Gears of lyrical 第5話「日没」
ベルセルクを倒した中庭を抜け、瓦礫が転がる路地を歩く六人。黙々と歩いているが、ベアードが何処か難しい表情をしている。
一歩一歩、歩くたびに気難しい表情になり、皺が深くなる。ついに我慢の限界に達したのか隣を歩いているドムに突然、突っ掛かった。
「ドム、プランがあるつったよな? 本当にあるのか?」
「いいから見てな」
疑念の眼差しでドムを睨むベアード。そんなことなど何処吹く風、と言わんばかりに鼻歌を歌い始めるドム。
睨んでる人物は、その態度に呆れたような表情になり、短い溜め息を一つ付いて前を向く。
時間は数分前に戻る―――
一先ず中庭抜け、次の目的地を確認するために通信を入れるマーカス。
残る五人は周囲を警戒しつつ、マーカスの通信の内容を黙って聞く。
「こちらデルタ、応答せよ」
『聞こえてるわマーカス、ホフマン大佐に繋ぎます』
一瞬のノイズ音が聞こえた後、あのダミ声が聞こえてくる。
六人の顔が反射的に渋いものになった。幸いなことに音声通信のため、相手に顔は見えない。ホフマンからこの後の目的地が言い渡される。
デルタ部隊の現在地から西にあるイミュルシオン工場。その地下にレゾネイターを設置せよ、とのこと。
マーカスはレイヴンの手配を要求するが、間髪入れずに突っ撥ねられる。
そのまま通信は終了し、溜め息をつくデルタ部隊の面々。
ベアードは納得のいかない表情をしており、怒りが収まらないのか足元に転がっていた小石を蹴り上げた。
今日は厄日だ、軍の上層部はいつもこうだ、と。溜まっていた不平不満をぶちまける。
「こんなクソ重てぇもんを工場まで運べってか?」と、背中に背負ったレゾネイターを親指で差しながら、コールも同じく不満顔。
マーカスが目的地へのルートを思案していると、ドムが手を挙げた。突然の挙手に全員の注目が集まる。
「いや、待ちな。俺に考えがある」
「ほう? 是非とも聞きたいもんだね」
「あ、あの、二人とも…」
苛立ちのため、ベアードの口調がかなり挑発的になっている。
一気に険悪なムードになった二人、喧嘩が始まる前にスバルが仲裁の為に割って入ろうとするが、
「よせ、さっさと行くぞ」
隊長の一喝に渋々と引き下がるベアード。マーカスを先頭に、西へ六人は歩き始める。
しばらく歩き、左右に分かれた道にぶつかる。あちこちがトタンや木材で即席の橋が渡されており、かろうじて道として機能している。
「こちらデルタ、墓の外に出た」
『そこから10キロ先にイミュルシオン工場があるわ。でも、気をつけて、敵の部隊が接近中よ』
「了解した、ベアード、スバル、左に行くぞ。コールとドム、ティアナは右だ」
通信を終え、隊長の指示に従い、ベアード、スバルは左に、コール、ドム、ティアナは右へと歩みを進める。
左に向かった三人は入口が開いたままの、朽ち果てた工場の中へと進む。内部の部屋はさほど広さは無く、薄暗い。一階の天井が破壊されており長方形の空間になっていた。
破壊された際に落ちてきたのか、白い大きな長方形のブロック、恐らくは梁であったものが部屋の中央に二つ鎮座している。
一つだけ、以前は工場内部へと続く出入り口があったであろう箇所は、瓦礫に埋もれていた。
警戒しつつ足を踏み入れ内部をチェック。三人が入り終えルートが無いことを確認、来た道を戻ろうと踵を返すと、パラパラと小さなコンクリの欠片が落ちてくる。
三人が一歩踏み出す度に振動が伝わり、欠片の量が増え、天井の小さな亀裂同士が繋がる。やがてそれは大きな一つの亀裂になり、天井の一部が崩落。
崩れてきた瓦礫が入口に降り注ぎ、次々と積み重なる。その衝撃で長年積もった土埃や砂埃を舞い立たせ、粉塵のカーテンを造り出す。
粉塵のカーテンが収まった場所には、新しい灰色の壁が出来ていた。本日二度目の舌打ちをするバンダナ男。
「ドム、閉じ込められた。すまないが工場に入る別ルートを探してくれ」
『わかった、少し待ってな』
指を耳の通信機から離し、溜め息を一つ。恨めしげについさっき出来たばかりの壁を睨んだ。
スバルとベアードの二人は、助けが来るのを梁にそれぞれ腰掛けて待ち、遥か頭上の暗闇に紛れている天井を眺めている。
この時、三人は気付いていなかった。自分達に向かってくる存在に―――
瓦礫で塞がれた通路の向こう側。埃が舞う薄暗い通路、切れかかった電球が申し訳程度に明かりを放っている。通路の端、小さな隙間から灰色の塊が出てきた。
四本の足に長い尻尾、三角形の顔付きに丸い小さな耳。残飯などを食い漁って過ごしてきたであろう、丸々と太ったネズミ。
前足で顔を洗い毛繕いを始める。ふと、鈍い振動が伝わってきた。
毛繕いを止め、辺りを見回すネズミ。振動はどんどん大きくなり、ネズミの視界が激しく揺れる。
黒い影が灰色の小動物を覆い、そちらに顔を向けた瞬間。とてつもなく大きな足の裏。それがネズミが見た最後の光景だった。
ネズミが踏み潰され一瞬で灰色の小動物から、血と肉と骨が混ざり合った小さな肉塊に変わる。
踏み潰した当の本人は気に掛けるどころか、踏み潰したことに気付かぬまま歩みを進める。
通路を進むのは二体の白い異形、ローカストの中でも屈指の巨体を誇る『ブーマー』。
体格は一般的なローカストの歩兵、ドローンよりも二回りは大きく、指は大木の枝のように節くれ立っており。腕は子ども一人分は有りそうな程ほど太い。
その手にはドラム型マガジンが装填された大口径の重火器、グレネードランチャーに分類される『ブームショット』を持っている。
ネズミを踏み潰した通路の先、突き当たりを右に曲がり少し進むと瓦礫で覆われた箇所。瓦礫の向こうには立ち往生し、助けを待つマーカス達三人が居る部屋。
異形は手に持った得物を瓦礫に向け、引き金を引いた。
突如、瓦礫が吹き飛び。爆風と衝撃でベアードとスバルが、腰掛けていた梁から転げ落ちそうになった。
マーカスはランサーの銃口を、もうもうと粉塵が立ち込める出入り口に向け、引き金に指をかける。いつでも応戦可能な体制に構えた。
瓦礫を破壊した二体の白い異形が、鈍い足音と共に粉塵を切り裂いて現れた。その姿を見てマーカスは目を見開く。
異形の手には再装填されたブームショット。引き金には既に指がかかっている。
「伏せろ!!」
その言葉に、滑り落ちるように二人が梁に身を隠し、一人が横に跳んだ。
ワンテンポ遅れて、低い呻くような声が響く。
「ドカーン」
子どもじみた掛け声。放たれたのは凶悪極まりない榴弾。
一瞬前までバンダナを巻いた人間が立っていた場所を、二つの黒い塊が通過する。
背後のひび割れたコンクリートの壁に直撃し、爆発。コンクリートが一瞬にして吹き飛び、壁を構成していた鉄筋のみが残った。
「撃て!!」
着弾と同時に梁から身を乗り出し、ランサーを持ったマーカスとベアードの二人はフルオート射撃。左右それぞれのブーマーに鉛弾を浴びせる。
真鍮製の空薬莢が猛烈な勢いで次々と吐きだされ、辺りに散らばり。空薬莢同士がぶつかり合う音と銃声が室内に反響し、音を増大させる。
マズルフラッシュが光源となり薄暗い部屋を照らし、壁に断続的に影絵を造り出す。
ドローン程度の相手ならば怯むであろうが、いかんせん相手は巨漢。硬質の皮膚に加え分厚い筋肉の鎧も纏っている。
弾丸を全身に浴びても僅かによろめくだけで、致命傷を与えるには至らない。
ブームショットからドラム型マガジン外れ、地面とぶつかり、銃声に紛れて固い音を立てる。
ブーマーは銃撃を浴びつつ、腰から新たなマガジンを掴み取り、装填。コッキングレバーを引き、二体の凶悪な鋼鉄の獣が息を吹き返す。
獣が牙を二人の人間に向けた。
「ちっ!」
銃口がこちらに向けられ、二人の人間は素早く梁の陰に隠れる。
「ドカーン」
全く同じ掛け声、再び2つの榴弾が頭上を掠める。
初弾と同じく壁に命中し、今度は残った鉄筋が全て吹き飛んだ。
「私が行きます!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、スバル隠れていた梁を飛び出し。向かって左のブーマーに突撃。
マッハキャリバーが唸りを上げ、黄金色のマフラーから蒸気が噴き上がる。体勢を低くし、この短距離で出せる最大のスピードで突進。
鋼鉄の右腕を後ろに引き、固く拳を握り。ブーマーとの距離が限りなくゼロに近づいた瞬間。全体重と全身全霊の力を込めた鉄拳を、相手の鳩尾に叩きこむ。
圧縮されていた力が一気に解放され、衝撃波となって辺りに飛び散る。轟音が狭い部屋に乱反射し、細かい瓦礫や塵が舞い踊る。
叩き込まれた右腕に感じる確かな感触と手応え。この状況にも関わらず思わず少女の口元が緩む。だが、それは大きな間違いであった。
「スバル! 離れろ!」
「え?」
後ろから聞こえるバンダナ男の声に、思わず呆けた声が漏れた。顔を上げると、右腕を振り上げる異形。次の瞬間にはその右腕が振り下ろされる。
「うわっ!」
慌てて飛び退き、バック転しながら梁に隠れる。風切り音を唸らせながら、異形の丸太の様な右腕がスバルの居た位置を通過する。
あと一瞬でも飛び退くのが遅かったら、間違いなく自分はあの剛腕で殴り飛ばされていた。
殴り飛ばされ、ゴミ屑の様に舞う自分の姿を想像し、少女の背中に冷たい物が伝う。
と、その時。突然投げ込まれる四つの黒い塊。スバルの頭上で緩い弧を描き、固い音を立てて、ブーマーの足元に四つのフラググレネードが転がった。
「伏せろ!!」
誰かの叫び声。反射的に三人は梁の陰で地面に伏せる。ピピピと、電子音が聞こえた後。
爆発、轟音、衝撃。それらが一緒くたになって三人に襲いかかる。
伏せる際に頭を手で覆ったのは良いが、うっかり耳を塞ぐことを忘れてしまったスバルは、無防備な状態で耳に直撃させてしまう。
爆発してから数十秒、ゆっくりと金髪の男が梁から顔を出し、様子を窺う。
先ほどまで二体の地底人が立っていた場所には、そこを中心に大量の血と肉と骨の混合物が辺り一面に飛び散っている。灰色一色だったコンクリートの壁に、新しい模様が描かれていた。
「おーい、大丈夫か?」
上からの声、ベアードが声のした方に振り返ると、そこには髭面の男に黒い肌を持つ男、オレンジの髪を左右で結った少女。
「助かったぜドム」
「怪我は無いみたいですけど…スバルはどうかしたんですか?」
オレンジ髪の少女の言葉に、マーカスとベアードはスバルの方に顔を向けた。
そこには、耳を塞ぎ全身を痙攣させ、悶絶する一人の少女の姿があった。
ブーマーが開けた入口を通り工場を抜け、再び合流したデルタ部隊。
しばらく廃墟となった街を歩き狭い路地に入る。曲がりくねった汚い路地を進むと、前方に廃材やガラクタで作られた即席の門が見えてきた。
門の上では継ぎ接ぎだらけの、殆どボロ布同然の服を着た難民が退屈そうに座っている。
ドムが手で皆を制し、先頭へと歩み出る。穏やかな口調でそれでいて親しげに難民に話しかけた。
「やぁ、どうだ、調子は?」
「相変わらずさ」
「フランクリンは?」
「いつものとこだ、今、開ける」
そう言って、手元のレバーを手前に倒す。金属が軋む、耳障りな音を立てながら門が左右に分かれる。六人が潜り抜けると、分かれた門は再び一枚に戻った。
足を踏み入れた場所。そこは掃き溜めという言葉がピッタリくる場所だった。
携帯食の包装や空になった飲料水のボトル。食べカスや、使われなくなった廃材にスクラップ。それらがあちこちに散らばっている。
難民たちは廃材で造られた、申し訳程度の小屋から六人に視線を向けている。歓迎している雰囲気は全く無い。通りを少し進むと、難民の一人が挑発すように罵声を浴びせてきた。
「おい! 豚野郎、お前だよお前!」
「殺すぞ、てめぇ」
その言葉にベアードが真っ先に突っ掛かるが、ドムの構うなという言葉を聞き入れ、中指を相手に立てるだけで済ませた。
突き当たりを左に曲がり、更に進むと提灯で飾り付けられた一際目立つスペースが見えてくる。そこには三人の男が屯しており、何か話しこんでいた。
ドムが隣を歩くマーカスに頷き、マーカスも口だけを動かし『任せたぞ』と言葉をかける。
三人の中で一人だけ積まれたブロックに座り、ゴーグルを額にかけた男が自分達に近付いてくる集団に気が付く。場に似合わない陽気な声で挨拶。
「よぉ、サンチャゴじゃねぇか、どうした? 今んとこ、あんたが喜ぶようなニュースは何もねぇよ、例の人探しもな」
この人物が門前でドムが話していた男『フランクリン』。フランクリンは笑顔を浮かべているが、後ろにいる二人の男はドム達を睨んでいる。
二人の手には拾ったものであろう、ナッシャーショットガンとボルトックピストル。引き金には既に指がかかっている。
挨拶が終わると突然、落ち着きなく周囲を窺い始めた。周りは路上で寝ているか廃材を漁っている者しかおらず、自分達を見ている者がいないことを確認すると安堵の表情を浮かべた。
先程とは打って変わり、声のトーンを落とし囁くように目の前のドムに話しかける。
「一緒にいるとこを見られちゃマズイんだよ。商売がやりにくくなるだろ」
「車がいるんだ」
ドムの言葉を聞いた瞬間フランクリンの表情が呆けたものになった、言葉の意味が理解できず一瞬動きが止まる。
発言の意味を理解すると、気分を害したのか先程とは打って変わって、やや怒ったような口調に変わっていた。
「何だって? 冗談じゃねぇ」
「マジで必要なんだ」
一向に引き下がる気配を見せないドム。その態度に次のフランクリンの口調は呆れたようなものになった。
「そりゃ大変だ、でも、オレの大切なジャンカーは貸せねぇな」
ドムの雰囲気が変わった。眉間には深く皺が刻み込まれ、こめかみに青筋が浮かぶ。
親友の雰囲気にマーカスは内心やや驚き、後ろのコールとベアードは一歩、スバルとティアナは二歩後ずさり。
右手の人差指でフランクリンの胸を突き、語気を荒げてドムが叫ぶ。
「お前には貸しがある! それを今返せと言ってるんだ!」
一触即発。
先程の穏やかな空気が一瞬にして崩壊し次の瞬間には乱闘、最悪の場合、銃撃戦になってもおかしくない状況に豹変する。
後ろの二人の男は手に持った得物を握り締め、フランクリンの横に並ぶ。
ドム以外のデルタの面々も、ランサーの安全装置が外れているかチェック。六課の二名はいかにこの場を収めるかを必死に考えていた。
先に動いたのはフランクリン。両手を広げ両脇の男達を後ろに下がらせる。男達は不満げな表情をするが渋々引き下がる。
次に手を懐に入れ中を漁る。出てきた指に抓まれていたのは銀色に光る一本の鍵。ドムは開いた右手を差し出し、フランクリンはその手の平に鍵を落とす。
「わかったわかった、貸してやるよ。ただし、一つだけ条件がある」
そう言って指を指す。その指が指した先には金髪の男と黒人の男。
指名された二人は思わず自分の指で自分自身を指し。指名した男は満足げに頷く。
「こいつらを担保に置いてってもらおう。ここらも最近かなり物騒だからな」
「わかった」
「車はアスフィオのガソリンスタンドだ、勝手に取ってきな。これで貸し借り無しだぜ、もうデカい口叩くなよ」
「あの…、大丈夫なんですか?」
「心配は要らん。あの二人なら大丈夫だ」
『担保』二つを置いてゆき、難民キャンプを後にする四人。スバルの心配の声に何とも無げに答えるマーカス。
フランクリンの言ったガソリンスタンドは、キャンプからかなり離れた場所にあるらしく、ローカストも頻繁に出没する。
そこで一旦、チェックポイントに立ち寄り弾薬を補給しろとのこと。最初のチェックポイントは河の傍にあるらしく、四人はそこに向かって進む。
「さぁ、行くぞ」
『了解!』
日は半分ほど地平線に沈み、辺りは紫とオレンジに染まっている。幾つか星も瞬き。夜が近いことを知らせていた。
恐怖の夜が近いことを―――
最終更新:2010年03月10日 00:48