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どの従者、瀟洒

そこはとある19世紀イギリスはロンドンの街角だったが、
その日その時、その場所の定義はあやふやとなっていた。

街路の真中に馬車が止まっていた。
両に並んだ漆黒の馬は死んでいた。
右の馬は退屈凌ぎに大きな欠伸をした。
左の馬は退屈凌ぎにぶるぶると首を振り、足踏みをした。
馬車の馬は死にながら動いていた。

周囲には濃厚な霧が立ち込め、天と地の境を分からなくしていたが、
その霧と天の雲との境は、そこにいた者であれば誰にでも判別できた。
霧はまるで水に溶けて行く絵の具の様に――紅かった。

ああ、そこは本当にロンドンなのだろうか。
そもそもこれは現実なのだろうか?
ゾンビの馬車、一面赤の風景、狂気に包まれた世界で、
霧に覆われた「外」では激しく何かが擦れ、ぶつかり合う音が、
馬車の「中」では歌う様な少女の囁きが聞こえてくる。

まず、馬車の内側に広がる淫猥な世界にスポットを当てよう。

そこには、10代の後半にも達していないだろう、少年と少女がいた。
向かい合った4人掛けの座席、その右端に少年は座り、
少女は――4人掛けだというのに、3つの座席を空にして
少年の膝に馬乗りになっていた。
少女は、潤んだ瞳で少年の左眼をみつめ、
鼻をひくひくと動かしながら少年の香りを楽しみ、
紅潮した頬を少年の貧相な胸板に擦り付けたりしていた。
上気した肌、唇、そして薄紅のドレスは、
少年の空間をピンク色に染めていた。


それは少年と少女とは思えぬ、濃厚な愛の営みに見え、
また一方で非常に滑稽な光景でもあった。
少女の激しい求愛行動に、少年は、
眉一つ動かさず、冷め切った瞳で中空を見つめていたのだ。
この光景が、
「吸血鬼に、人間の子どもが食われようとする図」
にして、恋する乙女の姿をした少女が前者であり、
黒髪・黒装束・眼帯に身を包んだ暗い瞳の少年が後者であると聞けば、
驚く者は少なくないのではないだろうか。

吸血鬼に魅了される人間の様に、
少女の吸血鬼は、まさに少年に魅了されていた。
少年は非常に美しく、端正な顔立ちをしていたが、彼の魅力は容姿より寧ろ、
全身から発せられる、年不相応の絶望の影にあった。

どんな女性であっても、哀れみを感じ、守ってあげたくなる儚さ。
吸血鬼レミリア・スカーレットにとって、それは最高の食材の様に思われた。

レミリアは「好き」「美味しそう」「我慢できない」等と言いながら
少年に頬ずりし、その臭いを嗅いだりしていたが、
口付けや、その肉体に舌を這わせるというような、直接的な「味見」は一切しなかった。

「ああ……全て、美しい……美しいわ、シエル。
 そんな貴方がもうすぐ……そう、もうすぐなのよ、バラバラの肉片に解体されて
 かき回され、焼かれ、そして……再び美しくなるの。
 貴方はお料理になるのよ。うふふ……素敵……想像できるかしら?
 貴方は私に咥えられ、咀嚼され、私の身体の中へ入っていくの……
 でも私ね、お行儀が悪いのよ、シエル。いっぱい零してしまうの。
 沢山の人に愛された貴方の肉が、無残にももったいないもったいないされて行くの……
 ああ……とても楽しみよ。貴方も楽しみでしょう?
 そうよ、そうに決まっているわ。だからね、シエル、良い子だから……」

レミリアの瞳に闇が、そして言葉に鋭さが宿った。
「あの茶番を好い加減、止めにしてくれないかしら?」



暫くの時間がたった。
まるで時間が止まっているかの様に、不可思議な紅い霧の光景は変わることが無い。
今しばらく、馬車の中の光景を語ろう。
果たしてあの愛欲の世界はどの様な進展を見せているのか……

「……えーそれではn番目のお便り、
 ペンネーム『紅魔館どうでしょう』さん。
 実況系動画のお便りコーナーで、読んで貰ったはいいけど
 『くれないみすず』って言われたんですがどうでしょう。
 知らないわよ! 大体アンタ別なゲームの実況動画に顔を出して
 ちやほやされようってのがおこがましいのよ!
 メンバーの一人がうどんげ派ってとこで察しなさいよ!!
 以上、でもって次のお便りは……無いわよ!
 どーすんのよもうトークのネタが無いっての!
 馬車の運転手と戦闘要員を一緒にした結果がこれだよ!
 ご覧の有様だよ!! もう咲夜、さーくーやー!
 まだ終わんないのー何やってんのよもうさーくーy」

レミリアによるマシンガントークの合間より、
シエルと呼ばれていた少年が、ついに口を開いた。
「セバスチャン、いつまで遊んでいる。
 スカーレット嬢がそろそろヒスを起こしそうだ、何とかしてくれ」

馬車の外で、とん、と軽い落下音が響いた。
壮絶な空中戦を繰り広げていた二つの人影が、
馬車の中にいる主の声に耳を傾けるため、同時に着地した音だった。



「相手は異能者とは言え人間だろうが。何をてこずっている」
馬車の中から、シエルの怒気を含んだ声が続く。

影の片方、シエルと同じ漆黒色の燕尾服に身を包んだ長身の紳士が、それに答える。
「申し訳ございません、坊ちゃん。
 ただあの方、咲夜様にはどうしても許せないことがありまして、
 単に倒すだけでは収まらぬのです」

影のもう片方、女中の服を着た銀髪の少女が、そのやりとりを鼻で笑う。
「あらセバスチャン、人間相手に熱くなっちゃって……
 そんなに私が手強いかしら? 光栄だわ、大悪魔様(笑)」

ファントムハイヴ家の執事セバスチャン・ミカエリスといえば、
部下を叱るとき以外、屋敷の外の人間に対してはいつもニコニコ、
辛辣な嫌味を述べるときですら、満面の笑みで淡々と喋る事で恐れられていた。
その彼が、眼前のメイド、十六夜咲夜に対しては、
心の底からの怒りを向けているのだ。

セバスチャンの主シエルは、自分の上に乗っている少女レミリアを
何とも思っていなかったが、その時はじめて、邪魔だ、という感情を抱いた。
(滅多に見られぬ、あいつの大人気無い怒り顔が見れるかもしれないというのに)

こほん。
セバスチャンは咳払い一つして、
先ほどまで闘っていた人物に叩き付けるような説教を開始した。


バックで何だか、大らかなテノールのソロが響いている気がした。

「確かに貴方の異能は手強い、ですがそこは怒るべきところではありません。
 寧ろ賞賛すべき点です。貴方の才能は素晴らしい!
 だから、だからこそなのです!
 貴方の能力は万能です、私と闘いつつ別の所に能力を用いることが出来たはず、
 即ち! 戦闘が長引くと分かった段階で馬車の中へ術をかけ
 時間を停止させておけば、主人と客人を待たせて退屈な思いをさせなかった!
 貴方の戦闘センスは高く、私はてこずらされました、だから分かります。
 貴方は今の戦いに集中するあまり、その気遣いに気が回らない様な人間ではない。
 では貴方は何故それをしなかったか! 思いつきもしなかったからです!!
 折角退屈を殺す能力があるというのに、主人にそれを使うという発想が無い!
 真に尽くす心があれば、この程度の発想は自然に沸いてくるもの。
 貴方にはメイド長としての自覚が足りない!
 それで完璧にして瀟洒ですか? 笑わせるものです!
 瀟洒などという言葉は、そうですね、私にこそ相応しい」

「なっ!?」
馬車の外と中で叫び声が重なった。
外は十六夜咲夜、中はシエル・ファントムハイヴであった。

「貴方、黙って聞いてりゃ最後に聞き捨てならないことを……」

(あいつが瀟洒だと? どの口が言っていやがる)

咲夜が再び臨戦態勢を取った。
それにあわせて、セバスチャンも言葉を一旦止め、懐からシルバーを取り出した。


「……だからこそ、敢えて悪魔の私が言いましょう。
 貴方は殺しはしない。その代わり、人に仕えるものとしての三つの心、
 『あくまで執事ですから』という戒めの心、
 『これでも執事です』という謙虚な心、
 そして『歪みねえ』、真っ直ぐな心を叩き込み、
 スカーレット家メイド長としての自覚を持ってお帰り頂きましょう!」

(三つ目なんだそれ!?)
セバスチャンを除く三人の脳裏に巨大な疑問符を焼き付けながら、
ファントムハイヴ家の執事と、
スカーレット家のメイドが更なる戦いに身を投じようとした、
その時の事であった。

新たなる衝撃が響いた。
馬車の天井が引き裂かれ、シエル・ファイトムハイヴの細い体が宙を舞っていた。

哀れ、シエル少年は巨大な鉄の鋏に捕われていた。
紅い霧の中から、同じく赤く、しかし明るくまばゆい光が発せられ、
そして光は言葉を発した。
「瀟洒。すっきりとあか抜けしているさま。俗っぽくなくしゃれているさま。
 人類、亜人類といった貴方がた有機体には無縁の言葉です。
 ご覧下さい『コレ』を。貴方がたはくだらない感情に振り回されている間、
 私に漁夫の利を奪われたのでございます」

それは赤い一つ目を持った、巨大な鉄蟹(てっかい)だった。

「申し遅れました、私、フリューゲル家執事をしております
 ゲデヒトニスと申します。お会いすることはもう無いと思いますが、ごきげんよう」

完璧で瀟洒「と言われていた」メイド、
黒執事、
そして遠い未来(にいるはずの)機械の執事。
真の「瀟洒」を賭けた戦いの火蓋が、切って落とされるのかもしれない。







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最終更新:2009年03月27日 23:00
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