週末の昼下がりには、明るい空気がはぜていた。
街を歩いているみんなの顔に、少しずつだけれども笑顔が戻ってきているのがわかる。
手をつないではにかみあう恋人たち、水を蹴立てて走り抜ける子どもらの哄笑、ぬかるみ、荷車、ささやかな雑踏。
今週になってから、自然回復運動とやらの手も入ったことだし、ようやっと私たちの街にも復興の兆し……失くした文明の復興なんかじゃなくて、それは、まさに『笑顔の復興』のことだった……が、見え始めたということだろう。
あちこちの軒下に立っている雪像を、通りすがる人みんなが指さしては白く吐息と言葉を弾ませている。思い思いに築き上げた、家族の肖像。商店なんかは、ちゃっかりと、自分たちの商売をアピールする像なんか立てたりしていて、なるほど、確かに笑ってしまう。
「ほら、見て御覧」
私は両手でお腹の前あたりに抱えていた植木鉢に、それらの光景を示すようにして語りかけた。
「お前が待ってた雪だよ、プラーネ」
小さく芽吹いた、緑の芽、二つ。赤い素焼きの鉢植えの中で、それは瑞々しくうぶ毛を光らせている。
この子たちは一体何に育つのだろう。
積雪に悩まされるという新鮮な体験も、あと、数日もしないうちに終わるはずだ。3mも雪が積もったなんて、みんな驚いた時もあったっけ。
私が鉢植えを持ってゆっくりと歩いて回る、その先では、いかにも公的機関のデザインといった灰色の制服を着こんだ人たちが、センサーを刺しこんで測定するタイプの計器の表示に目を見張っている。
つい、ふふ、と、笑ってしまった。
そしてすぐに唇を固く引きしめる。
仰いだ天は、白漠とそこに佇んでいて。
立ち止まった肩に、粉雪がそっと舞い降りた。
私はそれを、払いのけようとはしなかった。
*
「手回しラジオ、直したのかい、ユーミちゃん」
店のカウンターで考え事をしながら頬杖突いていると、そんなことをアキトさんが尋ねてくる。車の整備までこなせる店主がいるくせに、売り物にもしてなかったラジオが現役で、しかも当の店主の顔の真横で政府広報なんか垂れ流してるんだ、聞かない方が間抜けというものだった。
国からの、植生回復は順調に進むだろうという報告、そして続く定例の『今日の探し人コーナー』の、イントロあたりで、私はようやっと生返事をする。
「ええ」
我ながら気のない声だ。間が空きすぎて、何に対する返事かも忘れられかねない。だが、不幸なことにも辛抱強く人の話を伺うのに慣れていたアキトさんは、そうかい、と、頷くと、会話の断絶などまるでなかったかのように話を続ける。
「私は君に、謝らないといかんな」
「よしてください。お世話になってる先生に、そんなこと」
気持ちの皆無な声が出た。
「……そうだな。謝らないといかんのは、君にじゃない」
その怒り方、学生時代から変わらんね、と、言われた。
「君は、いつだって他人のためにだけ、頑張るような子だった。
廃村から盗みを働いて私のところに食糧を届けてくれたのも、お父さんの遺した雑貨店を客が私一人しかいないのに潰さないでいることも、そして彼の行方を黙っていることも」
電波の向こうでパーソナリティのおねえさんが、無味乾燥な口調でコーナーを〆る。
『それでは今日も最後にみなさんへのお願いがあります。長身、白髪、北国人、第一級技術律違反容疑者、ルウ=ラ=トゥアーリさんをお見かけの方、もしくは一両きりで線路のないところを走る不審な汽車を見かけた方は、最寄りの窓口からどうか政府にご一報ください』
午後もよい一日を。天気予報は雪、ところにより激しい雨に変わるでしょう。お出かけの皆さんは傘を忘れずに――。
バツンとラジオのスイッチを切る。
「私は私のためにしか働きませんよ、先生」
彼に告げたときと同じように、同じ口調で。
「私、ユーミ=クライネ=プラーネには、他人のためなど存在しない。
だからこれからすることも、他人のためなんかじゃ、断じて、ない」
(城 華一郎)
最終更新:2010年04月25日 16:21