MW2_18

Call of lyrical Modern Warfare 2


第18話  Paratrooper / "救出作戦"


SIDE Task Force141
七日目 0831
グルジア・ロシア国境付近
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 カチ、カチと通信機のスイッチを音を鳴らしてオンとオフを繰り返す。森に潜む身としてはそんな些細な音でさえ隠してしまいたいところだが、ローチにとってはそれが唯一の希望でもあった。孤立無援、追われる身とあっては例えほんの一筋であっても、希望の光に手を伸ばすことが生きることに繋がっていたからだ。
 かすかに、朝を迎えてまだ数時間も経っていない深い森の中で、人の気配を感じた。登っていた木から飛び降り、着地の音に顔をしかめながらも衝撃を受け止め、茂みに身を隠す。こちらの武器はアサルトライフルのACRの他は持っていない。森に逃げ込むまでの逃避行で、いくつかの装備はすでに無くしてしまっていた。感じた気配が敵であるなら、今はひたすら隠れてやり過ごすしかない。ACRにしても残弾は心細い領域に至っていた。
 どうか敵ではありませんように――祈るような気持ちで茂みに伏せていて、ローチはふと仮に敵が来たのならどっちの"敵"なのだろうと考えた。もはや敵は、マカロフ率いる超国家主義者たちだけではない。ゴーストを撃ち、ティーダや他のTask Force141隊員を焼いたシェパード将軍とその私兵も敵だった。
 自分たちの司令官であった男が何故こちらを追ってくるのかは分からない。しかし敵は、間違いなく焼いた遺体を律儀にも数えていた。その数が合わないと見るや、黒尽くめの兵士たちが連なって生き残りを探しにやって来た。生き残りとはすなわち、ローチ自身だ。
 くそ、冗談じゃないぞ。胸のうちで悪態を吐き捨てて、彼は銃のグリップを握り締めた。訳も分からないまま、殺されてたまるか。チェストリグのポーチに詰め込んだ手帳は、戦友の形見だ。こいつを渡すべき人が、俺にはいるんだ。
 茂みの中から視線を張り巡らせて、ついに気配の正体が分かった。分かった瞬間、ローチは息を吐いて心の底から安堵した。人の気配だと思っていたのは、実際にはクマだった。とりあえず敵ではない。しかもクマはこちらに気付いた様子もなく、鼻を鳴らしてのっしのっしとその巨体を進めていた。まるで森の主だった。
 森の主である野獣は、最後までローチには眼もくれなかった。彼が通信機のアンテナを伸ばして登っていた木を不思議そうに見た後、再びのっしのっしと歩いて何処かへと去って行った。向かってきたら銃で応戦するほか無かったが、クマは気付かなかったのか、それとも無視したのか、とにかくどこかに行った。案外、ローチが隠れているのは知っていたけども見逃してやったのかもしれない。

「すいませんね、クマさん。もうちょっとあんたの森にお世話になるよ」

 茂みの中から立ち上がり、ローチは再び木に登った。通信機のスイッチを弄り、周波数をずらしてまたオンとオフを繰り返す。モールス信号のように間隔を置いたり置かなかったりの電源のオンとオフは、まさしくモールス信号だった。ジッパー・コマンドと言って通信機のスイッチオンとオフを繰り返した時の音で「了解」の意を伝える行為を応用し、彼はSOSを発信していたのだ。アフガニスタンにまで届くよう、道中で見つけた敵の――この場合は超国家主義者だ――遺体から通信機を剥ぎ取り、バッテリーを抜き取って出力を上げた。もしもマクダヴィッシュ大尉やプライスが生きているなら、この信号を拾ってくれるはずだ。あえてモールス信号にしたのは、直接音声でやり取りすれば敵に傍受されて自分の生存がすぐバレてしまうからだ。いずれにしてもこれがSOSを示すモールス信号であることは分かってしまうだろうが、こちらの生存に気付かれるのを遅らせることは出来る。
 とはいえ、アフガニスタンに向かったマクダヴィッシュ大尉たちの部隊がどれほど生き残っているかはローチにも分からなかった。この信号に気付いたとしても、救援が来るとは限らない。おそらくは彼らも同じように、シェパードの私兵に攻撃されているのは分かっていた。それでも、と万に一つの可能性に彼は賭けたのだ。
 万に一つ――その可能性は、現実のものとなる。





SIDE 時空管理局 機動六課準備室
七日目 0832
グルジア・ロシア国境付近
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 酸素マスクと一体になったヘルメットで頭部を覆っていても、唸り声を上げる風の音は聞こえてきた。風圧から眼を保護するためにバイザーを下ろしていたジャクソンは、視界いっぱいに広がる大地をずっと眺め続けている。
 時間が経つに連れて、大地に立つ木々や流れる川、聳え立つ山の表面が少しずつ明確なものになっていく。時折右腕に装着した高度計に眼をやって、予定高度にまで降下するのを待つ。
 彼は降下していた。地球の重力に引かれ、真っ逆さまに大地に向かっていたのだ。時速は二〇〇キロを超えており、このまま行けばジャクソンは地面に激突して潰れてしまう。無論そうならないための装備は備えており、彼の他に同じく降下する二人の仲間も同様の状況にあるのだが、常人であれば少なからず恐怖を覚えることだろう。しかし、降下していく兵士に動揺の様子は見られない。冷静に高度を見極め、大地をまっすぐ見据える姿はまさしくプロフェッショナルだった。
 いいや、そうじゃない――ジャクソンは脳裏によぎった思考を否定する。怖いさ、怖くてたまらない。誰だってそうだ。俺は特別じゃない。ただの兵隊、やろうと思ったことをやってるだけだ。

「開傘まで残り三〇秒。準備はいいか」

 通信機と繋がったマイクに向けて、声を発する。二人の味方からは間髪入れずに「問題無し」「いつでもいいぜ」と返答があった。頼もしい仲間、しかしこれから向かう先は"敵地"だ。いかに優秀といえど、たった三人の兵士が立ち向かうのは無謀過ぎる。それも作戦のうちなのだが。
 高度計に目をやる。安全に降下出来る高度まで、残り一〇秒を切った。ジャクソンは腰にあるフックを掴み、酸素マスクの内で声に出して残り時間をカウント。

「五、四、三、二、一、今!」

 フックを引く。途端に、迷彩色が施されたパラシュートが背中に背負うパックよりスルスルと伸び、勢いよく開いた。グッと身体を引っ張られるような衝撃を感じた後、風のうなり声が弱まるのを確認した。眼下に迫る木々や川といった風景も、明らかにゆっくりと流れていく。降下速度は大きく落ちた。これなら安全に着地出来る。
 上を見上げてパラシュートの展開を目視して、それからジャクソンは周囲を見渡した。同じように、開かれたパラシュートが左右に一つずつ、合計二つ見える。仲間たちも問題なく降下出来るようだった。
 木々に串刺しになったりしないよう、適当な着陸地点を探す。右下の斜面に適度な空き地を見つけた。本当は平地が望ましいが、贅沢は言っていられない。指で味方に着陸地点を指示し、パラシュートを巧みに操って降下していく。
 慎重に操作した甲斐あって、着陸は難なくこなせた。地面に足が接地し、捻挫しないようあえてジャクソンは崩れるようにして転んだ。ドシンッと着地の衝撃はあったもの、身体に異常は感じない。巻きついたパラシュートを手早く外し、見つからないよう素早く手元に手繰り寄せる。
 一通りの撤収が済んだ後、ヘルメットを脱ぎ捨てた彼は腰の後ろに回していたM4A1カービン銃を構えた。フォアグリップとダットサイト以外は装備していない、いたって平凡なもの。
 周辺を警戒してみたが、どうやら敵はいないらしい。その間にも二人の味方が彼のすぐ傍に降下してきて、同じように着陸してパラシュートを手早く畳んでいる。それが済むと、二人は銃を手にしてジャクソンの下に集まった。

「どうやら上手く敵の目は欺けたようだな」

 G36Cを持つ白人のこの男はギャズと言う。イギリスSAS出身の精鋭だ。

「らしいな。不可視の魔法をかけると言われた時は怪しいと思ったが」

 M249機関銃を持つ黒人男性はグリッグ。ジャクソンと同じく、米海兵隊出身だ。
 グリッグの言う不可視の魔法と言うのは、降下作戦前に彼らの仲間がかけてくれた文字通り魔法のことだ。発見される可能性の低いHALO降下を選んだが、それだけでは不完全と睨んだ彼らの指揮官が提案した。降下中は仲間内にしか見えなくなるものだと言われ半信半疑だったが、ここに至るまで"敵地"であるはずの大地に何も動きが見られなかったのを見るに、機能を果たしたのだろう。

「俺はまたお前だけはぐれて余計な一手間があると予想していたぞ」
「よせやい、人のトラウマほじくり返すんじゃねぇ」

 ジャクソンに言われ、グリッグは露骨に顔をしかめた。降下作戦で、この黒人兵士はいい思い出がない。今回は上手く行っただけに、なおのこと過去のことは触れて欲しくないに違いなかった。

「それで、例のローチとかいうのはどこにいるんだ」

 じゃれ合いに興味のないイギリス人が淡々と任務に関わることを口にして、二人のアメリカ人は顔を見合わせ黙った。

「敵がまだそいつを探してるってことは見つかってないんだろうが、こっちにも分からないとなれば…」
「だから、敵を利用するんだ。この先に超国家主義者たちが使っていた拠点がある。今はシェパードの私兵部隊がそっくりそのまま使ってる」

 チェストリグのポーチから地図を広げて、ジャクソンはギャズに見せ付けた。赤い印をつけているところが、まずは目指すべきシェパード私兵部隊の拠点だ。

「"アースラ"からの上空偵察では、敵は一度捜索を終えると必ずこの拠点に戻っている。たぶん捜索記録か何かあるはずだ」
「ずいぶん詳しいな、ジャクソン」
「敵も元米軍だろうからな」

 なるほど、とギャズは納得し、立ち上がった。ジャクソンとグリッグも合わせる。三人は銃を構え、一列縦隊で歩き始めた。目指す拠点まで、約五キロの道のりだった。




 地上でも不可視の魔法の効果が続いてくれればよかったのだが、そう都合よく物事が進むものでもない。ジャクソンたちは息を殺して山を下り、目的地へと向かっていた。
 途中、何度か黒尽くめの兵士の部隊と遭遇しそうになり、その度に彼らは木陰や草むらに身を寄せ、やり過ごしていた。絶対的な戦闘能力では機動六課準備室の魔導師たちの方が圧倒的に上だが、彼ら兵士は目立たないというのが最大の利点だった。実際、白やら赤やら目立つ色をしたバリアジャケットや騎士甲冑では発見されていたかもしれない。不可視魔法は案外長続きせず、魔力も案外消費が激しいため、隠密任務という点ではジャクソンたちの方がずっと適任なのだ。
 時間をかけて目的地であるシェパードたち私兵部隊の拠点、山中にぽつりと建てられたロッジに辿り着いた頃には昼近くなっていた。草むらに潜むジャクソンは敵が先にローチを発見してしまうことを恐れたが、どうやらその様子はない。ロッジの周囲に立つ黒尽くめの兵士たちに、撤収や警戒を敷いている気配を感じられなかったからだ。

「奴ら、緊張感が足りないようだぜ。タバコ吸ってる奴もいる」
「もうここらに敵はいないと思ってるんだろう。ギャズ、いつものだ。頼む」

 隣にグリッグを残して、ジャクソンはギャズにロッジの裏に回るよう頼んだ。元SASの彼は同時に機械の扱いにも手馴れており、小細工が得意だった。
 ギャズが傍を離れてからも双眼鏡でロッジの様子を確認する。派手な銃撃戦をやらかした後らしく、ロッジの壁は銃弾の痕が蜂の巣のように生々しく残っていて、窓ガラスも割れたままだ。入り口はいくつかあるようだが、正面玄関には大破した軍用車両が放置されている。おそらくは超国家主義者のものだろう。
 肩を叩かれて、ジャクソンは振り返る。グリッグが「あれを見ろ」と指で方向を示していた。正面玄関から左側、長い斜面を下った先だ。何かが燃えているらしく、黒い煙が上がっていた。
 双眼鏡で煙の元を見たジャクソンは、露骨に顔をしかめた。燃えているのは人だ。黒尽くめの兵士たちが、死体に油をかけて燃やしていた。すでに黒焦げになったものの上に、新しい死体を積み重ねている。その最中に、かろうじて焼け残った部隊章を見つけた。人間の頭蓋骨に剣と翼を彩った部隊章。Task Force141のものだ。シェパードは自分の部下を裏切るばかりか、ゴミでも焼くようにしている。そう思うと、腸が煮えくり返る思いだった。

「ギャズ、配置に就いた。いけるぞ」

 双眼鏡から眼を離し、通信を聞いたジャクソンは突入準備に入る。この怒りはまずロッジにいる敵兵たちに受けてもらおう。
 サイレンサー装備のM4A1を持ち出すと、グリッグも準備OKと合図してきた。ギャズに突入用意よしと伝え、戦闘開始。
 ロッジの裏から、何かが飛び出してきた。正面玄関の大破した車両とは対照的な、まだ真新しい様子のジープだ。運転席には誰も乗っていないが、アクセル全開で斜面を下っていく。シェパードの私兵たちの視線は、否応無しに無人のジープに向けられた。「誰が運転してるんだ?」「おい、止めろよ」と完全に思考は釘付けにされていたのだ。
 直後、彼らを草むらから放たれた静かな殺意が襲う。あっと短い悲鳴を上げて黒尽くめの兵士の一人が倒れ、隣で慌てふためく仲間の背中にも弾丸が叩き込まれる。

「GO!」

 ジャクソンはグリッグと共に草むらを飛び出した。先の戦闘で爆破されたせいで扉のない正面玄関に突っ込み、リビングでテーブルの上に地図を広げていた私兵たちに銃口を向けた。敵も銃を引き抜き抵抗しようとしたが、奇襲で面食らったその動きは緩慢なものでしかない。歴戦の海兵隊員が二人がかりで正確かつ素早い銃撃を叩き込み、片っ端から敵兵たちを沈黙させていく。最後の一人は逃げ出そうとして、割れた窓から侵入してきたギャズのG36Cに撃たれて死んだ。
 あっという間に静かになったロッジの中で、ジャクソンの目論見は見事的中した。テーブルに広げられた地図に、ご丁寧にすでに捜索した地域とそうでない地域が塗り分けされていたのだ。捜索隊のローテーションまで残されていたのはまさしく幸運だろう。

「捜索範囲は五つに分けられているな。AとB、それからDとEはすでに捜索済みか」

 早速グリッグがローチがいそうな場所に目星をつける。残るCのエリアはまだ捜索されていない。ローチが潜んでいるとしたら、そこだろう。

「捜索隊は今Eエリアから帰還中のようだ。まずいな、帰還する旨を伝えた無線はもうだいぶ前だぞ。ここに戻ってこられると俺たちの存在がバレる」
「罠を仕掛ける時間も無し、だな。ギャズ、動く車両があるなら運転してくれ。Cエリアに行こう、連中より先に」

 ジャクソンに言われてギャズは頷き、早速裏口にあるトラックを一台玄関へと回してきた。目立つが、動く車両は他にない。今は敵に気付かれる前に動き、ローチを見つけることが最優先だった。





SIDE Task Force141
七日目 1011
グルジア・ロシア国境付近
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 静かな森の中で、不意に発生した自動車の音に鼓膜を叩かれて、ローチはハッとまどろみの中から現実に舞い戻った。どうやら居眠りしてしまっていたらしい。追われる身という立場はそれだけで精神を磨耗し、ましてや来るか来ないか分からない援軍を待つというのは想像以上に過酷なものだった。いかに鍛えられた兵士と言えど、眠ってしまうのも無理はない。
 ――それでも、失態だったには違いない。くそ、間抜けめ。ローチは身を伏せたままアサルトライフルのACRを構えなおし、自分を罵った。命の危険に晒されているのに、居眠りする馬鹿がどこにいる。自動車の音は彼への警告だった。敵がいよいよこの付近の捜索を始めたのかもしれない。
 疲れきった身体は起き上がるにもいちいち抗議の声を上げるが、強引に押し切り、音の根源を探りに行く。もしかしたら通りがかった民間人かもしれないし、シェパードの私兵部隊であれば早急に隠れるか逃げるか、何かしらの対処をせねばならない。相手を迎え撃つ、という選択肢は念頭に無かった。時間稼ぎのために森の中に設置した罠を駆使して、ひたすらに逃げる。ACRの残弾はあまりに心細い状態だったからだ。
 太い樹木に身を寄せて、少しばかり周囲より盛り上がった地面から森の外の様子を伺う。はるか向こうで、何かが蠢いていた。肉眼だけでは敵なのかどうか区別がつかないが、トラックらしき車両が止まっているのが見えた。見るからに軍用のそれは、おそらくはシェパードの私兵部隊のものだろう。ということは、ついに奴らがこの森にまで捜索の手を伸ばしてきたのだ。自分を殺すために。
 くそったれ、簡単に殺されてたまるか。ローチはその場を離れ、まだ手元に残っていた一発の手榴弾を持ち出した。ピンとワイヤーを繋いで、適当な木と木の間に括り付ける。なんのことはない、ワイヤーに気付かず足を踏み入れればピンが抜けて、手榴弾が爆発する古典的トラップだ。本来ならクレイモア地雷を駆使して敵の出鼻を挫きたいところだが、手持ちの装備で出来ることはこれが限度だった。
 罠の設置が完了すると、自分が設置したそれに引っかからないよう注意しながら足早に森の奥へと急いだ。こうしている間にも、あの黒尽くめの兵士たちは迫っているかもしれない。
 その時、片方の耳に突っ込んでいたイヤホンに応答があった。通信機と繋がっているそれは、何処から放たれた電波を拾ったのである。

≪ローチ、聞こえるか? こちらは……あー、プライスとソープ、マクダヴィッシュ大尉の要請を受けてやって来た救出部隊だ。応答してくれ≫

 自分の耳を疑う、とはこのことだ。通信機に飛び込んできた電波の主は、プライスとマクダヴィッシュの名前を出してきた。おまけに救出部隊と来た。一日経っても見つからないローチの捜索に業を煮やしたシェパード私兵部隊は、ついにプライス大尉とマクダヴィッシュ大尉の名を利用して誘き出すつもりなのか。いずれにせよ、この状況で唐突に救出部隊といわれても信用できるはずがなかった。否、長く追われる身として過ごしたローチはもはやプライスかマクダヴィッシュの本人たちでなければ信用できなくなっていたのだ。脳裏には、シェパードに撃たれた瞬間の仲間たちの姿が焼きついていた。ゴースト、そしてティーダ。

≪応答してくれ、頼む。俺はジャクソンという。ソープとは戦友だ。今から森に入る。撃たないでくれよ≫

 ――しかし、もしも本当に救出部隊だったとしたら? ほんの一筋の疑問が、ローチの胸に宿る。設置した罠は敵味方の識別なく作動する。もしも呼びかけてくる彼らがその罠にかかれば、自分は今度こそ本当に孤立無援となるだろう。誰も助けに来てくれない。降伏は無駄だった。黒尽くめの兵士たちはTask Force141の兵士たちの死体を集め、その数をきっちり数
えている。
 森に入ってくると言う彼らは敵か、それとも味方か。ローチに、判断する術はなかった。





SIDE 時空管理局 機動六課準備室
七日目 1012
グルジア・ロシア国境付近
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 とうとうローチからの返答は無かった。ギャズもグリッグも森の中に入るのは躊躇ったが、それでもジャクソンが先頭に立って足を踏み入れると渋々従った。

「足元に注意しろよ。精鋭特殊部隊の生き残りだ、罠も設置してるはずだ。知ってるか、日本語で窮鼠猫を噛むって――」

 ピン、と金属音がかすかに響いた。得意げに日本語講座を開いていたグリッグがギョッとなって足を止める。見下げた先には何も無いように見える――あくまでそう見えるだけだ。実際のところではよほど注意深く見ていなければ分からない細いワイヤーが落ちている。
 ジャクソンは落ち葉と土に混じったワイヤーを見つけることは出来なかったが、ピンが抜けた手榴弾がすぐ傍の木の幹にテープで貼り付けられているのを偶然目撃していた。そこだけ人の手が入ったような形跡があったのだ。
 躊躇うことなく飛びつき、テープごと手榴弾を木の幹から引き剥がす。勢いよく宙に放り投げたところで爆発。黒煙が森の最中で炸裂するも、ジャクソンもグリッグも無傷だった。

「無事か!?」
「お蔭様で。悪い、助かった……」
「ローチ! 聞こえるか! もう一度言う、俺たちは味方だ! お前を助けに来た、出て来い! 置き去りにしちまうぞ!」

 反射的に地面に伏せたグリッグの無事を確認するやいなや、ジャクソンは首元のマイクに向けて怒鳴った。今の罠は明らかにローチが仕掛けたものだ。救出対象に殺されるなど冗談ではない。

≪――本当に、味方なのか。あんたら、いったいどこから……≫

 爆発音は森中に響き渡った。無論、ローチにも聞こえていたのだろう。自分の設置した罠に殺されかけて、それでもなお怒りはしても見捨てはしない様子のジャクソンたちを見て、ようやく彼は通信に応じてきた。

「ああ、味方だ。どこから来たって? 空からだ。いいから出て来い、お前を確保さえしたら増援を呼べるんだ」
≪本当か…≫

 苛立ちながらも、ジャクソンは電波に乗って飛んでくる救助対象の声に安堵の雰囲気を纏っているのを感じ取っていた。それもそうだろう、昨日からずっと追われる身でようやく助けが来たのだ。
 その時、後ろで警戒配置に就いていたギャズから通信が飛び込んだ。

≪こちらギャズだ、悪いニュースがある。黒尽くめの連中が森の中に入ってきた。どうも気付かれたようだ≫
「何だって、早すぎるぞ――さっきの爆発音が聞こえたか」

 舌打ちし、ジャクソンは自身が手にするM4A1を見た。弾は装填してある。銃撃戦を覚悟しなければいけないだろうか。
 パン、パンとまさにその瞬間、銃声が響いた。ギャズのいる方向からだ。

≪くそ、見つかった。現在応戦中――おい、ジャクソン! ローチとか言うのを早く連れて来い、敵は多数だ!≫
「分かった! グリッグ、ギャズの援護に行ってくれ!」

 グリッグが頷くのを確認した後、ジャクソンは前へと駆け出した。
 予定ではローチを確保でき次第、上空で待機している『アースラ』に応援を要請することになっている。百戦錬磨の機動六課準備室の魔導師たちなら、敵の殲滅は容易い。しかし今回の任務は殲滅ではない、救出だ。派手にやりすぎればシェパードの眼に止まり、米軍が動く。『アースラ』はローチ収容のため低空に下りて来るが、対空砲火に晒されて被弾すれば今後の行動に支障を来たす。可能な限り最短でローチを収容する必要があった。
 罠が設置されているであろう森の中を駆けるのは勇気無しでは到底不可能だったが、それでもジャクソンは足を速めた。通信機に「早く出て来いローチ」と怒鳴った上で。
 草と木が視界を埋め尽くす中で、ふと右端の方に黒いものがよぎるのが見えた。何だと思って足を止めると、黒尽くめの兵士たちだった。奴らは別ルートでもやって来たのだ。悪いことに、彼らの視線もこちらに向けられていた。
 銃口が跳ね上がるのは同時、引き金を引くのはジャクソンの方が速かった。サイレンサー装備のM4A1から静かな殺意の塊が弾き出され、シェパードの私兵部隊に飛び掛る。当たりはしなかったが、怯ませることは出来た。この隙に移動する。
 敵の側面に回りこんだジャクソンは、再びM4A1の銃口を向ける。私兵部隊の兵士たちは慌てて銃を構えなおすが、もう遅い。実戦で鍛えられた正確な照準によって放たれる弾丸が、黒尽くめの兵士たちを次々と射抜く。悲鳴が上がり、何名かはたちまち崩れ落ちるようにして倒れた。
 近くにあった木の幹の陰に飛び込み、反撃に備える。予想通り、生き残った黒尽くめの兵士たちが撃ち返してきた。太い木の幹は銃弾を身をもって弾き返してくれるが、撃たれるのは気持ちのいいものではない。敵の銃撃が一瞬止み、ジャクソンはすぐさまわずかに身を乗り出しての銃撃を叩き込む。撃ち、撃たれの繰り返し。とはいえ数は敵の方が上だった。このまま正面から撃ち合っていても勝てる見込みはない。
 その時、ドッと爆発音が響き渡った。何事かと銃口と共に顔を突き出してみれば、黒煙が黒尽くめの兵士たちの辺りで漂っている。悲鳴が上がり、片足のない敵兵が仲間の手で引きずられていく。ローチの仕掛けた罠に、奴らも引っかかったのだ。可哀想だが、こちらにはチャンスだ。
 思い切って、木の幹から飛び出す。手榴弾の爆発で動揺する敵に、あえての接近。ジャクソンが飛び出してきたことに気付いた私兵部隊はただちに応戦の構えを見せたが、M4A1からありったけの銃弾を叩き込まれ、次々と沈黙させられていく。
 カチンッと小さな機械音による断末魔。M4A1が弾切れになった。すかさずM1911A1拳銃を引き抜き、銃撃を絶やさず前進続行。負傷した兵士を後方に下げていく者には手を出さず、まだ健在な者だけを狙った。
 M1911A1の最後の一発が一人の黒尽くめを撃ち抜いて、敵の全員後退を確認。即座にジャクソンは再び駆け出す。戦場と化した森の中、硝煙の匂いと銃撃音を肌で感じながらローチを探す。
 視界の片隅にある草むらの中で、動きがあった。走りながらリロードしたM4A1の銃口を向けるが、出てきた者を見た瞬間、彼は銃口を下げた。草むらから出てきたのは、グレネードランチャー付きACRを持った兵士。憔悴した様子でこちらも銃口を突きつけてきたが、やはり同じように銃口を下げた。本能的に、彼らは察したのだ。こいつは敵ではない。

「ローチか」
「そうだ。あんたは」
「ジャクソンという。ソープの戦友だ。まだ戦えるか」
「弾さえ分けてくれればな」

 手短な自己紹介の後、ジャクソンはチェストリグのマガジンポーチからマガジンを一つ取り出し、ローチに渡す。受け取ったローチはACRにそいつを叩き込み、コッキングレバーを引いて戦闘準備完了。

「救援が来るまで持ちこたえるぞ。救援さえ来たら俺たちの勝ちは決まりだ」
「ずいぶん自信あるんだな。そんな大戦力なのか?」

 にんまり笑って、ジャクソンは肯定の意を返す。見れば驚くぞ、とでも言いたげに。ローチは曖昧に頷くだけだった。




SIDE Task Force141
七日目 1044
グルジア・ロシア国境付近
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 ジャクソンと名乗った兵士と合流し、さらに森を駆け抜けていくと、黒尽くめの兵士たちがわらわらと押し寄せてくるのが見えた。数では圧倒的に上の奴らがしかし攻めあぐねているのは、たった二人の特殊部隊隊員が必死の防衛線を展開しているからだ。ギャズとグリッグ。もっともローチは彼らの名前をまだ知らない。
 黒人兵士が、軽機関銃で弾幕を張って私兵部隊の頭を上げさせないでいる。キャップを被った髭の兵士がこれに呼応する形でG36Cを叩き込み、敵の進軍を食い止める。しかし彼らは気付かない。その後方に、文字通り裏をかいてやろうと忍び寄っていた黒い影がいることに。
 ジャクソンとローチ、二人の兵士は顔を見合わせ、意向をすり合わせるまでもなく銃口を敵に向けた。それぞれが見定めた目標に向かって銃撃。裏をかくはずが思わぬ方向からの攻撃を受け、黒尽くめの兵士たちは死者を出しながら後退していく。

「遅いじゃねぇか」

 M240軽機関銃を撃っていたグリッグが、口では抗議しつつ笑顔で二人を出迎えた。悪いな、とジャクソンがひとまず謝り、防衛戦に加わる。
 ローチは黒尽くめの兵士たちに向かって銃撃しつつ、ジャクソンが通信機に何か言っているのを眼にした。通信を終えて、次にギャズに信号弾を上げろ、と怒鳴った。それが救援に来る者への合図なのだろう。
 ギャズはG36Cから手を離し――代わってローチが銃撃する。Task Force141の仲間の敵討ちのために――太く短い銃身の信号銃を上空へと打ち上げた。木の枝を掻い潜って空で赤色に炸裂したそれは、さぞや目立ったに違いない。
 ダットサイトの照準を合わせ、突き進んできた黒尽くめの兵士にACRの銃弾を叩き込む。撃ち倒したのを見届けたところで、ACRがカチンッと機械音を鳴らして弾切れを告げた。もう弾薬は残っていない。

「誰か、弾をくれ!」

 叫んだところで、ふっと視界が暗くなった。視線を上げれば、すぐそこに黒尽くめの兵士。いつの間に迫ってきたのだ。至近距離にも関わらず、そいつは銃撃よりも銃による殴打を仕掛けてきた。咄嗟にローチは弾切れしたACRを盾にする。ガッと腕に衝撃が走り、銃が弾き飛ばされた。黒尽くめはチャンスと見てか、ナイフを抜く。ジャクソンが気付いて銃口を向けたが、間に合わない。
 その瞬間、黒尽くめの兵士に黒い物体が飛び掛ってきた。毛むくじゃらの大きな、黒い生き物。クマだ。ナイフを持った黒尽くめの兵士は悲鳴を上げながら抵抗するが、ナイフよりもはるかに鋭い爪と牙、何よりも人間が勝てるはずのない腕力の前に勝機があるはずもなかった。クマの豪腕による一撃は、一発で黒尽くめの兵士を吹き飛ばした。
 ローチは、すぐに逃げ出す。不思議とクマは追ってこなかった。もしかしたら、森を荒らす私兵部隊の兵士たちに怒り狂っていたのかもしれない。森を四つん這いで駆け、銃撃などものともせずに敵兵たちを薙ぎ払っていく。

「ローチ、無事か」
「何とか――あれか、救援って」
「いやぁ、さすがにクマに友達はいないな」

 苦笑いを見せるジャクソンは、ふと上を見る。あれだ、と指差す先に、青空をバックに閃光が舞い降りてくる。桜色、金色、赤色、紫色、青色、水色、少し遅れて緑色と閃光の色は様々だ。まるで航空ショーのアクロバットチームだが、見せる演技は演技ではなかった。
 桜色と金色の閃光が、宙で止まる。じっと眼を凝らせば、浮いているのは人だった。若い女、もしかしたらどちらも二十歳も超えていないかもしれない。それぞれ杖のようなものを持って、地面に向けている。
 彼女らの行動を観察していたローチは、あっ、と短い声で驚愕した。宙に浮かぶ二人の少女が、杖からそれぞれが纏っていた色をしたビームとも言うべき破壊の力を振り下ろしたのだ。その先には、森の外に集結しつつあった私兵部隊の車列がある。いずれも軍用の防弾が施されたトラックだったが、放たれた光の渦は物理法則を無視したように車列をまとめて薙ぎ払っていく。黒尽くめの兵士たちは、逃げ惑うしかなかった。
 続いて、赤色と紫色、そして青色の閃光が地面に降り立つ。ハンマーを持った幼い少女に、若い女剣士、尻尾と耳を持った獣のような屈強な男。森に展開していた私兵部隊の中心に降り立った彼女らと彼は、怯えきった兵士たちの銃撃もまるで無視して、暴風のように暴れ回った。ハンマーで殴られた者が吹っ飛び、防御する間もなく剣で切り伏せられる者がいて、拳と蹴りの殴打の前に倒れていく者。傍目に見れば虐殺だが、これで一人も死んでいない。せいぜい気絶だろう。

「もしかしなくても、魔導師か」

 ローチの思いのほか冷静そうな声に、「何だ、知ってるのか」とジャクソンは驚く様子を見せた。

「Task Force141にも一人いたんだよ、管理局の魔導師が。シェパードに殺されたが……」
「なら、生き延びて敵討ちといこう。ほら、お迎えだ」

 遅れてやってきた緑色の閃光が、彼らの元に着陸。現れたのは、戦場には場違いなロングスカートの女だった。

「ジャクソンさん、怪我は!?」
「俺は大丈夫だ。シャマル、それより彼を診てくれ、急ぎ『アースラ』に収容を」
「はい、お任せ!」

 親しげな様子で会話するジャクソンとシャマルという女に、ローチはつくづく場違いなものを感じざるを得なかった。
 とはいえ――生き残ったには違いない。Task Force141は、かろうじてまだ三名が生存することになる。
 上空から、船が降りてきた。宇宙船だ。正しくは次元航行艦『アースラ』という。ローチたちを回収するため、衛星軌道から降下してきたのだ。すでに私兵部隊は圧倒的な魔導師たちの力の前に撤退を余儀なくされつつある。

「さぁ、お迎えだ」

 『アースラ』を見上げて、ジャクソンは自分の船でもないにも関わらず、得意げに言う。

「ようそこ、機動六課準備室へ。同じ死に損ない同士、よろしく頼む」




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最終更新:2013年12月13日 23:08