MW2_13

「二年前のことだ。俺は、管理局のある部隊と共に、超国家主義者たちのアジトに向かった」

 ポツリ、ポツリと、文字通り昔を思い出すようにして、その髭面の男は語った。明らかに屈強と見て取れるほどの体格と鋭い眼光が、この時ばかりは背が曲がり、酷く気落ちしたようでもあった。

「諜報部の得た情報では、そこでろくでなし共が何かの研究を進めていると聞いた。今はそれが何であったかは、分からん。間違いなく何かの研究をやっていたとは思うが」

 男は、黙って話を聞いていた隣に立つ兵士に視線をやった。腕組していたその兵士は、男からの無言の問いかけに、やはり無言で首を振る。当時の記録を当たってくれるよう頼まれたのだが、や
はり失われている。男がアジトで撮影した写真や映像は、彼が捕虜になった段階で敵に持ち去られており、わずかに残る事前偵察での衛星写真も、それだけではアジトが何の研究施設であったのか
を判別するまでには至っていない。
 男は、アジトに潜入した部隊の唯一の生存者であり、そして証言者だった。

「罠だったんだ。超国家主義者たちは、俺たちが施設の奥深くまで侵入してくるのを待ち構えていた。どう足掻いても脱出は間に合わない、というところにまで誘い込んで、ボンッ。アジトは自爆
して、俺の部下も管理局の部隊も、ほとんどが死んだ。生き残っていたのは俺と、それからあと二人――管理局の奴らだ。名前は知らん、お互いコールサインで呼び合っていたからな」

 男の視線が、ただ一人そこに存在した若い魔導師に移る。同じ時空管理局所属の者であったからには、何か知っているのではないか。残念ながら、魔導師は男の語った管理局の部隊について、あ
まり詳しくは知らなかった。
 一つだけ、「強いて言うなら」と前置きした上で魔導師が言うには、ちょうど同じ時期に、管理局の地上本部では有名だったエース級の魔導師が一名、行方不明になったという事実が語られた。
彼の名はゼスト、というそうだが、彼が髭面の男の言う管理局で生き残っていた二人のうちの一人なのかは分からない。
 それで、と兵士が、男に話の続きを促す。髭面の男は、救助されてまだ一日と経っていないにも関わらず、葉巻を一本吸って、過去の話を続けた。

「自爆したアジトからどうにか抜け出した俺たちは、そこで待ち構えていたあのクソ共に捕らえられた。管理局の奴らがどうなったのかは分からん。俺だけが、ロシアのあの収容所に放り込まれて
――それから先は、ずっと寒さと強制労働に耐える毎日だ。今のロシアは内戦に勝ったとは言うが、支配力は衰えたままだ。収容所は超国家主義者たちの息がかかっていた。だが、それももう終わ
りだ」

 男が語り終えるのと同時に、新たな人物がやって来た。顔を骸骨のバラクラバで覆った兵士が、荷物を抱えて現れた。さらにもう一名、こちらは手に何も持っていない。バラクラバの兵士は年齢
が読めないが、もう一名の兵士は年若いのが見て取れた。
 髭面の男が、その若い兵士の顔を見て、愉快そうに笑った。視線が、最初に腕組していた兵士に向けられる。

「ソープ、お前も部下を持つようになったか」
「そうだよ、プライス。ローチを見ていると昔の自分を思い出す」
「…何の話です?」

 若い兵士は首を傾げてみせるが、プライスと呼ばれた髭面の男と、彼からソープ、と呼ばれた兵士は答えてくれなかった。代わりに、荷物を持っていたバラクラバの兵士が間に割って入る。

「マクダヴィッシュ大尉、命令の通りプライス大尉の装備一式です。しかし、救出からまだ数時間ですよ」
「いいんだ、ゴースト。このじいさんは前線に立つことを何よりの喜びとされておられる」
「"じいさん"か。お前にそう言われるようになるとはな」

 葉巻の煙を吹かして、髭面の男はまた愉快そうに笑った。最初に見せた弱々しい、背の曲がった姿はすっかり消え失せていた。

「さぁプライス、一度通信室に行こう。司令官があんたと話したがってる。復帰と着任の挨拶と行こうじゃないか」



Call of lyrical Modern Warfare 2


第13話 Contingency / "火事を消すには"


SIDE Task Force141
五日目 1000
ベーリング海 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』
ジョン・プライス大尉


≪地獄から戻ってきたな、プライス大尉≫

 衛星通信による通話で、初めてプライスはこのTask Force141の指揮官、シェパード将軍と対面を果たした。実際に顔を会わせているのではなく、通信機でのやり取りでだが。

「フライパンから、というべきですな」

 ロシアのあの収容所もなかなかに地獄だったが、例えばプライスは"ヴォルクタ"というより過酷な収容所の話を聞いたことがある。過去、捕らわれたアメリカの諜報員がそこに送られたらしい。
その諜報員はどうにか脱出を果たし、ヴォルクタの収容所について「何をされた?」という質問に対し、「"何をされなかったのか"を聞きたいくらいだ」と返したという。地獄が――ヴォルクタ
が業火で燃え盛る地獄に例えられるなら、あの収容所はせいぜい温められたフライパンの上だろう。
 そうでなくとも、彼がこれから向かうのは戦場なのだから――プライスは、シェパードが自分の前線復帰をすでに知っているものと思い、話を進める。

「私がいない間に、世界は酷い状況になってるようですが…」
≪ACSモジュールだ、大尉。超国家主義者たちの手に渡る前に回収できたと思っていたのだが≫

 その話は聞いていた。かつての部下、今は立派に成長したソープことマクダヴィッシュ大尉とその部下ローチにより、墜落した人工衛星の姿勢制御部を超国家主義者たちの息吹がかかったロシア
軍基地から奪取したのだ。だが、少し遅かった。

≪マカロフは合衆国に罪を被せて、気がつけば管理局とアメリカは全面戦争だ≫
「まだ地球各国が静観しているようですが、事と次第によってはさらに拡大する。そうなれば悪夢だ…」
≪ああ、まさしく地獄の業火に包まれる。それはなんとしても阻止せねば…この画像は、何だ?≫

 通信兵に断りなく、プライスはキーボードに手を伸ばして、それを指で叩く。ディスプレイに表示されるのは、ロシア海軍の潜水艦だった。ボレイ型原子力潜水艦。搭載されているのは通常魚雷
のほかに、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載。これには核弾頭の装備も可能だった――核弾頭。

「油田で火事が起きたら、一番手っ取り早い消火法はさらに大きな爆発を起こすことです。酸素を奪い、炎を消す」
≪……プライス大尉、君は先にブランクを取り戻したまえ≫

 シェパード将軍は、彼が何を言わんとしているのかを即座に理解したらしい。しかし、プライスは本気だった。

「将軍、あなたは勝利のためならいかなる行為も辞さない、という考えはお持ちですか?」
≪常に持っている≫
「我々はすでに地獄の業火の中にいます。デカい花火が必要です」
≪君は収容所に長くいすぎたんだ。マカロフを追うことに集中すべきだ≫
「こんな戦争は早く終わらせる。管理局と戦争なんて、冗談にしてもクソ食らえだ…」
≪プライス、これは"お願い"ではない、命令なんだ。君は――≫

 その時、プライスの手が通信機に伸びた。いくつものケーブルを束ねるコネクタのロックを外し、引っ張る。プチッと、あっけなく切れる通信。通信兵が呆気に取られた顔で彼を見ていたが、何
事もなかったようにプライスはコネクタを元に戻す。その頃には、シェパードとの通信回線は切れていた。
 通信室から出ると、通路で待っていたソープが、怪訝な表情で迎えてくれた。

「何があったんだ?」
「回線が切れちまった。シェパードから命令変更は届いてない――ソープ、その髪型は何だ」
「これか。いいセンスだろう。誰が見ても俺を俺だと認識出来る」
「そうか。若いもんのすることは分からんな」




SIDE Task Force141
五日目 1122
ロシア ペトロパブロフスクの南南東14マイル
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


「お前さ、なんか呪われてるだろ」

 着陸時に打ってしまった腰が痛むというのに、人の気持ちも知らないで魔法使いが言ってきた。うるさい、と反論することは出来たが、一応命の恩人である。呆れ顔のままで周囲を警戒するティ
ーダ・ランスター一等空尉を一瞥しただけで、ローチは装備の確認を行う。
 今度の任務は、再びロシア政府からの要請。この地点の付近にある潜水艦基地に係留されていた原子力潜水艦が、超国家主義者とその息吹がかかったロシア政府軍部隊によって占領された。Task
Force141は、これを奪還する。
 内戦に勝利し、一度は国内から超国家主義者たちを追い出すことに成功した現ロシア政府は、しかし内戦によって荒れ果てた国土の再建に精一杯だった。その付け入る隙を、祖国を追い出された
超国家主義者たちは狙ったのだ。おそらく、すでに各地で潜伏しているに違いない。管理局との"不幸な誤解"によって生じた戦争が終われば、次なる敵は――思考中断。余計なことを考えている暇
はないはずだった。
 ローチにとって不運だったのは、空挺降下で輸送機から飛び降りたはいいが、パラシュートが開かなかったことだ。何度もピンを引っ張るが、抜けない。落下しながら力任せにようやくパラシュ
ートを開いた頃には、安全高度を下回っていた。このままでは減速が間に合わず、地面に墜落してしまう。そこに現れたのが魔法使い、Task Force141で唯一管理局より参加している空戦魔導師、テ
ィーダだった。曇り空の向こうから超高速で突っ込んできた彼は減速し切れないローチの体を支え、どうにか着陸に成功する。おかげで当初の着陸予定地よりずいぶん離されてしまったが、死ぬ
よりはマシだろう。
 M14の狙撃仕様、M14EBR狙撃銃に異常がないことを確かめたローチは、警戒に当たるティーダの肩を叩いて「問題なし、行ける」と合図。頷いた魔法使いは、彼とともに前進を開始しようとして、
動きを止めた。拳銃のような形をした魔法の杖、彼が言うところのデバイスの銃口を、雪で覆われた森林に向ける。誰かがいる。

「ソープ、ローチとティーダを見つけたぞ。二人とも無事だ――銃口を下ろせ、俺だ」

 プライス大尉、とローチは安心したかのように呟き、銃口を下ろす。髭面、ブッシュハットの屈強な兵士、プライスがそこにいた。どうやらはぐれたローチたちを探しにきたらしい。

「二人ともついて来い。ソープ、俺は二人を引き連れて行く。北西の潜水艦基地だ」
≪了解。ゴーストたちは別ルートで向かっている≫

 片方の耳に入れたイヤホンに、今度はマクダヴィッシュ大尉の声が入る。味方の通信可能距離に入ったのだ。ホッとしながら、ローチは歴戦の猛者について行く。この男が何者かは知らないが、
とにかくあのマクダヴィッシュ大尉が信頼する人物なのだから、おそらく間違いはないはずだ。
 ティーダは、と言うと――特に表情も変えず、黙ってプライスの後について行く。何も感じないのか、それともただ表情に出さないだけなのか。考える余裕も、問いかける余裕もなかった。雪
に覆われた大地は、同時に敵地でもあった。
 しばらく進むと、正面に人影が複数見えた。隠れろ、とプライスが手で指示し、各々が木や草の陰に身を寄せる。M14EBRのスコープを覗けば、五人の歩兵らしき姿が映った。小銃と手榴弾で武
装し、犬まで連れている。敵の哨戒部隊に違いなかった。

「敵兵が五人、犬が一匹」
≪犬か…犬は苦手だ≫

 プライスの報告を受けて、通信機の向こうでマクダヴィッシュ大尉が心底うんざりしたような声を上げている。そんなに犬が嫌いなのか、とローチは思ったが、見上げた先の歴戦の猛者が、に
やりと一瞬笑う。まるで昔を懐かしむような笑みだった。これはきっと、本当に犬が嫌いなのだろう。

「プリピャチの犬に比べたらここの犬は子猫みたいなもんだ」
「余裕ですね、プライス大尉」
「まぁプリピャチの犬も、ペリリューの日本兵に比べたらチワワみたいなもんだがな」

 はい? 何ですって、日本兵? 言ってる意味が分からない。当惑しているローチを余所に、敵の動向を見張っていたティーダが何かに気付き、プライスを呼ぶ。

「プライス大尉、トラックが来ます。三両、やり過ごしましょう」
「魔法か?」
「…何故分かったんです?」
「知り合いがいるからな。隠れろ、もっと深く」

 ようやく、ティーダのプライスを見る目に変化があった。この男は、以前にも魔導師と行動を共にしたことがある。それもかなり、管理局の使う魔法について熟知している。驚くと同時に、認
めざるを得ないようだった。この髭面の兵士は、伊達に年だけを取っている訳ではない。
 分隊はさらに木の陰が深い場所に潜り込み、伏せた。数分後、ティーダが探知魔法で見つけたトラックが三両、すぐ脇の道路を雪を蹴散らしながら駆け抜けて行く。行き過ぎたところで、立ち
上がって先ほど見つけた敵の哨戒部隊の様子を探る。煙草を吸うため、二名ほどが残っていた。あとの三名と犬は、すでに道路を進んで行った。

「一人やれ、もう一人は俺がやる」

 プライスはやる気になったらしい。ローチと同じM14EBRを構えて、雪に覆われた森林の中から敵を狙う。当のローチはと言えばティーダと顔を見合わせ「どっちがやる?」と表情と視線で問い
かけたが、「お前やれよ」と彼が眼で訴えたため、銃を構えた。
 ガードレールの傍に立つ敵兵二名、狙われているとは露も思わず煙草を吸っている。狙撃スコープの十字線のど真ん中に敵を捉えたローチは、引き金に指をかけ、すっと息を吸い込み、呼吸を
止めた。呼吸によって上下する手ブレを少しでも抑え、狙う。右手の人差し指にそっと力を入れて、射撃。サイレンサーが装着されたM14EBRはプスッと間の抜けた銃声を発するが、肩に当てた銃
床への反動は紛れもなく銃弾が放たれた証拠だった。数瞬もしないうちに、彼の撃った銃弾が敵兵を貫き、弾き飛ばす。もう一人、とスコープの中に映る敵の片割れを見れば、こちらも一秒遅れ
で撃たれ、見えない何かに殴られたように倒れる。撃ったのはプライスだった。

「よし、進むぞ」

 いい腕してるな――老兵の狙撃の腕に感嘆としつつ、ローチは立ち上がって道路を進む彼の後に続く。少し進めば、橋を手前にして敵の哨戒部隊の残り三名と犬一匹が立ちはだかっていた。もっ
ともこちらに気付いた様子はない。煙草を吸う者はいなかったが、どうにも敵がすぐそこに潜んでいるとは考えてもいないようだった。

「お前は左の犬とその飼い主をやれ。ティーダと俺は右だ」

 言われるがまま、ガードレールの下に伏せて銃を構えて橋の左側に視線を送る。なるほど、犬と敵兵、合わせて二つの標的がそこにある。右の方にもちらりと視線をやれば、二人の敵兵が何か
会話しているようだった。こっちはティーダとプライスが撃つということだ。自分の仕事に専念する。
 先ほどと同じように、M14EBRを構える。まずは犬から、とローチは狙撃スコープの十字をジャーマン・シェパードに向けた――"シェパード"ね、なるほど――雑念が脳裏をよぎる。無視して、引
き金を引いた。小さな銃声、肩に来る反動。犬が悲鳴を上げてひっくり返り、動かなくなる。傍にいた敵兵は何事かと驚くが、次なる銃弾が放たれ、その頭を撃ち抜いた。雪の大地に崩れ落ちる敵
を最後まで見届けず、右へと視線を移す。橙色の魔力弾がまず一人を吹き飛ばし、もう一人は鉛の弾丸が撃ち倒す。敵哨戒部隊、全滅。

「ビューティホー」

 どこかで聞き慣れた気のする、プライスからの賞賛の言葉。分隊は前進を再開する。
 橋を渡って、坂道を行く。左右を森林に覆われた道路の向こうは、青空が広がっていた。その青色の景色に、耳障りなローター音と共に二機のヘリが現れ、横切って行く。Mi-8ヒップ輸送ヘリ、
超国家主義者たちのものだろう。気になったのは、胴体下に何かを吊り下げていたことだ。プライスがその正体を見破っていた。

「ソープ、情報に間違いありだ。ここの奴らはSAMを持っている」
≪了解――ティーダに伝えてくれ。飛ぶな、と≫

 Mi-8が輸送していたのは、対空ミサイルの発射台だったのだ。空を飛ぶものは何でも標的になる。ソープに報告すると、彼の声が通信機から発する電波に乗って分隊に届く。通信魔法である念話
にも聞こえるようになっていたが、ティーダはなんとなくバツの悪そうな顔をしていた。彼は空戦魔導師なのだが、今のところ地面を這いつくばっている。

「そんな顔をするな、ティーダ。俺と行動を共にした魔導師は文句を言わなかったぞ」
「誰なんです、その魔導師って」

 空戦魔導師からの問いかけに答えようとしたプライスだったが、ハッと視線を正面に向ける。それから数瞬して、何かの音が聞こえてきた。エンジン音か。しかし、トラックやジープにしてはや
けに重々しい気もした。
 数秒後、道路にぬっと黒い影が現れる。鋼鉄の騎兵、ロシアのBTR-80装甲車だった。哨戒部隊と連絡が途絶えたため派遣されてきたのか。否、重要なのはそこではない。砲塔にある一四.五ミリ
機関銃が、道路を進んでいたプライスたちに向けられていた。

「敵だ、逃げろ!」

 あまりに突然のことで、一瞬呆然としてしまった。プライスの叫びでようやくローチは我に返り、言われた通り逃げた。まっすぐ走っても撃たれるだけだ。敵弾を阻害してくれる障害物の多い
方向、林の中に向かって走る。
 彼らにとって幸いだったのは、BTR-80も反応が一瞬遅れたことだ。まさか、こんなところで侵入者たちと遭遇するとは思ってもみなかったに違いない。そうは言っても唸りを上げる機関銃弾の
威力は凄まじく、逃げ込もうとする林の木々は次から次へと叩き折れて行った。あんなものを喰らったら、人間など原型もなくなってしまう。
 走れ、走れ、走れ! 生存本能が強く命令する。雪に覆われた大地を蹴り、折れた木を乗り越え、ひたすらに林の奥へ。どれほど走ったかは分からない。気がつけば、装甲車からの銃撃は止んで
いた。追ってくる様子もない。木々が邪魔して、戦車ならともかく装甲車では進んでこれないのだ。

「ここまでは追ってこれまいな――ローチ、ティーダ、無事か」
「えぇ、何とか…」
「死にかけましたよ。やっぱり空が飛びたい……誰なんです、大尉と行動していた魔導師って。こんな無茶に付き合えるんですか?」

 息を切らしながら、ティーダはプライスに問う。二人の若い兵士と魔導師に比べて、まったく何でもない様子の老兵は、質問に答えた。

「クロノ・ハラオウンと言う小僧だ。今は提督だとか言っていたがな……来い、敵に見つかったんだ。間もなく追っ手がこちらにも来るぞ」





 プライスの予想は当たっていた。逃げ込んだ森林を進むうちに、ライトの光がいくつも見え始めて、さらに犬の鳴き声すら耳に入ってきた。
 幸い、ロシアの大自然は彼らに味方した。降り積もった雪は敵兵たちの足をもたつかせ、視線を地面へと釘付けにさせた。漂う霧は視界を奪い、白いカーテンが分隊の姿を敵から隠し通してくれ
た。それでも慎重に行動するからこそ、天はローチたちを見放さなかったと言える。冬を味方につけた彼らは敵の哨戒網を潜り抜け、ついに目標の潜水艦基地の手前にある丘の頂上に到着した。
 丘から見下ろすと、眼下には人家が並んでいるのが見えた。しかし、人が住んでいる様子はない。住人は超国家主義者たちに追い出されたのか、それともこの集落はそれより以前から人が住んで
いないのか。肉眼だけでは得られる情報が限られていた。

「ソープ、航空支援の状況は?」
≪AGM搭載のUAVを飛ばしている。ローチが操作端末を≫

 プライスに言われるまでもなく、ローチは背中に担いできた端末を持ち出す。雪を払いのけて開けば、こんな大自然の最中には不似合いなくらいの精密機器が姿を現す。キーボードを叩き、上空
を飛行しているであろう無人偵察機プレデターの操作画面へ。偵察機とは言っても対地ミサイルを搭載しており、いざとなれば空から攻撃が可能である。
 端末のディスプレイに浮かぶ灰色の画面に、プレデターが捉えた地上の様子が映る。目視照合にて、丘の下に並ぶ集落と同じものが映っていることを確認。敵兵らしき姿は、とりあえず見当たら
ないが――カッ、と何かが一瞬、画面の中で光った。集落の中央からだ。白煙が吹き上がり、雪が舞い散る。何かが打ち上げられた。何だこれは、と思ったその時、画面が揺れて、砂嵐が映り、す
ぐに何も見えなくなった。端末から眼を離すと、集落の上空で黒煙が一つ巻き起こっている。

「くそ、撃墜された」
≪何があった?≫
「さっき言っていたSAMだ。プレデターが撃墜された。ソープ、予備を出せ」
≪何だって、参ったな。プライス、プレデターに予備はないんだ≫

 プライスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。航空支援がないとなると、あとは独力で進むしかなくなる。敵が重火器や武装ヘリを投入してくれば、かなりの困難が予想された。
 ところが、ローチが役に立たなくなった端末を閉じようとすると、隣にいたティーダが立ち上がった。それだけで、彼は魔導師が何をするつもりなのか分かってしまった。そうだ、こいつは飛
べるのだ。

「おい、よせよティーダ。今の見たろ? ミサイルに狙われるぞ」
「そりゃ狙われるだろうけどな。航空支援がやられたんだろ、代わりは必要さ」

 無茶を言うな、と視線に制止の意味を込めるが、プライスは何も言わない。少しばかり考える素振りは見せたものの、出てきた言葉は制止ではなかった。

「行ってくれるか?」
「ハラオウン提督ならそうしたでしょう。大丈夫、質量兵器に落とされるほどヤワじゃない」

 ニッと笑って、空戦魔導師は二人の兵士に背中を見せた。雪の大地の上に魔法陣を展開し、「それじゃ」と気軽な言葉を残し、飛び上がっていった。まるでもう地面を這いつくばるのはうんざり
だ、と言わんばかりに。青空の向こうにティーダの姿が消えて行くまで、そう時間はかからなかった。

「大丈夫なんですか、本当に」
「信じるほかあるまい。それよりローチ、奴を助けたいならあのSAMを破壊するぞ」

 疑問と言う体裁は取っていたが、実質批判的な声をプライスは受け流す。それどころかこの老兵は、ローチを置いて先に進んでしまう勢いだった。現に、雪が固まり氷状になった丘の斜面を一人
で先に下りていってしまう。あぁもう、と悪態を吐き捨て、ローチも後に続く。
 SAMは集落の中央にあったが、プレデターの侵入に気付いた敵はとっくに警戒態勢に入っているだろう。だからこそ撃墜したのだ。プライスを追って集落に入ったローチは、人家の陰から次々と
白い雪原迷彩を着た兵士たちが飛び出してくるのを目撃する。装備はAK-47やFA-MASなど東西陣営の混成、超国家主義者たちの奴らだ。
 丘の斜面から下りてきた二人の兵士を見つけた彼らは、即座に迎撃の構えを見せた。誰何など関係なく、手にした銃火器を撃ち放ってくる。嬉しくない歓迎だ、と思いながらローチは物陰に身を
寄せて、M14EBRで撃ち返す。もはや消音の必要はない。銃声が集落で木霊し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。
 プライス大尉は、と狙撃の最中で老兵の様子を探るが、M14EBRを手放した彼はどこで拾ったのかAK-47に切り替え、同じように物陰に陣取って迫る雑兵を撃ち倒していた。撃っては移動し、撃っ
ては移動を繰り返す。敵はプライスを追い掛け回すが、歴戦の猛者は銃弾を浴びせられても少しも動じず、逆に撃ち返して敵に出血を強いる。何者だあのじいさん、とローチは思わず見とれそうだ
った。
 パンッと乾いた銃声が響いたような気がした。ハッとなって振り返ると、すぐ傍で弾を喰らったらしい敵兵がひっくり返ってのびていた。待て、俺は撃ってない。誰が撃ったんだ。射点を移動
しながら敵の様子を伺っていると、また銃声が響き、一人の敵兵があっと短い悲鳴を上げて雪の大地に転がり倒れた。狙撃だ。しかしどこから。そこでようやく思い出す。上空に上がったティー
ダだ。天空からの援護射撃。

≪ローチ、二〇〇メートル先の人家の陰だ。SAMがある≫
「ティーダ、お前か」
≪そうだよ、早く壊せ――あぁっ、こっちにミサイル向けやがったぞ。急げ≫

 なるほど、観測もやっている訳だ。通信を終えたローチは、物陰から飛び出し、走った。途中、死んだ敵兵の腕からRPD軽機関銃を奪う。ベルト給弾式、弾はまだある。そいつを滅茶苦茶に敵兵
に向けて撃ち放ちながら、SAMの発射台に急いだ。あと二〇〇メートル、一五〇メートル、一〇〇メートル、弾切れ、RPDを捨てる。USP拳銃を引き抜いて、乱射しながら走る。残り八〇メートル。
 その直後、集落の中央で爆風が巻き起こった。おわ、と悲鳴を上げつつも咄嗟に伏せる。何だ今のは、SAMの発射台がある方向だった。黒煙が立ち上る方角を見つめていると、複数の銃声がこち
らに迫りつつある。聞き覚えのある銃声だった。五.五六ミリ弾の発砲音。西側装備だ。このロシアの大地で西側の銃火器で装備を統一している部隊と言えば、今のところローチとプライスを除け
ばあとは一つしかない。

「撃つなよ、ローチ! 味方だ! 俺だ、ゴーストだ!」

 やはりそうだった。別ルートから進行していた、Task Force141の現場副官、ゴースト率いる別働隊だった。SAMを破壊したのも彼らだった。

「助かったぞ、中尉」
「どうも。しかし連中、これでカンカンに怒るでしょうね」

 出迎えたプライスの握手に答えるゴーストだったが、目的地はまだ先だった。これだけ派手に銃撃戦をやって、潜水艦基地の敵が何も構えていない訳がない。




 案の定、超国家主義者たちに奪われた潜水艦基地は厳戒態勢に入っていた。ヘリポートではMi-24Dハインド攻撃ヘリが離陸準備中で、ローターはすでに回転しつつあった。付け加えるなら、歩
兵や装甲車すらもが走り回って各々が配置に就く途中だった。
 Task Force141が、ハインドの離陸や敵の配置完了前に攻撃位置にたどり着けたのは、まさしく幸運と呼ぶほかない。それとも、精鋭部隊が成せる技だったのか。ともかくも、攻撃するならもは
や一刻の猶予もないのは誰の眼にも明らかだった。敵の配置が完了してしまえば、いかどTask Force141と言えど犠牲を強いられることになる。

「ティーダ、聞こえるか。そこから離陸準備中のヘリは見えるか」
≪しっかり見えますよ。こいつは普通の射撃魔法じゃ落とせそうにないですね、砲撃魔法を一発当ててやらないと。大尉、クレーンは見えますか? その真下です、目標の潜水艦は≫

 無人偵察機の代わりとなったティーダは、まったく優秀な観測兵だった。敵の配置を分かりやすく指示し、さらに目標である原子力潜水艦すら見つけた。ロシア政府が要請したTask Force141へ
の任務とは、この原潜の奪還こそが目的だった。
 何故ならば、この潜水艦はボレイ型潜水艦と言って、核弾頭も搭載可能だからだ――と言うよりは、現に核弾頭を搭載している。弱体化したロシア軍にとって、核戦力は大国でいられる唯一の証
と言ってもよい。それを超国家主義者たちは狙い、手中に収めたのだ。核兵器がテロリストの手に。悪夢以外何者でもない。幸いにも、まだ原潜は出港していない。そこを叩いてくれとのことだ。
 潜水艦への突入を試みる者は、すでに決まっていた――プライス大尉。他のTask Force141隊員は、彼の突入を援護する。

「いいぞ、やってくれ。攻撃開始」
≪了解、攻撃開始≫

 プライスの指示で、はるか上空から閃光が降り注ぐ。ティーダの砲撃魔法だった。橙色のそれが、離陸寸前だったハインドの胴体を貫き、内側からの爆風が機体を食い破る。撒き散らされた破
片が降り注ぎ、周囲にいた敵兵たちの頭上に降り注ぐ。まさしく超国家主義者たちにとっては、突然の悪夢だったことだろう。
 攻撃はそれだけでは終わらない。動揺する彼らに向けて、Task Force141はありったけの銃弾を叩き込んだ。ローチもこれに加わり、M14EBRで一人、また一人と敵兵を葬って行く。まずは第一の
防衛線を突破。部隊は一気に潜水艦基地になだれ込む。
 第二防衛線に到達。空からの攻撃に浮き足立つ超国家主義者たちは、襲い来る精鋭部隊の前に後退するしかないかのように思えた。アドレナリンで疲労を感じずひたすら突っ込むローチは一旦
落ち着くべく、コンクリートの柱に身を寄せ、敵の様子を伺う。それが、結果的に彼の命を救うことになった。先行しようとした味方の兵士が、いきなり正面から受けた銃撃で弾き飛ばされ、地
面を転がり動かなくなる。咄嗟に手を伸ばそうとしたが、無駄だった。身を乗り出した瞬間、ブンッと目の前を何かが唸り立てて飛び去って行き、生存本能が前に出るなと警告する。敵の装甲車、
BTR-80が立ちふさがっていたのだ。一四.五ミリ機関銃をぶっ放し、彼らの行く手を遮る。
 銃撃はローチの隠れるコンクリートの柱にも及んだ。柱の欠片が弾け飛んで、わ、とたまらず短い悲鳴を上げてしまう。ここにいるとやられる。しかし、敵はそれを待っているのだ。飛び出し
た間抜けな獲物を銃口に捉える、その瞬間を。

「ティーダ、砲撃魔法撃てるか!?」
≪充填中。目標はあの装甲車か、基地のど真ん中で暴れてる――≫
「それだそれ、早く撃ってくれ!」

 上空を飛ぶティーダに砲撃要請。とはいえそれまで持つだろうか。敵も馬鹿ではない。こちらの目的が原潜の奪還であることくらい、とっくに気付いているはずだ。出港準備を整えているだろう
が、それを止めるためのプライスも装甲車に道を阻まれているのでは進めない。
 せめてもの抵抗として、ローチはM14EBRの銃口を柱の陰から突き出し、滅茶苦茶に乱射した。装甲車相手に効き目があるとは思えない。だが撃たれっ放しでは敵を図に乗らせることになる。敵の
銃撃が、ローチの隠れる柱に集中する。うわぁ、と今度こそ情けない悲鳴を上げて、彼は身を縮こまらせた。
 ティーダ、頼む、頼むから早く。俺が撃たれて死ぬ前に――祈りが天に通じたのか、BTR-80の頭上に橙色の閃光が走る。薄い上面装甲をぶち抜かれた装甲車はたちまち爆発、炎上して機能停止。
ずるずると安心感から崩れ落ちそうになるローチだったが、やけくそ気味に天に向かって親指を立てると、前進を再開した。

「潜水艦に向かう! ゴースト、皆を連れてあの建物から援護しろ!」
「了解です! ローチ、来い! ティーダは引き続き上空援護!」

 防衛線を突破したTask Force141は、西にあった門の詰所の屋上に陣取った。ただ一人、プライスが係留されている原潜へ向かう。乗り込むためのタラップを外していないのは敵のミスだった。
髭面の兵士が潜水艦に突っ込んで行くのを見送ると、ローチたちの任務はひたすらに敵の攻撃を退けることになった。
 響く銃声、唸る轟音、爆風と衝撃。悲鳴すらかき消される戦闘の最中で、ローチは気付く。プライスが突入した潜水艦の、ミサイル発射管のサイロが開かれつつあるのだ。敵は、やけになってこ
こで核弾頭を発射するつもりなのか。

「ゴースト! あれを!」
「くそ、敵がヤケになったか。プライス大尉、聞こえますか!? 潜水艦のサイロが開放されつつあり! 制圧を急いでください!」

 プライスからの応答は、ない。それどころか、潜水艦のサイロはさらに開放が進んでいた。

「大尉、応答を! サイロが開かれてる、急いで!」

 なおも開放は止まらない。これだけ叫んでいるのに、通信機は沈黙したままだった。まさかプライスはやられたのか? いや、彼に限ってそんなことはあり得ないだろう。では、何故。

「プライス! あんた聞いてんのか!? サイロが開かれてるんだよ、ミサイルが発射されそうなんだ! 早く止めろぉ!」

 とうとう、ゴーストがキレた。首元のマイクに向かって怒鳴り散らす。
 ここでようやく、プライスの声が通信機に入った。しかし、応答ではない。まるで独り言だった。それも、何を意味するのか、聞いただけでは分からない一言だった。

「これでいい」

 何がいいのだ。Task Force141の、誰もがそう思った。まさにその瞬間だった。原潜の開かれたサイロから閃光が上がり、同時に大量の発射煙が放出されたのは――"発射煙"。姿を現すのは、SL
BMだった。潜水艦搭載の、弾道ミサイル。その弾頭に搭載されているのは、確か情報では――

「待て…待て待て待て、プライス、待て、駄目だ!」

 ゴーストの言葉を無視する形で、弾道ミサイルは放たれる。凄まじい勢いで上昇して行く。撃墜は無理だった。

「核ミサイルが発射された! コード・ブラック、コード・ブラック!」

 何だよ、いったい――何が起きたんだ。プライス大尉が撃ったのか。
 呆然としつつ、ローチは打ち上げられた核ミサイルをただ眺めるしかなかった。彼が出来ることは、そのくらいしかなかった。
 油田の火事を消すには、さらに大きな爆発が必要だった。酸素を奪い、一気に火を消す。その爆発の根源が、今放たれたのだ。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年01月20日 16:55