■ 10
通路の壁を砲撃で打ち崩しながらなのはとヴィータは進む。突入部隊を送り出してからも、ヴォルフラムの側も搭載艦砲を使ってインフェルノの艦内を掘り進んでいる。
見た目から判別できる限りでは、インフェルノの船体構造はかなり継ぎ接ぎだらけで、最も外側を覆う装甲の裏側には繊維状に張り巡らされた骨材が無数に伸び、そこからある程度の──といっても数キロメートルはあるが──隙間をもうけて内殻がある。
全体としては潜水艦の複殻構造のようになっており、艦の主要な機能部品はすべて内殻に取り付けられているようだ。
外殻と内殻の間には位相変異された空間が詰まっており、これによって巨大な船体を維持している。ワープ時に船体を包み込み、構造材を保護するようになっている。
内殻は、これも過去の戦闘の影響か、それともアルカンシェルを被弾したせいか、あちこち捩じれたり、穴が開いたりしていた。ただ少なくとも、RX級の主砲や水雷戦隊のミサイルでは外殻を破れてはいなかったようだった。
なのはたちが突入した部分は外殻から大きな支柱の基部へ続き、艦内深くへ通路が伸びている。
この支柱はバイオメカノイドも通路として使っているようで、ところどころに、ワラジムシや、くらげのような形をした個体が張り付いているのが見える。
「ルキノ、投錨できそうな場所はあるか?」
内部は暗く、しかし広い。次元航行艦ほどの大きさの物体でも動き回れる空間がある。
窓の外は不気味に暗く、ところどころに蛍光物質が光っている部分が、星空のように見えている。
「もうすこし艦尾側に寄ればありそうです。強い魔力反応は艦底部から出てます。おそらく動力区画もそこに」
「上下の区別あるんかこの船に」
「船体の色が、薄いほうがたぶん上ですよ。惑星軌道上に乗った場合、太陽光を反射して船体が過熱するのを防がないといけませんから」
「魚と逆やな」
「確か、第97管理外世界のスペースシャトルも機体上面が白で、底面が黒ですよね」
「とっくに退役しとるわ」
インフェルノ内部では人工重力のかかる方向がかなり複雑に入り組んでおり、この場合は次元航行艦ほどの大きさの船体では艦首と艦尾で重力の向きが違ってくるような状態になる。
こうなると飛行魔法にかかる負荷が極端に上昇し、ヴォルフラムは時には壁面に艦体を擦りながら、ごく低速での航行を強いられていた。
「速力3ノット……フリッツ、舵のきくギリギリの速度を維持して」
「了解です──手が震えます航海長」
「がんばって」
やがて、支柱の数が少ないやや開けた空間に出て、ヴォルフラムはこの場所で重力アンカーを展開して艦を固定する。
この位置はインフェルノ内部に進入しているなのはたちにも連絡し、帰還時はここへ来るように伝える。
ヴォルフラムから調べられる限りでも、インフェルノ艦内の構造はどちらかというとグレイの体格に最適化されており、今なのはたちが突入して調べているのはバイオメカノイドが移動できるようにつくられた通路だということが見えていた。
ところどころに大規模な空間があり、それは列をなして配置されていることから、大クモのような大型バイオメカノイドが格納されている場所と考えられる。
総合すると、太い通路と細い通路が網目のように入り組んだ、血管のような構造をしている。バイオメカノイドが通れる太い通路が動脈、グレイが通れる細い通路が毛細血管ということだ。
グレイ用の通路は狭いのでこちらの人間は通れない。
スバルたちが調べているところでは、インフェルノには艦全体を統括してコントロールするような仕組みは備わっておらず、各部のユニットが連携して動いているらしいことがわかった。
艦内には通信のための回線などがなく、ところどころに配置された大きなコネクタのようなユニットから、植物の根のように金属繊維が伸び、これを使って信号をやり取りしているらしい。
金属の成分を簡易分析した結果、やはりこの艦をも含めたバイオメカノイドたちは、金属を、機械というよりも生体素材として用いていることがわかった。
たとえば昆虫やミミズの中には埋設されたケーブルを齧ったりなど、金属を食べるものがいる。もちろん栄養として消化できないのでそのまま排泄されるが、もしこのときにより加工しやすい形で出せるなら、それは溶鉱炉や冶金具を使わない金属加工といえるかもしれない。
通信回線のような役目をしている金属の根も、齧って捏ねた金属の塊を塗りつけて伸ばしていったものだ。
またそれゆえにあまり硬い金属は使えず、アルミニウムや鉄、鉛など、比較的やわらかい金属を使っている。
ナトリウムやマグネシウムなどはスライムの体内に取り込まれ、鉄、銅、ニッケルなどは噛み砕かれて外骨格に形成される。
何体か倒したバイオメカノイドも、同じ種類の個体でも外骨格の金属の成分比が微妙に異なっており、規格化された機械部品を組み合わせて作られているわけではないと思われた。
ミッドチルダで一般的にイメージされる、溶かした鉄を槌で叩いて鍛えるものでも、魔力で金属原子を整列させるものでもない。
彼らは金属を食べ、それをそのまま肉体につくりかえる。無機物を食べ、それを体内で合成してスライムを作る。
その過程で生み出されるフッ酸が、スライムの粘性と毒性を作り出している。
これまで、生命とは炭素系有機化合物によって構成されたものをさしていた。また炭素系物質でなければ生命は発生しないと考えられていた。
同じ第14族元素である珪素を主体にした生命の可能性も考えられていたが、宇宙空間に存在する物質の割合がどこの星でも概ね同じである以上、また珪素と炭素の反応性や合成可能な化合物の違いから、生命の発生には炭素が必須と考えられていた。
どこの次元世界でも、生命は炭素とそこから合成されるアミノ酸を元に生まれている。
一見、石のような硬い甲羅を持つ生き物でも、それはカルシウムや炭酸塩などでできていて、内部には必ず有機物があった。
バイオメカノイドたちは、その構成物質に有機物を含んでいない。
生命の定義からは外れる者たちである。しかし、自己動力で動き回ることができる。さらに、自己増殖することができる。
捜索の結果、ザフィーラが彼らの巣と思しきフロアを見つけていた。
そこには多数の卵のような──薄い金属缶のような外見だが──ものがおり、内部には形成途中のバイオメカノイドがいた。
高い圧力に耐える金属の殻の中にやわらかい金属を詰め、これを低温でゆっくりと延伸することで外殻を作る。
あらゆる姿が、スバルたちがこれまで目にしたどんな生物ともその様相を違えていた。
「ノーヴェ、これってさ……ディープダイバーじゃ捜索できない──よね」
「悪りぃ冗談だぞスバル……セインのはあくまでも無機物に潜れるってだけだ。内部じゃ普通に体格で制限される、こんな複雑な形状のものじゃ、狭くて身動き取れねぇよ。
潜れるのは地面とか床とかのあくまでも均一な物質だけだ──それにこいつの床は、板を敷いたとかそんなんじゃねえ……洞窟を掘り進んだとかそんなだ」
削り取ったインフェルノ艦内の壁材は、気泡や砂などが混じった金属の塊で、それは(溶鉱炉やプレス機に比べれば)ごく低温で生成されたことがわかった。
ごみなどが混じっていても、溶かさないのであれば不具合はない。
粘土をこねるように金属を塗りつけて、壁を積み上げていっている。ところどころに、鉱石内に含まれていた黒いオイルが染み出している。
「まるで巨大生物の腹の中にいるようだな」
「こっ、こわいこと言わないでくださいよザフィーラさん」
「俺は外を見張っている。この部屋の探索を」
艦内には光がほとんどない。スバルとノーヴェは、それぞれ視覚を赤外線に切り替え、増幅装置のデシベルを一杯に上げている。
このような環境では、光が無くても物体に温度があれば赤外線が放射されるので、それを感知して視ることができる。艦内の気温は摂氏12度、さらに艦そのものの温度はやや高く、およそ摂氏40度程度ある。
すなわち、何らかの動力が依然として生きており、その排熱が艦全体を温めているということだ。温まった艦が、艦内の気温を維持している。
艦の外の宇宙空間に出ればそこは摂氏マイナス200度以下の極低温であり、太陽放射も弱い。
スバルとノーヴェは部屋の中でできるだけ距離をとり、低出力の振動破砕を床に打ち込む。
艦内を透過して反射してくる振動をキャッチし、二人の立っている位置での伝わり方の違いを計算することで、大まかな構造を推測できる。
本来ならもっと精密な人工地震発生器と測定器があればいいのだが、用意はできなかったのでスバルとノーヴェの勘頼りだ。振動破砕という武器自体が、人工地震発生器からの応用でもある。
反射波はとても複雑なエコーを返し、想像以上に通路は入り組み、また壁面内部も隙間だらけであることが感じ取れた。
鳥の骨のように隙間だらけの構造の中に、ひときわ大きい空間があるのがわかった。今いる場所はおそらくその周辺通路だ。
「はやてさん、はやてさん、聞こえますか──今私たちのいるところから700メートルくらい下に大きな空間があります」
『了解。こっちでもマッピングを続けとる。そのまま次のフロアへ進んでや』
「わかりました。ザフィーラさん、移動します。ノーヴェ、行くよ」
バイオメカノイドの卵たちは、殻の中で対流する液体金属が不気味に輝いている。
彼らが殻を破って動き出さないことを願いながら、スバルたちは通路を走り、次のフロアへ向かう。艦内にいるバイオメカノイドは二脚型がほとんどで、これは破壊すると内部からグレイが這い出してきていた。
戦車型やワラジムシと違い比較的装甲が厚く、体内にあるスライムの量が少ないようだ。リボルバーナックルで直接殴っても、外骨格を割らないように気をつければ倒せる。
ザフィーラの技でも、ある程度の遠距離攻撃が可能なので、近づいてくる二脚型を突き倒してダメージを与えられる。
「よし、今だ!ドアまで走れ!」
「はいっ!!」
ひとつひとつの部屋はおよそ25メートル四方程度で、これらの部屋を結んでいる大きな中央廊下のような区画には方向案内だろうか、光る床が規則的に埋め込まれている。
また、いくつかの床は回転するようになっていた。ターンテーブルのような構造で、しかし駆動音が全くしないため、おそらく魔力を用いている。
先にノーヴェが部屋に駆け込み、奥の壁に設置されたエレベーターを見つけた。
「スバルっあれ!」
「うんっ」
エレベーターは、ひとことで言えばミッドチルダで広く使われている転送ポートに近い構造のようだ。
自動車が1台すっぽりおさまる程度の大きさの四角錐状のドームに、片面だけが結界で閉じられるようになっている。内部の転送用空間との仕切りは色が付けられ、空中に境目が浮かび上がっている。
これらの構造も、転送ポートと比較的似ている。
「同じ機能なら同じ外見になるということだ」
外に敵が近づいてこないことを確かめ、ザフィーラも部屋の中へ入ってきた。
「そうですね──ノーヴェ、これがどこに繋がってるか見れる?」
エレベーターの操作パネルらしきものはあったが、錆や油で固着してしまい開けられなかった。
「わかんねぇ、術式が全く違うからデータが読めない」
「乗ってみるしかないか」
「大丈夫か?」
「少なくともこれが艦内設備なら、行ったきり戻れないなんてことは無いはずだよ」
「だといいけどな──」
まずスバルが先に一人だけ、エレベーターに乗る。
身体が完全に結界内部に入ったことが確認されると、自動で転送プロセスが開始される。転送ポートを使うときと同じように、空間が一瞬歪んで瞬くように見えて、次の瞬間には、出口となるエレベーターの空間幕が目の前に見える。
立ったまま、そっと身体のコンディションを確かめる。
周囲の空気、呼吸のガス交換量、血中酸素濃度。掛かっている重力、骨格や筋肉、パワーアシストにダメージを受けていないかどうか。
全て問題ないことを確認し、ゆっくり足を踏み出す。
エレベーターを出ると、そこは先ほどのフロアより階層をひとつ降りたらしい場所だった。
天井から垂れ下がった金属箔は、先ほどのフロアの床と同じ材質でできているように見える。
「ノーヴェ、聞こえる?」
『ああ、そっちは大丈夫か?ナビに見えてるか、こっちからは30メートルくらい移動したように見える』
「うん、こっちでも二人とも見えてる。ちょうど階層を降りるエレベーターみたいだよ」
『敵は?』
「今んとこ──待って、うん──大丈夫。気配はない」
エレベーターがあるフロアは、床が藍色になっている。何かのハロゲン化金属のようだ。空気に、塩素臭が混じっている。
スバルやノーヴェのような戦闘機人、プログラム生命体であるヴォルケンリッターは、元々ある程度の宇宙空間でも活動できる。なのはとヴィータはSPTを装備しており、これも極限環境への対応能力がある。
現在出撃しているメンバーの中では、フェイトだけが宇宙服の着用が必要になっている。
バリアジャケットがその機能を担うので、見た目には大きな差はないし、物理的なバイザー等も必要ないが、これを装備していると魔力消費が極端に上がり、飛行魔法などの出力が落ちる。
自分たちはともかくフェイトはあまり長時間の活動ができない。また防御が必要な物質の量が増えると、戦闘が困難になる可能性もある。
「空気の組成も均一じゃない──ところどころにガスが出てる」
ザフィーラも、狼形態に変身して周囲の気配を探っている。この形態では、人間形態よりも嗅覚や聴覚の感度が上がる。
空気に混じっているのは、塩素ガスとわずかなフッ化水素ガスだった。
「不味いな。このガスを防御するにはバリアジャケットの出力がかなり必要だ。SPTならともかく、生身で曝されては我々でも危ない。現在出撃しているメンバーではフェイトが一番防御力が薄い」
「伝えましょう。──はやてさん、フェイトさんたちは今どの辺に」
ヴォルフラムに連絡し、インフェルノ艦内に有毒ガスが滞留している箇所があることを伝える。
突入した隊の管制を行っているヴォルフラムから、フェイト・シグナム隊へ連絡を送る。
十数秒後、連絡を完了したとポルテが伝えてきた。
『スバルさん、シグナム一尉たちは今運搬ラインを見つけて、そっちを捜してます。空間も開けてるので、ガスの滞留は避けられるかと』
「わかりました。止まってる装置とかの中も十分に気をつけてください」
スバルたちが潜っているのは、艦底に近い場所で、外から取り込んだ水を処理するプラントとみられた。
通路をいくつか過ぎるとガラス窓があり、その向こうに水が流れている斜面が見えた。
これほど巨大な艦だと、内部に川や沈殿池のような構造を作れる。ガラス越しに、水が流れるせせらぎの音さえ聞こえてくる。
「ガスはあそこから?」
「そのようだ。あの水は恐らく非常に塩素濃度の濃い水だ」
水が流れている斜面に、ところどころ鉱物の結晶ができているのが見える。
フッ化物や塩化物はさまざまな色、光沢の結晶をつくる。中には高圧力環境下で透明になるものもある。
もともとは平坦な金属の床だったのが、ミネラル分が沈殿して岩のようになり、さらにそこが水流で侵食されたり結晶が成長したりを複雑に繰り返すことで、鍾乳洞のような不思議な光景が広がっていた。
水の音は、広い周波数帯域にわたって音波を発生させる。
窓から辺りを見回そうとしているスバルとノーヴェを見て、ほんのわずか、音で敵の接近を察知できない状態が生まれることをザフィーラは危惧した。
「ザフィーラさん?」
「──しっ!近いぞ」
「何が──ッ!ノーヴェ、何か来る──!」
ゴムのような軟質樹脂が軋む音が聞こえる。
重量は1トン近い、おそらく大型の車両型バイオメカノイドだ。通常の機械車両と異なるのは、外骨格が擦れる音が混じる点だ。
スバルはリボルバーナックルを、ノーヴェはジェットエッジを起動し構える。
ザフィーラも、防御魔法の用意をする。
ゲートが開く音が聞こえる。彼らはインフェルノ艦内に配置された防衛兵器だ。艦内の通路を、正規の手順で通過する手段を持っている。
近づく。1トン近い重量の物体が移動することで床が振動でゆっくりと上下する。
繊維状の金属が積み重なった床材は、弾性の高いばねのように揺れる。
『スバルっ、高エネルギー反応、距離45ッッ!』
念話の向こうで、はやてが叫んだ声が聞こえた。
ほぼ同時に、暗闇に満たされた通路の向こうが光に満ちる。間髪いれず側転して初弾をかわす。左足を踏ん張り、起き上がる体勢のまま右腕を引く。ディバインバスター発射の反動にも、新型マッハキャリバーは完全に耐えている。
「すごいですよシャーリーさん──!」
視覚を可視光線に戻す。敵の発射するビームが、通路をいっぱいに照らし出している。
自走砲のような個体──しかし、この敵が搭載しているのは、巨大なパラボラアンテナ型のビーム砲だ。大出力のマイクロウェーブを放射する、いわゆるメーザーに分類される砲だ。
ノーヴェは敵の射線から飛び退きながらも、スバルの脚の具合を心配している。
マッハキャリバーを義足のように使えるといっても、ほとんどぶっつけ本番に近い戦闘だ。自分の脚のように使いこなせるものなのか、コンマ数秒以下を争う戦闘に追い付くのか。
敵メーザー砲車は2台がやってくる。動きは遅いが、火力は段違いだ。
クラナガンに出た戦車型とは比べ物にならない大火力で、ビームが着弾した壁面は金属が溶けて垂れ下がっている。
「ノーヴェ、敵の足元を揺らす!車体がぐらつけば狙いはつかないよ!」
「わかった!」
壁の右側に位置を取ったスバル、ノーヴェと、左側に位置を取ったザフィーラが、それぞれに拳で床を撃ち、メーザー砲車に衝撃を与える。
スバルとノーヴェは物体を振動させる技を持つため、これを受けると床面の構造材が激しく共振する。ザフィーラも、床面から突き出すケージタイプの結界魔法を使える。これで敵の動きを封じたところに接近して打撃を加える。
車体が跳ねながらもメーザー砲車がビームを撃ち、天井に命中して大爆発を起こした。
メーザーの加熱効果で天井の金属が溶け、含まれていたアルカリ金属が激しく燃焼しながら火の雨を降らせる。
「とおおーりゃああっ!!」
数滴の被弾をものともせずスバルが突進し、メーザー砲車に飛びかかる。
ナックルダスターの直撃を受けたメーザー砲車がパラボラを割られ、砲塔基部からスパークの火花を散らした。
ザフィーラが防御魔法を放射し、降ってくる溶けた金属の粒を防ぐ。
「ノーヴェ、今だよ!」
「よしっ!」
スバルに続いてノーヴェが飛び込み、車体をひねられたメーザー砲車に追撃を加える。
砲身の形状から重心が高くなっているメーザー砲車を、足元をすくうように打ち据える。大きくバランスを崩し、車体を傾げさせたところに、さらにスバルは返しの打撃を打ち込もうとした。
後方にいたもう一台のメーザー砲車が、スバルに向けて砲撃した。
ビームは損傷していた方のメーザー砲車の後端付近に命中し、大爆発と共に金属の破片を飛び散らせた。
スバルは腕をとっさにかばい、肩をパラボラにぶつける形でメーザー砲車の影に飛び込む。爆風が回り込んでくるまでのタイムラグを利用して限界までバリアジャケットの出力を上げる。
実戦では、攻撃と防御に割り振る魔力の配分に常に気を遣い、変更しなくてはならない。
攻撃用の魔力が実際に必要になるのは敵に向けて発砲したり、打撃が命中する瞬間のみで、常に魔法を展開していては無駄に魔力が消費されていくだけだ。また敵の攻撃を回避する間や、防御に徹する間には、攻撃力に変換される魔力は無駄になってしまう。
防御時には防御魔法に最大限の魔力を、回避時には飛行魔法や加速魔法に最大限の魔力を使う。
六課での訓練で、何度もたたき込まれたことだ。闇雲に最大魔力量を増やし、垂れ流すように魔力を放っても、損失が多すぎて消耗してしまうだけだ。また、魔導師ランクは単に瞬間魔力値が大きいだけでは取れない。
魔力をいかに効果的に、効率的に戦闘能力に変換するかが肝要だ。
バリアジャケットの表面に激突する、夥しいマイクロウェーブの波動が肌を震わせる。
周波数がマイクロメートル領域に入る電磁波は、特に水分子に対して強く作用する。強力なレーダー電波などを、間近で浴びた場合人間や生物が焦げてしまうことがある。金属ならなおさらだ。
マイクロウェーブを使用するレーザーを、特にメーザーという。メーザー砲は、人間であっても機械であっても等しくダメージを与える。
「スバルっ!!」
「大丈夫っ!!」
照射が途切れた隙をついて飛び出す。
それでも、メーザー砲車はほんの数秒の息継ぎだけで次の照射を開始する。砲塔は車両の正面に固定され、首振りがあまりできないようだ。敵の旋回速度よりも速く動けばかわせる。
メーザーが通路の壁を焼き、次々と爆発、発火を起こす。炎を背に、スバルはメーザー砲車に向かう。
流れ弾を喰らったもう一台は完全に機能停止したようで、煙を噴いている。これを盾に、反対側からザフィーラもメーザー砲車に接近する。
メーザー砲車は接近戦用の武装を全く持っていない。
後方や側面に回り込まれると手も足も出ないようだ。その代わりに、正面に立ってしまえば強力無比なビームで焼き上げられることになる。
ノーヴェは機能停止したもう一台の影で遮蔽を取りながら、飛び出すタイミングを計っていた。
この班では遠距離攻撃のオプションが少ないので、基本的に敵に近づかなければ有効な攻撃できない。メーザー砲車のような大火力の相手に対しては、いかに敵の攻撃を回避して接近するかがカギだ。近づけなれば、一方的に撃たれることになる。
肩が震え、息が上がっているのが分かる。あのメーザー砲車の攻撃は、直撃すれば間違いなくこちらは粉砕される。
巨大なパラボラは、非常な視覚的威嚇効果がある。攻撃力の大きさを、見た目でわかりやすく示している。
インフェルノ艦内の希薄な酸素に、戦闘機人である自分は体内に組み込まれた人工心肺システムが全力で駆動し、肺を介さず血液に直接酸素を供給している。それでも、自律神経の興奮は呼吸数を上昇させる。
吐き出す二酸化炭素を、相手は見ることができるだろうか?夏の夜、蚊が頭の上に集まってくるように、排出した炭酸ガスで居場所がばれてしまうだろうか。
「!!」
再び、ビームが天井に着弾する。
天井が大きく抉られ、繊維状の金属の塊が溶けながら落ちてくる。
「くそっ!!」
動かないメーザー砲車の車体を蹴り、反対側の壁まで飛び退く。落ちてきたワイヤーの塊がメーザー砲車の車体を押し潰し、内部のスライムが漏れてくる。細かい金属粒はすぐに反応し、フッ化水素ガスの煙が上がり始める。
これほど室内の温度が上がっていてはすぐに発火する。水分も、自分たちがいることで大気中の水蒸気量は増えているだろう。そうなれば、アルカリ金属の反応はさらに促進される。
ノーヴェは目の前のメーザー砲車までの距離を目視した。
6.3メートル、スバルとザフィーラはそれぞれ右手と左手にいる。メーザー砲車は、ノーヴェから見て左側を向き、ほぼ45度の角度だ。
こちらに向き直るには時間がかかる。
「ジェット!」
狙うのはパラボラの基部だ。ここは兵装の性質上、装甲を張ることができない。また可動部でもあるので、重量の関係からあまり硬い金属も使えない。戦闘機人の筋力ならばじゅうぶんに打ち抜けるはずだ。
スバルが一連の攻撃を打ち込んで、間合いを取るために飛び退く瞬間を狙う。
敵に立ち直る隙を与えずに飛び込む。
「おっりゃああっ!!」
右の拳に纏わせた魔力で、メーザー砲車に思い切りのフックを叩き込む。
腕に張ったシールドは敵の装甲表面とこちらの拳の接触角度を最適化し、最大限の打撃力を打ち込む。
衝撃にビームの発砲が中断され、メーザー砲車のパラボラ基部にあったキャパシタが爆発した。砲撃が中断されたことで行き場を失ったエネルギーが瞬間的に大電圧を発生させ、キャパシタの容量を超えてしまった。
「ぐっ!!」
「ノーヴェっ!?」
勢いを殺せずにそのままメーザー砲車の車体に激突する。
爆発したパラボラが、部品の破片を飛ばしてきてそれが腹に当たった。ダメージはバリアジャケットで大半を受け流したが、体勢を崩したままメーザー砲車にぶつかってしまい、一時的に平衡感覚が狂っている。
「このデカブツが、いい加減に黙りやがれ──!」
左手で、パラボラと車体の接続部にある部品を引きちぎる。
ケーブル類は、繊維状に押し出した金属がむき出しで、絶縁はオイルによって行っているようだ。ここにもスライムが使われている。
メーザー砲車は2台とも機能停止したようだが、こちらも予想外にダメージを食った。
スバルが駆け寄ってきて、ノーヴェを抱き起こす。
「大丈夫!?立てる?」
「ああ……なんとか。──くそっ、それにしてもあたしも──、随分ナマっちまってた──」
「そんなことないよ」
トレーニングはそれでも毎日欠かしてはいなかった。
だが、基礎体力だけではどうしようもない部分があるのは事実だ。特にここ数週間、周囲で起きた余りにも異常な事件の数々に、精神の落ち着きが乱され、戦闘訓練に身が入っていなかったのかもしれない。
バイオメカノイドたちは、少なくとも歩兵レベルでは、生身の魔導師をはるかに凌駕する戦闘能力がある。
扱いとしては戦闘車両とした方が適切かもしれない。ただ、敵にはこれらに随伴する歩兵に該当する戦力がない。グレイは、言ってしまえば単なる制御装置、生体コンピュータである。手足があるのは最低限の移動能力確保のためである。
ザフィーラが、メーザー砲車の車体の外板を剥がして中を調べている。
クラナガン宇宙港での戦闘で撃破されたエグゼクターが人間が乗るにはあまりにも狭すぎるコクピットを持っており、さらにグレイが人間よりもずっと小さい体格であることから、はやてはグレイがどのようにバイオメカノイドに組み込まれているかを気にかけていた。
メーザー砲車は車体構造が頑強であるためか他のバイオメカノイドのように爆発を起こさず、車体の原形をとどめている。
中を開けてみれば、これまで推測でしかなかったバイオメカノイドの構造がどのようになっているかがわかる。
「ザフィーラさん、どうですか?」
メーザー砲車の車体の上に登っていたザフィーラは、酷く重い表情で、ちぎった外板を反対側に投げ捨てた。
スバルたちに、無言のまま手招きする。
「──見た方が早いぞ。如何とも説明し難い──」
スバルとノーヴェは思わず顔を見合わせる。
「わかりました、今行きます──ノーヴェ、歩ける?」
「ああ、もう大丈夫だ──」
メーザー砲車の車体によじ登り、外板を外して中が見えるようになっている場所を覗き込む。
そこには、バイオメカノイドの内部構造が見えている。
「これは──っ」
スバルは絶句した。ノーヴェも、顔を引き攣らせて慄いている。
ザフィーラは後ろにいるもう一台のメーザー砲車を振り返り、あれは潰れてしまって内部構造を見るには適さないだろう、と推測した。
外骨格構造の外殻は、昆虫のように、スライムが充填されたシリンダー状の袋で接続され、これを筋肉のように組み付けていた。
この袋が収縮することで身体を動かす。内部の空間にはやや薄い濃度のスライムが充填され、これは内部のメカを衝撃から保護する。
そしてこのゲル状物質に浮かぶようにして、制御装置が機体中心部に据え付けられていた。
カプセル──ではない。かといって卵でもない。
膜にくるまれるようにして、グレイの四肢が液体の中に浮かんでいる。細い指には金属繊維が絡まり、大きな眼球は白目のない、真っ黒な瞳孔が深い闇を映し出している。すでに目に光はなく、カルシウムの沈着によって黒い瞳が濁り始めている。
それは、透明なゼラチン質の膜のように見えた。
しかしその光沢と独特の臭気は、それが液体金属でできていることを示していた。
周囲の大気温度は摂氏20度程度であり、この環境温度では液体の相を呈する金属は数多く合成されている。バイオメカノイドたちもそんな金属を利用して生まれている。
液体は、人間にとっては生命の源である水を想起させる。
そして、バイオメカノイドたちにとっても、液体相とはもっとも懐かしさを覚えさせるものであろう。
たとえそれが、人間にとっては猛毒のハロゲン化合物と放射性元素のスープであったとしても。
彼らにとっては、それは食物であり寝処であり母胎である。
「──おそらく、彼らバイオメカノイドは本当に生命だ──。機械ではない、動物を改造して機械のような外見にしている。
構造としては──、傀儡兵やゴーレムに近い」
「でっ、でも──あれはただの抜け殻を」
「正しく抜け殻だ。それを動かすのが魔力かスライムかという違いだけだ。スライムもおそらくは、単に惑星TUBOY上でもっとも手に入りやすい元素を材料にしているだけだろう。
ミッドチルダであれば岩石や炭素を使ってもいいはずだ」
「ゴーレム……」
ノーヴェは、自分がストライクアーツを教えていた子供たちの中の一人が、ゴーレム生成の魔法を修得していたことを思い出していた。
あれと原理としては同じなのだ。
魔法によるゴーレム生成は、魔力が無くなれば即座に崩壊してしまう。
しかし、もしゴーレム生成魔法を組み込んだ制御装置を取り付け、バッテリーなどと組み合わせて常に魔力を供給できるようにすれば、それは自律行動が可能な無人兵器となるだろう。
実際、発想そのものはベルカ時代にすでに考案されていた。
当時の技術では精密な制御ができなかったため、生成されるゴーレムは動きが遅く、また操作する魔導師が攻撃される問題もあり実戦では使いにくいものだった。
ザフィーラ自身、守護獣という身の上からそういったゴーレムを身近に見る機会は多かった。
その後、その場でゼロから生成するのではなくあらかじめ製作しておいた簡易な物体を動かす方式の傀儡兵などがつくられた。この場合は魔力を切っても崩壊はしないが、大柄な物体を保管しておくために取り回しが悪く、魔力効率もよくない。
魔導師による生成魔法の高効率化により、現在では、数メートル級のゴーレムであれば人間と遜色ない機動性を持てるようになっている。
それでも熟練した魔導師のスピードには追いつけず、またゴーレムを操作している間は術者本人は無防備になってしまうため、戦場で使用するためには工夫がいる。
バイオメカノイドたちは、独立した動力源を持ち、さらに自力でエネルギーを補給する能力を持っている。
金属を食べることで外皮や駆動メカ部分の材料を補給し、体内で合成することで自己修復が可能である。さらに、芯になる制御装置のサイズ自体はとても小さいので、機体内で芯だけをつくって排出し、外部で成長させることで自己複製を取ることさえが可能である。
すなわち、増殖できるということだ。
外見自体は人工物である匂いを漂わせているが、それはもはや人の手を離れた、独立した機械生命体である。
惑星TUBOYの住人は、なぜこのような、手におえない暴走を引き起こす可能性のあるシステムをつくったのか──
もはやそれは詮索しても仕方のないことであるが、こうして彼らが動き出してしまった以上、被害をもたらす前に止めなくてはならない。
メーザー砲車の車体下部に穴を開け、内部のスライムを抜き取る。
中身が流れ出してしまうと、金属の部品だけが姿を現した。強い衝撃を与えなければ爆発させずに分解できる。スバルたちの班では、バイオメカノイドの構造を探ることも目的の一つだ。
「丁度内部のグレイが金属外皮を着て、装甲服のように纏っている形だな」
「でも、ザフィーラさん──これじゃあ服を着てるんだか、服に着られてるんだかわかりませんよ」
ノーヴェが見上げた先には、繊維状の金属で手足を縛られ、メーザー砲車の外殻の内側に吊るされているグレイの姿があった。
内部では、グレイは殻の内側から生えている金属繊維を掴んで姿勢を保っているようだ。機体の制御は、別に頭部に接続されたワイヤーから行う。
グレイはまず、全身を覆うウェットスーツのようなものを着る。これは頭部を除く全体をやわらかい樹脂状の化合物でくるみ、半透明の白色をしている。頭部は透明な殻でくるまれ、これだけなら宇宙服を着た人間のようにも見える。
この状態で透明な液に浮かび、さらにまた樹脂状の膜でくるむ。これをバイオメカノイドの機体内に埋め込む。
機体内にはグレイが入れるだけのスペースがあり、やわらかく変形するので、圧力をかけて安定させて詰め込まれる。
樹脂状の物質は、シリコンに似たもののようだ。成分に有機物は含まれていない。
二重の樹脂膜に包まれてもグレイは手足を伸ばして歩き回ることができ、バイオメカノイドが破壊された場合この姿で這い出してくる。
遠目に見れば、機動メカの搭乗員が機体から脱出したように見えるだろう。
だが実際は、貝を脱がされたヤドカリのように、無防備で脆弱な神経節だけが飛び出したものだ。
クラナガン宇宙港で撃破した戦車型も、特別救助隊の隊員たちが洗浄を行って敵の残骸を洗い流してしまうと、それはただの金属の塊にしか見えなかった。内部に駆動装置のようなものが一切なく、機械であることを示せなかった。
メーザー砲車は、ムカデのように多数の脚を順番に動かすことで駆動する履帯状の歩行装置を持っている。ちょうど、芋虫やカタツムリのように腹部の蠕動運動によって前進する。さらに左右の差動によって旋回する。
このしくみは戦車型やオロシガネも同じで、おそらく車両型の脚を持つバイオメカノイドはおおむねこのような歩行の仕組みを持っている。
脚や砲塔を動かすのも、人工筋肉のようなシリンダー状の装置によって行われている。生体電気によって伸縮するシリコン膜を、内部の液圧によって力を増幅して伝える。
総じて、虫のような構造の機体をくり抜いて、そこにグレイが乗り込む仕組みであるということになる。
そのグレイも、脳ではなくマイクロマシンが頭部に埋め込まれ、これによって動いている。頸椎から伸びた神経はマイクロマシンを包んで神経線維を生やしているので、もともとの脳はごく小さく退化させられ、代わりにコンピュータを接続していることになる。
このマイクロマシン自体はクラナガンでの戦闘などでかなりの個数を回収していたが、解析は難航していた。
今のところ、電波などを使用した通信機能は少なくとも無いだろうという程度しかわかっていない。
「制御装置はグレイの側にある──ということは主従関係はグレイが主でバイオメカノイドが従だ」
ザフィーラの言葉には、彼らが辿ってきた進化の道を思索しようとする色がある。
「グレイは惑星TUBOYの住人であり、自分たちが乗るための兵器としてバイオメカノイドをつくったのか──それとも、住人はすでに滅んでおり、あくまでも無人兵器であるバイオメカノイドの操縦用アンドロイドとしてグレイをつくったのか──」
「回収しますか?」
グレイの無傷の個体が手に入るかもしれない。
ワイヤーを切って降ろせないかどうかスバルは試している。直接触れるのは危険なので、低出力のバインドを使って運ばなければならない。
「解剖でもすんのかよ」
「それははやてさんが決めることだよ──」
身体をだらりと垂れ下がらせたグレイはぴくりとも動かない。
死んでいるのか、気絶しているだけか──体温が無いので、どこを見て生死を判断すればいいのかも正直分からない。この生き物のように見える物体に、心臓はあるのか。血液は流れているのか。
「俺は見張りに立つ。主にも報告しておく、くれぐれも慎重に作業してくれ」
「わかりました。お願いします」
メーザー砲車の分解に取り掛かるスバルたちを見届け、ザフィーラはフロアの出入り口と周辺の壁の厚さを確認し、警戒態勢に入った。
今の戦闘で、他のバイオメカノイドたちがここを発見したかもしれない。
これまでのところ、バイオメカノイドたちは互いの連携や情報共有といったものをほとんど行っていないと推測されている。だとすれば、敵の目視範囲内に入らない限り察知されないということも考えられるが、それは楽天的な予想である。
戦闘によって激しい震動が伝わった。メーザー砲車の発砲で、大量のマイクロ波が放出された。火炎による熱も発生している。
これらを探知されていれば、「外敵が侵入した」と判断される可能性は非常に高い。
通路の中央を真っ直ぐに魔力弾が突き抜けていき、終端で大爆発を起こす。
爆発属性を付与された爆風が広がり、壁面で反射して何重にも増幅されて空間を満たしていく。
屋内のような閉鎖された空間では、炸裂弾の威力というのは格段に上がる。開けたところであれば大気中に拡散してしまう爆風が壁で反射して戻ってくるため、エネルギーを逃がさずに敵にぶつけられる。
続けざまに十数発の砲撃が撃ち込まれ、壁の出っ張りや柱の影に隠れていたバイオメカノイドの個体も、次々に爆風を浴びて粉砕され、燃えていく。これほどの出力では爆風だけで金属外皮の耐久力が破られてしまう。
含有しているアルカリ金属のため、バイオメカノイドたちは独特の閃光を放つ燃焼をする。
砂が崩れるように身体が崩壊し、メーザー砲車やミサイル砲台、二脚型などの個体が次々と破壊される。中には、火炎放射能力を持つアメフラシのような姿をした個体もいた。体格は小さめだが、天井や壁に貼りついて移動し、体色を変化させられる。
突入から30分程度が経過し、既になのはとヴィータが破壊した敵バイオメカノイドの数は1000体を超えようとしていた。数えるのも面倒になるほど、遠距離からの砲撃の連射で進撃してきたが、デバイスのイベントログにはきっちりと撃破した目標数がカウントされている。
これほど派手に動けば敵に居場所を知らせるようなものだが、逆にその方が好都合だ。
なのはたちの班は、可能な限り敵をおびき寄せ、破壊する陽動任務である。
敵がなのはたちに注意をひきつけられている間に、フェイトやスバルたちが艦内を捜索するのだ。
「きりがないっ……!この奥から湧き出してくるよ、天井を崩して塞ぐ!?」
「いーや、敵は今んとここの大広間に引き付けられてる、ここを通って進もうとしてる限りはここで撃ちあうのが確実だ。下手にバラけさせると追いつけねえぞ」
「変わったよねヴィータちゃんも」
時折メーザー砲車がビームを撃ってくるが、回避に時間を割けない。常時展開させたシールドで防ぐ。
マイクロミサイルはアクセルシューターで迎撃し、敵の残骸はヴィータのシュワルベフリーゲンで焼き払う形だ。
これほど大出力の魔法を連発していても、なのはもヴィータもエネルギー切れになる様子はない。SPTが搭載する魔力電池の威力は桁違いである。
レイジングハートに取り付けられた冷却ユニットが、常に高温の余剰魔力を噴出している。デバイスコアの温度は850度で安定している。これがもし880度を超えるようだと危険だ。900度を超えれば、通常であれば安全装置が働いて強制的にクロックダウンされる。
だが今は安全装置を切り、魔力さえ流し込み続ければレイジングハートは自壊するまで魔法を撃ち続ける。
無数のワラジムシや二脚型、マリモなどが転がり出てきて、大海嘯のように押し寄せてくる。対抗するにはこちらも全力砲撃を続ける必要がある。
「リインが本の中に戻されてからかな──?」
EC事件終結──解決ではない──後、はやては少しずつ夜天の書の改造に取り掛かっていた。
今まではそのほとんどがブラックボックス化されていて仕組みが分からなかったものを、モジュールごとに分解して少しずつ解析し、コードを書き直していく。
いわゆるリバースエンジニアリングであるが、工業製品や一般のパソコンソフトなどとは比較にならない難易度だ。
自動防衛プログラムが消滅した今だからこそできること──である。
それに際して、あの雪の朝の思い出──初代リインフォースの気持ちをはやてがどう思っているかというのは、なのははついに口に出せてはいなかった。
現在、リインフォース・ツヴァイは人格プログラムを停止され、管制機能のみを動かした状態で夜天の書にインストールされている。
かつての小さな上司として皆と共に行動するのではなく、あくまでも夜天の書をコントロールするだけの存在である。
出そうと思えば実体化させられるらしいが、その場合出てくるのはただの人形だとはやては言った。
他の4人の守護騎士たちがこの判断をどう捉えているのか──は、今ここでヴィータに尋ねる暇はない。
『高町さん、敵の出現ペースはどうですか』
「途切れる気配は全く無いです。少しでも砲撃を休めれば途端に──っ、エリーさん、他に敵戦艦の動きは?」
『静かなものです。こちらはインフェルノ艦底部に投錨し停止しました。座標はさっき送った通りです』
「了解──それにしても、酸素がないはずなのにあんなに派手に燃えて、赤外じゃないと狙いが付けられないですね」
SPTにも赤外線暗視装置は装備されている。この場合は、可視光では煙や魔力光で目隠しをされてしまうが、赤外線ならこれらを透過して見ることができる。
フロアの形が見えれば、そこで動き回るであろう敵が出入り口をくぐって出てくるところを狙い攻撃できる。
赤外線で見ると、バイオメカノイドはもやっとした輪郭のような形だけが見える。艦内の床や壁との温度差が小さいので、うっすら浮かび上がるような形でしかとらえられない。これほど温度差が小さいと、熱源追尾の誘導魔法は使えない。
『アルカリ金属は酸素が無くても燃えます、湿り気があると水素と反応します。さっき、ザフィーラさんの班から浄水池のようなプラントを発見したと報告がありました。
おそらく連中の巣です。艦内の大気には水蒸気が含まれてますから、カリウムもカルシウムも派手に燃えますよ。気を付けてください』
「なるほど──っ、スバルたちも今のところは順調そうだね」
『だといいですが。ただ、逆噴射が作動した原因を突き止めないといけませんね。あれがこの艦に乗っている何者かの操作なのかどうかです。
それによっては捜索しなくてはならない目標が増えます』
「バイオメカノイドだけじゃない、“インフェルノの乗組員”がいるかどうか、ってことですね」
『ええ。バイオメカノイドがあくまでも無人兵器であり使役されるモノなのか、それとも彼ら自身が自我を持ち独自に行動しているのかです』
爆発の炎に混じって、電気が金属に伝わってはじけるスパークの音が聞こえてくる。
敵バイオメカノイドのうち、マリモは電撃魔法を使えることが判明している。
射程距離は短めだが、大出力の電撃はフェイトのサンダーレイジにもひけをとらないだろう。
何よりも数が多い。赤外線視界の中では、砕け散った機体に混じってグレイの手足が吹き飛ぶのが見える。バイオメカノイド本体よりも体温が低めのようで、SPTの暗視装置が視覚化する赤外線視界では青く(冷たく)見える。
「前進するよヴィータちゃん。次のフロアへ突入して、そこでさらに敵を集める」
「大丈夫か、装甲は」
「まだ十分持つ。どのみちあまり長時間同じ場所にとどまりすぎても敵をひきつけられない──次のフロアはここよりも少し奥行きがあるから、左右から向ってくる敵を集められる」
「落ち着けよ、高町──先にキレた方が負けるぞ」
ヴィータが牽制射撃を撃っている間にすばやくチャージし、フロアを隔てる壁に向かってスターライトブレイカーを放つ。
砲撃はインフェルノ艦内の壁を次々と突き破って炸裂し、広い破口を生じさせた。
爆発の余波が左右の側坑を伝わって隣のフロアにも飛び出していったようで、一時的に敵の出現する勢いが途絶える。
「前進、50メートル先」
「了解」
なのはのSPTは青と白で、ヴィータのSPTは赤と茶でそれぞれ塗装されている。
基本骨格となるフレーム自体は同じものだが、ヴィータは胴体セクションを除いて装着しているのでやや小さく、また装備している魔法が異なるため、バックパックの形状が異なっている。
砲撃魔法に特化したなのはの機体にはエネルギー照射用の補助翼が展開され、ヴィータの機体は魔力弾を連続生成できる射出機が装備されている。ヴィータはグラーフアイゼンの制御のみに集中すればよい。
金属と金属がぶつかり合う武骨な足音がフロアに響く。空気が薄いので、音の伝わり方はミッドチルダの地上とは異なる。
パワーアシストの微妙な圧力制御が、なのはとヴィータの両腕に伝わる。
動作トレースの精度はAEC武装の頃からすると格段に上がっており、ほとんど違和感のない機動が可能だ。脚も、100キログラム以上のパーツを履いているとは思えないほど軽快に動かせる。
崩れかけていた壁をグラーフアイゼンで叩き割り、まずヴィータがフロアへ進入する。
索敵の後、後方のなのはへ合図。それを受けて、なのははフロアの奥の暗闇へ向けてディバインバスターを1発、撃ちこむ。
「破壊音に混じって──敵の駆動音。数、20以上。70メートル先、通路の左右から来る」
「いつでもいいぞ」
「うん。砲撃位置を再設定、レイジングハート、カートリッジオートリロード」
壁の穴から、ワラジムシが身体をくねらせて這い出し、独特の変調音を響かせてマリモが転がってくる。
マリモの体表は、赤外線で見ると複数の皮が分割されて縫い合わされている継ぎ目が見える。
同様に紫外線領域では、球状の体に無造作にくっつけられた眼球のような構造が見え、これは転がって移動しても必ずどれかの目が前方を見られるようになっていた。
マリモの移動は、体内で気泡を移動させて重心を変化させることによって行っている。緩慢だが不気味な移動方法だ。
ヴィータはSPTのバックパックから大型魔力弾を生成し、軽々とトスしてグラーフアイゼンを振りかぶる。
「炸裂弾、炎熱属性、近接信管を1.5メートルに調定。信管作動距離50メートル以上80メートル以内」
まず初弾でコメートフリーゲンが撃ち込まれる。これは大型の殻つき魔力弾を打ち出し、破片効果によってグレネード弾のように使うことが出来る。
本来ならこのような魔法は屋内戦闘では威力が大きすぎて使えないものだが、SPTを装備していればある程度の爆風には耐えられる。
従来の携行型デバイスによる魔導榴弾砲では、安全距離を少なくとも35メートル以上とる必要があったが、少なくとも現在のSPTならゼロ距離砲撃でも耐えられる。
バイオメカノイドの群れの中に飛び込んだ魔力弾は近接信管が作動して炸裂し、大火力の熱エネルギーをばら撒く。
炎が通路の突き当たりを満たし、みっしりと詰まったバイオメカノイドたちが次々と爆発していく。
炎で敵を足止めしたところに、なのはがディバインバスターを撃ち込む。
撃ち返しとばかりに放たれるマイクロミサイルや荷電粒子ビームを蹴散らしながら桜色の魔力砲弾が飛翔する。
バイオメカノイドが使用するマイクロミサイルは誘導装置が機械式であり、コンピュータを使わずにフォトダイオードの電圧が直接可動翼を動かす仕組みだ。
そのためホーミング性能自体はごくわずかだが、精密機器を必要としないので簡易な材料で大量に作ることができる。
弾頭に詰められているのはアルカリ金属を使用した焼夷弾である。酸素が無い環境でも燃焼し、同時に装填された水によって真空中でも爆発的反応と熱エネルギーを発生させる。
壁や天井にぶつかったミサイルから炸薬が飛び出し、燃えながら散らばってくる。
燃焼するマグネシウムの塊がシールドにぶつかり、激しい閃光と魔力光を吹き散らす。
「ヴィータちゃん、眩まされないでね!」
「ああ!」
シールドを左手で張りながら、右手でグラーフアイゼンを振るう。魔力弾の生成はSPTのバックパックが自動で行うので、空いた左手を使って防御が出来る。
なのははディバインバスターをおおよそ3秒に1発のペースで連射している。チャージ時間を短めに、手数を重視するモードだ。
それでも、押し寄せるバイオメカノイドは弾幕をかいくぐって突進してくる。
ヴィータは息が上がるのを感じていた。時間の感覚が長くなり、3秒ごとに撃っているはずのディバインバスターの連射速度が落ちているように感じられる。
迫りくるワラジムシとマリモの異様な体色が、熱帯雨林の毒虫のように視覚を刺激する。
迸る魔力光と爆炎のおかげで、塩素臭のする体液を見なくて済むのが幸いかもしれない。疲労したこの状態で、スライムの匂いを吸い込んでしまったら、思わず嘔吐してしまいそうだ。
いや、実際に有毒ガスを吸い込んでいる。それで嘔吐程度で済むのは自分が魔法生命体だからだ。人間が吸い込めば肺や気管が炎症を起こして爛れてしまう。
なのはは、と見やるが、こちらもかなり追い詰められ、表情は険しい。圧倒的な敵の物量に焦りが見えている。
『ヴィータ、やばくなる前にポジションを取り直せ!最悪、内殻表面までおびき出してヴォルフラムの主砲で撃つ』
ヴォルフラムから、はやてが念話を送ってくる。
『天井を崩して一時的に足止めしろ!その間にラインを下げるんや』
「わっ、わかった!高町、天井を撃つぞ」
「うんっ!」
ディバインバスター発射の合間を狙い、天井に魔力弾を撃ち込む。2階層が一度に撃ち抜かれ、重みでちぎれた金属繊維の塊が粗い埃を散らしながら落ちてくる。
床に落ちた瓦礫を乗り越えてこようとするが、幅が狭くなっていてつかえている。
その様子を狙いすまし、ヴィータが再び魔力弾を8発同時に叩き込む。
狭い空間では爆風が圧縮され、破壊力が格段に上昇する。逃げ場のない衝撃波が、金属さえも砕く。
とどめとばかりに、カートリッジを3発ロードしてのディバインバスターを放つ。
天井がほぼ丸ごと撃ち抜かれ、上階の床ごと落盤してくる。大重量に押しつぶされるバイオメカノイドたちが、あちこちから炎を噴き上げている。それは噴火する火山のようだった。
「移動するよ!隣のフロアへ、壁を撃ち抜いて退路を確保しておく!」
「それでよしっ!きちんと作戦立てていくぞ──!!」
爆発の衝撃でひびが入った天井の隙間から、アメフラシたちが這い出してくる。
時折小さな炎を吹き、身をよじるようにして動く姿はまさに生き物のようだ。
赤くうごめく体内の臓物は、おそらく、燃焼するストロンチウムの炎だ。
「マガジン交換っ──冷却材、残りは──70リットル──!」
レイジングハートに使用するためのカートリッジの弾倉は12発入りバナナマガジンだ。
最初からチャンバーに入っている分を含めて、最大で13発のカートリッジを即応弾として携行できる。
さらに、SPTに搭載された補助冷却装置は液化ガスを使用するものでデバイスコアを強制冷却しながら魔法を撃てる。従来のように1発撃つたびに排気筒を動かして余剰魔力を逃がす必要はない。
排出されるガスと水蒸気で、煙が揺らめき、頬に泥水が滴る。
魔法の発砲によって赤熱するレイジングハートの砲身レールは、コアと同じくらいに、より輝き、燃え盛っていた。
インフェルノ艦内に大規模な格納庫のような空間があるという報せを受けたフェイトとシグナムは、既に発見していた運搬施設が、そこへバイオメカノイドたちを運び込むための設備であることを調べていた。
ゲートが降りているが、コンベアはその格納庫があるであろう方角へ向かって設置されている。
コンベアも、ベルト駆動ではなくエスカレーターのように歯が噛み合って連結されたもので、生物の背骨のような構造だ。
埃を巻き込んでこびりついている潤滑油が、骨から漏れる髄液のようだ。
「敵のほとんどは高町とヴィータの班に引き寄せられているな」
部屋の空間が広いため、音が響く。
フェイトは心配そうに天井を見上げている。
なのはたちが現在戦っているフロアは比較的上層の方にあり、スバルたちとフェイトたちは艦底部に近いところへ出ていた。
バイオメカノイドたちの出現ルートは、艦の後半部から中央付近を直進してきて、目標とするエリアに出たら各所に散らばるという形だ。
このことから、艦の中心部分を前後に貫くメインシャフトのような構造があると推測される。
スバルたちの班が発見した大広間はこのメインシャフトの直下にあり、おそらくインフェルノの後方下部へ向かって艦載機を発進させるためのフロアであると推測された。
「行くぞ、テスタロッサ」
現在、大広間の探索に向かうことができるのはフェイトたちの班だ。
スバルたちは捕獲に成功したグレイの遺体を回収する作業に取り掛かっており、しばらく手が離せない。
なのはたちは押し寄せるバイオメカノイドの迎撃に手一杯だ。
上方から響く砲撃の音とは別に、フェイトはもうひとつの気配を感じ取った。
「待って、反対側から──はやて!」
『なんや?』
「大広間の正面に位置する外殻の場所は!?そこに砲撃が」
ヴォルフラムは──インフェルノ艦内に進入した班も含めて──現在、外の宇宙空間にいるであろうミッド・ヴァイゼン艦隊の動きを全く見ることができない状態だ。
はやてはただちに、機関始動をかけて緊急発進の準備をするように命じた。同時に、大広間の形状を分析し、そこから平行に座標を伸ばした場所に該当する外殻のレーダースキャンを行う。
レーダーが読み取ったデータを分析していたヴィヴァーロが、即席で作成した3Dモデル画像を発令所に転送する。
「艦長、本艦前方5キロメートルに外殻可動部を発見!おそらく発進口のようなものです、ミッド艦隊はここを外から破壊しようとしてます!」
おそらくインフェルノの兵装が沈黙していることを確認し、艦表面に接近しての捜索で発進口を発見したのだ。
「あとどれくらいで破れる」
「おそらく数分です!クソ、インフェルノの人工重力が強すぎて隠されてた──!」
ヴィヴァーロは焦りを漏らした。通常これほどの至近距離で、魔導砲の魔力反応を探知できないケースというのはない。インフェルノ艦内の複雑な重力輻射は、ミッドチルダの大気圏内や通常の宇宙空間では想像もできないような現象を見せる。
「まずいですよ艦長、もしミッド艦隊が侵入してきたら、高町さんたちの回収が困難です」
「わかっとるわ──」
はやては頭の中でシミュレーションする。即座に撤退帰還を指示し、現在位置から離脱すべきか。あるいは、インフェルノ艦内の深くに逃げ込み応戦するか──
時間にして数秒の合間、さらにフェイトから念話通信が届く。
「艦長、フェイトさんからです!大広間に大型バイオメカノイドが出現しました!」
エリーもレコルトも、額に汗をにじませて作戦を考えている。
「艦長、大広間はギリギリ本艦が通行可能な広さです。主砲で撃ちますか」
「そんなことをしたらフェイトさんごと吹っ飛んでしまいますよ」
「待て──ポルテ、今から言う座標をなのはちゃんに送れ。タイミングを見てそこへ全力砲撃、通路を開いたらフェイトちゃんらと合流して、大型バイオメカノイドを迎撃せよ。
スバルらはあと何分で戻れる、ザフィーラを呼び出して確認しや」
ポルテはスバルたちの班へ連絡を取る。
「──っ、艦長!目標物の確保はできましたが、運搬に時間がかかります、少なくとも15分はみてほしいと!」
「15──おーし、そんならこっちも動くぞ」
はやては発令所へ上がり、マイクをつかむ。
「艦長より機関室へ、機関前進半速。航海、重力アンカー開放。インフェルノ内殻に艦をつけ、砲雷長、前部主砲1番2番射撃用ー意」
「ミッド艦隊が進入してきます──」
「聞こえんか砲雷長!主砲射撃用意や!」
「しかし艦長、本艦はミッドチルダ艦およびヴァイゼン艦に対する攻撃許可を受けておりません!」
CICからレコルトが言い返してくる。
管理局所属艦が次元世界正規軍所属艦に攻撃を行うということは、管理局が当該次元世界への武力制裁を行うということである。
そして管理局設立以降、それは一度も行われたことはない。
「誰が攻撃するゆうた!主砲の準備をしろゆうことや」
「はっ……!?」
「ヤツらは既に管理外世界での戦端を開いとる。もうミッドチルダ政府も決断したはずや。
いや、決断せざるを得んかった──クラウディアが、この世界へ来よったからな!
ミッドチルダにとっては地球と大っぴらに関わることは今までできんかった、せやけど今ならそれができる!他次元世界からやってくる脅威から現地住民を守るゆう大義名分が立ったからな!」
地球を半ばなし崩しに次元世界へ引き込み、貸しを作る。
第97管理外世界として自らの存在と立場を地球に認知させれば、彼らの意向を管理局の運営に反映させることができる。
すなわち、管理局に所属している地球出身の提督──はやてがその最たる人間だ──に対し、地球の意思を通じて大きな発言力をミッドチルダが持つことができる。
いかにはやてがロウラン派閥の最右翼といえども、自らの出身世界の意見を無視したことはできないはずだ。
そうミッドチルダは考えていた。
「艦長、重力アンカー開放完了!機関半速で前進します!」
「よっし、アップトリム一杯!上昇してインフェルノ内殻に貼り付け!ヴィヴァーロ、対地レーダースキャン開始!インフェルノ内殻の形状を1ミリの誤差もなく書き起こせ!」
「わかりました艦長!」
「艦長、フェイトさんとシグナム一尉が敵大型バイオメカノイドと戦闘に入りました!敵は三つの首を持つ巨大竜とのことです!」
フェイトたちからの通信をポルテが伝える。
竜は青紫色の表皮を持ち、四本の脚と一対の翼、三本の首と二本の尾を持つ。
これまでに確認されたどの個体よりも生物的な外見を持ち、金属装甲ではないシリコン質の皮膚と肉を持っている。
その体躯は大クモよりもさらに一回りほど大きい。
念話回線にも混じってくるほどの、不気味な呪詛のようなドラゴンの鳴き声が、インフェルノ艦内に響いている。
ミッドチルダは、1年の終わりまであとわずかの夜を迎えていた。
もう幾たびか太陽が昇れば、人々が新たな年を迎えたことを実感する。
それは単に太陽の周りをミッドチルダが公転する周期をある一点で区切ったに過ぎないが、そうしてひとつの区切りを引くことで、人間はものごとの基準を手に入れることができる。
逆に言えば、基準がなければ人間はものごとを認識することができない。
その基準をもたらす存在は、時空管理局においては次元世界そのものである。
次元世界とは虚数空間によって分断された、並行世界のようなものであると従来は考えられてきた。
虚数空間を航行するとはすなわち、別の宇宙へ行くようなものだと考えられていたのである。
しかし、どこの次元世界を訪れても観測される現象や物理法則、天に輝く星々の姿、そして宇宙の姿──が同じであるという事実が次第に明らかになるにつれ、次元世界とはもともと一つの宇宙であるものが、何らかの原因で分断されているのだという説が生まれた。
最新の観測による宇宙の年齢は137億年である。
よく誤解されるが、これは宇宙の大きさが137億光年という意味ではない。実際の宇宙は、数千億光年もの途轍もなく広大な空間を持っている。
あくまでも137億年前に発せられたビッグバンの残滓が観測されているというだけであり、宇宙という次元空間がつくられる速度は光速限界に縛られない。
別々の次元世界が一つの宇宙に由来することを確かめる方法として、それぞれの世界から同じ天体を観測しその結果が一致することを確認するという方法が考えられた。
そして確かに、それぞれの世界で同じ天体──用いられたのはじゅうぶんな遠距離にある銀河である──を観測することに成功した。
しかし同時に、それぞれの世界で得られた天体の位置をもとに、当該次元世界が存在するであろう方角に望遠鏡を向けても、その世界の存在を観測することができなかった。
同じ天体が見えているのに、それを見ているはずの相手は見えない。
これは次元世界における現代宇宙論の最大の課題として残されていた。
この問題を解決する糸口が、第511観測指定世界、惑星TUBOYにおいて発見されたのである。
次元災害の原因と考えられていたいくつかの現象は、それが宇宙規模の自然現象に由来するものであり、そしてそれこそが宇宙をいくつもの次元世界に分断していた原因そのものであった。
宇宙スケールでは、時空連続体は複雑に巻き取られた形状をしており、それぞれの次元世界を隔てている壁(物理的な境界が存在するわけではない)は巻き取られた時空が折り重なった部分であると考えられる。
そして惑星TUBOYとそこへ到達したガジェットドローン#00511の観測したデータにより、この時空の折り目──これまでは次元断層や位相欠陥などと呼ばれていた──は、次元世界人類の想像以上に、各次元世界を結び付けていることが分かってきた。
聖王教会騎士、カリム・グラシアは、これまでに著された預言書の内容を改めて精査し、いくつかの預言に現れた、次元世界の成り立ちに言及している部分を、改めて再解釈を試みていた。
次元世界を隔てている原因が、宇宙規模とはいえ自然現象であるのなら、長い年月の間にはその位置や見かけが変化していることが考えられる。
およそ300年前までしか遡れない現代文明よりも、古代ベルカの文明はさらに長い期間繁栄を続けていた。
現代ミッドチルダの歴史学では、ほんの300年程度の昔をさえ、先史時代と呼んでいるのである。
それはあるいは、質量兵器を大規模に戦争に用いていたことに対する忌避感があるのかもしれない。
しかし今や、ミッドチルダの魔法技術は、かつての質量兵器をはるかに上回る水準まで膨張してしまっている。
時空を直接破壊する、究極の次元属性魔法──アルカンシェルの発明により、現代魔法兵器はひとつの特異点に到達したとみられた。
各次元世界はアルカンシェルを戦略級兵器として大量に配備し、互いに牽制しあった。
これが放たれるときとは、敵国の母星に対する先制奇襲攻撃をかけ、反撃の機会を与えずに惑星ごと葬り去るという使用方法である。
しかしすぐに、このアルカンシェルを次元潜行艦に搭載して深宇宙に配備し、第2次報復用兵器として運用する方法が考えられた。
すなわち、もしある国がその敵対している国に対しアルカンシェルを撃ち、母星を攻撃したなら、たとえ母星に配備されている兵器をすべて制圧したとしても、次元潜行艦に搭載されたアルカンシェルによって反撃を行うことが可能である。
次元間の移動や、虚数空間への潜航が可能な次元潜行艦は、いかなる作戦を用いても、いちどに完全に破壊しつくすことが困難である。
ここに、アルカンシェルを基底にした相互確証破壊による軍事バランスが成立した。
「騎士カリム──?」
消灯前の見回りをしていたセインは、カリムの執務室から明かりが漏れているのを見つけた。
部屋はランプも点けておらず、机の上に広げた情報端末のディスプレイの光だけが煌々とカリムの貌を照らしあげていた。
「──どうしましたか、シスターセイン」
「だめじゃないですか、こんな部屋暗くしてちゃ、目を悪くしますよ──」
蛍光灯のスイッチを入れようとしたセインを、カリムは手を静かに挙げて制止した。
ディスプレイを見続けて乾いた目を擦り、机のスタンドライトを点ける。
教会では、クラナガンの近代住宅ほどには電気製品は使われていない。
事務職員の使う情報端末や室内照明といった程度で、暖房や空調も古くからの換気口や薪の暖炉などである。
教会周辺の極北ミッドチルダ地域は、現在では年配者や現役を引退した資産家たちの別荘も建ち並んでいる、のどかな田舎の装いを見せている。といっても、クラナガンからそれほど離れていない、あくまでも田舎風の別荘地、という程度だ。
現代の次元世界の科学技術では、自然界の魔力素を効率よく利用するために電気が発明されたが、聖王教会では今でも古い魔力をそのまま使うしきたりが残っている。
「──過去の預言ですか?」
「“旧い結晶と無限の欲望が交わる地
死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る
死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち
それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる”
──JS事件当時のものです。これに基づいて機動六課は設立され、ゆりかごを発見──撃沈に至りました」
「これは、私たちの」
JS事件の当事者──セインもその一人である。当時は、戦闘機人ナンバーズとしてスカリエッティと共に活動していた。
「確かに、あの当時起きた事件、出来事をこの詩篇は的中させているように見えます──しかし、これには別の解釈が可能な余地があります」
「それは──」
カリムは情報端末を操作し、ディスプレイ上に詩篇の2行目を拡大して表示させる。
「“死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る”──これは、聖王のゆりかごが起動するという解釈が当初はとられました。
しかし、ひとつ、説明できない部分があります──“死せる王”という言葉です」
「聖王のことなんですよね?」
「そうです。少なくとも、現在の陛下──ヴィヴィオが発見されるまでは、聖王の血筋とは絶えたものと考えられていました。ゆえに、死せる王の下とは聖王陵墓のことである、というのですが──
少なくとも過去、ゆりかご周辺では聖王家の者が葬られた陵墓は発見されていません」
言葉の意味を理解するわずかな間を置き、セインは息をのむ。
「ゆりかごはあくまでも古い船であり──それ自体が墓、ではないし、またゆりかごの中で生涯を終えた王がいたとしてもそれでは数が多すぎて言葉が不自然になります」
「じゃあ、騎士カリム──これは、ゆりかごのことを言っているのではない……?」
「この文中における王の原語は“lord”です。われわれ聖職者にとっては、この単語は正しく君主を意味しますが──言葉としては、その業界の有力者、立役者、黒幕──のような意味も持つのです」
「黒幕──」
「クラナガンでの先日の戦闘の顛末は聞きましたね。八神艦長、そしてレティ・ロウラン提督からの報告にあった、未知の外宇宙生命体──
そして、新たに発見された次元世界──そして、そこから飛び立った巨大宇宙戦艦」
「宇宙──っ、じゃあ、まさかこの詩篇は!?」
空恐ろしい想像に、セインは言葉を上ずらせる。机に両手をついて身を乗り出し、ディスプレイに表示された詩の原文を凝視する。
詩は魔力紙片の束に書き記され、現在読んでいるのはそれを電子データに入力したものである。
死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。
より平たく原文を訳すなら、「約束の地で名有りの人物が死に、彼女は神の力を得てよみがえる」となる。
これに符合する事実は何かと考えた場合、約束の地(聖地)とはアルハザードである。そして、いちばん最近になって発見された新たな次元世界、第511観測指定世界は、アルハザードの最有力候補と目されていた。
そこへ向かった管理局艦の1隻が遭難し、搭乗者が死んだ。
その後、ミッドチルダに、第511観測指定世界より現れた多数の外宇宙生命体──バイオメカノイド、そしてエグゼクターがやってきた。
エグゼクター──それは、地球の英語ではEXECUTORと綴って「法の執行者」をあらわし、さらにミッドチルダ語では綴りが変化してEXECTORとなり「君臨する者」を意味する。すなわち、王と言い換えることもできる。
詩篇の他の部分と合わせて考えると、この詩が意味するものとは、次元世界に君臨するモノの出現によって現在の時空管理局という世界運営システムが破壊されるということになる。
「管理局所属艦クラウディア──クロノ・ハラオウン提督の艦に、私の名前で既に任務を与えてあります。
惑星TUBOYより飛び立った敵戦艦インフィニティ・インフェルノを撃沈し、内部に存在するであろうエグゼクターを確保せよ──と」
「──騎士カリム、それは管理局の承認を……?」
「……いいえ。私にも、艦1隻程度を動かす権限はあります。それがクロノ君の艦であったことは幸いでした──いえ、これも因果の皮肉というものでしょうね。
もしミッドチルダが、クラウディアの艦長が私とつながりを持っているということを知ってあえて第511観測指定世界の探索任務にクラウディアを指名したのなら、ミッドチルダは管理局という組織に対し挑戦しようとしていることになります。
もう質量兵器戦争は過去のものであり、管理局による監視、管理は不要である、自分たちミッドチルダが世界を守り運営していく──そう考え始めてもおかしくはないところまで、現在のミッドチルダは来ています。
──シスターセイン、あなたのお姉様がひとつだけ私に訴えてくれたことがあります。欲望を失った人間はもはや人間ではない、と──あなたたちの父君の思いを無碍にしないでほしい、と──」
「ドクターの……」
「事実から目をそらして、人間社会の中で生きていくことはできません。それは私たちであっても同じです。聖職者は世捨て人ではないのですから──
無限の欲望とはミッドチルダのことです。暴走するミッドチルダが未知の外宇宙生命体を呼び覚まし、それに対処できなければ、もはや管理局は次元世界を運営していく権威を失います。
そうなったとき、たとえ嵐にもまれようとも、混沌に沈もうとも、次元世界人類は必ず──新たな道と生き方を見つけます。
自分たちのおかれた立場、自分たちが何者なのかという真実──それを、クロノ君は見つけようとしています。その答えが第511観測指定世界にあるのです」
セインもようやく、カリムが考察した新たな詩の解釈を理解した。
中つ大地という表現は、次元世界の境界が取り除かれるということである。すなわち、宇宙がいくつもの次元世界に分かたれている理由が判明するということである。
そしてそれが事実ならば、今度こそ本当に、管理局システムは崩壊の危機を迎えることになる。
自分たちの状況対処能力を超えた、圧倒的な力の存在によって。
インフェルノ内壁に接近し、外殻を向いて停止したヴォルフラムは、インフェルノ後部から接近してくる次元航行艦をレーダーにとらえていた。
すでに外部から撃ち込まれるミッド艦隊の砲撃によって外壁が貫通され、ヴォルフラムの艦影は彼らにも見えている。
先頭に立っているのはミッドチルダ海軍所属、LFA級戦艦アイギスである。
「クロノくん──ここでやる気か?」
クラウディアはヴォルフラムの前方12キロメートルに停止している。
はやては通常回線による無電を打つように命じ、クラウディアとの通信がつながった。
『本艦の任務は敵戦艦の撃破と敵機動兵器の回収だ。邪魔はしないでもらいたい』
「ミッド艦隊を巻き込んで、地球も巻き込むつもりか」
『敵戦艦の進撃を止められなかったことは残念だ。しかし、敵戦艦インフェルノは撃沈されねばならない』
「この宙域でか?地球への影響は避けられんぞ」
『我々が来ても来なくても、インフェルノは第97管理外世界に向かっていた。そうなったとき、管理局が、ひいては次元世界全体が、第97管理外世界のために何ができるかということだ。
もし、インフェルノの進撃を見過ごし第97管理外世界において現地住民に被害があった場合、管理局はその信頼を著しく失う』
「インフェルノの目的地がミッドチルダやなくて地球やと、最初からわかっとったゆうことか」
『それを確かめるために、敵機動兵器の回収が必要だ』
「っ──!!」
インフェルノ内殻で激しい爆発が起き、大型バイオメカノイドが姿を現す。
三つの首を上下左右に振り、あたりをうかがいながらゆっくりと這い出てくる。
この姿は、アイギスに続いて進入を試みているミッド・ヴァイゼン艦隊にも見えている。
艦内の空気はインフェルノの人工重力によって保持されているが、宇宙空間に向かって破口が生じているため、これ以上の内部での戦闘は危険である。
「艦長、ミッドチルダ艦隊、アドミラル・ルーフから通信です」
「つなげ」
クラウディアへの回線とは別に、アドミラル・ルーフからの通信をポルテが取り次ぐ。
スクリーンを2つ並べ、前面に出した方にアドミラル・ルーフを映す。
『我々にとって最も避けなければならないことは互いの意思疎通を怠ることだ』
「同感ですな、エーレンフェスト一佐」
『八神くん、インフェルノはすでに地球周回軌道へ乗っている。上層大気圏を使ってエアロブレーキをかけ、地球~月系のL5ラグランジュポイントへ向かう軌道だ』
「こっちでも探知しました。この軌道では、最接近距離では人工衛星が多数飛んでいる軌道に近づきます」
『インフェルノの近地点通過はあと80分後だ。地球接近に備え、艦をインフェルノ内部に突入させて地球からの探知を避けるべきというのがベルンハルト司令の判断だ』
「賢明ですね。今の状態では、私らもインフェルノの連れやと地球からは見られるでしょう。地球に近づけば攻撃されます」
はやてとカリブラのやりとりを、ルキノやポルテをはじめとしたヴォルフラムの艦橋要員も固唾をのんで見守っている。
地球は、はやてやなのは、そしてグレアム元提督の出身世界として、ミッドチルダ人からはむしろ近しい世界と認識されていた。
それが、軍事衝突の危険をはらむ緊張状態に陥っている。
たとえ個人個人がいい人であっても、国家として対峙した場合に同じとは限らない。
軍事力を持ち防衛の意志を持つ独立国家であるならば、やり方を誤った接近をすれば当然武器を向け合うことになる。
『率直に聞きたい。地球の武器は何があるのかね。我々は第97管理外世界の情報をほとんど持っていない』
もちろん、はやての知っている内容も、情報部の正式な手続きを経て調査承認されたものではない。
だが現場ではそんな悠長なことは言っていられない。
はやてはヴォルフラムのデータベースに登録しておいた地球製兵器のデータをアドミラル・ルーフに送信するよう命じた。これは地球においても軍の広報資料として国民に広く公開されているものである。
「地球には数万個の人工衛星が回ってますが、その中の、高度2400キロメートルにあるこの一群──こいつがキラーレーザー衛星です。
それから、地上から発射される核弾頭ミサイル──これは月軌道まで届きます。主要発射基地は北半球にあるこの二つの大陸にあります」
『防衛ラインはどのあたりに設定されている』
「そこまでは私も分かりませんが、地球の静止軌道が高度3万6千キロメートルで民間の衛星はここに多数配置されてます。少なくともここを守らないといけませんから、倍掛けして7万2千、おそらくこれより近づけば撃たれます」
『最初の接近で撃ってくる可能性はどれくらいあると考えているかね』
「五分五分──と言いたいとこですが、たぶん99パー撃ってくるでしょう。地球は私らの予想以上に管理局を知っています」
ミッドチルダにしても、地球に限らず管理外世界へ諜報員を派遣することはある。
そして、入手した情報はミッドチルダ国内であってもごく限られた人間しか触れることができない。
這い出してきたドラゴンが、羽を大きく動かして内殻を飛び立った。
フェイトとシグナムは敵が内殻を離れたことを確認し、ヴォルフラムへ帰還すると連絡してきた。
続いてなのはとヴィータも戻り、最後にスバルたちが、捕獲したグレイをケージに詰めて持ち帰る予定である。
「──?艦長、人工重力が──」
インフェルノ艦内の重力輻射が変化したのを観測し、ヴィヴァーロが言いかけたとき、突如ヴォルフラムの艦体が大きく傾きはじめた。
「ぬお!なんや!?電測、状況を確認せい!」
「これはっ、艦長、トラクタービームです!インフェルノ内部から強力な人工重力が放射されてます、艦が引きずられます!」
エンジンを止めていたので、ヴォルフラムの艦体は次第に後ろへ引っ張られていく。
『八神くん!敵大型バイオメカノイドへの攻撃は』
「待ってください!まだ本艦の降下部隊が戻って──!」
重力場に引きずられ、通信が途切れる。
クラウディアは独自に前進し、ドラゴンに主砲を向けた。
進入してくるミッド艦隊はひとまず外殻の裏側に退避している。
「ルキノっ、全速前進!推力で艦を立て直せッ!!」
「っ了解、全速前進!機関室、魔力炉出力110パーセント!」
ドラゴンが這い出してきた大広間の通路から、フェイトとシグナムが脱出してくる。
幅数キロメートルもあるインフェルノの艦内空間で二人が目にしたのは、ドラゴンへの砲撃態勢をとっているクラウディアと、内殻の一部が盛り上がった場所に向かって引き寄せられているヴォルフラムの姿だった。
「シグナム、ヴォルフラムが!」
「くっ……、主!」
ドラゴンは3つの首をそれぞれ別の方向へ向けて攻撃ができる。すぐ近くにいたフェイトとシグナムに向けて、青いビームが発射された。
ビームはプラズマの塊を比較的低速で吐き出すもので、物体に触れるとエネルギーを解放して大爆発を起こす。
爆風で吹き飛ばされ、身体を回転させてなんとか体勢を立て直すが、つかまるものがない空間では艦内の地形は障害物にしかならない。
「テスタロッサ、ひとまずヴォルフラムに戻れ!ここでは重力が強すぎてまともに飛べん!」
距離が離れてしまったフェイトに向かってシグナムが呼びかける。
複雑な重力場に飛行魔法を乱され、わずかに注意がそれたところにドラゴンが追撃をかけてきた。
反射的にレヴァンテインを振り薙ぐが、プラズマの弾体が大きすぎた。
「シグナム──ッ!!」
激しい閃光が走り、艦内の空気に含まれる希ガス原子が励起されて光の波が広がる。プラズマの煙を纏いながらインフェルノ内殻に叩きつけられ、炎に混じって魔力残滓が散らばっていく。
無重量状態の空間では、物体は思いもよらぬ飛び方をする。流れる魔力光が、複雑に曲がりながら拡散していく。
人工重力を振り切って艦内空間を漂いはじめる破片の中に、レヴァンテインの刀身が混じっているのをフェイトは見て取った。
敵が撃つ砲撃は途方もない破壊力を持っている。
高速で飛び散ったレヴァンテインの破片を浴びて、頬や額から血が流れ出している。
「──急げ……!スバルたちの、援護をしろ……!」
「シグナム!」
揺れる大気に、ドラゴンの呪詛が耳を蝕むように響く。
これほど接近していては艦砲射撃はできない。クラウディアも、艦載兵装ではシグナムを援護することができない。
刀身の中ほどから折れたレヴァンテインを胸の前に構え、シグナムはドラゴンの三つ首を見据えた。
「行け、テスタロッサ!この化け物は私が相手をする!」
「──はいっ!」
フェイトが全速で飛び立ったのを見届け、シグナムはドラゴンを見上げた。
3本の首を交互にくねらせ、空間を這うように近づいてくる。
先ほどのプラズマブレスで完全に破壊されていないのを見て取ったのか、やや警戒するようなしぐさを見せる。
その姿はあまりにも生物的に過ぎた。
「さあこっちへ来い……貴様に主を拝ませられるか……!」
レヴァンテインが大破した状態では、大半の魔法を撃てなくなる。
残された機能は、接近しての魔力付与攻撃である。
その場合、敵に近づくということは反撃を受ける危険が非常に高くなる。何より、ドラゴンが相手では体格差がありすぎる。敵の体重はおそらく数千トンはある。
巨大な質量はそれだけで武器になるのだ。
ドラゴンと対峙するシグナムに、クロノとはやてがそれぞれ念話を送ってくる。
『シグナム一尉、できるだけすみやかに距離を取ってくれ。君がいては本艦が攻撃できない。大型バイオメカノイドは人間が相手をすることは困難だ』
『ハラオウン提督か──だがまずは主はやてへの説明をしてもらいたい』
至近距離での爆発で視覚神経にダメージを受けた。右目が、焦点を合わせられなくなっている。
ぼやけた視界に、右腕に刺さって食い込んだ金属片が見える。レヴァンテインのものではない、インフェルノ内壁から剥がれ落ちたニッケルと鉛の塊だ。
『時間がない』
『わが主を愚弄することは許さんぞ』
『シグナム、言い合っても始まらん!クロノくん、クラウディアの攻撃でそいつをやれるか』
『現在動けるのは本艦だけだ。八神艦長、君は君の任務を』
『っ──わかった!聞いたなシグナム、はよ戻れ!』
やや逡巡し、シグナムが飛び立とうとするよりわずか早く、ドラゴンが再び呪詛を放ち始めた。
およそ聞いたことのない言葉で、それが声なのか、テレパシーのようなものなのか、とっさにわからない。音の定位を判別できない特殊な音波を放っている。
「く──っ!?」
『シグナム、どうした!返事を!早う戻らんと!』
「あ、主──敵の、これは一体──!!」
ドラゴンの三つ首に睨み付けられるように囲まれたシグナムは、とっさに動けなくなっていた。
肉体と意識が分断されたように感じ、聴覚神経に注ぎ込まれる呪詛の音波が、頭の中で直接脳をつかんでいるように感じられる。
運動能力に拘束をかけるということは神経性の攻撃だ。
クラウディアでは、ウーノが敵の発する攻撃を分析していた。
「幻術魔法です。それもかなり強力な」
「金属質の体表を持たないのは姿を変えるためか──」
ドラゴンの翼から、光が屈折するほどの揺らぎが放たれる。
それは呪詛に連動しているように見え、さらに、揺らぎがいくつかの場所でかたまりをつくり、実体化し始めた。
揺らぎの中を通過する光の周波数がドップラーシフトによって変動し、電磁波は七色の可視光線を放つ。ドラゴンがその背から幻影を生やし、触手のように動かしている。
幻影を振り払うようにレヴァンテインを向け、炎熱を撃つ。デバイスによる制御がない状態では炎をただ撒く程度しかできない。
「くっ──、ヴォルフラムへ、誘導を要請──視界が利かない──!」
空気の粘度が高まったように、シグナムには感じられていた。平衡感覚がなくなり、密度の高い液体の中に浮かんでいるようだ。
ヴォルフラムの艦影は、遠くでゆらゆらと揺れ、ゆがんで見える。光が見える方向と、音が聞こえる方向が違っている。
「まずい、五感をかなり奪われとる──ルキノ、敵のトラクタービームからは脱出できんか!」
「出力が強すぎます、危険な状態です!機関室、飛行魔法出力はこれ以上あがらない!?」
『無理です航海長!既に魔力炉出力120パーセント、これ以上はオーバーヒートします!』
「シグナム一尉が帰還します、着艦コースへ誘導を!」
「艦が不安定な状態や──着艦位置が取れん!クソ、インフェルノ内壁のどっかにつかまれるとこ探してそこへ逃げ込め!なのはちゃんとヴィータもや!」
ヴォルフラムの艦橋から、こちらへ飛んでくるシグナムと、その向こうにドラゴン、さらに右手遠方にクラウディアとアイギス、アドミラル・ルーフが見える。
「っ──艦長、ドラゴンがこちらに!プラズマ弾発射を確認!3発いっぺんに来ます!」
「どちくしょーが──」
「艦長、この位置では撃てません、シグナム一尉が射線上に!」
左右に避けようとすれば、たちまちトラクタービームに引き込まれる。
このまま主砲を撃ってプラズマ弾を迎撃しようとすれば、シグナムごと吹き飛ばしてしまう。
トラクタービームを放っている部分は、内殻から生えた塔のような構造物だ。
土台部分にツメが生えた釣鐘のような形で、多重構造の室内空間を持っている。
塔の頂上に据え付けられた社からビームは放たれている。あるいは、宇宙空間での牽引用の装置なのかもしれない。
「主──まだ、一発だけなら──!」
「──シグナム!!」
幻惑された視覚の中でも、プラズマ弾の弾道は見えた。
ヴォルフラムの前方1500メートルで、シグナムはプラズマ弾に体当たりを敢行した。
それはヴォルフラムの艦橋からも目視できる距離だった。
再び、狂おしい閃光と魔力残滓が飛び散る。シールドや魔力弾生成時に発生する余剰魔力ではない、魔力で構成された物体が破壊された時に出てくる魔力残滓は、魔法生命体であればまさしく肉体が削り取られていることを表す。
爆風に吹き飛ばされ、魔力光とプラズマの破片に混じって、低い大気温度で凍結した赤い結晶が吹き寄せてきた。
ヴォルフラム艦橋の窓にぶつかり、チリチリと音を立てる。
「血……これはっ、シグナム一尉!?シグナム一尉、応答してくださいっ!!」
飛び散ってきたものが何かを理解したポルテが、通信端末に向かって叫ぶ。
大量の荷電粒子によって燃焼する希ガス元素の煙を振り払って、さらに残りのプラズマ弾が飛んでくる。
「ニャロ……艦長、プラズマ弾本艦前方距離300!!間に合いません、被弾します!!」
「総員対ショック姿勢!何かにつかまれ!!」
はやてが叫ぶ。直後、狂おしい衝撃がヴォルフラムを揺さぶった。
希薄な大気に減衰されることなく飛んできたプラズマ弾が、ヴォルフラムの前甲板中央付近に命中した。
大質量のプラズマの塊がシールドを圧壊させ、運動エネルギーと熱エネルギーを発散する。荷電粒子砲やフェーザー魔導砲と違い、プラズマ砲はエネルギー弾でありながら砲弾の質量が実体弾並みに非常に大きい。
プラズマ化した金属は周囲の原子から電子をはぎ取ってイオン化させ、物体を破壊する。
ソニックムーブでシグナムを抱えて離脱したフェイトは、爆炎に包まれるヴォルフラムの艦影を振り返り、戦慄に心を支配されていた。
直撃弾だ。おそらく命中したのは前部1番主砲付近だ。
あそこには砲塔操作のための要員がいる。あれだけの爆発では、砲塔基部、ターレット部の装甲も貫通されている。
現代の次元航行艦では、シールドを生成する防御魔法の進歩により物理的な装甲は減らされ、船体規模に余裕のある戦艦以外ではほとんど弾片防御程度の防御力しか持たない。
数秒おいて、砲塔内の魔力弾カートリッジが誘爆したらしい青白色の魔力光が噴きあがる。
LS級では魔導砲へのカートリッジロードは自動化されているが、カートリッジの魔力充填操作は人力で行われている。
砲塔1基につき、6名。どれだけ生きているだろうか。
「はやて──ッッ!!」
被弾の衝撃で推力中心がずれ、ヴォルフラムは艦首から引き込まれるように回転してトラクタービームに引っ張られる。
逆噴射も間に合わない。
この位置から飛んだとしても、たどり着いたとしても何もできない。人力で次元航行艦を押し返したりなど、不可能だ。
何もできない。
ヴォルフラムの舷側がインフェルノの内殻に接触し、側面部のアンテナが折れ曲がって削れ、火花を散らして吹き飛ぶ。
内殻の隙間にはなのはとヴィータがいるはずだが、あの勢いではよけられない。
「はやてぇぇっ!!誰か助けて、なのは、クロノ、助けてよ!はやてをっ──!!」
フェイトの叫びも空しく、フェイトの見ている目前で、ヴォルフラムは艦体を裏返しにした状態でインフェルノ内殻の塔に激突した。
ヴォルフラムが衝突した衝撃で塔が破壊され、トラクタービーム自体は止まったが、いったん勢いがついた艦体は凄まじい慣性質量でインフェルノ内壁を抉り、めり込んでいく。
逆さまになってインフェルノに激突した艦橋が押し潰され、スタビライザーフィンがはじけ飛んでくる。
削り割られてめくれ上がった壁面が破片を散らし、艦の各所が接触で火花を上げる。
「はやて……はっ!?」
空間のゆがみが通過する。
フェイトのすぐそばを、ドラゴンが放った幻影が通過していった。
あのドラゴンは幻術魔法の使い手だ。人間の魔導師ではない、竜そのものが魔法を使う。機動六課にいたフリードでさえ、これほど高位の魔法を使ったことはなかった。
『フェイト、フェイト!応答しろ』
「クロノ!?はやてがっ、ヴォルフラムが!!」
『まずはあの竜を倒すのが先だ、シグナム一尉を本艦に収容する!それから竜に攻撃をかける』
「はやてたちは!?」
『竜を片づけなければ救助活動も行えん、急げ!』
「わっ、わかった」
フェイトはシグナムを抱えてクラウディアに向かう。
クラウディアでは、搭載する大型魔導砲の発射準備を行っていた。
XV級では主要砲熕兵装となる5インチ魔導砲3門の他に大型の魔法陣式砲台を搭載しており、JS事件においてゆりかごに向けて発射されたのもこちらの大型魔導砲である。
フェイトの離脱を確認し、クロノは魔導砲発射準備を命じた。
クラウディアの甲板に白色の魔法陣が浮かび上がり、砲撃のためのエネルギーをチャージしていく。
なのはとヴィータは逃げ込んでいた内壁の窪みから、周囲の様子をうかがっていた。
トラクタービームに引き寄せられたヴォルフラムの艦体が内壁を抉るように高速でぶつかり、危うくなのはたちも巻き込まれるところだった。
それよりも前に、ヴォルフラムに向かってきたプラズマ弾を止めるためにシグナムが特攻したのも見えていた。
ピラミッド状の塔に覆いかぶさるようにして、完全に裏返しになった状態でヴォルフラムは停止している。
艦の動力が生きていれば、艦内に入れば床面に立つ方向へ人工重力がはたらいているはずだ。
「くそっ、待ってくれ高町、足が……」
崩れてきた壁の割れ目にヴィータの足が挟まり、動けなくなっている。
戦闘の高揚で痛みが麻痺しているが、骨が折れているとなのはは咄嗟に見て取った。
「だめだよヴィータちゃん、折れてる、無理に動かしたら──!」
SPTのパワーアシストで壁をどかそうとするが、厚さが1メートル以上もある絡まった金属の塊で、なのはの腕力ではどかせそうにない。
かといって、こんな至近距離で魔法を撃つわけにもいかない。
壁材は継ぎ目のない構造で、バインドで縛ってどかすという方法も使えない。
「SPT、左脚部パージ、パーツを放棄する──」
「ヴィータちゃん、痛みはっ!?」
「仕方ねえだろ!足の一本や二本、飛んでりゃあ関係ねえ!」
流れ出した血液が、インフェルノ内殻の内部に滴り落ちていき、奥から何かの金属に触れて反応し白煙が上がってきている。
今の状態で塩素ガスを吸い込んでしまったら、本当に痛覚が麻痺して酩酊してしまう。
ヴィータはSPTの左脚部パーツを切り離し、通常の騎士甲冑を左脚部分だけ解除して強引に足を引き抜いた。
皮膚と筋肉が引きちぎれる湿った音に、なのはは目を覆うこともできずに息を詰まらせる。無理に力をかけたのでバランスを崩して転び、倒れたヴィータはグラーフアイゼンを杖代わりにしてなんとか起き上がる。
バックパックの飛行魔法を併用し、右足だけで立つバランスを取る。
左足が、太ももの中ほどから無造作にちぎられた状態は普通の人間なら痛みで動けないほどだ。
神経系に補正をかけて痛覚をキャンセルし、脳内麻薬物質の分泌を促す魔法を処置している。
ヴィータの青い瞳は、頭から流れる血と涙が混ざって鮮やかなマゼンダに染まっていた。
「とにかく、はやての……ところに行くんだ」
内壁にグラーフアイゼンを引きずる、重い金属音が地を這う。
なのはは何も言わず従うしかない。
ヴォルフラム艦内では、副長のエリーが乗員の点呼を行っていた。
激突の際に壁やコンソールに身体を打った者が何人かいたが、艦橋要員は全員の無事が確認できた。
CICにいたレコルトも、転倒して全身打撲だがとりあえず会話はできる状態だ。
「艦長!艦長は、誰か見ていないですか!?」
ヴォルフラムの艦橋はほぼ天井の中央付近から塔の構造材に貫かれ、串刺しになった格好だ。
衝撃で艦内の機器などが外れて転がっており、発令所も床がゆがんで室内がひしゃげている。
「艦長──ッ!!」
エリーの呼びかけに、はやてはかすかに意識を取り戻した。
背中が冷たく、重力が背中に向けてかかっている。床に仰向けに倒れた状態だ。
指は動く。それを確かめると、ついで手のひら、手首、腕が動くことを順に確かめていく。
右腕をなんとか挙げ、エリーに知らせようとする。
身体を激しく床に打ち付けたのか、足が立たない状態になっている。
「艦長!今助けます、そこで動かないでいてください!」
発令所の床に落ちた配管を飛び越え、エリーとルキノがはやてを助け起こしにやってくる。
頭を打った衝撃で一時的に脳震盪を起こしたようで、とりあえず身体は無事に動かせる状態だ。
「大丈夫ですか、立てますか!?」
「あー……なんとか、っと、足元が危ないな、すまんエリー」
「無事で何よりです、私につかまってください」
「艦はどうなっとる、皆は」
はやてを担ぎ、エリーは艦橋の下段に降りた。
天井が破られて発令所に鉄骨が突き刺さり、室内空間が潰された状態になってしまっているため発令所からの指揮はとれない。
空いたスペースがある操舵席と、電測室、CICからの指揮が可能かどうか、レコルトとヴィヴァーロが機器の点検と動作確認を行っている。
「派手にやられました。機関は緊急停止、今再起動を試みてます。敵大型バイオメカノイドのプラズマ弾により1番主砲大破、2番主砲動作不良です。
1番主砲の要員は、残念ですが──」
「──わかった。他にケガした者は」
「みな軽傷です。砲雷長も頭を打ちましたがとりあえず勤務継続可能です」
「すまんな。──敵はどうなった」
「あれを見てください」
ヴォルフラムの窓から、砲撃を浴びているドラゴンの姿が見える。
クラウディアは艦首魔導砲でドラゴンを撃ち、応戦している。ドラゴンはそれでも一撃では倒せず、大柄な体躯で動き回り、時折プラズマ弾を撃っている。
艦の機動で回避するためにクラウディアはドラゴンにそれほど接近できず、サイドスラスターを駆使してプラズマ弾をかわしながら、遠距離から砲撃を行っている。
「──!こちら、管理局次元航行艦隊ヴォルフラム、応答してください!……──あっ、は、はい!こちらヴォルフラム、現在敵戦艦内殻表面にて停止中です!はい、わかりました、伝えます!
っ、副長!通信がつながりました、クラウディアが応答しました!フェイト執務官とシグナム一尉はクラウディアに収容、応急治療中とのことです!」
通信席で連絡を取っていたポルテが、エリーたちを振り返って叫んだ。
彼女も煤と油で顔や服が汚れてしまっていたが、その表情は純粋に生還を喜んだ笑顔が戻っていた。
続いて、機関の再始動に成功したとの報せが機関室から届いた。
機関が動けば、艦を離床させて脱出することができる。
スバルたちの班を収容したら、急いで離床し退避しなければならない。
「艦長、メインノズル噴射可能です、飛行魔法出力12パーセントが限界ですが、なんとか飛べそうです」
機関室と連絡を取っていたエリーが報告する。
その声に頷きつつ、はやてはヴォルフラムにさらに迫りつつある敵の存在を見ていた。
「喜ぶのはもうちっと待てや……。今の本艦の機関始動を察知してバイオメカノイドがやってくるぞ。
連中は魔力を放つ物体に引き寄せられる。次元航行艦のエンジンなんぞ夏の夜の虫が飛び込む松明みたいなもんや」
はやてはシュベルトクロイツを起動させてバリアジャケットを装備し、他の乗組員たちもそれぞれの携帯デバイスを取り出していつでも撃てるようにする。
基本的に次元航行艦勤務の水兵には、艦内でのオペレーションの邪魔にならない程度の拳銃型デバイスが支給される。
艦艇の乗員が直接戦闘をするケースは現代ではまず考えられないため威力は最低限のものだが、牽制程度はなんとか行わなければならない。
エリーの持つデバイスは索敵能力に優れた支援向きで、サーチスフィアを放出して艦外の様子を探ることができる。
手元に投影されたスクリーンには、ヴォルフラムに向かって壁面上を歩いてくる、夥しい数の人型の幻影が映っていた。
「これはっ、バイオメカノイド……!?」
スクリーンを見たポルテが戸惑いを含んだ驚きを漏らす。
幻影は、シルエットだけなら人間のように見える。これまで確認された二足歩行型のバイオメカノイドはいずれも人間とはかけ離れたプロポーションをしていたが、これは人間そっくりに見える。
エリーはさらに、幻影の向こう側、幻影を追いかけるように向かってくる影を見つけた。
拡大投影すると、赤い影と白い影が見えた。
その姿は、エリーたちにとって安堵を生じさせるものだった。
「高町さん!ヴィータさんも、二人が来ます!」
「幻影の動きに変化は」
「ありません、今本艦艦首に乗り上げました。ヴィータさんたちの方もかなりやられたようで速度が出ません、追いつく前に幻影がここに到達します」
「総員、宇宙服バリアジャケット着用。緊急事態に備え、緊急脱出の手順を確認せよ。各部署、交代で復旧作業に当たれ。
負傷者はただちに応急処置を。モモさんとシャマルの出番や」
はやてはシュベルトクロイツを構え、艦橋の露天部分へ出た。
艦自体のシールドが作動できないため、艦内の防御は構造材の強度のみに頼ることになる。
「ポルテ、メーデーを発信してロックしろ。エリー、私以外の艦橋要員は発令所から退避、それぞれの管轄部署にて待機。
奴らの相手は私だけで十分や」
「艦長、しかしそれでは艦長が危険です」
「他のみんなは丸腰もおんなじや、生身でバイオメカノイドとやりあえへん。私やったら敵を食い止めるくらいはできる」
幻影が、上を向いた艦腹を登ってくる。
なのはたちは飛行魔法が使える高度で、幻影を追いかけてくる。
よく見るとヴィータのSPTは片足がない。目を凝らすと、SPTのパーツだけでなく左足自体がなくなっている。
「ヴィータ……!」
ヴィータはやっと飛ぶくらいしかできず、片足の痛みで魔力が出ない状態だ。
「なのはちゃん、今こっちはシールドが使えん、あんまり艦を壊さんといてくれよ」
「はやてちゃん!無事だったんだね、シグナムさんは、フェイトちゃんがクラウディアに運んでくれたって」
「こっちでも聞いた。私らが切り抜けなあかんのはあの三つ首がバラ撒いた幻影や──!」
幻影といって、とはやてはふと思案した。
幻術魔法とは本来は敵のかく乱を目的とした魔法である。このように明らかに偽物だとわかる状態で使っても意味はない。
あえて大量の幻影を放つとすれば、それは敵の攻撃を分散させ精度を落とすためのノイズ・メーカーである。
夜天の書を開き、フリジットダガーの発動準備をする。
氷結属性を付与することで空気中の水分や元素を凝結させ、実体弾としての効果を発揮できる。
「撃ッ──!」
ダガーの弾体が出現した瞬間、幻影たちが突如走りだし、飛びかかってきた。
最前列にいる4体へ向けてまず発射する。
フリジットダガーが命中した瞬間、幻影は崩れ、灰色の粘土のようなものに変化して落下した。
さらに別の幻影が落ちた粘度を踏み、幻影の色が灰色から青紫に変化する。
幻影の内部に赤い光が生まれ、直後、鋭いレーザー光が放たれた。
咄嗟に身体をかがめたはやての肩口のあたりを突き抜けてレーザー光が飛び、背後でヴォルフラムの艦橋外壁にぶつかって破裂音をあげる。
「っつ、こいつは──エネルギー吸収体!?」
「はやてちゃん──!」
粘土を他の幻影も次々に拾っていき、やがて、人間型のシルエットが溶けて、液体金属のようにくっつきはじめる。
幻影というよりは、ドラゴンから分裂した即席の使い魔のような物体だ。
「おお……」
驚愕か、怨嗟か。はやては思わず声をこぼしていた。
シュベルトクロイツを左手に握って杖をつき、レーザーを被弾した左肩を右手で押さえる。
合体した幻影は、やがて一様な黒い色だった表面を変化させ、ある一つの姿を作り出した。
本来の幻術魔法であれば、偽物の姿を取る瞬間を見られていれば意味はない。
しかし、あのドラゴンが放った幻影は、見た目を擬態するだけでなく相応の戦闘能力と耐久度を持っている。
「そんなっ……まさか!!」
上空から追いかけていたなのはとヴィータも驚きを隠せない。
幻影が形作った姿は、かつて18年前、雪が舞う朝に光と消えたはずの、闇の書の意志──初代リインフォースの姿だった。
なぜ、どうして。
なのは以上に、はやてとヴィータは愕然としていた。
一体、どうして。
単に幻影がだれか不特定の人物の姿をとっただけなら、驚きはしてもそれだけだ。
しかし、その人物の姿が、自分たち以外誰も知りえないような姿だったとしたらどうだろうか。
この姿の外見を、敵はいったいどこで知り、見て、覚えたのだということになる。
「嘘やろ……──っ、もしかして!?フェイトちゃん、フェイトちゃん聞こえるか!シグナムは今どんな具合や!?意識はあるんか!?」
はやてはフェイトに念話を送った。もし敵が、現在交戦している自分たちからリインフォースの外見を入手したというのならまだわかる。
だがもし、もう一つの予感が当たっていたら──さらに、敵は驚くべき手段を持っていることになる。
『はやて!?今処置して……けど、──、傷が深くて、──……い!!』
「くそっ!ジャミングか!?距離が遠すぎるか──」
リインフォースの姿をとった幻影は、さらに右手を差し出し、はやてがよく知る本の形を出現させた。
その本は、まさに本物が今はやての手元にある。いかに見た目をそっくりにつくりあげても、その蒐集した魔法を使ったりなどできないはずだ。
再び、ドラゴンが放つ呪詛の声が聞こえる。
これはドラゴン本体ではなく幻影が放っている。
リインフォースの顔をし、リインフォースの表情をして、しかし声は、地の底、闇の底から響くようなおどろおどろしい、人間のしゃべる言語ではないような呪文を唱えている。
この呪文を聞くと、何かが壊される。集中力が途切れてしまう。精神の仕組みが崩されそうになる──はやては思わず、肩を押さえていた手を胸元に移し、心のありかを確かめるように強く胸を押さえた。
呪文が響く。もはや、インフェルノ内部の広い空間に完全に反響しているように聞こえる。
あのドラゴンが唱える呪文は、精神攻撃のような力がある。
「はやてちゃん、危ない──ッ!!」
なのはが叫ぶが、間に合わない。
咄嗟にシュベルトクロイツを振り上げてかばおうとしたが、杖ごと弾かれた。
リインフォースの姿をした幻影が、背中から展開した翼を変形させ、鋭利な鞭のように振り払ってはやてを打った。
足元が薙ぎ払われるような感覚がして、身体が浮く。
さらに切り返して、シュベルトクロイツが、握っている自分の腕ごと回転して飛び跳ねるのをはやては見た。
「っ……はっ……はやてえええーーー──ッッ!!」
ヴィータの絶叫が、ヴォルフラムの甲板に反射してはやての耳に届いた。
次の瞬間には、はやての視界には真っ暗なインフェルノ外殻の裏側が見えていた。
天を見上げている、いや、自分が突き倒されて視界が上に向けられたのだ。
立ち上がろうとするが、力が入らない。
詠唱が続けられるドラゴンの呪詛が、リインフォースの姿をした幻影を操り、はやてのそばに跪かせる。
「はやてええっ!うわああっ、ああああっっ!!」
ほとんど錯乱したような状態で、飛行魔法の制御も忘れて甲板に落下激突しながら、ヴィータは叫んだ。
リインフォースの姿をした幻影が、翼を変化させた黒い触手で、はやての両腕両脚を一瞬で、四本とも斬り飛ばしたのだ。
四肢を失ったはやては身体を制御できずに、ヴォルフラムの甲板に落ちる。
目の前で親友が身体を切り刻まれる瞬間を目撃し、なのはは身体が竦んでしまっていた。
SPTの飛行魔法で空中に滞空したまま、その場から動けなくなっている。
響き渡る呪詛が、言葉ではないはずの音を言葉と認識しようとして脳が混乱しかけている。
あのドラゴンが操る最も強力な武器は、プラズマ弾でもレーザーでもない。人間の脳を侵す特殊な波動だ。
「リイ……ン……?」
手足の切断面から血液が急速に失われ、はやては意識が薄れていた。
自分の傍らに跪いているのは幻影のはずだ。
それなのに、その顔は懐かしい。偽物だというなら、どうやってこれほど、自分に感情を想起させる容貌をつくれるのだ。
乗組員の避難を終えさせたエリーが、艦橋に戻ってきた。
艦橋の窓から、甲板に倒されたはやてと、その傍らに跪く何者かの姿を認める。
「艦長──ッ!!」
ヴィータは甲板に落下して起き上がれず、這いずって手を伸ばそうとしている。
もう、届かない。
何十メートルもあるヴォルフラムの艦首から艦橋までの距離を、ヴィータは届かない。
「エリーっ!!見えてるんだろ、はやてを助けろっ!!高町っ、ちくしょお!誰かっ、はやてを助けろおお!」
「ヴィータちゃん……あっ、ヴィータちゃん、身体が……」
なのはがゆらゆらと左手を伸ばす。エリーは咄嗟に自分のデバイスを取り出しはやてに向ける。
魔力量測定、リンカーコア活動レベル確認。
測定された魔力値はほとんど計測下限に消えかけていた。
「ッ……いけません!リンカーコアが停まりかけてます、艦長、このままじゃヴィータさんたちが……!」
リンカーコアの活動が弱まっている。
それはすなわち、生命活動が低下していることを意味する。
「えっ……嘘っ、まさか、……そんな!魔力が止まって、うそだろ、これって、はやて、はやて……!」
ヴィータの肉体が、末端部分から魔力残滓に変化して分解しつつあった。
通常この現象は、使い魔を作成した魔導師が、使い魔を残したまま死んだ場合に、魔力供給が途絶えて使い魔が消滅する現象として観測される。
ヴォルケンリッターもまた、守護騎士システムによって作成された魔法生命体である以上、魔力供給なしには活動できない。
自ら持つリンカーコアを維持するための魔力がなくなれば、消滅してしまう。
そして、ヴォルケンリッターへの魔力供給が途絶えるとは、夜天の書の主が死亡もしくは重篤な負傷によりリンカーコアが魔力を生成できなくなった状態である。
「はやて──ッッ!!」
ヴィータの叫びも声にならない。声を発生させる力さえもが消えていく。
歩くロストロギアとまでいわれたほどの、強大な魔力──それが、消える。想像もできなかったことが、起きている。
魔法の力が、及ばない強大な敵。それを目の前にして、自分たちはなすすべがない。
はやての命が、失われていく。
リインフォースの姿をした幻影は、はやてを看取ろうとするかのように跪いたまま静かにたたずんでいる。
なのはも、エリーも、それに手出しできない。
ヴィータの声が消えてしまったインフェルノ艦内の空間には、ドラゴンが唱える呪詛と、クラウディアの魔導砲の砲撃音だけが残っていた。