「間もなく、デンライナーは2008年10月5日の幻想郷に到着します。
お降りの方は、お忘れ物のないようにご注意ください」
デンライナーの車内に、目的地への到着を知らせるナオミのアナウンスが鳴り響きデンライナーは停止する。
降りようとする良太郎や霊夢らだが、オーナーや藍は降りる気配が無い。
「では皆さん。く~れ~ぐ~れ~も、気をつけてくださいね。私はちょ~っと、これからやる事がありますので」
「おっさん、やる事って何だよ?」
「それは……ひ~み~つ、です」
何かを企んでいる様子のオーナーを問い詰めるモモタロスだが、いつものようにあっさりとはぐらかされてしまう。
曰く妖怪の相手が出来ないので降りるつもりは無い、との事。だがモモタロスは知っている。
オーナーが、見た目にそぐわないほどの強靭な身体能力を持っている事を。
それこそ、デンライナーと同等のスピードで走れる事を。
その事を追求しても、さらにはぐらかされるのが関の山であるためモモタロスもそれ以上追求しなかったが。
「霊夢。私はこの支配人とまだ話があるのでここに残るが、紫様から言伝だ。
『結界の様子がおかしい』とな。お前の方でも調べておいてくれ」
「はいはい、じゃあ私からも言伝よ。『今度おせんべい食べるときは私の許可を得てからにして頂戴』ってね。無駄だと思うけど」
「じゃあな、今度はうまいコーヒー淹れて欲しいんだぜ」
「あーっ、魔理沙ちゃん酷いです! 私のコーヒーはモモタロちゃん達には人気なんですよ!」
さりげなくコーヒーにクレームを入れる魔理沙。よっぽど腹に据えかねる味であったらしい。
最も、そのコーヒーのお陰でモモタロスが自分の体から離れたので一概に悪いとも言えないのだが。
良薬は口に苦し。口にしなければわからないが、口にした彼女はその不味さを嫌というほど堪能した。
「さ、それじゃ素敵な楽園を案内してあげるわ。良太郎さん、ハナちゃん、モモタロス。ついて来て」
「チッ、てめぇが仕切んなよボロ服女」
「まぁまぁ。幻想郷だしここは素敵な巫女さんに任せようぜ、モモタロス」
出発を呼びかけようとした良太郎を押し出す形で霊夢がしゃしゃり出る。
楽園の素敵な巫女と普通の魔法使いの二人。そして時の列車に乗る青年と少女と異形。
奇妙な旅の始まりを告げる扉が開き、外には眩い光が広がっていた……
博麗神社。幻想郷の東の端に位置する神社。
主が居なくとも、様々な妖精や妖怪がここを訪れる。参拝客としてではなく、通りすがりか客人としてだが。
今はその客人もいない、無人の境内。その時、拝殿の扉がおもむろに開く。その向こうに映る景色は
神社特有の厳かなものではなく極彩色の空にモニュメントバレー、そして電車。
デンライナーから降りる乗客は、大抵任意の扉から現れる。
「ここ、博麗神社じゃないか?」
「あらホント。家に帰る手間が省けて助かったわ。便利ねあの乗り物」
「そうだ。デンライナーに乗るには、パスを持って何でもいいから特定の時間に扉を開けるんだ」
デンライナーに乗る条件。それは乗車権限を持ったチケットやパスを所持した状態で
任意の扉を時刻の時・分・秒の数字がそろった際にあける事。
2時2分2秒、11時11分11秒等。時間の条件さえ合えば扉は何でもよい。
普通のドアから、放置された古いロッカーの扉、押入れの引き戸に至るまで。
それは神社の拝殿であっても例外ではない。罰は当たるかもしれないが。
「へっ。ボロ服女は服だけじゃなくて家もボロいのか、かわいそうにな」
「そう思うならそこの素敵なお賽銭箱に寄付しなさいよ。って言うか、ついこの間建て直したばかりなんだけど。
それにしても今日は疲れたわ、ふーっ……」
「日も傾いてきたし、探すのは明日にしたほうがよさそうだな。幻想郷の夜は怖いんだぜ?」
以前の仕返しとばかりに早速憎まれ口を叩くモモタロス。建て直したとはいえ、モモタロスの目
……と言うか、現代建築に見慣れた目から見ればボロいと取られかねない様相がこの博麗神社にはある。
逆に言えば、それだけ神社としては見た目の風格がある、と言えるのだが。
霊夢が深く一息をつき、満足げに体を伸ばす。思えばいろいろなことがあり過ぎた。
豹変する魔理沙。イマジンとの邂逅。それを追う電王、そして時の列車デンライナー。
我ながらよく働いた、と思わずにはいられない。その割りに賽銭は寂しいが。
良太郎とハナもウラタロス達の行方が気がかりなことに変わりはない。だが、日の傾き方から見て
今から捜索に出るのは効率が悪いだろう。土地勘のある霊夢や魔理沙が仮に協力したとしても
彼らの現在地は全く見当がつかない。
それ故に「ゆっくりしていってね!!!」という意見も一理ある、と考えていた。
「ありゃ、お疲れかぁ。んじゃ気付けに酒でも飲む?」
突然、少女の声で突拍子も無い提案が出てくる。その声は霊夢のものでも、魔理沙のものでも
はたまたハナのものでもない。声はするのだが、姿が見えない。
「……酒臭ぇがイマジンじゃあねぇな、誰だ!?」
「ま、まさか……幽霊とか……」
「あるいは……妖精かも」
「酔っ払いの幽霊に妖精ねぇ……ま、普通にいるわね。幻想郷には」
先刻幻想郷には大量の幽霊がいると言うことを聞かされたハナは、姿の見えない声の主に怯えている。
何が出てくるのか全く分からないモモタロスと良太郎は、ハナの前に出るようにして警戒している。
一方、霊夢と魔理沙はいつものように暢気に構えていた。この登場パターンに心当たりは最低でも2つはある。
その最低2つのうち、特定できるほど酒が大好きなのは片方に絞られる。その証拠といわんばかりに、突如霧が立ち込める。
「やぁ霊夢、また遊びに来たよ。後から天狗もくるから宴会の準備よろしく頼むよ」
「あのねぇ、ここは居酒屋じゃないんだけど。それに今日は疲れてるんだから宴会なんてやってらんないわよ」
「似たようなもんだろ。何でも外の世界には巫女さんが接客する居酒屋ってのがあるらしいぜ?」
「よそはよそ、うちはうちよ。そんなの引き合いに出しても今日は宴会はやんないわよ」
霧の中から二本の角を生やした少女が現れると同時に霧が晴れる。その手には瓢箪を携え、心なしか、酒臭い。
この角の生えた幼い少女はここで宴会をするつもりらしい。とても外見にはそぐわない趣味だ。
霊夢にしてみればたまったものではない。疲れてる上に宴会の準備など、とてもやっていられない。
一方、鼻の利くモモタロスは角の少女の風貌からはとても想像もつかない臭いに顔を顰めている。
「酒臭っ! おいお前、ガキの癖に酒なんか飲んでんじゃねぇよ」
「餓鬼とは失礼だね見慣れない同胞。私が伊吹萃香、あんたも鬼なら私の名前位聞いた事はあるだろ?」
伊吹萃香。見た目に全く貫禄は無いが、鬼の四天王の一人。
鬼や、鬼に関係する者ならばその名を知らないはずは無い。そう萃香は思い込んでいた。
だが、モモタロスは鬼であって鬼でない。萃香の名前など、知る由も無かったのだ。
同様に、良太郎らもそこまで鬼に詳しいわけではない。
せいぜい、雑多な御伽噺に様々な役どころで登場しているのを知っている程度だ。
「いや、全然。夏にうまそうな名前だとは思うけどよ」
(伊吹西瓜って名前の西瓜があるって前に姉さんが言ってたっけ……?)
「違っ……モモタロス、あんたさっき注意したじゃない! 九尾の狐の時に!」
「あっはっは、面白い事を言うじゃないか。えーっと……」
「俺はモモタロス、それからこっちのおめぇぐらいちびっこいのが……」
「ハナです。そしてこっちの彼が野上良太郎です」
「初めまして、僕は野上良太郎。そう言えば鬼って言えば
前に姉さんと出かけた柴又の和菓子屋さんに、楽器を使う鬼がいるって……」
「ええっ!? 外の世界には鬼がいるの!?」
「あ、いや……噂だよ、噂」
同音異義の全く別物がどうしても頭から離れない良太郎。モモタロスとハナは相変わらずである。
霊夢は霊夢で、幻想郷でさえ貴重な鬼が、よりにもよって外の世界に普通にいると言う良太郎の話に驚いている。
あるいは、幻想郷で貴重だから外の世界にいるのか。しかし鬼である萃香は、別段驚くでもなく普段どおりである。
「ああ、その噂なら知ってるよ。太鼓や笛なんかで妖怪を退治する、変り種の鬼さ。
元々人間寄りの鬼だったからね、幻想郷にいないのは、人間の中で生きてるからさ」
「ほ、本当にいるんだ。あそこの人達、そうは見えなかったけど……君見たらなんかそうでもないって気がしてきたよ」
良太郎が柴又の和菓子屋で見たのは皆温厚で人当たりの良さそうな人物ばかりだった。
そんな人達が鬼のわけが無い、と思っても目の前に幼い少女のような鬼がいる。
見た目だけなら、モモタロスも立派に鬼だ。そう考えると、何故だか突拍子も無い噂でさえも信じられてしまう。
「へぇ、結構このお兄さん場慣れしてるね。意外だよ。外の世界の人間ってのは
もっと慌てふためいてばっかいるものだとおもってたけど」
「こう見えて、良太郎さんは妖怪退治してるのよ。意魔人(いまじん)ってやつを退治してるらしいの」
「いまじん……意魔人だって!?」
イマジン。幻想郷にはいるはずの無い存在。妖怪に近いが、決して妖怪などではない。
そのイマジンの事を、幻想郷で知るものは少ない。霊夢でさえ、良太郎から聞き、目で見るまではその名前すら知らなかった。
それを、萃香はまるで知っているような口ぶりで話す。そんな態度をとれば、当然のことながら詰め寄られる。
「知ってるんですか!?」
「そいつ良太郎達の仲間かもしれないんだ、教えてくれよ萃香!」
「うーん、なんだっけかな……そんなことより私は宴会したいんだけどなぁ……」
「その意魔人についてなら、私がお話しますよ」
萃香は既に宴会の事しか頭に無い。イマジンについて思い出そうにも上の空だ。
まともに証言を聞ける状態ではない彼女に代わり、新たな情報提供者が現れる。
声の主は空の上。日も傾き、暗く紅く染まった空。烏の声を木霊させながら、少女は風のように舞い降りた。
文々。新聞の発行責任者にして伝統の幻想ブン屋、射命丸文である。
彼女は一本歯の下駄というとてもバランスの悪い履物にもかかわらず見事な着地
……のはずが、彼女の着地と共に辺りは轟音と土煙に包まれる。そこに混じった情けない悲鳴のような音と共に。
「な、なんだぁ!? 女が空から降ってきたぞ! 大丈夫か!?」
「こりゃまた派手に着地失敗だな。烏も鳴かずば撃たれまい……ってか?」
「あらら。天狗が着地失敗するなんて珍しいね、明日雨?」
「失敬な! むしろ地面が悪いんです、ちゃんと境内の手入れをするべきです。
『着地もできない程に荒れていた神社の境内』ってネタ……うーん、いまいちですねぇ」
口々に勝手なことを言い、当の着地に若干失敗した文でさえも頭は新聞のネタの事だらけだ。
しかし、何故彼女は珍しく着地に失敗したのか。天狗故の慢心と思われたが、今この場には
ひたすら運が悪い程度の能力を持っている青年がいたのだ。
「ちゃんと手入れしてるから嘘をネタにすんな……ってあら? 良太郎さんは?」
「あの、天狗さんすいません! 足元……」
「え? 足元がどうかしましたか?」
「その、足元に……」
ふと、霊夢が良太郎がいない事に気づく。つづいてハナ。ハナはしきりに文の足元を気にしている。
天狗が着地に失敗するほど悪い足元。普通の境内ならそんな事は無い上、雨上がりというわけでもない。
原因は、地面の状態ではなくその地面にあった「もの」のようだ。
「あ、あちゃー……ありゃ大丈夫かなぁ」
「お、おいモモタロス……あいつの足元……」
「おいおい、お前らさっきから何言って……って良太郎!? おいカラス女、早いとこ足どけろ足!」
土煙が晴れると共に、文の足元がくっきりと映る。そこには、地面に突っ伏している良太郎がいた。
文は、そんな良太郎の真上に着地してしまったのだ。ちょうどとび蹴りを浴びせるような感じに。
「お、およー……」
「これはこれは、『天狗に蹴られるとご利益がある』んですよ」
「ねぇよそんなもん、いいからどけ!!」
「きゃっ!?」
まさか自分の足元に人間がいるとは思ってもいなかった文は反応が一歩遅れてしまう。
そこをなかなかどかないと勘違いされたモモタロスによって、押し出されるような形で
文は良太郎の上から飛びのくこととなった。
「いやはや失礼しました……しかし天狗の蹴りを受けて息があるとは貴方なかなかタフですね」
「な、慣れてるからね……」
「慣れてるって……本当、どういう体質なんだよ良太郎は? 来て早々大木の上にいたり
妖精に付きまとわれたり天狗に蹴られるなんて色々おかしいぜ。
幻想郷に十数年生きてる私が言うんだから間違いない」
「ったく、そういうとこも相変わらずだよな良太郎。ほらよ、立てるか?」
「……この運の悪さは規格外だ。専門家に見てもらうべきだぜ、これは」
その変に頑丈な体と運の悪さを「慣れている」で済ます良太郎。
その運の悪さを見ていられないのは様々な妖怪を見ている魔理沙も同様だった。
二人の手を借り、立ち上がる良太郎。ジーンズについた砂を払っていると、文から一部の新聞を手渡される。
「お詫びの意味も込めて、こちら私が発行している『文々。新聞』になります。是非お読みください!」
「あ、どうも……どれどれ?」
「へっ。学級新聞何ざ作ってるなんて、天狗ってのも暇なんだな?」
「こら、モモ! ……え!? ちょっと良太郎、これって!?」
文はお詫びにと良太郎、モモタロス、そしてハナに文々。新聞を手渡す。霊夢らにも渡そうとしたが丁重に断られた。
それもそのはず、中身は今朝月の妖精ルナチャイルドが読んでいたものと変わらない。
つまりその新聞記事は幻想郷の空に突然現れたデンライナーやイマジンの起こした事件について触れられている。
もう、既に解決した事件についても触れられていた。解決したのは今さっきであるため勿論、顛末までは触れられていないが。
「これ……デンライナー、だよね?」
「そ、そうね……いつここに来たのかしら? 外見た限りじゃ気づかなかったけど」
「なるほど。これは『でんらいなあ』というものですか。その辺について是非詳しく!」
くっきりと写ったデンライナーに驚く良太郎とハナ。
そして彼らがこの謎の巨大な白蛇について知っていると確信した文は当然のごとく取材を試みた。
だが、その取材はあっさりと拒否されてしまう。
「待ちな。それよりまずイマジンについて、てめぇの知ってる事を話しやがれ。
大体てめぇ怪しすぎるぜ。デンライナー知らねぇくせに、何でイマジンの事は新聞かけるぐらいに知ってるんだよ?」
「ああ、それなら別の面見てください……ほらここです。幻想郷にも、意魔人について知っている人はいるんです。
その人に聞いたんですよ。最近幻想郷を騒がせている妖怪がいる、って」
「それでデンライナーは知らないけど、イマジンは知ってたんだ」
文が指し示した記事。そこにはついさっき倒したアイビーイマジンの悪事を伝えていると思しき記事の他に
上白沢慧音という女性に対し、イマジンについて聞いたと思しきインタビューも掲載されていた。
この女性こそ、文の言う「イマジンについて知っている人」のようだ。
「それじゃ、この上白沢さんに聞けば……」
「良太郎の仲間のいまじんは見つかるかも知れないぜ? 明日、人里にでも行ってみたらどうだ? そこにいるから」
「そうか! ありがとよカラス女、おかげで探し物が見つかりそうだ!」
「よかったわね、それじゃ明日は人里行きね。ハナちゃん達の寝床ぐらいは貸してあげるから……そこの三人は帰った帰った」
良太郎らの次の明確な目的地が決まったところで、店じまいと晩飯の支度のために霊夢が
萃香と文を追い払おうとするが、萃香も文も帰ろうとしない。
魔理沙も飯をたかろうとしたが、霊夢にきつくお灸をすえられてしまっている。
「そう邪険にしないでよ。私まだ呑み足りないんだよ?」
「それに、そちらの外の世界のお三方。今度は私の質問に答えてくださいよ。私の蹴りに耐えられる貴方もですが……
そちらの赤い方。どう見ても私の知っている種族そっくりなのですが。具体的に申し上げますと、そう……」
鬼。そう呟き、モモタロスをじっと見つめる文。その言葉に、良太郎とハナはモモタロスと萃香を交互に見やる。
萃香と見比べれば全く似ていないモモタロスだが、萃香はあくまでも鬼という種族の一人。
彼女以外の他の鬼に良太郎らがよく知る、モモタロスのような見た目の鬼がいても全く不思議ではない。
「そうだよ我が同胞。今晩は一緒に飲み明かそうじゃないか!」
「だからそれは他所でやって頂戴。って言うか萃香、モモタロスは……」
「あん? 俺がいつてめぇの同胞になったんだよ小玉スイカ!」
妙に馴れ馴れしすぎる萃香の態度にいらつくモモタロス。情報が入っても、今すぐに動けない状況に変わりは無い。
まず先に行動するタイプのモモタロスにとって、今の状況は仕方ないとはいえ歯痒かった。
そこに、馴れ馴れしい萃香の態度が重なってしまったのだ。
「つれないねぇ。私と同じ百鬼夜行の一員じゃないか」
「そうですよ。お酒の席ならインタビューもしやすいですし」
「おい、俺を何かと勘違いしてねぇか? 俺は……」
「わかってますって。鬼の方ですよね」
まるで話がかみ合わない。モモタロスを見た目でしか知らない彼女らにしてみれば
無理からぬ誤解であり、その言い分もある意味、正しい。
だがモモタロスは鬼では無いのだ。そこから生まれるずれは、少しずつだが大きくなりつつあった。
「違ぇよ!」
「いやぁ。どっからどう見ても鬼ですって。これを鬼じゃないって言ったら、何なんですか?」
「そ、それは……」
頭から否定するモモタロス、その説得力の無さを突っ込む文、そして言葉に詰まる良太郎。
後ろでは文の突っ込みに萃香が頷いている。その傍らには盃と肴が既に用意されている。
飲み明かす気は満々である。盃に注がれた酒を飲みながら萃香は
胡坐をかいているモモタロスにのしかかるように登り、角を撫で回している。
「その赤い体、強そうな顔、この角。どれをとっても立派な私の仲間だよ」
「そうですよそうですよ。はぁ、とうとう妖怪の山における天狗の天下も幕を下ろしましたか」
既に言動が酔っ払いのそれと化した萃香と文。なまじ力があるものだから、モモタロスも引き剥がすのに四苦八苦する。
その上、横からは文に根掘り葉掘り聞かれているので気が散って仕方が無い。有体に言えば、うざい。
萃香を引き剥がすと同時にモモタロスの怒りが爆発してしまう。
「あーっ、さっきからうるせぇ! いいか、俺はイマジンのモモタロスだモ・モ・タ・ロ・ス!!
良太郎の桃太郎のイメージでこんな体と名前になっちまったんだ、文句は良太郎に言え!!」
「ちょっと、急に振らないでよモモタロス……ん? どうか、したの?」
急に矛先を向けられた良太郎はやや不満そうに漏らす。その様子を、文は文できょとんとした様子で見ていた。
一応、文化帳に記す手の動きは止まってないが。
一方の萃香は、モモタロスの発言に驚き、目を見開いている。
モモタロスが自分の仲間でなかったことがショックだったのだろうか。
「……え? 今、何つったの?」
「私の聞き間違いでなければ『桃太郎』と……」
言われてみれば、モモタロスと桃太郎は語感が似ているどころの騒ぎではない。
どうして、今まで気づかなかったのだろうか。鬼の一族と、切っても切れない間柄にある怨敵の名前。
「ぷっ……くくっ……あははははははっ!! 面白いじゃないか鬼の格好をした『桃太郎』なんて!!」
「えっ? ど、どうしたのよ萃香。急に笑い出して……」
桃太郎、の部分を強調して大笑いする萃香。鬼の格好をした桃太郎。まるでどこかの侍である。
普段から酔っている彼女だが、ここまで突然大声で笑い出すことは、稀だ。
そんな稀な事態に霊夢も流石に心配そうに声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。今ちょっとメインイベントを思いついたからさ」
「メインイベント? 一体何をやるって言うんだよ?」
「『桃太郎』って言う以上、どんな形であれ私ゃあんたと戦いたい。鬼にとっての永遠の怨敵だからね、桃太郎って奴は」
桃太郎。その旅には諸説あるが、どんな形であれ鬼とは切っても切れない縁の上にある。
それは萃香にとっても同じ事。彼女が直接桃太郎と戦ったかどうかは彼女しか知らないが
鬼として、萃香はモモタロスとの戦いを望んでいる。モモタロスも実際鬼退治をする、あるいはしたのだが……それはまた別のお話。
「モモ、やめなさい! 萃香さんも、モモタロスは確かに桃太郎からイメージしてますけど、桃太郎本人じゃないので……」
「知ってるよ。あれだって人間なんだ、もうとっくに本人は死んでるって」
「本人は……って、本物の桃太郎がいるんだ!?」
桃太郎。それは、良太郎にとってのヒーロー。まるで面識があるように話す萃香の言葉に
良太郎は、本物の桃太郎がいたかもしれないという思いを抱く。決して出会うことはかなわなくとも。
それは、桃太郎は御伽噺の上での人物という良太郎の認識をある種いい意味で覆した。
「いたとしてもだいぶ昔だよ。やっぱり、今でも桃太郎は人間の英雄なの?」
「少なくとも、僕が知ってたり子供の頃に見聞きする程度には英雄かな」
「そんなにすげぇ奴なのかよ、桃太郎ってのは。……何か鼻が高ぇな、へへっ」
「あんたの事じゃないわよ」
誇らしげに、照れくさそうにするモモタロスと、冷ややかに突っ込みを入れるハナ。
そんな二人を一気に現実に引き戻すように、萃香の珍しく覇気のこもった声が響き渡る。
か弱い妖精ならば逃げ出してしまいかねないほどの気迫である。とても彼女の姿とは似つかわしくない。
「さあ、おしゃべりはおしまいだ。楽しい喧嘩を始めようじゃないか」
「答えは聞いてない!」と言わんばかりにモモタロスを見据え、鬼の少女は決闘を申し込む。
モモタロスにしてみてもお祭り騒ぎ、特に喧嘩は大好物なのだがいかんせん相手が相手だ。
いつもならば二つ返事で返すものを、少し渋った顔をしている。
「どうした? 私が怖いのか? 別に恥ずかしがることじゃないよ。
鬼を畏れるのはどんな人間、妖怪だって当たり前の事だったんだから」
「いや、お前なぁ……鏡見て物言えよ。どう見ても角飾りつけたコハナクソ女が偉そうにふんぞり返ってるだけじゃねぇか。
いくら何でも子供相手にマジの喧嘩やるほど、俺も大人気無くはねぇよ。チャンバラごっこなら付き合ってやってもいいけどよ」
「さっきから子供子供と……甘く見るな!!」
どこまでも萃香を子供扱いしているモモタロス。だがそれは、怒らなくとも恐ろしい鬼の怒りを買う事に等しかった。
怒りに任せ、萃香は先端に錐状の分銅がついた鎖をモモタロスめがけて投げつける。
その鎖分銅はモモタロスの頬をかすめ、頬から砂を零させる。その一撃は、モモタロスの闘志に火をつけた。
砂の零れる頬を手でぐりぐりと押さえながら、今度はモモタロスが萃香を見据えにらみつける。
「……危ねぇもん投げてきやがって。大人気無い喧嘩はしたくねぇが、そういうもん持ち出すんなら話は別だ。
いいか小玉西瓜! 俺と喧嘩したけりゃな、最初から最後までクライマックスでかかってきやがれってんだ!!」
「面白い! 鬼面の桃太郎、どれほどのものか見せてもらうよ!!」
最終更新:2010年03月25日 02:46