MW2_12

 理由は何であれ、軍に入ったのは自分がそうすることを選んだからだ。
 ある者は純粋に愛国心に目覚め、国を守りたいと思ったから軍に入った。ある者は職が見つからず、他に行くところもないため軍に入った。ある者は自分の夢を果たすため、必要な金や技能を
得るために軍に入った。ある者は日常に飽き飽きし、戦争というスリルを味わうために軍に入った。ある者は軍用機や銃が好きで、実物を操作してみたいと思い軍に入った。
 志願の動機は、人それぞれだ。軍に入ると言うことは、限られた選択肢の中で、それは自分が自分自身のために選び取った道だ。選んだ後になって後悔や反省はあるだろう。だが、一つだけ、
これだけは確実なことが言える。
 軍に入った。その行動は、己が意志に基づいて行われたのだ。






――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM――
(緊急放送システム)


――PRINCE GEORGE'S COUNTY RESIDENTS ARE INSTRUCTED TO GO DIRECTLY TO THE HEALTH DEPARTMENT AT 147 KIRKWOOD AVE――
(プリンスジョージ郡にお住まいの住民の方は、カークウッド通り一四七番地の保健所にお集まりください)


――PICK-UPS EVERY 15 MINUTES FROM COMMUNITY COLLEGE CAMPUS IN UNIVERSITY TOWN――
(学園街のコミュニティ・カレッジのキャンパスより、一五分ごとに出発します)


――EMERGENCY EVACUATION IN PROGRESS――
(緊急避難を実施中です)


――HEAD IMMEDIATELY TO YOUR NEAREST EMERGENCY SERVICE SHELTER――
(ただちに、最寄の緊急避難所に向かってください)


――TROOPS WILL BE THERE TO MEET YOU――
(軍の兵士がそこでお待ちしています)


――BRING A PHOTO ID AND NO MORE THAN ONE BAGGAGE ITEM PER PERSON――
(写真付きの身分証を持参し、手荷物は一人につき一つまでとしてください)


――BE AWEWRE OF YOURE SURROUNDINGS. REMAIN ALERT――
(周囲に注意し、警戒を緩めないようにしてください)


――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM――
(緊急放送システム)





 駄目だな、とその陸軍兵士は、転がり込んだ民家のテレビの電源を消した。どの局も同じ内容ばかり流している。緊急放送システムは民間人に向けたものであり、情報を欲する軍の兵士は対象
のうちではないのだ。リモコンをかつては家族団らんの中心であったであろうリビングのテーブルに置いて、銃を手にして立ち上がった。
 シュガート、と兵士は、先ほどからキッチンに潜り込んで何か作業に打ち込んでいる戦友の名を呼んだ。あいよ、と返事があって、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に冷蔵庫の陰から
シュガートと呼ばれた兵士が姿を現す。薄汚れた野戦服にチェストリグと言う姿は、誰の目にも彼らがこの家の本来の住民ではないことを明らかにしていた。

「やっぱりテレビは駄目だ、どこの局も避難情報ばかり流してる。全体の戦況が窺い知れそうなものは無いな」
「そりゃ残念。いよいよ俺たち独立愚連隊だな」

 シュガートにあまり残念がった様子は見られない。ミネラルウォーターを使って何をしているのかと思えば、食塩をペットボトルの中に注ぎ込んでいる。さっきから何をしてるんだ、と聞けば
彼は特に表情も変えることなく、生理食塩水だ、と答えた。何故そんなものを、と言葉には出さず眼で訴えていると、シュガートはさらっと答えた。

「食塩水は消毒液の代わりになるんだ。必要だろ、この先いろいろと」
「俺もお前も軍医じゃなけりゃ衛生兵でもないってのに――だいたい生理食塩水って、大丈夫なのか? ほら、水と食塩の分量とか」

 消毒液の代わりになると言う割りに、シュガートは明らかに目分量と味見で水と塩のバランスを調整しているように見えた。彼が経験豊富な軍医や衛生兵であるならもはや感覚でそういうものを
即席で作れるのもまだ理解できるが、あいにく彼も自分もただの歩兵だった。しかも、現在は本来所属する部隊からはぐれてしまっている。
 シュガートは生理食塩水を製造する動きを止めず、質問に答えなかった。「無いよりマシだ」と少々ずれた言葉だけ返してきた。本当かよ、と苦笑いし、兵士は手近にあったお菓子の入った棚
からチョコレートを見つけ出した。ありがたい、ちょうど甘いものが欲しかったところだ。

「ゴートン、食い物をあまり奪っていくなよ。一応ここ、人が住んでる様子だったんだからな」
「戦争が終わったらちゃんと返すよ」

 ゴートン、と呼ばれた兵士はそうは言いながらもチョコレートの袋を開け、粒状になっていた甘い食品を口に放り込んだ。包装はディズニーのキャラクターが描かれた子供向けの代物だったが
食べてしまえば大人も子供も関係ない。甘い食感が口の中で溶けて、戦場を潜り抜けてきた身体にわずかばかりの癒しを与えてくれる。
 そうだな、大人も子供も関係ない。それどころか兵士も民間人も関係ない――すでに夜だった。外はいい加減暗くなっているはずなのだが、今日に限ってそれは無かった。窓の外に眼をやれば
首都の中央、ワシントンの中心部が紅に染まっているのが見えた。夜空さえもが赤く照らされ、まるで血の滲んだカーテンのようだった。敵弾はひとまずここには飛んでこないが、今頃あの紅の
夜空の発生源は戦場であるに違いない。大人も子供も、兵士も民間人も関係なく、全て平等に命の奪い合いが繰り広げられているのだろう。
 ただちに自分たちも戦いに加わるべきだ――ゴートンの心の中で、アメリカ合衆国に忠誠を誓った兵士としての部分がそう叫んでいた。だがどうする、と冷静な思考が爆発しそうになる感情を
押し止めていた。
 敵の奇襲によって、彼らが搭乗すべきヘリは目の前で破壊されてしまった。指揮官は早々と戦死し、命令もままならないまま、所属する部隊は皆が散り散りになった。身体一つで空から降って
きた異世界の侵略者たちから逃げ惑い、ようやく安全らしいこの地帯にまでやって来た。命令を得ようにも、自ら行動しようにも、情報が圧倒的に不足していた。通信機もなく、家の電話はどこ
にかけてもほとんど繋がらない。回線がパニックに陥っているのだろう。たった二人が突っ込んだところで、何の意味もない。死ぬ覚悟は出来ていたが、その覚悟を無駄にするような死に方だけ
はしたくなかった。

「誰かいるか!?」

 バッと、ゴートンはソファーに座り込んでいた身体を起こした。壁に立てかけていたM16A4を手に取り、突然声の聞こえた玄関の方に眼をやる。シュガートもミネラルウォーターのペットボトル
を置いて、M14EBRに持ち替えていた。警戒しつつ、二人は声の主の出方を伺う。

「海兵隊だ! いたら返事しろ!」

 海兵隊? ゴートンはシュガートに眼をやった。言葉が本当なら味方に違いない。だが、迂闊に返事をしていいものか。侵略者である時空管理局の連中は、つい先日まで同盟軍だった。こちらの
言語を理解しており、味方のふりをして近付いて来るという可能性は決して拭いきれない。
 返答に窮していると、ついに玄関が開かれた。現れたのは、自分たちと同じ薄汚れた野戦服とチェストリグ、M4A1やM16A4で武装した兵士たちだった。間違いない、彼らはアメリカ合衆国の海兵
隊だ。警戒しつつ、ゆっくりと屋内に入ってくる。

「撃つな、海兵! こっちは陸軍だ!」

 シュガートが最初に声をあげて、やって来た海兵隊の前に出る。彼に続いてゴートンも表に出て、ようやく出会えた味方と合流を果たした。
 海兵隊は、指揮を二等軍曹が執っていた。本来の指揮官である少尉はすでに戦死し、現在はシュガートとゴートンの二人と同じように情報入手と通信手段の確保を目指していたという。二等軍曹
は名前をマイケル・ナンツと言った。

「君らは陸軍か。通信機の修理は出来るか」
「いいえ、ナンツ軍曹殿。私もシュガートもただの歩兵でして…」
「そうか、仕方ないな――ゴートンと言ったな、所属は?」
「デルタです」

 ほう、と二等軍曹の表情が変わった。陸軍の精鋭特殊部隊デルタフォースの猛者が、こんなところに二人もいる。頼もしい部下を得たような顔をしていたが、一方でシュガートとゴートンの表情
は、何だか微妙な雰囲気だった。海兵隊の指揮下に入れられるのが、少しばかり気に入らない。そうも言ってられない状況なのかもしれないが。
 その時、通信機を持った女性兵士が、ナンツのところにやって来た。名前は聞けなかったが、なんとなく女優のミシェル・ロドリゲスに似ているように見えた。疲れているにも関わらず、彼女の
表情には喜びの色が見えていた。

「二等軍曹、やりました! 通信機が復旧しました!」
「何だって? よし、よくやった」

 ナンツがただちにマイクを受け取って、女性兵士が通信機のスイッチを入れる。司令部と交信し、あるいは近郊に部隊がいるなら連絡を取り合い状況を確認し、その上で命令を受けるか独自の判
断で行動することになるだろう。
 繋がったのは、ワシントン防衛部隊の総司令部だった。間違いない、総司令部なら全体の戦況も把握しているはずだ。この何をしようにも状況が分からない自体を抜け出せる。民家に上がりこん
だ海兵隊と陸軍の兵士たちは、全員が通信機に耳を傾けていた。

「こちらオーヴァーロード、2-5に命令を伝える」
「2-5、どうぞ」
「ワシントンの戦況は絶望的だ。大統領は首都の放棄と民間人の脱出後、空軍による航空爆撃をもって敵を撃滅する判断を下した」
「……2-5よりオーヴァーロード、なんと言った?」
「首都を放棄する。2-5は退却せよ、爆撃に巻き込まれるぞ」

 首都の放棄。誰もが耳にした。聞き違いではない。アメリカ合衆国は、もはやこれ以上の防衛戦は不可能と判断し、ワシントンD.C.を放棄する。これが何を意味するかを、ゴートンは理解して
いた。
 アメリカはその首都を、自らの手で焼き払わなければならない。それほどにまで、追い詰められているのだ。





 ボディパックと言うものがある。戦死した兵士を収納する袋、要するに死体袋だ。これらはその時に備えて――その時とはつまり、戦争だ――ある程度の数が常に保管されている。そのボディ
パックの数が、もうすぐ足りなくなる。それはすなわち、戦死した兵士たちの数が、それほどにまで膨れ上がっていると言うことだ。
 大勢死んだ。敵は衛星軌道上に待機する次元航行艦を低高度、そうは言ってもこちらの迎撃がぎりぎり届かない高度にまで降りて、搭載する魔導兵器をもって撃ち下ろしてくる。召喚魔法によ
って呼び出された大量の竜はワシントンの街並みを破壊し、撃破するには重火器が必要なほどだった。その重火器でさえ、数は不足しがちとなっていた。

「負傷者だ!」

 何時間眠っていたのかは分からないが、ラミレスはその声で目を覚ました。地下の避難所に雑魚寝していたが、疲れはあまり取れていない。
 照明を最低限に抑えた地下施設は暗く沈んでおり、電子機器の光だけがやけに目立っていた。その光を目で追っていくと、わずかに点灯していた蛍光灯に照らし出された兵士の姿があった。衛
生兵だ。見れば彼の周囲には次々と担ぎ込まれていく兵士たちがおり、黒い紐や赤い紐、黄色の紐や緑の紐を結ばれていた。
 黒い紐をつけた兵士は、もう動かない。あるいは虫の息で、誰の目にももう手遅れであることが見えていた。衛生兵が忙しなく動き回るのは決まって赤い紐を結ばれた兵士たちの周囲だった。
トリアージと言って、治療の優先度を示す方法だ。緑は治療の必要がない者、黄色は治療が必要な者、赤はただちに治療が必要な者、黒は死亡、もしくは助かる見込みの無い者を示す。
 ラミレスは立ち上がり、鉛のように重い身体を引きずるようにして治療の現場に向かった。衛生兵たちは懸命に負傷者の治療を行っているが、明らかに手が足りていない。赤色の紐を結ばれた
兵士の中にはまったく処置がなされていないままの者さえいた。
 不意に、足を掴まれた。ハッとなって顔を振り向けば、黒い紐を腕に結ばれた兵士が、光の無い瞳でこちらを見ていた。その姿を見て、思わずラミレスは声を上げそうになった。彼は左腕を失
っており、巻かれた包帯には血が滲んですでに意味を成さないほどに真っ赤に染まっていた。どう見ても助からない、「まだ死んでいない」と言うだけの状態だった。
 兵士の口が、かすかに動く。もはや声も出ないのだろうか。驚きながらも意を決し、彼の口元に耳を近づけたラミレスはかろうじて、声を聞き取った。水をくれ、と。

「なぁ、彼は水が欲しいって言ってる。飲ませても大丈夫か?」

 医者ではないので、水を飲ませていいものか分からない。手近にいた衛生兵を捕まえて訊いてみた。彼は一瞬だけ躊躇った様子だったが、左腕の無い兵士の黒い紐を見ると、黙って自分の水筒
を差し出した。礼を言って受け取り、飲ませてやる。
 左腕の無い兵士は、美味そうに水を飲んだ。喉仏が上下し、水筒が空になるまで。最後の一滴を飲み干した時、彼はラミレスにまた何か言った。なんと言ったのだろう。今度は聞き取れること
はなかった。光の無い瞳はもはや動かず、じっと天を見上げたままだった。ため息を吐き、瞼を閉じてやる。
 涙がこみ上げてきた。これでもう、何人死んだだろう。たった今、目の前で死んだ兵士のことを彼は何も知らない。名前も、出身地も。敵の攻撃は熾烈を極め、すでに所属する第七五レンジャー
連隊以外にも部隊からはぐれた兵士がこの地下施設には集まっていた。だが、みんな同じ兵士だった。アメリカ合衆国の軍隊に所属する仲間だった。戦友だった。
 ドッ、と地下施設に衝撃が走った。衛生兵たちが身を挺して負傷者を庇う。蛍光灯の一つが火花を散らして消えて、天井の板が崩れて落ちてきた。砲爆撃の音が、ズンズンと響いている。敵が、
異世界からの侵略者たちはもうここまで迫ってきているのだろうか。
 冗談じゃない、とラミレスは立ち上がった。時空管理局の奴ら、ここを何だと思っている。好き放題にしやがって。ここはアメリカだぞ。お前らの土地じゃない。身体は疲れ切っていたが、胸
のうちにまるで燻っていた火種に油が注がれたようにして何かがこみ上げてきた。怒りだ。怒りが、彼を突き動かしていた。

「立て、レンジャー。出撃だ」

 ラミレスの怒りを汲むようにして、分隊長の黒人兵士、フォーリー軍曹が出撃命令を下してきた。副官のダン伍長は明らかに疲れた様子だったが、銃を受け取ると即座に立ち上がった。分隊は地
下施設より階段を上がって外に出る。

「聞け、民間人の避難が敵の攻撃によって遅れている。俺たちが行って時間を稼ぐ。どうよ?」
『Hooah!』

 ラミレスやダンだけではない。分隊長のフォーリーも顔には出さないが、きっと疲れている。分隊の誰もが、例外なく。それでも彼らは地下施設より地上に上がり、戦うことを選んだ。
 命令だから。任務だから。仕事だから。彼らを突き動かしていたのは、それらだけではない。誰もが、己が意思に従い、動いていた。民間人への攻撃を許すわけにはいかない。我らは軍隊、我
らはレンジャー、我らは兵士。それぞれが、自分のやるべきことを成そうとしていた。




Call of lyrical Modern Warfare 2


第12話 Of Their Own Accord / "俺たちの国"


SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
五日目 時刻 1835
ワシントンD.C.
ジェームズ・ラミレス上等兵


 燃えている。地上に上がって最初に目撃したのは、紅蓮の炎に染まる祖国の姿だった。アメリカの首都、ワシントンが燃えている。ワシントン記念碑はボロボロになっていて、その真下で友軍が
必死の防衛戦を展開していた――くそったれ、何の冗談だ。M1A2、味方の戦車が議事堂に向けて機銃を乱射している。アメリカの軍隊がアメリカの議事堂を銃撃。ジョークにしても胸糞悪いとい
うのに、ラミレスが目撃した光景は紛れも無い現実だった。
 敵の攻撃は、熾烈を極めていた。管理局の陸戦魔導師たちは政府関係施設をすでに占領し、ラミレスたちが目指す議事堂すらも敵の拠点となってしまっている。鉄条網と塹壕が敵のこれ以上の
侵攻を押し止めているが、味方の旗色はあまり良くない。大口径の魔力弾が降って来て、たった今追い越した友軍兵士が吹き飛ばされた。これでは負け戦も同然だ。
 フォーリー軍曹はヘリによる航空支援を要請したが、司令部からは出来ないとの返答が来た。ポトマック川沿いの負傷者搬送に全力を尽くしているため、支援に回せるヘリはみんな出払ってい
るとのことだった。地上戦力のみで奴らに当たれということか。嘆く余裕も暇もなく、兵士たちは燃えるワシントンの中を進む。攻撃に晒され、負傷した者には手も貸せないままに。

「司令部、我々は援護なしで西に移動中だ! 第一旅団に援護を頼みたい、中継してくれ!」
「こちら司令部、了解した。LAVを一両、そちらの支援に回す――ハンター2-1、目標の建物の北西に海軍のSEALが待機している。彼らと協力して敵を排除せよ」

 総力戦だ。海軍の本領は本来なら海のはずだが、特殊部隊のSEALは陸に上がって管理局の侵攻部隊排除に回っている。司令部の命令を受け、第一旅団のLAVも駆けつけてくれた。本当は戦車の方
が装甲も火力も上で頼れるのだが、贅沢は言えない。LAVは装甲車だが、二五ミリ機関砲の威力は決して低いものではないはずだ。
 魔力弾の雨を掻い潜り、砲撃で大きくへこんだ地面に足を取られながら、それでも何とかラミレスたちは議事堂の手前にまで到着した。道路を一本挟む形で、崩れかけた壁に身を潜めた。敵も
こちらの目標は分かり切っているのか、遮蔽物があるのもお構いなしに光の弾丸をぶち込んで来る。レンガが割れて、運悪く壁に辿り着く直前だった兵士が撃たれ、砲撃で出来た穴に落ちた。誰
も助けようとはしなかった。身を乗り出せば次に撃たれるのは自分だからだ。
 畜生、支援はまだか。ラミレスだけでなく、分隊共通の願いだった。銃だけを壁から突き出して適当に撃ちまくるが、議事堂を占拠する魔導師たちはその程度で怯むはずがない。そのうち身を
守ってくれていた壁すら魔力弾が貫通してくるようになった。敵は普通の射撃魔法では効果が無いと見るや、詠唱と集束に時間はかかるが威力の高い高初速の魔力弾に切り替えたのだ。
 あっ、と短い悲鳴を上げて、ラミレスの隣にいた兵士がまた一人、壁を貫通してきた弾丸に撃たれ、ひっくり返った。手を伸ばして助けようとして、無駄だと気付く。とっくに夜なのに、炎で
紅く照らされる地面に、臓器がぶちまけられていた。畜生、と誰ともなく声が漏れる。
 その時だった。突如、道路の向こうにあった議事堂の窓に小規模だが連続した爆発が巻き起こり、陣取っていた魔導師たちが吹き飛ばされていく。海兵隊のLAV-25歩兵戦闘車が、ようやく到着
したのだ。機関砲が火を吹き、なおも銃撃を試みる敵を木っ端微塵に薙ぎ倒していく。

「よし、味方が敵の頭を抑えているぞ。合図したら走れ、いいな!?」

 チャンスだった。敵の注意はLAV-25に引き付けられ、壁に身を寄せるラミレスたちには向いていない。フォーリー軍曹が勇敢にも自ら壁から身を乗り出し、タイミングを見計らう。LAV-25はレ
ンジャーたちの意思を汲むかのようにして、続いて銃撃を行う。議事堂の窓と言う窓にさんざん機関砲弾が叩き込まれたところで、GOの合図が出た。

「GO! GO! GO!」

 押し出せ、行け、ケツを上げろ、進め兵隊、レンジャーども。脳内で、自分ではない誰かが命令してくる。否、誰かではなかった。脳裏に響く命令の声は、自分自身のものだった。ラミレスは
M4A1を抱え、仲間たちと共に壁から身を乗り出し、走った。放置されている車を乗り越え、客も運転手もいなくなったタクシーを飛び越し、議事堂への入り口に辿り着く。敵の懐に飛び込んだ。
ここから先は対等な条件での戦闘だ。
 壁に張り付き、中の様子を伺う。会話が聞こえた、敵の魔導師たちだ。LAV-25の機関砲に手酷くやられたらしく、悲鳴と怒号が飛び交っている。指揮官らしき者だけが、道路の向こうにいた米
軍兵士たちが姿を消していることに気付き、警戒しろと呼びかけていた。
 OK、あんたの判断は正しい。言うことを聞く部下に恵まれなかったのが残念だったな――副官のダン伍長とアイコンタクト。彼は手榴弾を持ち出し、指の動きでその後に突っ込めと指示。ラミ
レスは頷き、M4A1を構える。
 ダンがピンを抜き、三カウントした後に手榴弾を投げる。ピンを抜いた瞬間、手榴弾は我らの戦友ではなくなるのだ。敵にも味方にも等しく、無慈悲に破壊の力を振り撒くのみ。入り口の向こ
うで悲鳴が上がり、直後に爆発音。間髪入れず、ラミレスたちレンジャーが突入を開始する。
 突然投げ込まれた手榴弾の爆発で、魔導師たちはパニックに陥っていた。普段なら隊列を組み、厄介な防御魔法を展開させることでこちらの攻撃を無力化しながら射撃魔法を撃って来る戦術も
この時は隊列すら組まれていなかった。無防備な横っ腹に向けて、銃弾を叩き込む。銃声が響き、上がったはずの悲鳴が掻き消される。果敢にも抵抗してくる魔導師もいたが、ダットサイトが敵
の姿を映し出すのと魔法の杖であるデバイスを構えるのとでは、前者の方が早かった。引き金が引かれ、放たれた五.五六ミリ弾が敵を薙ぎ倒す。
 一階の敵を掃討。議事堂の奪還はまだ始まったばかりだ。ラミレスたちは先を急ぐ。




 階段を上がり、分隊は議事堂内を一階一階ごとに制圧していく。エレベーターは使えなかった。電源は生きているようだが、ラミレスが二階を進んでいる途中に見たのは、エレベーターのドアに
挟まれて息絶えている友軍兵士の姿だった。最後の一発まで孤軍奮闘したらしく、その証拠に周囲には空になったマガジンが多数放棄されていた。出来ることなら遺体を回収してやりたい。祖国を
守るために必死に戦い、そして死んだ兵士の遺体を、自動ドアがずっと閉じる、開くを繰り返しながら挟んでいた。一種の滑稽さすら感じさせられる、無残な惨状。祖国のために死んだ英雄を、こ
んな形にして残しておいていい訳がない。それでも、分隊は前進を優先した。戦死者よりも、生きて避難を待つ民間人の救出支援の方が先立った。
 文字通り血の犠牲を払いながら、レンジャーたちは五階に到着した。フォーリー軍曹が先頭に立って進み、警戒しながら分隊を率いていく。その時、彼の動きが曲がり角を直前にして止まった。
「何かいるぞ」と小声で言って、左腕を上げて前進停止の指示を下す。首だけ出して覗き込んでみれば、半壊した議事堂五階の南西に位置する部屋に、多数の魔導師らしき影が見えた。部屋の壁は
崩れ去っており、ワシントン記念碑が丸見えな状態になっているが、敵にとってはかえって好都合だったに違いない。奴らはここを拠点に、民間人脱出のヘリの動きを阻害しているのだ。
 分隊は足音を立てぬようゆっくり、しかし迅速に部屋への入り口に忍び寄った。最初に議事堂に突入したのと同じように、手榴弾を放り込んでから一気に突入する魂胆だった。ラミレスは準備の
ためチェストリグのマガジンポーチから、新たにマガジンを取り出す。M4A1に装填されていた中途半端に撃ったマガジンと交換。準備が整ったところで、レンジャーたちは突入を開始した。
 まず手榴弾が放り込まれる。部屋の奥から悲鳴が上がり、直後に爆発音。GO!とフォーリーが指で突入開始の指示を下し、自身も先頭に立って突っ込む。魔導師たちは振り返って抵抗を試みるも
奇襲を受けた兵は大抵脆い。この敵も多分に漏れず、魔法の銃弾を放つ前に鉛の弾丸で沈黙させられていった。
 敵を掃討し、崩れた壁なき壁の向こうに広がる光景を目の当たりにして、ラミレスはうわ、と思わず声に漏らした。ワシントンはとっくに夜の時間帯を迎えているにも関わらず、空は夕焼けに染
まったように紅い。ドス黒い煙も混じる形で。
 ダン伍長が双眼鏡を持ち出し、記念碑の下に設けられている地下避難所への入り口を見る。それから記念碑より向こう側を見て、くそ、と吐き捨てた。彼は双眼鏡を指揮官のフォーリーに渡し、
見てくださいと言う。
 ラミレスは双眼鏡を持たなかったが、そんなものに頼らずとも、避難所に危機が迫っているのは分かった。魔導師が召喚魔法によって呼び起こした竜だ。昨日、住宅街で大暴れしていた竜が、再
び姿を見せていた。おまけに今度は複数だった。避難所周辺に残る兵士が抵抗の砲火を上げているが、竜の進撃は止まらない。塹壕や即席のトーチカに竜は炎を吐いて浴びせて、文字通りに焼き払
う。出来の悪い怪獣映画、ラミレスの記憶では破壊されているのはいつも日本のトーキョーだった。今目の前で蹂躙されているのは、アメリカのワシントンと言う点だけがかろうじて、目の前の光
景が現実であることを教えてくれる。

「司令部、こちらハンター2-1だ。議事堂の五階南西の部屋を奪取、記念碑方面の避難所に接近する敵の竜を目視。避難所への支援が必要と思われるがどうか?」
「司令部よりハンター2-1、避難所にはまだ民間人が残っている。支援せよ」
「了解」

 司令部との交信終了、分隊は竜を攻撃して避難所を支援する。しかし、竜を撃破できる重火器など誰か持参してきただろうか。最低でも対戦車火器がなければ、かえって竜を怒らせるだけになっ
てしまうはずだろう。

「軍曹、竜をやっつけるのはいいんですがね。俺たちミサイルもロケットも持ってきてませんよ。重装備を運んできたヘリは昨日の夜に落とされて、川にドンブラコと流されました」
「私にいい考えがある」

 ダン伍長のぼやきに、フォーリー軍曹は短く答え、そして視線でもって回答を示した。部屋の隅に、シートをかけられた何か大型の機材らしいものがあった。ひっぺ返してみると、管理局の連中
が使っている魔導兵器の一種だった。対空砲に分類されるもので、殺傷、非殺傷が選べる。射程も長く、威力も十分にあるため米軍内では要注意の通達が回されていた。

「使えるんですかこれ。俺たち魔法使いじゃないですよ、ステータスはデフォルトでMP0ですよ」
「問題ない、こいつは独自の魔力炉を持っているとの情報だ。分隊、こいつを使って竜を沈めるぞ」

 滅茶苦茶だ、と誰もが思ったが、使える重火器は他にない。固定が解かれ、管理局の魔導兵器はレンジャーたちによって引きずり出された。外を狙えるよう配置がなされ、砲身が展開し、記念碑
より向こうにいる竜へと向けられる。ここまでは簡単だった。問題はこの先だ。どうやって撃つのか。ダン伍長が砲の後ろにあったパネルを見つけて開き、スイッチを操作しているが反応がない。

「どうしたブッサイク、もっと頑張れ!」

 苛立ったダンが、パネルを乱暴に叩いた。するとどうしたことか、沈黙していたディスプレイに光が灯り、照準システムが起動する。「この手に限るな」と得意げにする副分隊長を差し置いて、
ともかくもラミレスは照準システムに手を出してみた。タッチパネルのようで、指の動きと砲身の向きが連動するようだった。ディスプレイに表示されるのは各種数値と、ワシントン記念碑、それ
から竜。竜は青色のラインに囲まれており、照準を合わせようとするとエラーが出力された。さすがに管理局の対空砲と言うだけあって、敵味方識別装置(IFF)が搭載されているのだろう。
 どうすんだこれ――山勘に任せて、タッチパネルでそれらしい部分を叩いた。強制発射など出来ないものか。それともIFFを切ってしまうようなスイッチは。反応しない。対空砲はうんともすんと
も言わなかった。やはりよその世界の兵器をいきなり扱うのは無理があるか。ダンの真似をして、タッチパネルを拳で殴った。ピ、と短い電子音が鳴って、砲身が勝手に動く。自動照準、対空砲が
本来の仲間である竜に向けられた。伏せろ、と誰かの声がして、兵士たちは一斉に伏せた。ドッ、と次の瞬間、魔導兵器は青白いレーザービームを放つ。照準されていた竜は撃たれるはずのない砲
撃魔法の直撃を浴び、大破炎上。そのまま地面に崩れ落ちて死亡する。
 もう一匹の竜はさすがに事情が飲み込めたのか、明らかにこちらに向けて敵意をむき出しにした咆哮を上げた。雑多な小火器で必死に抵抗する避難所周辺の米軍兵士よりも、敵に奪われた対空砲
のある議事堂が脅威だと認識したに違いない。紅の夜空を背景に、大地を踏みしめながら怪物が近付いてくる。

「ラミレス、近付いて来るぞ。早く撃て!」
「撃てないんです!」
「どうしてだ!」
「知りませんよ! 伍長が叩いたからじゃないですか!?」

 それを言ったらお前もだろう、と突っ込みは返ってこなかった。対空砲はチャージの時間を終えたのか、再び勝手に動いて照準を近付く竜に合わせる。竜も正面対決の構えを見せて、口から火炎
の息吹をちらつかせていた。
 逃げろ、と誰が言わずともレンジャーたちは動いていた。この場に留まっていてはまずい。分隊は魔導兵器を残し、大急ぎで部屋を抜け出した。
 ラミレスは最後に部屋を出て、皆を追っていくらか走ったところで、一度振り返った。まさにその瞬間、彼らが残した対空砲は役割を果たしていた。青白い閃光を放って、竜を迎撃したのだ。竜
も直前、火炎を吐いて対空砲を破壊する。両者は意図せずして、相打ちの形となった。竜は直撃を浴びて大地に崩れ落ち、対空砲は部屋ごと業火に包まれ粉砕される。爆風が踊り狂い、衝撃がラミ
レスの背中を蹴飛ばした。
 数メートルを吹き飛ばされたラミレスは一瞬意識が暗くなり、しかし戦友たちがただちに助け起こす。

「ハンター2-1、よくやった! 避難所はまだ持ち堪えている! 諸君らは脱出を急げ、敵が議事堂の再占領を企んでいるぞ」

 畜生、まだやんのかよ――どうにか自分で立ち上がり、回復したラミレスは戦友たちと共に、議事堂の屋上を目指す。すぐ後ろで、魔導師たちの怒号が飛び交っているのが聞こえた。



 屋上に到着した分隊は、待機していたSEALと合流した。彼らはヘリを呼び寄せており、すでに議事堂から脱出する用意に入っていた。

「ここはもう持たないぞ、早く逃げろ」
「ご忠告どうも。しかし自分らの持ち場はここです」

 紅の夜空の向こうから米海軍のSH-60シーホーク哨戒ヘリが、バタバタとローター音を立てて議事堂上空に接近。誘導を他の分隊員に任せたラミレスは崩れかけた階段の前で銃を構えているSEAL
隊員に退避を促すが、彼らは従わなかった。すでに階段の向こうからは魔導師たちがドタドタと足音を立てて接近しつつあるのが分かる。SEALは自分たちはヘリに乗らず、レンジャーを優先させる
つもりなのだ。
 風が巻き起こり、SH-60が議事堂の屋上に着陸した。レンジャーが乗り込めばまたすぐ離陸するため、ローターは回したままだ。吹き付ける風には、熱があった。火災のせいだろうか。ラミレスは
なおもSEALに退避を勧めるが、彼らはあくまでも持ち場に残った。行ってくれ、とこんな状況で笑顔すら見せて。気張れよアーミー、ここは俺たちの国だ、と。
 断腸の思いで、レンジャーはSH-60に乗り込んだ。途端にヘリは離陸し、議事堂を離れる。見下げた先の屋上では発砲炎と思わしき光が瞬いて、一方で地球の銃火器のそれとは明らかに異なる光
が走り、発砲炎が沈黙する。乗り込む直前に会話したSEALのあの隊員はどうなったのかは、言うまでもなかった。
 また死んだ。顔も名前も知らない、しかし同じ国を守る戦友が。ラミレスは、胸のうちから何かがこみ上げてくるのを我慢できなかった。見れば、SH-60のキャビンにはドアガンとしてガトリング
機銃のミニガンが搭載されているではないか。一度は機内に落ち着けた身体を奮い立たせて、ミニガンに取り付く。

「司令部、こちらハンター2-1だ。ダガー2-1に乗って議事堂を離れた。避難所の状況は?」
「まだ避難は完了していない。彼らは第二次大戦記念碑方面から激しい攻撃を受けている」
「了解、空から出来ることはやってみよう」

 フォーリーが司令部との交信を終えて、SH-60のパイロットに「やれるか?」と聞く。パイロットは親指を立てて、機を旋回させた。陸軍のレンジャーを乗せた海軍のヘリは反転し、第二次世界
大戦記念碑上空へと向かう。キャビンの扉が開かれ、ラミレス以外の分隊員たちは身を乗り出し、銃を地面に向ける構えを見せた。途中、目的を同じくとするOH-6の二機編隊と合流した。
 三機編隊となったヘリは、第二次世界大戦記念碑、その中央に位置する噴水広場上空に到達。眼下には記念碑周辺で攻撃準備に入るものと思われる魔導師たちの姿と、鹵獲されたのか彼らの手に
よって運用されるトラックの姿があった。
 ドッと、轟音が走る。どこからか飛んできた魔力弾が、SH-60と編隊を組んでいた二機のOH-6のうち一機に直撃。乗り込んでいた兵士たちが空中に放り投げられ、機体はバランスを失って部品を
撒き散らしながら落ちていく。大地に激突することはなかった。落着する前に空中で爆発してしまったのだ。

「対空砲火だ、気をつけろ!」
「2-2が被弾、落ちた!」

 くそ――ミニガンに取り付くラミレスは、ついに我慢が出来なくなった。下の記念碑にいる魔導師たち、異世界からの侵略者、敵。こいつらはどれだけ俺たちの戦友を奪えば、どれだけ俺たちの
国で好き放題すれば気が済むんだ。ふざけるな、畜生、この畜生ども。
 怒りは兵士の身体を乗っ取って、理性を蹴り飛ばした。射撃命令は出ていなかったが、ラミレスはミニガンを地面にいる魔導師たちに向けて放った。回転する銃身が野獣の唸り声のような音を立
てて、銃口から放たれた攻撃の意思が大地に向けて降り注がれる。たちまち、魔導師たちが薙ぎ倒されていく。薙ぎ倒されながら、反撃の魔力弾を撃ち上げてきた。こうなれば命令など関係ない。
SH-60に乗り込んでいたレンジャーたちは、手に持つ銃火器で敵を撃つ。

「くそ、くそ、くそ、くそ」

 ラミレスが罵倒の声を上げて、それをミニガンの唸り声が掻き消していく。敵はバタバタと倒れていった。
 思い知れ、くそども。お前たちが来なければ、誰も死ななかったんだ。みんな死なずに済んだんだ。最後に水を飲ませてくれと言ったあの兵士も、エレベーターに挟まれて死んでいたあの兵士も、
屋上に最後まで残ったSEALの隊員も、みんな、みんな生きていたんだ。

「出て行け」

 通信機が何かごちゃごちゃと言っているが、聞こえない。聞く気もなかった。今の彼は、眼下にいる侵略者たちを皆殺しにすることだけに集中していた。

「出て行け、このクソ野郎ども! 出て行け、死ね! 畜生が、何が時空管理局だ、ここは俺たちの国だ! 俺たちのアメリカだぞ!」

 訳も分からず、涙が零れてきた。感情の高ぶりが、限界に来てしまったのだろうか。泣きながら怒りを露にする兵士は、ミニガンを撃ちまくる。
 ガンッと、機体に衝撃が走った。被弾してしまったのだ。幸いにもまだ姿勢は維持できているが、コクピットの方からはパイロットの慌しい様子と鳴り響く警報音が、機体の状況を示していた。
遅かれ早かれ、SH-60はもう持たない。早く着陸せねば、墜落してしまう。

「司令部、司法省の屋上に多数の対空砲を確認した――おい、あの上まで飛ばすんだ。どうせ落ちるなら道連れにしてやれ」
「了解だ。しっかり捕まれ、アーミーども! カミカゼ・ダイヴだ!」

 フォーリーはパイロットに特攻を命じて、パイロットもそれに応えた。被弾しながらでも飛行するSH-60は司法省上空に到達し、落ちる寸前まで搭載火器をありったけ叩き込む。司法省の屋上に
展開されていた魔導兵器は次々と粉砕され、しかしなおも破壊し切れず残っていた対空砲が、ヘリに照準を向ける。
 再び、ラミレスたちを乗せた機体に衝撃が走った。今度はもう持たない。バランスを失ったSH-60はぐるぐると回転を始め、高度を急激に下げていく。ラミレスは機から振り落とされそうになり、
ミニガンに捕まって必死に耐えた。捕まる場所が落ちているのだから、あまり意味はなかったかもしれないが。それでも手が動いたのは、咄嗟の生存本能の働きだったのだろう。
 パイロットが何か言っている。 メイデイ、メイデイ、こちらダガー2-1、墜落する。位置はP-B-2――最後まで聞き取ることは出来なかった。大地が目の前に迫ったかと思った次の瞬間、この
世の終わりかとも思えるような凄まじい衝撃が走り、ラミレスの視界は真っ暗に染まった。
 死んだ、と意識が途絶える直前、彼は思った。





 頭の中で、鐘が鳴っている。その音に混じって、銃声が聞こえていた。悲鳴も、怒号も、爆音も。死後の世界とはこんなに騒々しいのか。生きてるのも死んでいるのも、これでは変わらない。
 視界がぼんやりと、しかし確実に回復してきた。回復? つまり自分は、まだ生きているのか。最初に見えたのは、ぐしゃぐしゃになってしまったヘリの機内と、外への出口を阻む残骸、未だに
回転するローター、その向こうで必死に防衛線を張る戦友たち。戦友たちの中には、フォーリーやダンもいた。みんなまとめてくたばったから、みんな一緒にあの世に来たのか。いまいち、現実感
の湧かない光景だった。
 起き上がろうとして、手のひらに痛みを感じた。よくよく見れば、手にはめていたグローブがズタズタだった。手の皮が擦り剥けて、それで痛みを感じたのだ――痛み。死んでしまっては、痛み
は感じられない。生きているからこそ、痛みがあるのだ――生きている。死んでなんかいない、俺はまだ生きてるんだ。
 ようやく意識を取り戻したラミレスは、状況を確認する。乗っていたヘリは落ちた。フォーリーやダンが前に出てみんなと共に防衛線を張っている。燃え盛る炎の向こうから、墜落したヘリを目
標に敵の魔導師たちが集まってくる。くそ、なんてこった。まだゲームオーバーじゃない。戦闘は続行だ。
 しかし手元に銃はない。墜落の衝撃で、どこかに吹き飛ばされてしまったのだろう。するとそこへ、意識を取り戻したラミレスに気付いた戦友の一人が、M4A1を持って駆け寄ってくる。

「これ持って伏せてろ!」

 直後、戦友は後ろから撃たれて死んだ。遺品になってしまったM4A1、残弾はほとんどない。マガジンが一つ、それだけだ。残骸と化したヘリの機内で、それでもラミレスは抵抗することを決めた。
痛む手のひらを堪えて銃を構え、ダットサイトに捉えた敵影に向けて引き金を引く。一発、二発、三発。照準の向こうで敵がひっくり返るが、それでも魔導師たちは数に物を言わせ、後から後から
湧いて出てくる。たちまち、マガジンは空になった。カチンッと小さく機械音の断末魔をM4A1が鳴らす。

「ラミレス、これが最後だ。しっかり当てろ!」

 弾切れに気付いたフォーリーが、新たな、そして正真正銘最後のマガジンを投げ渡してくれた。リロード、装填。銃に新たな命を吹き込んで、再び射撃を開始。敵は一向に減る様子がなかった。

「曳光弾、残り三発!」

 業を煮やしたダンが前に出る。残り少ない弾を正確に当てようと、少しでも距離を詰めようとしたのだ。その行動は裏目に出てしまう。魔力弾の一発が、彼の肩を掠め飛んだ。あっと短い悲鳴が
上がり、フォーリーが副官を遮蔽物の影に引きずり込む。まだ息はある。だが、この状況では。
 強い光が、レンジャーたちに浴びせかけられた。照明だ。こちらの位置が丸分かりになってしまう。魔導師たちはいよいよ、こちらを追い詰める魂胆だ。レンジャーたちは包囲され、逃げられな
い。袋のねずみだった。
 アレン先輩、いるなら助けてくださいよ――眩い光に照らされて、ラミレスは初めて弱音を吐いた。


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最終更新:2012年11月25日 14:13