■ 7
悪夢のような一夜が明け、クラナガンの街はとりあえずの一日を迎えようとしていた。
直接被害を受けなかった地域では、いつもどおりに人々が職場へ出勤し、子供たちは学校へ登校している。
クラナガン宇宙港では係留されていたヴォルフラムへ、シャーリーとシャマルが新たな武装端末の引渡しのために訪れていた。
シャマルは普段は地上本部での勤務であり、また本部から近い軍人住宅に入居していたため滅多にクラナガン市街へ出ることはなかった。
それだけに、昨夜の戦闘の凄惨さは驚愕に値するものであった。
クラナガンの北西部に位置する中央第4区は、出現した1500体を超えるバイオメカノイドと投下された24発の魔導爆弾によってほとんど破壊しつくされ、道路は穴だらけになり、建造物は軒並み倒壊して瓦礫の山になっていた。
バイオメカノイドたちは第4区周辺から出現し、メープル川へ向かい川に沿って海へ向かった。この通り道となった区域も、まるで巨人に踏み荒らされたようになっていた。
ワラジムシたちは硬い顎を持っており、コンクリートや鉄骨の建物でも噛み砕いて崩し、進撃していた。
そして、海から出現しワラジムシたちを迎えるように川をさかのぼっていった大クモ。
河口に掛かっていた3本の橋は大クモによってなぎ倒され、橋げたが真ん中から折れていた。
大クモが撃破された地点には、夥しい数の破片が散乱し、飛び散った有毒物質によって、付近の住民は当分、自宅へ戻ることが出来なくなっている。
総じて、クラナガンの中央部、主要都市機能をつかさどる区域のおよそ3割が、壊滅的な被害を受けた。
物流を担う運送拠点は大クモに踏み潰され、また住宅やオフィスビルなどはワラジムシに噛み砕かれ、戦車型の砲撃によって破壊された。
これらバイオメカノイドの襲撃によって亡くなった市民は、おそらく10万人を超えるだろうと予想されている。負傷者は25万人を、また身体が無事でも家財を失った市民はもっと多くなるだろう。
敵の出現がちょうど、帰宅時のラッシュに重なった。
さらに一般企業が年末の休暇にさしかかる時期であり、深夜になっても人々が大勢、街へ出ていた。その真っ只中にワラジムシの大群が出現したのだ。
鉄道などの公共交通機関だけでなく、自家用車に乗ったままバイオメカノイドに襲われ、逃げる間もなく死んだ者がかなりの割合に上った。
人々が逃げようと車を走らせていたところに大クモが出現し、車に乗ったままで道路から動けなかった人々は、車ごと海へ叩き込まれた。
メープル川河口の海底には、崩された橋げたと共に多数の自動車や鉄道車両が数百台単位で沈んでおり、遺体の回収は困難を極めると予想された。
また、中央第4区には魔導爆弾が投下されたため、骨さえ残っていないであろう死者も多くいるはずだ。
彼ら市民の遺族には、その旨を通知する文書と、死亡届の様式及び葬儀業者への提出用書類が区役所より送付される。
かろうじて残っていた第4区の区役所庁舎では、事態収拾及び復旧、救助作業と平行して、そういった事務作業についても市民課の職員たちが早朝から早出をして作業にあたっていた。
彼らも、自宅が破壊され当分庁舎で寝泊りせざるを得ない者もいる。
捜索に出動している地上本部の魔導師たちから送られてくる報告を元に、身元が判明した死亡者に対しては所定の手続きをとり、住民登録にデータを入力していく。
それは市民の自治を司る部署として当然の職務ではあるが、職員たちにとっては、これほどの数の人間が一挙に命を失ったという事実は、積み上げられる書類の紙束以上に、重い感情を胸のうちに生じさせるものであった。
ヴォルフラムへの乗艦手続きを済ませたシャーリーとシャマルは、艦長室ではやてと対面していた。
シャマルも、勤務先の部署が離れているため、シグナム同様にはやてと会うのは久々である。
「無事なようで何よりやったな」
「はい……」
シャマルは、大きな耐爆ケースを持ち込んでいた。
その内部には新型のデバイスが格納され、質量は30キログラム以上もある。軽々と持ってはいるが、それはケースに飛行魔法の術式が装備されて重量を軽減しているからで、実際には普通の人間には重くて持てないほどの質量がある。
「これはスバル用の新しいマッハキャリバーか」
「ええ。たぶん今日付けで、レティ提督からスバルへ辞令が届くと思うわ。特別救助隊からヴォルフラム附きの陸戦隊への転属命令──それと、新しいデバイスの受領もね」
「スバルはどうしとる?」
「身体はもう大丈夫だから、許可が出ればすぐにでも退院できる。フェイトちゃんが迎えに行っているわ」
「そか……。まあ、確かにあのバイオメカノイドどもと戦うにはこれまでのデバイスでは無理があるわな」
スバルには、ヴォルフラムへの乗り組みと同時に、新たなデバイスとして改造マッハキャリバーが配備される。
これは宇宙港でのバイオメカノイドとの戦闘で失った左足を代替し、さらに強力な戦闘力を発揮させるものとして設計された。
カレドヴルフ社が開発した新型武装端末SPTの技術を応用し、大掛かりな外科手術が必要となる戦闘機人(ないしそれに類するサイボーグ)よりも簡易で柔軟性のある身体能力向上が可能となる、装着型デバイスだ。
もちろん、五体満足な人間でも、装着することでパワードスーツのように身体能力を強化することができる。
このような設計思想はけして新しいものではなく、もともとブーストデバイスというカテゴリーもあるようにデバイスによる身体能力強化というのは昔からあった発想である。
しかし、人体そのものの強化を行うデバイスというのはこれまでに作られたことは無かった。戦闘機人が似たような設計思想ではあるが、技術的ハードルの高さから実用化されたとは言い難い。
SPTについては、デバイス開発技術者としてシャーリーにとっても興味を引かれる事柄である。
これまでは、デバイスはあくまでも人間が手に持って使う武器であるという制約から、極端な大出力化をするにも限度というものがあった。
SPTならば、独立した動力源を内蔵しさらに筐体サイズも拡大されているので、設計上の許容幅が大きく拡大されている。
従来の、単なる移動砲台的な用途をされていた魔力機械とも一線を画し、装着した姿は魔力駆動のパワードスーツのような構造となる。
魔導師ならではの機動性はそのままに、さらなる高火力の運用を容易にする装備だ。
もちろん、もっと大型化して搭乗型ロボットに仕立てることも可能だ。その場合機動性は多少犠牲になるが、それでも従来の戦車や自走砲に比べれば別次元の機動力を発揮できることは確実だ。
地球にしてもミッドチルダにしても、人型ロボットを設計する上で最も困難な技術的ハードルは人型の形状を駆動させる機構である。
SPTは、それを人間が着用するスーツ状の構造とすることで解決した。
人型の駆動機構を作るのが難しいなら、人間が内部に入ってそのまま駆動機構になればいい。
従来よりあった、大出力の携行型デバイスやバリアジャケットに対する要望もこの方式であれば解決できる。
パワードスーツを着るのなら、腕や足の筋力にもスーツのアシストがあるので、生身の人間では持てないような大重量の砲撃デバイスや、装着したら最後身動きが出来なくなるような重装甲のバリアジャケットも運用可能である。
カレドヴルフ社は他の魔導デバイス開発メーカーにも協力と規格策定を呼びかけ、このSPT専用の大型デバイスの開発に取り組んでいた。
もちろんSPTを装備した魔導師が通常のデバイスを使ってもいいが、SPTならばさらに運用できる範囲が広がっているので、これまで困難だった大型武器を使って戦闘ができる。
当面は、重機関銃などの分隊支援火器を手に持って運用する形になるだろうといわれている。
人間の魔導師であれば三脚やバイポットを使って地面に固定して撃っていた大口径砲撃デバイスを、手に持って撃つことができる。
この類のデバイスは、レイジングハートの数倍もある巨大さで、スターライトブレイカー級の砲撃魔法をマシンガンのように連射できる。
それだけに補助冷却装置や、大口径カートリッジの給弾機構などが大型化し、砲身と駐退機構を含めた大きさは2メートル以上、重量は100キログラム近くに達する大きさで、人間が持って使うことは出来ない武装だった。
SPTならばこういった武器を、高い機動力で移動しながら撃つことができる。
高い火力を持つ装備を、迅速に展開できるということは、作戦立案上で非常に有利な要素となる。
はやては、シャマルの今後の身の振りについて質問した。
「実はな、これはシグナムやヴィータにも話はしとるんやけど、またぞろ例によって特務部隊を編成する案がレティ提督から出とるんや。
ヴォルケンリッターと夜天の書がリンクしとる以上、普段の勤務地があちこちに散らばってるのは不都合があるゆうてな」
シャマルはしばし考え込む。
確かに、ここ数年間はヴォルケンリッター同士でも会うことは少なくなっていた。
シグナムは首都航空隊に所属し、ヴィータは戦技教導隊にいる。ザフィーラも特別警護部で、それぞれの任務に従事している。
管理局の採用している魔導師ランク制度に基づき、戦力の過剰な集中を避けるという名目はあるが、時に、その一般的な保有ランク量を超えて例外的に部隊が編成されることがある。
JS事件に伴う機動六課、EC事件に伴う特務六課がそうだ。
既にヴォルフラムに収容されていたなのはも、レティを通じて戦技教導隊へ、出向の打診をしていた。
同時にヴィータにも同様の話が持ちかけられているはずである。
「今度はどこへ行くの?」
「──第511観測指定世界という、新たに発見された世界がある。そこにある惑星TUBOY……ここには、既にミッドチルダとヴァイゼンの連合艦隊が向かっとる。
こいつらの真の目的の確認と、それから惑星TUBOYの調査──や。
どうせ知られることやから言うけど、ミッドチルダ海軍、及びヴァイゼン海軍はこの第511観測指定世界に大規模な艦隊を派遣しとる。
戦艦72隻、巡洋艦293隻、空母38隻、他補助艦艇多数……ほとんど外征艦隊といっていい規模や。連中の目的が何か、管理局安保理の勧告を振り切ってまで何をしようとしとるのかを見極めなあかん。
クロノくんが帰ってくるのにも、この大艦隊をどうにかして突破せなあかんからな」
「ミッドチルダが……はやてちゃん、それは管理局の……?」
懸念を示すシャマルに、はやては首を横に振る。
「いいや。これはミッドチルダ政府が独自にやっとる計画や。既に管理局内部にもミッド、ヴァイゼンの手の人間が入りこんどる。
せやからレティ提督も私ら含めごく限られた人間しか引き入れとらん。もう管理局内でさえ他の艦や提督は信用できんゆう有様や。
連中は、第511観測指定世界を攻め落とし、惑星TUBOYを──いや、惑星TUBOYに眠る技術を入手しようとしとるんや」
管理局の中でレティが持っている私設の情報班は、ミッドチルダ海軍艦隊の目的とは惑星TUBOYの破壊ではなく、バイオメカノイド技術の入手であると分析していた。
戦艦を多数出撃させているのもアルカンシェルで惑星を破壊するためではなく、あくまでも敵兵器の暴走時などにやむなく破壊するためである。
これまでの時空管理局の方針として、どんなに強大なロストロギアであっても必ずいったんは分析の為に回収していた。破壊処分とする場合も、たとえば闇の書のように制御が不可能であり影響が甚大であると判断されたときに限る。
それが今回になって、まったく手をつけないまま破壊するとあっては、他の次元世界各国から疑いの目を向けられることは必至である。
それならば、最初から調査の為の出撃、と宣言して、そのうえで発掘したロストロギアを我が物にしてしまえばいいわけである。
大艦隊を出撃させた理由は、他の次元世界軍にロストロギアを横取りされないための威嚇である。
惑星TUBOYには、敵の主力戦艦であるインフィニティ・インフェルノが埋まっている。
12月20日の時点で、魔力反応は惑星TUBOY全体から発せられるようになっていた。
総魔力量は、あえて数値にするなら650京以上となる。もっともこれは惑星内のいくつかの場所に分散している魔力源の合計なのであまり意味はない数値だ。
インフィニティ・インフェルノはその船体のかなりの部分が地中に埋まっており、もし再浮上しようとするならば惑星TUBOYに直径100キロメートル以上のクレーターを作るだろうと予想されている。
過去にこの艦が惑星TUBOYから飛び立ったことがあるのかは不明だが、この惑星TUBOYは、おそらく天然のまま残っている地質はほとんどなく、大部分が先住人類によって作り変えられているだろうと分析されていた。
いわば、ひとつの惑星を丸ごとドックに改造したということである。
ロストロギアを製作した先史文明人の技術レベルならば、恒星間航海のためにはひとつの惑星を丸ごと補給基地や寄港ポイントにしてしまうことは造作もないだろうと予想された。
そして、管理局がその掌握をしている無限書庫から捜索された情報は、これら先史文明人の製作した史上最大のロストロギア、“惑星TUBOY”が、これまで見つかったあらゆるロストロギアの祖先であることを示唆していた。
すなわち、ジュエルシードも、レリックも、そして過去数百年にわたって受け継がれてきたレアスキルも、この惑星TUBOYの住人たちが発明し、さまざまな次元世界において実用に供されていたものが現在まで残っていたというのだ。
ロストロギアに分類される魔法エネルギー結晶体は、現代の次元世界人類が実用化したものとは比べ物にならない高密度、コンパクトさを実現している。
レリックはほんの数十グラムの切り出しだけで、数百キログラムの魔導爆弾と同じだけのエネルギーを生み出せる。
また、それは純粋な結晶体としてだけではなく、生体との適合も最初から念頭において設計され、大掛かりな生体膜でくるむ必要もない。
ジュエルシードは、ナノマシンレベルでのイメージコントロールデバイスが内蔵され、複雑な魔法術式プログラムなどを必要としないハンズフリーな動作を実現している。
これも、現代の技術では再現が出来ない。
また、たとえば聖王教会の騎士カリムが持っているような、昔であればエスパー、超能力とされていたようなレアスキルも、先史文明人が人体改造の一環として発明し、処置していたものが、遺伝によって受け継がれていると考えられた。
先史文明人は、超能力を自ら作り出すことができていたのである。
「フェイトちゃんがそのことで調査を依頼してきていたのよ……例の事件で殺された鑑識官は、私も知っている人だったから」
シャマルは重い言葉を発した。
フェイトはアレクトロ社からの依頼によって、ここ数ヶ月間に渡って仕掛けられていた同社への破壊工作を捜査していたが、その犯人グループはかなり組織的に行動しており、地元警察や地方自治体への圧力を掛けていることが判明した。
事件現場に時折残される、緑色の皮膚片がそれを示している。
これは管理局での分析の結果、先史文明人の遺伝子そのものを含んでいることが判明している。
もしこの皮膚片の持ち主が生きているのなら、それは学界の定説では既に滅んでいるはずの先史文明人が、この現代に生きて活動しているということを意味する。
それが純粋な生き残りなのか、あるいは人為的に甦らせられたものかは定かではないが、これほどの大掛かりな活動は、仮に先史文明人が生存していたとして独自に出来る規模ではない。
現代の次元世界人類の協力者がいると予想されている。
しかも、警察による捜査を妨害したりできるなど、相応の権力を持った地位についている人間である。
フェイト自身、そういった人間の存在を察していなかったわけではない。
アレクトロ社へ赴くにあたって、チームを組む執務官が割り当てられた。
彼ははっきりと、自分の任務はフェイトの監視であると言った。フェイトが、管理局に不都合な捜査資料を発見してしまわないようにということである。
そのこともあって、フェイトはしばらくクラナガンを離れざるを得なかった。ようやく戻ってきたときには、既に大クモが街へと進攻していたのである。
フェイトは、自分が受け持っている事件のほか、管理局が進めているとされる選抜執務官についても調べていた。
選抜執務官──執行官(エグゼキューター)という名称以外ははっきりしたことが分からず、その職務や、採用基準なども不透明であった。
また、どこの部署の所属になっているのかということもわからなかった。
選抜執務官の試験を受けていたとされるティアナが、どういったルートでスカウトされたのかということも分からなかった。
最後にティアナと共に捜査をしたのは約半年前のことである。
その時には、このような選抜執務官の話はまったく出なかった。
管理局が、いつからこの計画を進めていたのか──そして、ミッドチルダ政府の差し金が入ったのがいつからなのか。
ミッドチルダ政府は明らかに、管理局の存在を邪魔に思っている。
元々、次元世界間で起きた次元大戦があまりにも甚大な被害をもたらし、次元世界各国が疲弊困窮したため、各次元世界の調停役として管理局は発足している。
それがおよそ85年前のことである。
現代にあっては、質量兵器戦争からの復興を過去のものとし、近代文明を手に入れ経済成長を背景に強大な軍事力をつけたミッドチルダにとっては、次元世界政府の運営に口を出す管理局は邪魔で仕方がないということだ。
ミッドチルダはこれまでにも、管理局の決議を無視して他次元世界に派兵を行ってきた過去がある。
JS事件でも、管理局を出し抜いてゆりかご撃沈に向け動いていた。
結局は、クロノ・ハラオウン率いる艦隊が一足早く到着し、ゆりかごを制圧したが、ミッドチルダ海軍は最初から、管理局次元航行艦隊の出撃をよしとしていない面があった。
ミッドチルダ海軍から出向している艦は管理局次元航行艦隊の中でもかなりの数を占め、実際にゆりかご制圧に出動したのはほとんどがミッドチルダの艦である。
ゆりかごを撃沈し、JS事件を解決に導いたのは管理局ではなくミッドチルダなのだという事実を、ミッドチルダ政府は欲していた。
スカリエッティの研究に当初出資していたのも、ミッドチルダ政府である。管理局最高評議会に働きかけ、生命工学の研究成果をミッドチルダ政府は要求していた。
思えばあの当時から、ミッドチルダの独走の兆しは見えていた。
レジアス・ゲイズが訴えていた地上戦力の増強も、管理局単独ではミッドチルダの治安維持がままならないという事情があった。
クラナガンにおいてさえ、管理局が直接担当している区域は地上本部周辺のごく狭い範囲で、ほとんどはミッドチルダ陸軍が管轄している。
そのミッドチルダ政府軍の担当地域で起きた事件に、管理局は手を出せなかった。あくまでもミッドチルダとの共同作戦という形をとらなければ、捜査を開始することができなかったのである。
地上本部にとって、管理局の独自戦力の増強というのは急務であった。
それは組織的には、ミッドチルダ陸軍が部隊を管理局へ出向させ、指揮権を管理局に移譲することである。
次元航行艦隊の場合はその形で艦隊を編成している。
陸では、組織間のしがらみもありなかなか難しいところがあった。
陸士部隊でも、ゲンヤ・ナカジマが率いていたような管理局直属部隊というのは数がとても少なかった。
ミッドチルダ陸軍所属の部隊は、どうしても行動が遅れがちになった。
これは八神はやてが機動六課設立を決意した理由でもある。
「わたしたちも、腹は決まっています。呼ばれればいつでも参じます」
シャーリーは眼鏡の奥に強い意志を宿らせ、はやてに言った。
はやても、深い瞳でそれを受ける。
現在、レティが直接指揮権を持つ艦船はXV級クラウディア、LS級ヴォルフラムの2隻である。艦長はそれぞれクロノ・ハラオウン、八神はやて。
この2隻だけでは少々心もとないが、リンディとその元部下たちの艦が、いずれ参入してくるとレティは見積もっていた。
レティがその管理を任されている、月面基地に艦を収容できる設備がある。
本局のドックも、レティが直接管理しているものは1つしかないので、もし他の艦に空きドックを埋められてしまうとこちらの補給が絶たれる事態になる。
管理局内部には、既にかなり深い派閥の溝ができていることを、シャマルもシャーリーも認めざるを得なかった。
西暦2023年12月19日の時点で、ボイジャー3号は太陽からの距離がおよそ22天文単位となり、天王星軌道のほぼ真南に位置していた。
予想される太陽系近傍ゲートにはまもなく到達できると予想された。
ジョンソン宇宙センターでは、ボイジャー3号へ向け通信中継ビーコンの放出が指令された。
これはボイジャー3号がゲートを越えた際に、通信電波を中継するためのものである。
ボイジャー3号には量子スピンを利用した通信機が積まれており、これは機体が宇宙のどこに居ても通信が可能であるが、機体がワープしたことを確認するには電波による通信で位置を特定することが必要である。
量子スピンを実用的な宇宙空間での通信に利用することは、このボイジャー3号が初の試みである。
ビーコンは遠日点39.15天文単位、近日点1.78天文単位、軌道傾斜角54.75度の長大な楕円軌道に投入され、常に太陽系近傍ゲートを指向するようになっている。
これにより、ボイジャー3号がゲートの向こうへ消えても通信を継続できる仕組みだ。
ボイジャー3号は、イオンエンジンによる加速を終了した後、12月15日と18日の2回に渡ってスラスター噴射を行い、ゲートに向けて軌道を修正した。
途中、わずかな軌道のぶれを観測し、大質量を持った何かとニアミスしたことが示唆された。
しかし、観測装置には何も写らなかったので、光を反射しない暗い小惑星だろうと判断されていた。
NASAでは、ボイジャー3号が突入する予定のゲートを、「ウラヌスの槍」と名づけた。これは太陽からの距離が天王星とほぼ同じであることに由来する。
軌道傾斜角が大きいため、この近辺には彗星核などもほとんど飛んでいない。
もしたまたまゲートに飛び込む天体があったとしても地球からの発見は困難である。
エッジワース・カイパーベルト天体や散乱円盤天体はより太陽の黄道面に近いところをめぐっており、球殻状に分布するオールトの雲天体はより遠くに分布するため、この付近は太陽系近傍ではもっとも天体の密度が小さい場所である。
地球からの観測では、ボイジャー3号本体がゲートを通過しても、ビーコンにより未だ太陽系近傍に留まっているように見える。また、ビーコンが巡る軌道はボイジャー3号の周回予定の軌道であると発表されている。
ボイジャー3号のウラヌスの槍への突入は、アメリカ東部標準時で12月24日午前3時39分と決定された。
NASAチーフディレクターのシェベル・トルーマンは、知人であるFBI捜査官マシューから聞いた話として、アメリカ宇宙軍が最近になって宇宙空間での軍事訓練を活発化させていることに疑問を抱いていた。
アメリカ宇宙軍は現在、常時配備の戦力としてSDI-6キラーレーザー衛星を24基、ASM-135対宙ミサイルを320基、即応態勢に置いている。
ASM-135は成層圏に待機したF-15戦闘機から発射されるミサイルで、地上に設置したランチャーやミサイルサイロから発射するソ連のR-7や日本のM-6、L-5に比べて破壊力には劣るが機動性が高いのが利点だ。
確かにソ連や中国との緊張があるのは事実だが、NASAに依頼される衛星の運用試験の回数はここ数ヶ月、明らかに増えていた。
NASAが管轄しない、NORAD独自の運用となるとさらに増える。
ただでさえ、予算を食うだけでなく諸外国の非難が厳しいプロジェクトである。
連邦政府が何か、トルーマンの知らない情報をつかんでいるという予想はあったが、これに関してはマシューも情報を教えてはくれなかった。
そのマシュー自身、半信半疑ではあった。これをそのままトルーマンに伝えることができるのかと確信が持てていなかった。
しかしそれは、CIAが進めていた日本での調査により明らかになる。
12月22日、CIAはひとつの結論を出した。
日本の海鳴市において検出された21箇所の放射線異常地点は、そのすべてが地球外に由来する特殊な物質によってもたらされた。
CIAのトレイル・ブレイザーが直轄する分析チームが、海鳴市より採集された土壌のサンプルをおよそ半年掛けて分析した結果である。
放射性同位体の量は、半減期から逆算して、2005年の春に問題の放射性物質が海鳴市に存在したことを示していた。
しかし、その物質が放出していた放射線は、ウランやプルトニウムのような通常の物質では説明が付かない。
海鳴市から採取された土壌はエネルギーの非常に高いガンマ線を主に放出しており、これは中性子過剰な原子核を持ち地球上では安定して存在できない。
海鳴市に痕跡を残した物質は、何らかの技術によりこの物質をきわめて安定した形で維持していたと予想された。
地球外からもたらされた物質が海鳴市に多数存在し、そして、同時期に巨大な重力波が観測されている。
これらの状況からして、恒星間航行が可能な技術を持った存在が、2005年の春から冬にかけて海鳴市近辺に滞在していた可能性が高いとCIAは結論付けた。
重力波は、現代の最新宇宙論によれば、ワープを行う天体ないし宇宙船が大量に発生させると予想されている。
ボイジャー3号に重力波検出器が積まれたのも、探査機の機体がゲートをくぐることによって大量の重力波が観測されるという予想に基づいたものだ。
ブレーンワールド理論によれば、重力波は通常物質(バリオン)と違い次元の壁を超えて伝播するため、同様に次元に穴を開けて(ワームホールを作って)長距離を移動する宇宙船は、重力波を痕跡として残すといわれている。
異星人が地球に飛来していることを否定する論拠としてよくいわれる、異星人がいても光速を超える手段が無いから地球に来ることができないという指摘──実際は超光速を相対性理論は否定していないが──を、超越する事実としてそれは認識される。
当直の交代間際、一人の管制官がトルーマンに言った。
「いよいよですねチーフ」
「そうだな」
「楽しみではありませんか」
その管制官は、小さい頃からスターウォーズのファンだったとよく語っていた。宇宙に関わる仕事がしたくてNASAに入ったのだと、同僚や、トルーマンにも語ったことがある。
「もちろんだが、それ以上に怖さもある。たとえば、オッペンハイマー博士のように」
トルーマンは、このプロジェクトが人類の力では制御できない領域へ踏み込んでしまうことを予想していた。
アメリカ政府も、ゲートを超えたボイジャー3号がどこにワープアウトするのかという点についてはまったく予想が付いていない。
予想することは事実上不可能である。
ボイジャー1号の発信した信号がこのゲートから出てきたことは事実だが、ではその信号はいったいどこを経由してこのゲートにやってきたのかということは全く予想が出来ない。
人類が持つ技術では、ウラヌスの槍とボイジャー1号の間の通信経路を見ることが出来ない。
実際には、ボイジャー1号の信号は準惑星セドナの上空に存在する別のゲートを経由して惑星TUBOYに到達し、そこから返された信号が、ウラヌスの槍から出て地球に戻ってきている。
管理局では、XV級巡洋艦クラウディアの観測によりこれを確定していたが、ボイジャー3号がその領域に到達するにはもうしばらくかかる。
「自分は、人類は科学を正しく役立てることができると信じています」
若い管制官の言葉に、トルーマンは深くうなずいた。
「その意志が大切だ」
ジョンソン宇宙センターの管制室は、たくさんのコンピュータが発する冷却装置のファンの音で満たされている。
アレクトロ社の警護任務を遂行するにあたり、フェイトとチームを組んでいた執務官は、捜査を引き継いで単独で同社の警護にあたることになった。
フェイトは、同社施設より多数発見されている、緑色の小人の痕跡を追っていた。
その捜査の過程で、フェイトはアレクトロ社が発電所を建設した用地に、かつて祀られていた民間信仰の小さな神社があったことを発見していた。
近隣の住民から話を聞くと、そこで祀られていたのは小さな両生類のような、妖精に近い神で、人々に特殊な膏薬を与えたと伝えられていた。
その膏薬とされるものの現物は入手できなかったが、ある老婆から、伝承になっている壁画を見せてもらったフェイトは、そこに描かれていた神というものが、緑色で小さい体格をしていることに気づいた。
デフォルメされて描かれてはいるが、同じ場面に描かれた人間と比べて、半分くらいの身長で描写されている。
石を彫って刻まれた壁画なので色はないが、沼や湖周辺の水草と同化していると記されていた。
過去数百年にわたってこの地に、緑色の小人が姿を見せていたことは可能性が高くなった。
もしこれが先史文明人の生き残りであるというのなら、ミッドチルダの考古学は大きな認識の変更を迫られる。
フェイトはもうひとつの仮説として、この事件の真犯人が、この地に伝わる伝説をカムフラージュに利用したというシナリオを考えていた。
というのも、この発電所が建設された理由として、近くにある田舎町に、ヴァンデイン・コーポレーションが大規模な製薬工場兼研究所を所有しているのである。
そこで使用するエネルギーをまかなうため、アレクトロ社に依頼して供給能力の増強を行っていたのだ。
第16管理世界リベルタに本社を置くこの製薬企業は、特に生化学方面で高い技術力を持っておりまた魔導デバイス開発も手がけているが、それだけにさまざまな黒い噂が絶えない。
2年前のEC事件でも、原因の一端となったのはこのヴァンデイン社である。
かのフッケバイン一家に限らず、ヴァンデイン社はアレクトロ社以上に、過激派団体に狙われている企業である。
まず、ヴァンデイン社はその顧客に次元世界各国の非正規武装組織を抱えている。
彼らに対する武器や薬品のセールス、また、その見返りとしての実験体の提供など。
EC事件においては複数の次元世界政府から当該世界での営業停止処分を受けているが、ここミッドチルダではそれを免れていた。
もし緑色の小人が人為的に復活させられたのなら、そのような技術を持つのはヴァンデイン社をおいて他にない。
フェイトはカレドヴルフ社への内偵のほかに、このヴァンデイン社においても調査の必要があるという報告書を管理局捜査本部へ送信した。
そして、北ミッドにおけるヴァンデイン社の活動について調査を進める。
もし、この3つの企業が協力関係を結んでいるのなら、これは複数の次元世界を巻き込んだ一大陰謀事件となる。
カレドヴルフ社は第3管理世界ヴァイゼンに、アレクトロ社は第1世界ミッドチルダに、そしてヴァンデイン社は第16管理世界リベルタに拠点を持っている。
そして、ヴァイゼンとミッドチルダに関しては共同で艦隊を出撃させ惑星TUBOYに向かっている。
第16管理世界リベルタは、次元世界連合の中でもそれほど目立った発言はしていないが、どちらかといえば周辺国家に比べて独立気風がある世界だ。
この3つの世界、特にヴァイゼンとミッドチルダは次元世界では1、2の超大国であり、ミッドチルダの軍事力は他の全ての次元世界が束になっても敵わないとさえ言われている。
次元世界連合の中では、ヴァイゼンがミッドチルダに次いで第2位の力を持ち、牽制役として争ってきたが、古代より長年ライバル関係にあったこの二大世界が、ここにきて水面下で手を握ったことになる。
ヴァイゼンとミッドチルダの両世界間におけるデタント(緊張緩和)は、次元世界が抗うことの出来ない超大国による世界支配を呼び寄せる。
そうなったとき、もはや管理局でさえ彼らの暴走を止めることは不可能だ。
ヴァンデイン社の研究内容として、特にここ数年、違法な生物兵器製造が行われているという疑いがたびたび持ち上がっている。
2年前のEC事件以後も、同社所有の研究所周辺で不審な生物を目撃したという情報が後を絶たない。
この緑色の小人も、ヴァンデイン社がその生物兵器技術によって製造もしくは復活させ、それが研究所を逃げ出していたのではないか──という推理をフェイトは立てていた。
発覚すればさらなる攻撃の材料になってしまう事件を、秘密裏に葬ろうとすることは十分に予想できる行動である。
バイオメカノイドの出現によって混乱に陥っているクラナガンについては、死傷者の捜索と隠れているバイオメカノイドの掃討は管理局およびミッドチルダ陸軍が担当することになり、フェイトは一旦北部ミッドチルダへ戻っていた。
地元のビジネスホテルに部屋を取って捜査資料をまとめていたフェイトは、アレクトロ社とヴァンデイン社の間で互いに人員の出向が行われていたことに気づいた。
一見、この両社の業務内容はかぶっていないように見えるが、その実、アレクトロ社は極秘プロジェクトとして、生体魔力炉の研究を行っていたのである。
これは従来の誘導コイルを使った炉ではなく、生きたリンカーコアを魔力発生装置として使用するものである。
特にヴァンデイン社が開発している戦闘用モンスターの動力源に用いることが考えられている。
これを利用すれば、改造生物に付きまとうエネルギー源(食物)の補給や老廃物の処理などの問題を解決できる。
現在でも、召喚士は使役する竜や蟲の飼育に苦労させられる例が多い。
機動六課時代も、召喚魔法使用者であったキャロ・ル・ルシエがフリードやヴォルテールの扱いに大変苦労していたことを覚えている。
アレクトロ社が開発している生体魔力炉を召喚獣などに埋め込めば、彼らは何も食べなくても何十日も活動することが可能になるのだ。
また、独自にヴァンデイン社を取材していたフリージャーナリストや新聞記者たちが謎の失踪を遂げる事件が、過去5年間に計7件起きていることも、資料を整理しているうちに見えてきた。
彼らのうち、3件については数週間後に近隣の森の奥で遺体が発見されている。
当時の捜査資料によると、遺体には強い化学物質の作用によって腐敗が妨げられていた形跡が見つかった。
確実を期すには管轄の警察署へ照会を行わなくてはならないが、フェイトは彼らの失踪に緑色の小人が関わっていると直感していた。
翌12月23日、フェイトは地元の警察当局へ赴き、ジャーナリスト失踪事件の捜査資料を請求した。
渡された資料には、失踪後に遺体となって見つかったジャーナリストの身体から、フッ素酸化物を主成分にした奇妙なジェル状の物質が見つかったことが記されていた。
これについては当時の捜査では、犯人が遺体を焼いて死亡推定時刻をごまかすために使用したと考えられていたが、フェイトにとってはこれは重要な鍵になる。
このジェル状物質は、バイオメカノイドの体液に含まれているものと成分が同じである。
また、バイオメカノイドはこのフッ酸を持つスライムのような無機生命体によって操られていると予想されていた。
クラナガン中央第4区での戦闘でも、撃破したワラジムシや戦車型の残骸から、同じ成分を持つ粘液が見つかっている。
フッ素は非常に反応性が高い元素であり、取り扱いは困難で危険である。ほとんどの金属と常温常圧で反応し、またガラスも溶かしてしまうため、専用の容器が必要になる。
金属素材で耐フッ素性能を付与されているものはごくわずかである。
それゆえに、当該機械に使用されている素材が耐フッ素性能を持っているかどうかが、重要な鍵になる。
アレクトロ社が発表している新型魔力炉のうち、M62R型と呼ばれる機種が、実際には生体魔力炉であるとフェイトはみていた。
もちろん、広報資料には通常型の魔力炉としか記載されていない。
しかしこの機種は特定顧客への機材更新による換装という形でしか納入されておらず、一般企業がこの機種を導入することが通常のルートでは出来ない。
その特定顧客とはヴァンデイン社、カレドヴルフ社、そしてミッドチルダ海軍である。
この魔力炉に使用されている物資の出所を調べることで、この炉の製造に緑色の小人が関わっていることを突き止められる。
フェイトはその日の夕方、アレクトロ社の貨物集積場へ張り込んだ。
鉄道を使用して運び込まれたコンテナは、トレーラーに載せられて同社の工場へ輸送されている。
集積場の職員は、物資は魔力炉冷却用のナトリウムであると証言した。
工場へ調査に向かおうとしたフェイトの前に、件の執務官が現れた。
彼は、この工場へは入らない方がいいとフェイトに言った。
「何を調べてきたのかは大体想像がつくが、これは手を出さない方がいい」
「どうして?アレクトロ社が狙われている理由がこの工場にあるかもしれないのに」
「だからだよ。俺たちが下手に手を出して、奴“ら”が表に出てきてしまったら……」
奴ら。執務官は、犯人が複数であることを言った。
しかも、話しぶりからそれは人間ではなく、問題の先史文明人である。
「俺はこの工場の警護を命じられているが、ハラオウンさん、あんたは今のところ社の連中が立ち入りを許可してない。俺としても黙って通すわけにはいかないんだ」
「じゃあ申請を……ううん、あなたの手で工場内を調べられないの?警護対象を確認しておきたいとか、言い訳は何とでも……」
言い合っている間に、工場の守衛らしき男がやってきて、立ち去れ、とフェイトに言った。
「私は彼の同僚です、地元警察の捜査資料を確認したのですがここに運び込まれている物資に……」
「これは企業秘密です。たとえ執務官どのであってもお見せすることはできません」
「しかし」
「わが社が依頼したのは工場の警備です、それ以外の──」
そこまで言いかけたところで、守衛の携帯電話が鳴った。
念話ウインドウを出し、受話スイッチを押す。
「どうしました主任?」
『地下7階フロアで運び屋が一人いなくなった。すぐにゲートの閉鎖を』
「わかりました」
短い通話を終え、守衛は回線を切った。
念話回線を遮断するフィールドを張るなど、この工場はその辺の一般企業とは一線を画すセキュリティが敷かれている。
特殊な周波数と変調方式を使う念話でなければ通信が出来ないようになっている。
守衛が持ち場に戻っていき、執務官はフェイトに小声でささやいた。
肉声による会話は、念話と違って遠距離には届かないが、逆に傍受される危険が少ない。
「とにかくここは引いてください。アレクトロだけじゃなく管理局まで巻き添えを食います」
「それはどういう……──まさか、管理局が裏で」
「聞かれるとまずいです」
執務官はフェイトを重く見据え、それ以上の言葉をさえぎった。
フェイトも、ここまで言われては無理に押し入ることはできないと判断した。
出入りのトラックドライバーから、この工場では大量のアルカリ金属を使用しているとの証言が得られた。
製造しているものが軽合金やそれを用いた金属部品なので、原料として使用していると言うこともできる。
だが、運び込まれている物資の中に、ひとつだけ、詳細な組成が分からない薬品があった。
それは1ヶ月あたり10キログラムしか使用されないが、それを輸送するための容器は非常に頑丈に作られ、1メートル四方ほどもある大型のボンベに詰められていた。
そのボンベの出所は、クラナガン郊外にある化学薬品工場である。
そこで製造されたフッ酸を含むペーストが、このアレクトロ社工場に持ち込まれていた。
フッ酸ペーストは、それ自体はデバイスやコンピュータの製造に使われるものでもあるので、それだけでただちに不審とみることはできない。
だが、今回に限っては事情が異なる。
アレクトロ社は、生体魔力炉の開発をミッドチルダ海軍より受注していた。
ミッドチルダが惑星TUBOYを手に入れようとしているのは、この生体魔力炉をつくるのに必要な技術が惑星TUBOYに存在するからである。
既にカレドヴルフ社が同惑星から入手したSPTの技術同様に、惑星TUBOYに眠る技術はロストロギアであると同時に、現代の次元世界の科学技術で再現可能なものもかなりの量が含まれている。
生体魔力炉を作るためのリンカーコアは、ヴァンデイン社が人体ブローカーを通じて入手していた。
その取引の資料をもが、工場の元従業員の自宅跡から見つかった。
この町はアレクトロ社の発電所と付属施設、工場が主要産業であり、多くの住民はアレクトロ社の関連施設で働いている。
他に大きな企業も無く、ほとんど企業城下町のような小さな田舎町である。
それだけに、町の人間たちも、自分たちが従事している仕事が重大な機密情報に触れるものであるという意識を忘れがちになっていた。
この元従業員は、病気によって工場を退職した後、自宅で人知れず死んでいた。
身寄りが無く友人付き合いも少なかったため、遺体はフェイトが彼の自宅に踏み込むまで、ベッドの上に横たわったまま残されていた。
フェイトは地元警察に通報をした後、彼の仕事机からアレクトロ社工場に関するファイルを入手した。
そのファイルには、あの工場で製造されていたのは生体魔力炉であり、炉内部に埋め込まれた人間の入手先がヴァンデイン社であること、人間をリンカーコアに加工して魔力炉に詰めるための処理にスライムを使用していたという内容が記されていた。
リンカーコア抽出処理のための装置についてはヴァンデイン・コーポレーションが技術協力を行い、技術交換会の出席者の中には、EC事件にも深く関わっていたハーディス・ヴァンデインの名前が記されていた。
EC事件終結後、彼は事件の責任を問われ管理局に拘束され、その4ヶ月後に獄死している。
フェイトは改めてハーディスを収容していた拘置所の記録を調べ、彼の死に不審な点が無かったかを洗った。
ハーディスの遺体からは、この工場で作られていたフッ酸ペーストと同じ成分が検出されていた。
彼の死にスライムが、そして緑色の小人が関わっていたことはほぼ確実である。
通報で駆けつけた警察は、この元従業員の死を深く詮索したがらなかった。
それはある意味当然の反応ではある。この町の財政はその予算の大半をアレクトロ社からの法人税収入に頼っており、同社に撤退されると市の運営が立ち行かなくなるのだ。
警官は一時はフェイトを疑うようなことも言ったが、元従業員の遺体が死後数週間経過していたことを確かめると、病気による孤独死であると結論付けて、さっさと場を片付けようとしていた。
フェイトは元従業員の自宅から持ち出したファイルをホテルの部屋で改めた。
地元警察の了承無く証拠物件を勝手に持ち出した形となり、もしばれれば問題になるだろうが、この際仕方がない。いざとなれば執務官権限を利用することも出来なくはない。
この情報は、レティやはやてにも知らせ、共有するべきである。
ミッドチルダ、ヴァイゼンだけでなく、リベルタまでもがこの陰謀に加担しているかもしれない。
ヴァンデイン・コーポレーションが単独で動いているのかもしれないが、次元世界間での大規模な活動には、どうしても管理局の目を避ける必要があり、そのためには政府内に協力者を作ることが必要である。
フェイトとチームを組まされた執務官も、おそらくその線での圧力が掛けられていたか、もしくはそちら側の人間であろう。
このファイルはじゅうぶんに注意して本局へ持ち帰る必要がある。
だが、事件は翌日に思わぬ展開を迎えた。
件の執務官が、滞在していたホテルの部屋で死んでいるのがホテルの従業員により発見された。
彼はフェイトとは別のホテルに泊まっていたので、発見したのは朝食の時間を知らせるためにやってきた従業員であった。
彼の持っていた手帳から執務官であることがわかるとホテルから管理局へ通報され、管理局は彼の担当していた案件にしたがってアレクトロ社へ連絡し、そして同社経由でフェイトに報せが届いたのは従業員が遺体を発見してから19分後だった。
現場にフェイトが到着したときには、すでに地元警察が現場検証を始めていた。
彼の遺体は、死後3時間ほどが経過しており死因は神経毒による呼吸器の麻痺であると判定された。
左足付近に、吹き矢もしくはボウガンの矢が命中したような刺し傷があった。部屋の窓が割れていたことから、殺害犯は糸を結びつけた矢で彼を撃ち、糸を手繰り寄せて矢を回収したと推測された。
フェイトは現場をざっと一覧すると、すぐに通りをはさんだホテルの向かいのショッピングセンター屋上へ向かった。
もし犯人がボウガンを使用して彼を殺害したのであれば、おそらく矢はここから発射されている。
屋上の床をくまなく調べたフェイトは、コンクリートがかすかに凹んでいる箇所を発見した。
コンクリートの表面は洗い流されていたが、セメントが流出して砂だけが残っている様子から、強力な酸によってコンクリートが溶かされていることがわかった。
先日の、クラナガン市内の公園でヴィヴィオの友人が襲われたとき、同公園に残されていたスライムの痕跡と同じものである。
彼を撃ったのはスライムなのか、あるいは人間なのか……。
フェイトは、この一連の事件の背景にいる者が、人間にしては痕跡を多く残しすぎていることを気にかけていた。
クラナガンで鑑識官が殺された事件のときも、殺害犯と思われる者は血だまりを踏んでから足を拭かずに足跡を残していた。
またアレクトロ社に対する破壊工作でも、皮膚片をたびたび現場に残している。
たとえば指紋をふき取ったりなどの証拠隠滅をしようとした様子がほとんどみられない。
それはあたかも、人間とは別次元に住む生き物が、妖怪のように人間界に手を出しているようにさえ思えた。
ショッピングセンターとホテルの間の道路には、矢を引き抜いた際に落ちたと思われる執務官の血液が付着していた。
ショッピングセンターの建物のすぐそばに落ちていた血痕には、フッ酸が混じったと思われる、凝固した血液が残っていた。
もはや、スライムないし緑色の小人が、フェイトら管理局の捜査を妨害していることは確実である。
フェイトは自分のホテルの部屋に戻ると、すぐにレティに連絡を取った。
アレクトロ社に工作を行っているグループは、人間ではないエイリアンである可能性が非常に濃厚であり、アレクトロ社、およびヴァンデイン・コーポレーションに対する強制捜査が必要である。
その連絡を送信した直後、フェイトの部屋を訪ねてきた者がいた。
「プラウラー主任?」
フェイトを訪ねてきたのは、今回の案件を管理局に依頼してきた、アレクトロ社の保安主任だった。
昨日工場へ入ろうとして守衛に止められたときに守衛に連絡を入れてきた人物であり、彼女とは、フェイトが最初にアレクトロ社オフィスを訪れた際に今回の案件についての打ち合わせを行っていた。
確かそのときは、工場構内で行方不明者が出たとかいうようなことを言っていた。
プラウラーはフェイトに、アレクトロ社はミッドチルダ政府と組んでよからぬことを企てているのだと明かした。
「私の懸念どおりではありましたね……」
「それに関しては言葉も有りません」
プラウラーは、年の頃はオーリス・ゲイズと同じくらいだろうか、視神経直結型の薄型バイザーを着用した妙齢の女だ。
アレクトロ社内部では、ミッドチルダ政府に従って計画を進めようとする多数派と、非人道的な計画に反対して内部告発をすべしという少数の者たちがおり、プラウラーは内部告発を行おうとした一人だった。
「あなたのような立場の者は真っ先に囲い込まれるのでは?」
フェイトの懸念に、プラウラーは俯き加減で首を振り、この中にデータは入っているとメモリーペンを渡した。
「既に私の部下が6名、社の研究チームに実験体に使われてしまいました。チームは、生きた人間を魔力炉として使う実験をしているのです」
「その理由は?現行の電磁誘導式の炉ではいけないのですか?」
「これは……執務官どのにお話しするのは大変勇気がいるのですが、管理局が現在進めているという、“エグゼキューター”の装備に用いるために、生体ユニットが必要だというのです。
アレクトロ社ではこの生体魔力炉開発を担当しているのです」
「生体ユニット──」
ほぼ、フェイトの推理どおりであった。
アレクトロ社は、生きた人間を埋め込んだ魔力炉を作ろうとしており、その技術をヴァンデイン社と協力して開発し、実際に炉の製作を行っていた。
数年間に渡る技術実証試験を経て、既に数十基の実用炉が製作されたとプラウラーは話した。
実験体として使われ、死んだ──リンカーコアだけが生きていても肉体や脳がバラバラでは死んだのと同じだろう──人間は相当の数に上ることになる。
「──わかりました。プラウラー・ダッジ保安主任、執務官権限であなたの身柄を管理局の監視下に置きます。
ただちに時空管理局本局への移送手配をします──それまで、私があなたを護衛します。私のそばをけして離れないよう」
「感謝します、ハラオウン執務官」
フェイトはただちに本局へ追加報告を行い、プラウラーの身柄を確保して本局へ移送することを決定させた。
これについては、捜査本部長がじきじきにフェイトに回答を寄越してくれた。
ノースミッドチルダ空港から、SSTO(単段式軌道往還機)を使用して本局への直行便を用意するとのことだった。
機が空港に到着するまでの間、プラウラーは工場に残っている他の保安部員との連絡を取って引継ぎをし、フェイトは本局に持ち帰る捜査資料をまとめる。
ひとまず、北部ミッドチルダでの捜査はひと区切りがついたことになる。
「──そういえば、プラウラーさん、先ほど仰っていた“エグゼキューター”というのは」
「通称名のようなのですが、管理局では、“選抜執務官”という部署を作ろうとしているらしいのです。
そこで特殊な装備を使うので、その開発をうちにやって貰いたいと」
プラウラーの返答に、フェイトは息を呑んだ。
エグゼキューター──選抜執務官。それは、他ならないティアナが採用試験を受けていたものだった。
惑星TUBOYにて実地試験が行われ、しかしバイオメカノイドの出現により彼女は、同行していた管理局の試験官も含めて帰らぬ人となったとされたあの事件──
それに、アレクトロ社を含めた次元世界有数の企業が、管理局にまとめられる形で関わっていたという。
新暦83年12月24日、クラナガン標準時午後4時30分を期して、ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は惑星TUBOYへの降下作戦を開始した。
地表に着陸するのはちょうどインフィニティ・インフェルノが埋まっている側とは反対側で、アルカンシェルによる破壊の影響が比較的少ない場所である。
主力艦は惑星TUBOYをまわる高度1万200キロメートルの静止軌道に6グループに分かれて停泊し、地表を監視する。
機動性に優れる巡洋艦がまず地上に降り、それから地上部隊を乗せた揚陸艦が向かう。戦艦は万が一の事態に備えて軌道上に待機し、地上を砲撃する準備をしている。
惑星TUBOYは、凍りついたように沈黙していた。
インフィニティ・インフェルノも、魔力センサーの数値さえ見なければまったく風化し錆びついているように見える。
艦の表面は砂塵嵐によって茶色く煤け、埋まっていたマグマの海はすでに冷えて固まっている。
惑星TUBOYのような小さな惑星では、マグマも冷えるのが早い。また量自体も少ない。
惑星の質量が小さいため、中心部を溶かしてマグマにするための重力エネルギーも少ないのだ。
たとえば地球やミッドチルダは、このタイプの岩石惑星としてはかなり密度が高く重力が強い部類に入るといわれている。
出撃している艦艇の中には、以前、ヴォルフラムからの緊急連絡を受けて惑星TUBOYに急行した、LZ級戦艦アドミラル・ルーフの姿もあった。
艦長、カリブラ・エーレンフェスト一佐は艦橋から見える惑星TUBOYのまばゆい白い表面に、わずかに目を細めた。
アドミラル・ルーフは降下部隊とは反対側のグループにいるので、地表に埋まっているインフィニティ・インフェルノの姿がよく見えている。
つい2週間ほど前に、このアドミラル・ルーフのアルカンシェル砲撃を浴びたはずのインフィニティ・インフェルノの艦影は、この距離からでもまったく傷ついていないように見える。
艦隊司令は、敵戦艦は自己修復能力があるとみていた。
もしバイオメカノイドたちがこの戦艦を単なる戦闘艦としてだけでなく、恒星間移民船としても使用していたのなら、通常の戦艦以上にサバイバビリティに優れていなければならない。
戦闘で損傷した場合でも、迅速な修理が可能でなければならない。
またそれゆえに、艦はこれほどまでに巨大化している。
艦が大きいということは、一部が損傷しても他の大部分は無事なので航行に支障がないということである。また、非戦闘員をおおぜい搭乗させるのであれば居住区を艦の奥深くに配置し、被弾から守る必要もある。
「艦長、アルカンシェルの発射準備は」
アドミラル・ルーフの砲術長がカリブラに質問する。
カリブラは海軍帽を押さえながら首を横に振った。
「今までの戦闘の分析で、敵は強い魔力に反応して動き出すとされている。特に次元航行艦のエンジンに対しては敏感だ。
アルカンシェルのエネルギー充填をしていては、敵を無闇に刺激することになりかねん」
「しかし……」
「それに、これほど艦が密集していては攻撃範囲の広いアルカンシェルはかえって使いづらい。通常の砲撃戦で応じるしかあるまい」
「あの戦艦に通用しますか」
「どんな艦でも人間の作ったものなら必ず弱点はあるよ」
アドミラル・ルーフの乗組員たちにとっても、本艦のアルカンシェルが防がれてしまったのは衝撃的なことだった。
旧式艦あつかいされているとはいえ、LZ級戦艦のアルカンシェルの破壊力はすさまじいものがある。
演習では、直径800キロメートル程度の小惑星ならば跡形も無く粉砕することが出来ていた。
直径4200キロメートルの大きさを持つ惑星TUBOYに対しては、地殻をやすやすと貫通しマントルを大きく抉り取ったが、惑星そのものを破壊するまでには至らなかった。
ちなみに、第97管理外世界の惑星であれば地球が直径1万2750キロメートル(ミッドチルダもほぼ同じ)、水星が直径4800キロメートル、冥王星が直径2300キロメートルである。
冥王星よりは大きいが水星よりわずかに小さい程度の直径である。ただし、惑星TUBOYの質量・密度は水星よりはるかに小さい。
それはともかくも、惑星内部に埋まっていた敵戦艦インフィニティ・インフェルノは、明らかにアルカンシェルを直撃されていたにもかかわらず、その艦体を維持していた。
はやてやエリーが予測していた通り、この艦は次元潜行能力を持つ。
すなわち、潜水艦が海に潜って攻撃をかわすように、虚数空間に存在を逃がすことによってアルカンシェルの威力を受け流したということだ。
もしあの艦が、搭乗した人間によって制御されているとしたら、その乗組員は高い操艦技術と練度を持っていることになる。
今のところ、惑星TUBOYの原住民とは先史文明人であるとされている。
その姿は想像の域を出ないが、数少ない目撃証言により、人間よりもやや小さい体格で、頭部と脳が大きく、やせた身体をしているとされている。
全体的なイメージは、第97管理外世界の人類が空想するリトルグレイ・エイリアンに近い。
カレドヴルフ社が惑星TUBOYから持ち帰ったバイオメカノイドたち──そのほとんどはクラナガン宇宙港での戦闘によって墜落して失われたり、船から逃げ出して管理局武装隊によって破壊されてしまったが──は、内部にこのグレイが搭乗している機種がある。
同社が既に発見していた個体としては、マリモ型がそうだ。これは球殻で包まれた内部に人型の機体があり、これにパイロットが乗り込む。
またCW社はまだ回収していないが、自走ロケット砲や土木作業車のような機種も存在することが確かめられている。
これらグレイは、先史文明人が自らを遺伝子操作して生まれ、霊長類──人類として進化の極限に到達しているとみられていた。
ミッドチルダに既に潜んでいると思われる彼らの遺留品を分析しても、人為的に遺伝子をいじった形跡がみられる。
背丈は小さく、人型(ヒューマノイド)ではあるが現代人と違い指が細長く、そして胴体に比べて四肢は短い。
これはクラナガンでの鑑識官事件において、殺害を行った個体が手足に血糊を付けて手形や足跡を残したため、そこから体格を分析した結果計算された。
彼らは、おそらく先史文明人そのものではなく、極端な設計思想の兵器であるバイオメカノイドを操縦するために造られた、限定的な知能のみを与えられたアンドロイドであると予想された。
遺伝子操作技術があるのならもっと高い体力を持つようにしたほうが有利であり、一般に文明が進むにしたがって衰えていく体力を補おうと考えるのが自然である。次元世界でさえ、ミッドチルダと他の世界では、国民の平均体力は有意な差が出ている。
バイオメカノイドを操るには、体力ではない別の何かが重要であり、そのために肉体の強度は切り捨てられた。
鑑識官を殺した個体が、浮遊魔法によるいわゆるテレキネシスを使って刃物を飛ばすというその高度な殺害方法とは裏腹に、血だまりを踏んで足跡を残すという初歩的すぎるミスを犯していたことも、彼らには一般的な人間としての知能がないことを示唆していた。
彼らはスライムに用いられているものと同じフッ素系化合物を使用して、脳以外の肉体を無機細胞に置き換える施術が行われていることが予想されていた。
ミッド・ヴァイゼン連合艦隊の降下部隊が地上捜索で発見したバイオメカノイドの化石内部に、この施術を受けた“人間”──身長はおよそ80センチメートルから90センチメートル程度──が乗っているのが確認できた。
これがすなわちグレイである。
彼らは、無機細胞の身体の特性を利用して脳を生かしたまま長期間にわたって冬眠状態に入ることが可能である。
任意のタイミングで目覚め、活動を開始する。
カリブラだけでなくはやても知る由もないことだったが、最初にヴォルフラムが降下部隊を送ったときに遭遇した二脚型のバイオメカノイドも、彼らグレイが乗って操縦していた機体だった。
クラナガンに現れたワラジムシや戦車型、大クモは無人機である。クラナガン宇宙港に一体だけ現れたマリモ型についてはフェイトのサンダースマッシャーで粉砕してしまったため、中の搭乗者ごと吹き飛んでしまっていた。
また、この搭乗者はその肉体の性質上、死ぬとすぐスライムに似たジェル状物質に変化してしまうため、もしこれを見つけてもそれが人間だとは判別できない。
彼ら──グレイという呼び名は無機物質の肉体を持つことによる灰色の体色に由来する──は、降下部隊が最初に発見した個体については既に死んでいることが確認された。
降下部隊が発見したのはおそらく戦闘で損傷した機体に乗っていた者であり、撃破時の衝撃か何かでハッチが開いていた。
ハッチがどのような方法で閉じられ、またどのようにして開けるのかが分からないため、原形を留めているバイオメカノイドについては、内部の搭乗者が生きている可能性がある。
惑星TUBOYの地上に降りた先遣部隊は、低軌道に待機している揚陸艦へ連絡を入れた。
「着陸可能な平地を発見しました。“クリスマスツリー”を立てます」
『了解した。“サンタ”は既に出発した、「ホーミー」が先ず降りる』
ミッドチルダではクリスマスという行事はないが、ゲンヤの先祖やグレアムの出身世界に伝わる祝日として、用語程度は知られている。
奇しくも、本日は地球でいうところのクリスマスイブにあたる12月24日だ。
揚陸艦をサンタクロースのソリに見立て、艦隊は惑星TUBOYへの着陸コースをとる。
ソリに積まれたプレゼントは、おおよそ貰って嬉しくない鉛玉とプラスチック爆薬である。プレゼントを持っていくのではなく、こちらが惑星TUBOYからものを持って帰る側だ。
先遣部隊がビーコンを敷設し、誘導電波に従って揚陸艦ホーミーが惑星TUBOYへ降下していく。
ミッドチルダに比べて重力が弱く大気が薄いので、空気抵抗を使った減速は出来ない。
艦は逆噴射ノズルから飛行魔法を発射し、軌道周回速度から大気圏内航行速度まで減速していく。
後続の揚陸艦の着陸誘導を行っている間、先遣部隊のある班は惑星の地下へ潜っていくトンネル構造を発見した。
それは一見して天然の洞窟のようにも見えたが、地下へ向かって一定の角度でまっすぐ伸びているという形状、またその内壁にわずかに人工的な金属の内張りの残骸が発見されたため、惑星TUBOYの原住民が掘ったトンネルであると判断された。
最初に着陸したホーミーの搭載部隊とあわせ、ただちにトンネル内部への捜索隊の突入が行われた。
このトンネルの周辺にはこれまで惑星TUBOY上にひろく分布していたバイオメカノイドの化石が見つからず、これらは先日のアドミラル・ルーフによるアルカンシェル砲撃でそのほとんどが破壊されたとみられた。
アドミラル・ルーフが行ったアルカンシェル砲撃により、このトンネルもかなりのダメージを受け、内壁はそのときに剥がれたと予想された。
アルカンシェルが惑星に命中した場合、その影響は直径100キロメートル級の小惑星が時速4万キロメートルで衝突する物理モデルによって近似解を導ける。
この場合には弾体衝突時に発生する空間歪曲のエネルギーが惑星の裏側まで突き抜け、ちょうど天体が前後に押し潰されるような格好になる。
アルカンシェルが命中した惑星の表面において最も被害が少なくなる場所は、命中地点を頂点とする、惑星中心と命中地点を結ぶ線を軸にして60度の頂角を持つ円錐を仮定した場合、その円錐表面が惑星表面と交差する地点であるとされている。
突入班は、トンネルの入り口から20メートルほど下った場所に大きな扉を発見した。
これは大型施設では一般的な、2枚の戸板が左右に開く形の引き戸で、その表面はおそらく数百年以上の間、開いたことがないと思われる錆と泥岩で固着していた。
扉が載っているレールのような部分もあったが、流れ込んだ泥が詰まっていて、無理にこじ開けることはできなさそうに見えた。
「どうします班長、爆破しますか?」
「まあ待て。まずはこの扉の材質と厚さと、それから向こう側に何があるのかを調べてからだ。うっかり大切なお宝に傷を付けたら大変だからな」
「わかりました。透視器と魔力カッターを持ってきます」
扉の表面には、文字のようなものは書かれていなかった。
施設の実態を秘匿するために情報を見せないようにしていたのか、あるいはこの扉を使う者たちは文字を必要としなかったのか。
透視器による測定で、扉は厚さ約20センチメートルで、リブを入れた鋼板を張り合わせた中空構造になっていることが判明した。鋼板の厚さは5~6ミリメートル程度と測定された。
この程度の厚さであれば、電撃魔法を使用したアームドデバイスで切断できる。
突入班の隊員たちがそれぞれのデバイスを持ち、鉄が燃える火花を散らしながら扉を焼ききる。
やがて人間が数人並んで通れるほどの穴が開き、扉の向こう側には、格納庫のような広い地下空間が見つかった。
「動く物体に注意しろ……敵は熱では見つけられないぞ」
班長が隊員たちに念入りに指示を行い、慎重に進んでいく。
これまでの戦闘で、バイオメカノイドは体温が非常に低く、生物としてみた場合は変温動物に近い特性を持つことが分かっていた。
高温や低温にもある程度は耐え、人間が活動できる範囲の温度では動作に支障は出ないが、周囲の環境温度に応じて体温が変わるため、たとえば赤外線カメラなどでの発見は難しい。
冷たい場所にいればバイオメカノイドの体温も周囲の環境に応じて下がってしまうため、たとえば冷たい金属の中に熱を持った物体があるので姿を発見できる、というようなことにはならない。
魔力炉などの内燃機関を積んでいるわけではないので、動いていても熱を発しない。熱を持っているから生きているという判別方法が使えないのだ。
入り口に開けた穴をしっかりと確保し、サーチライトの光を投げ込む。
ざっと見渡してみた限りでは、中は何の変哲もない倉庫のようなつくりで、ただの鉄の箱に見えた。
壁には、かつてここが生きて使われていた当時のものであろう階段や、立てかけられたままの梯子が掛かっていた。
よく見ると、その階段の大きさも異常であった。
踏み板の幅が、明らかに小さい。
これを人間が使おうとしたら、足元が狭くて思うように踏めないだろう。
ここを通る者は、人間よりも小さい体格の持ち主である。
階段の踏み板には、金属が何かの有機物に接触して変質したらしい、染みが何箇所か見つかった。
このような染みを残す原因の物質について、ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は既に目星をつけていた。
降下部隊には、それ用の試薬を十分に持たせている。
隊員の一人が、踏み板にスポイトを使って一滴、試薬をたらすと、ただちに試薬が反応して色を変えた。ろ紙にすくい取ると、もともと透明な色をしていた試薬の液体は、青く染まっていた。
こうなった場合、対象の物質にはフッ素が含まれていることを意味する。
フッ素は反応性が高いので、たとえこの惑星TUBOYのような大気の薄い環境下でも、周囲のさまざまな物質とただちに反応してしまう。
惑星TUBOYの地殻にはフッ素がさまざまな金属と結びついた化合物が存在し、特に蛍石と呼ばれガラスレンズの材料にも利用されているフッ化カルシウムの結晶が多く分布している。
これによって、惑星TUBOYはその大きさのわりにアルベド(反射能)が高く、白色の明るい星に見えているのだ。
バイオメカノイドや、その内部に埋め込まれたスライム、彼らを操縦するグレイにとっても、この星で活動する限りはエネルギー源にはまず困らないだろう。フッ素ならこの星ではどこにでも分布している。
彼らにとっては、撃破された際に容易に発火・誘爆を起こす危険よりも、物量任せの兵器としての有用性がより比重が大きかったということだ。
「付近にいますかね?」
「捜索するんだ。慎重にな。必ず2人以上で行動するんだ」
いくつかあるドアを開け、突入班は内部の捜索を開始する。
トンネルは、ところどころ崩れて埋まってしまい通れなくなっている箇所がある。
それでも、規模からするとおそらく惑星TUBOY全体の地殻内に、このような地下空間が張り巡らされていることが想像できた。
いくつかのトンネルを調べるうちに、傾きがつけられた通路があるのが分かった。
特に地下へ潜るとか地上へ登るための通路ではないのに、階層構造とは違う傾きが見つかった。
揚陸艦ホーミーでは出動している捜索班から送られてくる報告と調査データをまとめていた。
その中で、惑星TUBOYのメイン・ダンジョンと思しき地下空間については、各班から送られてきた座標をマッピングしていくと、恐るべきひとつの形状が浮かび上がってきた。
降下部隊が着陸している地点のちょうど反対側に、インフィニティ・インフェルノが埋まっている。
惑星TUBOYの直径が4200キロメートルなので、仮に惑星内部を貫通する直線距離としても4000キロメートル以上離れていることになる。
しかし、発見されたトンネルは、ドック上の構造を成し、少なくとも数キロメートル以上にわたって、宇宙戦艦が入渠できる空間が内部に作られていたことがわかった。
その部分は、今は破壊され埋まってしまっている。
格納庫のような場所は、そのもの、宇宙戦艦に搭載されるバイオメカノイドの集積場だった。
ほどなくして、倉庫内の小部屋から、バイオメカノイドの化石が大量に発見された。
これは製造された後いったんこの倉庫に運ばれたが、そのまま戦艦に積まれるのを待っているうちに放置されてしまったものと思われた。
動いていないがベルトコンベア状の動く床が存在し、それはドックがあると思われる方向へ伸びていた。
そのドックは空だった。船は入っていない。
しかし、敵の戦艦が見つかったのはこの惑星の裏側である。
ということは、あの戦艦はこのドックから飛び立ち、惑星の裏側に墜落したのか。
それとも、インフィニティ・インフェルノのほかにも、バイオメカノイドたちは宇宙戦艦を保有しているのか──。
いくつかのトンネルに見つかった傾きは、他の水平なトンネルと成す角度を延長していくと、直径およそ1万7千キロメートルの円を描くことがわかった。
惑星TUBOYの直径は4200キロメートルであり、それよりも4倍以上大きい。
地下に突入した班とは別に、惑星の地質を分析していた別の班が、もしかすると、と前置きをして、ある仮説を揚陸艦の艦橋にいる降下部隊司令に送ってきた。
惑星TUBOYは、本来はもっと巨大な惑星であり、先住民であるバイオメカノイドたちが資源を使い尽くし採掘のために地下へ地下へと掘り進めていった結果、惑星自体が現在の大きさまで削り取られてしまったのである。
発見当時、文字通り惑星表面を埋め尽くしていたバイオメカノイドたちの化石の量を見るに、その説もあながち突飛な発想とは言い切れないものであるということは、降下部隊の隊員たちはうすうす感じていた。
宇宙探査機ガジェットドローン#00511が惑星TUBOYを訪れ、最初の写真撮影を行った時点で、それはこれまでにない異様な姿の惑星として認識された。
惑星TUBOYの表面は、ひとつの大きさが数メートルから数十メートル前後の瘤のような地形にびっしりと覆われており、通常このタイプの岩石惑星に見られる、クレーターや冷えて固まった溶岩というような地形がまったく見つからなかったのだ。
この瘤は、内部のスライムが失われて動かなくなったバイオメカノイドの金属の甲羅に、砂や泥が降り積もったものであった。
惑星TUBOYは、その表面積の実に90パーセント以上がバイオメカノイドの化石で覆われていた。
ほとんどは外殻の甲羅だけを残して風化しており、全く機能停止していたが、そのうち、5パーセント程度が完全な姿を残して生存していることが確かめられた。
この情報が入手されると、ミッドチルダ政府は次元世界各国の兵器メーカーをはじめとした軍需企業へ対策案の検討を依頼した。
結果、カレドヴルフ社がサンプル確保を目的とした輸送船団を惑星TUBOYへ派遣することを決定したのだ。
今回の惑星TUBOY派遣艦隊において、同社が採取した情報はかなりの細部にわたり共有されていた。
バイオメカノイドを相手にした戦闘において、特に有効な戦略はない。しいていえば発見し次第殲滅という方針を徹底することだ。たとえ一体でも撃ち漏らしがあれば、またすぐに増殖してしまう。
惑星TUBOYにおいて、バイオメカノイドはその飼育管理者たる先住人類を失っても、何万年にもわたって生き延びてきた。
バイオメカノイドたちは自らの肉体を維持する食物として惑星そのものを食べ、かつてミッドチルダより大きな直径を持っていた惑星TUBOYは、今では細々とした芯だけが残るのみになってしまっていた。
宇宙探査機による外部からの観測で、惑星TUBOYの密度がこのクラスの惑星としてはかなり小さく測定されたのは、ミミズやケラが土中を掘り進むようにバイオメカノイドによって惑星内部が削られ、穴だらけの軽石のような状態になっていたからであった。
惑星TUBOYは、恒星系主星からの距離がおよそ2億7千万キロメートルと遠く、また惑星自体が小さいため、じゅうぶんな太陽エネルギーを受け止められない。
この位置とサイズでは生命が発生するために必要な温度が得られないように見えるが、実際にはこの惑星は(宇宙スケールにおいては)ごく最近まではもっと大きい質量を持っており、大気を持つための重力と太陽エネルギーを受け止める大きさを持っていた。
また、バイオメカノイドたちが質量を消費したため、減った分の質量については何らかの形で惑星外へ持ち出されたことになる。
これらから総合すると、少なくとも敵主力艦は惑星TUBOYを飛び立ったことがあり、バイオメカノイドたちが兵器として消費したために惑星TUBOYの質量は減り、降下部隊が発見した巨大ドックはその艦の整備をするためのものであると予想される。
また、かつて大きかったといっても現在の惑星TUBOYは、太陽系でいえば火星程度の距離にある、火星よりもさらに小さな惑星である。
もし惑星TUBOYが天然の惑星であるなら、もっと冷え切っているはずである。
惑星TUBOYの表面がこのサイズの惑星としてはかなり濃い(それでもミッドチルダよりはずっと薄い)大気に包まれ、表面温度が摂氏7度程度に保たれているのは、惑星内部に何らかの熱源が存在することを示す。
そして、その熱源とは人工物である。
静止軌道上に待機していた戦艦群による観測で、惑星TUBOY内部の熱分布はインフィニティ・インフェルノを中心として、惑星中心核からいくらか偏っていることが確認された。
戦艦が埋まっている部分からやや離れたところにも大規模な熱源があり、それはこの惑星全体の人工建造物、バイオメカノイドの製造プラントや補給設備などをまかなうための動力であると考えられる。
通常、惑星内部をこれほど深く掘り進むことは不可能だ。
いかに惑星TUBOYが小さな星であるとはいえ、巨大な質量を持つ天体である。
中心部に近づくほど、惑星の質量が持つ重力によって圧力が高まり、中心部ではその圧力は数十万気圧にも達する。
この状態では、岩石はただの固体ではなく、高温の流動性を持ったマグマのようになっている。
惑星TUBOYは、岩石惑星としては完全に冷え切っており、その自己重力はバイオメカノイドたちが内部をくりぬいてそこに埋め込んだ人工の施設によって完全に押さえ込まれている。
12月24日の早朝、ユーノは再びミッドチルダ国立天文台を訪れた。
先日の大規模な戦闘によって街は若干慌しくなっており、ほとんどのレールウェイが止まってしまっていたのでユーノはタクシーを使用した。
天文台は市街地からはいくらか離れているので今回の戦闘による被害はそれほどなかったが、大クモが歩いたり大出力魔法が発射されたときの震動で望遠鏡が揺れてしまい、位置を直さなくてはならないとクライス・ボイジャーはかなり頭にきているようだった。
天文台のドームと望遠鏡の鏡筒には足場が掛けられ、おおぜいの技術者たちが作業を行っている。
「まったく管理局の連中は大変なことをしてくれたものだよスクライア君、ここの望遠鏡は旧暦時代からのご老体なんだ、あんな派手にやらかされてはまるきり観測が出来ない」
こんな状況でも第一に考えるのは星空を見ることであるというクライスに、ユーノは苦笑する。
「随分かかりますか?」
「こいつは昔ながらの物理固定式経緯台だからね。最新の魔力アクチュエーター搭載機のようにプログラムを調整して終わりというわけにはいかないんだ。
超音波ゲージとレーザー測定器で主鏡のゆがみを測らなければならん。それから鏡筒の芯出しをして、少なくとも2週間はみなくてはならないな。
その間、星を見るのはお休みだ」
「大仕事ですね。でも、鏡にダメージはなかったようで幸いです」
「ううむ。今ではこれだけの大きさの一枚鏡を製造する設備も、鏡を作れる職人もいない。これもいずれロストロギアと呼ばれることになるのかな、ははは」
ミッドチルダでも、かつては作ることが出来ていたがさまざまな理由で製造技術が失われてしまったものは多い。
たとえ無限書庫に資料が残っていたとしても、本に書かれた製法や数値だけでは技術を真似られず、職人の勘頼りの部分がどうしても魔法では再現できなかったというケースは多い。
本好きのはやてから、第97管理外世界で過去に作られロストテクノロジーとなってしまったものを、ユーノも色々と聞いたことがあった。
その最たるものは大砲であろう。日本は超大和型戦艦の主砲として口径51センチメートル、ドイツはグスタフ列車砲として口径80センチメートルまで作っていたが、これらの大口径砲は西暦2023年の時点では製造技術が失われている。
また、有人月飛行を行ったサターンV型ロケットも、資料は残っているが製造設備がない。
そのため、アメリカはスペースシャトル計画打ち切り後に新たにアレスロケットを開発するとき、可能な限りシャトルの技術を流用はしたが、残りはほとんど基礎研究からやり直さざるを得なかった。
ミッドチルダでは、現在は主流が電波望遠鏡になってしまったために光学望遠鏡の製造技術が失われつつある。
今クライスが気に掛けているような大型光学望遠鏡用の鏡については、鏡の材料になるひとかたまりのガラスを磨く設備、反射材となる銀を蒸着させる設備が、今のところミッドチルダには1基しかなく、
またその1基しかない製造設備を保有している企業も財務状況が思わしくなくいつ稼動停止させられるかわからない状況だ。
「そういえば、第97管理外世界には、分割式ではありますが主鏡直径10メートルの反射望遠鏡があるらしいですよ。
一枚鏡なら、コンピュータ制御で直径8.2メートル、厚さ20センチメートルを実現したものもあります」
「ほう、それはすごいな。やはり技術者たちの研究の賜物なのだろうね。
どうも省のおえら方たちは、魔法をなんでもできる文字通りの魔法と考えがちのようだが、これだってたくさんの科学者が努力して理論を考え実験を繰り返して作られたものなんだ。
ある日突然にできるようになったものじゃないし、いかに魔法でも宇宙を支配する物理法則に逆らったことはできないんだ」
「全くその通りです」
ユーノが例に挙げたものは、日本が所有するすばる望遠鏡である。ハワイ・マウナケア山に設置された本機は一枚鏡の反射望遠鏡としては世界最大を誇る。
また、地球人類は知る由もないことではあるがこれほどの規模の一枚鏡はどこの次元世界にも他にない。
このミッドチルダ国立天文台に設置されているのは口径3.6メートルなので、地球のものと比較すると少々インパクトは薄い。
ミッドチルダ式、ベルカ式、他のあらゆる術式を問わず、現代の魔法とはあくまでも空間内の粒子、波動、エネルギーを制御する技術である。
その結果として物体を浮かせたり、高速で飛ばしたり、炎や電気を放出したりできているだけである。
いわゆる奇蹟とかいった類のものとは決定的に異なる。魔法科学の知識が無ければ不思議に見えるが、知っていれば不思議でもなんでもない。
それゆえに、一見科学の常識外の現象のように見えてもそれは厳密に物理法則にしたがっている。バリアジャケットや、飛行魔法とそれに付随する慣性制御技術、これらも科学技術である。
魔力素も天然に存在する素粒子の一種であり、リンカーコアも人体に備わる機能である。
もしかしたら、他の管理外世界では違う呼び名をされているかもしれない。
第97管理外世界地球を観測するにあたり、純粋な機械であっても魔力が観測されうるとクロノが言ったのはそういうことだ。
もちろんミッドチルダでもそれは同じだ。ただ、ミッドチルダでは製造に魔力を使用しないものの方がもはや稀であるため、気づきにくい。
魔力というのはあくまでもミッドチルダ人がそう呼んでいるだけで、他の世界では当然他の呼び名があってしかるべきである。
望遠鏡の修復調整作業の間、ユーノとクライスは再び、第511観測指定世界の調査について相談をしていた。
「ミッドチルダは海軍を向かわせて、惑星TUBOYを征服するつもりのようですな」
クライスは昔ながらの頑固爺といった調子だ。
彼の世代だと、まだ管理局が設立されて間もなく、ミッドチルダ・ヴァイゼン間の緊張に伴う次元間紛争も多発しており、従軍して他次元世界に派兵されていた者も多い。
「まあ実も蓋もない言い方ではありますが。人間が住んでいないと分かれば、ミッドは概ね強気ですよ」
「実はわしの方でも惑星TUBOYの軌道計算を行いました。この計算尺でですよ。でなんですが、この星、普通の惑星とは決定的に違う異常な要素があります。わかりますかな」
「さあなんでしょう、想像もできません」
ユーノはわざとすっ呆けてみせる。クライスもそれに乗ってきて、含み笑いを浮かべた。
「重心が惑星の中心にないのです。いかさま用のサイコロを思い浮かべてください、重りを埋め込んで特定の目が出やすくしたサイコロです。
あれと同じように、普通重力にしたがって惑星中心に落ち込むはずのコアが、この惑星では中心から外れた位置に存在しているのです」
このような状態では、惑星の長径側に向かって非常に偏った圧力が掛かることになる。
重力の強さは物体の質量によって決まるので、惑星TUBOY上ではコアに近い面では重力が強く、コアから遠い面では重力が弱くなる。
これは地球やミッドチルダでも、惑星表面が完全な平坦ではなくまた赤道付近が膨れた形をしているため重力異常として現れるが、それはごく微弱なもので、たとえば赤道と極地で掛かる重力が倍も違うとか極端なものではない。
どんな天体でも、自転による遠心力は天体を分解する方向へ働く。それが重力とつりあうポイントで天体の形は決まる。
自転の速い天体は遠心力によって平べったくなり、また自転がじゅうぶんに遅ければ、たとえどんなに硬い物質で出来ていてもある程度以上の質量があると自己重力によって球形になる。
地球が所属する太陽系でも、アステロイドベルトの小惑星は数メートルから数十キロメートル程度の小さいものは典型的なジャガイモ型をしているが、直径が数百キロメートルにもなるセレスやベスタは球形をしている。
天王星の衛星ミランダも、過去の大衝突によって一度はバラバラになったが再結合し、いびつながらも球形を維持している。ミランダの直径はおよそ450キロメートルであり、惑星TUBOYよりもはるかに小さい。
つまり、惑星TUBOYは力学的にきわめて不安定な状態であることになる。
計測された質量と密度、構成物質、大きさでは、いつ大規模な崩壊を起こして天体の再結合が起きてもおかしくない計算になる。
しかし、惑星TUBOYはアルカンシェルの砲撃を受けてもその形状を保っていた。
その事実は、戦艦インフィニティ・インフェルノを含む惑星内部に建造された人工施設が、惑星全体の質量を支えられるほどの強度を発揮していることを示す。
「これほどの異常な物理的性質を示すとなると、この星はむしろ人工的に建造したフレームに岩石をくっつけた、いわば巨大なアステロイドシップともいえますね」
「しかも、わしらがこれらの計算パラメータを入手できるということはアマチュア天文家であってもこの答えにたどり着くことは可能ということです」
「データ自体は公開されてるものですからね。当局は何か言ってきてますか?ウェブサイトを閉めろとか」
「いいやあ、今のところは何もないですな。もっとも政府も今はそれどころではないでしょう、あの化け蟹のせいで」
大クモについては、管理局からは正式に個体名を“SPIDER”と命名されているが、実際、四本足ということもあって見る者によってはカニをイメージすることもある。
ミッドチルダでも、サイエンス・フィクションではさまざまな人工天体が考えられている。
それは概ね空想のものであるが、たとえば魔力結合でヘリウムを集積させた、どんな砲撃も吸収してしまう惑星サイズのガス状デバイスなどというのも登場している。
もちろんそのような天体はこれまで見つかっていないし、そのような巨大なデバイスも現在の技術では製造は不可能だ。
「実は僕も軽く計算してみました。質量比と衛星の軌道から計算できる共通重心を考えると、内部に存在するフレームは幅3000キロメートル以上はあります。
形状としては、多数の柱が中心に向かって連結したウニのようなイメージではないかと」
「わしはどちらかといえばリングのような形状を想像していますな。これならば自転による遠心力である程度荷重を減らせます」
「なるほど」
「スポーク状の構造も考えられます」
どちらにしろ、形状は外から見ることが出来ないので推測するしかない。
あるいは、惑星TUBOYの地殻とマントルがまるごと吹き飛ぶような事態が起きれば、内部のフレームが露出するだろう。
ただし、少なくともこの時点では、ユーノもクライスもそのような事態を起こしうる原因を考え付いてはいなかった。
惑星TUBOYの静止軌道上で待機している戦艦群の艦長たちは、それぞれに連絡を取り合い、惑星地表に不審な動きがないかを監視し続けていた。
降下部隊の発進から約3時間後の12月24日午後7時34分、軌道上に待機する6つのグループのうち第2戦隊に所属するアドミラル・ルーフは、惑星TUBOYの地表からおよそ25キロメートルの地下に魔力反応の出現を観測した。
カリブラはただちに反応の追跡を命じた。
アドミラル・ルーフのレーダーによる集中スキャンにより、当該地点はインフィニティ・インフェルノの艦底部から伸びたアームのような部品があると推定され、そこを経由して何らかのエネルギーが艦内に送られていることが予想された。
ガンマ線領域の魔力光は、透過した物体の構成元素によって特徴のある吸収線を見せるため、艦艇の発する魔力光をスペクトル分析にかけることで敵艦の装備や装甲を推測することができる。
長年、海軍で戦艦の指揮を行ってきたカリブラは、これは敵戦艦の起動準備であると考えていた。
ただちに僚艦の艦長へ連絡をとり、複数艦による合成開口レーダーを臨時に構築して敵戦艦の動きを確認することにした。
魔力反応の上昇を確認してから7分後、アドミラル・ルーフを含む戦艦4隻によるスキャンで、第2戦隊の真下に位置する地表が毎分0.3ミリメートルのペースで隆起しつつあることが確認された。
これは地殻変動としては異常なほどの速さである。
可能性として考えられる最悪のケースは、敵戦艦が既に起動しており発進態勢に入っているというものである。
「艦隊司令へ連絡だ。惑星TUBOY表面に異常を確認、敵戦艦起動の可能性有と。電測、地表の追跡を続けろ。わずかな動きも見逃すな」
「アイサー!」
電測士が観測装置を慌しく操作し始め、通信士は艦隊旗艦への通信回路を開く。
「──それから、降下部隊の緊急帰還も考慮しろと伝えてくれ。もし敵戦艦が浮上すれば、地表にいる人間は無事ではすまない」
インフィニティ・インフェルノの再発進方法については、緒戦でみられた直接離陸を再度試みるパターンと、地殻を爆破して強制浮上するパターンの二つが考えられていた。
艦隊司令部では、敵戦艦の離陸方法として、逆噴射をかけて地面から艦体を引き抜いた後に回頭して離陸するというパターンが考えられていた。
インフィニティ・インフェルノは艦首を下に向けた格好で斜めに地面に埋まっており、右舷艦尾のおよそ30キロメートルほどが地表に露出している。地表から最も高い部分では7キロメートル程度である。
次元航行艦の対地レーダーは、おおよそ20センチメートルの解像度で地表を走査することができる。
もともと対地レーダーは地上に対空兵器が設置されていないかを調べるためのものなので、地殻変動の精密な測定にはあまり向いていない。
それでも、わずかでも変化が見られればそれは敵艦が動いているということである。
カリブラは、敵戦艦が地面に埋まったままメインエンジンを点火し、推進力によって強引に地殻を割って浮上する可能性もあるとにらんでいた。
通常、宇宙船の構造強度というのは大気圏内で用いられる乗り物と比べてそれほど高くない。
宇宙空間では天体からの重力がほとんどかからないので、自重に耐える必要がないのだ。
海に浮かぶ船が水の浮力で船体を支えているのと同じように、宇宙船とは自己の強度で船体を支えるようには出来ていなく、たとえ戦闘用艦艇であっても機動によってかかる荷重限界は、船体の構造強度ではなく慣性制御装置の性能に依存するというのが現代の常識である。
そのため、宇宙空間での運用に最適化された艦は大気圏内では身動きが取りづらく、艦種によってはそもそも大気圏内への降下ができない艦もある。
特に大気圏内での運用が必要な場合は、LS級やIS級のようにそれに特化した設計がなされることになる。
次元航行艦が地面に接触したまま無理にエンジンをふかせば、艦が潰れてしまうのが普通である。
しかし、敵戦艦にもそれがあてはまるとは限らない。インフィニティ・インフェルノは、惑星と正面からぶつかっても耐えるほどの強度があるのかもしれない。
「艦長!隆起速度が増加しています、現在毎分2センチメートル、地表に亀裂が入り始めています」
「猶予は無いな──全艦戦闘配置!他の艦にも連絡しろ、それから艦隊司令部へ、第2戦隊は独自に迎撃態勢をとる。隣接する第1・第3戦隊へも伝えろ。
艦回頭90度、艦首を惑星TUBOYの地平線へ向けろ。砲塔旋回、左舷60度を指向。対艦砲撃戦用意だ」
「了解しました……!」
カリブラの口から発せられる、本格的な戦闘を意味する命令に対し、アドミラル・ルーフの幹部乗員たちは高揚する重い気合で応える。
時代遅れの戦艦といわれ、安全な後方での“緩い”任務しか与えられてこなかったLZ級だが、先日のヴォルフラムを援護した戦闘で、本艦の乗組員たちの士気はかつてなく上がっている。
正直なところ、カリブラだけでなくアドミラル・ルーフの乗組員たちは実戦命令を今か今かと待ちわびていたのだ。
それは純粋に、力を振るうことに対する心の高ぶりである。そして、この古ぼけた戦艦への愛着である。
アドミラル・ルーフを含む第2戦隊の戦艦群がそれぞれに回頭していき、左舷側に惑星TUBOYを見る針路に乗って主砲を地表へ向ける。
インフィニティ・インフェルノは、第2戦隊と第3戦隊のちょうど中間に艦尾を露出させており、第2戦隊は軌道周回方向に対して艦尾を向けて後ろ向きの状態で飛んでいる。
後方を飛んでいる第3戦隊の艦は、第2戦隊と向かい合うようにして右舷を指向し、インフィニティ・インフェルノを狙う。
敵戦艦の艦首は惑星TUBOYの北極側を向いており、もしこのまま直進して離陸すれば、第3戦隊の方向へ向かって飛び出すことになる。
「艦隊司令部より返電です、降下部隊がバイオメカノイドに遭遇したとのことです!現在地表にて戦線を展開中!」
「まずいぞ……離陸可能な艦はあるか!?」
「問い合わせます!」
「急げ!敵戦艦の浮上が加速している。おそらく数十分も猶予はない」
アドミラル・ルーフの艦橋からは、惑星TUBOYに聳える山脈が震えているように見えていた。
隆起の速度はもはやマグニチュード5クラスの地震を発生させている。降下部隊でも、周期的な微弱震動から、敵戦艦が搭載兵装を使って岩盤を割ろうとしていることを察知していた。
地表に降りていた揚陸艦のうち、捜索班が帰還できた艦はただちに離陸しL5ラグランジュポイントへ急行した。
残りの艦は、揚陸艦ホーミーとヴォクシーが地表に残っている。このうち、ヴォクシー所属の班は地下施設の探索のためかなりの深部まで進出しており、帰還に時間がかかると予想された。
「2隻がいまだ地表に残っています、バイオメカノイド群は地下から出てきており、今のところ退路を塞がれるような事態にはなっていませんが」
「急がせろ」
「わかりました」
第2戦隊では、惑星TUBOYの表面にある山脈が長周期地震によって山体崩壊を起こしているのが肉眼で確認できていた。
もはや敵戦艦の再起動は確実である。
「──!か、艦長、魔力反応レベル急上昇──」
電測士が言いかけた途中、アドミラル・ルーフ艦橋から、惑星TUBOY表面上に激しい閃光が発生するのが確認された。
艦橋の窓が光で埋め尽くされるほどの光量が数秒間持続し、光が引いた後、地表に埋もれたインフィニティ・インフェルノが、後部メインエンジンから激しい噴射炎を放っているのが見えた。
地表の岩や化石が吹き飛ばされ、それだけで容易に脱出速度を超えて宇宙空間に吹き上げられていく。
「やはり敵戦艦は強行突破をするつもりだ」
カリブラは第2戦隊の戦艦群に、静止軌道からの上昇を命令した。軌道速度を減速することで、後方にいる第3戦隊との間隔を詰め、インフィニティ・インフェルノに追いつくように艦を移動させる。
魔力反応レベル上昇の最初の兆候──おそらくこのときに主動力炉が起動されたのだろう──から、わずか40分で敵戦艦は浮上を開始した。
敵戦艦はちょうど惑星表面に艦の側面をこすりつけ、マントル上を滑るように離陸してきた。
地殻が割れて削り取られ、マントル上から剥がれるように宇宙空間へ飛び出していく。
噴射炎は数百キロメートルも伸び、インフィニティ・インフェルノは非常にゆっくりと──それでも時速数千キロメートル級の速度である──上昇を開始した。
惑星TUBOYは表面を巨大な赤い楔に削られるようにその形状を変え、抉られた球形は戦艦の船体が離れると崩壊して谷を埋めていく。
アセノスフェアまで削り取られた惑星TUBOYは、圧力が失われたことで沸騰したマントルが爆発的に上昇し、戦艦の船体を包み込むように火山弾を噴出していた。
惑星そのものが真っ二つになってしまうかのように見えたが、インフィニティ・インフェルノの後方に位置する第2戦隊の艦からは、惑星TUBOY内部、インフィニティ・インフェルノの船体が載っていた場所は、
巨大な──目で見える範囲でも3000キロメートル以上はある──レール状のドックであることが見えていた。
覆われていた岩石が吹き飛んでも、内部には強固なフレームがあり、それは最初から戦艦の離床に耐えるように作られている。
敵戦艦とそれが収容されていたドックが、まるごと岩石で包み込まれ、惑星のような球形を形成していたのである。
少なくともカリブラの目にはそう見えていた。
無数の小隕石を船体に纏い、インフィニティ・インフェルノは惑星TUBOYの地表から完全に離陸した。
噴射されるエンジンは、船体を非常に重厚な迫力を持って推進する。ロケットノズルの数をとっさに数えられないほどだ。
宇宙空間に撒き散らされた岩石によって、索敵レーダーがほとんど効かない状態になっている。
それ以上に、敵戦艦があまりに巨大すぎてFCSのレーダー電波が攪乱され、ロックオンが出来ない。ロックするべき座標を特定できない。
ロックオンせず、目視によるマニュアル射撃を行うしかない。
これまでにない戦法を、こちらは強いられることになる。
「艦長、敵戦艦が発砲を開始しました。誘導弾、荷電粒子ビーム、多数発射されています」
電測士が報告する。発射された攻撃は、インフィニティ・インフェルノ正面に位置していた第5戦隊の戦艦群に向かっていた。
さすがに距離がありすぎるため、初弾では命中弾はない。ビームは空間を通過して宇宙のかなたへ消えていき、ミサイルは全て迎撃された。
しかし、この距離ではこちらも有効打を与えられない。そして、ホーミーとヴォクシーの2隻の揚陸艦は、いまだ惑星TUBOY表面に留まったままである。
彼らを見捨てることはできない。
それに、敵戦艦が浮上して動き出してしまった以上、これを放置することはできない。
敵戦艦との交戦は、最初から考慮されていたシナリオである。
惑星TUBOYの形状が大きく変化し、そして敵戦艦の巨大な質量が分離したため、重力バランスの変化によって軌道計算が追いつかなくなり、これまで滞在していた静止軌道からはこちらの艦はすべてはじき出される。
半ば強制的にこの巨大戦艦との戦闘を強いられることになるのだ。
こちらの艦は、戦艦と巡洋艦、さらに補助艦艇を合わせて数百隻がいる。さらに後方には空母機動部隊も控えている。
そして敵は、今のところインフィニティ・インフェルノ1隻のみである。
ただし、その大きさは比べ物にならない。
まるで大熊にたかるミツバチのようだ。
新暦83年12月24日20時26分、第511観測指定世界、惑星TUBOY上空1万キロメートル。
1隻対365隻という、前代未聞の艦隊戦が、その幕を上げようとしていた。