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夜空に見上げる星のことを忘れてしまったのはいつからだろう。文字ばかりをなぞるようになり、銀縁の眼鏡をつけるようになった頃だろうか。

見上げることをしなくなり、そこに星などないと思い込むようになったのは、いつからだったろう。自分で目にする星を、星と思わなくなったのは、一体いつごろからの、ことだったのだろう。

机上にばかり目を落とし、モニターの白い光を星空のように見つめていた。

夜に風を感じなくなった。夜を夜と思わなくなった。そこに月はなく、星もなく、雲もなく、風もなく、朝の日の出も、何もなかった。

静かな時間ばかりが降り積もった。

窓ガラス越しに雪を見よう。

春の芽吹きは画面が伝えてくれる。

雪解けで濁った庭の土と、どろどろに汚れた革靴の手入れをする時間。

何も染み込まない。どこにも行かない。

冷たい夜のスープが足元を浸して一面にどこまでも広がり続けているような気持ちだった。

 * * *

『電網適応アイドレス』

 * * *

薄墨色をしている空。

じき、夜が空にもっと色濃く落ちてゆくだろう。その宵の空の下で、人々は、静かに時を待っていた。

冷たい砂漠のオアシスに作られた公園にかがり火が灯される。

普段は観光客以外、滅多に足も踏み入れようとしないその場所に、とりどりの衣装をまとって大勢の人たちがひしめきあい、敷地をはみ出たところにまで出店が建ち並び、またそこに押し寄せる人々の列が何本も何本も伸びている。

かつてこの国がまだ四つに分かれていた頃の交差点であり、人目を忍んで、南の王子と北の姫君が逢瀬を重ねていたオアシス。

そのオアシスに、人々は続々と集まっていた。

いつもならばその時間は、水を飲みに来て我が物顔であたりをうろつく小動物たちや、それを狙うトカゲやサソリたちが顔を出し始める時間帯だったのだが、今日ばかりは一体何事だろうと驚きながら、この大勢の人ごみに踏まれまいと、慌てて遠巻きに散ったり、いつもより深く砂中に潜り込む。

みな人は、砂避けの上にもう一枚羽織り、めいめいに物売りから、果実を甘く煮出したジュースを買って飲んだり、出店で売ってる、小麦粉を練ったものに焼肉を挟んだ奴に、好みのソースをたっぷりとつけて舌鼓を打ったり、そうして砂漠の夜の冷え込みに今からしっかりと備えながら、それぞれがひそやかな興奮を胸に、じっと時を待っていた。

めいめいにめかしこんでおり、衣装には砂避けの留め具に金銀の美麗な飾りを使っていたり、腹の開いた服を着ている未婚の男女などは、それぞれ腰帯に工夫を凝らして見るものの目を楽しませている。

気軽に隣り合うもの同士が喋りあう。それが知り合いかどうかなど、誰も気にしない。気さくな国風がそうさせるだけでなく、何か、普段はそういうものを感じない人でさえ、どきどきする、熱気のようなものが辺りを包み込んでおり、それによって、みな、どうしても黙っていることが出来ないらしかった。

また、これだけ人が集まっているにもかかわらず、つきものであるはずのつまらないいさかいも、人ごみにはしゃいで迷子になる子供も、人の波に倒されるものもない。

静かにじっと、ひそやかな興奮だけが、あたりを包んでいた―――……

 * * *

 「今日は快晴ですね」

城の執務室の窓から外の様子を覗きながら、蝶子が言った。

テーブルの上には書きかけの書類が転がっており、藩王である彼女が手ずから仕上げなければいけない情報の数々がその中をひしめきあっている。

王として式典参加もしなければならないその身は、執務中にあってもきちんと折り目正しく装われていたが、表情はそれよりほんの少しだけ、硬かった。

いつも笑顔と明るさを絶やさぬ藩王ではあったが、心まで、無敵で出来ているわけではない。

 「…………」

もう一度だけ、窓から空の様子をうかがった。

幾つかの星が瞬いている。

思い人の名を胸に抱いた。風の噂では今、わんわんに身を寄せているという。怪我は大丈夫かな。いつか会えるよね。

自分のひとさし指を見つめる。

今は、これに集中しなくっちゃ。

眼下には、窓二枚、隔てても微かに聞こえるほどの雑踏。街並みに、ぎっしりと人の波がうねっている。お祭り好きなにゃんこらしく、時折変な騒ぎがどっと沸き上がるのも微笑ましかった。

蝶子は机に戻り、そしてペンをその手に再び取った。

 * * *

 『I_Dress、私は飛びたい』

 * * *

光溢れる街中では、カール・T・ドランジのシンボルマークである金色の龍を模した張り子が幾つも列をなしてうねっており、昼間から延々と続くパレードに紙ふぶきがまた際限なく舞い続けていた。

表通りに面した店では緊急に軒先を開放し、誰もが見やすいようにとあちこちで臨時にビアガーデンが出来た。

誰もが陽気に呑んで騒いで浮かれて、祭りのクライマックスに向けて盛り上がっている。

猫は、群れを作らない。ただ、みんなで一緒にじゃれあうのが楽しいことを知ってるし、みんなで話せばためになることを知ってるし、みんなで一緒に丸くなればあったかいことを知っているだけだ。犬は犬で、犬なりのやり方がある。それでいいと思っているだけだ。

その犬と、長い間の戦争をしてきた。そして今、根元種族という共通の敵が現れた。犬とも仲良くできるかもしれない。

猫は極めて楽観的であった。まあどっちもむくむくで、ふかふかに毛が生えているので、くっつけば同じようなものだと考えているふしがあった。

深いことを考えないのが猫のいいところでもあり、悪いところでもある。

みな、前だけ見て、にゃんにゃんにゃんにゃん、けたたましいほどのお祭り騒ぎ。

その頭上に、夜のとばりが落ちかかる―――

 * * *

その頃、地上のとあるところにフィクショノートたちが集まっていた。藩国のイグニシアが胸に印された、白い正装をしてる。

その9つの手が、それぞれに振り上げられた。唱和が起こる。

 「私の指は銀の指」

 『宿れ、星の精霊よ―――!!』

 * * *

それは夜に指かざす白銀であった。

地上から、いくつもの舞踏子たちの指が差し伸べられ、天を満たす白銀となる。

星々が、天空に満ちる海のよう。

 * * *

4機のアメショーが金色の尾を引いて空を飛ぶ。

白銀を切り裂く、金色の龍。

その日、レンジャー連邦に新たな思い出が一枚刻まれた―――

 * * *

誰もが見上げる、静寂。

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年01月30日 22:02