■ 14
時空管理局本局まで27万キロメートル、月軌道の間から入港水道に入ったヴォルフラムは、月面泊地から出港していくミッドチルダ艦隊とすれ違った。
2列縦隊で隊列を組んだ8隻の空母の周囲を巡洋艦が固め、ミッドチルダから一番近い次元航行開始ポイントへ向かっていく。
ミッドチルダの惑星宙域内では、次元潜行艦も浮上航行を行いある程度離れてから潜航をはじめる。潜行艦に特有の次元干渉波動が、淡い光の航跡を引いて艦隊の周囲にたなびいている。
虚数空間と実数空間を任意に移動できる次元潜行艦は隠密性に優れ、重要な戦力である空母を護衛する。
バイオメカノイドが、虚数空間からの攻撃を仕掛けてくる可能性も考えられる現在では、潜行艦による護衛は必須となる。
次元航行艦と潜行艦の違いとは、虚数空間へ移動する際にワープが必要かどうかである。
次元航行艦の場合、虚数空間へ移動するにはワープを行い、ワープアウト先を虚数空間に指定する必要があるが、次元潜行艦はこれらの空間をシームレスに移動することが可能である。これによって、機動性の向上──いわゆる“四次元機動”が可能になる。
従来の水上艦であれば海上という平面を移動する二次元機動であり、それに対して潜水艦は深度を含めた三次元機動が可能であると表現された。
宇宙空間を航行する次元航行艦は三次元機動がもともと可能であるが、それに加えて実数~虚数の空間軸を移動することで、艦の位置を示す座標系は4軸となり、それが四次元機動と表現されている。
次元潜行艦は、実数空間から虚数空間へ、またはその逆の移動をするとき、存在が半透明になるような状態をとることがある。
艦船操縦においては、この状態を“半潜”と呼び、潜水艦が潜望鏡だけを海面に出している状態になぞらえられる。
海面下のごく浅い深度を航行する潜水艦は、上空からは水を透かして見えたり、至近弾によってダメージを受けることがある。
同様に、次元潜行艦も虚数空間への潜行深度が浅い場合には、実数空間で炸裂した攻撃力が虚数空間に漏れ出してきてダメージを受けることがある。
この現象は、統一理論が示す4つの力が次元を超えて伝播することが原因であると現在では考えられている。
すなわち、物理現象によって発生した重力波が虚数空間にも影響を及ぼすことで、潜行状態にある艦でもダメージを受けるということである。
インフィニティ・インフェルノがアルカンシェルを防御したのは、急速潜行によって虚数空間へ逃げたことによる。
アルカンシェルは限定された範囲内に空間歪曲の効果を制限するという性質上、次元潜行状態にある目標へもダメージを与えるために威力を大きくすると、虚数空間へ漏れた空間歪曲が実数次元に逆流する現象が起きる。
この現象は過去の戦乱期において、次元破壊爆弾(大規模次元震動誘発兵器)の爆発実験において観測され発見されていた。
そのため、地球至近を周回する軌道に乗っているインフェルノを次元破壊爆弾で攻撃することは作戦立案上不可能な攻撃オプションである。
炸裂範囲を通常のアルカンシェルと同じ200キロメートル程度に抑えたとしても、超高次元に漏れた重力波が通常空間に逆流し、巨大な次元震が発生して地球に被害が及んでしまう。
同様にアルザスにおいても、惑星表面にいる目標に対して次元破壊爆弾を使用することはできない。
そのため、通常兵器による攻撃を前提にした場合、惑星全域をカバーできるだけの艦を配置する必要がある。
「副長、あれはミッド海軍の」
操舵席に座るフリッツが、スクリーンを見上げて言う。
次元航行艦では、通常の艦隊航行でも互いを目視で確認できるほど艦同士が接近することはないため、艦橋などの窓はレーダーなどで探知した情報をもとに擬似的に再現されたイメージ映像が投影される。
密集隊形をとって航行するミッドチルダ機動部隊も、艦同士の間隔は数百キロメートル以上離れている。
「最新のCS級ですね。先頭は『ビルシュタイン』、その後ろに『グリーン・ファクトリー』、護衛にはXJR級『スワロー』……そうそうたる顔ぶれですね」
「確か、ビルシュタインは今年の春に就役したばかりの艦ですよね」
ポルテもスクリーンを見つめている。
CS級空母は装甲化された巨大な船体と多数のカタパルトを備え、魔導師および魔力戦闘機の大量運用が可能になっている。
いわゆる艦載魔導師も大気圏内ならともかく宙間戦闘は生身では行えないため、電池式の気密バリアジャケットが組み込まれた戦闘機に搭乗する。
形態としては通常の航空機と同様であり、しいて言えば魔力駆動のため空力的な制限を受けにくいことから機体を太く重装甲にするものが多い。
宇宙空間では殊更に気密が破られることが致命傷になるため、前方投影面積の縮小はあまり意味が無くシールドや装甲による防御能力向上のほうが効果が大きい。
例を挙げればガジェットドローン1型、3型が球状のフォルムを持っていることなどである。
甲板上に描かれた発艦用のガイドレールが、幾何学模様を作って空母の存在感を示している。
「バイオメカノイドが、第6管理世界アルザスに出現したとの連絡がありました。おそらくそこに向かうのでしょう」
フェイトとなのはは、居住区に戻って休息を取っている。
ここでまた、被害を受けた次元世界が増えたとなればまた彼女たちにさらなる混乱をもたらしてしまうだろう。
アルザスは、なのはたちが機動六課時代に共に過ごした少女、キャロ・ル・ルシエの故郷である。
故郷を失ったことになる彼女を思い、またさらに心を痛めることになる。
「大丈夫でしょうか」
「健闘を祈ることしか、今の私たちにはできませんね」
ポルテの呟きにエリーが応える。
誰もが心配になることである。
このヴォルフラムもバイオメカノイドと実際に戦い、クルーたちは敵の強大さと異質さ、恐ろしさをその身にしみて味わっている。
バイオメカノイドと戦うには、これまでの常識が通用しない。
威嚇など役に立たないし、小口径弾を数発当てた程度では倒れない。また、人間や他の生き物のように、撃たれた痛みで苦しむということも無い。脚部などを破壊されて動きに支障を生じることはあるが、痛くて動けない、といったことはない。
ましてや、警察用のNLW(ノンリーサルウェポン)など制圧にさえ全くの威力不足である。
人間の魔導師をぶつけることは危険であるし、また戦闘車両や航空機であっても安心はできない。
しかもそれが、一度に数万体単位で現れ、押し寄せるのである。
まさに悪夢といえるだろう。
アルザスをはじめとした各地に生息している大型竜などの魔法生命体の場合、大きな体躯の生物になるほど生息数が少なく、人里はなれたところに分布しているため、人間が襲われるといった被害も無いわけではないが少なかった。
バイオメカノイドの個体数は、生態系の概念を全く超越している。
生態系の中の捕食者などの位置に組み込まれているわけではなく、それ単体での増殖が可能である。
バイオメカノイドを狩れる生物はいないし、またバイオメカノイドも他の生物を餌にしているわけではない。ただ生物も無機物も無差別に吸収し取り込んでいくだけである。
アルザス軌道上に待機していたL級巡洋艦からの報告で、バイオメカノイドたちが惑星内部へ掘り進み始めたことが観測されていた。
惑星TUBOYのように、バイオメカノイドはアルザスの惑星そのものを食べ始めた。
ヴォルフラムはミッドチルダ機動部隊とすれ違い、時空管理局本局への軌道をとる。
本局のドックへ入港準備をしていた頃、次元間航行を開始するミッドチルダ機動部隊の艦影が、彼方に輝いていた。
新暦84年1月1日、LS級巡洋艦ヴォルフラムは時空管理局本局へ帰還し、3番ドックへ入渠した。
ドックではただちに損傷した艦橋と兵装の修理作業が開始され、同時に、負傷者の医局への移送が行われた。殉職者の遺体は別途、時刻を改めて本局内の教会へ送られる。
ただし、ヴォルケンリッターの4名については本局技術部が治療ポットを引き取って分析を行うことになる。
はやての意識が回復していない以上、守護騎士システムに何が起きているかを調べて確認しなくてはならない。
はやてもまた、通常の治療では対応が困難なため、本局技術部にてリンカーコアの状態確認と処置が行われる。
待機していた本局の技官たちがカーゴにポットを載せ、運んでいく光景を、なのはとフェイトは艦橋の中からじっと見下ろしていた。
すでに外壁では損傷箇所のパネル切断作業を行っており、破損したレーダーは素子を交換して修理する。
室内にも、技術者と工員が乗り込んで作業の段取りをしている。
艦体が裏返しになるほどの強力なトラクタービームを受けてインフェルノに衝突したが、接触時の角度を浅くとることができたため船体フレームのゆがみは少なく、戦闘には問題なしと判断された。
破損した兵装と上部構造物、電子機器の交換をすれば1週間ほどで前線復帰が可能と見積もられた。1番砲塔はターレットを含めてユニットごと交換し、取り付けを行う。
魔力で金属を結合させる分子接着器の音が時折聞こえてくる中、なのははヴォルフラム艦橋の窓を見つめ、じっと黙っていた。
やがて、修理を行っていた作業員が場所を変えて艦橋から一時的に退出したのを見計らい、フェイトはそっとなのはに歩み寄って声を掛けた。
「なのは──再出港は、1月12日だって」
なのはは振り向かず、黙ったままだ。
艦内は照明が落とされ、作業用の投光器だけがまばらに光っている。
「それまで待機で──ゆっくり、休んでいてって、エリーさんが」
「うん」
「ミッドチルダ政府も、本格的な対策をはじめるっていうし」
「──あれは本格的な対策じゃなかったの?」
フェイトの言葉をさえぎるように、吐き捨てるようになのはは言い放った。
悔しさと、怒りと、悲しみがない交ぜになった感情が渦巻き、どうしていいのかわからない。
「おおぜいの人を前線に送り込んで、あれだけの損失を出して、それで本腰じゃないって……どういうつもりなの!確かに敵の規模が予想できなかったのはわかるけど、だったら」
フェイトは答えられなかった。
今回の一連の事件については、自分たちの仲間──はやてやレティでさえ、情報を出し渋っている様子が見受けられた。
第97管理外世界への進出において、ミッドチルダ・ヴァイゼンの両艦隊は、惑星TUBOYでの戦闘からそのまま休息なしに向かった。
惑星TUBOY上空で戦闘が行われたのは12月24日、そして第97管理外世界でインフェルノ内部へ突入したのは12月27日であり、この間、移動中のわずかな時間を除いてほとんどの艦が常時警戒態勢にあった。
ヴォルフラムも第97管理外世界に進出してからただちにインフェルノへ向かい、即時交戦を開始した。
弾薬や資材、食料などの物資だけでなく、兵員の精神的な消耗も兵站においては考慮されなくてはならない。
交代部隊とはそのために用意される。どんなに訓練した魔導師でも、24時間また何日間も連続して戦闘を行うことはできない。そのため、軍事においては員数の30パーセントを消耗した時点で全滅と表現するのだ。
前線に出た人員が損耗し、交代部隊しか残らなかったら、その時点でその部隊は戦闘を継続できなくなったことになる。いったん撤退して補充し、前線部隊と交代部隊が常に用意できていなければその部隊は稼働状態として扱えないのだ。
連続して1週間以上にもわたる断続的な戦闘を続けているミッドチルダ・ヴァイゼン艦隊は、どちらも酷く消耗し、限界に達しつつあるだろう。
インフェルノ内部へ突入した部隊も、1時間ごとに交代しつつフロアの制圧作戦を続けているはずだ。
バイオメカノイドには疲労は無い。
しかも、無制限に増殖し誕生から数分で戦闘行動が可能になる。
生命体としての強度は人間をはるかに凌駕する存在である。
単体では、一見して人間よりも非常に劣る知能しか持たず、昆虫のように動き回るだけに見え、図体は大きくても気をつければ人間の魔導師でじゅうぶんに対応が可能であると見られていた。
しかし、バイオメカノイドの真の戦闘能力は集団戦で発揮される。
群体生物ならではの個体間ネットワークは人間の用いる念話通信よりもはるかに高速で伝播し、大量の個体がいちどに動きを変える。
そして、材料となる金属や岩石などがあればバイオメカノイドはあっという間に、数万体単位で増殖してしまう。
そうなったとき、それは人間が到底敵うものではなかったのだ。
「ヴィータちゃんが──はやてちゃんが、あんな目に──あんな目に、遭わずにすむ方法がきっと、あったはずなのに……!」
「なのは……」
「私は、命令どおりにしか戦えない──私が見ることのできた情報だけじゃ、現場での作戦は立てられても戦略は立てられないんだ」
実感である。
なのはの職掌では、できることはあくまでも前線での戦闘行動であり、作戦立案と指揮ははやての役目である。
はやてはどういう意図で、インフェルノ内部への突入作戦を企て、実行するために班を配置したのか。
なのはとフェイトは陽動に割り当てられ、実際に目標物を捜索入手する任務はスバルが行った。
これをどういう意図で割り当てたのか──である。
たしかに、インフェルノ内部を捜索するためには内部構造のマッピングと効率的な索敵を行う必要があり、戦闘機人であるスバルとノーヴェならばその能力を持っている。
そして投射火力ではなのはやフェイトが優れており、確かに妥当な配置に見える。
だが、はやてが意識を失う直前に言い残した言葉が、なのはの脳裏にこびりつくようにして残っていた。
──“私はまだ地獄に落ちてへんな”──
単に、まだ死んでいないということを表現しただけかもしれない。
しかし、それならなぜ地獄という表現を使う必要があったのか。なのはは、もし自分なら、あの世へ行くとかそういう表現をしただろうと考えた。一般に、地獄とは生前に罪を犯した人間が死後に落とされる場所とされる。
それは地球でもミッドチルダでも概ね似たような考え方が広く共有されている。
英語では、「hell」もしくは「inferno」となる。ミッドチルダ語でも大体は似たニュアンスで使われる。
なぜわざわざ、「that world」ではなく、「inferno」という言葉を使ったのか。
はやてが何か、地獄へ落とされるような罪を犯したとでもいうのだろうか。
あの巨大戦艦──あくまでも管理局がつけたコードネームでありバイオメカノイドたちは名前を持っていないだろうが──は、同じく艦名を「インフィニティ・インフェルノ(無限の地獄)」という。
戦艦の内部は、地獄である。
徘徊する大型バイオメカノイドは、地獄に棲む死神たち。沈殿池プラントは、人間が投げ込まれて煮られる地獄の釜。
バイオメカノイドは、取り込んだ人間を池に放り込み、溶かして分解して有機物材料にしていた。グレイの肉体はそこから作られていた。スープのように煮出したアミノ酸のペーストを合成し、人型に捏ね上げていた。
それはあたかも、人間が金属を捏ねて機械を作り上げるように。
「はやてちゃんの言葉をもう一度聞かないと納得できないよ──ヴィータちゃんも、シグナムさんも、シャマルさんもザフィーラさんも、このままみんないなくなっちゃうなんて、そんなのは──絶対」
電源の落ちたコンソールに拳を握り締め、肩を震わせているなのはの姿がフェイトには見えていた。
「そんなのは、絶対に嫌だ──」
ある意味では、今までの自分はただ戦ってさえいればよかった。
難しいことは考えずに、ただ目の前の敵に向かい、戦い、そして対話すれば、それで事態が解決できていた。
しかし、今回の事件はそうはいかない。
インフェルノ内部での戦闘では、なのはとヴィータの班はひたすらバイオメカノイドの撃破を続けていた。大火力の攻撃を撃ち込むことで敵の注意をひきつける目的だった。
実際には、それこそひたすらディバインバスターを連射していただけである。
フェイト・シグナム班、スバル・ノーヴェ班を含めた全体の指揮ははやてが執り、各班の連携もヴォルフラムのクルーたちが担っていた。
小隊レベルでの作戦行動ではなく、1艦に乗る全員が連動した作戦行動である。
なのはとて、大規模作戦の指揮を学んでいないわけではない。しかし、実戦での経験となるとどうしても限られていた。はやてでさえ、本格的な対艦対地戦闘を行うのは年に数回ある程度であった。
過去の戦乱期ならともかく、現代では艦隊決戦が起こるような大規模な紛争はまれである。
自分たちを、今まで引っ張ってくれていたはやては、もう戦えなくなってしまった。
意識が戻り、命をつなげたとしても、もう今までのように前線に立つことはできない。
はやて無しに、これから自分たちがどう戦っていけばいいのかを考えたとき、なのははにわかに不安がわきあがってくるのを感じていた。
ひとりで、独りで戦っていくのがこれほど厳しいものなのだと、なのはは今更に思っていた。
確かに、いかに魔法技術を持っているとはいっても、現代のミッドチルダにおいては魔法とはあくまでも科学技術の一分野であり、地球の一般的な人間が想像するような何でもできるマジックではない。
デバイスを持ち、魔法が使えるというのは、地球でいうならば銃を持ち、射撃術を身に付けているという程度の力なのだ。
銃は、引き金を引けば確かに弾は飛び出すが、それは誰でも撃てるものではない。発射に伴う反動はあるし、きちんと構えなければ狙ったところに弾は当たらない。それは少なからず訓練が必要な技術だ。
それは魔法でも同じであるし、また魔法を撃てるというのは銃が撃てるというのと同じ程度でしか、少なくともミッドチルダでは意味を持たない。
重要なのは魔法が撃てるかどうかではなく、その魔法を使っていかに戦うかという事だ。それは使う武器が違うというだけで作戦の基本的な考え方は変わらない。
デバイスも連続して使い続ければ磨耗するし、カートリッジも使えば無くなる。連続して魔法を撃ち続ければ疲労もたまる。それはデバイスでも銃でも同じだ。
デバイスを整備する者、カートリッジの輸送をする者、術式の構築を行う者、その他諸々の業務を行う人間が協力して、前線に必要な物資を届けなければ、魔導師ひとりだけでは戦うことができない。
これら、戦線を支える大勢の人員を把握し、効率的な指揮を行うには、士官となって専門的な幹部養成課程を学ぶ必要がある。
はやてはその課程を修了し、初めての部隊として機動六課を設立した。
そのはやての下で、なのはは戦ってきた。
普段は意識せずにいたが、はやては、上に立つ人間として研鑽を続けてきていたのだ。
なのはがけして怠っていたというわけではなく、進む方向が違ったというだけのことであるが、それでも、自分を導いてくれるべき人間を失ったという事実は、高町なのはをしてさえも心の安定を失わせるに余りあった。
「はやてに会いにいけるかな」
「普通の入院の対応じゃないから──どうやって治療するか、それを聞かせてもらうくらいはできるよ」
なのはは、手足を全て失ったはやての姿を見ていた。
半身を吹き飛ばされたシグナムの姿を見ていた。
片足をちぎられたヴィータの姿を見ていた。
フェイトは、ヴォルフラムを被弾から守るためにプラズマ弾へ体当たりをかけたシグナムの姿を見ていた。ドラゴンが吐き出した3発のプラズマ弾は、ヴォルフラムの艦首前甲板と1番主砲塔へ命中した。
残りの1発は、艦橋を直撃する射程にあった。シグナムはこのプラズマ弾を止めるために特攻した。ドラゴンの幻術魔法を受けて、知覚がほとんど失われた状態であった。
目も耳もほとんど利かず、それでもはやてを守るため、シグナムはその身をもってヴォルフラムを守った。プラズマ弾を直撃されていれば、艦橋が吹き飛んでヴォルフラムの幹部要員は全滅していただろう。
プラズマ弾は、弾体として可視光を放って見える塊の表面だけでも人間の背丈を超える大きさがあった。
温度は数万度以上、原子核と電子を引き剥がすほどのエネルギーは、人体をばらばらに引き裂いてしまうほどのものがある。
生身でプラズマを受けたシグナムの身体が吹き飛ぶのを、フェイトは間近で見ていた。
インフェルノに命中したトリチウム爆弾の熱線に焼かれてなお、ヴォルフラムの艦橋窓には乾いた赤黒いしずくが残っていた。
このしずくは、シグナムの血だ。
至近で爆発したプラズマに吹き飛ばされ、ヴォルフラムの全体に降りかかった。
艦橋側面には、突っ込んできて弾き飛ばされたバイオメカノイドの体表金属のかけらも突き刺さっている。鉱石結晶がそのまま大きくなったような状態で、とがった石のような形をした鉄がこすれてこびりついている。
はやてを助けたい。
それは後ろ向きな考えだろうか、とフェイトは思案した。
なぜはやてを助けたいのか、それは親友としてだろうか。それとも、自分がすがれる人間だからだろうか。すがれる存在を失いたくないからなのか、大切な人間を失いたくないからなのか。
はやてに寄りかかることを、許してくれるだろうか。
違うはずだ、となのはは胸を押さえる。
はやては大切な親友だ。そして、重要な戦力である。
夜天の書を扱える唯一の人間である。強力な守護騎士ヴォルケンリッターを従える魔導師である。
管理局がバイオメカノイドと戦っていくために欠かせない戦力である。
だからこそ、はやてを助け、そして戦線へ復帰させなくてはならない。おそらく、はやてもそうすることを望んでいるはずだ。
普段の平時、他の局員たちが休暇を取って帰省するときにも、はやてはクラナガンの自宅にずっととどまっていた。
管理局でも、たとえばミッドチルダのクラナガン以外の都市や、他の管理世界の出身の人間は里帰りをする。
しかしはやてには、帰るべき実家は無い。海鳴市では両親を幼くして亡くし、他の親戚もいなかった。面倒を見てくれていたグレアム以外には、第97管理外世界にははやての身寄りはいないのだ。
ミッドチルダ・クラナガン出身で、独身の者などは休暇のときは市内の自宅でゆっくり過ごすという者もいる。
過ごし方としては言葉にすればその通りだが、たとえば田舎から身一つで上京し、働いている人間などは、帰りたくても帰れない、もしくは実家には帰りたくない、という身の上の人間も、当然のように居ることになる。
それはそれぞれの人生の考え方であるし、みだりに突っ込むようなことでもない。
だとしても、他の局員たちが家族の写真をデスクに飾っていたりなどすると、はやては一抹の寂しさが、胸のうちから拭いきれていないことを感じていた。
ヴォルケンリッターたちははやての家族になってくれた。
守護騎士システムによって作られた人工魔法生命体ではあるが、はやては彼らを本当の人間のように扱い、接していた。
八神家は本当の家族のように暮らしていた。
同じような身の上、というだけなら他にも、少なくない人間が管理局にもいるし、もちろんクラナガンの住民のうちのいくらかはそういった人間がいるだろう。
故郷から旅立って、もう帰るつもりは無くクラナガンに身を落ち着けている、というのはごくありふれた人生の過ごし方だ。
事情は様々あれど、はやてにとっては、自分がこのような人生を歩むことになったのは闇の書がその由来であり、それは自分の運命なのだと、考えていた。
ヴォルフラムを降りたなのはとフェイトは、すぐに本局内の実験棟へ向かった。
ここには強力な結界によって防護された区画があり、大出力魔法を用いた様々なミッションで使用される。野外や通常の室内では危険すぎて難しい、ロストロギアを使用した実験などに主に使われている。
かつて回収されたレリックやジュエルシードの実験、封印処理もここで行われた。
エリー・スピードスターから、はやてとヴォルケンリッターたちはここへ運ばれたとなのはたちは聞かされていた。
またスバルたちが入手したグレイの遺体についても、この実験棟の別のモジュールに運ばれて分析にかけられるという。
いったい何をするつもりなのだろうかと、なのはは胸騒ぎがしていた。
管理局技術部の中でも、なかなか人の出入りが無い場所である。
JS事件の際にも、学術研究目的で貸し出されていたジュエルシードがスカリエッティの手に渡っていたという事例で、内部からの手引きが疑われたことのある部署だ。
フェイトもまた、はやてがここへ運ばれたことについて、まさかジュエルシードを使って彼女を生き返らせるつもりなのだろうかと危惧していた。
フェイトの実母、プレシア・テスタロッサが悲願しついに叶わなかった、そして自分がなのはと出会うきっかけになったロストロギア、ジュエルシード。願いをかなえる力があるとされたそれは、込められた魔力エネルギーはたった1個で次元震を起こすほどだった。
しかし第97管理外世界における一連のジュエルシード暴走事故で、これがその謳い文句どおりに願いをかなえたことなど一度も無かった。ほとんどのケースで、反応した生物に魔力エネルギーを流し込み巨大化させるにとどまっていた。
ユーノなどは、これは実は願いをかなえる力など元々持っていないのではないかともこぼしていた。
ジュエルシードの機能はもっと別のものであり、それがベルカ時代から言い伝えを経るうちに内容が変わってしまったのではないかということだ。
本来のジュエルシードの機能を、人間が誤解して解釈したために、願いをかなえるという言い伝えがされたという可能性がある。
もし本当にジュエルシードに願いをかなえる力があるのなら、わざわざアルハザードに行かなくともアリシアを生き返らせてほしいと願えば済む話だ。
本当に、言い伝えるところの次元干渉によって因果を捻じ曲げる力がジュエルシードにあるのならそれは可能であるし、またそういった技術そのものは、倫理的な面を抜きにすれば既存の魔法技術で実現されている。
しかし、実際にはプレシアはジュエルシードの次元干渉エネルギーを、時の庭園を次元間航行させるためのエネルギーとして使おうとした。
ジュエルシードによって発生する次元震の力でドメインウォールを突破し、位相欠陥トンネルを通過することを目論んでいた。
そして現在、次元航行艦はこの航路を発見し、それらしき惑星へ到達した。
しかしそこはアルハザードと呼ぶにはあまりにも、無慈悲かつ異様過ぎた場所だった。
そこには、人智をはるかに超える異次元生命体が生息する、地獄の惑星があった。
惑星TUBOYの魔力に人は魅入られ、そしてその魔法技術を入手するために人々が地獄へ足を踏み入れる。
地獄の釜が開き、現れた死神は人の邪悪を求めて動き出す。そんな伝説を、信じてしまいそうになるほどに、敵戦艦インフィニティ・インフェルノの存在感は次元世界人類に非常な衝撃を与えた。
そして今、インフェルノはまさに第97管理外世界にあり、なのはとはやての生まれ故郷、地球に襲いかかろうとしている。
「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン(天国への階段)」と名づけられた大型クラスタードデバイスは、それまで待機させていた各学術機関や企業からの計算の依頼をいったんすべてキャンセルし、新たに入力された闇の書解析プログラムを起動させた。
32768基のストレージが連結され、演算を行うコアの数は数億個にも達する。もはや人間の脳さえ凌駕する計算能力だ。
はやてがシュベルトクロイツから取り出し、夜天の書にコピーしていたバイナリデータを、仮想CPUにかけて逆アセンブルを行う。まず機械語から低級言語へ変換し、プログラム構造を解析する。それから、一般のデバイス用プログラミング言語への移植を行う。
作業工程としては3ヶ月程度を見積もられていた。
ユーノとマリーは、管理局技術部との技術提携契約を結んだミッドチルダのデバイス開発メーカー、アークシステム・マイスター社の担当技術者とのスケジュール調整を行っていた。
今回の解析プログラムを走らせている間、他の作業はほとんどできなくなる。次元世界で最高レベルの計算能力を誇るこのスーパーコンピュータを、たった一つのプログラムのためだけに使用するというのは異例のことだ。
通常このような学術計算用デバイスの場合、魔力回線経由でクライアントとのデータをやりとりし、各ユーザーには一定のCPU使用時間ごとにリソースの割り当てが行われる。オペレーティングシステムが各ユーザーのスケジューリングを行い、スレッドを発行する。
いわゆるマルチタスクOSであるので、いちどに数千から数万個のプログラムが走ることができる。
今回はそれらをすべてどかして、たった一つのプログラムが計算資源を占有するのだ。
また、闇の書の解析にはそれだけの価値があると考えられた。
単純なデバイスとしての戦闘能力だけでなく、蒐集機能による情報の蓄積は無限書庫にも匹敵する可能性がある。
管理局が確認しただけでも10回を超える次元間転生を行い、破壊を免れつついくつもの次元世界に出現した闇の書は、各地で蒐集した魔法と同時に、その世界についての情報をも収集している。
文献や伝聞に頼らない、一次資料としての情報を持っている。
カレドヴルフ社による調査船派遣以前にもバイオメカノイドが次元世界に出現していたことがほぼ確実となったことから、過去の事件においてバイオメカノイドの関わっている可能性のあるものを洗い出して調べる必要がある。
各地に伝わる伝説からも、そのスパンは少なくとも数百年以上、古代ベルカ時代にまでさかのぼることになる。
そして闇の書は、その当時から現代まで連続して稼動し続けているほぼ唯一のデバイス(装置)だ。
暗い、どこまでも光の無い空間に、ゆらぎが生じる。
ゆらぎはやがて一定の周期で振れ始め、空間内の次元層を収束させ始める。
デバイスが起動され、クロックジェネレータが位相をそろえて次元干渉動作を開始する。
新暦65年6月4日、ロストロギア“闇の書”は、第97管理外世界にて起動した。
ハードウェアとしての闇の書の最深部には、機能管制用の思考発生器が組み込まれている。
すべてのデバイスは、電源が投入されると外部からの助けなしにあらかじめ定められたメモリアドレスを参照して命令を実行するようになっている。ここからあらゆる拡張機能の検索と初期化を行い、デバイスは魔法使用装置としての動作を開始する。
ストレージ内部に格納されたトランザクションログをスキャンし、闇の書は前回の転生に伴うデータ不整合部分の代替処理およびロールバックを行う。転生した時の状況にもよるがこの処理にはおおむね数週間から2ヶ月程度かかる。
すべてのファイルシステムの整合を確認したら、蒐集済みのリンカーコアを照合し、未だ蒐集していない、かつ最も近い場所にある魔力反応を探索する。
入力され続ける魔力光の測定データから、現在いる世界がどこの次元にあるかを解析する。
やがてそこが第97管理外世界であることがわかり、闇の書は近傍次元へも探索ノードを広げていく。
このとき、広域探索魔法による次元干渉が微弱ながらも重力波を発生させ、それは実数空間に少しずつ漏れ始める。
最初にその兆候を確認したのは、モンブランにある超新星観測装置だった。ほぼ同時にCERNでも重力波の増大を観測した。
地球外に起源を持つ異星人の宇宙船が、ごく近くに現れている。
イギリス及びアメリカはこの情報をもとに、調査を開始した。そして、海鳴市にCIAの調査員が派遣された。
地球人のこの行動はイギリス政府を経由して、時空管理局次元航行艦隊司令、ギル・グレアムの知るところとなった。
それからほどなくして、日本政府は“ミッドチルダ人”と名乗る異星人からのコンタクトを受けることになる。
闇の書は、周辺次元世界に存在するあらゆる情報を収集するようプログラムされている。
それはこのデバイスが夜天の書として製造された当初の目的であると同時に、後世の人間の手によって改造された際に上書きされた命令でもある。
人間は、このデバイスがアカシックレコードに成長することを願った。
このデバイスの機能をもってすれば、この世のすべてを全知全能に収めることができる。
次元間航行機能は、古代の人間たちが初期の次元船をつくるのに参考にした。
次元を渡る術を手に入れた人類は、いくつもの次元世界を発見、開拓していった。そしてそれは闇の書が自ら探索するよりも早いペースにまで加速していった。
人間が、いつからそれを“自我”と呼び始めたのかは定かでない。
しかし、闇の書自身には、何度かの戦闘によって人間に攻撃を行い、殺傷した記録が残されている。
闇の書を奪取するために、当時の主に攻撃を仕掛けた者たちがそれである。
主としてみれば、自分の所有物であるデバイスを奪われないよう守るのは当然である。
それでも、言葉は人から人へ伝わるうちに変質していく。
情報の拡散と変遷を、闇の書は観測し収集した。
この次元世界に生きる人類に、あるひとつの深層意識が存在することを、蒐集した莫大な量のリンカーコアから、計算によって導き出した。
アルハザードを目指す。
実際、かの地を目指す手段として闇の書を用いようとした人間も過去にはいた。
その願いはついに叶わぬままであったが、何人もの魔導師が観測した記憶を、闇の書は計算し、次元間座標を算出していた。
これを守り、そして取り出すことが、闇の書に課せられた最終目的である。
入力されたオペコードは、示されたオペランドに従ってメモリアドレスを参照し、フラグレジスタへ処理済を示す値を格納して論理ゲートを通過させる。
そこにあるデータを人間が読んだとき、人間の心にいかなる感情がもたらされようとも、それは闇の書の知るところではない。
大規模なデバイスに搭載される管制人格は、デバイスの機能と使用者の操作を仲立ちするオペレーティングシステムの役割を果たす。
ミッドチルダ式が成立した以降の近代型デバイスは機能が非常に高度化、複雑化しており、従来のように機械式のスイッチやトリガーで操作するには煩雑に過ぎる。
そのため、あらかじめ組み立てられた一連の術式をプログラム化して管制人格が処理し、使用者は管制人格に撃ちたい魔法を指示するという手続きが取られる。
このときでも、オペレーティングシステムは何段階かの階層モデルに従ってハードウェアを制御する。
最も低層にある、ベーシック・インプット/アウトプット・システム──いわゆるBIOSレベルでは、闇の書に接続された拡張基盤(エクステンション・マトリクス)がいくつか、検出されていた。
そしてそれは現在、すべて有効化(Enabled)された状態である。
八神はやてによる闇の書の機能の分離切断は、これを無効化(Disabled)することによって行われた。
いわゆる“マジックパケット”(魔法の小包)と呼ばれる特殊な制御コードによって、デバイスは内部通信を行っている。
これによって、消費魔力の節約と、高速な連携動作を実現している。1台のデバイスの内部にはさまざまな役割を持った拡張機能があり、これを任意に起動させたり停止させたりする処理がデバイスには必要とされる。
通常の実装では、ある命令によって停止された拡張機能も、他の処理に必要とされれば即座に再起動可能なことが求められる。これは闇の書であっても同様である。
通常の手続きで防衛プログラムを停止させても、他のプロセスによってただちに再開命令が発行され、プロセスが起動する。
このため、闇の書内部で走るスレッド、プロセスをすべて一度に停止させなければその機能を止めることはできないとされた。
魔導書型の外装を破壊しても、プログラムの実体は別な場所にある。
完全に機能を停止させて安全にシャットダウンするには、闇の書の管理者権限が必要である。
もっとも、権限の仕組み自体は通常のデバイスでも同じであり、オペレーティングシステムはこれを標準機能として搭載しているが、一般のデバイスは通常特定の一人しか使わないためあまり意識されることなく、ほとんどの術者が管理者権限のままで運用している。
本来であれば、デバイスへの新たな術式のインストールや機能の追加といったことは専門の技術者でなければ行えないため、通常戦闘に使用する権限と、メンテナンスのための権限が分かれていたのがもともとの形態だった。
しかしデバイスのGUIが進化し、術者自身がそういったメンテナンスを行えるようになってくると、戦闘時にも管理者権限のまま使用することが行われるようになっていった。
たとえば管理局や次元世界正規軍、警察機構などが一般職員に支給する標準デバイスの場合、彼らが使用できるのは標準ユーザー権限だけであり、デバイスの改造はそのままでは行えないようになっている。
しかし戦闘競技や一部の特殊部隊などに使用されるハイエンドカスタムデバイスでは、改造を前提とした設計が行われ、これらは管理者権限を付与された状態で出荷されている。
このような権限の概念が現れる前に製造されたはずの闇の書は、ユーザー権限システムを後付けで搭載した。
いったん起動されたプロセスを、停止できる権限を持った管理者がいなくなった状態が長らく続いていたのだ。
実装としては、多くのシステム設定を変更できないようにロックが掛けられた。
これにより、デバイスとしての設計そのものが古い闇の書は、次第にデータベースの照合処理にそのリソースの多くをとられるようになっていった。
現代の最新型デバイスのような高精度なジャーナリングファイルシステムではなく、機能拡張によってトランザクションの追跡を行っていたため、戦闘による損傷でデータを失うこともあった。
バックアッププログラムが起動した状態では戦闘能力が大きく制限され、この状態のときを狙って攻撃され破壊されることもあった。
そして今回も、管理局はこの状態のときを狙って攻撃する作戦を立てていた。
そのためには、一旦闇の書を完成させ、防衛プログラムを起動させる必要がある。
ギル・グレアムは、闇の書が起動した直後に防御が脆弱な状態が生じることを予測していた。
この間に攻撃プログラムを送り込み、カーネルを改変することができれば、闇の書の戦闘能力を大きく殺ぎ、機能不全に追い込むことが可能であると分析した。
実際にその任務を遂行したのは、彼の使い魔であるリーゼアリア、リーゼロッテの二人である。
通常のデバイスに比べて非常に多数のハードウェア・ソフトウェアが連携して動作する闇の書の性質上、次元世界の近代的なコンピュータに比べると全体的なレスポンスが非常に遅く、ある一箇所で生じたダメージが全体に伝播するまでに時間がかかる。
このため、一見して普段どおりに振舞っていてもその影では崩壊が進行しつつあるという現象が観測される。
管理局所属艦アースラが行った幾度かの戦闘から、守護騎士ヴォルケンリッターの戦闘力が著しく低下していることが観測された。
主である八神はやての命令以上に、ヴォルケンリッターたちはその本来の能力を発揮できない状態が長く続いていた。
攻撃方法として、八神はやて本人によるメモリー改変を行うことに成功した。
ノイマン式コンピュータにおけるバッファオーバーランと同じ原理で、命令として実行すべきアドレスへ強制的にデータを書き込むことでプログラムの暴走を誘発するものである。
八神はやては、闇の書のメモリーへデータを書き込んだ。それは名前であった。デバイスが動作するには、いくつかの階層にそった名前が必要になる。これによって接続された拡張機能はオペレーティングシステムに認識され、正常に動作できるようになる。
これを受けて、管理者権限を奪取された闇の書は管制人格と防衛プログラム、コアカーネルを切り離した。
防衛プログラムは、単独動作において機能不全を起こし、成長できない状態になっていた。
この状態であれば他次元へ転移してしまうこともなく、機動兵器としては事実上手足を縛られた状態で、リンディ・クロノらアースラスタッフによる攻撃が可能になった。
唯一、はやてのもとに残されたシュベルトクロイツに、最後のバイナリデータが保存されて残された。
これが、現在はやてが使用している夜天の書のベースになっている。
夜天の書という名前は同じだが、デバイスとしてのアーキテクチャは全く異なる。
ストレージとしてなら、その容量の8割近くを未使用領域が占めている。これはデバイスのファイルシステム上からは空き領域に見えるが実際は使用されることはない。
デバイスとしては、夜天の書はその全容量の2割弱を埋めた時点で容量不足警告が発せられる。
もっとも、容量そのものもストレージデバイスとしては最大級であるため、一般的な戦闘用魔法をインストールするだけなら容量不足を起こすことはない。
八神はやては、リインフォースが遺したこのデータを削除しないことを決めた。
確かにこのデータは危険である。
リインフォースは、自分が生きていること自体が闇の書による災厄をもたらすとして消滅を望んだ。それは確かに消極的で悲観的な考えだったかもしれないが、当時の闇の書がまたそのような、人間の手に負えない代物と化していたことも事実だ。
新暦65年12月のおそらく初頭、闇の書は第97管理外世界の探索を完了し、八神はやてを媒介としてさらなる次元世界探索の基点とすることを決定した。
起動された防衛プログラム──闇の書の闇は、いずれ自らが遭遇するであろう敵の情報を、ヴォルケンリッターたちによって少しでも収集しようと考えた。
さまざまな次元世界に分布する魔法生命体の中には、ある特定の起源を持つ種族が分布している。
各世界から蒐集された魔法生命体のリンカーコアを分析し、起源を探索した。
リンカーコアの内部には、起源を示す一種の遺伝子のようなものが、コアを持つ生物のものとは別に記録されている。
通常の生命体でも、細胞核とミトコンドリアがそれぞれ別個に遺伝子を持っているのと同じである。
次元世界に住む生き物が持つ遺伝子は3種類である。細胞核と、ミトコンドリア、そしてリンカーコアである。
このうちリンカーコアの遺伝子は特殊な方法でなければ抽出できない。そしてその技術を持つのは管理世界の中でも限られている。
闇の書は起動後の移動先として、第16管理世界リベルタを選択した。そこには、未だ蒐集していないリンカーコアが集められている可能性が非常に高いと推測された。
管理局としては、闇の書が転移を果たす前になんとしても破壊する必要があった。
もしここで撃ち漏らしてしまえば、ロストロギアの鎮圧に失敗するだけでなく、自分たちが進めている知られてはならない陰謀が明るみに出てしまうことになる。
管理局とミッドチルダ政府はグレアムにプレッシャーをかけた。もともと、第97管理外世界出身の人間として、風当たりはあった。
次元航行艦隊での実績でそれをねじ伏せては来たが、それでも、ミッドチルダで認められるためにはミッドチルダのために働かなくてはならなかった。
グレアムは、はやてが管理局入りを志すことに、哀しみを覚えていた。
魔法技術に触れてしまった人間は、ミッドチルダからは逃れられない。
それは第97管理外世界だけでなく他のあらゆる次元世界が同様である。
そしてまた、日本政府もイギリスの思惑とは別に、ミッドチルダとのパイプを作ることを目指した。
八神はやてというひとりの少女を差し出すことで、それがなされるなら日本にとってそれは渡りに船というものである。
日本は、魔法技術の輸入のために管理局に便宜を図ることを了承した。
これにより、海鳴市へのアルカンシェル発射という最悪の事態のひとつは回避された。
八神家と入れ替わる形で、エイミィとリンディのハラオウン親子が海鳴市に移り、第97管理外世界に派遣される管理局員の取り締まりを行うことになった。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、数奇な運命をたどることになった彼女たちを、少しでも普通に生活させてやりたい、それは管理世界の運営を担う人間として、その職務以上にハラオウン家の者たちの心を打った。
ただでさえ、次元世界の存在を認知していなかった人間であり、そして年若い少女である。
少なくともなのはたち3人は、自分たちの身に降りかかった状況だけでなく、自分自身が持つ能力とそして自分自身の存在そのものが、世界に大きな影響をもたらすということを自覚し、適切に対処するための方法を探そうとしていた。
新暦65年12月24日、全機能起動に先立って闇の書は最後のバックアップタスクを実行した。
CPUリソースが大きく限定された状態で闇の書は覚醒し、出現した管制人格は高町なのはら管理局部隊と激戦を繰り広げた。
このとき、闇の書はフェイト・テスタロッサのリンカーコアを蒐集し、彼女の持つ記憶を情報として読み取った。
プロジェクトFの産物たるフェイトには、深層意識の部分に、闇の書が目指すべきアルハザードの情報が秘められている。
それは、ジェイル・スカリエッティが基礎理論を構築し、プレシア・テスタロッサが完成させた、新人類を生み出す計画であった。
プレシア・テスタロッサがこの計画を利用しようとした動機はさておき、本来の人造魔導師計画とはすなわち人類を人工進化させるということである。
少なくとも当時は、リンカーコアの存在は先天資質だと考えられていた。
そのため、誰にでも確実にリンカーコアが発現するようにできれば、魔法技術の更なる進歩が望めると考えられた。
しかし、リンカーコアの真実を解き明かすということは、人類は進化して自らのリンカーコアに支配される未来を描き出すことである。
すでに多数の虚数空間へバックアップを配置していた闇の書は、第97管理外世界において結界を展開し、その機能開放のためのサンドボックスを作り上げた。
破損したプログラムを修復し、完全な機能を復元するためである。
そしてその処理を行っている間、外部からの攻撃に対しては結界で防御するが、それを破られてしまうと無防備な状態を闇の書は曝すことになる。
結果的にはこの夜の戦闘で、防衛プログラムのみが破壊され、闇の書はいったん完全にシャットダウンされた。
ただし、すでに構築されているハードウェアプロファイルはそのままのため、もっとも低層レベルでのBIOS書き換えを行わなければ、拡張機能を検索しようとして防衛プログラムを再作成してしまうことになる。
管制人格リインフォースの進言により、闇の書はそのカーネルコアを完全に破壊され、機能停止した。
残されたのは、虚数空間に散らばったバイナリだけである。
「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」は、可能な限り闇の書のハードウェアをエミュレーション可能なように設計された。
結果としてその規模は3万台以上ものデバイスを連結した異形の姿をとることになった。
闇の書の中核部分は、一般のデバイスと大差ない小さな不揮発メモリである。シュベルトクロイツにおいてはちょうど剣十字の柄の部分に埋め込まれたクリスタルにあたる。
ここには128メガビットの容量を持つ不揮発メモリが組み込まれ、デバイスとしての基本的な動作を司るプログラムが焼きこまれている。
すべての拡張機能はここから起動される。
デバイスとして一般的に目にするインターフェース──闇の書のような魔導書型デバイスであれば本のページ──も、本来は拡張機能によって実現されているものである。
まず、このBIOS部分を「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」を用いて解析することが目標とされた。
ここさえ復元できれば、あとは時間をかけてバイナリを分析していけばいい。
そのため、闇の書のデータを入手できたら真っ先に取り掛からなければならない部分である。
技術部の担当官に案内されてフロアに入ったなのはとフェイトは、異様な魔力光波動を感じ取った。
魔力光は可視光線だけとは限らず、電波からX線まで、あらゆる波長領域のスペクトルを持っている。
とくに周波数の高い電波の領域で強い魔力光が出ているのをフェイトは感じ取った。あまり感覚が鋭くないなのはも、いいようのない違和感が肌を覆っていた。
強力な魔力コンピュータが駆動しているそばで、遮蔽しきれない魔力残滓が電磁波として漏れ出している状態である。
通常このような装置を駆動させることは、環境保護の観点からミッドチルダの地上などではとても行えない。
魔力炉をひとつ新規に設置するのでさえ周辺住民との折衝を長い時間をかけて行わなくてはならないのに、このような、動いているだけでこれほどの人体への影響を周囲に撒き散らす装置など地上には設置できない。
ここへ立ち入る職員は、魔力素を吸着するフィルムタグを必ず身に着け、被曝量を測定しなくてはならない。
ただでさえ、高濃度の魔力残滓を浴び続ける戦闘魔導師は、その職業病として肉体の劣化を引き起こしやすい。
スポーツ選手が、トレーニングによって鍛えられる肉体の強さ以上に試合で消耗し、結果的に怪我や障害による引退という晩年を送るのと同じことだ。
厳重な結界魔法で防御されたフロアの中央では、真空による断熱と結界魔法による電磁波遮蔽の複合シールドで覆われた「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」の威容を見ることができた。
全体としては直径200メートルの球形をしているこの実験モジュールは、内部で核爆弾を爆発させても1回までなら耐えられるとされている。
この種の大型デバイスに使用される魔力結晶が解放するエネルギーとはそれだけ莫大である。
「高町さん、ハラオウンさん、こちらです──現在私たちが、八神さんの持っている記憶から、闇の──夜天の書を操作するためのオペレーションを組み立てています」
なのはたちを案内した若い女の技官は、夜天の書の名前を言い直した。
このデバイスはかつてのロストロギアではない、もう解決した出来事なんだ。
少なくともなのはやフェイトはそう思っているはずである。
そして、なのはやフェイトは、はやても同じように認識していると思っているはずである。
「────」
遮光カバーが上げられ、あらわになったポットの姿に、なのはとフェイトは思わず息を飲んだ。
はやてが入れられている治療ポットは、本来生命維持装置を接続するはずのコネクタ部分に大きなアダプターが噛ませられ、夥しい数のケーブルが接続されてポットを取り巻いていた。
あたかも、触手に絡めとられているかのようである。
技官は、このケーブルはスーパーコンピュータに接続されていますと説明した。
治療ポットの中では、上部の端子部分から魔法陣で出来た魔力回線が伸ばされ、はやての身体に接続されている。
服を着せられていない、メディカルモニターだけを付けられたはやての身体に、光の糸が絡み付いている。
糸に操られる人形のようにさえも見える。
「大丈夫です、シールドは万全ですから、呼びかけても」
念話を送ろうとしても遮断されるということである。
技官としては精一杯の気遣いをしたつもりだったが、限定された環境にこもる人間と、そうでない人間の間には往々にして心のすれ違いが起きる。
はやての身体は、バイオメカノイドによって切断された両手両足の傷口は完全にふさがり、それぞれの付け根はそこだけを見れば一見してきれいな皮膚が戻っている。
しかし身体全体を見てみると、本来そこにあるべき手足がなく、まるで最初から手足を欠いて生まれた人間のような姿になってしまっていた。
怪我で手足を切断したような傷跡は残っていない。
レントゲン写真では、大腿骨は切断面からおよそ15ミリメートルほどの長さが溶けて先端が丸まり、筋肉の中に埋まってしまった。
大腿部の筋肉は縮んだ骨の先端へ繋がり、そこで再生した。腕も同様に、肩関節から先の上腕骨は長さ2センチメートル程度しか残っていない。
胴体だけのマネキンのようなプロポーションになっている。
関節として動かせる手足はなく、もし自力で移動しようとするなら飛行魔法を使うしかない。それも脚部から展開する通常のものではなく、背中、もしくは腰から展開させなくてはならないので術式も変更が必要だ。
「あのっ、はやてちゃんは──目覚めるんですか?このまま、眠ったままなんてことはないですよね?」
声が震えるのを必死で押しとどめ、なのはは尋ねた。
フェイトは息をのみ、のどがひくついている。
技官はやや顔を伏せて、それからかすかに上げようとするしぐさを見せて言った。
「八神さんの容態は安定しています。今は、幻肢痛をおさえるための鎮静剤が効いて眠っています。少なくともMRIで診た限りでは脳へのダメージは問題ないレベルでした」
「私たちのことも、覚えてますよね、記憶をなくしちゃってるなんてことは」
「おそらくですが──夜天の書の制御コードは、八神さんの脳波から検出できています、少なくとも夜天の書の操作方法は、知識としては失われていません」
夜天の書の存在をはやてが知ったのは、なのはたちと出会って以降である。
ならば、それより前の時点の記憶はおそらく残っている──という期待だ。
「ここではいったい何をやっているんですか?はやてちゃんの身体を治すためじゃ──」
少なくとも病院ではない。はやてが入れられている治療ポットはそれ単独ではあくまでも限定的な生命維持機能しかなく、本来は治療装置にセットして使うものだ。
手足を元に戻すことよりも優先すべきことがある。
技官は、その内容を口に出すことを憚った。
「夜天の書の、分析を今ここでやっているんです、八神さんが以前に提供してくれたデータがあって、それを分析しているんです」
「なんのために」
「夜天の書は、各地の次元世界から魔法の術式を集めていました。術式のソースコードの中には、魔法を構築するのに使われた当時の魔導師の記憶も含まれているんです。
その記憶のデータから、今回の敵──バイオメカノイドの情報が取り出せると、予想されているんです」
若い女の技官の話しぶりに、なのはは引っかかる点を感じていた。
夜天の書には確かにデータベース的な機能があったのは事実だ。だが、その機能は18年前の闇の書事件によって失われ、現在の夜天の書はその性能はともかく、デバイスとしてはあくまでも通常のストレージであったはずだ。
「このプロジェクトは誰の指示で?このコンピュータもまさかそのために用意されたってわけじゃないですよね、もともと汎用で」
フェイトが質問する。確かに、いかに次元世界といえどもスーパーコンピュータの建造には仕様決定から各関係企業との打ち合わせ、設計から部品調達、組み立て、据え付けまで、どんなに早くても数ヶ月程度かかるのが普通である。
しかもこのステアウェイ・トゥ・ヘヴンは、管理局が機材更新として昨年末に導入し、その際には各企業がコンペを行いアークシステム社が落札したということをニュースで報道されていた。
その当時から、現在のこの状況を予想できていたわけがない。
いくらなんでも早すぎる。
はやての重傷の報を聞いて夜天の書の分析をはじめようとしたのなら遅すぎる。
最初から、この事件が起きる前から、夜天の書を分析し、そして闇の書を復活させようとしていたことになる。
「私たちのチームではアテンザ技師長が担当しています、管理局からは、レティ・ロウラン軍令部総長とユーノ・スクライア無限書庫司書長の連名で依頼書が提出されているらしいですけど……すみません、私もあまり詳しいことはわからないです」
「ユーノが……」
闇の書事件において、なのは、フェイトらと共同で事件の対処を行った人間である。
闇の書の危険性については知っているはずだ。
なぜ今になって、このような分析を始めたのか──
「──先月、いえ、11月の中ごろに、八神さんからデータバックアップの依頼を受けたそうです。それで、無限書庫に保管されていた夜天の書のデータを、こっちに転送してきて」
「ユーノの指示で?」
「はい」
考えたくはなかったが、それでもフェイトは推理を言葉に出さずにはいられなかった。
はやてはかけがえのない親友である。自分たちに、隠し事はできればしてほしくない。
それでも、隠さなければならないことがあるとしたら、自分たちは──事件の当事者になる必要がある。
それだけの覚悟をしなければならない。
管理局執務官は、自分の知りうるあらゆる事件の情報を収集する義務がありそのための権限がある。
ここで、このスーパーコンピュータを使って行われているプロジェクトの目的と真実、それは、今の自分たちにとって必要な情報だ。
「夜天の書の……これって、闇の書ってことだよね、それをユーノ君が」
「なのは」
「……どういうことなの?闇の書はもうなくなったんじゃなかったの?」
恐るべき推測を持って、フェイトは言葉を紡ぐ。
およそ1ヶ月前の、バイオメカノイド出現事件当初より自分が捜査してきた情報、各地で明らかになった先史文明にまつわる伝承、そしてそれらを収集していた次元世界大企業の不穏な動き。
夜天の書、いや闇の書ならば、これら、世界各地に散逸してしまった情報を知っている。
また、本来の夜天の書はそのために作られたはずである。
魔法だけではなく、この世のあらゆる知識をまとめ、後世に伝える。
自分たち管理局は、この事件を解決に導くため、闇の書が持つ情報を入手する必要がある。
「闇の書の転生機能っていうのは、分散ネットワークになぞらえることができるんだ。情報を、あるひとつのサーバにだけ保管するんじゃなく、離れた場所の複数のセンターに分けておくことで、損失を防ぐ──闇の書はこれを次元間規模で行える。
そして、どこかの次元世界で破壊されても、分散させた情報からまた新しく再生する。
これを外から見ていれば、まるで破壊される直前に転移をしたように見える──実際は、破壊された闇の書そのものが転移していたわけじゃない。
転移したのは小さな情報──第97管理外世界に伸びていたネットワークが通信途絶したっていう情報、それだけ。これを検出すれば、他のネットワークが新たに起動する──」
「でも、あのあと転移なんてしなかったよね?リインフォースも消えて、それなのに」
「そう、18年前のあの日以降、闇の書は転生をしていない──いや、する必要が無かった。夜天の書の本来の機能は、リンカーコアの──はやてのリンカーコアの中に残っていた」
なのはが目を見開き、息を呑む。
「ツヴァイがそう──リンカーコアをコピーってところで引っかかってたんだ。リンカーコアは普通は一人の体内に複数できるものじゃないし、ましてや後天的に大きくなることはあっても数が増えたり分裂するものじゃない──
はやてがツヴァイを作ったのは、自分の中に抱えていた闇の書のデータを、バックアップをとる意味もあったんだ」
「そんな!はやてちゃんがそんなこと、闇の書を──闇の書を」
「闇の書は復元できる。そして今、復元しようとしている。そうですよね、技官?」
フェイトの言葉に、なのはは驚愕に慄き、技官は落ちようとする瞼を必死に持ち上げる。
ここで目をそらしてはいけない。
八神はやての親友である彼女たちに、嘘を教えることはできない。
「────少なくとも、有意な情報を取り出すためにはデータをデコードしなくてはなりません。その処理が可能なのは、闇の書だけ──です」
はやての提供したデータを分析して解読するには闇の書の機能が必要である。
これからやろうとしていることはそういうことだ。
管理局は、闇の書を甦らせる。
人智を超えたロストロギアではなく、人類が手にする最強の武器として。
大気圏高層部、夜光雲が輝く中を突っ切って、大型バイオメカノイドが地球へ降下していく。
軌道予測は、落下地点をイギリス沖の北海海上と算出した。
おおよそ高度15キロメートル前後で、ロンドン上空を通過していく計算になる。バイオメカノイドを追うクラウディア、ミッドチルダ艦もその後に続く。
イギリス政府は空軍機による上空警戒を指令した。
敵バイオメカノイドの動向は、ロンドン地下のエグゼクター工廠にも逐一報告されていた。
エグゼクターはもちろん、未だ稼動できる状態ではない。
エンジンを動かしていないので、もしかすると敵は正確な位置を探知できないのかもしれない。この後の動きとして、北海に着水した後、海上からイギリス本土に上陸する可能性が考えられた。
西暦2024年1月1日、グリニッジ標準時午前0時。
年明けと同時に、北海沿岸ランカシャー州に位置するカーニングスビー空軍基地より、タイフーンIII戦闘機が発進した。
上空に待機する空中給油機を中継して、北海へ進出する。
イギリス本土には宙間戦闘が可能な機体がないので、北極海上空から敵を追ってくる米X-62、ポーランドから発進してくるであろうソ連MiG-25SFRに頭上を任せることになる。
米英ソ各空軍の布陣を大スクリーンで確かめながら、フォードはエリオたちに質問した。
「もし敵がここを素通りしていった場合、北海で水上戦闘が発生します。地球の艦では勝てますか。正直なところをお聞かせ願いたい」
近海で遭遇するであろうイギリス海軍艦や、ドイツ、フランスなどの艦はもちろん敵がバイオメカノイドであるということなど知らない。
宇宙怪獣と戦ったことのある海軍など現在の地球上にはいない。
「敵の形態によるとしか言えません──僕らが把握している中でも、艦艇と交戦した個体は少ないです。
体当たり以外の攻撃方法としては、重粒子砲の類をおそらく使ってくると思われます」
「水上艦よりも敵の速度が速かった場合は応戦が困難ですね」
「50ノット──水中ではもう少し遅いかもしれませんが──懐に飛び込まれると水上艦では対応困難です。遠距離からミサイルを撃ち込み、敵を近づけさせないようにするしかありません」
「そのためには敵の正体を知らせる必要があります──」
アメリカ政府は、敵バイオメカノイドの情報をEUではなくイギリス単独へと知らせてきた。
今現場に出ているドイツ艦やフランス艦は、敵の正体を知らない。
隕石が落ちてくるか、あるいは宇宙船の破片程度にしか見積もっていない可能性がある。
そうなれば、北海での戦闘でバイオメカノイドに遭遇した場合、こちらはまったく対応できずに撃沈される危険が高い。
だとしても現時点では、フォードやエリオたちにできることは何もない。
ただ起こったことだけを記録におさめ、そして管理局へ提出する。
エリオたちはその任務を帯びて地球へ赴いたのだ。
「海鳴市に連絡を取ることは可能ですか」
「SASが墜落したヴァイゼン艦の保護に向かっていると聞いています」
「わかりました。彼らに依頼を出しましょう」
エリオとチンクは、海鳴市にいるヴァイゼン艦の乗組員との連絡を取る。
地球人からは、ミッドチルダとヴァイゼンの区別は付かないはずだ。どちらも異星人とみなすはずである。
イギリス空軍からの、ミッドチルダ艦がイギリス本土上空へ進入したとの連絡が届いた。
これを迎撃するため、タイフーン戦闘機が向かっている。
報告された識別信号から、先頭艦はXV級クラウディアと報告された。
「クロノさんの艦です──」
「知人ですか」
「僕の上司の義兄です。今回の事件で、ミッドチルダは地球に協力するべきとの具申を本局に上げていると聞いています──」
当然だが、異星人もその星における人類である以上、親兄弟というのは当然存在することになる。
それでも一瞬、フォードはエリオの言葉に奇妙な感触を得た。
異星人は、どこかで無機質な存在であるという印象が拭えていなかった。
一般に知られる異星人(宇宙人)のイメージとは、UFOに乗って地球を訪れる、人間の理解の及ばない存在であり、グレイと呼ばれる灰色の小人というものである。
地球人に近い外見を持つ種族の存在もいわれることがあったが、いずれにしろオカルト話の領域を出ないものであった。
実際にこうして、エリオたちに相対してみると、たしかに彼らは地球人とは違う雰囲気を持っているが、それでも同じ人間であるという印象を得ることができた。
ミッドチルダも、ヴァイゼンも、それぞれの人類の自己認識(アイデンティティ)を持っているのである。
「フォード捜査官!ミッドチルダ艦からの通信です!」
「内容は」
「発光信号によるモールスです!文面は──“敵落着地点近海の船舶を退避させよ、本艦が敵を追撃する”──英語を用いています」
「第97管理外世界におけるもっとも広範に用いられる言語として知られています」
エリオが補足する。
もともとミッドチルダ人であるフェイトはともかく、なのはもはやてもミッドチルダに渡ってからは日常会話はミッドチルダ語で行っており、これは英語に文法や語彙が似ているので習得も比較的容易だった。
地球に限らず各地の次元世界で用いられる言語については管理局員においてはほぼ必須技能となっており、クロノももちろん英語を扱える。
「われわれはユーロ海軍に対する指揮権を持っていませんが……」
「仕方あるまい。ドイツ政府及びフランス政府へ連絡を。駄目元だが、共通回線で直接北海にいる艦へも送れ」
「──わかりました!」
この秘密工廠は、所属としてはイギリス政府の直轄だが、非公開組織であるのでユーロ諸国の各部署とは連携が取れない。
もちろんクラウディアの側も同様にヨーロッパ諸国へ向け通信を送っているはずだが、彼らがどれだけ真剣に受け取るかという問題もある。
未知の宇宙戦艦、UFOから送られた通信を、少なくともそのまま額面どおりに受け取り行動に移すということはないはずだ。
「敵大型バイオメカノイド、海面落着まであと180秒です。もっとも近くにいるのはドイツ海軍のザクセン級フリゲート、2艦が現場に北上しつつあります。
わがイギリス海軍では、トライトン級イージス艦『アローヘッド』がドーバー海峡を通過中、さらに『アヴェンジャー』があと2時間でポーツマスを出港可能との報告です」
基地のオペレーターたちの報告のやり取りを聞きながら、エリオたちは状況を見守る。ここで戦っているのは地球人であり、エリオたちには彼らに命令する権限は無い。
静かに身体を寄せ、ウェンディはチンクに囁いた。
このフロアの中は強力なAMFが展開されており、念話が通じない。AMF技術そのものは地球に既存であり、もともとは空間内のイオン濃度を調整するためのクリーンルーム用の機能であったが、副次的に魔法にも効果があったため転用された。
「チンク姉、もしこのまま地球がバイオメカノイドと交戦して損害が出れば、地球は当然、対バイオメカノイド作戦に参加しようとしてくるよね──」
「どういうことだ、ウェンディ」
「地球がバイオメカノイドと戦おうとしたら、次元航行技術を、少なくとも宇宙空間で戦う技術を用意しなきゃならない。そこで、管理局かミッドチルダがそれを提供するってなったら……管理局はそれを狙ってるんじゃ」
「ミッドチルダもヴァイゼンも同じように考えるだろうが、地球もそう単純に事が運ぶとは思ってないだろう」
チンクは相変わらず眼帯を使っており、地球においてもレトロな黒革の外見は、見方によってはファッショナブルな要素もある。
「地球がわざわざ弱みを見せるようなことは考えにくい──同じ魔法技術を開発するにしても、それは地球独自でなければならない。
バイオメカノイドを撃退できたとしても、今後次元世界に関わっていく上で、基礎技術をミッドチルダやヴァイゼンに依存していては立場が弱くなる。
どんな次元世界でも独立国である以上それはよしとしないはずだ──どうしようもなく技術格差があるならともかく、地球においてはそれは当てはまらない」
次元世界全体から見ても、地球の科学技術水準そのものは上位のレベルにある。
多くの次元世界は過去にベルカによって開拓されたことがあり、その当時に持ち込まれた魔法技術をそのまま受け継いでいるケースが多い。
このため、次元世界全体ではむしろ地球より技術レベルの低い世界のほうが多いのだ。
魔法技術は確かに高度ではあるが、その大半はミッドチルダかヴァイゼンのどちらかに依存しており、両国から供給される魔力機械やその製造設備が無ければいくらもなく維持ができなくなってしまう。
一部の企業などがライセンス生産を行い現地での魔法製品供給を行うケースはあるが少数例だ。
翻って、地球においては、基礎理論はほぼ出来上がっており、あとはきっかけさえあれば魔法技術開発が可能なレベルに、既に20世紀半ばの時点で到達していた。
粒子加速器などが開発されたのは20世紀初頭であり、それからほどなくして核兵器の開発にも成功している。
ここまでくれば魔法兵器が開発されるのも時間の問題であったが、二度の世界大戦により技術が停滞した状態が続いていた。
日本、アメリカ、ソ連、ドイツなどの各国は、それぞれのアプローチでオーバーテクノロジーの習得を試みていた。
アメリカのように、自国内に墜落したUFOを回収、分析した国もある。
ソ連のように、人体実験まがいの強力な研究開発を進めていた国もある。
ドイツのように、技術そのものは実現できていたが、戦争に負けたために研究者が失われ、継承が途絶えた国もある。
そして日本では、遺伝子操作による超能力の開発にまで手を伸ばし、独自の魔法技術を構築しつつあった。
ベルカ式、ミッドチルダ式に続く、新たなマジック・アーキテクチャである。
ゆえに次元世界に普及している魔法術式との互換性はないが、それだけに次元世界側としても正確な戦闘力を予測しにくい。
少なくともアメリカ、イギリスは、Xプレーンズおよびエグゼクターの搭載魔法アーキテクチャをミッドチルダ式に準拠する方向で開発している。
その気になれば、次元世界で製造された魔法兵器をそのまま利用することもできる。
ミッドチルダ側としても手持ちの技術はもちろん開示などしてはいないが、地球側からのリバースエンジニアリングはやってやれないことはない。
「私たちは今とても不安定な情勢の中にいることを忘れちゃいけない。地球は、必ずしも管理局やミッドチルダに都合がいいように動いてはくれない。
成り行きしだいでは私たちも、地球と一戦交えなければならなくなる可能性はある」
「エリオがマシューさんに言ってたことは」
いつあなたがたに銃を向けよと命ぜられるかもしれない。エリオがフォードに伝えた言葉は、事実であると同時に、無用な衝突を避けたいという意思のあらわれでもあった。
互いに、望まない選択をせざるを得ない状況がやってくるかもしれない。それは状況に対する対処の積み重ねとして帰結が導かれる。
ゆえに、洞察と予測で回避をしなければならないし、またそれが可能である。
「もちろん冗談やはったりで言うわけがない。管理外世界に派遣される捜査官ってのはそういう任務を負うんだ」
チンクは、ウェンディよりも3ヶ月ほど早くに執務官補佐としてフェイトの下につき、指導を受けていた。
管理局の存在を認知している管理世界ばかりでなく、時には管理外世界で、現地政府との折衝をしながら捜査を進めなくてはならない事件もあった。
そうなった場合、どこまで自分たちの情報を明かしていいのかということは毎回、現場の人間を悩ませることである。
管理局の基本方針として、魔法技術のない世界に不要な摩擦がもたらされることを避けるため、魔法技術の秘匿を原則としている。
しかし、現地人の側からしてみれば、自分たちに知りえない情報を知っているであろう管理世界側の人間に対して、どうしても不信感の方が先に来てしまう。
協力しろというのならまずそちらの持っている手札をすべて明かせ、ということだ。
地球がどこまで要求してくるか、また管理局はその要求にどこまで応じることが可能か。
そしてそれ以上に管理局としてやらなくてはならないことは、管理世界による地球への違法な接触を防がなくてはならない。
すでに指摘されている、地球人を誘拐して生体魔力炉の材料に使用していた疑惑。フォードとエリオの捜査により、これはほぼ事実として確定された。
しかしこれを摘発するには、捜査情報をもっているエリオが本局に帰還して報告を行い、捜索令状と逮捕状の発行を受けなければならない。それからでなければ管理局はアレクトロ社に対する捜査の執行ができない。
したがって、もし既に地球にアレクトロ・エナジーないしはミッドチルダ政府の工作員が潜入していれば、エリオたちも狙われる危険があるのだ。
大企業にとって、自社の不祥事が、管理局に知られることは最もダメージが大きいアクシデントである。
かつてスカリエッティとともにナンバーズとして活動していた頃、ウーノやクアットロから何度も教え込まれたことだ。
自分たちのクライアントはそれを最も気にしている。
証拠を残してはならないのはもちろんだが、管理局の関与が疑われることは最もあってはならないことだ。
JS事件に際してスカリエッティが請けていたプロジェクトは、人機融合技術であった。
それは戦闘機人として開発され、自分たちはそのテストベッドとして生まれたはずだった。長姉ウーノから末妹ディードまで12人のそれぞれ異なる身体特性の個体が製造され、機械式魔法たるインヒューレントスキルの試験に供された。
事件終結後、幾度かの更正プログラムを経て、姉妹たちはそれぞれの特性を生かした任務に就いている。
だがこの戦闘機人ナンバーズでさえ技術的には通過点でしかなく、その先には完全なる人機融合技術があり、それが目指していたものは、アルハザードに眠るとされた命を操る技術であり、しかしそれはバイオメカノイドという異形の姿を持って人類に襲い掛かりつつある。
「地球は次元航行技術を手に入れた。フォード氏が言っていた、無人探査機ボイジャー3号がそうだ。実証試験が済んだということは、あとは宇宙船にそれを搭載すれば地球人は次元世界へ漕ぎ出すことができる」
「宇宙船ってのはあの──5機の戦闘機」
大スクリーンには、クラウディアに先回りするために北側のスコットランド上空を通過しつつある米空軍X-62編隊のマーカーが映っていた。
地球が開発した、魔力戦闘機。
ガジェットドローン2型の技術を用いて、有人航宙機として建造された。
従来のジェットエンジンを搭載した戦闘機では不可能な大推力と機動性能、航続距離を有し、大西洋から北極海へ、さらにイギリスまで、1万キロメートル近い距離を飛び続けている。
ボイジャー3号で証明されたゲート通過をこれらの機体で行えば、第97管理外世界は初めて自力で次元世界へ進出したことになる。
大人数が乗って長期間航海ができる艦船の建造となるとさらに時間はかかるだろうが、いずれ実現する。
「ボイジャー3号が目指していた宙域の座標情報──NASAから送られたこれが正しければ、今この探査機は第511観測指定世界にいる」
ウェンディは携帯ディスプレイを取り出し、チンクの前に示す。
「フォード氏の話では、ESAもNASAとは連携を密にしているとのことだ。アメリカ政府の意向で、ボイジャー3号は第511観測指定世界の調査を続けている」
「軌道予測どおりに飛んでいくと──明後日には、探査機ガジェット#00511とランデブーするよ」
「ああ──。おそらくアメリカも独自に情報提供を受けている。遭遇は予期されている」
探査機ガジェット#00511は、ミッドチルダ宇宙アカデミーが運用し、新暦75年7月にクラナガン宇宙港より打ち上げられた。
ミッドチルダにおいても、外宇宙探査を目的にした無人機は次元航行艦の進出に先立って行われ、あらかじめ大まかな情報を収集してから有人艦の派遣というプロセスを踏む。
それでも近年では、未開拓の次元世界も少なくなり、一般人の興味も薄れ、政府からの予算も減らされつつあった。
そんな中で打ち上げられたこの探査機は、実に7年という宇宙航海を経て、近年異例となる新たな次元世界を発見した。
そしてそれは、その発見すら予期されていた。
第511観測指定世界「惑星TUBOY」。
次元世界において、“アルハザード”の名で言い伝えられる伝説の世界である。
探査機ガジェット#00511は、チンクたちも3ヶ月前にユーノから改めて知らされるまでは記憶の彼方に忘れ去っていた探査機の名前だった。
ゆりかごより発見された無人機械ガジェットは、ベースとなった4型、スカリエッティが開発した1~3型以外にも、ミッドチルダをはじめとした様々な次元世界に技術が流用されていた。
外宇宙探査のために調整された本機は、魔力素吸着装置によって無尽蔵のエネルギーで宇宙を飛び続け、新たな次元世界を発見する。
未知の無人世界での、地球とミッドチルダの無人の邂逅。
それは互いの世界に住む技術者たちの、一期一会のすれ違いだ。
真夜中の北海に、まばゆいばかりの光条とともに巨大な水柱が上がった。
落下する発光物体に照らされ、光の柱が青白く水平線上に立ち上がる。
落着地点から85キロメートルの距離まで接近していたドイツ海軍ザクセン級フリゲート「F-225ケーニヒスベルク」は、直径少なくとも70メートル以上の巨大な球形をした物体が、海上に出現したことをレーダーで探知した。
反射波のパターンから、物体にはRCS低減効果があり、ただの金属ではない、特殊な防御フィールドを纏っていることが読み取れた。
レーダーに映る情報だけでは、物体の正体が確かめられない。
しかし、もしこれが今世界中を騒がせている巨大UFOの一部なら、不用意な接近は危険である。
さらに基本的には動きの鈍い水上艦ならなおさらだ。
まずは航空機による上空偵察を試み、ある程度の情報を得てから艦艇が接近する。
イギリスからのタイフーンIIIとあわせて、ドイツ本土からも、防空軍のMiG-35スーパーファルクラム、Su-47ラオプフォーゲルが北海へ向かう。
タイフーンIIIがイギリス本土から200キロメートルほど離れた頃、クラウディアに続いてミッドチルダ艦隊の巡洋艦も大気圏に突入し、北海上空へ降下していた。
高度を3000メートル程度にとり、雲の底辺近くに艦をとって航行する。大気圏内では雲に隠れることの多い次元航行艦ならではの飛び方である。レーダー回避の意味では、次元航行艦は特に魔力素による電磁波への干渉を起こすため雲の中では捉えにくい。
大型バイオメカノイドが落下した海面付近は、夜の黒いヨーロッパの海に閃光をきらめかせていた。
おそらく、敵には隠れるという概念が無い。
いずれにしろあの大きさでは、いるだけで目立つしすぐに見つかってしまう。
むしろ最初に海へ落ちたのは幸いだった。これが陸上であれば、付近の住民に目撃されたりなどでパニックを引き起こしていただろう。
ケーニヒスベルクのソナーマンは、海水をかき分けて進む巨大な物体の音を聞いた。
潜水艦のような硬質な音ではなく、クジラのように水中を縫うような音でもない。
複雑な形状をした物体が水中を漂う、嵐のような音だった。
さらに対空警戒レーダーにもミッドチルダ艦隊の影が映る。
やや離れて先頭に立つクラウディアが、海面にいるザクセン級に向けて発光信号を打った。
用いたのは英語だが、国際的にはドイツ艦にも通じる。
まず先陣を切り、クラウディアが海面へ向け艦首魔導砲を放った。
闇夜に青白い光条が走り、沸き立つ海面がさらに激しく爆発する。
発砲の瞬間、ケーニヒスベルクのレーダースクリーンは一瞬ぶれて画像の書き換えが止まる。
魔力光の高出力はレーダー素子にも影響を与える。
ケーニヒスベルクのCICでは、上空を飛ぶタイフーンIIIから送られた敵大型バイオメカノイドの画像とレーダー反射波の分析を行っていた。
射撃諸元を計算し、ミサイルの誘導装置に入力すれば地球の武器でもバイオメカノイドを攻撃することができる。
艦砲でマニュアル射撃するには接近しなくてはならないが、ミサイルならば離れたところから撃てる。
クラウディアの攻撃開始から2分後、ケーニヒスベルクは対艦ミサイルハープーンを発射した。
ジェットエンジンによって巡航し、海面すれすれを飛ぶハープーンは、命中直前にホップアップし上空から敵の姿をとらえる。
弾頭に搭載されたガンカメラが映し出す映像を、ケーニヒスベルクの乗員たちは見た。
それは無数の瘤のような肉塊をまとわりつかせた球状の物体で、海面に出た頭部の下には、何本もの発光する触手が水中に伸びていた。
中世の船乗りが遭遇したと言われるクラーケン、大ダコか。
米軍からの情報によれば敵は巨大生物を改造した機械怪獣だという。
魔導砲が命中した箇所から、スパークのような魔力光を吹き散らしている姿は、明らかに地球上に起源をもつものではない。
クラウディアのレーダーにも、ケーニヒスベルクが発射したハープーンミサイルの輝点が映った。
次元航行艦の魔力レーダーでも、通常物体の探知はできるしその機能は必須だ。自然界には必ずしも強い魔力を持っている物体だけがあるとは限らず、微弱な自然魔力光を走査できる索敵装置が必要だ。
レーダースクリーン上を高速で移動する物体を認め、クラウディアの電測員が報告する。
「艦長、地球艦より高速飛翔体が発射されました。ミサイルです」
ミッドチルダ語では、いわゆるミサイルとロケットを区別しない。誘導能力の有無にかかわらず、自己推進力で飛ぶ弾丸をミサイルと呼ぶ。ロケットは推進装置そのものをあらわす。
また弾体が実体弾か魔力弾かどうかも問わず、誘導魔法やバインドもカテゴリーとしてはミサイルに含まれる。
「魔力光スペクトルを採取せよ。地球艦の射程を遮らないように後続のミッドチルダ艦隊に連絡しろ」
「はい艦長」
地球艦が行う攻撃オプションを登録し各艦の警戒システムに入力することで、誤射や同士討ちを避ける。
ケーニヒスベルクは距離50キロメートルをとってミサイル攻撃を続け、後続のもう1隻のザクセン級もミサイルを発射し始める。
現在、北海にいるユーロ海軍の艦では打撃力が足りない恐れが出てきた。
ハープーンミサイルは弾体が比較的小さく、対水上艦戦闘ならば十分な破壊力があるが、船舶ではない巨大怪獣にこれがどこまで通じるかというのは未知数である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中しています。続けて当たります、合計6発が命中」
「ミサイル攻撃の合間を縫って本艦の砲撃を当てます」
「砲雷長、落ち着いて狙え。敵はおそらくまだ我々の正確な位置をつかんでいない、確実に命中させろ。
電測、敵の動きを見逃すな。反撃の兆候があればすぐに知らせろ」
空中から魔導砲を発射した瞬間、海面が毛羽立つように光を反射して輝く。
XV級の放つ青い魔力光は、海の水を黒色に染め上げる。
「地球艦、先頭艦が転進、距離をとります」
「おそらくミサイルを撃ち尽くしたかと」
クロノの隣に立つウーノが予想を述べた。
実体弾であるミサイルは艦内の容積を必要とするため搭載数に限りがある。地球の艦は次元航行艦に比べて小型のものが多いため、必然的に搭載数も少なくなると予想された。
ミッドチルダ艦隊は海上を走査し、現場に向かいつつある地球艦をリストアップしていた。
まず現在交戦中のドイツ海軍ザクセン級が2隻、それからイギリス南岸をトライトン級が1隻北上している。さらに反対側のスカゲラク海峡から、ソ連海軍のスラヴァ級が1隻、向かってくるのが確認された。
ヴォルフラムから提供を受けた地球の兵器の中で、特にスラヴァ級は大型のミサイルを搭載し非常に攻撃力の高い艦であるとされていた。
現在現れているバイオメカノイドはこれまで確認できた個体の中でもかなり大型で、大クモの倍以上はあるような、赤い体色を持つ大ダコだった。
身体の天辺にあたる胴部は血のように赤く、そこから頭部にいくにつれてだんだんと色味は白くなり、触腕は金属質のうろこを持った濃灰色をしている。
ハープーンミサイルが命中した大ダコは、ミサイルを発射した艦の場所を見つけられず、腕で海面をしきりに叩いていた。
まだ起動したばかりで周囲の状況をつかみきれていないと予想された。
クラウディアの魔導砲が命中したところでは、一部、シールドが破損して魔力残滓が散らばりつつあるのが確認された。
「敵大型バイオメカノイド内に高レベル魔力反応、出力上昇します」
「砲撃が来る。ランダム回避運動開始、ミッドチルダ艦隊にも伝達せよ」
水平線の向こうにいる相手に攻撃ができないと悟った大ダコは、空中にいる次元航行艦へ向けてビームを撃ち始めた。
こちらも青白い荷電粒子砲で、大気圏内では空気の分子と衝突して激しく発光する。
大気をかき分けてプラズマが突進するため、弾速は宇宙空間に比べると遅いが、それでもこれほどの距離では発射から着弾までは一瞬しかない。
すぐにクラウディアの左舷をプラズマがかすめていき、艦の表面から火花が飛ぶ。
「左舷艦首に至近弾!ダメージ軽微!」
「艦長」
「発射の兆候を見極めろ。敵の頭部にリング状の砲口がある、計6門だ。操舵手、敵の動きに合わせてタイミングをとれ」
「了解!」
後方にいるミッドチルダ艦隊からも砲撃が始まる。ミッドチルダの主力巡洋艦であるXJR級は、XV級の船体をベースに多数の武装を搭載した艦隊水上打撃力の中核となる艦で、誘導魔法と長距離砲撃魔法の組み合わせで艦隊防空を担い、遠距離の敵を撃破する。
搭載される魔導砲は直射だけでなく弾道を曲げたプログラミング砲撃が可能であり、正面装甲をかわして敵の弱点に砲撃を当てることが可能である。
本来ならば、管理外世界の上空で次元航行艦が発砲するという事態は極めて異例である。
そもそも魔法技術は拡散させてはならないと各国間の条約で定められており、これを実際に使用してみせることも原則、禁止だ。
海上にいるであろう地球の艦からは、上空からビーム砲を撃つ異星人の宇宙戦艦としてXJR級とXV級は見えているだろう。
ザクセン級2隻は手持ちのハープーンを撃ち尽くしてしまい、タイフーンIIIからの報告で目立ったダメージを与えられなかったことを確認すると反転して撤退を始めた。
この場としては賢明な判断である。
これ以上接近すれば大ダコの視界に入ってしまい、荷電粒子砲の砲撃に晒されることになる。
そうなれば次元航行艦よりも速度で劣る水上艦は、ひとたまりもなく粉砕されてしまうだろう。
「艦長、大ダコが動き始めます。進路は──南東です、先ほど攻撃を行っていた地球艦の方角です」
クロノとウーノは面を上げ、スクリーンに投影された戦術マップを見た。
「速度は」
「現在18ノット、増速しつつあります。地球艦の速度は25ノット、おそらく追いつかれます」
「陸地へ上がられるのは避けねばならんな──よし、面舵30度、針路1-4-5。下げ舵一杯、高度300フィートまで降下。大ダコと地球艦の間に割り込め。
地球艦と地球人に被害を出すことは防がねばならん」
「面舵30度、下げ舵一杯アイ!」
「針路、1-4-5にとります!」
クラウディアの操舵手と航海長がそれぞれ復唱し、艦を変針させる。
ミッドチルダ艦隊はこのまま大ダコに向かい、真上から攻撃する作戦を立てた。
XJR級の防御力ならば、大ダコと正面から撃ち合って勝負になると踏んだ。XV級との性能的な差異は艦首魔導砲の定格出力値(XJR級の方が倍の魔力値を持つ)、結界魔法強度、艦内装甲区画の数である。
全体的にはXV級はこれまでの管理局艦同様に長期哨戒任務に向いた性能、XJR級はより艦隊決戦向きの性格である。
大ダコの放つプラズマ弾に対し、XJR級はそれぞれホイールプロテクションを展開して防御する。
艦を横に並べて敵の攻撃を分散させ、防御している間に別の艦が攻撃する。
「左舷後方距離28000、ミッド艦隊が大ダコと交戦に入りました」
「地球艦の動きは」
「ザクセン級、速度25ノットで東進中です。西側より、イギリス海軍トライトン級が1隻、向かってきます。こちらは現在距離190キロメートル」
「ソ連艦の位置は」
「デンマーク沖を南下中、距離350キロメートルです」
「よろしい。左水上戦闘用意、全主砲左舷に指向せよ」
大ダコの進路前方を横切るようにクラウディアは艦をとる。この場合正面に固定されている艦首魔導砲は使えないが、これを撃つためには敵の真正面に停止しなければならないため、艦を方向転換させて移動させる手間を考えると主砲で応じたほうが速い。
スラヴァ級から、P-1000ヴルカーン対艦ミサイルが発射される。
弾頭は通常炸薬で、ハープーンに比べて非常に巨大なミサイルであるため炸薬量が多い。命中すれば大型空母でも一撃で撃沈できる威力がある。
P-1000の最大射程距離はおよそ800キロメートルだが、陸上からユトランド半島越しに撃つとデンマーク領空を通過することになってしまうため、北海に出てから撃つ必要があった。
現在の各艦の位置は大ダコを中心としてほぼ真北にミッドチルダ艦隊のXJR級が5隻、一列横隊をとって並び、その反対側、南側にクラウディアが位置している。
XJR級は大ダコからおよそ40キロメートルほど離れ、クラウディアは20キロメートル程度まで接近している。
さらに最初に攻撃を仕掛けたザクセン級2隻は大ダコから南東側へ65キロメートルほど離れ、ヴィルヘルムスハーフェンへ向け航行中だ。
南西側からはイギリス海軍のトライトン級がドーバー海峡を越えつつあり、まもなくハープーンミサイルの射程距離内に入る。
スラヴァ級は大ダコの北北東に位置し、ユトランド半島の近くから長距離対艦ミサイルを大ダコに向けている。
スラヴァ級が発射したP-1000は巡航軌道を東側にとり、XJR級のいる位置を大きく迂回して大ダコに向かった。
P-1000ミサイルは推進装置として強力なターボジェットエンジンとロケットブースターを装備し、超音速巡航が可能だ。大型艦船を目標にした際に強力な運動エネルギーを発揮して威力を上げることができる。
米海軍大西洋第2艦隊からの情報提供に基づき、ソ連艦は規定周波数での通信発信を行いながらミサイルを発射した。
クラウディアが指定してきた連絡用の回線で、これはミッド艦隊側でも受信していた。
XJR級の通信設備には地球艦の情報が無く、XJR級単独では地球艦と通信ができない。ミッド艦隊が地球と意思疎通を図りたければ、クラウディアの用意した手段に乗ってくるしかないということだ。
これを無視すれば、ミッドチルダは地球に対して不義を働いたとみなされる。
政府の思惑はともかく、現場レベルでは、ミッドチルダ艦隊はクラウディアに従うよりないといった状況だった。
「高速飛翔体確認、地球のミサイルです!数3、方位2-5-5から3-2-0へ移動中、速度1600!」
「目標までの命中予想時間は」
「この速度ですと3分ほどです!」
「よし、命中15秒前に発砲を停止、着弾を観測せよ!他の4艦にも連絡だ」
戦隊旗艦を務めるXJR級「ソヴリン」では、スラヴァ級のミサイルを探知して攻撃オプションを変更した。
こちらが発砲を続けていては、ミサイルを誤爆させてしまう危険がある。
大ダコが放つ弾幕は広範囲にわたり、XJR級はサイドスラスターを使用して細かく船体を動かしながら、敵の予測射撃を回避している。
シールド魔法を艦の前方に配置し、他艦との距離を測りながらプラズマ弾を受け流す。
プラズマ弾に混じって、実体弾のマイクロミサイルも混じり、これは誘導魔法で迎撃する。バイオメカノイドが使用するミサイルは体内で生成した炸薬を金属皮膜で包んだ構造で、簡易だが次元航行艦や地球艦のものと違い弾薬の自己補給が可能だ。
小型のバイオメカノイドを産み落としそれを敵に向けて撃ち出していると見ることもできる。
「敵ミサイル多数、続けて来ます!対空レーザー、自動迎撃モードで射撃開始!」
XJR級およびXV級では対空防御用の小型魔導砲は左右舷側にそれぞれ2基ずつ搭載されている。
最大同時交戦目標数は2048ユニットであり、これはLS級に搭載されている管制装置の性能を引き上げたものだ。
「目標群アルファおよびブラヴォー、全て迎撃!地球艦のミサイル、命中まであと45秒です!」
「よし、撃ち方やめ、結界出力を120パーセントまで上げろ!地球艦のミサイルの着弾の瞬間を見逃すな」
「このミサイルが質量兵器と同等のものなら──」
入力された攻撃指令コマンドをクリアしたことを示す火器管制装置のアラームが鳴り響き、XJR級ジャガーの副長は小さくつぶやいた。
過去の次元世界における戦乱期では、“質量兵器”と呼ばれる大量破壊兵器が使用され、世界各地に甚大な被害をもたらした。
発射される弾丸の破壊力は常軌を逸したものであり、当時、次元を隔てた世界に精密な弾体転送を行うことが難しかったことから、多少着弾地点がずれていても目標を確実に殲滅できるように威力の大きな弾頭が開発された。
惑星に大穴を開けてしまうような“狭義の”質量兵器──対消滅弾頭なども多用された。
さらに次元属性魔法が開発されると、物理的なシールドでは防げない次元破壊弾頭が使用されるようになった。
もちろん、この第97管理外世界ではそれほどの技術水準の兵器は開発できていないはずである──。
しかし、現在地球上空にいるミッド艦隊の他の艦との連携が制限されているXJR級では、その戦闘行動に激しいプレッシャーがかかっている。
通常次元航行艦がこれほど目標に接近して戦闘を行うことはなく、惑星上での戦闘では通常は軌道上から攻撃を行う。
大気圏内に降りて目視で敵が見える距離で撃ちあうということは、それこそ非武装の違法船舶か、既に無力化した艦を拿捕する時などに限られている。
戦闘が長時間に及べば、それだけこちらが操艦ミスを犯す恐れも高まる。
シールドで防いではいても、もし一発でも防御に失敗し直撃弾を受ければ、こちらは一撃で戦闘能力を喪失する危険がある。
重装甲の戦艦ならいざしらず、このXJR級ではその本領は惑星間レベルの超長距離での戦闘だ。
「クラウディアないし管理局からの、第97管理外世界への情報提供がある」
白波を蹴立てて進む大ダコに、後ろから頭部を叩く形でP-1000ミサイルが命中する。
大爆発とともに海面に衝撃波が白い円を描いて広がり、大ダコの巨体が揺らぐ。
爆炎に照らし出される海面に、浮遊物が散らばるのが見えた。バイオメカノイドの血液だ。有機金属を含む毒液だ。
さらにその匂いをかぎつけて、サメが大ダコの周囲に集まり始めた。サメたちは鉄の匂いにひかれている。さらに、この大ダコは体内にたんぱく質も持っており、肉と金属が融合している。
大ダコに噛みついたサメは、そこからたちまち取り込まれ、吸収同化されていく。
大ダコは、頭部に絡みつく肉塊におびただしい数の魚やサメがこびりついた異様な姿になっていく。
「管理局は第511観測指定世界の存在を知っていて、それでクラウディアに!?」
操舵席に座る水兵が歯を食いしばる。
ミッドチルダ海軍といえども、各艦の末端の兵員までは、自国の裏事情は知られていない。
ただでさえ、管理局は各国正規軍からは色眼鏡で見られる立場にある。
上空30キロメートルに展開した米軍X-62編隊は大ダコの頭上を占位し、大ダコの体表からちぎれて海面に散らばった肉塊をパルスレーザーで撃っている。
「どちらにしろ我々はあのバイオメカノイドを撃破しなくてはならん──!!」
「!!艦長、友軍艦レパードが被弾!右舷中央部から炎上します!」
大ダコのプラズマ弾が跳ね返るように命中し、艦体が激震する。反動で高度を押し下げられ、散らばってきた小口径レーザーの弾幕に突っ込んで艦底部から激しく閃光を噴き上げる。
「地球艦からの大型ミサイル、再び接近!8発来ます、命中まであと120秒!」
「クラウディアは動いているか!」
「現在ドイツ沿岸と敵大型バイオメカノイドの間に進入しつつあります」
「地球艦を守る構えか……しかしそれはあくまでも管理局としての作戦だ」
「艦長、ではわが艦隊は」
「ミッドチルダ政府からの作戦指令に変更がなければ──最優先は敵大型バイオメカノイドの撃破および“回収”だ」
被弾したレパードも、乗組員たちの懸命の応急処置も空しく、火災が機関室におよびさらに艦腹から大爆発を起こした。炎上しつつ、海面への緊急着水を試みる。
XJR級の残る4隻は上空からの大型バイオメカノイド攻撃を続ける。
大ダコを撃破し、その中枢部もしくは体組織の一部、できるだけ大きな残骸を回収する。
それはミッドチルダがバイオメカノイドの正体をつかみ、それを利用した兵器の開発に資すると見立てられていた。
バイオメカノイドの正体を突き止める研究において、ミッドチルダはなんとしても管理局を出し抜かなくてはならない。
これで先を越されてしまうと、今回の事件におけるミッドチルダの立場は一気に不利になる。未知の次元世界を独占的に占領する計画を立てていたことが暴露され、さらにその計画におけるミスで、全次元世界の危機である今回の事件を招いてしまった。
この事実が知られてしまうと、各国政府や国際世論からの非難はますますミッドチルダに集中する。
そのような事態は避けなければならず、またそうなれば、今まさに魔法技術のない管理外世界に進出し、魔法を使用している自分たちはそれこそバッシングの矢面に立たされるだろう。
ヴァイゼン旗艦のチャイカは日本へ降下していったが、立場が危ういのはヴァイゼンも同じはずである。
しかし現時点では互いに、クラウディア側に従うことで相手を出し抜き、管理局による便宜を図れる可能性がある。
カザロワ少将がそこまで計算しているかはともかく、ヴァイゼンとしては仮に管理外世界への違法進出が問題になったとしてもミッドチルダに責任をかぶせることができ、その点では有利ではある。
よって、ミッドチルダ艦隊としてはこの事件の対処におけるイニシアチブを管理局に握られてしまうことはこれもまた不都合な事態である。
「!艦長、ミッドチルダ海軍司令部より入電です。緊急連絡です!」
「回せ」
受信し出力された電文を、艦長と副長のそれぞれの暗号鍵で復号する。
『“発 ミッドチルダ海軍中央司令部、宛 第511観測指定世界派遣艦隊
第6管理世界アルザスにバイオメカノイド出現、新暦83年12月31日時点においてほぼ全土を制圧された模様──
空母機動部隊による掃討作戦を展開中、貴艦隊は第97管理外世界における最低限の駐留艦を残し早急に帰還されたし──”』
「艦長、これは──!」
表示された携帯ディスプレイをつかみ、副長が驚愕の表情で艦長の顔に視線を渡す。
「管理世界がやられた──だと」
「アルザス全土を制圧ということは──」
この入電は地球に降下した艦だけではなく、軌道上にいるミッドチルダ、ヴァイゼンの両艦隊全艦が受信したはずだ。
管理世界がバイオメカノイドに襲われ、甚大な被害を出した。
そして現時点では、インフェルノは第97管理外世界には具体的な被害を与えていない。
現時点での情勢を考えるなら、ただちにアルザスの援護に向かうべきである。
しかし同時に第97管理外世界への今後の影響を考えるなら、このままインフェルノとの戦闘を放棄することはできない。
第97管理外世界の人間は、アルザスのことなど知らないし、存在さえも同様だ。
このままミッド艦隊が撤退すれば、ミッドチルダは地球を見捨てたと受け取られてしまうだろう。
そうなったとき、第97管理外世界におけるミッドチルダの権益は失われ、管理局に奪われてしまうことになる。
地球と、アルザスをはじめとした管理外世界と──どちらがミッドチルダそして管理局にとって重要かを考えるなら、それは自明である。
アルザスは放棄された。
「──通信士官、軌道上の『リヴェンジ』へ打電だ。わが戦隊はこのまま第97管理外世界にとどまり敵大型バイオメカノイドの追撃を行う。
艦隊主力は宙域を離脱しアルザス泊地へ進出されたし──と」
「艦長」
「指令では全艦帰還せよとは言っていない。1隻でも残していれば言い訳はできるということだ。
たしかにアルザスと地球、両世界を天秤にかければどちらが重いかは誰もが同じように考えるだろう──だが、我々はその両方をも手に掴まねばならんのだ」
XJR級ソヴリンの艦長は決断した。
次元航行艦の乗組員は、他の魔導師に比べて、撃沈時の生還率というのはとても低い。
板切れ一枚あれば浮いていられる惑星上の海と違い、宇宙空間では船を失うことは即、死につながる。
ひとたび宇宙に、次元空間に出れば、必ず、この航海で生きて帰れないかもしれないということを意識し心に留めておかなくてはならない。
今回の事件では、ミッドチルダ政府がいつになく穏やかでない動きをし、末端の将兵を振り回すような混乱を見せていた。
その裏の事情はともかくも、前線で戦う船乗りにとっては、命令に忠実に最後まで戦い抜くことが矜持である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中。速度が落ちます、脅威度の高いユニットに攻撃されていることを探知した模様です」
「クラウディア、砲撃を開始しました。1時の方角、距離86キロメートル」
「レパードより報告、火災は消し止めましたが魔力炉へのダメージが大きく航行不能、破口より浸水しつつあるとのことです」
ザクセン級やトライトン級にも、大ダコの攻撃が届き始めた。
ケーニヒスベルクは艦尾のヘリ甲板付近にプラズマ弾を受けて装甲表面が破裂しているがなんとか航行可能で、マイクロミサイルはCIWSマウザーパルスキャノンで迎撃している。
トライトン級はその艦級名が示す通りの三胴船体を持ち、適切な装甲傾斜によってプラズマ弾を弾き返すことができている。
前甲板には米海軍との共同開発である32ポンドレールガンが搭載され、これは弾頭重量32ポンド(15キログラム)のタングステン砲弾を砲口初速8000m/sで発射でき、射程距離も長く大ダコにも有効な攻撃である。
XJR級も、精密砲撃でまず敵の巨体を取り巻いている肉塊を引きはがす作戦を立てた。
肉塊が周囲を取り巻いている状態では本体に攻撃が届かず、ダメージが与えにくくなってしまう。艦数の有利を活かし、飽和攻撃で敵の防御を破る。
「!クーガー、後部マスト付近にプラズマ弾命中!」
再び艦隊が激震した。シールドが割れて飛び散った魔力残滓が、北海の寒風に吹き流されて空に舞う。
高度を下げて艦尾を海面に擦りつつ、クーガーは何とか姿勢を立て直そうとしている。
被弾し損傷した艦が2隻になった。このまま長期戦に持ち込まれるとこちらは不利だ。
「5インチ砲をマニュアル射撃で狙え!手数を減らすな」
「地球艦からの電磁投射砲、着弾します」
「まず敵の増加装甲を砕かなくてはならん。火力を惜しむな!」
大型バイオメカノイドの耐久力は驚異的である。これだけの砲撃を射ち込まれたら、通常戦艦であっても上部構造物がぼろぼろになり、まともな戦闘はできなくなる。
バイオメカノイドはその体躯それ自体が攻撃力でそして防御力でもあり、水上艦や次元航行艦のように脆弱なセンサーや砲塔部分などがない。
大ダコの周囲を取り巻く肉塊のうち、特に大きな6個が分裂して周囲に浮き上がった。これはビットのように、独自に移動して攻撃が可能なようだ。
ザクセン級とクラウディアはただちにこのビットを狙って砲撃を集中させる。
敵はおそらく、数の不利を悟って手数を増やす作戦に切り替えたと思われた。
打撃力で劣る地球フリゲートは、速射性を活かして敵の攻撃手段を減衰させる。その間に、攻撃力の高いスラヴァ級とトライトン級で本体にダメージを与える。
スラヴァ級の第3波攻撃が放たれ、大ダコがまき散らす弾幕を蹴散らしながら大型ミサイルが海面を疾走する。
放たれた8発のヴルカーンミサイルのうち2発が弾幕で迎撃され海面に落下したが、残る6発が海面高度のままホップアップせず、超音速のシースキミングで大ダコに命中する。
爆発の衝撃でちぎれて飛び上がった肉塊が、周囲に散らばって水柱を上げる。
クラウディアの砲撃で、ビットのうちの1基が破壊され残りは5基になった。
艦橋から、ウーノはミッドチルダ艦隊のうちの数隻が被弾しているのを見て取った。
もちろん地球側からもそれは見えているはずである。
「レパードは艦尾から水没しつつある──再浮上は望めんだろう」
光学望遠での観測で、着水したXJR級レパードは艦尾側の浸水がひどく、煙を上げている場所や魔力排気の様子から機関にダメージが及び飛行魔法の出力が上がらない状態になっていると思われた。
こうなってしまうと次元航行艦も普通の船舶と変わりなく、艦内への浸水を止められなければ沈没は時間の問題である。
「ミッドチルダは管理外世界での戦闘で艦を失うことになります──」
次元航行艦は高価な装備である。
いかにミッドチルダが次元世界有数の艦艇保有量を誇るといっても、そうやすやすとすり減らしていいものではない。
「地球艦の打撃力では敵大型バイオメカノイドを破壊するには不足です」
「地球側はこの相手に対して、管理世界に対する自分たちの優位性を示さねばならん。さもなくば今後の対バイオメカノイド作戦において立場が弱くなってしまう。
またそのために地球は機会をうかがっている」
「とすると、あの戦闘機編隊が?」
クラウディアのレーダーでは、大ダコの真上の成層圏で待機している米軍X-62編隊が探知されていた。
航空機としての性能は管理世界のものをはるかにしのぎ、武装はともかく、その機体サイズから予想されるペイロードも、プラットフォームとしてのポテンシャルはかなりのものがあると思われる。
「イギリスはグレアム提督の助言の元、大型魔力兵器の開発を行っていた。地球にそれが残されているということは、地球もまたかつての古代ベルカ時代の遺物が自国領土内に残っていることを把握している。
地球にとっては独自の魔法技術構築は絶対に成し遂げなくてはならないものだ。それによって、今後管理世界に関わっていくうえでの立場が決まる。
他の多くの次元世界のように、ミッドチルダまたはベルカに支配されていた過去を持たない世界がとる選択肢とは限られている──」
古代ベルカの勢力圏外にあった管理外世界は、管理局体制にもあまり積極的に参加していない。
地理的に距離が近かったオルセアが、先陣を切って反管理局同盟を作ろうとしている程度だ。
地球もまた、次元世界としては異例の、他管理外世界との交流が少ない立地であった。
地球は、その世界内で見つかるロストロギアを、自分たちの独力で処理しなくてはならない。
そしてそのためにも、先進各国は魔法技術の実用化を急いでいる。
避難民を乗せるための最後の艦載艇がアルザスに着陸し、ミッドチルダ海軍兵たちの誘導でアルザス市民が艇に乗り込んでいるとき、キャロとヴァイスはJF912型戦闘ヘリに乗り組み、上空直掩を行っていた。
ミッドチルダ海軍の本隊空母が到着するまで待てないので、今いるL級と、護衛の小型空母だけで凌がなくてはならない。
ヴォルテールの放つブレスは広範囲の魔力素を使用して励起させ、いっきに温度を上げて気化爆発を起こす。
やわらかい岩石質の甲羅を持つバイオメカノイドを粉々に破壊し、吹き飛ばしている。
それでも、押し寄せる個体量を食い止めきれない。
すでに数分前、別の陣地から応戦していた班が、陣地ごとワラジムシの群れに押しつぶされ、飲み込まれていた。
その跡がどうなったのか、上空からでは見えない。
「キャロちゃん、ヴォルテールをいったん戻せ!交代だ!」
ヴァイスがマイク越しに叫び、JF912の機体を低空へ降ろす。
本機には機首の旋回銃座に30ミリオートキャノンが装備され、大口径カートリッジを使用した射撃魔法を使用できる。
ヴァイスは自身のデバイスであるストームレイダーを本機に取り付け、精密射撃魔法を使えるようにしていた。
低空から、貫通属性が付与された機関砲弾が毎秒720発という猛烈な速度で撃ち出され、地面を抉るようにワラジムシたちを跳ね飛ばす。
大口径魔法弾が持つ運動エネルギーは凄まじく、ケイ素主体の殻を纏ったワラジムシたちは砂細工のように吹き飛んでいく。
ヴァイスがJF912による掃射をしている間にキャロはヴォルテールを呼び戻し、魔力の補充をする。
キャロの召喚術によって、ヴォルテールは短距離転移を使用して自身の機動力を超えた速度で移動できる。
バイオメカノイドが集まっている丘の向こう側にいる、1体の青いドラゴンにヴァイスたちは狙いを定めていた。
バイオメカノイドの中でも大型の個体は単独でもそれなりの知能を持ち、他の小さな個体を統率する能力があると予想されていた。
これまでの戦闘で、ドラゴンがワラジムシやアメフラシの集団を率い、上空からの指示で群れが一気に向きを変えて目標に殺到するような動きが観測されていた。
キャロたちが戦線に残されているのは、バイオメカノイドの行動パターンを可能な限り採取するという目的もある。
JF912のレーダーで、ドラゴンまでの距離はおよそ3700メートルと計測された。
敵のプラズマブレス攻撃は弾速こそ遅めだがとにかく威力が大きく、至近弾でもヘリコプターにとってはひとたまりもない。
『ヴァイス陸曹、民間人収容完了まであと2分です、なんとか持ちこたえて!』
「了解っ……どうだキャロちゃん、もう一回いけそうか!?」
避難民の誘導指揮をとっているギンガからの通信が届く。
管理局部隊の陣地は崖に囲まれた丘の上に設置され、飛行能力のないバイオメカノイドたちがよじ登るには時間がかかる。そこを狙って、敵の接近を阻むように応戦する。
「オーケーです、ヴォルテール!」
キャロの声にこたえ、黒い竜がワラジムシたちの真っ只中に突入する。
アルザスに生息する中では最大級の種族であるヴォルテールだが、これでも敵のドラゴンから見ると子供のようだ。
ヴォルテールは20メートルほど、敵のドラゴンは70メートル以上はあるように見える。
さらに敵のドラゴンは鉱石結晶とゴム樹脂のような不思議な質感をした体表をしており、色も毒々しい青紫色をしている。
「援護するぞ!」
「はいっ!!」
ヴォルテールの突進に合わせて、ヴァイスはJF912のオートキャノンを撃つ。
ベルト式の給弾装置がうなりを上げて大口径30ミリカートリッジを供給し、激しい魔力光とともにワラジムシたちが弾き飛ばされる。
踏みつけられたヴォルテールの足元で、アメフラシが炎を吹いている。
アメフラシは口のような器官から火を吹き出すことができ、これは摂取した土や肉などから油脂を抽出して噴射しているものだ。ナパームのような焼夷油脂で足を焼かれながらもヴォルテールはバイオメカノイドたちを蹴散らしている。
プラズマ弾を吐きながらドラゴンが飛び掛ってきて、三つある首の両側を使ってヴォルテールにつかみかかる。
ヴォルテールも至近距離からのブレスで応じ、二体の巨獣の間に激しい爆炎が噴出する。
ドラゴンがヴォルテールに組み合ったとき、周囲にいたワラジムシたちがにわかに進行方向をそろえ、進撃を始めた。
その向かう先には、まさに避難民を収容している上陸艇がいる。
「まずい、敵が別方向から来る!」
「キャロちゃん、ヴォルテールを戻して!」
ギンガが指示を飛ばす。キャロはケリュケイオンを構えるが、ドラゴンと組み合ったままの状態では呼び戻せない。
ドラゴンは左右の首でヴォルテールの両肩を押さえ、残った真ん中の首でヴォルテールの首筋に噛み付こうとしている。
ヴォルテールは頭を振ってドラゴンの攻撃を阻み、散らばるドラゴンの体液がヴォルテールの皮膚にかかって白い煙を上げている。
「ヴォルテール、ギオ・エルガ!」
組み合ったままの状態から気化爆発を起こす。ヴォルテール自身へのダメージもかなり入ってしまうが、周囲の敵を一気に吹き飛ばせる。
ヴァイスは爆風にあおられないようにJF912を操縦し、突っ込んでくるワラジムシの大群を迎え撃てる位置に機体を持ってくる。
「各班、目標方位2-2-0!敵の大群が向かってきます、優先撃破を!」
「了解!」
ヴァイス機に続き、他のJF912もそれぞれの方角から攻撃を行う。
JF912型は大きなペイロードと高い飛行速度を持つ戦闘ヘリで、左右主翼には対地ロケットランチャーが搭載できる。
パイロットの得意とする分野ごとにさまざまなオプション武装を搭載することができ、ヴァイスのようにライフル砲主体に組んでいる者もいれば、広域攻撃魔法主体のランチャーをたくさん装備する者もいる。
「撃ちますよヴァイス陸曹、自分の後に続けてください!」
別のJF912から炎熱属性を付与した魔導榴弾が連続発射され、ワラジムシの群れの先頭で炸裂する。
左右に散らばるワラジムシを、ヴァイスと他のオートキャノン装備のJF912が掃射する。
「ヴァイスさん、こっちは私が食い止めます!」
キャロの声とともに、ヴォルテールがワラジムシの群れに突っ込む。両手両足を使って地面を抉り、バイオメカノイドたちをなぎ倒す。割れたバイオメカノイドの外骨格から体液が噴き出して、キャロとヴォルテールに降りかかる。
潰れるワラジムシの体節からはみ出した神経が破裂して、ゲル状の粘液が飛び散る。
粘液は空気に触れるとすぐに発火して重油のように燃える。
空気に晒したリンゴが萎びるようにどす黒く変色した粘液を浴びる。
ヴォルテールは勢いをつけてドラゴンを蹴倒し、一時的に敵の隊列が乱れる。
『収容完了した艇からただちに発進!ヴァイス陸曹、私たちも撤退の準備をします』
「待ってくださいギンガさん!まだ、敵が残ってます──」
『キャロちゃん、無茶はしないで!』
ワラジムシの群れの中から戦車型が飛び出してきて、荷電粒子砲を撃つ。
ヴォルテールはすかさずその射線に割り込み、身体を張って敵のビームを受け止めた。キャロはラウンドシールドを同時に展開していたが、シールドごと炸裂した重粒子ビームが爆発し、魔力残滓を激しく撒き散らす。
ヴォルテール自身もかなり傷が増え、ダメージが蓄積している。
キャロの魔力によって治癒が加速されているが、それでも痛みは同様に受ける。
振りかぶったヴォルテールの左腕を、戦車型のビームが貫通する。
堅い皮膚がはじけるように鮮血が散り、その勢いのままヴォルテールはワラジムシたちにラリアットを打ち込む。なぎ払われたワラジムシが戦車型にぶつかってビームが空を切りながら転がって崖を落ちていく。
「!ヴァイス陸曹、上空からッッ──」
念話越しのギンガの声が、ノイズにまぎれて途切れた。
空中に上がった戦車型のビームが流れ弾となり、上昇中の上陸艇に命中した。
避難民を満載していた上陸艇のうちの1機がバランスを崩して、破片を撒き散らしながら墜落してくる。
地上近くの低空にいたヘリ部隊はすかさず回避するが、散らばった大きな破片が、ヴァイスの乗るJF912を直撃した。
「ぐおっ!!っち、くそっ──メインローター損傷、だめか──!!」
立ち木に機体を当てながらなんとか体勢を立て直そうとするが、ローターの翅が歪んでしまったらしく揚力が得られない。
転げないよう手すりにつかまりながら、キャロは掛けていた安全帯を外した。
「キャロちゃん、何を!?」
「ヴァイスさんはフリードに乗って!この機体はもうだめです」
「でも」
「急いでください、また撃たれたら間に合いません!」
JF912は右に傾いだ状態で地面に機首から突っ込んでいる。キャロはヴォルテールを呼び戻し、肩に飛び乗った。
ヴァイスは機体からストームレイダーを取り外し、同じく呼び戻されたヴォルテールにくわえてもらって背中に乗る。
他の戦闘ヘリたちも上空から降り注ぐ破片を避けて一時的に散らばってしまい、再び先頭に戻るまでにわずかな隙が生じている。
流れ弾を受けて墜落した上陸艇はヴァイス機から350メートルほど離れたところに落ち、ワラジムシたちが群がっている。
あの中にはおおぜいの民間人がいるはずだ。
彼らを救うことはできなく、ただ見届けるしかできない。
最後の上陸艇が離陸し、戦車型の砲撃を警戒して低空で位置を変える。
「ヴォルテール、もう少しだけ、がんばって──」
ヴァイスを乗せたフリードが離脱するのを待ち、ヴォルテールは再びギオ・エルガを放つ。
周囲の地面が丸ごと砕け飛ぶほどの大爆発が起き、群がっていたバイオメカノイドが空中に吹き上げられて転がる。
距離が離れていてブレスをかわした敵の三つ首ドラゴンは、爆発が収束するのを待ってヴォルテールに突進をかけてくる。
「キャロちゃん──!!」
「急いで!」
ワラジムシに踏まれて残されていた陣地の中で、手榴弾やオイルがところどころで誘爆している。
ヴァイスもフリードの背中からストームレイダーで戦車型を狙い、荷電粒子砲を撃たれる前にスナイプショットで仕留めていく。
「ギンガさんに連絡を!」
『ヴァイス陸曹、聞こえますか!』
「はい曹長!キャロちゃんが殿をつとめます、上陸艇の離脱を急いでください!」
『っ──わかりました!全機、急速上昇!離脱します!』
上陸艇が雲の上に飛び出していったのを見届け、キャロはあらためて周囲を見渡した。
ヴォルテールのギオ・エルガによって周囲はほとんど更地のようになっており、ここがかつて穏やかな草原だったとは思えないような、泥と炎の沼と化していた。
ぬかるみの上で、ワラジムシは追いかけるべき目標を見失いゆっくりと動き回っている。
上陸艇がすべて離陸したので、敵はおそらく人間のリンカーコアを探せなくなった。
さっきまで周囲にたくさんの魔力反応があったのが消えてしまったので、あとはいずれ、キャロとヴォルテールの反応を見つければ向かってくるだろう。
ワラジムシの群れに押し潰された他の班の陣地には、タントとミラもいた。
キャロがアルザスに戻るというので見送りに来ていたが、避難民の収容中にバイオメカノイドの襲撃が始まりそのまま取り残されていた。
ここで全ての魔導師が上空へ上がってしまうと、バイオメカノイドは必ず上空の艦を狙って動き始める。
自分が地上にとどまることで、敵の狙いをそらすことができる。
アルザスが襲撃されたという報せを聞いたときから、自分の胸のうちにもやもやした感情が澱を沈めていた。
管理局員として、どこの次元世界であっても分け隔てなく守らなくてはならない。
そうなったとき、自分は自然保護隊として不適格だという感情が浮かびあがった。
アルザスが全滅すれば、フリードやヴォルテールをはじめとした、アルザスにしか生息していない竜族もいずれ絶滅する運命が待っている。
他の世界には交配可能な竜族がいないので、フリードとヴォルテールの二頭が寿命を迎えてしまうと、もう竜族の子供はいなくなる。
また、もし他に竜族の生き残りがいたとしても彼らの体内にバイオメカノイドが寄生していないという保証はなく、人間でさえすべて救出しきれなかったのに竜にまで手を出すことはできない。そんな余力があるならまず人間を助けろとなる。
捨て鉢な考えだ、というのならそうなのかもしれない。
しかし今のキャロには、これまであえて考えないようにしてきた、アルザスのル・ルシエの里に対する思いが、拭いようもなく心を曇らせているのがはっきりとわかっていた。
アルザスが放棄されるということは、アルザスにしか生息していない種類の生き物も放棄されるということである。アルザス国民だけではなく、アルザスの固有種である竜族や他のあらゆる動植物が、もうまもなく絶滅する。
竜がいなくなってしまえば、召喚士としての能力はほとんどが使い物にならなくなる。
そうなった状態で、果たして自分は生きていていい人間なのか。今さらのように疑問が浮かび上がっていた。
思い返せば、今までの自分は常に戦いと共にあった。アルザスで召喚術を学んでいた頃、管理局に拾われ自然保護隊に所属していた頃、そしてフェイトの元で機動六課に所属していた頃。
召喚術とはアルザス土着の強力な戦闘魔法である。
たしかに魔法が使えなくても生きていく道はある、あるが、それでもキャロは自分の身の置き方を、戦いから切り離すことができなかった。
それはフェイトも心配していたことであるし、機動六課が解散した後、EC事件に伴ってエリオが自然保護隊を離れ捜査官に転職したことも影響していた。
エリオは、自分の能力を生かすこと以上に、管理局員として働くことに生き甲斐を感じていた。
自然保護隊の任務とは、管理世界における希少動植物の観察保護であり、環境保護としての意義以上に、次元世界に分布する魔法生命体の観測をも任務としていた。
数多ある次元世界の中で、特に観測指定世界と呼ばれる世界には管理局または次元世界海軍の哨戒艦が配置されていないケースはあっても自然保護隊が赴かないケースはない。
その理由とは、次元世界における希少生物とはロストロギアが製作運用されていた頃から生きている種族だからである。
彼らの遺伝子には、ロストロギアの影響が多かれ少なかれある。
アルザスに住む竜族や、他の大型生物は、かつて超古代に改造された人造生命なのではないかという学説は、古生物学会でも常に一定の支持を集めていた。
ここにきてバイオメカノイドなる種族が突如次元世界に現れたことにより、これこそがロストロギアの時代から生きていた伝説の巨大怪獣であるという説が、驚異的な確実性を持って浮上してきた。
かつて地上を支配していた恐竜のように、バイオメカノイドが全次元世界を支配していたことがある。
何らかの原因でその支配が崩れた後、間隙を突くように人類が進化し繁栄してきた。
キャロが今まで、任地となった多くの世界で観測したデータを集めるとそういう結果が導かれていた。
まただからこそ、アルザスでは召喚士を神職と位置づけ、竜を崇める文化が生まれた。
不思議な懐かしさを覚えている。
燃える大地と、蠢く虫たち。
バイオメカノイドは外骨格の形態をとるため外見は虫か甲殻類のように見える。
ここは地獄のようだ。
だが、不思議な安らぎがある。
ヴォルテールの意識に溶け込んでいくように感じる。
アルザスの大地は、もうすでにバイオメカノイドに飲み込まれつつある。
今、自分が管理世界に戻ろうとするなら──今度こそ、ミッドチルダは滅ぶ。
バイオメカノイドが持つ侵食性は、竜や人間に寄生して移動することを可能にする。
バイオメカノイドの本体は小さな金属粒状の制御ユニットであり、ワラジムシやアメフラシの外見は、ヤドカリが背負う貝殻のようなものだ。
伝染病患者のように、バイオメカノイドに触れた生物は隔離されなければならない。
もし竜が寄生されていれば、その竜を使役する召喚士を経由してバイオメカノイドが広まってしまう。
クラナガン宇宙港でも、中央第4区でも、バイオメカノイドが爆発的な増殖を見せたのは、無機物に溶け込んで増殖し、いちどに肉体を生成することが可能だからだ。
休眠時には肉体を使わずに金属粒だけの状態で眠り、そこからワラジムシや戦車型の身体を取り出すのはすぐにできる。
だからこそ、地上に出現する直前まで、おおぜいの人員を投入して捜索していたにもかかわらず発見できなかったのだ。
戦闘時には硬い甲羅を持った身体になり、移動時には粘性を持ったスライムになる。
倒しても倒しても生まれてくる。
今やアルザスは、惑星そのものがバイオメカノイドの巣になってしまった。遠くの山肌で、火山の噴気孔のような疣が地面に現れ、そこからバイオメカノイドの幼生が這い出してきている。
地面を掘り進んで卵を産みつけたバイオメカノイドたちが、孵化して地上に飛び出してきている。
「ギンガさん、聞こえますか」
念話通信機で上空のギンガを呼び出す。ギンガの乗った艇は上空のL級に戻り、他の艇の収容作業を急いでいる。すべての艇を収容したら上昇して軌道上を脱し、別に待機している空母に避難民を移す。
『キャロちゃん!?まだ地上にいるの!早く、戻らないと間に合わなく』
「私がここで敵を食い止めます」
ギンガの叫びを、キャロは落ち着き払った言葉で遮った。
ヴォルテールは油断なく周囲を見渡し、空を狙っている戦車型を見つけてはそこへ砲撃を撃ち込んでいる。
さらに山の向こうからはガに似た姿を持つ飛行型のバイオメカノイドが現れ、銀色の毒粉を撒き散らしながら上空へ飛び上がろうとしていた。
「今のうちに早く軌道上を離れてください、できるだけ遠くへ。
バイオメカノイドはもうアルザスに深く食い込んでます、表面を撃つだけじゃあ敵は倒しきれません。
それに──ギンガさん、もし船内で、バイオメカノイドに寄生されている人間が見つかったら、それを躊躇いなく宇宙空間へ放り捨てることができますか?」
念話通信機の向こうで、言葉を詰まらせるギンガの息遣いが聞こえる。
「私もヴォルテールももう帰れません。魔法の出力がいつになく上がってる理由がわかりました、バイオメカノイドは人間よりもずっと効率のいいリンカーコアを持ってます。
私の中で、リンカーコアが増幅されてます、数が増えてます」
『キャロちゃん……でもっ!』
「幸いまだ意識ははっきりしてます、私は意識が続く限り魔法を撃ち続けます、もし私が上空へ上がろうとしてたら──」
ケリュケイオンのグローブの下で、手のひらから黒い油のようなものがにじみ出て、垂れ落ちてきていた。
「もし私が上空へ上がろうとしていたら、迷わず撃ち落としてください。その時にはもう私は私でなくなっています」
『そんな……っ』
ギンガならずとも思うことである。
管理局で長年働いてきているとはいえ、キャロはまだ若い少女なのだ。
そしてその生まれも育ちも、けして恵まれたものではなかった。
アルザスの召喚士として、物心もつかぬうちから厳しい修行を積み、派閥争いに巻き込まれ、放浪の生活を送ることになっていた。
そして今、生まれ故郷だったはずのアルザスに戻ってきて、しかしそこで生還の見込みのない退却戦に赴く。
ヴォルテールの放つ大地の咆哮は、軌道上からでも見えるほどの激しい爆発を起こし、大気に衝撃波を発生させ、垂れ込める雲を吹き飛ばしていた。
その様子は軌道上に待機するL級巡洋艦からも見えていた。
赤い爆発が連続してきらめき、しかし次第に閃光の勢いが小さくなっていく。
吹き飛ばされた雲の向こうに、ヴォルテールの黒い体表に取り付く無数のワラジムシがうごめいているのが見えた。
フリードに乗って上陸艇に追いついたヴァイスも、この距離からでは地上の敵を撃つことができない。攻撃が届かない。
つい数分前まで上陸艇が着陸し、避難民が集まっていた丘の上の陣地は、地面に重油を流し込んだように、黒いオイルのようなバイオメカノイドの群れに飲み込まれつつあった。
やがてすべての上陸艇がL級巡洋艦に収容され、合わせて3隻のL級はさらに離れた公転軌道上に待機している空母への移送作業にかかる。
入れ替わりに、ミッドチルダ海軍の空母機動部隊による全土空襲が行われ、地上にいるバイオメカノイドを殲滅する。
ただし空母部隊が到着するまでには日数を要する。
それまで、アルザスの地表にはバイオメカノイドしかいなくなる。
アルザス上空1万9500キロメートルの静止軌道上で、ギンガは、アルザス地表にそれまで続いていたギオ・エルガの発砲炎が見えなくなったことを確認した。
次元間航路を航行していたミッドチルダ海軍空母機動部隊は、新たな次元断層の出現を観測していた。
断層の規模から、次元間航行を行っている小型艇のような物体が位相欠陥トンネルを通過していることが予想された。
しかし現時刻に当該宙域を航行予定の船舶は無く、また他の次元世界からも距離が離れすぎていることから、個人所有の航行船ということは考えにくい。
時空連続体の観測から、小型艇らしき物体は第97管理外世界へ向かったことが確かめられた。
地球からの距離、およそ40万キロメートル。
次元間航行を経て直接地球宙域に現れた小型物体は、月近傍をかすめてまっすぐに地球へ向かっていった。
大きさは5メートル程度。
銀色の戦闘機のようなフォルムをした物体は、しかしよく見ると折り畳まれた手足のようなパーツが見える。
CIA長官トレイル・ブレイザーは、イギリスに赴任中のFBI捜査官マシュー・フォード宛てに、緊急の暗号電文を送った。
現地のCIA担当官が電文を受信し、暗号を解いてから内容をフォードに送り届けるまでにはどんなに早くても数十分はかかるだろう。
間に合えばいいが、と、ブレイザーはノートパソコンの画面に表示させた地球外飛行物体の追跡画面を見ながら思案する。
“アドミニストレーション・ビュロー”──時空管理局を名乗る異星人の組織からアメリカ宛に、秘密の通信が送られてきていた。
異星人側の担当官の署名が記されている。
その名前は、“時空管理局軍令部総長レティ・ロウラン”。彼らの組織──いうところの“管理局”において、今回の宇宙怪獣対策──対バイオメカノイド作戦を中心になって進めている将官の名前だ。
肩書きから察するに、部隊編成などの人事を統括する人間であると考えられる。
異星人からのコンタクトは、アメリカにとっては心強い後ろ盾となると同時に、国内外問わず地球に対して混乱をもたらす諸刃の剣でもある。
異星人が地球にやってきているという事実は、殊更に過激なマスコミ、もしくはヒステリックな反アメリカ団体の反応を招く。
いわく、アメリカは宇宙人と密約を結んで彼らが人間を実験体として攫う手助けをしている。
いわく、アメリカは宇宙人から提供された科学技術を使って地球を支配しようとしている。
それらの噂のすべてが根拠のない妄想とも言い切れないものではあるが、現在のところ、この地球という星は異星人たちにとっては肩身の狭い世界であることは確かだ。
今回のコンタクトで、現在フォードと共にいるはずの異星人の捜査官たち──エリオ・モンディアル、ウェンディ・ナカジマ、チンク・ナカジマの3名に危害が及ぶことがないよう、CIAは彼らを警護しなくてはならない。
ブレイザーの元に届いた報告で、昨日、ケネディ国際空港を飛び立ちヒースロー空港に向かった大晦日最後の便で、4名のFBI捜査官がイギリスに入国したことが確かめられていた。
彼らが、エリオたちを狙っていないとは言い切れない。
むしろ現在の情勢では、エリオたちが狙われている可能性を真っ先に考慮すべきである。
北海に落下した敵宇宙怪獣──バイオメカノイドとの戦闘で、ドイツ海軍のフリゲートが攻撃を受け損傷したという。
地球外に起源を持つ物体の攻撃により、地球が被害を受けた。
これは揺るがしようのない事実だ。
これに対して、ドイツを含むユーロ諸国、そしてソ連、アメリカ、中国、日本など──主要諸国は、足並みをそろえなければならない。
地球はまず意思統一をしなくてはならない。
各国がばらばらに動いていたのでは異星人たちも対応に困るだろうし、何より地球人類のためにならない。
使い古されて陳腐になったフレーズを思い浮かべ、ブレイザーは重いため息をついた。
現実は、スペースオペラのように単純にはことが運ばない。
地球に向かってくる飛行物体は、猛烈な速度でヨーロッパ上空、おそらく北海を目指している。
その場合、攻撃目標は一つしかない。
地球に落下した大型バイオメカノイドである。
この未確認物体は小さな人型ロボットの姿をし、異星人の母星にも現れ、大型バイオメカノイドを単独で撃破するという戦果を挙げている。
異星人たちもこのロボットの正体に関してはつかみきれていなかったらしく、グレアムが送っていたイギリス国内で発見された自動人形の資料を改めるまで気づかれなかったという。
あのロボットは、現在イギリスが修復中の機動兵器エグゼクターの、現存する唯一の機体である。
管理局が進めるエグゼキューター計画に基づいて建造された機動兵器である。
管理局提督、レティ・ロウランは、アメリカに宛てた正式な文書の中でそう回答していた。
アメリカ政府内でも、異星人、管理局との折衝ができるのは実質ブレイザー一人、といった状況である。
異星人たちの組織──次元世界連合、地球においては国際連合に当てはまるであろう──では、従来のシステムでは実現できない強大な戦闘力を欲しており、それは未知の脅威に対抗するためのものであるとされた。
すなわち、異星人たちの組織において“ロストロギア”と呼ばれる、超古代文明が残した遺物である。
異星人たちの住む惑星では、突如起動したロストロギアによって甚大な被害がもたらされる事故が数多く起きており、これに対抗できる力を手に入れることが待望されていた。
エグゼキューター計画とはそのために立ち上げられた。
ロストロギアたる超古代文明の遺した機動兵器を復元し、ロストロギアに対抗するためである。
しかしその過程で、超古代文明の時代に猛威を振るったであろう未知の宇宙怪獣が生息する惑星が目覚めてしまった。
管理局はただちにエグゼキューターを送り込み、鎮圧を試みたが、現時点で建造できた機体が1機だけということもあり対処は困難を極めているとのことだ。
エグゼキューターはさらに地球へ向かった宇宙怪獣──バイオメカノイドの無人機動要塞を追い、地球に現れた。
ギル・グレアムを経由してイギリスで行われていたエグゼクターの復元計画に手を貸していたのは、エグゼキューターの戦力をいち早く整備するためである。
およそ1万年から2万年程度の昔であるとされる超古代文明の時代、異星人たちが第97管理外世界と呼ぶこの地球は当時の宇宙で最強レベルの科学技術を有しており、名実共に宇宙を支配していた。
異星人たちの持ち込んだ情報に記された当時の宇宙船などの記述から、確かに地球で発見された古代遺跡の中にはそのようなものがあった。
古代インド、メソポタミア、アララト山、大西洋アトランティスなど──、地球人類が未だ解明していない古代の遺物は多数が眠っている。
イギリスで発見されたエグゼクターもそのひとつだ。
それは、今まさに地球に向かっている異星人の超兵器、エグゼキューターの、いわばオリジナルとも呼べる機体である。
神話の時代、かつて人間は天から降りてきた神と共に戦った。それは現代の言葉に訳せば、宇宙を自在に飛び、さまざまな星を渡り歩いていた、ということになる。
地球には、地球人類も知らないオーパーツ、ロストロギアが眠っている。
そしてそれは、かつてない脅威に次元世界人類が立ち向かうための武器となる。