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僕は随分と長い間この場所にいました。
雨宿りの場所になったり、日陰になったり、昼寝をする場所になったりと、自分で云うのもなんですが結構色んな方々のお役に立てたと思います。
そんな僕も近々伐採される事になるらしいです。
切られると云う事に、正直まだ実感がわきません。ただ一つだけわかる事があります。
これで彼を見られなくなると云うのは淋しいと云う事。彼は、この地にいて自分が初めてここまで惹かれた人間でした。
一目惚れ、と云うやつかもしれません。
もう少し彼の側にいられたら、せめて彼に触れられたら、僕は思い残す事なくこの世を去れるのに。
「この木も来週に切られちまうのか。……なんか淋しいな」
そう独り言を呟いた彼は僕に優しく触れた。
彼の触れた所からじんわりと温かさが僕の身体中に広がる。
どこか憂いを帯びた表情に身体全体が妙に締め付けられる感覚に襲われた。
彼の瞳には僕の枝やら幹やらが映っている。
彼を抱き締める腕を僕は持っていない。
――もう少しだけ、この手の温もりを感じていたい。
そう願った瞬間、強い風吹いてがざわざわと僕の枝葉が揺れる。そして意識が遠くなり、次第に身体の感覚もなくなっていった。

「――おい、古泉。大丈夫か」
「…………え?」
自分の名を呼ぶ声が聞こえてふと目が覚める。
気が付くと彼の顔が目の前にあった。
――長い長い夢を見ていた気がする。
彼を見るのが妙に久しぶりな気がして、胸が熱いものが込み上げてきた。
何故だか涙が出そうになる。
それを悟られない為に、いつもの様に彼が云う胡散臭い笑みを浮かべた。
心配そうに見つめる彼の瞳の中には情けなく笑った自分の顔が映っていた。
「あ、あの…」
「……ったく、こんなトコで何やってんだよ」
怪訝そうに顔を歪める彼を見て少し胸が高鳴った。
彼の頬を両手でそっと包む。
温かく柔らかい感触にどうしようもなく愛しさを感じた。
「何やってんだよ。顔が近いんだよ。気持ち悪い。さっさと離れろ!」
 頬にあてた僕の手を荒々しくに引き剥がし、彼は僕を睨み付ける。
その様子を臆する事なく、背中に手を回し強く彼を抱き締めた。
「な、何してるんだよ、お前は……!」
「好きです」
「……えーっとだな、誰が、誰を?」
「僕が、あなたを」
対抗し続ける彼を落ち着かせる様に背中にやった手を移動させ、彼の柔らかい髪を梳く。
耳元で好きです、とまた囁くと低く呻いて顔を俯かせた。
抵抗を諦めたのか、彼はさっきまで必死に僕の胸を押していた両腕をだらんとさせる。
そして、ふうと小さくため息をついたのが分かった。
首元に顔を埋めるとそこからは汗の匂いとシャンプーの匂いがした。
そこを舐めた瞬間に彼はびくりと身体を震わせた。塩っぱい味がする。
身体の奥から突き上げる衝動を覚えたが、なんとかそれを押さえた。
彼の顔を見ると眉をしかめ、困惑しながらも僕を睨んでいた。
「……どうしたんだよ、古泉。何かあったのか」
「え、いや、僕に同性を好む趣味はなかった筈なんですけども、……どうやらあなたを好きになってしまった様です。性的な対象として。気持ち悪くてすみません。あなたをどうこうするつもりはありませんので安心して下さい。でも、僕はずっとあなたに――」
「どうして、泣いてんだよ」
「え?」
僕は知らず知らずポロポロと涙を流していた。
「笑いながら泣くなよ。気持ち悪い」
「すみません、…すみませっ」
口調とは裏腹に赤子を宥める様に背中を優しく擦る彼に、僕はすみません、と彼に繰り返しながら何かが崩れた様に泣きじゃくった。
彼の右肩に顔を埋めて、どのくらいそうしていたのだろうか。
ふと我に返って自分がしていた行動に恥ずかしさがふつふつと沸き起こり、顔がカーッと熱くなる。彼の顔が何だが気まずくて見れない。
「……落ち着いたか?」
「あ、はい。……すみません」
恐る恐る彼の顔を見る。彼は眉を歪めながらも笑っていた。
それの様子に安心して自分も苦笑する。
僕の髪をくしゃりと撫でながら、彼は酷い顔だなと呟いてまた笑った。
――僕は、ずっとあなたに触れたかった。
衝動的に身体が動き、彼の頬に手を添え、彼の唇に触れるだけのキスをした。
彼の唇は思ったよりも柔らかく温かかった。
「すみません、もうしませんから。今言った事も、した事も、全て忘れて下さい」
「……さっきから謝ってばかりだな。古泉」
「……すみません」
「お前はなあ。嫌味ったらしくニヤケスマイルでいつも気持ち悪くて、変な台詞やポーズが様になる奴なんだよ。そうじゃないと俺が調子狂う。……だから笑え。気色悪く笑え!」
頬を微かに赤く染めながらそう云う彼に戸惑いながらもいつもの様に笑ったみせる。
僕はうまく笑えているだろうか。
「……俺は、お前の事、嫌いじゃない。全部覚えといてやる。だから、お前も忘れるなよ。古泉」


空がどんよりと曇り、ざわざわと風が枝葉を揺らす。雨が降りそうな曇り空だった。
根の辺りに何やら温かいものを感じる。
彼がそこで仰向けになりながら、気持ち良さそうにすやすやと寝ていた。
――今まで、僕が見ていたのは何だったのだろうか。
夢にしては妙にリアル過ぎて、ざわざわと妙に心が落ち着かない。
ぽつり、と上の方の葉に水滴があたる。雨だった。
まさにバケツを引っ繰り返したかの様に降り始めた雨に困惑しながら彼に目を向ける。
制服の裾が濡れた頃に、うわっと声を上げながら飛び起きて僕に身体を寄せる。
「どうしたもんかな」
「……傘、持ってきた」
突然現れた彼女に、彼は戸惑いながらも彼女の持ってきた傘を受け取り、それを開いた。
「長門、ありがとう。……どうしてここに?」
「窓の外を見たら貴方がいた。あと、ここに用があった」
「そうか。……この木がなくなるのは淋しいよな。やっぱ」
「この木は伐採されるけど、なくならない」
「え?それは……」
「後々わかる」
くるりと身体を反転させ彼女は元きた道を戻る。
彼もそれに引き続いて僕から離れていく。彼女が言った言葉の意味は僕にもわからなかった。
そして、その五日後に僕は伐採された。



今日、何やら一年九組に転校生とやらがやってきたらしい。
ハルヒが妙に張り切りながら喜んでいた。
全く、なんでそんなにはしゃいでんだか俺には到底理解できない。
そんなことを考えていると、ハルヒがとうとう転校生を連れて部室に戻ってきたようだ。
「へい、お待ち!」
ハルヒは転校生の袖をがっちりとキープして的外れな挨拶をよこした。
生き生きとした表情をしながら目を輝かせている。正直、あまりいい予感はしない。 
「一年九組にやってきた即戦力の転校生、その名も――」
ハルヒは彼に顔をむけ、後は自分で言えと促す。 
「――古泉一樹です……よろしく」
そいつは、胡散臭く気持ち悪い笑みを浮かべたすかした野郎だった。

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最終更新:2007年05月25日 23:07