『絶剣 蛇の道を往く』-2
作者・ティアラロイド
70
霊界・蛇の道入り口近くの広場***
ユウキ「えーっと、次に対戦する人、いませんかー!?」
その女の子の声は、高く可愛らしい響きだった。
たぶんその娘も、この場にいる他の大勢の死者の霊たちと同じく、
生前は歴戦の勇士だったんだろうけど、外見だけではとてもそうは
思えない明るさと無邪気さがそこにはあったんだ。
周囲からは「お前行けよ」「ヤダ、即死だよ」
「もう死んでるんだから死なねえよ」って声が聞こえて来て、
みんな尻込みしてるみたいだった。
コエンマ「ほら、次はお前が行ったらどうだ?」
煌「コエンマさま!?」
いきなり背後に現れたコエンマさまの姿に、僕はびっくりした。
煌「…そ、そんな急に言われても」
コエンマ「え~い! お前も男なら、うじうじ考えずに
正面から突っ込まんか! さ、行った行った!」
煌「わっ!?」
コエンマさまにどすん!と背中を押された僕は、
危うく転びそうになるところを、なんとか体勢を立て直して
顔を上げたところで、その"絶剣"の二つ名を持つ女の子と
眼が合ってしまったんだ。
ユウキ「あ、お兄さん、やる?」
煌「え、えーと、じゃあ…お願いします」
観念した僕は彼女の相手をすることにした。
強面のダークノイドじゃなくて、女の子が相手だったから
調子も狂ってたし、正直油断してたよ。でも実際に手合わせをして、
すぐにその先入観も吹き飛ぶことになった…。
僕は額にエターナルストーンをかざして、
戦士リュートの白銀の甲冑に身を包んだ。
戦士煌「あっ…!」
ここで今になって思い出したんだけど、
リュートの斧「天空」は生前の世界に置いてきちゃったから、
その時の僕は何も武器は持っていなかったんだ。
戦士煌「ど、どうしよう…!」
コエンマ「素手で戦う訳にもいかんだろ。ジョルジュよ」
ジョルジュ「煌さん、これをお使いください」
戦士煌「あ、ありがとうございます!」
コエンマさまとジョルジュさんが、
困っている僕に一振りのバトルアックスを貸してくれた。
受け取った僕は、それを何回か大きく振って
自分の腕に軽く慣らす。
戦士煌「お待たせしました」
ユウキ「おっけー! ルールはありありでいいよ。
魔法も必殺技もアイテムもバンバン使って構わないよ。
ボクは"これ"だけだけどね」
「ボク」という一人称が似合う元気そうな女の子は、
無邪気な自信を見せつけながら、左手で剣の柄を軽く叩く。
期間が短かったとはいえ、僕にも生前は桃矢くんたちと一緒に
ダークノイドの侵略と戦ってきたという自負もプライドもあったから、
そんな"絶剣"の態度に、僕の戦士としての自尊心はいたく刺激されたよ。
71
"絶剣"は長剣を中段に構え、自然な半身の姿勢を取る。
対する僕もバトルアックスを垂直に構える。
周囲の観客も自然と息を呑み静かになる。
コエンマ「それでは、始めッ!!」
コエンマさまの試合開始の合図と同時に、僕は全力で地を蹴った
長距離を瞬時に駆け抜け、"絶剣"の身体めがけて突き崩しにかかる。
"絶剣"は僕の思惑通り、身体を右に振って最初の一撃目と二撃目を避けた。
その動きが止まったところに、僕の三撃目の斬撃が振り下ろされるはずだった。
だけどその直前、"絶剣"の右手が煙るように動いた。
僕のバトルアックスの刃に小さな火花が弾け、斬撃の軌道が微妙にズレた。
戦士煌「――!!」
僕のバトルアックスの刃は、"絶剣"の鎧を僅かに掠めて宙に舞った。
ユウキ「―――ッ!!」
まるで雷みたいな速さと衝撃の剣速が、
僕の首元めがけて跳ね上がって来た。
鋭い戦慄が僕の全身を駆け抜けた。
僕は大きく右に回避して間一髪で攻撃を回避する。
"絶剣"はまだまだ余裕の表情だ。
そんな激しい切り合いが数分は続いた。
右斜め上段から、"絶剣"の黒曜石の剣が轟然と襲いかかって来た。
僕のバトルアックスが左からの切り払いで受ける。
金属音と共に凄い衝撃が、斧を握る僕の両手に伝わった。
撥ね戻された剣を、"絶剣"は猛烈なスピードで切り返して
次々と僕めがけて打ち込んでくる。
戦士煌「このままやられるものかァァーッ!!」
"絶剣"の剣技は、どれもとてつもない威力、スピードで、
そして何よりも奇麗だった。一度大きく引き戻された"絶剣"の剣が、
僕の心臓にぴたりと照準した。
―― 十一連撃。
巨大な閃光と衝撃音が周囲に放射する。
戦士煌「――!?」
唖然として両眼を見開く僕の前で、"絶剣"は武器を下ろした。
その時ようやく僕は自身に何が起こったのかを理解したんだ。
戦士煌「参りました」
僕は変身を解除した。不思議と悔しくはなかったけど、
でもやっぱりショックではあったかな…。
"絶剣"は何を思ったのか、すたすたと僕に近づいて来た。
左手で僕の肩をポンと叩き、にっこりと輝くような笑みを浮かべる。
ユウキ「そんなに落ち込まないでよ、お兄さん」
煌「君、本当に強いんだね。僕は地球という星の日本という国から来た
金剛煌と言います。よろしく」
これほどの強さの剣士ならば、さぞ出身の世界では名のある戦士だったに
違いないと思ったんだけど、"絶剣"は僕の自己紹介を聞いて、最初に不思議そうに
きょとんとした表情をしていたけど、その後すぐにクスクスッと笑いだしたんだ。
72
煌「あ、あのー、僕…何か変なこと言ったかなぁ…?」
ユウキ「(^∇^)アハハハハ!…ゴメンゴメン! ボクも地球人で日本人だからさ。
その自己紹介の仕方ってなんだか可笑しくって… 」
煌「エ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ッ!!…だって、キミのその尖った耳とか
背中の羽根とか……。あっ、もしかして改造人間!?」
ユウキ「違う違う。これはね、神様に頼んで特別に
アバターの方を基本の姿にしてもらったんだよ」
煌「アバター…??」
"絶剣"の話によると、彼女の今の姿は本来の現実空間(リアル)での
生まれ持った肉体の姿ではなく、VRMMORPGにおけるアバター(分身)として
の姿であるとの事だった。てっきり僕は"絶剣"のことを、その見た目から
どこかの異世界の妖精族か何かだと思い込んでいたんだ。
煌「でもVRMMORPGって、以前に大勢のプレイヤーがゲームの世界から
出られなくなったって確か大きな事件になったんじゃ…」
ユウキ「それはソードアート・オンライン(SAO)のことでしょ?
ボクはアルヴヘイム・オンライン(ALO)にいたんだ。知らないの?」
煌「ごめん。僕はあんまりゲームとかはやらなかったから…」
ユウキ「そうなんだ。改めまして、ボクは紺野木綿季と言います。
ユウキでいいよ♪」
煌「よろしく、ユウキちゃん」
僕とユウキは固い握手を交わした。
◇ ◇ ◇
エメル「それで、ちなみにそのユウキちゃんは
何が理由で亡くなったの?」
煌「それは……」
エメルの問いに、煌はどう答えたらよいものか戸惑う。
いかに死者の霊とはいえ、個人のプライバシーにも関わる事柄なので、
果たして口外してよいものかどうか暫しためらったが、この部分に触れるのを
避けては話を先に進められないため、重たい口を開く…。
煌「ユウキはね、後天性免疫不全症候群―AIDS(エイズ)だったんだよ…」
クレイト「ねえビークウッド、エイズってなあに?」
クレイトは、すぐ隣に座っているビークウッドに質問を口にする。
ビークウッド「アースサイドにあるウィルス性の難病の一種です。
感染経路にさえ注意し、仮に万一感染してしまっても発症前に
早期発見すれば、決して恐ろしい病気ではないのですが…」
クレイト「煌、話を続けて」
煌「うん」
◇ ◇ ◇
煌「それで、ユウキちゃんは生前に現世でどんな巨大な悪と戦って
地球の危機を救ったの?」
ユウキ「えーっ!? ボクはそんな大それたことはしてないよぉ!!」
ユウキの話では、別に力尽くで悪者成敗をしたとかではなく、
生前での自ら被験者となって医療用メディキュボイドの研究に
大きく寄与したなどの様々な点が閻魔大王に高く評価されらしい。
本来なら天国で先に待っていた家族と一緒に静かに暮らせるはずなのに、
ましてや彼女は僕や桃矢くんのように戦乱の渦中に身を置いていた訳でもないのに、
なんでわざわざ危険な蛇の道の試練に挑むのか、僕はユウキに尋ねてみた。
ユウキ「もっといろんな場所をこの目で見てみたいんだ」
煌「いろんな場所…?」
ユウキ「ボクはね、死ぬ前の事だけど、たくさんの仲間や友達のおかげで
仮想世界も現実世界もたくさんの場所を飛び回る事ができたんだ」
煌「でも君は現実世界では…」
生前のユウキは、病気が発症してからはずっと長い年月を
病室の中で医療用ナーヴギアに接続されて暮らしていたはずだった。
だけど……。
ユウキ「ボクが現実世界でいろいろなところを見て回って、
いろんな楽しい体験ができたのはアスナのおかげなんだよ」
煌「アスナ…?」
その「アスナ」さんという人は、きっと生前でのユウキの大切な親友であり、
また恩人だったのだろうと僕は直感した。だからそれ以上詳しくは聞かなかった。
ユウキ「だからアスナや、昔ボクがいたギルドの仲間たちの思いに
応えるためにも、ボクはまだ行ってない場所、まだ見ていない場所に
もっともっと直接足を運んでみたいんだ。天国にいる両親や姉ちゃんにも
この話をしたら、みんなボクの背中を押してくれたよ!」
ユウキの瞳は、とても死者の魂とは思えぬほど
活き活きと輝いていた。僕にはそんな彼女の姿が
とても眩しく覚えた。
73
コエンマ「ちょうどいい。お前ら二人でペアを組め」
コエンマさまの鶴の一声に、僕はたじろいだ。
煌「エ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ッ!!…で、でもぉ、
女の子と二人きりでペアだなんて…(///)」
コエンマ「何を赤くなって恥ずかしがっとるんだ、お前は?」
コエンマさまは、ジト目で僕を見つめる。
ユウキ「ボクは別に構わないよ」
煌「せめてもう少し考える時間を…」
コエンマ「え~い! こっちは後がつかえておるんだ!
男ならさっさと決断せい!!」
煌「は、はい…! よろしくお願いします!」
ユウキ「へへっ、よろしくね煌ちゃん♪」
煌「こ、こちらこそよろしく…(汗」
こうして僕はユウキとペアを組んで、
蛇の道に挑む事になった。
ジョルジュ「お待たせしました。こちらが蛇の道の入り口である
頭の部分になります。正直に言って蛇の道は辛いですよ。
お身体の方はお元気でいらっしゃいますか?」
戦士煌「いやあ…僕、死んでますから
あんまり元気じゃないかも…」
ジョルジュ「この蛇の上をひたすら進んでください。
界王さまのところに通じております」
ユウキ「長そうだねえ…」
ユウキはずっと遠い先の向こうを見渡している。
ジョルジュ「およそ百万キロになります」
戦士煌「ひゃ、ひゃくまんキロ…!?」
ユウキ「そ、そんなの辿りついた人なんているの!?」
ジョルジュ「ここ一億年の間では閻魔大王ただお一人だったのですが、
何年か前に孫悟空という人間が踏破に成功して以来、
他にも数十人ほど辿りついた人間がおります」
戦士煌「その孫悟空ってどんな人なんですか?」
ジョルジュ「さあ、私も直接会った事はありませんので、
どんな方なのか詳しくは存じませんが…」
ユウキ「まあ、でも辿りついた人が他にいるんなら、
ボクたちもきっとなんとかなるよ」
ユウキはひょいっと、蛇の道の先端の頭の部分に飛び乗った。
コエンマ「引き返すなら今のうちだぞ?」
ユウキ「ううん、ボクやるよ! もっと強くなりたいからね♪」
戦士煌「コエンマさま、ジョルジュさん、ここまでお見送り
どうもありがとうございました」
ジョルジュ「道の両脇に広がる雲には絶対に落ちないようにしてください。
雲の下は地獄ですから二度と戻れませんよ」
戦士煌「わかりました。じゃあ、行ってきます!」
ユウキは背中の羽根を広げて、あっという間に
猛スピードで上空に飛び立つ。
ユウキ「へっへ~ん♪ それじゃあ、おっ先にぃ~!!」
戦士煌「ええーっ!? 待ってよぉ~! ちょっとぉ~!!」
多難な感じのスタートだったけど、
こんな風に僕とユウキの二人旅が始まったんだ。
コエンマ「大丈夫かな、あの二人…(汗」
74
○金剛煌→ユウキとペアを組み、蛇の道に挑む。(回想)
○ユウキ→金剛煌とペアを組み、蛇の道に挑む。(回想)
○コエンマ→金剛煌とユウキにペアを組ませ、その出発を見送る。(回想)
○ジョルジュ早乙女→金剛煌とユウキに蛇の道での注意事項を説明し、その出発を見送る。(回想)
最終更新:2020年12月10日 11:25