魔法少女リリカルなのはSAVERS第二話

開かれたゲート  襲来、恐竜デジモン!



「はぁ……もぅ、お腹一杯だぁ。食べられないよぉ……」
「……」

機動六課隊舎、食堂。
床にあおむけに寝そべるアグモンを見ながら、ヴィータはやや唖然としていた。
食べ過ぎて腹を風船のように膨らませて寝る、等と言う漫画等で使われる古典的な光景を実際に目にするなんて思わなかったからだ。
しかも、それが黄色い巨大なトカゲなのだから、かなり貴重な光景である。

「すげぇ美味かったけど……卵焼きがあればもっと良かったのに」
「よくこれだけ喰っといて文句言えるな!?」

テーブルの上、山積みになった皿を指さしながらヴィータが吠える。
総合的な量で言えば、普段から大食いである青髪の少女と赤い髪の少年には劣るが、それでもかなりの量を平らげている。
これだけ食べて文句を口にするとは、図々しいにもほどがある。

「……ところで、兄貴はどこ連れてかれたんだ?」

重たそうに体を起こし、床に座り込んだ状態でアグモンが問う。
今、食堂にいるのはヴィータとアグモンだけであった。
はやてとシグナムは、大を連れて何処かへと立ち去っている。

「あぁ、心配すんな。ちょっと色々聞かなきゃいけない事あるから別室で話してるだけだよ」
「ふぅん。それ、どれぐらいで終わるんだ?」
「さぁ? そんなに長くはなんねぇと思うけど……ぼちぼち終わる頃じゃねぇの」

壁の時計を見やれば、三人が食堂を出て十数分少々経っている。
何事もなければ、もうそろそろ話も終わっている頃だろう。

(しかしまぁ、随分と変わったなぁ)

アグモンを見ながら、ヴィータの脳裏に浮かぶのはあの巨大な竜人であった。
あの姿からアグモンになったのは間違いないだろうが、それにしても凄い変わりようである。
魔導師が使役する使い魔なら、元になった獣としての姿の他に人間の姿を持つ者が一般的であるが、それは変身魔法によるものだ。
だが、アグモンからは魔力的な気配を全く感じないのだ。

(あの大って奴からも魔力全然感じなかったしな……何なんだ、ほんと)

少々、と言うには腑に落ちない点が多すぎる。
魔法が一切かかわっていないあの変貌ぶりは、一体何なのだろうか。
どれもこれも、はやてとシグナムが大から話を聞いてくれば、嫌でも答えが解るだろう。



一方、はやてとシグナムは一通りの質問を終えていた処であった。

「成程なぁ……で、大門君とアグモンはそのデジタルワールドを五年間旅してた、と」
「あぁ。それで間違いねぇよ……ふぅ、ご馳走さんでした」

差し出されたカツ丼を平らげ、箸を丼に置く。
何故カツ丼なのかは、一応取調べの真っ最中であった事から推して知るべしである。
なお、シグナムは「取り調べ言うたらカツ丼やろ!」という幻聴が聞こえたと、後に語る。

(で、シグナムはどう思う?)
(そうですね……嘘は言っていないと思います)
(うん、私もそうは思うけど……話が話やしな)

隣に控えるシグナムへ念話を飛ばす。
正直、大の話は素直に信じがたい部分があるとはやては感じていた。
時は五年前。大の出身世界である人間界へと、デジモンと呼ばれる生命体が住まうデジタルワールドを隔てる次元の壁が歪み始めた事から始まると言う。
一人の男が巻き起こしたデジモンと人間の戦争及び、次元の壁の完全崩壊による双方の世界消滅の危機と言う、スケールの大き過ぎる話だ。
彼が連れていたアグモンは、共に闘うパートナーであり子分であり、最高の相棒であると言う。

(ここ五年に、そんなデカイ事件は起きて無いよな?)
(えぇ……少なくとも管理局が把握してる世界では無かった筈です)
(せやなぁ……把握して無い世界の事としても、次元崩壊レベルの事やったみたいやし)
(本局の方に何らかの情報が残ってる筈ですね。後で調べておきます)
(ん、頼むな)

念話を終え、意識を大の方へと向ける。
湯呑に残っていたお茶を飲み干し、満足したように笑顔を浮かべている。
取り調べと言う事もあり、若干緊張していたこちらが馬鹿馬鹿しく思える程だ。

(ま、どのみち嘘つくようなタイプでもないやろしな)

何故だか、そう確信できる。
局員になってから数年、それなりに人を見る目はあると自負するはやてに、彼は悪人に見えなかった。
理由を問われると悩むが、強いて言えば彼の目を見たからかもしれない。
愚直なまでに真っ直ぐな目をしていたのが、理由と言えばそうなるだろう。

「さて、聞きたい事は聞いたし……もう時間も遅いし、そろそろ休もうか」
「ん? もう終わりか?」
「うん。ご協力どうも……シグナム、客室に案内してあげて」
「はい。では、ついてきてくれるか?」
「あぁ、わかった」

シグナムに連れられ部屋を出る大を見送り、はやては一人で自分の仕事部屋へと戻る。
質問の内容を纏めて報告書にし、提出すると言う仕事がまだ彼女には残っている。
それと、大とアグモンの身柄を保護する正式な許可と彼らの出身世界捜索依頼を出さねばならない。
あの二人は旅の最中である世界、デジタルワールドへの帰還を望んでいるのだから。

(にしても、アイツはなんやったんや……)

思い浮かべるは空間を歪めて出現した、あの赤マントの巨人だ。
自分とシャイングレイモンを軽くあしらい、意味深な言葉を残して立ち去っていった未知の存在。
いくら自分が本気を出せない状態であると言っても、手加減なしで放った砲撃魔法が一切通じなかったのは軽くショックだった。
知っているような素ぶりを見せていた大も、実際良くは知らないと言う。


――こっちの世界に飛ばされる直前まで戦っていた


と彼は言っていた。そして、あの巨人との戦いの最中にミッドチルダへ飛ばされてきたのだと。

(何にせよ、情報が足らんなぁ……)

大の言葉はともかくとして、あの巨人の言葉は迂闊に信用する訳にもいかない。
かといって自分なりの考察をしてみようにも情報が足りない、足りなさすぎる。
単なる次元漂流者を保護、だけでは済みそうにないなと思いながら、がっくりとはやては肩を落とす。
思っていたよりも、面倒な事になりそうだ。



翌日、一晩ぐっすりと眠った大とアグモンは用意された朝食を取った後、特にする事もなく敷地内をぶらぶらと歩いていた。
六課隊舎の敷地内にいるなら自由にしていて良い、と言われたがそれはそれで退屈な物である。

「暇だなぁ、兄貴」
「暇だなぁ、アグモン」

デジタルワールドにいた時は毎日何かしらやる事があったし、見る者全てが目新しいという新鮮さがあった。
この世界で見る物も、色々と目新しい物はあるのだが……何と言うか面白味が足りない。
早い話、彼ら二人の生きがいとも言うべき事が、最も楽しめる事が現状出来そうにない。

「「暇だよなぁ……」」

忙しそうにあちこち動き回っている人々を見ていると、微妙に居心地の悪さすら感じる。
今の自分達の立場等は色々教えて貰ったが、それも正直良く分からない。
とりあえず、ここが数えるのも馬鹿馬鹿しい程に存在する異世界の一つで、それらを守る組織があるという事は理解した。
魔法と言う、ゲームの中でしか縁が無い物まで存在するとは思わなかったが。

「んお?」

何か面白そうなものでも無いかと、周りを見やるアグモンの目に留まったのは、二人の人影だった。
一人は見覚えのある桜色のポニーテールをした女性、もう一人は見知らぬ黒髪の男。
何かあるのか、二人して海の方を眺めている。

「兄貴、あっちになんかありそうだ」
「ん? 確かになんか見てる奴がいるな……暇だし、行ってみるか」

とりあえずの暇潰しにはなるだろうと、そちらへ向かって歩く。
やがて、大達の気配に二人が気付いたのか海の方へと向けていた顔を、後ろへと向ける。
やはりというか、桜色の髪をしたのは見覚えのある、昨日部屋まで案内してくれた女性であった。

「よぅ、確かシグナムって言ってたっけ?」
「お前達は……確か、大門大とアグモンだったか。どうしたんだ、こんな処で?」
「いや、とりあえずこの建物の敷地内なら好きに行動していいとか言われたけどやる事無くて暇でさ……適当にぶらついてたんだよ」
「で、こっちに野次馬しにきたって訳か」

口を開いた男の方へ顔を向ける。
背丈や体格は大とあまり変わらないであろう、黒髪のどこか軽そうなイメージのある男だ。

「っと、俺はヴァイス・グランセニックってんだ。ほんのちょっとの間だろうが、よろしくな、大門大」
「あぁ。ところで、何見てたんだ?」
「新人達の訓練だ」

そう言って空中に浮かぶモニターを指さすシグナム。
大とアグモンもそれにつられてモニターを見ると、四分割された映像の中をTシャツ姿の少年少女達がそれぞれ激しく動き回っている。
右腕に装備したガントレットでハンマーを構えた子供と殴り合う青髪の少女やら、二丁拳銃で光弾を撃ち落とすオレンジ色の髪の少女。
槍を構えた赤髪の少年に変わったグローブをはめた幼い少女が、それぞれ縦横無尽に激しく動き回っている。
映像の背景からして森の中、正面にある海の上のあそこで行われているのだろう。

「あれ? 昨日あんなところに森なんてあったかな?」
「あれはうちの訓練用フィールドだ。どういう原理かは教えられんが……まぁ、ちょっと大げさな立体映像だと思えば良い」
「へぇ……すっげぇなぁ」

返事をしながら、大とアグモンの視界は画面にくぎ付けとなっていた。
見た処、画面に映っているTシャツの四人は自分よりも年下だ。
特に赤髪の少年と桃色の髪をした少女など、どう見たって十歳前後の子供だ。
それがああも派手に激しく動き回る光景と言うのは、見ていて確かに面白い。
むしろ、かつて一緒に戦った仲間の少年を思い出して懐かしさすら感じる。

「なんだ? 随分と熱心に見てるじゃねぇか」
「いや、アイツ等子供なのにすげぇなって思ってさ」
「イクト思い出すな、兄貴」
「イクト……あぁ、お仲間か?」

アグモンの懐かしむような口調で察したヴァイスの言葉に、大は頷く。

「あぁ……最後にあった時は、あいつぐらいの歳だったかなぁ」

と言いながら大が視線を向けるのは、赤髪の少年だ。
小柄な体を活かして縦横無尽に動き回る様は、まさしく記憶の中の彼を思い出させる。
しかし、モニター越しで訓練とは言え戦闘を見ていると、どうもウズウズしてくるのは性分故だろうか。
それはアグモンも同じようで、どうも落ち着かないようである。

「ほぉ……自分も混ざりたくて仕方が無い。と言ったところか?」
「ぁん?」

大の心情を見抜いたシグナムが、不敵な笑みを浮かべる。
何と言うか、自分も戦闘に飢えてますとでも言いたげな笑顔だ。

「その目に身のこなし……かなり場数を踏んでいるのだろう?」
「だから何だってんだよ?」
「模擬戦程度でいいなら、今からでも付き合うぞ?」

何処から取り出したのか、銀色に光る刃を持った剣を持って言うシグナムの顔は、物凄く楽しそうだ。
その隣にいるヴァイスと言えば、やや引きつり気味な顔を見せてる。
数秒程二人の顔を交互に見やり、大はモニターへと顔を向き直して一言。

「俺は女は殴らねぇ主義だ」
「戦いの場に男も女も無いだろう?」
「るせぇ。男は絶対女は殴らねぇもんだ」
「ふむ……仕方ない」

大の意思をくみ取り、シグナムは己の剣……レヴァンティンを仕舞いこむ。
待機状態、ペンダント状の形態へと戻して首にかけ直す。

「気が向いたら、何時でも声を掛けてくれ」
「だから、女は、殴らねぇって、言ってんだろうが」
「安心しろって。保護した漂流者相手に魔導師が模擬戦とはいえ戦えるわけねぇだろ、冗談だ冗談」
「あぁ、冗談だ」
「さっきまで目が本気だったぞ、お前」

あまりシグナムには関わらない方がいいかもしれない。
そう思いながらモニターを見ていると、もう訓練も終わったのか何やら全員集まって話をしている。

「お……そろそろ昼か。どうだ、一緒に喰うか?」
「ん? もう昼か……」
「兄貴、俺腹減ってきたよぉ」
「そうだな、俺も腹減ってきたし……一緒に食わせてもらうか」

ヴァイスとシグナムに連れられ、二人はその場を後にする。

「なぁなぁ、卵焼きは出るのか?」
「卵焼き? いや、どうだったかな……」



クラナガン郊外、廃棄都市区画。
街の人々から半ば身捨てられ、復興の目途も経たず、管理局員の訓練場として扱われる事があるだけの無人地帯は、子供達の遊び場でもあった。
大人に危ないから近づくな、と言われれば近づいてしまうのが子供の性であろうか。

「もういいか~い?」
「「「ま~だだよぉ~!」」」

無邪気にかくれんぼに興じる四人の子供達。
その一人の少女が路地裏を抜け、かつては繁華街として賑わったであろう大きな通りへと出た時であった。

「……ん?」

男がいた。
それなりに気を使って整えてあるやや長めの黒髪をした、白衣を纏った小柄な体躯の優男だ。
異様に不気味な雰囲気を纏った男に、少女は恐怖と好奇心を覚えて物陰に隠れながら見やる。

「んふふふ……」

堪え切れないといった風の笑いを漏らし、男が通りに設置するのは金属製のボールだった。
中央にオレンジ色の光を灯した、無骨な外見のボールのような形状をした機械を設置する。

「よしよし、これで良し……」

ボール状の物は長い月日を掛け、男が以前に開発した物を更に改良した装置だ。
すでに協力者の手によって何度かの実験は成功し、今回はまた違った運用法を行う為の実験である。
この実験が成功すれば、男の計画は大きく前進する。

「では、始めましょうか」

装置の設置場所から数百メートル程離れ、男は白衣のポケットからスティック状の機械を取り出す。
先端の赤いスイッチに指を置き、眼鏡の奥に光る狂気に染まった瞳をぎらつかせ、声高々に叫ぶ。

「イッツ、ショウタァイムッ!」

スイッチを押すと共に、設置した装置が爆発。





そして、世界の壁が壊れた。






機動六課の面々が思い思いの昼休みを過ごしている最中、非常事態を告げるアラームが鳴り響く。
自室で食後のコーヒーを楽しんでいたはやては、脱いでいた上着に袖を通しながら、駆け足で司令室へと駆け込む。
すでに集まっていた六課の後方支援部隊、ロングアーチの面子へと状況を問う。

「何事や!?」
「クラナガン廃棄都市区画にて、空間の歪みを確認しました」
「二日連続でやて!?」

自身の椅子へと腰かけ、取り急ぎまとめられたデータを空間モニターに表示させて指示を飛ばす。

「周辺の部隊に通達! スターズとライトニングは!?」
「通達はすでに終えています。スターズ、ライトニング両部隊も副隊長とフォワード陣がすでに現場へ向かっています」
「ん」

グリフィスの手際良い仕事に頷きながら、はやては片手で通信パネルを表示し六課所有のヘリで待機する仲間へと連絡をする。
正面に表示される二分割の画面に映るのは、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。
十年来の親友にして、スターズ小隊、ライトニング小隊をそれぞれ率いる六課幹部であった。
現在、二人とも別任務で隊舎を離れていたのだ。

「なのは部隊長、フェイト部隊長、二人とも現場にむかえる?」
『こちらスターズ1。うん、大丈夫!』
『こちらライトニング1。ちょっと現場から遠いけど、今からむかう』
「お願いな。ちょっと、嫌な予感するんよ……」

そう言いながら、はやての脳裏に浮かぶのは昨晩の出来事。
大とアグモン……そして、あの巨人が出現した時も空間の歪みが起きていた。
それ自体なら、次元世界全体で見ればそう珍しい事でも無いが二日連続で、同じクラナガンで起きるなど異常でしかない。
時空管理局発祥の地であるミッドチルダは、他世界に比べても安定している筈なのだ。

(何か起きようとしてるんか……? カリムの予言の事と関係も……)

背筋に嫌な悪寒が走るのを感じながら、はやてはモニターに表示されるデータを睨む。
この悪寒が、ただの考えすぎで終わってほしいと思いながら。

「現場にヘリが到着。映像きます」
「ノイズが酷いけど……よし、これで見え……ちょっと、何これ!?」

そんな希望は、オペレーターの一人であるアルトの声により無残に打ち砕かれた。



六課保有の人員輸送ヘリが現場に到着した時、目にしたのは異質な光景であった。
廃棄都市区画の大通りにて、底無しの闇につながっているような穴が大きく口を開けていたのだ。
ヘリパイロットとしてその光景を見やるヴァイスは、空間や次元に関する知識は局員の一般認識程度の物しか持っていない。
だが、それでも一目でわかった。

「これは、ヤバいんじゃないのか……」

だってそうだろう。
その穴は何かのエネルギーを発しているかのように、時折スパークが起きている。
おまけにその穴の中から、巨大な獣が這い出して来ているのだから。

「なんだありゃ……獣、ってより竜みたいだが」
「それより、恐竜っぽいな」

何時の間に来たのか、コクピットの窓より下を覗きみるヴィータが口を開いた。

「恐竜って、確か副隊長達がいた世界の生物でしたっけ?」
「あぁ。とっくに絶滅した古代生物で、あたしも本でしか見た事ねぇけどな」

それにしたって良く似ていると呟きながら、ヴィータは冷静に恐竜達を観察する。
数は四体。皮膚の黒い二足歩行の個体と、肩から巨大な角を生やした緑色の皮膚をした個体が二体ずつ確認できる。
全長は五メートル前後といった処だろうか。どれも見るからに凶暴そうな雰囲気を持っている。

「ヴィータ、何をしている?」
「わぁってる。すぐ行くよ……ヴァイスは、あたし等が出たら一度離脱しろ。相手が相手だ、何してくるかわからねぇ」
「了解。さっさと安全圏に引っ込みますよ」

後方のキャビンにて、すでにバリアジャケットを展開していたシグナムと部下達が待機している。
ヴィータも即座にデバイスを起動。バリアジャケットを纏って指示を出す。

「まず、あたしとシグナム副隊長が出て相手の出方を見る。場合によっちゃ、そのまま前衛張るからお前らは支援に回れ」
「相手は完全に未知の存在だ。何をしてくるかわからん、油断するなよ」
「「「「はい!」」」」

部下四人の返事に満足げに頷くと共に、ヴァイスへ声を駆けてヘリのランプドアを展開させ、ヴィータとシグナムは空へと飛び出す。
空を舞うように飛びながら、あらためて肉眼で目標を見やる。
見れば見る程、本で見た恐竜に似ている。

「魔力反応は感じない……となると、召喚の類では無いな」
「あぁ……ホントに何だ、こいつ等」

出撃はしたが、いきなり攻撃する訳にもいかない。
見た目は凶暴そうではあるが、大人しい性質ならば這い出てきた穴へと上手く誘導して返せるかもしれないからだ。
もしかすると、何処かにこの恐竜達を呼び出した何者かがいるかもしれないから、それから話を聞いてからでも、とも考える。
だが、そんなヴィータの思考は黒い恐竜の行動で無意味と化す。

「「っ!?」」

二人に気付いた恐竜が首を持ち上げ、その口から炎を吐き出したのだ。
標的は無論ヴィータとシグナム。即座に身を翻して炎を避けるが、その行動で完全に敵と認識されたか残り三体も二人へと敵意を込めた視線を向ける。

「チッ……やるしかないか」
「つか、火ぃ吐くって……どこの怪獣だよ!」

攻撃されたのならば仕方ないと、二人はデバイスを構えて恐竜達へと突撃する。
先陣を切るシグナムは、緑の恐竜の腕から繰り出される大ぶりの拳を回避し、両手に握る刀剣の刃へ魔力を這わせる。
狙うは両肩より伸びる、最大の武器であろう角の付け根。

「はぁぁっ!」

気合いと共に振り抜いた刃が風を引き裂き、音よりも早く恐竜の角を両断する。
地響きを立てながら大地へと墜ちる角を横目で見やり、シグナムはもう一本も斬り捨てんと身を翻し。

「なっ!?」

ついさっき斬り捨てた筈の角が、何事も無かったのように再生している光景に目を疑った。
生物としてあり得ぬ程の速度で行われる再生。一体、この恐竜達は何なのだと思う間もなく飛んでくるのは恐竜の拳。
避けきれないと判断して左腕を突き出し防御フィールドを展開、その拳を受け止める。

「ぐ、ぅう!?」

シールドの上より襲い掛かる衝撃を受けきり、シグナムは後方へと飛び退いて小さく息を吐く。
左腕に若干の痺れを感じるが、この程度ならば剣を握るのに問題は無いだろう。

「防御の上からでもあの衝撃、か……流石に直撃を受ければ不味いな……だが」

だからと言って絶望的な差を感じる程でも無い。
体格差から予想できる恐竜の重量等を考えれば、驚異的な破壊力を持つだろうし、直撃は死へ直結するかもしれない。
だが、今の攻防を持って見抜く。

「ヴィータ!」
「あぁ! こいつ等、図体でかいだけで……っ!」

黒い恐竜二体を相手取り、小柄と言うよりも幼い体躯を活かして縦横無尽に飛び回るヴィータが吠える。
その手に握る鉄槌型デバイス、グラーフ・アイゼンを振り上げて狙うは恐竜の下顎。

「たいした事はねぇ!」

蟻と象程はあろう体格差を無視した強烈な一撃が、黒い恐竜を殴り飛ばす。
悲痛な悲鳴をあげて倒れる黒い恐竜から即座に目を離し、返す刃……否、返す槌でもう一体の側頭部を叩く。
確かに一撃の威力は強力だが、動き自体は見きれぬほどの速度も無く、攻撃も防げないというレベルでは無い。
つまり、動きに注意してさえいればどうにでもなる相手と言う事だ。

「適度にボコって捕縛するぞ、シグナム!」
「あぁ」

勝利を確信し、二人の騎士はまるで踊る様に武器を振るい、四体の恐竜を相手取る。
いくら炎を吐き出そうが、拳を振り上げようが、当たらねばその破壊力も無意味でしか無い。
小さき人が巨大な竜を手玉に取る光景を見やるのは、遅れてヘリから降り立った四人の少年少女達だった。

「副隊長達、凄い……」
「体格差関係なしね……」

スバル・ナカジマとティアナ・ランスターは目を点にし、呆れたような感心したような声を出す。
はっきり言って、自分達の支援なんていらないんじゃないかと思えるほどに、上司二人は四体の恐竜を圧倒しているのだ。
恐竜達が動く度、副隊長二人の攻撃で地面に斃れる度に起こる激しい地響きがここまで伝わってくる。

「って、ぼぉっとしてたら駄目ね。皆、副隊長達の支援行くわよ!」
「おう!」
「「はい!」」

スバルに続き、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエがティアナの号令に応えて駆けだす。
自分達が出撃したのは上司達の強さの見学の為ではないのだから。

「……あれ?」

身の丈ほどある槍を片手に、道端に散乱する瓦礫の山を飛び越えながら移動するエリオの目に、何かが映り込んだ。
上司二人と恐竜達が戦っている場所のすぐ近く。ビルの影で、何かが動いたような気配がしたのだ。
遠くてよく解らないが、人のようにも見える。

「……あれは。ストラーダ、生体反応スキャンは?」
『電波妨害が酷く、実行できません』
「電波妨害? なんで……?」

槍型デバイス、ストラーダの言葉に首を傾げる。
どんな状況でも一定の機能発揮できるように、全てのデバイスには電子対策が施してある。
シグナムやヴィータを見る限り、魔法を使う分には全く問題ないようだが、何故スキャンだけ出来ないのか。
そう言えば、現場に到達してから六課隊舎との通信も上手く繋がらないとヴァイスもぼやいていた。

「どうなってるんだ……?」

今朝方の定期メンテナンスでは、デバイスのどこにも異常は無かった筈だ。
どこからから妨害電波でも流されているのだろうか。

「ティアさん、スバルさん、キャロ、生体反応スキャンそちらで出来ませんか!?」
「えっ……なんでまた……?」
「向こうのビルの影で、何か動いたような気がして……ストラーダのスキャンも何故か使えないんです」
「ちょっとまって……クロスミラージュ、どう?」
『実行不可能です。妨害が酷く、スキャンできません』

ティアナの銃型デバイス、クロスミラージュの返答もストラーダと同じであった。
続いて、スバルの篭手型デバイス、リボルバーナックルとキャロのグローブ型デバイス、ケイキュリオンも同様に返答する。

「全員のデバイスが電波妨害受けてるって、いくらなんでもおかしいわよ。なんで……」
「っ!? ティア、前!」

スバルの声にハッとなり、ティアナが顔をあげるとシグナムとヴィータの攻撃をくぐり抜けてきたのか、緑色の恐竜がこちらへ突撃してきていた。
その巨体からは想像できぬ程の速度で突撃してくる恐竜を、今から避ける事は叶わない。

「くっ!」

ならば、とクロスミラージュを振り上げ魔力弾を生成、恐竜の頭部目掛けて放つ。
しかし怯ませる事すら叶わないのか、恐竜は魔力弾を物ともせず突撃してくる。

「なっ……」
「錬鉄召喚! アルケミックチェーン!」

恐竜の拳が振り上げられ、ティアナを叩き潰さんと迫るが地面に展開された魔法陣より飛び出した鎖が、恐竜の全身へ巻き付いた。
キャロの得意とする召喚魔法で呼び出された鎖が、ティアナへ迫る恐竜を絡め取ったのだ。

「ティアさん! 大丈夫ですか!?」
「っ……サンキュ、キャロ!」
「後は私がっ!」

すかさずローラーブーツ型デバイス、マッハキャリバーによる加速を得たスバルが飛び出し、右手の拳で恐竜の右足首を殴りつける。
リボルバーナックルに込めた魔力が爆発し、恐竜はバランスを崩して地響きを立てながらその場へ倒れ込む。
キャロは再度召喚した鎖で恐竜を絡め取り、完全に地面へ抑え込む形で動きを封じた。

「よしっ!」

恐竜の足元をくぐり抜け、ティアナの傍まで戻ったスバルがキャロへと拳を突き出し、キャロも満足げに頷いて返す。
それを少し微妙な表情で見やるティアナは、顔を左右に振ってから二人へ声を掛ける。

「……ほら、ぐずぐずしないで次! 副隊長達の支援行くわよ!」
「おう!」
「「はい!」」



「どうにかなりそうやな……とりあえずは」

司令室のモニターで戦闘を見やっていたはやては、ふぅと息を吐きながら呟いた。
廃棄都市区画のど真ん中に開いた穴と、そこから出現した恐竜の群れ……最初はどうしたものかと思ったが、それは杞憂に終わってくれそうだ。
シグナムとヴィータの二人でどうにか無力化できそうではあるし、フォワードの四人でも連携すればどうとでも出来る事は先程証明された。

「このまま順調にいけば、あと数分ほどで終わりそうですね」
「せなやぁ……順調にいって欲しいけども」

何事にも油断は禁物、とばかりに少々緩んでいた気を引き締め直す。
後詰として、別任務中だったなのはとフェイトもあと数分前後で現場に到着するし、余程の事は無い限りは大丈夫という確信はある。
それでも、相手が未知の存在であるのだから油断はできないと自分自身へ言い聞かせる。
各員にもそれを言い聞かせるか、と軽く咳払いをした直後……司令室のドアが開いた。

「ん?」
「あれ……部屋、間違えたか?」
「みたいだねぇ、兄貴」
「な……何、してんねん?」

ドアの向こうから姿を現したのは、大とアグモンだった。

「いや、部屋戻るついでにこの中色々見て回ろうかなぁと思ってたら、道間違えちまってよぉ」
「……そ、そうかぁ」

完全にペースを乱された、これで二度目だ。

「と、とにかく……ここは関係者以外立ち入り禁止やし、今はちょっと忙しいから」
「あぁ、悪い悪い。すぐ出てくって……行くぞアグモン」
「……なぁ、兄貴、あれ……もしかして」
「あぁん?」

司令室奥のモニターをじっと見やるアグモンが指をさし、大もその先へと目をやる。
そこに映っているのは六課の前線メンバーと、恐竜達の戦いの映像。
映像に映る恐竜達と、地面に開いた穴を確認すると共に、大の顔色は一瞬にして変化した。

「なっ!?」

そこにある筈も無い、いる筈の無い物を見ているかのような表情を浮かべて、はやてへと詰め寄る。

「おい! なんでデジモンがあそこにいんだよ!?」
「へっ? デジモンて……えぇっ?」

デジモンと言われて、はやてが見るのはアグモンの姿。
確か、昨日聞いた話ではアグモンもデジモンという種族であるらしいが、今シグナム達が戦っているのもそれだと言うのか。
同じ種族にしては、見た目も大きさも全く違いすぎて、すぐには理解できない。

「おまけにゲートまで開いてんじゃねぇか! どうなってんだよ!?」
「ちょ、ちょっと君! 落ち着け!」

慌ててグリフィスが大を抑え、はやては少し息を吐いて大とモニターの映像を交互に見やる。
大の言う通りなら、あの恐竜達もアグモンと同じくデジモンであり、あの穴はゲートという代物らしい。
昨日聞いた話に出てきた、大の世界とデジモンの世界と繋ぐ扉のような物らしいが、それがこのミッドチルダに開いてしまったとでも言うのか。

「どうなってるんか、は私達の方が聞きたいんやけども……今は、あそこに出てきてる……デジモンをどうにかするんが先や」
「どうにかするって……倒せんのかよ?」
「倒す必要は無いやろ? とりあえず動きを止めて、あのゲートって処から送り返せるんなら……」
「これは……八神部隊長!」

はやての言葉を遮り、アルトが叫ぶ。

「廃棄都市区画の歪み……あの穴から、エネルギー反応を確認しました!」
「反応?」
「はい! これは……何かが、何かとても大きなエネルギーを持ったものが、穴から出てこようとしてる!?」

悲鳴のようなアルトの報告の直後、モニターの向こうに確認できる穴……ゲートより、その巨大な何かが這い出そうとしていた。



まず、それは地響きのような唸り声と共に現れた。
恐竜たちは動きを止め、シグナムとヴィータも何かの気配を感じ取り、穴へと視線をやる。
キャロの連れている小さき龍、フリードリヒはその何かをより明確に感じ取ったのか、興奮したかのように低く唸っている。

「これは……シグナム」
「あぁ……何かが、来る」

そうして、地面に開いた異界の穴よりそれは姿を現した。
それはオレンジ色の岩のようなゴツゴツした皮膚を持ち、背中より無数の刃を生やした巨大な首の長い、巨大な竜だった。
緑色の瞳は凶暴さ、獰猛さに知性すら感じさせる。黒と緑の恐竜達よりも遥かに大型な体躯を穴より這い出させて、それは吠えた。

「ウゥォオオオオオオオオオオオオオオ!」

怒りに満ちた咆哮をあげて、巨大な竜はミッドの地へ足を踏みしめる。

「愚かなる人間どもがああああああ!」

長い尻尾を振り上げて、人間の言葉を喋りながら廃棄都市のビルを瓦礫へと変えて竜は吠える。
対峙するシグナムとヴィータは冷や汗をかきながら、それぞれの武器を構える。
人語を喋った事も驚きだが、それ以上に二人が注意するのはこの竜の放つ殺気と威圧感だ。
少なくとも、さっきまで戦っていた黒い恐竜と緑の恐竜などとは比べ物にならないのは、火を見るよりも明らかだ。

「チッ……また面倒な事になりそうだな」

愚痴りながらもアイゼンを構え、ヴィータは竜を真っ直ぐに睨みつける。
これ程の殺気と威圧感を感じたのは何時以来だろうか。
遠い昔に覚えのある、戦争の空気で感じた時以来かもしれない。
少なくとも、手を抜ける相手では無い。ましてや、後方にいるスバル達には間違っても対峙させてはならない相手だ。

(コイツは……マジで強い)

シグナムともども、全身に竜の殺気を受けながらヴィータは確信する。
油断すれば、自分達でも危うい相手だと。


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最終更新:2010年12月06日 22:14