EXECUTOR ■ 9

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 時空管理局、本局近衛艦隊に配属されたLS級巡洋艦ヴォルフラムは、アルカンシェルの取り付け作業が終わり、併せて行っていた魔力炉の換装作業を進めていた。
 LS級は船体のモジュール化が進んでいるので、エンジン換装も比較的簡単に行える。古い艦のように船体を切断しなければならないというようなこともないので、新しい魔力炉を据え付けたらモジュールを接続しなおせば船体は復元され、ただちに強度を発揮できる。
 炉自体は、XV級にも採用されている基準魔力値120億のM9S型で、これは艦船用魔力炉としての次期標準機種になるとみられていた。
 製造はアレクトロ社、組み立てはクラナガン北部の工業都市にある工廠で行われている。炉は補機類のみを外した完成状態で引渡しが行われ、実際に船体への取り付けを行うドックまでははしけで輸送される。

 工事の視察にははやてと共にエリー、ルキノも訪れ、新しいエンジンの能力を確かめていた。

 今回の編成替えに伴い、元主任操舵手だったルキノ・ロウランも、ヴォルフラム航海長として赴任が決まった。
 現在、ヴォルフラムの操舵手を務めているフリッツは彼女の一番弟子である。

「頼むでルキノ。この艦も久しぶりやろ、あとでシミュレータ使うか?」

「任せてください。LS級は他にも何隻か乗ってますからね、大丈夫です、目をつぶってても操艦できます」

「期待しとるぞ」

 ルキノは、2年前のEC事件のときはヴォルフラムの操舵長を務めていた。
 その後、操艦技術研究のために本局へ移動し、多くの艦に乗務して操縦システムの研究と、操舵手の育成を行っていた。
 船乗りにおける教導隊のような役回りである。

 ドックの作業場から艦を見下ろすはやてたちに、構内通信が送られてきた。
 はやては端末を取り出して、ランプの点滅色からそれが重要度の高い用件であることを察する。

「八神さん、どこからですか?」

「うん、緊急連絡や。おおよそ、本局がようようケツに火ぃ点いたっちゅうとこやないか」

 通話ウインドウを出し、空間上に形成されたボタンを押して回線を開く。

 連絡してきたのはレティだった。
 彼女の息子、グリフィス・ロウランと結婚しロウラン家に嫁入りしたルキノにとっては彼女は義母にあたる。
 レティの持つコネクションを活用するためにもヴォルフラムにルキノが再配属となったのだが、今回の用件はそれではない。

「ども提督。なんや最近、査察部が騒がしいようですけど」

『そのことだけれど、八神二佐。ミッドチルダ海軍連合艦隊司令部から、管理局への通報があったわ。
XV級巡洋艦クラウディアが第97管理外世界へ進出。惑星TUBOYから発進した敵戦艦、インフィニティ・インフェルノは──第97管理外世界、地球を目指して航行していると』

 通信ウインドウを横から見ていたルキノが息をのみ、エリーは表情を引き締める。

『クラウディアは現在、敵戦艦インフェルノを単独で追跡し、ミッドチルダ・ヴァイゼン艦隊は約1天文単位の距離をとって後続中──向こうも、管理外世界まで追撃を継続することを、それぞれの政府がまだ決定を下せていない。
そして、われわれ管理局への要請は次の通り──“管理局は本事件に対してミッドチルダ政府およびヴァイゼン政府と共同で事件解決のため行動して貰いたい。ついては管理局所属艦船クラウディアの独断専行について誠意ある回答を求める。
管理局が我々次元世界国家の意思に反する行動をとる場合、管理外世界住民との無闇な接触を避けるため、クラウディアの拿捕、場合によっては撃沈も止むを得ない──”』

「──クロノくんが?」

 “撃沈”という言葉に、はやてが頬を強張らせる。
 クロノ・ハラオウン。それははやてにとっても少なくない思いのある男だ。

『ミッド艦隊がアルカンシェルを撃った直後に現れて、観測結果を一方的に言ってきたと──言ってるわね、向こうは』

「それは提督が命令したことですか?」

 通信ウインドウの中で、レティはやや目を伏せた。

『残念ながら今のところ、クロノ君は私の命令に背いていると判断せざるを得ない──私が彼に命令したのは、観測事実を秘密のまま本局へ持ち帰ること。
このクラウディアの行動については、ミッドチルダもヴァイゼンも、限りなく過激な挑発として管理局に抗議をしてきているわ』

「じゃあつまり私らの任務は──」

「艦長」

 拳を握る力を強めるはやてに、エリーが横からささやく。
 エリーに腕をさすられ、はやてはすんでのところで声を押しとどめた。

 管理局として、脱走艦の処分をも任務とされる。

 しかもその標的は、幼い頃からの親友の、その義兄が指揮する艦である──

 次元航行艦は単独で強大な戦力を持ち、しかもいったん港を出てしまえば、後は全く艦長の全権下に置かれる。外宇宙や別次元へ進出した次元航行艦には、陸上からの統制は及ばないのだ。
 それゆえに、与えられた権限や任務を逸脱した艦には、どこの次元世界の海軍、宇宙軍であっても厳しい処罰が課せられる。

『落ち着いて。あくまでもミッド政府にはそう答えたというだけよ。私達管理局は独自に命令を出す──
八神はやて二佐、出撃命令です。明日早朝、クラナガン標準時12月26日午前5時を期してヴォルフラムは本局を出航、第97管理外世界へ向かい、天王星宙域で待機し敵戦艦インフィニティ・インフェルノを捜索してください』

「──了解しました」

 通信ウインドウが閉じても、はやてもエリーもルキノも、緊張を解くため息を吐かず、重く押し黙っていた。

 ここのところ、本局査察部でも妙な動きがあったのは見えていた。
 特に、ヴェロッサ・アコース査察官が無限書庫の司書たちに対する調査を行っていた。

 ヴェロッサは、そもそもの発端となった、カレドヴルフ社からの遭難輸送船捜索の依頼をはやてに持ち込んでいた。
 そのヴェロッサが、今度は惑星TUBOYについて調べていたユーノの身辺を洗っていたというのである。
 はやてとヴェロッサは、共に聖王教会の騎士カリムに師事した兄妹分のような仲であった。
 仕事では、それぞれの立場や言い分があるのは分かるが──それにしても、管理局上層部の不穏な動きについては、はやてとしても疑念を拭いきれない状態であった。

 聖王教会は、先日のクラナガンでのバイオメカノイド出現事件について、聖王が戦闘に赴き生存したという事実に触れ、ミッドチルダ市民においてはけして挫けたり自棄になったりしないでほしいという声明を出していた。
 ミッドチルダには聖王がいる。だから、恐れることはない。というのだ。

 聖王とはヴィヴィオのことである。ヴィヴィオは、およそ初めてといっていい実戦を行い、生き延びた。
 DSAAレギュレーションに基づいた競技用魔法ではない、実際に殺傷能力のある攻撃魔法を使用するのは、JS事件でゆりかごに乗った時以降初めてのことだった。
 そして、バイオメカノイドと戦い、自分の身を守りきった。負傷したなのはを守り、レイジングハートを起動させた。ヴィヴィオの魔力は、スポーツだけでなく実戦でも通用することを示した。

 この聖王教会の声明に、ミッドチルダだけでない、他の聖王教が広まっている次元世界各国も激しく反応した。

 聖王の存在は知っていても、ミッドチルダ以外の次元世界ではそれが実在する人物であると知られていない場合もある。
 ましてや、現在存命している聖王が、14歳の少女であり、しかも人為的に造られた個体であるなどと知っている者はさらに少ない。

 それほどの重要人物なら、なぜ護衛の一人もいなく、街中でいきなり戦闘に巻き込まれるような事態になったのか。
 そもそも、聖王とは何者なのか。我々と同じ人間なのか。人造魔導師なのか。
 聖王教会はこの事件を利用して信者を獲得しようとしているのではないか。何か裏があるのではないか。

 ミッドチルダではいざ知らず、他の中小次元世界では混迷極まる反応が湧き上がる。
 彼らは直接被害を想像しにくいために、クラナガンの市民に対して疑問を持ってしまう。

 バイオメカノイドたちが闊歩したクラナガンの街は、中央第4区は全域が完全に壊滅し、隣接する区もかなりの被害を受けた。
 交通網は各所で寸断され、市民の移動にも支障が出ている。
 大クモに橋を落とされたメープル川では、川を渡る路線を持つ鉄道会社はいまだに運行再開の見込みどころか、路線修復のめどすら立っていない。
 夜が明け、破壊されたクラナガンの街が太陽の光に照らし出されたとき、直接被害を受けなかった離れた地区や他の都市の住民たちも、クラナガンの被害の様子を報道で見て誰もが戦慄した。
 戦争が起きてもこうなるだろうか、という、破壊しつくされた建造物。
 そこがつい数時間前まで市街地だったことが信じられないような、地盤の露出。
 ワラジムシが通ったところは道路や地面が穴だらけになり、戦車型が現れたところは建造物が穴だらけになった。ビルが倒壊した場所は、帯状にコンクリートの破片が積み重なっている。
 ところどころに、傾いだ街灯や信号機、雑居ビルや商店の看板が、泥をかぶって埋もれている。バイオメカノイドの体液を被った瓦礫は、石もコンクリートも鉄筋も歪んで溶けていた。
 大クモとの戦闘が行われたメープル川の川岸では、河川敷が大きく削られて川の流れが変わり、泥水が市街地の水路に流れ込んだり、切れた堤防からあふれた水が道路を流れたりしていた。
 地震や台風などの自然災害が比較的少ないクラナガンゆえに、かつてこのような大規模な災害に見舞われたことが無かった。
 JS事件でも、いくつかの軍事拠点が破壊されただけである。
 また戦争ならば、軍事目標以外の民間建造物を攻撃しても(戦時国際法などをさて置くとしても)あまり戦略上の意味はないし、弾の無駄である。

 はやてやなのはは、小学校の頃夏休みになるとよくビデオで見せられた、第二次世界大戦の映像を思い出し連想していた。

 クラナガンの惨状は、東京大空襲もかくやというほどだった。
 バイオメカノイドたちは軍事施設だろうと一般の家屋だろうと構わず破壊した。
 それは彼らには兵器と住宅を区別する知能が無かったからなのかもしれないが、それでも、この現代において、無差別破壊というものがどれだけの悲惨な戦禍をもたらすのか、ミッドチルダ、そして管理局は見せ付けられた。
 人間ではない相手──それはロストロギアを相手にしても同様である──との戦いは、戦争ではない。少なくとも、非対称戦闘である。
 それを、管理局は改めて強く認識しなくてはならなかった。

 謎の人型メカ、エグゼクターは、その動力に波動エンジンと核エンジンのコンバインドサイクルを使用し、使用する武器は劣化ウラン弾と中性子レーザーを使用している。
 中央第4区のいくつかの地点では、地面にめり込んでいるウラニウム・ペネトレーターの残骸が発見されていた。ウラン236そのものの放射線強度はさほど強くはないが、燃焼して酸化ウランになると、粉塵となって重金属として振舞う。
 もちろんバイオメカノイドに核攻撃が特に有効というわけでもなく、エグゼクターにとっては元々たいした武装でもない、ということなのだろう。

 ヴィヴィオの証言では、エグゼクターは二丁拳銃で装備した劣化ウラン弾ハンドガンをほぼ100パーセントの命中率で撃ち、無駄弾のない攻撃を行っていた。
 今クラナガンの土壌から発見されているのは、バイオメカノイドに命中して破壊効果を発揮した後──つまり命中時の高熱で燃焼した後──の酸化ウランの破片だ。劣化ウランを徹甲弾の弾芯に用いると、他の大重量砲弾と違ってこのように高い貫通効果がある。

 はやてがヴォルフラムの艦長室に戻ってくると、管理局次元航行艦隊司令部より発令された命令書が届いた。
 規定に従い、エリーの持っている暗号鍵とはやての持っている暗号鍵を合わせて復号し、命令書を開く。

 ヴォルフラムが向かう先は、第97管理外世界の太陽系、黄道面を南へ26億キロメートル、地球からおよそ34億キロメートル、天王星軌道に共鳴する宙域だ。
 ここは位相欠陥の存在が見つかっており、ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊とインフィニティ・インフェルノはここを経由して太陽系へ向かった。
 現在、地球近傍に見つかっている主な位相欠陥は太陽の南磁極付近、準惑星セドナ上空、この天王星軌道、そして太陽~地球系のL3ラグランジュポイントの4箇所がある。
 かつてのPT事件や闇の書事件のときは、アースラはL3ラグランジュポイント経由で地球とミッドチルダを行き来し、そして現在第97管理外世界に滞在している定期哨戒艦は太陽南磁極経由で行き来している。
 哨戒艦については、インフェルノから見るとちょうど太陽に隠れる位置にいたため、いったん土星軌道まで退避することになった。2023年12月26日の時点では、天王星と土星はほぼ太陽を挟んで反対側に位置している。
 インフェルノがとっている航路は、木星に接近する軌道を取る。新暦83年現在、太陽系内の外惑星の配置は、天王星軌道上の位相欠陥と地球を結ぶ軌道上には木星が陣取っている状態だ。
 ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は、木星を利用した重力ターン航行でインフェルノに追いつくことを目算している。一方、クラウディアは単艦で航行しているため、ミッド・ヴァイゼン連合艦隊はクラウディアの現在位置をロストしている。

 ヴォルフラムは天王星軌道上で待機し、別途命令を受け次第地球へ向かえと指令された。

「自分らのとこの艦を追うのに、連合艦隊の一番ケツで待ってろゆうんか」

「本艦は正面決戦にはどちらかといえば不向きですからね。ともかく、時間がないです。第97管理外世界に到着し次第、高町さんとヴィータさんのSPT慣熟訓練を行いましょう」

「せやな」

 ヴォルフラムには、改装工事と併行して、カレドヴルフ社の技術開発部より引渡しが行われた次世代個人用戦闘端末、SPTが配備されていた。
 現在、2機の完成品と3機分の予備パーツが積み込まれ、なのはとヴィータが使用することになっている。
 フェイトとシグナムについては、従来装備でのCQCを想定するため、大柄なSPTはとりあえず使用しないことになった。

 本来であれば本局の訓練設備を使って十分に操作を覚えてからの実戦出動となるのだが、今回は如何せん時間がない。
 インフェルノに追いつくまでの通常空間航行の時間を使って操作練習をすることになった。

 シャマルはヴォルフラムの艦医補助として、ザフィーラはスバル、ノーヴェらと共にヴォルフラム搭載陸戦隊へ配属される。
 ヴィヴィオは、オットー、ディードの護衛をつけて本局に残る。ヴィヴィオの友人たちも、とりあえずコロナとアインハルトの二人は無事が確認された。二人とも、中央第4区の北側に設置された避難所仮設住宅にいるという。
 港に集まり、出港前の最後の別れを惜しんでいるなのはたちを見届け、はやては一足先にヴォルフラムに乗艦した。
 フェイトとシグナムも、追って早朝に到着する予定である。

「艦長、出航まであと6時間です。交代で仮眠をとってください」

「エリーが先に行ってええよ」

「私は大丈夫です。艦長、今日はずっとつきっきりだったじゃないですか。少しでも休まないと」

 エリーはまた、はやての手首のあたりを握った。ちょうど静脈を絶妙に絞める位置である。

「ちょ、わ、わかったわ!わかったからくっつくなつーの!」

 あわてて離れるはやてに、エリーは珍しく優しい微笑みを見せた。彼女が笑うときはどちらかというと不敵な表情のほうが多い。
 やや頬を紅くして、はやては艦長室へ引っ込んでいった。

 はやてを見送ったエリーは、軽くため息をついて、艦橋へ向かった。
 出航に先立って、補給の進捗具合を確認しておく。艦が必要とする物資は多岐に渡る。魔力炉に供給するための燃料(魔力素を多く含有する液化ガスなど)、魔力炉や魔力素吸着装置のメンテナンスのための交換部品、工作機材、そして水、食料、医薬品、武器弾薬。
 乗組員の衣類や、居住区の調度品なども必要だ。高い士気を維持するためには、快適な居住環境が必要である。
 デバイス用のカートリッジも、いつもの出撃より多めに持っておいたほうがいいだろう。特になのはやフェイトクラスの高ランク魔導師は、カートリッジの消費も多い。
 個人カスタム品などのハイエンドデバイスでは、いわゆるマグナム弾のような強装薬のカートリッジも使われることがある。カートリッジの規格表を改めながら、レイジングハートやバルディッシュが使う弾薬も用意しておく。
 発注をかけておいた物資は、艦後部の補給ハッチから搬入されている。
 作業をしていた甲板科員が、燃料補給は午前3時30分までに完了するとエリーに報告した。

「了解。気をつけて作業をしてください」

「ありがとうございます、副長」

 思えば、はやてが管理局の動きに対して思い詰めるようになったのは1ヶ月前、無限書庫の情報捜索を一手に取り仕切るユーノ・スクライア司書長に、ロストロギアの製造者とされている先史文明に関する情報を教えてからである。
 ユーノに第511観測指定世界の情報を知らせて、取って返したように、同世界で民間企業の輸送船が遭難したという報せが届いた。
 その司書長本人は、どうやら査察部の手に捕まり、聴取を受けているらしい。

 第511観測指定世界は、発見当時はほとんど注目を集めなかった。
 次元間航路も複雑で、その割に星間物質や惑星が少なく、コストをかけて発掘基地を建てるに値しないとして、資源採掘世界としても魅力的には見えなかった。
 そのため、管理局も当初は放置しかけていて、無人世界への分類変更も検討していたのだ。

 だが、この世界は、ひとつひとつ宇宙方程式の項を埋めていくと、恐るべき解を現してくる。

 宇宙空間に存在するバリオンとダークマター、反物質の質量比、そして宇宙背景輻射の強度。
 この世界が、ミッドチルダをはじめとした他の次元世界よりも、いくぶん“年齢が若い”宇宙であることが、方程式を解くことによってわかってきた。
 これは次元世界中の宇宙物理学者たちが今まさに計算を行っている、解析途上の情報である。
 最終的な答えが出るのは当分先の話になるだろう。

 しかし、ミッドチルダやヴァイゼンや、そしてバイオメカノイドたちは、彼らが答えを解きだすのを待ってはくれない。

 エリーが艦橋に戻ってくると、航海長に正式に就任したルキノ・ロウランと、通信士のポルテ・クアットロがいた。
 二人は航法装置と通信装置の点検をしていた。
 エリーの姿を見つけ、敬礼を送る。エリーも敬礼で返してから、発令所に入った。

「どうですか、具合は」

「オッケーです、航法装置に第97管理外世界太陽系の軌道数値は入れました。あとは実測で精度を補います」

 慣れた手つきでコンソールを操作するルキノを、ポルテは尊敬の眼差しで見つめている。

「なんだか、寝付けなくって、ちょっと早く出てきちゃいました」

 年若く、まだ軍隊色に染まっていないともいえるポルテだが、これから、もっともっと磨り減っていくだろうとエリーは思っていた。
 惑星TUBOYから帰還してくる間、彼女は通信を取り次いでいるとき以外はほとんど放心したような状態で、はやてが何度か注意しないと操作を忘れてしまうほどだった。
 一応、士官学校での教育課程は受けているはずだが、彼女が取っていたのは技術科なので、戦闘に関してはそれほどコマがなかった。

 基礎鍛錬も受けているはずですが、とエリーは最初は思ったが、受けていてもまだ戦場を実感しきれない、という者も少なくない。

 惑星TUBOYでの作戦は、ポルテがヴォルフラムに配属されてから初めての、殉職者を出した戦闘となった。
 それまでは本格的な戦闘に入る事件もなく、おおむね、船団護衛や哨戒などで、たとえ敵が出てきても貧弱な装備の海賊で次元航行艦を見れば一目散に逃げ出す、そんな連中ばかりを相手にしていた。

 そこへきて、人間の持つ武器や魔法をものともしないバイオメカノイドが現れたのだ。

 彼らには、言葉が通じないだけでなくまったくの意思疎通が不可能だ。
 バイオメカノイドは、目の前に人間がいるのを見て、それが人間であることを確かめると、即座に攻撃してきた。
 まるで人間を狙っていたかのようである。
 降下部隊が使用していた上陸艇には興味を示さず、人間だけを狙っていた。
 離脱しようとする隊員たちが乗り込んで、ようやく人間が使う乗り物だという程度を理解したのか、ランディングギアにしがみついたりしたが、最終的には振り落としてヴォルフラムへ帰還することができた。

 ヴォルフラムの降下部隊が遭遇した二脚型バイオメカノイドは、人間を見分け、攻撃する能力を持っていた。
 人間を狙う殺戮ロボットである。
 もし、そんな兵器が作られ、実戦投入されたら。
 戦場へ運び込み、狙うべき目標を入力すれば、あとは黙って見ているだけでいい。自動的に敵(人間)を捜し、発見し、攻撃し、殺す。殺したら、他の人間を捜して移動する。それを、動力が尽きるまで続ける。

 ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊が遭遇したバイオメカノイドたちについても、さすがに脅威と感じたのか管理局へ通報してきた。
 それによると、惑星TUBOYへ上陸した揚陸艦の乗組員が、搭乗員の乗っているバイオメカノイドを目撃したという。
 乗っていたのは、小さな、緑白色の身体をした奇妙な人型生物だという。

 その報せを受けたはやては、これこそが、フェイトが追っていた“緑色の小人”に違いないと直感していた。

 これも、揚陸艦乗組員の証言によるとバイオメカノイドと同じように爆発性のある体液を持ち、被弾による負傷などから容易に引火・爆発を起こすとされていた。
 人型をした物体が爆発する。それも、人型メカなどではなく、二足歩行の生物が爆発する。

 異様極まる光景といえるだろう。

 たとえば、手榴弾を浴びたり。ベルカ戦乱期にカートリッジシステムが発明されると、このカートリッジに装填する魔力結晶を、簡易な金属ケースに詰めて手投げ弾として使用する方法が考えられた。アームドデバイスのリロード装置はそのまま、雷管になる。
 この構造が、現代につながる魔導爆弾の先祖である。
 これは火薬式の爆弾よりも小型化が可能である。魔力結晶はプラスチック爆薬に似て可塑性があり、錠剤型に成型することもできる。
 そうやって製造した魔力爆弾はテロリストや、暗殺任務を行う諜報員などが利用した。
 超小型魔力爆弾を仕掛けられた人間は、全身のいたるところが爆発を起こして、まず皮膚が破裂して筋肉や内臓が細切れになり、関節が外れて骨がばらばらになり、そして全身が人体としての機能を失ってただの肉塊になり、崩壊する。
 関節から神経がちぎれて、皮膚が裂けて肉がはがれる。内臓は骨で支えられていないので、腹膜が破れればたちまちはみ出してしまう。
 もし腹の中に爆弾が仕込まれたらどうなるだろうか?骨も腸も心臓もごっちゃになって飛び出す。
 ましてやこの緑色の小人──現場では、“グレイ”と呼ばれたが──は、体内に、おそらく血管の中に、強い爆発性を持つ液体が流れているのだ。

 叩いただけで爆発するかもしれない。そうなれば、皮膚も肉も骨も、すべてがばらばらになって飛び散る。飛び散れば、他のバイオメカノイドと同じように誘爆したり、毒性を発揮して二次被害を与える。

 もはや人型をしている目的が、人間に心理的圧力を与えるためとさえ言えてしまう。

 なぜ人型兵器が人型に設計されるのか、それは人間と同じ姿をすることで、自我や自己認識を狂わせるためだ。
 人間が死ぬ様子を見れば、人は心に強い衝撃を受ける。
 動物が死ぬ様子であれば、衝撃的ではあるが、人間ほどではない。
 機械が壊れる様子であれば、衝撃はそれほどない。

 人が、人間が死ぬ様子を恐れるのは、同族意識からくる。

 ならば兵器を人型に作れば、その同族意識を狂わせることができる。
 人間の姿をしていても、人間ではないかもしれない。その疑念を持たせることができれば、人間は、他人との連携という戦力のひとつを大きく殺がれることになる。

 生理的嫌悪感を催す外見に、グレイは作られていた。

 グレイが──緑色の小人が現実に存在するとなると、たとえばフェイトが捜査の過程で見つけた膏薬をくれる小人の伝承などの、『昔々、小さな妖精が天から降りてきました』といったような言い伝えも、おとぎ話と一蹴することが出来なくなる。
 もしかしたら本当に、グレイがミッドチルダにやってきて、人間と接触していたかもしれないのだ。
 膏薬は、もしかしたらスライムの原料かもしれない。
 神隠し、ないしは、山に棲んで人をさらう妖怪──近代文明を手に入れたミッドチルダではすっかり聞かなくなった話だが、たとえばグレイが人間を採集し、自分たちの姿をドレスアップする参考にしていたかもしれない。
 もしくは、バイオメカノイドがより効率よく人間を狩れるように性能向上の参考にしていたかもしれない。

「第97管理外世界に派遣されたことのある艦は少ないですからね。今までも、交代を入れても派遣される艦はほぼ固定でした。
今回、初めて同世界を訪れる艦がほとんどでしょうね」

「ミッド艦隊のどの艦でも、航法士は大忙しですよ、きっと」

「そういえば、八神艦長や高町教導官は、第97管理外世界の出身なんでしたよね」

 ルキノは航法屋らしい心配をし、ポルテははやての故郷世界としての興味を示す。
 はやてはミッドチルダに移り住んでから、他の局員のように里帰りというものをほとんどしていなかった。
 もともと、地球でも天涯孤独の身であった。地球に帰ってもそこには実家など無い。帰るのは、なのはやフェイトが海鳴を訪れるのに一緒についていくといった程度だった。

 はやてにとっては、もはやミッドチルダで過ごした時間の方が長くなっている。
 また、今のはやての生活基盤もすべてミッドチルダにある。地球には、何も残してきていない。
 海鳴市の生家は引き払ったし、学校も、もともとほとんど通っていなかった。闇の書事件の後、一般学校の基礎教育課程もミッドチルダで受けている。
 いちおう、中学までは聖祥に籍は置いていたが、それだけだった。

 そういった、元いた世界で身寄りをなくしたのでミッドチルダに流れ着いた──という身の上の人間もいないことはないが、はやてのように管理局に勤め出世するケースはまれである。
 ギル・グレアムにしても、イギリスには実家を残して、たまに帰省していた。
 管理局を退職後は、ほぼ実家に隠遁し、そして今回の事件に巻き込まれた。

「まああくまでも出身というだけですけどね」

「副長、それはまたどうして」

 そういえばポルテははやての身の上を知らなかったな、とエリーは思い返す。
 闇の書事件にしても、その顛末は一般には、局員でさえ知られてはいないのだ。
 一般には、闇の書という違法に製造されたデバイスがあり、管理局の活躍により封印された、といった程度のことしか知られていない。

「艦長はもうこっち(ミッドチルダ)の人間ですから。そういえばポルテ、あなたはどこの生まれでしたっけ?」

「あっ、ええっと、私は西ミッドの、エルセアです」

「そう、割と近くですね。今回は、ちょっと遠出になってしまって新年のお祝いは艦内でやることになりますけど、大丈夫ですね」

「ええまあ」

 照れるようにポルテは頭をかく。
 西部エルセアはミッドチルダの中でもクラナガンに次ぐ大都市圏で、山岳地帯が多くやや乾燥した大陸型気候の土地だ。
 古代ベルカ時代では、諸王国の領土獲得競争の最前線が延びていたこともあり、デバイス片手に傭兵稼業を営むガンマンのような者たちもいた。ミッドチルダにおいて西部劇といえばそのような者たちが生きていた時代を舞台にした作品をさす。
 もちろん今は近代都市が広がる、今どきの街である。

 今回、出港時間が未明になるため、勤務シフトで午前3時から作業にかからせる。
 出港後、通常の3交代勤務に戻し、第97管理外世界へ到着したら第1種警戒態勢で航行するスケジュールになる。

「それじゃあ、私は仮眠をとってきますね。艦長が戻ったらよろしく」

「わかりました」

 ルキノとポルテが元気よく返事をし、エリーは居住区内にある副長私室へ向かった。次元航行艦では通常、乗組員居住区の入り口から一番近いところに副長室が配置され、艦長室は別区画に置かれる。
 副長は大抵の艦で船務長を兼ね、乗組員の監督も副長の職務になるため、ちょうど寮長のような立場にもなるのだ。
 まだ少々時間が早いか、居住区は静かなものだ。皆、出港前の最後の休息だ。
 エリーは副長室で自分の日誌端末に記録を打ち込み、閉じてから、艦長室へ向かった。
 現在時刻は2時48分。交代の時間にはもう少しある。

「スピードスター、入ります」

 はやては、艦長室に据えられた一人掛けのソファに背を沈め、指を組んで目を閉じていた。
 ベッドもあるが、机に広げられたままの端末の様子を見るに、おそらく資料を読みながらうとうとしていて眠ってしまったのだろう。

「艦長……貴女の考えてることは私にはお見通しですから」

 つぶやく。そっと音を立てないようにクロゼットを開け、替えのシャツを取り出す。
 軍服というのは耐久性や機能性も大事だが、それ以上に、見栄えによる士気高揚の要素も重要だ。指揮官たる者がよれよれの格好では締まりがないというものだ。
 今日ずっとエリーが見ていた限り、はやてはもうまる一日着替えをしていない。出港前に身なりを整える必要があるだろう。

「管理局員という──地球には無い特殊な公務ですからね──
誰にもましてその職務に忠実でなくてはならない──管理世界の人間になるということは、管理世界の維持運営に携わるということ──
またその意志があるのなら、どこの世界の出身であっても管理局は迎え入れる──
──ただ何もしないで権利だけ主張、なんて人間が、今はじわじわ増え始めている──
ミッドチルダが管理局を“羨む”のはそういう理由もあるんでしょうね──」

 はやてのベッドの置き時計は、夜光塗料で青く文字盤を浮かび上がらせている。

 エリーは、専門は社会科学で、組織運営と人材管理を学んでいる。
 はやても、エリーの専攻は知っている。士官学校では、互いの専門科目を教えあったりしたものだ。
 機動六課時代も、エリーは既に本局司令部附きで勤務していたが、六課解散直後はゲンヤの元で、はやては再びエリーと共に部隊長のスキルを磨いていた。

 そんな、ずっと努力を続けてきたはやての姿をエリーは知っている。
 彼女が背負うことになった運命も、闇の書事件のもたらした心の重荷も、知っている。

 第97管理外世界地球という、ある意味魔法とは無縁な世界で生まれた彼女が、次元世界人類になろうとしていた思いを知っている。

 次元世界人類になるとは、次元世界のために働くということである。
 それは別に魔法があるとあらざると、どんな世界でもどんな国でもまたどんな社会でも同じことだ。
 管理局が接触を持っていないというだけのことで、地球もまた次元世界のひとつである。
 故郷は大切なものであるが、また縛られるべきものでもない。はやては、自分の生きていく場所を、この次元世界につくろうとしている。だから、その気持ちを、忘れずに認め、助け、支えたい。

 それが、エリー・スピードスターのささやかな、しかし心からの願いだった。

 

 

 ヴォルフラムの出航が6時間前に迫り、フェイトは北ミッドチルダでの捜査を切り上げ、時空管理局本局に赴くことになった。
 アレクトロ社保安主任であるプラウラー・ダッジから得られた証言をもとに、アレクトロ・エナジー、及びヴァンデイン・コーポレーションに対する家宅捜索の手続きが取られることになった。

 ここから先は、法務の領域である。

 捜索令状が出れば、管理局の執務官が両社社屋および各営業所に乗り込んでの捜査が行われる。
 管理局の警察業務における地位としては国際警察にあたるため、ミッドチルダやヴァイゼンの地元警察よりも地位と権限は高くなる。もっとも、執務官個人に対して、次元世界政府経由で圧力が掛けられるというケースもままあることだ。
 管理局職員はどうしてもミッドチルダ出身の人間が多くなるため、たとえばミッドチルダ政府にとって都合の悪い事件となると、堂々と公開捜査を行うのが時には邪魔をされるということはある。

 フェイトは、この件に関してはアレクトロ社が捜査を直接妨害してくるであろうことを警戒していた。
 何より社自体が捜査に協力的ではないし、最初に依頼してきたプラウラーも社内では上層部と対立していたため、外部機関である管理局の助力を求めたという状況である。
 よって、後任となる執務官には特に注意して、たとえ管理局の上司であっても疑ってかかれと伝えた。
 本来ならこのような事件はじっくり腰を据えて、ティアナと共同で捜査にあたりたいところであったが、そのティアナも今はもう亡き人である。

 プラウラーが言っていた、エグゼキューターなる者たちの存在──アレクトロ社が彼らに浅からぬ関わりを持っていることは確実である。
 そして、ティアナ自身も。

 さらに第511観測指定世界、惑星TUBOYは、このエグゼキューターに関わる企業や次元世界政府が極秘に人間を送り込み、何らかの工作活動を行っていた場所であった。
 その惑星TUBOYが、惑星それ自体が巨大なロストロギアであるという管理局始まって以来のレアケースとなり、“調査のため”と銘打ってミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊が出撃し、さらに管理局も次元航行艦の派遣を決定した。
 その艦に、自分も乗り組めというのである。

 管理局は、今のところレティがほぼ独自に内部捜査を行っている状況である。
 レティの肩書きとして軍令部総長という役職があるにはあるが、現代のミッドチルダではその権限の多くが形式的なもので実効力はない。
 そのため、信頼できるはやてや自分に話が回ってきたというわけだ。
 はやての指揮するヴォルフラムには、かつての機動六課メンバーも集められているという。
 そして、ヴォルフラムがミッド・ヴァイゼン連合艦隊を追って第97管理外世界へ進出するというのだ。

 第97管理外世界、地球。

 かつて、自身がロストロギア・ジュエルシードを追って赴いた世界であり、さらにはやてとの出会いをもたらした闇の書事件の舞台でもあった。
 管理局提督ギル・グレアムから、地球は管理外世界でありながらさまざまな魔法技術が眠っており、次元世界全体から見てもきわめて異例の措置がとられている世界であると聞いたことがある。
 地球では、一般の住民と、支配者層である政府との間にかなりの認識の隔たりがあり、世界全体としては魔法技術を認知してはいるが、まだ現地住民に広く知られるところまではいっていないという特徴がある。
 ミッドチルダや他の多くの次元世界と違い、魔法技術の発見よりも先に科学技術が発達してきたという点で大きく異なる。

 現在、管理局の定期観測船が常駐してがいるが、この艦船も今回の艦隊進出に伴い一時撤退している。

 なのはの実家帰りに一緒についていったりなどはしたことがあるが、事件によって、任務で向かうのは、闇の書事件以来初めてだ。

 連絡の電文の最後に、次元航行艦クラウディアが、ミッド・ヴァイゼン連合艦隊より任務逸脱の疑いで追われているとも付け加えられていた。
 これは彼に命令を伝えたレティも把握していなかったことである。クロノは、おそらく独自の判断でインフィニティ・インフェルノを追い、ミッド・ヴァイゼン連合艦隊を第97管理外世界へ誘い込んだ。
 インフェルノの目的地が地球であると見抜いた上で、あえて艦隊を誘導した可能性がある。

 この文章を目にしたとき、フェイトは胸が遠くなっていくような感覚を覚えた。

 クロノは、命令違反や隊規違反を犯すような人間では絶対にありえない。
 ハラオウン家の養子となり、短くない年月を共に家族として過ごしてきて、クロノは、正しく品行方正、質実剛健、正義感の塊のような人間であると理解していたはずだった。
 フェイト自身が当事者となったPT事件でも、その後の闇の書事件でも、まさに身を粉にして解決に尽力していた。闇の書事件では、結果的に黒幕であったかつての恩師、グレアム提督に自ら対峙し、事件の真相をつかんだ。
 次元航行艦アースラの艦長であるリンディ・ハラオウン提督を母に持ち、世襲執務官とやっかみもあったが、それを跳ね返す実力を身につけ実績を上げてきた。まさに管理局員の鑑のような人間である。
 フェイトが執務官の道を志したのはクロノの影響が大きい。
 そして、今のフェイトの社会一般常識や、執務官としての職務に当たる姿勢、価値観など、ミッドチルダの一般社会を生きていくためのほとんどすべてと言っていい存在をクロノから受け継いだ。
 生まれてからずっと時の庭園で過ごしてきたフェイトの感情形成は、そのほとんどがクロノの影響である。
 その彼が、このような事件を起こすなど──。フェイトは、自分の心が深い闇に堕ちていくように感じていた。

 自分の生きてきた規範さえもが打ち砕かれたように感じた。
 クロノは、一体どういうつもりでこのような行動をしたのだろうか。
 もし第97管理外世界で戦闘が起き、地球の住民を巻き込んでしまったら──。管理局として、管理外世界へ被害をもたらすということは最も避けなければいけない事態である。
 これがもし、次元世界軍が管理外世界へ進出し、管理局がそれを制止するというのならまだわかる。
 しかし、クロノは先頭に立って第97管理外世界へ向かった。しかも、敵戦艦を追ってよいか迷うミッド・ヴァイゼン連合艦隊を挑発して嗾けるような物言いを、わざわざ艦隊の真正面にワープアウトしてオープンチャンネルで堂々と放送したという。
 なぜこんなことをしたのか──フェイトは、クロノの真意をはかりかねていた。

 こんな状態では、実家にも帰れない。
 この報せは実家にも届いたのだろうか。エイミィや、リンディに、カレルやリエラに、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
 捜査の引継ぎを済ませた後、フェイトはクラナガン市内のビジネスホテルに部屋を取ったが、一人きりでは眠れなかった。

 部屋の床に放り出したバッグの中身を、気を紛らわすように整理してみる。
 携帯電話は仕事用を2つと、私用を1つ持っている。私用のほうには以前ティアナがこっそり教えてくれた男娼派遣店の番号が入っていたが、こんなときに呼ぶ気にはならない。

 結局、悶々としているうちに本局への連絡便の出発時間が来てしまい、フェイトはやや疲れた瞼をさすりながらホテルを後にした。

 

 

 高町なのははヴォルフラムの艦載艇格納庫に運び込まれたSPTの威容を、ヴィータと共に見上げていた。
 従来型のデバイスの場合は、携帯に便利なサイズの待機状態への変形機能を搭載することがもはや当然の潮流となっているが、本機については機体そのものが大きいために変形機能の術式も複雑化して負荷が大きく、また整備性の観点から、変形機能は非搭載となっている。
 それでも関節部を開放した格納状態は備えられており、これはたとえば空母に搭載する戦闘機が翼をたためるようになっているのと似た状態である。

 以前、EC事件のときに使用したAEC武装よりもさらに大型のデバイスであり、また外見もより機械然としたものである。
 AEC武装については、開発途上のほとんど試作品の領域のものであり、いざ実戦で使ってみると思わぬトラブルが起きたり、耐久性に問題が生じたり、いろいろと不便を感じていた。
 このSPTはそれらの諸問題をクリアし、さらなる能力向上が図られているとの、カレドヴルフ社の謳い文句である。
 既にミッドチルダ政府軍では運用を行っているという。陸海軍の精鋭部隊にはSPTが配備され、精鋭部隊が編成されているとの噂である。

「改めて見るとすげえな……高町、おまえのところではもう何度かテストしてたんだろ」

 ヴィータは外見が子供のままのため、SPTの大きさがさらに強調される。
 シルエットはまさにパワードスーツそのもので、装備者──搭乗者と言ったほうが適当に感じるが──の手足の先から、SPTの四肢がさらに伸びている。
 手にあたる部分はあらかじめプログラムされた術式によって動くマニピュレーターで、脚部はローラースケートのようにホバー駆動が可能になっている。
 装備したときの全高は3メートル強といったところだ。ヴィータの場合は体格が小さいため、胴体フレームにあたる部分のモジュールを省略することで全高を短縮して装備する形になる。プロポーションはやや寸胴になる。
 SPTとして重要な機能は四肢と頭部、バックパックに集中しているため、極端なことを言えば上半身と下半身は必ずしも繋がっている必要は無い。
 胴体フレームは装備者の体格に合わせたスペーサーのようなものであり、補助装備を積むこともできるが無くても動作に支障はない。
 デバイスを制御するために必要な通信リンクさえ確立していれば無線行動も可能だ。今のところそのような仕組みにする利点が無いので物理接続のみとなっている。

「まあ、私のところやったのは機動性とか耐久性とかだね。重いデバイスを持ったときとか、魔力配分をどうするかとか、それでどれくらい稼動できるか、パーツの磨耗はどれくらいかとか。
実験室での加速劣化試験だけじゃ分からない問題点を、洗い出さないといけないからね」

「武器はやんなかったのか」

「一応、レイジングハートを持って撃ってみたりはしたよ。ブラスターモードでも魔力に余裕がかなり出た。とはいっても、実際にデバイスを装備しての戦闘テストとなると、それはやっぱり納入先ごとに調整がいるみたい」

「ソフト的にはまだまだ詰める余地があるってことだな」

「だね」

 ヴォルフラムに配備されたSPTでは、装備者から供給される魔力のほかにリチャージ可能なバッテリーを積む。バッテリーは魔力値にして890万の容量を持ち、カタログスペック上はSPTの内蔵魔力のみでディバインバスターを撃つことも可能である。

 これはもちろん純粋な攻撃魔法だけでなく、装備者の身体能力上昇にも寄与する。
 ヴィータであればグラーフアイゼンの攻撃力はいかに高速でハンマーをぶつけられるかということになるため、ラケーテンハンマーやギガントシュラークなどの威力向上が見込める。またハンマーの正確な振り下ろしも制御することができる。
 その特性から、アームドデバイスを使用する場合は身体能力向上に魔力を多めに割り振り、インテリジェントデバイスを使用する場合は冷却装置を駆動したり砲撃エネルギーを補助したりといった魔力の配分方法が考えられる。

「高町」

 ヴィータの声が、格納庫の広い空間に反響する。床や壁、天井が金属で遮音材なども無いため、格納庫の中では小さな声でも鋭いエコーがかかる。

「コレ……ぶっちゃけ動力に何使ってんだよ?このサイズでこんだけの魔力を出すなんて尋常じゃない。それに──こないだのクラナガンでの戦闘、あんときに出てきた人型メカが、このSPTじゃねえかって噂も出てるんだ。
それに、宇宙港でも──聞いた話じゃ魔力値300億だって?古代ベルカ時代でもそんなバケモノいなかったぞ」

 テクノロジーの進歩は、時に後退し追いかけることもある。
 古代ベルカ時代に作られた巨大魔力兵器は、中には軍縮の流れによって廃棄され、製造技術が失われてしまったものもある。

 現代の艦船用魔力炉で出力は数十億~200億程度、商用の発電用魔力炉では機種によっては1基あたりの魔力値が1000億を超えるものもある。
 だがそれらはみな巨大で、発電用魔力炉ともなると炉本体だけで30メートル近くになり、補機類を含めた装置全体を格納する建屋は一辺60メートルの立方体の形状をした巨大な建造物になる。
 機械式魔力炉、特に現在次元世界において主流である誘導コイル方式の場合、圧力容器によって魔力炉本体のサイズは小型化するのに限界が生じる。
 いくら魔力で強化した金属であっても、耐えうる圧力には限度というものがあり、魔力炉自体が発生させる圧力はそれを容易に突破する。

「艦船用補助バッテリーを流用して、規格上は1セルあたり250万でそれを両脚大腿部裏側に2セルずつ、計4セル積む……マージンを考えると妥当なところじゃない?」

 なのはは自分が使う予定のSPTを見上げながら、視線は正面のまま答える。
 格納状態でもSPTの全高は2メートル以上あり、なのはよりずっと背は高い。

「次元潜行艦なら炉のサイズはそれほどでもないし──、バッテリーは256セルとかそれくらい積むから、容量的にはそんなもんだし」

 ヴィータはグラーフアイゼンの柄の先端で、床をコツコツと叩く。
 これはヴィータが思案をしているときの癖のひとつだ。

 通常、艦の大きさに対して艦の質量は指数関数的に増加していく。艦に必要な魔力値もそれに比例して増加する。
 次元潜行艦は、魔力センサーによる索敵を回避するために時には魔力炉を止めてバッテリーだけで隠密潜行することもある。そのために大容量の電池を積む。次元潜行艦は艦船としては比較的小さい部類に入るが、それでも数億もの魔力値を持つ。
 いずれにしても魔導師個人レベルで持てる魔力値とは比べ物にならない容量だ。

 管理局に所属する魔導師なら、AAランクでは平均魔力値は40万~60万程度で、Sランクの認定を受けた者でも100万を超える魔力値を持つ魔導師はかなり少ない。
 人間の魔導師と魔力機械では変換効率などの違いから一概に比較できないが、それでも従来のデバイスと比較して桁外れの出力を持っていることには違いない。

「こいつの魔力量がどうしても気になる。これ、ほんとに890万か?いくら兵器だとしても──オーバースペック過ぎる」

「設計マージンがありすぎる──いや、もともともっと大きな出力で作られたものを、大幅にデチューンしている──ってこと?」

「たしかに、このサイズのデバイスには独立した魔力炉は積めないけどよ」

 過去には、航空機搭載型の魔力炉が検討されたことがあった。しかしこれも炉の小型化ができずに戦略爆撃機クラスの大型機でないと積むことができず、結界魔法を使うとしても鈍重になりすぎてメリットが無いとして開発は中止された。
 ミッドチルダでは一般乗用車や戦闘車両、小型航空機では触媒を用いた内燃機関が主流である。
 これも魔力は使用するが、技術的にはレシプロエンジンやガスタービンエンジンに近いものである。

「とにかく、今はこれを使いこなすことを考えよう。これの性能をきちんと引き出せれば、バイオメカノイドとも互角以上に渡り合えるはずだよ」

 出港時間が近づいたので、なのはとヴィータは居住区へ戻って待機する。

 2機のSPTは、格納庫のハンガーに繋留され、静かに沈黙している。

 ヴィータの心配はある意味当然であった。
 このSPTは、そもそもが根幹となる技術を、惑星TUBOYから発掘されたエグゼクターから流用したものである。機体構造はエグゼクターを参考にし、重量増加に直結する金属素材の物理的強度ではなく、シールドによってフレーム剛性を確保する形を取っている。
 魔力が切れれば機体が自壊するのも同じである。補助動力としてバッテリーが積まれるのは、万が一被弾などで装備者からの魔力供給が失われた場合でも、安全に機体をパージし格納状態へ移行してからシャットダウンできるだけの猶予を確保するためである。
 これはカレドヴルフ社での開発時にも問題になり、実際にミッドチルダ海軍からの問い合わせもあった。
 もしSPTを装備したまま魔力が完全に失われた場合はどうなるのか、と。
 必然的に宇宙空間での戦闘が多くなる海軍の場合、魔導師はギリギリまでデバイスのシャットダウンを避けようとする傾向がある。
 宇宙空間でデバイスが停止するということは即、死を意味する。
 もし意識を失うなどして、デバイスを装備したまま魔力が切れた場合、通常のバリアジャケットであれば形成された力場がある程度残るが、SPTの場合は全身を包み込む形状であることから、練成された金属素材が制御を失って装備者を押し潰してしまうことになる。
 いかにバリアジャケットを装備していても、全身に数トン以上もの荷重が掛かれば肉体は潰れてしまう。
 カレドヴルフ社は、この問題をオートパージ機構と独立した補助動力の搭載でカバーすると回答した。格納状態であれば機体を最低限支えるだけの支持材が展開されるので、魔力供給を切っておくことができる。

 もちろんこれは今ヴォルフラムに配備されている機体を見た限り──のことで、実際にミッドチルダやヴァイゼンの正規軍に納入された機体がどれくらいの能力を持っているかというのは未知数である。

 今のところ、カレドヴルフ社が公開しているデータシートでも機体フレームとなる部分は一機種のみで、オーダーに応じて搭載バッテリーや制御コンピュータをカスタム可能、としている程度である。
 SPTを装備する魔導師はある程度以上の魔力量があることが前提なので、能力の低い魔導師をブーストアップという使い方ではなく、高ランク魔導師の能力をさらに引き上げるという方向性である。
 例えばなのはであれば、今までは足を止めてチャージ時間が必要だったディバインバスターやスターライトブレイカーなどを、移動しながら撃てるようになる。また反動も軽減される。
 魔力消費も、SPT側で補助するのでより短い間隔での連発が可能だ。もちろんその場合はレイジングハートもそれだけの連続使用に耐えるよう強化が必要になる。

 先日のクラナガン中央第4区での戦闘でレイジングハートは大破していたので、フレーム交換も含めて修理を行っている。
 もともとの形状が杖型のため、シャーシ部分は管理局の制式型標準デバイスと同じ強化メニューが使える。
 新しいフレームを造ってコアとストレージを移植し、冷却能力も引き上げて耐久性を高めている。フレームは結合魔力を増加させて強度を上げている。
 ヴィヴィオがディバインバスターを撃ったときに魔力供給回路がオーバーロードを起こしたことから、こちらも新型のドライバーMOSFETを採用したシステム基板に換装した。低損失で高効率の魔力供給が可能である。

 なのはも、朦朧とした意識ながらもあの人型メカの戦いぶりは見ていた。
 エグゼクターが展開したシールドは、500ポンド魔導爆弾24発の凄まじい破壊力を完全に防ぎ、自分とヴィヴィオを守った。
 人間の魔導師ではこれだけの破壊力を防ぐシールドは張れない。結界魔法に長けたユーノでさえどうかというほどだ。少なくとも、あれだけの威力の爆弾を浴びて、自分たちはともかく、エグゼクターの機体には傷ひとつ付いていなかった。
 それ以前にも、沿岸対空砲の魔力弾が何発か命中していたはずである。それも全く機体に痕跡を残していなかった。

 このSPTもまた、エグゼクターと同等の戦闘力を発揮できるのか──というのは、なのはも気にかけるところだ。
 もしくはエグゼクターが惑星TUBOYから発掘されたオリジナルなら、このSPTはデッドコピー、廉価版、だから能力も相応に低いだろうか。

 どちらにしても、実戦では持てる能力を最大限発揮するのみである。

 それ以外に、戦闘でとるべき行動はない。

 

 

 新暦83年12月26日、午前4時50分。
 LS級巡洋艦ヴォルフラムは機関を始動し、発進準備に掛かった。

 静止軌道に位置する管理局本局では、太陽の光が届かなくなるのは深夜の数時間のみで、この時間でももう明るくなっている。
 それでも艦船発進口は夜の面を向いているため、艦内は照明が必要である。
 艦橋の窓からは、太陽光を浴びて輪郭が淡く光って浮かび上がっている本局のシルエットが大きく広がっている。
 本局は巨大なスペースコロニーのような構造を持ち、その外周はエネルギー吸収ガスを主体とした二重三重のシールドで包まれている。
 そのため、発着する艦船や航空機は定められた航路を正確にたどることが必要だ。

「時間です。艦長」

 艦橋にはやてと共に立つエリーが、懐中時計を取り出し現在時刻を確認する。午前5時を回ったことを確認し、出港作業を開始する。

「重力アンカー解除、舫い解け」

 はやての命令に従い、艦を固定していたアンカーと繋留索が離され、艦が桟橋から離れる。
 続いてエンジンを微速でまわし、秒速数メートル程度からゆっくりと艦を進めていく。

「両舷微速」

「両舷微速、宜候」

 ドックから外部へは長さ16キロメートル程度のまっすぐなトンネルでつながれ、トンネルの出口には漆黒の宇宙空間が口を開けている。
 トンネル内の空間上にはマーカー用のスフィアが並べられ、これに従って操艦していく。
 トンネル内の規定速度に合わせてスフィアは色分けされており、出口部分では青色のスフィアが配置され、ここから宇宙空間へ向けての加速が可能になる。
 本局から宇宙空間へ出て、トンネル内マーカーの伸びた先には航法指示用のスフィアが最後に置かれており、そこには進行方向と脱出速度が表示されるようになっている。

 はやての発進命令の後は、航海長であるルキノが出港を指揮する。

「両舷微速、速力20ノットから35ノットへ増速」

「速力35ノットへ増速よし」

「第4マーカー通過、規定速力50ノット到達まであと15秒」

 ゆっくりと速度を合わせ、艦の往き足を見ながら舵と機関を調節する。

「最終マーカー通過、左回頭用意」

「左回頭用意」

「回頭30秒前、速力50ノットを維持せよ」

「速力50ノットを維持します」

 50ノット、すなわちおよそ93km/hでヴォルフラムはトンネルを通過する。
 トンネルの直径は1キロメートル以上もあるが、次元航行艦にとってはごく狭い範囲だ。
 開かれたゲートは数千トンの質量があり、開閉に10分以上を要する。本局の周辺には、警備艇やタグボートなどが待機し、大型戦艦の入港などをサポートしている。

「外空間に出ます」

 舵輪を握るフリッツが、窓の外に目をやりながら言う。
 ルキノは艦橋の前列に立ち、はやてとエリーは中央の一段高くなった発令所で指揮を行う。

「回頭10秒前、星図に針路をマーク。5秒前、4、3、2、1、マーク。操舵手、左回頭開始。取舵、針路2-7-0」

 フリッツは舵輪を左へ回し、目盛りの数値が270を指したところで止める。
 続いて艦の現在の進行方向を示す別の目盛りが、000から359に変化し、ゆっくりと数値が減っていく。この目盛りは艦が現在向いている方向を角度で表し、000が北をあらわす。そこから時計回りに数値が増えていき、090が東、180が南、270が西となる。

 惑星軌道上では方位は惑星表面におけるそれと同じものを使用する。
 ヴォルフラムは本局の北側に開いた発進口から出て、西へ、この場合はミッドチルダの公転方向とは逆側へ向かう。
 この針路では太陽に対する公転速度を減じることになるので、艦は太陽に引き寄せられて内側の軌道へと移動していく。

 本局の影を脱すると、ヴォルフラムの青い艦体を太陽の光がまぶしく照らした。

「回頭完了、針路2-7-0」

「速度50から75へ増速、外縁離脱まで60秒、機関室へ、魔力炉出力100パーセントで運転開始」

「こちら機関室、運転出力100パーセントにセット」

「本局との距離5000メートル、慣性系を本艦へ移します」

「速度変更、地球系から太陽系へベクトル切り替え、切り替え5秒前、3、2、1」

「切り替え完了、速力3分の2」

「速力3分の2、メインノズル、噴射開始60秒前」

「外縁離脱確認。艦長、出港完了しました」

 ルキノは振り返り、発令所のはやてを見上げる。

「出港完了を確認した」

「時空管理局本局、次元航行艦隊司令部より入電です。『ヴォルフラムの出港完了を確認、安全な航海を祈る。健闘されたし──』」

 港を管制する艦隊司令部からの通信をポルテが読み上げる。
 ルキノとはやてはそれぞれに力強く頷き、はやては右腕を掲げて号令した。

「了解。両舷全速、星系内航行速度へ移行。ヴォルフラム、発進!」

「ヴォルフラム、発進!」

 エンジンをふかし、ヴォルフラムの艦体が力強く加速して本局から発進していく。
 後部メインノズルから噴射される魔力光がまばゆく輝き、ヴォルフラムは星の海へ向けて飛び立っていく。

 本局やミッドチルダ地表から観測すればヴォルフラムが加速して遠ざかっていくように、また太陽の側から見ればミッドチルダや本局と一緒に公転しているヴォルフラムが減速して離れていくように見えるだろう。
 ある程度距離をとったところで、ヴォルフラムは艦を反転させ、太陽へ向かう楕円軌道をまっすぐ進むことになる。

 ミッドチルダが所属する太陽系でも、規模や惑星の配置は第97管理外世界とほぼ同じであり、内惑星はやや小さめの岩石惑星が2個、およそ1億5000万キロメートルの平均公転半径を持つ第3惑星がミッドチルダである。
 そして外惑星にはミッドチルダの3分の2ほどの直径を持つ岩石惑星が1個、間に小惑星帯を挟んでミッドチルダの12倍程度の直径を持つガス惑星が2個ある。ただし、ガス惑星は二つとも、はっきりとした輪は持っていない。
 過去には輪を持っていた可能性もあるが、少なくとも現在は拡散してしまっている。
 ミッドチルダの月は2個あり、それぞれミッドチルダを28日と42日で公転している。大きさは地球の月よりやや大きいものと小さいものである。小さいほうがより外側を公転している。
 太陽は、これも第97管理外世界の太陽とほぼ同じ直径、質量を持つG型主系列星である。
 年齢はおよそ72億年と考えられており、こちらは地球が所属している太陽よりも若干歳をとっている。あと数億年のうちには中心の水素を使い果たして膨張し、赤色巨星になると予想されている。

 本局を発進してから12時間後に、ヴォルフラムは次元間航行に入って第97管理外世界に向かう。

 

 

 宇宙空間に小さくなっていくヴォルフラムの映像を執務室に置いた端末で観ながら、時空管理局次元航行艦隊軍令部総長レティ・ロウランは大きくため息をついた。

 ひとまず、はやてたちは無事に出発することができた。
 ヴォルフラムには可能な限りの能力向上プログラムを施したし、乗艦している魔導師も、艦長のはやて自身をはじめ、なのは、フェイト、スバル、ヴィータ、シグナムと、管理局実戦部隊の中でも指折りの実力者たちである。

 第97管理外世界において戦闘が発生するとすれば、敵戦艦インフィニティ・インフェルノ内部に突入しての対バイオメカノイド戦が考えられる。
 インフェルノは現在、ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊との戦闘で被弾したアルカンシェルの影響で砲雷撃戦能力をほぼ喪失していると考えられ、この場合は次元航行艦を接舷させての突入作戦を取ることになる。
 艦自体の大きさが次元航行艦とは比較にならないため、どちらかといえば機動要塞を相手にするような戦術が必要である。

 そのために、元々火力重視の魔導師である高町なのはとヴォルケンリッター・ヴィータには、最新鋭の魔力兵器であるSPTを配備した。
 想定する戦場として、宇宙空間での艦載魔導師による制空戦闘、さらに敵艦内部に突入しての屋内戦闘がある。
 SPTの持つ機動性と高火力の両立は、立体的な三次元機動力が求められるこれらのシチュエーションで真価を発揮する。

「また寿命が縮まるわね……」

 クロノはともかく、はやてはまだ若く血気にはやりがちなところがある。
 副長であるエリーがそこを絶妙に押さえているので、ヴォルフラムはここまでは順調な経歴を重ねてきた。それでも、はやてがとる大胆な戦術は、監督する立場であるレティにしてみれば毎回肝を冷やされるものである。

 だが、緊急時に必要となるのは臨機応変な決断力であること、八神はやてという人間は独自の直感と経験に基づいた戦術を確立しているというのは、提督としてのレティの下している評価である。

 第97管理外世界という、管理局にとってはアウェーとなる戦場で、いかに戦っていくか。
 レティは、はやての柔軟な思考が大きな意味を持ってくると考えていた。

 ヴォルフラムを送り出した後、レティが取りかからなくてはならないのはフェイトから報告が上がってきた、アレクトロ社とヴァンデイン社の不審な動きである。
 ここ最近になってミッドチルダで起きはじめた、異星人が関わっているとみられるいくつかの事件を捜査したフェイトは、この両社が共謀し、彼らの手引きによって未知のエイリアンがミッドチルダに侵入している可能性が高いと結論付けていた。
 クラナガン宇宙港での船団襲撃事件から、中央第4区でのバイオメカノイド出現事件までの数週間、バイオメカノイドがどこにどうやって潜伏していたかというのは、現在管理局でも不明点の多い問題として調べている。
 バイオメカノイドたちはおそらく宇宙港付近の海中から、川を遡って下水道に入り込んだと考えられている。とすると、中央第4区以外にも既にあちこちに潜伏している可能性がある。
 クラナガン市内での捜索は、地下区画に重点を移して継続している。フェイトらが行っていた地上の廃棄都市区画などの調査でもバイオメカノイドを発見できなかったことから、彼らの潜伏にグレイが関与している可能性も検討している。
 また、ヴァンデイン社の企業警察──ミッドチルダでは法律が定める権利として企業が私設兵力を持つことが可能である──がクラナガン市内に潜入している可能性もあるため、捜査は極秘とし、武装した魔導師が担当している。

 クラナガンの下水道設備は伝統的にかなり大規模で、広大な流域面積を持つメープル川の最下流に位置するという立地上から大量の雨水を吸収できるよう大きな容積を持った空間が確保されている。
 それだけに、浮浪者や犯罪者たちのたまり場となったり、違法に製造された魔法生命体が住み着いていたりなどといったことが起こりやすい。
 バイオメカノイドもそういった者たちの中に紛れ込んでいる可能性がある。

 戦艦という姿かたちをはっきりと示しているインフェルノと違い、バイオメカノイドについてはその全体像が未だにつかめない。
 個々の端末は概ね数メートル程度の限定的な人工知能を積んだロボットの様相を呈しているが、その生態や製造機構は未だ不透明である。
 クラナガン中央第4区での戦闘では、バイオメカノイドは自己複製──生物的な面を見せる生態からは、繁殖と表現したほうがいいのかもしれない──が可能であり、時間がたてばたつほど、個体数が増加していっている可能性さえある。
 いつまた、地上へ数千体単位で飛び出してきてもおかしくない。
 たとえ惑星TUBOYを破壊したとしても、ミッドチルダに既にバイオメカノイドが持ち込まれてしまっている可能性は非常に高い。
 このような現状では、凶暴な外来種生物が持ち込まれた島のように、在来種たる人類は日々バイオメカノイドの襲撃に怯えながら暮らしていかなくてはならなくなる可能性さえあるのだ。

 2年前のEC事件は、ヴァンデイン・コーポレーションが製造していたエクリプスウイルスが原因であると突き止められ──実際にはこのウイルス兵器は同社がゼロから生み出したものではなく、これもまた古代ベルカ時代の何かを発掘したらしいが──、同社が半ば身代わりになる形で感染者たちの大量処分と“滅菌処理”が行われ、一応の解決を見たという顛末になっていた。
 感染した個体は、管理局が把握したものは全て破壊されたはずだった。
 だがその後も、ヴァンデイン社はウイルス兵器とそれを用いた戦闘用強化生物の開発を継続し、それがバイオメカノイドとも無関係ではないということが次第に判明しつつある。

 EC事件に際して、はやてが蒐集した銀十字の書のデータは、現在も解析作業が継続中である。
 これまでのところ、古代ベルカ時代に、当時で既にその存在が知られていた先史文明の遺物──現代で言うところのロストロギアである──の中に、このようなウイルス状の物質があった可能性が高いことが調べられた。
 当時は原理が分からず、人間や動物をモンスターに変えてしまう呪いの力、とされていた。
 ただ、もしヴァンデイン社がこの伝承をもとにエクリプスウイルスを発見し、さらにグレイやバイオメカノイドの復元・製造を行っているとすると、それこそ、ミッドチルダは有史以前から惑星TUBOYの超古代技術文明の影響下にあったということになってしまう。
 この現代の科学技術文明、魔法技術文明さえ、古代ベルカではなく惑星TUBOYの遺産であるということになってしまう。

 だからこそ、ミッドチルダ政府は焦っている。

 今までは、ロストロギアのほとんどがベルカ時代にいったん発掘復元され、その後再度埋もれていたものだったので、扱いなどに関してある程度知識が蓄積されていた。
 だが、ここにきて、バイオメカノイドをはじめとした、先史文明時代から現代まで全く人類が触れてこなかったロストロギアが続々発見されるとなると、人類の認識、管理局の対応能力を超えてしまうことが考えられる。
 そうなると、制御できないロストロギアによって甚大な被害がもたらされるばかりか、次元世界連合において管理局が著しく威信を失うことにもつながる。

 それだけに、今回の惑星TUBOYに始まる一連の事件では、ミッドチルダとヴァイゼンの暴走を抑え、事件を穏やかに終息へ導かなくてはならない。
 管理局の最終目標は、少なくともそこに向かうことで意見の一致を見ることができるはずだ。

 逆にここで管理局が意思統一をできない場合、管理局の組織力が決定的に瓦解し、再び次元世界が混沌とした戦乱の時代に突入する──その可能性もゼロとはいえない、とレティは考えていた。
 これはもはやレティ個人の力ではどうしようもない。いずれ、管理局全体に協調を呼びかけなくてはならない。

 執務室のインターホンが鳴り、受付の職員が、レティへの来客を伝えた。

『リンディ・ハラオウン元提督がお見えです』

「わかりました。通してください」

『はい』

 レティは机の上に広げていた書類を引き出しにいったんしまうと、リンディを迎えるために応接室へ向かった。
 レティの執務室は3部屋に分かれており、中央の執務室と、その前の応接室、それから泊り込みの業務や極秘の会談に備えた私室という部屋割りになっている。
 受付職員がリンディを応接室に案内し、レティはテーブルにつくよう促した。
 二人はそれぞれ、荷物を置いてから部屋の中央にあるガラステーブルを囲み、革のソファに腰を下ろした。
 高級感のある管理局制定の第一種軍装が、二人を堅く包んでいる。

「──クロノのこと、私にもついさっき報せが届いたわ」

「ええ……」

 リンディは、クロノの母親である。息子が事件の当事者となったことで、彼女の胸中も複雑なものがあるだろう。
 元々次元航行艦隊所属の艦長であることから、作戦任務中は長期にわたって家を空けることになる。
 その生活についてはリンディも、妻であるエイミィもわかってはいたことだったが、いざこうして事件が起きてみると、家族としてどう対応すればいいのかというのは迷うところである。

 クロノとエイミィはすでに二人の子供をもうけている。
 もし、この任務逸脱事件の調査を進めるにあたり、家族である自分たちにも何らかの処分が下るとなると、成人であるリンディやエイミィはともかく、まだ幼い二人の子供への影響が心配である。
 軟禁などされたら、学校にも行けなくなる。行けたとしても、周囲の人々から何を言われるかわからない。
 クロノとしても、自分が何かをすればそれは家族にも影響を及ぼすというのはわかっていたはずだ。

 艦隊司令部から受けた任務にない操艦をし、次元世界政府の正規軍を挑発するというこの過激な行動は、それを押してでもやらなければならないことだったのか──

 クロノは、昔から考えを内に秘めるタイプだとリンディは思っていた。彼が執務官になり、初めてアースラに配属されたときから、その背中はずっと見ていた。
 仮に自分が取り調べを受けたとしても、自分の分かることは何も無いだろう。そしてそれは、エイミィも同じだろう。妹であるフェイトに対してさえ、クロノは本当の本心の深いところは、ついに一度も見せていない。
 色々な意味で堅い人間だった。

 レティは秘書職員に紅茶を入れるよう指示し、やがて秘書が二人分のティーカップを持ってきた。
 リンディの甘党は管理局員の間ではかなり有名なので、紅茶と一緒に角砂糖の瓶も忘れない。

「今回の件では、ミッドチルダ政府からの強い抗議がきている──たとえ実態がどうであろうとも、管理局として何かしらの答えは用意しないといけないわ」

「私も一応身の回りの整理はしているけれど」

「貴女を差し出してそれでいいのかというのもね……。これに関しては私も正直迷っているのよ。
クロノ君の行動は、その場当たりのものとは考えにくい。十分な準備期間を持って計画を練っていたはず──
もっとも上の連中は、精神錯乱とか亡命とか勝手なことを言ってるけれど」

「そんなこと、クロノに限って、そんなこと──ありえないわ」

 拳をテーブルに置き、震わせながら、絞り出すようにリンディは言葉に出した。

 自分の息子である。
 それがこのような言われようをして、黙ってなどいられない。

「もちろん私も錯乱とか、ましてや亡命なんてありえないと思っている。だからこそ、突き止めなくてはならない──彼の真意を」

 深く呼吸をして、リンディは感情を静める。
 次元航行艦クラウディアの独自行動については、ミッドチルダ政府の情報機関も調査に動いている。
 彼らの分析でどのような結果が出るか、そして、クロノが何らかの言い置きを管理局内に残していないかというのも、レティたちは大急ぎで調べなくてはならない。
 この件でも、ミッドチルダ政府に先行を許すと管理局の立場がそれだけ不利になる。

 こうなってくると、現在の管理局には外部に対して有効な交渉力を持つ人材が欠けていることが浮き彫りになっている。
 最高評議会はすでになく、ギル・グレアムも先日の第97管理外世界でのテロ事件で死亡している。
 レジアス・ゲイズがまだ生きていたなら、ミッドチルダ政府との仲介役として最適であったが、それももはや後の祭り、無いものねだりである。

 最後のそして最大の実権を握るのは、事ここに至っては聖王教会騎士筆頭、カリム・グラシアである。

 もともと彼女の持つレアスキルの性質から、管理局が直に管轄して予言対策のスタッフを用意していたが、それゆえにカリムは管理局の運営や聖王教の広まっている次元世界政府に対しても発言力を持つ。
 今回の事件では、聖王の血統が古代ベルカよりもさらに遡って先史文明時代まで辿れることが判明した。ゆえに、ヴィヴィオも当事者になってくる可能性がある。
 そうなれば聖王教会としても動かざるを得ず、その場合前面に出てくるのはカリムである。今の聖王教会では、カリムが実質上のトップであり意思決定の窓口だ。
 次元世界政府と渡り合っていくことを考えると、各世界との交渉役としてもカリムの存在は大きい。

 やはり、彼女に頼るしかないか──
 レティもリンディも、思い当たる人脈としてはそれくらいだった。
 次元航行艦隊幕僚会議では、クラウディアの確保、対話を優先すべしという意見をラルゴ・キールが推していた。
 クロノがはっきりと管理局所属艦であると名乗った以上、クロノの言葉は管理局の言葉となる。
 管理局もクロノの行動を無視して次元世界政府には交渉できないし、クロノもまた自分の言葉の後ろには管理局がついてくることは認識しているはずである。

 そのために、クロノと管理局との間で認識のすり合わせが必要である。

 ヴォルフラムにはその任務もある。ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊よりも早くクラウディアを捕捉・接触し、クロノ自身の口からその真意を確かめなくてはならない。
 形骸化した条項ではあるが、管理局に対する次元世界の不可侵協定──いかなる次元世界も正当な理由なく管理局の意思決定に干渉してはならない──が使えると、レオーネ・フィルスは検討していた。
 どうにかして管理局緊急安全保障理事会の開催まで持っていければ、そこでミッドチルダとヴァイゼンに交渉することはできる。

 とにかく、現状では、このままクラウディアが管理外世界で撃沈される事態は絶対に避けなくてはならない。
 そうなれば今度こそ管理局はミッドチルダに対して説明ができなくなってしまう。

「クロノ君は私達管理局を奮い立たせるために──?」

 レティのつぶやきに、リンディは砂糖をすくっていたティースプーンを持つ手を止めて、顔を上げた。

「それはどういうこと──」

「もし単にクラウディアが単独で第97管理外世界に向かっただけなら、ミッド艦隊はそれを見過ごすかもしれないし、その場合、管理局上層部もミッドチルダ政府も大きくは動かない──
──例によって、PT事件や闇の書事件の時のように、現場の艦だけに解決を任せることになっていたかもしれない──
自分がその存在をミッド政府に知らせることで、管理局が動かざるを得ない状況をつくる──クロノ君はそのつもりなのかもしれないわね」

「──でも、だとするとなおさら私たちは急がないといけないわ。このまま手をこまねいていては、クラウディアはインフェルノに到達する前に間違いなくミッド・ヴァイゼン艦隊に攻撃される。
両次元世界が、管理局の──口封じをするためにね。ミッドとしては、管理局の不祥事は自分にも火の粉が飛んでくる危険が大きいわ」

「クロノ君としても、無暗に自分を危険に曝す意味はないはず──とすれば、それだけの危険を冒してでも管理局全体を動かしたいということね」

 リンディは5個目の角砂糖をティーカップに入れ、ティースプーンの先がカップの底に溜まった砂糖をひっかく音を立てた。

「この事件は──管理局始まって以来の危機になる」

 レティも、眼鏡の奥で小さく、しかし深く頷いた。

 新暦83年12月26日、おそらくこの日は、次元世界の歴史が変わる日になる。
 近代文明を手に入れた次元世界が、初めて遭遇する異世界──それは、アルハザード。

 クラウディアの針路、そしてヴォルフラムの出撃は、管理局の歴史を変える。

 

 

 翌日、西暦2023年12月27日。
 地球とミッドチルダは──次元世界ではさほど珍しいことではないが──同じ公転周期を持ち、自転周期も同じである。すなわち1年は365.24日であり1日は24時間という、全く同じ暦を持つ。
 地球で言う西暦2023年とはミッドチルダにおける新暦83年である。
 年の瀬が押し迫った12月末、アメリカ合衆国宇宙軍および国防総省は防衛準備態勢(デフコン)レベル3を発令した。
 これにより、世界各地に設置された米軍基地がその配備兵器を起動し、いつでも発射できる態勢を確保する。
 基地に待機している兵や士官たちの間では、数日のうちにデフコンがレベル2──過去、キューバ危機の際に一度だけ発令されたことがある──に引き上げられるという噂が広まっていた。

 太陽系内に突如出現した巨大宇宙戦艦の姿は、その発するエネルギー量から、市販の小型望遠鏡でも観測可能なレベルであった。ESAハーシェルⅡによる発見から3時間後には、オーストラリアのアマチュア天文家が新彗星として発表を行った。
 NASAやソ連宇宙アカデミーによる隠蔽工作は不可能であった。
 多くの観測により、新彗星と思われていた天体が、金属質の船体を持つ巨大宇宙船であると判明するのに時間はかからなかった。しかも、その後方には数百隻に上る宇宙船が後続していた。
 巨大UFO──すなわち異星人の宇宙船が、大船団を引き連れて地球へ向かっているという事実はすぐに人々の知るところになった。

 そこへ来ての緊急招集である。
 すでにアメリカは異星人の侵攻を察知し、そのために警戒態勢をとっているのだと、軍に勤務する人間ならそう考えるのも無理はなかった。

 東海岸上空にも、戦術核ミサイルを翼下に抱えた戦闘爆撃機が常時待機の態勢に入った。
 しかもそれは、対地ミサイルや対艦ミサイルではなく、アメリカの主力宇宙兵器、ASM-135対宙ミサイルであった。
 現在の状況から、それが敵国の軍事衛星に向けて発射されるものではないということは明白であった。宇宙空間より迫る未知の物体に対する核攻撃──その態勢をとっているということである。

 この情報はただちにソ連へもホットラインで伝えられた。
 ソ連は周辺諸国への刺激を避けるため、地上の陸軍部隊は動かさず、内陸深くに設置したミサイルサイロを点火した。
 地上に露出したロケット発射場のほかに、ソ連では地下に埋設した発射場や、大型トレーラーで牽引可能な移動式レールランチャーを多数備えている。またソ連の主力ミサイルであるR-7シリーズはこれらの設備に対応している。
 これらのソ連本土内の基地については通常米軍監視衛星の射程内であるが、今回、アメリカとの共同での動きのため、西側諸国のほとんどはソ連のこの動きを察知できなかった。
 日本へは、別途アメリカから連絡が行われた。
 アメリカでは深夜だったが、日本時間では昼間のため、国会を急遽中断して緊急閣議が開かれた。

 10時間後には、中軌道高度へ配備されていたSDI-6キラーレーザー衛星が、地球外方向を向いて反転を完了し、搭載された大出力レーザー砲の射程を天王星の方角へ向けた。

 ASM-135の射程距離は最大でも高度5万キロメートル程度であり、たとえば地球に接近する隕石を迎撃して破壊するというような方法はとれない。これまで、スペースガードは主にソ連のR-7や日本のM-6ロケットを使用することを想定していた。
 月軌道(約38万キロメートル)以遠への攻撃能力を持つのは、ソ連のR-7(アール・セブン)、日本のM-6(ミュー・シックス)の二機種のみである。
 いずれも現存する最も古い世代のロケットであり、信頼性を第一に考えられる軍事ロケットとして設計が行われている。
 これらのロケットには──ロシア語ではミサイルとロケットを区別しないが──それぞれ宇宙空間での破壊力を重視した核弾頭が装着され、空気の無い環境での戦闘に最適化されている。

 海鳴市に滞在していたCIA諜報員たちにも、急遽帰国が指示された。
 彼らが当たりをつけていた人間たち──バニングス家は既にアメリカへ移住したので除き、月村家、高町家の二つの家庭──については、現在のところ有意な情報は得られないとして、捜査打ち切りを指示された。
 ロンドンにいたFBIのマシュー・フォード捜査官に対しては、そのまま滞在継続が指示された。
 ブレイザーは今後の予定として、米軍はこれまでに収集復元したさまざまな技術の実証試験を行うつもりだとフォードに伝えた。
 いずれイギリス上空にもUFOが飛ぶだろうということだ。
 フォードも、同じFBI内部にも色々とうるさい人間がいることは分かっている。当分、“ビュロー”──FBI本部には戻らず、ロンドンの霧の中で過ごすのもいいかもしれないと思っていた。

 地球にさえ、異星人の尖兵は潜んでいる。彼らもまた、自分たちの本拠地を“ビュロー”という暗号名で形容していた。
 おそらく彼らもそのような組織を持っているのだろう、とフォードは思っていた。
 ロンドンでテロに巻き込まれたあの老人、ギル・グレアムは、おそらくその組織を知っていたかもしれない。しかし、今、地球人がその組織の情報を知る手段は制限されつつある。

 CIA長官トレイル・ブレイザーは、海鳴市から入手した情報を分析した結果として、ある言葉をマシュー・フォードへの手紙にアナグラムとして潜ませた。
 この件は政府よりもむしろ、アメリカ国内の軍産複合体が躍起になっている。
 彼らは異星人のもたらすオーバーテクノロジーが欲しくてたまらないのだ。それはむしろ理性の歯止めがきかない分政府よりも厄介だ。彼らは金儲けができればそれでよく、国家や人類の安全などということには興味がないか、疎い。
 それがどれほど危険な技術かということをわからない。マネーゲームだけしかわからないのだ。
 そのために、ブレイザーが直々に組んだこの暗号さえ──CIAとしてはごく標準的な強度である──彼らは分析できない。

 ロンドンでブレイザーからの手紙を受け取ったフォードは、地球に派遣されている異星人の組織の名称としてその言葉を目にした。

 “タイム・スペース・アドミニストレーション・ビュロー”──時空管理局。

 それは異星人たちの母星を管轄するのか、それとも外宇宙進出をも担当するのかは想像もつかないが、どちらにしろこれまで地球で観測された未確認飛行物体目撃事件のいくつかは、彼らが絡んでいるものである。
 彼らの宇宙船は“ビュロー・シップ”とも呼ばれ、いくつかのタイプがあり細かい違いはあるが、概ね楔形をしているという特徴がある。
 地球上で目撃されるUFOは葉巻型や円盤型、三角型などさまざまな形状をしており、“ドローンズ”とも呼ばれる幾何学的な形状の機体もある。
 それらについては専門の研究者がおり、分類が試みられている。ほとんどは鳥や既知の航空機、または別の自然現象の見間違いと判明しているが、中には本当に説明が不可能なものもある。
 その中に、彼ら異星人の乗る宇宙船が含まれている。

 今、太陽系に現れて地球に接近しつつある船団は、彼らの宇宙艦隊なのだろうか。
 そして、彼らの目的はなんだろうか。友好的なものだろうか。
 地球へ、何をしに訪れるのだろうか。

 フォードは、異星人に会ったことがあると主張する、あるFBI捜査官への接触を検討していた。
 もし彼が会ったという異星人が、あの宇宙艦隊が所属する文明の人間であるのなら、当然、地球へ向かうにあたり何らかの情報が発生するはずである。
 知的文明を持ち科学技術を持つ人類ならば、なおさら、はるか遠くの宇宙へ、ろくな調査もなしに人間を送り込んだりなどはしないはずだ。
 無人機によるじゅうぶんな探査を行い、安全を確保してから向かうはずである。

 逆に、もし彼らが侵略目的なら、外宇宙探査を兼ねた軍艦を最初から派遣してくるということもありうる。
 何らかの障害があっても、軍艦ならば生存性能も高く設計されているはずであり、また搭乗員は軍人であるので、他の惑星上──ここでは地球のことだ──で遭遇する危険に対する対処能力も優れているはずである。

 あの船団は、異星人の宇宙艦隊だろうか。地球を侵略するためにやってきた異星人の軍艦なのだろうか。
 その場合、彼らはどこまで地球の実力を把握しているだろうか。もしくは、地球の軍事技術はどこまで彼らに対抗することができるだろうか。

 どちらにしろ、先制攻撃はお互いしたくないはず──である。──彼らが、互いの文明を認知し交渉を持とうとしている限りは。

 

 

 第97管理外世界、太陽系火星軌道宙域。
 カークウッドの空隙を利用してミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊の偵察機による追跡を振り切ったXV級巡洋艦クラウディアは、先行して地球へ向かう針路をとっていた。
 敵戦艦インフィニティ・インフェルノに関しては、第97管理外世界に出現してから速度と進路を変えておらず、少なくとも推進装置に重大なダメージが及んでいることが予想された。
 地球へ向かうつもりなら外惑星宙域から加速して向かっていくはずであり、ほとんど漂流するような低速で航行する利点はない。
 また地球による捜索発見を受ける危険が高まる。

 インフェルノに戦闘能力が残っているかどうかは、惑星TUBOY宙域での戦闘以降、艦隊が接触をしていないので不明だが、少なくとも偵察機が接近しても攻撃を仕掛けてくる様子は無かった。
 ミッド・ヴァイゼン艦隊の空母から発進した偵察隊は航続距離のギリギリとなる1000万キロメートルまでインフェルノに近づいたが、敵戦艦は動きを見せなかった。
 この距離まで届く兵装が無いか、もしくは探知能力をも喪失しているか。
 どちらにしろ、この軌道のまま進めばインフェルノは地球に激突する。
 いかに巨大戦艦であろうとも、地球クラスの大型岩石惑星に衝突すれば無事ではすまない。もし敵戦艦がまだ生きているならその前に再起動、針路変更を行うはずである。

 クラウディアで行われた軌道計算では、その場合の限界距離は火星軌道周辺であると見積もっていた。
 ここを通過する前にインフェルノが軌道変更のために艦を動かさなければ、時速数百万キロメートルという猛スピードで地球に激突する。
 その場合、地球ほどの大質量が相手ではさしものインフェルノもぺしゃんこに潰れるだろう。そして、地球も無事ではすまないだろう。直径数千キロメートルのクレーターができ、地殻津波と岩石蒸気が地表を覆いつくすだろう。

 惑星TUBOYのようなやわらかい軽岩石ではなく、地球は非常に硬い高密度の岩石と金属コアを持つ。
 次元間航行が可能な戦艦でも、激突すれば間違いなく大破する。別次元に逃げようにも地球の巨大な重力はそれを許さない。いずれにしろ、地球に接近すればインフェルノは何らかの行動を起こす。
 そして、地球人類もその兆候を観測しているはずだ。インフェルノが動けば、地球も動く。
 その瞬間を逃さないことが重要だ。

「沈底警戒を始めてから28時間です──艦長、もう少し地球へは近づかないのですか?予想されるインフェルノの軌道変更可能範囲は、この軌道では本艦の索敵範囲を超えます」

 クラウディアは火星軌道の近くにある次元断層に潜み、地球からの観測を回避していた。
 次元断層は生物が住む恒星系内であっても多数が発見されており、特に次元断層の多い宙域は古くは宇宙のサルガッソーのようにも警戒されていた。

「ミッド艦隊は地球の防衛兵器の配置を把握していない。彼らが地球に近づきすぎて攻撃を受けるのは避ける必要がある」

「彼らは本艦を発見しますか」

「どうしても発見しなければならないだろう。また本艦を発見するまでは地球へは近づけない。
そしてインフェルノが地球へ接近してもなお本艦を捜そうとするなら、ミッド艦隊が管理外世界の被害を看過しようとしていることを意味する──
次元世界連合の盟主を自負するミッドチルダとしてはそのような行動はとれないはずだ」

 艦首を太陽に向けて完全に停止しているクラウディアからは、コロナ質量放出によってかすかに瞬く太陽の姿が、静かに輝いて見える。
 宇宙空間では、大気の揺らめきがないため星の光は非常に静かだ。
 動く物体さえ見えない。小惑星帯があるといっても、その密度は非常に希薄である。よくイメージされるような、岩石が散らばった空間ではない。次元航行艦から周囲を見渡しても、小惑星の姿が見える場所はほとんど無い。

 次元断層の内部では、周辺を飛ぶ小惑星や隕石の影響も受けない。
 次元航行艦でなければ内部には侵入できない。もし何らかの物体が侵入しようとしても断層の相転移空間に接触して弾かれ、阻まれる。
 過去、この次元断層に接触して破壊され、通信途絶となった火星探査機が何機か存在していた。

「地球の主な防衛兵器は地上から発射される核弾頭ミサイル、それに軌道上に配置された衛星から発射されるレーザー砲だ。
いずれも次元航行艦に対してもダメージを与えることができる」

「シールドは」

「直撃すれば貫通される。核弾頭の場合は効果が無い。次元航行艦でも対核防御能力を持つ艦は少ない」

「エネルギー吸収ガスを散布すれば防げますが、それは敵の兵装が何なのかを知っていなければとれない戦術ですね」

 SDI-6が装備しているのは、出力75メガワットの硬質レーザー砲だ。これは周波数が可視光線領域から紫外線領域に及び、高い貫通能力を持つ。
 出力がやや制限されるがX線レーザーも撃てる。この場合射程距離は多少短くなるが、それでも100万キロメートル以上は理論的には飛ぶ。

 対宙ミサイルは基準射程距離として50万キロメートルまで狙うことができる。これは軍事衛星の中にはそれほどの遠地点まで軌道を伸ばすものがあるからで、50万キロメートル先の遠地点にいる衛星を狙えるのはソ連のR-7V“ボストーク”のみだ。
 日本のM-6は若干短く42万キロメートル、L-5(ラムダ・ファイブ)では距離12万キロメートルまで飛ばせる。特にL-5は機体が小さく、トレーラーに搭載したレールランチャーからの発射が可能で、ASM-135には及ばないが非常に高い機動性を持つ。

 いずれにしろ、これらのミサイルによって攻撃された場合、発射を探知してから回避にかかったとしても、第一撃は間違いなく被弾する。
 地上からミサイルが発射されたことを、もし発射の瞬間に探知できたとしても、飛来する物体が何であるのかを分析し、さらにそれが自分たちに向かって飛んでくることに気づくまでに時間がかかる。
 それから回避運動を開始しても、次元航行艦の運動能力でも確実に避けられる保証はない。
 さらに、レーザー衛星に至っては光学照準のみで電波を打たないため、砲口が向けられていることを探知できない。光速で飛ぶレーザーを、発射の瞬間には被弾していることになる。

 もし、管理外世界の文明との接触で戦闘が発生した場合。

 地球とミッドチルダが一気に緊張状態に突入するのは明白である。
 管理局所属艦として、次元世界の存在を認知していない世界へ進出する場合には現地住民からの突然の襲撃を受ける可能性というのは当然考慮すべきものである──が、これが次元世界政府軍となると、指揮官クラスはともかく乗組員全員が納得することは難しい。
 特に今来ている艦隊は空母を連れている以上、特に血気盛んな艦載魔導師──艦載機パイロットたちの無断出撃を止めなくてはならない。
 ミッド・ヴァイゼン艦隊は、地球の兵器に関する情報をほとんど持っていないといっていい状態である。
 互いに、相手のことをほとんど知らない状態で、闇の中で武器を構えた状態での遭遇となる。

「この状況で、ミッドチルダがどこまで冷静になれるかが鍵だ。もし反射的に撃ち返し、戦闘を拡大させてしまうようでは彼らはおろかだ」

「艦長は、戦闘が拡大する可能性はどれくらいとお考えですか?」

 ウーノの質問に、クロノはかすかに肩を揺すった。

「わが艦はその戦闘へミッド艦隊を誘う。ミッドチルダはともかく、ヴァイゼンは未だ他次元世界との交流に不慣れだ……彼らを制止するには、連合艦隊内部での連携を行う必要がある。
あの艦隊司令がそこまでできるかどうかが運命の分かれ目だ」

「艦隊司令は──トゥアレグ・ベルンハルト少将でしたね」

「ヴァイゼン側の最高将官としてイリーナ・マクシーモワ・カザロワ少将がいる。彼女もまたミッドチルダ海軍とは長年ライバルだった軍人だ。
どちらも、管理世界の正規軍がその出身世界外で行動することの困難さはよく知っている──各次元世界間の軍事バランスに直結する要素だからな」

 クロノの横顔を、ウーノは視線で見つめる。

「連合艦隊でありながらつい最近まで争っていた──そこに意思疎通の障害があると」

 視線を感じ、クロノは横目でウーノを見やる。

「ましてや異世界たるこの宙域ではなおさらだ」

 ミッドチルダとヴァイゼンは、つい四半世紀前までは次元世界連合の運営を巡って争っていた二大軍事国家であった。
 もともと鉱産資源が豊富で、優れた工業技術を持っていたヴァイゼンと、いち早く魔法を基幹産業と軍事力に組み入れ、魔導師を大量導入したことで圧倒的な軍事力を手に入れたミッドチルダは、過去の次元世界大戦でも、覇権を懸けて争った大国であった。
 その当時で既に、ミッドチルダとヴァイゼンの両国が保有する質量兵器──当時は兵器を魔法、質量で区別する概念は無かったが──の量は次元世界全体を1万回滅ぼしても余りあるとされ、現在に至るまでついに直接対決を避けたほどである。
 質量兵器廃絶が明確に意識され、管理局が設立された後も自陣営に引き入れた次元世界小国に代理戦争をさせるなどしていたが、ここ数十年で何とか歩み寄りと軍縮を行ってきたところである。
 現在のミッドチルダやヴァイゼンにも、冷戦当時の軍人がまだ多く残っている。
 ベルンハルトやカザロワも、かつて次元の海で艦隊を率い、互いに睨み合っていたことがある間柄だ。
 次元世界の一般市民にとっては日常生活に直接影響は少なかったため実感のしにくいものではあるが、現場の兵士たち、将官たちにとっては単純に昔のことと済ませられないものである。

 

 

 12月27日、クラナガン標準時午前8時。この時点でミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は木星を通過し、インフィニティ・インフェルノの針路前方に回りこんだ。
 このまま、徐々に正面へ移動しつつ距離を近づけていく。近日点をほぼ同じ位置にとっているので、軌道としてはやや中心のずれた二つの楕円を描くことになる。
 火星軌道を通過した時点で、艦隊とインフェルノは距離800万キロメートルまで接近する。
 ここからなら艦載機の航続距離に入る。さらに、艦隊を移動させての直接戦闘が可能である。

 ただその場合、地球に近すぎるため、艦隊がいることを地球に発見されてしまうだろう。

 現時点では、地球はまだミッド・ヴァイゼン艦隊とインフェルノを、小惑星なのか宇宙船なのかを判断できていないはずである。
 インフェルノと地球の間に陣取ったミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊が結界魔法を放射しているので、インフェルノの船体を正確に見ることはできない。人工物であり赤い色をしているという程度は分かるかもしれないがそれ以上の情報は得られない。
 通常の金属質小惑星とは性質が異なることは見えても、光学望遠鏡による直接観測が可能な距離にならない限りは、宇宙戦艦だと断定はできないはずだ。
 インフェルノに関しては、金属でできているということ程度は分かってしまうだろうが、それはこの際仕方が無いことである。

 まずいのは、地球の近くで戦闘を行えば、地球の側から観測したときに、来訪してくる宇宙船は武器を搭載していると見られてしまうことである。
 武器を搭載しているということは軍艦である。未知の軍艦が自分たちの母星に接近してくれば、警戒態勢をとるのは当然である。

 地球に近づけば近づくほど、ミッド・ヴァイゼン艦隊は戦いにくくなる。

 艦隊司令であるベルンハルト少将は偵察隊を再発進させ、クラウディアの捜索を行うよう命じた。
 クラウディアがインフェルノ追撃を目標にしているなら、この先の火星軌道周辺で待機しているはずである。
 ここを越えてしまうと、追撃戦に適した宙域は無い。

 インフェルノと共に地球へ激突する気でないなら──だ。

 もちろん、インフェルノの側も、たとえダメージを受けているにしても地球衝突の限界距離までに動力を取り戻し、衝突軌道から外れなければならないはずだ。
 よって、敵が再び動き出してはこちらも接近が難しくなる。動力が復活するということは兵装も復活する可能性がある。

「クラウディアはまだ発見できないか」

「今のところ報告はありません」

 空母の艦長も、発艦させた偵察隊からの連絡を待つが、グッドニュースは無い。
 それでなくても、第97管理外世界には初めて訪れる艦が多い。彼らにとっては手探りの航行である。

 かねてより第97管理外世界は、保有している外宇宙探査能力を鑑みて、大型艦の大規模な派遣が難しいとされてきた。
 これだけの規模の艦隊で航行しているのを、既に発見されている可能性は高い。結界魔法も、これほど艦の数が多いと不自然な干渉が生じてしまい万全ではなくなる。
 ここで妙な動きをすれば、それだけ地球を刺激することになる。

 定期哨戒艦も撤退しているので、現時点では地球の動きは全くつかめない状態である。地球に派遣されている管理局員たちも、十数名程度はいるらしいが、彼らも中継役となる哨戒艦がいなくては情報を送信することができないだろう。
 威力偵察をさせろという戦闘機パイロットたちの申し出を、各艦の飛行長や戦隊の航空団司令がなんとか慰留しているといった状況だ。
 次元航行艦が搭載する戦闘機はそれ自体が巨大な魔力機械であり、操縦する人間にも魔導師としての能力が求められる。
 戦闘機パイロットというのは一般に、生身でも魔導師としての強力な戦闘能力がある。
 それゆえに、搭乗型兵器の操縦士全般に言えることではあるがプライドが高い。彼らは自身の能力に絶対の自信を持つと同時に、強い責任感も負っている。戦闘機は高価な機械であり、大勢の人員のサポートが必要である。
 それだけの支援を受けて、下手な戦いはできないという自負がある。
 戦闘機パイロットは、次元航行艦隊の中でも、艦隊附き執務官と並んで花形職業のひとつである。

「まったくあの若造が……先走った真似をしおって」

 第2機動艦隊所属の空母『アラゴスタ』では、老齢の艦長が苦々しく呟いていた。
 クロノ・ハラオウンの名前は、ミッドチルダ海軍の中でも管理局次元航行艦隊期待の若手艦長として知られていた。

 管理局のホープ、海の若き勇者とまでいわれていたほどの男が、今回何故このような行動に出たのか。管理局だけでなくミッドチルダ側でも、自軍司令部の動きに奇妙な点を感じ取った者はいた。
 アラゴスタでも、乗り組んでいた情報将校が海軍司令部へ問い合わせていた。今回の出撃に際して、何か政府から、軍よりも上の者からお達しがあったのかどうか。
 敵が次元間移動能力を持っているならば当然、それを追って他の次元世界へ移動することは起こりうる。
 その情報を、ミッドチルダ政府が事前につかんでいたかどうか。
 少なくとも艦隊は、“戦艦が埋まっている惑星”を調べるために来た。惑星が、ある程度の大きさを持ったひとつの天体がまるごと次元を越えて移動するような現象は、これまでに観測されていない。
 もし次元間航路に進入した星があっても、天体クラスの大きさであれば次元断層に衝突して破壊されてしまう。
 惑星TUBOY自体が次元を移動したわけではないが、敵戦艦インフェルノは、次元世界人類が普通に考える宇宙船のスケールをはるかに超えている。

 クラウディアに探査任務を与えるにあたり、何か持たせた情報はあったのか。
 でなければ、あの戦闘の現場にいきなり現れて、敵戦艦の目的地が地球であるなどと調べることは間に合わないはずだ。
 何か他の情報源をもとに、敵戦艦の目的を分析した可能性が高い。
 となれば、そのようなことができるのは、クラウディアに任務を命じたミッドチルダ政府以外ありえない。

「(ハラオウン艦長は我々がこうして追ってくることを計算に入れている──とすれば、絶対に火星軌道よりも外側で待っているはずだ)」

 仮に地球がミッド艦隊の存在を察知していたとしても、火星軌道程度まで離れていれば攻撃してくることはないはずだ。
 少なくとも、地球の持つ兵器でそれほど射程距離の長いものは知られていない。
 また、インフェルノの軌道からみても、先回りして迎え撃つなら火星近辺しかない。

 空母部隊は4隻ごとの戦隊を組みながら、それぞれの担当宙域を偵察している。

 午前9時16分、この日3回目の偵察を行っていた偵察隊から、次元震を探知したと報告が送られてきた。
 場所は火星軌道より245万キロメートル外側、小惑星帯の内縁部付近である。
 これが自然現象による次元震でなければ、ミッド艦隊以外の何者かがこの宙域にいるということになる。
 しかも、それは次元間航行能力を持ち、ワープ能力を持っているということだ。

「艦長!」

 偵察隊の管制を行っていた管制官が、ヘッドホンを押さえながら発令所に呼びかける。

「うむ」

「ウィッチ6より報告、次元航行艦のワープアウトを確認、艦級はLS級巡洋艦!」

「艦名は」

「現在照合中です……出ました!魔力光スペクトル照合、管理局次元航行艦隊所属、“ヴォルフラム”です!」

「管理局の──!」

 アラゴスタの艦橋要員たちが、驚きに声を上げた。艦橋の窓からは姿は見えないが、それぞれに、ヴォルフラムがいるであろう方向の宇宙空間を見つめる。
 あの向こうにいる。しかも、こんな場所にいきなり現れた。
 クラウディアといいヴォルフラムといい、管理局の若い艦長はどうしてこう予想のつかない大立ち回りをやらかしてくれるのか。

 アラゴスタ艦長はフライトデッキへの連絡をとり、艦載機の発艦準備を命じた。
 この距離ならば、地球に気づかれずに攻撃・撃沈が可能である。もし相手がこちらに仕掛けてくるつもりなら、躊躇ってはならない。

 ミッドチルダ海軍の任務とは、次元世界におけるミッドチルダを守ることである。他の次元世界よりもまずミッドチルダを優先しなければならない。

「準備でき次第発艦!空中で合流しろ。本艦周囲700キロメートル圏内で待機だ」

『あれは管理局のフネですか!?発砲許可は!?』

「こちらが指示するまで発砲するな!応戦も控えろ!とにかく相手を包囲するんだ」

 アラゴスタの飛行甲板から、第一陣の戦闘機がカタパルトで打ち出される。
 母艦は針路を変えられないので、アラゴスタとヴォルフラムの間に割って入り、間合いを近づけさせないようにする。

 空母から戦闘機が飛び立ってきたのを見て、はやても口元を歪めながらマイクを握った。

「艦長、空母アラゴスタより艦載機発艦!数4、……今5機目が出ました!上空直掩を行うようです」

「ロックオンはしとるか」

「本艦へのレーダー照射はありません」

「よっし……このまま前進、取舵30度!アラゴスタの正面に艦をとれ!」

「取舵30度、アイ!」

 艦をロールさせ、ヴォルフラムは大きく左へ旋回する。
 向こうの艦載機は飛び立っただけで、こちらに向かってくる様子はない。アラゴスタの側でも、管理局所属艦に対して先制攻撃はできないはずだ。

「アラゴスタの位置は!」

「左舷後方、方位1-9-0!距離27万!」

「艦長、どこまで近づくんです」

「ミッド艦隊が何を考えてるか一発でわかる位置──向こうがこっちに主砲を撃てる位置につく!艦回頭180度、艦傾斜左一杯!
向き直ったら──今や!前進一杯、舵中央!──エンジンストップ!ダウントリム10度に調整、惰性で航行、距離6000まで近づけ!」

 魔力光の噴射を艦全体にたなびかせ、真後ろを向いた状態でエンジンをめいっぱい吹かす。
 逆噴射の姿勢を取り、急速に速度を落とすヴォルフラムは、アラゴスタの側から見れば真正面から突進してくるように見えるだろう。

 戦闘機たちがすばやく両翼に散開し、ヴォルフラムに搭載デバイスを向けて魔導砲の照準をつける。
 ヴォルフラム艦橋でも、光学観測で彼らの動きを追っている。
 ヴィヴァーロはマルチスクリーンに映像を送った。戦闘機を正面から捉えた映像で、デバイスの銃口が真円に見える、すなわち銃身がまっすぐこちらを向いているということだ。
 その銃口から魔力弾が発射されれば、間違いなくヴォルフラムに命中する。

 じりじりとにじり寄るように速度を合わせ、距離6000キロメートルを隔てた状態でヴォルフラムはアラゴスタに向かい合う。

 ヴォルフラムの突然の出現に、戦隊を組んでいる他の3隻の空母も直掩部隊を発進させている。巡洋艦も数隻従っているが、いきなり艦隊正面に陣取られては下手に動けない。

 第2機動艦隊の艦たちは、ヴォルフラムの電光石火の操艦に、まさに虚を突かれた形となった。
 ここで針路を変えれば、ミッド艦隊は敵戦艦の破壊が目標ではないと自白することになる。
 このままヴォルフラムを攻撃すれば、ミッドチルダは管理局に反抗する意思があると表明することになる。

 絶好のチョークポイントに艦をとったヴォルフラムは、アラゴスタの後方に位置するミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊本隊のさらに向こう側に、敵戦艦インフィニティ・インフェルノが航行していることを確認した。

「艦長、後方800万キロメートルに次元航行艦を発見!方位1-7-5、おそらくXV級、次元断層の中に隠れてました!」

「──クラウディアやな」

「これでミッド艦隊も」

「当然見つけたやろ。ほんで、クロノくんのほうでもわたしらの動きを見てるはずや」

 ヴォルフラムのワープアウトにより、次元間航路に波動が伝わる。
 ミッド艦隊の真正面にヴォルフラムが出現したことを、クラウディアでも探知できる。そして、アラゴスタもこの波動により、クラウディアの存在を発見したはずだ。
 発見したなら、当然、本隊へ報告するだろう。

 もしミッド艦隊が自分たちを追ってくるなら、彼らはインフィニティ・インフェルノの頭を押さえる形になっている現在の位置から外れることになる。
 正面に陣取ってインフェルノの邪魔をするのをやめ、インフェルノを地球に向かわせるように移動することになる。

 インフェルノの地球到達を阻止するか、それとも管理局艦の迎撃を優先するか──。

 もしクラウディアを追ってミッド艦隊が針路を変えれば、それはミッドチルダは管理外世界の安全よりも管理局への反抗を優先させているということになる。少なくともそういう言質を管理局に与えてしまうことになる。

「(あんたが黙るようならわたしがその口割らせるで、クロノくん──)」

 レーダーをにらんでいたヴィヴァーロが、映る艦影の動きをキャッチした。

「艦長、ミッド艦隊に動きが出ました!本隊が針路を右20度へ変針、こちらへ向かってきます」

「距離と速度は」

「艦隊旗艦リヴェンジまで380万キロメートル、速度は38宇宙ノット全速です!あと10分以内には主砲射程距離内に入ります」

 はやては大きく肩で深呼吸すると、艦橋の窓から正面を見据えた。

「よーし。艦長より全艦へ、これから正面のミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊を突っ切り、敵戦艦インフィニティ・インフェルノに向かう。
それから電測、後方のクラウディアの動きを監視。ロストするなよ」

「了解です艦長」

「距離300万を切ったら発進する。機関室、出力全開から最大戦速まで40秒でもってけ。やれるな」

「はい!」

「おっと──艦長!クラウディアが動きました!本艦後方より右舷に出ます、これは──ミッド艦隊の頭を押さえます!」

 ヴィヴァーロが送ってきたクラウディアの位置は、ちょうどミッド艦隊本隊の左舷側に向かう針路だった。
 ヴォルフラムからは、右舷後方の至近距離をかすめられる形になる。

「気の早いやっちゃな!ミッド艦隊との距離は!」

「現在303万!あと60秒で300万を切ります!」

 クラウディアの速度からすると、おそらく同じくらいの時間でミッド艦隊の主砲射程距離内に入る。
 どちらも、互いの腹を読みあい、そして互いの行動をある意味で信頼しているからこそとれる操艦だ。はやても、クロノの腹の内を読める。

「この艦にフェイトちゃんが乗ってるゆうことわかってるんかなクロノくん──よっしゃ!全速前進、針路0-1-0!アラゴスタの舷側をすり抜けろ!巡洋艦からの機銃掃射を避ける位置や!」

「全速前進、針路0-1-0!」

 ルキノが命令を復唱し、エンジンノズルから魔力光を激しく噴射してヴォルフラムは急加速する。
 正面至近にいるアラゴスタの右舷ギリギリをかすめ、両翼に展開している戦闘機や巡洋艦からの砲撃を、アラゴスタを盾にして避ける。アラゴスタの近くに艦をとっていれば、誤射の危険から他の艦もヴォルフラムを撃てない。

 ヴォルフラムとクラウディアはそれぞれの針路でミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊を突破し、インフィニティ・インフェルノに向かう。

 ミッド艦隊本隊の向こう、およそ0.15天文単位先に、インフィニティ・インフェルノがいる。
 この距離では、ミッド艦隊もこのままヴォルフラムやクラウディアに構っている余裕が無くなる。早めにインフェルノ攻撃のために動かなければ、地球衝突の阻止限界点を超えるまでの時間が無くなる。

「艦長、第2機動艦隊が反転します。続いて戦艦部隊も回頭、本艦に向かいます」

「クラウディアには」

「戦艦部隊が大きく二手に分かれてます、本艦とクラウディアにそれぞれ24隻ずつが向かってきます、残りは空母の直衛に回るようです」

 コンソールに設置された手すりにつかまりながら、エリーが身構える。

「撃たれますよ」

「かわしてみせるわい」

 ヴォルフラムはミッド艦隊本隊の右側を、クラウディアは左側を通過する。
 本隊である戦艦58隻を中心として、ミッド艦隊は左右に大きく展開しながら反転し、ヴォルフラムとクラウディアを追ってくる。
 もちろん、その先にはインフェルノがいる。インフェルノを狙うなら、砲撃しても何の問題もない──。

 瞬間、ヴォルフラムの艦体が小さくぶれるような動きをはやては感じ取った。
 もちろん物理的に振動したわけではない。多次元空間の揺れを、高い魔力資質を持つ人間は時に感じることができる。次元を束ねて揺さぶる攻撃、それはすなわち次元航行艦の搭載する魔導砲である。

 ヴォルフラムの正面、血塗られた壁のように迫るインフェルノの艦首が、青い光を放って爆発した。
 瞬く閃光に、およそ2万キロメートルの距離をとってヴォルフラムの右舷前方を走るクラウディアの姿が浮かび上がる。ヴィヴァーロは探知したクラウディアの魔力光スペクトルを索敵レーダーに入力し、ロストしないよう追跡を開始する。

「艦長、ミッド艦隊の砲撃です!始まりました!クラウディアは現在位置、本艦右舷前方、方位0-2-8上下角プラス30、距離1万9600!」

「どっちを狙うか──ここでぶっ放せば地球に見つかるぞ」

「最悪、私たちもインフェルノの連れと思われてますよ。何せあの大型艦の後ろにぞろぞろと連なってるわけですから──」

「仕方ないところや──!」

 ルキノとフリッツのコンビネーションで、ヴォルフラムは戦艦部隊からの砲撃をかわしながらインフェルノに接近する。
 エンジンを逆噴射して速度差を縮め、インフェルノの左舷側に開いた破口を発見しそこへ艦を寄せる。

「あそこから入れる、ルキノ、あの破口に艦を入れろ!インフェルノのめくれ上がった外板を盾代わりにするんや」

「了解です艦長!艦を反転、取舵一杯!右舷サイドスラスター噴射、速度同期!」

「艦長、クラウディアがインフェルノの後方へ向かいます」

「場所としてはあっちがよりアルカンシェルのダメージを受けてる──それにエンジンもたぶん後ろにある、とにかくわたしらはこっから内部に突入するぞ」

「ゆりかごの何十倍も大きいですね──」

「その分隙もでかい、もし人間が乗ってたとしてもこれだけの艦や、絶対手が回りきらんところがある。
レコルト、破口内部をスキャンして突入口を探れ!壁をぶち抜けそうなとこがあったら片っ端から速射砲をブチ込め!」

「了解!艦首砲塔自動追尾リンク完了、マニュアル射撃で狙います!」

 接近すると、インフェルノはまさに小惑星のような、圧倒的な威容を持っている。
 ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊との戦闘で砲撃が命中した箇所は無数の破断した外板としてささくれ立っており、さらに艦の後半部分はアルカンシェルのダメージによって大きくねじれ、上下に押し潰されたような歪んだ状態になっている。
 これでもなお船体が形を保っているのはまさに驚異である。直径100キロメートルの小惑星でも、アルカンシェルの発生させる歪曲空間に落ちれば、強大な潮汐力によってばらばらに分解される。
 次元潜行によって亜空間に逃げられるということを差し引いてもなお、インフェルノの船体は、アルカンシェルの破壊力に耐える強靭な船体強度を持っていることになる。

 ヴォルフラムの搭載するパルスドップラーレーダーに、破壊されて外部に露出した艦内通路のような場所から多数のバイオメカノイドが這い出てきている様子が映し出された。
 バイオメカノイドは変温動物の性質を示すため、赤外線暗視装置などでの探知はできない。赤外線によるロックオンは不可能である。
 目視射撃か、あるいは映像解析による追尾能力が必要になる。
 レコルトはヴォルフラムの搭載艦砲を操作し、レーダーにかかる大きな通路を次々に砲撃して障害物を破壊していく。さらに外板の裏側に潜り込むことで艦を完全に隠すことができる。
 CICでは、オペレーターが入力した射撃諸元を確認しながらレコルトが持つトリガーによって発射操作を行える。発射装置を砲雷長が持つことで、迅速かつ的確な攻撃が可能だ。

 ヴォルフラムが進入した破口は直径およそ600メートル、深さ1000メートルほどに開いており、LS級の大きさならすっぽりと収まる。この中に隠れてしまえば、ミッド艦隊からの砲撃はかわせる。
 少なくとも、“流れ弾に当たったように見せかけて撃沈”ということはできなくなる。
 クラウディアもおそらく、インフェルノの後ろへ回り込むことで巨大な船体を盾にしてミッド艦隊の砲撃をかわしているはずだ。

「そろそろ出るぞ……なのはちゃん、フェイトちゃん、用意はええな。ヴィータとシグナムも」

「いつでもOKだよ」

「はやてさん、私たちは」

「スバルらも後から続け。ザフィーラの指示に従って、3グループに分かれて内部の捜索を行う。なのはちゃんとヴィータちゃんのグループ、フェイトちゃんとシグナムのグループ、それからザフィーラとスバル、ノーヴェのグループや。
なのはちゃんらがまず先行して大物をあらかたぶっ潰したら、フェイトちゃんらで狭いとことかに残ってる奴らを掃討。スバルらは艦内の動力炉や制御装置を探るんや」

「わかりました!」

「よーし──後部カタパルト展開、エアロック外扉開口!フェイトちゃんも、宇宙戦用バリアジャケットはちぃと動きづらいかもしれん、無理に飛ばすなよ!
シグナムとザフィーラも、援護きっちり頼むで」

「了解です、主はやて」

「任せてくれ」

 インフェルノ艦内には、薄いながらも空気が存在していた。しかしその主成分は窒素と二酸化炭素で、酸素がほとんど無い。由来としてはおそらく惑星TUBOYの大気をそのまま艦内に充填していたと思われる。
 バイオメカノイドは、見たところ真空中でも活動できるようだ。
 バリアジャケットの術式にプラグインで機能を追加することで、空気層で装備者の周りを包んで呼吸が可能になる。与圧はインフェルノ艦内との気圧差を考慮して0.45バールに調整され、動きやすくする。

 SPTを装備したなのはとヴィータが、カタパルトを使用してまず発艦する。
 数百メートルの距離をジャンプするようにして、空中から通路入り口へ向けてディバインバスターを発射、破断面から垂れ下がった梁材などの障害物を吹き飛ばす。

 破口の中には太陽の光が届かないので暗闇だ。ディバインバスターの魔力光に浮かび上がった通路には、数体の二脚型や、ミサイルランチャーのような個体がいるのが見えた。
 やや細い、通気口のようなパイプからは、時々ワラジムシや、ガのような飛行型バイオメカノイドが這い出して宇宙空間に転げ落ちている。
 音が伝わるのに十分な大気が存在するので、ガが羽ばたく耳障りな音が聞こえてくる。

「気持ち悪りぃ虫みたいな連中か──!直接ぶっ叩くのはまずいんだったな、高町」

「体液に触れると爆発する。直接打撃は避けて、遠距離攻撃を主体にして」

「了解だ──!」

 SPTは飛行魔法をバックパックとして標準装備しており、装備した魔導師が戦闘魔法のみに専念できる利点がある。
 なのはやヴィータはもともと自分でも飛べたが、攻撃魔法を撃ちながら飛ぶ場合はどうしても負荷がかかり、計算が追いつかないシチュエーションもこれまでにはあった。
 飛行魔法は、特に急激な機動や姿勢変化を行う場合には、ただまっすぐ飛ぶ場合と比べて格段に魔力消費が増える。それは主に術者の体勢の変化によって空気抵抗の制御が必要になるからで、これは高度かつ複雑な流体力学計算が必要になる。
 とりあえず浮かべばいい、というだけではないのだ。

「シュワルベフリィーゲン!!」

 一度に4発生成した魔力弾を叩いて撃ち出し、空中に漂っているガとワラジムシの群れをはじき飛ばす。SPTは腕力の補助もするので、これまでは予備動作が必要で隙が大きめだったヴィータの魔法も格段に機動力が上がる。
 インフェルノ艦内には人工重力が発生しており、艦表面から数メートル程度まで展開されているようだ。その範囲に入ったワラジムシが艦表面に“落下”し、衝撃で身体の節が潰れて体液が漏れ、爆発した。
 体液が付着したインフェルノの装甲板表面は白煙を上げてみるみる溶けていく。
 2発目のディバインバスターで、被さっていた太い支柱が艦体から外れ、幅10メートル程度の広い通路が現れた。
 左右の壁にはマイクロミサイルランチャーが設置され、索敵レーダーが回転している。

「あそこから入れる……ヴィータちゃん、私は右のランチャーを叩く」

「おし、あたしは左だ」

 タイミングを合わせ、いっきに距離をつめる。
 逆噴射をかけて最低限の減速で、ミサイル砲台の死角にもぐりこむ。大きな箱型のランチャーを左右にそれぞれ天秤のように吊り下げ、1基あたり46発の発射口が見える。
 発射されたミサイルはなのはたちのSPTのスピードを追いきれず誘導をはずれ、天井に激突した。
 濃密な炎が広がり、天井や壁をなめる。

「焼夷効果重視だ……直撃しなければいける!」

 敵ミサイルは貫通能力に劣ると見たなのははランチャーの基部に接近して、アクセルシューターを放った。
 振りかぶった右腕にミサイルが1本当たるが、角度が浅く、バリアジャケット表面を掠めて弾体が跳ね返り、空中で爆発した。
 少しでも距離が離れてしまえば、このミサイルの炸薬量ではSPTの装甲で完全に防げる。接近して回り込めば旋回速度が追いつかない。ただし、ひとたび弾幕に包まれてしまえばナパームに似た焼夷油脂で焼かれることになる。

「高町、大丈夫か!?」

「うんっ!こいつ、ロックオンできる範囲はたぶんすごく狭い、SPTのスピードならかわせる!」

「よーし、こっちも片付けた!フェイト、シグナム!あたしたちに続け!」

 ギガントシュラークでミサイル砲台を叩き潰し、ヴィータの合図で、フェイトとシグナムがそれぞれインフェルノ艦内に突入する。
 広めの通路があるとはいえ狭い艦内では、フェイトのスピードも発揮しきれない。さらに宇宙戦用バリアジャケットがあるので最大速度や加速は大きく制限される。ここでは正確な射撃と早撃ちが必要になる。

 通路の向こうから、左右の壁に開いたドアを開けて、何体かのバイオメカノイドが歩いてくる音が聞こえた。

 足音のパターンからすると、二脚型のようだ。敵が何によって目標を探知しているのか──これほど辺りが暗くては可視光では無理だ。赤外線か、電波か──もしくは音か、磁気か。
 こいつはビームを撃てる。しかも、火力は人間を一撃で殺すのに十分だ。以前惑星TUBOYに降下したヴォルフラムの捜索隊も、この二脚型にほとんどがやられていた。

「来るぞ──30メートル先だ」

 かすかな空気の流れによって、フェイトのインパルスフォームの白いマントがはためく。
 通路の暗闇の向こうから、金属の床を、金属の足が踏む硬い音が聞こえる。この個体も金属質の外骨格を持つようで、駆動音のように聞こえるのは外殻が擦れる音だ。

「バルディッシュ、サンダースマッシャーをダイレクトロード」

 なのはたちが突入した後に続き、シグナムとフェイトが進んでいく。
 ミサイルランチャーなどの大きく危険度が高い敵は優先的に撃破していくが、二脚型はドアの陰に隠れるなど、限定的ながら知能があるようだ。通路の向こうに打ち込んだサンダースマッシャーで何体かは倒せたが、まだ足音が壁の向こうから聞こえる。
 この班ではフェイトが前に出て正面の敵を優先的に攻撃し、左右から現れる敵をシグナムが潰していく形だ。

「後ろだテスタロッサ!」

 突如、ひびの入っていた壁を崩して別の二脚型が現れた。目の前に現れると、二脚型は3メートル以上の身長があり非常に大きい。
 頭頂部付近から斜め上に生えた腕があり、関節は内側へ曲がる部分が二か所ある。明らかに人間や脊椎動物の構造とは異なり、腕の先端はレーザー発振器になっている。ちょうど、マグネトロンがむき出しになったような構造だ。

 至近距離に出現した二脚型に、シグナムはほぼ真下からレヴァンテインを振り薙いだ。二脚型の胴体を中央から叩き割るように斬る。
 これもバイオメカノイドの個体の例に漏れず外皮は柔らかく、すぐに凹んで曲がる。

 切り返しの攻撃で、倒れる二脚型をさらに突き飛ばす。二脚型はバランスを崩して大きくよろめき、割れた胴体から青いスライムを垂れ流して倒れた。

「!?人が──!?」

 二脚型の胴体から、白いものが這い出してくるのをフェイトは見た。
 漏れ出した体液が発火し、燃え始める。その炎から逃げるように、白い物体は二脚型の胴体から飛び降りた。
 それは暗い通路の中で淡く光るような体表をしており、床に立って走る姿は、二本の足と二本の腕を持ち、丸い頭部を持っていた。

「人間!?」

「いや違う、あれは──!!」

 シグナムが言いかけた瞬間、走っていた白い小人が、突然爆発した。
 胴が破裂し、頭部や手足がちぎれて転がる。さらに手足も、内部から小爆発を繰り返している。

「これがグレイか──!!」

 出撃前のブリーフィングで、はやてが言っていた。
 敵バイオメカノイドの中には搭乗者がいる個体もあり、乗っているのは灰色の身体をしたエイリアンである。彼らはバイオメカノイド本体と同じく引火性の体液を持つ。

 フェイトがミッドチルダで捜査していた事件に関わっていたとされる緑色の小人の正体が、おそらくこのグレイだ。
 そうはやてから聞かされていた。今こうして目の前で見て、フェイトは、このグレイが緑色の小人であることに間違いないと確信していた。

『シグナム、聞こえるか!敵のミサイル砲台は人間が乗ってる、つっても子供みたいなちいせえやつだ──!』

「こちらでも遭遇した。ヴィータ、これはエイリアンだ、間違いなく。人間ではないモンスターだ……!」

 念話でヴィータが知らせてきた。ヴィータも、炎上するミサイル砲台の操縦室らしき場所から飛び出してくるグレイを目撃していた。
 もっとも、グレイもバイオメカノイドの体内から外に出てしまうと長くは──せいぜい数秒程度しか──生きられず、すぐに爆発してしまう。艦内の大気圧が低すぎるため、体液がすぐに沸騰して発火してしまうのだ。

「こいつは生物ですら──見ろ、テスタロッサ。こいつには筋肉が無い、スライムが詰まった袋で、シリンダーのように身体を動かしているんだ。
骨も皮もつくりものだ──こいつも人間型のバイオメカノイドだ。──青ざめているぞ」

「わかってる──」

 シグナムの足元で、倒れて転がってきたグレイの腕が、体液が流れ出したことで爆発を免れ、抜け殻のようになって転がっていた。スライムの作用で、体液をかぶったところはゼラチン質のようなゲル状に溶けかかっている。
 皮膚はまるで詰め物をしたように膜をつくってふくれている。発酵させる前の生白いパン生地のようなやわらかい皮膚と、異様に細い骨の間にはスライムが詰められていた空間があり、これはおそらく肉をくりぬいて詰め込まれたものだ。
 骨には腱がついているので、本来なら筋肉もあったはずだ。それを全て剥がし、切り取った上で、新たな駆動装置としてスライムを詰め込んだのだ。神経には麻酔を掛けたのだろうか、それとも、この生物には痛覚は存在しないのだろうか。

 レヴァンテインの切っ先で、そっとつついてみる。
 爆発性があるのは体液として詰め込まれたスライムのみで、骨や皮膚は普通の生物と大差ないようだ。皮膚片は、確かに、これまでミッドチルダ各地の事件現場で発見されたものと同じ特徴を持っていた。

 異様な生物の姿とその死に様を見て、辺りが暗いせいではないだろう、フェイトは頬がこけたように慄いた表情になっていた。

 後退った拍子に、バリアジャケットの金属ブーツで何かを踏んだ。足元を見ると、白い石灰のようなものが散らばっていた。
 それはグレイの頭蓋骨だった。スライムによって皮膚が溶けて、骨だけになったのだ。頭の中には、脳が入っていなかった。ゲル上の物質に包まれた、スライムの制御装置と思われる金属粒が数個入っていただけだった。
 フッ酸によって侵されたカルシウムは脆くなり、すぐに砕けてしまう。グレイの骨はただでさえ薄く、脆い。フェイトが踏み割った頭蓋骨は、砂のように崩れて、床に摺りこまれた。

 通路の先は、変わらず暗い。照明のようなものも無い。ところどころ、床や壁に不気味に光る蛍光管やそれを覆ったパネルがあるだけだ。
 あたかも道案内をするように、光る床が並んで、乗れば自動的に運ばれる、エスカレーターのような装置に組まれている。
 この艦が本当にバイオメカノイドのコロニーなら──たとえどんなに不気味な生物であろうとも、必ず彼らの生態がある。それに基づけば、住処の構造を推測することは可能である。

 この光る床にそって進めば、そこには必ず何かがある。

 誰の助けも無い、孤独な艦内。暗さと、気圧の低い環境に独特の音の伝わり方が、虚無感を強調させる。
 グレイはここで生まれ、何を思い生きていくのか。ミッドチルダに現れた緑色の小人は、自分が置かれた環境をどのように認識したのか。侵入者である自分たちは、この艦内でどのように迎え撃たれるのか──
 既にスバルたちも、インフェルノ艦内に進入し捜索を開始している。この艦の操縦装置、もしくは制御装置のようなものがあるのならそれを動かすことを試みる。
 艦を動かすことができれば、地球への衝突コースから離脱させなくてはならない。
 またそのためには、彼らの動きをよく見なくてはならない。
 もし、インフェルノが目覚めず、地球衝突前に再度アルカンシェルでの破壊を試みることになれば、おそらくミッド艦隊は自分たちごと撃つだろう。

 そうなれば、命はない。

「テスタロッサ、気づいているか──艦が動いている」

「本当!?──これは──」

「かすかに重力が鉛直方向からずれている──加速度が掛かっている証拠だ。待て、ヴォルフラムに問い合わせる」

 シグナムがはやてに念話で連絡をとった結果、インフィニティ・インフェルノが艦首逆噴射ノズルを作動させ、軌道と速度が変化したことが分かった。スバルたちではない、バイオメカノイドたちが自ら操縦を行った可能性がある。
 変更された軌道では、最接近距離430キロメートルまで近づいて地球の重力でいっきにターンし、静止トランスファ軌道へ進入するコースになる。
 すなわち、インフェルノは減速して地球周回軌道へ入るつもりだということだ。
 そしてさらに、この動きは地球側にも観測され、この物体が小惑星などではありえなく、異星人の手によってコントロールされる巨大宇宙船だと認識されるだろう。

 なのは、フェイト、そしてスバルたちの運命を乗せ、深紅の超巨大宇宙戦艦は無人で飛行していく。

 

 

 

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最終更新:2012年12月19日 11:14