『サラジアの狂える魔人』-3
作者・凱聖クールギン
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昭南島(シンガポール)***
太平洋戦争末期の1945年7月。
当時、日本の軍政下にあり昭南島と呼ばれていたシンガポールにおいて、
悪魔の実験が行なわれていた。
後に極東軍事裁判で問題になる、捕虜を使った人体実験である。
仁科「村木少佐、捕虜の身体に機械を埋め込んでの運動試験の結果が出ました」
村木「うむ…。上々だ。
運動能力が7倍にも上昇している」
仁科宗禎陸軍技術大尉は、上官である村木國夫陸軍技術少佐にデータを見せ、
汗ばんだ顔に笑みを浮かべた。
仁科「改造人間技術の完成まであと少しです。
…しかし、お国のためとは言え、改めて恐ろしい実験だと痛感します」
村木「…古賀の元を離れて、
私について来た事を後悔しているかね? 仁科大尉」
仁科「いえ、決してそのような事は」
村木「良心だ、自省だと、甘い綺麗事を並べているようでは戦争には勝てんのだ。
キリスト教かぶれの古賀はそれが分かっていない…。
敵国は圧倒的な戦力を持っており、しかも残虐非道だ。
それを打ち破るには、こちらも人道を捨て、心を鬼にする必要がある」
仁科「心得ています」
村木「超人機は、必ず古賀ではなく私の手で完成させる」
『超人機』。
それは古賀竜一郎博士の下、日本軍が本土決戦に備えて極秘に開発を進めていた
人型決戦兵器の名称である。
超人機計画の主任である古賀博士は、自身も敬虔なクリスチャンであった事から、
超人機をただの冷酷な殺人マシーンにする事をよしとせず、
人間らしい心を持ったロボットにしようと苦心していた。
しかし、彼の助手である村木國夫はその方針に異議を唱えた。
古賀と衝突した村木は、自分に共鳴する一部のスタッフらを連れて古賀の元を離脱、
昭南島へ渡って独自に別のプロジェクトを立ち上げたのである。
村木「ところで、顔色が冴えないようだな。大丈夫かね」
仁科「そう…でしょうか。大丈夫です」
村木「疲れているなら休め…と言いたいところだが、
本土決戦の日まで時間がない。
超人機をそれまでに完成させられなければ、私達の努力は水の泡だ。
しばらくは不眠不休の作業が続くぞ」
仁科「分かっています…。――あっ」
村木「仁科大尉!」
突然、気を失って倒れる仁科大尉。
村木「しっかりしろ! いかん。マラリアだ…!」
飢餓と酷暑、そして伝染病のため、
当時の日本軍の死者は戦死者よりも戦病死者の方が多かったと言われる。
南方で猛威を振るうマラリアは、昭南島の軍部科学班をも襲ったのだ。
村木「すぐに手当てを…!」
…それからどのくらい経っただろうか。
手術台の上で、仁科大尉はぼんやりと目を覚ました。
仁科「む…村木……少佐」
村木「目が覚めたか、仁科大尉」
仁科「少佐…。自分は、死ぬのでしょうか…」
村木「お前は死に、そして生まれ変わるのだ。
私の作り出した改造人間として――!」
サラジア共和国・副大統領官邸***
アルハザード「…夢か」
サラジア副大統領官邸の一室で、椅子に深くもたれかかりながら
アフマド・アルハザード副大統領は夢を見ていた。
かつてはひどく切迫した夢だったものが、
近頃はまるで遠い世界の出来事のように感じられる。
溜息をついて立ち上がろうとすると、怪我をした右腕に痛みが走った。
秘書N「副大統領、そろそろお時間です」
秘書R「桐原コンツェルンの桐原総帥が、
あと1時間ほどでサラジア国際空港に到着されます」
アルハザード「分かった。出迎えに行こう。
車を用意してくれ。10分後に出発する」
秘書N「かしこまりました」
用意を素早く済ませ専用のリムジンに乗り込むと、
アルハザードは空港へ向かった。
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サラジア国際空港***
帝王ゴッドネロスの密命を帯びた凱聖クールギンは、
桐原剛造の姿を借りてサラジアを訪れた。
無論、表向きは桐原コンツェルン総帥として商談と視察をする名目で、である。
アルハザード「ようこそ桐原総帥。お待ちしておりました」
桐原(影武者)「お迎え痛み入ります、ミスター・アルハザード」
空港のロビーに降り立った影武者の桐原剛造(=クールギン)を、
大勢のマスコミの前で出迎えるアルハザード。
カメラのフラッシュが焚かれる中で両者が握手を交わすと、
たちまち各国記者団による囲み取材が始まる。
記者@サラジア「副大統領は就任以来、
桐原コンツェルンのサラジアへの誘致を推し進め、
日本との民間貿易の拡大に力を注いで来られましたね?」
アルハザード「その通り。日本有数の大財閥である桐原コンツェルンは、
我が国にとって重要なパートナーです」
記者@日本「桐原コンツェルンとしても、
サラジアを足がかりにした石油産業への参入に
近年は非常に力を入れていますね」
桐原(影武者)「ええ。中東情勢が未だ不安定な中、
日本への石油の安定供給を確保する事は、
我が社の利益のみならず、日本国民全体の生活を守る上でも必要だと認識しています」
記者@サラジア「桐原総帥はサラジアの経済、
そして貧困の問題に個人的にも強い関心をお持ちと伺いましたが、
今は特にどのような点に注目していますか?」
桐原(影武者)「サラジアの経済成長は目覚ましいとは言え、
まだまだ貧困問題は完全に解決したわけではありません。
今回の訪問ではサラジアの恵まれない子供達の現状を視察し、
学校や児童施設などへの援助を行なう第一歩にしたいと思っています」
記者@アメリカ「アルハザード副大統領に質問します。
隣国のアメールでは王党派による反政府テロが相次ぎ、
先日はマイラ平和大使の暗殺未遂事件も取り沙汰されました。
アメールの現在の政情をどのようにお考えですか?」
アルハザード「流血を伴ういかなるテロにも、
我が国は断固として反対の姿勢を取るものであります。
ただし、アメールの人民が打ち立てた現政府の正当性については
いくらか疑問を差し挟まずにはいられません。
もしアメールの王族が政権に復帰する事を望むのであれば、
私としてはそれを歓迎し、応援したいと考えます」
知的で穏健な人柄で知られるアルハザード副大統領だが、
時折、野心的な姿勢を覗かせるコメントが口を突く事があり、
欧米のメディアや知識人の一部からは警戒されている。
アルハザード「それでは、そろそろ失礼します。
桐原総帥とはこの後、サラジア国際ホテルでお食事を共にする予定ですので」
桐原(影武者)「昨年完成したばかりという七つ星ホテル、
どんなに素敵なものか楽しみですね」
囲み取材を終え、アルハザードと桐原(影武者)はリムジンに乗り込み
サラジア国際ホテルへ向かった。
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サラジア国際ホテル・最上階***
首都ベイエリアに建設されたばかりの、サラジアが世界に誇る超豪華な七つ星ホテル。
その最上階の一室で地上200mの絶景を眺めながら、
影武者桐原とアルハザードは会食――いや、密談を行なっていた。
二人とも、先程の囲み取材の時の善良そうな笑顔から一転、
不敵で悪魔的な微笑を湛えながら口元を歪めている。
アルハザード「アメールの民主政府など、断固として認めるものか!
いつか必ず引っ繰り返してくれるわ」
桐原(影武者)「マスコミ相手の善人面も疲れるものだな。
世界の貧困がもし全解決してしまえば、困るのは我々だろうに」
アルハザードの秘書NとR以外は人払いをしている密室では、
二人は遠慮なく悪態を吐き、邪気に満ちた本音を語る。
アルハザード「ところで…
“本物の”桐原総帥はお元気かね? クールギン殿」
桐原(影武者)「フフ…。ますますご健勝だ。
数年ぶりにまた貴殿に会い、旧交を温めたいと言っておられたよ」
アルハザード「それは光栄」
この桐原が影武者に過ぎない事を知っているアルハザードは、
桐原コンツェルンのみならず、その裏の顔であるネロス帝国とも繋がっている
いわく付きの人物なのである。
秘書N「コーヒーをどうぞ」
桐原(影武者)「ありがとう」
秘書Nが桐原(影武者)とアルハザードにコーヒーを淹れる。
右手でコーヒーカップを持とうとしたアルハザードは痛みを感じて手を引っ込め、
すぐに左手で持ち直した。
桐原(影武者)「どうされたかな?
先程の握手の時も、少し痛そうにしておられたが」
アルハザード「昨夜、ちょっと痛めてしまってね…。
大した怪我ではないのだが」
桐原(影武者)「そうか…。
しかし、ダカールではアメリカとも歩調を合わせてティターンズ派を追い出し、
今度の星間特使来訪に際しても地球連邦政府に協力姿勢を見せ…
貴国がこんなに大人しいと、ホワイトハウスがかえって不気味がって
落ち着かない様子だね」
アルハザード「今はまだ時ではない…。それだけの話だよ。
ダカールでは反ティターンズの動きに協調する代価として、
アメリカにいくつかの条件を呑ませる事に成功した。
現時点ではそれで十分だろう。
焦る事はない」
桐原(影武者)「他の中東諸国への布石は?」
アルハザード「アメールでは元王族のアブダダが王制復活を狙って
反政府闘争を始めているが、
我々はこれを裏で支援して軍資金を送っている。
アダブやアブラーダに対しても、引き続き石油施設などを標的にしたテロで
牽制していく事になるだろう」
桐原(影武者)「そのような工作が増えるのであれば、
我々ネロス帝国としても兵器の支援は惜しまない」
アルハザード「ありがたい。
ネロス帝国の人型ロボット兵器は今が要り用でね。
機甲軍団員をまた大量に購入したいのだ」
桐原(影武者)「既に昨夜の船で秘密裏に港へ運び入れてある。
明日、軍の演習場でデモンストレーションし、威力をご確認いただいた後、
売却額などの具体的な交渉に移ろう」
アルハザード「承知した。
新たに桐原コンツェルンへ売却予定の油田についても、
後でご視察いただいてから取引を煮詰めよう。
ここからヘリで1時間もしない距離だ」
桐原(影武者)「いいだろう。
この国に保有している油田から生まれるカネは、
ネロス帝国にとっても重要な軍資金となっているからな」
その時、高層ホテルの建物が大きく揺れた。
テーブルが引っ繰り返り、乗せていたコーヒーポットが床にぶちまけられる。
アルハザード「何事だ!」
桐原(影武者)「地震か?」
ポケットの中で鳴った携帯電話を取り、耳元に当てるアルハザード。
アルハザード「軍司令部か? 私だ。今の震動は何だ!
…何? 怪獣!?」
立ち上がった桐原(影武者)が窓の下の光景に目を奪われている。
港で火災が発生していた。
海から現れた不気味な巨大生物が、石油コンビナートを襲っているのだ。
桐原(影武者)「あれは怪獣ではない…。
怪獣より強い、超獣…。
異次元人ヤプールめ、とうとう動き出したか!」
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●アフマド・アルハザード→桐原剛造(影武者)と懇談する。
●クールギン→桐原剛造の姿を借りてサラジアを訪れ、アルハザードと懇談する。
●秘書N・R→桐原剛造(影武者)を接待する。
【今回の新規登場】
●秘書N(闘争の系統オリジナル)
アフマド・アルハザード副大統領の女性秘書。
実は改造人間で、本名はナウラという。
元は東南アジア生まれの孤児だったが、アルハザードに拾われて育てられた。
●秘書R(闘争の系統オリジナル)
アフマド・アルハザード副大統領の女性秘書。
実は改造人間で、本名はラムラという。
元はアフリカ生まれの孤児だったが、アルハザードに拾われて育てられた。
最終更新:2020年11月22日 13:47