スバルが強くなりたい理由って、何なのかな?
はい、それはもちろん、なのはさんみたいになりたくて……
にゃはは……それは嬉しいんだけど……でも、そうじゃなくて、強くなって何をしたいのかなぁ、って。
え、と、そうですね……多分……笑顔、かな。
笑顔?
あたし、将来は災害担当や救助隊を志望してるんです。
災害とか、争いごととか……
そんなどうしようもない状況になった時に、助けて、って泣いてる人を……笑顔にしてあげられたらな、って。
ああ、そういうことか。
だって、誰だって泣いてるよりも、笑っていられる方がずっといいじゃないですか。
うん……そうだね。
だから、あたしは強くなりたいんです。
昔なのはさんがそうしてくれたように……苦しんだり悲しんだりしてる人達を、今度はあたしの力で助けるために。
だって、あたしは――
ぱちぱち、と鳴り響くのは火花の音。
めらめら、と燃え盛るのは灼熱の炎。
怒号と爆音が断続的に響き渡るのは、戦火に包まれた戦場だ。
赤色に照らされた宵闇の中を、幾多の光条が飛び交っていく。
色とりどりの閃光の雨は、人の奇跡たる魔力の弾と、科学の産物たるレーザー光。
その手に魔法の杖を携え、奇跡の光を操る闘士――魔導師と呼ばれる者達が、敵と戦いを繰り広げている。
黄金の杖のターゲットは、空中にふわふわと浮遊した、心なき機械の兵士達だ。
楕円形の体躯と金色の複眼――ガジェットドローンと呼ばれる自律兵器が、徒党を組んで押し寄せてくる。
戦況は魔導師達に不利だ。
でなければ、これほどの戦火が広がるはずもなかった。
アンチ・マギリング・フィールド――AMFと通称される敵の特殊フィールドは、魔力結合を妨害し、彼らの攻撃を無力化する。
おまけに敵の軍勢の数は、魔導師の頭数の倍以上。
質でも量でも劣っているのだ。であれば、この戦況は必定と言ってよかった。
「これはまた、実際に見てみると随分な数だね」
と。
その戦場に響く、少女の声。
炎の最中に反響するのは、殺伐とした現場には場違いなほどの、うら若き女の声だった。
『通常のデバイスによる戦闘は、厳しいものと思われます』
無機質な機械音声が響く。
合成ボイスが発せられたのは、その場に佇む人影の足元からだ。
インテリジェント・デバイス――ローラーブレード型の魔術演算装置を履いた、1人の少女が立っていた。
「そうだね」
青い髪を短く切りそろえ、額には白の鉢巻きを締めた、快活な印象を与える少女だ。
年の瀬は15かそこらといったところ。一見すると、戦場に立つに相応しい年齢とは思えない。
だがその身に纏った装備を見れば、彼女もまた一端の魔導師であることを、否応なしに理解させられる。
熱風にばたばたとはためかせるのは、白と青を基調とした、魔導の鎧たるバリアジャケット。
見る者が見れば、そのデザインがかのエースオブエース――高町なのはのそれに酷似していることに気付くだろう。
その純白の装束の中で、異彩を放つのが右手の漆黒。
黒光りする鋼鉄の小手は、それもまたアームドデバイスに分類される、れっきとした打撃攻撃用の武器だ。
「じゃあ悪いけど、今回もお休みしててもらおうかな」
『了解しました』
その返事を聞くや否や、娘の両腕が伸ばされる。
グローブを嵌めた両の手のひらが、へそをむき出しにした腹部へと移動。
瞬間、瞬いたのは淡い光。
きゅうううん、と鳴る奇妙な音と共に、少女の腰が発光した。
白い閃光を引き裂いて、そこに姿を現したのは、白銀色に輝く異様なベルトだ。
無数に刻み込まれた紋様は、さながら超古代の象形文字。
大ぶりなバックルの中心には、炎の色を反射したかのような、真紅の宝珠が煌いている。
ば、と。
空を切る音と共に、少女の手がまたも動いた。
右腕は左の前方へ突き出され。
左腕は右の腰へと収まる。
右手は右に、左手は左に。
それぞれの手が反対の方へと、ゆっくりと動かされていく。
一見すると奇妙としか言いようのない動作だ。
だが不思議と、それ以上の何かを感じる――神秘的とさえ形容できる、独特の気配を放つ構え。
「――変身っ!!」
女が吼えた。
灼熱の業火に照らされた横顔が、口を開いて雄叫びを上げた。
しゅ、と右腕が引き戻される。
ベルトの縁に供えられた、固く握った左拳へと、押さえつけるようにして添えられる。
瞬間、その姿が一変した。
両手を広く開いた瞬間、少女の姿は激変した。
純白のバリアジャケットに包まれた体躯が、一瞬にして漆黒に満ちる。
露出の多いシルエットが、ダイビングのウェットスーツでも着込んだかのようなものへと変わる。
きゅいん、きゅいんと鳴る反響音の中、次いで現れたのは赤い光。
黒一色の全身に、続々と赤い彩りが現れたのだ。
膝を、胸を、肩を、腕を。
五体を次々と覆っていくのは、さながら西洋の甲冑のような、燃え盛る炎の色の装甲。
そして遂にはその顔さえも、黒のスキンの奥へと消える。
そこに新たに現れたのは、クワガタ虫のごとき黄金のホーン。
獣のごとき銀色の牙、そして真っ赤に輝く大きな複眼。
それら全ての変貌は、一瞬のうちに完了していた。
今やそこに立つ者は、青い髪の少女ではなかった。
赤と金の鎧を纏い、銀色のベルトを煌かせる、異形の仮面を被った戦士だ。
轟々と唸りを上げる炎の中、戦士は悠然と構えを取る。
倒すべき冷たい機械兵器を、その大ぶりな双眸へと移す。
瞬間、戦士は疾駆した。
両の手足を大きく振って、迷うことなく戦場へと飛び込んだ。
烈火をかき分け進むさまは、誰もが子供の頃に憧れた、正義の味方たるヒーローそのもの。
「とぉりゃあっ!」
裂帛の気合と共に放った拳は、過たずガジェットドローンの1機へと命中した。
あたしは――クウガですから!
ライダーシステム。
それは、古代魔法文明の武具を解析し開発された、全く新しい魔導兵器の総称である。
全身を覆う魔法の装甲は、魔力の消耗こそ大きいものの、
これまで普及していたデバイスよりも、格段と高い出力を発揮することに成功。
そのライダーシステムを用い、魔導の鎧を纏い戦う戦士を、人々は「仮面ライダー」と呼んだ。
そしてこの少女――スバル・ナカジマの「変身」した戦士は、名を、仮面ライダークウガと言った。
【LYLICAL RIDER WARS】
EPISODE01:スバル編
「たああっ!」
拳を振るう。足を突き出す。
パンチが繰り出される度に、金属の砕け散る音が鳴った。
キックが繰り出される度に、眩いスパークが夜空を走った。
戦火の真っただ中へと乱入した戦士は、あれほどに武装隊が手こずっていた機械兵器達を、瞬く間に撃破していった。
少女――スバル・ナカジマは、時空管理局機動六課に所属する、前線フォワード部隊の隊員である。
特定遺失物・ロストロギア絡みの犯罪を阻止すべく、日夜任務と訓練に励んでいる、エース高町なのはの教え子だ。
そして局内でも数少ない、ライダーシステムの担い手――仮面ライダーでもある。
とはいえ彼女の持つベルトは、他のものとは少々毛色が違った。
古代の戦士・クウガへの変身を可能とするそれは、現代の技術によって生み出されたものではない。
彼女のベルト・アークルは、古代遺跡に眠っていたものをそのまま利用している、いわばオリジナルとでも呼ぶべきものなのだ。
それで戦闘能力に差が出るかと言われると、そうと言い切れるわけではない。
しかし、現代の外付けタイプと異なる、所有者の肉体と完全に融合したそれは、明らかに他とは異質と呼べるものであった。
「ふん! おりゃあっ!」
一撃、二撃とパンチを叩き込み、また新たにガジェットを撃破する。
破壊された機体が爆発四散し、熱風と黒煙が巻き上がる。
「!」
瞬間、煌く一条の線。
煙を切り裂き襲来したそれを、反射的に身をよじってかわす。
闇より襲いかかった光は、上空から発射されたレーザー砲だ。
爆煙の晴れた空を見上げれば、そこにはまたガジェットの影。
これまでの楕円形のタイプとは違う、ステルス爆撃機のようなラインを有した、高速飛行型のガジェットⅡ型である。
「それなら……!」
仮面の奥の瞳を細めた。
複眼の奥の目を引き絞った。
周囲に視線を走らせて、目に留めたものは金色の杖。
魔力弾発射を主な用途としていた、破損したミッドチルダ式デバイスの残骸だ。
ばっ、とその身を弾き出させ。
地を転がるようにしながら、杖を掴む。
「超変身!!」
ベルトより響く音と共に。
風の渦巻く唸りと共に。
瞬間、クウガは再び姿を変えた。
姿勢を正し立て膝をついた瞬間、大きな赤色の双眸が、緑色へと変色したのだ。
変化はそれだけには留まらない、
身に纏う真紅の甲冑のまた、鮮やかな新緑色へと移り変わる。
右肩の鎧が薄く、左肩の鎧が鋭く突き出した、左右非対称の姿だ。
そして姿を変えたのは、何もクウガだけではない。
左手に掴んだデバイスもまた、既に杖の形をしていなかった。
黒を基調とし、エメラルドと彫金に彩られたそれは、さながら矢をつがえ放つボウガンのよう。
「………」
己の得物を持ち替える。
右手の指をトリガーにかけ、左手で後部のパーツを引く。
金色の棒を引っ張るのに連動し、前方の羽がたたまれる様は、まさに弓矢を構える動作そのものだ。
刹那、張り詰める緊張。
クウガと化したスバルの全神経が、上空の標的へと向けられる。
極限の域に達した集中力が、五感を澄み渡らせていく感触。
視覚・聴覚の一切合財が、瞬間ごとに研ぎ澄まされる感触。
今や瞬きの刹那ですらも、百秒千秒に等しく感じられる。
そして。
永劫の一瞬の果てに。
「っ!」
矢をつがえ、放った。
トリガーを引き、左手を離したその瞬間、空を裂く音が響き渡った。
不可視の圧縮大気の弾丸を、音速に迫る速度で射出。
ターゲットは上空のガジェットⅡ型。
狙い違わず、命中。
轟音と共に機体が爆散し、並行して飛ぶ僚機を爆風でよろめかせた。
「もういっちょ!」
そしてその隙を逃すことなく、なおも同様の構えを取り狙撃。
二連続で放たれたスナイパーショットが、残る2機のガジェットをも貫く。
これこそが、仮面ライダークウガの最大の特徴――フォームチェンジだ。
それぞれに得意とするスタイルの異なる、4種類の姿を使い分けることで、クウガはあらゆる戦況に適応することができる。
今まさに飛行型のガジェットを撃破したのは、
射撃精度と感覚神経に特化した疾風の戦士――狙撃銃ペガサスボウガンを操る、緑のクウガと通称されるフォームである。
変身可能なタイムリミットが定められているものの、常人の数百倍とされる視覚・聴覚からは、何物も逃れることはできない。
立ち上がり、未だ敵機の残る背後へと向き直った。
ボウガンを放り捨てると同時に、素手の格闘戦に特化した基本形態である、元の赤い姿へと戻った。
戦士の手を離れた武具は、再び元の姿へと戻り、からからと地面を転がっていく。
そしてそれには目もくれることなく、紅蓮の瞳を標的へと向けた。
「はぁぁ……ッ」
イメージするのは灼熱の炎。
体内の全エネルギーを注ぎ込むようにして、右足に神経を集中させる。
足の裏に熱を感じた。
渦巻く炎が宿るのを感じた。
それが攻撃準備完了の合図だ。
燃え盛る烈火を司る戦士――赤のクウガの必殺の構えだ。
一歩を、踏み出す。
また一歩踏み出し、加速する。
ざっ、ざっ、ざっ、と足音を立て。
目前に密集したガジェット達目がけ、全速力で駆け寄っていく。
総勢5機の鋼鉄の兵士が、一斉に複眼からレーザーを発射。
触れるものを貫き焼き尽くす、文字通り必殺の弾幕だ。
しかしそんなものなどお構いなしに、クウガは一直線に疾駆する。
炎を纏う右足が躍った。
灼熱色の装甲が跳躍した。
空中でくるりと回転し、更に勢いを増していく。
「おぉりゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!!」
絶叫と共に。
全身の気合を絞り出し。
前面に勢いよく突き出されたのは、火花を散らす必殺の飛び蹴りだ。
フルスピードのダッシュの果てに放たれた、文字通り一撃必殺のキックが、ガジェットのうち1機へと命中。
跳ね返りの勢いに任せ距離を取り、再び立て膝をつくような形で着地。
刹那、炸裂。
猛烈な爆風と衝撃が襲いかかったのは、ちょうどこの瞬間だった。
蹴りを食らったガジェットが、これまでとは段違いの爆発を上げる。
付近にいた残る4機もまた、それに巻き込まれるような形で砕け散った。
他の3形態のスペックに比べると、赤のクウガには目立った特徴がない。
だがこのフィニッシュブローは――烈火を纏うキックの一撃は、他のどの姿の必殺技よりも、高い威力を有していた。
クウガに変身するスバル自身もまた、最も信頼を寄せているとどめの一撃だ。
「さて、と……これで大体片付いたか」
故にそれを放つということは、同時にそれが戦闘終了の合図であることに他ならない。
ぐるりと周囲を見渡せば、既に敵影の姿はなかった。
燃える戦場に残されているのは、蹴散らされたガジェットの残骸と、安堵する魔導師達のみである。
これでスバルの担当する分は殲滅完了だ。
残りのガジェットと戦っている、フォワード部隊の仲間達も、じきに切り上げる頃だろう。
その時点で任務完了。
あとは怪我人の安全を確保したりなどの、いわゆる事後処理に回ればいい。
そしてそれらの仕事には、戦士クウガの力は不要だ。
張り詰めた緊張と解きほぐし、その変身を解除しようとする。
「――へぇ、噂通りの腕前じゃねえか」
その、瞬間だ。
彼方から浴びせられた声が、スバルの鼓膜を揺さぶったのは。
「!?」
神経を張り詰める。
声に込められた気配を察する。
解いたばかりの緊張を取り戻し、声のする方へと向き直る。
いつからそこにいたのだろうか。
あるいは、最初からそこで見ていたのだろうか。
小高い丘の上からこちらを見下ろす、バイクに跨った人影があった。
青と白を基調とした、流線形のラインが特徴的な車体だ。
そしてそのシートに腰を預けるのは、スバルとほぼ同じ年頃の少女。
燃えるような赤毛の下で、肉食獣のような金の双眸が、獰猛な光を湛えている。
「そらっ!」
ぶぉん、とエンジンを吹かせながら。
ぎゅる、と車輪を回しながら。
青と白の車体を加速させ、丘の上から勢いよくジャンプ。
だんっと音を響かせて、目測15メートル弱の高度から、見事に着地を決めてのけると、再びクウガへと向き直った。
その異常な機体強度もさることながら、その衝撃に全く怯んだ様子を見せない乗り手も、只者ではない。
おまけに、どう見ても友好的とは言い難い雰囲気ときた。
警戒するには十分すぎるほどの存在だった。
「あんたは……一体何者?」
身構えながら、誰何する。
同時に改めてスバルは、目の前の娘の姿を見定めた。
自身と同程度の身長と思われる体躯は、すっぽりとマントに包まれている。
そしてその上の顔もまた、どことなく自分のそれと似通っていた。
しかしそこに浮かんだ表情は、鏡で見た自分のものとは似ても似つかない。
射抜くような黄金の眼光は、まるで獲物を前にしたライオンか何かのようだ。
人間目つきが変わるだけで、こうも印象を異にすることができるというのか。
「あたしは戦闘機人のノーヴェだ。タイプゼロ、そして仮面ライダークウガ……テメェをブッ倒すためにやって来た」
「!」
思わず、肩が揺れる。
意識せぬままに、身体が強張った。
タイプゼロ――よもやその名前を、こんなところで言い当てられることになるとは。
スバルは純粋な人間ではない。
目の前のノーヴェとやらが自称した戦闘機人――身体に機械を埋め込まれ生まれた、戦闘用のサイボーグだ。
これまで秘密にしてきた自身の正体を、こいつは知っているというのか。
いいや、着目すべきはそれだけではない。
この女は自らを、戦闘機人だと名乗った。
このガジェットに関連する一連の案件には、その戦闘機人の関与が確認されている。
そして、このタイミングでの登場だ。
となるとやはりこの娘は、ガジェットの仲間だということか。
「さぁてと、じゃあさっそくおっ始めるとするか!」
瞬間。
がば、と。
威勢のいい叫びと共に、勢いよく布地が剥ぎ取られた。
その身を包んでいたマントが、ノーヴェ自身の手によって脱ぎ捨てられる。
翻る布の奥にあったのは黒一色のフィットスーツ。
過去に確認された戦闘機人のファイティングスーツに比べると、その様はあまりにも簡素だ。
装甲も何もついていない、それこそウェットスーツか何かのような、飾り気のなさすぎる衣装。
唯一腰についた銀色のベルトだけが、その存在感を主張している。
「よぉく見とけよ」
違和感は一瞬にして氷解した。
ベルトに伸ばされた指先が、何らかのスイッチらしきものを押し込んだ瞬間、否応なしに理解させられた。
「このあたしの――変身をなぁッ!」
その簡素なスーツは、それそのもののみで戦うためでなく。
更にその上に鎧を纏うために、あえて簡素な作りになっていたのだと。
刹那、轟音が鳴り響いた。
雄叫びに呼応するようにして、その背後から飛来するものがある。
バイクの後部から続々と飛び出してきたそれは、無骨な金属の塊だ。
がしゃん、がしゃんと音を立て、それらがノーヴェに取り付いていく。
黒いスーツにかぶせるようにして、青色の鋼が張り付いていく。
顔が似ているだけではない。
同じ戦闘機人であるだけでもない。
「仮面ライダー!?」
この赤毛の少女もまた、スバルと同じ、ライダーシステムの担い手だったのだ。
「こいつがテメェを……クウガをぶちのめすために作られた、仮面ライダーG3-Xだ!」
獰猛な獣の唸りに乗せ、機人の少女が名乗りを上げる。
G3-X――そう名乗った眼前のライダーは、恐ろしく無骨なフォルムを有していた。
黒いスーツの上に纏うのは、全身青一色の重装甲。
胸や肩のみならず、太腿や二の腕に至るまで、びっしりと装着された鎧には、一分の隙間も見受けられない。
ここまでガチガチに固められた装甲は、そうそうお目にかかることはできないだろう。
比較的スマートな印象をクウガとは、一見するとまるで正反対にも見える。
ただし、それも首から下だけを見た場合の話だ。
逆に首から上だけは、あまりにもクウガと似通っていた。
顔面で銀色に輝くホーンと、その下の赤い複眼は、自身の変身するライダーと酷似している。
いかに同じライダーといえど、同系列の企業の開発したものでもない限り、ここまで形状が似ることは珍しい。
そして最早言うまでもなく、オリジナルたる仮面ライダークウガは、現状世界に1種きりのワンオフライダーだ。
同じ特徴を持ったライダーなど、普通ならこの世に存在するはずがない。
(まさか、クウガを真似て……?)
それこそ、意図的に模倣でもしない限りは。
そしてその推測も、あながち間違いでもないのだろう。
クウガを倒すために作られた――明らかにクウガを意識して作られたであろうライダーだ。
であれば、その姿まで真似されていたとしても、何ら不自然とは言い切れない。
「伝説の古代戦士クウガ……」
青い鎧の腕が動く。
仮面ライダーG3-Xの手が、自らのバイクの後部へと伸びる。
ぴ、ぴ、ぴ、とボタンを押し、そこから取り出してみせたのは、黒光りする大型のガトリング砲だ。
腰だめに構えた六連装の砲身の太さは、その腿ほどはあるだろう。
重量感たっぷりの銃身には、それ相応の威力がこもる。
「その大袈裟な伝説も、今日ここで終わりにしてやるよッ!!」
怒号と共に上がったのは、それすらもかき消さんばかりの咆哮だった。
轟、と雄叫びが大気を揺らす。
回転する砲身が大地を揺らす。
びりびりと空気を振動させて、猛烈な反動を伴い発射されるのは銃弾の雨。
さながら横殴りのスコールだ。
轟転するマシンガンの銃口から、一斉に弾丸が火を噴いた。
「っ!」
あれをまともに食らってはまずい。
ほとんど条件反射的に、バックステップで飛び退る。
地面を穿つ土煙が、瞬く間に視界を包んでいく。
「うわああぁぁっ!」
背後から悲鳴が上がった。
視線のみを向けた先には、バリアをぶち抜かれた魔導師達の姿。
幸い、死者が出た様子はない。
だがこれではっきりした。
こうもあっさりと防御魔法を抜かれているのだ。
敵が一般の武装隊では対処しようのない戦闘能力を有しているのは、火を見るよりも明らかだった。
「槍を!」
右肩に弾丸を食らったベルカ騎士へと、手持ちのデバイスを貸すよう促す。
オールラウンダーとは言ったものの、クウガはそれほど遠距離戦に長けているというわけではない。
緑のクウガの変身リミットは、僅か50秒しかないのだ。撃ち合いに付き合っていられるほどの時間はなかった。
故にここは何としてでも、懐に飛び込み接近戦を挑むしかなかった。
残りの戦力ではかなわない分、自分が無理をしてでも、得意な間合いに持ち込むしかないのだ。
「あ、ああ!」
程なくして、近代ベルカの槍が投げ込まれる。
「超変身!!」
それを受け取ると同時に、再び先ほどの掛け声を発声。
されどアークルから響くのは、先の風の音ではない。
霊石が色を変えると同時に鳴ったのは、清流のせせらぎのごとき音。
赤から、青へと。
クウガが変身した姿は、狙撃手たる緑の姿ではなかった。
軽量な青色の鎧を着込み、身軽な動作で構える流水の戦士――運動能力に長けた青のクウガだ。
ぶんぶん、と槍を回す。
回転と同時に、その姿を変える。
びし、と前面に突き出されたのは、青と金に彩られた棒。
穂先のない、刺突ではなく打撃を目的とした形状は、青のクウガの専用武器・ドラゴンロッド。
ペガサスボウガンの時と同じく、その手に掴んだものを、自らの武器へと作り変えたのだった。
「ここはあたしに任せて、後退してください! 通常のデバイスでは、ライダーシステムには対処できない!」
反論が上がることはなかった。
死ぬなよ、気をつけろよ、などといった声と共に、続々と武装局員達が退却していく。
そもそも実力差うんぬん以前に、隊はガジェットとの戦いで消耗していたのだ。
そこへ先ほどのガトリング砲である。もはや戦闘を継続することは、ほとんど不可能と言ってよかった。
「上等だ! サシで勝負してぇってんなら、お望み通りやってやるよっ!」
ノーヴェが叫びを上げると同時に、再びガトリング砲のトリガーが引かれる。
猛然と迫りくる弾丸の嵐を、しかし今度は避けることなく、その場に立ったままいなした。
ぶんぶん、ぶんぶんとロッドを回す。
青龍の唸りに乗せながら、流れるようなコンビネーションで、銃弾を受け流してかわしていく。
刹那、疾走。
鉛の濁流が途切れた瞬間、その一瞬の隙を縫うようにして疾駆。
目にも留らぬ猛加速で、G3-Xの懐へと飛び込んでいく。
その速さは風か稲妻か。
最高時速180km、跳躍力30m――赤い姿を遥かに凌ぐ、青のクウガの超スピードにとって、この程度の距離などゼロに等しい。
「チッ!」
舌打ちと共に、ノーヴェがガトリング砲を放り捨てる。
がしゃん、と鈍い音を鳴らすと同時に。
「たあっ!」
がきん、と鋭い音が鳴った。
遂に至近距離へと到達したスバルが、ドラゴンロッドの一撃を放ったのだ。
しかしそれも、命中寸前で阻まれる。
標的の手に握られていたのは、自らの左上腕のウエポンラックから引き抜いたコンバットナイフだ。
クウガのロッドとG3-Xのナイフが、つばぜり合いのような態勢を作った。
「だらァ!」
声と衝撃が同時に迫る。
ガラ空きになった腹部へと、思いっきりキックを叩き込まれる。
蹴りを食らう形になったスバルが、よろめくような形でたじろいだ。
がちゃん、と。
刹那耳に届いたのは、アタッチメントの接続音。
見ればG3-Xの右手には、新たに大ぶりな刃が装着されていた。
「おりゃぁっ!」
荒々しい唸りと共に、大型ブレードが振るわれる。
ぎゅいいいん、と咆哮を上げるのは、超振動ブレードか何かなのだろうか。
いずれにせよ、先のナイフ以上の威力を持っていることは間違いない。
そこまで分かっていながらも、ドラゴンロッドを突き出し防御するのがやっとだった。
ぎんっ、と重い激突音が響く。
チェーンソーか何かを受け止めたように、ばちばちと火花がほとばしる。
「く……!?」
破局が訪れたのは、その瞬間だ。
ばきん、と音を立てながら、両の手の反動が消失する。
手に伝う振動から解放された瞬間、1本のロッドは2本に分かれていた。
クウガの操る青龍の棍が、あっさりと両断されたのだ。
「どぉらあッ!」
返す刀で、一閃。
「ぐあぁぁっ!」
直撃を受け、呆気なく弾き飛ばされる体躯。
独楽のように回転しながら宙を舞い、直後に地べたの感触を味わう。
青い装甲の胸元には、深々と刻み込まれた斬撃の跡。
痛覚に痙攣する身体を持ち上げながら、悠然と構える重歩兵を見上げた。
俊敏性と跳躍力に特化した青のクウガは、反面攻撃力と防御力の2点において、他のフォームよりも大きく劣っている。
専用武器のドラゴンロッドも、その非力さを補うための装備だ。
しかしその事情を抜きにしても、この破壊力の何としたこと。
遠距離特化などとんでもない。こいつは近接戦闘においても、十分に手強い相手ではないか。
胴を走る痛みを堪えながら、ぐ、と力を込めて立ち上がる。
断ち切られたロッドのうち、槍の穂先があった方のみを持ち、残りをそのまま地に捨てる。
青のクウガの防御力では、こいつの攻撃に耐えきれない。
「超、変身っ!!」
ならばこの場で選択すべきは、最後に残された第4のフォームだ。
うぉぉぉん、と唸りを上げるベルト。
地割れのごとき咆哮と共に、宝珠が青から紫へと変色。
身軽に動くための軽装甲が、一転大柄な重鎧へと姿を変えた。
大きくせり出した両肩部が特徴的な、銀色に紫のラインを走らせた形状だ。
一瞬ロッドの片割れが、元の槍型デバイスの先端へ戻る。
しかし、それも刹那の回帰。
瞬きを終えた瞬間には、その手には大仰な西洋剣が握られていた。
大地の力を司る、地割れの戦士・紫のクウガ――大剣タイタンソードを操る、攻防特化のヘビー級ファイターである。
速力は青のクウガの3分の1まで低下したが、それを補える分だけのパワーがこの姿にはある。
「そいつで打ち止めか! いい加減その手品にも飽きてきたとこなんだよッ!」
言いながら、眼前で小銃を構えるノーヴェ。
空いたG3-Xの左腕が、黒光りするサブマシンガンを握る。
トリガー、プル。
バレット、ファイア。
どどどどどっと音を立て、鉛弾を連続発射。
「何……?」
しかし、不動。
それでも巨人は動じない。
弾丸の直撃を受けながらも、それら全てが虚しく兆弾。
痛みも怯みも見せることなく、悠然と構えを取りながら、G3-Xの元へと歩み寄っていく。
これが全フォーム中最高硬度を誇る、紫のクウガの防御力だ。
ピストルだろうがライフルだろうが、ミサイルの直撃を浴びせようが、その重装甲には傷一つつけられない。
牽制用のサブマシンガンなど、このクウガには微風とすら大差ないのだ。
「くそっ!」
役に立たないマシンガンを右足にセットし、G3-Xが突進を仕掛ける。
先ほどドラゴンロッドを両断した、振動ブレードを振りかぶり襲いかかる。
ぎんっ、と激突。
踏み込みと共に、膠着。
ばちばちと火花を散らしながら、クウガのタイタンソードと拮抗。
「クウゥゥガアアァァァァァッ!!」
金の角と、銀の角。
黒いマスクと、青いマスク。
紫の複眼と、赤の複眼。
2つのライダーの顔面が、刃越しに接近し合う。
ほとばしる火花に照らし出され、同じシルエットの顔が睨み合う。
「テメェはあたしがブッ倒すんだ! 一族の恨みつらみを晴らすためにもォッ!」
「一族……? 一体、何を言ってるの!?」
「知りてぇんなら教えてやる!」
ぎぃぃん、と間延びした音を鳴らす。
紫の大剣を薙ぎ払い、ノーヴェが強引に間合いを開く
青では敵わなかった一撃にも対応し、態勢を立て直す紫のクウガを前に。
「あたしはクウガが根絶やしにした、グロンギの血を引く末裔なんだよッ!!」
怒れるG3-Xは、刃を振るい絶叫した。
「グロンギ……!?」
その名には覚えがあった。
クウガに変身する者である以上、一度は耳にした名前だった。
故に僅かに動揺し、振りかぶられた一撃を、反撃もできずに回避する。
グロンギ――それはクウガの宿敵の名だ。
古代戦士と同じ超人への変身能力を持ちながら、しかし殺戮を楽しむ残忍性を有した戦闘民族。
目の前のノーヴェが言うとおり、かつてクウガと激しい争いを繰り広げ、結果絶滅したと伝えられている邪悪な部族。
クウガのベルトも、リントと呼ばれる古代人が、グロンギの脅威に対抗するために開発したものだという。
「霊石アマダムを加工する技術を発見した、ヌ・ガミオ・ダ……それがあたしのご先祖の名前だ」
ブレードの攻撃を繰り返しながら、ノーヴェの口が言葉を紡ぐ。
アマダムとはアークルの中枢に存在する、変身能力を司る霊石の名だ。
つまりはそのガミオなる者は、グロンギの、ひいてはクウガの生みの親にも当たることになる。
「確かにガミオの作ったアマダムは、大勢の人間を殺したさ。
……でも、奴は自分の過ちに気付いてた! 人殺しに走る同族を止めようとしてた、穏健派のリーダーだった!」
がきん、と金属の音が上がる。
再びタイタンソードと振動ブレードが、つばぜり合いの形を取る。
「でも奴は……クウガはそんなこともお構いなしに、ガミオの仲間まで皆殺しにしたんだっ!」
怒りと憎しみの乗せられた、殺意の獣の咆哮だ。
クワガタを模したであろうG3-Xの仮面が、獰猛なワーウルフに見えた気がした。
なんという禍々しい敵意か。
なんというおぞましい殺意か。
刃の先に見える戦士の背中から、どす黒い気配が溢れたかのように錯覚する。
人の怒りと憎しみは、これほどまでに強く鋭く、怖ろしいものになるまで膨れ上がるものなのか。
「だからあたしはテメェを倒す! この身体に流れるグロンギの血が、ガミオの魂が叫ぶんだよ――」
狼が叫ぶ。
憎しみに餓えた肉食獣が吼える。
炎を上げる刃の奥で、がちゃがちゃと機械の音が鳴り響く。
「――クウガを八つ裂きにしろってなぁッ!!!」
瞬間、スバルの腹部を衝撃が襲った。
先ほどのキックとは異なる、熱を帯びた痛覚だ。
轟と上がった爆音と共に、クウガは大きく態勢を崩される。
「しまっ――」
グレネード弾か何かでも食らったのか。
状況を理解した瞬間には、もう何もかもが遅かった。
「らああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
斬――と。
振り下ろされる、斬撃の一閃。
返す刃で放たれる、鋼鉄色のクロススラッシュ。
一瞬の隙を突いて叩き込まれた、荒々しくも正確な連続攻撃。
「うあぁぁぁぁっ!」
もはや防御力がどうこうの次元ではない。
ドラゴンロッドを切り裂く一撃を、無防備な身体に2連続でぶちこまれたのだ。
女の悲鳴を上げながら、紫のクウガが吹っ飛ばされる。
焼け焦げた地面を滑りながら、もんどりうってうつ伏せに倒れる。
もうもうと立ち込める土煙の中、意識すらも霧散するかのような心地だった。
「これで終わりだ、クウガァァァァッ!!」
怒りの声が迫ってくる。
がちゃがちゃとやかましい足音を立てながら、復讐の獣が駆けてくる。
振動音を上げるブレードは、このままでは確実に己が首を断ち切るだろう。
今ここで立ち上がらなければ、自分は間違いなく死ぬだろう。
それでも、無理だ。
身体が思うように動かせない。
ダメージを受けたこの身体では、鈍重な紫のクウガを起き上がらせるのに、時間がかかりすぎてしまう。
このままでは間に合わない。
確実に回避が遅れて死ぬ。
もはやここまでか。
これで何もかも終わりなのか。
ここで力尽きてしまうのか。
「くぅっ!?」
刹那、爆音。
怒れる狼の行軍が、しかし中途で中断される。
視線を持ち上げてみれば、そこにはもうもうと煙を上げるG3-X。
「そこまでよ!」
続いて彼方から響いてきたのは、聞き覚えのある相棒の声だ。
自分と同じ、仮面ライダーへと変身して戦うパートナー――ティアナ・ランスター。
足音は複数聞こえてきている。恐らく戦況を片づけた仲間達が、こちらの援護に来てくれたのだろう。
「クソがぁぁぁ……!」
憎悪と共に悪態をつくノーヴェ。
ライダーの遠距離攻撃を受け、頭部から黒煙をたなびかせるG3-Xは、完全に無防備な状態だ。
今ならやれる。
倒せずとも、反撃を仕掛けることができる。
全運動神経を四肢へと注ぎ、痛む身体を全力で支えた。
もてる運動能力の速度を、現状からの復帰に投じた。
「そこだあぁぁっ!」
紫の刃を両手に構え。
裂帛の気合を両腕に込め。
雄叫びと共に、ソードを一閃。
立ち上がる勢いを加速力に乗せ、巨人の大剣を薙ぎ払う。
「ガ、ぁああああああああっ!」
袈裟斬りに放った一撃は、過たずG3-Xの胴体を捉えた。
マスク越しの苦悶の声と共に、引き裂かれた装甲がスパークを上げる。
切り裂かれた断面から内部メカが顔を出し、断線したケーブルがばちばちと悲鳴を上げる。
今度は自身が不意討ちを食らう形となったノーヴェが、胸元を押さえ身悶えた。
「くそっ、4対1はさすがに危険か……」
苦々しげに漏らしながら、彼方から駆け寄るティアナ達を一瞥。
忌々しげに毒づきながら、よろめく身体をバイクへと向ける。
暗闇にスパークを光らせながら、シートへと腰を預けると、再びスバルの方へと首を向けた。
「覚えとけよ……今度会う時は、絶対にテメェをぶちのめしてやるからなッ!」
捨て台詞と共に、アクセルをかけた。
ぶぉん、と鳴るエンジン音と共に、赤いライトが点灯する。
黒煙と赤光を伴いながら、ノーヴェを乗せた白いバイクは、程なくして闇の奥へと消えていった。
「スバル!」
「スバルさん!」
そしてそれを、タイタンソードを杖代わりにしながら見送ったスバルの元へ、仲間達が駆け寄ってくる。
戦いは終わった。今度こそ、クウガの姿のままでいる理由はなくなった。
変身を解除し、バリアジャケットを展開する以前から身に纏っていた、管理局の制服姿へと戻る。
剣の支えを失ったスバルは、そのままその場へと座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「今、回復魔法をかけますから」
額の嫌な汗を拭いながら、回復を申し出た少女――キャロ・ル・ルシエへと頷く。
やがて身体を満たしていく、穏やかで温かな魔力の感触。
五体に蓄積されたダメージが、少しずつ遠のいていくのを感じた。
「ティア」
ぽつり、と声を漏らす。
傍らに感じたティアナの気配へと。
同じく変身を解除していたらしい、オレンジ色のツインテールの少女へと。
「あの娘、クウガに一族を殺されたって言ってた。グロンギを殺したクウガを、絶対に許さない……って」
あの顔が思い浮かぶ。
赤毛と金の瞳が脳裏に浮かぶ。
戦闘機人の少女、ノーヴェ。
仮面ライダーG3-Xへと変身し、仮面ライダークウガの命を狙う者。
グロンギの血を引いた存在――恐らくは、グロンギの末裔である人間の遺伝子をサンプルに、生み出されたのであろう存在。
仲間を根絶やしにしたクウガを憎み、この命を奪い復讐を果たそうとした者。
「……そう」
返ってきたのは、クールな声。
顔色を変えこそしたものの、それ以上は何も言わなかった。
半端な慰めが無意味であることを、分かってくれていたのかもしれない。
「クウガは人を守る力だって……泣いてる人を、笑顔にするための力だって信じてたんだけど……」
伝説の古代戦士クウガ。
かつてリントの民を守るために生まれ、邪悪なグロンギと戦った勇者。
冗談も誇張もなく、まさにテレビのヒーローのような存在であったクウガを、少なからず尊敬していた。
かつての彼のように戦えたらと、憧れを抱いてすらもいた。
だが、その勇者の魂が、それほどに高尚なものではなかったとしたら。
分かり合えたかもしれない相手すらも、その手にかけていたのだとしたら。
「……そのクウガも……誰かを、泣かせてたのかな……」
弱々しい囁きだった。
普段の明朗快活さも、クウガとしても勇猛さも、微塵も残されてはいない。
今ここに座り込んでいるのは、身も心も打ちのめされた、無力な少女でしかなかった。
燻り燃え尽きかけた戦場の炎は、彼女の写し身のようにも見えた。
新暦75年、9月19日。
この日、一連のガジェットドローン事件の首謀者――ジェイル・スカリエッティによる、最終作戦が展開された。
狂気の科学者が目覚めさせたものは、古代ベルカ最大最強のロストロギア・聖王のゆりかご。
かつて古の王族を乗せた巨大戦艦は、今まさに1人の次元犯罪者の手に渡り、ミッドチルダの地上を蹂躙しようとしていた。
「はははははははははっ!」
そしてここ、クラナガン。
ミッドチルダの首都たるこの街は、今まさに戦場と化していた。
飛び交う魔力弾とレーザー砲。互いに凌ぎを削り合う、武装局員とガジェット達。
血と硝煙の臭いが鼻腔を満たし、視界は戦火に覆われる。
その市街地の中心で、2人のライダーシステムの担い手が、激戦を繰り広げていた。
「どうした、まだこんなもんじゃねぇだろ!?」
その片割れのライダーを前に、スバルの変身するクウガが、跪くように片膝をついていた。
ぜぇぜぇと息の上がった身体に、何とかして喝を入れ直す。
勝ち誇ったように笑うノーヴェの姿を、真紅の複眼で見定める。
眼前に立ちはだかる戦士は、いつものG3-Xではなかった。
青い鎧と赤い目のライダーは、今この戦場にはいない。
彼女の纏う鎧は漆黒。その複眼を彩るのは青。
右手にはG3-X時代のものと、同じデザインの銃を構え。
左の肩に預けたのは、凶悪な四連ロケットランチャー。
寒色系のカラーで統一された、より冷徹な印象を与える、新たな仮面ライダーだ。
G4――僅かにスマートになった装甲には、そう刻み込まれていた。
(強すぎる……)
金色の古代文字の浮かんだ両手で構えながら、思考する。
見た目のごつさは薄れたが、その戦闘能力は以前とは段違い。
激戦を繰り返す中、新たに身に付けた強化変身――稲妻を伴う金色の力を行使しても、正直ついて行くのがやっとだ。
攻撃力もスピードも、今まで以上に強化されている。
それだけならまだいい。その程度のパワーアップなら、強化されたクウガも負けていない。
以前のG3-Xとの戦いは、金の力に覚醒したことで、逆に相手を圧倒したくらいなのだから。
それ以上に恐ろしいのは、その異常なまでの反応速度だ。
4フォーム全ての攻撃を試したが、その全てがことごとく返されてしまう。
戦闘機人であっても実現不可能なまでの反射で、ことごとく返り討ちにされてしまうのだ。
「ほら、もっと来いよ! さっさと立ってかかってこいよ!」
がちゃ、とサブマシンガンを構える。
闇色の仮面ライダーG4の銃身が、轟音を上げて凶弾を吐き出す。
「くっ!」
飛び退り、回避。
魔人に追い立てられるようにして、迫りくる弾丸を振り切っていく。
だだだだだっ、と巻き起こる粉塵が、クウガを追うように線を成した。
このまま逃げているわけにはいかない。
踵を返し、敵へと正対。殺到する鉛弾の切れ目を見極め、大地を蹴って肉迫する。
可能なら青のクウガに変身しておきたかった。
その非力さでG4にダメージを与えられるか否かはともかくとして、
どうせ敵の懐へと飛び込むのなら、やはり狙いを定められにくいよう、トップスピードで突っ込みたかった。
しかし、生憎とそうはいかない。この敵の猛攻を前にしては、呑気にフォームチェンジをしている暇などない。
故に赤の姿のまま、黒い機械鎧の死角へと回り。
青い瞳と目を合わせる前に、赤い拳を叩き込む。
「遅いんだよぉっ!」
が、それも駄目。
拳を構えるよりも早く、敵の身体は旋回していた。
拳を当てるよりも早く、敵の手刀にさばかれていた。
いつサブマシンガンを放り捨てたのか。
そもそもいつこちらの速度に追いついたのか。
それらの疑問の答えも出ぬままに。
「ぐぅっ!」
痛烈な右ストレートをボディに食らった。
軽くたじろいだ装甲目がけて、追い打ちのキックが叩き込まれる。
本格的に揺らいだ身体へと、遂にロケット弾が斉射される。
ばしゅう、と大気を切り裂く音も。
ごぅ、と糸を引くバーニア煙も。
「ぁあああああああああっ!!」
ほとんど一瞬しか知覚できずに、五感を爆発に支配される。
視覚は爆炎に覆い尽くされ、聴覚は爆音に塗り潰され、嗅覚は爆煙に満たされ、触覚は爆風に吹き飛ばされ。
そしてアスファルトを転がりながら、味覚で血の味を味わった。
洒落にならない大ダメージだ。金の力に目覚めていなければ、即死していたかもしれない。
一発30t分の破壊力を、立て続けに4連続でぶつけられた。
ライダーシステムの防御力をもってしても、正直生きていることが不思議なほどだ。
その証拠に、灰色の大地に倒れた身体が、まるで鉛のように重い。
楔で縫いつけられたような心地だった。
少しでも身体を起こそうとすれば、限界を超えた肉と骨が悲鳴を上げ、引き裂けるような痛みを覚える。
その度に激痛で意識が吹き飛びそうになり、その度に激痛で意識を揺り起こされた。
我を保つことも手離すこともかなわず、朦朧とし続ける生き地獄だ。
「どうやら決まっちまったようだなぁ」
がちゃり、と足音を響かせて。
がちゃり、と鎧の繋ぎ目を鳴かせて。
「積年の因縁がこれで終わりってのは名残惜しいが、そっちが限界だってのなら仕方ねぇ」
黒き鋼を纏った魔人が、獰猛な嘲笑と共に詰め寄ってくる。
見上げる黒と青の影は、さながら神話に語り継がれるサタン。
人も世界も神ですらも、地獄の業火で焼き尽くす悪魔の相だ。
「どうせ無駄なんだからじたばたすんなよ。最期くらいは、ひと思いに死なせてやっからよ」
ああ、確かに無駄かもしれない。
この身体を支える足は、路傍の棒きれのように動かない。
真紅の小手に彩られた腕は、今や血の赤に染まってしまった。
微塵ほどの力を入れただけで、五体の骨格フレームが軋むようだ。
一分ほどの力を込めただけで、全身がバラバラに引き裂けそうだ。
もはや何もできないのかもしれない。
何もかも投げ捨て攻撃を受け、そのまま楽になった方がましかもしれない。
「まだ……まだだっ……」
それでも。
だとしても。
「それでも、あたしは……負けるわけには……いかないん、だ……っ」
ここで立ち止まるわけにはいかない。
まだ終わりにするわけにはいかない。
確かに無駄かもしれないが、それもまだ確定ではないのだ。
この身に力が残されている限り、何もできないわけではないかもしれないのだ。
1パーセントでも望みがあるのなら、全力でその望みに手を伸ばしてみせる。
いいや0.1パーセントでも、0.01パーセントでも、この際0パーセントであったとしても知ったことか。
「ここであたしが諦めたら……また、誰かが傷つくことになる……」
この身が引き裂けようとも構わない。
この戦いを乗り越えた瞬間に、身体がバラバラになろうと構いはしない。
軋むフレームがへし折れようと、全身の血が残らず噴き出そうと。
冷たいアスファルトの大地に両手を突き、渾身の力を込めて立ち上がる。
生まれたての小鹿のような、弱々しく震える頼りない足でも、必死に大地を掴んでみせる。
「ティアにも、ギン姉にも……誰にも涙を流させないためにも……みんなが笑顔でいられる世界を守るためにもっ……!」
思い浮かぶのは数々の顔。
この攻防戦のさなかに分断され、今なおどこかで戦っている相棒。
地上本部での戦闘で重傷を負い、病院のベッドで眠りについている最愛の姉。
これまで共に戦ってきた仲間達と、この地で暮らしていた名も顔も知らぬ人々。
ここで自分が諦めたら、それらは残らず消え去ってしまう。
この鋼の悪魔は殺戮を呼ぶ。
今ここで倒しておかなければ、この漆黒のライダーは、大勢の人間の命を奪うだろう。
大勢の人間が命を落とし、大勢の人間が傷つけられ、大勢の人間が涙を流す。
「あたしは……立ち止まるわけにはいかないんだっ!!」
そんなことはさせるものか。
これ以上、誰の涙も流させてたまるものか。
体のいい偽善なのかもしれない。
戦うために生まれたこの身体も、分かり合えた者さえも手にかけたクウガの力も、決して上等なものではないのかもしれない。
それでも、構いはしない。
今はそれでも構わない。
たとえ偽善であったとしても、それを振りかざさなければ、守れない命があるのなら。
どんな罵倒も雑言も、全てこの身体に受け止めてやる。
どんなに傷を受けようとも、最期まで戦い抜いてやる。
それが管理局員の――そして英雄クウガの使命。
そしてあの日恩師に誓った、人々のためにありたいと願った、スバル・ナカジマのプライドだ。
「まだ言いやがるか……!」
戦闘機人の声が揺れる。
ノーヴェの声が怒りに震える。
ナンバーの刻み込まれた両肩が、わなわなと憤怒と憎悪に揺らぐ。
「この偽善野郎がァァァッ!!」
激昂の咆哮。
びりびりと鼓膜を揺さぶる叫びと共に、黒鋼の拳を振りかぶった。
渾身の力が込められた右手を、今まさに打ち出さんとした。
ひとたび放たれようものなら、間違いなく顔面に直撃するだろう。
現状でこの距離まで詰め寄られれば、どうやっても回避は間に合わない。
振り上がる拳。
装甲の下で躍動する筋肉。
反射的に目をつぶり、身を強張らせた瞬間。
「――やめろおぉぉぉぉぉっ!」
戦場に割って入る、声があった。
ぴた、と漆黒の拳が止まる。
青い複眼が横へと逸れる。
スバルもまた閉じようとした瞳を開き、声の方へと首を向ける。
「チンク、姉……」
G4のマスクから漏れた名前が、声の主の正体を示していた。
小学生ほどの小柄な身体を、灰色のコートに包んだ少女。
ノーヴェと同じ金色の目に、腰まで届かんばかりの銀の長髪。
そしてその瞳の片方がない、眼帯が特徴的な戦闘機人。
ナンバーⅤ・チンク――地上本部でギンガを傷つけられた激情に任せ、金の力で傷つけてしまった娘だ。
「もうやめるんだ、ノーヴェ……お前はそいつを殺してはいけない……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、ビルに寄りかかる姿勢のチンクが言う。
やはり一週間前の戦闘のダメージは、まだ抜けきっていなかったらしい。
額は純白の包帯に覆われ、左腕はギプスで固定されて吊られていた。
ここまでやって来るのにも、相当苦労したようだ。
「何でだよ、チンク姉っ! こいつはガミオ達の仇なんだぞ!? チンク姉をボロボロにしたんだぞ!?」
訳が分からないといった様子で、ノーヴェが喚いた。
それはスバルにとっても同じだ。
自分と彼女らは間違いなく敵・味方の関係で、クウガは彼女の先祖を殺し、自身もチンクを痛めつけている。
そんな相手を殺してはならない理由など、まるで見当もつかなかった。
「……お前の遺伝子モデルになった人間は、グロンギの末裔なんかじゃなかった」
そして。
それこそが、チンクの突きつけた理由だった。
「え……?」
空気が凍る。
周囲の大気が張り詰める。
戦火は緩やかに温度を失い、傷の痛みも彼方へと消えていく。
ましてや渦中のノーヴェなどは、そんなか細い声を絞り出すのが精いっぱいで、状況を理解する余裕など、全くなかったようにさえ見えた。
「お前のモデルになっていたのは、タイプゼロと同じクイント・ナカジマ……正真正銘、ただの人間だったんだ」
そして今度は、スバルも驚愕する番だ。
クイント・ナカジマ――8年前に命を落とした、彼女とギンガの姉妹の母親である。
生まれた研究施設から自分達を救い出し、親代わりになって育ててくれた女性だ。
そしてそんな自分達が、彼女の遺伝子から作られていたと知ったのは、ごく最近のことだった。
「そ……そんな……じゃあ、こいつは……!?」
仮定は覆される。
事実が突き付けられる。
これまで信じられていた相関図は一瞬にして破綻し、構築式が新たにすり替わる。
それが真実であるとするなら。
今までの認識が間違いであるとするなら。
クウガとノーヴェの因縁は、最初から一切存在することなく。
彼女とスバルは、互いに同じ母体からコピーされた、遺伝子の姉妹になるということではないか。
「頼む……姉を慕ってくれたお前が、実の姉を殺すなんてことをしないでくれ……」
血を吐くような願いだった。
心の底からの懇願だった。
傷ついた身体に鞭打って、絞り出されたその声が、この小柄な姉の望む全てを、一切の過不足なく表していた。
返ってきたのは、沈黙。
一言も返事を発することなく、構えを解いたG4が沈黙する。
何を思っているのは分からない。しかしその背に浮かんでいたどす黒い殺意は、今や微塵も残されていなかった。
三者の呼吸の音すらも、耳に届くほどの静寂だ。
天地を満たす戦の音も、今は耳に届かない。
どれほどの時間が経ったのだろう。
一瞬と言われればそうかもしれないし、一時間と言われればそうかもしれない。
時間間隔すらも曖昧になりそうな、凍てついた沈黙を破ったのは、ノーヴェの操る端末の音。
ぴ、ぴ、ぴ、とコンソールを叩けば、空間投影型のモニターが出現。
「見てるんだろ、ドクター……今の話、本当か?」
《そう、残念ながら本当のことだ。まさかチンクに突き止められるとは、思ってもみなかったがね》
ああ本当に残念だよ、と半ばおどけた声を上げるのは、画面の向こうに立つ男。
紫のセミロングと金の瞳は、この事件を起こした狂気の科学者――ジェイル・スカリエッティその人だ。
「なら、どこまで嘘だった? ガミオとその仲間達は……」
《ガミオに同調するグロンギなどいるはずもないだろう? クウガが手を出すまでもなく、彼は同族の手で粛清されたよ》
その時点から間違っていた。
全てはスカリエッティによって改竄された、誤った歴史に過ぎなかった。
争いを危惧したガミオは孤立したまま、仲間の手で命を絶たれていたのだ。
そして古代の英雄もまた、罪なき者を殺してはいなかったのだ。
「……何で、そんな嘘を吹き込んだ?」
《機動六課を見渡してみたら、そこに同じ遺伝子を持ったタイプゼロがいて、あまりにも希望に満ちたいい顔をしていたのでね。
希望と絶望、善意と憎悪……どちらの感情が相手を凌駕するのか、是非とも試してみたくなったからだよ》
全ての誤解はここに解かれた。
スバルとノーヴェがいがみ合い、殺し合う理由は消失した。
だのに、一体何故なのだろう。
こんなに胸糞が悪くなるのは。
きっとそんなふざけた動機を、至って大真面目な顔で語る、あの狂った犯罪者のせいに違いない。
「……そうか……ッ」
そしてそれはきっと、ノーヴェもまた同じだったのだろう。
歯噛みするような呟きを最後に、G4は通信回線を切った。
虚空に表示されたモニターは、スイッチ一つで姿を消した。
またしても、沈黙が訪れる。
言葉を発することもなく、かける言葉も見つからない。
それも無理からぬところだ。同じどころか、彼女の受けた衝撃は、スバル以上と断言してよかった。
この短い時間のやり取りの中で、この戦闘機人の少女のアイデンティティは、あっという間に破壊されてしまったのだ。
そしてそれら彼女を彼女たらしめていたものも、腐った男の糞のような動機で植えつけられた、ただの幻に過ぎなかった。
クウガに抱いた憎しみも。
同胞達を悼む心も。
何もかもを否定され、何もかもを失った。
仮面ライダーG4は、今やがらんどうの鎧だった。
「……タイプゼロ」
ぽつり、と。
不意に、ノーヴェが呟く。
「悪かったな。あたしの勝手な勘違いで、変なことに巻き込んで……ひどいことまで言っちまって」
淡々と言葉を紡ぎながら、指先でベルトのバックルを弄る。
ぴ、ぴ、と音を鳴らしがら、表面のボタンを入力していく。
それからしばらくした後に、ぴー、と長い電子音が鳴った。
「それで、最後に1つだけ、わがままを聞いてくれるなら……このままあたしと、最後まで戦ってほしいんだ」
顔を上げて。
青の瞳を正面から向けて。
ようやく力を取り戻したノーヴェの声が、最初に発した要求だった。
「なっ……ノーヴェ!?」
「AIシステムは解除した。これで余計な小細工はなしだ……お互い、純粋に自分の力だけで、やり合える」
驚くチンクの様子を尻目に、彼女は言葉を続けていく。
そのAIシステムなるものは、恐らく相手の行動を予測する機能か何かだったのだろう。
機械の補助があったとあれば、あの異常なまでの反応速度にも納得がいく。
そしてそれがオフになったということは、もうその反射も終わりだということだ。
「だから、頼む」
断わってはいけないような気がした。
普段なら間違いなく断っていたであろう、暴力での解決という結論を、しかし認めようとしていた自分がいた。
きっと彼女の発する声音が、これまでに聞いたことがないものだったからなのだろう。
怒りに震えていた雄叫びとも違う。
憎しみに濁っていた嘲笑とも違う。
今まで聞いたことがないほどに、どこまでも真っすぐで、一途で、澄んでいて、純粋な力のこもった声だった。
このノーヴェという名の赤毛の少女の声を、初めて耳にしたような気がした。
「……うん、分かった」
この申し出を断れば、きっとノーヴェは傷つくだろう。
そしてそれを断れば、きっと自分自身も後悔する。
本当は暴力を振るいたくなんてなかった。
争いごとを嫌うスバルは、本来ならこんな結末を望むはずもなかった。
それでも、これはノーヴェの願いだ。
最後になってようやく聞くことのできた、ノーヴェ自身の導き出した本当の想いだ。
であれば、何故断ることができる。
彼女がただ1つ見つけ出した、自らが笑顔で納得できるための結論を、どうして無下にすることができる。
「なら、行くぞ」
目の前のG4が構えを取った。
クウガもそれに応じて構えた。
互いにファイティングポーズを取り、赤と青の視線が交錯する。
「!」
戦いが始まるまでに、それほど時間はかからなかった。
どちらからというでもなく、どちらともが駆け出した。
仮面ライダークウガと、仮面ライダーG4。
語り継がれる英雄の鎧と、英雄を模した現代の鎧。
程なくして間合いはゼロとなり、互いの拳が繰り出される。
乾いた音を上げながら、クロスカウンターの要領で、互いの顔面に命中する。
そこからは、無言の殴り合いだ。
ほとんど声らしい声を上げることなく、静かに互いを殴り続ける。
時折キックが繰り出され、時折手刀や頭突きが混ざる。
これまで展開されてきた対決に比べると、あまりにものろく静かな戦いだった。
ギリギリまで痛めつけられたクウガは、ダメージのせいでほとんどろくに動けない。
一方的にクウガを嬲り、自身はほとんど無傷のはずのG4もまた、のろのろと攻撃を繰り出していく。
あっさりと始まった戦いは、あっさりと続き。
「たあぁっ!」
そして、あっさりと終わりを告げた。
赤き戦士が足を上げる。
金の力の発現に伴い、脚力を強化する黄金の装甲・マイティアンクレットを纏った右足が、烈火と稲妻の回し蹴りを放つ。
それが回避されるほど、素早い戦いぶりではなかった。
至極当たり前のように、キックはG4の胸元を捉えた。
「かッ、は……」
刹那、爆裂。
灼熱の炎と黄金の雷が、爆発力となって鎧を砕く。
胸部装甲とヘルメットが、熱と衝撃で粉々に打ち砕かれた。
よろめく身体。倒れる肢体。
全身の筋肉が断ち切れたような、明らかに危険な力の抜け方だ。
「ノーヴェッ!」
叫びと共に、手を伸ばす。
紅蓮の小手の両腕が、半壊したG4の身体を抱き支える。
手加減はしたはずだった。
いかに赤のクウガの必殺技に、金の力まで付与したといえど、死ぬほどのダメージは与えていないはずだった。
しかし、その手に抱えられたノーヴェの身体の何としたこと。
出血と痣の広がる胸元は、まともな肌色を保っている部分の方が少ない。
明らかに、手心を加えたキックで負ったダメージではない。
「これが……G4に変身する、ってことだ……
確実に勝つために、常に無茶な要求をする……AIに振り回された結果が……このざまだったってことさ……」
消え入るようなノーヴェの声も、まるで蚊の羽音のようだ。
思えば最初の一合目から、何かがおかしいとは感じていた。
行動予測プログラム――AIシステムをオフにした後の彼女の動きは、異様なまでに遅く、弱々しかった。
全くの無傷のはずのG4が、満身創痍のクウガと、ほとんど同じ程度の戦闘能力しか発揮できなかったのだ。
何度となく戦ったからこそ分かる。
いくら補助がなくなったとはいえ、ノーヴェ自身の身体能力は、そんな程度では断じてない。
故に何かがおかしいと、戦いながら疑念を抱いていたが、なるほどこういうことだったのか。
要するにG4のAIとは、コンピューターが導き出した戦術を、強引に装着者に実行させるもの。
あまりにも高い――それこそ人の身は愚か、戦闘機人にすら実現不可能なまでの能力を引き出そうとした結果が、
人体の限界を超え、ライダーの鎧自体が装着者を傷つけた、この有様だった。
「どうせ、お前を倒したとしても……長生きが望めるような身体じゃ、なくなってた……
……クウガに……復讐、できたなら……それでもいいかと思ってたんだが……その復讐も……意味、なくなっちまったからな……」
「もういい……もういいよ! それ以上喋ったら、ホントに危ないよ!」
無駄に体力を消耗させるわけにはいかない。
言葉の一言一言ですら、生き死にに直結しかねない重体だ。
こんなボロボロになりながらも、この腕の中に横たわる少女は、戦い続けていたというのか。
こんなにも弱々しく脆い少女が、しかしそれを悟らせることなく、確固たる意志を見せていたというのか。
であれば、底知れない精神力だ。
それが復讐であったにせよ、また別の何かであったにせよ。
「それで……死ぬまでに何がしたいか、って考えた時……お前を……超えたい、って、思ったんだ……」
スバルの制止にも耳を貸さず、ノーヴェは言葉を紡いでいく。
一声一声を発する度に、瞳から力が抜けていく。
それでも、言葉にすることをやめなかったのは、己の終わりが近いことを自覚していたが故だったのだろうか。
「あたしは、何回挑んでも……結局、お前に勝てなかった……
クウガへの復讐、とは……また、別のところで……あたしは……確かに、お前よりも強くなりたいって、思ってた……
お前の強さは……ある意味、あたしの憧れで……それを、乗り越えたい、って気持ちは……きっと……本物だと、思ったんだ……」
真実、そうだったのだろう。
ただクウガに復讐するだけなら、実力で打ち勝つ必要などなかった。
クウガよりも強くなりたいと願う気持ちは、最初から重要ではないはずだった。
なればこそ、彼女の抱いた向上心は、ジェイル・スカリエッティの刷り込んだものではなく、彼女自身が見つけて選んだ本当の想いだ。
殺すためだけの戦いではなく、超えるための戦いに挑んだのも。
AIのスイッチを切り、自らの力で戦うことを選んだのも。
全ては誰かに与えられた幻ではなく、ノーヴェ自身が手に入れた、本当の願いに他ならなかった。
「結局……負けちまった、けど……割と……満足、できたよ……」
「ノーヴェ……ッ!」
真紅の複眼を拭うように。
漆黒の仮面に、右手を伸ばす。
もはやそこには憎しみなどなかった。
誰かの欲望を満たすために与えられた、偽りの憎悪は霧散していた。
そこにあるのは、勝者と敗者。
自らが殺めた者に涙する勝者と、自らより優れた者に敬意を示す敗者。
ふ、と。
赤毛の下の口元が緩む。
金色の瞳が細くなる。
「ありがとな――――――姉ちゃん」
それきり戦闘機人の少女の身体は、ぱたりと動かなくなった。
右手は力なく垂れ下がり、五体は見る間に冷たくなった。
最期に笑顔を浮かべて逝った妹を抱き、姉は膝をついて嗚咽を上げた。
頭の中で、絶えずアークルが叫んでいる。
瞳の奥に浮かぶビジョンが、絶え間なく警告を促している。
地上本部戦の時――チンクを殴り倒した時にも垣間見た、怖ろしくもおぞましき魔物の姿だ。
仮面ライダークウガ。
邪悪なグロンギを祓うべく、そのグロンギの技術で生み出された戦士。
その手で闇を断ち切るために、光の心で振る闇の剣。
しかしそのクウガにも、闇を糧とする力がある。
本来正義のために戦うクウガが、憎しみに心を堕とすことで、初めて変身できる姿がある。
流水の青の戦士よりも素早く。
疾風の緑の戦士よりも鋭い感覚を持ち。
大地の紫の戦士よりも頑強で。
烈火の赤の戦士よりも、強く雄々しき最強のフォーム。
稲妻を操り全てを倒す、凄まじき戦士の名を持つ黒のクウガ。
しかし、そのクウガ最強の姿は、同時に禁断の姿でもあった。
一度その姿になってしまえば、心は未来永劫憎しみに囚われ、二度と理性を取り戻すことはない。
凶暴な憎悪の心に支配され、誰かれ構わず殺して喰らう、戦うだけの兵器へと変わってしまう。
故にクウガ最後のフォームは、決して変身してはならない姿だった。
闇に呑まれ怪物の仲間入りをしないためにも、クウガに変身する者は、常に心に光を宿して戦わなければならなかった。
それでも、この身は力を望んでいる。
だとしても、更なる力が欲しいと叫んでいる。
このボロボロの身体では、もうこれ以上戦えない。
こんなところで立ち止まっていては、みんなの笑顔を守れない。
大切な人々を守るためなら、禁断の力にだって手を伸ばす。
人々の涙を見なくて済むのなら、自分が闇に堕ちたって構わない。
この胸に燃え盛る怒りと憎しみを、心ごと全て捧げることも怖くない。
ただ泣いているだけではいられないのだ。
涙を流させないために戦うのなら、その自身が涙を流していてはいけないのだ。
仮面の下に涙を隠し、戦わなければならないのだ。
何を憎む。
この戦いだ。
異端の科学者が巻き起こし、大勢の人々を傷つけ苦しめた、この無惨で醜い戦争だ。
この手の中で眠る妹の人生を粉々に破壊し、挙句死にまで追いやった戦争だ。
怒りが必要なら捧げよう。
憎しみが必要なら捧げよう。
その代わり、この手には勝利をもたらせ。
このおぞましくも悲しき戦争を、絶対にその力で終わらせてみせろ。
そのためならば、この身も命も惜しくない。
この憎しみを糧に。
この悲しみを糧に。
このスバル・ナカジマを生贄にして。
この悲劇の連鎖を終わらせる力を――究極の力を見せてみろ、アマダム!
「うおおあああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッッッッッ!!!」
聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士、雷の如く出で、太陽は闇に葬られん――
伝説の古代戦士クウガの禁じ手――四本の角を持った凄まじき戦士。
漆黒一色に染まった鎧には、血管のような意匠が浮かび、四肢からは剣呑な棘が伸びる。
これまでの英雄然としたフォームと異なり、まさに悪鬼羅刹と形容するのが相応しい禍々しきシルエットは、
明らかに他とは一線を画した、異質にして異様にして異常な姿だった。
そして銀髪の戦闘機人・チンクは、傍らでその戦いの一部始終を見ていた。
全ての力を解放し、全身是戦闘兵器と化したクウガの戦いぶりは、まさに苛烈の一言に尽きた。
否、それは戦いですらなかったのかもしれない。
それは圧倒的な個人による、ただただ一方的な虐殺。
漆黒の腕が振るわれる度、何機ものガジェットが叩き潰された。
漆黒の足が繰り出される度、何機ものガジェットが火を噴いた。
その手のひらからほとばしるプラズマの炎は、一瞬で20機ものガジェットを焼き尽くした。
戦火とオイルを撒き散らし、怒号を上げる凄まじき戦士は、しかしそれでも、他の局員を巻き込むことは決してしなかった。
時折震える赤い瞳は、内側から湧き起こり、人格の全てを塗り潰さんばかりの破壊衝動を、懸命に抑え込んでいるようにも見えた。
それほどまでに荒々しく、おぞましき戦いぶりを見せつけられながら、
しかしチンクの胸に浮かんだ念は、恐怖でも嫌悪でも、ましてや安堵や崇敬ですらもなかった。
きっと彼女だけでなく、その場に居合わせていた全ての局員が、同じ想いを抱いていたのではないだろうか。
その感情を言葉にするのなら――それはきっと、憐れみだったのだろう。
この狂おしくも悲しき魔神に。
鬼神の仮面で顔を隠しながら、しかし隠しきれない悲しみを、鼻声混じりの咆哮に滲ませる少女に。
やがて、嵐のごとき黒のクウガの猛攻も止まる。
ボロボロになったその身体に、40機分の一斉射撃を受けたことで、傷ついたアークルを破壊されて。
自らの手足で築き上げた、オイルと自らの血で赤く染まった、ジャンクの山の頂で。
赤き瞳の究極の戦士は、静かに活動を停止する。
この10分足らずの戦いの中で、管理局側からの死者は、ただの1人も出ることはなかった。
そしてスバルただ1人の手によって破壊されたガジェットの数は、総計200機を超えていた。
それからしばらくの後、聖王のゆりかごは、ミッドの成層圏にてその身を砕かれる。
切り札を破壊されたスカリエッティは身柄を拘束され、この前代未聞のテロリズムは、管理局側の勝利で幕を閉じた。
そしてこの日を境に、傷ついたスバル・ナカジマと仮面ライダークウガは、向こう約1年間、歴史の表舞台から姿を消した。
1人の少女がいた。
オレンジ色の髪をした、小学生ほどの容姿の少女は、古代文明の王族だった。
幼い子供のような少女は、しかし古のベルカの地を席巻した、ガレアの冥王の名を持つ兵器だった。
『見つけた』
そしてその冥王に、今まさに迫り来る影がある。
『貴方をずっと探していました』
『貴方なしで、我らの進軍は成り立ちません』
『導いてください。我らを、我らの戦場へ』
それらは一様に同じ姿をし、一様に同じ声をした兵士達だった。
全員が同じ服装を纏い。
全員が同じ背丈をし。
全員が同じバイザーをしていた。
全く同じような声が、集団のあちこちから響き渡り、薄暗い地下道の中で反響する。
まるでホラー映画に登場するような、魂なき人形の軍団だ。
「もういいんです……!」
震える声で、冥王が叫ぶ。
どうしようもない嘆きと悲しみを、その声音に滲ませるようにして。
冥府の炎王と呼ばれた少女は、屍から兵隊を生む力を持って生まれた。
今や映画の世界でしか見られないような、ゾンビの軍団を生成し、ベルカの大地を荒らして回った。
その冥王の力の下に生まれたのが、今まさに目の前に立つマリアージュ達だ。
「進軍なんてしなくていい……もう私達は、戦場に出てはいけないの……!」
できることなら、二度と目覚めたくはなかった。
ベルカ崩壊と共に眠りについたまま、永遠に歴史の表舞台に上がることなく、静かに朽ちていきたかった。
全てを支配する力を渇望した結果、生まれたのは焦土となった古の故郷だ。
あんな過ちは、もう繰り返してはならないのに。
これ以上、嘆きと悲しみで大地を汚してはならないのに。
生きながらにして死を振りまくこの身なんて、この世に蘇ってはならなかったというのに。
「……やっぱり、どうあっても戦うしかないんですね」
そしてその少女の傍らに、もう1人の女性がいた。
年齢は10代後半といったところか。
未だあどけなさを残したボーイッシュな容姿を、白を基調とした戦闘服に包んだ女だった。
丈の短いジーンズから露出した足や、引き裂けた長袖から覗く腕には、ところどころに痛ましい傷痕が刻まれている。
万全の状態とは、決して言い難い。
「え? あ、はい。私には、この子達に命令する機能は……って、貴方、まさか!?」
少女が詰め寄ろうとした時、足元に淡い光が浮かぶ。
近代ベルカ式の三角魔法陣が、空色の光輝で暗闇を照らす。
瞬間、少女の身体を覆ったのは、ドーム状の保護バリアだ。
バリアジャケットを身に纏った女は、時空管理局の魔導師だった。
「そこでじっとしててください。まだ話の途中だったんだから、いなくなっちゃ駄目ですよ?」
少女の目線に合わせるようにして、軽く屈んだ女が言う。
短く切りそろえられた青い髪と、額に締められた白い鉢巻きが揺れる。
「駄目です、防災士長! その身体ではあの子達には……!」
そのまま送り出すわけにはいかなかった。
じっとしていろと言われるままに、馬鹿正直にじっとしてはいられなかった。
彼女は自分に出会うまでに、かなり無理をしたようだ。
戦闘服には血が滲んでいるし、あるいは、どこか骨折さえしているかもしれない。
彼女は自身を、兵器として生まれた戦闘機人だと言った。
しかしいかに生物兵器であるとはいえ、手負いで戦って無事に済むほど、マリアージュ達は非力ではないのだ。
「だーいじょうぶですよ」
それでも。
それを聞いてなお。
青い髪をした女は、にっこりと笑顔を作ってみせた。
新緑のごときエメラルドの瞳に、にこやかな笑みを浮かべていた。
「言ったでしょう? イクスはあたしが守るって」
その言葉と共に、立ち上がる。
腰の部分から光を放ち、そのまま少女に背中を向ける。
きゅいん、きゅいんと音が鳴った。
稲妻が闇の中を駆け抜けた。
純白のバリアジャケットが姿を消し、現れたのは漆黒の皮膚。
胴体と両肩と両腕を、少しずつ黒い装甲が覆っていく。
両足に黄金のアンクレットが装着され、鎧が彫金に彩られていく。
最後にその頭さえも、漆黒のマスクに覆われる。
肩越しに振り返った顔には、クワガタ虫のような黄金の二本角。
照明のない闇の中で、角の下の大きな複眼が、爛々と赤く煌いていた。
「だから、あたしは絶対に負けません。勝って約束を守ってみせます」
ぐ、と突き出されたのは、サムズアップ。
少女からもよく見えるようにして、右腕を横に持ち上がる。
その先で握られた拳の中で、ぴんと親指だけが立っていた。
どんなに傷だらけだとしても。
異形の姿へ変わり果てたとしても。
何の根拠もなかったけれど、その黒と金色の背中を、少女は不思議と、頼もしいと感じていた。
「だって、あたしは――」
自分1人のために戦えるほど、私は度胸がある方じゃない。
あんなに悲しい思いをするのも、再びあの闇に堕ちるのも、本当はどこかで怖れている。
だけど、私は自分だけのために戦うわけじゃない。
この手に握り締めた力は、誰かを守るための力。
悲しみの涙を拭うためなら、私は戦うことができる。
誰かの笑顔が見られるのなら、私は怖れず戦える。
それが支えになってくれるなら、もう闇に堕ちることもない。
だって。
だって、私は――
「――――――クウガだから!」
スバル・ナカジマは戦う。
戦士クウガとなって、戦い続ける。
今日も、そして明日も。
戦いのない日が来ることを信じて――
to be continued next EPISODE...