MW2_08

Call of lyrical Modern Warfare 2


第8話 Exodus / 奪還作戦 第二段階



SIDE 時空管理局 機動六課準備室
四日目 2200
宇宙空間 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長



 『アースラ』が乗組員たちの手に帰した後、彼らはただちに次元の海へと脱出した。いつまでも港に留まっていてはいずれ、監視の傀儡兵が倒されていることに気付かれ、乗組員ごと再拿捕さ
れるのが関の山だからだ。今度は監視と拘束では済まないかもしれない。少なくとも、八神はやて率いる『機動六課準備室』が動き出した時点で乗組員たちは皆共謀者、揃って"お尋ね者"とされ
てしまっているだろう。
 にも関わらず、誰一人として突然の脱出にも反対意見を述べず、管理局から追われる身となることを恐れ脱走や密告を図る者はいなかった。理由は、いたってシンプルなものだ。彼らの艦長、
『アースラ』の本来の主たるクロノ・ハラオウン提督が、その管理局の手によって身柄を拘束されていた。

「……確かに、クロノ君は今回の報復作戦には否定的だったよ。空港のテロだって、真犯人が別にいるってことを掴んでたようだし」

 渡されたコーヒーのマグカップを指で撫でながら、艦の主任オペレーターであるエイミィ・リミエッタが、どこか疲れたようなため息混じりの声で、言った。無理もないだろう、と会議室の椅
子に座らず、壁に背中を預けてその様子を見ていたジャクソンは彼女の心情を理解する。自分たちの艦長が、彼女にとっては弟にも等しい存在であるクロノが、逮捕された。しかも、その理由が
ミッドチルダ臨海空港における無差別銃撃テロを機に発した、管理局による地球への報復作戦に反対したため。エイミィ自身も彼の指揮下にあったと言うことで拘束されていたこともあるのだろ
うが、何よりもまず、所属する組織が自分たちを逮捕すると言う行動に出た。誰だって、ショックの一つも受けるはずだ。
 不意に、エイミィの肩が震えだした。嗚咽を漏らし、マグカップを机の上に置いて、指先で目元の涙を払う。感情が、抑えきれなくなったのだ。怒り、不安、恐怖、様々な負の感情が。すかさ
ず、彼女の傍らにいた金髪の黒い制服を着た少女がエイミィの肩に手を置き、フォローに入った。確か、名をフェイトと言った。フェイト・T・ハラオウン。クロノとは義理の妹の関係だ。彼女も
はやてが創設した機動六課準備室のメンバーの一員であり、後から合流してきた。

「エイミィ…大丈夫? ほら、ハンカチ…」
「う、ぐす、う、うん、ありがとう……」

 もし合衆国海兵隊に「お前を逮捕する、身分剥奪だ」と言われたら、自分だってどうなるか。ジャクソンはふと考える。しかし今この時点で国に戻れば、本当にそうなると予測する。何しろ今の
自分は『脱走兵』だ。機動六課入りしたのも、彼自身の決断による。
 はやて、と彼はその機動六課の長の名を呼ぶ。機動六課準室室長、八神はやてはジャクソンに名を呼ばれるまで、ずっと黙り込んでいた。何か、考え事をしていたようだが。

「この後どうするんだ? クロノはこの艦にはいなかった。おそらく別の収容施設に放り込まれたんだろうが」
「ああ、だいたい見当はついとるよ」

 はやては、会議室のモニターを操作するスイッチを押す。モニターに映し出されたのは、どこかの異世界、白銀と呼ぶほど美しいとは感じない白一色の世界の衛星写真のような光景だった。お
そらくは極寒の、それも常夏ならぬ常冬の世界だ。画面を埋め尽くす白は、降り積もったまま溶けない雪だろう。とても人間が住めるような環境とは思えないが、画像の中央からやや右上の部分
に、明らかに人工物と見てとれる妙な建造物があった。幾多もの監視塔らしきものに囲まれ、壁と堀に囲まれた、さながら監獄のような建物――いや、言葉通り監獄に違いない。クロノはここに
いるのか。

「第四一管理世界"キャスノー"。管理世界とは名はついとるけど、管理局の手が入るまでは無人世界やった。そんでも豊富な地下資源があることが分かってからは資源採掘基地がたくさん出来た
んやけど、やがてそれも取り尽くしてしもて……」
「残った施設は、刑務所になったってとこか。それもテロリストのリーダーとか、凶悪犯罪者を収容するための」
「そういうこと。おそらくクロノくんは、この世界の中でも特に厳重な隔離施設に入れられとる」

 また厄介なところに連れて行かれたものだな。はやての解説を聞き、ジャクソンは衛星写真を苦々しい顔つきで眺めた。
 もともと、彼らが『アースラ』の奪還に動いたのはクロノの拘束と言う情報を受け、一刻も早い解放のためだった。管理局では現在、すっかりアメリカ合衆国への報復攻撃を行うと言う一派が
主導権を握っている。まだ空港テロの証拠も不十分なうちに、だ。頭に血が上った彼らが冷静な行動に出るはずもなく、攻撃へ異を唱える者、まだ捜査を待つべきと言う慎重派は片っ端から逮捕
と言う暴挙に出た。結果として指揮権を掌握した彼ら主戦派は、次元航行艦隊を編成し、地球への北米大陸降下作戦を実施している。提督と言う大きな権限を持つクロノを奪還出来れば、主戦派
から指揮権をもぎ取ることも可能となるはずなのだが――『アースラ』に彼がいないのは計算外だった。すでに移送された後だったのだ。
 とは言え、収穫はあった。『アースラ』と言う移動拠点を、乗組員ごと手に入れた。機動六課準備室はこの一件で完全に「謀反を起こした」と見なされるだろうが、次元航行艦で常に移動して
いれば当分は追っ手を免れる。管理局だって、報復作戦中に脱走した次元航行艦一隻を追う余裕はないはずだ。
 何より、彼らには心強い味方が一人いた。

「で、この食料と医薬品、それから俺たちの使う武器弾薬を提供してくれたって言う、"ミスターR"ってのは何者なんだ?」

 もはや分かりきったような口調であるが、ジャクソンははやてに問う。機動六課準備室の後見人はクロノだが、そのクロノが逮捕されたとなっては別の誰かが必要なのだ。その誰かが、はやて
が作戦開始前に口にした"ミスターR"なる人物らしい――あのオッサン、何をしてるんだ。もはや彼はミスターRが何者なのか、だいたい見えていた。

「それは聞いちゃいかんとこや。大人の都合ってやつで……」
「二十歳にもならんガキが何言ってる」
「あ、それ失言やで。私室長やのに。上司やのに」
「全然そんな風に見えないが」
「むきー! 怒ったでジャクソンさん!?」

 プンスカと両手を振りかざして言葉通り怒った様子を見せるはやてと、しかしそれを見て笑うジャクソン。とても戦時の会話ではない。
 ぷ、と誰かが二人のやり取りを見て吹き出して、振り返ればさっきまで涙を見せていたエイミィが顔を上げて、楽しそうに笑っていた。隣にいるフェイトは、どこか安心したような表情を浮か
べていた。どうやら、落ち込んだ気分も少しは晴れたらしい。

「はー、まったくはやてちゃんと来たら。うんうん、分かった。泣いてる場合じゃないよね、お姉さんがサポートしてあげないと」
「エイミィさん……?」
「指示を出してよ、"艦長"」

 なるほど、エイミィがはやてを"艦長"と呼んだのはもっともだ。今、この艦でもっとも階級が高いのは彼女であり、そして行動を起こしたのもまた彼女なのだから。はやてには艦長になる権利
があるし、義務がある。ただ、本人がそれを自覚したかは定かではない。"艦長"と呼ばれて、舞い上がっている。挙句、ジャクソンに文句を付け出した。

「艦長……艦長やって。ちょう、聞いたジャクソンさん? さすがエイミィさんやわぁ、年下の私でもちゃんと上司であることを認識してくれとる」
「エイミィ、無理しなくていいぞ。こいつすぐ調子に乗るから」
「そうだね、はやてはアクセル踏む係だから、私たちがブレーキにならないと」
「なー!? フェイトちゃんまで何を言うんや!?」

 会議室に、再び笑い声が上がる。とりあえず、艦の運用に問題はないはずだった。
 『アースラ』は、針路を第四一管理世界"キャスノー"に向ける。






SIDE 時空管理局 地上本部
四日目 2221
ミッドチルダ 地上本部司令部
レジアス・ゲイズ 中将


 夜になって、突然招かれたにも関わらず、客人は落ち着いた様子を見せていた。コーヒーを秘書官に用意させようとすると、彼女はそれをやんわりと断り、逆に、自分にコーヒーを淹れさせて
欲しい、と言ってきた。よほど自分の淹れたコーヒーは美味いと自認する故なのか、それとも自分たちは信用されていないのか。虎のような、と揶揄される眼を持ってしても、翡翠色をした客人
の瞳の奥にある真意は見抜けなかった。
 ただ、一つだけはっきりしていることがある。この客人は、味方だ。鼻持ちならない本局の――地上本部からは"海"と呼ばれる――奴らの中では、おそらく信用できる方に違いない。少なくと
もお互いの利害は一致している間は、それだけは確かなことだ。

「いかがですか?」

 客人――リンディ・ハラオウン総務総括官は、レジアスの心中のことを見抜いた訳ではあるまい。純粋に、香ばしい香りのするコーヒーの味を尋ねてきたのだろう。レジアスは、一口飲んで、
短く感想を述べる。美味い、と一言だけ。なんとも軍人らしい簡潔かつ明瞭な回答に、リンディはそれでも優しい微笑みを浮かべる。

「九七管理外世界の、喫茶店をやってる人から淹れ方を教わったんです。さすが桃子さんね、堅物の軍人にも美味しいと言わせるなんて」
「ワシはそんな堅物かね。これでも本局(海)の連中よりは、ずっと柔軟な考えをしていると思っておる」
「ええ。正直、真っ先に報復作戦に賛同するのは貴方だろうなと私も思ってました」

 よく言う。ふん、と鼻を鳴らして、レジアスは一瞬の苦笑い。どうやら本局の方ではよほど自分は戦争狂の猪武者だと思われているらしい。とは言え、今回の事態で最初に動いたのは皮肉にも
地球への降下作戦能力を持つ本局の部隊だった。次元航行艦などの巨大な輸送手段を持たない地上本部は、もともと各管理世界に駐屯地を置いて治安維持に当たる。なまじ動けるだけ、本局は突
っ走ってしまったのだ。

「……レジアス中将が、今回の報復作戦に参加せず、本局からの兵力派遣の要請を断ったのは、やはり根拠があって?」
「根拠がないなら、こんなところでコーヒーなど飲んでおらん――そうだな、二つある。片方は、そちらも知っているはずだ」

 なるほど、とリンディは頷く。先日、空港での無差別虐殺テロにおいて監視カメラの映像が解析された。映っていたのは、管理局でもマークしている地球のロシア出身の超国家主義者、マカロ
フだ。現場に残されたアメリカ人の遺体とアメリカ製の銃器からテロはアメリカの手によるもの、と報復作戦を実施した連中は思い込んでいるが、マカロフはアメリカと敵対するロシア人だ。彼
がアメリカと手を組んだ? そう考えるのはおかしい。また、回収された薬莢も解析したところ、アメリカ製ではないことが判明する。地球のどこか、おそらくは南半球で製造されたものと断定さ
れた。にも関わらず突っ走った輩が大勢いるのだから、おそらくは管理局はまんまとマカロフの罠にかかったに違いない。
 しかし、レジアスは根拠は二つある、と言った。リンディも把握していない、もう一つの根拠が、別にあるというのか。

「今回の事態が起きる前、米軍のシェパード将軍がワシの元に連絡を寄越してきた。米軍と管理局の間で、精鋭を引き抜いて編成した特殊部隊を創設しようとな。しかし指揮権はシェパードが握
ると言うのが、気に入らなかった。ワシは断ったが、奴はその後、ワシの頭越しに首都防空隊に声をかけたようだ。気付いた時には、もう引き抜きが行われて、抗議を申し込もうとしたらあのテ
ロが起きてそれどころではなくなったのだが」
「聞いたことがあります。"Task Force141"でしたっけ。地球からも各国の特殊部隊から精鋭を引き抜いて編成していると」
「うむ。で、問題はここからだ。三日前、米軍の展開する管理世界から、一人の兵士が引き抜かれた。ジョセフ・アレン上等兵と言う。空港テロの現場に残されていたアメリカ人の遺体と、映像
資料を照らし合わせた結果、髪の色、肌の色、輪郭、網膜パターンまで全て一致した」

 え? と客人は耳を疑った。Task Force141に引き抜かれたと言うアレン上等兵が、テロの現場に遺体となって残されていた。何故だ、とまず最初に疑問が浮かぶ。Task Force141は米軍のシェパ
ード将軍が指揮権を握る部隊。真のテロの犯人と思われるマカロフの元に、何故敵対するはずの彼がいたのか。

「ワシの考えだが――シェパード将軍は、おそらくアレン上等兵をマカロフの元にスパイとして送り込んだのではないか。ところがスパイであることがバレて、殺害され、テロの犯人に仕立て上
げられた」
「ちょっと待ってください。それなら、結局はマカロフが犯人と言うことですよね? テロを引き起こしたのは。何故アメリカ政府はその事実を公表しないんです」
「空港の監視カメラには、アレン上等兵自身もテロに加わっている様子が映っていた。軽機関銃を乱射していたんだ――シェパード将軍は、彼がテロに加担することになるのを知っていてスパイ
として送り込んだのではないか? もしそうなら、公表出来るはずがない。アメリカはテロを止められる立場にありながら、それに加担したのだ」
「それでは、今回の報復作戦はその面では正当な行為となることに――」
「まぁ待て。ワシの考えはこれからだ……コーヒーはどうだ、飲むかね」

 会話を区切るようにして、レジアスはコーヒーポットを差し出す。いえ結構、とリンディは断り、話を続けるよう促す。元より、彼の差し出すコーヒーはみんなブラックだ。甘党の自分には口
が合わない。それはまるで、彼の口にした情報さえもが彼女には信じられない、『ブラック』なものであることを暗に示しているようでもあった。

「仮に、だ。もしもシェパード将軍が、アレン上等兵がテロに加担することになるのを知っていたとして。さらに彼が犯人に仕立て上げられるのを予測していたなら。その結果がどうなるかは予
想出来る。アメリカ合衆国は、管理局に報復攻撃を浴びる羽目になる――それ自体が、目的だったとしたら?」
「……自分の祖国を、わざと攻撃させた? まさか。そんなことをして何のメリットが」
「普通ならあり得んだろうな。だが、気になってシェパード将軍の履歴を洗ってみた。彼は数年前、中東で三万人の部下を失い、以後は講演会などで、熱心に軍の必要性を説くようになった」
「――まさか、そんなことって」
「これはワシの考えだ。確信を持つには至っていない。だが――」

 一口、コーヒーを飲む。砂糖もミルクも入っていないそれは、どこまでも苦い。淹れ立てだから、熱くもあった。舌が火傷するような熱さに、思わずレジアスは顔をしかめる。

「急がねば、大変なことになる。だから、息子を一刻も早く救出し、本局での指揮権を奪取させねばならんのだ。君を客人として招いたのは、これ以上本局で影響力のある人間を拘束される訳に
はいかんからだ――しばらく、ここで動いてもらいたい。息子の救出は、君自身も望むところだろう」
「地上本部のレジアス中将が、リンディ・ハラオウンを保護してくれた、と解釈してよろしいんですね?」
「代わりに働いてもらおう。目的は本局の指揮権奪回と、テロの真相究明だ。必要なものがあれば言うといい、ただちに準備させる」
「そうですね――では早速」

 リンディは、コーヒーカップを持ち上げて言う。

「お砂糖、もらえます? ブラックは好みではないのです」
「……ワシはブラックの方が好みなんだがなぁ」






SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
四日目 時刻 1851
ヴァージニア州北東
ジェームズ・ラミレス上等兵


 戦闘で大事なもの、と言ったらまず、何が浮かぶだろうか? 的確な判断力? いざと言う時の行動力? 仲間を絶対に見捨てない連帯感? どれもが正しい。しかし、おそらくそれよりもずっと
大事なことがある。大事で、かつシンプルなものだ。極端な話、これさえ敵を上回っているならそうそう負けることはない。
 正解は、装甲と火力だ。敵弾をいくら撃たれても跳ね返す強靭な装甲と、いかなる敵も即座にぶちのめす強力な火力。この二つが、何よりもまず優先される。もっとも現代戦では『情報』も同
じくらい重要な課題となるが、それはむしろ戦略的な観点からだ。戦術的な観点では、まず装甲と火力が優先される。
 その意味では、第七五レンジャー連隊はツイていると言えた。歩兵だけでは決して到達できない道のりを、強力な装甲車が同行してくれるようになったからだ。ストライカーと呼ばれるこの車
両は時には歩兵の盾となり、時には歩兵の指示した目標を強力な一二.七ミリ機関銃で木っ端微塵に粉砕する。

「私のTask Forceは国外だ。君の部隊を指揮させてもらう、フォーリー軍曹」

 ストライカーを同行させてくれたのは、シェパードと言う将軍だった。どこかで聞いた名だと思っていたら、以前他の世界に行っていた時に前線基地を視察にやって来た、あの将軍の名だった。
通信機越しだったので顔は無論見えなかったが、ラミレスはきっとこの将軍は兵の気持ちを理解してくれる、良き指揮官であるのだと考えた。最前線に臨む自分たちに、わざわざ他所の第八機甲
師団から装甲車を呼び寄せてくれた。何より、ただの歩兵一個分隊に将軍にもなる者が直接命令を下してきたのだ。信頼の証であり、大きく期待されているのだ。祖国を一刻も早く、余所者たち
の手から解放せねばらならない。

「このストライカーが、君たちを支援する。奴らは我が国の通信情報網を破壊しつつある、ここで阻止するんだ」
「了解です、将軍。ご命令を」

 フォーリー軍曹以下、分隊の士気は高かった。アメリカを、祖国の窮地を、我々が救うのだ。
 かくして、部隊は破壊しつくされたレストラン街を離れ、一路住宅街を目指し、辿り着く。管理局の奴らは住宅街の奥地に対空陣地を築いて、避難民を載せたヘリにまで照準を合わせている。
これを叩かなければ、民間人が戦闘に巻き込まれてしまうのだ。分隊はストライカーを盾にしつつ、敵の妨害を撥ね退けながら進む。

「行け、行け!」

 分隊副官、ダン伍長の指示が飛ぶ。住宅街はすっかり敵地だ。尻込みしていては包囲されるし、前進して敵を蹴散らしていくしかない。しかし、家屋に立て篭もる管理局の魔導師たちは魔法の
杖を手に、機関銃座の如く撃ちまくってくる。ラミレス自身も、右手に見えた黄色い壁をした家屋から激しい光の銃弾の雨に晒された。光の銃弾、魔法の弾丸。文字通りの魔法。ストライカーの
陰に隠れることで、銃撃を何とかやり過ごす。当たれば重傷、最悪死亡も免れない射撃魔法の弾丸も、鉄の壁の前には当たって砕けて散るしかない。SCAH-H小銃の銃床を右肩にしっかり当てて、
装甲車から銃口と半身のみを曝け出して撃つ、撃つ、撃つ。お返しの銃撃、こっちは鉛弾だ。黄色い家に立て篭もる敵の抵抗は、一瞬だけ陰りを見せた。
 今だ、と後方の味方に合図。左手を激しく前に振って行け行け行け、と指示を出す。顔見知りの一等兵はただちに駆け出し、隙を突いて黄色い家屋の壁際に辿り着いた。手榴弾のピンを抜いて、
窓に向かって投げ入れる。直後、悲鳴が上がってお行儀よく玄関から敵兵たちが飛び出してきた。ドン、と彼らの背後で爆発音がして家の中で手榴弾が炸裂したらしいが、爆風と衝撃は魔導師た
ちに届かない。代わりに、飛び出してきた彼らをストライカーのM2重機関銃が待ち受ける。銃声と呼ぶよりはもはや砲声と呼ぶに近い機械の獣の咆哮は、魔導師たちに牙を突き立て、容赦なく喰
い破っていった。制圧完了、目標を次に。

「伏せろ!」

 誰かの叫び声。後で、フォーリー軍曹のものだと気付いた。そうでなくとも、ラミレスは反射的にアスファルトの大地に飛び込むようにして伏せる。身体を打ち付けてしまったが、死ぬよりは
ずっとマシだ。直後、空気を焼くように熱い高温の何かが頭上をよぎっていく。火の玉だ。先ほど制圧したばかりの黄色い家屋に直撃し、木っ端微塵に吹き飛ばされる。木片が撒き散らされ、土
砂が舞い上がる。あの一等兵はどこにいったのか。姿は見えなかった。顔を上げた兵士が目撃したのは友軍兵士ではなく、忌まわしい紅い翼。飛竜だ。レストラン街で暴れまわったものよりはず
っと小型だが、背中に何人も魔導師を載せている。火炎弾を口から吐き散らして街道上の米軍を牽制しつつ、ロープを地面に垂らして魔導師たちが降下しようとする――くそったれ、ヘリボーン
ならぬドラボーンとでも言うのか。SCAH-Hの銃身にくっ付けてあったレーザー照準機のスイッチを入れて、赤い光を竜に当てる。それ自体は攻撃力のない代物だ。レーザーを当てられた竜も気付
いていないのか、こちらを振り向こうともしない。

「ストライカー! レーザー照準を当てている、そっちの機銃であの竜を撃ってくれ!」
「了解、ハンター2-1。竜を攻撃する」

 装甲車の機銃座が回り、竜に照準を合わせる。竜の背中に乗った乗り手が――おそらくは召喚魔導師、竜の主だ――あっと気付いた時には遅く、放たれた銃弾が竜の鱗をぶち抜き、翼膜を破り、
息の根を止める。ボロ雑巾のように弾で弄ばれた飛竜は力なく崩れ落ち、まだ降下し切っていなかった魔導師も巻き込む形で墜落する。ざまあみろ畜生め。
 とは言え、ストライカーが撃墜したドラボーンはわずか一機に過ぎない。現に射程外に降り立った魔導師たちは部隊を再編成し、街道を封鎖するかのような陣形で分隊の前に立ちはだかってい
た。厄介な防御魔法を展開する隊を前に、一九世紀の地球の軍隊のように横一列に並んで前進する。少々の銃撃は魔法の前に弾き返され、逆にお返しの射撃魔法がフォーリー分隊に襲い掛かる。
装甲車がいなければ、たちまち分隊は致命的なダメージを負ったことだろう。

「ハンター2-1からストライカー! 連中に機関銃を叩き込んでくれ、蹴散らすんだ!」
「了解、射撃す――」

 ガン、と金属ハンマーで叩かれたような轟音が鳴り響く。一五トンを超えるストライカーが、一瞬浮き上がったようにさえ見えた。いったい何だと恐怖と疑問が浮かんだ次の瞬間、また装甲車
の車体が思い切り強く叩きのめされた。たまらず後退、鉄の獣が怯えている。

「ハンター2-1、敵は強力な魔力弾を放ってきている。このままでは持たない、一時後退する!」
「駄目だ、下がるな、ストライカー! 俺たちが死ぬ! 一連射でいい、奴らを撃て! その隙に奴らを排除する!」

 怯えているのは装甲車の乗組員たちだ。敵の魔導師たちは、通常の射撃魔法に効果がないと見るや、詠唱と展開に時間がかかるがその分強力な砲撃魔法を叩きつけてきた。一発、二発と耐える
ことは出来ても、果たして三発目はどうか。しかし、ここで引き下がっては敵の思うツボだ。指揮官、フォーリー軍曹はあくまでもストライカーに銃撃を命ずる。言われた通り、装甲車の銃座は
隊列を組んだ魔導師たちに向けて、銃撃を叩き込む――ほんの一瞬だけ。大口径の一二.七ミリ弾はそれだけで防御魔法の光の壁にヒビを入れるが、一瞬の射撃だけでは意味がない。魔導師たち
はただちに体勢を立て直し、すぐに後列の魔導師が砲撃魔法の準備に取り掛かる。
 ここで彼らが予想しなかったのは、それまで後退の構えを見せていたストライカーが、突如として急発進したことだ。何故だ、奴らは今引き下がっていたではないか。驚きはしかし、すぐに恐
怖に変わった。鉄の獣が、猛牛の如く街道を突っ走り、魔導師たちに向けて"体当たり"を敢行する。前列の防御魔法を敷く魔導師たちは恐怖に駆られて逃げ出し、そのせいで後列の仲間たちを見
捨てる羽目に陥った。吹き飛ばされる魔法使い。体勢を立て直す間もなく、今度は遅れてやって来た第七五レンジャー連隊が殺到する。
 二一世紀のこの世で、彼らは銃剣突撃を行った。いきなりの原始的な、しかし野獣の如くの咆哮を上げて迫る兵士たちの前に、魔導師たちは抵抗もままならなかった。何とか杖で抵抗を試みよう
とするが、ほとんどは銃床で殴られ、至近距離で撃たれ、銃剣に突き刺される。抵抗らしい抵抗のないまま、彼らの防衛ラインは崩壊した。

「助かったぞ、ハンター2-1――と言いたいところだが、もっとスマートなやり方はなかっただろうか」
「文句を言うな。ほら、前に進め」

 自分の身体の何倍も大きい装甲車を蹴って、ダン伍長は前進を急かす。まだ、目標の対空陣地は見えてこなかった。






 住宅街を抜けた先のゴルフ場に、彼らの対空陣地はあった。しつこいほどに妨害を行ってくる管理局の部隊を蹴散らしながら、ついに分隊は目標を捉えることに成功した。陣地と呼ばれるだけ
あって、即席の土嚢で――そういうところで魔法は使わないのか、とラミレスは疑問に思う。どうも妙だ――厳重に固められており、丸く円を描いた陣地の中で魔導師が、設置型の魔法の杖とで
も呼ぶべきかのような対空砲に腰かけて、時折複雑な詠唱を行って魔法陣を展開させ、天空目掛けて青白い光の砲弾を放つ。おそらくあれが、対空射撃の魔法なのだろう。この場で銃撃してもよ
かったが、もっと簡単な方法があった。

「ハンター2-1からマンハッタン・エコー。これより座標を指定する。砲撃してくれ、オーバー」
「マンハッタン・エコー、了解。座標を送られたし」

 戦線後方で各地からの要請に基づき支援砲撃を行っている砲兵隊と、フォーリー軍曹が連絡を取る。指示を受けて、ラミレスはレーザー照準を敵の対空陣地の中央に当てた。そこから割り出され
た座標が通信回線によって司令部に送られ、さらに砲兵隊へと通知される。砲兵隊はM777一五五ミリ榴弾砲のデジタル式弾道計算コンピューターに座標を入力し、砲撃を開始する。
 砲撃ははるか二キロ後方の砲兵陣地から行われた。ラミレスたちは、無論その様子を見ることは出来ない。ただ、着弾の瞬間は目撃できた。目の前の対空陣地に、雷の如く振り下ろされた衝撃
と爆風の嵐が、徹底的に陣地を木っ端微塵に破壊する。炎が敵を呑み込み、衝撃が対空砲の砲身を蹴り折り、何メートルも宙に舞い上げて、地面に叩き付けた。攻撃成功、任務達成。これで民間
人の脱出は滞りなく行われるはずだ。
 ところが、任務達成の喜びも味わう間もなく、通信機に司令部からの指示が舞い込んできた。あの、シェパード将軍からだ。

「ハンター2-1、こちらはシェパードだ。目標を達成したか?」
「こちらハンター2-1、目標を達成。敵の対空陣地は沈黙です――何か?」
「君たちに頼みがある。我が軍のVIPを乗せた輸送機が、敵の攻撃にあって墜落しそうだ。おそらくもう駄目だろう。墜落予想地点は、ブルックメア通りと思われる」
「VIPを保護するのですか?」
「その通りだ。彼には知らせてある、合言葉は"アイスピック"だ。彼は"フェニックス"と答えるはずだ」
「了解――あー、上空をC-130が燃えながら通過した。おそらくあれだ」

 見上げれば、主翼から炎を吐き出しながらどんどん高度を下げていくC-130中型輸送機が見えた。機体は何とか姿勢を立て直そうともがいているようだったが、奮闘むなしく、機体の高度は下が
る一方だ。ついに見えなくなったかと思うと、住宅街の向こうでドン、と大きな黒煙が上がる。だいぶ速度は落ちていたようだが、果たしてあれで乗っていると言うVIPは無事なのだろうか。
 ともかくも、分隊は指示通りに動く。ブルックメア通りはすぐ近くだ。駆け足で進めば一〇分とかからず辿り着く。墜落地点は、すぐに見つかった。家屋の一つに、C-130の残骸が頭から突っ込
んでいた。家屋は半壊しているが、住所はどうにか読み取れた。ブルックメア通りの4677番地。しかし人影は見当たらない。例のVIPとやらは、どこに行ったのだろう。

「あの家を調べてみよう。もしかしたらあの中かもしれん」
「軍曹、家は半壊してますぜ」
「あと半分は健在だ」

 やれやれ、面倒臭ぇ。ダン伍長は渋々と言った様子で、フォーリー軍曹について行く。ラミレスや他の分隊員も付き従った。
 家屋は目茶目茶に崩れていたが、一階のキッチンと、二階に繋がる階段は崩れていなかった。アイスピック、と指示にあった合言葉で呼びかけながらラミレスたちは家に入るも、返事はない。
一階には少なくとも、誰もいないようだった――否、誰かが冷蔵庫を漁っている。おい、と声をかけると、そいつは驚いて振り返った。管理局の魔導師、こんなところにもいたのか。手には牛乳、
おそらく冷蔵庫の中身を拝借したに違いない。空き巣の現行犯だ、と仲間の兵士が銃撃一発。牛乳パックが弾け飛び、魔導師はキッチンに倒れた。

「アイスピック! アイスピック!」
「誰もいませんぜ、軍曹」
「二階を見てみよう。パニックルームだ」
「……手を挟まれたりしないですよね」

 何を言っているのだろう、ダン伍長は。疑問に思いながら、ラミレスはフォーリーたちと共に二階に上がる。パニックルームは、一般家庭向けの緊急避難室だ。確かそんな映画があったな、と
銃を構えながら、脳裏に雑念が走る。もし、VIPが身の危険を感じてこの家に入ったのであれば、パニックルームに入ったのかもしれない。特に根拠もない予想だったが、どうやら当たったよう
だ。二階に上がると、管理局の魔導師の死体が転がっていた。銃に撃たれたようで、パニックルームの前に倒れていた。一階で冷蔵庫を漁っていた奴の仲間だろうか。ともかくも、銃で撃たれた
のならばVIPが立て篭もっている可能性はあった。

「アイスピック!」

 フォーリー軍曹が、合言葉を言う。大きな声で言ったのだが、返事はない。もう一度言ってみるが、やはり沈黙しか返ってこなかった。やむなく、分隊はパニックルームに侵入する。

「――間に合わなかったか」

 室内に足を踏み入れるなり、ダンが苦々しい顔で呟く。全員が銃を下ろした。警戒する必要はもうない。スーツを着たVIPと思われる人物は、銃を握ったまま死んでいた。もともと墜落時に負傷
していたのか、魔導師と相打ちになったのかは分からない。出血量が多すぎて、判別が出来なかったのだ。唯一、傍らに転がるブリーフケースは手錠で繋がっており、簡単には手放せないように
なっていた。

「ラミレス、ブリーフケースを回収だ…それだけでいい」
「了解――」

 こいつは何者だったのだろう。死人は何も語らない。ブリーフケースを回収したラミレスは、パニックルームから出ようとして、ダンが先ほどの管理局の魔導師の死体を見て、怪訝そうな顔を
していることに気付く。

「軍曹、こいつ見てください。腕にタトゥーなんかしてます。フェニックス前線基地にいた魔導師を思い出してくださいよ。あいつら、タトゥーなんて入れるような奴らでした?」」
「それがどうした。素行が悪い奴だったんじゃないか」
「地球に侵攻するなんて一大作戦で、素行の悪い奴なんて使いますかね? そりゃあ、俺みたいなのが祖国防衛作戦に加わったりしてますが」

 フムン、とフォーリーは言われて初めて、首を傾げる。改めて死体の装備を見てみれば、魔導師であるに違いないが、どうにも装備に統一感がない。個人の能力を重視して、装備統一を行わな
かった部隊なのだろうか。それにしては、先ほどの銃剣突撃であっさり鎮圧されてしまう程度の練度でしかなかった。銃撃戦ではこちらを手こずらせる彼らが、白兵戦になると途端に弱体化して
しまう。かつて、共に異世界を駆け回った魔導師たちは、そうではなかった。どうも、こいつらは復讐の念に燃える割りに、命を惜しんでいるようですらある。
 ラミレスも、ダンの指摘で初めて違和感を感じるようになっていた。さっきの冷蔵庫を漁っていた魔導師にしても、ろくに抵抗せぬまま撃たれて死んだ。驚いて萎縮してしまったのか。それに
しても、あまりにも呆気ない。彼らは、もっと手強い奴らだと思っていたのだが。

「……考えても仕方ない。ダン、こいつの写真を撮れ。諜報部に送ってやろう」
「あいよ」
「司令部、シェパード将軍に連絡だ。VIPは死んだ、ブリーフケースのみ回収」

 とは言え、今は考えても答えが出ない。相手が何者であれ、祖国は今、蹂躙されているのだ。第七五レンジャー連隊は、次なる任務へ向かう。






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最終更新:2012年06月30日 15:01