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薄暗い世界。
気がつくと私は、その世界をただひたすら歩いていた。
進む先は、真っ暗な闇。

ああ、私、死ぬのかな・・・

何とはなしにそう思ったとき、心に私を呼ぶ声が響いた気がした。

だれ?

首を巡らせても、誰の姿も見当たらない。
足を止めようとして、自分では歩みを止められないことに気づく。

やだ、止まれない・・・!

焦る私。
私に呼びかける声は、さらに大きくなってくる。

 ・・・女の人の声?

なにを言っているのかよくははわからないが、このまま行ってはダメだ、と告げているようだった。

ダメなの、止まれないの・・・!

声を上げようとしたが声は出ず、私は必死で呼びかけてくる声に向かって心で叫んだ。

「待って!」

唐突に後ろから手を引っ張られる。

振り向くとそこには、背の高い青年が立っていた。

逆行なのか、顔がよく見えない。

「こっちに来るんだ。さあ」

さらに引っ張られる。
でも、足が動かない。

足が、足が動かないの・・・!

なおも引っ張る青年。
私も足を引き剥がそうと、青年の手を頼りに力を込めるが、びくともしない。

と、そのとき。
トン、と軽く背中を押され、思わず前のめりになる。
無意識にバランスをとろうと足が前に出る。

あれ?

足が、離れた。
押された勢いで足がもつれ、青年にぶつかった私は、優しく抱きとめられた。

「よかった。じゃあ行くぞ」
青年を私の手を引いて来たほうへ歩いていく。

待って、今背中を押してくれた人が・・・

振り返ると、そこにはやさしい微笑を浮かべた女性が立っていた。
顔に見覚えが、ある。

誰だったかな・・・

思い出そうとしてる間に、どんどん青年に引っ張られ遠ざかってしまう。

待って、せめて名前だけでも・・・!

私の声が聞こえたのか、その女性はこう答えた。

『早く、帰らないと。ね?』

 ・・・!!

その瞬間、真っ白い光が私を包んだ。
何かが頭の中で繋がったが、まぶしさに目がくらんだ私は、同時に息苦しさを覚えてうずくまってしまい・・・

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「ぅえほっ、げほっ・・・」

肺の奥からこみ上げてくる感覚で気がついた私は、つかえていたものをすべて吐き出した。

出てくるのは、水。
少し、しょっぱい。
軽く咳き込む私の背を、誰かがそっと撫でてくれた。

「・・・大丈夫かい?」

耳元で、柔らかな声がささやく。
はっとして見上げると、端正な顔立ちの青年が、私を心配そうに覗き込んでいた。

「!!私・・・!」
「ああ、無理しないで。急に起き上がらないほうがいいよ」

起き上がろうとしてくずおれた私を、青年の腕が優しく抱きとめてくれる。
そして、膝枕。

はわわ、と混乱する私に、青年は唇に人差し指を当ててこういった。

「今は、ゆっくり休むんだ。落ち着いたら、いろいろ聞かせてもらうよ。ね?」

その微笑に気が緩んだのか、かすかに残る唇の違和感を感じながらも、私の意識はまた沈んでいった。

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最終更新:2008年05月29日 19:13