ため息をつきながら私は気が乗らない近況報告を続ける。
 もう、苦心して得た水を植木鉢にやる必要はなくなってるんだ。と、いうのも、街にはここ最近、まるで昔に戻ったみたいに雨ばかり降っているからで。そういえばそれは、君がここに来てからだねえ。はあ。あ、また、口からため息をついてしまった。

「それでも空気が湿らないのは凄いね」

 最後に入れた嫌味を豪快に無視し、のんびりと木箱に腰掛け、他人事のようにマグカップの中身をくゆらせながら話に相槌を入れた男は、実際、この国とは縁もゆかりもない、帝國からやってきた鉄道野郎、ルウ=ラリである。

「そんなことを君に驚かれても嬉しくないんだけどね」

 あからさまに嫌声を出しながら、そんな鉄道野郎の隣で私が何をしているのかといえば、彼が移動手段、兼、ねぐらにしている汽車の、メンテナンス、兼、雑用係という、何とも意に染まぬ仕事であり、さらにいえば、なんで私がそんな意に染まないことをする羽目になったかというと、彼が街にやってきた直後、ちょうどまだ店の前あたりをうろうろしていたアキトさんに、「雑貨なら、ユーミちゃんのところがいいよ」と名指しされたからであって、駄目押しのように「ユーミちゃんはお母さんゆずりで、手先も器用だし、簡単じゃない機械の扱いにも慣れているからね」と暴露されたからだ。
 アキトさんは、私がひそかにまだ車を所有していて、夜になると、こっそりとそれで、店に並べたり、その他のことに使う、種々の品々を入手しに行くのを知っているのだ。当然、手入れも私一人でやっているから、アキトさんの言ったことは嘘じゃない。

 最初ににらんだ通り、見た目とはまったく異なり、なんだか意味のわからないパイプや機械ばかりがところ狭しと詰めこまれている汽車の中で、私は腹ばいになりながら底部のダクトに腕を突っこみ、どこかのボルトを締めていた。これだけの車体を運ぶには、それなりの燃料が必要で、まして石炭も水も専用車両に積んでキープしていない汽車などありえない。一体何で動いているんだか……。
 だが、自分がやらされている作業の意味もよくわからないという、依頼主そっくりな仕事のわけのわからなさをさしおいても、私にとって非常に悔しいことに、ルウが報酬代わりに渡してくれる帝國印の、例えば花の種なんかは、この街では大層な貴重品なのである。今みたいに仏頂面をしながらも、結局彼の依頼を受けないわけにはいかないのだ。
 ルウは、(こともあろうにそんな私の横で)にこにことしながら、感心したわけじゃないんだよ、と、弁明をした。

「砂が、この雨も、何もかも、吸ってしまうんだろうね。だからなかなか復興が進まないんだろう」
「はっ、復興なんて!」

 外から来た人間らしい考え方だ。私は思った。

「砂は、砂だよ。そう簡単に土には戻らない。
 例の人たちは舵取りに必死だ。国には砂を固定するだけの緑を一気に植えていく余裕なんてない。そして、みんなはもうすっかり疲れきってる。
 復興なんて、起こらない。ゆっくりの、やり直し、繰り返しだけが待ってる」

 それだけでしょう、と、私は吐き捨てた。
 別に彼が悪いわけじゃないのはわかっている。これはただのうっぷん晴らしだ。
 けど、こうやっていきなり理不尽な感情をぶっつけられても、なお、にこにことしていられる彼のことが、私は大変嫌いなのだった。
 閑古鳥が鳴きっぱなしとはいえ、一応は雑貨屋の面倒も見なくちゃいけないし、夜には私も仕事(車を使った奴だ)があるのでお役御免、だから後は知ったことじゃない。彼と、そう、一日中、顔を合わせているということもないんだけども。
 私が彼のために部品を調達したり、食糧を持ってきたりしている間中、ずっと引きこもっては何かしているらしい癖に、見ている前では絶対に何もしないで、何が楽しいのか、にこにこと笑ってばかりいる、肉体労働をしたことのなさそうな、なよなよとした体つきも、そしてその笑顔も。
 私は、大嫌いだった。
 それは、あるいは……。
 自分が嫌いだったというのと、同じことかもしれなかったけれど。

 一度、聞いてみたことがある。
 なんでこんな汽車で旅をしていて、なんでこんなところに立ち寄ったのか。
 今とおんなじ言葉を返された。

「僕はね、ユーミさん。僕は、ある機関に所属したいんだ。
 それさえあれば、みんな立ち直れる。それさえ出来れば、みんな歩き出せる。だから僕は、僕のやりたいことを、どんなに人から疎まれても、諦めないし、やめないんだ。そして、僕が出来るかもしれないことも」

 やわらかい月の灰色を瞳に宿して彼は微笑む。

「砂の下には本当の土があるよ。みんなの中にも、きっとある。
 なくしてなんか、いないから。繰り返すことは、ないんだよ」

 そう、計器のひしめく壁に手をかけて言い、小さな丸窓からルウは外を見る。そこには広がっているだろう。永劫の砂漠と、それを無為に穿ち続ける無限の雨垂れ、あるいは、もっと自然で懐かしき、黒々とした灰色の空、雲か。
 それらを見守る彼の瞳には、ほんわりと、でも、確かな月色の微笑みがまあるく浮いていて。
 それは南国の、空を焼き、今は、大地も焦がす、太陽ほどに激しくもなく、やっぱり優しくて暖かいけれど。

 とても遠くて、
 決して裏側を見せることのない。

 私は、なんだか無性に腹が立ったので、わけのわかんないことばっかり言うなとルウの頭にチョップした。
 彼がその時見せた表情が面白くて、それで私は満足して笑ったのだった。

4

(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 16:18