モモタロスはモモタロスォード、萃香は球状、箱状、錐状の
三種の分銅がついた鎖を携え互いに火花を散らす。
険悪というほど嫌な空気ではないが、一触即発であることに変わりは無い。
「バカモモ、あんた何やってんの! やめなさい!!」
「うるせぇコハナクソ女! ここまで言われて黙って引き下がれるかってんだ!
それにな、この喧嘩は俺が売ったんじゃねぇ……俺は買う側だ!」
「そうそう、人間のお嬢ちゃんは黙っててよ。これは私ら鬼にとってどうしてもやらなきゃいけない喧嘩なんだ」
今にも爆発しそうな二人のにらみ合いは、意外な人物に阻止される。
「待って。僕がその勝負を受けるよ」
声の主は、なんと良太郎。この発言には、周囲も騒然とし、にらみ合っていた両者もふとそっちに気を移す。
それでも、良太郎は真剣な眼差しで両者を見据えている。二人の反発にも、ぴくりとも動じない。
「おい良太郎、相手がこれでも一応俺が売られた喧嘩だ。俺が買うのが流儀ってもんだぜ」
「そうだよ。私は桃太郎を名乗って、あまつさえ鬼を騙るこの妖怪もどきに鬼の恐ろしさを教えてやるんだよ。
だから、お兄さんはそこで見ててよ」
「さっきモモタロスも言ったと思うけど、君の言っているその原因は殆ど僕にある。
だから、君がそういう理由でモモタロスを気に入らないなら、僕が相手になるよ」
穏やかで、争い事を善しとしない。ひ弱だが、臆病ではない。
一度決心した事は、たとえどんな不運に見舞われようと決して曲げない。
今までも、これからも野上良太郎という人間はこうだった。
喧嘩は好きではない上、身体能力では下手をすれば霊夢にさえ劣るにもかかわらず
萃香の喧嘩の相手を名乗り出る。
モモタロスという存在は、性格以外はほぼ全て良太郎に拠る存在である。
それは、萃香がモモタロスに向けている敵意は良太郎に向けている敵意にも等しかった。
良太郎も、萃香に敵意を抱かせる原因となったのは自分に拠るものと考え、萃香の喧嘩を買って出たのだ。
勿論、良太郎とモモタロスは全く別の存在であるのだが。
「おい良太郎! 勝手に決めるな!」
「そうよ、いくら良太郎さんが丈夫だからって、この子本当に強いんだから!
それにもし負けたら、人間は鬼に浚われるのよ!?」
鬼と人間の戦い。鬼が勝てば、人間は鬼に浚われてしまう。
かつて萃香が異変を起こし、霊夢らと戦ったときはそこまでは至らなかったものの
今回も同様になるとは限らない。良太郎が浚われてしまう恐れは大いにあった。
だが良太郎は、その程度で歩みを止める人間ではなかった。
「ちょっと待てよ。無茶苦茶強いんだぜ、こいつは」
「良太郎までどうしたの、今良太郎が戦う必要なんて無いじゃない」
「ごめんハナさん。でも原因が僕にある以上、黙って見ているなんて出来ないよ。
だから、僕が戦わなきゃいけないと思う」
口々に良太郎を引きとめようとする幻想郷の人間と、外の世界の未来の人間。
だが、そんな彼女らの制止もむなしく良太郎は萃香を見据えて動かない。
喧嘩を良しとしない良太郎が、ここまで喧嘩に前向きになるのも珍しい。
その異変を察したのか、モモタロスが萃香に待ったをかける。
「……何? いまさら『やーめた』は聞かないよ?」
「んな事しねぇよ。良太郎、そこまで言うんなら覚悟はいいだろうな? 俺の喧嘩は痛ぇぞ?」
「知ってるよ、前に人の体で散々やったもんね。僕は嫌だったのに」
「お前なぁ、人がかっこよく決めようと思ったのに今それを持ち出すなよ……」
どんな状況であろうとかっこよく決めようとする事を忘れないのがこの赤鬼の風貌をしたイマジン、モモタロス。
それが周囲の突っ込みや自身のドジで叶わない事が殆どなのも
彼らにとっては毎度のことであり、モモタロス自身慣れて来た節もある。
良太郎に突っ込まれながらも互いに軽く流し、モモタロスは良太郎の肩に手を置き
その体を光る球状の精神体へと変化させる。
そして、球状の精神体と化したモモタロスは良太郎の体へと
吸い込まれるように消えて行き、今度は良太郎に変化が生じる。
口上「俺参上」
『俺、参上!!』
「おおっ!? モモタロスが良太郎に吸い込まれたぜ!?」
(やっぱそれはやるのね……)
良太郎の髪には赤いメッシュが入り、ハリネズミのように逆立つ。
そして瞳は赤く輝き、細い腕も一瞬で逞しく変化している。
その風貌にあわせ、目つきも普段のおっとりとしたものではなく、鋭くぎらついたものとなっている。
そう、まるで良太郎ではなくモモタロスであるように。
イマジンに憑依されたことはあっても、その現場を目の当たりにしたことは無い魔理沙が目を輝かせる。
一方の霊夢は「またやるのか」といった具合にモモタロスの登場口上を眺めていた。
『どうだ小玉西瓜。これなら良太郎も喧嘩に参加できるし一対一だ、文句ねぇだろ?』
「私ゃ二対一でもよかったんだけどね。けど、その様子じゃその体の持ち主さんは不参加にならない?」
萃香も瓢箪の酒を飲みながら待ちわびた様子だったが、M良太郎の準備が整ったと見るや
目を輝かせ、酒を飲む手を止める。
喧嘩のルールは、弾幕ごっこではない。モモタロスがそれをよく知らないというのもあるのだが
萃香自身が弾幕ごっこ以外で暴れたいのもある。
「大丈夫だよ。いざとなれば僕の意思で動けるし」
「そうなのかい? ま、何であろうと……」
『言っとくが俺は、いや俺達は……』
「我が郡隊は百鬼夜行、鬼の萃まる所に妖怪も人間も、意魔人もいられるものか!!」
『最初から最後まで徹底的にクライマックスだ、行くぜ行くぜ行くぜェェェェェ!!』
互いに啖呵を切る萃香とM良太郎。切るや否や一気に突っ込み、ぶつかり合う。
もし萃香が相応の大きさを誇る鬼ならば、絵的にも大迫力の展開となったかもしれない。
それがかなわないため、結局は昨今の変身少女モノの戦闘シーンさながらの光景となっているのだが。
『へっ、やけにえらそうなガキだと思ってたが言うだけの事ぁあるな!』
「そうだねぇ……お兄さんよりは子供じゃないかな」
『んだとてめぇ!!』
(も、モモタロス落ち着いて! 相手は本物の鬼なんだから
僕らより長く生きてても不思議じゃないよ! ……多分)
口論と共に、力のぶつかり合いも過熱していく。いつか誰かが本に記したか
強い者と強い者のぶつかり合いは傍から見ている分には美しい。
両者の戦いはその様相を呈していた。あれほど止めようとしていた
霊夢も、魔理沙も、コハナも黙って戦いを見守っている。
文も持ち前の記者魂が疼いたのか、カメラのシャッターを切り続ける。
酔神「鬼縛りの術」
被写体となっている二人の戦いの過熱ぶりは、文字通り火花飛び散るものとなっていた。
鎖で動きを封じようとする萃香だが、その鎖はモモタロスォードによって弾かれてしまう。
M良太郎の側も接近しようにも鎖に阻まれて距離を詰められない。
というのもこの鎖、これで捕縛されると力を奪われてしまうのだ。
良太郎の肉体にはほとんどダメージは無いのだが
憑依しているモモタロスに直接ダメージがきてしまう、これでは意味が無い。
(モモタロス、大丈夫!?)
『へっ、ちょっと腹が減っただけだ! 後でおっさんにチャーハンでもおごってもらおうぜ!』
「無駄口きいてる暇は無いよ、それっ!」
萃符「戸隠山投げ」
鬼は怪力の者としてよく知られるが、彼女はその力もさることながら術を使った戦いを得意としている。
頭を使わない力勝負ならモモタロスに分があったかもしれない。だが、実際はそうもいかない。
M良太郎が近づけないのをいいことに、萃香は大道芸人のような攻撃を繰り出している。
その辺の石を萃めて岩にしてお手玉をしながら投げてきたり、酒をあおって火を吹いたり。
そのある種おちょくっているような攻撃は、次第にモモタロスの怒りを募らせていく。
「おやおや、やっぱり自称なんだねぇ。桃太郎の名前が聞いてあきれるよ」
『こんの小玉西瓜! さっきから人をおちょくったような攻撃ばっかしてきやがって!!』
(モモタロス、がむしゃらにやったって疲れるだけだよ!)
怒りに任せた攻撃で倒せるほど幻想郷の鬼は甘くない。がむしゃらな攻撃は萃香の大きさも手伝って空を切るばかりだ。
いつものような酔っ払ったのらりくらりとした動きでM良太郎の攻撃を難なくかわす萃香。
「戦いは萃香選手のペースです、このまま勝負は決まってしまうのでしょうか!?」
「あんのバカモモ、挑発に乗りすぎよ!」
(あちゃあ、これは私の見込み違いかしら?)
「何やってんだよモモタロス、良太郎! 妖怪退治できるんじゃないのかよ!?」
文はいつの間にか実況まで始めている。観衆も白熱してきたのか、ヤジが飛ぶようになってきた。
魔理沙とコハナは気づいていないが、妖精もちらほらと物陰から二人の戦いを観察している。霊夢が怖いのであまり近寄らないが。
肝心の戦いは、既に萃香の一方的な試合になっていた。怒りに任せた攻撃を繰り返していた
M良太郎は既に息を切らしており、まともに動ける状態ではない。
一方の萃香は余裕綽々で、さっきからずっと酒を飲んでいる。いつもの事、ではあるのだが。
「……あーあ。何で鬼はこんなだらしないのに負けたんだろうねぇ。少なくとも、あんたに桃太郎を名乗る資格は無いかな。
それじゃ、もう終わりにしようか。酔いもさめてきちゃったし」
まるで「飲んでいるのは水」とでも言わんばかりの表情を浮かべながら、萃香はその両手にM良太郎を掴む。
抵抗しようにも、息切れで反応が一歩遅れてしまったためあっという間に掴まれてしまう。
「でたぁーっ、萃香選手の十八番! これは勝負あったかーっ!!」
「ああっ、良太郎!!」
(やっぱ見込み違いかしらね。良太郎さんは妖怪退治の筋あると思ったんだけど)
萃鬼「天手力男投げ」
いつもなら右手で軽々と掴むのだが、やはり体格差は如何ともしがたいらしく、両手でM良太郎を掴み、岩を萃める。
鬼の物理的な力もさることながら、岩の衝撃もM良太郎を痛めつける。
いくらモモタロスが憑依して強化されているとはいえ生身の体である。
このままこの攻撃を最後まで受ければ命に関わりかねない。
(……モモタロス、わかってるよね?)
『ああ。俺達のクライマックスは、終わりって意味じゃねぇ!』
「へぇ、じゃあどういう意味なの?」
萃香に掴まれたまま、M良太郎はモモタロスォードを持ち直し、萃まってくる岩を砕き、それに乗じて萃香から飛びのく。
砕かれた岩は石になってもなお萃まろうとするが、M良太郎はその石を弾き、萃香にぶつける。
萃香の一撃のような大きな衝撃こそ無いが、針でちくちくと突付かれるような痛みがそこにはあった。
『こういう意味だよ!』
「わああっ!?」
「ああっと、これは思わぬ反撃! 決まると思われた必殺技が不発に終わってしまったぁー!!」
M良太郎は苦しさから解放されたことで咳き込みながらも体勢を立て直して距離をとる。
萃香も、思わぬ反撃に面食らったが再び石を萃め、岩を作り上げていた。
『けほっ、けほっ……ったく、小さい癖になんて力だ。あのまま食らってたら持たなかったぜ』
「……やるねぇ。今のはちょっと驚いたよ。もう一度これでも食らえ!」
萃符「戸隠山投げ」
先ほども食らった岩石投げ。さっきよりも心なしか規模が大きい。
痛い攻撃を受けた事で、今度は萃香に怒りの炎が灯ったようだ。
反対に、M良太郎はモモタロスォードを構えたまま平然と構えている。
(モモタロス、来るよ!)
『へっ、でかけりゃいいってもんじゃねぇぞ小玉西瓜!!』
萃香が岩を投げつけた瞬間、M良太郎はモモタロスォードを岩めがけて投げつける。
結果、モモタロスォードは岩に突き刺さり、岩は砕けて飛散する。モモタロスォードも岩に弾かれ、地面に突き刺さる。
(モモタロス、いまだ! あの石を打って!)
『……へへっ、そういうことか。ずいぶんと硬い豆だな、良太郎!』
「おおっと良太郎選手、あれは野球のバットでしょうか!? まるで鬼の金棒です! どうしようというのでしょうか!?」
どこからとも無く金属バットを取り出し、ノックの練習でもするかのような構えを取るM良太郎。
よく見れば、金属バットは燃えている。初めてモモタロスが良太郎に憑いた時
鉄パイプで同様の現象が発生した。いわゆる「俺の必殺技」である。
『必殺……俺の必殺技!!』
打法「俺の千本ノック~鬼退治バージョン」
M良太郎は先ほど砕いて重力に従って落ちる石を燃える金属バットでノックする。
結果、焼かれた石は大きさも合わせて炒った豆を髣髴とさせるものとなる。豆まきに使う豆を。
これが普通の鬼ならば、勝負はついただろう。萃香にも、効果は抜群なのか確かに効いている。だが、あまり当たらない。
それもそのはず、M良太郎がやっているのは千本ノック。一振りにつきせいぜい弾数発である。
たった数発の弾を避ける事など、無数の弾を使う弾幕ごっこになれた身からすれば簡単なことだったのだ。
それでも当たるのは単に炒った豆≒焼いた石という方式が成り立ち、萃香に一定のプレッシャーを与えているためだ。
「痛っ! 痛い! 痛い!」
『へへっ、どうだ小玉西瓜! これが俺の鬼退治だ!』
痛みに身構える萃香を威圧するように金属バットを肩に担ぐM良太郎。
得物と相俟って、どう見ても桃太郎ではなく鬼にしか見えない。イマジンの姿だったらなお更だろう。
千本打ち終えるころには流石のM良太郎も一息ついていたが、それ以上に萃香も息を切らしていた。
その状況をまずいと思ったのか、萃香は服の埃を払いながら次の手を用意する。
「へぇ、思ったよりもやるねぇ。けどまだまだだよ!」
鬼符「ミッシングパワー」
「おおっと萃香選手、お得意の巨大化だぁー!!」
「あんた、記者よりもそういう仕事のほうが向いてるわよ……」
「う、うそでしょ!? まるでイメージが暴走したような……」
「幻想郷の鬼は何でもありなんだぜ」
辺りの霧の濃さが変わると同時に、萃香は自身の大きさを変える。
それは瞬間的なものであったがM良太郎を吹き飛ばすとともに、大きな衝撃を与えた。
巨大な敵と対峙した事が無いわけではない。
ただ、幼い少女が突然巨大化するという光景は、彼らも初めて目の当たりにしたのだ。
『いつつ……良太郎、あの小玉西瓜、でかくならなかったか!?』
(見間違いじゃなければね。でも、デンライナーで戦うのは無しだよ。威力がありすぎて、神社壊しかねないし)
『へっ、ガキの喧嘩にデンライナーなんぞ持ち出すかよ。こいつで十分だぜ』
憑依したの体の主と対話しつつ、M良太郎は金属バットを杖代わりに立ち上がり、足で蹴り上げて持ち直す。
目を疑う光景を見たにもかかわらず、作戦を立て直すでもなく金属バットを振り回しながら突撃する。
「これを見ても尚突っ込んでくるか、そういうの大好きだよ!」
『てめぇにそう言われても嬉しかねぇな! 行くぜ行くぜ行くぜェェェェェ!!』
萃香は相変わらず巨大化を駆使して攻撃してくる。萃香自身だけではなく、瓢箪も巨大化している。
巨大化した瓢箪も相当な凶器である。金属バットで太刀打ちできる相手ではなかった。
金属バットを飛ばされ、やむなくモモタロスォードに持ち替えて
瓢箪めがけて叩き付けようとするが、赤い剣は宙を切っただけであった。
「おっとっと。壊れやしないと思うけど万が一って事があるからねぇ。これ壊されちゃかなわないよ」
『だったら武器にすんじゃねぇよ!』
どこかずれた応対をしながらも、両者の戦いはますます激しさを増していく。
しかし、それが思いもよらぬ客を招き入れることになることを、まだ誰も知らなかった。この場にいる、誰もが。
萃香の体中からは、物を萃める気が発散されていた。無意識に、物を萃める程度の能力が発揮されていた。
それ故に霊夢も魔理沙も文もハナも両者の戦いをじっと見つめ歓声を上げ、次いで妖精も飛来してくる。
気づけば、4人の他に大勢の妖精や白い毛玉のような物体が神社の境内にいた。
だが神社の主である霊夢は何も言わず、また退治しようともしない。
それをいいことに中には酒盛りを始めた妖精までいる。まるで宴会の客のように。
スペルカードルールのような美しさこそ若干欠けているものの
火事と喧嘩は江戸の華、を体現した美しさがそこにはあった。
しかしこの物を萃める程度の能力が、後にあらぬ物を招く事に、この時はまだ誰も気づいていなかった。
そんな事も知らずに喧嘩に明け暮れる萃香。いつの間にか、M良太郎――モモタロスを
桃太郎としてでもなく、鬼としてでもなく外の世界で妖怪と戦う存在としてみなしていた。
攻撃こそ徹底的だが、明確な殺意は向けられていない。表情もむしろ、笑っているようにさえ見える。
その様子を見ていたハナは、いつも見ていたあの光景を思い浮かべていた。
デンライナーの中で繰り広げられていたイマジン達の喧嘩。いつもは止める立場だが、ここはデンライナーではない。
さらに良太郎公認の喧嘩だ。あらゆる意味で普段とは勝手が違いすぎる。
そして何より、ここまで盛り上がった以上決着がつくまでは見届けてやろうという気持ちにさえなっていた。
だがそれが、すぐ近くまで来ていたあらぬ物に対する注意をそらしてしまう結果となってしまっていた……
――――
すでに空に輝く太陽は月と星にとって代わられ、時刻も人間の時刻から妖怪の時刻へと移り変わっていた。
幻想郷に住む人間で、この時間に出歩くのは相当腕に自信のある者か、何も知らぬ外の世界の者に限られる。
だが、あらゆる事象には例外が存在する。人里近くとはいえ、夜に空を眺めながら僅かな光を頼りに何かを記している男性がいる。
薄茶色のフェルト帽に外套というその出で立ちは、夜の暗さと相俟ってその表情を窺い知る事はできない。
ただわかるのは、その手には懐中時計と思しき金属の光がうっすら輝くのみである。
「ここにいたのか。星空を眺めるのは結構だが、夜は妖怪の時間。程々にして欲しいと
何度も言ったはずなのだがな……」
外套の男に呼びかけるのは、これまた特徴的な帽子を被った銀髪の女性。人里で寺子屋を開いているワーハクタクの上白沢慧音。
ハクタクには人間の守護獣的な一面もあり、その特色も受け継いでいる彼女はこうして
危険にさらされようとしている人間に対し注意を促したりする事もある。
「……すみません。これほどの星空はあの場所以外では中々見られないもので……」
「ふむ。まぁ、外の世界では星も見えないとはよく聞くが……命あっての物種だと言うことも忘れないでくれ」
外套の男は、星空のためだけに人里近くの高台にいたのだ。会話から、彼もまた外の世界の人間であることが伺える。
慧音もそんな彼の心情を察してか、注意こそすれど頭ごなしに連れ戻すそぶりは見せていない。
「最も、これを使えば自分の身くらいは守れるのでしょうけど」
そう言って、外套の男が懐中時計の代わりに取り出したのは黒い札。片面には緑色で「A」を象った文字が。
その裏面には黄色で「V」を象った文字が刻まれている。スペルカードで無いのは一目瞭然であり
どこか良太郎が持っているライダーパスに似た印象も与えている。
「冗談じゃない、それは使わないでくれ! この幻想郷でさえ外の世界と同じ目にあうことは無いだろう!!」
だが、それを見た慧音はさっきまでの穏やかな態度を一変させ口調を荒げる。まるで外套の男に掴み掛かりかねない勢いで。
それには外套の男も驚き札をしまうが、やはり帽子のおかげで表情は読み取れない。
「いや、言ってみただけです」
「……冗談が悪いぞ。とにかく、何があろうとそれだけは使わないでくれ。
その代わり、君の身柄は私が守ろう。この幻想郷の掟に従ってさえくれればな」
外套の男の冗談にどっと力が抜ける慧音。悪態をつきながらも、里へ帰るように促す。
(そう、イマジンがこの幻想郷に紛れ込んでいても、だ。
もう君は十分戦った。ここに来てまで戦う必要は無いんだ……)
星を見ながら何か記していた帳簿を鞄にしまい、外套の男も帰る準備を整える。だが、その背後で何かが倒れる音が響く。
外套の男が使っていた照明をそこへかざすと、そこには外の世界の人間と思しき人物が倒れていた。
「上白沢さん!」
「あ、ああ! おい、大丈夫か!?」
そこに倒れていたのは黒い服に赤いストールを纏った男性。年は見た目だけならば慧音よりもやや若い程度。
眠っているのか、気絶しているのか、意識は無い。だが、死んでいる訳ではない事がその体温が物語っている。
「とにかく、里へ運ぼう。桜井も手伝ってくれ!」
「わかりました!」
道中、性質の悪い妖怪に絡まれそうになるも、慧音がこれを撃退することに難なく成功し、人里までたどり着く。
その間、ストールの男性がうわごとのように何かを呟いたが
慧音も、桜井と呼ばれた外套の男も、それを聴いてはいなかった。
「……俺、何か大事な事忘れてるって気がするよ」
そして、そのストールの男性からは白い砂が零れ落ちていた……
チチチチチチ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・
次回予告
幻想郷からの出口である駆け込み寺ならぬ駆け込み神社、だがそこは、もはや出口としての機能は失っていた。
次々と頭角を現し始める砂から出ずる想像の魔人。その力の片鱗は、再建された神社を窮地に追いやる。
「冗談でしょ!? この間建て直したばっかなのに、また壊されてたまるもんですか!」
「契約とは別に声が聞こえるのでな。『それを破壊しろ』……と」
今、暴走した魔人と大きな子鬼が激突する!
「おお、これは暴れ甲斐のありそうな相手だね!」
「んなこと言ってる場合か!」
桃太郎と鬼の喧嘩の決着がつく時、また別の鬼が現れる……!?
次回
東方俺参上 第七話
暴走「想像怪獣ギガンデス」
登 場
最終更新:2010年03月25日 02:49