この間、よく立ち寄る古道具屋……と、言っていいものかどうかわからないが。
とにかくその店でいい物を見つけた。栞だ。以前巫女に手ひどくやられたときに
失くしてしまったので、丁度新しい物を探していたのだ。
私の好みの柄なので、読書がまた楽しくなる。……こんなことばっかりでは
どこかの不健康な魔女みたいになってしまいそうだ。
そんなこんなで、幸い巫女に邪魔されることも無く私の読書生活は順風満帆だった。あの日までは。
いつものように本を読んでいると私と同じように本を読む妖精がいた。
悪戯ばかりでせわしなく飛び回る妖精の中にも変わり者はいるものだと思い
私は彼女がどんな本を読んでいるのか、少し気になった。
その答えは、思いもよらぬ形で知ることになるのだが。
「ルナ、早く行くよ! 今日はあの湖に行くんでしょ!」
「待って、今行くから!」
遠くから本読み妖精を呼ぶ声が聞こえる。やっぱり、こうせわしなく飛び回ってこそ妖精だと思う。
本を置き、すぐに飛び出す白い服の妖精。こっそり読もうかと思ったが
妖怪の私がそんな妖精みたいな真似をするのも馬鹿馬鹿しい。
後で聞けばいいやと思い、小休止のためにお茶を用意しに本を傍に置いてその場を離れることにした。
ここで、私はあの妖精がどんな本を読んでいたのか思い知ることになる。
そう、私の本と新調したばかりの栞と引き換えに。
妖精はどうやら私の本と間違えて持っていったらしい。困った。
本は手に入れるあてが無いことも無いが、あの栞はそうそう手に入るものではない。この店で手に入るものは
入荷の都合上、中々次が見つからないのだ。そもそも店主にやる気が無い。
何とかして取り戻そうとさっきの妖精を探したが、結局見つからずじまいだった。
諦めてしまえばよかったのに、あの時の嬉しさが忘れられずに諦めきれずにいた。
それが、今この悲劇を招いているのかもしれない……
魔法の森、さらに奥まった場所。蔦の妖怪が赤い羽根を生やした少女に星条旗を突きつけている。
「……これも違うというのか!?」
興奮気味に話す蔦の妖怪に、少女は力なく頷く。
「お前の言う『妖精に盗まれた大事なもの』なのだぞ!?」
この蔦の妖怪――アイビーイマジンは、少女が「妖精に大事なものを盗まれた」のを取り戻そうと躍起になっていた。
傍から見れば口調はともかく親切な妖怪だ。だが古今東西親切な話には裏がある。
このイマジン、とても慈善事業で誰かの願いを叶えているようには見えない。
この星条旗も妖精に盗まれたと言う意味は合っているのだがそれはまた別の話。
「ふん、ならばいいと言うまで掻っ攫ってくるとするか……全く面倒な」
イマジンは吐き捨てるように呟き、妖怪の少女に背を向ける。
「あ、待って……!」
また余計な騒ぎを起こすのではないか。少女の目は不安を物語り
イマジンを静止しようとするが、聞く耳は持っていなかった。
「お前はそこでじっとしていろ。いつ盗まれたかそれだけ覚えていればいい」
蔦を少女の周囲に叩き付けながら吐き捨てる。逆らえば痛い目に遭わすぞと言う脅しだ。
願いを叶える。それだけ聞けば幻想郷に相応しいロマンチックな妖怪だが、現実はこれだ。
願い云々は口実で、ただ自分の目的のためだけに動いている。
そういう意味では自分勝手な者の多い幻想郷の妖怪らしいとも言えるのだが。
再びアイビーイマジンの蔦が伸びる。妖精を叩き落としながら、「盗まれたもの」を奪い返すために動き出した。
『……ッ、動いたなイマジン野郎め。お前ら、こっちだ!』
「こっちでもキャッチしたわ、行くわよ!」
「あっ、だから待ってってばスター、モモタロス!」
アイビーイマジンの動きに呼応するように、臭いをかぎ分けるM魔理沙。
先頭を切って走るM魔理沙。それを追うようにサニー、ルナ、スターの
光の三妖精が空を飛び、アリスも宙に浮いて移動している。
一番後ろに、必死に走って後を追う良太郎の姿がある。
所々ズボンが泥だらけになっている事が、何度か転んだ事を物語っている。
「やっぱり飛んだほうが早く移動できるんじゃないかしら、私の人形で飛ばしてみる?」
『……てめぇまた良太郎殺すつもりかよ』
アリスの提案をあっさりと蹴るM魔理沙。確かに良太郎が飛べれば今より早く移動できる。
だがこの提案を蹴るには理由があった。
遡る事少し前。空を飛べない良太郎がどうやって空を飛べる4人と足の速いM魔理沙に追いつくかで作戦を練った。
良太郎を抱えて飛ぶには4人とも非力すぎる。アリスの提案で、人形を操る糸を使い良太郎を飛ばそうとした。
……だが、結果は良太郎の体に糸が食い込む形となり断念。そこで、人形数体を利用して宙に浮かせた。
飛ばす事自体には成功したのだが、移動の際に木に激突したり人形が支えきれずに良太郎が落ちたりと
トラブルが絶えず発生したため、結局こうして走る事になった。
「ごめんみんな、僕のせいで……」
『気にすんなよ良太郎。まだイマジンは過去に飛んでねぇみたいだし、何とか方法はあるって』
「そうそう。それに魔法の森に関して、私達にわからない事は無いわ。例えば……相手が行きそうな場所の目星とかね」
申し訳なさそうに頭を下げる良太郎をフォローするM魔理沙とスターサファイア。
策敵能力もさることながら、土地勘が働くのは心強い。迷い込んだばかりの良太郎も
意識は完全に良太郎のイマジン、モモタロスに支配されているM魔理沙もこの魔法の森の土地勘は無い。
土地勘が無いのは、今良太郎らが探しているアイビーイマジンも同じである。そう考えれば
三妖精やアリスといった魔法の森を拠点としている彼女らと行動を共にしているのは大きなアドバンテージと言える。
相手の位置を探ることができ、尚且つ土地勘に優れているからこそできる作戦。
これなら、良太郎と言う移動時のハンデも解消できるかもしれない。
「この方角なら……こっちよ!」
『ああ、確かに臭うぜ』
スターが気配を探り当てる。イマジンが狙っている場所も想像がつく。後はそこへ先回りすればいい。
そうして一同は移動を再開した。しかし、またしても重大な問題が待ち構えていた。
先陣を切るスターが、良太郎は空を飛べないことを失念していたのだ。
案の定、木に激突する良太郎。
「あ……」
「だ、大丈夫?」
「な、慣れてるから平気……」
ここまでくると三妖精もアリスも呆れてくる。この人は本当に人間なのだろうか、と。
慣れているとかいないとかそういう問題ではない。自分もよく痛い目にあっているルナチャイルドでさえ呆れている。
だが、それよりももっと重大なことがあった。この木、どこかで見たことがある。と言うよりも……
「あれ、戻ってきちゃった」
「ほんとだ。私達の家じゃない」
三妖精の家になっている大木。ここまで戻ってきてしまったのだ。散々走り回った挙句振り出しに戻ったのだ。
『おいおい、戻ってきちまったじゃねぇかよ』
「となると、その『いまじん』って妖怪はここを狙っているのかもしれないわね」
確かに、イマジンは当初ここに物取りに入っていた。
しかし目当てのものが得られなかった、もしくは味を占めてまた来る事もありうる。
いずれにせよ、三妖精には迷惑極まりない話なのだが。普段人間に迷惑をかけている彼女らが逆に迷惑をかけられている。
「とにかく、後はここで待ち構えていれば向こうから来るわけね。お膳立てしといてあげるから、後はがんばりなさいな」
アリスはそう言うと大木の周り、少し離れた場所にも人形を配置した。彼女本人にしか見えないが
人形と人形の間に魔法の糸が張り巡らされている。
「罠よ。迎え撃つのに罠はうってつけの戦法よ?」
「さ、先に言ってくださいよアリスさん……」
魔法の糸に侵入者が触れれば人形が攻撃を行う仕掛けらしい。それは身をもってルナチャイルドが証明してくれた。
妖精のいたずらのような仕掛けだが、妖精に対する威力はそこそこあるようだ。
威力が無くとも爆発が起これば侵入者が現れたことの証明になる。
妖精のいたずら程度の仕掛けに引っかかる妖精も相当なものだが。
「あ、そうそう。魔理沙、落し物」
アリスは持っていた黒い三角帽子をM魔理沙に投げて渡す。
M魔理沙は一度被ってみるものの落ち着かずにまた脱ぐ。
逆立った金髪がまた露になる。普段モモタロスは帽子を被らないし、それは良太郎に憑依していても同じ事。
これがベースボールキャップ位の大きさなら問題なかったのかもしれないが
魔理沙の帽子はそれこそ絵本の魔女が被っていそうな大きな三角帽子。
仮装パーティーでもしない限り、モモタロスが被ることはまず無い。まして、イマジンと戦うときになど。
『この格好も落ち着かねぇな。ったく、何とかして離れる方法ねぇのかよ……っておい、どこ行くんだよ?』
「帰るのよ。見たところあんたたちだけでもあの妖怪と渡り合えそうだし。妖怪退治は人間のやることでしょ?」
「うっ……それはそうだけど……」
人間が妖怪を退治する。幻想郷における人間と妖怪の付き合い方の基本。
人間が人間を殺めるのは悪しき事とされるように、妖怪は妖怪を殺めない。
だから妖怪・魔法使いであるアリスは人間である良太郎とM魔理沙に妖怪退治を託しているのだ。
……最も、今魔理沙には「妖怪」の同類であるモモタロスが憑いているのだが。
このアリスの言い分には、三妖精も従わざるを得ない。
先刻は良太郎の強さがわからなかったから渋々条件を飲んだアリスだが
良太郎も道具を使うことで妖怪と戦えることが明らかとなった。
ならばアリスにしてみれば妖怪と戦う必要は無い。そもそも何もメリットが無い。
「けどイマジンは侮ってかかれる相手じゃない。それに僕もモモ……魔理沙さんも
サニー達のおかげで勝てたようなものだし。戦力は多いに越したことは無いよ」
「あら、ずいぶんと慎重ね。どっかの巫女とはえらい違いだわ」
アリスを説得する良太郎。良太郎が変身した電王は最弱の状態で、イマジンとまともにやりあうには不安が残る。
M魔理沙も、新しいスペルカードを編み出したとはいえ不安定な部分が大きい。
イマジンをよく知る良太郎だからこそ、イマジンを確実に倒せるようにアリスにも力を貸してもらおうと思ったのだ。
「さっき罠張っておいたじゃない。これ以上私に何を……」
「待って! 何か来る!」
アリスが何かを言い終える前にスターの気配察知能力が何者かを捕らえた。
だが、もう片方のレーダー、M魔理沙の嗅覚は反応を示さない。
『え? いや……何にも臭わないぜ?』
「私には見えるのよ、こっちに何か来る!」
スターの気配察知能力には限界がある。相手が何者かまでは特定できないのだ。その点では
イマジンにしか反応しないがモモタロスの嗅覚の方が優れていると言える。
そして、スターが察知したその「何か」は……
アリスの罠に引っかかっていた。
「痛ったぁ……あら? この人形……はっはーん。異変の原因はあいつね!」
(やばっ!? 妖怪じゃなくて巫女が来ちゃったわ!)
姿を消して様子を見ていたサニー。スターが捕らえた気配の正体――霊夢を視認すると、あわてて大木に戻っていった。
霊夢もまた、イマジンを探していたのだ。それが偶々、ここにやって来てしまった。
「ルナ、スター! 逃げるわよ! お宝どころじゃなくなったわ!」
「え? どうしたのよ急に?」
霊夢がアリスの罠に引っかかった事により、大木の前のアリスや良太郎、M魔理沙は警戒していた。
そこに偵察に出ていたサニーが慌てて戻ってきた。相手はイマジンでない可能性が高い事はM魔理沙が示していたが
サニーの慌てようはイマジンに匹敵する何かが現れたことを示唆していた。
「巫女よ! 巫女が出たのよ!」
「え!? と、とにかく逃げるわよ!」
「あ、ちょっと二人ともおいてかないでよ!」
慌てて大木の家の中に隠れてしまう三妖精。その拍子にルナが小さな板のようなものを落としてしまう。
だがルナは気づいていない。ルナだけではない、誰も気づいていない。これがイマジンと契約した少女の探している物だということを。
「……となるとまた面倒なことになりそうね。魔理沙、ここはあんたに任せるわ」
アリスも自分に異変の元凶と言う濡れ衣を着せられているのを知ってか知らずか、これ幸いとばかりに逃げ帰ってしまう。
残されたのは良太郎とM魔理沙だけだ。
「……ねぇモモタロス。巫女って、神社にいるあの巫女さんだよね?」
『俺に聞くなよ』
わけもわからず取り残された二人。モモタロスも含めれば三人だが。
そんな彼らの前に、異変に対しては非情な巫女は容赦なくやってくる。
時の運行の守護者、電王の前に、楽園の素敵な巫女は空から静かにやってきた。
「……あら? あんた誰?」
最終更新:2009年06月30日 02:42