『俺、参上!』
蔦の妖怪・アイビーイマジンを蹴飛ばし、良太郎を救った魔理沙は両腕を広げポーズをとる。
開放された隙に落とした黒い札のようなものを拾い上げる良太郎。
そして自分を救った恩人の姿を見遣るなり違和感を覚える。知っているはずなのにまるで違う、そんな違和感を。
良太郎は先刻魔理沙と出会ったばかりだが、それでも人物については大体わかっていた……はずだった。
赤いメッシュの入った逆立つ金髪に赤い瞳。まるで化粧直しだ。良太郎が知っているかどうかはともかく
魔理沙も少女であるが故にそれなりのおめかしはする。とはいえここまで手の込んだ化粧直しをするタイプでもないが。
『てめぇがここで何企んでやがるか知らねぇが、俺に見つかるとは運がねぇな!
今から徹底的にクライマックスで片付けてやるから、覚悟しやがれ!!』
威勢良く啖呵が切られる。だが、赤鬼の様な形相ならばともかく
目つきが悪いだけの少女が啖呵を切ったところで、気迫などこれっぽっちも無い。
事実、その場にいた魔理沙以外の全員が呆気にとられていた。
「小娘が、邪魔をするな!」
蹴られた怒りも手伝い、イマジンは蔦を魔理沙めがけて伸ばしてくる。
この蔦の軌道は魔理沙めがけて一直線であったため
弾幕ごっこに慣れている魔理沙にしてみれば回避は容易かった……はずなのだが。
つるっ
『おわっ!?』
足を滑らせる魔理沙。慣れない靴を履いたように動きにキレが無い。これでは避けられる物も避けられない。
イマジンに驚いて木陰に隠れていた光の三妖精も「もう駄目だ!」とばかりに目を覆うが
解放された良太郎が飛び出し、間一髪魔理沙を蔦から救ったのだ。お約束とばかりに良太郎は転んだが。
「いたた……魔理沙さん、大丈夫?」
『なんとかな……ってお前、良太郎じゃねぇか! 元気そうだな、えぇ!?
……っつーかよお前、少し見ない間に随分とでかくなったな?』
「え? 今会ったばかりだよ……ね? それに妖怪退治してくるって言ったばかりじゃないか」
先刻出会ったばかりのはずなのに、目の前の少女は旧知の仲の様に馴れ馴れしく接してくる。
本来の彼女も若干馴れ馴れしい所はあるが、態度の変わりように良太郎もきょとんとしていた。
『はぁ? いつ俺がそんな事言ったんだよ?』
赤い目を白黒させる魔理沙。まるで話が噛み合わない。良太郎がああだと言えば魔理沙が否定し
魔理沙がああだと言えば良太郎が妙な反応を示す。
木陰の三妖精は二人のやり取りをさらに混乱しつつ見守っている。
「相談はすんだか? 電王!」
「うわぁ!」
『おおっと!』
蔦を振り回し良太郎と魔理沙を追い詰めるアイビーイマジン。蔦が空を掠める度に妖精は悲鳴を上げる。
そこには、命の危険はありながらも穏やかで牧歌的な普段の幻想郷の表情などどこにも無い。
不穏で張り詰めた空気はいつの間にか魔法の森全体を包み込んでいた。
張り詰めた空気は、魔法の森に住むもう一人の魔法使いにも感じ取れた。
人形作りの手を休め、ふと窓から外を見ると見知った白黒の帽子が宙を舞っていた。
「あれは……上海、取ってきて頂戴」
人形が空を飛び、白黒の三角帽をキャッチする。まるで自分で意志を持っているかのように動いているが
実際にはこの家に住む魔法使いの少女が操っているに過ぎない。
魔法使いの少女は家を出る。この帽子を持ち主の下へ届けるために。
鬱蒼と木々の生い茂る魔法の森。普段は妖精の声位は聞こえるが、今は爆音轟く緊迫した空間となっている。
静寂を切り裂くのは蔦の妖怪、アイビーイマジンと妖怪退治に来た巫女、博麗霊夢。
まさに一触即発の状態だった。相手は見たことも無い妖怪。
幸か不幸か、霊夢は妖精・妖怪ならば問答無用で退治を信条としていた。
橙色の頭部に、全身を蔦で覆い左腕からさらに蔦を伸ばす。
人型をしているが、どう贔屓目に見ても人間には見えない。
「さ、ちゃっちゃと退治してあげるから覚悟しなさい」
「フン、なめた口をきくな」
先手を打ったのは霊夢。イマジンめがけて霊力を帯びた札が飛ぶ。
所謂破魔札である。札はイマジンの体に張り付くなり、閃光を放つ。
これが謂れのある妖怪や悪霊ならば通じたのかもしれないが
相手は謂れどころか過去さえ持たない、イマジンだった。
「なんだ? こそばゆいな」
「あら、思ったより丈夫な妖怪ね。じゃ、これならどう?」
若干あたった部分が焦げてはいるが、大事には至っていない。
武器が悪かったのか、とばかりに今度は針を仕込む霊夢。これまた妖怪退治用の針である。
針だから破魔札よりも若干の物理的な攻撃力も持ち合わせてはいるのだが……
「馬鹿の一つ覚え、というわけではなさそうだな」
「あらら、これも効かないのね」
同じように直撃するが、やはり効果は薄い。イマジンは妖怪ほど霊的な要因から成り立ってはいないらしい。
全く無いわけではないのは、当たった箇所に傷らしきものが散見されるためだ。
だが、傷の深さから言っても決定打とは到底ならない。数撃てば倒せるかもしれない、という程度のものでもない。
「ならば、次はこちらから行くぞ!」
妖精を叩き落としたように、イマジンは霊夢めがけて蔦を伸ばす。だが、霊夢にとってその程度の攻撃は無意味だった。
空を飛べる。何の制約も無しに。これだけで大きなアドバンテージである。空を飛ぶことで簡単に蔦の攻撃をかわす。
互いに攻撃の効果が悪い。戦況はまさに千日手になりかけたその時。
ふらふらと、別の妖怪がやってくる。頭と背に鮮やかな赤い色の翼を生やした少女のような妖怪。
だが、目は虚ろで服からは砂が零れ落ちている。明らかに様子がおかしい。
霊夢は一瞬、妖怪の増援と思ったがそれにしては戦意が感じられない。まるで病人に見えたからだ。
「……チッ、まぁ切り上げ時としておくか。さらばだ小娘、もう会うことは無いだろうがな!」
「あっ、逃げ……けほっけほっ!」
イマジンは吐き捨てるように言い放った後、振動波で砂を巻き上げやってきた妖怪を引きずって森の奥に消えてしまう。
何の事情も知らない者からすれば、この場合イマジンは妖怪をさらう妖怪にしか見えない。
だが、実情はもっと深刻であった。
まず、零れ落ちていた砂。これはイマジンと契約した者の証。イマジンを形作る砂のかけらともいえる。
イマジンがどんな形であれ契約を果たせば、そのイマジンは過去へ飛ぶ。
一度過去へ飛んでしまったイマジンを追うためには当然時間を超えなければならない。
最悪な事に、霊夢はその手段を持っていなかったのだ。
「暴れたと思ったら勝手に帰って行って、いったい何だったのかしら?」
事態が最悪な方向へ向かっている事も知る由もなく、霊夢はまたいつもの暢気な表情に戻る。
「にしても、妙に砂っぽいわね……口の中がじゃりじゃりするわ」
追いかけようにも手がかりが無い。だが、霊夢にとって手がかりがあろうが無かろうが関係ない。
飛べば異変にぶち当たるのだ。先程の妖怪と戦う前に見かけた少し様子のおかしい魔理沙の事を思い出しながら
霊夢は再び砂っぽい空の散歩を始めるのだった。
「そこは他人の家なんだ。君が好き勝手に暴れていい場所じゃない。
これ以上暴れるようなら出て行ってもらうよ」
再び黒い札のようなもの――ライダーパスを手に取る。これをどこからとも無く現れ
腰に装着されるデンオウベルトのバックルにかざすことで、良太郎は電王に変身できる。
いざ良太郎が変身しようとパスをかざそうとしたその時。思わぬ邪魔が入った。
『良太郎! 俺にやらせろ!』
「え……?」
得意げに胸を張る赤メッシュの魔理沙。だがこの魔理沙、一体何者なのか。
まるで良太郎がこれからやろうとする事をまるっとお見通しのような物言いである。
魔理沙は、電王の事など知らないはずなのに。
『いいから俺にやらせろ! ほら、赤いボタン押せって!』
「ちょっと待って、何で君がこのベルトの事知ってるの?」
それどころか、ベルトの構造まで知っていた。
パスをバックルにかざす際、押すボタンによって電王は四種類の形態に変身できる。
赤いボタンはソードフォーム。剣を武器とする電王の四形態の中で最もバランスが取れた形態だ。
ただしこの形態になるには、モモタロスの力が必要不可欠だ。
『いつも俺と一緒に戦ってるじゃねぇか。だから早く俺に代われ、良太郎!』
「だから君はさっきから何を……って危ない!」
予想外の邪魔、そして予想外の証言にすっかり変身のタイミングを失ってしまった良太郎。
そこに生じた隙は、イマジンが攻撃するには十分過ぎるほどだった。
イマジンの蔦が、二人を捕らえようとする。妖精なら一撃で叩き落とされてしまう威力だ。
人間でも相当なダメージは免れない。変身していない良太郎や、いくら変貌しているとはいえ身体の丈夫さは普通の少女と
そう大差ない魔理沙では、耐えられるかどうか怪しい。そんな不安をよそに、蔦は残酷にも二人に迫ろうとしていた。
「二人とも、目つぶってっ!」
突然、何かが飛び出して太陽を直に見たような光が走る。その眩しさは場にいた全員の目を眩ませるには十分だった。
光を放った主は光の三妖精の太陽担当、サニーミルク。そのためにほかの二人は既に対策をとっており平然としている。
光を遮るための黒い眼鏡。幻想郷の物ではない、外の世界の道具だ。
本来はかけるものなのだが、妖精にはサイズが合わないらしく手に持って目を覆っている。
「ぐおおっ!?」
「へへん! 妖精の力、思い知ったか妖怪め!」
目論見どおり、イマジンはその光に怯み、蔦は二人を捕らえる事は無かった。目らしき器官は見当たらないが
オレンジ色の頭部のどこかが目の役割を果たしているのかもしれない。
魔理沙もまた目を閉じてかわすことが出来たが、良太郎は運悪くまともに見てしまったらしく、イマジンと同じく怯んでいる。
『おっしゃ、チャンスだ良太郎……良太郎?』
「だ、大丈夫。すぐに立ち直れると思うから……」
「あ……ま、まぁ事故って事で。本人もこう言ってる事だし……あははははは」
良太郎がこうした事態に巻き込まれるのは決して珍しい事でもない。だが、間が悪かった。
張本人のサニーも、まさか本当に良太郎が目くらましを喰らうとは思っていなかったらしく、乾いた笑いしか出てこない。
乾いた笑いを残しながら、サニーはそそくさと木陰に逃げ込む。
『ま、あの蔦野郎の動きを止めたのはナイスだチビ! 後は俺に任せとけ、行くぜ行くぜ行くぜェェ!!』
その隙に箒を片手に、我武者羅にイマジンへ突っ込む魔理沙。だが戦い方が普段の彼女とあからさまに違う。
彼女の普段の肉弾戦にはまだ可愛らしい仕草があるのだが、今の肉弾戦にはそれが無い。
ヤクザキック、頭突き、顔面パンチとまるでチンピラの戦い方である。箒の振り回し方もまるで鉄パイプだ。
その反撃の隙を与えない様は、まさに徹底的にクライマックスである。
木陰。三妖精はここから一連の事件を隠れて見守っている。普段なら逃げるところだが、何分自分達の家がかかっている。
何とかして取り戻そうと躍起になっているのだ。だが、いかんせん力が足りない。
「ナイス、サニー!」
「へへん、ざっとこんなもんよ!」
スターにおだてられて調子に乗るサニー。そこに間髪いれずにルナの突っ込みが入る。
今回、ルナとスターは取り立てて何もしていないのだが。
「でも、良太郎も巻き込んじゃ意味無いじゃない」
「うっ……しょうがないでしょ、あれ相手を絞り込むとか出来ないんだから」
不貞腐れながらも答えるサニー。出来ないことは無いのだが、絞り込んで目潰しをするとなると光の屈折の操作も相当面倒だ。
手っ取り早く目潰しをするにはあの方法が一番だった、とサニー自身は思っている。
ふと、その三妖精の背後から現れる一人の金髪の少女。厚めの古びた本と白黒の三角帽を携え
傍らには同じく金髪の人形が浮いている。何かに操られているように。
「あら、あなた達何してるの?」
「あ、アリスさん。実は……」
霧雨魔理沙と同じく魔法の森に住む魔法使い、アリス・マーガトロイド。とある些細な事件がきっかけで
三妖精とも交流がある少女で、こう見えても妖怪、魔法使いである。
三妖精はようやくまともな救い主が現れたと思い、藁にも縋る思いでアリスを頼る。
アリスがふと魔理沙の方へ目をやると、そこには見た事も無い蔦の妖怪と肉弾戦を繰り広げる魔理沙の姿があった。
……が、髪といい仕草といいアリスの知る魔理沙とは大きくかけ離れていた。
「あれが……魔理沙!?」
彼女にとって魔理沙は旧知の仲なのだろうか、知人の豹変ぶりに困惑を隠せない。
落ちている彼女のものと思しき帽子を持ってきてみればこれだ。
魔理沙の蒐集癖が災いし、普段彼女とあまりかかわりたく無いと思っているが
今の魔理沙はまた違う意味でかかわりたく無い雰囲気だ。
うまく表現できないが、とても危険な雰囲気が漂っている。
はっきり言って、見なかった事にしたい。帽子だけさっさと返して、家に帰りたい。
「……前に言わなかったっけ? 私、他の妖怪のやる事に興味無いんだけど」
「「「そこをなんとか! お願いします!」」」
三妖精にとっても、自分達の家に関わる事なのでどうにかしたいのでアリスに頼み込むが、アリスは素っ気無い。
だが自分達にそんな力はない。さらに今の魔理沙は危険だし良太郎も強さがよくわからない。
今頼れるのはアリスしかいないのだ。
「ふぅ……じゃあ、魔理沙があの妖怪に負けたら手を打つわ」
「「「あ、ありがとうございます!」」」
状況を把握したアリスはしぶしぶ三妖精の頼みを承諾する。この状況で引き受けなければそれこそ悪人だ。
だが、あくまで魔理沙に任せ静観するアリス。何分相手が見た事も無い妖怪なので、殊更に慎重に動くようだ。
一方、アリスの注意がイマジンに向いている頃、目潰しの巻き添えを食らった良太郎は静かに立ち直る。
一人妖怪と戦う魔理沙の援護に向かうため、デンオウベルトを装着しライダーパスを持ち直す。
(イマジンが相手なら、魔理沙さん達に迷惑はかけられない。僕がやらなきゃ!)
決意を新たにし、静かにライダーパスをベルトのバックルにかざした……
(とは言ったものの、何か妙に体が動かしにくいぜ)
ここにきて魔理沙の異変が響いてきた。箒を使って戦っているのだが、キレがおかしい。
箒自体にリーチがあるものの、魔理沙の体ではそのリーチはやはり短い。イマジンと比べればなお更である。
そして魔理沙の動き。今の魔理沙はまるで別人のように動きにキレが無い。慣れない服を着ているかのように。
それらの異変は、徹底的にクライマックスに攻めてもイマジンを追い詰めるには至らない原因となるには十分だった。
「小娘如きが、なめるな!」
『さっきから誰のこと言ってやが……うおっ!?』
追い詰め損ねれば、反撃を受ける。戦いとはそういうものである。
イマジンの右手に輝く両刃の鎌が、魔理沙を切り裂こうと襲い掛かる。
「どうした、さっきの勢いは口だけか!?」
『くっそぉ、なめやがって……!』
それを辛うじて回避する事に成功するが、すっかりペースを乱されてしまう。
リーチの短さが災いし、魔理沙から攻撃することは困難を極めた。
そのリーチを補うため……と言うか、本来の幻想郷の戦いにおいて付き物である飛び道具――弾幕がある。
だが、幻想郷での戦いを熟知しているはずの魔理沙は一向に弾幕を使う気配が無い。まるで使い方など知らないかのように。
結果として、戦術の幅を狭めることになってしまった。飛び込めば両刃の鎌、離れれば蔦。
お陰ですっかり防戦一方になってしまう。
「突っ込むしか能が無いとは、まるで馬鹿の一つ覚えだな!」
蔦が箒を弾き飛ばす。さらにリーチを短くされる魔理沙。
そしていつの間にか背後にそびえる大木。追い詰められてしまったのだ。
『ちっ、一体どうしちまったってんだ……!?』
「調子に乗った罰だ小娘。電王よりも先に亡き者にしてくれるわ、その木を墓標にな!」
左腕の蔦を槍状に収束させ、魔理沙の心臓に狙いをつける。自分達の家を人間の墓標にされたのでは
たまったものではないとばかりにまたしても木陰から三妖精が飛び出す。
恐怖よりも、自分達の家を守りたいという感情の方が先に動いたようだ。
「ルナ、スター、もう一回アレやるから手伝って!」
「わかったわ!」
「……ま、今回はしょうがないわね。血のついた我が家なんて嫌だし」
「あ、ちょっとあなた達!」
アリスの制止も聞かず飛び出す三妖精。非力でも目くらまし位ならばできる。実際に出来た。悪戯も使いようだ。
蔦を破壊することまでは出来ないので、サニーが目を眩ませその隙に二人が蔦を結んで使えなくしようとしたのだが。
「さっきからうるさいぞ、蚊トンボどもが!」
ブゥン!!
「だ、駄目! サニー避けて!」
「え?」
……見切られていた。
サニーの目の前に両刃鎌の風圧が迫る。妖精は消滅しても、再び生まれ変わることが出来る。
彼女の場合は太陽の光さえあれば再び幻想郷で元気に飛びまわれるだろう。
だが、それでも。もう一度、元気に飛びまわれると分かっていたとしても。
それ故に消滅することにさほど抵抗感を抱いていなかったとしても。
痛いものは嫌だ。叩かれるのは嫌だ。斬られるのは嫌だ。退治されるのは嫌だ。
どうせなら、妖精らしく弾幕ごっこできちんと退治されたかったな……
と思ったかどうかは定かではないが、サニーが目を閉じたその時。
青白い光と共に、良太郎が割って入る。だがその姿は良太郎だとは一目では分からなかった。
黒と銀を主体としたカラーリングのライダースーツに身を包み、両手両足は白いグリーブや籠手を装備し
頭は中央に線路のようなラインが入り黒い目をした白いフルフェイスのヘルメットに覆われている。
電王の素体、プラットフォームである。これは変身者の身体能力を飛躍的に向上させる強化服である。
それこそ妖怪とも太刀打ちできるほどに。
ただし、良太郎の好戦性は極端に低い上に身体能力も平均よりは低い。おまけに運も無い。
それ故に本来の力を引き出せてはいない。一点を除いては。
両刃鎌を何とか受け止める。元々良太郎は妙に打たれ強い面があるが電王に変身することによって
その打たれ強さがさらに向上する。これこそ電王に変身する恩恵のひとつと言える。
「間に合った……大丈夫?」
「あ……あ……」
へたり込むサニー。おまけに目の前にはまた別の異形がいる。このイマジンほど凶暴そうな印象は与えないが
表情が読めないその風貌はやはり何も知らない者にすれば恐怖の対象である。
後ろで援護しようとしていたルナとスターはあっさり逃げて今は再び木陰に隠れている。
この勝手さもまた妖精の特性ではあるのだが、今回はある意味致し方ない。逃げなければ自分も危険なのだから。
最も、置いてけぼりにされたほうはたまったものではないが。
「ここは危ないから、僕に任せて。早く逃げて」
イマジンの攻撃を受け止めながらサニーに逃げるよう促す電王。言い切るか否かの間際で
ふらつきながらも飛んで逃げたので余計な心配だったかもしれないが。
無事逃げ切ったのを確認すると、イマジンを突き飛ばし間合いを取る電王。
その隙に、追い詰められていた魔理沙も無事電王と合流出来た。
『やるじゃねぇかよ良太郎。どうやら体は鈍ってねぇみたいだな』
「……そうかな?」
嬉しそうに肘で電王のわき腹を小突く魔理沙。自信無さそうな態度をとる電王だが
その良太郎の声にはしっかりとした意志が込められていた。
イマジンの好きにはさせない、という強い意志が。
『へへっ……そうだよ。それなら、今日は俺とお前でクライマックスと行こうぜ!』
しっかりと手を握る二人。その時、電王は何か違和感を覚えた。
良太郎が木から落ちそうになった時、魔理沙の手を握ったことがある。
(まさか……本当にモモタロス?)
だが、その時の感触と、今の感触。良太郎が電王に変身しているせいかもしれないが
良太郎はどうしても少女の手を握っているような感覚がしなかったのだ。
そう、まるで赤鬼と手を握っているような感覚。
「魔理沙が言ってた……あの黒いの、良太郎なのね!」
「これならあの妖怪にも勝てる! 勝てるかもじゃなくて、勝てる!」
「……いつもならこういうのはルナの役目だってのに。まぁいいわ、頑張れ良太郎ー!!」
普段なら逃げ遅れて痛い目にあうのはルナチャイルドの役目だと相場が決まっているのだが
今回は最接近していたのがサニーミルクだったためにサニーがその役目を押し付けられる形になってしまった。
お陰で、電王に助けられるというある意味貴重な体験が出来たのだが。
そんな事もあり、良太郎に声援を送る三妖精。だがその声は届いていない。ルナが音を消す能力を切り忘れていたから。
それに気づかずに声援を送り続ける三妖精。そんな彼女らを尻目にアリスは注目の対象をイマジンから電王に移す。
(また見た事も無い奴ね……妖怪と戦うって事は人間の仲間か、それとも……?)
蔦の妖怪に敵対するように立つ白黒の異形。幻想郷に於いて、妖怪が起こす異変を妖怪が解決する事は極稀である。
その事もあり、妖怪と戦う=人間と言う方程式がアリスの中にあった。だが、人間だとしたら何者なのか?
アリスは良太郎を見ていない。サニー達の声も届いていない。両者をよりいっそう注意深く観察する。
向かい合う二人と一体。それを見守る四人。魔法の森の大木の下
一つの戦いは始まり、そして終わりを告げようとしていた。
妖怪退治の真似事をする逆立った金髪に白黒の服の少女。
その隣に立つ黒ずくめの格好をした白い仮面の青年。
おおよそ幻想郷には似つかわしくない妖怪。
『仕切りなおしだ、行くぜ行くぜ行くぜェェェ!!』
箒を握りなおし、またしても我武者羅に突っ込む魔理沙。
先程との違いは、電王がそのサポートについている点だ。
二手に分かれる事で、攻撃を分散させる。これだけでも今の魔理沙にしてみれば心強い。
電王が攻撃を抑えてくれることで、安心して懐に飛び込めるからだ。
しかし、力不足なのは変わらなかった。
電王も、変身したとはいえこの形態はまだ本領発揮している状態ではない。決定打に欠けている。そ
れは魔理沙も同様だった。箒で叩き付けていても、普段よりも相当力が強くなっていても、必殺の一撃とまでは行かない。
イマジンが比較的打たれ強いのもあるかもしれないが、追い詰めてもなかなか止めがさせずにいた。
こればっかりは、悪戯などトリッキーな事に長けていても単純な力が弱い光の三妖精も手助けのしようが無い。
――そこで私なら、魔砲を使うけどな
『「魔砲」? ……なんだかわからねぇがやってみるか。良太郎、しばらくそいつ抑えてろ!』
「任せて!」
ふと、魔理沙の頭に流れるイメージ。何か小さな道具を使い、大砲を放つ自分自身。これだとばかりに
魔理沙は電王に箒を貸し攻撃を任せ、両足をしっかりと地面につけ、右手に力を集中させる。
『必殺……俺の必殺技!!』
右腕を勢いよくイマジンに突き出す。重力に逆らってハリネズミの背中と化した髪はスパークし、拳には赤い光が集まっている。
霧雨魔理沙の持つスペルカードに「マスタースパーク」と呼ばれるものがある。これは魔理沙の持つミニ八卦炉を利用して
膨大な力をレーザーにして発射する魔法、いや魔砲である。使わずに撃つ事も出来るが、その場合出力の低いナロースパークとなる。
「あ、あれは……!」
「マスタースパーク? けれど、色が違うわね……
とにかくそっちで妖怪抑えてる白黒、すごいのが来るから離れなさい!」
だが、今集められている光から察するに、ナロースパークの比ではない。
それこそ、マスタースパークに匹敵するほどの出力を秘めているかもしれない。
電王もアリスの指示でそれに気づき、イマジンを突き飛ばし転ばせてレーザーの射線から退避する。
『俺の必殺技……「モモタロスパーク」!!』
極致「モモタロスパーク」
宣言とともに放たれたのは赤いマスタースパーク。ミニ八卦炉の代わりにフリーエネルギーを媒体として放ったのだ。
マスタースパークほど太くは無いが、大きく振り回す事で剣のように相手を斬る事ができる。
最も、レーザーなのだからなぎ払うという表現のほうが適切かもしれないが。
「ぐっ、ぐああああああっ!!」
赤いレーザーが、アイビーイマジンを切り裂く。
この名前の主のように深く考えずに繰り出した必殺技。だが、思いの外凄まじい威力でイマジンは時の砂へと返っていった。
魔法の森の大木の家を脅かしていた異変は、ひとまずはここに解決したのだ。
「やった!」
「でも大丈夫なのかな? 懲らしめるだけでよかったのに」
大木の家を取り戻せたことに安堵する三妖精。普段は妖怪退治と言っても相手を消滅させる程度までやる事は稀なのだが
今回は消滅……と言うか、相手を砂にしてしまっている。弾幕ごっこに慣れた者からすればやりすぎとも取れる。
「……仕方ないわね。それに最初に消されそうになったのはあなた達じゃない」
それを仕方ない、の一言で片付けるアリス。そもそも今回の戦いはスペルカードルールに則っていない。
ルールに則っていない以上、こうなるのも自己責任の末の結果と言える。やらなければやられる。
「とにかくこれで、家も安泰ね」
「そうね、よし早速家に入るわよ!」
「アリスさん、良太郎さん、魔理沙さん、ありがとー!」
嬉しそうに家へと駆け込んでいく三妖精。辺りは再び穏やかな幻想郷の空気に戻る。
『へへっ、決まったぜ。やってみるもんだな』
上機嫌の魔理沙と、イマジンを倒せた事に安堵し変身を解く良太郎。だが良太郎が抱えている疑問は今、確信に変わった。
今の必殺技の命名。それは、良太郎のよく知っているあのイマジンだった。
思い切って、単刀直入にたずねてみる。
「やっぱり君、モモタロスだよね?」
『だから、さっきからそう言ってるだろうが良太郎』
あっさりと、自分がモモタロスと呼ばれる存在である事を認める魔理沙。
モモタロスに憑依された人間は、髪が逆立ち赤いメッシュが入り、赤い瞳となる。
今の魔理沙もしっかりその条件に当てはまる。
「うん、それは分かったからさ。モモタロス、早く魔理沙さんから出なよ」
イマジンに憑依された人間は本来の人格の意思に関係なく、イマジンの思うがままにしか動けない。
魔理沙も例外ではない。長時間そうした状態に置いておくと、魔理沙自身の人格に影響が出るかもしれない。
それよりなにより、落ち着かない。十代半ばの少女がまるでチンピラのような口を叩き
箒よりも金属バットの方が似合いそうな魔法使いなど、外の世界どころか幻想郷の常識にも存在しない。
『あん? 出ろってどういう意味だよ。
そういや、さっきから妙に良太郎の背が高かったり動きにくかったりしたのは……い、いやまさかな』
本人(?)も違和感は感じていたのだ。だが、今の自分の状態を確認する術が無かったので
まさかこういう状態になっているとは思いもしなかったのだが。
「……魔理沙。あんた手鏡の一つ位持ってないの? 乙女の嗜みよ?」
『誰が乙女だ。気色悪い事言うんじゃねぇ……ま、まぁ今俺がどうなってるのか気にはなるけどよ』
もっともらしい指摘をしながらM魔理沙に手鏡を差し出すアリス。
それに対するM魔理沙の反応は、明らかに姿と矛盾している。
意識はモモタロスである以上、仕方の無いことなのだが。
手鏡をひったくるように受け取り、覗き込むM魔理沙。そこに写ったのは赤鬼……
ではなく、逆立った金髪に赤いメッシュ、そして赤い瞳の少女だった。
『なんじゃこりゃあああああっ!? こりゃ言われなくったって出てやるよこんな体!』
そう叫ぶなり、おもむろにジャンプを始めるM魔理沙。
幅飛び、反復横飛び、バク転など試すが、特に変わる気配は無い。
魔理沙の体からモモタロスが飛び出そうとしている……のは確かなのだが。
「も、もしかして……」
『ああ。もしかして……』
出られない!? 途端に表情が青ざめるM魔理沙。まるで絶望しきった様に。さっきまで上機嫌だったのに。
浮かれていたのはどこへやら、すっかり落ち込み両膝をついてしまう。
「……魔理沙? さっきから、何やってるのかしら?」
突然奇妙な事を口走り、奇行に走るM魔理沙に、流石のアリスも不安を隠せない。
アリスはまだ、モモタロスの存在を知らない。
「それは……話すと長くなるんだけど。実は……」
良太郎がアリスに説明しようと口を開いた瞬間、突如大木の家から叫び声が聞こえる。
「あーっ! そういえば、お宝盗まれたままだった!」
「さっきの妖怪の片割れよ、捕まえにいくわよ!」
「「おーっ!!」」
三妖精も、自分達の宝物を盗んだイマジンは未だ逃走中という事を思い出し、家から飛び出し
慌てて後を追おうとするが、もう遠くに逃げてしまっている。
『そんなに慌てなさんな、臭いを追っていけばわかるって……こっちだ!』
「あ、モモタロス待っ……うわぁ」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ! 私にもわかるように説明しなさいよ!」
臭いを頼りに一目散に走り出すM魔理沙。慌てて後を転びながら追う良太郎。
魔理沙の異変を問いただすために二人の後を追うアリス。
宝物を取り戻すべくイマジンの元へ行こうとする三妖精。
大木の異変は解決したが、まだまだこの森の異変が続きそうな予感を暗示するように
空は厚い雲に覆われ、空気は妙に砂っぽかった。
チチチチチチ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・
次回予告
幻想の地に迷い込んだ想像の魔人が引き起こした些細な異変。
それは一つの分岐点を迎えようとしている。
「違う……私が望んだのは、こんなのじゃない……」
「大丈夫、僕達が取り戻してくる。君の、過去を」
過去を破壊しようとする者が現れる時、時の列車もまた現れる。
九尾の狐の導きで、巫女は今、時を駆ける?
「オーナー。彼女に、博麗の巫女に時の列車の手形を発行してほしい」
「どうやら彼女がイマジンを倒さねばならぬ理由が、出来てしまったようですねぇ」
過去を壊す事など、誰にも許されない。その定めを侵す者に、今鉄槌が下る。
「妖怪バスター!」
『電車斬りほどじゃあねぇが、センス無ぇな』
次回
時符「時を駆ける巫女」
最終更新:2009年04月16日 01:50