EXECUTOR ■ 16

■ 16

 

 

 周波数帯域を調整された特殊なLEDランプが、フロアを冷たく照らしている。
 可視光線以外の電磁波をほとんど出さず、紫外線で肌を焼かれることも、赤外線で熱せられることもない。純粋な可視光線の明るさは、とても冷たい光だ。
 時空管理局本局技術部では、巨大戦艦インフィニティ・インフェルノから回収されたバイオメカノイド、グレイの生体分析を行っていた。
 スバル・ナカジマ、ノーヴェ・ナカジマの戦闘機人2名も、インフェルノ内部での戦闘で磨耗した機人パーツの点検のために技術部に滞在していた。
 クラナガン宇宙港での緒戦で片脚を失ったスバル、またその生理特性から機械パーツの消耗が激しかったノーヴェはインフェルノ内部での戦闘でもかなりのダメージを蓄積しており、精密検査が必要と診断された。
 シャーリーとシャマルが製作した装着型マッハキャリバーも、急ごしらえのシャーシが応力集中を受けていないかなどを調べる必要がある。実際に義足を着けての格闘戦となると通常の想定を遥かに超える荷重が掛かることが考えられるため、これへの対処も必要だ。
 ノーヴェに関しては、査察部との検討の結果、スカリエッティの手により再び肉体強化措置がとられることになった。

 しかしそれは今後、ノーヴェが一般市民としての生活に──少なくとも年単位で──戻れなくなることを意味する。
 戦闘機人技術の開発当初には、もちろん改造施術を受ける者が日常生活に支障をきたさないようにすることが前提とされたが、この限界を超えて肉体改造を行い、兵器としてのみ稼動する人間というプランも考案はされている。
 さすがに倫理的な問題から実現はしなかったが、その発想は姿を変えてSPTに受け継がれたといってもいい。
 人間が着る“装甲服”のイメージとしてSPTは作られたが、それを小型化して体内に埋め込んだものが、そもそもの戦闘機人の概略だ。
 体内に機械を埋め込むことは拒絶反応などの問題もあり技術的ハードルが大きいが、機械仕掛けの服を着るだけならばそのハードルははるかに低くなる。
 戦闘機人の体内にある機械部品を体外に出して大型化し人間を包み込めるようにしたのがSPTというものだ。

 スカリエッティは聖王のゆりかご内部に残されていたいくつかのプラントを分析した結果、これらが生体融合機械を製造する機能を持っていることを突き止めた。
 古代ベルカ時代、聖王家が行っていた肉体強化およびクローン技術とは、すなわち生体融合機械を作成することである。
 このプラントを使用すると、高エネルギー魔力結晶であるレリックを動力とした人体を作成することが出来る。このとき、レリックは人体と直接融合する。
 レリックの組成としては通常の魔力結晶と同じように、魔力素の粒子寿命が特に長い(数百ナノ秒オーダー)ケイ酸塩鉱物であるが、これがケイ素と炭素を相互に交換する。
 魔力結晶とは魔力素を溜め込むことのできる結晶分子である。通常の魔力素は大気中での粒子寿命は数ナノ秒程度、真空中では数十ピコ秒と非常に寿命の短い粒子だが、特定の物質中では寿命が長くなり、特にその寿命が長くなる物質が魔力電池の材料として利用される。
 金属結晶の多くは酸素を含むので、これも魔力により人体と融合する。
 これらの鉱物を使用して生体融合機械は作成され、それは惑星TUBOYで発見されたバイオメカノイドの化石の成分とも一致した。
 そして聖王家ではレリックに含まれる魔力を使用して強力な術式を使用する技術を開発した。これがレリックウェポンシステムである。
 かつてスカリエッティグループと交戦した管理局地上本部の魔導師たち──ゼスト・グランガイツ、クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノらに対してもこの技術による強化措置が行われ、とくにゼストはその効果をよく発揮した。
 スカリエッティはこの生体融合機械をもとに戦闘機人を開発するプランを管理局に対し提出したが、それは却下された。
 このとき、最高評議会は生体融合機械には安定性に問題があるとして採用を見送った。だが実際のところは、ヴィヴィオが指摘したようにヒトよりも強力な人工生命を作ってしまう危険を恐れたためというものだ。
 最高評議会の意向のもと、レジアス・ゲイズは正式に素体調整型サイボーグとしての戦闘機人技術を採用することを決定し、スカリエッティに最終的な要求仕様書を提示した。
 この計画指示に基づき、スカリエッティは技術実証機としてナンバーズの製作に取り掛かることになる。

 本来管理局が発注していたこの戦闘機人プロジェクトに関する研究データは、当然、管理局技術部でも共有が行われていた。
 JS事件によってスカリエッティが逮捕されてからも、そのデータは破棄されずに保管されていた。
 新暦76年中ごろまでは活動凍結状態にあったが、管理局の方針としてスカリエッティとナンバーズに対して司法取引を行うことが決定され、戦闘機人プロジェクトはひそかに、そして即座に再開された。
 ミッドチルダ、そしてヴァイゼンが主導する戦闘機動兵器プランに対する管理局の回答として、戦闘機人は開発が継続された。
 次元世界連合は、外宇宙探査による未発見のロストロギアの確保と、無人世界での資源探索をすすめ、ミッドチルダは勢力の拡大を図った。その思惑は、JS事件によって表向きには解決を見たとされる“預言”の真実を探るものである。

 ノーヴェにとっては今さらのように驚愕をもたらすものであった。
 自分たち、ナンバーズの身体を調整できるのはスカリエッティだけだと思っていたのだ。管理局の掛けたリミッターはあったが、身体の強化改造をできるほどの技術は管理局にはないと思っていた。
 スバルも、取り急ぎ戦闘能力に直結する視覚の確保を行うため顔の傷を治療し、両目とも満足に動かせるようになった。ただし美容的な観点からの修復は後回しにされたため、依然として顔や胸には火傷のような傷跡が生々しく残ったままである。

「ノーヴェ……、具合はどう?」

 併設されている病院のロビーで、長いすに座って俯いていたノーヴェにスバルは声を掛けた。
 非戦闘時には、マッハキャリバーは待機状態に戻すが、左脚だけはバッテリー式の義足を常時展開するようになっている。

 スバルの呼びかけに、ノーヴェは酷く疲れた様子でゆっくりと顔を上げた。

「うん……大丈夫、だ……たぶん、違和感はすぐに消える」

「フレームも強化してるって」

「組み込んだばっかだから、ちょっと関節の動きが渋くなってるけどな。2、3日は激しい運動を避けてアクチュエーターを慣らせって」

 兵士として、体重も戦闘に影響を与える要素である。
 軽すぎれば踏ん張りが利かなくなるし、重すぎても不整地や脆い足場の場所での行動に支障を生じる。
 戦闘機人はもともと通常の人間よりやや重いが、それでも12パーセント以内の重量増加に抑えられた。

 ヴォルフラムを降り、本局の奥深くにあるこの技術部実験区画へカプセルを運んできてから、36時間が経過した。
 フロアのゲートは重く静かに閉じて佇んでおり、少なくともここ3時間、人の出入りはまったく無い。中にいるはずの職員や技術者たちも、外に出てきたり、新たに入っていったりという気配が無い。
 機動六課に配属されたばかりの頃、顔見世ということで一度だけ、はやてに連れられて入り口までは来たことがあったが、中に入るのは今回が初めてだ。
 そのときから少し変わった空気の部署だとは感じていたが、今ははっきりと、異様な雰囲気に包まれた場所だと理解できる。
 カプセルの受け渡しを行った技術者と、同行していた事務職員の風体は、思わず目を疑ってしまうほどの澱んだ表情だった。映画やテレビドラマなどでステレオタイプに描かれているだけだと思っていたマッドサイエンティスト、という表現がしっくりくる。
 スカリエッティはあれで十分まともな──人格的な意味で──人間だったのだ。
 もちろん民間の技術者や、普段それぞれの部隊に配属されて整備を行っている技術者たちは、ごく普通の人間だ。
 だがここだけは違った。
 ロストロギアという、管理局の中でも特に機密に類される物体を扱う場所である。それゆえ、ここに配属されるということは一生ここから出られないことを意味する。いくら情報管理を行っても、人間である以上漏洩の危険を100パーセント無くすことはできない。
 ここにいる人間は、外界から隔絶されている。

 どんな世界、業界にもそんな領域はある。
 休暇で家に帰ったとき、姉ギンガや父ゲンヤと団欒するときなど、話題に出す中でそれはうすうす感じていた。
 父も姉も、仕事の上で、守秘義務として話すことの出来ない情報というものは当然ある。
 特にギンガは陸士部隊の参謀としてそれなりに作戦立案にも係わる仕事をしているので、さまざまな関係各省の人間と会う機会がある。
 たとえばEC事件のときに装備の提供を行っていたカレドヴルフ社などでも、その内部事情など外から見える部分はほんの氷山の一角だろう。事実、今回の事件の発端となったのは惑星TUBOYに派遣されていた同社の調査船団である。
 さまざまな軍需企業が発表する新製品に使われている技術がどこから入手されたかなど、知ることの出来る人間はごく限られている。
 その裏の事情がどうあれ、カレドヴルフ社は事実として、惑星TUBOYからバイオメカノイドをミッドチルダに持ち込んでしまった。
 宇宙港と中央第4区、クラナガンでの2回にわたる戦闘でそれはほぼ殲滅されたと思われるが、未だ予断を許さない。

 カレドヴルフ社は、十数年前より開発が進んでいた第5世代魔導デバイスの決定版として、スタンドアロン・サイコ・トラッカーと称する装着型デバイスの売り込みを行っている。
 ミッドチルダ海軍でいち早く制式採用され、ヴォルフラムでも、高町なのはとヴォルケンリッター・ヴィータがまず受領し実戦出動を行った。
 大容量魔力電池を搭載するSPTは強力な戦闘力を発揮し、バイオメカノイドと互角以上に渡り合える力があると確かめられた。

 ノーヴェは回想する。
 手術用の麻酔を掛けられ、ベッドに横になっていた間、傍らにスカリエッティが立っていたような気がした。
 JS事件後の裁判によって有罪が確定し、ウーノ、クアットロら一部の姉たちと共に軌道拘置所に入れられていたはずだった。
 しかし、その実はひそかに管理局に引き抜かれ、極秘のプロジェクトに携わっているとはやてから聞かされた。
 管理局が再びスカリエッティを利用しようとした意図は定かではない。何か、彼にしかない技術や知識を必要としているのか、ともかくそこまでははやてでもわからないと言われた。
 ジェイル・スカリエッティという人間は、自分にとって何だったのだろうかと、ノーヴェは今さらのように疑問を胸に抱いていた。
 父親といえば、自分を創った人間としてはそうなのかもしれない。
 少なくとも、ナンバーズ時代は、家族という体裁をとっていたのは事実だ。
 血のつながりは無いが、少なくとも、スカリエッティは自分たちナンバーズを娘と呼んでいた。

 すべてが今さらだ。
 あの男の心が読めない。いや、あの男に心という概念はあるのだろうか。

 さまざまな念話の雑音が流れ、その中に、聞き覚えのある声や言葉が混じっていた。
 麻酔が効いてまどろんでいく意識の中、自分はいったい何を指針に生きていけばいいのだろうという思いが渦巻いていた。

 スバルはノーヴェの隣に座り、そっと膝を寄せる。

「触って」

 そっと、手を置く。
 魔力によって形成された金属は、シリコンのようにつるりと、高い柔軟性とわずかな粘着性を持ち皮膚のようにふるまう。

「これは私の身体だよ」

「スバル……」

 伸ばした前髪に隠れてやや目立たなくなっているが、それでも近くで見れば火傷のように縮れて硬化した皮膚が傷跡をつくっている。
 真皮までバイオメカノイドの体液が浸透し肉が焼けたため、このまま放置していても自然治癒はしない。
 形成外科治療により、健康な皮膚を移植して組織を再生しなくてはならない。
 ミッドチルダでは医療技術の進歩により必要な生体組織もクローニングで比較的簡単に作成できるが、それでも処置を受けるには1ヶ月単位での通院が必要である。現在のスバルにはそのような時間的余裕は無い。

「私はへこたれてなんかいない、やるべきことはきちんと見えてるよ」

「本当か……?あたしたちは、これからどうやっていけばいいんだ……?」

「ノーヴェ、大丈夫だよ……私を信じて」

 膝の上、マッハキャリバーがある左膝の上に置かせた手をそっと重ねて握り、スバルはノーヴェに語りかけた。
 タイプゼロ・セカンド。
 ナンバーズ時代、スカリエッティからそう教えられた。スバル、ギンガのナカジマ姉妹は、スカリエッティが製作したナンバーズ型戦闘機人のプロトタイプのような存在であり、正体不明組織が製作した戦闘機人である。
 技術的には一世代前に当たるが、だからといってローテクではない。未知の技術が使われている可能性がある。
 そのためにスカリエッティはJS事件の際、ギンガ・ナカジマの拉致を指令し、そしてスカリエッティとウーノが分析に当たった。
 ナンバーズ13番機として稼動した際、いくらかの情報を収集し分析することに成功していたはずである。
 そのギンガも今は管理局に復帰し、陸士部隊で任務についている。
 スバルとノーヴェは、共に特別救助隊で働いていた。戦闘機人として最初からスカリエッティのために作られ、正しい教育を受けられなかったとの判決が下り、更生プログラムを経て管理局に入った。
 自分の持って生まれた力を世の中のために役立てる仕事をすることが、社会貢献であると教えられた。
 ミッドチルダはそういう考え方の国である。前科という概念が薄く、どんな出自の人間でも社会の一員としてその運営に協力すべきであるという考え方が強い。

 ミッドチルダ本国と、管理局は、別の世界である。
 たしかに設立にあたって中心になったのはミッドチルダであるが、今の管理局は、ミッドチルダとの意識の剥離がみられる。
 ミッドチルダは、国民感情はともかく政府としては強力な外征志向を持ち、次元世界の警察を自認している。
 国際的な建前としては、次元世界同士の紛争調停は本来管理局の役目であるが、魔法技術の最先端にして興隆の地、他次元世界の追随を許さない高度科学技術文明を持つミッドチルダが次元世界の盟主としてこれを行うべきであるという意見も根強い。
 質量兵器戦争の時代はもはや過去のものであり、次元世界は管理局の監督をもはや必要としていないという主張である。

 その主張が、たとえばミッドチルダとヴァイゼンの魔法兵器による軍拡競争であったり、多国籍企業による抗争といった形で表に出てくる。
 それだけならば、逆説的な言い方ではあるがまだマシといえた。
 次元世界大国は兵器開発企業にさまざまな援助を行い、独自の戦力を手に入れることを目指した。
 AEC武装や第5世代デバイスなども、本来的には次元世界同士の軍事バランスのために各国が開発競争を行った結果誕生したものであり、兵器の進化の産物である。
 管理局は、本質的には質量兵器廃絶を管理内外問わず次元世界各国に強制できる力を持っていない。
 あくまでも“勧告”や“要請”といった形で提言を行うことしか出来ない。それに従うかどうかは各次元世界の考え次第である。

 ヴォルフラムに乗り組んで行った数日間の作戦行動で、次元世界の裏の姿をノーヴェは垣間見た。

 普段の日常生活や、特別救助隊での仕事を通して目にする世界が表の世界ならば、次元航行艦隊や各国軍が目にするのは裏の世界である。
 その世界には、建前やお題目を掲げての、熾烈な抗争と恫喝が横行する、次元世界同士の力と力のぶつかりあいがある。実際に兵力をぶつけ合う戦争に発展せずとも、互いに威嚇のための軍備を配置してにらみ合う、冷戦というべき状態が長年続いてきたのだ。
 それは管理局設立以前より、ベルカ戦乱期が終結して以降ずっと続いてきた。
 表面上は平和でも、それは互いの軍事バランスの上に成り立った、調和というべきものだった。

「──はやてさんから、聞いたことがあるんだ。第97管理外世界では、ずっと、何十年も、100年近くも内戦をしている国がある。でも、世界全体としては高い科学技術を持っていて、人々は文明を持っている」

「本当なのか?八神艦長や、なのはさんの出身国も」

「うん。第97管理外世界で最後の大戦が起きたのが、今からだいたい85年前……ちょうど、こっちで新暦が始まった頃。
それ以降は、各地の国で紛争が続いていたし、私も一度行ったことがあるんだけど、なのはさんの生まれた国──日本も、今も隣の国とは紛争中だっていうんだ」

「そんなことが……でも、とても戦争中って感じじゃなかったんだよな」

 スバルたち機動六課フォワード陣が海鳴市に行ったのはJS事件より前のため、ノーヴェは直接第97管理外世界を見ているわけではないが、話としてはスバルやティアナから聞いたことがある。
 ミッドチルダの首都クラナガンと比較してもさほど違和感の無い近代的な町並みの都市だった。
 クラナガンに比べて山地が多く、狭い盆地に位置しているため、クラナガンのように地平線まで高層ビルで埋め尽くされてはいなく、遠くには青い山々が見えた。

「それは国や、その下で働く防衛隊──っていうのかな、そういう人たちががんばって、戦禍が一般の人々に降りかからないようにしてるんだ。
ゆりかごのときも、クラナガンの上空で戦闘は起きたけど、たとえばエルセア地方じゃ別に上空にガジェットが飛んだりとかはしてなくて、テレビで中継されるだけだったし、そんな感じで」

「今のミッドチルダも──いや、今の次元世界もそうだっていうのか」

「うん。EC事件の時だって、私たちはヴォルフラムに乗ってフッケバインを追ったけど、その間もミッドチルダや他の次元世界のほとんとどの人々は普段と変わらない暮らしを続けていたんだ。
今、EC事件の話をしても覚えてる人ってかなり少なくなってると思う、元々そんな大騒ぎにならなかったのもあるけど、私たちが必死で戦ってても、人々って案外覚えてないものなんだ」

「でも──」

「もちろん、それは私たちの仕事が価値が無いって意味じゃあないよ、それはそれだけ人々が平和だったって事なんだ。
第97管理外世界でも、それはきっと同じなんだよ」

「なのはさんは、どう思ってるんだろう」

 ノーヴェはやっと顔を上げ、奥の窓口で受付業務をしているナースたちを力の抜けた目で眺める。
 今、自分たちがいる世界は、一体何なのだろうか。
 この世には非現実的な世界がある。それは次元が異なるという意味ではなく、しかし、ある領域で暮らす人々の想像も及ばないような現実が、別の領域には存在するということである。

 第511観測指定世界は、そして、バイオメカノイドたちの巨大戦艦は、正しく地獄、あの世と言えるような異様な世界だった。
 自分たちは次元間航行で、あの世に行って帰ってきたのではないか、第511観測指定世界に向かう航路は実は三途の川だったのではないか、そう錯覚してもおかしくないと思えるほどだった。

 宇宙空間から惑星を見下ろしても、そこに人間の姿を見ることは、小さすぎて出来ない。
 青黒い海、緑色や黄土色の大陸、そして都市がある場所が、灰色のシミのように見える程度だ。
 しかし、アルザスにバイオメカノイドがいることは宇宙から見える。かつてのアルザスは緑白色の、翡翠のような色の小さな惑星だった。
 それがわずか、24時間程度であっという間にどす黒く変わってしまった。地表でうごめくバイオメカノイドの姿は宇宙空間からは腐った血液のように赤黒く見え、群れの個体の動きによって惑星全体が脈動しているように見えた。
 アルザスに派遣されているL級巡洋艦が送ってきた映像でそれを見ることが出来た。
 管理局技術部では、この映像からも何かを分析しているように見えた。

 次にまた出航すれば、ヴォルフラムは再び戦いの中へ飛び込む。
 第97管理外世界に進出し、未だ地球上空にとどまっている敵巨大戦艦を殲滅する。
 そしてもちろん戦いはそれで終わりではない。第511管理外世界に存在する惑星TUBOYとそこに巣食うバイオメカノイドを、文字通り一匹も残さず根絶やしにする。
 これに限っては、希少動物などという概念は用をなさない。保護すべき生物ではない。

 かつての人類が犯した過ち。
 機械に、過ぎた力を持たせてしまった結果、自らを滅ぼすことになってしまった。戦闘機人として、何よりも人類に対して誠実でなければいけない。それゆえに、過ぎた力を持って人類に反旗を翻した機械を止めることは人類の責任である。
 真実がどうあれ、今の次元世界人類に降りかかった状況を正当化するにはそう考えるしかない。

 スバルはそっと、左脚のマッハキャリバーの表面を握る。
 デバイスの排熱によって、体温よりもやや温かい感触が、手のひらに伝わっている。

 

 

 管理局技術部にアレクトロ社より派遣された技術者たちが、大容量魔力回線の敷設作業を行っていた。
 ステアウェイ・トゥ・ヘヴンの全力稼働のため、必要な魔力の供給能力を高める措置である。
 もともとのカタログスペックとして全コアのフルロード動作限界時間は72時間とされていたが、今回それを上回る過負荷運転にて計算を行う。そのために、魔力の過給とそれに対応した電源回路の増設、さらに冷却装置の能力増強も必要である。
 マリエル・アテンザは、管理局の技官たちを集めて作業の段取りを進めていた。
 システムが稼働状態にあるときに設備に触れるのはかなりの危険を伴う作業である。データのクラッシュを引き起こす危険もあるし、このクラスの魔力機械に使用される魔力は個人携行型のデバイスをはるかに超えた高圧の電荷を持つ。
 クラスターを大きく16のモジュールに分け、一つずつを停止させて順次回線と電源ユニットを入れ替えていく。オペレーティングシステムは元々無停止稼働に対応しているのでそれを利用していく。
 アークシステム社からは、当初想定していたハードウェアスペックに75パーセントのマージンを含んでいるという回答が得られた。
 すなわち、数日間程度の限定された短時間ならばデバイスをオーバークロックしての高速計算に耐えられるということである。もちろん安定した魔力供給と冷却を行えることが前提である。
 ヴォルフラムの出航日時は10日後と決まっているので、それまでに闇の書を復活させなくてはならない。
 入れ物としてのハードウェアはその気になればすぐにでも手配できるが、中にインストールする術式プログラムが用意できるかが問題である。
 残されていた闇の書のバイナリを復元する方法では時間がかかりすぎ、またプログラムの安定性にも問題があるため、ここでは新たにプログラムを組みなおすことになる。
 技術部で行われていたエミュレーション実験により、現在使用されている夜天の書のオペレーティングシステムを使用してバイナリ復元処理を行えることが確認されている。
 夜天の書のスペックとしては、携帯した状態ではやての魔力を使えば処理を継続できる程度はある。
 すなわち、それまでにはやてが動けるようになれば、バイナリデータをヴォルフラムのコンピュータにコピーしておくことで解析作業を継続できることになる。
 闇の書から情報を取り出す解析作業は本局でも継続して行えるが、はやてを戦線復帰させるためには夜天の書を使えるようにする必要がある。
 そのためには、守護騎士システムを再起動しヴォルケンリッターを復活させなくてはならない。
 はやて一人だけでは、魔力量はともかく魔法の取り回しが悪い。
 マリーはユーノにも協力を仰ぎ、意見を求めた。
 ユーノは当初から、夜天の書にオペレーティングシステムとして管制人格を新規インストールすることを考えていた。
 ただでさえレスポンスの遅い大型ストレージデバイスを迅速に運用するには管制人格が不可欠である。
 闇の書のすべての機能を掌握する管制人格を作成してインストールする必要がある。

 持ち込んだ携帯情報端末をコンソールに接続し、ユーノは管制人格用のライブラリの組み込みを行っていた。
 傍らにはヴォルフラムより預けられた夜天の書が置かれている。これも魔力ケーブルを接続してオペレーティングシステムのリカバリーを行っている。内部には、はやてが使用する魔法の術式がインストールされている。
 これをいったん外付けストレージに退避させ、クリーンインストールを行ってシステムを修復してから、改めて書き戻す。
 仮置きの机に向かい、ユーノは黙々と作業を続けている。

「スクライア司書長」

 マリーに声を掛けられ、ユーノは手をキーボードに置いたまま顔を上げた。
 管理世界で主に使われているのは魔力を用いた空間投影式のキーボードであり、ディスプレイも魔力で空間中に粒子を固定して形成される。

「何ですか?」

「いえ、まさか司書長が自ら術式を組むとは思っていなかったものですから」

「結構、書庫の業務をやるにはシステム面の整備も必要でね。僕が組んだものだから、メンテも僕がやるのが手っ取り早いんです。
いずれマニュアル化して展開していかなきゃとは思ってますけど、なかなかね」

「古い魔法の資料も?」

「参考程度には。実際、そのままソースコードを放り込んだってアセンブラ任せじゃどうしても限界がある。術式のソースを読んで移植するには、人間のプログラマーでなけりゃ柔軟な発想は出来ませんよ」

 元々専門ではないが、無限書庫の司書業務を行うにあたりユーノは半ば成り行きで魔法プログラミングを習得し本職のプログラマー顔負けの技術を持っている。

 術式とは魔法をプログラム化したものである。専用のプログラミング言語を用いて、デバイスに行わせたい処理を記述する。
 過去には各地の次元世界でさまざまな術式の規格が考案されたが、現代、デファクトスタンダードとなり主に使用されているのはミッドチルダ式とベルカ式の2種類である。
 ここ数年、無限書庫では地球で開発された術式も収録を進めており、これは地球(Terra)という名詞からテラリア式と呼ばれている。
 基本的にはそれぞれの術式は互換性があり、エミュレータも開発されている。とくにベルカ式では、ミッドチルダ式との連携を重視した近代ベルカ式が成立し使用者も広まっている。

 闇の書は、規格としては古代ベルカ式に基づいているが、その内部では現代型デバイスとは異なるハードウェア・アーキテクチャが使われていたりするため、単純に機械語を移植するだけでは術式が動作しないものが多い。
 プログラムの中の関数を一つ一つ検証し、コードを書き換えていく必要がある。

「第511観測指定世界では、魔法は使われているのですか」

 キーボードを打つユーノの手さばきは休まることが無い。よく見ると眼鏡も、普段使いのものからドライアイを緩和するOAグラスに変えている。

「“魔法”と呼べるほど洗練はされていませんけどね。バイオメカノイドは、僕らが言うところの魔力素を用いたエネルギーを使っています」

「第97管理外世界では?」

「関連性があると考えているんですか?」

「局内ではともかく、表向きには質量兵器主体の文明だと」

「確かに、一見して魔法とすぐわかるような使用方法は広まっていませんが」

 エンターキーを押してソースコードを保存し、ユーノは情報端末上のウインドウを切り替える。
 術式の開発には、いくつものウインドウを開いて、それぞれに関数のリストを表示させて引数と戻り値、ポインタやレジスタの連携を考えながら打ち込んでいくことになる。
 プログラマーによって打ち方のスタイルには違いがあるが、マルチスレッドのプログラムを組む際には一般的なエディタの使い方である。

「地球でも魔法の開発は行われています。ただその技術に触れることが出来るのはごく一部の人間だけで、一般市民には魔法は知られていません。
というか、魔法の概念があちらとこちらでは異なります。僕らが魔法と呼んでいる技術でも、第97管理外世界では質量──、そうですね、ごく普通の科学技術で魔法とは呼ばれないものもあります。
地球では近代文明の成立はむしろミッドチルダよりも早いくらいで、既に社会インフラは出来上がっていますから、ここに新たな装置の概念を投入するには、もう数十年はかかるでしょう」

「ミッドチルダで魔力機械が使われ始めたのは──」

「最初の汎用コンピュータとしてなら、新暦6年の“Model-T”ですかね。砲撃魔法の弾道制御を行うためのものでした。
これ以前は艦載魔導砲の射撃計算は砲術魔導師が全部やっていました。艦の航行も機械制御でしたが、まあ当時の造船技術と魔法技術ではそれで特に不便はありませんでした」

「実用化された最初のインテリジェントデバイスはそれから──18年後ですか。ミッドチルダのIPM社が開発したものですね」

「発売当初は信頼性が低くて不評だったらしいですね」

 IPM(インターナショナル・プロダクティブ・マジシャンズ)社は次元世界で初めて個人戦闘用魔導デバイスを実用化したメーカーとして知られている。
 古代ベルカ時代は魔力付与の有無を問わず単なる武器として扱われており(魔法を撃つ機能のあるなしに関係なく剣は剣、槍は槍である)、IPM社の開発したインテリジェントデバイスの登場によってそれと対比する意味でアームドデバイスという呼び名が生まれた。
 従来の物理的な閉鎖機構などによる機械制御ではなく、コンピュータによる魔法演算を行う概念である。

「レイジングハートも当然これ以降の製造ですよね」

「おそらくは。とはいっても僕らが生まれるより何十年も前です、確かに大昔といってもいいでしょう。
なのはにはああ言ってますけど、実際、あれはアームドとインテリと半々程度の設計思想です。インテリの最大の利点とは術式の高速並列処理ですから、その観点からいうとレイジングハートの性能は実はかなり低いんですよ」

「並列処理よりも単発での高出力を重視した──戦闘能力の大半は、高町一尉の魔力量に頼っている状態ですね」

「そう、そしてそういう設計思想ってのは本来はアームドデバイスの考え方なんですよ」

「単に刀剣型ならアームド、杖型ならインテリというわけではないんですよね」

「その通り」

「高町一尉の戦闘スタイルとマッチしている現状では特に手を加える利点も無いのでしょうか」

「やるとしたら、シャーシからCPUからストレージから、ほとんど全部の中身を入れ替えることになってしまうでしょうね」

 デバイスマイスターとして、マリーはかつてレイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムを搭載する作業を行ったことがある。
 魔導デバイスにおいてカートリッジとは金属ケースに雷管と魔力結晶を充填した薬莢であり、従来の火薬式弾薬と同じように使うことが出来る。
 また従来の実弾武器との互換性も考慮されて規格が策定され、火薬式銃砲を魔力弾を撃てるように改造することも、カートリッジシステムを使うことによって比較的容易に出来る。
 インテリジェントデバイスは、現代の最新型はともかく初期のものでは、魔力供給回路が負荷変動や高圧魔力に追従しきれずに作動不良を起こすケースが多かったためカートリッジシステムとの相性が良くないとされた。
 レイジングハートとバルディッシュについては、設計は古かったが堅牢性を重視したパーツの選定が行われていたため、高い効果を発揮することができた。
 バルディッシュにしても、製作者である使い魔リニスが部品の調達をした時期から考えればわかることだが、設計としてはアームドデバイスに近い組み立てが行われている。

 通常の起動状態と待機状態のほかに、サイズフォームとデバイスフォームという可変機構を搭載したためにその可動部分が弱点になりうると指摘されたが、管理局に入り嘱託魔導師となってからの設計見直しとシャーシ強化で克服している。
 レイジングハートにしてもバルディッシュにしても、ハードウェアとしては製造された当初の状態からはまったく入れ替わっており、中身の術式データだけが継承されている状態だ。
 デバイスとしての内部パーツもメンテナンスやアップグレードに伴って何度も交換されており、いわゆるテセウスの船のような状態である。
 すなわち海鳴市でユーノがなのはに渡した当時のレイジングハートのパーツは1個も残っていないということである。同様に、バルディッシュもリニスが製作した当時に組み込まれていたパーツは1個も残っていない。

 闇の書にしても、何度も破壊されてそのたびに再生しているということは、デバイスとしての外装部分である魔導書そのものは何度も作り直されておりそれ自体に意味は無く、意味を持つのは内部のプログラムコアである。
 逆に言えば、プログラムコアさえ復元できそれを実行できるのなら入れ物は何でも良いということになる。

「闇の書は、いわばクラスタードデバイスの先駆けといえる」

 打ち込みを再開し、ユーノはコンソールに視線を落としたまま言った。

「クラスタードデバイスという考え方がどちらかといえば闇の書を参考にしたようなものです」

「外見上は1個のデバイスでも、その内部では多数のコアが連携して動いていましたね。それゆえに、リンディ提督以前の戦いでは破壊しきれずに転生を許してしまっていた」

「あの魔導書のカタチだけが闇の書の全部じゃない。本体は常に別な場所にあり、それが必要に応じて実体化しているんです。
いや、特定の本体という概念も無いですね。中枢が無いがゆえにネットワーク上のウィークポイントが無いというのがクラスタードデバイスの強みです」

 闇の書の活動は、史料から確認できるだけでも古代ベルカ時代には既に現在と同規模の状態で存在したとされている。
 当時の技術では製造不可能な規模の超高性能魔力機械である。
 魔法制御装置たるデバイスとしてなら、カタログスペックでは闇の書を上回るものも現代では開発されているが、古代ベルカ時代のどんな魔導師の技術力でも、この規模のデバイスを製造することは不可能とされている。
 それゆえに、闇の書は第一級捜索指定ロストロギアに分類された。このロストロギアが特に警戒されたのは、人の手によらない自律行動が可能なことである。
 たとえばレリックやジュエルシードに代表されるような魔力結晶型のロストロギアの場合、放置されているだけならその場から動くことは無い。不用意に接近して魔力を開放させない限りは、安定して存在できる。
 しかし闇の書は、周辺のリンカーコアを探知して自ら移動する。
 高出力のリンカーコア、もしくは多くの魔法を習得している人間ないし魔力機械を探して移動し、蒐集のために独自の機動端末を分離させ、自ら作戦を編み出して運用し、高度な自律行動能力をも有している。

「あくまで状況からの推測に過ぎないですが、クロノ君の今回の行動は、この闇の書の実態を知ったことがきっかけである可能性が高い──と、うち(技術部)ではみています。
早速ですけど、検証機を欲しいと言い出すところもあって。カレドヴルフ社経由で、SPTのエンジニアリングサンプルを一台回してもらえることになりました」

「サンプルって、何に使うんですか?」

「まずはバラして、問題の魔力炉を開けてみないと。向こうさんの謳ってるスペックが本当に発揮できるならこれは凄い技術革新です」

 SPTに使用されているのは生体魔力炉である。リンカーコアの外見はそのものではないが、やっていることは臓物を詰め込んだ瓶の蓋を興味津々で開けるようなものである。

「倫理的な面を抜きにすれば」

「それはもちろん。ただ、人体の耐久性を考慮しなければそこまでの出力をリンカーコアが発揮できるって実証できただけでも収穫は大きいです。AECにしても、結局は従来からある魔力機械の範疇を出られませんでしたしね。
エクリプスに対する効果は確かにありましたし役には立ちましたが、そもそもの魔導無効化の原理からすると、構造としては不完全です。まずありえない状況ですが直接ウイルスを浴びたらAECでも機能停止します。
SPTの搭載する魔力炉──エグゼキューターの装備と同じですね、これが本当に波動制御機関を動力に使ってるなら、エクリプスウイルスで魔力結合を解くことは出来ません。
魔力機械が、エクリプスに力押しで勝てることになります」

「EC事件はもう解決してるはずですけど。ウイルスももう、少なくともヴァンデイン社が作った分はもう無いはずですよね」

「まあ、あちらさんもあれ以降はおとなしくしてましたし」

 スチールデスクの上に置いたコーヒーカップを口に運び、マリーは書類の束にパンチャーで穴を開け、バインダーに綴じて袖机に放り込む。
 魔力コンピュータが広まっている現代ミッドチルダでも、まだまだ紙媒体は現役である。
 これはシリコンコンピュータにもいえることであるが、魔力コンピュータは物質内の半導体粒子を魔力で固定して情報を記録するため、外的要因でデータを失う危険性が(リスクマネジメント的観念からすれば)高い。
 紙に書くということは、原始的ではあるがそれだけに確実な記録方法である。

「トーマ君の持っていた銀十字の書も、おそらくは古代ベルカ当時に複製が試みられた闇の書の同類です。八神さんもそれは知ってます」

「あれもまた、闇の書と同様の能力を備えたシステムであると」

 マリーは自分の手帳のページを改め、銀十字の書について書き込んだところで指を止めてページを開く。

「あれの分析もうちでやりました。推定される性能、デバイスとしての構造からすると、闇の書の巨大なネットワーク構造の一部である可能性が高いです。
闇の書は、あの魔導書型の端末が1つだけでなければいけないという理由はありませんから、ある程度独立して動ける機動端末装置を複数用意しておくこともじゅうぶん考えられることです」

 眼鏡をなおし、ユーノはしばし瞼をつぶる。
 それはかつての闇の書事件での、海鳴市沖での戦いを思い出しているかのようだ。

「デバイスとしての機能と、管制人格、守護騎士システムはそれぞれ独立しているね。海鳴でも、あの魔導書本体そのものは管制人格とは独立して動いていました。
シグナムたちも、リインフォースも、あくまでも機動端末であり階層モデルからすればアプリケーションプログラムにあたる部分です。はやてはここ数ヶ月、ツヴァイをずっと夜天の書に入れっ放しにしてましたから、多分もう知って理解してますよ」

「八神さんがどう思っていたかはともかく──、闇の書の機能が回復すれば、守護騎士システムは蘇ります。ただ、蓄積された稼動記録──記憶といいますか、記憶が戻るかは、現時点ではなんともいえませんが」

「あくまでも戦闘端末として──ですがね。僕だって当然、彼らには少しの情はありますが──、ただ、時が経てば感情って変わっていくものです。もしはやてが望むならかつてのように彼らを振舞わせることは可能でしょう。
なのはやフェイトがそれを受け入れ“られる”かはともかく──」

「いくら今までのように笑顔で会話を出来ても、感情を無くしたプログラムであるという認識を拭えなくなるってこと?」

「その可能性はあります」

 純粋にシステムとして考えるなら、闇の書とは極めて高性能な統合無人機動兵器システムである。
 その運用には人の手を煩わせることなく、作戦目標を指示すれば自力で移動し、目的を思考によって理解して戦術を組み立て、戦力を配置し、戦闘を行い、目標物を入手することができる。これを無人で行えるのである。
 使用者たる夜天の主は戦闘技能もしくは作戦立案能力などの軍事知識を持っている必要はなく、魔力さえあれば戦いに関しては素人でもよい。必要であれば主への助言や行動指針の説明なども闇の書自身が行うことができる。
 これだけの性能を有するシステムの構築には、ミッドチルダでさえ実現できていない。
 ステアウェイ・トゥ・へヴンですら、まるごとオフィスビル一棟ぶんほどの容積を持つフロアにデバイスクラスタを詰め込んで稼動させ、これはその場から動かすことが出来ない。魔力供給も含めて、設備の整った本局の中でなければ設置できなかった。
 デバイスとしての魔法計算能力はともかく、自律機動兵器としてはこのスーパーコンピュータをもってしても闇の書には遠く及ばない。
 そもそもの闇の書の真の性能がどの程度なのかすら、最後の夜天の主たる八神はやてでさえも把握できてはいなかったのだ。
 闇の書はそれ単体だけではなく、周辺の次元空間にバックアップを展開する能力を持っており、非常に高い耐障害性能を持っていた。
 デバイスとしての戦闘力が闇の書の能力のすべてではない。
 闇の書を真に恐るべきロストロギアたらしめたのは、この次元空間に配置された分散ネットワークシステムであり、これによって、多数の次元世界にまたがっての同時行動が可能になっていた。

 あるいは、これまで通説として信じられていた“本来は魔法の保管庫として作られた夜天の書が、悪意を持った改変によって闇の書に変化した”という有様が、過去の人間の思い込み、ないしはプロパガンダであった可能性さえ出てくる。
 闇の書とは最初から現在の性能、形態を持って誕生し、その能力に初めて触れた人間が、当時の次元世界人類の理解を超えた闇の書の脅威に驚いてそのように言い伝えられたということが考えられる。

 無限書庫で数々の情報を調べていくうちに、ロストロギアの起源とされている超古代先史文明が、これまでの定説を遥かに超える規模で、全次元世界に広がっていることが推測されてきた。
 そんな折、聖王教会からの、新たな預言の解釈の報せがもたらされたのである。

 カリム・グラシアは、予想されうる災厄の規模から、じゅうぶんに対策案を検討した上でなければこの解釈を発表できないと考えた。
 その上で、信頼できるごく少数の人物にコンタクトを取り、多方面からの検討を依頼した。
 ユーノもその一人だったのだ。そしてユーノは、これまで独自に宇宙論研究を行っていたクライス・ボイジャーに、協力を仰いだのである。

「ミッドチルダ宇宙アカデミーの方でも独自にやろうとしてるみたいですよ」

「そうなんですか、私も最近あまり外に出られなくて」

 マリーは近年特に、技術部での仕事が増えて研究室にこもる日々が続いている。
 次元空間にさえ進出可能な闇の書を追跡するには、天文学的アプローチによる恒星間暗黒物質の観測が必要になってくる。
 闇の書が存在することで、いわゆるダークマターの分布にわずかな乱れが生じ、これはごく短時間で消えてしまう魔力残滓よりも高い精度での闇の書の痕跡を可能にしている。
 撃破した直後の転生を追跡するにはこの方法しかない。グレアムはこの方法を用いて、闇の書が第97管理外世界に向かったことを突き止めた。
 次元空間を移動可能ということは、すなわちこのネットワークを伸ばした場所にしか転生しないということである。
 従来考えられていた、ワープ航行によってまったくランダムに移動するのではなく、あらかじめ探索済みの場所に現れるということだ。

 ネットワークの全体像は管理局の捜索探査能力をもってしても掴みきれないが、それでもある程度、候補を絞り込むことはできる。

 管理局では闇の書のこの実態に対し、艦隊を投入しての大規模な捜索作戦に難色を示した。
 まずひとつは、これを馬鹿正直に実行しようとすると必要な艦や人員の数が莫大なものになってしまう。次元世界の数は管理世界、管理外世界を合わせただけでも150以上、これに観測指定世界や無人世界を含めると千個近くにものぼる。
 これらの世界すべてに次元航行艦を派遣するとなると、宙域の分担なども含めて数千隻から数万隻は最低でも必要になってしまう。
 管理局が独自に持っている艦艇ではまったく足りず、またいかにミッドチルダ海軍といえどもこれほどの数の艦艇をたったひとつの作戦のために割り当てることは出来ない。
 これまでどおり、闇の書の出現をできるだけ早期に探知して攻撃を加えるより他ないと判断された。

 グレアムは独自の調査により、闇の書が次に出現するのが第97管理外世界であるとほぼ目星をつけていた。
 アルカンシェルによって闇の書を破壊し、エスティアが消滅した際、周辺空間に伝播していった重力波が、アルカンシェルのものとは別に観測された。
 次元航行艦隊司令部に提出したものとは別に、グレアムもまた独自に、自分の部下たちと共に分析を行い、この波動が闇の書が放ったものであると確定した。
 闇の書が展開する次元間ネットワークは、魔導書端末の破壊を検出すると、すぐに近傍ノードから起動可能な端末を検索する。そして周辺のノードからバックアップデータを集め、稼動に必要なライブラリをそろえた上で再起動する。

 第511観測指定世界の発見に伴ってクライス・ボイジャーに恒星間暗黒物質の観測依頼を出したユーノは、かつてギル・グレアムが同様の依頼を送ってきたことがあると聞かされた。
 グレアムもまた、未知の次元世界の存在に気づいていた。

「闇の書はまだ生き続けているということですね」

「管制人格は、今は無い状態ですが。はやてはツヴァイを暫定的に使ってましたが、やはり最初から管制人格として作られたものではないので、能力不足は否めません」

 リインフォース・ツヴァイはいわゆる融合型デバイスであり、主たる機能は使用者の身体能力の増強、魔法演算のアクセラレーション、および物理的な魔力付与である。そのため、夜天の書を制御する能力はもともとそれほど高くない。
 初代リインフォースが消滅して以降、夜天の書は単なる巨大ストレージデバイスと化し、現在管理局で使われているデバイス用のオペレーティングシステムではそのハードウェアスペックを持て余し気味になっていた。
 仕様上の制限からアクセスの出来ないモジュールやメモリ領域などが存在し、また闇の書のアーキテクチャに適したコード設計ではないためエミュレータを組みこんだ仮想マシンを間に入れなくてはならず、そのオーバーヘッドから性能が大幅に低下していた。

「アーキテクチャが違うんですか?古代ベルカ式ではない?」

「ベルカ式で組まれているのは、古代ベルカ時代に後付けされた管理者権限システムです。これも、言ってみればユーザーインターフェース部分だけがベルカ式で、闇の書の機能へ操作を要求するアプリケーションをベルカ式で組んだということです。
古代ベルカ時代、当時の魔導師たちがなんとか闇の書の力を押さえ込むためにかけたリミッターのようなものです。当時のアナログコンピュータとそのプログラミング技法ではこれが精一杯でした。
魔法を扱うデバイスとしての機能の制御はほとんど管制人格任せでした。デバイス単体で動いている状態では、これは今まであるどの術式にも当てはまらないものです」

 闇の書のいわゆるユーザーコンソールは魔導書型をしており、これは管制人格が無くても単独で動作可能である。魔法を蒐集する機能は魔導書型端末だけでも動作でき、これで最低限の戦闘行動をとることはできる。
 ただし、これの内部構造や術式のコードなどは外部からはまったく見えない。
 術式を実際にデバイスに読み込ませるための制御APIは初代リインフォースが知っていただろうが、その知識は彼女の消滅と共に永遠に失われてしまった。

 ただし、今やっているバイナリ復元作業が成功すれば、この情報を取り出せる可能性がある。

「コアの構造が違うんですね。今使ってる夜天の書や、銀十字の書も」

「CPUだけを交換したようなものです。シャーシ側である程度のエミュレートは出来ますが、完全ではないですね」

 ミッドチルダ式、ベルカ式のどちらにもいえることだが魔法の術式によって必要なデバイスのハードウェア構造も決まってくる。
 すなわちデバイスにも、ミッドチルダ式とベルカ式があるということである。インテリジェントデバイスやアームドデバイスというのはその機能目的などからみた分類であり、ハードウェア・アーキテクチャではない。
 現在規格化されているのはミッドチルダ式をあらわす「FM-x86(フォーミュラ・ミッドチルダ・エックスハチロク)」であり、これをもとに近代ベルカ式「FB64(フォーミュラ・ベルカ・ロクヨン)」、地球式「FT-86(フォーミュラ・テラリア・ハチロク)」がある。
 数字部分がデバイスコアの構造をあらわし、地球式はミッドチルダ式に準じた形式を取っている。

 闇の書はこれらのいずれにも当てはまらない。
 ハードウェアとしては分散コンピューティングに最適化された設計がなされており、これは単体ではそれほど高機能なものではないが各ユニットが連携して動作したときに強力な並列処理能力を発揮する。
 計算を行うコアが分散しているため、多数の目標、あるいは広範囲の領域に効果が及ぶ魔法を高速で構築可能である。
 これによって次元間航行能力を手に入れ、蒐集した魔法の運用を行うことができる。
 単独の携行型戦闘用デバイスとしては、各ユニット間の通信に伴うレイテンシの大きさ、タイムラグとネットワークの帯域幅などの観点から通常型デバイスに比べると魔力変換効率はかなり悪く、魔法の発動も遅いが、それは闇の書にとっては問題とされる要素ではない。
 闇の書はそれ自体が多数のデバイスの集合体である。

 また、各ユニットが連絡を取り合う際に大量の魔力通信を行うため、魔力残滓や次元干渉などの痕跡を大規模に残す。
 次元空間に流れる背景輻射ともいうべき常在魔力光は、そのうちの数パーセントほどが闇の書によるものである。
 これは電磁波としてはノイズでしかないが、闇の書はこの揺らめく光の中に信号を紛れ込ませ、次元間通信を行っていた。
 闇の書の出現に伴い、次元震が発生したり次元間通信に不調が発生するのはこれが原因である。
 ユーノ自身が遭遇した、地球での魔力不適合や次元間通信の不調は元をたどれば近くに闇の書が存在していた影響だった。

「僕やなのは、はやてが遭遇し、そしてなのはたちがこの次元世界で生きていくきっかけになった事件──そのいくつもが、遠因をたどっていけばこの第511観測指定世界、惑星TUBOYの存在に行き着く。
ミッドチルダ政府でさえ想像しきれていないだろう、管理局でも、レティ提督もだ。この世界を考えるとき、現実は想像よりもはるか上をいっているということを常に、肝に銘じておかなきゃいけない。
ここ数ヶ月で明らかになった事実を目の当たりにして改めてそう思いましたよ」

 マリーは、無表情でキーボードを打ち続けているユーノの口元が、かすかに引きつっているのを見て取った。
 薄暗い事務室の中で、光の加減でそう見えただけだったかもしれないが、ユーノがこれほど、怒りや悔しさといったネガティブな感情を表に出すのは珍しいことだ。
 無限書庫でも、懐の大きい、気配りの出来る優しい人間として司書たちの信頼も篤い。
 そのユーノでも、旧知の仲である自分や、たとえば悪友のような間柄のクロノやヴェロッサの前では、このように黒い顔を見せることがある。

 次元世界の、文字通りすべての情報が無限書庫では手に入る。
 主だった管理世界や管理外世界では、無限書庫の保有するサーチャーが大規模なクローラーとして探索を行い、定期的に情報収集を行っている。
 読み込まれる情報量は膨大な量であり、これらを自動選別していくシステムも、闇の書事件以後にユーノの手によって組まれた。
 アークシステム社とはその頃からの付き合いであり、同社はとくに高性能デバイス用の魔法術式プログラムで高い技術力を持つ。

 無限書庫とは管理局のいわゆるシギント任務を担う、第97管理外世界でいえばエシュロンのような組織である。この世を行き交うあらゆる情報を収集し、分析し、国家機関、国際機関の施策の指針に役立てている。
 無限書庫は、単なる大規模データベースではない。
 おそらくは、過去の人間が闇の書に対抗するために建造した広域次元間捜索システムである。
 それがいつしか、平和目的として書物の収集のために使われるようになった。

「惑星TUBOYの正体をつかめたら」

 床に何台か放り置かれている端末が、他の司書たちや技官たち、アークシステム社の社員たちが書き上げたそれぞれの担当部分のソースコードを魔力回線経由で受信して、時折インジケータを光らせている。
 ユーノはそれらを自分の端末に転送し、大きなライブラリを組み上げていく。

 戦闘用デバイスのオペレーティングシステムともなると、その規模は巨大であり、数十万から数千万ものファイルが連動して動く。
 これらは主な役割として、魔力素から変換された電力を受け取るための電源回路、魔力供給回路を制御する入力部分、魔法の術式プログラムを格納するストレージ部分、魔法演算を行う中央処理部分、空間への魔法の形成を行う出力部分に分けられる。
 さらに魔法演算には魔力を配置する座標を決定するジオメトリエンジン、さらにそれぞれの魔法陣を描画するベクトルエンジン、シェーダーなどがあり、これらがマギリングパイプラインを形成して最終的に空間に投影する魔法陣の生成とそこからの魔法発射を行う。
 闇の書自体は、攻撃魔法はベルカ式、ミッドチルダ式を問わず蒐集したものを使うことができていたが、代償として常にソフトウェアエミュレーションを行っていたために、消費魔力に比して効率が著しく悪化し、動作速度やレスポンスが非常に遅かった。
 今回復元される闇の書は、まず第一の目的として蒐集蓄積された観測情報を入手することを目標にしているため、戦闘能力は二の次にされる。もし闇の書を戦闘に用いることになれば改めてプログラムを組めばよい。
 新たにつくる管制人格は、闇の書のすべての機能を掌握し、未知のマトリクスが存在しない状態に持っていくことを目的とする。
 闇の書事件の際には、防衛プログラム以外にも、初代リインフォース自身でさえ機能を把握していないモジュールがいくつもあり、これもあって当時のその場での復元は断念された。

「おそらくミッドチルダも管理局も、惑星TUBOYを滅ぼそうとする」

「バイオメカノイドを殲滅し、次元世界人類の安全を確保するために……ですか?」

 机の上に置かれた端末が、ストレージアクセスを示すオレンジ色のインジケータを点滅させている。

「それだけじゃあない。恐怖だ。理屈じゃない、本能的な。自身の生存をおびやかす、いや存在意義さえおびやかすものが見つかってしまったんです。
これをそのままにしておくことはできない、そのためにはどんな手を使ってでも理屈を捏ね上げる。それは必要だという理屈じゃなく、感情が先に来ているんです。
たとえ彼らがミッドチルダに侵攻してこなかったとしても、“それ”がこの世に存在するというだけで攻撃する理由になります。人間の、ヒトという種族の存在意義がおびやかされているんです」

「バイオメカノイドはそれほどまでに……」

「あれが単なる宇宙怪獣というのがそもそも相手を見くびっている。闇の書の実体が惑星TUBOYのシステムに似すぎている、近すぎる。
闇の書は惑星TUBOYで生まれ人類を観察していた。そしてエクリプスウイルスはいわばヒトをバイオメカノイドに作り変えてしまうようなものなんです」

「エグゼキューターの生体魔力炉は」

「現状、機械で作った魔力炉じゃ誘導式でも触媒式でもリンカーコアの高効率にはどんなに逆立ちしてもかないません。ならリンカーコアをそのまま使えばいい。実に単純なアプローチですよ」

「倫理的にはとんでもない発想ですけどね」

「科学技術ってのは、最前線の研究者からすれば思いついたアイデアのうち実際に実用化できるのなんてほんのごくわずかです。使い物になるかどうかじゃない、“使っていいかどうか”です」

 リンカーコアは人間ないし動物の体内に存在するが、物理的な臓器ではなく細胞が魔力を帯びた状態で結合したものである。
 そのためメスで胸を切り開いても目視では見えず、抽出には魔法を使用する必要がある。
 このリンカーコア抽出能力を標準で搭載していた闇の書は、それゆえに古来より人間に恐れられてきた。魔法技術が未発達だった時代には、蒐集という現象そのものがわからず、それに耐える防御魔法を使えなかった。
 またリンカーコア自体の仕組みも解明が進んでいなかったため、魔法が使えなくなったり魔力が弱まったりする理由がわからず大変に人々を悩ませた。

 バイオメカノイドは、強い魔力のみならず、リンカーコアを持っている生命体に特に強く誘引される。
 単に強い魔力を追うようにプログラムされているなら、無人の魔力炉プラントや、放射性元素の鉱脈などに集まることも考えられるが、実際には、たとえば次元航行艦のように多数の魔導師が乗っている船や、人間がたくさんいる大都市などに集まってくる。
 そして、人間よりも強力なリンカーコアを持つ生物が生息する世界にも集まってくる。
 第511観測指定世界に残っていたミッドチルダ海軍の駆逐艦が、次元間航行を開始したバイオメカノイドの艦船群を発見し、それはアルザス周辺域から希少生物が生息するいくつもの観測指定世界へ進路をとっていることを観測した。

「キャロちゃんのことは、なのはちゃんたちには」

「──どういうことです?」

「もしかして──聞いてませんでしたか。アルザスにバイオメカノイドが現れたことを」

 現在、ユーノは管理局本局の査察部内に事実上軟禁された状態にあり、技術部での業務を行うユーノはヴェロッサを含む査察部局員たちによる24時間監視の下にある。

「────そうでしたか。ヴェロッサの奴も僕には知らせてきませんでしたね。まあ確かに、さしあたって僕の業務に不要な情報ではあります。
たぶん、いずれスピードスター三佐経由で情報がいくでしょう」

 連絡が届く限りの自然保護隊には緊急帰還指令が出され、彼らがバイオメカノイドに急襲されることを避ける。
 この際、希少種の保護がなどとは言っていられない。自然保護隊はあくまでも密猟者などからの保護を任務とされており、強力な外来種生物との交戦は考慮されていない。
 動物よりも優先すべきは人間である。
 自然保護という行動は、人間がその文明活動を余裕を持って行えているうえで初めて可能になることであり、生活レベルを犠牲にしてまでやるべきことではない。
 管理局として、キャロやタントたちのような犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない。

 そして、ミッドチルダの不穏な動きをなんとしても解明し、バイオメカノイドのこれ以上の侵攻を防がなくてはならない。

 

 

 極夜によって一日中太陽が昇らない北極圏の暗闇の空、アメリカ第2艦隊の空母“ジョン・C・ステニス”は護衛のミサイル巡洋艦3隻を従え、グリーンランド西方、バフィン湾を通過してクイーンエリザベス諸島沖に展開していた。
 ジョージ・H・W・ブッシュ搭載のX-62試験部隊はイギリスへ向かったため、本艦が北極海から敵巨大要塞インフェルノを監視する。
 冬の北極海では吹雪と嵐が吹き荒れ、戦闘機の発着艦は困難を極める。
 それでも、乗り組むパイロットたちは風の合間を縫って飛び立ち、上空警戒を続けていた。
 所属しているF/A-18F艦載機にはASM-135対宙核ミサイルが装備され、着艦のたびに整備士たちが北極の寒気で故障を起こしていないかどうかを念入りに調べる。

 随伴するタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦も、搭載したスタンダードミサイルをいつでも撃てるように戦闘配置で待機している。
 光学望遠鏡での観測により、インフェルノは次に7時間後、グリーンランドのほぼ真上を通過して大西洋からアフリカ大陸上空へ向かう軌道を通るとみられている。

 ジョン・C・ステニスの航空団司令は、F/A-18F戦闘機による高高度偵察を発令した。
 現在、敵巨大要塞インフェルノは近地点高度を2000キロメートル程度に上げ、軌道を次第に円軌道に近づけつつある。すなわち、ソ連の水爆ミサイルを浴び、異星人艦隊との激しい戦闘を経てなお、エンジンが生きており航行能力を保っているということである。
 最初に地球に接近したときにはぎりぎりまで高度を下げ、大気圏によるエアロブレーキを使用して速度を落としていったが、そこからエンジンをふかして高度を上げたのである。
 もし無動力で慣性にしたがって飛ぶだけなら、大気圏近く(高度700キロメートル以下)を通過するだけで次第に空気抵抗によって速度が落ちていき、やがて地上に墜落してしまうだろう。
 機動要塞が地球周回軌道に残り続けているのは、それが未だ機能を維持し生き続けていることを意味する。

 スタンダードミサイルでは、低軌道高度よりも遠くにいる目標には届かない。そのため、北海に出現した大ダコのように、巨大要塞から発進してくる宇宙怪獣を地表到達前に空中で迎撃する作戦となる。
 ASM-135ならば軌道上の巨大要塞を直接狙えるが、異星人の艦隊が未だ要塞周辺に留まっているため、巻き添えの危険から攻撃が出来ない。
 目下、米国防総省が管理局──異星人の母星における国際特務機関──と作戦方針について協議を行っているとの事である。

 ジョン・C・ステニスの任務は、敵巨大要塞の監視と、地球への降下を試みる敵宇宙怪獣の迎撃である。

『自分はエイリアンシリーズのファンなんですよ。リマスター版は全巻そろえました』

 上空警戒中の機との交信も、従来からの無線電波ではノイズが大きい。大気中の雪や氷の粒に散乱されて受信レベルが上がらなくなる。
 宇宙探査機やスペースプレーンで実用化されている量子スピン通信も、米軍でも未だすべての艦には配備が完了していない。

「敵はクイーンよりもずっと大きいぞ。しかも光線を撃つんだ、ゴジラのようにな」

『腕が鳴ります』

 F/A-18Fのパイロットは、北極の雪氷を吹き飛ばすように威勢がいい。
 本機が搭載可能なASM-135は2発(F-15は6発)であり、もし敵を発見すれば直ちに2発のミサイルを連続発射する。
 弾体は巨大要塞への攻撃を考慮して衛星攻撃用の中性子弾頭から核出力5キロトンのW82熱核弾頭に換装されており、これはもともと核砲弾として開発されていたので硬い弾殻を持ち、装甲貫通能力に優れる。
 敵巨大要塞のみならず、異星人の宇宙戦艦は次元干渉によるレーダー欺瞞能力を持っており、これを展開されている状態では地球の保有するミサイルは誘導が狂ってしまう危険がある。
 もちろん、これは彼らの艦が持っている防御兵装なので、一時的でも止めてもらうことはできない。

 よって、上昇限度ぎりぎりまで高空へ上がり、空母との連携をとった軌道計算の上でほぼ直線射撃で狙うことになる。

 敵巨大要塞──管理局からの情報提供により、“インフェルノ”という呼称を共通して用いることが決まった──は現在、高度8500キロメートルでベーリング海上空にあり、F/A-18Fからは地球の地平線から昇ってくるように見えていた。

『現れました。この距離でも形がはっきり見えます、先端が尖った菱形の、スポーツカイトのような形をしてます』

「奴の同類が何隻も、異星人たちの惑星に向かっているとのことだ。今いる艦隊の助力は当てにできないぞ」

『望むところですよ』

「エコーパターンをもう一度確認しろ、コンピュータの解析を鵜呑みにするな。間違って異星人の戦艦を撃たないようにしろ」

『了解──』

 電波によるミサイルの誘導というのは、あらかじめ登録した目標でなければ追尾できない。たとえば空対空ミサイルは鳥や野球のボールを追いかけるようには作られていない。
 地球の航空機とは異なる形状を持つ相手には、ミサイルが目標を誤認してしまう危険がある。
 そのため、F/A-18Fは攻撃前にレーダー照射を行い目標の正確な形状をミサイルのコンピュータに入力してから発射を行う必要がある。
 そうしないとミサイルが目標を見失って迷走したり、近くにある他の大きな物体に向かってしまう危険があるのだ。
 過去にも、演習で撃ったミサイルが民間の旅客機に命中してしまうような事故は何度か起きている。

 北極海上空、シベリア方面からもソ連機が発進してきた。
 ちょうど敵巨大要塞を前方左右から挟む位置取りになる。

 ハバロフスク基地所属のMiG-25SFRが、海鳴市に降下したヴァイゼン艦にミサイルを発射したという報告は太平洋艦隊経由でジョン・C・ステニスにも伝わっていた。
 ソ連は、異星人への不信感から攻撃を行ってしまう危険がある。
 F/A-18F編隊は進路を北極寄りに変え、ソ連機を牽制する。

 ソ連機の出現とほぼ同時に、ジョン・C・ステニスでは敵巨大要塞からさらに大きな破片が分裂したことを探知していた。
 インフェルノと同じ進路を加速して、F/A-18F編隊に向かってくる。

「敵が来るぞ」

『異星人の艦隊は』

「インフェルノ後方に集結しつつある」

『こちらから撃てばインフェルノが盾になるか』

「おそらくは、だが一度NORADに報告が必要だ」

『こちらのレーダーでも探知した、速いぞ。あと4分で交差する、急いでくれ』

 このまま向かい合って進んだ場合、ボーフォート海上空で遭遇する。
 こちらはF/A-18F戦闘攻撃機が12機、MiG-25SFR邀撃戦闘機が2機。敵の正体は不明だ。同じく大ダコか、それとも別の種類の個体か。

 ジョン・C・ステニスではただちに大西洋艦隊司令部へ敵大型バイオメカノイド出現の可能性を報告し、上空に上がっている艦載機全機に対してミサイルの安全装置を解除するよう発令する。
 状況は一刻を争う。

 F/A-18F編隊の隊長が僚機全機の戦闘準備完了を確認したとき、ソ連機側からの通信が入ってきた。

 管理局艦クラウディアからの指示に基づき米ソ両国が開いていたオープンチャンネルである。この回線は秘匿されていないため、管理局、ミッドチルダ、ヴァイゼン、そして米ソのみならず地球上のどの国の軍でも受信できる。

「わが軍は敵巨大要塞への攻撃を試みる」

 ソ連機パイロットの攻撃予告に、F/A-18F編隊の隊長は注意を返した。

「異星人の戦艦が近くにいる、危険だ」

「しかし、敵が地球に迫っている。わが軍では先に北海に落下した大型個体を確認している、奴らは通常兵器では倒せない。わがスラヴァ級のヴルカーンミサイルを直撃されても耐えたのだ」

「こちらも司令部に検討を急がせている、まもなく攻撃許可が下るはずだ」

「大型個体の出現はわが方のレーダーでも探知している、そちらへ向かっているぞ」

「わかっている、しかし許可なく攻撃は出来ない」

 米軍とソ連軍の意識の違いである。
 もちろん部隊ごとの司令官の裁量はあるが、ソ連軍の場合は基地を離陸する時点で既にパイロットの判断で攻撃してよいという許可が下される。
 米軍では、あくまでも攻撃に正当性を持たせるために必ず管制とパイロットの両方による確認が必要である。

「わがR-37の射程距離にあと30秒で入る、阻止限界点までは猶予は0.7秒しかない」

 ソ連機パイロットの声は切迫していた。
 地上基地から発進したMiG-25SFRは距離が遠いため、全速で飛んできても攻撃可能位置に到達するのがぎりぎりになってしまう。
 もし宇宙空間で迎撃できなければ、大気圏突入フェーズに入った大型バイオメカノイドを空中で撃破することは不可能だ。

 F/A-18Fの高度計は9万フィートを超えた数値を示しており、従来型のジェット戦闘機が飛べるほぼ上限の高度だ。
 これほどの高度では大気が希薄になることで揚力が急激に減少し、水平舵や方向舵の効きがぐっと弱くなってしまう。スロットルを常に全開にし、推力で機体を支えなければ失速してしまう。

「高度を下げろ、そちらはもう限界のはずだ」

 MiG-25SFRは高度10万フィートを突破し、大型バイオメカノイドに向けてさらに上昇していく。本機は熱核ロケットエンジンを搭載するため高空でも推力による姿勢制御が可能だ。
 動翼による機体制御が行えない超高空では、MiG-25SFRに限らず推力偏向装置による機動を行う。
 F-104では尾翼付け根に追加したパドルで、X-62では慣性制御装置の指向性を変化させて推力のかかる方向を変える。

 高度13万8千フィート、エルズミーア島上空で、2機のソ連MiG-25SFRはR-37ミサイルを大型バイオメカノイドに向けてロックオンした。
 既に巨大要塞インフェルノからは800キロメートル以上離れており誤射の危険はないとの判断だ。

「フォックススリー、ミサイル発射、ブースター作動を確認!そちらへ8発向かった、右側を注意してくれ!」

 一度の攻撃で全弾発射である。2機のMiG-25SFRから4発ずつ発射されたR-37ミサイルは中間誘導を慣性航法で、終末誘導をアクティブホーミングで行う。
 シーカー視野角の中に入ってくるであろうF/A-18Fにホーミングしないよう、ソ連機パイロットは無線で注意を促した。

「了解した、右下方へターンする」

 ミサイルに向かって正対する姿勢をとり、バイオメカノイドの方がミサイルの視野に大きく映るようにする。
 一般的にアクティブホーミング方式のミサイルはより大きな目標に向かって進むようプログラムされている。

「全機ブレイク、高度7万まで降下!パルスレーザーを用意しろ!」

 F/A-18F編隊の隊長は陣形を組みなおしての迎撃戦を指示した。
 敵大型バイオメカノイドは高度80キロメートルを切り、濃い下層大気に突入してオレンジ色の衝撃波を纏いはじめる。

 流星のように輝き始める目標へ、8発のR-37ミサイルがマッハ6の最高速度で突進する。
 ミサイルの排炎が高空に瞬き、大型バイオメカノイドを捕らえる。

 だが、命中寸前、ミサイルは砂を散らすように空中で爆発した。

 誤爆か。信管の故障か。
 MiG-25SFRの火器管制装置では、目標までの距離120メートルのところで弾頭に掛かった加速度6万3千Gを記録したのを最後にミサイルとの通信が途絶えていた。

 敵が、ミサイルを迎撃した。
 発射された8本のうち、5発までが空中で次々と迎撃され、残りの3本が大型バイオメカノイドの後部に命中した。
 空中に火花のような炎の破片が飛び散り、ロケット燃料が付着したミサイルの筐体のかけらが燃えながら散らばっていく。
 高度50キロメートル、プラズマの衝撃波を纏っていた大型バイオメカノイドが急激に速度を落とし、空中に展開する。

 勢いをつけて上昇していたMiG-25SFRのパイロットは、頂上が吹き流された積乱雲の上に立つ、三つ首の巨大な竜を見た。

 レーダー上では、敵大型バイオメカノイドの速度がゼロになっていた。空中に完全に停止している。
 地球の航空機では不可能な機動だ。ヘリコプターなどのVTOL機でもなく、また鳥のようにその場で羽ばたいているのでもない。
 翼のように見える構造を動かさず、その場に浮いている。
 成層圏、極夜ジェット気流の猛風の中、ドラゴンは三つの首をゆっくりと動かし、周囲の米ソ戦闘機を見渡していた。

「でかいぞ……これは」

 旋回して下方から見上げる形になったF/A-18Fのパイロットは、酸素マスクを付け直しながら気圧されるように呟いた。
 巨大である。
 高速で飛ぶ戦闘機からは、通常相手はとても小さく見える。20メートルの大きさを持つ戦闘機でも、何キロメートルも離れていれば芥子粒のように小さく見える。
 しかし、ドラゴンは太く短い4つの足、コウモリのような長い支えの入った翼、それぞれ独立して蛇のようにうねる3本の首、それらの様子がはっきりと見えている。

 100メートル近い大きさがある。
 翼を一杯に広げればどれほど巨大だろうか。自分たちが乗り組んでいる空母よりさえ大きく見える。これほど巨大な生物は地球にはいない。そして、これほど巨大な物体が空を飛ぶこともない。
 太陽の光が無い、暗闇の中にドラゴンの姿が淡い光を浮かべている。自己発光能力を持ち、それは伝説の幻獣のような、ファンタジー映画に登場する魔物のような、魔法の力を示していた。
 大型バイオメカノイドの存在感は、米ソのパイロットたちを一瞬としても圧倒していた。

 極夜の黒い空に、深い紫色の魔力光を放って飛ぶドラゴンが、地球の戦闘機たちを見下ろしている。

 

 

 日本時間で1月1日の夕方、海鳴市にあるハラオウン家邸宅で、デビッド・バニングスはイギリスとの国際電話に出ていた。
 先月のグレアム提督爆殺事件の捜査のためにロンドンに滞在しているエリオたちからの緊急連絡が届いたのだ。

 海鳴市には、先のソ連防空宇宙軍による巨大要塞インフェルノへの核攻撃の巻き添えを食って不時着したヴァイゼン所属の次元航行艦がおり、現在乗組員たちの移送手続きが行われている最中である。
 このヴァイゼン艦に続いてさらに、インフェルノから次々と大型バイオメカノイドが飛び出し、地球に降下してきている。
 まず大ダコ型個体がイギリス沖の北海に落下し、警戒のために出撃していたドイツ、イギリス、ソ連の各海軍艦艇と交戦した。この戦闘にはミッドチルダ艦隊の艦艇および管理局艦クラウディアも参加した。
 戦闘で損害を受けた艦はミッドチルダ艦隊XJR級巡洋艦レパードが沈没、クーガーが中破。ドイツ海軍ザクセン級フリゲート艦ケーニヒスベルクが中破、イギリス海軍トライトン級アローヘッドが小破した。
 ケーニヒスベルクでは後部ヘリ甲板付近に大ダコのプラズマ砲が命中し、航空科員8名が吹き飛ばされて壁などにぶつかって骨折、またはプラズマの大電流によって感電し重軽傷。
 アローヘッドでは乗員への被害は無かったが舷側が一部割れたり外板がはがれたりなどし、電子機器に故障が生じた。
 積極的な接近戦を行ったミッドチルダ艦隊は被害が大きく、レパードでは右舷後部の機関室付近にプラズマ弾が命中し、装甲隔壁が貫通されて魔力炉のシリンダーを破壊、これにより機関室で発生した火災で機関科員5名を含む21名が負傷、7名が死亡していた。
 クーガーでも死者こそ出なかったものの倒壊したマストの重みで艦内通路が潰され、1名が足を挟まれ切断するという事態になっていた。

 バイオメカノイドとの戦闘において、生身で相対する魔導師だけではなく、強大な攻撃力を備えた艦艇であっても重大な被害をこうむりうるということがわかったのだ。
 当然ではあるが、魔導師が生身で魔力機械と交戦するということは考慮されていない。アインヘリアルのような地上砲台、防衛用の戦車などを攻略するには、歩兵の魔導師であっても対人用デバイスではなく対戦車ライフル級の大型デバイスを使用する。
 JS事件の際も、ゆりかごの迎撃に上がった魔導師たちは空戦用バリアジャケットを装備し、これは地上用とは異なる空中戦用の、いわば人間サイズの魔力戦闘機とも呼ぶべき装備である。
 アルザスの現地自治体が当初考えたように、野生の魔法生命体を地元猟友会が駆除するというようなわけにはいかないのだ。
 人類の力を明らかに超越した宇宙怪獣が相手なのだと、はっきりと認識しなくてはならない。

 海鳴市北部に不時着したヴァイゼン艦では乗員が救助されているが、墜落時の衝撃で死亡した乗員もいる。
 彼らの遺体は上空に待機している旗艦チャイカが用意した棺にひとりずつ納められ、同艦に運ばれている。
 輸送のためには、周囲の市街地から見えてしまう場所であるという都合上ヴァイゼン側の上陸艇を使うわけにいかず、航空自衛隊のUH-60Jを使用して輸送を行っている。
 各所から知らされる状況を整理していくにつれ、現在、地球と次元世界はこれまでにない緊張状態にあるということをデビッドは実感していった。
 デビッド自身は技術者ではなく、あくまでも人を集めて組織をつくる実業家である。
 業務を進める上でデビッド自身がクライアントと営業交渉を行うことも多い。相手になるのはアメリカのいわゆるコングロマリットや政府機関の人間などである。
 彼らから、事業ロードマップの参考にしてくれと渡される資料──広報資料として一般公開されているものだけではなく機密に類されるものもある──を見るだけでも、アメリカが行っているさまざまな秘密の計画が浮かび上がってくる。
 それは一般の市民からしてみれば、政府の陰謀と喧伝されたり、都市伝説と一笑に付されたりするだろう。

 エリオ・モンディアルは、北海に落下した大型バイオメカノイドの個体は管理局の機動兵器により破壊され、現在イギリス海軍とドイツ海軍が共同で残骸処理にあたっていると伝えた。
 かつて機動六課時代、六課フォワード陣が海鳴市を訪れた際にはエリオたちはデビッドとも面識があった。
 機動六課の頃はまだ幼さが抜けない少年魔法戦士だった彼だが、今は立派に成長し管理局捜査官として活躍している。

 デビッドが知りうる情報としては、今回のミッション──異星人たちの世界では“次元世界”と呼ばれている外宇宙進出を目的にしている第2次ボイジャー計画を進めるにあたり、NASAだけではなく国防総省が絡んでいるというものだった。
 すでにアメリカは、20世紀中ごろから地球を訪れていた次元世界の航宙機を観測、もしくは事故などで墜落した機体を鹵獲し、分析、研究を進めていた。
 それら、次元世界のいわゆる魔力機械から取り出された技術がアメリカ軍の最新装備に反映されているというのは、ある一定以上のレベルの業界人にとっては公然の秘密である。

 北海では撃沈されたミッドチルダ艦から、僚艦が乗員の収容を行っているが、彼らもイギリス海軍による救援の申し出は断っている。
 少なくとも現時点では、地球と次元世界は正式に国交を開いておらず、互いの世界の人間が接触するのは後々面倒なことになるのだろう。

「ミッドチルダの艦は地球に滞在を?」

『ロンドン郊外の空軍基地に、まもなく入港予定です。巨大要塞インフェルノが未だ地球軌道上にある以上、これへの対処を行わなくてはなりません』

「インフェルノが地球上空に現れてからもう3日がたちますが、戦況はどうですか。地上からは双眼鏡で覗いても見えません」

『厳しいと聞いています。こちらの武器でも彼らを倒すには威力、手数とも不足気味です』

「イギリスではM機関なる組織で超古代文明の機動兵器を作っていると聞いています」

『復元作業で手一杯です。とても実戦投入は無理です』

「そうですか……」

 日本でも、海鳴市に墜落する次元航行艦の様子はアマチュアカメラマンによって撮影され、当初は巨大隕石の落下として報じられた。
 しかしそれからまもなく、捜索のためにやってきたヴァイゼン艦が海鳴市上空に現れたことによって、もはや異星人の来訪を国民に隠し通すことは不可能になった。
 これまで、航空自衛隊やアメリカ軍などがスクランブルを行ったUFOは、こちらが接近すると猛スピードで逃げたり、レーダー上で突如反応を消したり、目視できるところまで接近してもまるで透明になるように姿を隠したりしていた。
 異星人の乗り物、すなわちエイリアンクラフト──次元航行艦は地球の兵器では相手にならない超高性能がある。
 しかし、今回海鳴市に降下してきた艦はそれらの防御装置を、あえて使用しないようにしているように見えた。
 地球の宇宙船、ソユーズやSSTOなどは大気圏突入の際には時速2万キロメートル以上の高速で突入し空気抵抗で減速しなければならないが、ヴァイゼン艦は大気との摩擦を起こさない程度の速度でゆっくりと降下してきた。
 さらに地上近くまで降りてきてからはこちらのジェット戦闘機に合わせたような亜音速で飛行し、航空自衛隊によるF-15発進にも応じてゆっくりと飛んでいた。
 レーダーにもしっかりと映り、各地のレーダーサイトからの追尾は続けられていた。

 異星人は、自分たちの姿を現そうとしている。これまでのように隠れてはいない。
 それは、地球人に対して自分たちの存在を知らせるべき時が来たということだ。

 

 

 深夜0時を回り、日付が1月2日に変わった頃、高町士郎・桃子夫妻がハラオウン家邸宅を訪れた。
 デビッドもバニングス邸からこちらに詰めており、ノートパソコンを持ち込んで関係各省との連絡を取っている。
 高町なのはが管理世界に渡るにあたり、日本における身元の処理は不可欠な手続きであった。もともとミッドチルダ人であったフェイトはともかく、なのはとはやての二人については住民登録があるのに本人がいないという状態を解消する手続きが必要になってくる。
 はやては、グレアムの助言を得て戸籍を削除し、ミッドチルダへの永住を決めた。
 なのはは、それよりも後、11歳のときの撃墜事件を機に、この問題を真剣に考え始めた。これまでのように、戸籍を日本においたまま、長期旅行というような形で次元世界に行くというわけにもいかない。
 もし次元世界で作戦任務中に殉職となった場合、地球ではその情報が伝わらないため、行方不明者扱いになってしまう。

 次元世界とは広大な星間文明国家である。元々人類が居住していた星だけでなく、いくつもの惑星に進出し、開拓していった。
 未知の世界を目指して探検に出かけようとするのは、地球人も次元世界人類も変わらない冒険心である。

 その中で、彼らはいわゆる“エイリアン”に、この現代に至るまでついに遭遇しなかった。
 広大な宇宙──次元世界には、しかし人類しか住んでいなかったのである。
 天文学、進化生物学に基づくならば、宇宙に存在する恒星系はさまざまなものがあり、そこに存在する惑星もさまざまな環境を持っている。そのような多様な環境で、生物が画一的な進化をするというのはにわかに考えにくい。
 まったく違う星で生まれた生き物が、出会ってすぐに意思疎通が可能なほど、知的文明は宇宙の別々の場所で発生するのだろうか。
 そういった疑問はさておいても、当初の次元世界は転移魔法によってそれぞれの世界を行き来することが出来、交易を持っていた。
 当時は、まだ天文学が発達していなかったこともあり世界はすべて地続きで、次元世界というのも世界はテーブルを何台も積み重ねたような層構造をしておりそれを行き来しているのだといわれていた。
 旧暦以前の時代に描かれた宇宙の想像図を見ると、第97管理外世界でいうジッグラトやピラミッド、バベルの塔のような、数十階程度の石積みの建物の中に各次元世界が収まっている様子が描かれている。
 あるいは、平たい身体をした竜の背中が大地であり、竜が何匹もおぶさっている様子が描かれている者もある。
 しかしそれも、転移魔法を船に施した次元航行船の発明により、しだいに広い海に浮かぶいくつかの島というような描かれ方をするようになった。
 やがて科学技術文明が発達し、航海技術も発達して高精度な測量が可能になると、まず1つの次元世界には1つの地球が存在するということが判明した。次元世界とは、それぞれ別個の有人惑星ということである。
 確かに各世界では、観測される他の惑星や太陽の様子なども若干異なっており、それはそれぞれの次元世界は独自の太陽系を持っているからだということがわかった。
 惑星の配置が似通っているのも、ハビタブルゾーン(生命の存在に適した領域)という考え方によって説明されるようになった。
 すなわち太陽に近いほうに小さめの岩石惑星が、太陽から遠いほうに大きなガス惑星が形成されるというものである。
 このガス惑星の配置が適切であれば、内惑星領域への彗星や隕石の爆撃を避けられ、さらに内側の岩石惑星は太陽からの適度な熱を受ける位置に安定した軌道を保つことができ、液体の水と二酸化炭素の大気が生まれ、その中で生命が誕生するというものである。
 旧暦時代ではおよそ20個程度の次元世界が知られており、それは20個の太陽系と地球がそれぞれ存在したということである。

 イギリスにいるエリオたちからの連絡を待つ間、士郎と桃子はそれぞれ、エイミィから渡された次元世界の歴史書や科学史書を読んでいた。次元世界の成り立ちを、即席ながら学ぶためである。これから次元世界に関わっていく上で、そこがどんな世界なのかを知る。
 娘、なのはが生きている世界がどのようなものなのか。単なる異星人の星、ではない、独自の世界を持った領域である。

 次元の海を渡る航海技術が発達し、各地の次元世界の探査が進んでいくにつれ、この宇宙というものがどのような有様をしているのかというのが次第にわかっていった。
 地球たる惑星は太陽たる恒星の周りを公転し、恒星は数光年から数十光年の間隔をもって星団をつくり、数千億個の恒星が集まって銀河をつくっている。
 銀河はさらに数百万光年の範囲で銀河団をつくり、銀河団がいくつも集まった超銀河団は実に数億光年もの大きさを持っている。
 はるか遠方の銀河を観測するときに、銀河が高速で移動することによってスペクトル吸収線がずれて見えることから宇宙が膨張していることが判明し、この膨張を逆算していった結果、宇宙の年齢は137億年と計算された。
 この数値はどの次元世界で観測した赤方偏移の値でも同じである。
 第97管理外世界と呼ばれる地球は、天の川銀河に所属している。ここからほかの、たとえばアンドロメダ大銀河などを眺めた場合、そこには220万年前の光が見えている。
 同様に、アンドロメダ大銀河に所属する地球に住む次元世界人類からは、220万年前の天の川銀河の光が見えている。
 人類はさまざまな星に住んでいるが、しかし、この第97管理外世界で恒星間宇宙船を仕立ててアンドロメダ大銀河に向かっても、そこに人間の姿を見ることはできない。
 異なる次元世界に住む人類は、次元間航行なしには互いを見ることができない。
 このような現象は、スーパーストリングス理論が導き出すブレーンワールドの存在によって説明される。ヘテロティック弦理論が示す26次元時空によって分割された一つの宇宙空間であり、それはドメインウォール、あるいは虚数空間と呼ばれる。
 次元世界とは、さまざまな星に住む人類がひとつの宇宙を共有している姿である。
 それぞれの星に住む人類からは、宇宙には満天の星があり、ひとつの太陽があり、ひとつの地球がある。他の星に住む人間──いわゆる宇宙人はいない。
 しかし次元間航行を用いると、あたかも並行世界に移動したかのように、もともといた世界では何もなかった場所に、人間の住む惑星を見つけることができる。

 それでもなお、この宇宙とはただひとつ存在するものであり、いわゆるパラレルワールドの様相を呈してはいない。
 人間以外の現象は等しく観測されるのである。
 たとえばアンドロメダ大銀河はどの次元世界からも見えるし、第97管理外界の暦で西暦1987年に発見された大マゼラン銀河の超新星SN1987Aは、周辺のすべての次元世界からも同様に観測されていた。
 人類はひとつの宇宙に、それぞれの星に分かれて暮らしているのである。

 この宇宙の有様の原因は長らく不明であったが、ここ数年の最新宇宙論によれば、位相欠陥と呼ばれる次元のひずみがこのような光景を見せているのだという説が地位を上げてきていた。
 次元世界同士を隔てているのが位相欠陥と呼ばれる天体である。
 もっとも天体といっても惑星や恒星ではなく、空間がいきなり割れたり壁のようになっているものである。次元断層が線状に伸びている場所ならば宇宙ひも、断層でずれた時空が平面を成していればテクスチャーと呼ばれる。
 特にこのテクスチャーの存在によって、実数空間と虚数空間、そして深宇宙の成り立ちが説明できる。
 次元間航路とはヘテロティック弦理論が説明する26次元時空のうち、コンパクトに畳み込まれた余剰次元に開いた空間でありこれが実数空間に出現するとそこがドメインウォールとなり、それぞれの次元世界をあたかも並行宇宙のように分割する。
 次元断層や次元震動などの次元間物理現象の発生機構には、次元膜(ブレーン)を移動する素粒子グラビトンが深く関わっている。現代では、グラビトンの波動、すなわち重力波を用いることで次元を超えた宇宙方程式を記述することが可能になる。
 ミッドチルダでも未だ研究途上であるこの分野では地球も高い技術力を持ち、地球発の最新宇宙論は次元世界の魔法技術にも大きな貢献を残している。
 超高次元の存在がもたらすこの原理がわかっていれば、未知の次元世界をより効率的に探索することが可能になってくる。

 次元世界では今、この宇宙の大規模構造を経て出現した異質存在により、未曾有の危機を迎えている。
 人間は、新たな現象に遭遇したときまずそれが既知の現象のどれかに該当していないかどうかを調べようとする。それが未知の事象であるかどうかを、すぐに判断することができない。
 バイオメカノイドへの対処が遅れたのは、それが未知の存在であるということに気づくのが遅れたからだ。
 士郎自身はすでに引退した身であるが、現在もSPの仕事をやっている知人などから、かすかに伝え聞いてはいた。
 現在報道されている、地球周回軌道に入った巨大隕石の正体が、バイオメカノイドなる宇宙怪獣が巣食う巨大人工惑星であるという事実。
 米軍はすでに異星人──なのはたちが所属している管理局を組織しているミッドチルダ人──と連絡を取り、対処を検討している。
 それに伴って、互いにその正体を知らない人間同士が衝突から混乱を招かないよう、海鳴市には急遽、人員が投入されつつあった。
 北部の温泉地帯に墜落した次元航行艦の救助に向かったイギリスSASの派遣に、上院議員アルバート・クリステラの意向が反映されていることは間違いない。さらに米CIA、香港警防などの各国工作員が続々と日本に入国している。

 普通の市民には気づかれないだろうが、士郎には、ここ数週間で明らかに“その筋”の人間が街に増えているということが実感されていた。
 エイミィの話では、彼らはかつてのPT事件、闇の書事件の痕跡を調べていたという。士郎の娘、高町なのはが関わった事件である。この事件ではジュエルシード、そして闇の書という次元世界由来の物体が海鳴市に持ち込まれ、魔法を用いた戦闘が発生した。
 それは海鳴市にわずかな痕跡を残し、アメリカはその痕跡を追ってついに、次元世界の存在を突き止めたのだ。

 なのはは今、時空管理局本局におり、巨大戦艦インフェルノ攻略作戦のために準備をしている。
 本局は、地球から何万光年離れているのだろうか。少なくともこれまでの観測データからは、同じ天の川銀河に属するらしいということはわかっている。

 日本で夜が更けていくとき、ヨーロッパではまだ日中である。
 デビッドのノートパソコンで受信したメールで、ロンドン郊外、ブライズ・ノートン空軍基地へのミッドチルダ艦隊所属巡洋艦の着陸作業が始まったことが伝えられた。
 イギリスは、異星人を自国領土内に迎えたことになる。
 空軍基地の周囲には、異星人の宇宙戦艦、今までUFOといわれていたものの正体を一目見ようと見物にやってきた市民がちらほら集まっていた。もし万が一、彼らの中に暗殺者などが紛れ込んでいないとも限らない。
 警察だけでなく、軍による警備が必要になる。

「デビッドさん、あなたはもうこの仕事に携わって長いのですか」

 士郎は質問した。なのはやアリサがまだ小さいころは、同じ学校に通う娘を持つ親として近所づきあいはあった。
 過去はともあれ今の士郎は喫茶店を経営する一自営業者であり、片やデビッドは日米にいくつも企業を所有する実業家である。
 互いの仕事を深く詮索しないというのは、日本の都会に暮らす人間としてはごく普通の心理だった。

 受信したメールにフラグを立てて、デビッドは顔を上げ、頬を爪で掻いた。

「ええ。私が最初に作った会社というのが、航空機の部品を製造しているんです。そこで、7年──いえ、8年ほど前ですか、新しく打ち上げる探査機の機体を作ってくれという案件を受注したんです」

 第2次ボイジャー計画は、米国議会においては2014年に予算が承認され、翌2015年よりプロジェクトチームが発足している。

「その探査機というのが」

「──はい。ボイジャー3号は現在、キグナスGII──第511観測指定世界に到達しています。打ち上げからわずか半年でです」

 外惑星領域に向かう探査機というのは、打ち上げから目的地にたどり着くまで何年もかかるのがこれまでは普通であった。
 しかしボイジャー3号はわずか半年で太陽系を脱出し、人類史上初となるワープ航行を成功させた。
 NASAのプレスリリースでは海王星付近に遠地点を持つ楕円軌道に投入されたと発表されているが、実際の機体は既に太陽系にはいない。地球を離れること170万光年、銀河系外の虚無の淵にその星はある。

 いわゆる次元間航行については、理論的には、もうじゅうぶん基礎が出来上がっていた。あとは投入するエネルギーをどうするかが問題であった。
 そこへ、異星人──次元世界人類の用いる魔力というエネルギーが浮上してきた。

「その頃から既に──いえ、ハラオウンさんがこちらにいらした頃にはもう?」

 士郎の推測を、エイミィも否定はしない。なにより彼は、エイミィやリンディとしても近しい人間である高町なのはの父親である。
 彼に情報を隠して都合がよいということはない。むしろ、隠し事をして不信感を持たれる事はマイナスである。
 アメリカにはアメリカの都合があるのだろうが、管理局にも管理局の都合がある。

 8年前といえば、なのはたちが丁度、“レリック”なる物体の調査を行っていた時期である。
 さまざまな世界で分散して発見されていたレリックを捜索するため、一度海鳴に戻ってきたこともあった。
 そのとき既にリンディは第97管理外世界での統括官の仕事をしていたので、顔見世程度で特に一緒に行動したりということもなかったが、この時期の符合に士郎は引っかかるものがあった。
 士郎はSP時代のいくつかの仕事から、アメリカの裏の顔、性格というものを知っている。

 アメリカが行動を起こすとき、それは必ず情報を入手したときである。
 アメリカは、殊にアメリカ軍は、推測だけでは絶対に動かない。情報による裏づけがあってはじめて何らかの計画をスタートさせる。
 2015年、新暦では75年というこの時期にアメリカが第2次ボイジャー計画をスタートさせたのは、ミッドチルダにおける何らかの事象に進展がありそれがアメリカにとって信じるに値する何らかの情報をもたらしたからであると士郎は考えた。

「ご推察、恐れ入るばかりです。確かに──JS事件と管理局では呼んでいます──当時、レリックなる純粋魔力電池とその由来について、管理局技術部では分析が行われました。
そして、戦闘機人というサイボーグ技術の由来を調べていくうちに、それが先史時代──おおよそ1万年以上前にまで起源をさかのぼることが判明したのです」

「魔力電池、ですか」

「私たちが使う魔力というのは、特別に精製した結晶鉱物に溜め込むことができます。私たちの世界で電池(バッテリー)と呼んだ場合一般的にはこれをさします」

「ちょうど、電気自動車の燃料電池のようなものですよ」

 デビッドが補足する。燃料電池を用いた電気自動車では、モーターを回す電気を作るのに水素を使用するが、水素は気体や液体の状態では取り扱いが困難である。そこで特殊な合金に水素を吸い取らせることで安定した状態で搭載している。
 同じように魔力素を大量に含むことのできる物質が次元世界では作られているということだ。

「サイボーグというのはわれわれ地球人が想像するものと同じと考えてよいのですか」

「その通りです。私たちが用いる魔力は、機械によってある程度の平均化はできますがどうしても使用者の熟練度や個人の能力差によるところが大きく、戦闘技術としては不安定でした。
そのため、機械によって強化した兵士というものが考案されました」

「それが戦闘機人と──名前からして、戦闘目的での身体能力強化というわけですね」

「はい。もっとも、医学的なハードルもさることながら倫理的な面からの反対も大きく、広く実用化に至ったとはいえません。
しかしその基礎研究の段階で、かつて昔──こちらでは中世に相当する時代──、既に人類はサイボーグ技術を実用化しており、諸国の王族がそれを用いて戦線に立っていたということがわかったのです」

「数百年ほども前ですか。しかしそんな昔では、精密な医療技術や、金属加工などの技術もなかったのでは」

「ええ。もちろん当時の魔法技術も、現代とは比べるべくもありません。これに関してはいまだに、ロストテクノロジーと呼ぶべきものです……。
さらに調べていくうちに、恐ろしいことがわかりました。当時用いられていたのは、人機融合技術──すなわち有機物で機械を作り、これを人間に移植するものです。
人間が、機械を生体内で生産し、組み立ててしまうのです。当時の王たちは、もはやヒトとは呼べない存在にまで昇り詰めようとしていました」

 デビッドも士郎も、思わず唇を締め、息を呑んだ。

 よくSF映画などでデザインされるような、生き物のように振舞う機械の怪獣。それはバイオメカノイドと呼ばれた。
 ここでようやく、エイミィがこの話をした理由がわかってきた。
 現在、地球に降り注ぎつつある宇宙怪獣バイオメカノイドは、まさに人機融合技術によって誕生した改造生物であり、機械怪獣なのだ。

 報道で見た、北海で撮影された大ダコ型のバイオメカノイドは、明らかに金属質の身体を持っていた。

 士郎、デビッド、エイミィが向かい合っているテーブルの後ろで、桃子はそっと話を聞いている。
 カレルとリエラを寝かしつけたアルフが一度キッチンに戻ってきたが、マグカップを流しで洗って片付けてから、何も言わずに寝室へ戻っていった。

「なるほど……それで、私が呼ばれたというわけですね」

 士郎がかつて請けていた仕事に関わる組織の中で、そのような人機融合技術に触れていたものがあった。
 これに関してはもともと日本政府が絡んでいたこともあり、アメリカとのやりとりの中ですぐに判明した。
 何よりも士郎は、高町家は管理局内での実力者高町なのはの実家であり、ここが押さえられてしまうと管理局での彼女の行動に支障を生じる可能性がある。
 そのような事態を未然に防ぐためのリンディの判断であった。
 レティからの報せで本局に召還される際、リンディはエイミィに言伝を残した。現在第97管理外世界に滞在している管理局員に加えて、彼らが身を寄せている現地人の保護も並行して進める。
 殊に、高町家はこの世界で現時点において唯一、現役の管理局員がいる家族である。
 ここを衝かれ、高町なのはが行動の自由を奪われることは多大な損失につながる。

「この件に関してはCIAと管理局は協調をとっています」

「私自身も、それなりの準備はできています。恭也と美由希にも伝えます」

「わかりました。エリオ君にも、合わせて二人へ連絡するように言っておきます」

 深夜の町は静かに、沈黙している。
 駅から離れたバイパス道路を、トラックが時折走り抜けていく。冬の冷たい空気に、遠くの音が響いて聞こえてくる。
 このような環境の中でも、気配を隠すことができる技術を持つ者たちが海鳴市内に数え切れないほど潜んでいる。
 彼らは一見普通の市民に成りすまし、ひそかに目標に近づき任務を遂行する。一見平和な町の中で、数々の事件や陰謀が進んでいく。
 もう何十年も前から、この中京地方の小さな観光都市、海鳴市とはそういう町だった。
 何の因果か、この地に生まれた健気な少女、高町なのはは、今は異世界へ飛び出し手練の戦士として戦場を駆け巡っている。

 今更それをどうこうできる義理は士郎にはないのかもしれないが、力を持つ者がそれを正しく役立てることができるということが、ミッドチルダという世界に暮らす人間にとって最上の幸せであるという価値観は、結果的にはなのはにとっては幸運だったと士郎は思っていた。

 ひたすら世界の闇から目をそらして、何も知らないまま怠惰な人生を送るよりはよほどいいのかもしれない。
 投げやりに、不貞腐れてしまうのは自分や恭也が男だからなのだろうか、なのはには自分たちにはない芯の強さがある──と、士郎は思っていた。

 再び、デビッドのノートパソコンが新着メール受信を知らせるアラームを鳴らした。
 メールソフトを開き、文面を確認するデビッドの表情を、エイミィと士郎は固唾を呑んで見守る。

「──2体目の大型個体が現れました。北極海上空で、米軍空母部隊と交戦中との事です」

 地球の艦や戦闘機が、バイオメカノイドにどこまで対抗できるか。ミッドチルダ艦隊とクラウディアはイギリスへ向かっており、他の艦も現場には急行できない。
 ほとんどの艦がインフェルノを離れてアルザスに向かっているはずだ。

 デビッドに知らせてきたのは、アメリカのオフィスで仕事をしているバニングス・テクノクラフトの社員だった。
 アメリカでは、上空に現れた大型バイオメカノイドの姿が市民に目撃され、ニュースでも大きく報道されていた。
 いずれ、ヨーロッパや日本のマスコミもこれを無視できなくなるだろう。大型バイオメカノイドがインフェルノから飛び出してきた瞬間は米軍の偵察機、偵察衛星によって撮影されている。
 アメリカだけでなく各国でも、あの物体は隕石などではなく人工的な物体、エイリアンの宇宙船だ、それを認めて情報を公開しろという追及が厳しく上がっている。政府、そして軍はこれを無視できない。国家として対策を取らなくてはならない。

 そして、アメリカだけでなく世界中のどの国の空にも、大型バイオメカノイドが現れる可能性がある。
 日本とて例外では、ない。

 

 

 成層圏の黒い空に、アフターバーナーの輝きが舞う。
 ミサイルを発射するために距離を離そうと、12機のF/A-18Fは全速力で飛んでいた。現在搭載しているASM-135ミサイルは熱核弾頭を搭載しているため、至近距離で発射すると自機も吹っ飛んでしまう。
 ソ連MiG-25SFRはミサイルを撃ち尽くしたためいったん帰還し、入れ替わりに別のMiG-25SFRとSu-35がR-73対空ミサイルを搭載して向かってくる。

 W82核弾頭を撃つ場合、安全距離として20キロメートル程度をとるよう定められている。

 ドラゴンはまだ空中でゆっくり漂うように飛んでおり、時折口からプラズマ弾を吐いているが、本格的な攻撃態勢に入っていないと思われた。その間に安全圏まで退避し、F/A-18F戦闘機12機によるASM-135の一斉射撃を行う。
 合計24発の核ミサイルをぶつける。この際、上空のインフェルノは後回しだ。大気圏内に降りてきたドラゴンの撃破が優先される。

「全機反転!俺の左右に従って攻撃隊形をとれ!」

 隊長機が指示を飛ばす。高度6万8千フィートで12機のF/A-18Fは大きく180度ターンし、ドラゴンに向かい合う。
 ドラゴンは直立した姿勢のまま、ゆっくりと高度を下げつつあり、風に吹き流された巻雲に脚が触れそうになっている。

「目標、正面前方距離27マイル、ミサイル発射準備完了です!」

「ステイン1よりコントロール、全機攻撃準備完了した!」

『了解、ミサイル発射コードを確認する』

「発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト!」

『発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト、コード確認よし、コントロールよりステイン1へ、ミサイル発射を許可する』

「了解、これよりミサイル発射を行う。ステイン1より全機へ、ミサイル安全装置解除せよ」

 空母戦闘管制室と編隊長の間で管制コードの復唱が行われ、核ミサイルのロックを解除する。

「ステイン2、目標ロックオン」

「ステイン9、ロックオン完了、いつでも撃てます!」

 各パイロットたちからの、攻撃準備が完了したという報告が編隊長に届く。この準備作業の間、F/A-18F編隊はドラゴンに次第に近づきつつあり、視界の遥か彼方で、雲を淡く照らすドラゴンの発光する姿が見えている。

「攻撃開始!」

 距離35キロメートルをとり、横一列に並んだ12機のF/A-18FからASM-135ミサイルが発射される。
 成層圏高度では水平発射も可能なこのミサイルは重力を振り切って飛ぶために非常な超高速での飛行が可能であり、近接信管によって目標に直撃しなくとも起爆する。
 F/A-18F編隊はミサイルの近接信管を500メートルに設定し、また信管が作動せずとも発射から36000メートルを飛んだ時点で起爆するように設定した。
 もし目標を大きく外しても、大気圏内核爆発による熱線の放射で敵を攻撃する。

 大推力ロケットモーターによってASM-135は瞬時にマッハ7を超える極超音速に達し、ソニックブームを纏いながら突進する。
 これほどの速度では信管に求められる精度は非常に高くなり、弾頭に取り付けられたシーカーは短波長レーザーによる測距を電波誘導と併用して行いながら起爆を制御する。

「ミサイル発射を確認、全機反転離脱!」

 それぞれ左右に135度ロールをかけ、スライスターンで反転していく。

 旋回中、機体の腹側を敵に向けることになるのでコクピットから敵の姿は見えない。この距離での発射では、発射から命中までにかかる時間は30秒足らずだ。
 核爆発の熱線をコクピットにもろに受けないよう、機体姿勢を制御する必要がある。

「操縦桿をしっかり掴め!フィードバックに注意しろ」

「着弾します!」

 黒い空が、黄金色に染まった。

 夜空に突如太陽が出現したように、北極の空にまばゆい火球が出現する。
 24発のASM-135ミサイルはドラゴンの周囲を取り囲むようにして爆発し、弾頭に詰め込まれたプルトニウムの核分裂エネルギーを解き放った。
 核分裂によって放射されたガンマ線の高エネルギーは周囲の粒子にぶつかって光子や電子を発射させ、これらは強烈な電磁波となって放出される。
 電磁波は、荒れ狂うエネルギーの奔流ですべての粒子を溶かし、分解し、発散させる。
 大気が燃えるほどの高温が、北極の空に出現する。

 駆け抜ける衝撃波が、戦闘機たちの翼を揺さぶり、パイロットたちは下方へ叩きつけられるような加速度を感じた。
 W82核弾頭はこの空気の薄い成層圏にあっても強烈な爆風を発生させ、眼下に広がる白い雲が、綿を吹くようにゆっくりと、ちぎれて散らばり、広がっていく。

「ミサイル起爆を確認、戦果確認を」

『こちらでも爆発を確認した、電磁パルスが通過しきるまでもう数分かかる』

「機体に異常がないか調べろ。雲の下はマイナス50度の極寒だ、ベイルアウトしても誰も拾ってくれないぞ」

「こちらステイン3、自分は大丈夫です」

「ステイン7、尾翼エンジンともに異常なし」

「光が引いていきます」

 総核出力50キロトンにも達したW82の爆発は、1分以上をかけてゆっくりと減光していく。
 その間にF/A-18F編隊のパイロットたちは機体を立て直し、敵が万が一生き残っていないか注意して再び上空へ向き直った。

「うおっと、おいハマー、爆心地を見ろ、ドラゴンの破片だ」

 編隊長と同期のパイロットが、眼前に広がる光景を見て思わず言葉を漏らした。

「本当だ──敵は粉々に吹っ飛んで──いや、あれだけの核爆発を浴びて固体が残っていること自体が驚異か──」

 高層大気に広がったウィルオーウィスプのようなガス塊の中から、輝くように燃焼する粒々が噴出してきていた。
 爆発によって生じた火球がゆっくりと発散していくにつれ、プラズマの中から燃え残ったかすのような、きらめく小さな固体が現れた。それはゆっくりと放物線を描いて落下をはじめ、輝きを保ったまま雲の中に落ち込んでいく。
 あれは流れ星ではない。大気との摩擦で光っているのではない。
 核爆発の余熱で発光しており、熱と光を纏いながらエネルギーを放っているのだ。

 出力を上げたF/A-18Fの索敵レーダーで、それまでドラゴンがいた空中の地点には、直径が1メートルを超える大きさの物体は存在しないことが確かめられた。

 ASM-135ミサイルによる攻撃で、大型バイオメカノイドを殲滅したことになる。
 ドラゴンを形作っていた物質は粉々に砕け散り、対流圏に向かって落下していく。

「こちらステイン1、目標の破壊を確認した」

『コントロールよりステイン1了解、こちらでも敵大型バイオメカノイドのレーダーからの消失を確認した。
敵は消えたか?それとも残骸が残っているか』

「いや──」

 ジョン・C・ステニスの管制官は、敵が消えたかという言葉を、“存在を失ったか”と表現した。
 すなわち、まったく影も形も残さず消滅したか、もしくは死骸が残っているかである。

 F/A-18F編隊のパイロットたちの周囲を、燃える軽金属のような、手持ち花火のような炎を輝かせながらドラゴンの残骸が散らばり、大気圏に落ちていく。

「ステイン1よりコントロール、敵大型バイオメカノイドは砕け散った。破片が大気圏に落下していく、破片はおそらく核の余熱で燃えている」

『──了解した。バイオメカノイドの死骸が地上ないし海上に降り注ぐ恐れがある。ただちに降下し追撃せよ』

「なんだって?」

 編隊長は思わず聞き返した。やっとの思いで敵を振り切り、核を撃つという決断をして敵を倒したというのにまだ戦闘は終わりではないというのだ。
 他のパイロットたちも、仕掛け花火を眺めるように緩みかけていた意識を何とか持ち直す。
 核爆発によって放たれた大量の電磁波が電離層を刺激し、北極の空を覆いつくすようにオーロラが広がっている。

 最初に散らばっていった破片は既に雲の中に消えており、高度10キロメートル以下まで落ちている。
 地球重力と空気抵抗から考えられる落下所要時間では、おそらくあと2分ほどで最初の破片が北極海に落ちる。

『バイオメカノイドはとても小さな中枢組織(コア)を持っている。管理局からの情報によれば身体を破壊してもコアが無事なら再生するおそれがあるとのことだ』

「Holy shit──アメーバかプラナリアかよ」

「了解した、ただちに追撃に向かう。全機、俺に続いて高度1万まで急降下!対空ミサイルは無い、パルスレーザーで狙うぞ。プラド、お前の射撃の腕を見せてやれ」

「仕方ないな、わかったハマー、どっちが沢山落とせるか競争だ」

 ハマーと呼ばれた編隊長と、プラドと呼ばれたF/A-18F編隊2番機のパイロットは海軍航空隊では同期で幼馴染だ。
 階級上、ハマーの方が上司にはなるが現場でも時折じゃれつくような軽口のやり取りをする。

「気を抜くなよ、空中で触手が生えてきて叩き落されないとも限らん」

『こちらジョン・C・ステニス管制室、ステイン小隊は敵バイオメカノイドの残骸掃討へ向かえ。迎撃エリアをバフィン湾上空、高度8000から25000フィートに設定。
湾の外に落ちてくるものはこちらのシースパローとスタンダードで狙う、無理に深追いはするな』

「了解、全機湾内で索敵開始せよ。勢いあまって味方のミサイルに突っ込むなよ」

 隊長機の指示に従い、F/A-18F各機はほぼ垂直降下でバフィン湾へ急行する。
 北東、グリーンランド側から向かってくるソ連機編隊に対しては、破片との誤認を避けるため高度6000フィートで湾内に進入するようジョン・C・ステニスから要請された。
 破片の数と散乱した広さから、すべてを迎撃することは困難だ。戦闘機の飛べる高度を下回ってしまった破片は無視して、とにかく上から降ってくる破片を片っ端から破壊していく。

 Su-35が搭載するR-73ミサイルは追尾性能が高く、また戦闘攻撃機としての性格を持つ同機種はミサイルの搭載量が多く迎撃戦闘に有利とされた。

「こちらレッド1、破片迎撃作戦を支援する」

 ロシア訛りの英語で、ソ連機編隊のパイロットが通信を送る。
 極夜の北極海、高高度核爆発の余波で深い赤紫色に澱む空の中で、米ソの戦闘機たちはそれぞれに散らばり、敵バイオメカノイドの破片を追う。

 パイロットたちはそれぞれに目ざとい破片を自機の正面に捉え、レーダーを照射して目標をスキャンする。これによって火器管制装置に目標の形状や特徴を覚えこませ、追尾やロックオンができるようにするのだ。
 今回の出撃ではASM-135対宙ミサイルのみを装備し空対空ミサイルを積んでこなかったため、F/A-18F編隊は航空機銃であるR-150パルスレーザー砲で攻撃を行う。
 レイセオン社によって開発されたこのレーザー砲は米海軍艦艇の個艦防空システムとしても従来のCIWSファランクス20ミリ機関砲を置き換えつつあり、高速パルスによる超高密度照射はレーザー対策として鏡面加工を施されたICBM弾頭であっても破壊可能とされる。

 レーダー画面上で、ドラゴンの破片は燃える彗星のようにガス状の物質を噴出しているのが映し出されていた。
 大型バイオメカノイドの肉体を構成していた物質が燃焼して、ハロゲンガスを放出してそれが燃えている。大気の濃い対流圏下部に入り、核の余熱で発火し酸素によって燃え始めている。

「塵も残すな!」

 Su-35はR-73ミサイルで比較的大きな破片を狙い、破壊する。MiG-25SFRは長射程の大型レーザーで遠距離から破片を狙い打つ。
 雲の水分に触れて、雷が鳴っているように激しく内部から発光している。

『ジョン・C・ステニスよりステイン小隊全機へ、上からさらに降ってくるぞ!破片じゃない、小さい個体だ!全機上空からの砲撃に注意せよ!』

 空母管制室からの警告が編隊全機に送信される。大型バイオメカノイドに続いて、さらに小型の個体がインフェルノから飛び出してきた。
 あたかも、夏の沼地に沸くユスリカのように、レーダー画面が砂を撒いたように無数の反応を拾い上げている。

 エコーパターンは大きさが4~6メートル程度、鳥や無人航空機に近い反応を見せている。
 大きな2枚の扇型翼を持つ、双翅昆虫のような個体だ。空中からも、黒い空にきらめく銀色のダイヤモンドダストのような塊が見えている。

「ものすごい量だ」

「レッド1よりステイン小隊へ、わが方のMiG-25はパルスキャノンを積んでいる、これを遠くから撃ち込む」

「レーザーの大砲か!?」

「戦艦の装甲でも撃ち抜ける」

 ソ連編隊の隊長機からジョン・C・ステニスに主武装の情報が送られる。管制はアイスランド上空に待機したA-50AWACSから行っているが、現場に近いジョン・C・ステニスに情報を集約したほうが効率がいい。

『こちらジョン・C・ステニス、全機火力を惜しむな、全力で撃て!誤射にだけ気をつけろ!』

「了解!」

 ミサイルの数にも限りがあるので、Su-35も翼下に抱えたレーザーキャノンによる攻撃に切り替える。こちらはジェットエンジンの軸出力で発電機を回してチャージできるので、撃てる弾数が多い。
 ジョン・C・ステニスに随伴する3隻のタイコンデロガ級も、スタンダードミサイルの上昇限度ぎりぎりを狙って、上空のユスリカの大群に照準を合わせた。

「バイオメカノイドからの攻撃が来るぞ」

 黒い空に閃光が走る。
 戦闘機のパイロットたちは反射的に、操縦桿を倒したりラダーを蹴ったりして機体を振る。
 空中戦において攻撃を回避する方法のひとつは、急機動によって敵の狙いを外すことである。
 敵の飛行型バイオメカノイド、ユスリカは大気の希薄な宇宙空間でも、耳障りな羽音を出す。平衡感覚を狂わせる騒音に乗って、青いプラズマ弾が上空から撃ち下ろされてくる。

「くおっ……とと、やばいぜハマー、こいつは途轍もなく速い!」

 実弾銃の飛ぶ速度は秒速数百メートル程度、ミサイルでも秒速2000メートル程度である。
 これらに比べるとレーザーやプラズマなどの光学兵器は非常に弾速が速い。レーザーはその名の通り光線なので光速で飛ぶ。プラズマの場合大気中では大気分子にぶつかって速度が大きく落ちるが、それでも秒速数万キロメートルの速度で飛んでくる。

 発射の瞬間を見て回避することは不可能だ。
 とにかく機体をランダムに動かし、敵に狙いをつけさせないようにするしかない。

 ユスリカは機動性はそれほど高くないがとにかく発射する攻撃の速度が高く、回避は困難を極める。
 常に機体を左右に振り、射線をはずす。もし敵のプラズマ弾発射の瞬間に敵の正面に位置していれば間違いなく被弾する。
 F/A-18F編隊がユスリカの群れの中に突っ込んで、1分も経たないうちに1機目が撃墜された。プラズマによって瞬時に加熱されたF/A-18Fの機体は機内燃料が爆発を起こし、主翼や尾翼がちぎれてくるくると舞いながら落ちてくる。

「クソっ、墜ちたのは誰だ!」

「囲まれるな、アフターバーナーを全開で焚け!振り切れ!」

「多すぎます隊長、どっちを見ても敵しかいません!」

 さらに1機が撃墜され、ジェット燃料が燃える黄白色の炎が空中から落ちていく。
 数え切れないほどの、無数の小型バイオメカノイドが戦闘機編隊に群がっている。
 ジョン・C・ステニスに随伴するタイコンデロガ級から、スタンダードミサイルとシースパロー対空ミサイルが続けて連続発射される。スタンダードは高空のかたまりになっている群れを狙い、シースパローは低空に降りた敵を狙う。
 さらに各艦の127ミリ速射砲でも、低空まで降りてきたユスリカを狙い撃つ。
 誘導性能のあるミサイルはともかく、北極海の荒波で艦が動揺する中では艦砲の命中率は著しく落ちるが、攻撃の手段を選んでいる余裕が無い。
 とにかく全力で攻撃することが必要だ。

 ジョン・C・ステニスでは大西洋艦隊司令部へ敵バイオメカノイドの大規模な地球降下を報告し、第2艦隊の他の艦へも応援を要請した。
 最新型のズムウォルト級巡洋艦は太平洋に主に配属されていたが、ノーフォークにドック入りしていた1隻が緊急出撃を行うことになった。本級はレールガンのほか、長射程の誘導砲弾、荷電粒子砲を搭載している。
 またインディペンデンス級沿海域戦闘艦も、最高速度50ノット以上と優速であり、プラズマ速射砲を持っているためバイオメカノイドとの戦闘が可能であると見積もられた。

 F/A-18Fのパルスレーザーで撃ち抜かれたユスリカが羽を散らばしながら落ちていく。ユスリカの羽から鱗粉のような金属のかけらがちらばり、これがレーダーにノイズを浮かべていた。

 ユスリカはとにかく数が多く、米ソ戦闘機編隊は圧倒されつつあった。
 Su-35が遠距離からレーザーキャノンを撃ち込み、白い光条が空を貫く。200体以上のユスリカがまとめて撃ちぬかれて、空に銀色の破片が吹雪のように吹き流されている。

「敵の残骸に突っ込むなよ、インテークに吸い込んだらオシャカだ!」

 3機目の被撃墜機が出て、炎のすだれが海に落着する。
 いつの間にか戦闘空域がかなり高度が下がっており、海面付近での戦いに持ち込まれていた。空気抵抗が大きく、上空とは飛行特性も変わってくる。プラズマ弾を避けるには、じれったいほどに機体の反応が鈍い。
 ユスリカたちは海面に沿って飛び、砂漠に現れる砂塵嵐のように、雲のような灰色の集団を作って海面を覆い突き進んでいた。

「敵が多すぎる、このまま空母に到達されたらひとたまりもないぞ」

「速射砲の弾はじゅうぶんにあるのか!」

 パイロットたちの焦る声が通信で交わされる。
 パルスレーザーは携行弾数が多いがそれでも限りはある。ある程度撃つと電池の役割をするキャパシタが消耗してしまい撃てなくなる。

 今海域にいる空母1隻に巡洋艦3隻では多勢に無勢であるという恐れが出てきた。
 既にタイコンデロガ級プリンストンがMk41VLSセル内のミサイルをすべて撃ちつくし、速射砲による砲撃に切り替えているがこれもこのまま全力砲撃を続ければもう3分もしないうちに弾切れする。

 ソ連機編隊も、基地から遠いため燃料の問題があり、あまり長時間戦闘が出来ない。
 Su-35はほとんど無照準でありったけのレーザーキャノンを撃ち、敵を多数撃墜しているが、これもとにかく敵の数が多すぎ、まるで雲を撃つように手ごたえが感じられない。敵は確かに破壊できているがそれ以上に大量の個体が、爆炎を乗り越えて進撃してくる。
 北極海バフィン湾から、ジョン・C・ステニスの防衛線が突破され大西洋に出られてしまうとそこはニューヨークの目と鼻の先である。
 何百万人もの市民がいる大都市が、バイオメカノイドに襲撃される。

 1ヶ月前のクラナガンを襲った悪夢が、地球にも確実に迫りつつあった。

 

 

 次元航行艦隊司令部ではようやくミッドチルダ海軍との連絡を取り、第97管理外世界に降下した艦からの報告を受けた。
 大ダコ型の大型バイオメカノイドとの損傷でXJR級巡洋艦が沈没1、中破1の損害を受けた。残った3隻はクラウディアに続いてイギリス国内の空軍基地へ着陸している。
 現地ではまずクラウディアがイギリス空軍との対応を行い、続くミッドチルダ艦の受け入れ準備を進めているという。

 今回ミッドチルダ艦隊との連絡がついたのは、アルザスに転進した艦隊主力のほか、地球上空に待機したXV級巡洋艦が3隻残っていたからである。
 インフェルノ内部での制圧戦の結果、ひとまずは敵バイオメカノイド群は組織的な行動をとれなくなっていると判断された。
 インフェルノは戦艦というよりは人工惑星に近く、艦の運動を司るのは脳のような中枢組織ではない。各部に設置された兵装も互いの連携は取らず、独自に駆動している。内部に住むバイオメカノイドたちがエンジンを直接動かしている。
 動力炉も数千基に分散されており、内部を次元航行艦によって掘り抜かれたインフェルノは今のところ外部の状況がつかめない盲目飛行の状態であるとみられた。
 この状態に持ち込めれば、外部から力を加えない限り数十周(3週間程度)は放っておいても地球軌道に滞在できるため、あとはインフェルノが地球周辺を漂っている間にこちらが体勢を立て直すことが出来る。

 ミッドチルダ艦隊司令トゥアレグ・ベルンハルト少将は配下の主力戦艦および空母を率いて第6管理世界アルザスに向かい、インフェルノの監視および地球の支援はヴァイゼン艦隊より抽出された巡洋艦戦隊が行う。
 指揮をとるのはヴァイゼン海軍のユーリィ・A・ニーヴァ一佐であり、彼の乗る33級巡洋艦“ウリヤノフ”が臨時の旗艦となり、残っているヴァイゼン艦とミッドチルダ艦を指揮する。
 ヴァイゼン艦隊司令イリーナ・M・カザロワ少将は現在こちらも地球に降下しており、墜落した33級71番艦の乗員を収容し次第ただちに発進すると伝えてきている。

 さらにインフェルノ内部から次々とバイオメカノイドが地球大気圏内に降下しつつあり、一部では地球軍との戦闘が生じていると報告された。

 次元航行艦でも魔力戦闘機でもない、地球の艦や戦闘機ではバイオメカノイドを相手にしては苦戦は必至である。
 最も戦闘力の高いアメリカ軍でも、魔法技術を応用した装備はX-62を除いて未だ実験段階を出ておらず、実戦投入は難しい。既存のミサイルや実弾砲、光線砲や粒子砲で戦うしかない。

 次元航行艦隊司令部に赴いて、現場のオペレーターから報告の提出を受けていたレティは、彼らとほぼ同時に、戦術レーダー大スクリーンに映し出されるアラートを見た。
 ミッドチルダより公転軌道を先行した距離770万キロメートルの宙域に大規模次元断層出現。
 そこから現れた数百隻以上もの未確認大型艦が、本局およびミッドチルダへ接近しつつある。
 ただちにエコーパターンの照合が行われ、初めて遭遇する艦種であることを確かめると管制室のオペレータは索敵コンピュータへデータを登録する。

 本局周辺の対地同期軌道に配置された偵察衛星、およびミッドチルダ~太陽間のL4ラグランジュポイントに配置された天文衛星による撮影がただちに行われ、16分後、画像が艦隊司令部に届けられた。

「これは……ロウラン総長、これを見てください!」

 画像を受け取った管制官のひとりが、慄いた声で、手を震わせながら空間ディスプレイを取り出してきた。
 レティもその画像を見て、眼鏡の奥で目じりを顰める。

 映し出された艦影は、全長8500メートル以上、オレンジ色の菱型船体を持つ、インフェルノをそのまま小さくしたようなものだった。
 特徴的な艦首のシアーとナックルラインのシルエット、艦尾に集中配置された推進ノズル、そして艦底部に伸びるスタビライザーは、かつての“ゆりかご”を髣髴とさせる。

「間違い、ありませんね。“ゆりかご”の準同型艦──敵大型バイオメカノイドを積載した輸送艦です」

「やつらはついにミッドチルダを見つけたんですね──」

「総長、これはミッドチルダが敵に発見されているということですか」

「先月のクラナガンでの戦闘で、大型個体を含め数千体がミッドチルダに上陸しています。彼らが自分たちの所在を何らかの手段で知らせ、惑星TUBOYにいる本体がそれを受信できていたとしても不思議はありません」

「──侵攻は時間の問題だったというわけですか」

 管制官たち、司令官たちは唇を噛んだ。事ここに至ってなお、管理局とミッドチルダは互いの足並みをそろえることが出来ていない。
 艦隊を出撃させようにも、どこの基地からどの艦を出すのか、乗せる魔導師は誰を配置するのかなど打ち合わせが出来ていない。

 レティはすぐさま月面泊地のドックに連絡を取り、強行偵察任務を与えてGS級巡洋艦2隻に出撃命令を伝えた。
 これらの艦を指揮する提督たちはリンディの同期であり、レティとも親交がある。この際、管理局上層部の裁定を待っている猶予はない。
 本来の管理局の命令系統では防衛出動のためには支局統括官(本局の場合は直轄ではなく同じ場所に形式的な支局がある)からの要請が必要だが、事後承諾になるのは仕方がない。
 全責任は自分がとるとレティは提督たちに伝え、月面泊地から2隻のGS級がL4ラグランジュポイントへ向かい緊急出撃した。

 次元航行艦隊司令部では、最初の探知から45分以内の間に連続して、ミッドチルダ、アルザス、リベルタ、カルナログ、ヴァイゼン、オルセアの6つの次元世界に進出している哨戒艦および現地海軍から、“改ゆりかご級”バイオメカノイド大型輸送艦の出現報告を受けた。

 スカリエッティが予想していた通り、惑星TUBOYを飛び立ったバイオメカノイドたちはついに全次元世界へ向けて全面的な進撃を開始したのだ。

 さらに査察部のオペレーションルームに詰めていたヴェロッサから、秘匿回線で技術部内に異常事態が観測されたとの報せがもたらされた。
 バイオメカノイドの接近を探知し、闇の書が再起動プロセスを開始した可能性がある。

「八神二佐の容態に変化は」

『わかりません。魔力残滓の流出が激しく、アテンザ技師長、スクライア司書長ともに連絡がつきません』

 ヴェロッサの声は珍しく焦りが出ていた。彼が動揺するということはよほどの事態である。

『今外部モニターのログを洗ってますが、おそらく、闇の書に連動して八神二佐の意識も戻るはずです。そのとき自分がどういう状態に置かれているか理解したら──、あとは、はやての冷静な行動を期待するしか』

「工程表のチェックは」

『予定通りなら、管制人格の作成を行っていたはずです。ただ、現時点ではまだすべてのモジュールがそろっていません』

「強制的に起動したとしてもシステムクラッシュから暴走あるいは機能不全に陥る?」

『ユーノがどういう組み方をしてたかによりますが──』

「それもはやて次第ということね」

『ええ』

 闇の書の復元計画においては、ユーノが主管となって無限書庫においてプロジェクトの計画案を作成し、レティが管理局最高評議会へ提出した。
 かつて自分が手がけた事件である闇の書事件において、レティもまた闇の書の恐ろしさは目の当たりにしている。
 それでも、管理局は、次元世界人類はこのロストロギアの力と存在に向き合い、克服しなければならない。

 それを避け、ただひたすら敵対するものを破壊し殲滅しようとするだけでは、人類は永遠に戦乱と災厄から逃れることはできないだろう。
 闇の書の存在は、人類にとって恐怖だけではない。
 管理局が擁する大魔導師八神はやての存在が、人類がロストロギアの恐怖を克服するための希望となる。そしてそれは同時に、自らの殻に閉じこもろうとする古い人間にとっての絶望となる。

 破壊と再生。そのために闇の書は復元される。

 それが成されたとき、人類は新たな力と意識を手に入れるだろう。

 

 

 管理局本局内の実験棟では、他の部署から駆けつけた技官や魔導師たちが状況収拾のために結界魔法の操作を行っていた。
 闇の書を格納していたフロアで大規模な魔力素の流出が起き、空調設備から出火した。火災検知器が作動してフロアへの通気口が閉鎖され、自動的にAMFが展開された。
 ここまでは施設に設置された機械が自動で行う操作である。

 この状態で、内部に取り残された人間が生存できるかは酸素が残っているかと、高濃度の魔力素を浴びていないかどうかに左右される。
 魔力素は通常の大気中に存在する濃度では人体への影響はないものだが、魔法の使用に伴う魔力残滓の飛散や魔力炉内部での加圧などによって高度に濃縮された場合、人体や金属などを構成するバリオンを非常に強く励起する。
 魔力素は素粒子としては自由電子と陽電子が対になったポジトロニウムなので、これが物質を構成している原子に衝突すると、原子核と対になっている電子とポジトロニウムの中心にある陽電子が対消滅を起こしてフォトンを放出し、これが魔力となる。
 通常空間内では魔力素は数ナノ秒程度と非常に寿命が短く、密度も小さいため物体への衝突はごくごくまれであり、リンカーコアのような特殊な器官でなければエネルギーを取り出せないが、高濃度の魔力素を浴びると通常原子にも衝突して対消滅を起こすことがある。
 そうなると人体そのものが反応消滅を起こし、これによるガンマ線の高エネルギーで人体が内部から焼き上がってしまうことになる。
 高圧魔力素の流出は、魔力炉を用いた発電所では最も恐れられる重大事故である。
 バイオメカノイドの関与が疑われる、ノースミッドチルダ第1魔力発電所での炉心爆発事故でも、この魔力素流出が起きていた。

 実験棟の内部にももちろん魔力炉はある。出力自体は商用のものに比べて非常に小さいが、それでも爆発すれば大量の熱と電磁気エネルギーを放出するだろう。
 闇の書、そしてはやて、ユーノ、マリー、作業をしていた技術者たち。
 数十名を内部に残したまま、実験モジュールの隔壁は魔力光によって不気味に輝いている。

「まずいです、このままでは結界が持ちません」

 実験棟を防護する結界魔法は、モジュールの周囲をぐるりと囲んで設置された、60基を5層掛けで重ねた結界発生装置から展開されている。
 最初の魔力素流出によってこれらのいくつかが損傷し、結界網に穴が開いた状態になっていることが予想された。そうなると魔力の集中が起こり、特定の結界発生装置に異常な負荷がかかることが考えられる。

「炉は止まってるのか!?でないといつまでも反応が収まらないぞ」

「回線が断線してます、緊急停止信号をこちらからでは送れません!安全装置が作動していれば、自動停止するはずですが」

「主任、こっちで受信したデータでは、3号魔力炉の運転は止まってます、停止時刻は15時37分49秒、おそらく事故発生直後に緊急閉鎖されてます」

「だとすると今のこの反応は何だ!?魔力炉の停止は計器の誤作動か、それとも──」

 避難してきたアークシステム社の社員が、闇の書を固定していたケージが開放されていると伝えてきた。
 この実験棟の内部では闇の書の復元作業を行っており、システムにアクセスするためにユーノが回線を接続していた。

「闇の書を──」

 技官たちを除く、何人かの魔導師たちが慄いて呟きを漏らした。
 闇の書、それは管理局が把握する中でも最大級の災害をもたらした強大なロストロギアである。18年前、リンディ・ハラオウン提督の指揮の下ついに無力化・封印に成功し、闇の書は破壊された──というのが、多くの魔導師たちの共通認識であった。
 しかし闇の書は未だ存在しており、そしてこの管理局本局の中で復元作業が行われていたというのだ。

 いったいなぜそのようなことをしていたのか。
 もし万が一、また暴走を起こすようなことになったら、危険を承知していたのか。

 本局武装隊から駆けつけた魔導師のひとりが、技術部主任技官の白衣を掴んで質している。
 このプロジェクトの責任者は誰か。管理局の正式な許可をとっているのか。許可した担当者は誰なのか。
 本局施設内での死傷者を伴う重大事故であり、管理局の責任が問われる。

 アークシステム社としても、自社が関わるプロジェクトで重大事故が起きたとなれば業界内での信頼、また今後の社の存続にさえ関わってくる。いかに管理局の後ろ盾があるといってもミッドチルダ政府に睨まれればただではすまない。
 ステアウェイ・トゥ・ヘヴンは緊急停止し、現在電源は落ちている。

「レティ・ロウラン提督に報告は行っている」

「ロウラン提督が指示したのか」

「まさか、バイオメカノイドの出現と関係があるんじゃないだろうな」

 別の武装隊魔導師が声を上げた。
 確かにそれは最も可能性の大きい予測である。
 闇の書がもし起動状態にあったのであれば、接近する敵性存在を探知できる。そしてそれは本局に施されているAMFとは干渉しない。つまり、ここにいる魔導師はAMFに阻まれて探索魔法で外を見ることが出来ないが、闇の書には外が見えているということだ。

 事故発生から12分が経過し、実験棟周辺では依然、高い魔力量が検出されている。
 8分程度が経過したあたりから、魔力量の上昇は頭打ちになり、およそ9600万前後で推移し続けている。
 通常の誘導コイル式魔力炉では、第1段コンプレッサーでの圧縮比はおよそ30程度であり、ここを通過した後に漏れ出したとしてもせいぜい2000万程度である。
 この実験棟にある小型魔力炉でも、使用しているのは通常の発電用燃料であり特に高濃度の魔力溶液を注ぎ込んでいたというわけでもない。
 計測されている魔力量が正確であるなら、魔力量をおよそ1億程度に維持する何らかの機構が、停止した3号魔力炉とは別に存在することになる。

 闇の書が生きている可能性がある。
 この魔力の奔流は、闇の書が放っているのか。

 しかし18年前の戦闘データでも、闇の書の発揮した魔力量は1億には遠く及ばない。
 防衛プログラムはリーゼ姉妹の活躍によってシステムに不整合を起こした状態であり海鳴市沖の海上から飛び立てず、ユーノ、アルフ、シャマルの3人による転送魔法で軌道上のアースラ正面にまで移動させられ、アルカンシェルの直撃を浴びた。
 このときも防衛プログラムは自力ではほとんど動けない状態であり、なのは、フェイトら管理局部隊の攻撃により大きく損傷した。

 闇の書がその瞬間魔力発揮値以上に脅威なのは、人間の魔導師とは比べ物にならない吸収融合能力、自己再生能力である。
 技術部で研究されていた闇の書の分散ネットワーク機構を利用すれば、ある次元世界で攻撃され魔力を消耗したとしても、別の次元世界から魔力を転送して補給できる。
 波動制御機関を組み込んだ魔力炉──エグゼキューターに搭載されているのと同じものである──がAMF影響下でも出力を落とさずに運転できるのと同じ原理である。
 高次元干渉により、実数空間で破壊するだけでは本体に影響できないのだ。

 そしてこの恐るべき動力は、オリジナルのエグゼクターにはないものである。
 カレドヴルフ社が、惑星TUBOYの衛星と化していたエグゼクターを発見した当初は、化石となったこの機体の中に搭載されていたのはあくまでも熱核タービンエンジンである。ケロシンの代わりに原子炉で加熱を行うガスタービンエンジンである。
 しかし、惑星TUBOYから同社の輸送船団によってミッドチルダに運び込まれ、クラナガン宇宙港上空での戦闘で戦技教導隊高町なのは一尉以下首都防衛隊42名によって破壊されたエグゼクターは、墜落して爆発した際に巨大な重力波を放った。
 ただの核爆発では、重力波は微々たる量しか出ない。
 この爆発時に放出された重力波の量は、破壊されたエグゼクターの期待が波動制御機関を搭載していたことを意味する。
 波動制御機関を積み込んだのは誰なのか。少なくとも、その見た目や成り立ちからして、エグゼクターは過去の先史文明人の間でもただの探索用搭乗型ロボットとして扱われていたはずであり、それ単体で巨大な戦闘力を持つ意味はない。

 残された可能性とは、バイオメカノイドたちが破壊したエグゼクターを取り込み、自分たちが使えるように改造した結果、動力炉に波動エンジンが追加されたというものである。
 バイオメカノイドたちの宇宙戦艦が次元航行能力を持っていることからもそれは予想が可能である。
 現代次元世界で用いられる次元間航行は、魔法により実数空間内にコンパクト次元への通路を形成することによって行われる。一般的にはそれは“次元の壁に穴を開ける”と表現される。
 これを実現するには次元属性魔法、すなわちカラビ=ヤウ空間を記述する宇宙方程式とその演算が必要である。魔力素のエネルギーを、次元膜(ブレーン)を超えて移動できる重力子に変換する操作が必要になるからである。

 バイオメカノイドが誕生した当時の人類──超古代先史文明人も、おそらくこの方法を使ってワープ航行を行っていたと思われる。
 彼らが滅びた後、何らかの原因で宇宙は数百以上もの次元世界に分かたれ、それらを行き来するにはワープ航法を使用しなくてはならず、しかしその技法そのものは原理が忘れ去られても人々に魔法として受け継がれ、そして現代に至る。

 もし先史文明人とバイオメカノイドが大規模な戦争状態にあったとすれば、バイオメカノイドたちに破壊されあるいは鹵獲されたエグゼクターの機体もかなりの数にのぼることが考えられる。
 惑星TUBOYが現代に至るまで沈黙していたことから、おそらく先史文明人は戦争には勝利しバイオメカノイドたちを沈黙させることには成功したのだろうが、その過程において損失がゼロであったとは考えにくい。
 どれほどの戦力が惑星TUBOYに投入され、そして帰還できたのはどれくらいか。
 現在、惑星TUBOY周囲に残された2個の残骸以外にも、相当数のエグゼクターが撃破されているはずである。
 また、そのエグゼクターを搭載して惑星TUBOYに向かった船は最終的に帰還できたのかということも不明である。第97管理外世界に当時の記録が残っていない以上、これを解明することは不可能である。

「本局の艦隊でバイオメカノイドを防ぎきれるのか!?」

「ミッドチルダ艦隊も、第511観測指定世界での戦闘で大損害を出したと聞いています、本局は大丈夫なんですか」

「アルザスもですよ、管理世界が、全滅したと言うのは本当なんですか!」

 次々に声が上がる。エリート部隊である本局武装隊の魔導師たちにさえ、情報不足からくる不安と憶測が広がっている。
 この状態では、こちらの士気は削がれるばかりだ。

 かといって、未だ魔力素を垂れ流し続けている実験モジュールにも不用意に近づけない。
 生身でこの魔力素の流れに触れれば、人間の身体はあっというまに燃え、焼け焦げてしまう。
 魔力素から放出されるエネルギーは主に魔力光として可視光線領域で観測されるが、極端に濃度の高いものではごく狭い範囲内でガンマ線を発して電子と陽電子の対生成を起こし、これに触れれば人体が発火する。
 電撃属性魔法は基本的にこの原理を用い、対消滅・対生成サイクルを比較的容易に構築できることから魔力は一般的に電気に変換されてから利用される。

 技術部とやりとりを行っていた本局司令部から各隊員に念話連絡が入る。

『本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避せよ!繰り返す、本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避!これより当該区画を放棄、本局施設内より外空間へエジェクトする。
各部署の責任者は退避完了を確認し報告せよ、繰り返す、これより当該区画を外空間へエジェクトする、各部署責任者は退避完了を確認せよ!』

 実験モジュールを、区画ごと本局外の宇宙空間に放り出すということである。この魔力暴走に対し現時点でうてる手立てがない。
 武装隊の魔導師たちも、この中に突っ込んでいったところで何も出来ることはない。

 歯噛みしながらも認めるしかないことだ。館内放送は続けて、次元断層からのバイオメカノイドの出現と、敵大型輸送艦が本局に接近しつつあることを伝えた。
 敵輸送艦はざっとみて250隻ほどがあり、内側の月軌道を通過したあたりで大きく半分に分かれ、それぞれクラナガンと本局に向かっていた。
 すなわち、大きな魔力機械のある場所に引きつけられているということである。
 クラナガンには多数の次元航行艦が停泊する軍港があり、大出力の魔力炉を据え付けた発電所もある。本局内にも同様に次元航行艦が駐留し、大勢の魔導師──すなわち高出力のリンカーコアの群れが存在している。
 あるいはクラナガンの一般市民も、他の世界に比べて比較的戦闘魔法を習得している者が多いため、バイオメカノイドには彼ら一般市民もリンカーコアの出力が高い、優先度の高い攻撃目標として映っているかもしれない。

 本局武装隊の隊員たちと、技術部の技官、それからアークシステム・マイスターの社員たちが実験棟の別フロアに退避を完了し、闇の書が収められたモジュールが爆破ボルトによって切り離され、放出レールの上を滑り始めた。
 技術部の実験棟は万が一の事故に備えて、区画ごとに宇宙空間へ投げ出すことが出来るようになっている。

「あの中にはアテンザ技師長が……」

 人工重力が切られて無重力空間に浮かび上がり、爆破ボルトの破片を漂わせながらゆっくりとレールの上を動き出すモジュールを分厚い強化ガラスの窓の向こうに見ながら、技官の一人がつぶやいた。
 マリエル・アテンザは本局技術部の中でも指折りのデバイスマイスターであり管理局の貴重な人材であった。壊れた魔力炉はまたつくることが出来ても、彼女の頭脳を失ったら、もう二度と戻ってこない。
 同様に、一緒にいるはずのユーノ・スクライア無限書庫司書長、八神はやて二佐。彼らも、宇宙空間に放出されるモジュールの中で生きていられるのか、そもそも、この事故で生存できていたのか。

 モジュールが本局を離れると、外殻表面からおよそ300メートル程度の領域にエネルギー吸収ガスによる防御幕が展開されている。
 迎撃レーザーが対応しない数センチ程度の小隕石やスペースデブリなどがこのガス帯に接触すると、物質を固めているエネルギーすなわち分子間力が吸収されてばらばらに分解され、本局構造体へのデブリの衝突を防ぐようになっている。
 1メートル以上の大きな物体が接触した場合、裁断機に掛けられたように接触面から物体が削り取られ、チリになって消えていく様子が観察される。もちろん、金属だろうが岩石だろうが、人間の肉体だろうが同じように粉砕される。

 誰もが、マリーたちの死を覚悟した。
 目の前で仲間たちが死んでいくのを何も出来ずに見ているしかないことを悔やんだ。

 その思いとはある意味で裏腹に、はやては、ようやく目を覚ました寝起きで、自分の身体が大きく変容しているのを感じ取っていた。
 皮肉ながら、遠ざかっていく本局構造体の外殻を目に、多分自分は死んだと思われているだろうと、他の局員たちの状況を案じる余裕もあった。

「──ユーノくん、聞こえるか?」

 念話で、実験モジュールの中にいるユーノを呼び出す。ややあって、同じく念話での返事が返ってくる。モジュールの人工重力が切れたため、機材や書類がそこらじゅうに散らばって漂っており、ユーノもなんとか飛行魔法を起動させて足場を作っていた。
 吹き飛ばされた衝撃で骨が折れたのか足が動かず感覚がないが、重力がなくなったので床に立つのに足を使う必要もない。ユーノはそのままはやてに念話回線を繋いだ。

「ああ、聞こえてるよ。はやて、具合はどうだい」

 強烈な加速度の後に急激な重力の減少があり、脳の中で血流が偏っているような感覚がある。痛覚さえが麻痺する、頬と背中からの冷や汗を感じながらユーノは念話を送る。

「おかげさまでアタマはすっきりや。技術部の連中はしっかり処置をしてくれたようやな。おおきにな、マリー」

「ありがとうございます、おかげさまで頭がジンジンします」

 爆破ボルト作動の衝撃でマリーはコンソールに頭をぶつけ、とりあえずガーゼを絆創膏で額に固定して応急手当をし機器のチェックを行っていた。コンソールに落ちた血のしずくを、白衣の袖口でごしごしとふき取る。
 次元断層の出現と同時に、770万キロメートルも離れていた本局内部に次元干渉が起こり、魔力炉の出力が急上昇した。
 これにより炉心温度上昇を検出した緊急停止装置が作動、その揺り戻しで炉内圧力が設計限界を超えたごく短時間での急減圧と急加圧に見舞われ、誘導コイルの焼損を起こして気化した冷却材が噴出した。
 安全装置そのものは作動していたが、その作動によって止まった魔力炉が次元干渉の余波から強烈なサージ電流を発して周辺の補機類にダメージを与えたため、配管が破損して元栓の後ろ側に残っていた魔力溶液が飛び散り、発火、爆発に至った。

「はやてちゃん、このままだとあと1分でモジュールがガス防御帯に接触するわ。何もしなければ私たち全員、文字通り煙になって消えてしまう」

「他に区画内に取り残されとる局員は」

「私とユーノ君のほかには、技術部の子が6人、別のフロアにいるはずだけど呼び出しに応答がないわ。区画は──ここから見ても梁が大きく歪んでる。多分、押し潰されてる──」

 魔力炉爆発によって巨大な荷重がかかった壁や天井の変形具合を見回し、マリーは無感情に言葉を述べた。
 歪んだ鉄骨、砕けたコンクリートの中から流れ出す水やオイルに混じって、赤いぶよぶよした、肉片のようなものも周囲を漂っている。これは少なくとも自分の血ではない、とマリーは察した。

「この崩れ具合やと骨も拾えんな……おし、このまま防御幕を突破して外空間に出る。そこで救援呼んで、近くにいる艦に拾ってもらお」

「大丈夫?」

「このまま外殻にへばりついたら厄介や、本局の建物に傷つけたら始末書どころじゃすまんで」

「それも──そうですね」

「どっちみちバイオメカノイドどもが本局とミッドチルダにもうすぐそこまで迫ってきとる。これを見過ごして助けてくださいとは言えんやろ」

「出来る限り、サポートします」

 ガーゼで吸収しきれない血がしずくになって、コンソールを操作しているマリーの顔の周囲を漂っている。
 ユーノがフィジカルヒールをかけ、一時的な止血措置をとる。

「ほんなら──いくで。まずユーノ君、夜天の書の新しいカーネルをメモリ空間に配置、デバイスを起動や」

 はやての指示に従い、新たに組み上げられた闇の書がついに起動を開始する。

「オーケー、メモリ空間展開、二次ブートローダ起動、シークエンス開始」

「続いてユーザーコンソールのデバイスドライバをロード。マスストレージ、ビジュアルサブシステム、スペルサブシステムのドライバをロード。スーパーユーザーからハイパーユーザーへの権限昇格、管理者権限の取得を」

「ドライバロード、権限昇格、問題なし」

「内部リンク確立、帯域はどんくらい出せる」

「24kHzでクアッドスペクトラム展開、9600kbpsまでいける」

 手元に浮かべた端末で、ユーノは闇の書へコマンドを次々と送信していく。管制人格がない状態では術者もしくはその補助者が逐次コマンド入力を行うことが必要だ。

「管制人格起動、制御をそっちへ渡す」

「よっしゃ。これで外空間に出ても平気や、これからモジュール全体にシールドをかける、ごり押しで防御幕を突破するぞ」

「どっちにしても始末書ものですね」

「手がないので書けませんゆうとけや」

 本局構造体の影から太陽が姿を現し、はやてたちを乗せたモジュールは太陽の直射光を浴びて白く輝く。
 ミッドチルダの大気圏の縁のあたりに、きらめく惑星間塵の雲のようなものが見えた。

 バイオメカノイドの輸送船団だ。搭載されているのは、インフェルノ内部で戦ったドラゴンのような、大型バイオメカノイドの個体である。

 さらにミッドチルダの静止軌道上をぐるりと取り囲むように、本局、月面泊地から発進してきた次元航行艦たちの姿も見える。
 艦列の先頭にやや離れて、GS級巡洋艦が2隻先行している。速度から考えておそらくレティが緊急発進させたものだ。

 はやては改めて、自分の身体の感覚を確かめる。
 意識だけが空間に浮かんでいるように感じられ、目を開けると、自分が入れられている治療ポットがシールドに包まれ、無重力となった実験棟のフロアに浮かんでいる。
 この状態では飛行魔法を使わないと動けない。しかし、起動した闇の書によってポットごと移動できる。
 闇の書が起動すれば、バリアジャケットの術式を読み込んで装着する。そこに自分の身体を入れれば、とりあえずは動けて戦闘行動が取れる。

「騎士甲冑はどうする?守護騎士システムはとりあえず止めたままにしておく。なにしろ急なことだったからまだテストが済んでない」

「なにはともあれ、この宇宙空間でユーノ君らを抱えて動けるようにせなあかん──ガス帯を抜けたら、外に出る。宇宙戦用バリアジャケットはもちろん組んであるな?」

「闇の書にインストールされているよ」

「よーし……。自分の身体が次元航行艦になったようなもんや。ユーノ君もマリーも、私の懐に入れ。私のバリアジャケットの中に抱えてれば呼吸はできる」

 闇の書が作成可能な宇宙戦用バリアジャケットは数百メートルの巨大なものである。もはや防護服というよりは、艦船の制御装置に人間を詰め込むようなものだ。かつての防衛プログラムも、守護騎士システムの素体を基に、このようにして作成されたのだろう。
 あれも巨大怪獣の頭部に人間が埋め込まれたような姿をしていた。
 はやてが入れられている治療ポットを中心にして、魔法陣が次々と金属元素を配置し、魔力結合で固定していき、葉巻型の魔力装甲を形作る。
 ユーノとマリーを内部に取り込んでシールドされた空間に保護し、はやては低出力バインドを使って実験モジュールの構造材をゆっくりとどかしていく。

「(私がなにもんかを──みんなわかって、レティ提督もクロノくんも──グレアム提督、ううん、グレアムおじさん──みんな、行動しとったんやな──私ももうすぐそこへ行く。
ティアナ──私も、あんたとおんなしようになったで──)」

 高揚する意識の奥で、静かに親友たちに思いを馳せる。距離が、本局からミッドチルダ地表までの3万6千キロメートル、月までの38万キロメートル以上に遠く感じる。
 自分は、遠いところへ来てしまった。

 太陽のまばゆい輝きに、バイオメカノイドの艦の群れが瞬いている。
 惑星ミッドチルダの影から姿を現したそれは、正しく宇宙を覆い尽くすように広がっていた。数百隻の改ゆりかご級大型輸送艦以外にも、多数のバイオメカノイドが周辺を航行している。

 ミッドチルダは次元世界人類の本拠地である。ここを陥とされたら、いずれジリ貧に追い込まれる。
 そうなる前に、なんとしてもこの船団だけでも押し返さなくてはならない。
 出撃する艦たちにとっては背水の陣である。ミッドチルダの全人口12億を背に負って、無限の数にも思えるバイオメカノイドに立ち向かう。自分たちが倒れ突破されたら、次は無力な市民が蹂躙される凄惨な戦禍が待っている。
 絶対に倒れるわけにはいかない。打ち勝たなくてはならない。

 そして、この戦いにはやては加わらなくてはならない。
 闇の書事件に、真の意味でけりをつけるために。ギル・グレアム、そしてクロノ・ハラオウン、彼らが垣間見た次元世界の真実に、今の次元世界人類が立ち向かうために。

 未だ、この真実を知る者は少ない。

 真実を知る者の戦いは、常に、孤独である。

 

 

 

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最終更新:2012年12月19日 11:18