博麗騒動(了)
「○○さーん!」
別行動をした後の合流では。必ず文は開口一番私の名前を呼んで抱きついてくれる。
私も。里に1人でいて息が詰まっていたのでいつも以上に抱きしめてみた。
「文。今日の取材はどうだった?」
「んー・・・・」
あまり成果は無かったようだ。まぁ八雲家に出す前の記事を見せろと釘を刺されているし。そこまで面白い記事になるかは始めから微妙だったが。
「それより。△△の事については何か分かりましたか?」
とりあえず今日の調査について文に全部報告した。
「ふぅむ・・・まぁ当然と言えば当然ですが野営中ですか」
「多分何人かのグループでね・・・ただ別のコミュニティに匿われると厄介だ」
「じゃあ早いうちに居所を突き止めませんとね」
「手荒な方法では口を割るとは思えないけどね」
「そう言う時のためのカラスですよ。天狗の諜報力舐めないで下さい」
地下にでも篭られない限りは・・・天狗の目から逃げるのは非常に難しいだろう。
「里の出入り口にカラスを配置しておきましょう。奴等の顔は覚えさせてあるので外に出たのを追いかけさせれば何てことは無いですよ」
組織が出来上がっている分。天狗へ売る喧嘩ほど分の悪い物はない。
そこらを歩いている動植物を見て、それが使役されているかどうかの判断はかなり難しい。
しかも空高くだったり木々の間から覗き見られては・・・そうそう気づけるものではない。
懐から△△が写っている写真を何枚か取り出しもう一度見てみる。
彼が博麗霊夢と手を繋いだり、抱きつかれたり、頬に口付けをされたり。
どれも新聞に使えないかと思い、気づかれないように撮ったものばかりだ。
そこに写る彼の表情は穏やかなものが多い。
そしてもう一つ今度は私に撮られていると気づいているときの写真と見比べる。
そこに写る彼の姿は、顔のこわばり方と言い、目つきの悪さといい。敵意にあふれている。
笑っている写真も、笑顔というよりは嘲りに近い表情ばかりだ。
確証は全く無いが確信はしている事が一つある。彼は博麗霊夢の事を悪くは思っていない。
他の帰還派。特にお歴々方に惚れられている他の面々の心のうちは知らぬが。
彼、△△に関しては。博麗霊夢に対して悪い感情を抱いているとは到底思えない。
だとしたら私と一緒だな。
「なぁ、文」
「なんですか?○○さん」
何羽かのカラスに指示を飛ばし飛び立たせたのを見計らい声をかける。
そして嬉しそうにかけより抱きつく文を受け止める。
「駄目元で△△を捕まえた後。彼に取材してみないか?」
上手くいくかどうかは賭けだが。彼の心の内が少し気になる。
「内容次第では八雲家から止められるかも知れないが。どうせもう一度会うんだ」
「面白そうなネタが手に入ればめっけものじゃないか」
「そうですねぇ~。特に元手が必要でもありませんし」
どうやら乗り気のようだ。ここら辺はブンヤなだけあって話が早くて助かる。
「霊夢さんへの取材が不調でしたし。何もしないのも癪ですし。連行中にインタビューしてみますか」
「見張りご苦労様です。夕食もって来ましたよ」
「おー△△。待ちくたびれたぜ。匂いで分かってたが今日はカレーだな」
見張り番の人達に夕食を持っていく。彼等はこれから夜遅くまでここに着かねばならない。
「お、肉が大きいな」
「今日は里の方から補給が合ったんです。何か変わった事は?」
見張りと言うのは重要だが、何も無いときは非常に暇である。
その為食事の時間は一番の楽しみとなる。
しかし彼等はまだマシな方だ、夜には眠る事ができる。本当に大変なのは彼等の後交代で入ってくる方だ。
そちらは朝まで寝ずの番をせねばならない。徹夜は体力と精神力を非常に使う。
「何も無いよ」
「それは良かった」
「俺たちの仕事は何かあったら困るんだけどな・・・おおう!!」
不意に1人が何かに驚く。職業病と言う奴か、途端に彼等の目つきが変わった。
「あ・・・ごめん。鳥だった」
「何だよ・・・びっくりさせるな」
「いや、悪い悪い。視界の端に黒いものがサッと通り過ぎるのが見えたからさ、反応しちまった。」
ただ。どうやら勘違いだったと言う事が分かり。一気に空気が脱力したのが分かった。
「食器類は一箇所にまとめて置いてくださいね。後で取りに来ます」
「了解。アンタもご苦労さん」
霊夢はちゃんと食べているだろうか・・・そう言えば霊夢は俺の作るカレーを美味しそうに食べてくれたな。
「えっ!?彼女あそこに1人で住んでいるんですか!?」
驚きだった。確かに初めて博麗神社に迷い込んだときも彼女以外の人気が感じられなかったが。
それは偶然そうだっただけで、普通に家族がいるものと思っていたから。
里にいる分には非常に牧歌的な空気が流れているこの幻想郷。
たまに見れる弾幕合戦とやらも花火くらいの心持で気楽に暮らしていた。
不意に「幻想郷の事が知りたいな」と思い。里で唯一ある寺子屋の先生に頼み求聞史記という本を読ませてもらった。
「ああ、そうだよ。お前の言うとおり家族はいないな、今のところは」
「そんな・・・まだ結構若いのに」
ショックだった。博麗の巫女と言うのが幻想郷の守り役だと言うのは人づてに知っていたが。
そんな大変で重要な仕事を彼女1人でやっていたなんて。
「まぁ・・・霊夢はどうとも思ってない風だがな。たまにスキマ妖怪やら何やらが訪ねるみたいだし」
本当にそうなのか?
友人知人はいるみたいだが。それで家族がいない一人ぼっちの寂しさを埋めるに足るのだろうか。
「こんにちは」
だから・・・お節介だとは思ったけど。居ても立ってもいられないとはこのことか。
次の日には博麗神社の鳥居をくぐっていた。
「あら貴方。この間の人ね、帰りたくなったの?」
「いいや。この間はまともに辺りを見れなかったからさ。神社の周りを少し見てみたくなって」
「見物して喜びそうな物なんて何も無いわよ」
一つ確認したい事があった。でもそれは彼女の心に土足で入り込む行為のはずだ。
事情を知っているならばなお更。
「・・・人気が居ないけど君1人?」
でも聞いてしまった。自分で自分の野次馬根性を呪った。
「ええ、そうよ。たまに紫や魔理紗が来るくらいね」
本当に1人で暮らしていたんだ・・・
寂しくはないのか?それを聞きたかったが。流石にその言葉は喉の手前で止めた。
「また来るよ。世話してくれた御礼もしてないし・・・次は何か持ってくるね」
「どうせならお賽銭も入れて欲しいわ」
「こんにちは」
「あら・・・本当に来てくれたんだ」
二回目の来訪に彼女は少し驚いていた。余程決まった人間しかここには来ないのだろうか。
「自分から何か持ってくるって行ったからね。取りあえずお菓子を持って来たよ」
「じゃあお茶を入れるわ。あなたも暇そうだし話し相手くらいにはなって上げる」
その日話した事は、彼女が解決した異変の話やら。特に面白くも無い外での私の話や。天気の事や。
「また来てくれるの?」
帰り際そんなことを言われた。
「来てもいいなら、また来るよ」
「そう。じゃあまたお茶くらいは出してあげる」
「お茶菓子は?」
「あれば出してあげる」
確実に食べたきゃ自分で持って来いってか。まぁ良いか。
あの時点で友達くらいの関係にはなっていたんだろう。
魔理紗にせよ紫にせよ。そうしょっちゅうここに来るわけじゃないし。宴会だって毎日やってるわけじゃない。
神社って言っても名ばかりで参拝者なんて一人も来ない。
毎日境内の掃除をした後は特にやる事もなくて。縁側でお茶を飲むくらい。
だからたまに起こる異変は、私にとっては格好の暇つぶしの道具だった。
一部を除けば。ここに来る人間は・・・迷い込んで助けを求めに来たか。外に帰るために来るかそのどちらかだった。
それ以外の目的で毎日来てくれる人は彼が、△△が初めてだった。
それまでは1人でボーっしながら「暇だなぁ・・・」と思うのが普通だったから。
誰かが常時そばにいるって状況はあの時が初めてだった。
もし△△がこのまま来なかったらと思うと。
そんな事を考えると・・・眠れなくなった。
寂しくて寂しくて。
「次はいつ来てくれるの?」
「いつなら良い?」
「別に明日でも構わないわよ。暇だし」
そう約束しても不安になってしまう。もし来なかったらと考えると。
夜の暗さがより私の不安を、誰かが常にそばにいる事を覚えてしまった私の心をかきむしる。
△△の隣にいたい。△△と一緒にお喋りがしたい。△△と一緒にお茶を飲みたい。
△△とずっと一緒にいたい!
帰還派の外来人の事は意識的に避けていた。話しかけられても申し訳程度の挨拶だけして立ち去っていた。
何度か家に彼等からの手紙も投げ込まれていたが。全て読まずに捨てていた。
ただ・・・あの事件から。幻想郷と言う場所自体への疑問が少し湧き上がった。
星熊勇儀と言う鬼が。帰還派の外来人を1人殺めた事件である。
牧歌的なこの里で人殺しが起きたのだ。
その鬼を直接は見ていないが。随分大きな声で、多分男の名前だろう。
戻ってきてくれという趣旨の言葉を男の名前と一緒に泣き叫びながら連呼していた。
多分あれは里中に響いていたはずだ。
想像もしていなかった事態・・・と思っていたのは私だけだった。
里の人も帰還派の外来人もどこか慣れた風だった。
「騒動で死人が出るとは珍しいな」
そんな立ち話が聞こえてきた時だった。疑問が沸いて出てきたのは。
あの口振りだと。死人こそ珍しい事態だがこの種の騒動はそんなに珍しくないと言う事なのか?
寺子屋に納められている求聞史記も。載っているのは大きな事件ぐらいで小さな物は流石に載っていない。
寺子屋の先生に聞こうとも一瞬考えたが。果たして聞いてもいいものなのだろうか。
聞くにしてもどう切り出せばいいのかで悩んでしまう。
その日私の家にいつものように帰還派の彼等からの手紙が投げ入れられていた。
私はそのとき初めて投げ入れられた彼等からの手紙の封を開けた。
手紙の中身はと言うと、妖怪と人間は相容れない。簡単にまとめるとそれが彼等の主張だった。
ただ彼等だけの。一方の立場からの意見だけで結論を出してしまうのも性急に過ぎる。
散々悩んだ結果。寺子屋の先生にそれとなく聞くことにした。
こういう騒動はままあるものなんですか?
その一言を言い出そうと思えばいつでも言えたが。言い出すまでに相当な時間がかかった。
主に私の踏ん切りが着く着かないと言う意味で。
そしてある日の神社からの帰り際。先生から掃除の手伝いを頼まれた。
言い出そうと決心がついたのはその時だった。
「妖怪の持つ価値観は。人間の価値観とは違う・・・全部が全部ではないと思うが多分その通りだろう」
だがその質問は地雷だった。
「君には言っていなかったが。私は半人半妖だからな・・・両方の価値観を半端に持っているんだ」
しかも、とんでもなく大きな地雷だった。
「教育に携わる物として血が性格や価値観に影響を与えるなんて言いたくもないし思いたくも無いが・・・」
「私は人間が好きなんだが・・・・・・本当に分かり合えるものなのかな。ずっと考えている事なんだが・・・な」
軽率な事を聞いてしまった・・・次の日はとてつもなく気分が落ち込んでいた。自業自得なのだろうけど。
「あっ!!」その日の夜だった。もって行くつもりで戸棚にしまっておいた菓子を見つけ霊夢との約束を思い出したのは。
「別に明日でもいいわよどうせ暇だから」
しまった・・・あんな事を言ってくれたのに。すっぽかしてしまった。
明日は朝一で神社に向かおう。
その日霊夢は眠れなかった
「たまたまよ。たまたま仕事が立て込んでとかそういう理由よ」
「大体。変な感じは無かったじゃない。だからたまたまよ。たまたま来れなかったのよ」
そう自分にいい聞かせようと懸命に努力はしていたが。
「△△・・・」涙を止める事はできなかった
その日はいつもより早く目が覚めた。
少し早すぎる気もしたが・・・神社なら朝は早いはずだ。
まだ寝ているようなら書置きを残して間を空けて行けばいい。
とにかく昨日の約束をすっぽかした事を謝らねば。
「△△!良かったぁ・・・来てくれた」
神社に到着したら霊夢は別に怒っていなかった。
霊夢は「昨日は来てくれなくて寂しかった」と言っていた。それは分かるのだが・・・
その悲しがり方が尋常ではない。そう感じざるをえなかった。
「ねぇ△△・・・」
霊夢が見せる表情の穏やかさとは裏腹に。私の腕を握る力は相当な物だった。
「貴方は私の前から勝手にいなくなったりしないでよね」
はっきり言って痛かった。後で腕をまくってみると痕がしっかりと残るほどの強さだった。
そしてその日の私は、博麗神社になし崩し的に泊まる事となった。
「も・・・もうちょっとぐらい良いじゃない」
大分日が傾いてきたね。そう言うと、まだ帰るとは一言も言っていないのに。霊夢は私の腕を掴んできた。
「最悪ここに一日泊まれば良いじゃない・・・この時間からは妖怪も活発になるし」
「そ・・・それに、下手に急いで帰ろうとするよりずっと安全よ。晩御飯くらい出してあげるし」
笑ってはいたが。その笑顔はぎこちなかった。
そして、必死に私を押し止めようとしていたのは、掴まれた腕と霊夢の言葉から分かった。
大体手紙を投げ入れるのは家主がいないときだ。
まだ幻想郷の実態に気づいていない者は、俺たちのことを快く思わないから。余計なトラブルは避けたい。
大体戸は鍵が閉まっているものだから。郵便受けなどに入れたりしている。
可能ならば家の中に投げ入れるのが一番いいのだが。
「手紙はどうなっている?」
「郵便受けに貯まってます・・・多分一回も帰ってないのだと」
△△と言う男の家にある郵便受けに俺達からの手紙が貯まりだした時は不味いと思った。
「△△は確か・・・博麗霊夢と親しかったな」
「恐らく、神社の方向に歩いていくのが何度も見られていますから」
「もしそうならば。助けに行けるなら助けに行きたいですね」
「おい!大変だ、この新聞を見てくれ!」
新聞の買い付け係が声を上げて入ってきた。その新聞の中身は恐れていた事そのままだった。
博麗霊夢意中の相手か!
そう大きく目を引く見出しには天狗が撮ったのであろう博麗神社の様子が写っていた。
そしてその写真に写る男は当然ながら・・・
△△だった。
「決まりだな・・・」
出席者からため息が漏れる。
「助けれますかね?」
お人よしなのかもしれない。実際その通りなのだろう。それでも見過ごしたままでいる方が後味が悪い。
「天狗が写真を撮れたんだ。おかしな術を使って近づけなくしているとかそういう事にはなっていないだろう」
「監禁もされていないみたいですし・・・一番不安なのは感情をコントロールされている事ですが」
「そうなる前に助け出そう」
そうして彼を。△△を助ける算段を立てる事となった。
「別にこのままここで暮らしちゃっても良いのよ?」
なし崩し的に、ズルズルと。博麗神社で暮らし始めてから二週間近く経ったと思う。
お昼ごはんの用意をする私の後ろで霊夢がそんな事を言った。
住み始めてから分かった事だが。霊夢の食卓は彩りと言うか盛り付けの段階からして色々と乏しかった。
焼き魚をぶっきらぼうに皿の上に放り出し。
漬物用の皿を用意するのが面倒なのか、お茶碗の中にご飯と一緒にポイポイと放り込む。
ひどい時は切り分けてすらいない浅漬けがご飯に突き刺さっていた
だから私が作る事にした。一応住まわせてもらってる礼も兼ねて。
「食料とか日用品の買い物はどうしてるの?」
「足りなくなってきた頃に紫が持ってきてくれるわ。それから魔理紗もたまに何か持ってくるわね」
「私は役目柄あんまり神社から離れる事ができないから」
それを聞いて悲しくなった。1人で住んでいる上に外にも満足に出かけられないと知って。
「じゃあ・・・折角だし何か景気のいいものでも作ろうかな。里に何か買いだしに行って来るよ」
里に行く。私がそう言うと霊夢の顔が一気に青ざめた。
「だ・・・大丈夫よ!いつも通りの感じでいいわ!買出しになんて行かなくていいから!」
そして私に里に行かないでと必死に嘆願してきた。
その時はっきりと分かった。霊夢は私が彼女の目の届く範囲からいなくなる事を極端に恐れている。
ただ・・・霊夢の事情を考えればそうなって当然なのだろう。私は霊夢の心に立ち入りすぎたのかもしれない。
結局あれからも私は里に戻ることはおろか。博麗神社の敷地外に出る事も無かった。
食料の類は紫と言う女性がたびたび届けてくれた。
「あらあら~ついに霊夢にもね~」私の姿を見たとき随分嬉しそうだった。多分からかい半分なのだろうけど。
「気が向いたら使ってね~」
そう言って1人で寝るには大きめの布団と枕を二つ置いていった。
どう使えばいいかは言われなくても分かる。
なんつーものを置いていったんだ・・・一緒の部屋で寝るのもかなりドキドキするのに。
昼ごはんも終わり。天気もいいため気だるさが何処となく漂う時間になった。
霊夢は柱を背もたれにうたた寝をしている。
以前は私が何処かに行ってしまわないか不安だったのだろう。ずっと目で私の一挙一動を追っていたが。
勝手にどこかに行かないと分かったのか、最近はそういうことも無い。
起こすのも悪いな。
そうだ掃除でもしよう。中の掃除は霊夢を起こしてしまうから境内の石畳を軽く掃いておく事にした。
一通り掃いて後ろを振り返ると。社の軒下から誰かが這い出てくるのが見えた。
その這い出てきた人物・・・多分男がわき目も触れずに私の方へ向かう。
思わず身構えた。
身構えた私を見て。這い出てきた人物は人差し指を口の前で立てる、静かにと言うジェスチャーを見せた。
敵意は無いのだろうか?
「良かった・・・怪我とかは無いようだな」
近づいてきた男が小声で私の体を気遣う。だが不信感はぬぐえない。
「アンタ・・・一体誰なんだ。と言うかいつから軒下に」
「昨日の夕方からだよ。他の連中は帰還派と呼んでるよ、そう言えばアンタも分かるだろ。」
「とにかく逃げるぞ。アイツも今は寝てるみたいだし、今なら事を荒立てずに逃げれる」
「え・・・ちょい待て」
肩をつかまれ強引に私を敷地外に連れ出そうとする。その際持っていたホウキが手から滑り落ちた。
ホウキは石畳の上に落ち、土に落ちた時とは違う音が神社に響いた。
男は露骨に「不味い・・・!」と言った表情を浮かべ社の方を向く。
熟睡ではないうたた寝程度の浅い眠りだった為。霊夢は目を覚ましていた
「え・・・?△△、どうしたの?」
この状況を見て霊夢は事態を飲み込めずにいたのが分かった。寝起き直後ならなおさらだろう。
「走れ!逃げるぞ!!」
そう言って男は私の手を引っ張り、走り出す。
「振り向くな!走れぇぇ!!」
鬼気迫るものを感じた。腕が抜けるかと思うくらいの強さで男は私の腕を引っ張り脱兎の如く駆ける。
階段に辿り着いた辺りで霊夢の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「どいつもこいつも・・・何つー独占欲だ」
男がそう呟くのが聞こえた。
独占欲とは少し違うかもしれないが。確かに霊夢の私に対する振る舞いは常軌を逸している。
帰還派の彼等は非常に良くしてくれた。皆しきりに私の体を、特に怪我が無いか心配してくれた。
色々聞いたがこの幻想郷においては。高位の妖怪やそれに匹敵する力を持つ彼女達は一様に意中の男性に対して苛烈な行動をとるそうだ。
それから数日ぐらいしてからだった。例の天狗を見たのは。
彼女達からの求婚に対して抵抗せずに、受け入れる事例があるのは当然だろう。
そしてその最たる事例として射命丸○○の名は度々上がる。
「カラスが・・・何処で見てやがった」
誰かがそう掃き捨てた。
新聞を見せてもらった為、私が博麗霊夢に気に入られている事が周知の事実なのは知っていた。
だが私がここで匿われている事を、どういう情報筋かは知らないが突き止めていた。
そして新聞の記事にする為、私に突撃取材を試みてきた。
その時は彼等の必死の抵抗で追い返した。
その後が凄かった。射命丸○○に対するあらん限りの悪口雑言が面々から聞こえてきた。
やれ人を捨てた、やれ化物に成り下がった畜生、等等。
私は彼のことを知らないのでただ黙って聞いていただけだったが。
それから少し日にちが経った頃だった。私があの天狗夫妻に連れ去られたのは。
そして私は博麗神社にて目を覚ました。
いつか紫と言う女性が持ってきた。あの一人で寝るには明らかに大きい布団の上で、そして。
「あっ、△△。おはよう・・・それから」
横には霊夢が寝ていた。
「おかえり△△」
それからまた私は博麗神社に住む事になった。
感覚が全く違うのだな。霊夢とまた暮らし始めてからこう思うようになった。
「大丈夫だった?あれから酷い事されてなかった?」
霊夢は私が帰還派の外来人に連れ去られたと思っているようだ。あるいはそっちの方が都合がいいからそう思い込むようにしているのか。
そして以前以上に私という人間がここからいなくなる事を霊夢は恐れた。
「そうだ!久しぶりに宴会しましょう!△△のお帰り記念で。それに△△はここの宴会初めてでしょう?」
ある日の昼下がり。霊夢がそう言い出した。
そして霊夢は電話も使わず、どうやったかは知らないが。紫と言う女性を呼び出し仔細を伝えた。
かなり急な思いつきなはずなのに。宴会の予定はすぐに決まり実行に移された。
宴会と言うだけ合ってかなりの数の人・・・いや妖怪の類が顔を揃えた。
その中には私を連れ去った射命丸○○の姿も合った。
「よっ、元気そうで良かったよ」
「・・・・・・」
あれだけ手痛い目に合わされたのだ。しかも新聞を見れば他の面々はかなり手酷くやられている。
写真を見れば長屋の屋根にも大きな穴が空いている。そんな事をしでかした奴と話す気にはなれない。
「やっぱり嫌われたか。まぁ良いけどさ今更」
「そうだな・・・一個だけ教えて置こう。妖怪は人間以上に精神的な生き物だ」
「かなり砕いて話すと・・・寂しくても死んでしまう生き物だ」
彼は一升瓶をラッパ飲みしながら私に説明していた。それを見て改めて彼がもう人ではないことを実感した。
「アレだ、ダイヤモンドみたいなもんだ。超堅いけどある一点からの一撃には弱いみたいな」
「それは高位な存在ほど顕著だ。そしてそれに匹敵する博麗霊夢のような人間にも同じ事が言える」
「それだけだ、じゃあな」
寂しくても死ぬ・・・か。じゃあ寂しさと言う物を覚えてしまった霊夢はこれに当てはまってしまうな。
宴会が一日では終わらなかったのは驚きだった。
流石に皆が眠る時間が間に何時間か合ったが、宴会自体は二昼夜続いた。
人間の私には一日目の時点で付いていけないレベルだった。
余興で弾幕ごっこまでやりだす始末だった。
霊夢も一日目は乗り切っていたが二日目の最後の方は流石にダウンしていた。
力は強くても体の方は人と大差ないのか。少しだけ安心した。
二日目はほぼ参加していなかった私は、三日目には多少回復していたが。
曲がりなりにも二日間乗り切った霊夢は。まったく起きてくる気配が無かった、当然の話だが。
井戸に水を汲みに行ったとき、事態は動いてしまった。
茂みの一部が動くのが分かった。そしてその中から私を連れ出した帰還派の彼、だけではなく。
結局最初に出てきた彼を含めて3人も出てきた。
「良かったよ、敷地内は普通に歩けるみたいで」
一体どうやってここに。まさか昨日から?
「あんだけドンチャン騒ぎとハデな弾幕ぶっ放してりゃ嫌でも気づくよ」
「それで、宴会終わりが狙い目と思ったんです。流石に疲れてるはずだから」
「終わるまでが長かったけどな、結局昨日の朝から丸一日待ったよ」
何て忍耐力だ・・・
「俺たちは絶対に屈服しないって決めたんだ。絶対に外に帰るのを諦めないてな」
「同じように。私たちをここに縛るあいつ等からも戦い続けるとも決めました」
「そして仲間を見捨てないとも、あいつ等に俺達が戦い続けるってのを示す為に」
彼等は私が一緒に来る物と考えていた。そして彼等と同じように外に帰りたいと思っているとも。
確かに、幻想郷に安住するつもりはあまり無かった・・・外界とは違うこの空気にしばらく触れていたかったから。
それがこんな血生臭い事態になるとは・・・考えてもいなかった。
拒もうと思えば拒めた。だが。
不意に彼等の射命丸○○に対する辛辣な扱いを思い出した。
それを考えると、彼等から同じように思われると考えると。
何て夢だ。眠り際にこれまでの事はたしかに考えていたが、まさか全部夢に見るなんて。
- 食事の支度をしよう。それがここでの私の仕事だからな。
「ここら辺が限界ですかねぇ」
カラスからの確かな報告を受け取り現場へと向かった。
「朝だからな・・・あまり近づきすぎるとばれる。それにカラス以外の鳥達に合図を頼んだんだろう?」
本来なら飛んでいったほうが早いのだが、出来るだけ穏便に済ませたかったので随分手前から歩いてここまで来た。
「ええ、この明るさだとカラスは目立つんで。それに警戒もされてますから」
「朝食の配膳に姿を見せれば良いんだが」
「見せなかったら見せなかったで乗り込めばいいんですよ」
文はむしろ騒動が起こってほしそうだった。
ちなみに騒動の許可まで貰っている。八雲紫曰く博麗大結界の維持が最優先との事だ。
「しかし、あんなテント村よく作ったな」
その執念には素直に感心する
「取材がしたいですねぇ、多分彼等は嫌がるでしょうけど」
「定期的に移動してたりしてな・・・」
積極的に探さねばこの集落は見つけれなかった。
△△をさらえば間違いなく彼等は居を移す。二回目以降はめんどくさくなる事は必至だ。
今度は奪還にさえ気をつければ良いだろう。さすがに何度も彼等の逆鱗には触れたくない、新聞の売り上げにも関わる。
茂みに隠れ鳥の音を待つ。周辺の木々の配置はカラスからの報告を元に頭に叩き込んでいる。
何処をどう飛べば、最短距離であのテント村に辿り着けるか。それの算段はもう付けている。
森にカラスとは違う鳥の音が一斉に響き渡る。彼等に判断の隙は与えない。
判断が付けれる頃にはもう文と私が△△を奪い去り空高く飛んでいる。
人間の動体視力では、何かが通った事しか感じる事はできないだろう。
四方八方から響く鳥の音に門番達だけではなく。朝食を配膳に来た△△も辺りを見回している。
「来るぞ!」
誰かがそう叫び。何人かは臨戦態勢を整えようと仲間に指示を飛ばそうとしていたが、遅い。
門番達の中でも一番賢しそうな者が仲間に状況を整えさせようとしていた。だがその頃には私と文は空高く飛び上がっていた。
「えっ・・・・?」
「△△、暴れるなよ。暴れると落ちるからな」
「うわぁ!!」
驚くのも当然だろう。数回のまばたきがあるかないかの間に自分の体が宙にあるのだから。
私に抱えられた△△は殊勝だった。彼にこの高度からの落下をどうにかするすべが無いから当然だが。
「諦めろ、何回逃げても追いかけるからな」
それ以前に。博麗大結界の開け閉めを担ってもいる博麗の巫女に惚れられた時点で、詰んでいるのだが。
「△△さぁ~ん。ついでですからインタビューを受けてもらえませんか?」
隣にいる文があらん限りの作り笑顔と声色で△△に声をかける。
「文、記録の方は頼む」
「はい、○○さんはしっかり捕まえて置いてくださいね」
何が起こったのか分からなかった。本当に、気がついたら俺はあの天狗に抱えられて空を飛んでいて。
俺が博麗神社にまた連れ戻されるんだなと言うのを理解するまで少し時間がかかった。
「んー。まずは何から聞きましょうか」
「文、俺から聞いていいか?」
しかも、俺はまったく受けると返事もしていないインタビューを。この二人は勝手に進めている。
誰が答えるものか。
「お前、博麗霊夢の事はどう思ってるんだ?」
何でよりによって、一番答えにくい事をこいつらは・・・。
何も言わないでいると。私の顔色を文と呼ばれている天狗がしきりに覗いてくる。
「ふぅむ・・・そんなに悪くは思っていないようですね」
何も答えていないのにそいつは手元のノートに書き込み始めた。
「まだ何も答えてないだろ!」
「じゃあ博麗霊夢を嫌っているとでも書いておきましょうか」
「ま・・・待て!」
それは困る・・・そんな事を書かれたら霊夢は間違いなく悲しむ。
「どうとも思っていないわけ無いだろう?そうでなければ。何度も自分から博麗神社に通った事の説明が付かない」
痛いところばかりを付いてくる。こいつらは間違いなく俺の霊夢に対する感情に気づいている。
「少なくとも嫌ってはいないんだろう?」
「・・・・・・ああ」
答えれば向こうの思う壺だと言う事は分かっていた。
「そうだなぁ・・・馴れ初めぐらいは聞かせてくれないか?お前がどう思ったかは言わなくてもいいからさ」
「アンタが幻想入りしてからここまでのことを書くだけでも。それなりには売れ・・・るかな?」
「売れますよ!有名人の私生活は気になる人が多いですからねぇ」
こいつら・・・俺を何だと思ってるんだろう。
あることない事を書かれるのも都合が悪いし腹が立つ。
だから、かいつまんで。必要最低限のことだけを話した。主に幻想入りしてから今までの事を。
「意志薄弱、優柔不断、その上八方美人だな」
ボロクソに言われてしまった。
「大方俺が帰還派の連中にどう思われてるかを知ってビビッたんだろうな」
何も言い返せなかった。
「なぁ・・・お前は博麗神社にいる時と逃げてる時。どっちが楽しかった?」
「お前は俺の事が嫌いだろうけど・・・博麗霊夢の事は嫌いじゃないんだろう?」
「お前は本当に・・・外に帰りたいのか?」
「博麗神社が幻想郷の出入り口なのは知っているはずだ・・・」
「情が移ったんだろう?博麗霊夢に」
確かに・・・博麗大結界とやらの開け閉めを担っている霊夢と仲良くなるのは。
いやそれ以前に・・・幻想郷の住人と仲良くなる事そのものが帰る事に対する精神的な障害になる。
「全く考えなかったわけじゃないはずだ。博麗霊夢と仲良くなるにつれ別れる時の事を」
その通りだ・・・意図的に考えなかっただけだ。
最初から詰みだったんだ俺の行動は。
霊夢の心に俺の影が食い込んでしまったように。俺の心中にも霊夢の影が食い込んでいた。
博麗神社に△△を送り届けた際、彼は俺にこう言った。
「天狗さん、新聞にこう書いて置いてください。幻想郷に安住するって」
「後もし可能なら・・・生意気だけど霊夢の仕事の手伝いがしたいな」
その言葉を聞いた博麗霊夢は脱兎の如くかけだし。奥からお札やら何やらを大量に持ってきた。
多分△△の修行道具を粗方かき集めてきたのだろう。
勿論△△のその言葉は彼と博麗霊夢の馴れ初めと一緒にしっかりと新聞に書かせて貰った。
ただ一つ失敗したなと思ったのは。
“取材を受けているうちに俺は霊夢と離れたくないんだって分かったんだ”この一文を入れてしまったことだ。
帰還派の外来人はあれからも俺から新聞を買ってくれるが。俺が仲間を増やしたがっていると思われたらしく。
全く喋ってくれなくなった。憎まれ口すら叩かれない。今日も代金を乱暴に投げ渡された所だ。
感想
最終更新:2019年01月26日 22:51