EXECUTOR ■ 2

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 ミッドチルダ軌道上で、第511観測指定世界より帰還したカレドヴルフ社船団は臨検を受けていた。
 別の次元世界から、危険物や病原菌などが持ち込まれていないか調べるためだ。
 特に、惑星TUBOYには未知のロストロギアが眠っているとされている。そのため、特に念入りに調べるようにとの管理局からの強い指示が来ていた。数十隻もある大型輸送船たちに、沿岸警備隊の哨戒艇が接舷して、検査官が乗り込んでいる。
 これほどの規模の船団ともなると、地上に降りて入港するまでに数日も待たされることは珍しくない。

 輸送船の作業員たちは、検査官に同行する監督だけを残して、貨物室の隅で駄弁ったりしている。
 彼らにとっては、カレドヴルフ社といえども飯を食わせてもらっているお偉いさん、でしかない。
 遠方の現場に行くのに手当がいくら出るのかとか、休暇はいつ取れるのかとか、そういう話をしている。

 やがて、検査が終わるとコンテナひとつひとつにタグが付けられ、積み荷と行き先のデータが検査官の端末に入力される。
 この船団の場合はミッドチルダの内陸部にあるカレドヴルフ社の研究所にそのほとんどが運ばれることになる。大きなものはいったん荷揚げして陸路で運ぶが、小さいデバイス類は大気圏内連絡船に積み替えて、同社研究所近くの空港まで運ぶことになる。
 検査を終えた輸送船から順次着陸軌道に乗り、クラナガン宇宙港へ降りていく。そこで積み荷の荷下ろしと、乗組員の交代を行う。
 次元世界経済の中心地であるクラナガンには、工業、商業、情報産業などさまざまな企業のオフィスが軒を連ねている。

 

 魔力関連の事業を展開し、ここクラナガンでの魔力インフラを一手に担うアレクトロ社の本社オフィスに、管理局より訪れたひとりの執務官がいた。
 物々しい警備態勢が敷かれたゲートに、わずかも臆することなく参じ、所定の手続きを手際よく進めていく。
 IDカードを受け取った守衛が、データベースに登録された来館者リストとの照合を行い、間違いなくその執務官本人であることを確認する。
 管理局の制服ではなく、普通のフォーマルスーツに身を固めたその女は、花崗岩で舗装されたエントランスを、ハイヒールの音を響かせながらゲートをくぐって建物の中に入っていった。

 数か月前より、アレクトロ社の所有する魔力プラントに対し、破壊工作の下見と思われる痕跡が散見されていた。

 この現代、魔力はもはやひとびとの生活に欠かせないエネルギーとなっている。魔力炉を用いて電気に変換されて各家庭や企業、工場などに供給される魔力は、あらゆる機械や情報機器の動力となる。
 家電製品、交通機関、そして、魔導デバイス。
 現代ミッドチルダにおける武器兵器は、ほぼすべてが、魔力を用いて駆動する機器になっている。
 魔力の生産と分配を手掛ける同社には、それだけにさまざまな過激派団体からの攻撃が集まる。

 今回、これまでに行われてきた破壊工作事件の捜査を、アレクトロ社は管理局に依頼した。
 そして、社内に組織された対策チームのオブザーバーとして、ひとりの執務官が派遣されたのだ。

 アレクトロ社に限らず、次元世界における巨大企業はさまざまな理由から、諜報戦や要人警護などの業務を管理局執務官へ依頼している。
 もともと管理世界政府が共同で組織した警察機構という性格上、広がりすぎた版図をカバーするため、各政府から独立して軍事業務、警察業務を請け負うことのできる組織が必要とされていた。

 執務官が、従来の警察機構や法曹機構に比べて強大な権限を持ち、原則として独立して任務にあたるのはそういった成り立ちがあったからだ。
 身分的には国際公務員といえるのだが、その実態はこの次元世界において、各国政府のさらに上位に位置する、いってみれば世界の管理者とその尖兵、のような位置づけとして、次元世界で活動する企業に利用されるようになっていった。

 

 

 それは、彼女にとってはいつもどおりの捜査だった。

 依頼主はミッドチルダにて魔力インフラ事業を手がけるアレクトロ社。
 数ヶ月前より、クラナガン郊外に建設された魔力炉プラントに対する破壊工作の痕跡が発見されていた。
 工作対象が大型の商用魔力炉であったため、この案件は時空管理局治安維持部門へ通報された。

 フェイト・T・ハラオウンは、問題の魔力炉建設を受注した企業の名前に、かすかに記憶を留めた。
 もちろん、自分だけが特別だとは思っていない。
 あの事故では、少なくとも数十名の犠牲者が出ている。彼らにも家族があり、友人があり、大切な人がいた。

 大切な人を失ったのは、母だけではない。

 最初の兆候は、アレクトロ社が所有する魔力炉プラントの変電施設で起きた。
 変電施設内で小火が発生したとの通報が現地消防当局に入り、消防隊員が現場に急行した。
 火災そのものはすぐに消し止められたが、変電装置に瞬間的な電圧変動が発生し、これが原因で、ここから送電される魔力を使用していた住宅およびオフィスで、セキュリティシステムの一時的な停止が起きた。
 この二つの事案は、誰も関連性を疑うことが出来なかった。火災が起きれば魔力炉が止まるのは当然のことで、それによって魔力を使用する機器が止まるのも当然のことで、機器が止まったことに対してわざわざ疑う余地は無い。
 そう考えるのは自然なことだった。

 火がおさまってから、現場検証のために立ち入った警察官たちは、不思議な物体を発見した。
 それは、一見して変圧器の短絡の原因になっていたように見えた。変電装置内に動物が入り込み、感電死しているように見えた。
 ただ、それがいったいどんな動物なのかというのがにわかに判別できなかった。
 物体は炭化して焦げていたが、足のようなものが生えているのが見えた。しかし、それは四つ足ではなかった。
 二本の直立した足で、はっきり言えば、人間のように見えた。
 あまりに小さいその身長と肌の色を除けば、それは人間そのものだった。

 もちろん、各次元世界にはさまざまな肌の色をした人類が住んでいる。背の高い種族もいれば低い種族もいる。
 しかし、そのほとんどはメラニン色素またはヘモグロビン・ヘモニシアン色素に由来する、褐色または青色の肌だ。
 身長も、おおよそ1.7メートル前後で、大きくても2メートル、小さくても1.5メートル程度だ。
 この死体のような物体は、燃え残った部分が、紫がかった緑色をしていた。
 表面はかすかな虹色を放ち、それはすなわち体表面の微細な凹凸による構造色を発生させていることを意味する。
 これは魚類や、軟体動物、昆虫などでみられる特徴であり、少なくともどの次元世界に生息する霊長類も、このような特徴を持つ種族は発見されていない。
 ましてや、文明を持つ人類でこのような特徴を持って生まれた例なども、過去に発見されたことはない。

 仮にこの死体が人間のものとすれば、身元を調べる必要がある。
 ただちに地元警察から管理局へ、身元確認の依頼があげられた。
 遺体の体格からして、子供の可能性がある。
 とすれば、幼児誘拐事件などとの関連性も考えられる。過去に起きた失踪事件で未解決のものとの照合も行われた。

 照合が必要な資料は膨大な量だったが、それでも2日後には、行方のわからなくなっている子供で該当する人間はいないことが判明した。

 身体的特徴からも、大人であればより目立つことになる。
 感電して燃えたためやや縮んではいるが、それを考慮に入れても身長はわずか90センチメートルほどしかない遺体だった。
 人間の子供ならば就学前児童の体格だ。

 結局、新たな身元不明者ということで継続して照合作業を行うことが決定され、捜査の焦点は事故の背景に人為的なものがないかどうかという方面に向けられた。

 フェイトは、遺体からDNA鑑定が可能なサンプルを採取できないか調べた。
 遺体の持ち主が人間だろうと動物だろうと、それはDNAを調べることでわかる。
 司法解剖により、脊髄の中心付近に燃え残った箇所があることがわかった。
 フェイトはそれをDNA鑑定にかけるよう、解剖を行った検視担当官に命じた。

 鑑識からの回答はその日の夜遅くに来た。
 フェイトが既に帰宅していたため私物の携帯電話にかけてきたその鑑識官は、慄きを含んだ声でフェイトに告げた。

 あの死体は、現代では絶滅したはずの、超古代文明の時代に生きていた人間である。

 DNA内の塩基配列パターンを解析した結果、これまでに発見された古い人骨などから採取したDNAが、この死体のDNAとほぼ一致することが確かめられた。進化による遺伝子の変異を逆算して差し引いていくとちょうどよく合致する。

 突飛な発想ではあるが、その前提に立って考えると辻褄が合う。

 さらなる検証が必要ではあるが、この死体の持ち主が超古代文明の時代の人間であるという前提のもとに聖王のDNAを解析すれば、聖王の血統がいつ分化したのかが特定できる。
 そして、聖王の血統を解明するということは、すなわちロストロギアの起源を解明するということだ。

 ロストロギアを製作したと思われる超古代文明は、わずかな遺跡や化石などから、少なくとも1万年以上前の昔であろうと考えられている。
 そして、現代の人類文明が興ったのはおよそ7000年前だ。この当時は、地球でいう中世時代程度から始まり、やがて機械技術が発達して、“質量兵器”とよばれる機械武器の時代となった。
 さらに物理機械から魔法科学が発達し、これにより“次元震”と呼ばれる災害に遭遇するようになった。

 その後、ベルカ支配の時代が続き、小国の乱立による戦国時代を経てミッドチルダが各次元世界を平定したのがおよそ160年ほど前だ。

 いわゆる近代文明の時代にミッドチルダが入ったのは、せいぜいが70年前程度となる。
 魔法科学を基礎にした文明が発達してきたのはそれからだ。それ以前は、魔法といえばもっぱら戦闘用のものであり、人々の生活は依然として機械技術に頼っていた。一般市民の生活にまで魔法が浸透してきたのはごく最近のことだ。

 ミッドチルダ国立天文台は、第511観測指定世界における惑星TUBOYの年齢特定作業を急いでいた。
 あの惑星の年齢を特定できれば、発見された謎のメカたちの製造された時代を計算できる。
 そのためには、探査機ガジェットドローンの観測データに基づいて主星の年齢を算出し、そして主星が放射している電磁波と、惑星表面に積もっている放射性元素の崩壊量を測定する必要がある。
 その放射性同位体のうちどれくらいの量が崩壊しているかが分かれば、その崩壊した量の割合までにかかる時間を半減期から計算することで、惑星の年齢を推定できる。
 ただし、もし惑星TUBOYに存在した文明が過去に核戦争などを経験していれば、推定年齢は大きくずれることになる。

 国立天文台より無限書庫へ、過去の質量兵器戦争時代の資料請求が行われた。
 かつてミッドチルダで使用された質量兵器が、環境中の放射性元素の分布にどれほどの影響を及ぼしているか、情報を集める必要がある。
 理論値と実測値にどれほどの影響が出るかを把握すれば、その分、放射性元素を用いた年代測定の精度を上げることができる。
 惑星TUBOYの場合、タイムスケールを考慮すると、用いるのは半減期1570万年のヨウ素129が適当だ。ヨウ素は岩石惑星には普遍的に存在し、また生物が存在していれば濃縮が起こるので、サンプルを確保しやすい。

 鑑識官は、あくまで自分の勘ですが、と前置きをしてから言葉を続けた。

「あの遺体の外見は、これまで想像されていた原始人類の姿とはあまりにも異なりすぎています。
自分は進化生物学は専門外ですが、こうして現物を目にしてみると、正直、人類は神によって創造されたのだという言説に納得がいってしまいそうです」

 神による世界創造。
 ミッドチルダでは比較的柔軟でリベラルな姿勢の聖王教会が多数派とはいえ、地域によっては、過激な教義を持つ宗教も存在する。

「──ただ、だとするとその“神”と呼ばれる存在は、人類を超える外宇宙生命体である可能性が非常に高い──」

 フェイトも慎重に応じる。

 一般には秘匿されているが、第511観測指定世界に存在する惑星TUBOYが超古代先史文明の起源惑星であるという説は、管理局の現場の人間にはもはやかなり信憑性の高い噂として流れていた。
 その情報と真実があまりに危険すぎるため、情報公開、そして積極的な調査がためらわれている。
 あの惑星を調べた結果、知りたくなかった真実を知ってしまうかもしれない。

 ロストロギアに少しでも触れたことのある人間ならすぐに理解できることだ。

 なぜロストロギアなるモノが存在し、それは人智を超える絶大な力を持ち、そして管理局がその管理を行っているのか。
 その認識が、根底から覆る。

 あの遺体の持ち主がなぜ魔力炉プラントに侵入し、感電死したのかという経緯はさておいても、先史文明時代の人間がこの世に現実に存在しているという事実は、ロストロギアの由来に関するひとつの仮説──所謂インテリジェント・デザイン説を、強力に補強する材料となりうる。

 ミッドチルダをはじめとした現在の次元世界人類は、先史文明人によって“つくられた”存在である。

 ロストロギアとともに発見される、先史文明人の化石が現生人類とあまりに異なる様相を呈し、その“ミッシングリンク”がなぜできたのかという理由。
 それは、遺伝子操作によって一足飛びに進化を処置されたことを示す。
 現生人類に施された遺伝子操作。
 先史文明人と現代人の決定的な違い、それはリンカーコアの存在である。

 魔法を使うための力の根源となるこの器官は、遺伝子操作によって人工的に発生させられた臓器である。

 すでに現代の最先端魔法科学では、魔力資質の有無にかかわらず、リンカーコアという器官そのものはどこの次元世界の住人でも、誰にでも例外なく発生しているということが確かめられている。
 一般に言われる『リンカーコアが無い』とは、リンカーコアをなすパーツそのものは体内に存在していても、実際にコアとして活動していない状態を指す。

 リンカーコアは通常の人体の臓器と違い、細胞で構成されていないため、解剖などの物理的手段では検出することができない。
 CTスキャンや核磁気共鳴画像法などの間接観測でのみ見ることができる。
 そのため、魔力資質の無い人間を、たとえば透視魔法などで見たとしても、一見してリンカーコアが体内に存在するようには見えないということだ。

 先史文明人から見れば現代次元世界人は被造物であり、現代次元世界人から見れば先史文明人は造物主である。
 ロストロギアが単に極めて扱いに注意を要する物体、というだけでは済まなくなる。

 人類に対する上位存在がいることが判明するということは、人類の哲学さえもが覆ることを意味する。

 魔法を操るのも、次元の海を渡るのも、すべて人類がこの世界の生物の覇者であるという無意識の認識が根源となっている。

「本件は機密ランクXを指定します。明日改めて保管方針について打ち合わせを──」

「わかりました。自分はもう少し資料を整理します」

「ご苦労様。とりあえず今日はもう上がって、明日に備えて」

「お心遣いありがとうございます、ハラオウン執務官」

 受話器を置き、鑑識官は深くため息を吐いた。
 顕微鏡をのぞいていて手が震えたのは、長い鑑識歴の間で数えるほどしかない。
 見てはならないものを見てしまったような気がしていた。

 物証として撮影した塩基配列パターンの写真乾板は、左右に並べて置かれた2つのパターンが99.9997パーセントの割合で一致していることを示していた。
 相違箇所は蛍光ペンでマーキングを書き込まれているが、その部分がすべて、はかったようにDNAシーケンサーの基準アドレスに符合していた。
 これだけの箇所が一度に変異するというのは自然には起こりえない配置だ。

 すなわち、この0.0003パーセントの遺伝子の相違とは、遺伝子操作のために使用されたプログラミング領域であり、それは人工的に行われたということだ。
 個人個人で異なる部分というのは、もちろんもっと少なく、その場合は特定の領域だけを調べる。

 比較対象は、聖骸布から採取したDNAだ。

 “聖王”の出自については、現代でも諸説あり正確なところがわかっていない。
 ただ、少なくとも、王家の血を引く人間が何人かおり、そしてその一人は管理局の保護下にある。
 無論、彼女自身が自分の先祖に関する内容をすべて知っているというわけではない。

 これは、古代ベルカ建国当初までさかのぼる問題だ。

 古代ベルカが、当時としては驚異的な技術力および武力を保有し、次元世界を支配していた背景には、超古代先史文明の存在がある。
 この、一見なんでもない事件から、ロストロギアの由来を含めた次元世界の真実が、その片鱗を見せ始めている。

 検査室は他の職員たちが先に帰ってしまい、廊下も照明が落とされている。
 物音が全くしない、静まり返った部屋で、机の上を照らすだけの小さな蛍光灯が、インバータの振動で小刻みに光を放っている。

 床がかすかに震えた。

 足音。小さな足音。足音の持ち主はかなり軽い体重を持っている。

 半ば反射的に探索魔法を投げる。何も、反応はない。
 だがこの魔法は所謂パッシブスキャンなので、もし相手が魔力の放出を抑え、完全に身を隠していた場合には探知できない。
 自分から探信波を発するアクティブスキャンは、逆探知の危険性が非常に高く、捜査の現場の人間は使用を固く禁じられている。

 喉の鳴る音が聞こえた。これは自分の喉が出した音だ。
 この部屋のドアは1つしかない。半開きになったドアの、ドアノブから視線を下に移す。

 そこに、人影があった。

 暗い室内に、虹色の光が鈍く走る。

 数瞬、繊維質の何かが裂ける音がして、粘性の高い液体が床に落ちる音がした。
 床に、赤い液体が流れ出て、広がっていく。

 

 

 12月8日、午前11時37分。時空管理局本局の航空武装隊員詰所に、スクランブルを知らせる警報が鳴り響いた。
 待機していた隊員たちが即座に出動に向かう。

 出撃の準備を整えつつ、司令室より状況確認を行う。
 スクランブルはその性質上、一秒でも早く空に上がり、作戦内容の説明や目標の位置などは空中で念話によって伝えられる。
 警報発令から90秒で、二人の空戦魔導師がクラナガン上空へ飛び立った。

 週に何度かあるスクランブルとしては、特に遅れることもない、いつもどおりの出撃のはずだった。

『軌道上より降下予定だった民間輸送船が一隻、エンジントラブルを起こして高速で落下中だ。
乗員はすでに退避したが、船の制御ができなくなっている。
当該輸送船を発見し、市街地への落下の危険がある場合は空中で破壊せよとの命令だ』

「了解した。これより高度8万に上昇して捜索にあたります」

『落下速度から計算すると猶予は数分しかない、急いでくれ』

「OK、聞こえたなジル、空気の薄い高空だ、遅れずついてこい」

「はい隊長!」

 ミッドチルダは惑星の物理的条件が地球と非常に似通っており、大気圏の厚さや組成もほぼ同じだ。
 航空業界では伝統的にヤード・ポンド法が使われており、高度は通常、フィート単位で表現される。
 高度8万とは、8万フィート、すなわち24.384キロメートルを意味する。

 この高度まで上がれば、対流境界面からオゾン層を超えて、空が青く見える限界高度を突破する。
 ある高度を超えると、大気分子が散乱する光の量が少なくなり、青い空ではなく黒い宇宙が天に見える。

 実用上昇限度がどの程度になるかというのは、もちろん魔導師本人の飛行訓練もあるが、装備するバリアジャケットの性能も重要になってくる。
 高空での作戦行動には、単なる装甲としてだけではなく、低い気圧や極低温、強力な宇宙線に耐えるための防護装備が必要になる。
 空戦魔導師のバリアジャケットにはそのような性能が要求される。

 空のかなたに、白煙を吹き流しながら飛ぶ輸送船の船影がきらめいた。
 ただちにコントロールセンターへ位置を通報し、地上レーダーサイトでの捕捉を試みる。

 空戦魔導師になるには、最低限、距離50キロメートルで目標を視認する視力を持っている必要がある。
 それでも実際に現場に出動する魔導師たちは、50キロメートルなどすぐ近くだと口をそろえて言う。
 巡航速度で飛べば、ほんの数分で過ぎてしまう距離だからだ。50キロメートルで相手を視認し、空戦に入ったとして、わずか30秒で位置取りを決め、そのための針路を決定しなければならない。
 中世の、魔法が絶大な威力を誇っていた時代と違い、魔導師といえども大勢の後方支援要員による地上基地からの援護が、現代魔法戦闘では必須になっている。

 輸送船は大気圏再突入を行った後で空気抵抗によってかなり減速しており、速度はおよそ7200km/hと測定された。
 高度は約40キロメートル、この速度で気圧の高い大気下層へ突入すれば、それでも輸送船の強度では空中分解を起こしてしまうだろう。
 乗員たちが乗り込んだ脱出ポッドが切り離されたため、その分さらに船体の構造強度が低下している。

 このような航宙機の制御不能事故の場合、次元世界では、事故機の進路前方に多数のバインドを配置して減速させる対処方法をとる。
 空中分解さえ起こさせなければ、破片が広範囲にわたって降り注ぐという事態は避けられ、可能であれば軟着陸させることもできる。

 宇宙空間から降下してくる輸送船に追いつくには、空戦魔導師が出せるほぼ限界の速度を発揮する必要がある。
 位置取りとして、輸送船の軌道に先回りし、向こうに追いつかせる形で前方から接近する。
 地上基地からの追跡により、輸送船の予想落着地点はクラナガンより北方へ220キロメートルの森林地帯と算出された。
 軌道が近隣の都市の上空を通過するため、最適な要撃ポイントは高度37キロメートル、クラナガンより北西方向へ170キロメートルの海上とされた。
 バインドを当てて軌道突入角度を深くした場合、高度21キロメートルに達するまでに速度を2000km/h以下に減速できれば、海に落着させることができる。

 地上基地の司令官は、当該輸送船をただちに減速させ、海上への制御落下を行うよう命じた。
 命令を受け、出動している二人の空戦魔導師は、地上基地からの誘導にしたがって要撃ポイントへ向かう。

 最大速度を発揮するため、飛行高度を8万5千フィートにとる。これより高い高度では魔力素の濃度が低下し、低い高度では空気抵抗が増大するため速度が落ちる。
 飛行魔法の出力を最大にして両脚に集中させる。バリアジャケットは速度の増加にしたがって緩衝角度をつけていき、飛行する魔導師の頭部からおよそ3メートルほど前方に衝撃波面が発生し始める。

 超音速飛行を行う魔導師は、空間の歪みを目撃するといわれる。
 これは実際には、音速を超えて飛行する物体が発生させる衝撃波が空気の密度が著しく違う境界面をつくり、そこを通過する光が屈折するためであると説明されている。

 クラナガンより北西へおよそ300キロメートルの位置で、目標輸送船を再捕捉。高度は37.6キロメートル、速度は6950km/hに低下していた。
 地上からの光学観測によっても、船体の崩壊が進行しつつあることが確認された。

 二人の魔導師は輸送船の前方80キロメートルに位置取りを行い、後方より追いついてくる輸送船に向けてバインドを発射、船体を減速させて海面に落下させる。
 もし減速が間に合わなければ、崩壊した船体の破片が地上に降り注ぐことになる。
 その場合、船体を完全破壊できなければ巨大な船体が地上に激突し、また破壊したとしても破片が広範囲に撒き散らされることになり非常に危険である。

 高速で接近する輸送船に対して、バインドを当てる猶予はほんの数秒しかない。
 速度が落ちたとはいえ6000km/h以上で落下してくる輸送船に対し、こちらの魔導師の飛行速度は出力全開でも2200km/hを維持するのが限界である。
 もし初弾を外せば、秒速1キロメートル以上の相対速度で飛んでくる輸送船にあっという間に追い越されてしまう。
 そうなれば、もはや再び先回りすることは不可能だ。

 輸送船との距離が60キロメートルまで近づき、二人の魔導師はバインドの発射用意をする。
 誘導性能の高い中距離弾で、射程距離は約30キロメートル。最高速度で飛行しながらの発射のため、直線飛行で自分の姿勢変化を最小限に抑える。
 わずかでも姿勢がぶれれば、空力負荷のためにデバイスのCPUパワーが食われ、飛行速度が下がってしまう。

『コントロールよりレッドドッグへ、発砲を許可する』

 地上基地の司令官より攻撃許可が出され、魔導師はバインドを発射した。
 発射時の輸送船との距離は約28.6キロメートル、着弾までの所要時間は2.2秒だった。
 初弾は輸送船の船首錨鎖庫付近に命中した。ここは宇宙空間で船体を固定するための重力アンカーが装備される位置である。
 バインドによる運動エネルギーを受け、船体は右へ約10度傾き、速度は6600km/hへ低下した。命中が確認されたとき、輸送船は距離23キロメートルまで接近し、さらに2発のバインドが飛翔していた。
 続けざまにバインドが発射され、命中していく。船体が最初へ右に傾いたため、その軌道をカバーするように弾幕が展開される。
 バインドの弾体そのものには攻撃力は設定されていないが、高速で衝突する運動エネルギーは商船構造の船体を大きくへこませる。

 初弾命中から9秒後、輸送船の降下角が45度に達し、地上基地より射撃停止が命じられた。
 船首を潰した輸送船は空力によって右へ軌道を曲げながら、雲海に突っ込んでいく。
 その先は海であり、地上への被害はないと判断された。
 大きく減速した船体は、迎撃にあたった二人の空戦魔導師たちの下をゆっくりとした相対速度で通過していく。
 速度は依然として超音速であり、船体が雲に触れれば、衝撃波が雲を吹き飛ばす様子が観測できるだろう。

 雲海に沈もうとしている船の舷窓に、それは見えた。

「レッドドッグよりコントロール…………事故輸送船に残存者は?」

 地上基地の管制官はその質問の意味を一瞬はかりかね、わずかに言いよどんだ。
 その一瞬の間が、空戦魔導師に舷窓の大きさと普通の人間の体格を比較する思考時間を与えた。

 あれは人間ではない。小さすぎる。しかし、ヒトガタをしている。

 

 

 海上に落下する輸送船の船影は、地上基地からも追跡していた。
 陸地からはだいぶ引き離すことができたとはいえ、万が一ということもある。周辺海域の船舶には警報が出されている。

 レーダースクリーンに、変化が生じた。

「輸送船より小物体が分裂────これは、加速していきます!」

 腕組みをしていた司令官がとっさに顔を上げる。
 加速する物体、それはつまり自己動力を持っていることを意味する。
 すでに船体は動力を失っているので、自由落下する以外に動きはないはずだ。空気抵抗で減速することはあっても、加速はしない。

「解析しろ」

「エコーパターン照合、該当ありません。大きさは推定3メートル」

 船体の一部がちぎれただけなら、一緒になって落ちてくるはずだ。
 それが加速して、しかもまったく違う軌道をとっている。

「分裂した小物体、軌道を変えます──東へ向かっています、上昇へ転じました。高度2万を超えます、速度は3400km/h」

 もはやこれは船体の破片ではありえない。
 何らかの、独立した物体だ。

「どこへ向かっている!?」

「小物体の針路0-8-5、このままいくとクラナガン宇宙港に到達します、あと7分です」

「速いな──地上本部に一級警戒アラートを出すように言え。それと──」

 司令官は言葉をややためて言った。

「カレドヴルフ社に問い合わせを。船団が持ってきた積み荷を、どんな小さなものでもすべて洗え」

「わかりました!」

 通信員が各部署への回路を開く作業にかかり、レーダー員がさらに小物体の追跡を行う。

「司令、小物体が速度を上げます!3600km/hから3800km/hへ、衝撃波が地上に到達します」

「沿岸の対空砲陣地から狙えるか?」

「やってみますが、照準が問題です、エコーが特殊でロックオンの精度がどうしても落ちます」

「司令、宇宙港の上空2キロにカレドヴルフ社の船団が到着中です、退避させますか?」

 戦術マップには、いったん海側を回って宇宙港への着陸航路をとる船団のマーカーがゆっくりと移動している。
 墜落した輸送船から飛び出してきた小物体は、ほぼ最短距離で宇宙港へ向かっている。

 その速度はすでに4000km/hを超えた。普通の空戦魔導師が出せる速度の2倍以上だ。

 出すことができる速度かどうかという以前に、超音速飛行は衝撃波を発生させ、地上の広範囲に被害をもたらす。
 原則として、市街地の周辺上空では超音速飛行は戦闘時を含めて禁じられている。
 バリアジャケットは装備者を空気抵抗から守ってくれるが、それ自体が発生させる衝撃波はキャンセルできない。
 超音速飛行による衝撃波は、たとえ高度10000メートルを飛んでいても、地上の建物の窓ガラスを粉々にしてしまうほどだ。

 通信がにわかに騒がしくなる。
 軍事用回線では、使用する周波数帯を定めた専用の念話術式が使われる。その回線が、各所からの声を拾い始める。

「──!小物体が船団に攻撃を──!」

「なに!?」

「小物体はカレドヴルフ社船団に向かっています!魔力弾および誘導弾が多数発射されていると!」

「間に合わなかったか──!航空武装隊はただちに離陸、小物体の正体をとらえろ!上がれる者はその場で上がれ、空中で合流しろ」

「映像入ります」

 スクリーンが切り替わった瞬間、炎を上げて沈降する輸送船の映像が入ってきた。
 魔力弾に貫通されたと思しき船腹には大穴があき、後部の船橋は破裂したようにひしゃげている。

 カメラは問題の小物体を追い切れていない。
 速度が速すぎて、ピント合わせが間に合わない。

 映像が切り替わってから20秒後、ようやく地上対空砲の第一波攻撃が発射された。

 沿岸に設置された砲台から誘導魔法が放たれ、緑色の紐状レーザーが空中へ殺到する。
 鋭くうねるようにして誘導されるレーザーが、小物体に突入する。
 地上からでは芥子粒のようにしか見えず、ブースターユニットの噴射炎だけが青く輝いている。
 強大な魔力反応が観測され、魔力量は300億以上と推定された。これは発電用大型魔力炉に匹敵する値だ。
 人間の魔導師とは比べ物にならないどころか、戦闘用魔力機械ですらこれほどのエネルギーは出せない。次元航行艦のエンジンでさえ、船に搭載する必要がある以上魔力炉の大きさには制限があり、XV級巡洋艦でも基準魔力値は120億だ。

 シールドが発生していることを示す、白い板状の閃光がきらめく。
 ひっきりなしに地上からレーザーが打ち上げられるが、小物体は落ちる様子がない。
 少なくとも命中弾は与えているはずだ。
 そうこうしている間にも、小物体から放たれる攻撃によって輸送船が貫かれ、墜落していく。

 小物体が放つ攻撃は2種類がみられた。
 マシンガンのような実体弾と、高出力の射撃型レーザーだ。そのどちらもが、輸送船の大柄な船体をやすやすと貫通し、大気圏突入用の耐熱シールドさえ、薄紙のように引き裂いてしまう。
 実体弾は所謂徹甲弾のようで、流れ弾が地面に着弾しても爆発を起こさず、そのままめり込んでいる。

『距離をとれ!後ろに回り込ませるな!』

 地上管制の声が飛ぶ。
 小物体は非常な速度と旋回能力を持ち、航空機型ガジェットをはるかに凌駕する運動性を持っている。
 並みの空戦魔導師では追いつくことができない。まず、照準を合わせることができない。

 至近を突き抜けていく小物体の形が、人型のように見えることを、空戦魔導師の一人が目撃した。

 たしかに人型をしている。その見た目は、現在各国軍で研究がおこなわれている自律武装端末、“アーマーダイン”に似ていた。
 だが、その大きさやプロポーションはかなり異なる。
 カレドヴルフ社が製造したアーマーダイン第一号機「ラプター」の場合、戦闘服を着てヘルメットを被った人間のような外見で、大きさも人間と大差ない。

 しかしこの小物体は──輸送船と比較して小さいので小物体と呼ばれているが、実際にはかなり大きい──人間の身の丈を超える、身長3メートルはあろうかという巨体で、さらに人間とは違い太腿部よりも脛部の方が太く長い。
 背中には翼のようなスタビライザーが装着され、そして、明らかに金属的な、光沢のある表面をしている。
 装甲を纏ったロボットのような外見だ。パワードスーツのようにも見えるが、そのプロポーション、特に胴体と四肢の長さが人間とは異なりすぎているため、中に人間が入っているということはありえないと判断される。

 飛翔する弾丸を見た。

 弾丸は、通常、先が尖った円筒形をしている。それが真円に見えるということは、弾丸が自分に対して直進してきているということだ。

 声が出ない。
 声帯を震わせるための空気が肺から押し出される前に、その圧力が失われた。
 秒速7000メートルにも達する速度で飛ぶ高速徹甲弾は、空戦魔導師のバリアジャケットを全く無いもののように貫いた。
 超音速の弾丸が押しのける空気は衝撃波を発生させ、肉体を、骨格ごと吹き飛ばす。

 空中に、装備者を失ったことによってオートパージされたバリアジャケットの破片と、赤い蒸気が散った。

 急減圧した血液が散らばり、赤い蒸気になった。

『……──!ひとり墜ちた!誰だ、各隊小隊長は人数を数えろ!』

『速すぎます、追えません!』

『方位を見失うな、ビーコンを打て!デバイスの高度計をチェックしろ、バーティゴになるな!』

『うわっ、誰だ俺に当てたのは!見間違うな!』

『闇雲に撃っても当たらん、オートホーミングに頼るな!教則通り敵を正面に置け!』

 魔導師たちからの悲鳴のような訴えと、地上管制の声が錯綜する。
 魔導師たちは、自分が追っている敵の姿をとらえきれていない。どんな姿をしている物体を追えばいいのかわからない。
 ところどころで、付近を飛ぶ同僚へ射撃魔法を誤射してしまう者もいた。

 地上からの対空射撃が20秒おきに繰り返され、そのうちのいくつかは命中している。
 魔導師たちの射撃魔法も何発かが命中し、時折、小物体は空中で速度を落としている。

 それは、何かを探しているような動きだった。

「──!?隊長、あの船の上に──!」

 ひとりの魔導師が、炎上中の貨物船甲板上に立つ影を認めた。

 その影は人型をしていたが、大きさが人間より明らかに大きく、プロポーションも太い。
 間違いなく、自分たちが今追っている目標だ。
 管制官は各魔導師に目標の写真を転送し、今見ている相手との照合を行わせる。
 あれを狙えばいい。それが分かるだけで、負担は大分減る。

 敵が立ち止まっている。
 一方的な戦闘による極度の緊張に晒されていた魔導師たちには、その人型が何も警戒せず立ち尽くしているように見えた。

「シロッコ隊長!今なら!」

 空戦魔導師のひとりが叫ぶ。仮にも首都クラナガンの空を守るエリート部隊のはずだった自分たちが、たった一機の敵に翻弄され、なすすべもなく撃墜されている。
 すでに6人は墜ちている。
 それも、すべてが徹甲弾を喰らい、空中で血煙にされてだ。

 しかし、今撃てば確実に、あの人型が乗っている貨物船も巻き添えにするだろう。
 甲板は炎上し、船橋は倒壊し、船の制御機能は失われている。しかし、もしかしたら中に生存者がいるかもしれない。

「ゴルフ1よりコントロール、目標が停止している。撃っていいか」

 念話回線を切り替えるわずかの雑音の後、地上基地からの返答が返ってくる。

『やむを得ない。全力砲撃だ』

「──了解」

 各隊に命令が伝達され、それぞれ射撃位置をとる。人型は、攻撃態勢を取られていることに気づいていないのか、それともそれさえ意に介さないのか、甲板上をゆっくりと歩いている。
 歩く姿は、本当に人間のようにさえ見える。

 金属質の手足と、無機質な巨体をのぞけば。

 精密射撃機能を持つデバイスでは、照準時に目標を拡大できる。
 デバイスによって視覚野に直接入力されるその人型の姿に、彼らは驚きを禁じ得ない。

 ついさっきまでの無慈悲な戦いぶりが嘘のように、その人型はていねいに、甲板のハッチを剥がしていた。
 船倉の中には、積み荷のコンテナが置かれている。
 コンテナの天井が開けられ、その中には、あの人型の構成パーツと思しき、手や足や頭部が詰め込まれていた。
 この船が、どこかから持ってきたのだ。
 ばらばらの部品しか無かったのか、それとも、すでに完成されていた機体を、一度分解して積み込んだのか。

 機械にしか見えない頭部には、顔はない。バイザーのように見える部品も、単にセンサーを保護するためのものだろう。

 人型は剥がした鋼板を横に置くと、膝をついてしゃがみこみ、船倉の中に手を伸ばした。
 コンテナの中の部品を、ひとつずつ、取り出して船倉の床に並べている。
 コンテナの中から取り出された腕や足が、床に置かれ、それはバラバラ死体のようにさえ見えた。
 外見が人間とは全く違うはずなのに、手足があるというだけで人間を連想してしまう。

 それはとらえた獲物を物色する肉食獣のようにも、猟師にわが子を殺された母熊が子熊の亡骸を拾い集めているようにも見える。

 あれが純粋な機械でできたロボットであるなら、その構造は非常に精密だ。
 足は屈伸して機体を支えられるし、腕にはマニピュレーターがあり、ものをつかんだりできる。ただつかむだけでなく、ものを壊さないように、かかるトルクを柔軟に制御できるということだ。
 ああいった構造の機械は、次元世界ではいまだ開発できていなかったはずだ。
 簡素な作りの機械を魔力で動かす傀儡兵や、生きた人間の肉体をベースにあくまでも補助として機械を埋め込む戦闘機人のような方法でしか、人型メカをつくることはできていない。
 アーマーダインにしても、動作は人間に比べればぎこちなさすぎる上に、一機あたりの価格が非常に高価でそのうえ堅牢性に問題が残り、現状では実用性には乏しいとされている。

 照準スコープ越しに、滑稽なほどに人間臭いしぐさをする人型が見える。
 デバイスを握る手が震えないように、しっかり持とうとする。しっかり保持してさえいれば、照準動作はデバイスが補助してくれる。
 魔導師はそう自分に言い聞かせようとする。

「攻撃開始!」

 号令と共に、数十門の砲撃魔法が一斉に放たれる。
 高圧のエネルギー弾が人型を包み込み、その向こうにいる貨物船ごと、船体がメタルジェットによって融けるのが目視できるほどの強烈な爆発が、空中に噴き上がった。
 溶けた鉄が飛沫のように飛び散り、それは赤い光を放って空中で冷えながら、小さな金属粉と化して散らばっていく。

 金属が燃える閃光が、激しく瞬く。
 崩壊した船体が、煙に包まれながらゆっくりと落下を始める。
 噴きあがる炎に人型の姿は完全に覆い隠された。
 地上からは、レーダーサイトによって目標の追尾が続けられる。

『魔力量、減衰見られません。目標はまだ生きています』

『続けて撃て。ヤツの動きはこちらで追っている、射撃緒元をデバイスに転送する。ありったけの魔力を叩きつけろ』

「──ッ!」

 さらに、斜め下方からも砲撃。増援部隊がやってきた。
 折れて二つに割れていた貨物船の船体が、燃えた紙箱のように、砲撃魔法が持つ運動エネルギーによって浮かび上げられる。
 炎さえもが砲撃で吹き飛ばされ、張られたシールドの形の中に、人型のシルエットが見える。

「申し訳ありません、遅くなりました!」

「その声は高町一尉か!?教導隊が来てくれたのか!」

 魔導師たちが増援の姿を見る。
 ワンオフ装備の白いバリアジャケット、巨大な金色のデバイス。
 高出力飛行魔法を使用していることを示す、翼の具現化。
 まさに一騎当千を体現する戦いぶりから、白い悪魔とも謳われるほどの大魔導師。

『スターズ小隊、ゴルフ小隊、ロメオ小隊、左右から目標を挟撃せよ。ヤツが再び動き出す前に何としても落とせ』

「了解!スターズ1、射撃用意よし、全員私に続け!」

「ゴルフ小隊は右手へ集結、俺の周囲に並べ、ヤツを囲むんだ」

「ロメオ1、攻撃位置についた!小隊各員は私を中心に鶴翼陣形をとれ」

 残った魔導師たちが、それぞれの射撃位置についてデバイスを構える。
 エンジンを破壊された貨物船の船体が自由落下を始めるまでのわずかな時間をついて攻撃する。
 足場がなくなれば、人型も再び飛び立たざるを得ないだろう。それまでに、ありったけの攻撃を叩き込む。

 高町なのはは、愛機であるレイジングハートをブラスターモードにセットした。補助攻撃ユニットであるビットが射出され、砲撃の集束率を上げる。あの人型の持つシールドの出力は並大抵ではない。
 下手な砲撃では、エネルギーが逸らされてしまい見た目ほどに効果がない。

 硬いシールドを展開している敵を撃つには、エネルギーの集束率をめいっぱい上げ、より小さい断面積により大きいエネルギーを集中させることが効果的だ。
 たとえ全体としてのエネルギー総量が少なくても、集束率が高く狭い範囲にエネルギーを集中させれば、その分だけシールドにかかる負荷が上がり、攻撃が通りやすくなる。

 ゴルフ小隊とロメオ小隊の小隊長も、研修でなのはとは面識があった。
 彼女の実力は十分に知っている。

 魔導師たちはそれぞれのデバイスを可能な限りエネルギー密度を上げる。

『撃ち方はじめ。各員、統制射撃はスターズ1にならえ』

 地上基地の戦術リンクシステムを経由して、レイジングハートを各員のデバイスにリンクさせる。
 これによって小隊全員による、精度の高い統制射撃を行える。

 レイジングハートの、金色に輝く砲身にエネルギーが充填され始める。

 2条直線の加速レールが生み出すエネルギーは、弾体を秒速80000キロメートルまで加速できる。
 この砲撃を受けて、耐えることのできたものは今までいない。

「スターライト・ブレイカー!!!」

 なのはの掛け声とともに、魔導師たちが一斉に砲撃魔法を発射する。
 貨物船が吹き上げる火災が激しく、目標の人型は視認できない。
 地上基地からのレーダー解析によって計算された射撃緒元がそれぞれのデバイスに入力され、それにしたがって照準をつける。
 炎の中に存在するはずの人型に向けて、30本以上にも及ぶ砲撃魔法のビームが撃ち込まれる。

 戦技教導隊において、なのははレイジングハートの術式にブラスター4を新たに開発し、インストールしていた。
 これはブラスター3までの、ひたすら出力を上げて破壊力の向上を目指した術式とは異なるアプローチで設計された。
 砲撃によって発射するビームの集束密度を限界まで上げ、より少ないエネルギーで破壊力を発揮する仕様だ。
 事実、エネルギー総量でいえばブラスター4はエクステンションなしのディバインバスターと同等かやや多い程度に過ぎない。
 しかし、そのエネルギー密度は桁違いだ。
 従来のレイジングハートの砲撃魔法はどれも、極太のビームが目標を包み込むように押し潰すイメージだった。
 だがこれでは見た目が派手なだけで、目標に直撃するよりも、受け流されて逸らされる部分や、大気中での減衰によって電磁波となって逃げていくエネルギーが馬鹿にならないほど大量に発生し、著しく効率が悪い。
 計測では、従来のスターライトブレイカーでは発射したエネルギーのうち、実際にターゲットにダメージを与えているのは5パーセントにすぎないという実験結果が出ていた。

 汎用性を求めるならば、集束率の向上は最も効果が高いアプローチである。

 スターライトブレイカー・ブラスター4では、発射される魔力弾の大きさは直径1インチ(2.54センチメートル)にまで圧縮される。
 ブラスタービットは弾体の圧縮に全リソースを投入し、発射するエネルギーはレイジングハート本体のみによってまかなう。

 なのはの砲撃にミリ秒単位で連動し、ロメオ小隊、ゴルフ小隊の空戦魔導師たちが砲撃魔法を放つ。
 互いの弾道干渉を最低限に抑え、わずかの時間差を置いて連続的に弾丸が命中する。

 大気がプラズマ化する激しいジェットが噴きあがり、貨物船の船体は今度こそ粉々にはじけ飛んだ。

 溶けた金属が蒸発する勢いで、爆発した船体がきらめく破片となって飛び散る。
 十分に小さくなった鉄は空中で燃え、黒い酸化鉄の灰になって爆風に吹き飛ばされていく。
 爆発によって気圧が低下した中心部に吹き返しの風が吹き込み、巨大なキノコ雲が形成されていく。

「…………やったか?」

 ゴルフ隊の小隊長がつぶやき、地上基地へ確認をした。

 凄まじい火力投射量によってセンサーの値が振り切れ、目標のエコーパターンを抽出するのに時間がかかっている。
 魔力量300億の化け物ならば、それが破壊された時の痕跡も巨大なものになるはずだ。

 果たして、それは落下していた。

 爆炎の中からゆっくりと、自由落下を始める人型の姿が現れた。

 なのはは油断なくレイジングハートを構え、ロックオンを続ける。すでに目標のエコーパターンはレイジングハートのFCSに入力しているので、人型がどこへ飛んでも追跡できる。
 落下によって煙が吹き払われていき、人型の姿がはっきり肉眼で見えるようになる。
 頭部を下にしたあおむけの状態で、手足は弛緩し、意識を失ったようにして落ちていく。

「スターズ小隊、目標の追尾を開始します。高度3万以下への降下許可を」

『コントロールよりスターズ1、降下を許可する。民間船はすべて退避させた、遠慮なくやってくれ』

 了解、と小さく答え、なのはは小隊の魔導師を引き連れて、落下する人型を追って降下していった。

 民間船は退避した、とのことだが、その実は、すべて撃沈されたということだ。高空から見下ろして、それがわからないわけはない。
 宇宙港の桟橋は、もはや足の踏み場もないほどに、撃沈された貨物船や護衛艦の残骸が散らばっていた。
 ほとんど原形をとどめていない船は、エンジンを撃ち抜かれて動力を失い、シールドも飛行魔法もホールディングネットも展開できないまま、高速で地面に激突したのだろう。
 もしあの中に生存者がいたのなら、地上に激突するまでの時間は、この世で最も恐怖を感じる時間だっただろう。

 翼を失い、地に落ちる者。
 まるで巨人に踏みつぶされたかのように、地上に激突した護衛艦のような形をした金属の塊が、ひしゃげて広がっている。

「まだ動いてる。みんな、気を付けて。いつでも撃てるようにチャージをして」

 なのはは部下に命じた。

 人型は、まだなんとか機体の制御を取り戻そうと、ブースターを噴射させている。
 だがほとんど出力が発揮できないようで、噴射炎は途切れ途切れになっている。
 どうやら背中の翼は安定性のためのもののようで、それ自体が揚力を発生させているわけではないようだ。
 飛行魔法を組み込んだデバイスを機械に搭載するなら、あのように背中にブースターユニットとして背負わせる形が、整備性の面からも一般的だ。

 だがだからといって、あれがミッドチルダの技術系列に属しているというわけではないだろう。
 あんな形の戦闘メカは、次元世界のどこに行っても見たことがない。

『目標高度1万、さらに降下します』

「地面に落ちる──回収班の待機を」

『高度8000、落着まであと60秒』

「わずかに減速している。目標はまだ動いてます、減速しようとしています」

「高町隊長、まだ撃ちませんか。奴が死んだふりをしているなどということは──」

「その用意をしておいて」

 人型と共に、180km/h近い速度で降下を続ける。
 姿勢を逆さに、頭を地面に向けなければマイナスGがかかり、レッドアウトを起こしてしまうだろう。
 地面が目の前に迫る。ギリギリまで追い、頃合いを見て上昇に転じる。

「噴射炎が激しくなってます、速度は!?」

『目標高度2000、速度毎秒110から100へ減速中』

 なのはは目を細め、あの人型がもはや地表への激突が不可避であることを察した。

「全員上昇!目標の落着地点を狙え!」

 なのはがそう言い終わる前に、人型は宇宙港の倉庫の屋根の上に、めり込むようにして墜落した。
 激突した質量に薄いトタン葺きの屋根がひしゃげ、鉄骨が折れ曲がる。
 空戦魔導師たちは低空に降り、人型が落ちた場所を広い距離をとって取り囲む。

 じりじりと、包囲を狭める。
 倒壊した倉庫の中から、人型が再び飛び出してくる様子はない。

『目標魔力量、減衰を確認。急速に低下していきます。100億、50億、16億……さらに低下します』

 魔力量の低下。それは機械であれば魔力炉が停止し、人間であれば意識を失ったことによってリンカーコアの活動が低下していくことをあらわしている。
 目標の破壊に成功した。少なくとも、継戦能力を奪ったことは確実だ。
 その安堵が魔導師たちの間に浮かび始めたとき、突如、念話回線に声が割り込んできた。

 その声の主を、なのははよく知っていた。

『みんな急いでその場から離れ!魔力値のオチ方がいくらなんでも速すぎる、こっちで中性子線を検出しとる!全員全速力で退避!』

「はやてちゃん!?」

 なのはは叫びながら振り返り、空を見上げる。水平線の向こうに、LS級巡洋艦の姿が見えた。

 はやてはこの人型の動力源がなんであるかを確信していた。この至近距離ではバリアジャケットでも防御しきれない。
 はやての声を聞き取った魔導師たちはいっせいに加速し、海上へ向かう。下が海であれば、最悪、水中に逃げ込むことができる。

「あの人型はいったい!?」

『話はあとや、今はとにかく逃げぃ!』

「……っ!うん、わかった……!ジュリアさん、シロッコさん、お二人も退避を!」

 ロメオ小隊、ゴルフ小隊それぞれの小隊長にも呼びかける。桟橋を飛び越えて海上に出て、なのはが港を振り返った直後、倉庫のひとつが黒煙を勢いよく噴出した。あれは爆発ではなく、その前兆だ。
 数秒後、閃光が発生した。
 衝撃波が地面を走るのが見える。爆発がキノコ雲を生じさせ、その煙の中に火球が生じているのが見える。

 核爆発。

 なのははそう直感した。
 はやては、危惧していた事態が現実に起きてしまったことに、きつく拳を握りしめ、爆風と熱線によってなぎ倒されていく宇宙港を、
じっと見据えていた。

 

 

 翌12月9日、戦闘によって多大な被害を受けた宇宙港へ管理局の災害処理部隊が現地入りし、とりあえずの事態収拾にとりかかった。

 接舷準備中を襲われたカレドヴルフ社の輸送船団はほぼ壊滅し、貨物船25隻が撃沈、7隻が大破。港内にいて応戦にあたった護衛艦も、3隻が撃沈された。
 人型は地上施設には攻撃を行わなかったので、地上の対空砲陣地などはそれほど被害はなかったが、宇宙港は人型が最後に起こした核爆発によって巨大なクレーターができ、港湾施設としての使用は不可能になっていた。
 港で働いていた作業員たちや近隣のオフィスビルにいた港湾会社職員など、バリアジャケットを装備していなかった民間人が少なくとも450人以上、核爆発の熱線で即死したり、強烈なガンマ線もしくは重粒子線に被曝していた。
 これにより12月9日の朝、午前7時の時点で12名が急性放射線症で死亡していた。
 爆発の瞬間、10グレイを超える線量が観測されていた。これは主に、水素核融合におけるppチェインによって発生するガンマ線だ。

 管理局およびミッドチルダ海軍が使用する軍港はやや離れた位置にあったため大きな被害は免れたが、それでも核爆発の爆風の影響でいくつかの施設に損傷が生じていた。

 入港したヴォルフラムから降りたはやては、惑星TUBOYから持ち帰った情報を報告するため、なのはにも一緒に来るよう頼んだ。
 あのカレドヴルフ社の輸送船団は、惑星TUBOYで作業を行った帰りだった。すなわち、墜落した輸送船から発進して船団に攻撃をかけたあの人型は、惑星TUBOYから発掘ないし製造したものであるということだ。

「CW社があんなのをつくってるって話は聞いたことないけどな。AEC武装とも、SPTとも違うみたいだし」

 SPT(スタンドアロン・サイコ・トラッカー)については、なのはの所属する戦技教導隊でもテスト運用が行われていた。
 まだ実戦投入できるレベルにはなっていないが、拡張性などの基礎スペックは非常に優れている。

「あれは、ロストロギアや。今の管理局の基準に照らせばそうなる」

 はやてはそう言い切った。

 管理局においてロストロギアとは、超古代先史文明によってつくられた物体、と規定されている。
 あの人型は、過去に存在した高度技術文明によってつくられた純粋な戦闘兵器である、ということだ。

 はやては惑星TUBOYでの作業にあたっていたカレドヴルフ社の出向幹部に聴取を行い、情報を聞き出していた。

 同社は、惑星TUBOYから発掘した機動メカの詳細な性能緒元をもとに、再現を試みた。
 そして、同惑星に残されていた製造システムを再起動させることに成功したというのだ。

「つまり、もともとあった機械のスイッチをただ入れただけなんだね」

「ミもフタもない言い方やけど、そういうことやな」

「それであれだけの……そういえば、あの人型メカ、そのものについては何か分かったの?」

 人型は、スターライトブレイカー・ブラスター4と、砲撃魔法の集中攻撃を受けて撃破され、墜落した後、核爆発を起こして破壊された。
 それでも、爆発跡を調べたところ、機体そのものは残存していた。動力炉があったであろう胴体は穴が開いていたが、手足や頭部などは残っていた。さらに、動力区画は完全に隔壁が機能していたらしく、機体のそのほかの部分は驚くほど損傷が少なかった。
 この人型が破壊された直接の原因は、地上に激突した際の衝撃であり、落下中はまだ機体は生きていた。スターライトブレイカーの直撃にさえも、事実上耐えていたということを意味している。
 それもまた、なのはにとっては衝撃的な事実であった。

「測定された魔力値も、シールドの硬さも、機動力もすべてが桁外れ……人間が操縦していたの?」

「それなんやけどな」

 はやては、調査班が撮影した人型の写真をなのはに見せた。

「コクピットらしき空間が胴体内にあった。せやけど、人が乗っていた形跡はなかった」

「どういうこと?」

「死体が見つからないんや。高熱でコゲたわけでもない、せやったら内装がこんな綺麗のまま残らへん。それ以上におかしなことは、このコクピット、見てみい、右下に比較用の定規が写っとるやろ」

 指さしで写真をたどったなのはは、思わず息をのんだ。

「どう考えても人間が乗れる大きさやないんや。たしかにコクピットはある、けどどう踏ん張っても人間が入れへん。イスすらない、これに乗る人間がおるとしたらそれは何者なんやってことになる」

「無人機?コクピットのように見えるのは偽装で……」

「にしては偽装の意味がない。せやったらきちんと人間が乗れるように寸法だけでもつくらなあかん。
だいいち、こいつは無人やったんや。死体が見つからないゆうことは、なのはちゃんらと戦っとった時のコイツは無人で動いてたゆうことや」

「……でも、人が乗ってるとしか思えないようなしぐさをしていたって、航空隊の証言もあるしね……」

「まあ今のところわかっとることは、コイツのエンジンは熱核タービン、出力は350メガワット。魔力値換算で350億。
固定武装は2種類、3連ガトリング砲身の7.62ミリ劣化ウラン弾、それとレーザーや。地上に落ちとった弾丸を回収してわかった」

「やられた魔導師はみんなこのガトリング砲で……」

 劣化ウラン弾は貫通力が非常に高く、また弾体が重いため、通常の拳銃弾程度を想定しているバリアジャケットでは運動エネルギーを受け止めきれない。
 また、地球でさえも劣化ウラン弾を対人射撃に使う例は少なくとも公式にはない。

「確かにコイツを防御できるバリアジャケットはあらへんな」

 判明した恐るべき性能に、なのはとはやては慄きを隠せなかった。

 人間より一回り大きい程度の機体に、次元航行艦をもはるかに凌駕するエネルギーが秘められている。

 現代のミッドチルダの技術では、350億もの魔力値を発揮する魔力炉をつくろうとすれば、炉の本体だけでビルほどの大きさになってしまうだろう。
 あの人型は、小柄な、自動車の運転席程度の大きさしかない胴体に、その魔力炉とコクピット──室内空間のサイズに不審な点が残るとはいえ──を詰め込んでいる。

 しかも、そんな化け物のような機体が、なのはの全力砲撃にさえ耐えたほどの機体が、やわらかい建物の屋根に落ちただけで致命的な破壊ダメージを受けた。
 その理由も分かった。機体の残骸を調べたところ、素材が極薄のチタニウム合金やカーボンファイバーなどであり、物理的な構造では機体の自重すら支えられない強度しかないことが判明した。

 機体の重量は、動力炉が爆発して失われたので不明だが、どんなに重くても960キログラム以下であると推定された。

 重量の大半を占めるのは動力炉である熱核タービンエンジンであり、機体のフレーム単体では80キログラム程度しかない。
 平たく言えば、乗用車のボディよりも薄っぺらな機体だということだ。

 4000km/h以上にも達する飛行速度によってかかる加速・旋回Gも、おびただしい数を被弾した魔力弾の防御も、そして機体を保持することも、すべてシールドに頼って行われている。シールドが切れれば、その時点で機体が自壊してしまうことになる。
 もし人間が内部に搭乗するのなら、機体が撃破された時点で生存の望みはゼロということになる。

 少なくとも、次元世界のどの兵器メーカーでも、このような設計思想は思いつかないだろう。

 コクピットと思われる室内空間の内装には、文字が刻まれていた。
 それはおそらくこの機体の名前と思われる。固有名か、もしくはこれと同じ型のメカを総称する名前か。
 文字はアルファベットの系列で、ミッドチルダ語で読んだ場合、SPT、E、X、E、C、T、O、R、となる。

 発音は、“スペースパワードトレーサー・エグゼクター”。

 はやてとなのはが資料を検討していた会議室の内線電話が鳴った。
 受話器を取ったはやてに、基地の職員が内容を取り次ぐ。

『八神提督、昨日の船団襲撃事件について、ハラオウン執務官が面会を求めておられます』

「わかった。2階のロビーに通しといて。すぐに行く」

『わかりました』

 受話器を置いたはやてに、なのはが話しかける。

「フェイトちゃんが来たの?」

「ああ。どうやら、事態はすでにかなり深刻なレベルまで進行しとるみたいや」

 なのはが撃墜した、異質な様相を呈する謎の人型機動メカ。
 はやてが遭遇した、第511観測指定世界惑星TUBOYに存在する謎の迎撃システム。
 そして、フェイトが発見した、超古代先史文明人と予想される謎の小人。

 三人の遭遇した事件が、ゆっくりと、焦点を重ね始めている。

 

 

 

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最終更新:2012年12月19日 11:09