文族事始め・ぱあと2:『あなたの書きたいものは何ですか?』


上手に文章を書きたい。小説を書こうとした時に、誰もが感じることだと思います。

でも、どうして上手に文章を書きたいのですか?

下手だとみっともない?上手な方がいいに決まってる?

もう一度思い出してみてください。

小説は、読む人に何かを体験させるためのものです。句読点の乱れや誤字脱字がいけないのは、それがみっともないからではなく、読む人が集中するための妨げになるからです。好きな音楽を聞いている時に、すぐ側を大型トラックが行き交いしていたら気になって充分味わえないでしょう?

そういうことなのです。

同じ表現を、繰り返さない方がいい時、繰り返したい時、両方あります。意味なく繰り返すと、それは塩も砂糖も醤油も何も調味料を使わずに、ただ延々と同じ物を同じ味で食べさせられるようなもので、気にしないたくましい少数派以外は大抵辟易としてしまいます。

けれど、意味を持たせて繰り返すなら、同じ素材、同じ味でも料理の仕方を変えて一緒に出すようなもので、旨味が重なり合って、時には病みつきになる人まで出てきます。好きな人にはたまらない、~~尽くしといったコース料理のようなものです。

文体なんていう変な言葉がありますね。カレーのルーみたいなものだと思ってください。それを使うことで味にまとまりが出て、素材同士がより一層おいしくなる、そういう、統一感のようなものです。カレーじゃなくてシチューだよ、とか、いいや俺はラーメンだ、いいや私はアイスクリームだ、そんな風に、そもそも作ろうとするものが違うのだから、文体とかいう味のまとめ役がどんなものなのか、人によって違っていて当然で、気にしなくても構いません。

暗く重たい話を書きたいのなら、~だった、とか、どことなく~~だ、とか、回りくどかったり、既に過去形で、全体的に未来へ向かう現在形みたいないきいきとしたエネルギーを持たせない、みたいな感じですね。これがカレーだとしたら、その中でも、チキンカレー、野菜カレー、いろんなレシピがあるわけで、どんな風に描写を重ね、素材や調理法を変えていくかによって、一人一人異なる文体が出来ていくわけです。言葉の組み合わせはとてもとても多いですから、文体も、カレーに種類がいっぱいあるように、似たようなものからまったく違うものまで様々というわけですね。

料理で大事なのは何ですか?

ずば抜けた嗅覚や味覚?優れたデザインセンス?斬新さを切り開く知性?

突き詰めるなら、そういうところまで行くのでしょうが、じゃがいもの皮を剥いたこともない人が、いきなりそんなことを言い出したら普通は誰でも爆笑します。

まずは落ち着いて、レシピの確認をしましょう。レシピ通りに作ることが料理で一番大事なことです。新しいレシピを作ったり、工夫を加えて書き換えるのは、慣れてからでも充分ですよね。

例えばみんなオムライスを作るとしましょう。

オムライスを作りたい。

はい、復唱しましょう。

自分が何を作りたいのか、確認することはとても大事です。

でないと何故かチョコレートやら八丁味噌やら、わけのわからない異物が混入することになります。

フライパンを使わないといけないのに、土鍋を持ち出していきなりオリーブオイルで揚げ物を始めたりするような展開にもなりかねません。

自分の書きたい小説は何ですか?

ジャンル分けというのは、いいや俺は私はそんなジャンルに縛られたものは書きたくない、作りたくないと反発するためにあるのではなく、自分が作る料理の名前を確認するようなものなのです。無邪気な子供が初めて1人で料理をするみたいに、何でもかんでも思いつきで入れていると、なまじ食べることだけは普通の感覚を持ってますから、なんだこれ、こんなの自分でも作りたくないよ、と、途中で料理を止める羽目になってしまいます。

ジャンル分けでなくても構いません。どんなキャラクターを描きたいのか、どんな事件を描きたいのか、どんなシーンを描きたいのか、どれか一つでいいので、ずっと大事に抱えて持っていてください。それを死守しようとするうちに、うん、オムライスにチョコレートはいらない、とか、やっぱり土鍋じゃ無理だよなあとか、そういうことに自分で気付きます。

あなたが書きたいものが何なのか、それを教えることは誰にも出来ません。だから、あなたが書きたいものに何が必要なのか、それを教えることも、やっぱり本当は誰にも出来ないのです。

誰も代わりをしてくれない、自分1人でやるしかない、そのことを自覚して、一文無しで知らない遠い土地に放り出されたと思って頑張ってみましょう。そういう気持ちにならないと、どんな優秀なHowto本も先生も、頼ってしまい、失敗した時そのせいにしてしまう分、ない方がマシなくらいです。

心の旅を始めましょう。

あなたはこれから自分の書こうとする物語の始まりという、知らない土地に放り出されて、1人で帰って来なくてはならないのです。「ああ、終わった」と、書きたいものの書き上がったと感じられる時が来るまでは、あなたは迷子の旅人です。あなたが書いてあげなければ、「その物語を書きたいと思ったあなた」という1人の人間が、迷子のまま帰って来られないことになります。

頑張ってください。

書き上げた時の喜びは、他の何物にも代え難いものです。その代わり、本気でやるのですから、うまくいかなかった時の凹み具合も保証します。

好きなように適当に、とは、これだけは言えません。

頑張れ。

頑張れ!

あなただけの旅を、頑張れ!

そうしたら、きっと読んでくれた人も、同じ道程をいろんな風に旅してくれます。作った時のあなたの楽しみが、読んで楽しんでくれた人の数だけ増えていきます。

いっぱいの人に読んでもらえると嬉しいのは、そういうことです。なるべくいっぱいの人に感想を言ってもらえると嬉しいのは、そういうことです。

あなたが開拓した心の旅路を、あなただけのたった1人の誰かでもいい、もっと大勢の誰かでもいい、案内してあげてください。

あなたが小説の登場人物となって体験した、最初の読者となって体験した、その道を別の誰かが通るのです。自分しか読まない小説でも、未来の自分という、別の誰かが通るのです。

目いっぱい、心に何かを感じることの出来る、あなたの書きたい小説を書いてください。

それが、私から言えるすべてです。

ぱあと3:『そろそろ文章の話でもしましょうか』へ、行ってみる?

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最終更新:2008年03月30日 09:42