仮面ライダーカブト×リリカルなのはStS クロス小ネタ集

仮面ライダーカブト×リリカルなのはStS クロス小ネタ集






その1 天道総司とティアナ・ランスター



トントントン、と。包丁が小気味よく、まな板の上で音を鳴らす。
切った野菜を沸かしたお湯の中に入れて、料理人は次の動作へ。冷蔵庫からメインディッシュとなる鯖を取り出し、手早く包装を開けて調理に入る。
手馴れているのだろう。厨房を行き来する彼の動きにはまったく躊躇が見られず、鮮やかとさえ言っていい。事実として、この料理人が作った品々は周囲の者の間では絶品と評されていた。

「おばあちゃんが言っていた」

出来上がった料理をテーブルの上に運び、彼は、天を指差し口を開く。

「病は飯から。食べるという字は、人が良くなると書く――ってな」
「はぁ……」

不敵、とでも言うのだろうか。この微笑は。
日常の何気ない行動一つにさえ、この料理人は自身の名の通り"天の道を往き、総てを司る"ことをモットーとしているようだった。
気の抜けた返事をして、料理の出来上がりを待っていたティアナ・ランスターは視線を下げた。青みがかかった翡翠色の瞳が捉えたのは、持参した鯖が調理されたと思しきもの。鯖の味噌煮、と言
う九七管理外世界のごく限られた地域で食べられる料理だ。

「それで、相談と聞いたが」

男は席について、食べろとティアナに促しながら、彼女が自分の元を訪ねてきた理由を問う。いきなり深刻そうな悩みを抱えた表情でやってきたので、彼――天道総司にとっても、気になるところ
ではあった。
頂きます、と箸を手に取った少女は、差し出された食事をまずは一口、口に入れる前にその訳を話す。曰く、自分に自信が持てないと言うことだった。

「今いる部隊――機動六課って言うんですけど。各部署でも相当レベルの高い人ばかりで編成された、独立部隊なんです」

みんな凄い人ばっかりで、と付け加えて、一旦言葉を中断。ミッドチルダで箸と言う文化はあまり根付いていないようだが、もともと手先は器用なのだろう。大して苦労もせず、ティアナは二本の
細い棒を駆使して味噌でコーディネイトされた鯖の一部を綺麗に切り取り、口に運ぶ――瞬間、少女の顔が驚きと言う文字で染まった。信じられないものを見るような目で、自分が口にした料理に
視線を注ぐ。
美味しい。今まで食べたどんな魚よりも、天道の作った鯖の味噌煮は味と言う観点において大きくリードしていた。噛み締める度に味噌の独特の甘さ、鯖の持つ旨みが絡み合って美しいハーモニー
を口の中で奏でる。頭の中で、知らないおじさんがこれまで食べた魚たちに「豚の餌ぁぁぁぁ!」とかなんとか言っていたが、ここは無視した。

「おおむね察しはついた。周囲に凄い人間が集まりすぎて、自分の存在価値が見えなくなっている。そうだな?」
「――まぁ、そんなとこです」

明らかに鯖の味噌煮を食べていい意味で驚いているのに、天道はニコリともせずに彼女の悩みを要約する。まるで、俺が作ったのだから美味いと感じるのは当然であるとでも言うように。
フムン、とわずかに間を置く。わずかに考えるような姿勢を見せた男は、しかし次の瞬間にはもう答えを用意していた。

「ティアナ。その鯖の味噌煮は美味いか?」
「え? えぇ、はい……今まで食べた魚料理よりずっと」
「その鯖はな、お前が持ってきたブランド物の鯖じゃない。俺が近所のスーパーで買ってきたものだ」

ティアナの表情が、再び驚きの表情に染まった。彼の手にかかれば、食材の質など大した問題ではないと言うことなのだろうか。
いつものように――本当にいつものことなのである。周囲で彼のこのポーズを知らぬ者はいない――右手を上げて、天道は人差し指を天に向けて、口を開く。

「おばあちゃんが言っていた。料理の味を決めるのは、下準備と手際のよさ――食材はいいに越したことはない。だが、真の料理人は食材を選ばない」

あとは分かるな、と。この天の道を往く男は、視線をもって相談を持ちかけてきた少女に問いかけた。
食材とは、すなわち自分自身の持つ素質のことだ。それをいかに料理するか、いかに鍛えるか、いかに努力するかで"味"が決まる。自身の素質を卑下することなく、まずは努力してみせよと。
つまり、とティアナは天道の言葉を自分なりにまとめ、確認するように結論を口にする。

「自信とは、自分を信じると書く――ですか?」
「ほう……いい答えだな。ならもう、悩みは解決だ」

感心の頷きを彼が見せたところで、少女は胸のうちに抱えていたモヤモヤした感覚が、綺麗さっぱり消えていくのを実感した。
自分を卑下しないこと。自分を信じること。料理の味を決めるのは、下準備と手際のよさであること。
よし、と胸のうちでティアナは静かなガッツポーズ。もう、悩むことはない。周囲がどれだけ凄かろうが、あたしはあたしを信じて努力するだけだ、と。
ちょうど、その時を待っていたかのように。視界の片隅に、ブンッと羽を揺らしながら迫る赤い影を彼女は見出す。一際目立つ大きな角、カブトゼクターだった。
カブトゼクターは、主人の目の前に現れると急かすように角を振ってみせた。ただ事ではない、何かが起きた。必死に彼はその事実を天道に知らせようとしていたのだ。

<<ティアナ、聞こえる!? 第一警戒態勢が発令、現場はそっちのすぐ近く! あたしも、加賀美さんとすぐに!>>
「スバル? ――ああ、了解」

飛び込んできた念話による通信が、さらに追い討ちをかける。ワームか、ガジェットか、とにかく世間を揺るがす事件が起きたには違いないのだろう。

「天道さん、ごめんなさい。あたし、行かなきゃ」
「俺も動く必要があるようだ。ワームから出前の注文らしい」

パシッと、天道は相棒を掴む。ティアナもカード状態で待機モードに入っているインテリジェントデバイス、クロスミラージュを持ち出し、二人は揃って部屋を出た。

「まずい飯屋と、悪が栄えた試しはない」
「それも、おばあちゃんの言葉ですか?」

ああ、そうだ。不敵な笑みを見せた男と視線を交わし、少女はクスッと笑う。同じく、自信に満ちた不敵な微笑み。
これから何度となく、進む道には障害が立ちはだかるだろう。だけども、天道もティアナも、決して諦めるつもりはなかった。
なんと言っても、彼らの進む道は――




天の道を往き、総てを司る!





その2 神代剣とシグナム



「はぁっ!」

気合と共に、愛剣を振り抜く。敵は銃弾ですら貫くことは叶わない硬い表皮を持つが、魔力付与によって切れ味の高まった刃先はそれすら切り裂いた。
身体を斜めに斬られたワーム、サナギ体と呼ばれる種類は、一匹ごとの耐久力は決して高くない。女剣士に鋭い斬撃を一太刀浴び、苦しそうに最後に一鳴き、虫のような声を上げて爆散。緑色の炎
が上がり、この世から完全に消滅する。
ワームの撃破に成功した女剣士ことベルカの騎士、シグナムの表情はしかし、決して勝利の美酒に酔いしれた様子はない。浮かれることなく、鋭い視線で次の戦いに備え、愛剣レヴァンティンを構
えて戦闘態勢を維持。周囲には依然としてワームが攻撃のチャンスを伺い、じっとこちらを睨んでいるのを見れば当然であろう。

「多いな」

別段、弱音を吐いたつもりはない。ただ、目の前に立ち塞がる虫の化け物どもを見据えて素直な感想を漏らしただけ。闘志の炎は、衰えてなどいなかった。
しかし、と。痺れを切らしたのか、ついに自ら攻撃に乗り出したワームを軽く刃先で払い除けながら、思考は回る。ざっと見ただけでも、サナギ体の数は一〇を超えていた。脱皮する様子はないか
ら倒すなら今のうちだが――全部をいちいち斬り伏せるのだとすれば、少々手間がかかる。あいにく非番で外出中での遭遇戦のため、カートリッジはあまり持っていないのだ。
いっそのこと、炎で一気に燃やし尽くすか。ちらりと脳裏を横切った思考に、彼女はいいや駄目だと否定の判断を下す。ここは市街地、下手な攻撃は周辺に被害を及ぼす可能性もあった。
仕方なく、通常の斬撃に少々の魔力付与を施した攻撃で対処する。ガムシャラに攻撃を仕掛けてくるワーム、一瞬の隙を突いてレヴァンティンを、槍のように突き出す。
ドンッと打撃にも似た振動が柄を握る手に伝わった。硬い表皮を刃先が強引に突き飛ばし、サナギ体は無様に大地を転がる。あとは、トドメの一撃を繰り出すのみ。
そのはずは、背後に降り注がれる奇妙な視線に気付くことで潰えた。新手か。しかし敵意は感じない。ならばいったい。

「高貴な振る舞いには、高貴な振る舞いで返せ」

――あの馬鹿者、逃げろと言ったはずだ!
思わず、シグナムは露骨に舌打ちしてしまった。ひょんなことで出会い、それから自分が騎士であることが知れるとやたらと付き纏うようになった、妙な男。
名前を確か、神代剣と言った。本人曰く、神に代わって剣を振るう男。その神代剣が、剣を片手に立っていた。
まさか戦うつもりか。しかし、どう見ても彼の姿は生身だった。高級そうなスーツ一枚で、ワームの攻撃を防ぐことなど出来る訳がない。

「我が友シ・グナーム! 今加勢するぞ――変身!」

何、だと。
女剣士の顔が、大きく歪む。彼女の視線の先には、サソリのような形をした機械、それを捉えて剣へと装着する青年の姿があった。
"変身"と、彼は言った。シグナムは、この言葉に聞き覚えがあった。確か、マスクドライダーシステムと呼ばれるワームに対抗し得る力を持った者たちが、その身を人から人ならざる者へと変化さ
せる呪文のような言葉。神代剣が、その呪文を唱えたのだ。

<<Henshin!>>

電子音によって合成された音声が響き、光が青年の身体を包んでいく。光を追うようにして現れた装甲がやがて身体を覆いつくし、彼は人ならざる者へと姿を変えた――仮面ライダーサソード、マ
スクドフォーム。
ワームたちは、新たに出現したライダーを敵と認識したようだ。シグナムの周囲を取り囲んでいたサナギ体の群れは目標を変更し、一斉に剣の元へと駆け出していく。袋叩きにするつもりか。
サソードは、動かない。ただ、得物であるサソードヤイバーに手を添えて、可動する部分をわずかに押し込んだ。直後、纏っていた装甲の各部が浮かび上がり、分離の様子を見せる。

「キャストオフ!」
<<cast off!>>

ウッとたまらず、シグナムは顔を左手で庇ってしまった。浮き上がった紫色の装甲は、分離は分離でも単に剥がれ落ちたのではない。身体から、一斉に弾き出されたのだ。近寄りつつあったワーム
は吹っ飛んできたサソードの一部だったものに殴り飛ばされ、何体かは直撃をもらってあえなくその場で爆散の憂き目にあう。

<<Change Scorpion!>>

――仮面ライダーサソード、ライダーフォーム。事実上の基本形態であり、脱皮によってより高い能力、よりおぞましい姿を得るワームと同じ構造を持ったマスクドライダーシステムの、真骨頂。
雑魚を弾き飛ばした剣は、刃を手にシグナムの元に駆け寄った。

「シ・グナーム、安心しろ。俺が加勢に来たからには、大船に乗ったつもりでな」
「泥船じゃないのかその船……と言うか、なんだその呼び方は」
「俺は名前を呼ぶことでも頂点に立つ男だ!」

訳が分からん。微妙に頭痛を覚えながら、それでもシグナムは戦闘態勢を維持。
何であれ、味方が増えたのはありがたいことだ。それに、同じ剣士と来ている。

「無様な真似をするなよ」
「案ずるな。俺は、剣の腕でも頂点に立つ男だ!」

二人の剣士の前に、虫の化け物がいかほどの力を発揮できようか。
おそらくは、なすすべなく殲滅されるに違いない。




天の道を往き、総てを司る!




その3 風間大介とユーノ・スクライア



街中で、待ち合わせの時間より早く着いてしまったユーノ。久しぶりの休日、それも幼馴染と一緒に出かけると言うことで気合が入りすぎたのかもしれない。
仕方なく、待ち合わせ場所であった公園のベンチに腰掛けて適当にのんびりしていると、不意に声をかけられた。誰だろうと思って振り返ると、見覚えのない青年が、やたらニコニコと笑みを浮か
べていた。傍らには、そんな彼の様子を見てまた始まった、と呆れた様子の女の子が一人。

「あの……何か?」
「いやぁ――失礼。あなたが美しいので、つい声をかけてしまいました」

あぁ、こういうのか。たまに来るんだよなぁ。
ユーノが苦笑いを浮かべるのは、もちろん理由があった。自分の容姿のせいだ。伸ばした色素の薄いサラサラの髪、女性と見紛うごときの整った顔立ち。服装は男のそれなのだが、それでもこうし
て女性と間違われて、たまに「お茶でもどう?」と男に声をかけられる。
いや、すいません。僕男なんで。もはや慣れてしまったため、いつものように彼は誤解を解こうとした。
だけども、誤算が一つあった訳で。

「あなたのように美しい女性がこの世に存在すること、そして僕があなたと出会ってしまったこと。これはまさしく、二度と起こらないような……えっと、その」
「奇跡」
「そうそう、それそれ」

相手がまったく話を聞かないことであった。言葉に詰まった青年は女の子にフォローを入れられ、ユーノの言葉に耳を貸さずしきりに頷いている。
いや、だから僕、男なんですってば。あくまでも誤解を解こうとしたが、やっぱり相手は聞く耳持つつもりはないらしい。
青年は、手にしていたギターケースを置き、開く。中にびっしり詰まっていたのはギター、ではなく様々な化粧水や、その道具の数々。

「見たところ、まったく化粧をされていないようですね。それほどの美貌を持っていれば、むしろ下手な化粧は泥を塗るも同然かもしれない――」
「あの、すいません。だから僕は」
「ですが、私の手にかかればそうはならない。より美しく、より素晴らしくして差し上げましょう! 風間流奥義――」


 ア ル テ ィ メ ッ ト  メ イ ク ア ッ プ !


何だこれ、と声を上げる暇もなかった。ただ、ユーノの眼には青年の甘いマスクが微笑を浮かべ、それがいくつもの分身となって化粧道具片手に自分に迫ってくる光景のみが映った。なんか、バラ
色の風景付きで。
恐怖は感じなかった。むしろ暖かくて、安らぎのようなものを感じた。頭の中で巨大隕石を押し返そうと緑色の光を放つ伝説の白きモビルスーツが浮かんだが、この際どうでもいいとしよう。
次の瞬間、ユーノは安らぎに満ちた微笑を浮かべながら意識を失った。



「ごめーん、ユーノくん待ったー?」

ハッと、幼馴染の声で彼は我に返る。どれほどの間、意識を失っていたのだろう? すでに、あの青年も女の子も視界内にはいなかった。
ともかくも声のした方向に振り返り、やぁなのは、と挨拶を交わす。久しぶりに再会した幼馴染は、今日も華やかな笑みを――あれ? なんでそんなに驚いてるの?

「――ご、ごめんなさい。人違いでしたっ」
「待った待った待ったぁ! なのは、僕だよ!?」

栗毛色の髪を揺らし、頭を下げて謝罪した彼女は踵を返し、逃げていく。その肩を引っつかんで、ユーノは人違いじゃないことを必死にアピールした。

「違うもん違うもん違うもん! ユーノくんはそりゃあ確かにパッと見女の子みたいだけど、そんな綺麗なお化粧なんかしないもん!」

しかし、当の彼女はぶんぶん首を振って自己の主張は間違ってないと言う。と言うか、お化粧?
どういうことだ、と首を捻り、公園の噴水に近付く。水面に映る自分の顔。いつものユーノ・スクライアに違いない――いや違う、誰だお前!?

「あ、あいつ。なんてことを――!」

自分自身もびっくりした。そのくらいユーノの顔は、なんというか、超絶美人になっていた。きめ細かい白い肌は輝いていて、唇を彩る赤い口紅が大人の色気を醸し出している。
あの男だ。あのアルティメットクウガ、じゃなくてアルティメットメイクアップだが、そんな奥義を喰らったからに違いない。
驚愕するユーノであったが、水面に浮かぶ美人を見て、ポツリと一言。

「……あ、でも、ちょっとありかも」

この後、なのはに色々誤解されてその誤解を解くのに大変な苦労をするのだが、それはまた別の話。




天の道を往き、総てを司る!




その4 加賀美新とスバル・ナカジマ




咄嗟にプットオンして、防御力に優れたマスクドフォームに戻ってみたが、無駄だった。
もろに喰らった衝撃は身体を何メートルも宙に浮かび上がらせ、今度は重力に引っ張られた。ドシンッと強く大きな衝撃が着地と同時にその身に襲い掛かり、蒼い装甲越しに彼を痛めつける。

「ガハッ――!?」
「加賀美さん!」

たまらず、悲鳴が仮面の奥にある口から漏れた。痛い。ヒヒイロノカネを加工して開発されたマスクドライダーシステムと言えど、ダメージの全てを軽減出来る訳ではない。そのことを、加賀美新
は身を持って思い知らされていた。それでも立ち上がろうとする彼の傍に、小柄な少女が大地を滑るようにして駆け寄ってきた。パートナーの、スバル・ナカジマの手を借りて、どうにか加賀美=
仮面ライダーガタックは、戦意を取り戻す。
ワームたちの大攻勢は、勢いを増していた。各地に出現した怪人たちを相手するのにはとても手が足らず、と言って戦わない訳にもいかず、加賀美とスバルは、たった二人で視界を埋め尽くす化け
物たちを相手する羽目に陥っていた。
今はひたすら、耐えること。他の区域で当面の敵を撃破した天道とティアナが、増援に向かってくれている。
とは言え、いつまで持つか――目の前に立ち塞がるワーム、サナギ体のような雑魚ではなく、どこかカブトガニのような風貌を持つ異形は、強敵と呼ぶほかない。戦いの神と評されるガタックが、
簡単に殴り飛ばされてしまったことが何よりの証明だろう。

「どうした、もう終わりかね!?」

異形、カッシスワームは人語を解し、彼らに挑発的な言動を取る。そして、あたかも攻撃して来いと言わんばかりに配下のサナギ体群に前進を中止し、防御の構えすら取っていない。
こいつ、と歯を噛み鳴らしたのはスバルだった。ぶんっと空気が唸りを上げるほどに拳、黒々としたリボルバーナックルを構え、攻撃態勢へ。舐められている。その怒りが、彼女の闘志に火を点け
たのだ。加賀美が「よせ!」と制止したにも関わらず、マッハキャリバーに加速を命じて突撃を敢行する。

「うぉおおおおお!」

少女らしからぬ咆哮。白い鉢巻をはためかせ、地を駆けるスバルは渾身の魔力をリボルバーナックルに込めた。相手が急接近してきたにも関わらず、がら空きのままのカッシスワームの胴体目掛け
て、己が拳を叩き込む。
ガキリッと、金属同士の衝突にも似た轟音が響く。舞い散る火花を見出して、彼女は自身の拳が寸前で止められていることに気付く――だったら! 攻撃の手は、決して緩めない。

「ディバイン――」

詠唱、術式展開。拳による鍔迫り合いの最中、少女の足元に浮かび上がるは三角形の近代ベルカ式魔法陣。同時に、火花飛び散る拳の先端に光が収束していく。

「バスタァァァ!」

収束した魔力を、一気に開放。難しく考える必要はなかった。溜め込んだ魔力を、ほとんど零距離でこの虫の化け物に叩きつけてやるのだ。
蒼い閃光が、カッシスワームに叩きつけられる。これまで何匹ものワームを、何機ものガジェットを葬ってきた一撃。耐え切れるはずが――否、あった。

「その程度、かぁぁぁ!!」
「!?」

あり得るのか、こんなことが。一瞬、スバルは目の前の出来事が知覚出来ずにいた。
叩き込んだはずの魔力が、乾坤一擲の一撃が、弾かれた。武器である刃と一体化した腕によって、蒼い閃光は大きくその方向を天へと逸らされてしまった。
唖然とする彼女の耳に、背後から声が届く。スバル、下がれ!
気付いた時には、もう手遅れだった。異形の振りかざした腕が、バリアジャケットに覆われた身体に向かって振り抜かれる。防御の構えは、間に合わない。石ころでも投げ捨てるように、小柄な少
女の身体は殴り飛ばされ、無様に地面を転がった。

「スバル! 畜生、こいつ――」

無駄かどうかは、この時の加賀美にとって問題ではなかった。仲間が、パートナーが吹き飛ばされた。怒り任せに肩部に搭載された砲身、ガタックバルカンを敵に向ける。
射撃開始。機関砲の如く絶え間ない光の弾丸の連射。降り注ぐ打撃は、しかしカッシスワームには何のダメージも与えられない。
鬱陶しいものを払うように、あるいは強者の余裕を見せ付けるように。放たれた弾丸のことごとくを、異形の腕は刃を振りかざして弾く、弾く、弾く。
くそ、と仮面の中で加賀美は吐き捨てた。攻撃力が、不足している。二人だけではどうにもならない。どうあっても、こいつを倒すには仲間たちの到着を待つしかない。

「安心したまえ、君たちの仲間など来ない」
「何だとっ」
「皆怖気づいて逃げ出したよ。人間の繋がりなど所詮、その程度だ」

何を馬鹿なことを。
言いかけて、言葉に詰まった。果たして、天道たちが増援に向かうと言う連絡があって、どれほどの時が経っただろうか。クロックアップを使わずとも、ここが戦場であると言う特殊な環境を除い
ても、もう到着していていい時間のはずなのだ。それなのに、彼らは――違う、あり得ない。
首を振って思考を殴り捨てた。駆け出し、スバルを助け起こす。

「ほら、スバル。しっかりしろ、まだ戦えるか」
「ゲホッ――はい、何とか!」

そうは言うが、咳き込んだ彼女の口からは赤いものが見えた。バリアジャケットの防御力など、ワームの攻撃力の前ではないよりはマシ程度だ。ダメージがあって然るべきだろう。加賀美も事情は
似たようなもので、身を守る蒼き鎧はもはやボロボロだった。失った体力は、精神力でカバーしているに過ぎない。
しかし、二人は怯まない。決して退こうとしない。傷を負った身体を奮い立たせて、構えを取る。

「――何故だ? 何故そこまで戦える?」

ワームの疑問は、もっともなところだろうか。はっきり言って、加賀美もスバルもこれ以上の戦闘続行は死に直結する。何故、自ら死にに行くような真似をするのか。きっと、外宇宙からやって来
た彼らには理解しがたいのだろう。

「お前が言った"その程度"の人間の繋がりは、もっと深いってことだ」

なぁ、と確認するように。仮面越しに、スバルを見た。泥と血で汚れ、しかしなお瞳から光を消さない少女は、にっこり笑って頷いた。

「教えてあげるよ。あたしたちは、絆で繋がってるんだ」

バシッと、リボルバーナックルに覆われた右手で左手の手のひらを叩くスバル。気合を入れ直して、まっすぐ、敵を見据える。

「理解出来んな……」

異形の発した言葉に、加賀美とスバル、両者が答えた。理解してもらうつもりもない、と。

「お前に」
「あたしたちの絆など」
『分かってたまるものかぁ!』

バチンッと機械音。加賀美の、装甲に覆われた指が腰部のガタックゼクターに伸びていた。閉じられていた二本の角がわずかに開かれ、ガタックを形成していた装甲が、浮かび上がる。
改めて、彼はパートナーを見た。視線に気付いた少女は、何も言わない。ただ、全てを理解したように頷き、一言だけ口を開く。行こう、加賀美さん。まっすぐに。

「キャストオフ!」
<<Cast off!>>

装甲が、弾き飛ばされる。防御を犠牲としても、マスクドフォームのはるか上を行く攻撃力と機動力を得るにはこれしかない。開かれていた大きな角が、頭部へと昇って固定される。

<<Change Stag Beetle!>>

仮面ライダーガタック、ライダーフォーム。
勝機はあるか、と聞かれれば。はっきり言って、少ないだろう。だが、皆無ではない。

「行くぞ、スバル!」
「はい、加賀美さん!」

いつだって、まっすぐに走る彼らに勝利の女神が微笑まない理由。
そんなもの、あるはずがなかった。





天の道を往き、総てを司る!

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最終更新:2010年11月21日 16:50