食器洗いは私の担当なのよ……それと」
組んでいた手を離すと、魔理沙へと近付き。
俺には聞こえない声で、何かを、囁いていた。
『盛っても塗られても、処理するのが面倒なのよ やめてくれない』
「……ッ!?」
眼を見開くようにして、魔理沙は後ずさっている。
「さーて、いきましょうか、○○」
そうして玄関へと飛び出すと、俺の手を掴みふわり、と浮いて見せた。
後ろに立ち尽くしたままの魔理沙など気にせず。
霊夢は相変わらずの、雰囲気のままで。
~ 一日目 ~ PM3:00
「まるで一回り小さくした紅魔館ねぇ」
見渡した景色を眺め、霊夢がそう言う。
「確かにな……」
屋敷の周りには、大きな湖が一つあるだけで、後は見渡す限り、森、森、森。
しかも更に遠くを見渡そうとしても、霧が掛かっているようにぼやけていて、
何も見えはしない。
妖精でもその付近に居れば、大抵はそれのせいに出来るのだが。
「確かに、怪しいわね……紫の言う事もあながち、外れてはいなかったって事かなぁ」
「でも紫だぞ……?」
「そうなのよねぇ」
むぅ、と声を合わせ二人で唸ってみる。
きゅるるる。
と、唸り声と一緒に、腹が鳴った。
外に出て、あの空気から解放されて落ち着けたお陰だろうか。
つんつん。
ほっぺたに、固くて、少しべたついたようなものが触れた。
「食べる?」
何処に持っていたのか、醤油たっぷりの煎餅だった。
「貰うよ。ありがとう、霊夢」
「お礼の言葉と一緒に、後で賽銭でも入れておいて頂戴ね?」
「あはは。わかった、わかった」
そんな軽口を叩きあいながら、煎餅をばり、と齧った。
少しだけ足りなかった腹へと入ったそれは、何だか心地よいもので。
また、霊夢が差し出していたそれを受け取ると、口へとほうばっていた。
「……ん?」
ふと、霊夢の方に視線が行く。
胸の方に手を入れて――って、煎餅?!
「って、其処から取り出してたのかよ!?」
「んー、そうだけど、何よ?」
其処から少し、霊夢の鎖骨と、谷……いや、健康的な肌が
いやいやいや!俺は何をまじまじと見ているんだ!!
「……どうかした?」
「なんでもないっ、なんでもない!」
そう言って首を背ける。
……背けたほうの方向から、手が伸びてきていて。
その手は、丁度俺の心臓のところにあった。
どくん。
「なんでもないって事はないみたいねー。
○○の 助 兵 衛」
どくん。どくん。
「い、いや違っ」
振り向いて弁解しようとしたその手を、霊夢が掴み。
はだけたままの、自分の胸元へと当てながら。
「触りたかったの?それとも、見たかった……?」
そんな言葉を、口にしていた。
「え、れ、れい、む?」
どくん。どくん。どくんどくん。
手に触れた部分から、霊夢の心臓の音が聞こえる。
俺の心臓の音も、それに釣られるかのように、耳に聞こえてくる様な気がした。
「二人きりなんだし、いいわよ……?
その、いつもみたいな事じゃなくて
もっと、違う事……」
そういって目を瞑る霊夢。
俺は――
~ 一日目 ~ PM3:30
霊夢に触れていた手を、思い切り逃げる様にして引いた。
反射的に、ただ何も考えぬまま。
「……なに?もしかして、恐い?」
僅かに照れた様子の霊夢の声は、優しい。
「い、いや!でもこういうのは違うっていうか……なんていうか」
それでも、普段とは程遠いその行動に対し、何を言えば良いのか、見つからずに。
――それを見透かした様に、霊夢は、呟いた。
「私も……少し、恐い」
手を握り、今度は震える様に。
「あんたとの距離は、変わらないまま。
ずっと、ずっと、何もかもが同じままで。
私が居て、魔理沙が居て。
……あんたが、何時の間にか傍に居る。
でも、のんびりとし過ぎていて――
何時か、この距離が変わってしまったらって……
その時が来るとしたら、私は、恐い……
恐くて……」
「霊夢……?」
「だからそうなる前に。
……何とか、しておかないと。
私が、私の手で。
死神の奴に、距離を弄られるなんてまっぴらよ。
だから――」
彼女は、顔を見せない様にして、胸へと飛び込んでくる。
「私から、あんたの傍に行く……
何度離れても……何度でも……何度でも……」
霊夢は、しがみついて。
「傍に……っ」
呪文の様に、繰り返して。
……思わず、抱きしめたい。
そんな考えが過ぎった。
……しかし、今此処で彼女を抱きしめれば――
俺の中の何かが。
それを、拒絶する。
「……そう」
「ぁ……っ」
霊夢の手は、何時の間にか離れていた。
「いい度胸してるわ、あんた……私に魅力が無いって。そう、言いたい訳ね……」
「だからそうじゃないんだって!お、俺はただ」
霊夢は手を顔で覆い。
「……すっ。ひどい、○○っ……ぐすっ。
やっぱり私の事なんて、女の子として見てなかったんだ……。
ぅ、ぅ……ぁぁぁ……」
引き攣った声で、首を振り始めた。
「れ、霊夢……あの……」
「……私なんか……私なんて……ひ……く……っ……ぐすっ、うぇぇぇ」
「……う……あ……あぁいや……。
……ごめん。……ごめんな。
やっぱ、デリカシーって奴がさ、俺には、足りてないないんだ……」
突然様相を変えてしまった霊夢に謝る事しか出来ずに、顔を伏せてしまう。
――直後に、ずこっ!!
と、音がしそうな勢いの一撃が、頭へと炸裂した。
「冗談よ、冗談っ。
ふふ、本気にした?」
泣きはらした様子も無く、霊夢は至って普通の顔で笑っていた。
「へ!?」
「……はぁ。
あのまま手を出していれば、色々とさせる口実が出来たってのに。
変な所で臆病ねぇ、あんた。
こういう時、私、何言えば良いのかさっぱりになるわ」
片目を瞑りながら、呆れるようにして言うと、霊夢は俺の頭に手を乗せて。
「まっ、あんたが私の事を大事に思ってくれてるってのは、なんとなく分かった」
そうして頭を撫でてくる。
酷く馬鹿にしたような笑顔で。
「な、なんだよもうっ!
からかうような真似してさ?!
俺は、お前にそんな事される覚え――」
撫でていた手が、額へとあてられ、ぴんっ!と弾かれる。
「痛っ!!」
「これで貸し借り無し。手紙の件は、ね」
「あ――」
「……大人気無いのは、分かってるつもりよ。
本当は、怒る様な事でもないんだろうけど。
あんたがそういう奴だって言うのも、理解してたつもりだし……
ただ、他の連中が手紙を出すとはね。
私も、思ってもいなかったわ。
だからあんたは直ぐ私の所に来て謝る。
それでなかったことにするつもりだったわよ。
……居間に集まるまで、待たされたりしなければ」
霊夢はそう言い終えると、再び煎餅を取り出して、齧った。
「……そっか……」
「そうよ」
何の迷いも無く、頷いてみせる。
俺も、それに頷いてみせると。
「分かった、今度は――次は、直ぐにでも行くよ。
みんなに嫌な思いされるのなんて、俺だってごめんだしな」
そう、苦笑して、答えた。
「後で、三人にも謝らないと。
きっと霊夢と同じ、なんだよな?
だから、魔理沙の奴も少し元気が無いって言うか……」
霊夢が、何時もの様に頷くと思いながら。
「……何言ってんの、あんた」
彼女は、頷かなかった。
「え?」
変わりに、此方を見据えるようにして、悲しそうな目をしていて。
「他の奴がどうかなんて知らないわよ。
早苗の奴は何考えてるか分からないし、魔理沙はきまぐれだし。
咲夜なんて、主人が主人だから……ねぇ」
霊夢の口調には、全くの変化が無いのに。
しかし、何故だろうか。
先程の言葉が、耳を刺した様な感覚。
それと同時に、霊夢は先程よりも近く、俺の傍に居た。
「まだ勘違いしてるのね……」
勘違いって、何を。
霊夢は、何も言わず。
ただじっと見つめるようにして、俺の傍を離れなかった。
「帰りたいんでしょう?」
「え……。いきなり、何で」
「帰りましょうか」
彼女はそう口にすると、付け加えて言った。
『分かるわよ。貴方を一番理解してるのは、私なんだもの』
「……なん、だって?」
聞き取れない程の、か細い声で。
「行きましょう」
霊夢は俺に返事をせず、俺の手を握る。
何処か、温もりを失ったかの様な、温かさの手で。
~ 一日目 ~ PM5:00
心に何かが引っ掛かったまま、靄は晴れる事は無く。
霊夢は、ただ無言で隣を歩く。
途中、早苗が此方を見ていたが、
手を振って見せるとお辞儀を返し、何処かへと行ってしまった。
霊夢は、何も言わない。
それなのに何故か。
何も告げずとも、霊夢は”ぴったり”俺の横を歩いている。
何処へ歩くかが、判っているとでも言いたげに。
~ 一日目 ~ PM6:00
結局霊夢が離れるのに、暫くの時間を要した。
彼女が『じゃあね』と口を開くまで、俺は何もせずにただ、解放されるのを待っていたから。
……そうする事が、何故か最も正しい事の様な気がして。
~ 一日目 ~ PM6:30
自分の部屋へと戻ると、扉に鍵を掛けて、ベッドへと飛び込んだ。
一人きりになりたい。
色々な事がありすぎたせいだろうか、何故か酷く、眠い。
……眠い。
旅行って、もっと楽しくて、眠れないものなんじゃなかったっけ……。
頭に浮かんだその言葉には、何も、惹かれるものがない。
意識は、睡眠を選択した。
~ 一日目 ~ PM9:30
「あれ……」
瞼を閉じたまま、周りが真っ暗な事に気付く。
ベットの上にランプがあった筈と、手探りで探そうと手を伸ばして――
あった。
燃料の臭いと共に、うっすらと視界が明るくなる。
「……もう、九時過ぎか」
其処に見えた時計は、すっかりと日も暮れたと言う事を示していた。
体を起こし、ぱさり、と掛けてあった布団が落ちる。
「あぁ……」
渇いた喉のせいで、よりだるく感じられる。
……こんな時間だって事は、食事も、完全に摂り損ねた。
昼食の後に咲夜が残り物を片付けておいた事を思い出しながら、
俺は、扉のノブを捻るのも面倒だと思いながら、台所へと向かった。
~ 一日目 ~ PM10:00
台所には、誰も居ない。
ランプで照らされたテーブルの上には、新聞紙が大雑把に開かれていた。
「……もしかして」
捲って見ると、期待通り。
その下には、すっかりと冷めてしまった夕食があった。
「ん……?」
ふと、捲ったばかりの新聞を見る。
そういえば、此処は旅先の筈なのに、何故新聞などがあるのだろう?
紫の持ち込んだ何かだろうか。
ランプをテーブルに置くと、新聞を広げる。
視界に入った、それは。
新聞などでは無かった。
インクは水で滲み、読むことの出来ない、何かの、紙。
「なんだ、これ……」
どんな水に浸かったのかは分からないが、その色は新聞の色みたいに染まっている。
良く見ると端の方はまだ白く、うっすらと文字が読めた。
ちゃん*と*べな*と体、*すわよ
「汚な……」
余計に、下にある食事を食べる気が、失せていった。
~ 一日目 ~ PM10:10
……。
……。
……。
(あ、れ?)
誰も居ない筈の台所から、僅かな音が聞こえる。
音と言える程の大きさではないものの、
何となく嫌な感じのするその音に惹かれたのだろうか。
躊躇う事もなく台所の奥の方へと向かうと、暗がり中にうっすらと、明かりが、一つ。
「……そっ……わたし、は……」
その色に溶け込む様にして、魔理沙は。
火をかけて暖める何かに、泣きそうな顔で向かっていた。
(魔理沙……?何してるんだ、こんな時間に……)
声を掛けようかと悩み、彼女の顔をもう一度見る。
「魔理沙。こんな時間に何してるんだ?」
そんな表情の彼女を、放っては置けない気がして。
俺は、ランプを掲げ声を掛けた。
「誰っ……!!!」
泣きそうな顔は一転し、目を点にして驚く様に振り向いた。
「○、○○っ!?どうしてこんな時間に、ここにいるんだよっ」
「あー、いやまぁ」
「……つまみぐい、かなぁ」
少しばつがわるそうな感じで、俺は答えた。
「……で。此処で何してたんだ?」
嗅いだ事もないような臭いの横で、魔理沙は俯いたままだ。
「何か言わなくちゃ分からないって。
まぁ、言えない様な事なら無理には聞くつもりは無いけどな」
寧ろ、今は聞かれて困ることの方が多い様な気がする。
そう自分の中でツッコミを入れながら、優しく彼女の肩を叩いた。
「……本当言うとな。○○、お前をこの旅行に誘おうか、ずっと迷ってたんだ」
「ん」
取りあえず、切り出してきた話を黙って聞く事にする。
「ただの旅行なのにさ。でも、お前と一緒に旅行が出来たらって……そう思ったら。
私は、あの手紙を出していた。
駄目で元々って。
……なぁ、○○?
もし私だけの手紙だけだったとしたら、この旅行に……来たか?」
何となく照れくさくなってしまい、曖昧な返事をする。
「あ、あー……そうだな。来なかった、かも、知れないな?」
「あはは……」
魔理沙は元気なく笑って返すと、再び口を開いた。
「……来てくれてなくても、私は良かったんだ。
ただ、どうしてもな……
どうしても、伝えたかった言葉があって……
ずっと私は言えないまま……」
「え……」
今日、何度目か……また、似た様な状況になる気がして。
俺は自然と、距離をとってしまう。
……彼女は気にした様子もなかった。
「伝える為の切欠すら無かったんだ。
一日ずっと、私は、霊夢達が来た事を妬んでいて、あまつさえ――」
そうして片手で目を覆うと……声にならないような嗚咽が、漏れた。
「わた、し はっ。あの昼食の時に、霊夢達の皿に睡眠薬を塗ってたんだ」
「なんで来たんだよ、なんでお前達まで、お前の事……なんだよっ……
う、あ、ぁっ……」
泣き崩れる事は無かったが、その声色は荒い。
「す、睡眠薬?なんだってそんなものを……」
尋ねると、魔理沙は帽子で顔を伏せるようにして
「お前と二人っきりの時間が欲しかったからに決まってるじゃないか!!!」
そう、叫んだ。
台所の奥で、その声は反響したが――
外には聞こえたのだろうか……
「分かってるよ……自分が何をしたか位は、な……」
「分かってるって……お前」
「何してたかって、聞いたよな。
だから全部、手持ちの薬……煮詰めて処分しようと思って」
魔理沙の手元には、何時の間にかマグカップが一つ。
先程の、煮詰めていたというソレなのだろうか。
「……って、え?」
「すまない。
謝って済む事じゃないよな。
……これ飲んで、処分するから」
「ま、待て魔理――」
そう言おうとしたもう片方の手には、八卦炉。
「……止めないでくれ!!
それにこれ位の事をすれば、お前にずっと言いたかった事だって言える気がするんだ!
だから!!!」
「そんなことしなくたって……!魔理沙!!」
止めようにも、構えられた八卦炉は明らかに此方を狙い――輝いている。
今動けば、確実に撃たれるであろう!
「いやっ!私は、言うんだっ!!お前にっ……おまっ――」
バシンッ!!
――上から飛ぶようにして降りてきた早苗が、八卦炉を弾き、マグカップを手放させた。
~ 一日目 ~ PM10:40
「大丈夫ですかっ!○○さんっ!?」
少し焦った様な顔で、此方を見ながら、倒れそうになっていた魔理沙を支えている。
「あ、あぁ……って早苗まで、何で此処に?」
「まだ寝るには少し早いかなって、館内をうろついてたら……
そしたら此処から光が見えて、それでですよ。
そんな事より怪我はっ!?」
「いや、特にないよ。
それに魔理沙だって、本気で撃つつもりなんか無かっただだろうし」
そう言いながらも、内心少し焦ってはいた。
しかし、光が見えたといっていたが……
ここに入る時、奥にあった台所の火の灯りは見えなかったのに。
……あ、もしかして八卦炉から放っていた光の方が見えたのだろうか。
どちらにせよ、助かった。
「ありがとう、早苗」
「いえ、そんな……」
謙遜するよ様にして、軽く手を上げる。
「おかげで、魔理沙が変な物を飲む事も無かったしな。
こう、タイミングがいいのも奇跡なのかな」
そう言って、笑ってみせる。
「そうですね」
上げた手はそのまま下げられ、早苗の顔は無表情なものへと変わっていた。
「ああそうだ、取りあえず魔理沙さんを介抱しないと。
それと○○さん、御飯食べてないでしょうからお腹空いてますよね。
今から約束通り手料理を振るわせて貰えませんか?
少し、待たせちゃいますけど」
……?
早苗は目一杯の笑顔で笑っている。
おかしい。
そういえば、今日はそんな風に感じるのは、二度目の様な気もする。
しかし……
ぐぅぅぅ。
腹は、正直なもので。
「待たせてもらうよ……あ、遅くなってもいいから」
「はい!」
そう答え、魔理沙に肩を貸すようにして早苗は外へと出て行った。
「……今のうちに灯かりをつけておくかな」
~ 一日目 ~ PM10:55
ぱしんっ。
軽く、響く様な音がした。
「何時まで寝てるんですか」
軽く頬を叩かれた魔理沙は、虚ろながらも、意識を覚醒させる。
「なん、だよ……」
バランスを崩す様にしながら、魔理沙は早苗から離れようして、肩を引き剥がす。
――が、その手を早苗が握り、魔理沙の方をじっと見ると
「抜け駆けですか?流石ですけどね、魔理沙さん」
冷たい声で、冷たい表情で。
冷たい手で、魔理沙の手を握りながら。
「さ、早苗……?」
あっけにとられるようにして、魔理沙は体を引いた。
が、それに圧し掛かる様な姿勢のままで、早苗は言い続けた。
「今時流行りませんよー。外界でも、悲劇のヒロインごっこだなんて。
どうせなら、ちょっと頭おかしくなった感じでですね、こう」
ぎぎぎ、と早苗が握った手に力を込める。
「い、痛いっ!!痛いって、早苗!!」
「はい?良く聞こえませんでしたけど」
「ぁ、い、……やめろって、言ってるだろ!!」
そうして早苗を蹴り上げようとした魔理沙の足は掴まれ、そのまま壁へと放り投げられる。
「あぐっ!!」
「あぁ、それは確かに痛いかもしれませんね。
とまぁ、こういった感じでやってもらえれば」
「魔理沙さんを、立派に”処分する”名目が立つんですけどねー。まぁ無理かな」
そうして、魔理沙に手を差し出すと、笑顔で笑ってみせる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと部屋まで送りますから」
「お、お前……っ。さっきの話、何処から聞いてっ」
「あぁ、ごっこ遊びの?」
「ごっこ……って!」
魔理沙は剣幕を立てるが、早苗は調子すら変えない。
「良くは憶えて居ませんが、伝えたかった事がなんとか。
その辺りからですかね」
「……殆ど、全部盗み聞きしてたんだな。最低だ、お前っ……」
「貴方に言われたくないですよ。
人を眠らせる病気を持ったネズミさん?」
「……っ!」
その反応を見ながら、見下すような目で魔理沙の手を掴み、立ち上がらせる。
「やっぱり私、ネズミって嫌いかも知れません」
「……私もお前が嫌いになりそうだぜ」
立ち上がると同時、早苗の手を振り払った。
「……そうですか。魔理沙さん」
「なんだ」
「悪魔はどうか知りませんけどね。
私から、神様から、何か盗めるだなんて
微塵にも思わないで下さいね?」
「……私は借りてるだけだぜ」
「借すつもりも無いですよ?」
「そもそも、お前のものでもない」
……二人は、目を合わせると。
「もう……やめましょうか」
「この辺に、しておくかな」
声を合わせるようしてに、そう言った。
……そうする事が、当たり前の様に。
ただ、言わずにはいられなかった。
お互いそんな様子で。
「肩、借しますよ。ただし部屋までですけど」
「それなら直ぐに返せるな。
それにそんなもの、欲しくもないぜ」
そうして後は、適当に口を合わせるようにして部屋へと向かっていった。
その二人の後姿を、気配も無く。
霊夢が見送りながら。
~ 一日目 ~ PM11:10
手間取りながらも、何とか灯かりをつけ終わった。
「スイッチ一つで、軽くつけられる様な物なら良かったんだけどなぁ。
……まぁ、そんな都合の良い物、こんな所にあるわけないか……」
空きっ腹を抱えながら、テーブルを眺めうな垂れる。
ふと目に入ったのは、先程避けた、新聞紙らしき物の下にあった、食事だった。
「……んー」
あの紙のせいで一瞬にして食欲を削がれたが、良く見ると中々丁寧に作られている。
今は外気にさらされているスープなどはともかく、
食べ易い様に考えてくれていたのか、態々海苔で巻いたおにぎりまで用意してあったのだから。
(これ作ったの……多分、咲夜かな?)
実際、霊夢は余りそういう事も気にはしなさそうだし、
早苗はこれから作ってくれると言っていた。
睡眠薬を処分していた魔理沙は尚、在り得はしないだろうし。
おにぎりを手に取って口にほうばろうと――
その手は、後ろに居た誰かに掴み取られ。
おにぎりを剥がす様にして、奪い取られた。
「な、何をっ」
とは言っても、ここにくる筈の人物は一人しか居ない。
後ろを振り向くと、俺は彼女に文句を言って聞かせた。
「何するんだよ、早苗。作るったって、そんな早くは出来ないだろうし。
これくらいつまんでも、お前の料理を残したりしないって」
「……」
彼女はまじまじとおにぎりを見つめると、
残っていた皿を抱えるようにして、台所へと向かおうとする。
あぁぁ、このままでは俺のおにぎりが!
「早苗ってば!」
先程よりも、更に大きな声で呼びかけてやる。
早苗はその言葉に反応する事もなく――
……ボトボト。
……ボトン。
……ベチャッ。
抱えられていた料理を、台所の横にあったゴミ箱へと、躊躇いもなく、捨てた。
「あ……」
俺はあっけに取られたように、そんな言葉を口にしていた。
「何も、捨てる事無いだろ!?いきなり……」
「○○さん?」
ゴミ箱へと、おにぎりを放りながら早苗は言った。
「”こんなモノ”食べて、お腹でも壊したらどうするんですか……」
「もう、夕食から大分経っているんですよ?
幾ら上にラップが掛けてあったとはいっても……とても心から勧められるような物では」
こんなモノ。
……その言葉が、何故か別の意味を含んでいる様な気がした。
「それに、こんなもの食べたら、おなか一杯で食べられなかった。
私の料理が本当は不味かったのに……
何て言い訳の材料に使われてしまうかもしれませんし。
大丈夫ですよっ。
美味しいかどうかは分かりませんが、人並み程度に食べられるものなら、
作れる自信も経験も、ありますからね!」
「ぇ……?あ、あぁ。そっか。いや、不味いだなんて、俺は最初から思ってないぞ?!」
その懸念を、今の早苗が口にした言葉で振り払おうとする。
「ふふっ。言ってみただけです」
早苗はウインクで返事をすると、直ぐへと台所へと姿を消した。
~ 一日目 ~ PM11:40
声を掛けられてから二十分位は経っただろうか。
何だか、奥の方からいい香りが漂ってくる。
「えへへ。待たせちゃいましたか?
どうぞ、○○さん。
といっても、こんな夜中に脂ぎったもの食べさせる訳にもいかなかったので……」
そうして、目の前に刺身が置かれる。
「……え、さっきの香りは?」
「あぁ、それはですねぇ」
コトリ、とその横にお吸い物が置かれる。
「これがまた良く合うって、
神奈子様達にも言われてるんですよ」
「そ、そう……」
置かれた吸い物は透明な色ではなく、何処か濁ったような――
灰色をしていた。
……何処かで嗅いだような臭い。
それも、つい最近に……
「た、食べないんですか?」
慌てた様子の早苗の声が聞こえ、はっとする。
「食べるに決まってるじゃないか!!」
空腹になった腹と一緒に、そう叫んだ。
「……しかし何でこの吸い物、こんな色してるんだ?」
「貝の色ですよ。
しじみの味噌汁とか、飲んだ事ありませんか?」
「あー……そういえば。確かに、それっぽい色はしてた様な……」
「急ぎだったんで、結構変な色になっちゃったんですよー。
……え、えっと。……ごめんなさい」
「気にしてないって。よっ、と……」
そうして、料理を口へと運ぶ。
彼女の言う通り、刺身と吸い物の相性は、とても良かった。
~ 一日目 ~ AM0:00
彼の食べ終わった食器を片付けながら、私は一つの御椀を手にした。
「……んっ」
彼が口をつけた吸い物を淵を、軽く吸う様にして。
私は、その皿を洗い流しながら。
「○○さん……今度は直に……私と」
そう、呟いていた。
~ 一日目 ~ AM0:30
自分の部屋へと戻り、ノブを回す。
「……っと」
何事も無く、扉は開いてしまう。
どうやら、鍵を掛け忘れて……あれ?
そういえば寝る前に内側から鍵を掛けたような気がしていたのだが、気のせいだったのか?
だるかったし、まぁ無意識の内に開けたという可能性も、無くは無いが。
十分に満たされた腹が、あれだけ寝たというのにまた、眠気を誘ってくる。
……こんな時間なのだから、仕方ないのかも知れないが。
それにこんな時間に部屋の外をうろついているとしたら、ある意味……
男一人という点も置いて考えてみると、さっさと寝た方が良さそうだという結論に達した。
うんうん。
~ 一日目 ~ AM0:50
食堂での片付けを終えた早苗は、手早く自分の部屋へと戻って来ていた。
……用があった訳ではなく。
それは、希望の様なもの。
早苗はベットにも入らず、明かりをもつけずに、ぼうっと部屋にある鏡を見る。
絹のずれる様な音がした。
鏡に映っているのは、あられもない自分の姿。
部屋の鍵は開けてある。
もし、もしも、彼が来たら――
「……あっ、ふ……ふ、ふふふ……」
鏡に移った自分の傍に、彼が居るみたいに想像する。
「そうですね……でも」
手を伸ばしながら、呟いて。
「貴方が捕まえてくれてるんでしょうか。
それとも、わたしが」
……っく、ふ、ふふふ……
~ 一日目 ~ AM1:00
部屋の鍵どころか、扉の開いている部屋がある。
魔理沙の部屋だ。
「私は……私は……私は……」
外には僅かに漏れている程度だが、何度も同じ言葉を繰り返している。
「○○……助けて……ねえお願い……助けて…………助けて……」
何に対して助けて欲しいのかは、誰にも分からなかったが、彼女はそれを繰り返す事で。
何かを保ち、何かを誤魔化しているかの様だった。
「……ひっ、くっ、……ぅぅぅ」
声にならない言葉も一緒に。
ふと、魔理沙は目を開くと、なんとなくドアの方に、視線がいった
そして
そこに
「……えっ。
れ、れい……む?」
(魔 理 沙)
そう、言って答えたのか、口が動く。
慌てて泣いて居た目を擦り、その先にあった彼女を確認しようとしたが、姿は無い。
……最初から誰も居なかったみたいに。
「ははっ……やっぱりどうかしてるぜ、私……」
枕へと顔を埋め、目を閉じると。
そのまま疲れ切った様に、眠った。
~ 一日目 ~ AM1:20
食堂のゴミ箱に合った自分の料理と、見る影も無い、自分の手紙を眺める。
咲夜は、動じた様子も無くそれを袋に包み、外へと出しておく。
「全く、手強い連中ばかりね」
そういって、笑いながら。
しかし自分の手紙がこんな色になるまで何かに浸されているのは頂けないと思っていた。
もし、こんな物を敷いておいた料理を彼が食べたら、何をするか判らないと言うのに。
主に自分が。
「犯人は誰かなぁ、料理を作ったのは早苗、変な実験でもしてたのは魔理沙だと思うんだけど」
おおよそ当たってはいた。
「だとしたら消去法で犯人は霊夢ね」
と、軽口を叩く。
「……あっ!いけない、忘れてたわ」
そう言うと、突然思い出したかの様に、咲夜は時間を止め、ある人物の部屋へと向かう。
○○の部屋へと。
閉じていた鍵を、音も無く開けてやると、完全に眠っている○○の顔を眺め、微笑む。
「思ったとおりでしたわ。また、布団もかけずに眠ってしまって」
そう言って布団をおいて掛けてやると、○○と少し距離を置いたところで術を解き、
顔を見て、囁く。
「貴方を護ってあげるからね、○○。
貴方が貴方の手で、私を捨てる日が来ない限り」
術を、再び起動すると。
昼間吸った首筋を、そっと唇でかんだ。
「……っ、あむ」
これで心奪えたら、いいのにね。
そんな事を思いながら、彼女は部屋の鍵を閉めると、さっさと自分の部屋へと戻っていった。
~ 一日目 ~ AM2:00
霊夢は、眠っている。
唯一つ、変わった様相があるとすれば――
彼女の手に、握られているモノが
……一枚の、札だったと言う事。
最終更新:2025年09月15日 01:19