「もう、この国の砂は大丈夫だから、次の国へ行く、って言ったら、見送りに来るって言い出すんだもの。びっくりしたよ」
「…… 本当は、私に気づいても、そのまま通り過ぎていっちゃうんじゃないか、って、思ってたよ」
「どうして?」
「私、君に、結構ひどいこと、言ったりもしたしさ」
自分のことを棚にあげて、詰問したり。
雰囲気や口調が死んだ弟に似ていたからって、必要以上に冷たく当たってみたり。
大嫌い。
そう、信じ続けていたから。
この国とは何の関係もない、気楽な他人と勘違いしてたから。
この国は、彼にとって大事な思い出につながる場所だったのに。
私にとってとなんら変わらない、大事な大事な場所だったのに。
言葉に詰まった私を見て、例の、『人を笑顔にしたい病』とやらがうずいたのだろう、ルウは突拍子もないことを言い始めた。
「でも、僕は君のこと、結構好きだったよ」
「えっ」
「思ったことを、素直に態度に出してくれる人は、好きだよ」
「…………」
「…………」
う、にこにことした沈黙が気まずい。
なんだろう、私はこういうラブコメった展開を希望してここにきたわけではなくて。
「ええと、ね。その、話しておきたいことが、あるんだ」
本題を、やっと私は切り出した。
自分の体を切り刻むようにではないけれど。
割れた鏡の細い隙間に、手をねじこむぐらいには、切り出した。
「私ね、結局、君が死んだ弟に似ていたから嫌いになったんだと、そう思ってた」
鏡の向こう側の世界なんて、ありやしない。
割れているのは、ただのガラスだ。
映っている影も、錯覚だ。
「……?」
「どこか浮世離れした考えを、当たり前のように現実として扱っていたり、面と向かって話しているくせに、やたら遠いところにいる相手と話しているような錯覚を抱かせたり、するとこが、死んだ弟に似てたんだ。
でも、違った。
君が、私に似てたから」
そして、
君が私と決定的に違っていたから。
「笑顔の陰に隠していた、君の覚悟の欠片から、痛々しい自分を見せつけられているようで、だから、嫌いだと思いこもうと、していただけなんだ」
本当に嫌いなのは、
自分だけなのに。
「罪負う覚悟の刃も腹に飲み、片棒を担がせていると気づかせないために、罪がかからないように、私にやらせていることの何も教えず、私の前では怠けものを装って笑う君」
誰かのためのようでいて、からっぽな自分を支えるために、必死な私。
「あくまで仕事上の付き合い以上に踏みこまないよう、上手に自分勝手を貫いた君」
嫌っているふりして、仕方なく付き合ってやっているふりをして、自分の都合を汚く隠した私。
「先生がね、君に、謝らなくちゃいかんな、って、言ってたけれど。
本当に謝らなくちゃいけないのは、私だ」
何故なら、それは。
一人で生きるには、私があんまりに弱すぎて、
みんなを言い訳に使い続けてきていたからだ。
「雑貨屋を続けていたのは、そうでもしないと死に麻痺した自分が父のいたことを忘れそうで怖かったから。
アキトさんのところに子どもたちの食べ物を送っていたのも、絶望的な毎日にも未来があると信じたくって、未来につながっていると、信じたくってやった、単なる独りよがり。だから、私が泥棒をしていたのを隠したのも、かっこいい理由なんかじゃなくて、みんなを口実にした、ただの犯罪の、汚い責任のなすりつけ」
生きることが、最優先。復興の目処が立たない廃墟からの収奪は、割と一般的なのだ。そう、それを生業にして家族を養っていても、ことさらひどい非難を受けない程度には。
そして。
そして……。
「君のしていたことを、うすうす察知していながらも、ううん、君自身の口から直接自白されても当局に通報しなかったのは」
私が、
君と、
もう一度、
会いたかったから。
「私は、きっと君を嫌いだと思いこもうとすることで、自分のことも、嫌いだと、思おうとしたんだろうね」
別に、
天から降ってきた運命が奪い去った何もかもは、
私のせいなんかじゃ、なかったのに。
悲しみに慣れすぎたのは、私自身が劣悪だったりしたからじゃ、なかったのに。
悲しみに、抗うことに、理由なんていらないのに。
それさえあれば、みんな立ち直れる。それさえ出来れば、みんな歩き出せる。
ルウの言った通りだ。
私は、自分が幸せになろうとすることに、罪悪感なんて感じず、もっと、普通に笑っても、よかったのだ。
それを君が気づかせてくれた。
「だから、言おうと思って、ここに来ました」
そう、私が希望していたのは、ラブコメった展開なんかじゃなくて。
にこり、彼が忘却の彼方から拾い上げてくれた笑顔で、正々堂々、何のおかしなところもなく、茶々も交えず、それを言う。
「君のことが、好きです」
(城 華一郎)
最終更新:2010年04月25日 16:24