「――変身っ!!」
始まりは、彼女からだった。
赤い炎のような鎧を身に纏い、古代の戦士と同じ姿をした異形。
彼女はその力を持って敵を討ち、人々の"笑顔"を守るために戦った。
"笑顔"を守るため。そのためならば、彼女はどんな痛みにも耐えた。どんな辛さにも耐えた。どんな悲しみにも耐えた。
――例え、自分が黒い憎しみに染まった凄まじき戦士になったとしても。
戦士、クウガ。その名を宿す彼女の名は、スバル・ナカジマ。
「変身!」
<<KAMEN RIDE DECADE>>
次に"変身"したのは、彼だった。
摩訶不思議なマゼンタの装甲。一〇年という歳月を背負った、時空を超える"破壊者"。
彼は最初はその力に怯え、手にすることに躊躇した。だが、愛する人が危機に陥ったと聞いて。力を手にして、討つべき敵へと立ち向かう。
かつて、その力は数多の同じ存在を破壊するものだった。しかし、今度の持ち主は違う。優しさを持った彼は、二度と力を同類の破壊に行使することはないだろう。
だからこそ、あの男は彼に託したのである。世界の破壊者の力、その名を。
"通りすがりの仮面ライダー"、ディケイド。その装着者に選ばれたのは、ユーノ・スクライア。
両者の出会いは果たして、偶然に寄るものだったのだろうか。
それとも、何者かがそれを望んだのか。
傍観者たちに、事実を知る術はどこにもない――。
彼がバイクの魅力に気付いたのは、割と最近のことだ。
例えば、コーナリングの際には体重を傾けて曲がる時。四輪車、普通の車であればただハンドルを回すところだが、二輪車となればそこに姿勢制御が加わる。
あえて悪い言い方をすれば、車でコーナーを曲がる際は非常にそっけない。運転していると言う感覚が、どうしても薄いのだ。それに比べて、バイクは自分自身の身体を駆使して曲がらなければならない。まさしく、バイクと自分が一体になったような感覚を味わえることが出来る。
他にも、全身が外気に晒されるので、天気がいい時などは吹き抜ける風がとてつもなく気持ちいい。屋根とガラスに囲まれた四輪車では、オープンカーにでもしない限り得られない爽快感だろう。
もちろんそれ以外に、「単純に機動性が良くて狭い道路でも行ける」だとか「税金や駐車場代が安い」だとか「好意を寄せてる幼馴染を後ろに乗せて、肌が密着する感覚が味
わえる」だとか、彼がバイクを気に入った理由は他にもある。だけども、やはり「一番の理由は?」と訊かれれば、先述した理由を話すだろう。
もっともひょっとしたら、最後に付け加えた理由を答えるかもしれないが。若くして無限書庫の司書長を務める身でも、やっぱり男であることは捨てられない。
――違う、そうじゃなくて。
ヘルメットを付けた頭をフルフルと振って、脳裏に浮かんだ邪念を払う。信号待ちの最中にふと、自分がバイクに乗るようになった経緯を思い出してみたが、思わぬところで邪な考えが浮かんでしまった。
赤信号が緑に変わるなり、彼はアクセルを回して勢いよく愛車を加速させた。それこそ、邪念を振り切るように。振り切るぜ!
ほんの一〇年前、住み慣れたミッドチルダを離れて九七管理外世界に行ったことがあるが、どこでも道路はそう変わらないものだった。アスファルトの大地をタイヤが力強く
蹴って、バイクはさらに加速していく。本気になれば最高時速三五〇キロを叩きだせるが、ぶっちぎりでスピード違反になってしまう。適度にアクセルは緩めて、頬を撫でる風の感触を楽しむことにした。
バイクの乗り手は、時としてライダーと呼ばれることがある。なるほどライダー、今の僕には二重の意味でピッタリだ。
ユーノ・スクライアは頬を緩めて、ドライブを楽しんでいた。幾多の次元世界を操る時空管理局のデータベース、無限書庫の司書長は、仕事ばかりで多忙な日々に楽しみを見出していた。バイクの運転がそれである。普段は裏方と言う仕事場であるため、どうにも外の空気が恋しくなるのだが、その点においてバイクは大変素晴らしい乗り物だった。
単なる交通手段としてだけでなく、一種のスポーツをやっているような気分。例え行き先がまた仕事の用件であっても、運転している間くらいはその事実を忘れられる。
再び赤信号。ブレーキをかけて、交差点で止まったユーノはふと、前を通り過ぎていく車のドライバーたちがみんな、チラチラと視線を送ってくることに気付いた。対象は自分、ではない。おそらくこのバイクだろう。
「無理もないか」
苦笑いと共に、グローブをはめた手で車体を撫でる。白と黒と、マゼンタを基調にした塗装。バイクに詳しくない者でも、これは普通のものとは違うと言うことがすぐ理解出
来る。そのくらい、愛車"マシンディケイダー"は交差点の中で存在感を際立たせていた。ライドブッカー、カードが収められていた銀の箱の中に眠るデータバンクにあったものをそのまま再現したので、彼の言う通り存在感を放つのは無理もないことである。何しろ、普通のバイクとは違う。これは、"仮面ライダー"のバイクなのだ。
ほんの数ヶ月前の出来事だった。古代の遺跡から奇妙な物が出土したと聞き、考古学者としての名も高かったユーノは現地に赴き、それを預かった。
白い大きなバックルに、銀の箱。それが世界の破壊者、"ディケイド"となるための道具であることに気付くのは、それらを手に入れてからほんの翌日。幼馴染にして好意を寄せる少女、管理局のエースオブエース、高町なのはに"大ショッカー"なる悪の秘密結社が襲い掛かった時である。
AMF、近年魔導師たちを悩ませている魔法の発生を阻害する兵器によって窮地に立たされる彼女を救うため、彼は意を決してディケイド、仮面ライダーとなった。
なのはと力を合わせて"大ショッカー"が繰り出してきた怪人、アポロガイストを撃破したユーノは以後、司書長として働きながらもディケイドとしての力を保持していた。
とは言え、ディケイドの力は未だに分かっていない部分も多い。彼は、自分自身を披験体としてその力を調べている。マシンディケイダーも、そうした調査の最中にデータとして残されていたものを発見し、技術部に依頼して再現されたものだった。
『第四区画で行動中の全陸士へ、緊急』
おや、と念話に飛び込んできた通信に耳を傾ける。
どうやらこの辺りの公共秩序の維持に当たる陸士部隊の本部から、緊急のオープンチャンネルで通信が飛び込んできたらしい。
所属も違えば仕事も違うユーノは聞く義務もなければ行動する義務もないのだが、ついなんとなく回線を閉じず、緊迫した様子で続く声を聞いていた。
『現在、隣接する区画より銀行強盗の乗った大型トレーラーがこちらに向かっている。陸士各隊員は、これより伝達するポイントに集合し、ただちに強盗の確保を――』
「……?」
何だか付近が騒がしい。クラックションの音が何度も鳴り響いたかと思えば、老若男女の悲鳴が聞こえる。続いて、立ち塞がる何かを片っ端から破壊しているようなとんでもない轟音の連発。周囲の人々も何事かと、不安げな視線をキョロキョロさせていた。
目の前の交差点で覆面をした、いかにもな強盗らしい二人組みが乗った大型トレーラーが、邪魔する者は蹴飛ばすような勢いで、突き進んでいったのはまさにその時である。
――アレ、だよね。うん、たぶん、きっとそうだ。
赤信号が、まるで暴走トレーラーが行き過ぎるのを待っていたかのように青になる。と言っても、進もうとする者は誰一人としていなかった。たった今、目の前を猛牛の如く突き進んでいく大型トレーラーを眼にしたばかり。誰だって巻き込まれたくはない。
ユーノは、と言うと――彼に関しては例外だった。アクセルにかけていた手に、力が入る。鋼鉄の騎馬が、唸り声を上げた。ドッと加速し、鋭利な刃物のように鋭く交差点を曲がってみせた。直線道路に入ったマシンディケイダーは、周囲の損害を顧みないで爆走を続けるトレーラーに追いすがる。
正義感、とは少し違う。ただ、放っておけば損害は拡大していくだろうし、何より自分自身が背負う"名"が彼を突き動かした。
ユーノが背負う"名"。それは、すなわち――
「どいたどいたどいたぁー!」
思考中断。空から少女の声らしきものが響いて、反射的に彼は振り返った。
――待てよ、"空"から? どうしてそんなとこから女の子の声がするのだ。
疑問に割りと早く、回答が来た。眼鏡越しの緑の瞳が捉えたのは、よりによって"歩道橋から下の道路目掛けてジャンプしてきた"バイクだった。乗り手のヘルメットから、わずかに紺色の髪がはみ出ている。ボーイッシュな服装に違わず、やることは凄まじく豪快だった。
ドンッ、と少女の駆るバイクは着地。間髪置かずにアクセルを回し、マシンディケイダーを無視する形で追い越し、逃げる銀行強盗たちに向けて突っ走る。
「こら待てー……っ!」
ドップラー効果の付いた声は、やはり少女のものだった。
ユーノはポカンと間抜けに口を開けていて――ハッと我に返り、再度アクセルを回した。
何だか知らないが、前を行く少女も目的は同じらしい。
世界の破壊者、ディケイド。いくつもの世界を巡り、その瞳は何を見る。
【LYLICAL RIDER WARS】
EPISODE:仮面ライダー×仮面ライダー ユーノディケイド&スバルクウガ
風を切って、大地を駆ける。アクセルを回せば愛馬、鋼鉄の騎馬は心臓を高鳴らせ、スピードに乗った己が身体をさらに強く、加速させていく。
まさしく暴風のような速さは、おそらく並みの乗り手では扱えまい。否、例え訓練されたオートレーサーであっても、その化け物じみた性能には手を焼くことだろう。
だと言うのに――フルフェイスのヘルメットを被る彼女が顔を見せたら、ほとんどの者は驚愕するに違いない。何しろ、彼女は一五歳の女の子なのだから。
大型トレーラーは、迫る影に気付いていない。相変わらず暴走を続け、道路を突き進んでいた。質量が桁違いだから、おそらくバリケードなども容易にぶち破ってしまう。
そうでなくとも、この荒くれ牛は先ほどから周囲の被害を一切顧みていない。停車していた無関係な車も、問答無用で蹴散らしながら進んでいた。放っておけば死人が出る。
だから、止めなければならない。今日は非番だったのだが、目の前で泣いてる人や悲しむ人が増えるのを黙って見過ごすほど、彼女は――スバル・ナカジマは、器用な生き方をしてこなかった。
もうちょい、とヘルメット越しに、少女の瞳がトレーラーの運転席を捉えた。
ハンドルを握る強盗犯が少し気紛れを起こせば、バイクのそれとは比較にならないほど大きなタイヤが容赦なく彼女を襲うだろう。いかにスーパーバイクと言えど、回避は困難。それでも、バイクは排気口からクリーンな空気を吹かしてトレーラーに接近する。
「こらー!」
風が唸りを上げ、運転席に座る二人の覆面の男たちは窓を閉め切っている。そのはずなのに、スバルの声は彼らを振り向かせた。
「スピード違反と信号無視、器物損壊にその他諸々! 今すぐ止まりなさい!」
拳を振り上げて警告するが、強盗犯はもちろん従う様子を見せない。ゲラゲラと下品な笑いを見せて、窓を開けた――ヌッと、黒光りする何かが出てきた。
反射的にか、本能的にか。ともかくも危険を察知したスバルはグッとブレーキをかけ、愛車をわずかに減速させる。直後、銃声と共に一メートルもない先のアスファルトの大地に降り注がれる弾丸の雨。ジャキッと機械音が鳴ると、覆面の男の片割れが窓から身を乗り出し、こちらを狙っていた。手には銃、確かショットガンとか言う奴だ。
マッハキャリバー! 咄嗟に、"相棒"の名を叫ぶ。
<<All lights Bady>>
相棒の反応は、素早かった。主の意図するところを察するや、詠唱の代行を行い、スバルの跨るバイクの正面に、文字通りの魔法の壁を展開させた。プロテクション、ミッドチルダの防御魔法としてはもっともポピュラーなもの。それゆえ、信頼性は高い。
強盗犯は構わず、銃の引き金を引いた。放たれた弾丸は幾多にも及び、生身の人間など挽肉にしてしまう代物。だが、防御魔法の壁がそれを防ぐ。光の膜の向こうで火花が舞い散り、覆面が露骨に舌打ちしてみせた。ポンプアクションを作動させて空の薬莢を弾き出し、さらに一撃、二撃、三撃。結果はそれでも変わらない。
「くそったれ、局の魔導師だ。弾が通じねぇ!」
「放っておけ、どうせ止めるのは無理だ」
攻撃が通用しないことを理解した強盗犯は車内に戻るが、ハンドルを握る片割れは余裕の表情を浮かべていた。あっちはバイク、こちらは大型トレーラー。スピードもガンガン出ているから、巨大な運動エネルギーを持ったこいつはどうやったって止められない。それもそうか、とショットガンを持つ覆面は納得し、再び窓の外に身を乗り出す。
何をするかと思えば――追いかけてくるスバルに向かって、舌を出した。いわゆる「アッカンベー」である。今時子供でもやらない。
ところが、彼女にはこれが屈辱であった。
「あ、この……馬鹿にしてぇ!」
頭に血が上る、とはこのことか。グイッとアクセルを回し、一旦落としたスピードを回復、やがて超越させる。
エンジン音が高鳴り、身体を叩く風の強さが増していく。大型トレーラーの時速は一〇〇キロを越えていたが、乗り手を馬鹿にされて悔しいのか鋼鉄の騎馬はそれすら難なく追い越してみせた。そこから先は、今から考える。
――考える暇が無かった。あっと、スバルは前に見えた交差点に、一人の子供が飛び出してきたのを目撃する。トレーラーは、無論止まる様子などない。
いけない、このままじゃ。間に合え! スピードを上げたバイクは、主の魂に同調するかのようにさらに加速。速度計の針が、一気に最高値へと到達した。
時速三〇〇キロ。この速度でも、トレーラーが交差点に突入するのにほんの数秒しか余裕は無い。子供はようやく、突っ込んでくる猛牛に気付いたが、きっと怖くて何も判断出来なくなったのだろう。立ちすくみ、怯えた瞳でただ迫る死の恐怖を待つしかない。
走り抜ける瞬間、何とか子供を掴んで――駄目だ、こっちは猛スピードだ。怪我をする恐れがある。
「……っこん、のぉ!」
交差点に入ったスバルは、車体を強引に右へと傾けた。ついでにブレーキもかけて、愛車を停止にかからせる。タイヤが地面と擦れ合い、摩擦熱で白い煙が上がっていく。
ギャ、ギャ、ギャッとタイヤが悲鳴を上げる。右足すらも停止のために大地に叩きつけるが、最高時速に達した車体がそう簡単に止まるはずもない。制動に全力を尽くす彼女に残された出来ることは、祈ることだけだった。間に合え。
間一髪、バイクは子供の前で止まることが出来た。アスファルトにはビッシリと急ブレーキの跡が残っているが、止まったと言う事実は揺るがない。
いや、それよりも。愛車から降りて、スバルはそれまで進んできた道路に眼をやった。大型トレーラーが、もうすぐそこまで迫っている。子供を抱えて逃げる――いや、間に合わない。ならば。
「マッハキャリバーッ」
相棒の名を、もう一度呟く。ただちに応答があって、女性的な電子音声が詠唱の代行、術式の展開を告げる。バリアジャケットの展開までは間に合わないが、賭けるしかない。
いよいよ、猛牛と化したトレーラーが突っ込んできた。赤いマントがあればヒラリと避けてみせるところだが――スバルが見せたのは、真っ向勝負の構え。
防御魔法を展開。青白い光の壁に向かって、巨大な質量を抱えた大型トレーラーは正面から体当たりをぶちかます。
ドンッと轟音。トレーラーは、止まらない。ハンドルを握る強盗犯たちも必死なのか、さらにアクセルを踏みつけてきた。突撃してきた猛牛が力を増したことで、わずかに少女の顔が歪んでしまう。
大地を踏みしめる足が、後退を始めてしまう。ジリジリと続く押し合いだが、このままではいずれ押し切られるだろう。
「お、おねえちゃん……」
助けた子供は、ようやく目の前の事実を認識したらしい。怖くて動けないのは相変わらずだが、トレーラーを止めるスバルを心配する程度には、判断力を取り戻している。だから、彼女は――ニッコリ笑って、子供に言った。
「大丈夫!」
決して、そんな余裕などないだろうに。それでもスバルは、笑ってみせた。その笑顔が、子供にとってどれだけ勇気に満ち溢れたものだったか。
そして、その笑顔に応えるように。思わぬ方向から、助けがやってくる。
「そのまま防御を続けて!」
えっ、とあまり聞き覚えのない声に反応。いつの間にか傍に来ていた眼鏡の青年、一見女性にも見えるが服装からして間違いなく異性の彼が、加勢に加わってくれた。ベルカ式の魔法陣の隣で、ミッドチルダ式の丸い魔法陣が展開される。二重の防壁、スバルは両腕にかかっていた負担が明らかに軽くなるのを感じた。
諦めの悪い強盗犯たちは、なおも壁を突き破ろうとする。猛牛が咆哮を上げようとして、ブスンッ、と間の抜けた音が響いた。見れば、エンジンルームから黒い煙が零れ出している。何事も、無理は禁物と言うことだ。でないとこうなる。
ブゥゥゥン、と。それまで暴走し続けていた大型トレーラーは、完全に停止した。運転席に座る二人の覆面男は、何も言わずに顔を見合わせ
「あ、逃げた!」
扉を開いて、華麗なまでの逃走。防御魔法の展開を止めたスバルはただちに追いかけようとして、突然肩を叩かれ呼び止められる。増援に加わってくれた、眼鏡の青年だった。
「追いかけるまでもないよ、あんな奴ら」
「でも」
「こんなこともあろうかと、設置型のバインドを仕掛けておいたんだ」
強盗犯たちが、停止したトレーラーの影の奥に姿を消す。途端に、ギョエーッと間抜けな悲鳴が上がった。ひょっこり顔を出して確認してみると、覆面男たちが緑色の魔法の縄に締め付けられて手足をジタバタさせつつ、動けないでいた。まるでゴキブリホイホイに引っかかったゴキブリである。
「ほら、ね」
ほとんど悪びれた様子も見せず、眼鏡の彼は笑ってみせた。
何者なのだろう、この人は。防御魔法の質はかなり高いもののようだったし、今しがたのバインドだって、相手が逃げる経路を予測して張っておいたのだろう。陸士かと思ったが、どうも雰囲気からして違う。もっと理知的な、例えば無限書庫なんかで働いてそうなイメージなのだが――。
疑問が脳裏をよぎったが、スバルはあえて無視した。それよりも先に、言うべきこと、やるべきことがあるだろう。
「ありがとう、助かりました。いい腕ですね」
グッ、と右手の親指を立てて、とびっきりの笑顔と共にサムズアップ。青年は一瞬だけ困惑したが、それでもやはり笑ってくれた。
お互い仮面ライダーであることなど、この時は当然知る由もない。
持て成された紅茶を、まずは一口。ティーパックを使っているとは聞いていたが、ほのかな甘みと紅茶独特の香りは喫茶店で生まれ育った彼女も唸ってしまうほどだった。決
して、安物などではないらしい。併せて出てきたケーキも、実家で母が作ってくれたものには及ばないにせよ、ついつい話の最中なのに手が出てしまった。もちろん、話し相手は付き合い一〇年の親友であるから、そんなことは気にしない。
モグモグ食べながら、しかし話の内容は決して持て成された紅茶のように甘いものではなかった。テーブルに広げられた資料も、文章に目を通せばケーキの味を楽しむどころではなくなってしまうだろう。
「……それで、犠牲者の状況は?」
実際、フォークを持つ手の動きを止めた彼女の表情は真剣そのものだった――高町なのは。管理局のエースオブエースにして、機動六課のスターズ分隊のリーダーを務める少女。瞳の先は、今回六課に舞い込んできた依頼の詳細を綴った資料を見つめている。
「詳しくはそこに書いてある通りやけど、いっぺんに言ってしまえば……人間業やない」
独特のイントネーションで、なのはの問いに答える彼女は八神はやて。機動六課の部隊長、トップに位置する少女であり、なのはとは一〇年以来の親友であった。階級上も職務の立場もはやての方が上なのだが、部下に示しを付かせる必要が無い時はこうして元通り友人同士に戻る訳だ。
もっとも、会話の内容は何度も言うように楽しいものではないのだが。六課に飛び込んできた依頼は、はっきり言えば血生臭いものなのだから。
事の始まりは二週間前。時空管理局のお膝元の次元世界、このミッドチルダの北部にて奇妙な遺跡が発見された。民間主導の調査チームがただちに現場へ向かったが、突如として連絡は途絶。確認に向かった者たちも同じように消息を絶ち、事件の可能性が懸念されるようになる。
そして、一週間ほど前。発見された遺跡より南にある村で、惨殺された住民の死体が複数発見された。当初は人間による犯行と思われたが、複数の目撃情報が捜査班を混乱に招く。
「怪物を見た」
「怪物たちは殺戮を明らかに楽しんでいた」
「怪物たちは、解読できない難解な言葉で会話していた」
「怪物は、この地に古代より伝わる殺人集団に酷似していた」
犠牲者の遺体を解剖した結果、おおよそ人間による力とは思えない深い傷や、これまで記録やサンプルの無い未知の毒素が次々と発見された。
ここに至り、捜査班は一つの結論に達するほかなかった。すなわち、発見された遺跡には、その"怪物たち"が潜んでいる。最初は調査チームや彼らを探しにやって来た者たちで満足していたが、やがて訪れる者が途絶えると、奴らはついに遺跡から出たに違いない。そうして、人殺しを楽しんでいるのだ。まるで、ゲームのように。
「まぁ、そこでうちら六課の出番ってとこやな」
「それは分かるけど……なんでうちが?」
親友からの問いかけに、はやては露骨に表情を崩した。これはきっと、本人としては意に沿わないことがあったのだろう。
案の定、彼女の口から語られたのは、今回の事件の調査依頼が六課に回ってきた経緯だった。
「フツーはその地方に駐屯しとる陸士部隊が担当するんやけどな……レジアスのおっさん、そんな余裕はないと」
あぁ、となのはは納得してしまった。
ミッドチルダの治安を預かるのは管理局の地上本部であるが、現在の総司令官レジアス・ゲイズ中将は、本局より地上に派遣されてきた機動六課を快く思っていない。ともすれば敵視さえしていた。精鋭の集中運用により戦略、戦術双方の面で機動力の取れた部隊を目指す六課は、図らずも地上と本局の派閥争いに巻き込まれた形となる。
とは言え、だからと言って見過ごしてしまっていいものではない。現実に犠牲者は出ているのだし、市民を守らずして何が時空管理局か。はやては依頼を受けて、現地に調査チームを送ることとなった。白羽の矢が立てられたのが、なのはと言うことになる。
「ごめんな。本当やったら、スターズもライトニングも両方出したいんやけど……フェイトちゃんは、今は執務官業務で手一杯やし」
「仕方ないよ。まだ六課も始まったばかりなんだし」
頭を下げるはやてではあるが、自身の部隊は本格的に稼動を始めてからまだまだ日が浅い。訓練計画一つにしたところで、各部署との調整や輸送手続きなどやらねばならないことが多い。ましてや実質は独立部隊である六課は、本来なら上級部隊が仲介してくれるところを全て自分たちで行う必要があった。それゆえ、人員もあまり出せない。調査に向かえるのはなのはと、バックアップにもう一人が限界だ。
「その一人なんだけど、もう目星は付けてるんだ」
「ほう。実はな、こっちも二人だけでは心細いかと思うて、助っ人を呼んだんや」
助っ人? 親友の言葉を聞いて、彼女は首を傾げた。
自分が目星を付けている子は、はっきり言ってかなり強い。はやての方も、なのはが今回誰を連れて行く者が誰なのかはもう大体分かっているだろう。その上で助っ人と言うのだから、当然それなりの力量を持った者であるに違いないが――
「遺跡に調査に行くんやったら、専門家がおらんとアカンやろ? とびっきりの人を呼んだで、なのはちゃんもよーく知ってる人や」
「私もよーく知ってる……?」
二ヒヒヒ、と意地悪な笑みを浮かべる目の前の狸は、答えを教えてくれそうに無かった。
一方、市街地にて。
「えへへ。おねーちゃん、ありがとうー」
「はーい、またねー」
陸士たちに連行されていく強盗犯とレッカー車に引っ張られていく大型トレーラーを尻目に、スバルは助けた子供からお礼と笑顔、それから別れの挨拶を交わしていた。母親らしい女性が最後にペコリと彼女にお辞儀して、子供を連れて帰っていく。
ユーノはと言うと、近くにあった公園にマシンディケイダーを止めて、ベンチに腰掛け一息ついていた。自販機で買った缶コーヒーをチビチビ飲みながら、視線は愛車の隣、スバルが乗っていたバイクに注ぐ。
市販のバイクとは、到底思えなかった。最高時速三〇〇キロも出す市販品などどこにある。彼女がチューンナップを施している可能性は確かにあるが、市販品の過度な改造は様々な法律で禁じられている。マシンディケイダーは復元に当たり、あらかじめ管理局から認可を受けたが、これはディケイドの能力を調べるためと言う正当な理由があった。
と言うか、このバイク――立ち上がって、歩み寄る。つい先ほどまで疾風の如く駆け抜けていた鉄の騎馬は、まだどこか熱を持っていた――見覚えがある。確か、途中で破棄されて参考資料とされた計画書のみが無限書庫に放り込まれた、高機動型バイク。本棚の整理の途中にパラッと見ただけなので確信はないが、形が良く似ている。
「すいませーん、お待たせしましたー」
直に触れて確認してみようとした手が、ピタッと止まった。振り返れば、子供を送り届けた件のバイクの乗り手が戻ってきていた。
スバルは――すでに名前は聞いていた。詳しい自己紹介はまだだが――出会ったばかりの彼が、自分の愛車に興味を持っているらしいことに気付く。「どうかしました?」と声をかけてきた。
「いや……変わったバイクだなって」
「あ、分かっちゃいます? そうそう、ちょっと普通のバイクじゃないんですよ。なんて言うか、マイ・スペシャル?」
そんなことは分かりきっている。普通のバイクでないことは、先ほどのカーチェイスでこの眼で確認済みだ。
カッコいいでしょう、と自慢げな微笑みと共に愛車の隣に立つ少女に、ふとユーノは疑問を投げかけてみた。
「なるほど、確かにカッコいいよね――でも、管理局が似たようなデザインのバイク作ってたような」
「ギクゥ!?」
分かりやすい反応するなぁ、この子。
露骨に動揺してみせたスバルを見て、確信した。このバイクは市販品などではない。かつて管理局が陸戦魔導師たちの機動力を向上させるために開発し、性能を求めるあまりピーキーな操作性を改善出来ず、試作機一機を残して破棄された高性能オートバイ"トライチェイサー"だろう。
一番の疑問は、どうしてそんな超レアな一品を彼女は持っているのか。管理局員だと言う話は聞いたが、もちろんトライチェイサーは一般局員が手に入れられるようなものではない。
「そ、そういえば、ユーノさんのバイクも、あんまり見ない感じですね。その、珍しいって言うか」
でもまあ、悪い子ではなさそうだし。誰だって、触れて欲しくないことの一つや二つあるだろう。
ユーノはあえて、スバルが苦し紛れに出した話題の変更に乗ってみた。マシンディケイダーに関しては、特に後ろめたい理由が一切ない。
「これ? そうそう、普通のバイクじゃないんだ。なんと言っても、"仮面ライダー"が乗るものだからね」
「仮面、ライダー……?」
嘘は言ってない。何しろ本当にそうなのだから。
"仮面ライダー"と言う単語は、ミッドチルダでは一種の都市伝説のような存在だった。
人ならざる者から、人を守るために自らもまた人ならざる者へと「変身」した者。人間離れしたスピードとパワーを持ち、彼らの多くは常人には到底扱えないスーパーマシンを駆って戦う。ユーノは、自分をそうだと自ら名乗った。
しばしの逡巡の後、プッ、と目の前の少女は突然笑い出した。
「アハハハ! なるほど、"仮面ライダー"ですか。それならしょうがないですよね、ハハハ……ッ」
「あー。その様子だと嘘だと思ってるね」
「そんなことありませんよ」
そうは言っても、スバルは笑い続けている。どうやら真に受けていないらしい。
本当なんだけどな、と小さく不満げな声を漏らす彼を見て、ようやく彼女は笑うのを止めた。と言っても、まだクスクスと肩を揺らして楽しそうにしていたが。
「ところで、ユーノさんはこれからどこに?」
「ん、あぁ――ちょっと仕事の依頼が入ってね。これからこの先にある機動六課って管理局の部隊にまでってアッー!?」
時刻を確認するなり、青年の悲鳴のような声が公園に木霊する。理由は単純明快、予定時刻をもう一時間も過ぎていた。
ワタワタと愛車に跨り、大急ぎでキーを回すユーノを、スバルが呼び止めた。
「あの、機動六課、ですよね?」
「そうだよ。あぁもう、参ったな。こんなに遅れちゃ絶対怒られるよ……」
「近道、教えましょうか?」
えぇ? と疑問の声。返答を聞くまでもなく、彼女は自分もトライチェイサーのキーを回していた。
唸るエンジン、吹き出されるクリーンな排気。グッ、とスバルは右手の親指を立ててみせる。
「あたし、機動六課の所属なんですよ」
ニッコリ笑って、サムズアップ。
どうやら彼女の笑顔は、自分だけでなく周囲の人も笑顔にさせる力を持っているらしい。気が付けば、ユーノも笑みを浮かべていた。
次回 【LYLICAL RIDER WARS】 EPISODE:仮面ライダー×仮面ライダー ユーノディケイド&スバルクウガ
「ユーノくん、"グロンギ"って?」
「古代の凶暴な戦闘種族さ。封印されていたはずなんだが……」
「あたしは――アイツらを、倒さなくちゃいけない」
「変身!」
「加勢しよう、変身!」
「……ッ、ディケイドォォォ!!」
「スバル、何を――!?」
全てを破壊し、全てを繋げ!
最終更新:2010年08月14日 22:39