紅魔郷/8スレ/551-552 の続き 魔法使い□□の視点


冬が過ぎ、春を迎えた。
陽が長くなるにつれ、この屋敷の主である吸血鬼夫妻の活動時間は短めになる。

最近は夫婦の部屋―――当主の部屋に篭もりがちだ。
当主、レミリア・スカーレットの○○……私の親友に対する依存は尚も深まっている。
私達が人間を辞め、もう何年も幻想の郷で過ごしてきているが、彼女……いや、彼女達の愛の業は深まるばかりだ。

新設した書斎でそのような物思いに耽っていると、紅茶の匂いが鼻腔を擽った。
瞬時に現れたメイド長は優雅な姿勢と仕草で、書斎の机にお茶と茶菓子を配膳していく。
時計を見るといつの間にかアフタヌーンティーの時刻になっていた。

「お茶をお持ち致しました、パチュリー様、□□様」
「ああ、ありがとう咲夜さん。そう言えば、○○は元気ですか?」
「はい、旦那様はご健勝であらせられますわ……ウフフ」

青白い肌、真紅の瞳の瀟洒なメイド長はにっこりと笑い、主の友人である私に恭しく礼をする。

「そうですか……ああ、○○へ明後日に定例の会議をすると伝えてください」
「ええ、承りました。それでは失礼致します」

私の前から辞する直前、彼女の口から僅かに鋭い犬歯が見えた。
細い首に巻かれた首輪を模したチョーカー。
私は知っている。その下に決して消える事のない噛み傷がある事に。

「○○……」

私の親友は、本当の吸血鬼になってしまった訳だ。
十六夜咲夜を女吸血鬼したのは、間違いなく○○だ。
咲夜の機嫌の良さと変貌を見て、私は一目で確信した。

○○は、遂に彼女の願いを叶えてしまったのだと。

そして、魂までも彼女達とこの郷に括られてしまったのだと。

(それは私も同じだけどね)

それは自分自身も同じだと、私はこの手の問題を想起する度に自嘲する。
瀟洒なメイド長が来る前から、私の傍で魔法書のページを捲り続けている魔女。
パチュリー・ノーレッジ。私を郷に括った女性、私の妻。
私を人にあらざるものにした張本人。私が愛憎入り交じる感情を持っている魔女。

私は紅茶のポットを傾け、茶を静かにカップへ注ぐ。
私の手は自然に動き、小さな角砂糖を一欠片、レモンの切り身を2つ入れたカップを彼女に渡す。
彼女も私の手がカップを待っていたかのように読書を止め、病的に白くて小さな手を差し出してくる。


「「……」」

紅茶を手渡す時、何故か私は手を止めてしまった。
パチュリーも手を止め、ふっと私に視線を向けてくる。
深淵まで見えそうな透明な紫の瞳が私を見詰めている。

「□□……?」

私は、偶に自分が解らなくなってくる。
私は、外の世界に戻りたかった。
かつての生活を取り戻したくて、必死に命がけの仕事をこなした。
もう少しで金子が必要量に達するかというあの日、私は何度か仕事で訪れた紅魔館へと招かれた。

溜め込んだ金子、そして私が招かれる事で支払われた金子は、私の代わりに外界に帰還できた外来人の為に使われた事だろう。

そして今、私は幻想の郷の一部に為りつつある。

人でなくなり、紅魔館の住人になり、幻想の人々となった。

違う、私はそんな事は望んではいなかった。

人外の力も、魔力も、知識も、要らなかった。

□□という、文学大学生で卒論と就職に頭を悩ませていた大学生、それが私だった。
パチュリー、貴女に、押しつけられたものなど、私は決して望んではいなかった。いなかったのに!

カシャンと音を立てて、カップが絨毯の上に落ちる。

私は、彼女の首を絞めるために伸ばした指先を直前で止めていた。

「「……」」

指先は、たちまち力を無くしていく。
どうしても、どうしてもこうなってしまう。
私は、パチュリーを何度も害そうとし、結局ただの1回も傷付けた事は無かった。


我が身の魔術、魔力はパチュリーに与えられたもの。
その際に彼女を傷付けられないように細工がされていても、不思議じゃないじゃないか。

「くそっ、くそっ……」

ブルブルと震えてた手が、寝間着のような服にかかる。
パチュリーは表情を変えず、ただ、佇んでいるのみ。
その余裕どころか歯牙にもかけてない態度に、指先が乱暴に動きボタンが幾つも爆ぜて絨毯の上に転がる。
下着すら着けてない、真っ白な身体が目に入った瞬間、私の中で何かが弾け飛んだ。

椅子に座ったままのパチュリーに、私は襲いかかった……。



荒い息を吐きながら、私は彼の責めを受け止めていた。
こうした荒々しいのは病弱な身には少し辛いけど、□□が私を抱いてくれる分には問題ない。
何度も激しく口づけ、何度も交わる。
自分の手を彼の背に回し、上と下の肉できつく包み込みながら私は思う。

彼が、私を害する事が出来ない理由。

□□がどうして害せないかを、自分の中で説明付けているかは理解できる。
術式を使えば彼の思考をある程度読めるからだ。
そして、彼の中に私を本気で害する気があるのどうか、それを私が妨害しているかについてだが……答えは否だ。

別に私は□□が私を害する事を禁じてもいないし、無意識に邪魔するよう暗示などしてない。

彼は自分の意志を持って、私を殺したり傷付ける事が出来ないのだ。
本当にそうであれば、こうして私を犯す事だって無意識に止められる筈。これだって立派な暴行なのだから。

可哀想な□□、愚かな□□。
確かに貴方を力尽くで引き留めたのは私。
貴方を人為らざる身にし、幻想郷から出られなくしたのも私。

でもね、確かに貴方が私を好いているからこそ、貴方がこの郷から出れない部分はあるのよ?
それを認められない、認めたくないが為に私に愛憎入り交じった感情を向けたりして。
理由付けして、自分を納得させている辺りが非常に私好みとも言える。
そうでもしなければ貴方の男性としてのプライドが軋みをあげてしまうし。
まぁ、だからこそ堪らなく可愛くもあるんだけどね。

パチュリー・ノーレッジは悦に浸りながら、両足を彼の腰に絡ませる。
書斎のドアの隙間から、光彩のない瞳孔でこちらをじっと見ている小悪魔に対して勝ち誇ったような嬌声をあげながら。


病んだ精神で愛せば愛する程に業が深まるのだろうか。
愛と病みと闇に包まれた紅魔館で、その問いに答えるものはいなかった。

終わる

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最終更新:2011年05月06日 03:12