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プロローグ


まるで万華鏡の様な、ありとあらゆる色が混じり合った極彩色の空間。
その空間に存在するは巨大な異形。まるで天使を思わせるような、しかし同時に醜悪な歪さも感じる姿。
それに対峙するのは一人の男。白銀の頭髪に、頬には紅の紋様。頭髪と同じく白銀の衣装に身を包み、その手には金色の刃が備わった一対の銃。
男はまるで瞑想するかのように目を閉じ、沈黙している。

「俺が、The Worldに刻んできた想いの全てを…」

右腕を引き、固く拳を握り。静かに力を込める。
目を見開き、異形を睨む。その目には力強い光。

「この一撃に!!」

そして跳躍。データで構成されたハニカム構造の足場を蹴り付け、異形へと飛び込む。
目指すは異形の胸のコア。まるで目玉の様に見えるコアに向かい、男は飛翔する。
両者の距離が限りなく近づいた時、男は右腕を突き出した。銃の刃を抉り込ませるよう、全身全霊の力を持って叩き込む。
激しく火花が飛び散り。空間に小さな太陽が生まれた。
一見すれば、刃はコアに直撃しているかのように見える。しかし、実際は違う。
コアからほんの数cmの位置に展開する、ハニカム構造の障壁。それが辛うじて刃を防いでいた。
全力の攻撃と全力の防御。互いの力が拮抗する。

「「いっけえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」

男の魂の叫び。叫んだのは一人だけのはずだった。
まるで二人の男が叫んだかのように聞こえる咆哮。咆哮が空間を震わせ、刃が数mm障壁に食い込む。
そして遂に―――拮抗が破れた。
障壁の中央に幾つもの小さな亀裂が生まれ、それらが繋がり皹となる。皹は押し込まれる刃によって更に大きくなる。
全身全霊の力を受け、刃が障壁を突き破った。半透明のハニカムが砕け散り、まるでダイヤモンドダストの様に煌めく。
壁を打ち破った刃がコアを抉る。深々と先端が突き刺さり、抉られた箇所から放射線状に皹が生まれ、隙間から光が溢れだす。
男は異形のコアを蹴り付け距離を取り。再び足場へと降り立つ。男が見つめる中、異形は徐々に崩壊が始まっていた。
決定打となったコアの傷から全身へと、まるで石化するように灰色に染まり始めた。まるで異形を蝕むかのように、色はじわじわと広がってゆく。
異形が灰一色に染まりきり、完全な石像と化した。
根元から崩壊の音色を奏でながら、石像は徐々に砕けてゆく。
下半身を失い、顔の下半分を失い。遂に全てが砕けきった。
男は深い溜め息を一つ付き、両腕を力なく垂らす。世界を賭けた戦いは終わりを告げた。
















夕焼けに染まった世界に、一つの教会があった。
石造りの教会の外には同じく石造りの橋、その先には青い球体を持つ金色の台座がある。そして教会の中に一人の男。
ステンドグラス越しに中を照らす、柔らかい夕日を浴びながら彼は立っていた。
白銀の髪と白銀の衣装を着た男。名前はハセヲ。
世界を崩壊の危機から救った英雄だった。しかし、ハセヲが世界を救った事実を知るものは殆んどいない。
事実はこの世界―――オンラインゲーム『The World R:2』を管理する会社、CC社が事実を隠蔽したからだ。
真実の暴露を恐れたCC社は、事件の全てをある一人の男に擦り付けた。
しかし擦り付けはすぐに見破られ、現在CC社は猛烈な批判を浴びている。

「世界を救った英雄、か…」

誰もいない教会でハセヲは呟く。この事件の真実を知っているのはハセヲの仲間達のみ。

「目立つのは柄じゃねえし…」

苦笑しながら今までの思い出を振り返る。
始めてこの世界に踏み込みPKされあの男と出会った。
そのまま男が長を務める旅団に入り、宛てもなく訳のわからない物を探し回った日々。
親しかった女性がPKされ、更にリアルのプレイヤーも意識不明に陥り復讐に身をやつした時もあった。
PCを初期化され途方にくれた矢先、自分を初心者と勘違いし今のギルドに誘ってくれた二人。
自分のPCボディに特別な力が有ることを教えてくれた三人。
PKされ、意識不明になったが見事に復活してくれた仲間。
心の闇を取り払い、更に親しくなった少女。
そして最愛の妹の為に自分に試練を課した男。
思い返せば本当に沢山の仲間と出会った。
教会の奥にある台座に刻まれた、三角形によく似た傷を眺めながら、ハセヲは思いに耽っていた。
しばらくしてハセヲは出入口向かってに歩きだす。途中、一度だけ台座の傷痕を見る為に振り返る。
傷痕はさっきと変わらずに確かにそこにあった。再び歩き出そうとしたその時、

―――ポーン

「!」

聞き慣れた音が聞こえた。
水を叩いたかのような澄んだ音。確かに聞こえた。
もう一度振り返る。
傷痕が赤く光だしていた。傷口から赤光が溢れ赤い教会内を更に赤く染める。光は徐々に強さを増していく。

「傷痕(サイン)が…」

次の瞬間、光は一気に明るさを増し、部屋中を赤光で満たした。
1秒にも満たない時間の間、その瞬間にハセヲの意識は闇に消え、記憶が途切れる。
光の波が引いた後、聖堂から一人の人物が消えていた。


















意識が戻ってくる。上手く働かない頭を無理やり覚醒させ、思考をクリアにする。
ブラックアウトしていた視界が徐々に明瞭になり、景色が見えてきた。

「何時の間にフィールドに…」

目に飛び込んできた景色は、鬱蒼とした森。木が所狭しと生い茂り、出口が見えない。
空を見上げれば、満月がハセヲを見下ろしている。
飛ばされた際に地面に豪快に擦り付けたのだろう、ズキズキと痛む頬を擦り。どの方向に進むべきか思案する。
と、そこで自分の身に起きている、不自然な点に気が付いた。

「痛い…?」

擦っていた手を頬から離し、自分の目の前に手を持ってくる。試しに拳を作ったり広げてみると、手を動かしている感覚が五感にはっきりと伝わってくる。
次いで何気なく足元に生えている草を引き千切る。ブチブチと音を立てながら草はあっけなく千切られた。
その草を鼻に近づけ、匂いを嗅いでみる。鼻孔をくすぐる青臭い匂い、まぎれもない本物の草の匂いがする。

「AIDAサーバー…にしちゃあリアルすぎる…」

以前も似たような事態を体験したことはあったが、その時は一時的にゲームからログアウト出来なくなっただけであった。しかし、今回は話が違う。
造り物でしかないPCボディの痛みを実際に感じ。ポリゴンにテクスチャを貼り付けただけの物から匂いがする。明らかに今回の事態はおかしい。
一体何が起きているのか? 少しだけ思案してみるが、自分一人で考えた所で答えが出てくるはずがない。
溜め息をついて、満月が浮かぶ方角へと歩み出した。
ほんの数分歩いて、直に視界が開けてくる。樹木の間に緑色の平原が見え隠れし、森の出口が近いことを知らせる。
自然と早歩きになり、遂に森を抜け出した。
閉鎖的な空間から抜け出せたせいか、大した距離でもないのにドッと疲れが圧し掛かってくる。
疲れを取ろうとその場で伸びをし、顔が自然と上を向いた。そして、同時に見えた景色に絶句する。

「…え?」

紅い双眸には、それぞれ二つの満月が写っていた。どちらも月の静かな美しさを湛えており。これがグラフィックなら相当な技術だろう。グラフィックなら。
平原を一陣の風が駆け抜け、ハセヲの銀髪を揺らす。その風に吹かれた瞬間に確かに感じる冷たさ。
先程の痛みと言い、草の匂いと言い。次から次へと起こる異常事態。
ハセヲの脳裏に、最も有り得ないであろう可能性が肯定される。

「ここは…リアルなのか?」

突き付けられた事実に思考が停止。口を半開きにし、目は見開いたまま月を映し。呆然とする。
と、耳が異音を拾った。
何かが弾けるような、ぶつかり合う音。硬い物同士がぶつかり合い、甲高い音を奏でる。
リズミカルに、時に乱雑に奏でられる音。距離は差ほど遠くはないだろう。
自然と、ハセヲの足はそちらへと向かっていた。







小高い丘を一つ越えると、音の発生源が見えてきた。
数十機はあろう楕円形の機械。それが鉢巻を巻いた青い髪の少女。ツインテールに結ったオレンジの髪の少女を取り囲んでいる。
二人の少女の顔に浮かぶのは焦燥。よく見ると額に玉の様な汗が幾つか浮かんでいる。呼吸も肩でしており、既に疲弊しているのは明らかだった。
周りには粉々に砕かれたもの、中心を撃ち抜かれたもの等。幾つもの破壊された機械が転がっており、燻って煙を上げていた。
ハセヲの両手が自然と腰に動き。突如、光が生まれる。光を切り裂きながら現れたのは、歪な刃を持った禍々しい漆黒の双剣。
次の瞬間、ハセヲは空高く跳躍。獲物を見つけた隼の如く眼下を見据えていた。

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最終更新:2010年05月14日 21:39