SIDE 時空管理局 機動六課準備室
七日目 1800
地球 衛星軌道上空 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
『アースラ』はアフガニスタンへ向かっていた。この戦争を仕組んだ真犯人の一人、シェパード将軍を討ち取りに向かったプライスとソープの援護のためだ。
しかしながら、彼らは一つの問題を抱えていた。アフガニスタンに向かうと決めたは良いが、あの砂漠の大地は広大だ。プライスとソープが果たしてどこで戦っているのか、その居場所は彼らには伝えられなかったのである。艦は急行する傍らで、地球上の電波情報を収集することでプライスとソープの位置を、あるいはシェパード将軍の位置を掌握しようとしていた。
「――待って、今の電波戻して!」
米軍の通信情報解析に協力していたジャクソンは、艦橋のオペレーターたちの中から聞き覚えのある声を耳にした。印刷された情報から眼を離して通信端末に噛り付いていた彼ら彼女らを覗き込むと、『アースラ』主任オペレーターのエイミィ・リミエッタが、いつもの能天気な雰囲気を感じさせない真剣な表情でキーボードと格闘していた。
「何か見つかったのか。エイミィ」
「ちょっと待って。今捕捉した電波、音声通信じゃなかった気がしたの」
艦長席から離れてやって来た『アースラ』艦長、クロノ・ハラオウンがエイミィに問う。答えるのももどかしげに彼女はキーボードを叩き、ディスプレイに細くした電波の波長を表示させていた。ジャクソンには彼女が何をしているのかおおよその予測しか付かなかったが、おそらくは電波の内容を解析しているのだろう。音声出力される形で再生された電波は最初のうちこそただの雑音にも等しかったが、幾度も再生される度にフィルターを通し、人間の声であることが分かってきた。音紋分析が行われ、ついに誰の声であるかがはっきりする。
≪――ここに記録しておく。歴史は勝者によって記されてきた。ゆえに嘘で満たされている≫
プライス大尉だ、とジャクソンは声の主を確信した。しかし、誰かと通信のやり取りを行っていると言う雰囲気は感じない。おそらくは事前に録音したのだろう。オペレーターたちは発信源の特定を急いでいる。
≪もし奴が生きて俺たちが死ねば、奴の"歴史"が記される。俺たちのはゴミだ≫
「出ました、発信源特定!」
「大型スクリーンに表示だ。全員に見えるように」
オペレーターの一人がキーボードを叩き、クロノの指示で艦橋正面の大型スクリーンに発信源を表示する。地球、衛星軌道上、廃棄されたまま宇宙と地球の狭間を漂っていた軍事衛星。データが併せて表示されたが、だいぶ古い物のようだ。冷戦期に当時のソ連が打ち上げたものらしい。冷戦終結と共に軍縮の煽りを受けて使用されなくなったのだろうが、機能はまだ生きていた。だからプライスはこの軍事衛星を選んだのか。
≪シェパードは英雄になるだろう。一つの嘘と血の運河で世界を変えた。この史上最大の陰謀がこのまま進めば、奴は"歴史"になっちまう≫
軍事衛星は、プライスのメッセージ以外にも重要な電波を放っていた。一見しただけでは単なる雑音に過ぎないその電波は、モールス信号だったのだ。発信のタイミングと時間を設定することで、シェパード将軍の詳細な位置がそこに記されている。
もし、自分たちが失敗した時は『アースラ』がこの情報を得ることを期待したのだろうか。ジャクソンはそんな推測を脳裏に走らせたが、次のメッセージを耳にした時、少し違うなと考えた。老兵は、全部自分たちでやるつもりなのだ。シェパードの位置情報は"ついで"に過ぎない。
≪俺たちが奴の息の根を止めない限り≫
Call of lyrical Modern Warfare 2
第20話 Endgame / 戦友たち
SIDE Task Force141
七日目 1810
アフガニスタン "ホテル・ブラボー"
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉
洞窟を駆け足で進んでいると、川が流れているのが見えた。ここを拠点にしていたシェパード、あるいはPMCの水源地だったのかもしれない。
川には船着場が設けられていて、モーターボートが配備されている――数人が、そのうちの一隻に乗り込もうとしていた。黒尽くめの兵士たちに護衛されて、軍服の男が急げと指示を下している。間違いない、シェパードだ。
先頭を行くプライスがシェパードを狙って発砲するが、銃弾は当たらず、洞窟の奥の光に吸い込まれていった。おそらくは川を下れば洞窟の外に出られるに違いない。ということは、奴は洞窟の外に脱出手段を用意しているのだ。
「ソープ、ボートに乗れ! 操舵は任せる!」
仇敵を乗せたモーターボートが、護衛の手によって緊急発進してしまう。しかし、彼らは大きなミスを犯した。ソープとプライスの追撃を恐れるあまり、残っていたもう一隻のボートを無傷のままにしていたのだ。
上官に言われるまでも無く、ソープはモーターボートに飛び乗った。エンジンをかけ、プライスが乗り込むと同時に急発進。水面を弾き飛ばすようにして、ボートは猛加速しながらシェパードたちを追う。
風を切って、洞窟内を流れる川を突き進む。途中で出くわしたつり橋の上で、敵兵たちが待ち構えていた。ソープは右手で操舵と加速を行いつつ、左手で道中拝借したUZI短機関銃を敵に向かってぶっ放す。モーターボートはつり橋の下を通過。UZIはカチンッと小さく断末魔を上げて弾切れを知らせたが、同時に敵兵の悲鳴も聞こえた。倒したか否かを確認する術はない。
「RPG!」
老兵の警告を受けて、咄嗟に舵を左に切った。直後、右舷で爆風と水飛沫が巻き起こる。舵をただちに右へと切って針路を戻せば、正面左側の船着場に黒尽くめの兵士たちがいた。その手にはRPG-7、もう一発を再装填しようとしている。すれ違いざま、プライスがSCARの引き金を引いて銃撃を浴びせた。アッ、と短い悲鳴が上がり、RPGの弾頭が敵兵の手から滑り落ちる。モーターボートは構わず川を下り続けた。
いた――二人の兵士、復讐に燃える男たちの眼が、先を行くモーターボートの影を捉えた。それぞれが銃を構えて滅茶苦茶に発砲するが、敵も必死だ。狭い洞窟内の川で右へ左へ蛇行し、放たれる殺意はことごとくが水面を叩くのみに終わる。もっと距離を詰めなければ。
暗い洞窟を抜けて、ついに眩い太陽の下へ。すでに日は傾きつつあった。水面を夕日が紅く照らす。まるで血のように。
川を下って追撃を続行するソープとプライスの前に、左右から一隻ずつ別のモーターボートが現れた。乗っているのは言うまでもない、シェパード指揮下のPMCだ。犬どもめ、とその忠誠心に呆れながら、ソープは左舷に現れた敵に向かってUZIを構える。
敵も撃ってきた。ピュンピュン、と弾が掠め飛び、水面に連続した小さな水柱が上がる。ソープの構えたUZIの銃口は弾を吐き出しながら、矛先を敵のボートの鼻先へと向ける。カンカン、と金属音が鳴り響いたかと思った次の瞬間、制御を失った敵のボートは舵を切れずに水面から突き出ていた岩へと正面衝突。敵兵たちが空高く舞い上げられ、川の底へと叩きつけられた。UZIの弾が舵に当たるよう未来位置を予測して狙ったのが功を制したのだ。
もう一隻、右から。ガッ、と船体に衝撃が走った。高速で駆け抜けるモーターボートが速度を落としそうになる。左へと意図せず傾いた針路、当て舵で強引に修正。咄嗟に視線を向ければ、敵兵を載せたボートが右舷より再び接近しつつあった。体当たりしてでもこちらを止めるつもりだ。
「ソープ、ぶち当ててやれ!」
プライスの激が飛ぶ。この野郎、と怒りを込めてソープは舵を右へと切った。ボートとボートが互いに衝突し合い、川に投げ出されそうになる。その一瞬の隙を逃さず、プライスがありったけの銃弾を敵兵たちに向けて放った。左手で身体を支えながら、右手のみで銃を構える強引な射撃姿勢。それでも弾丸は黒尽くめの兵士たちを次々と射抜き、ボート上の敵を一掃することに成功する。
これで妨害はもう終わりか。ほんのわずかな安堵を確信しかけたところで、頭上をバタバタと騒々しいヘリのローター音が駆け抜けていった。くそ、と悪態を漏らす。ミニガンを抱えたOH-6リトルバードが、彼らの行く手を遮るようにして立ちはだかる。
「潜り抜けろ、ミニガンが回る前に!」
言われるまでもなく、アクセルを全開にした。ドッと船首が跳ね上がる勢いでボートは加速し、立ちはだかったヘリに真正面から突っ込んでいく。プライスが生き残る道を見出したのは、敵のOH-6が抱えているのがガトリング方式のミニガンということだ。ガトリングは回転してから銃撃が始まるまで、わずかだがタイムラグがある。
機械音が鳴る。死神の鎌が風を切る音。ミニガンが放たれれば、モーターボートなどボロ雑巾のようにもみくちゃにされてしまうだろう。その寸前、二人を乗せたボートはOH-6の真下を通過した。一瞬遅れて野獣の唸り声のような銃声が背後で上がるが、放たれる銃弾の雨はすでにいなくなったプライスたちを狙って水面に降り注ぐばかりだった。
ヘリの攻撃を避けたと思った次の瞬間、いきなりボートが空中に放り投げられた。うわ、と情けない悲鳴が上がり、一度、二度とボートは水面に叩きつけられる。水飛沫をもろに被り、二人は水浸しになった。急流に入ってしまったらしい。それでもアクセルは緩めない。シェパードの乗るボートは、依然として視界内にあった。
≪アバター1、状況は?≫
≪回収の準備をしろ、敵は目前だ!≫
≪三〇ノットを維持してください、回収します≫
その時、片方の耳に突っ込んでいたイヤホンに敵の通信が紛れ込んだ。これは敵の通信士とシェパードの声だ。回収の準備、もう用意していた脱出手段が間近に迫っているのか。
再び、ヘリのローター音が頭上に響いた。OH-6の軽い音とは違う、もっと重々しい大馬力のローター音。水飛沫の最中でソープが眼にしたのは、大型のヘリだった。MH-53ペイブロウ輸送ヘリ。こいつで逃げる気か。
まずいことに、敵のヘリのパイロットの腕は絶妙と言わざるを得なかった。シェパードたちの乗ったボートを追い越したかと思いきや、その場でわずかに機首を上げて減速し、高度を下げた。後部ハッチを開いて機体がわずかに水面に触れる程度にまで降下し、突っ込んできたボートをキャビンへと収容してしまう。離脱すらも鮮やかだった。急流に飲まれないよう、MH-53は急速上昇で離脱を図る。
逃げられる――焦燥が思考を染めた。ヘリを撃墜できるような火器を自分たちは持っていない。ソープはただ、高度を上げていくシェパードの乗ったヘリを見上げるしかなかった――プライスが銃を構えるまでは。
「ソープ、安定させろ! 船を揺らすな!」
「何をする気だ、プライス!?」
「撃墜する!」
無茶だ。川は急流に入っており、必死に舵を操作してどうにか転覆を免れているに過ぎない。離れていくヘリを、小銃でしかないSCARで撃墜するというだけでも無理難題であると言うのに。それでもこの男はやるつもりなのだ。これまで戦い抜いてきた老兵の眼が言っている。俺を信じろ。
ソープは舵を握りなおし、何とかして船体の安定に努めた。叩きつけられる濁流は容赦なくボートを揺らすが、エンジン全開でバックさせることでかろうじて勢いを相殺することに成功する。ボートの上は今、ギリギリのところで水兵を保っていた。
「そのまま――そのまま!」
パン、パン、パンと乾いた銃声が三つ。プライスのSCARが火を吹いた。放たれた銃弾は銃撃した男の意志が乗り移ったかのようにヘリに向かって突き進み――ドン、とシェパードの乗ったMH-53はローターから爆発を起こした。グルグルと制御を失い、はるか向こうへと落ちていく。
やった。本当にやりやがった、このじいさん。奇跡としか言いようがない超精密射撃を目の当たりにして、思わずソープは言葉を失った。そして、あっと気付く。この川の向こうは滝だ。このままでは水面に向かって落ちてしまう。
「下がれ、バックだ、バック!」
「やってるよ、掴まれプライス!」
エンジンはとっくに全開だ。しかし、これまで水平を維持していたのが仇となったのか、出力は上がらない。次々と襲い掛かる激流はボートを前へ前へと押し込み、船首の向こうに空が見えた。次の瞬間、宙に浮くような感覚が二人を包んだ。
駄目だ。身構える。ボートは真っ逆さまに水面へ落ちる、落ちる、落ちる――ドン、と衝撃が走った後、目の前が真っ暗になった。
激しく咳き込んで、ソープはどうやら自分はまだ生きていることを自覚した。滝から落ちた後、ボートから投げ出されて運よく陸地に打ち上げられたようだ。
立ち上がろうとして、身体が痛みの声を上げる。どこが、ではない。全身が痛んだ。苦悶の表情を浮かべつつ、激痛と格闘しながらどうにか立ち上がった。
視界はぼやけ気味、銃は手放してしまった。ナイフ一本が唯一の武器だ。鞘から引き抜いて、左手で逆手に持ったまま進む。プライスはどこだ。自分は生きて陸地に打ち上げられたのだから、あの不死身の老兵もきっと近くにいるはずだ。
はっきりしない意識が覚醒したのは、数メートルほどをふらつく足取りで進んだ時だった。アフガニスタンの砂の大地で、何かがメラメラと燃えている。そういえば、目を覚ました時にヘリのローター音を耳にしたような気がした――ヘリ。そうだ、プライスが撃墜したあのMH-53はどうなった。シェパードは。
燃えている何かの正体を確かめるべく、警戒しながら歩みを進める。とはいえ、武器はナイフ一本だ。銃を持った敵がそこにいたら、太刀打ちするのは至難の業だろう。一歩一歩、足を進めるたびに向こうの様子を伺う。
地面で何かが蠢いている。敵兵だ。ハッとなったが、よくよく見ればそいつはもがき苦しむようにして這いずっていた。武器を持っている様子も無い。おそらくは、撃墜されたヘリに乗っていた一人だろう。ということは、この先で燃えているのはやはり。
地面を這っていた敵兵が、上を見上げる。目出し帽とヘルメットで覆われた顔に、ソープははっきりと恐怖を見出した。ジタバタともがいて逃げようとするが、もはや立つことも出来ない敵の命運は明白だった。背中に向けて、ナイフを振り下ろす。あっ、と短い悲鳴を上げて、哀れな敵兵は事切れた。
たった今殺害した敵の死体を乗り越え、さらに進む。燃えているのは、やはりヘリの残骸だった。グシャグシャにひしゃげた機体はまだ小規模な爆発を繰り返しており、つい先ほど墜落したものだと分かる。シェパードはどこだ。死体を確認しなければ、終わったことにはならない。
残骸のすぐ傍に、突き出た岩があった。その上で、またも敵兵が一人息も絶え絶えな様子で動けないでいる。目が合って、やはり敵の表情は恐怖で染まった。今度の奴は、手に拳銃を持っていた。まずい、とソープは焦るが、最後の力を振り絞るようにして向けられた銃口は彼を捉えていた。
カチンッ、と小さな機械音。拳銃を持つ敵兵は信じられない表情で何度も引き金を引くが、弾は出ない。マガジンが抜け落ちていたのだ。気付いた時にはすでに遅く、振り下ろされた刃が喉を貫いていた。返り血を浴びながら、ソープは殺した敵の死体よりナイフを引き抜く。
ヘリの残骸から発せられる鉄の焦げるような匂いに、呼吸系をやられた。ゲホッ、と咳き込んでしまい、肺が痛むのが分かった。歯を食いしばって視線を上げることが出来たのは、彼が鍛え抜かれた兵士だからだ――その兵士の眼が、残骸の奥に誰かがいるのを見出す。いた、シェパードだ。
「貴様……!」
鬼のような表情を浮かべ、痛む身体も無視してソープは前へと駆け出した。ゴーストも、ティーダも、Task Force141の部下たちも、みんな奴に殺された。それなのに、プライスが撃墜してなお奴はまだ生きているではないか。こんなことは許されない。
シェパードはゴホ、ゴホと咳き込みながら、しかしソープと違ってさほど酷い怪我は負っていないようだった。残った体力と気力を振り絞るようにして駆けるソープが、逃げる奴の背中に追いつけないでいる。そのまま奴は、残骸の付近にあった廃屋の方向に向かって逃げていった。
くそ、どこだ。どこに行った。あの野郎。文字通り血眼になって、最後の敵を探す。見失ってしまったのは大きなミスだが、奴も決して無傷ではない。それほど遠くには行けないはずだ。荒い呼吸のまま、脳に命の糧を送り込んでシェパードを探す。
――いた。廃車の陰、痛む身体を庇うようにして潜んでいる。殺してやる。懺悔の言葉の一つも残せないうちに。
「復讐がどうなるのか知っているだろう――墓穴を用意しておけ、二つだ」
飛び出すようにして、ソープはナイフを持ったままシェパードに襲い掛かった。奴の呟く戯言は、耳に入らなかった。
ナイフが振り下ろされ、シェパードの胸を――貫かない。ガッと逆に腕を握られ、反応できないうちに今度は後頭部を抑え付けられた。そのまま廃車に向かって額をガツンと叩きつけられる。衝撃が脳を揺さぶり、立っていられなくなった。ドサッと砂の大地に倒されると、墜落した直後とは思えない勢いでシェパードが自分のナイフを引き抜く。
まずい。しかし身体は言うことを聞かない。グサリと胸に焼けるような鋭い痛みが走り、ナイフが突き刺されたのはその直後だった。あまりの激痛に、ソープの意識はほんの一瞬暗闇の底へと落とされた。
「数年前のあの日――私は一瞬にして三万人の部下を失った」
遠のいていた意識が、痛みと言葉で返ってくる。目を開いて最初に見えたのはシェパードと、その手に握られた大型のリボルバーだった。
「にも関わらず、世界はそれを傍観しているだけだった……!」
ピン、ピンと金属音が鳴り響く。リボルバーから空の薬莢が指で落とされ、弾薬が再装填されていた。奴が自分を殺す気なのは、死に掛けた頭でもすぐ理解出来た。
「これからは、志願兵の不足は無い。愛国者もな」
「――全て、貴様の手中のうちで、か。満足か、アメリカ(祖国)を戦場にして」
ふん、とシェパードが鼻を鳴らす。これから死ぬ男の言うことなど、戯言にしか考えいないのだろう。
数年前のあの日が、中東の核爆発のことなのは明白だ。シェパードは当時、侵攻部隊の司令官だった。大勢の部下が、核の炎に焼かれて死んだ。なのに世界は変わらなかった。軍人という者たちを見る目は以前のままだったのだ。こいつはそのために、この戦争を起こした。
踏み荒らされる祖国を守るため、軍人が命がけで戦って異世界からの侵略者を叩き出す。確かに、軍人という立場は大きく見直されるかもしれない。
「お前なら分かるだろう?」
リボルバーの銃口が突きつけられる。ハンマーが起こされた。あとは引き金を引くだけで、ソープは撃たれ、そして死ぬ。しかし、彼はなおシェパードの思想を拒否した。そんな世界、クソ喰らえだ。プライスもきっと、そう言うはずだと信じて。
引き金が引かれる――その直前、視界の隅から誰かが飛び出してきて、シェパードを弾き飛ばした。パン、と銃声と共に放たれた弾丸は明後日の方向に飛んでしまう。この土壇場で、自分を救ってくれた者は誰だ――言うまでもない。プライス大尉だ。
「生きていたか、プライス大尉」
「一人で死ぬつもりはない」
ガッ、とプライスの拳がシェパードの頬に叩き込まれる。たたらを踏んで耐えるシェパードは、反撃の膝蹴りを老兵の腹部に叩き込んだ。老いた兵士、軍人としての生き方以外出来ない二人の男の殴り合いが始まった。
援護しなければ。プライス一人に任せられない――胸に深く刺さったナイフはそのままに、ソープはもはや麻痺しつつある身体を必死に制御した。足に力は入らない。這い蹲って向かう先には、シェパードが手放したリボルバーがある。律儀に全弾装填されていたから、弾はまだ入っているはずだ。
ズリ、ズリと砂の大地を這って進む。視界の向こうでは、肉弾戦の激しいぶつかり合いの音が響いてくる。ドサッ、と目の前にプライスが吹き飛ばされてきた。まだ息はあるようだが、このままでは二人とも殺される。早く銃を拾わねば。リボルバーまであと少し、左手がついにグリップに届いた。
いきなり、アーミーブーツが目の前に現れた。握りかけた銃が、そいつのせいで蹴飛ばされる。くそ、と見上げた先には唇の端から血を流す敵の老兵。ガッと顔面に蹴りを入れられ、再び意識が遠のいてしまう。
三度目の覚醒。しかし、今度ばかりはもう動けない。意識も途絶え途絶えで、頭が上手く現実を認識しない。視界に映るのは、なおも殴り合いを続けるプライスとシェパード。拳と蹴りの応酬。プライスが押しているように見えたが、ほんの一瞬視界が暗く染まり、明るさを取り戻したと思った時には形勢が逆転していた。プライスが倒れ、シェパードが馬乗りになって老兵の顔面に拳を叩き付けている。
何か無いか。武器を。何でもいい。プライスを助けねば。何か、何かあるはずだ――その時、ソープが見出したのは、自分の胸に突き刺さったままのナイフだった。これだ。もうこれしかない。指先の感覚はとうに失せていたが、信念が沈黙していた神経を叩き起こした。ぴく、とわずかに指が動いたかと思うと、右手がナイフの柄を握る。
ナイフを引き抜こうとする。その瞬間、麻痺していたはずの体に激痛が走った。異物を除去する痛みは視界を点滅させ、胸の傷からは赤々とした流血が噴出す。それでもナイフは抜けない。左手さえも使って、ソープは呻きと唸りが入り混じった声を上げる。早く、早く、早く。
スパッ、と胸の痛みが一瞬引いた。血が飛び散り、突き刺さっていたはずの刃が今は自分の右手の中にある。チャンスは一度きり、これを外せば本当に何もかもが終わる。
手のひらの上でナイフを回転させる。目標は、シェパード。奴がこちらに気付く様子は、ない。
ゴースト、ティーダ、部下の皆――脳裏に仲間たちの顔が浮かぶのと、ナイフをダーツのように投げ飛ばしたのはほとんど同時だった。
ハッとシェパードが顔を上げた。放たれた殺意の刃は、そのまま奴の目玉を貫き、脳にまで達した。驚くほどあっけなく、シェパードは死んだ。プライスの上で馬乗りになったまま、二度と動かなくなった。
あばよ、くそったれ。続きは地獄でな。
風が吹いていた。認識できるのは、ただそれだけ。任務達成の満足感はなかった。今度こそ、意識が遠のく。もう覚醒することは無いだろう。
ゲホ、と誰かが咳き込むのが聞こえた。消えかけた意識が、かろうじて繋ぎ止められる。誰だ。プライス大尉?
「ソープ……!」
あれだけ殴られたにも関わらず、老兵は自力で起き上がった。乗っかったままのシェパードの死体をどかし、ふらついてでも歩いてソープの元へ。
「ソープ……!」
呼びかけには答えられない。もはや口も動かせないのだ。視線だけを動かして、自分は死んでいないことを伝える。気のせいか、わずかに老兵の表情が緩んだように見えた。
チェストリグが脱がされ、迷彩服の下にプライスの治療を施す手が入る。手持ちの衛生キットで出来ることはわずかだったが、しばらくはまだ死なずに済むかもしれない。
「喋るな。お前は死なす訳にはいかん」
プライス、と口だけ動かすと、彼はそう言って自分も負傷しているはずなのに、戦友の身体を抱えようとした。しかし、どこに行こうと言うのだ。
その時、ソープは目にした。アフガニスタンの砂の大地の向こうから、黒い影がいくつも飛び出してくるのを。武装した兵士たち。シェパード支配下のPMCの連中だ。まだ生き残りがいたのか。
「くそ」
ソープを担いだまま、プライスが吐き捨てた。黒尽くめのPMCたちは、銃をこちらに突きつけている。主人が死んでなお、この忠実なる犬どもは自分に課せられた任務を果たそうというのだ。
これはいよいよ駄目か――思考に絶望の二文字が走りかけた。パン、と銃声が響いたのは、その直後。自分たちを取り囲む敵兵たちの一人が、身体をくの字に曲げた末に倒れる。何事だ、と正体不明の銃撃を目の当たりにして焦る黒尽くめの兵士たち。次に彼らに襲い掛かったのは銃弾と、青白い魔力弾だった――魔力弾?
敵兵たちがバタバタと倒れていく。幸運にも生き残った奴らは逃げ出していくが、ソープとプライスのの前に飛び出してきた兵士がその背中に向けてM14EBRを叩き込んでいく。ひとしきり撃ったその兵士は、そこでようやく二人に視線を合わせた。
「マクダヴィッシュ大尉!」
ローチ――信じられないものを見る目で、ソープは現れた兵士の名を声なき声で呼んだ。ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹。ソープの部下、Task Force141の数少ない生き残り。何故ここにいる。
「すまない、今回は出番が無かったな」
「ジャクソン、お前か。それに、クロノ?」
「ええ。ご無沙汰してます、プライス大尉」
続けて現れる兵士と魔導師。ジャクソンとクロノ、どちらも二人のかけがえの無い戦友たちだった。
ヘリのローター音が鳴り響いてきた。砂を撒き散らしながら、はるか空中よりヘリが降りて来る。OH-6リトルバード、パイロットはニコライ。着陸し、ロシア語訛りの英語を話すこの男はプライスたちの下へ。
「片道飛行と言ったはずだが」
「私もそのつもりだったんですがね。彼らが納得しないもので」
ふん、と鼻を鳴らすプライスに、ニコライはローチ、ジャクソン、クロノの三人を見渡しながら苦笑いを浮かべた。
ごほ、とその時、プライスに担がれるソープが強く咳き込んだ。血の味が口の中に広がる。応急処置を施したとはいえ、深手を負ったことには変わらない。
「行こう。ソープが危ない」
「ああ、いい医者を知ってる。ニコライ、乗せてやってくれ」
「合点だ」
ジャクソンが肩を貸して、プライスと共にニコライが乗ってきたヘリにソープを送る。ローチとクロノがそれに付き添った。
「大尉、死なないで下さいよ。俺が生き残ったんです、貴方も生き残るべきです」
「ソープ、彼の言う通りだ。弱気になるなよ」
分かってるさ。離陸するヘリの機内で、ソープは部下と戦友からの励ましに胸のうちで答えた。
OH-6は離陸。一路、次元航行艦『アースラ』へと向かう。
Call of lyrical Modern Warfare 2 END
To be continue……"Modern Warfare 3"
最終更新:2014年05月31日 23:05