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~ 東洋骨董洋菓子店 トウヨウコットウヨウガシテン~

香霖堂。
魔法の森の外れにある、幻想郷で唯一、外の世界の道具を売る店である。
と言っても、その殆どは使用方法が不明であったり、電池切れで動かなかったりと
役に立たない物が多い。こんな辺鄙な場所に建っているのは、人間にも妖怪にも
足を運んで貰えるように、との店主の配慮らしいが……却って客足を遠のかせる
原因となっている気がしてならない。人が来ない所に店を構えているのだから
客が来なくても仕方がないのだが。

「こんにちは。店主さんはいらっしゃいますか?」

そんな香霖堂にも、稀にだが客は来る。
客でなく冷やかしならもう少し頻繁に顔を見せるが、店主にとっては幸運なことに
この日の来訪者は香霖堂には数少ない、ちゃんと金を払う相手だった。
射命丸文。閉鎖的なコミュニティに属する烏天狗でありながら、
山以外での出来事も積極的に記事にする、新聞記者である。

「ああ、居るよ。フィルムかい? それなら何時もの棚だ」
「どうも。……ふぅ、今日はネタがありませんでしたよ」

文は手にした葉団扇で首の辺りを軽くパタパタと扇いだ。
風を切って空を飛んでも、流石に夏空の下では暑いだろう。
一方の店主――森近霖之助は、普段と変わらず椅子に腰掛け、
読んでいた一冊の本を持ったまま、視線だけを本から外して希少なお得意様に応対した。

「そんな日もあるさ」
「そんな日ばかりなんですけどね。何かあっと驚くような出来事とかありませんか?」
「仮にあったら、君のが先に嗅ぎつけてるだろう」
「確かにそうですね……」

霖之助の反応は客観的に見て非常に素っ気無いもので、
商売っ気がまるで感じられない態度だったが、文は気にした風も無い。
彼は万事この調子なので、いちいち気にもしていられないのだ。

「さてと、そろそろ日も暮れますしお暇しますね」
「随分お早いお帰りだね。急ぎの用でもあるのかい?」

フィルムを取り、代金を払うと文は早くも身を翻そうとしていた。
霖之助はそんな文にさして興味がある訳ではなかったが、何の気無しに訊いてみた。
夕暮れ時の店内には西日が射し込み、骨董品を紅く染め上げている。

「特に何も。当たらない日は当たらないってことで。
 たまにはさっさと切り上げて、家で一杯呑んで明日に備えようかと」

文は言いながら手でお猪口の形を作り、くい、と口元に傾ける仕草をした。

「急用ではないのだね」
「えぇ。強いて言うならさっさと帰ろうかと思ってますが」
「……つかぬことを訊くが、君は……、甘い物は好きかい?」
「はぁ。もしかして甘味をお出しして下さるんですか?」

霖之助の問いに文は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに何時もの調子を取り戻した。
お茶と菓子を出して貰いご馳走になることも、実際よくあるのだ。
疲れた時には甘い物が食べたくなるのは、文も同じだった。

「まぁ、そんなところだよ」
「頂きましょう。折角お茶に誘って貰ってるんですから」

少々現金ではあるが、文はにっと笑うと椅子をもう一脚取って腰掛けた。
夕食前なのは多少気になるが、文は妖怪なので太る心配はない。

「丁度食べようかと思っていたところでね。今、お茶を淹れてくるよ」



「洋菓子ですね。それも、里のカフェでも見たこと無い種類の」

数分が経ち、果たして文の前に現れたのは緑茶と羊羹の組み合わせではなく。
淹れたての紅茶と、そして見た目にも美味しそうな、……ケーキか何か?
あの紅い館の住人なら、こういった物をよく食べていそう、と文は思った。

「タルトという洋菓子だ。ビスケット状の生地を器に見立て、
 その上にクリームや果物の甘露煮をあしらって焼いた一品だよ」
「彩りがまた綺麗ですね。視覚からも食欲に訴えてくるようです。
 それにしても珍しいですね。……この菓子は一体誰に?」

何処で、とは訊かなかった文に対し霖之助は一寸考え込んでいる様子だった。
暗に里で手に入れた物ではなく、紅魔館のメイドに貰ったんだろうと言うことなのだが。

「君の予想を当ててやろうか。大方、湖の館のメイド長が置いていったと思ってるだろう。
 残念ながら外れだ。これは里のカフェで作られたものだよ」

眼鏡のフレームをくい、と持ち上げ霖之助が口の端を僅かに緩ませるのを見て
文ははぁそうですか、とだけ生返事をした。

「こんなお洒落なメニューは無いと思ったんですけど。見落としたかしら」
「ま、そういう訳だ。紅茶が冷める前に食べよう」

霖之助はそれだけ言うと、紅茶に口をつけた。文は洋皿に乗ったタルトを見た。
丸い器のような生地の窪みに木の実の香りがするクリームが敷き詰められ、
その上にベリー系の赤や紫色の果実を煮た物がぎっしりと乗っかっている。
ごくり。文は思わず生唾を飲み込んだ。

「それでは、頂きます」

見るからに私は美味しいです、とアピールするタルトなるお菓子め。
えぇいいですとも、一口残らず平らげてやりますよ? と心中で呟きながら、
文は備え付けられたフォークでタルトを切り分け始めた。が、上手くいかない。

「どうやらこれは、手で直接持って食べた方が良さそうだな」
「はは……では、遠慮なく」
「……」
「……」

……。

「これは……」
「美味しい……!」
「桑の実の甘酸っぱさとクリームがこんなに合うとは。
 それにこのタルト生地。ずしりと重いのに不思議と食べ易い」
「果物を煮て出たシロップを生地が吸ってこの重みが出るんですね。
 きちんと焼けていて歯応えがあるのに、同時にしっとりしててすごく美味しいです」

などと言いつつ、気がつけば二人ともタルトを残さず食べてしまっていた。
途中、ちょっぴり行儀が悪かったのは愛嬌という奴だ。

「ご馳走様でした」
「期待以上だったな。こんなのも、たまにはいいか」
「今日は空振りに終わりそうでしたが、最後に思わぬ収穫がありました。
 一体、何処のお店なんですか? これなら繁盛間違いなしですよ」
「……それなんだが、店名を失念してしまってね。
 申し訳ないが、これ以上は自分で調べてくれないか」
「そうでしたか。それじゃ仕方がないですね。
 分かりました。これから里に行って徹底調査してきます。それでは!」

今からか、と霖之助が呼び止める間もなく、そろそろ地平の果てに沈む太陽も気に留めず、
文は来た時の数倍の勢いで飛び出していった。よく保つな、と彼は独りごちた。

目にも留まらぬ速度で飛びながら文は考えた。やっぱり里に数店あるカフェには、
こんな洒落っ気のある洋菓子は置いていない。ショートケーキくらいが関の山だ。
もしかしたらこれは、カフェではなくもっと別の店の隠れメニューか何かではなかろうか。
あのタルトなる魅惑のお菓子は、恐らく秘密の裏メニューで、常連客にしか出していない。
だから香霖堂の店主も店の名前を教えなかったのだ。そうに違いない。
あのまま、あそこに居座り続けて店のことを問い質してもきっと店主は口を割らなかっただろう。
……さぁ、人里が見えてきた。分からなかったらまた明日出直しよ、と彼女は張り切っていた。

文は勘違いをしていた。そもそも大して広くもない人里に、『隠れた』名店など無いのだ。
誰も彼もが顔見知りで、どの店にも秘密など無いのだから。




「これでいいのかい?」

客が居なくなり静まり返った店内で、霖之助は奥の座敷に向かって呼び掛けた。
すると居間から一人の男が、恐る恐る表の様子を窺う様に顔を見せた。

「すみません……」

男はしゅんと項垂れたままだった。酷く落ち込んでいるようだ。
気弱そうな顔をした華奢な身体つきの青年、といった表現が似合いそうだ。
全体にやや短く刈り込んだ黒髪に、丸眼鏡の奥から覗く双眸には力が無い。

「君に頼まれた通り、彼女には言わないでおいたよ。
 しかし、こうして隠れ続ける訳にもいくまい。決断は早いに越したことはない」
「はい……で、でも」

霖之助に促されても、黒髪の男はやっぱり俯いたままだった。
この世の終わりが訪れた顔というのは、こんな顔ではないのだろうか。

「だって……! 他に行く所が無いんです……っ!
 里の男の子達に手出して刃傷沙汰になっちゃったから、里には居られないし!」

色白な優男は感情が高ぶったか、とうとう涙ぐんで喋り始めた。
霖之助は、勘弁してくれ、という表情をしていたが諦めて静観モードに入った。

「ようやくバイトにも慣れた頃に、店長が一寸渋くていい感じの人で付き合ってたら
 数日前に一夜を共にした他の男の子に見られちゃって……それが切欠で店長の奥さんにもばれて」
「……」
「店をクビになって暫くして、妻帯者はまずいと思ったから今度は若い子にしようと思ったら
 付き合ってた子がホントは近々結婚する予定だったのに、フィアンセを振って僕と添い遂げるって……!」

男は感極まってわっと泣き出した。
しかし、それが本当ならばとんでもない話だ。
この男、大人しそうな顔して恐ろしい。

小野裕介。超一流のパティシエであると同時に、ノンケでも構わず食ってしまう『魔性のゲイ』。

厄介なことになった。本当に、厄介なことになったと、霖之助は盛大な溜め息を吐き出すのだった。



~ 東洋骨董洋菓子店 トウヨウコットウヨウガシテン~




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最終更新:2010年01月03日 03:20
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