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その恒星系は、誰も近寄らない次元の辺境にあった。
外縁天体がまばらに漂い、永遠に凍り付いている。
生命の痕跡もみつからず、無人探査機による調査も遅れていた。
外宇宙探査型ガジェットドローン・シリアルナンバー00511は、イオンエンジンを噴射して中心恒星への重力井戸を降り始めていった。
カレドヴルフ・テクニクス社は、時空管理局へ新型武装端末の回航を申請し、承認された。
航行目的は、新型試作デバイスの実地試験。
さらに、選抜執務官の実地訓練をも兼ねる──という名目で、管理局からも何人かの上級士官が船に乗り組んでいた。
彼らは、ひそかにささやかれていた噂が事実であったと再認識していた。
執務官たちの中から、さらに極秘裏に引き抜かれる、“執行官(エグゼキューター)”と呼ばれる者たちがいる。
表向きの活動にはけして発表のできない、各次元世界に対する密使。
「──見えてきたぞ、『T』。あれが今回の目標<ターゲット>だ」
この船の中では、誰も本名で呼ばれない。自分の名前を認識しているのは自分だけだ。
『T』と呼ばれた、今回の試験に臨む執務官は、輸送船の窓から惑星の姿を見た。
その惑星は、鈍色に輝く不思議な星だった。反射光の加減のせいか、完全な球体ではなくやや歪んでいるように見える。
そしてさらに、いびつなジャガイモのような形をした小さな衛星を2つ、従えている。
惑星の夜の部分に入り、輸送船は姿勢を後ろ向きに変えてからエンジンをふかして減速する。
大気は青く光り、雲が出ているのが見える。大気の主成分は水と窒素であり、平均気温はセ氏7度。
地殻には炭素を含む有機化合物が存在し、液体の水をたたえた海もある。
しかし、この星には生命はいない。
無限書庫と時空管理局本局の間には太い魔力回線が敷かれ、情報をやり取りするための転送魔法が常に流れている。
ある廃棄された観測指定世界の調査報告書が、無限書庫より送信された。
この世界は探査機ガジェットドローンによる調査でも知的生命体および高度技術文明が発見できず、観測指定世界から無人世界への分類変更候補に挙げられていた。
資源などもめぼしいものがなく、次元世界各国も特に興味を示していなかった。
そんな中、第3管理世界ヴァイゼンに本社を置く兵器メーカー、カレドヴルフ社が当該世界での新型兵器実験のための無人惑星占有使用を管理局に申請し、それは承認された。
派遣された輸送船団は、一見、滞りなく業務をこなしているように見えた。
ミッドチルダ国立天文台の調査により、探査機ガジェットドローン#00511が収集したデータから、興味深い事実が浮かび上がってきた。
“TUBOY”──そう名付けられた無人惑星は、『かつて』生命が存在していた痕跡がある。
現在は草木も生えない不毛の惑星だが、おそらく数十万年以上前は、豊かな自然があふれる緑の惑星だったというのだ。
現在のTUBOYは、宇宙空間から見下ろしても地上に降りても、一面灰色の、珪砂と酸化鉄に覆われた冷たい星だ。
しかし、ごくごく狭い範囲、ほんの数キロメートルの範囲の中に、人工物と思しき地形が見つかった。
整理されて並んだ細い帯状の段差は、何らかの建造物がそこにあったことを示唆していた。
国立天文台は、単なる鉱脈の露頭と発表した。
もっともその発表を興味を持って調べていた人間はほとんどいなかった。
管理局、特に次元航行艦隊の船乗りたちの間では、ある噂がささやかれていた。
あの惑星『TUBOY』には、かつて知的生命が暮らしていた。
それはよくあるオカルト的な陰謀論としての性格と同時に、恐るべき一つの可能性を示していた。
百個以上をかぞえる次元世界をまたにかけての治安維持活動に従事する、時空管理局。
各次元世界による共同運営が行われているが、彼ら次元世界に住む人々にとって、あるひとつの一般常識があった。
それは、ひとつの次元世界に、人間が住む惑星、もしくは植民惑星を開拓した高度技術文明の発祥たる惑星は、ひとつの次元世界に1個しかないということだ。
通常人類は出身惑星や他の次元世界の惑星のみを行き来し、外宇宙航行能力を持っている人類も、ついぞ同じ次元世界に属する他の有人惑星を発見してはいない。
いつしか、それは次元世界に住む人々にとってごく当たり前の事実になっていた。
宇宙はそれぞれ平等に与えられている。
次元世界同士の交流ができていて、それでとくに問題なく、宇宙は観測できている。
惑星TUBOYが属する世界には、仮番号として、初めて送り込まれた外宇宙探査機の機体番号にちなんだ第511観測指定世界という名前が付けられていた。
もちろん、511番目に発見された世界という意味ではない。
この大きく飛ばされた番号にはあるひとつの危惧があった。
無限書庫司書長はそれを察し、最高評議会からの要請に応じて無人探査機ガジェットドローン#00511のまとめた調査報告書を次元世界連合政府へ提出した。
銀河系の辺境、差し渡し7000光年の相転移空間が何重にも張り巡らされ、光学望遠鏡や電波望遠鏡による直接観測を妨害している。
ここを通る電磁波はかく乱され、くもりガラスのように向こう側の見えない、いわゆる暗黒星雲として認識されていた。
通常、あたらしい次元世界が見つかると、まず観測指定世界に分類される。
さらに現地住民の存在が確定できれば管理外世界となる。魔法技術の存在が判明し、次元世界連合への加入を行えば、管理世界となり自由な国交がもたれる。
第511観測指定世界、それは、あくまでも観測上の存在だった。
相転移空間によって、あたかも別の次元世界にあるかのように見せかけられていた惑星TUBOYが存在するのは、ほかならぬ第1管理世界──ミッドチルダが属する世界だった。
そして、無人探査機ガジェットドローン#00511が観測したデータには、惑星TUBOYにかつて高度技術文明が栄えていた痕跡が含まれていた。
これが事実とするならば、有史以来初めて、ひとつの次元世界に起源を異にする複数の人類が発生していた事例となる。
しかし、無人探査機ガジェットドローン#00511は、もうひとつのデータを報告していた。
この惑星には、自律駆動の戦闘兵器群の残骸が数多く残されており、それは惑星全体を覆っていた。
光学観測を行った場合にアルベドが極端に高くなるのは人工物、とくに金属機械が存在することを示す。
そして、かつてこの惑星に住んでいた人々は、この自律兵器群によって絶滅した可能性が高い。
通常の岩石惑星よりもはるかに大量の重元素、放射性元素が観測され、それは大規模な宙間戦闘が行われたことを示唆する。
この惑星をまわる2個の衛星は、かつてこの惑星に住んでいた人類が、暴走か故障かして製造者に牙をむいたその自律兵器群を破壊するために送り込みながらも撃破された、2機の人型機動メカのなれのはてだった。
破壊された残骸が、年月を経て自律兵器群によって鹵獲され、軌道上であたかも苗床のように、小惑星ほどの大きさへ成長した。
無限書庫司書長は、ひとつの仮説を口にした。
もしこの惑星が、かつて滅びたもうひとつの人類の母星であったなら……我々ミッドチルダ人は、『2回目の人類』なのかもしれない。
カレドヴルフ社が開発したあたらしい武装端末は、SPT(スタンドアロン・サイコ・トラッカー)と呼ばれた。
前世代にあたり時空管理局実戦部隊へ試験的に配備されていたAEC武装をより進化させ、魔法の術式を完全にソフトウェア化して制御する。
装備者は魔力の供給と火器操作だけを行えばよく、いわば魔力駆動のパワードスーツのようなものだ。
もちろん、SPTと既存のデバイスの併用は問題なく行える。
SPTの設計思想として、『スタンドアロン』という名前が示す通り、外界から完全に独立した自己完結型の機械であることがあげられる。
魔力素の濃淡やAMFなどの妨害装置の影響を可能な限り減らし、高火力の運用を容易にする。
そして、カレドヴルフ社はこの技術をある次元世界から入手した。
ほかならぬその次元世界は、第511観測指定世界。惑星TUBOYをまわる2個の衛星に探査機を飛ばし、衛星の核となっていた機動メカの化石から、その構造や使用されていた技術を採取した。
SPTという名前も、SPTという名前も、かろうじて残っていたその機体のメモリーから入手した。
『スペース・パワード・トレーサー』と呼ばれていたその有人機動兵器は、機種名として固有の名前を持っていた。
“エグゼクター”。
管理局が目論んでいる選抜執務官とは、このSPTの運用をおこなう人間を集める目的がある。
原型となった機動メカの名称の綴りには、あえて一文字が抜かれていた。
カレドヴルフ社の提案により、管理局は選抜執務官にあたらしい通名を与えた。
“EXECUTOR”──『エグゼキューター(執行官)』と呼ばれる彼らは、常に影の存在であり、そして次元世界の死刑執行人となる。
いちはやく惑星TUBOYの秘密に気付いたカレドヴルフ社の動きを、もはや時空管理局は追認するより他の道はなかった。
この次元世界に暮らす人々は、超古代先史文明を共通の祖先として生まれた。
惑星TUBOYは、いうなればその卵の抜け殻。
かつて滅びた人類が、その痕跡を各地に残している。惑星TUBOYを支配している自律兵器群は、何者によって創られそして破壊されたのか。そして、彼らを生みそして倒した者たちは何処へ消えたのか。
人類は、いや、次元世界全体は、この世界の成り立ちに対する認識を改めなくてはならない。
認識、それは各地より発見されるロストロギアにおいても同様である。
従来の次元世界連合の法運用に基づけば、TUBOYもまた巨大な、惑星サイズのロストロギアとみなせるだろう。
しかし、ここに管理局の正規部隊を派遣することはできない。
この星に眠る真実は、次元世界の人々に流布するにはあまりにも危険すぎる。
TUBOYの地表には、過去の戦闘で撃墜されたと思われる巨大宇宙戦艦が発見されている。
ミッドチルダの記憶に新しい、ゆりかご浮上事件──
未だ生きているこのTUBOYの自律兵器群たちが、次元世界とそこに居る人類の存在を認知するのは時間の問題だ。
そして、TUBOYが存在するとされる第511観測指定世界は、その実態が第1管理世界の辺境宙域であるという事実。
時空管理局、そして次元世界連合政府はこの事実を隠蔽しなくてはならない。
眠れる殺戮機械たちを、興味本位につついて起こそうとする企業を押しとどめ、すべてを秘密裏に深宇宙に沈めなくてはならない。
次元世界の認識が揺らぐ危険。
それは孤独な戦いだ。
実地試験の名目で派遣される執務官たちは、現地に到着してからその事実を知らされる。
帰り道は用意されていない。
知ってしまった事実を消すことはできない。
静かに、人知れず、はるか宇宙の片隅で、人間は孤独である。