■ 1
「輸送船が遭難……?」
時空管理局海上警備部の会議室で、はやてはヴェロッサから報告を受けていた。
紛争地域ではない通常の次元世界での事件は海上警備部が管轄する。そのため、自分のところに報告が来るのは自然な流れだが、とはやては考える。この男はもうひとつの腹積もりを持って報告にやってきた。
第511観測指定世界において作業中だったカレドヴルフ社所有の輸送船が、約7時間前に消息を絶った。
僚船からの報告によれば、現地惑星に墜落した可能性が高い。
時空管理局より発令された任務は、同社輸送船乗員の捜索および、搭載物の回収。
同社は新型武装端末の試験を行っていたため、機密情報に類される製品が積まれている。
「まあ、落し物捜しですよ。海鳴市に落ちたジュエルシードを回収したときに比べれば随分ラクでしょう」
12月5日、時空管理局は捜索隊として巡洋艦ヴォルフラムの派遣を決定。同日出港。
はやては渡された資料を改めつつ、この事件に対する管理局のプランに、尻尾切りがあることを見て取っていた。
ヴォルフラムの出港に先立って、ミッドチルダ海軍所属のLZ級戦艦が1隻、訓練航海に出ている。
一見別々の作戦宙域に向かうように見えるが、いざとなればこの戦艦をもって殲滅作戦を行う。
LZ級戦艦の搭載するアルカンシェルは宙間戦闘に最適化され、大型惑星にも大ダメージを与えることが可能だ。
事故現場である惑星TUBOYは、直径およそ4200キロメートルと、地球に比べて3分の1程度の大きさだ。
密度も小さいため重力が弱く、地球に比べて全体的にスカスカの星だ。
カレドヴルフ社は、低重力下での機動性試験のため、と言っている。
乗組員名簿を順に見ていったとき、はやてはそこに知った名前を見つけた。
しばらく見つめ、そしてゆっくりと名簿をデスクに置く。
艦尾に位置する艦長室には、エンジンの振動が鈍く漂っている。
袖机の引き出しを開け、名簿をしまい、奥から古いアルバムを取り出す。写っているのは、8年前の機動六課時代のものだ。自分が初めて率いた部隊──当時のメンバーは今は皆、それぞれの任地へ散らばっていった。
そして、これから向かう星は、その中のひとりの任地だ。
なるほど、確かにこれでは他の艦には任せられない。
真実を知る者は、できるだけ少ない方がよい。
12月7日未明、ワープを繰り返して第511観測指定世界に到着したヴォルフラムは、惑星TUBOYから約60万キロメートル離れた同期公転軌道に乗った。
これくらいの距離まで近づけば、可視光線による惑星表面の観測が可能だ。
カレドヴルフ社の輸送船団は現在、L5ラグランジュポイントに停泊し、地上からは引き揚げている。
接近してみて判明したことだが、TUBOYには小型隕石サイズの小天体が数多くまわり、一種の環のようなかたちができている。はやては、第97管理外世界の太陽系に存在する有名なガス惑星の姿を思い出していた。
「もしかするとこの隕石群は、もともとあった天然の衛星の破片かもしれんな」
ミッドチルダが属する太陽系には、土星のような大きな環をもつ惑星はない。大型ガス惑星は2個とも、木星のような平たくつぶれた形をしている。
はやては艦のマイクをとり、指令を出す。
「降下部隊、発艦用意。惑星表面に降りて墜落地点の探索を行う。本艦は静止軌道上で待機」
「艦長、本艦は大気圏内へ降りないのですか?軌道上では距離がありすぎるかと……」
副長が進言する。
たしかにその指摘はもっともだ。ヴォルフラムが属するLS級巡洋艦は、大気圏内での運用を考慮され、どちらかといえば宙間戦闘は不得手だ。
だが今回に限っては、もし万が一大気圏内からの脱出を考えた場合、LS級のパワーでは重力を振り切るのに時間がかかる、とはやては考えていた。
はやての頭の中では、カレドヴルフ社の輸送船が事故を起こした原因は八割がた想像がついていた。
この星にロストロギアが眠っているのなら、それは不用意に触れてよいものではない。
カレドヴルフ社にしても、たしかに次元世界有数の技術力を持ってはいるが、あくまでも重機械専門なのでロストロギアに対しては埒外である。
どんな人間にとっても、宇宙、そして外惑星は未知の世界だ。そこは人間の縄張りの外だ。
ヴォルフラムが降下部隊を送り出し、惑星表面への着陸が成功したとの報告を受けたとき、TUBOYの衛星の1つが横切っていくのがヴォルフラムの艦橋から見えた。
遠目に見ればほとんど普通の、ジャガイモ型の小惑星だが、太陽の光に照らされた面に、明らかに生物的な増殖の跡が見て取れた。
生態としては、貝やフジツボのような、石灰質の殻を持つ動物に近いのかもしれない。
太陽の強烈な紫外線に焼かれる昼の面に、肩のあたりを上にして埋もれた人型が見える。
大きさはおよそ3メートル程度だろうか。
衛星自体の大きさは約20~30キロメートルで、イメージとしては火星の衛星フォボス、ダイモスに近い。
ちょうど人型の背中から、鉱物の結晶が成長していったように衛星の形状はかたちづくられている。
「不気味ですね……」
若い女の通信士がつぶやく。
「この星にロストロギアが眠っているというのは本当なんですね。あれはきっと大昔に滅びた……」
「それは機密情報やで」
「でも艦長、みんな噂していることですよ。あ、彼女は最近本艦に配属されたばかりですから、まだ知らなかったかもしれませんが」
砲雷長が横から言う。この艦の幹部乗員たちも長年はやてと共に勤務してきたため、他の艦の者たちよりはある程度裏の事情を察している。
ロストロギアとは、管理局では超古代文明が遺した、現代のテクノロジーで再現不可能なもの、と規定されている。かつては空想の産物とされていた超古代文明は、ジュエルシードやレリックをはじめとしたロストロギアの発見によってその存在を確信されるようになったのだ。
しかし、それでもなおその文明の存在した時期や場所は特定できず、さまざまな検証もいまだ成功を見ていない。
「せやったな。要するに問題はそれや。もしコイツがほんまにロストロギアやったら、今まで発見されたどのロストロギアよりも、その製造者の起源に迫れる。
今まで管理局が見つけてきたもんの由来がいっぺんにわかるかもしれんのや。もしかしたら、知らんままの方がよかった思えるかもな」
太陽が、TUBOYの影にゆっくりと沈んでいく。太陽の側から見れば、ヴォルフラムがTUBOYの夜の部分に隠れたように見えるだろう。
「光学と赤外でスウィープ開始。この星の表面温度はミッドよりもずっと冷たい、熱を持つ物体の判別基準に注意しいや」
環境温度が異なれば、そこに存在する物体の平常温度も変わってくる。ミッドチルダの地上ではあたたかくない温度でも、この星の基準では十分以上に熱いということが考えられる。
降下部隊が使用している上陸艇の反応が北半球に見える。地球やミッドチルダに比べると、表面に占める海の面積は狭く、大半が険しい岩石質の陸地だ。海は、どちらかというと大きなクレーターに水がたまっているように見える。
「イオン濃度、ミネラル濃度ともに高レベル、かなりの硬水です。飲み水には使えませんね」
降下部隊からも、そこかしこに明らかに人工物とわかる金属の残骸が散らばっていると、映像が電送されてきた。
事故船と、もともとこの星にあった残骸との区別がしにくいようだ。
ヴォルフラムがTUBOYの静止軌道に入って4時間が経過した。
TUBOYの自転周期はミッド時間(地球と同じ、1日24時間)に換算して約10時間なので、軌道をおよそ半周していることになる。まもなく、太陽が再び見えるようになる。
TUBOY地上では、輸送船の残骸と思しき破片がいくつか発見された。それらはいずれもまだ熱を持っていることが確かめられた。
はやては妙な予感を受けていた。それは勘のようなものかもしれない。
カレドヴルフ社から提供を受けた当該輸送船の航路情報をもとに軌道計算を行い、おおよその落下地点を割り出していた。
そして確かに、その場所に残骸が見つかった。
しかしそれは少なすぎた。この惑星の大気の量と、輸送船の軌道突入角度から考えても、宇宙空間に弾き飛ばされたとは考えにくい。
大気層もそれほど厚くないので、墜落したのであれば地球やミッドチルダのように流星になって燃えたりはせず、大部分が地上に落ちたはずだ。
「……ッ!!?」
突如、通信士がかけていたヘッドホンから漏れるほどの異音が聞こえた。
通信士はあわてて呼びかける。はやては艦長席から思わず立ち上がった。
「カデット二尉!?応答してください、何があったんですか!?」
降下部隊隊長のカデットあてに、通信士が呼び出しを続ける。
はやては艦橋の窓から見えるTUBOYの影を見据え、わずかの思考ののち、新たな指令を発する。
「捜索中止!降下部隊全員を帰還させよ!フリッツ、機関全速!艦を低軌道へ寄せろ!」
はやての命令にこたえ、ヴォルフラム操舵手のフリッツが舵輪を一杯に押し込む。
ヴォルフラムはエンジンを噴射し、艦を傾斜させて軌道遷移にかかる。TUBOYにおける静止軌道は高度1万200キロメートル、大気圏の厚さはおよそ75キロメートル。
ヴォルフラムの速度なら10数分ほどで低軌道に入れる。
「艦長!」
ヘッドホンを押さえ、通信士がはやてを見上げて叫ぶ。彼女の耳には、柔らかいものが潰れる湿った音がひっきりなしに打ち付けていた。
「これは……惑星内部に高レベル魔力反応確認!増大していきます!」
「……全艦戦闘配置。対艦対地戦闘用意」
「っ……了解!全艦戦闘配置!対艦対地戦闘用意!」
命令を復唱し、砲雷科員がそれぞれの担当する兵装を起動させる。
夜の真っ黒い地表が艦橋の窓いっぱいに広がり、乗員たちに艦を押し潰そうとしているような錯覚を与える。
上陸艇が離陸する噴射炎がきらめいた。
ヴォルフラムのレーダーが、上陸艇を追うように動いている多数の正体不明物体をとらえた。
管理局次元航行艦隊の持つデータベースに登録されているあらゆる人工物にも該当しない、異常なエコーパターンを持っている。大きさは数メートルから、大きいものでは50メートルに達するものもある。
火器管制コンピュータがただちにエコーパターンをもとに物体の形状を読み取り、追尾を開始する。
ようやく、降下部隊との通信が回復した。
『第3分隊アギーラ曹長です、正体不明のロボットが多数出現しました!どうやらこの星の表面に多数見つかっている化石と同類の連中のようです』
「隊長はっ、みんなは無事なんですか!?」
通信士の呼びかけに、わずかな沈黙が重くのしかかる。
『……少なくとも5人やられました。艇に乗り込めたのは自分を含めて3人です。カデット二尉も……』
少なくともとは、すなわち死亡が確認できたのがそれだけということだ。地上に置き去りにしてきてしまった者もいる。彼らは行方不明扱いとなるが、生存の望みは限りなくゼロに近いだろう。
沈黙していた艦橋要員たちの中から、はやてが静かに言った。
「……アギーラ曹長、採れたぶんだけで構わん、襲ってきた連中のデータを後で見せてや。事と次第によっちゃカレドヴルフも共犯になるで」
「どういう意味ですか、艦長」
砲雷長が聞き返す。問題の物体たちは空を飛ぶ手段を持っていないようで、レーダースクリーン上では地面を這い回っているようすが映されている。
ところどころに固まっているのは、こちらの隊員の遺体を捕まえているのだろうか。
まるで、腐敗物にたかる昆虫のような動きだ。
「少なくとも今までは、この星には生き物だけやなしに動く物体は見つかっとらんかった。
この距離でヴォルフラムのレーダーにかかるようなもんがうろついとったら、最初に探査機ガジェットが来た時に見つかっとる。
今地上で動きまわっとる連中を起こしたのは社の仕業かもしれんゆうことや。
それがわざとなのか過失なのかはわからんがな」
「……原住生物、というわけではないようですね」
「彼らに生命反応はありませんでしたよ」
「でも、魔力反応はあったんですよね?今は消えたみたいですけど……」
艦橋要員たちも、不安から口々に意見を言い合い始める。
「まあ今ここでうだうだ言っててもはじまらん。とにかく降下部隊を収容してからや」
ヴォルフラムの艦橋から見えるTUBOYは、夜明けを迎えていた。
上陸艇を着艦させ、TUBOYからの離脱軌道に乗るよう命じてから、はやては艇格納庫へ向かった。
格納庫まで歩く間、はやてはぐっと唇をかみしめていた。
完全に不意打ちを食らった格好になる。
予見できたかといえば、それは結果論でしかない。しかし、部下を喪ったことは事実だ。
おそらくは、墜落した輸送船も同じように地上に降りたか、あるいは表面に近づきすぎて地上からの攻撃を受けたか。輸送船の航路データから逆算すると、ヴォルフラムと同じ軌道をとって同じ時間帯で遭難したことになる。
輸送船が地表に降りた目的は不明だが、どちらにしろ、地上で襲撃を受けた結果遭難した可能性が高い。船のトラブルの可能性も排除できないが、航路データを見る限りではそのような動きはしていない。
生存して帰還できた3人のうち、アギーラ曹長をのぞく2人は怪我がひどく、すぐに医務室で治療を受けることになった。アギーラひとりが、はやてたちに状況を報告する。
声は気丈にしていたが、彼の表情は青ざめていた。
降下部隊が持って行ったカメラには、問題の物体たちの姿が収められていた。ぶれていてはっきりと輪郭はとらえられていなかったが、それでも2本ずつの脚と腕を持った姿が見て取れた。
「ロボットなんですか?こいつは」
手足はあるが、人間でいう頭部にあたる部分がない。腕のように見える部分も、関節が生えている向きが人間と違い、真上に伸びている。肘関節もなく、腕の先端はそのまますぼまっている。
クローアームのようにも見えるが、写真からはそこまで判別できない。
金属質の外見はロボットのように見えるが、かといってロボットと呼ぶには機能的なデザインに見えない。ロボットは必ず目的をもってつくられる。
たとえば土木作業であったり、介護作業であったり。
この物体は、目的をもってデザインされたようにはとても見えない。
「金属でできているのは間違いないです。自分が撃った魔法でこいつらの一体が損傷したとき、飛んできた破片です」
そう言ってアギーラは金属片を取り出して見せた。確かに、鉄を主成分にした合金だ。
切断面が融けているのは魔力弾の熱量によるものだが、傷のついていない面を見てみても、たとえば規格にしたがって製造された鋼板のように整った表面ではなく、まるで溶かした金属が自然に冷えて固まったようにいびつだった。
「武装は」
「銃砲の類は、自分が見ていた限りでは有りませんでした。ただこの腕のように見える部分は、標準デバイスの加速器にも似ています。
他の二人も、レーザーのようなもので撃たれたと言っていました」
もしこの物体たちがビームを発射できるのならばこの腕が銃身になる。
プリントアウトした写真を作戦会議室の机に並べ、皆、しばし黙る。
確かに、ミッドチルダでも古代ベルカ時代の遺跡を調査する際には盗掘者狙いのトラップに引っかかる事故などが起きてはいる。しかし、今回このTUBOYで発見された謎のロボットたちは、それらよりはるかに強大だ。
しかも、単なる警備マシンの類でもないようだ。
彼らはまるでけもののように、機械らしからぬ知性の感じられない動きをする。
仮に彼らの動作がプログラミングによるものだとすればそれはごく原始的で単純なロジックになるだろう。
艦内電話が鳴る。当直士官が、本局からの入電が届いたとはやてに伝えた。
「まさかこの件で?」
「にしちゃ早すぎる」
電文を開くと、それは訓練航海中のLZ級戦艦『アドミラル・ルーフ』からのものだった。
次元航行艦隊司令部から、惑星TUBOYの殲滅任務を受けたため、ヴォルフラムは早急に安全宙域に退避するようにとの連絡だった。
「LZ級を投入するんですか」
当直に立っていた砲雷長が言う。本級は建造年次が古く、次元間紛争がまだくすぶっていた頃の艦だ。
現在管理局が調達中の新鋭艦XV級に比較すると大型かつ旧式であり、近年は前線に出るよりも新人水兵の訓練任務に就くことが多かった。
火力は大きいがそれは逆に言えばオーバーキルすぎるということでもある。
「立案はミッドチルダ海軍クラナガン鎮守府、管理局の承認も得ている、か」
はやては電文の末尾に添えられた署名を読む。
「JS事件以降、管理局の発言力が弱まりましたからね。たしかにミッドチルダ側からすれば動きやすくなってるとは思いますが」
「どっちみち時間がない。30分で着くと向こうはゆっとる。カレドヴルフ社の船団にも打電や。
遭難輸送船スピンドリフト号の喪失を確認、生存者なし、未知の迎撃システムを発見し捜索を断念──と」
「了解しました」
「航海、取舵一杯針路1-8-0。黄道面の南側へ転針や」
「……!艦長、また魔力反応です!!」
ヴォルフラムが第2宇宙速度まで加速した時、TUBOY内部で再び魔力反応が増大した。
はやてはただちに発信源を探るよう命じた。魔力素が特有の電磁波パルスを発生させることはよく知られており、ミッドチルダ術式におけるパルスドップラーレーダーはこれを利用している。
「ベクトル座標X-1-2-6、Yプラス0-5-5、Zマイナス0-6-6……!惑星内部、“海底遺跡”です!」
レーダー員が叫ぶ。“海底遺跡”とは、探査機ガジェットが発見していた、旧時代の巨大戦艦と目される残骸だった。
おそらく、先史文明の時代に建造され、戦闘で撃沈されこの星に墜落したのだ。
探査機ガジェットは次元航行艦と違い、慣性飛行が基本でエンジン出力も弱いため、惑星に接近するのにも限界がある。
そんな距離からでもこの遺跡を見つけることができたということは、すなわちその戦艦はとてつもなく巨大だということだ。
海図に記入されたアドミラル・ルーフの現在位置はTUBOYより3度15分先行した角度、距離にして約430万キロメートル。
すでに最後のワープを終え、臨戦態勢に入っているはずだ。
「(向こうが勝手に起動したんやない……何かに反応した?こっちの接近を探知した?だとするなら……まさか!)」
はやてはマイクをつかみ、機関室へ命令を飛ばす。
「機関出力全開!全速離脱!」
ヴォルフラムの艦体が、最大戦速で激しく揺れる。
もしはやての予想通り、大型艦の接近を感じ取ってあのロボットたちが動き出したのなら、ヴォルフラムが到着したときに襲撃を受け、そしてアドミラル・ルーフが接近しつつある今、再び活動しだしたことが説明できる。
そして、カレドヴルフ社の輸送船が遭難したとき、すでに先行して乗り込んでいた艦がいたのだ。
その艦には、選抜執務官が乗っていた。
カレドヴルフ社は選抜執務官の輸送を管理局から請け負っていたのだ。
「輸送船団はついてきとるか!」
「はい艦長!あと300秒で転送ゲートに入ります!」
「よっし、右舷全速、艦回頭180度!アドミラル・ルーフを迎えるで!」
姿勢制御スラスターを全開でふかし、ヴォルフラムが旋回する。太陽の光に照らされ、アドミラル・ルーフの艦影が見えてくる。
TUBOYは、向かって右側の半球が昼の面になり、左半球、夜の面で、大量の赤外線放射が起きている。
地下にいる何者かが動いている。
そして、それははやてにとって、8年前のあの艦を思い出させるものだった。
ゆりかご。
古代ベルカ時代のものとされていたあの艦も、実は先史文明の発掘兵器だったということだ。
JS事件において、ついに解明できなかったあの戦艦の正体があの星に眠っているかもしれない。
「地震動を確認、推定マグニチュード5.5、海底に断層多数発生!」
「次元震は!?」
「今のところ反応なし!」
ヴォルフラムの左舷800キロメートルに到達したアドミラル・ルーフは、ただちにアルカンシェルの発射準備にかかる。エネルギー充填の粒子流が、艦全体を包むように光る。
TUBOY表面は、すでにこの距離でも肉眼で確認できるほどに海が揺れていた。
艦の浮上に伴い、大津波が起きている。海面の膨張によって大気も揺れ、雲が押し流されている。
「魔力反応、急速に浮上!」
「来るで……!」
アルカンシェルの発射が早いか、向こうの浮上が早いか。もし撃ち漏らせば、今度はこちらが絶体絶命だ。
アルカンシェルはその破壊力と引き換えに、艦の足を止めて全エネルギーをチャージする必要があり、発射スキーム中の機動はほぼ不可能になる。
管理局次元航行艦隊およびミッドチルダ海軍における基本戦術としては、複数艦を一列に並べて3グループで斉射するマルチ隊形波動砲戦が採用されている。
発射準備中の僚艦のサポートがないため、1隻で行うことは不可能な戦術だ。
「海面隆起!魔力反応、海面に出ます!」
魔力光の輝きが見えた。噴射炎が迸り、TUBOYの大気が沸騰しているのが観測できる。
それは赤い姿をしていた。ところどころが朽ちて穴が開いているが、それは全体として横幅の広い楔形の船体をしていた。
やや朱色に近い赤。
水蒸気爆発の白煙をあげる海面から、鋭い飛翔体が飛び出してくる。今度こそ、まぎれもない武装の発砲だ。
「高速飛翔体、少なくとも60以上!ミサイルです!」
レーダー員の報告とほぼ間をおかず、アドミラル・ルーフがアルカンシェルを発射した。
白色の光条がTUBOYに向かってまっすぐ伸び、一瞬を置いて惑星表面が激震する。
浮上してきた戦艦ごと、TUBOYの表面に、大気層を引きはがすほどの大爆発が起きた。
惑星を構成する地殻とマントルの構造に変形が生じたために、自己重力で潰れたのだ。
爆炎は目測でも数百キロメートル以上に広がっている。
L級巡洋艦のものは威力は幾分か落ちるとはいえ、幼いころの闇の書事件、成り行きによっては海鳴市があのようにアルカンシェルを撃ち込まれていたかもしれなかった。
海鳴市どころではない、日本が全滅してもおかしくないほどの破壊力だ。
はやてはあらためて戦慄していた。
わずかとはいえ地上に姿を現した謎の巨大戦艦は、広がった爆炎との目測でも、やはりキロメートル級の大きさを持っている。ゆりかごよりも大きいかもしれない。
惑星が小さいゆえに、さらに大きく見えた。
「か……艦長」
ヴォルフラムを揺さぶるアルカンシェルの衝撃波の中、レーダー員が戦慄したように計器を見上げている。
「目標の破壊を確認せよ」
「魔力反応、消えていません……魔力量なおも上昇中!」
「なんやと!」
大気圏に広がる爆風はすでにTUBOY表面の半分ほどに広がり、中心は薄まり始めている。
海水ごと吹き飛んだクレーターの中に、赤い楔は突き刺さったようにして、しかしなお原形をとどめていた。
「……目標は依然健在……!」
砲雷長が声を絞り出すようにうめく。
アルカンシェルは、ミッドチルダ魔法技術のひとつの特異点によって生まれた兵器だ。
魔力素とリンカーコアが引き出す魔力とは、すなわち高次元干渉である。
これにより、魔法という限りなく無限に近いエネルギーを人類は手に入れた。この理論が、現代ミッドチルダの魔法科学、ひいては魔導兵器技術の根本だ。
高次元干渉はデバイスが搭載するCPUによって緻密に計算、制御され、そのソフトウェアは術式となる。
この術式のプログラミングによって、炎熱、電撃、氷結の3大属性をあやつり、それは空間を満たす粒子のエネルギー収支の制御によって実現されている。
アルカンシェルはそのような制御を取り除き、高次元干渉によって生まれる大量の対消滅反応、高次元粒子の漏れ出しを直接目標に叩きつける兵器だ。
グラビトンによる圧縮破壊、タキオンによる時空間歪曲による破壊が、アルカンシェルの威力の源だ。
あの赤い戦艦は、アルカンシェルの直撃に耐えた。
さすがに無傷とはいかず、動きを止めている。
TUBOY表面にできたクレーターに半分近く埋まって、身動きが取れない状態になっているが、なおその姿を保っている。
「ここに2発目を撃っても生き埋めから脱出させるだけか……」
ヴォルフラムの舷窓から見るアドミラル・ルーフも、エンジンをアイドリング状態のまま、再発射の態勢はとっていない。
2発の連続発射はいかにLZ級でも機関への負担が大きい。
ヴォルフラムの魔力センサーは、依然として赤い戦艦の反応を検出している。
計器の故障でないのなら、アドミラル・ルーフも同じ反応を見ているはずだ。
ここで追撃をかけあくまでも殲滅を目指すか、いったん引いて態勢を立て直すか──
輸送船団はすでに転送ゲートで離脱し、TUBOY宙域に残っているのはヴォルフラムとアドミラル・ルーフの2隻だけだ。
しかし、この2隻の戦力で赤い戦艦を仕留められるかは不確実だ。
「艦長、アドミラル・ルーフより入電です」
「まわして」
『八神くん、無事だったかね』
通信スクリーンに、アドミラル・ルーフ艦長のカリブラ・エーレンフェスト一佐が映しだされた。
「救援感謝します、エーレンフェスト一佐」
はやては敬礼でこたえた。
観測により、TUBOY表面に設置されていたカレドヴルフ社の仮設キャンプは跡形もなく消滅したことが確認された。
今となっては、猛獣の檻の中で寝泊まりしていたようなものだったといえる。
この戦闘の報告はただちにアドミラル・ルーフより次元航行艦隊司令部に送られ、管理局の裁定を待つことになる。
結果的には、敵を仕留めそこねたことは事実だ。
敵は目の前に見えているが、自分たちはもう武器が尽きている。引き返すよりほかない。
そして、敵はあの赤い戦艦だけで終わりではない。TUBOYの内部には、無数のロボットたちが埋もれている。
彼らはいずれ目覚め、動き始めるだろう。
『われわれは目標の情報をわずかでも入手することができた。われわれの任務とはこの情報を確実に持ち帰り、ミッドチルダをはじめとした次元世界の人々に正しく伝えることだ』
「──はい」
アルカンシェルの爆風で飛び散った破片や粒子は宇宙空間へ大量に浮かび上がり、流星群のように惑星TUBOYの地表に落下し始めている。
大気との摩擦が少ない惑星TUBOYにおける流れ星は、地上のすぐそばで輝きはじめて地面に激突して光る。
地球やミッドチルダの流れ星は空が光るが、惑星TUBOYの流れ星は大地が光る。
地殻を貫通された惑星TUBOYは、臓物を切り開いたように、煮えたぎるマグマとマントルを噴出して、あの赤い戦艦を包み込んでいた。
赤い海に赤い船が浮かぶ。それは地獄のような光景だった。
あたかも、赤い戦艦が惑星を呑み込もうとしているかのように、はやてには見えていた。
はやてと同じ印象を、人は見たのだろう。
赤い戦艦は、識別コードおよび固有艦名を“インフィニティ・インフェルノ”と名付けられた。