~ 二日目 ~ AM 6:00


 普段より長く眠りすぎたせいだろうか、頭がだるく感じられる。
(ゆっくりする予定だった一日目で、気が休まらなかったからかな……)
 そう思いながら やれやれ、と溜め息をつく。

 早苗のしおりにあった地図を片手に洗面所へと向かい、用を済ませると、そのまま顔を洗った。
 気だるさはまだ若干残っているが、先程よりはマシになった。

 そのまま洗面所を出ると、霊夢が外で立っているのが見える。
 昨日の事は水に流してくれたのだろうか、そのまま手を上げてきた。
「おはよう、霊夢」
 自分も、朝の挨拶を交わそうと声を掛ける。
「おはよう○○。やっぱり此処に居たのね」
「やっぱり?」
「巫女の勘よ」
「……や、お手洗いの場所を察知する巫女ってどーなのよ」
 そう言ったが、そのまま話を続けてくる。
「二日目の予定、覚えてるわよね?」
「えーっと……」
 しおりにあった日程を辿る。
 確か朝食をとってそのまま、辺りの調査(という名のハイキング)に出かける予定だった筈。
 そう答えると、霊夢はまたもやっぱりと言いたそうな顔をして、額に指を当てた。
「あんたねぇ……」
「え?何か俺、間違ってたか」
「だからそう言う事じゃなくて、誰と行動するかって事よ。
 確かに調査とは書いてはあるけどね。
 全員で一緒に行くとは、何処の欄にも書いてないでしょう?」
 そう言われ、一応はしおりを見る。
 確かに書かれてはいないが。
 ……態々、別々に行動する事の意味を考えると、どうにも煮えきらず、
 思ったままを口にしてしまう。
「わざわざ二人きりでなくても……皆一緒に行けばいいんじゃ」
 そこまで言って、やっと気付く。
(二人きり?)

「あっ、そう」

 霊夢は目を鋭くさせ、そのまま後ろを振り返ってしまう。
 ……しまった。
 朝早くからそれを誘いに、探しにきてくれていたのか。
「あ、いや……行こうか?二人で」
 慌てて取り付くような言葉を口にするが、
「別に良いわよ。皆一緒の方が楽しいんでしょ」
 手遅れだった。

「霊夢……」
 昨日一日のうちに、全員が自分に好感を持ってくれている事は何となく分かってはいた。
 ただ、それを心では信じきる事は出来ず、その上未だに自分の気持ちさえ分からない。
 誰が好きで、誰に好かれたいか。

 そんな事、考えて接した事も無かった。
 みんなの、そんな素振りさえ気付かなかったから。

 でも今となっては、何度かそう言う事があったのかも知れない。
 そして、その度に自分が彼女達に同じ様な想いをさせていたのではないか、と。

 ……そう考えながらも、今目の前に居る彼女の想いを無碍にしたくなくて、その手を掴む。
「待ってくれ!」
「なによ!」
 後ろを向いたまま立ち去ろうとしていた彼女を振り向かせると、その視線に一瞬たじろぐ。
「あんたが……楽しいんだったらそれでいいじゃないの」
 そうして笑顔を作っては見せるが、視線は鋭いままで。
「私は、昨日も言った通りあんたの事を理解してるつもりよ。
 だから、○○がしたいようにすればいいと思うし、私だってしたいようにする」

「でもあんたが”どうしても”私を誘いたいって言うなら、話は別だけど」

 ……此処での霊夢の提案に乗る事は、今後何かの引き金になる様な気がしたが。

 カチリ、と。

 ……残り後、三つの……

 引き金を。

 自分は、引いていた。

「”どうしても”霊夢と一緒に行きたいんだ。
 なっ、一緒に行ってくれないか」
 そう言うと、霊夢の顔に柔らかさが戻る。
 目付きはそのままだったが、笑顔に明るさがあった。
「……そこまで頼まれたら断れないじゃない」
 しょうがないわね、そう言いながら。
 霊夢はそのまま自分の胸へと飛び込んできて、小さな声で、
「……ありがとう。○○」
 そう、囁いた。

 それよりも小さく、○○には聞こえない声で。
「う れ し い」
 と、口元を歪ませ、呟きながら。



 ~ 二日目 ~ AM8:00


 最低限の用意を済ませ、さっさと霊夢と出掛ける支度をし終えると広間へと向かった。
 軽く何か食べておきたいと言うのもあったが、弁当も作っておかなければと。
 霊夢も何か、用意があるからと言って、そのまま顔を見せない。
 ……まぁ、女性は色々と手間の掛かるものらしいし。
 そんな事を考えながら、横目に釜を見つける。
 中には当然の如く炊き立てのご飯が。
(あれ……そういえば台所、綺麗になってる)
 魔理沙が薬を処分していた事を思い出して、そのあと早苗に夕食を作ってもらって。

 とすると、早苗が片付けておいてくれたのだろうか……?
 何か釈然としないまま、良く洗った手で、一つ一つおむすびを握る。
「早苗、咲夜、魔理沙、それに霊夢の……っと」
 そして自分の分を忘れない様にしてそこに置くと、隣から手が伸びるのが見えた。
「あっ」
 反応出来ずに、そのままおむすびは口元へと運ばれてしまう。
「おひゃようございましゅ、○○ひゃん」
 口をもごもごとさせながら早苗が喋る。
「……ぷはっ。美味しそうだったから、つまみ食いさせてもらっちゃいました」
 にこにこと笑顔で話してくるので、怒る気も失せた。
「今食べた所悪いけど、これは昼の分だぞ?
 それにまだ海苔も巻いて無かったって言うのにさぁ」
 呆れるようにしてそう言うが。
「あぁ、いいんですよ。だって○○さんの握りたてが……」
 はっとしたようにそこで口を噤み、顔を真っ赤にしてしまう。
「あ、い、いえ!何でもありませんよ!?」

「……え、何?」
 しかし握るのに夢中で、声が良く聞こえていなかったのだが。
 早苗が食べてしまった分を補充すると、ふぅ、と息をついた。
「あ、あの……○○さん」

「ん?」
 間隔を置いてまた、早苗が声を掛けてくる。
「良ければ、今日の予定なんですが……あの、二人で……」

「二人で、外を歩きませんか?折角の機会ですし、どうせなら、私は……

 ○○さんと二人での方が、楽しいかなっ、て……」
 少し聞き取りづらい声で、しかしはっきりと早苗は言った。

 霊夢と同じ様な、提案を。

 ……先程までおむすびを握っていた手から、力が抜け落ちる様な気がした。
 言いたくない。
 けど、それは。

 優柔不断で、それ以上に誰かを傷付けているのだと。
 自分に言い聞かせる様に。

「ごめん……先約があってさ」

「……
  ……
   ……は、えっ?」

 早苗の顔が、真っ白になった様な気がした。

「え、え、……ぇ?

 先約って……だ、誰……」

「霊夢となんだけど……な。
 約束、したから。

 悪いけど、今回はさ……」
 この場を濁すような言葉を混ぜ、早苗の気持ちを考えないようにする。

 ……だから皆で一緒に行く事にしておけばと……

 いや。
 ……仮に先に約束したのが早苗だったとして、この状況が変わったのか?

「なんで」
 そう考える自分の耳に、真っ直ぐとした声が聞こえた。
「なんでですか……」
 真っ直ぐと、悲鳴の様に高い声が。
 ぽろぽろと涙を流す早苗の、声が。

「さ、早苗っ!?」
 慌てて何か言おうにも、何も思いつかない。
「そ、そんな泣く様な事じゃないだろっ!?
 ほら、また今度旅行に行く時には早苗と一緒に行くって事で約束……」

「な ん で っ! な ん で 霊 夢 なんですかっ!!」
 大声で、彼女はそう叫んでいて。
 俺の声は、届いていなかった。


 ~ 二日目 ~ AM9:00


「……好きなんですよ?」

「私は、○○さんを好きなんですよ?」
 目の前に居る俺に、投げかける様に呟く。
 その様そうに呆気に取られ、俺は何を喋って良いのか分からなくなっていた。

「あなたの事、こんなにも愛しているのに……」

「……霊夢のが、私より大事なんですか?」

「な、何言ってるんだよ。
 愛してるとか、何を突飛な……
 早苗も霊夢も、俺にとっては大事な」

「友達ですか」
 先読みしたようにそう言う。

「○○さんにとってはそうかも知れません、でも」
 早苗は何時の間にか近付いて、頬を撫でていた。
「私にとっては、あの人達の事なんか。どうだっていいんですよ……」

「……私にとって大切なのは……だって

 最初から、あなた一人に」
 撫でていた手で、引き寄せるようにし、口づけようとする――
「愛して……愛してもらう事……」



 ~ 二日目 ~ AM9:20


 ぐい、と。
 口づけようとする、早苗の肩を突き放すように――押していた。

「…… …… ……」
 早苗は口をぱくぱくとさせながら、真っ白い顔を青く染める。
「…………○○さん………………○○…………」
 もう一度近付こうと力の無い手で、自分を捕まえようとする。
 けれど、その手は何も掴む事は無く――

 一歩後ろへと下がった、その場所を空振るだけだった。

「…………嘘……嘘でしょ?」

「私は、○○さんの事が好きなんです……

 誰にも……霊夢や、魔理沙さんや、咲夜さんなんかより、ずっと!

 誰よりも!!

 あなたの事が好きだって、そう言ってるのにっ!

 分かってくれないんですか……?」
 焦点の合わない目のまま、早苗は喋り続けた。
 自分に話しているのか、早苗自身に言い聞かせているのか、もう分からなかった。
 そして、傷を抑えるようにして、自分を突き放した部分を摩る。

「……あなたは……もしかして私の事……」

「……………………ですか?」
 絞り出したような声で、とても聞き取れはしなかった。
 が、早苗の目は先程と違い真っ直ぐに此方を見ている。
「愛してくれないんですか?」

「あなたは、私を――」

「好きになって、くれないの?」


 無言のまま。
 何も答えられない。
 それが、今出せる俺の答えだった。

 ――ぎゅっ。
 其処に割り込むようにして、手を握られる感触。
「行かせません……」
 早苗。
「行かせませんよ……霊夢となんか……絶対。

 ううん、魔理沙だって……絶対。

 あのメイドが相手だって……絶対に」
 早苗の握り締めた自分の手が、痛い。
 それなのに声も出ない。
 首を絞められている訳でもないのに、何故。
「○○さんは私と一緒に居ないと……

 そうよね……私以外皆、妖怪と暮らしたせいでおかしくなってる奴ばっかりなのよ。
 だから、○○さんもそれに誑かされていて……

 あぁ。早く何とかしないと」

「私の大好きな○○さんが私を拒絶するなんて、ありえない」

「ありえない 絶対」

「○○さんが 私以外を好きになるだなんて それこそ奇跡でもないんだから」

 くすっ。

 そうして、早苗は笑った。
「ああでも……」

「私がどれだけあなたを想っているか、伝わっていないだけかも知れませんね。
 だから今、教えてあげますよ」

 びゅうっ、と強い風が吹き、俺はそのまま後ろへと倒れこんでしまう。
 間髪入れずに、早苗はそのままマウントポジションを取ると、
 三度、自分を方へと顔を寄せてきた。

「ちょっ……待てって!」

「もう待てませんよ。どれだけ我慢したと思ってるんですか……
 そんな事も分かってくれてなかったんですね」
 悪戯っぽく早苗は笑っているが、押し返す事は出来そうに無かった。
 思った以上に不味い体制を取られていた。

「……ただキスしようとしているだけなのに、こんなにもドキドキするものなんですね……

 やっぱり、あなただから。

 ……ふふ。……うふふっ」
 そうして、早苗の唇が重なってきた。
 ねっとりと、濃厚に。
「噛んでもいいですよ」
「?!」
「あなたに殺されるなら、幸せよね、きっと」
 そのまま舌が入ってくると、舌の裏の唾液が溜まっている部分を、じゅくじゅくと舐めてくる。

 そして、唾液が糸を引くようにして早苗から滴り落ちた。




 ~ 二日目 ~ AM 9:40


 唖然とした顔で、俺は早苗を見上げているのだろうか。
 ……今された事を思い出し、そして悲しさを覚えた。

「どうしてそんな顔、するんですか」
 無理を言うな。
「やめて下さい……○○。
 ほらっ、そんな顔してたら、幸せが逃げてっちゃいますよ!

 笑って下さいよ。
 もっと幸せそうに……

 笑う位、良いじゃないですか。
 だから……

 だからそんな目は、やめてよぉっ!!」

 早苗の手が俺をはたこうとして、振り上げられる。


 が、そう思った瞬間にはもう、早苗の姿は無かった。
 いや――

「男性に無礼を働いても許される淑女って、うちのお嬢様ぐらいよね」
 右脚を蹴り上げるようにして隣に立つ、咲夜の姿が全てを説明している。
 そして壁に叩きつけられるようにして、早苗はもたれかかっていた。
「だから当然許さないよ」
 起き上がろうと早苗が頭を上げようとする姿が見えた時には、
 もう咲夜は其処に居て――

 パンッッッ!!

 と、響きの良い音をさせて、早苗をひっぱたいた。

「なん……なん……い、いきなり現れて、な、なんですか……」
 早苗は一瞬面食らっていたが、直ぐにその表情は怒りのものへと変わろうとしていた。
 が、それを見下すかの様な視線と一緒に。
 喉元に向けたナイフの先端から、言い知れぬ程の威圧感が放たれている。

「何って?」
 咲夜は笑顔で笑う。
 そして直ぐにまた、視線を戻した。
「当たり前の事が分からないのかしら?
 随分と溺愛されてきたのね、うちのお嬢様の方が幾分か――

 いえ、遥かにマシだわ。
 神様と一緒に育つと、我侭になるに違いありませんわ。

 ね?○○」
 一瞬だけ後ろを振り向いて、優しく微笑みながら同意を求める。
「――神奈子様や諏訪子様を愚弄するのっ!?」
 そういって食って掛かろうとするが、咲夜はそのまま振り向かずに言った。

「愚弄してるのは貴方でしょう?早苗。

 同じ相手を想い合う同士、ある程度は認めていたつもりだけど。
 ……でも、貴方のは完全な独りよがり。
 ○○へと想いを押し付けて。
 想う様に強要した。

 そして何より、力で解決しようとした――」
 咲夜は早苗へと振り返った。
 笑顔だ。

「ならどうなるか位、”解ってる”わよね?」

「……あ…………」
 弾幕ごっこ。
 平和的解決の為の、方法があった。

 しかし、それさえも無視し、最初から暴力に訴えたなら――

 周りはどんな手段を取るだろう。
 どんな行動をするだろうか。

 例えそれが、どんなにえげつなかった方法だとしても、文句は言えないだろう。

「最低限のルールも守れない子はね、幽閉されたって文句も言えないのよ?
 妹様を例に挙げるわけじゃないですけど、それはそれは危険ですから」
 そして、感情も込めずに
「殺されたって仕方ないわよね」
 言った。


 ~ 二日目 ~ AM10:00


「行きましょう」
 そう行って早苗から離れた咲夜は、俺の手を掴み起こす。
「――ここに居ても、得るものは何もないですから。

 後は、時間が解決してくれますわ。きっと」
「……あ、あぁ」
 少し躊躇いがちに返事をする。

 ふと、少し咲夜がまた一瞬、早苗を振り返った。
 ――ほんの少しだけ、寂しそうな。悲しそうな目をして。


 ~ 二日目 ~ AM10:10


 一人残された私は、壁を叩く。
「……っ!」
 ドン!
「……くっ、ぅぅ……」
 ドンドンドン!!

 あの人の目を思い出しながらも、私は憎しみと○○さんに拒絶された事でしか、
 頭が回りそうに無かった。

 突き放された部分が、ヒリヒリとする。
 叩かれた訳でもないのに、はたかれた頬よりもずっと、ずっと。

「……好きなのに」

 こんなに、好きなのに。


 どうして神様は、こんな意地悪をするんですか


 ~ 二日目 ~ AM10:30


「用意がいいなぁ……」
 咲夜の部屋へと運ばれた俺は、朝食にありついていた。
 その言葉に、咲夜が少しだけ嬉しそうに笑ったので、俺は少し照れてしまう。
「とにかく、無事で何よりだったわ」
「いや、無事って……そんな大袈裟な」
 感謝はしながらも、先程の咲夜のプレッシャーを思い出して、そんな言葉が出た。
「別に怪我をするほどの事はされてないし、早苗だって……」
 あの行動を取った事自体を否定する様な風に、口が滑る。
「無事なんかじゃ無かったじゃない」
 が、そんな事などどうでも良い様に、彼女は話を進めた。
「え、でも何処も怪我はして無いし」
「当たり前ですわ」

「そしたら今食べている朝食が、下品な味の肉料理に変わっていた所ですから。
 美鈴にも食べさせられない様な味の」
「さらっと、恐ろしい冗談言うね……」
「冗談に聞こえる?」
 また笑顔だ。
「……冗談にしておいてな」
「努力はしておくわ」
 おい。

「……黙って見過ごして置いて上げていたのに。昨日の事も」
「ん、何?」
 良く聞き取れなかった。
「こんな事なら、昨日しておくべきだって言ったのよ」
「……?何……」
 何をだ?

 そう言い終える前に、咲夜の唇が軽く重なっていた。
 優しく、柔らかな感触。
 洗剤と香りの良い石鹸の混じったような匂いが、一瞬頭を刺激するみたいに。
 目を閉じて、近くでほんのりと赤らんだ彼女の顔は、とても魅力的だった。

「あの子に先は取られちゃったけど」

「ぅあ……」
 思いっきり、思考が停止した。
 いや時間は止まっていないが。

 咲夜もかなり照れているようで、一向に顔をあわせようとしない。

 ――昨日今日感じた違和感が、一瞬で吹き飛ぶような感覚だった。

「あの子と同じ、陳腐で捻りの無い言葉だけど……

 私も……………………あなたが、……好き」

「……」
 俺はまた、黙り込んでしまう。

「あ、でも今直ぐに答えを求めてる訳じゃないのよっ!?」
 が、少し崩れた口調で弁解しようとする咲夜の雰囲気で、俺は自然に微笑んでいた。

「そういう顔しないでっ……私だって、こういうのは……。

 っ、恥ずかしい事ばかり言わせないで、あなたも何か喋りなさい!」

「あ、えぁ、い、いきなりそんな事言われても?!」

「いーいーかーらー!」

「えぇぇー!?」

 冗談交じりにナイフを投げてくる彼女から逃げつつ、俺はやっと素直に笑えていた。


 ~ 二日目 ~ AM11:00


 霊夢と出掛ける約束をしていた事を話すと、
 咲夜は一瞬で先程回収していたらしいおむすび(○○作)と、
 彼女のおかずが詰まったパックを包んだ風呂敷を差し出してきた。
「な、なんか悪いな」

「ふふ」
 早苗の事もあり、少し言いづらかったが。
「あ、でもね」
 咲夜は思い出すように言う。
「まだ今夜の予定は決まっていないんでしょう?
 でしたら少し、付き合ってもらえないかしら」

「え、あぁ……」
 確かに異存は無い。

「決まりね。
 時間は何時になるか分からないだろうし、あなたが迎えに来てくれた時で構わないよ」

「分かった。終わったらなるべく早くに」

「約束よ?○○」
 そう言うと、咲夜は手を振り、去る様に振り向く。

 自分も霊夢の部屋へと向かおうと、一歩踏み出した瞬間、目の前に咲夜の姿があった。

「あぁそうだ、忘れ物をしていたわね。

 はい」
 言われた直後に、風呂敷から重みを感じた。
 ――何か、ずっしりと。

 風呂敷からは布の様な物が見える。

 ……ハンカチ?
 いや、その布の中に

 鋭く光る、刃物の様な――

「外は、何があるか分からないから」
 咲夜は近付いたまま、一緒に手に救急セットを手渡してくる。
 ……あぁ、なんだそう言う事か。
「”くれぐれも”気をつけてね?」

「ああ。分かったよ」

「でも何かあったら、出来る限り駆けつけるから。○○、あなたは私が護って上げる」

「ははは。期待してるよ」
 そうして俺も彼女へと手を振ると、その場を立ち去った。


 そう

 例え 何があっても

 私があなたを 護るから――

 ね?


 ~ 二日目 ~ AM11:40


「随分と時間が掛かったじゃない」
 ……その言葉に何か含みを感じる。
 苛立ちというか、何というか。
「遅くなって悪い。これを用意してたら、な」
 言うと同時に弁当を盾みたいにして、見せ付ける。
 だが霊夢はを手で横に避けると、下から覗き込むようにして、可愛らしく睨んできた。
「……分かってるわよ、それを用意してたから遅くなってたのはね。
 でも、ね。”遅すぎる”のよ。
 いつもより、格段に」
 強気にそう言って。
「いや、何時もよりって……
 俺が弁当を作る時間を把握してるみたいじゃないか」
 それに笑いながら答えるが、霊夢の顔は更に少しきつくなっていた。
「当然」
 即答してくる。
「……。えっ……」

「把握してないわよ、そんな事」
 が、普通の答えが返って来た。
「でもね、その風呂敷の包み方……そんな丁寧に○○には出来ないでしょう?
 中身だっておかしい。量だって、それに包んである”それ”も」
 ……体面だけは普通の。
「ねぇ。
 誰と何をしてたの?
 聞くまでも無いけど。
 私とこれから出掛けようって時に、どうして……
 咲夜と一緒に過ごしてるわけなのか」

「分かるように、説明してくれるかしら。○○」
 ……押し黙ってしまう。
 何と答えようかと考えていると、こほん、と咳払いをする音が聞こえた。
「……なーんてね」
 ずごっ!!
 先日受けた頭の衝撃よりも若干重い一撃が、自分を襲った。
「んがっ!?」

「昨日も言ったけど、あんたが私を大事に想ってくれてるのは知ってるから。
 ……でもね、私は。
 ○○のだけで良かった。
 そりゃ咲夜の方が、上手には出来るでしょうけどね。
 美味しい料理を食べる方が好き、美味しいお酒を飲む方が好きだって、それもそうよ」
 霊夢がすっ、と腕を回し見上げながら。
「でも」
 と付け加えて言った。

「美味しい料理であれ、美味しいお酒であれ。
 食べ合わせが悪ければ、食べたくも無くなるし」

「……何より、気分も悪くなるわ。
 美味しく食べられないじゃない……。

 折角二人でっ、て……○○が誘った癖に」
 霊夢の見上げる瞳の奥には、濃い何かが渦巻いているようにも見えた。
「……今回も目を瞑るわ。
 少なくとも、意図して取った行動じゃないだろうし」
 一歩的だった彼女の言葉に、やっとの事で返事をする。
「あ、ぁぁ……
 昨日から何だかこんな調子で、悪いな。
 でも霊夢の言う通り、狙ってやった訳じゃないから」
 そのまま軽く小さな体を抱くと、真っ直ぐに顔を見て答える。
「……うん。信じてるわよ?」
 その言葉に、何故か咲夜との先のやり取りが思い出され、
 胸の中に漬物石が乗ったような、妙なだるさの様なものを感じていた。

(だからあんたのその”勘違い”が治るまで、待ってる)
 霊夢が自分を見つめて居た事を、忘れたまま。


 ~ 二日目 ~ AM12:30


 森の中を霊夢と談笑し、歩く。
 先程までの雰囲気とはうって変わり、この旅行に来る前――
 神社での日常にあった、そんな空気を感じていた。
「結局、旅行ってったって……異変解決の暇潰しとそう変わらないわね。
 やってる事は観光と、美味しい物を食べてるだけ。
 弾幕ごっこという酒肴品がない、それだけが違いの様な気がしてきたわ」
「いや、全然違うと思うんだが。
 というか、異変解決は暇潰しだったのか?」
 何気ない相槌に、霊夢はくすりと笑ってみせる。
「最近はね。
 他に夢中になれる事があるからかしら。
 これでも大変なのよ、難易度と敷居が高くてね」
 霊夢は本当に楽しそうだった。
 それに俺は、そのまま感心し、答える。
「……意外だな。何かにそんな夢中になるなんて、無いと思ってた」
 が、彼女は片目を伏せるようにして頭をわしゃわしゃと掻くと、はぁ、と溜め息をついた。
「……えぇ。ほんと、攻略法があるなら知りたいわ」
「ん?」
 その意図に気付かないまま。

 森の中を二人で歩く、その背後の影に気付かぬまま。


「……霊夢……………………さん。○○さん…………」


 ~ 二日目 ~ AM13:10


 森の木々に包まれた世界を霊夢と二人歩き続けていると、
 其処にはぽっかりと日の差した木々の覆われていない場所があった。
 何本か倒れていた枯れ木には、苔や雑草が生えており、
 何処と無く年月を感じさせるような雰囲気がしていた。
「……うーん」
 霊夢が片手を上げ体を大きく伸ばすと、そんな声を上げる。
「そうね、中々良い場所だと思わない、○○」
「あぁ、そうだな」
 快く返事をすると、霊夢はほがらかな顔をしていた。
「丁度良い時間だし、そろそろお昼にでもしましょうか……
 ふふっ、と言っても。○○が作ったのはおむすびだけだろうけど」
「酷いな、まだ皮肉るのか?」
「何の事かしらね」
 霊夢は先に倒れていた枯れ木にシートを掛けると、そこに座って隣をポンポンと叩く。
 隣に座って一緒に食べよう、という事だろうか。
「い、今行くよ」
 やはり少し照れてしまう。
 色々あったせいか、様々な想像が巡り……どうにも落ち着けない。
(……面目も何もあったもんじゃないな、全く)
 そして霊夢の隣へと座ろうと足を進めた途端――

 ギュゥッ。

 柔らかく、しかし力強い何かが後ろから自分を束縛した。


「……お二人で何をなさってるんですかぁ~?ねぇ、○○さん。霊夢さぁん」
 ……この声は。
「さ、早苗ッ!?」
 素っ頓狂な声で彼女の名前を呼ぶと、彼女のつるつるの髪が首筋を沿う様に触れた。
 早苗は顔を自分の隣に寄せ、そして頬を当てていた。
 その時見えた霊夢の顔はだるそうな、面倒くさそうな。
 ――しかし、隠し切れない怒りの色が、空気から滲み出ていた。
 それは、早苗からも。
「早苗……何か用?」
「いえいえ。どうぞそのまま……続けて下さって構いません」
「お、おい……」

「……」

「……」

「……」

 沈黙。

 先に口を開いたのは、霊夢だった。
「……あんたの分の食事なら、用意してないわよ。
 とっとと屋敷にでも戻ったら?」
 そういうと早苗は自分から離れ、わざとらしく首を傾げた。
「はい、そうですね!
 なんて言う訳無いの、分かっててそんな事聞かないで下さいよ」
 霊夢の表情は更にむっとしていた。
「あんたねえ!
 私は○○が来たいっていうからこうして……」
 ガタンッ!
「ウソツキ。
 ○○さんがそう言うって分かってて、誘導したくせに」
 早苗は少し顔を伏せたまま、わなわな体を震わせていた。
「……なっ」
 霊夢もその言葉に少し動揺しているようだった。


 ~ 二日目 ~ AM13:30


「……○○さんは、優しい人なんですっ」

「……知ってるわよ」

「……それだけじゃない、よく気が付くし……私達の為に、色々な事を考えてくれていて」

「……だから、知ってる」

「悪い所だってあります!
 私たち全員の気持ちも、今まで知らないで!!傷付けて!!!

 でも知ってたらそうじゃないんですよ……
 私達の事、本気で悩んで、苦しんでくれてるんですよっ!!」

「…………知ってるって、言ってるでしょうが!」

 早苗の叫びが、霊夢の怒声にかき消される。
 が、早苗はそれを受け流すような顔で見据えていた。

「ウソツキだって認めるんですね」

「え……あ」

「弾幕でも誘導、お上手ですものね。
 ……それだけじゃない、○○さんの事全部把握してるんじゃないんですか?
 考え方。
 趣味に遊び。
 好みに嫌いな物まで。
 全部先読みしたみたいに」

「……だったら、何?」

「それって……楽しいんですか?」
 早苗は冷たい目をして言った。
「霊夢さんはドキドキしてるんですか?

 それって、恋じゃなくて、ただの――」

 くすっ、と笑いながら。

「本能のままの、肉、欲。――とか、ね」  

「…………っ…………」

 ……霊夢は目の色を変え、早苗を凄まじく睨んだが全く気にせずに此方に直ると。


 また一つ、カチリと音を立てて。

 引き金が引くように。


「ねぇ、○○さん」

「○○さんは本当は――

 誰を見ているんですか?

 教えて

 頂けませんか――」

 言葉を、零していた。


 ~ 二日目 ~ AM13:40


「誰を……って……」
 浅く広くで接してきていた彼女達から。
 昨日からのやり取りを考えれば、この質問が何時かは来ると
 ○○も予感しては居た。
 ただ、こんな風になるとは思っても居なかったが。
「……っ」
 唇を噛み締めるようにして、○○は思考を巡らせる。

 自分の行動を熟知しているかのような、霊夢。
 二人きりで過ごしたかったと、薬を使おうとしていた魔理沙。
 誘惑するような態度、しかし自分を前から好きだったと言った咲夜。
 ……そして同じく自分を好きだと言った。
 無邪気で……いや、自分に素直すぎる早苗。

 即答出来なかった。
 霊夢から真っ直ぐに向けられすぎている好意。
 魔理沙と培ってきた長い時間の友愛、けれど此処で僅かに見せた彼女の恋心。
 咲夜の献身的な親愛。
 ――そして、早苗から感じ取れた。
 無垢な黒色をした、純粋な愛情を。

 早苗にも霊夢にも顔を合わせられず、○○はただ黙る事しか出来ずに。
 顔に、嫌な汗が伝っていったのが○○自身にも分かった。


 ~ 二日目 ~ AM13:50


 長い沈黙が続く中で。
「早苗」
 それに○○へと助け舟を出すかのように、霊夢は口をいたく。
 ――今迄に無い、殺気の篭った声で。
「○○をそんなに弄んで、楽しいの」
 早苗は気にした様子も無く、佇んだまま答える。
「……弄んでるって、誰を?」
 強い意志を感じられる程の声で、笑いながら。
「遊ばれてるのは霊夢さん達に決まってるじゃないですかぁ~!」
 けらけら。けらけら。
「○○さんが好きになるのは私なんですよ」
 そして笑いを止めて言って見せた。
 確定事項を告げる、そんな時の様に。

「あはは、あんたこそ笑わせないでよ」

「誰が誰を好きになるって?
 何それ、外の世界での新しい挨拶かしら。
 悪いけど……冗談言うなら他所でやってよね」

「聞いてるだけで、反吐が出るわ」
 霊夢は腰に手を当てて、やれやれ、と言った顔でそれを一蹴する。

 ……しかしそれを見た、早苗の顔はほくそ笑み。
(そういう風に言うと、思ってました)
 と、表情で訴えているかのようだった。


 ~ 二日目 ~ AM14:00


 くるり、と踵を返し早苗は急に後ろへと振り向き。
「……じゃあ、そういう事で。失礼しますね、○○さん」
 いきなり話を切り上げて、足早に森の奥へと去っていこうとする。
「ちょっ……!」

「何が言いたいのよ、待ちなさい!!」
 言いたい事だけ言って去ろうとする早苗を霊夢は静止しようとしたが、
 その歩調は速くその姿はもう消えてしまいそうになっている。

 ……霊夢は苛立っていた。だから直ぐに○○の方を向く。
 次に行動する為に。
「○○!」

「えっ、あっ」

「れ、霊夢。……その、俺は」
 半分パニック状態の○○は、そんなしどろもどろな受け答えで応じた。

 けれどもそれさえ察していたかのように、霊夢は優しい顔をしてみせた。
「言わなくても分かってる……私の事は気にしなくて大丈夫よ」
 少しだけ、照れた様子で。 
「悩む事無いわよ。○○は」

「早苗も朝から色々あったんでしょ。
 あんな風に言われて、正直腹の立たない訳無いけどね。
 あなたの手前、大目に見てあげる。

 ……同じ位頭にくる事なんて、日常茶飯事だし。
 いつもとは方向性が違うけど」

「だから何をしたいのか問い質した後、少しとっちめる程度で済ませておくから。
 先に弁当でも食べて待ってなさい。

 あなたの傍に居るのは私で、一緒に居ると暖かい気持ちで居られるのは――
 私だって、決まってるんだから」
 こほん、と咳払いをしながら。
「なんてね。早苗の真似?」

「……あはは。ありがとう、霊夢」
 ○○もそれに対し、素直に礼を言った。
「そうだよな……きっと、馴れない環境で疲れてるとか……だよな?」
 自分に言い聞かせるように、早苗の事を考えながら呟いた。

「うん」
 少し落ち着いた様子の○○を見て、霊夢は満足そうに頷いて。

(だからあなたは勘違いしないで、”常に”私を選んでいればそれでいいのよ)
 顔をほころばせて、○○へと眼差しを向けた。


 ――たんっ、と霊夢は地面を蹴り、早苗の方へと消えていった。


 ~ 二日目 ~ AM14:20


「漸く追いついたわよ、早苗!!」
 木々の隙間を掻い潜る様に飛び回り、随分と先まで来ていた早苗を見つけた。
 泥沼の前に立ち、遠い所を見ながら早苗は吸い込んでいた息を吐き出した。
「……おっそいですよ、霊夢さん」

「遅れた理由は……まぁ聞かなくても分かりますけど」
 髪をかき上げて溜め息をつく。

「一体どうしたってのよ、早苗。
 手紙の事とか○○の態度とかは……分からなくもないけど。
 それにしたって、ちょっと露骨過ぎるんじゃない。
 私に言った事も含め」

「っふ」

「っふ。ふふふ。ふふふっふふふっ」

「なーにを……何を良い子ぶってるんですかっ、霊夢さん!」
 早苗の笑いが木々に反響し、響き渡る。

「いい加減嘘をつくのはやめましょうよ。
 ○○さんの気持ちを独り占めしたいのは――

 あなただって一緒でしょう?」

「はぁ……。あーーーっもう……!」
 霊夢は呆れ果てたのか、頭をわしゃわしゃと掻くと。

「とにかくあんたに何の考えも無いのは分かった!」
 彼女を指差して、そう言い放った。

「○○さんと話してきたせいかしら、ほんと強気ですね」

(……やっぱり誘ってやるより、無理矢理連れて来る方が良かったかな。
 これ以上誰もあの人に触れて欲しくないし)

「まあそんな事しても、あの人が私を好きになる事は……
 変わりませんけどね」

 そんな早苗に対し、霊夢は鼻で笑った。

「またそれ?さっきっから何をどう思ってるか知らないけど。

 今のあんたのその状態で、万が一にもあんたに○○の心が動く事なんて無いわよ!」

「それに○○は、私の――

 私の傍に居るのが、一番なのよ。
 あの人の気持ちを最も分かって上げられる、私がね」

 ……早苗は目を伏せながら、口元を歪ませた。

「そうなんだ」

「そうなんだっ……て」

 早苗はぶっきらぼうに答える。
 皮肉のない表情で答えていたそれは、霊夢が見ても何処か不気味だった。





「だから”五人”って、多いと思いません?」

「霊夢さんや魔理沙さん。それにあのメイド……」

「”四人”でもまだ多いですよね。
 ”三人”でも駄目。
 ”二人”でもそれは同じ。

 ”一人”で一つの道しか無ければ、○○さんだって道に迷わずに済むでしょ」

「直ぐに あの人と 私が 結ばれる。

 それも 確実で 絶対に 必然の如く。

 あの人の傍に居て上げられるのは私だけですから……ねぇ霊夢さん」

 霊夢を後ろから抱きしめるようにして、早苗は首筋に”ソレ”を注入させながら囁いていた。

「○……かやっ……」
 霊夢は体をピクピクとさせながら○○の名前を必死に呼ぼうとしていた。
 が、体が麻痺しているのか瞳孔は開き、口からは泡が少し漏れだしている。

 べちゃっ……

 そして霊夢は、早苗の拘束から離れそのまま泥沼へ勢い良く沈むように落ちた。

 早苗は、胸元から別の注射器を取り出すとそれを見てくすりと笑う。
「へー、末吉ですか」
 ”ソレ”には大吉から大凶までが印されており、どうやらそれを適当に注射したらしかった。

「やっぱり運が良いんですねー霊夢さんは」
 泥沼へと沈んでゆく霊夢を見もせずに、早苗は関心のない様子でそう言った。

「安心して下さいね

 あなたよりもあの人のことを理解して

 私が○○の傍に居てあげるから

 おやすみなさーい…… 霊 夢 さ ん」


 ~ 二日目 ~ AM14:40


 既に自分の分を食べ終えた弁当の包みを横目に、○○は座り、待っていた。

 ……霊夢を。

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最終更新:2010年08月30日 21:54