「む、困ったな。今年も家庭訪問に行こうとして迷ってしまったぞ」
森の中を、一人の女性が歩いている。
三白眼に腰まで伸びた黒髪。首元には勾玉。
ツーピースというより弥生時代と言った方が通じそうな服。
この深い森の中には逆に似合いそうであった。
「強い結界が張られているようだな。こりゃ外に出るのは難しいか」
彼女の名は、木林呪理。趣味は除霊、特技は降霊な中学校教師である。
――キバヤシ先生と幻想郷――
「確か、こんな場所を前に何処かで聞いたような……」
「ここは幻想郷だよっ!」
悩む彼女の頭上から、声がかけられる。
そこに浮かんでいたのは、一人の少女だった。
左眼は碧、右眼は赤のオッドアイ。服装も左眼と似た色をしており、
ともすれば一つ目にさえも見えた。
何よりの特徴は、彼女が手にする紫色の傘であろう。
「なんだ小傘じゃないか久しぶりだな」
彼女は、妖怪程度では驚かない。
「久しぶりだねジュリちゃん」
少女も驚かないことに驚かない。
「そうか、ここがお前が言ってた幻想郷か。中々いい感じの所だな」
「まあねー。ただ最近人間がちっとも驚いてくれなくてさー」
「何だ唯物主義者でも増えたのか?」
「そうじゃなくってさー、ここは多すぎるのよ、妖怪が」
ハァ、と小傘と呼ばれた少女――からかさお化け――は溜め息をついた。
「うむ、確かになあ。最近ウチの生徒達も妖怪に慣れてしまって、
反応があんまり面白くなくなってきた」
うんうん、と頷き同意を示すキバヤシ。
妖怪と悩みを共有するのは彼女位のものだろう。
「おおそうだ。困るといえば、道に迷ったんだが帰り道を知らないか?」
「こっからなら、博麗神社の方が近いかな。案内したげるよ」
すとん、と地面に降りると彼女を先導しながら、小傘は歩き出した。
キバヤシがその後に続く。
「それにしてもあれだな。お前の傘は相変わらず良い茄子色だな」
「もう少し言葉を選んでよね」
「じゃ、ここの神社の巫女に事情を話せば戻してくれ……あれ、先客だ」
「空飛ぶ巫女さん! たまらん!」
「ああ、あれはウチの校長だな。校長ー、何してんですかー」
「おお、キバヤシ先生!」
「あなたこの人の知り合い? さっきからうるさくて困るんだけど」
うんざりした顔を見せるのは、この神社の巫女博麗霊夢である。
「すまん。校長はオカルトが大好きなんだ」
「あ、そう……」
霊夢がやれやれといった様子で頭を振る。
「校長、宙に浮かぶくらいなら私にも出来ますよ、ヨガで」
バキゴキと、キバヤシの体が嫌な音を立て始める。
小傘と霊夢はドンびきしているが、校長は目を輝かせていた。
「ほら」
一体どうなってるんだというような格好で、キバヤシは宙に浮かぶ。
「「(気持ち悪いーっ)」」
小傘と霊夢が同時に心中で突っ込みを入れた。
本人は何処吹く風。ふわふわと浮いている。
「流石はキバヤシ先生! しかしこちらの巫女さんはもっと凄かったですぞ」
「……何?」
ギロリ、とあまりよくはない目つきでキバヤシが霊夢を睨んだ。
「何か勝手にライバル認定された!?」
「ライバルが居るから強くなれる……」
驚く霊夢の横で小傘がポツリと呟く。
彼女がこういうキャラなのは既に知っていた。ちょっと忘れてたが。
「そ、それよりあなた達帰りに来たんでしょ!」
「おおそうだったな。早く帰らないとプリ……家庭訪問に間に合わない」
「じゃあ、結界を解くからちょっと待っててね」
「ふむ。では校長、我々はお賽銭でも入れてましょうか」
スタスタと賽銭箱に歩みよる。ちゃりん、と小銭の入る音がした。
霊夢がそれを聞き、何とはなしに彼女を見る。
二礼、二手、一礼。
ごく一般的な作法通りのお参りである。
「……そういうとこはしっかりするのね」
意外だとばかりに、霊夢が呟いた。
「当たり前だろう。こういうとこではきちんとしないと、
神様に罰を当てられてしまうからな」
さも当然の如く、キバヤシは返す。
「……しかし何だな。悪霊も一緒に住んでるとは珍しい神社だな。祟り神か?」
「へ?」
キバヤシの視線の先に目をやれば、そこに人影があった。
青いトンガリ帽子に緑色の長髪、妙齢の女性の姿があった。
しかし、彼女には足がなくうっすら透けていた。
整った顔は、とても嬉しそうにキバヤシに向かって手を振っている。
「……たまには構ってやらないといかんぞ」
「……考えるわ」
痛む頭を抱えながらも、霊夢は結界を開く。
「じゃあな、小傘。その内またこっちにも顔を出すんだぞ」
「そうね、ジュリちゃんの周りの人なら驚いてくれそうだし」
小傘が笑って返す。その笑顔を見て安心したような顔をした、キバヤシの姿は
ゆらゆらと揺らめいてやがて消えた。
「ああいう奴ばかりだったらねえ」
いつの間にか、その光景を見ていた小鬼が、酒をあおりながら呟く。
「私達もここに来なくてよかったのに」
小鬼――伊吹萃香――の言葉に、霊夢は考える。
外ではもう生きられなくなった妖や、神々が住まう小さな楽園。
けれど、彼女はそこに妖が居ることは当然だと認識している。
神を畏れ敬うことは当然だと認識している。
ああいう人間がもっと居たなら、あるいは妖怪も神々も、
もっと自由に生きられるのではないだろうか。
「ねえ、から傘。あんた、あの人とは知り合いみたいだけど、
あの人は一体何者なの? 修業を積んでるのは間違いないみたいだけど」
霊夢が問う。小傘は答える。
「中学で先生やってるって言ってたよ。
よく降霊とか召喚とかして生徒達に怒られてるみたい」
何処か自慢げに、小傘が笑った。
「先生……か」
彼女が人を教え、導いているというなら。
きっと生徒達は妖を、霊を、神を信じるのだろう。
その存在もその恐ろしさもその身に刻むのだろう。
そうしたら……幻想が幻想で無くなる日が来るのかもしれない。
霊夢は、その光景を想像して、笑みを溢した。
その夜、霊夢は夢を見た。
美少年が猫耳と尻尾を生やした式の式の姿にときめいていた。
神も妖も霊も人も、楽しげだった。
そしてその中心に居るのは、キバヤシだった。
最終更新:2010年03月25日 02:41