EXECUTOR ■ 12

■ 12

 

 

 海鳴市から、沖合いの水平線に上昇していく光が見えた。
 日本南方、小笠原諸島付近にいたアメリカ海軍のイージス艦「ケープ・セント・ジョージ」は、ソ連のミサイル発射を偵察衛星により探知してから6分後、迎撃用スタンダードミサイルSM-3を発射した。
 大推力で地球重力を振り切っていくR-7ミサイルを追いかけ、SM-3は軽量な弾体を生かして加速していく。

 迎撃ミサイル発射と同時にケープ・セント・ジョージはハワイ真珠湾にあるアメリカ海軍太平洋第3艦隊司令部へ報告した。さらに27秒後、真珠湾司令部からもケープ・セント・ジョージへ、ソ連のミサイル発射を確認したと連絡した。

 さらにその19秒後──SM-3が目標に命中するまでの予想時間98秒前──、迎撃中止が真珠湾司令部より命じられた。
 ケープ・セント・ジョージではただちにその理由を質問した。
 このやりとりに3秒を要した。

 SM-3迎撃ミサイルは、ロケットモーターで加速しある程度の距離まで接近した時点で衝突体を切り離し、敵ミサイルにぶつけて破壊するシステムである。
 ミサイルの最上段までは推力の大きいロケットエンジンが装備されているが、衝突体には姿勢制御用のスラスターしか装備されておらず自爆機構は持たない。
 衝突体が切り離されてしまえば、その時点で攻撃を中止することはできなくなる。

 ソ連は巨大UFOに向けたミサイル攻撃を決定しNATO諸国へ報告を行っており、地上を攻撃する目的のミサイルではないと発表している。
 そのため、ただちにSM-3を自爆させR-7へのダメージを避けよという命令だ。

 通信終了より5秒後、艦長とCICの間で命令の復唱が行われ、飛翔中のSM-3へ向け自爆信号が送信された。
 迎撃ミサイル発射から69秒後、目標命中までの予想時間75秒前の時点で、R-7を目指して飛んでいたSM-3は、沖縄諸島上空の成層圏で自爆した。
 破片のほとんどは風に流され、海上に落下するとみられた。

 

 

 同じころ、アメリカ・カリフォルニア州にあるパロマー山天文台では、口径200インチ(約5メートル)を誇るヘール望遠鏡を南天に向け、巨大UFOを狙っていた。
 元々同天文台で行われていた地球近傍小惑星観測プロジェクトの兼ね合いもあり、地球に接近した小惑星様の物体である巨大UFOを観測することに好都合であった。
 巨大UFOは遠地点がほぼインド洋の中央付近で、アメリカ大陸から見上げた場合、北西の空からゆっくりと昇り、地平線付近をスピードを上げながら移動して高速で北の空を突っ切り、徐々に進路を南に変えて南東の空へゆっくりと沈んでいくという動きをする。

 これほど極端な動きをする天体を、大型望遠鏡の赤道儀で追跡することはできないが、天球上の見かけの動きが遅くなる、昇ってきた直後とアメリカ大陸を通過して南側へ出た後の時間帯を狙って望遠鏡を向けることが可能だ。
 ヘール望遠鏡の解像度なら、地球から2万キロメートル程度の距離にある直径100キロメートルの物体を、表面の模様や色まで読み取れる。
 パロマー山天文台にはNASAからも技術者が緊急派遣され、観測技師たちと、望遠鏡のオペレーションについて打ち合わせを急いだ。

 ヘール望遠鏡の鏡筒先端には暗幕が掛けられ、核爆発による強烈な光線で反射鏡や撮像センサーにダメージが及ばないよう防護されている。
 もう数分ほどで、カスピ海から発射された12基のR-7ミサイルが巨大UFOに命中する。

 ソ連は先制攻撃を主張した。

 もし巨大UFOが地球にやってきた目的が侵略攻撃であるならば、後手に回ってからでは勝ち目はない。
 宇宙空間から砲爆撃をされ、都市が破壊されてからでは遅いのである。
 ソ連中央共産党書記長は、アメリカ大統領とのホットラインでそう言った。

 両国首脳が電話を繋いでいる間にも、ミサイルは宇宙空間をまさに驀進し続けている。
 R-7の場合、最終突入体を分離する直前まで軌道制御が可能であり、地上からの指令で攻撃を中止することができる。
 さらに弾頭には安全装置がかけられており、最終突入体を分離させた後でも装填された核爆弾を不活性化させることができる。

 アメリカは、異星人との戦争を起こさないことを最優先するべきだと主張した。

 互いの意思がどうあれ、先制攻撃をしてしまっては戦闘を止める大義名分を失ってしまう。
 こちらから仕掛けたのであれば、常識上、相手には反撃をする権利が生じてしまう。
 地球の国際法慣習が異星人に通用するかはわからないが、彼らがこちらからの先制攻撃を受けてもそれを許してくれる寛大な種族とは限らない。

 ソ連首脳部には焦りがあった。
 そして、アメリカ首脳部には油断があった。
 異星人からの情報提供があるという事実が、彼ら異星人とて万能ではないというもうひとつの事実を忘れさせていた。
 あの巨大UFOは異星人たちの船ではなく、現在地球上空では異星人たちが無人機動要塞たる巨大UFOを撃破するために戦っている。
 そこへ核ミサイルを撃っては、異星人の艦隊を巻き添えにしてしまう可能性がある。

 しかし、ハワイ・真珠湾にある太平洋艦隊司令部では、ホワイトハウスとは逆の決断をした。
 地球に接近する未確認飛行物体を、全く無視して迎撃しないということはできない。それは軍の存在意義を否定してしまう行動である。
 街の上空に未知の航空機が飛んでいるのにスクランブルをしないというのは、もし敵の爆撃機が街に爆弾を落とそうとしても防衛をしないと言っているのと同じである。
 軍とは国民を守るための組織である。
 地球に──すなわちアメリカ領空に接近する敵宇宙船に対しても、防衛のため、攻撃を加える必要がある。

 よしんばそれで抗議を受けても、正当防衛であると主張しなければならない。

 他の星では知らないが地球ではそうなのだ。
 この攻撃には地球の防衛の意志がこめられており、地球だろうが宇宙だろうがそれを主張しない者は生きていけない。

 意識が、太平洋の真ん中の小島から、銀河系にまでいっきに広がっていったように感じていた。
 真珠湾に建設された太平洋艦隊司令部では、これまでかつてないほどに、司令室に詰める将官たちの意識は高まっていた。
 軍人として、避けられない試練である。立ち向かわなければならない試練である。
 たしかにアメリカはこれまで異星人に数々の便宜を図り、さまざまな技術を学び、研究してきた。
それは時に陰謀論として語られ、政府を批判する材料となっていた。そういった批判の対象に所属する人間は、市民の糾弾に心を痛めながらも、その研究がアメリカの、ひいては地球の役に立つことを信じていた。
 それを証明するときが来たのではないか。

 自分勝手な市民は軍の隠蔽工作だ何だとうるさいかもしれないが、そんな市民であっても守らなくてはならない。
 それが軍人として、国を運営していく組織の人間として為すべきことではないのか。

 真珠湾基地からの問い合わせに対し、ホワイトハウスは正式に迎撃中止を伝達した。結果的に独自判断となった太平洋艦隊のSM-3自爆を追認した形になる。

 司令室の大スクリーンには、飛翔するソ連R-7ミサイルの軌道がマッピングされていた。
 もうまもなくあと20秒ほどで巨大UFOに命中する。命中予想地点は、インド洋上空、高度2万1700キロメートルだ。
 水素爆弾によって発生するβ線とγ線はそのほとんどがヴァン・アレン帯とオゾン層によって遮蔽され、地表に降り注ぐことはない。また放射性降下物も人体への影響はほとんど無視できるレベルと予想された。

 ハワイからはインド洋の空は見えないが、ニューヨークからは、南東の空に新星のように火球が輝く光景が見られるだろう。

 

 

 ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は、それぞれの戦隊ごとにインフィニティ・インフェルノ内部の空間に分散して待機し、重力アンカーを展開してしっかりと艦を固定した。
 このインフェルノが、地球の核ミサイルでどれだけのダメージを受けるのかはまったく予想が出来ない。
 シールドですべてはじき返してしまうか、それとも破壊されるか。
 もしインフェルノに対し核ミサイルが有効であった場合、これまでの戦闘でダメージが蓄積していた外殻がいっきに崩壊してくることが考えられる。

 その場合、艦内の人工重力にしたがって外壁は内部に向かって落ち込んでくる。
 外殻の厚さは数キロメートルもあり、これに巻き込まれれば次元航行艦であってもひとたまりもない。生き埋めになって脱出できなくなることが考えられる。

 艦を分散させて、艦隊が丸ごと埋まってしまう事態を避ける。
 クラウディアとヴォルフラムは外空間への脱出に備えてインフェルノの後部に待機していた。

 ミサイル命中まであと15秒。
 全艦の乗組員たちに緊張が走る。

 10秒。5秒。エリーは懐中時計を取り出し、命中予想時間を読み上げた。

「弾着──今です!」

 発令所に、張り詰めたような緊張と沈黙が満ちる。

 インフェルノは静かにたたずんでいる。

 不発か。あるいは無弾頭だったか。
 乗組員たちが安堵しかけたそのとき、計器をにらんでいたヴィヴァーロが発令所を呼び出した。

「副長、こいつは遅発信管です!ミサイルの弾頭は12発全弾、インフェルノの外殻にめり込んでます!」

 前方にいたミッド艦隊の艦では、大質量核爆弾の激突によってインフェルノの外殻が揺れ、細かい破片を散りばめながら外殻が軋んでいるのが見えていた。
 時速数万キロメートルという猛スピードで飛んできたミサイルは、命中の8秒前に最終突入体を切り離し、そしてインフェルノの全長に対し満遍なく、均等に命中させた。
 強固な球形の圧力容器に装填された水素爆弾は、命中して敵の船体──対地攻撃であれば敵陣地の地中深く──にめり込んでから起爆する。
 インフィニティ・インフェルノの船体に、起爆用原子爆弾が放つ崩壊熱によって赤みを帯びた12個の球体がめり込んでいる。
 このデザインは、かつてソ連が打ち上げた人類初の人工衛星、スプートニク1号を模して作られたものだ。
 球形は最も堅牢な形状であり、その球体に4本の制御用アンテナが取り付けられている。これは地上からの指令を受信し、また弾体の重心から離れた部分の質量を回転させることでスピンによる姿勢制御を可能にしている。
 この構造のため、最終突入体は目標命中まで精密な制御が可能であり着弾誤差も小さく、また安全に運用することができるようになっている。
 ソ連は特に堅実な設計を好む。
 それがこの、球体にアンテナが生えた独特の形状の核爆弾を生み出している。

「命中箇所は!魔力反応の逆探知はできますか!?」

「全艦、全域にわたってます!本艦至近には、左30度上方25度、距離8000メートル!こいつが爆発したら支柱が折れます!」

「艦長、ミッド艦隊が巻き込まれます」

「この際構っていられません、本艦の脱出を最優先します!
ルキノ、機関室へ魔力炉出力全開、ミサイル爆発と同時に結界魔法へ出力を切り替えてください!フリッツ、ただちに離床、全速反転して外空間へ向かいます!
重力アンカーは私の合図で解放してください!」

「了解……航海長、エンジンの具合はどうですか!?フルスロットルで何秒もちます」

「こちら機関室、魔力炉出力は33パーセントで30秒が限界です!それ以降は出力を18パーセントに落とします。
エンジンノズルは2軸とも無事です、フリッツ、目いっぱい吹かして大丈夫よ!」

「副長」

「それだけあれば十分です──電測長、地球ミサイルの監視を継続!爆発の兆候を見逃さないでください!」

「わかりました!おそらく30秒単位のカウントです、信管は電流爆破式かと、これなら起爆直前に大電流が出ます」

「了解──ポルテ、一応ミッド艦隊に連絡を!ベルンハルト司令に伝えてください」

「はい副長!」

 ポルテが無電を打ち、エリーは懐中時計のストップウォッチをセットしなおす。
 ミッド艦隊の側でも、探知したミサイルの命中箇所から、少しでも離れるように各艦が移動しつつあった。

「(シールドが有効なら弾頭が突入してきた時点で防いだはず──ということは!)
電測長、本艦より後方に命中したミサイルはありませんか!?」

「いえ副長、最も後部に命中したのは先ほどのものです!」

「了解、フリッツ、重力アンカー解放!ただちに全速反転、インフェルノ後部へ向けて全速で走ってください!ルキノ、魔力炉出力33パーセントで運転開始!30秒きっちりもたせてください!」

「はい!」

 後部メインノズルから魔力光を激しく吹き、ヴォルフラムは上昇していく。
 クラウディアはこのままインフェルノ艦内に残るつもりのようだ。

 インフェルノの後部は、並んでそびえている巨大なエンジンのうち1基がアルカンシェルの被弾によって脱落しており、直径2キロメートルほどの穴が開いていた。
 クラウディアはここからインフェルノ内部に進入してきたのだ。
 この穴なら船体構造が頑強な部分なので、ある程度は耐えられる。
 巨大な植物が根っこごと引き抜かれたように脱落したエンジンノズルは、直径が800メートル近くにわたり、スカート部分だけでも1キロメートル以上はある。
 エンジンにはジンバル機構が備わっており、円弧状の金属の塊が、ノズルに絡みつくようにしてアクチュエーターの役割を果たしていた。
 これも歯車や油圧シリンダーではなく、鉱物が結晶を成長させていくように増殖した金属元素が固まってできたものだ。内部の樹脂を移動させることで駆動している。

 この戦艦自体が、巨大なバイオメカノイドであり、金属生命体のようなものである。
 ノズルの根元に見える潤滑油のような脂状の液体は、培養した有機物細胞を金属と金属の隙間に塗りこんだものだ。
 人間が、筋肉と骨の間に脂肪細胞が充填されるように、バイオメカノイドは無機金属の外骨格を有機物油脂で潤滑している。
 彼らが体内で生成するグリースの成分は反応性の高いアルカリ金属なので、これはスライムの材料として排泄し、別に有機物を食べることで油脂を摂取している。
 まさに異形の生命体である。

 そして彼らには、もしかしたら生物と機械を区別する概念がないのかもしれない。
 このインフィニティ・インフェルノは、全長100キロメートルの宇宙戦艦であると同時に、全長100キロメートルの巨大生命体でもある。
 機械のように見える部分も、あくまでも彼らバイオメカノイドの肉体である。
 だとすれば、艦船としては一見無駄に見えるような二重の中空構造も、艦内の複雑な通路の入り組み方も、一見何の役に立つかわからないような動く床や脈動する通気孔も、それが生物であるが故の現象ということになる。
 インフェルノは小型のバイオメカノイドをいわば寄生虫のように宿し、彼らを自分の肉体に住まわせることで生命活動を手伝ってもらっている。
 艦内の通路はインフェルノの血管であり、その中をバイオメカノイドが赤血球や白血球のように流れるのだ。

 そして、艦内に侵入したものがいればただちに急行し、排除にかかる。

 生物ならば、脳や心臓は存在するだろうか。
 全身の運動を司り、ここを破壊されたら死んでしまうというような箇所は存在するだろうか。

 エリーは士官学校でも、人並みにSF小説を読んではいた。
 あくまでも読み物として、考証の正確さなどはあまり気にせずにいたが、その中でたまたま覚えていたアイデアがあった。

 人類が進化の末、惑星サイズの巨大な身体を手に入れるというものである。

 そのアイデアが、バイオメカノイドの生態に恐ろしいまでに合致するのではないかとエリーは直感した。

 バイオメカノイドは人類の姿、超古代先史文明人が進化の果てにたどり着いた姿だ。
 今の人類にとっては異様に見える姿も、彼らにとってはそれが当たり前なのかもしれない。
 バイオメカノイドの内部から見つかる、小さなマイクロマシンのような金属粒は、内部にトランジスタを内蔵し簡易なコンピュータのように振舞える。
 しかし、半導体でできているからといってそれがただちに人工物であると断定することはできない。
 これも、スケールを拡大すれば1個の神経細胞に見立てることができる。
 そう考えた場合、バイオメカノイドは神経細胞がシナプスをつなぐようにマイクロマシン同士が連絡を取り合い、単体では意味を持たない個体が集まって群体になることで、あるひとつの知能を持つことが可能になる。

 それはもはや人工知能というよりは、人工生命と呼べるものかもしれない。

 バイオメカノイドは、惑星TUBOYの住人たちをも自らに取り込み組み込んで、金属と有機物が融合した生命体へと進化を遂げた。
 あの幻影が見せたかつての惑星TUBOYの姿、あそこにいたバイオメカノイドたちは、山林に隠して配置された兵器というよりは、ただその場に住んでいる野生動物のようにさえ見えた。
 それは彼らが彼ら自身の生態系を築いていたということだ。
 惑星TUBOYは人類のための惑星ではなかった。

 人類よりはるかに強大な原住生物が跋扈する星だったのだ。

「前方に飛行型バイオメカノイド発見、多数出現しています!」

 ヴィヴァーロが知らせてくる。
 壁が崩れて穴の開いた通路から、ガのような姿をしたバイオメカノイドが、耳障りな羽ばたき音を響かせて飛び出してくる。
 テレビの砂嵐のような青い色をした個体と、それよりひとまわりほど大きな、紫色の目玉模様をした個体がいる。

 ガは触角から電撃を放ち、羽から金属粉のようなものをこぼしている。

「発令所よりCICへ、対空戦闘用意。前方目標群アルファへ2番主砲照準してください」

「こちらCIC、対空戦闘用意、前方、目標群アルファ、方位0-0-0。2番主砲射撃用意よし」

 2番主砲の射撃室には、作動不良を起こした他の砲塔からカートリッジを移しかえ、可能な限り連続射撃をできるようにしている。
 艦載魔導砲のカートリッジはデバイス用のものに比べて非常に大型であり、人力装填も不可能ではないがどうしても時間がかかってしまう。

 連続発射可能な弾数は32発だ。カートリッジはリング型のマガジンに格納され、ターレット直下に据え付けられる。これを撃ちきると、いったん空カートリッジを外して新しいカートリッジを取り付けなおす必要がある。

「発令所よりCIC、ガードナー、前方の敵機群を最短距離で突っ切ります。CIC指示の目標、主砲、撃ちー方はじめ」

「了解、CIC指示の目標、トラックナンバー3-6-2-0、主砲、撃ちー方ーはじめ」

「撃ちー方はじめ!」

 両舷全速で航行しながらの射撃のため、照準は真正面の敵だけに絞る。
 レーダーが探知し自動的に射撃管制システムに入力された照準数値に、トリガーを握るレコルトの操作で、ヴォルフラムの主砲は次々とバイオメカノイドに砲撃を命中させていく。
 金属が燃焼する激しい閃光を散らし、破壊されたバイオメカノイドの破片が飛び散っていく。
 回避運動を行わず、全速力で突進するヴォルフラムの舷側や甲板にバイオメカノイドの破片や、砲撃をかわしたバイオメカノイドが取り付こうとして弾き飛ばされ、金属がこすれる音が艦橋にも響き渡る。

「前方より敵機接近!緊急回避!」

 掛け声とともにフリッツが舵輪を右へ押し込み、ヴォルフラムの艦体が鋭く右ロール運動をする。
 傾いた艦橋のすぐ脇を、紫色のガ型バイオメカノイドが突き抜けていく。明かりに誘われるように艦橋に突っ込もうとしていた。触覚がアンテナの表面に触れ、細い金属が電流によってはじけるように燃える。

 エリーは自分のデバイスを起動させ、ディスプレイを傍らに出す。
 このデバイスで、外部の電磁波の量、放射線の量を測定できる。

 地球ミサイルの起爆する瞬間を逃さず捉えなくてはならない。

「舵戻しますよ砲雷長!」

「了解、自動追尾は問題なしだ。引き続き目標群ブラヴォーへ主砲照準」

 ヴォルフラムクルーの絶妙なコンビネーションを、なのはは発令所の後ろで固唾を呑んで見守っていた。
 訓練しぬかれた技量と同時に、それは艦の乗組員全員が互いに信頼しあうことで生まれる意思統一の結果である。
 乗り組んでいる全員、ヴォルフラムの乗組員総員53名が、それぞれの仕事をきっちりとこなすことで意思をひとつにし、ヴォルフラムというひとつの艦を操る。
 自分もこれまでに何百人という魔導師を教導してきたが、ここまでの連携をさせることができただろうか。
 かつて機動六課で新人たちを訓練したときも、ここまでの錬度を持たせることができていただろうか。

 あれから8年、はやてが育てたこの艦のクルーは、今、はやてがいなくても自分たちでしっかりと、戦っている。

「電離イオン濃度上昇、外空間に出ますよ!」

 地球に接近するインフェルノの艦体を、ヴァン・アレン帯が包み込む。

「ミサイル起爆!本艦後方右舷160度、距離37000!」

「!!」

 ヴィヴァーロの声と同時に、前方の宇宙空間が白く染まった。

「撃ち方やめ!エンジンストップ、惰性で航行!機関室、全エネルギーを結界魔法へ切り替え!最大出力でシールド展開!!」

「シールド展開よし!」

「衝撃波、本艦到達まであと12秒!」

「結界魔法、可視光透過率0.75パーセントまでカット!ヴィヴァーロ、対地スキャンレーダーを注意して!」

 インフェルノの巨大なエンジンノズルに遮られ、炎の壁が出現しているように見える。
 外殻内部で爆発した核爆弾は火球で船体を抉り取り、莫大な熱エネルギーで金属を燃やし、イオン化させ、プラズマガスを吹き飛ばす。
 放出される大量の電磁波にレーダーが一時的に利かなくなり、通信回線も切れる。

 爆風に巻き込まれたバイオメカノイドたちが炎の中をのたうちまわり、塵のように飲み込まれていく。

 惑星TUBOYから大気を抱えて持ってきたインフェルノの艦内は、一瞬にして数万度にまで熱せられた。
 宇宙空間には本来存在しないはずの大気があることにより、窒素や酸素の原子が励起され、β線のエネルギーを電磁波に変換し、大量の熱と光を放出する。
 外殻の内側を満たす光に包まれ、黒い宇宙空間が雲のように、白い月を包んでいる。

 それはまさに、INFERNO──煉獄のような光景だった。

 

 

 ミサイル命中、起爆成功を確認したソ連は、アメリカへも確認を要請した。
 この攻撃は人類の総意で行われたものである。
 もし万が一にも地球への訪問が目的であったとしてもこのような接近の仕方では攻撃されてもやむを得ないことである。

 現状、宇宙空間における軍事力ではアメリカはソ連に遅れを取っている状態である。
 大気圏外まで進出して弾着観測を行える戦闘機はMiG-25以外に事実上なく、アメリカの保有する戦闘機では過去に『F-104 StarFighter』が大気圏離脱に成功していたが、基礎設計が古く実戦には耐えられないとされていた。

 アメリカ宇宙軍はレーザー衛星を中軌道に配備しているが、ソ連はさらに月軌道まで到達する衛星を持ち、事実上この宙域を支配している。
 また各国の保有する対宙ミサイルはこれらの衛星もしくは武装した宇宙船を破壊するためにつくられている。
 もし巨大UFO──敵宇宙船が月軌道以遠まで離れてしまった場合、アメリカの持つミサイルでは届かなくなってしまう。

 巨大UFOの追跡を引き継いだアメリカ海軍第5艦隊では、巨大UFOの先端部分から長さ2キロメートルほどの大きな破片が脱落したことを観測した。
 さらに1キロメートル程度の破片も数個が分裂し、地球大気圏への落下コースをとっていることが確かめられた。
 これほどの大きさの物体となると、大気圏で燃え尽きることなく地上への激突は必至である。
 もし破片が市街地へ落下した場合の被害は想像を絶する。

 アメリカは直ちにASM-135ミサイルによる大気圏外での破片迎撃を発令した。
 同時に、ASM-135で撃ち漏らした破片に対しては世界各地に展開しているイージス艦によるスタンダードミサイルで迎撃する。

 SM-3の最大到達高度はおおよそ数百キロメートル程度であり、宇宙空間より落下してくる物体に対してはここが最終防衛ラインとなる。
 この高度を突破されてしまうと破片の破壊は困難になる。
 可能な限り破片を小さくし、地上への激突時のエネルギーを分散させなくてはならない。

 日本海上自衛隊も、舞鶴および横須賀に待機していた護衛艦を緊急出撃させ、対空ミサイルの冷却を解除して迎撃態勢をとった。
 海鳴市に程近い航空自衛隊小牧基地からはE-767空中管制機が発進し、巨大UFOから分裂した破片の追跡を行う。

 インフェルノの軌道が上空を通過する、東南アジア・日本・アラスカやカムチャツカ地方への破片落下が予想された。

 日本近海に展開した日米ソの全艦艇が、上空監視レーダーのデシベルをいっぱいに上げての捜索を続ける。
 分裂した破片は地球の重力に捕まり、秒速数キロメートルの猛スピードで大気圏に突入する。
 ヘール望遠鏡による観測で、インフェルノはなお船体の形を保ち、航行を続けていることが確かめられた。
 パロマー山からは、南東の地平線に燃え上がる、黄銅色に焼けた空が見えた。水素爆弾による強烈なγ線とβ線が大気を加熱し、放射線の高いエネルギーで電離したイオンが、蛍光を放っている。
 上層大気は赤や緑の色とりどりに輝き、混ざった光は大気によって青色の周波数領域を散乱され、淡い茶色の原子雲となって地上へ届いた。
 東南アジア各国や日本では、西の空に茶色く変色した領域が現れ、太陽を包み込んだ。
 アメリカでは、真夜中であったにもかかわらず東の空が夕焼けのように黄色く輝いた。

 その光は、かつて18年前、2005年の海鳴市上空に輝いた光と同じであった。

 2005年の日本におけるクリスマスの夜は曇りであり、夜空が黄銅色に輝いていたことを覚えていた人間はそれでも少なかった。
 しかし、当該時刻に日本上空を飛んでいた人工衛星にみられた不自然な軌道の乱れ、また10基以上を数える中軌道衛星の通信途絶から、この夜の日本上空で大規模な爆発現象が起きたことは、宇宙進出能力を持つ先進国軍の間では確信されていた出来事だった。

 ソ連空軍はTu-95長距離偵察機を東シナ海に飛ばし、弾着観測と宇宙から降り注ぐ放射線量の観測を行っていた。
 その結果、今回の核攻撃ではβ線が最も強く、過去の爆発現象とは異なることがわかった。過去の爆発では、光子およびγ線の量が多く、これは高エネルギー電磁波が放出されていたことを示す。
 2005年の海鳴市上空で起きた爆発は核融合ではなく、対消滅によって起きたことがこれでほぼ確実になった。
 対消滅の場合、通常物質と反物質の衝突ではエネルギーは高いエネルギーを持った光子(フォトン)として放出される。
 それに対して、水素爆弾によって生じる電磁波にはβ線が大量に含まれるので、これによって爆発した物質がなんであるかをある程度特定できる。

 今回の核攻撃で、爆発の生じた場所までの距離を正確に測定できたことは、過去の爆発で生じた痕跡が、どのようにして地上に届いたかを推測することに役立つ。

 2005年の海鳴市上空で起きた爆発では、放出された電磁波が非常に大きなドップラーシフトを起こしていた。
 すなわち、強力な重力場によって歪曲された空間を通過してきたということである。
 これについて、ソ連宇宙アカデミーでは異星人の持つ重力制御技術が鍵を握っていると考えていた。
 恒星間航行を実現するには重力制御技術は必須であり、またその技術があるならばワープ航行ができるはずである。重力制御技術を応用することで、大威力の兵器の危害半径を必要なレベルに抑えることもできるだろうと予想される。

 ソ連はは前世紀から、大出力核兵器の威力制御に力を入れてきた。いかに核爆発が非常な破壊力を持つとはいえ、1発の爆弾だけでは熱線は一瞬にして通り過ぎてしまうため、頑丈に作られた基地建造物などは被爆しても残ることがある。
 また、核出力の向上はそのまま危害半径の拡大に繋がるため、出力を上げすぎてしまうと影響を受ける範囲が広がり、兵器として使いにくくなってしまう。
 20世紀中ごろに開発されたツァーリ・ボンバ水素爆弾でも、核出力50メガトンで20キロメートル以上の危害半径を持っていた。
 現在、対宙ミサイルとして配備されているトリチウム爆弾は爆風よりも電磁波としてエネルギーを放射するように作られているため、核出力の割には危害半径は小さくなっているがそれでも地上では使えないものである。
 単純に核出力を落とすだけではなく、出力を維持したまま攻撃力を狭い範囲に絞り込むことができないかというのは長年の課題であった。

 異星人の兵器は、それを実現している。
 2005年の冬に観測された爆発現象のエネルギーは、地上で観測された電磁波と放射線の量から単純に逆算すると、地球の半分ほどを抉り取ってしまうような巨大なものであると計算された。
 そのような爆発が、高度わずか1200キロメートルで起きていたなら、日本どころか太平洋が無事では済まなかっただろう。
 しかし現実には、オゾン層が傷つくようなこともなく、わずかな放射線は大気圏ですべて吸収され、人々には影響はなかった。
 巨大な爆発が、わずか数十キロメートルの範囲に押し込められ、その中でだけ攻撃力を発揮した。
 おそらく巻き込まれた衛星もあっただろうが、少なくとも、あれだけの規模の爆発で、衝撃波で吹き飛ばされたり太陽電池パドルが折れたりといったような現象は観測されなかった。
 それだけでも、異星人の技術力がはるかに高いレベルにあることは間違いない。

 巨大UFOは地球接近を続け、船体は日本上空を通過して北極へ向かった。
 分裂した破片は減速して軌道を下げ、日本近海への落下がほぼ確実となった。

 若狭湾と相模灘に展開した海自イージス艦から、SM-3迎撃ミサイルが破片に向けて発射された。
 偵察衛星による照準と組み合わせ、破片を確実に破壊する。
 イージス艦のレーダーに映った破片は、全長が数百メートルほどの、楔のような形状をしていた。

 

 

 アメリカ政府は太平洋艦隊へ新たな命令を伝えた。
 落下した巨大UFOの破片をすみやかに回収せよ。日本やソ連よりも先に、破片を確保せよ。

 大西洋で回収復元されたエイリアンクラフトの試験を行っていた戦略指揮艦『エルドリッジ』から、横須賀を母港とする同級『ブルーリッジⅡ』へ向け作戦指令が伝達された。
 この任務発令に従い、ブルーリッジⅡが旗艦を務めるアメリカ海軍太平洋第7艦隊が、破片回収のため日本南岸へ進出していった。
 破片の一部は陸上にも落下する可能性がある。
 その場合、日本領土内の陸上であるために米軍は手が出しにくい。

 アメリカから要請を受けたイギリスが、陸上での破片回収のために諜報員を招集した。
 彼らにとっては、巨大UFOの破片が降ってくる場所がまさに自分たちが潜伏している場所であるということは深い因縁を感じさせることだった。
 この街、海鳴市はいくつもの数奇な運命が交わる街である。
 それはこの数十年間、様々な技術を研究し、それらの由来がやがてひとつの地球外知的文明に収斂していった様を象徴しているかのようであった。

 ケープ・セント・ジョージを含む第7艦隊の任務部隊は、日本南岸に展開し、落下してくる破片を待ち構えた。
 やがて、その中の特に大きな破片が、海鳴市北部の山林地帯に落下する軌道予測が算出された。
 その破片は大気圏突入による空気抵抗よりも大きなペースで減速しており、それが何者かによって制御されている物体であることが予想された。

 第7艦隊はただちにアメリカ本土へ報告し、やがてそれが異星人の宇宙戦艦かもしれないとの返答を受け取った。

 まさにエイリアンクラフトの実物である。

 かつてニューメキシコ州ロズウェルに墜落し、有名なロズウェル事件を引き起こしたのは、地球探査任務を帯びていた異星人の宇宙戦闘機であった。
 地球──異星人が「第97管理外世界」と呼ぶ──は特に異星人にとっても未知の物理現象や科学技術をもたらす世界であったらしく、当初は彼らも地球で活動するのには一苦労をしていた。
 地球現地文明調査任務と地球における宇宙戦闘機開発のプロジェクトに伴い、異星人側の殉職者も少なくない数が出た。
 それでも、彼らは米軍と協力して地球で起きていた数々の超常現象にまつわる事件を解決に導いた。
 最も最近になって起きた事件は2005年冬、日本の海鳴市において発生した異層次元航行型機動兵器の出現である。
 いくつもの次元を──地球において一般的に想像されてきたいわゆる並行世界ではなく、幾何学上の空間次元でもなく、ブレーンワールド理論に基づいて分割されたいくつかの宇宙の領域のことを指す──渡り歩いてきた自律機動兵器。
 異星人の技術をもってしても対抗困難であったこの超兵器は、地球においてついに完全破壊され、その機能を喪失した。
 このときには、地球人の協力者が即席ながらも魔法技術を学び、異星人の提供した携行武器を用いて実戦に投入された。

 異星人の宇宙戦艦は高度なステルス性能を持ち、低軌道や大気圏内に滞在していても地球からの観測を回避する能力があるが、それでも時には人々の目に留まってしまうことがある。
 それら、宇宙戦艦や宇宙戦闘機は、未確認飛行物体すなわちUFOとして目撃される。
 そしてさらに、その中には異星人の艦だけではなく、彼らから技術を学んだ地球人が建造した宇宙船も含まれている。

 元々、北米大陸と欧州大陸の対立からあまり協力関係をとりたがらないアメリカとイギリスが、この異星人問題については手を握っているのも、異星人に対する地球人の協力者であるギル・グレアムの存在が大きかった。

 グレアムはロズウェル事件の当時アメリカに住んでおり、墜落した戦闘機の搭乗員であった異星人を救助したことで、後に彼らの星へ向けて派遣された使節団の一人に選ばれた。
 表向きには──アメリカ国内の関係機関に対しての表向きである──彼らは様々な理由で死亡したと発表され、身分は抹消されたが、そのほとんどはグレアムと同じように異星人の星へ移り住み、それぞれの仕事に就いて活動をしていた。
 グレアムは、その中でも特に出世したひとりだった。
 異星人たちの組織で外宇宙探査と防衛、星間文明同士の紛争解決を任務とする「次元航行艦隊」に所属し、提督にまで上り詰めた。
 グレアムの指揮する艦隊は、異星人──彼らの呼称ではミッドチルダと呼ばれる星の住人──と他の異星人文明との紛争でも大きな活躍をし、数々の戦闘で軍功を挙げてきた。

 アメリカは、半世紀以上をかけて解析復元に取り組んできたエイリアンクラフトの実証試験に際し、グレアムの協力を得たいと考えていた。
 異星人の艦隊でまさに艦を指揮した経験のあるグレアムならば、この地球にとってはオーバーテクノロジーの塊である戦闘機を操る術を知っていると期待されたからだ。
 しかし、2023年の12月、グレアムはイギリスの首都ロンドンで爆弾テロに巻き込まれ、その命を落とした。
 ロンドンの新聞社に郵送された犯行声明は、アイルランドに対するイギリスの政策への不満をIRAの名を使って述べていたが、それはIRAを騙ったものであると推測された。

 アメリカをはじめとする先進各国が取り組む異星人からの技術習得を邪魔しようとする勢力が存在する。
 NSAによる捜査で、彼らは極端な人類至上主義を掲げる者たちであるとみられていた。
 ここでいう人類とは地球人のみをさす。
 彼らは異星人は地球人を見下しているのだと説き、家畜のように飼育するのが目的であり人類はそれに対抗しなければならないと主張した。
 既にいわゆるUFO研究家たちの間に彼らは浸透しているとみられた。

 地球に滞在している異星人にとって脅威となるのは彼らのような過激な勢力である。
 フォードも、エリオやウェンディ、チンクたち異星人の官吏を、そういった勢力による襲撃から守らなくてはならない。
 ここでもし地球に異星人の戦艦が墜落したとなれば、なおさら事情を知らない周辺住民との接触を避けなくてはならない。
 そのためには墜落地点をすみやかに捜索特定し、対策人員を派遣することが必要である。

 日本国内であれば、まさか付近の沿岸に揚陸艦を送るわけにもいかない。中京地方ではそれなりの大都市である海鳴市には、ホバークラフトやヘリコプターなどを使用した大規模な兵員輸送は不可能だ。
 必然的に、少人数の諜報員を動員することになる。

 そして、それが可能なのはイギリス特殊部隊のみである。彼らはかねてより海鳴市に研究拠点を所有しており、そこの人員を出動させることが可能であるとアメリカの質問に対し回答した。
 ホワイトハウスでは緊急の閣僚会議が開かれ、検討の結果、イギリス陸軍特殊部隊──SASへの任務依頼が決定された。
 在日米軍の部隊を動かすことは、日本国民への配慮から行えない。
 よって、すでに日本へ入国している、“身なりは一般の外国人ビジネスマンにしか見えない”彼らの出動が最適である。

 落下してくる破片は南大東島上空で高度35キロメートルを切り、オゾン層を通過した。
 この時点で、スタンダードミサイルによる迎撃は中止された。問題の宇宙戦艦と思われる機体は、他の破片よりも遅れておよそ時速6000キロメートル程度まで減速し、最初の破片から14秒後に海自イージス艦の上空を通過した。
 これほどの高度になると、肉眼でも閃光を放ちながら落下してくる物体の姿が見える。
 大気圏突入の際の衝撃波により、高温のプラズマが発生して船体を流れ星のように包み込んでいる。

 海自艦と米軍艦からの迎撃ミサイルにより、破片は3分の1ほどが大気圏で燃え尽き、残りは空中で塊を作って落下していった。
 あとはなるべく人の少ない場所に落ちてくれることを祈るしかない。
 さらに、落下軌道の観測から、宇宙戦艦らしき物体は船体をコントロールしようとしている様子が伺えた。
 つまり、時速6000キロメートルで落下し船体がプラズマに包まれながらも内部では乗組員がまだ生きており、船を操縦しようとしていることを示す。

 現場海域に出動していた海上自衛隊のイージス艦「ゆきなみ」の艦長は、宇宙戦艦の進路前方に無弾頭のスタンダードミサイルを発射するよう命じた。
 SM-3の最大速度は宇宙戦艦の落下速度よりも速いので、ミサイルの軌跡を辿らせることで民家や市街地から離れたところへ誘導することを意図した。
 ただちにセル内のミサイルへ不活性化指令が入力され、VLSから無弾頭ミサイルが発射される。
 不活性化されたミサイルは信管が作動せず、炸薬が爆発しない。SM-3はロケットモーターの応答性が鋭く、マニュアル誘導に切り替えることである程度自由に軌跡を設定して飛ばすことができる。

 ゆきなみから発射されたSM-3は、高度8キロメートルで巡航し、宇宙戦艦を下方から追い越して前方3キロメートルまで出た時点で上昇して速度をあわせ、宇宙戦艦の前方に位置取ってロケットモーターを最大出力で燃焼させた。
 SM-3は最上段の速度が時速2万キロメートル近くに達する。
 数十秒ほどで、ゆきなみから発射された無弾頭ミサイルは海鳴市上空を通過し、北部の森林地帯へ落下した。
 異星人の宇宙戦艦がこの軌跡を追うことができれば、市街地への墜落を避けることができる。

 北の水平線に消えていく炎の尾を見送りながら、ゆきなみの乗員たちは、海と宇宙という違いはあるが、宇宙戦艦の乗組員たちの無事を祈っていた。
 地球でもかつて、スペースシャトル・コロンビアが大気圏突入時に空中分解を起こし乗員が全員死亡した事故があった。
 地球よりもはるかに優れた技術を持つ異星人とはいえ、やはり人間が作るものに完璧はない。
 そのような緊急事態に際し、一人でも多くの人間を救いたいと考えるのは、おそらく人類共通の感情である。

 破片のすべてが日本南西諸島沖上空を通過し、海自艦は横須賀司令部へ、米艦はハワイ司令部へ、迎撃作戦の終了を報告した。

 

 

 西暦2023年12月29日未明、東の空が白み始める頃。
 海鳴市の西の空に、猛煙の尾を長く空に横切って、巨大な火球が出現した。

 既に日本でも、巨大小惑星の接近により大量の隕石が落下してくる可能性が高いと緊急ニュースで報道され、民間航空会社が運行する旅客機、貨物機は前日の午後からすべて運休していた。

 12月28日の夕方にソ連が発射した対宙ミサイルが小惑星に命中し爆破され、小惑星の軌道を逸らすことに成功したとタス通信を経由して発表された。
 報道では、あくまでもUFOではなく小惑星と伝えていた。
 これまでの戦闘で被弾多数を受けていたインフェルノはエンジンや照明灯などの光を放っておらず、地上から望遠鏡を向けた場合、外見としては金属質の隕石に見えなくもない。

 29日午前2時ごろから流星の数が目に見えて増え始め、午前5時過ぎに紀伊半島沖で海に落下する隕石が目撃された。その後、近畿地方を中心に隕石の落下報告が相次ぎ、中にはビルの屋上に落下して天井に穴を開けたものも報告された。

 そして12月29日午前5時39分、空気が圧縮される衝撃波の音を轟かせ、海鳴市上空に巨大な火球が姿を現した。

 尋常ではなく巨大なサイズの物体が、大気圏に突入してきた。
 あれは隕石なのか。クレーターをつくるような巨大隕石なのか。
 地上から空を見上げても、比較対象物が無いので大きさを目測できない。
 それでも、吹き飛ばされる雲の様子から、火球はかなりの低高度を、浅い突入角で飛んできたことが見て取れた。
 さらに、隕石にしては速度が遅すぎる。
 大気圏外から地球の引力につかまって落ちてくるのならば秒速数キロメートルから10キロメートル以上という猛スピードであり、飛んでくる軌跡を目で追えるほどまで減速するようなことはありえない。
 しかし火球出現からわずか十数秒でそこまで気づくことは、天文学、さらに軍事技術に詳しい者でなければできないことだった。

 多くの人は年末の休暇で自宅で休んでおり、さらに夜明け前の時間では外に出ている者はほとんどいなかったが、それでも数日前より既にインターネット上で騒がれていた巨大隕石接近のニュースを聞いて、望遠鏡をベランダに出して待ち構えていた者もいた。

 そんな市民の頭上を、海鳴市の中心部から見て西側、岬の温泉の上空を、高度おそらく500メートル前後でその火球は突き抜けていった。
 海鳴市は温泉が多いことで有名な街で、海水浴場のそばに隣接するものとさらに内陸部の山間にそれぞれ温泉があり、さらに市内にはスーパー銭湯もある。
 このまま火球が飛んでいけば山間の温泉があるあたりに激突するかと思われたが、火球は高度200メートル程度でわずかに浮き上がるような動きを見せて、山の尾根を飛び越えた。
 ここまで地表に近づくと、火球の大きさを推定することができる。
 山の頂上をすり抜ける瞬間の様子から、火球の大きさは直径300メートル程度に見えた。
 激しく噴出を繰り返す炎を吹き散らして、山肌に掠るように火球が落着する。

 市街中心部からおよそ4キロメートル程度の山間に火球は落下した。
 飛行機の墜落のような爆炎は上がらない。数十秒を置いて、激突時の轟音が小さな地震を伴って海鳴市の市街地を通過していった。

 黒い空に薄青く伸びた火球の跡が、ゆっくりと風に流されていく。
 町は再び、早朝の沈黙に戻る。
 冷たく澄んだ冬の空気に、新聞配達のバイクだろうか、縮れたエンジン音が響いていた。

『目標の停止を確認。各員、行動開始』

 海鳴市北部の山林に隠れていたSAS部隊が、墜落した宇宙戦艦へ向けて接近を開始した。
 宇宙戦艦はステルス効果が解けたようで、白色の船体を森の中に晒している。
 艦首や安定翼のような部分は、大気圏突入時の高熱で褐色に焦げていた。なぎ倒された木々が、冬の乾燥した空気で発火してパチパチとくすぶっている。

 SAS隊員たちは煙に紛れて宇宙戦艦に近づき、付近に他の人間がいないか捜索した。
 重要なことは、宇宙戦艦の乗組員が他の事情を知らない民間人、または他組織の工作員に見つかってしまうことである。
 地球には、まだまだ異星人の来訪を歓迎しない勢力が数多い。

 火の手が上がっていれば、地元の消防隊がやってくる可能性がある。
 日本政府による根回しがうまくいっていれば、本件は極めて高度な国際案件であるため自衛隊が管轄する、と説明し民間組織の接近を許していないはずだ。

 宇宙戦艦の船体には、識別番号と思しき文字と、所属を表す国旗だろうか、つるはしのようなものを図案化したエンブレムが描かれていた。
 文字は独特のものだったが、あらかじめアメリカから提供があった、英語のアルファベットと10進法のアラビア数字に読み替えるための対照表に従うと、英語に似た文章を読み取ることができた。
 それによると、船体に書かれた文字は“Vaizen Naval Force 33-071”。ヴァイゼン海軍の33番目の設計案に基づく71番艦、という意味である。
 もちろん、現在地球上にはヴァイゼンという名前の国はない。
 隊員たちは慎重に、宇宙戦艦の船体を捜索し、ハッチのような場所がないか調べた。もし船体機能に深刻なダメージがあり、乗組員が脱出しなければならないとしたら、早急に身柄を保護する必要がある。

 太陽が昇れば、白い船体は隠せなくなる。ビニールシートなどで隠すには、宇宙戦艦の船体は大きすぎる。
 幸いというべきか、墜落地点は海鳴市中心部からは山をひとつ隔てた場所だったので、山道を封鎖することで一般人の目を隠すことは可能だ。宇宙戦艦の乗組員もそれを察し、できるだけ人の目に付かない場所に着陸できるよう山を飛び越えた。

 やがて、船体に穴が空いている箇所が見つかり、そこがエアロックの外部ハッチが脱落したものであることがわかった。
 隊員のひとりが、銃把を使って内部ハッチをたたく。

 数秒後、内部から鍵を外す金属音がして、軋みながらハッチが開いた。

 ここにいるすべての人間にとって、初めての体験となる異星人との接近遭遇である。

 宇宙戦艦の乗組員である異星人は慎重に、外部の大気で呼吸ができるかどうかを確かめながら、一人ずつ外に出てきた。
 SAS隊員たちはあらかじめ用意しておいた毛皮のコートを配る。
 彼らにとって、地球の環境は生存に適したものであるかどうか。
 英語で、寒くないかと質問する。異星人の使用する言語は英語に似ているといわれている。
 出てきた乗組員の中でそこそこ階級の高い士官と思われる者が、大丈夫だ、とやや訛った英語で答えた。
 異星人たちは、一見して地球人とそっくりな姿をしているように見えるが、よく見ると、皮膚の表面の構造や、顔面の骨格などが異なっているように見える。
 特に、肌は非常に白く、やや濃いめの肌をしている者も、その発色具合が地球人とは異なっている。
 また色白な地球人によく見られる、血管が青く浮き出るといったことも異星人には見られない。
 おそらく略式の軍服であろう、厚手の生地の作業着を着た乗組員たちは、腕まくりをしたところに見える肌が、奇妙なほどにつるりとしていた。

 SASでは海鳴市内から山道を経由してマイクロバス2台を持ち込んでおり、宇宙戦艦の乗組員たちはそこの車内へ避難した。
 やや落ち着いてきたのか、乗組員の一人が、地元(自分たちの母星)よりは暖かいとSAS隊員のひとりに言った。ここ日本は現在は冬であり、海鳴市も今朝の気温は摂氏3度まで下がっている。

 乗組員たちの話によると、現在地球に来ている異星人たちは大きく分けて二つの惑星の種族があり、ひとつはミッドチルダ(Midchilda)、そしてもうひとつはヴァイゼン(Vaizen)という。
 この宇宙戦艦はヴァイゼンに所属する艦であり、現在地球に接近している巨大無人機動要塞を破壊するために出撃していた。
 無人機動要塞が地球に近づきすぎてしまったために破壊が困難になり、内部から制圧する作戦を立てていたが、核ミサイルの爆発に巻き込まれて外に弾き飛ばされ、地球に墜落したのだという。

 異星人たちとの対話を担当したSAS部隊の隊長は、過酷な作戦任務にあたり心中お察ししますと述べた。
 ミサイルを撃ったのはソ連であり、それに対して通常ならイギリスは責任を持てないが、現状では、みだりに謝罪の言葉を使うべきではない。

 地球はあくまでも自衛のためにミサイルを撃ったのだから、それ自体を非難される謂れはない。
 その意志を示すことが重要だ。
 そして、互いに未知の文明に接触するのなら攻撃を受ける可能性は覚悟してしかるべきである。
 中世大航海時代でも、探検家が原住民との戦いで命を落とす事例はいくつもあった。

「われわれの敵は未知のモンスターエイリアンだ」

 宇宙戦艦の艦長だという、禿頭をした壮年の異星人が言った。
 あの無人機動要塞は未知の生物が巣食っている人工惑星のようなものであり、その内部にいるのは人間のようなヒューマノイドタイプの生物ではなく、意志の疎通が不可能な、怪獣のような生命体である。
 そして、この生命体の襲撃により、異星人たちの母星も少なくない被害を受けている。
 この人工惑星様の無人機動要塞はごく最近発見されたものであり、ヴァイゼンの宇宙戦艦はこれを追撃して地球へやってきたのだ。

「つまり、我々が本当に対処しなければならないのはそのエイリアンというわけか」

「奴らはおそらく真空中でも生きられる。あの巨大な要塞を残さず根絶やしにしなくてはならない」

 SASの隊長は、異星人──ヴァイゼン人、とでも呼べばいいのか──たちの言葉に、非常に切迫した現実感のある恐怖を感じ取った。彼らはまさに戦場の真っただ中から生還してきたばかりなのだ。

 人間が恐れるのは、自分よりも強い力である。
 猛犬に民家の留守番をさせるのは、犬が人間よりも強い力を持っているからである。
 異星人は確かに高い科学技術力を持っているが、それは人間の力ではない。科学技術によって作られた武器は、道具として使うことはできても、人間自身を強くしてくれるわけではない。
 彼らの魔法も、あくまでも超ハイテクを駆使した道具を使って魔法のように見える力を利用しているだけであり、彼ら自身が地球人と違う力を持った肉体を備えているわけではない。

「艦を再び飛ばすことは可能ですか」

「困難です」

 艦長はやや憔悴した顔で、山の斜面に沿ってつんのめるように傾いで止まっている艦の姿を見上げた。
 船体はそれほど歪んでいないように見えるが、乗組員の話によると、核ミサイルの爆発の余波を受けたときにエンジンがオーバーヒートを起こし、出力が上がらない状態だという。
 確かにこの船体には、ロケットエンジンのようなものは見当たらない。
 地球で使われるロケットや航空機のような反動推進ではない。異星人たちの用語では「飛行魔法」と呼ぶ重力制御・慣性制御技術を利用して船体を浮かせているのだ。

「まもなく夜が明けます。取り急ぎ、我々の基地へいらしてください。幸い、我々の基地はこの近くにあります。警護は万全です」

「感謝します」

「あなたがたの艦には、誰も近づけさせません。地球には、あなたがたの──管理局の執務官が滞在しています。
彼らに連絡をとり、対処方法を検討しましょう」

「──わかりました」

 管理局の名前を出したとき、艦長はやや逡巡するように言葉を待ったが、すぐに、肯定の返事をした。
 異星人たちにとっても未知の星である地球で、何はなくともまず生き残るためには、現地住民である地球人の協力を頼るしかない。
 最悪、修理できなければ自分たちの艦はいったん置いたまま、他の艦に救援に来てもらうという方法もある。

 東の空が明るくなり始め、小牧基地より急行してきた航空自衛隊所属のUH-60Jブラックホークが宇宙戦艦を隠すためのブルーシートを被せる作業を始めていた。
 異星人たちは、ひとまず海鳴市内にあるイギリス資本の民間軍事企業が所有する訓練施設へ移ることになった。
 宇宙戦艦には当初76名が乗り組んでいたが、墜落時の衝撃で13名が死亡し、さらに半数ほどが負傷していた。
 彼らの手当てと、遺体の搬出も行わなくてはならない。そしてそれは夜が明ける前に完了しなくてはならない。

 SASは車両の応援を要請し、異星人たちはマイクロバスに分乗して訓練施設へ出発した。

 西暦2023年12月29日早朝の、わずか十数分間の出来事である。

 

 

 インフィニティ・インフェルノは、命中した12発のトリチウム爆弾によって外殻がほとんど破壊され、内側の船体が分離しようとしていた。
 外殻全体が、一種の増加装甲のような役割を果たしていたのである。内殻部分は全く健在であり、外殻をパージして、内部から新しい艦が出現することになる。
 粉砕された外殻はインフェルノ自身の人工重力によって依然として内殻を取り巻いているが、おそらく次の地球接近で破片は地球の重力に引き寄せられ落下してしまうと予想された。
 もしインフェルノの外殻がすべて地球に落下した場合、その質量は6万ギガトンにも達する計算になる。
 インフィニティ・インフェルノの持つ質量はまさに想像を絶する。

 ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊では、トリチウム爆弾の余波を受けて損傷した艦の確認を行っていた。
 艦隊のうち、第97管理外世界へ進出しインフェルノ内部へ突入した艦は296隻である。このうち、188隻が少なくとも何らかの損傷を受け、さらに3隻の通信が途絶えていた。
 艦隊ではただちに広域探査魔法(ワイドエリアサーチ)を使用して捜索を行い、インフェルノ艦首部付近の瓦礫に埋まった2艦を発見した。
 それでも行方が発見できなかった残る1艦については、トリチウム爆弾の爆発前に付近にいた僚艦の報告から、インフェルノの外へ吹き飛ばされた可能性が高いと報告された。

 どのみち、このままインフェルノが地球に接近していけば、もう艦隊は隠れることができなくなる。
 いやおうもなく、地球人の前に姿を見せる決断をしなくてはならない。

「カザロワ司令、行方不明になっているのはわが艦隊の33級巡洋艦です」

 ヴァイゼン海軍では、次元航行艦の艦級を計画案の連番である数字で表す。
 1~3文字のアルファベットを使用するミッドチルダ海軍との混同を避ける意味もあるが、33級はアルファベットの並びから、ミッドチルダ側からはAE級と呼ばれている。
 これは単純にアルファベットの先頭から数えたものを連番と対応させたものである。ミッドチルダ語では28文字のアルファベットを使うので、28番目まではアルファベット1文字で表し29番目以降はAA、AB、ACと数えていき33番目はAEとなる。

「交信回復の可能性はあるか」

「極めて低いです。この距離では念話は届きません」

「第97管理外世界の軍に拿捕される可能性は」

「予測は不可能です」

 副官は淡々と答えた。
 ミッドチルダはともかく、ヴァイゼンは第97管理外世界の情報をあまり持っていない。
 次元間航路も、ヴァイゼン海軍の制海権はミッドチルダとは離れた方向にあったため、第97管理外世界の近傍に進出することが少なかった。

「よろしい……『リヴェンジ』への回線を開け。ベルンハルト司令に打電しろ。
わがヴァイゼン艦隊の1艦が、先の攻撃により損傷し、地球へ墜落した。本艦はこれより地球へ降下し、遭難艦の捜索を行う。インフェルノ内殻部の制圧作戦には巡洋艦戦隊を充てる」

「了解です」

「降下するのは本艦のみだ。巡洋艦戦隊の指揮はニーヴァ一佐にとらせろ」

「わかりました。『ウリヤノフ』へ打電します」

 通信士が打電の準備にかかる。

 命令を伝えてから、副官はおそるおそるカザロワに尋ねた。

「管理外世界の人間の前に本艦が姿を現すことは軍事相互管理条約に抵触する可能性があります」

 時空管理局がその名の由来とする、各次元世界共同での軍縮条約。
 先の次元間大戦の反省に立ち、過剰な軍備の蓄積を避けるために締結されたこの条約は、各次元世界の軍事バランスの観点から、軍縮とは厳密に管理され各次元世界の歩調を合わせなければ行えないとしている。
 そのため、異なる次元世界間での戦力の移動は厳しく制限されている。

 管理世界の正規軍が、管理外世界へ進出する。

 それだけでさえも平時であれば厳しく批判追及される行動である。
 ましてや行き先は、公式には魔法技術が存在しないことになっている世界である。
 しかしながら、そのような世界であっても民間企業や国家組織が独自にコンタクトをとり、魔法技術の開発を行っていることは、もはや公然の秘密である。
 そしてそれは管理局であっても例外ではない。

「次元干渉結界を解除しろ。わが艦は逃げも隠れもしないということを地球の住人にまず知らせねばならん」

 カザロワが座乗しているヴァイゼン艦隊旗艦17級航空戦艦『チャイカ』は、インフェルノを右手に見上げる軌道を取り、日本列島上空へ向け降下していった。

「カザロワ司令、ベルンハルト司令が待機を要請してきていますが」

「断れ」

「ですが」

「墜落したのはわがヴァイゼン海軍の艦だ。同胞を見殺しにすることはできん」

 通信士席のコンソール上で、念話回線の接続待ちを示す緑色のランプが点滅している。

「敵巨大戦艦の撃沈には地球の協力が必要だ。有人惑星上にこれほどまで接近している目標を攻撃するには現地惑星に了承をとらねばならん。
わが艦隊がその作戦立案能力を見せ付ければヴァイゼンはミッドチルダに対して貸しを作れる」

 降下するチャイカの艦橋から、インフェルノの後方で隊列を離れつつあるヴォルフラムの姿が見えた。
 ヴォルフラムには、管理局執務官フェイト・T・ハラオウンが乗り組んでいるはずである。
 ヴァイゼンが擁する次元世界有数の兵器開発企業、カレドヴルフ・テクニクス社に対する捜査のメスを最初に入れたのが彼女であることはよく知られている。

 ヴォルフラムはこのまま管理局へ帰還し、インフィニティ・インフェルノ内部で発見した真実を白日の下に知らしめるだろう。

 そうなれば、ミッドチルダもヴァイゼンも、他次元世界からの非難は免れない。
 ここから先、重要になってくるのはこの第97管理外世界に対する艦隊派遣に、いかに正当性を持たせるかということである。

 次元世界各国が最も警戒するのは、現在のミッドチルダ・ヴァイゼン両世界による二党体制の軍事バランスが崩れることである。
 もしどちらかの陣営が勢力を弱めた場合、対抗する陣営に属している次元世界が相対的に力を強め、その経済力、軍事力によって周辺次元世界を侵食していくことになる。
 二大超大国による調和から、単一国家による世界支配へと移行していく恐れがある。

 そうなってしまうと、もはやどこの次元世界もミッドチルダに対抗することができなくなる。

 それをよしとしない少数の次元世界が、ヴァイゼンに賛同し結束を強めているのだ。ミッドチルダの影響に縛られない経済圏、独自の国際安全保障を、中小次元世界は求めている。
 ヴァイゼンとしては、ミッドチルダに対する牽制役という立ち位置を退くわけにはいかない。

「ミッドチルダの独占体制に我々は対抗せねばならんのだ」

「第97管理外世界がその防波堤になると」

「現在のところこの世界に対するコネクションではわがヴァイゼンは残念ながらミッドチルダの後塵を拝している。地球人にとって次元世界人とはミッドチルダ人という認識のはずだ。
このまま第97管理外世界がミッドチルダ陣営に下るならそれはヴァイゼンにとって非常な脅威となる」

「管理外世界における違法な魔力兵器開発を──ミッドチルダは現地世界の企業を使って行っている」

「常識だ」

「では本艦は」

「連中に見て見ぬふりはさせん。あの小僧──ハラオウン艦長は最初からそのつもりで我々をこの世界に誘い込んだのだ」

 クラウディアは次元潜行にかかり、こちらも艦隊から離れて独自に低軌道へ降りつつある。
 チャイカは日本列島を目指し、クラウディアはインフェルノに先行して大西洋へ向かう。

 必然的に、ミッドチルダ艦隊も決断を迫られる。

 このままインフェルノ内部の制圧作戦を継続するか、それともチャイカを追って艦を向かわせるか。
 もしミッドチルダ艦隊がチャイカを追ってくるなら、それは自分たちが第97管理外世界で行っていることに後ろめたい部分があると認めることになる。

 ミッドチルダは動けない、とカザロワはにらんでいた。

 ミッドチルダ艦隊はインフェルノから離れることができない。
 ヴァイゼン艦隊も本隊をインフェルノ制圧作戦に残しているので、これはミッド艦隊を牽制する。
 連合艦隊という体裁ではあるが、実質にはミッドチルダ側はベルンハルトの、ヴァイゼン側はカザロワのそれぞれの指揮下である。互いに命令系統は重ならず、共同作戦をとる独自の艦隊が二つあるという状況である。

 カザロワは発令所のマイクを全艦放送に切り替え、スイッチを入れた。

「同志諸君!我々は現代次元世界人類として初の試みに挑む。第97管理外世界、地球への接触である。
敵バイオメカノイドは地球を目指し、我々はそれを追ってここまで来た。敵巨大戦艦は強大なる力を持って地球を狙い、それはアルハザードの力である。
ミッドチルダがその拠り所にしている魔法とはアルハザードが人類にもたらしたものである、我々は今、その力の源たる存在に対峙しているのだ。
我々が直面したこの状況は次元世界人類にとって大きな変革をもたらすであろう、我々はその第一歩を踏み出す先駆けとなるのだ!」

 決断。
 おとぎ話や伝説などではない、アルハザードの存在は超古代先史文明とそれがもたらした巨大生命体の出現という形で現実的な脅威を目の前に現した。

 バイオメカノイドの出現、そして第97管理外世界を巻き込んだ先史文明技術(ロストロギア)の復元計画。

 そこには、多くの人間たちが待ち望み、しかし目を逸らし有耶無耶にしてきた、次元世界の真実がある。

「下げ舵3分の2、艦傾斜左60度!大気圏突入姿勢をとれ!」

「下げ舵3分の2、艦傾斜左60度!」

「現在高度7800キロメートル、降下速度、毎秒7.5キロメートルに増速!」

 軌道を左へ大きくとり、チャイカは地球へ向かう。
 インフェルノは日本の南海上から太平洋沿岸をかすめるように北へ抜け、ベーリング海を越えてアラスカ上空からバフィン湾へ向かう。
 この軌道では、ラブラドル半島上空で地球に最接近したのち、高度およそ650キロメートル前後でニューヨーク沖を通過する。
 約20時間後にやってくる次の周回では、軌道はやや西へ動き、接近時には日本海上空を通過、そしてニューヨーク上空で地表に最接近することになる。
 その時の近地点高度は360キロメートル程度になると予想された。

 アメリカにとっては、まさに自分たちの目と鼻の先をすり抜けられることになる。

「結界魔法解除完了しました!現在、紫外線およびガンマ線防御レベルは正常です!」

「よろしい、艦傾斜戻せ、アップトリム15度に修正。大気圏突入角を35度にとれ」

「アップトリム15度に修正よし!」

「突入進路に乗ります、大気圏突入角35度」

「高度1000キロメートルを切りました、地球の人工衛星が飛んでいます!」

「衛星は全てマッピング、軌道交錯を正確に回避しろ」

「司令、ヴォルフラムが離脱していきます」

 艦橋からも見える位置だ。インフェルノの向こう側に、太陽の光を受けて星のように輝くヴォルフラムが見える。
 管理局きっての大魔導師、八神はやて二佐が指揮する艦だ。
 はやてのような強大な個人魔力は、管理局にとってはその力の象徴であると同時に目の上の瘤でもある。

「構う事はない。艦このまま、降下軌道を維持せよ」

「了解」

 大気圏に突入し、衝撃波を纏いはじめるチャイカの艦影は、ヴォルフラムでも探知していた。
 索敵レーダーが損傷し精度が落ちていたが、それでも艦級を特定する事はできた。
 ヴァイゼン海軍の17級航空戦艦といえば、次元間大戦後の冷戦が最も緊張していた時期に建造された艦で、ミッドチルダや管理局の使用する艦に比べて非常に重武装、重装甲を誇る。
 搭載される魔法兵器の種類も多く、またシールドの強度も高い。

 チャイカの地球降下を探知したヴォルフラムでは、ヴィヴァーロがエリーに報告を行っていた。

「副長、ヴァイゼンの航空戦艦が地球に降りていきます」

 マルチスクリーンに投影された17級航空戦艦のデータに、なのはが発令所の前段に降りてきてスクリーンを見上げる。
 管理局でなじみのあるL級やXV級のようなスマートでシンプルなデザインではなく、手当たり次第に火砲を詰め込んだというような武骨な威圧感を持った外観で、むき出しの機械式魔法陣が前甲板に背負い配置で据え付けられている。

 以前、ヴァイゼン出身の武装局員から広報映像を見せてもらったことがあった。
 対地砲撃を想定した実弾訓練の様子で、その発砲の様子はあたかも艦全体が噴火しているかのような激しい魔力光を放ち、標的として設置されていたダミーの都市群を跡形もなく吹き飛ばしていた。
 また、機械式魔法陣から発射される長距離誘導魔法は数億キロメートルもの射程距離を持ち、偵察機と組み合わせた照準が必要という条件付きながら惑星間での攻撃が可能なほどである。
 第97管理外世界には偵察衛星などもおらず、照準が付かないために撃てなかったがこのような兵器も次元世界は持っているのだ。

「エリーさん、ヴァイゼンは地球へ降りるつもりです」

「そのようですね」

 発令所を振り返り、なのはは胸を押さえてエリーを見上げた。
 ミッドチルダの首都クラナガンに自宅を持っているという環境から、普段目にする報道やジャーナリズムなどではヴァイゼンがミッドチルダに対抗して軍拡を進めているという論調で語られる事が多い。
 その実態がどうあれ、ミッドチルダにとってはヴァイゼンは暴力的な軍事国家と喧伝されている。

「先程の核ミサイル攻撃により、ヴァイゼン海軍所属の巡洋艦が地球へ墜落したとの連絡がありました。
カザロワ司令自ら地球に降りて遭難艦の捜索を行うとの事です」

 ポルテが通信を伝える。

「地球が管理世界の艦に……」

 なのはは血の気が引くのを感じていた。
 地球が次元航行艦に被害を与えた。
 あれほどの規模の爆発で、まさか艦隊全艦が無事では済んでいないだろう。けが人や、もしかしたら死者も出ているかもしれない。地球の攻撃によって、管理世界の人間に死者が出た。地球の武器が、質量兵器が、管理世界の人間を殺した事になる。

「エリーさんっ、あの艦を追いかけてください!」

 発令所の階段を駆け上がりながら、なのははエリーに呼びかける。
 エリーは士官学校時代によく見せていた、慇懃な表情を浮かべた。

「追いかけて……追いかけて、どうするんですか?」

「──っ、もしかしたらヴァイゼンは地球に報復をしようとしてるのかもしれません、だとしたら」

「だとしたらどうするんです。本艦もヴァイゼンに加勢せよというんですか?」

「違いますっ!そんなんじゃなくてっ」

「現時点では攻撃権はヴァイゼン側にあります。事情を汲まないのならばそれが道理です」

 なのはは思わず声を荒げてしまった。
 あの艦は地球を攻撃しようとしているのではないか。核ミサイルが発射されたおおよそのエリアは特定できているはずだ。地上に接近して見下ろせば、次元航行艦の性能ならすぐに発射地点を探し出せるだろう。

 事前に偵察機を飛ばしていたことから考えて、おそらく撃ったのはソ連だ。
 また、宇宙空間の高軌道領域にある目標を攻撃できる能力を持つのはアメリカかソ連のどちらかしかない。
 はやてが言うには、爆弾を飛ばすだけならM-6ロケットの先端に誘導装置を取り付ければ……ということだったが、なのはは日本がこのような攻撃を行うとは考えたくなかった。
 日本が攻撃され、人々が魔法の雨を浴びる。
 そのような事態など想像したくない。

「でも、地球は」

「事情を汲まないのならばということです。道理であれば、先に攻撃を受けたのは私たちであり、私たちは次の一手として反撃を行うことができます。
しかし、私たちは地球が私たちの存在を知らないであろうことを把握しています。つまり、地球は私たちを撃つつもりはなかったのだと推測することができます。
地球の立場に立って考慮することが私たちはできるのです」

「エリーさん……」

 論戦になると、エリーは丁寧語を強調するような喋り方になる。
 ミッドチルダ語と英語は文法も似ているので、なのははまだ海鳴にいた頃に感じていた、英語に独特の言葉の組み立て方を思い出していた。

 “地球の立場に立って”という言葉を、エリーは“自分たちが地球人になる”と表現した。
 英語ではそのような構文になるし、そのように喋る方が自然になる。

 それはミッドチルダ語でも同じだった。言語体系が似ているのはそれこそ偶然であろうが、ここでこうしてエリーの言葉を聞くことができたのは、なのはにとっては大きな意味を持っていた。

「航海長、針路2-7-0、速力20、太陽南磁極へ向かいます。本局への帰還ルートを作成してください」

 なのははエリーの前に回り込んで立ち、背の低いエリーを屈んで見上げるようにして食い下がった。
 エリーはミッドチルダ人としては体格が小さめであり、はやてと同じくらいだ。年齢の割に幼く見えることを気にしてはいるようだったが、あるいはそれが堅い身持ちにつながったのかもしれない。

「エリーさん!地球が攻撃されるかもしれないんです、せめてカザロワ司令に確認だけでも!」

 エリーの肩に手を置き、なのはは口角泡を飛ばした。
 自分の故郷が攻撃される、それは非常な恐怖と悲哀である。
 今の地球には、次元世界の魔法兵器に対抗できる力はない。いや、少なくともなのはは無いと思っていた。
 地球においては少なくともなのははただの喫茶店の娘であり、何か特別な知識や伝手があるわけでもない。しいて言えば、士郎がかつて身を置いていた公安警察(Security Police)の世界で、外国の秘密兵器として何かの写真を見たことがある程度だった。
 あるいははやてに聞けば、それがどこの国がいつ頃から開発していたなんという兵器なのかくらいは聞けたかもしれない。
 しかし、なのははそれをしなかった。それが必要になるとは思っていなかったし、普段の話題にするようなものでもないと思っていた。

 本当に映画のように、地球の秘密兵器で魔法に対抗できるのか。そんなことは所詮空想である。

「本艦はただちに本局へ帰還します」

「どうして!」

「なのはっ、やめなよ」

 遅れて発令所に入ってきたフェイトが、なのはを宥めようとする。
 ルキノは機関室から戻ってきて航海の指揮をとっており、フリッツの操舵でヴォルフラムは地球軌道を離脱し、太陽に向けて針路をとっている。

「作戦目標物であったバイオメカノイドのサンプル入手に成功しました。作戦任務を達成するには、これを確実に本局に持ち帰る必要があります。
私たちの受けた命令とはバイオメカノイドの捜索と制圧、確保です。地球を防衛せよという命令は受けていません。地球を攻撃しようとしているのがバイオメカノイドでないのならなおさらです」

「そんなっ、黙って見過ごすなんて、管理世界が、他の世界と戦争になるかもしれないのに、それを見過ごすんですか!?
話せばきっとわかってくれるはずです、それなのに何も、言葉を一言も伝えずに、わかるわけないじゃないですか!!」

「なのは──」

「──高町一尉!!」

 発令所の先頭、艦長席があるところまで歩き、エリーは手すりを握りしめて声を張った。
 普段、冷静に決して昂ぶることのなかったエリーが大声を出したことに、艦橋内は一瞬緊張し、ポルテは自分の席で身を縮こまらせている。

「現在の本艦の最高責任者は私です。本艦内では誰であっても、私の指示に従ってもらいます。
──高町一尉を艦橋から退出させてください。デバイスはロッカーにしまって施錠し、居住区から出さないように」

 指を鳴らすフィンガースナップの合図──これは海軍においては武装してここへ来いという意味である──に従い、ヴォルフラムの乗組員が二人がかりでなのはを拘束し、発令所から出させる。
 艦の指揮に支障をきたす人間を、艦の首脳部に入れさせるわけにはいかない。
 いくらはやての友人であっても、艦の規律が保てないようではいけない。

 なのははもう逆らえなかった。幼い頃、見たことがある光景だった。偉い人間が指を鳴らすとすぐにSPがやってきて、不逞者はつまみ出されてしまう。
 士郎が仕事をしていた相手は、そういう世界の人間だった。

 フェイトに宥められながらなのはは発令所から出ていき、やがてドアが閉まると、エリーは手すりに両手をついて、小さく鼻でため息をついた。

 正直、これが自分の柄だと言われればそうなのかもしれない。
 どうしても、意地の悪さが先に出てしまう。
 理論立ててきちんとなのはを説得するべきだった。なのはは故郷が危険に晒される恐怖に襲われており、それを説得するべきだった。
 確かに、管理外世界とのむやみな接触は避けるべきであるがそれは防衛せよという意味ではない。
 それを、狼狽えるなのはをいたぶるような物言いをしてしまった。

 この掛け合いにはやてはむしろ積極的に乗ってくる方であり、お互いに腹の内も分かっていたので黒い笑いを交わすことができていたが、なのはにとってはそうではなかった。

 故郷が災禍に見舞われるというなら、クラナガンが既にそうである。
 忘れてはならないのは、最優先すべき相手というのはバイオメカノイドである。
 それも目の前の端末個体ではなく、制御中枢のような母体が、未だ惑星TUBOYに眠っている可能性がある。

 スバルたちの班が採取に成功したグレイの個体と、撃破されたバイオメカノイドの内部構造から、これは独立した生命体ではなく、群れをつくって初めて意味のある意思を持つ形態の生物であると考えられた。
 一般的な生物の場合、ひとつの意識にはひとつの肉体が必ず備わっており、肉体が二つに分裂してしまうと、それは二つの意識を持った生物になる。
 また、発達した脳を持つ高等生物の場合、脳を分裂させることはできず、肉体がちぎれて二つに分かれてしまうと、脳が備わっていない方の切れ端は意識を持たなくなってしまう。

 しかし、バイオメカノイドは最初から分裂した状態で生まれている可能性がある。
 これまでの調べで、バイオメカノイドは中心に埋め込まれたマイクロマシンによって制御されていることが分かっているが、ではこのマイクロマシン1個がバイオメカノイドの脳なのかというと疑問が残る。
 このマイクロマシンは機体を動かすのに最低限の──たとえば前進せよとか攻撃せよとか──命令を出す機能しか持っておらず、細かい姿勢制御や索敵、状況判断などの機能が備わっていない。
 にもかかわらず、クラナガン宇宙港や中央第4区に出現したバイオメカノイドは、全体的に統率されたような、あるひとつの意思を持っているような行動を見せていた。

 個体間の連携によってそれが実現されている可能性がある。
 たとえば先に出ている個体が敵を見つけたら、目の前に敵がいるという情報が他の個体に送信され、そして複数の個体がそれぞれ見た敵の位置を共有し合うことで、具体的な距離や方向を算出し、全体として狙いをつけることができる。
 それはまさに群体生物の真の姿と言えるのかもしれない。
 ひとつの巣に何万匹もが集まり、一匹の女王の下ですべての個体が統率される──
 そういった社会性昆虫のような生態を、バイオメカノイドは持っている。

 もしこの仮説が当たっているのなら、端末個体をいくら破壊してもきりがない。
 資源がある限りバイオメカノイドは次々と生まれ続け、いくらでも湧き出してくる。
 その根元を叩かなければ根絶はできない。惑星TUBOYにおそらくその中枢が存在する。

 バイオメカノイドを倒すためにどのようにすればいいかということを、これからヴォルフラムが本局に持ち帰るサンプルを分析して調べなくてはならないのだ。

 決意を確かめるように、エリーは両手をきつく握りしめていた。

「副長」

「──大丈夫です。カザロワ少将は冷静な軍人です。高町さんが心配しているような事態にはならないはずです──」

 インフェルノはやがて地球の夜の部分に入り、太陽の光から隠されて暗闇の中に沈んでいく。
 時折、航跡に尾を引くように大気圏に突入する細かい破片が輝き、流星になっているのが見える。

 ひとまず、ヴォルフラムはこの現場から離脱する。
 次元航行艦が初めて、地球人の前に姿を現す。
 それは第97管理外世界のほとんどの人間にとって、生まれて初めて遭遇する衝撃的な出来事となるだろう。

 異星人の存在が、目の前にそのものが現れるという事実を持って証明される。

 翻ってミッドチルダでは、恒星間文明というものは既に数百年も昔から存在していた。
 魔法による次元間移動が可能であったため、外宇宙航行能力が無くても他の星に行くことができたのである。
 しかし現代になって、次元航行艦による宇宙探査が進んでくると、実は魔法によって移動していた次元世界というものは、これまで多くの人々に信じられていた姿とはあまりにもかけ離れていたのだということが分かってきた。
 異次元とは、ひとつの宇宙の別の領域であった。物理定数や宇宙の法則が異なる世界は存在せず、あくまでもひとつの宇宙が、何らかの力によって分離させられていた。それを、異次元とみなしていたのだ。
 宇宙探査機によって発見される未知の次元世界、そしてそれが従来の魔法で発見できなかった理由。
 そういった、次元世界人類にとっても未知の世界が存在するという事実は、この世にはまだまだ強大な存在がいるという可能性を高くしていく。

 伝説の地としてその存在が言い伝えられていたアルハザードは、確かに魔法を用いた航行ではたどり着けない世界だ。
 しかし、現代では、魔法によらず、科学の力でそこを目指すことが可能になっている。

 ミッドチルダが進めていた外宇宙探査プロジェクトは、究極的にこのアルハザード発見を目的にしていた。

 だからこそクロノは、ミッドチルダの思惑を見越した上で任務を引き受け、そして今回のこの行動を起こした。
 エリーのこの予想は、はやても同じことを考え、そしてレティたちもやがて同じ結論にたどり着くだろう。
 ミッドチルダ政府の深部の考えは、管理局の調査の手も届かない。

 

 

 ボイジャー3号によるキグナスGIIの観測データを分析していたNASAでは、惑星表面上に新たな噴出物が現れつつあることを確認していた。
 このクラスの岩石惑星では、重力の小ささと岩石の成分組成により大規模な火山活動は通常起きない。
 唯一、木星の巨大な潮汐力を受けるイオが火山活動を起こしている程度である。
 キグナスGIIは主星からの距離が遠く、近くに別の大きな惑星もない。

 すなわち、この火山活動は重力が由来ではなく、惑星内部に何らかの別の動力源──それも人工的な──が存在するということだ。

 現在地球に接近している巨大UFOは、このキグナスGIIから分裂して飛び立ってきたことが、スペクトル分析の結果判明している。
 170万光年もの距離をどうやって一瞬で移動してきたのか、ということについては、これはボイジャー3号が用いたのと同じ方法であることは想像に難くなかった。

 さらに、巨大UFOはワープ航法をより自由に使えるであろうと予想された。

 太陽系内に出現して地球に向かってくる間も、各国の天文台だけでなく何千人というアマチュアが望遠鏡を向けていたにも関わらず、幾度にもわたって観測の目を逃れ、そのたびにいっきに長距離を移動して、わずか数日で地球まで接近してきた。
 同じくらいの遠日点に軌道をとるハレー彗星は実に76年という公転周期を持つが、この巨大UFOはわずか4日で天王星から地球までの距離を駆け抜けてきた。

 しかも、もし仮にその速度で飛んできたとすると一瞬にして地球をすり抜けるはずが、減速して地球軌道へ入った。
 宇宙空間にある物体は、惑星や恒星の引力によって通常、近づくにつれてどんどん加速していく。
 しかしこの巨大UFOは地球の手前で大きく減速した。
 反動推進ではない。もし通常の化学燃料ロケットなら、巨大UFOの船体の98パーセント以上が燃料タンクでなければ止められないだろう。
 もちろん恒星間を自在に飛べる宇宙船がそのような設計になっているなどあり得ないはずだ。

 地球接近後も、ソ連が撃った核ミサイルの命中後に飛び散った破片の軌道を分析した結果、巨大UFOは明らかに人工重力を放っている形跡がみられていた。
 巨大UFOの破片の飛び方が、地球の重力と、巨大UFOの質量から計算される重力だけでは説明のつかない軌道をとっている。
 すなわち、巨大UFOは自分の質量以上の重力を人工的に発生させ、飛び散った破片を引き寄せている。
 このことから、地球のごく至近でミサイルを命中させたにもかかわらず、地表に降り注いだ破片は当初の予想よりはるかに少なくなっていた。

 北大西洋に展開していたアメリカ第2艦隊では、ボーフォート海を通過した巨大UFOを高度570キロメートルで探知した。
 地平線が丸く見え、それでもなお地球大気層を押しのけるようにして巨大UFOが通過していく。
 第2艦隊の空母『ジョージ・H・W・ブッシュ』では、実地試験中だった新型Xプレーンズ『X-62』による偵察飛行を行うことを決定し、搭載されていた5機のX-62試作戦術戦闘機を発艦させた。

 本機は1947年にアメリカ・ニューメキシコ州に墜落した異星人の宇宙戦闘機の技術をもとに、推進システムを既存の戦闘機に移植することでつくられた機体である。
 機体のベースとなったのはボーイング・X-48であり、これは異星人の使用する戦闘機に機体形状が近いことから選ばれた。
 21世紀初頭から地球での目撃例が増えていた、“ドローンズ”と呼ばれる特異な形状を持つUFOはほとんどがこの異星人の無人戦闘機であり、異星人側の呼称は『ドローンGD2』という。
 異星人たちの用語では、無人戦闘機を総称してガジェットと呼ぶ。
 ガジェットドローン2型と呼ばれたこのUFOは、特に米空軍によるインターセプトを受けて撃墜された機体がいくつかあり、それらは厳重に保管されていた。

 ロズウェル事件の後、このドローンGD2の母艦であった次元航行艦は少数の技術者と兵を米軍基地へ極秘に派遣し、機密に触れる部品の回収と引き換えに技術供与を行った。
 それから数十年、アメリカは地道な研究を続け、ついに地球独自での宇宙戦闘機製造にこぎつけていた。

 もちろん、それはソ連側でも、MiG-25型に宙間戦闘能力を付与することができたのはこれらの技術が用いられた結果である。

 グリーンランド上空を越えたX-62編隊は、冬の北極圏の荒天を避けるために高度75キロメートルまで上昇し、バフィン湾上空へ向かった。
 このX-62以前に開発されていた機体はそのほとんどが無人戦闘機であったが、X-62に至って再び、パイロットを搭乗させることに成功していた。
 コスト的には無人機のほうが有利ではあるが、空軍の予算を獲得するためには有人機の方が支持を得やすかった。
 かつてなら近未来と呼ばれていた時代になっても、やはり戦闘機パイロットというのは現場の花形である。

 X-45やX-47で研究された自律作戦行動システムと、X-48の全翼形状、そしてX-51のウェイブライダーシステムを組み合わせて、これらの集大成としてX-62は建造された。
 サイズ的には従来のF-22戦闘機とそれほど大きく変わらないが、特に機体の全高は低く抑えられ、全翼機という平べったい形状でありながら前方投影面積は非常に小さくなっている。

 X-62に搭乗するのは各地の航空団から選りすぐられたパイロットたちだ。
 彼らは何度かの選抜試験を受けたが、合格が通知され部隊に配属される直前まで自分たちが乗る機体がなんなのかということは知らされていなかった。
 所属する飛行隊は海軍の編制表には載らず、このジョージ・H・W・ブッシュも、2隻の護衛潜水艦以外は僚艦を伴わず極秘に出航していた。
 このプロジェクトは諸外国だけではなく自国民にさえ知られてはならないものである。

 従来の戦闘機にあったたくさんの計器類は、このX-62では非常に少なくシンプルにまとめられ、基本的にはヘッドアップディスプレイに表示された情報だけで操縦が可能である。
 X-62の機体は無人航空機の技術を応用した高度な自律飛行能力を持っており、パイロットに求められるのは機体を有機的に運用し移動させることである。
 すでに米空軍が開発していた無人戦闘機は、その気になれば遠隔地からの無線指令だけで作戦任務を遂行可能なレベルまで到達していたが、これも実は早くも頭打ちしかけていることは現場の研究者たちには知られていた。
 無人戦闘機の性能の限界とは、すなわち遠隔操作ができる距離の限界である。
 地球上でなら、米軍の戦力をもってすれば制海権を確保して空母が進出し、近隣国に駐留基地をつくって空中管制機などと組み合わせて運用することが可能だが、では自軍の勢力圏外で同じことが可能かというとそうではない。
 現代の地球には、そのような領域は存在しないと考えられていた。

 しかし、宇宙がある。
 宇宙にはいまだ人類の手が届かない領域が広がっている。
 人類は、地球という惑星のほんの表面だけを占めているにすぎないのだ。

 宇宙空間から地球上を攻撃する能力を持つ衛星は、すでに数百基以上が打ち上げられ、全世界の上空を24時間飛び続けている。
 ニューヨークもワシントンも、モスクワもロンドンもパリも、東京も北京も、その上空には常に攻撃衛星が待機しており、指令を受信すればただちに硬X線レーザーを地上へ向けて砲撃することが可能である。
 ルーツをたどれば前世紀、ロナルド・レーガン大統領が提唱した戦略防衛計画に基づいて開発された数多の技術が、この21世紀でも生き続けているのだ。

 地上では、既に米ソの軍拡競争は限界に達し、さらにその場を宇宙へ求めつつあった。

『視界に見えてきた』

「確認した。座標と速度を送信する」

 X-62とジョージ・H・W・ブッシュとの間で交わされる通話は、従来の無線に比べてノイズは格段に少ない。
 すでに宇宙探査機で実用化されている量子スピン通信は、何よりもそのタイムラグの少なさから、航続距離や作戦行動半径が格段に広がる宇宙戦闘機での使用にはうってつけだ。

『地球が半分に割れているように見える』

 ちょうど地球の昼夜境界が真下に来ている。X-62のコクピットからは、地球の夜の面は背景の宇宙と見分けが付かない真っ黒に見えている。
 境界付近は大気層が青い膜のように光っているのが見え、雲がうっすらと形を見せている。

『サンタクロースのソリは空っぽだ』

「これまで見えていなかったブリップが続々と出現している。おそらく異星人の宇宙戦艦だ。先ほど、日本列島にそのうちの1隻が不時着したと日本政府から通報があった」

『流星は降り続けている。大気圏に光の針が刺さっているようだ』

 5機のX-62は、北大西洋からグリーンランド上空までおよそ1500キロメートルをひといきに駆け抜ける。
 惑星表面における航続距離は事実上無限に近い。

「相対速度を3万5千ノットに維持、ちょうど30秒でミートするぞ」

『了解した』

 秒速十数キロメートルもの速度からX-62はいっきに停止、反転することができる。従来の航空機の常識からはかけ離れた、桁外れの機動力を発揮することができる。
 また、NASAが研究し何年もかけて実験を行った結果、現代の戦闘機や宇宙ロケットではパイロットにかかるGをおよそ70G程度まで許容できるようになっていた。これは純粋に地球の技術である。
 そしてその許容荷重に釣り合うだけのパワーを、X-62は手に入れている。
 もしこの機体が人々の目の前を飛んでいるのが目撃されたら、人々はこれをUFOと呼ぶだろう。

 異星人の技術を用いるにあたり、これまで地球で使われてきたレーダーシステムというものも大きく変化を遂げようとしている。
 レーダーというものは、その名の通り電波を使用した索敵方法である。目標に向けて電波を発射し、反射して返ってきた電波を検出することで目標の位置を知る。さらに反射波の変化の具合から、目標の大きさや形状も分かる。
 異星人の戦闘機では、索敵システムの原理そのものは似ているが、使用する電磁波が電波ではない。
 異星人の用いる、“魔法”と呼ばれる技術体系によれば、この世のあらゆる物質はそれぞれに特有の波動を放つ。
 これを受信することで目標の位置や性質を知る。
 どちらかといえば、潜水艦のパッシブソナーに近いやり方だ。
 こちらから探信波を打つ場合も、何らかの電磁波を放射して反射してくるのを調べるのではなく、波動を打ち、それによって物質が励起されると、相手が波動の放出を抑えていても強制的に放射させることができるのでそれを拾う。
 これにより、あらかじめ登録しておいた波動のスペクトルと突き合わせることで、調べたい目標の性質や、兵器であれば大きさや質量、材質、搭載している動力炉の出力などもある程度分かる。
 異星人はこの波動を、“魔力光”と呼んでいた。

 魔力光に関しては、現在のところ、可視光線以外にも全領域に渡ってのスペクトルを持った放射があるという程度が分かっているだけだ。
 目下最重要視されたのはとにかく宇宙空間での機動力を持った航空機をつくることで、それに載せる武装は現行のものでもとりあえずは何とかなる。
 現在出撃しているX-62には、SDI計画によって開発された戦術高エネルギーレーザー砲が搭載されている。
 これは出力96キロワットのパルスレーザーを発射して目標を焼き払うことができる武器だ。ICBMなどの弾道ミサイルや、ソ連の重装甲ミサイルなども破壊できる性能がある。
 実弾を使用しないため従来の機関砲に比べて重量やスペースの面で有利であり、アメリカ海軍がこれまで使用していたファランクス20ミリ機関砲からの置き換えが現在進んでいる。
 また、F-15E戦闘機でもM61A2バルカンに代わって搭載され、運動性能の向上をもたらす軽量化や、特に低空侵入をはかる対地攻撃任務で非常な効果があると期待されている。

 このようなレーザー兵器も、かつては必要なエネルギー量が莫大になり実用的ではないとされたが、2023年の現在ではそのエネルギー需要を満たすだけのエンジンが作れるようになっている。

「安全装置を解除せよ」

『解除した』

「ようし、次はIRSTだ。シーカーは十分に冷えているか」

『問題ない』

 ヘッドアップディスプレイの下部に、現在照準を向けている巨大UFOが、熱を持った影となって投影されている。
 X-62では攻撃動作時の逆探知を避けるために電波式のFCSは装備せず、完全なパッシブスキャンによって目標を照準する。

『目標はきれいに映っている。“フェレット”は獲物の巣穴を見つけた、いつでも飛び出せるぞ』

「お盛んだな、今回は狩りはお預けだ。巣穴の位置だけ見てこい」

『YGBSM、それだけで済まないことを期待してるよ』

 別のパイロットが、無線に割り込んで冗談を飛ばした。
 第二次世界大戦当時、敵のレーダー網を破壊するための作戦に従事していた戦闘機は、狩りをする食肉獣になぞらえてフェレットと呼ばれた。
 やがてミサイルの時代になると、ワイルド・ウィーゼルとして特別に編成された戦闘機部隊が敵対空ミサイル陣地の捜索と破壊を行うようになった。

 未知の敵に向かうというのは非常に危険な作戦である。

 邪魔者はいない大気圏外での戦闘だ。このX-62の性能をもってすれば、いかにエイリアンの宇宙戦艦といえども振り切って見せる。

 巨大UFOに距離10マイルまで接近し、周囲を大きく旋回するコースに入る。ソ連のR-7ミサイルによって破壊された外殻が砕けながら船体を取り巻き、その周辺を数十隻、いや百隻以上もの宇宙戦艦が取り囲んでいるのが見える。
 間違いなく、これは小惑星ではなく異星人の操る宇宙船だ。
 正体を確認したので、UFOではなくなり、これは宇宙船であると識別できたことになる。
 5機のX-62と5人のパイロットたちは、それぞれに散開し、巨大UFO──無人機動要塞の周囲を、画像撮影と光学分析のために飛び回り始めた。

 これらの動きは、もちろん宇宙戦艦に乗っている異星人たちにも見えているだろう。
 こちらが地球上から発進してきたということは見えているはずだ。
 だとすれば、彼らがこの無人機動要塞の仲間でないのなら、こちらを攻撃しようとはしないはずだ。

 もし宇宙戦艦がX-62に砲を向けていても、少なくともレーダー電波では逆探知できない。
 彼らの使用するレーダーシステムは地球のものとは異なるので互いに互換性はないはずだ。

 現時点では、彼らは敵でも味方でもない。

 距離を近づきすぎないようにあくまでも慎重に、宇宙戦艦の正面を横切ったり、対向して直進飛行する。

 これでも撃ってくる気配がなければ、向こうにとっても自分たちは敵ではないということになる。

 X-62のパイロットたちは、もし自分たちが50年前にタイムスリップして当時の戦闘機を相手に同じことをしたら、当時の戦闘機パイロットたちに自分たちの機体はUFOだと言われるだろう、と思っていた。
 それは、5人だけでなく、地上で管制を行っているオペレーターたちも同じだろう。
 ブリップの輝点を敵味方逆にしてみれば、正体不明の飛行物体に翻弄される艦船、に見える。
 進歩した科学は魔法と見分けがつかなくなる──そういわれるように、現代の最先端科学は、それを知らない者にとっては超常現象のようにさえ見えてしまうだろう。

 グルームレイクの狭い滑走路でテストをしていた時はまだそれでも飛行機の体裁を保っていたが、今こうして大気圏外を飛び回るX-62の姿を前にしてみると、それはまるで別世界だった。
 ジョージ・W・ブッシュに乗り組み、大西洋から見上げている技術者たちも、当のパイロットたちも、この機体がまさにエイリアンクラフトと呼ばれてもおかしくないほどの驚異的なテクノロジーを現出させてしまったのだということを今更のように思い知らされていた。

 バフィン湾上空で、X-62編隊は敵巨大無人機動要塞から再び大きな破片の塊が分裂したことを確認した。
 外殻の破片を周囲にくっつけている様子は、スペースオペラなどで描かれるアステロイドシップのようだ。無数の隕石に覆われた内部に、要塞の本体が存在する。
 そしてそれは依然健在である。
 異星人の宇宙戦艦が数百隻がかりで挑んでも破壊しきれないほどの巨大さだ。
 そこに、地球の戦闘機が突っ込んでいくのはさすがに無謀に過ぎる。

 X-62編隊はただちにジョージ・H・W・ブッシュに分裂した破片の画像を送信した。
 分裂した破片は、大西洋北部を横断してヨーロッパ方面へ向かっていた。
 さらに、異星人の宇宙艦隊からも何隻かが破片を追って降下していく。敵無人機動要塞が、地球へ向け攻撃機を送り込んだ可能性が高くなった。

『どうする、追いかけるか?』

「酸素の残りに問題がなければ可能だ、やれるか?」

『タンクを確認する──オーケーだ、これより大気圏内に再降下する』

「落ち着いていけ。訓練どおりにだ」

『宇宙戦艦の一隻から発光信号のようなものが送られている、確認を頼む』

「少し待て、映像をまわす」

 X-62編隊の隊長機が目撃したのは、破片を追ってヨーロッパに降下しようとしていたXV級巡洋艦クラウディアだった。
 さらにその後にやや間隔をあけ、ミッドチルダ艦隊のXJR級が続く。
 どちらも艦の画像を撮影し、ジョージ・H・W・ブッシュを経由してグルームレイク基地へデータを送信して照合を依頼する。

 これらが間違いなく異星人──ミッドチルダ人の操る艦であれば、少なくとも交渉の窓口はある。

 現在地球には、日本の海鳴市へ宇宙戦艦が1隻不時着し、さらにこれを捜索していると思われる別の艦が日本上空に進入している。
 また、無人機動要塞から分裂した破片がヨーロッパへ向かい、こちらも異星人の艦隊が追撃に向かっている。
 アメリカの宇宙戦闘機編隊もこれを追跡し、敵の正体をつかむためにヨーロッパへ向かった。

 状況を分析し、現在の地球上で最も強い魔力を放っているであろう物体──ロンドンの地下基地にて修復中の自動人形『エグゼクター』に、敵バイオメカノイドは引き寄せられている可能性が高いとエリオは判断した。
 ミッドチルダにおける幾度かの戦闘から、バイオメカノイドは特に魔力炉に対して強い攻撃性を持つことが判明している。
 地球上では魔力炉は建造されていないので、可能性があるとすれば地球を訪れている魔力エンジンを積んだ艦船を狙ってくることが考えられる。
 現在地球上でそれに該当するのは、海鳴市に墜落したヴァイゼンの巡洋艦と、ロンドンの地下に存在するエグゼクターの動力炉ということになる。

「つまり──敵はここを目指していると」

「それが最も考えられる可能性です。魔力反応は、長波長領域なら地殻も貫通します。正直なところ、僕らもどうやったらあれの目をくらますことができるかというのはわからない状態です」

「遮蔽に成功した事例はありませんか」

 フォードもやや焦りを見せる。
 もし敵がここを目指しているのであれば、通り道として敵はロンドンの市街地に突っ込んでくることになる。

「難しいです。ミッドチルダにおける戦闘でも、通常のレーダーやソナーにかからないほどの放射レベルでも敵バイオメカノイドには探知されてしまいました。
残る可能性としては、電磁波以外の手段によって彼らは魔力反応を嗅ぎ付けているのかもしれません」

「おそらく米ソは独自に迎撃作戦を展開するでしょう」

「ええ。さらに日本に不時着した艦はヴァイゼン所属です──こちらがどう動くかも注意が必要です」

「イギリスにはアメリカと連絡を密にするよう言ってあるはずですが」

「テムズ川のドックを準備しておいたほうがいいかもしれませんね」

 日本とイギリスと大西洋、それぞれのエリアで、ミッドチルダ、ヴァイゼン、そして地球、それぞれの世界が、遭遇する。
 それは手探りのようでいて、お互いに確信を持った行動だ。

 西暦2023年12月28日、アメリカ東部標準時午後9時24分、日本時間12月29日午前11時24分。インフィニティ・インフェルノは地球へ最接近し、アメリカ・ロングアイランド沖の上空を通過して大西洋を南下していった。

 インフェルノの後を追うように、多数の流星が空を彩る。
 かつて中世の時代、空に走る彗星は凶兆であるとされた。
 燃えさかる大気を纏い、空を横切っていく巨大機動要塞は、まさに紅の彗星のようだった。

 地球に災いをもたらす、天の煉獄。

 地上から見上げる人々にとっては、要塞を取り囲む宇宙戦艦たちも、地獄に巣食う死神のようにしか見えなかった。

 

 

 ねずみ色の雲が低く垂れこめ、視界は100メートルもない。
 かろうじて見える山脈のふもとは、山肌が削られて白い石灰岩がむき出しになり、ところどころが水を吸って燻っている。
 空気はひどく湿っている。
 地上近くまで降りてきた雲の粒が、空気中を漂う水滴となって肌にくっつく。

 愛用の狙撃銃型デバイスを肩に、時空管理局航空武装隊隊員ヴァイス・グランセニックは苦く口元を歪めながらその光景を見渡した。

 管理局の部隊が布陣した丘の上はひとまず陣地を確保したが、さてここからどう攻めたものかと、派遣部隊の佐官たちはもう何時間もテントの中で会議を続けている。
 ヴァイスたちの所属する班の班長を務めているギンガ・ナカジマも、作戦案の検討のために一緒に行っていた。
 いつでも出動できるように準備はしているが、どちらにしてもこの有様では敵を倒したからといって何が得られるのかというものだ。

 横を見やると、小型形態に変身して周囲を警戒している白いドラゴンがいる。
 使役竜フリードリヒ、かつて機動六課においてヴァイスとは共に戦っていた。
 その召喚士たるキャロ・ル・ルシエは、怯えるフリードを庇うように前に立ち、ケリュケイオンを握りしめながら、変わり果てた村々の残骸を見下ろしている。

 つい数時間前の出来事だ。

 森の奥深くから突如として出現した大量の正体不明生物に襲われたという通報を受け、管理局の現地駐留部隊が現場の確認に向かった。
 しかし、いうところの正体不明生物の数がすさまじく、まさに森から湧き出した大海嘯のようであった。
 駐留部隊はほとんどなすすべなく全滅し、この時点で、この正体不明生物が森の中だけでなく空からも、宇宙からも現れ始めた。
 惑星のごく至近に次元断層が出現し、正体不明生物はその中から湧き出してきていた。

 神話に描かれる地獄の釜としか表現しようがないほどの、電撃的な出現と襲撃だった。

 正体不明生物たちは数にものを言わせて次々と村を踏み潰していき、大都市であっても構わず突っ込み、人々を押しのけ、捕まえて噛みちぎり、喰らっていった。

 ミッドチルダに出現したときとは違い、今回は彼らははっきりと人間をめがけて襲ってきた。
 そして、人間を喰っていた。
 彼らにとって人間の肉が栄養になるのかどうかなど、考えている余裕はなかった。

 第6管理世界、アルザスにバイオメカノイド出現。

 その第一報が──正確には正体不明生物がバイオメカノイドであると確認された──届いた時点で、もはやアルザスは手の出しようがないほどに、バイオメカノイドたちに制圧されてしまっていた。
 個体数は、数えるよりも面積で計った方が早かった。
 バイオメカノイドに覆われた土地の面積と、単位面積あたりにバイオメカノイドが占める割合から、個体数はおよそ30億体以上と計算された。

 このとき、初めてバイオメカノイドが増殖する瞬間が観測された。
 最初に出動していったアルザス現地駐留部隊の隊員が、バイオメカノイドの体節がちぎれて卵のような物体に変化するのを目撃した。
 地面に埋まって根を張った卵は、鉱物の結晶が成長するように大きくなり、数分ほどでそこからマイクロマシンが転がり出てきて、周辺の金属元素を吸着して小さなバイオメカノイドを排出した。
 卵は簡易的な金属圧延装置のようになっており、これで原型を作れば、あとは自分で金属や岩石を食べて成長が可能なようだった。
 バイオメカノイドはある程度栄養をため込むと、簡易製造プラントのような装置を自分の身体の一部を使って作り、そこから幼生を次々と生み出す。
 この方式だと、材料さえ供給し続けられるなら、ねずみ算式以上に急激なペースでの増殖が可能な計算になる。

 アルザスに出現したバイオメカノイドは、そのほとんどがワラジムシとアメフラシで、少数、ガやマリモが混じっていた。
 さらにこれらを率いるように、三つ首のドラゴンが現れていた。
 しかも複数である。
 第97管理外世界に派遣されたヴォルフラムからの報告にあった、現地で彼らが遭遇した個体とは別のものだ。ドラゴンは、確認されただけでも60体以上がアルザスの全域に出現していた。

 ドラゴンは、大きな個体では全長70メートル以上、翼長が100メートル以上に達する個体も発見された。

 キャロは、ル・ルシエの里にいた頃もこんな大きな竜の存在は聞いたことがなかったと言った。
 彼女にとっては、複雑な心境である。
 ここは故郷なのだろうか。ここは、自分が帰ってくるべきところだったのだろうか。どこか別の、違う遠くの世界ではないのだろうか。

 キャロやヴァイスが乗ってきた次元航行艦がアルザス上空に達したとき、既に軌道上からでもはっきりと見えるほど、アルザスの地表は黒く変色してしまっていた。
 バイオメカノイドがひしめいている土地は、その体表の色から、宇宙からは黒褐色に見えた。

 アルザスの空、太陽の光の下に出た三つ首ドラゴンは、光に透かされて赤紫色に変色していた。
 ヴォルフラムが遭遇した個体は青かったが、他にもさまざまな色の個体がいた。

「ヴァイスさん…………アルザスでは、このあたりでは昔から雨はほとんど降らなかったんです。山を昇ってくる空気はふもとに雨を降らせて水分を失って、山を越えてくるときにはすっかり乾いているんです。
それなのに、今はこんなに雲が出ている──わかりますか、雲に石灰の匂いがついてます──これは、山が削れたんです。削れた細かい岩石の粒が、雲の粒の芯になっています。
あの生き物が、山を噛み砕いて、土を食べて、水分と一緒に吐き出しているんです──」

「バイオメカノイドが──」

「山が、大地が、──食べられています。あれはもう、星さえも食べつくしてしまいます」

 キャロの言葉は、直感だが計算上ありえない話ではなかった。
 アルザスの大きさは直径7200キロメートルであり、直径が小さい割にコアが大きく重力も強い、第97管理外世界太陽系でいえば水星に近い組成の惑星だ。
 バイオメカノイドの個体数からいくと、この程度の大きさの惑星はすぐに飲み込まれてしまう。

 惑星TUBOYが、かつて直径1万7千キロメートルという、地球やミッドチルダよりも巨大な惑星であったにもかかわらず現在ではミッドチルダの月より少々大きい程度に、そして質量は軽石のように穴だらけになっている──バイオメカノイドは惑星を食べてしまう。
 アルザスの質量は、おそらくバイオメカノイドの腹を満たすには足りないだろう。
 彼らは、今も増え続けている。

 新暦83年12月30日。
 ──第6管理世界アルザス、壊滅。

 時空管理局は、そして次元世界連合は、わずか13時間で、生存者の捜索をあきらめてひとつの次元世界を放棄することを、苦渋ながら決断しなくてはならなかった。

 

 

 

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最終更新:2012年12月19日 11:16