■ 18
哨戒任務などで既に大西洋に進出していたイギリス海軍艦は、バイオメカノイドとの交戦に突入した米空母ジョン・C・ステニスの救援に向かう事を決定した。
北極海に現れたバイオメカノイドの個体量は想像を絶するものであり、アイスランドからは、極夜の空に塵雲の帯が伸びているように見えていた。
アメリカ空軍はただちに可能な限りの戦闘機にスクランブルを発令し、迎撃態勢に入った。
また海軍でも、大西洋艦隊の艦を急ぎラブラドル半島沖に向かわせ、バイオメカノイドの進撃を食い止めるように陣を展開した。
この時点で洋上にあって戦闘行動が可能な米軍艦のうち、タイコンデロガ級については全兵装を使用しての全力射撃を行った場合、約160秒ですべてのミサイルを撃ちつくすと計算された。
また既に交戦していたプリンストンやシャイローからの報告で、バイオメカノイドのうち小型個体についてはミサイルによる攻撃は携行弾数や1発で撃破可能な敵の量などから効率が悪いとされ、艦砲による攻撃を主軸にするべきと提案された。
同様に戦闘機においても、1機に搭載できる対空ミサイルの本数はF-15Eであってもたかが知れており、航空機関砲による攻撃が効率が良いとされた。
作戦司令部では、従来の戦術の常識からは外れるがAC-130のような大量の砲兵装を搭載できる重航空機による空対空迎撃が効果が高いと検討されていた。
大型の機体なら積める弾薬の量も多く、また少々の攻撃には耐えられる。
敵は空中運動性能自体はさほど高くないので対空ミサイルのような強力な誘導は必要なく、火力あたりのコストの低い艦砲やロケット弾などによる攻撃が適する。
バイオメカノイドと戦う場合において最も気をつけなければならないのは手持ちの武器が尽きてしまうことである。
それは地球でもミッドチルダでも同じく、残弾がなくなったのに無理をして戦い続ければあっという間にやられてしまう。ミサイルや砲の弾が尽きたら、あるいは魔力カートリッジが尽きたら、ただちに撤退して交代し、補給を受けなければならない。
ノーフォークの海軍基地では、各水上艦艇に対する砲弾の積み込み準備が開始された。
ミサイルは再装填作業に時間がかかるため、艦砲を優先して補給する。
さらに短時間サイクルでの砲身交換を必要とするパルスレーザー砲の予備砲身も運び込まれ、光学兵装CIWSを装備する各艦へ順次積み込まれていく。
隣接するラングレー空軍基地でも、戦闘機および爆撃機がハンガーから出され、出撃準備を進めていた。
爆撃機には爆弾ではなく、ガンポッドを積み込む。この際、使えるものはとことんまで使う。米軍は高度にシステム化されながら、実戦経験の豊富さによる柔軟性をも併せ持っている。
B-52を運用する爆撃機部隊はさらに、通常爆弾の時限信管を調整し空中で爆発させるようにしてバイオメカノイドの群れの中に投げ込むプランを独自に検討し始めた。
全世界のあらゆる陸海空軍が、その持てる力のすべてを発揮する。
そうしなければ、この危機を乗り越えられない。
奇しくも人々の意思は、宇宙より現れた危機によってひとつにまとまりつつあった。
各地の米軍基地で働く兵士、そしてソ連軍兵士たち、航空自衛隊の隊員たち。彼らは自身の職務に希望を見出そうとしていた。
それは人間の人間らしい心が、戦いによってこそ磨き清められるという意味でもあった。
各国軍および政府がそれぞれ超法規的措置による対バイオメカノイド作戦を検討する中、いち早く日本は護衛艦による対宙攻撃の準備を開始した。
すでに出港させていた護衛隊群の搭載するスタンダードミサイルは、宇宙から降下してくる大型個体を成層圏で迎撃することが可能である。
また、種子島および内之浦のロケット発射場に、日産自動車を母体とするIHIエアロスペース社がL-5(ラムダ・ファイブ)対宙ミサイルランチャーの設置作業を開始した。
最大射程距離12万キロメートルを持つ同ミサイルはペイロードに大型徹甲爆弾を搭載し、軌道上のインフェルノを狙うことができる。
ミサイルを運搬する日産ディーゼル「クオン」キャリアートレーラーの後ろには、例によってマスコミの車がぞろぞろと列をなし、カメラマンが窓から身を乗り出してミサイルのロケットノズルにビデオカメラを向けている。
既にソ連がR-7ミサイルに熱核弾頭を搭載してインフェルノへの攻撃を行ったことは報道されたので、特に中国などの周辺諸国が日本も核攻撃を行うのではないかと警戒している、とマスコミは報道している。
もちろん日本は核保有国ではない。
しかし、その技術力から常に、持とうと思えばすぐにでも核兵器を製造配備できる能力があるとみなされているのも事実だ。
日本特有の事情もある。
沿道にところどころできている人だかりを、高台から伺うようにあちこちに警備の人員が配置されている。彼らは地元の警察官だけでなく、自衛隊などから送り込まれた部隊も混じっている。
特に沖縄諸島に近い立地である。いわゆる過激派団体が集まってくることが予想される。
実際のところ、日本国内におけるSP(セキュリティポリス)が請け負う業務の中で最も一般的なものというのはこういった、軍需分野に携わる大企業からの、自社製品や要人の警備任務である。
日本の企業が武器を製造し輸出などしているということも、一般の国民からすればぴんとこないことかもしれないが、実際には欧米やソ連など世界各国で日本製高性能兵器は活躍している。
一般道を封鎖し、トレーラーの前後左右について警備を行う自衛隊車両には小銃を携えた隊員が乗り込んで周囲を警戒している。
いつ、見物人の人だかりの中から銃弾が飛び出してこないとも限らない。
今回の事件をまだ、テレビの中の出来事としかとらえきれていない国民が多いだろう。そんな隙に付け込んで、日本の社会を破壊する事をもくろむ人間は周辺諸国に幾らでもいる。
まだ日本のキー局はどこも放送していないが、すでに米軍経由で、北極海バフィン湾においてアメリカ大西洋艦隊とバイオメカノイドが本格的な戦闘に突入したという情報が伝わってきている。
日本のマスコミがニュースを流し、国民がバイオメカノイドの姿を目の当たりにするのは、すでにカナダ東海岸が襲われた後の事になるだろう。
敵の巨大要塞、インフィニティ・インフェルノは軌道速度が通常の人工衛星とは異なりかなり速く周っているので、軌道はしだいに日本上空から太平洋上へと移動していく。
最初の接近では東シナ海から日本海を縦断していったが、その後は日本アルプス上空、太平洋沿岸部と、周回ごとに日本から離れる方向に軌道が移っていく。
インフェルノは軌道を操作し──すなわち自己動力を持たない小惑星には不可能な航行である──地球上空に滞在する位置へ移動している。ただの小惑星なら、地球の引力につかまって何周かまわっても、遠心力ですぐにはじき出されてしまうか地上に落下する。
異星人の戦艦、数百隻からの猛攻撃を受けてなお生きている。
地球の科学力をはるかに凌ぐ異星人艦隊の兵器でも、この要塞を落としきれない。
それほどの脅威が出現したのだ。
もはや映画やアニメの中だけの出来事ではない。宇宙にはエイリアンがいる。これまで人類が試みてきたあらゆる地球外生命探索プロジェクトをあざ笑うかのように、バイオメカノイドは異次元より現れたのだ。
しかもそれは、これまでの人類の想像とは全く異なった異形のロボット生命体だった。
日本政府としても、これが本当に役に立つ研究かと内心半信半疑に思っていた者も、現場の人間ですらかなりいた。
超能力は確かに存在し、それが過去に何らかの超文明が存在したのだと考えればうまく説明できるが、まさか本当に存在するとは確信してはいなかった。
異星人すなわち地球外知的生命体の存在については、次元世界人類の来訪により少なくとも20世紀半ばには確信をもたれていたが、超古代先史文明に関しては異星人たちの側でも研究途上であり断定はできていなかった。
それが、今回、バイオメカノイドの襲来という未曾有の事態によって証明された。
テレビに映る種子島射場の中継映像を見ながら、高町士郎は画面を見る自分の視線がSPのそれになっていることを意識していた。
すでに現役を退き、自営業で喫茶店をやっているといっても、長年、続けてきた仕事の癖はそう簡単には抜けないものである。
日本がこれほど緊張した軍事作戦を展開したことは、ここ数十年では初めてのことである。
訓練や試験ではない実戦経験は、やろうと思ってやれることではない。実戦は相手のあるものであり、その相手はいつどこから現れるかわからないからだ。
そして今回、その実戦の相手が、宇宙から現れた。
日本に限らないが、世界のほとんどの国では、地球外生命体との交戦を法律に定めていない。
軍隊とは、主に他の──おのずと地球上に限定される──国家との紛争解決を目的にしている。災害対策などを抜きにすれば、その職務(戦闘行為)は交戦法規に基づいて行われ、やたらに武器を撃ちものを破壊し人を殺せばいいというものではない。
破壊されるべきものは敵の兵器やその支援施設などでなければならないし、殺害されるのは敵の戦闘要員である。
あくまでも紛争の解決手段として、相手の実力を減衰させ意志を挫くことが戦闘の目的である。
宇宙怪獣に、それが通じるかはわからない。
異星人、少なくとも言葉を持ち文明を持っていれば、交渉が通じる可能性はある。
少なくともミッドチルダをはじめとした次元世界においても、戦闘によって実力の差を見せ付けた上で国家間の交渉に臨むという作法は地球とさほど違わないということがわかっている。
だが、バイオメカノイドは違う。
彼らには少なくとも文明はなく、知能は低い。動物のようなものである。
日本なら、たとえば山から里へ下りてきた熊や猪などの野生動物には、最初から銃や罠などで攻撃を行うだろう。
それと同じだ。バイオメカノイドが地球へ降りてくるなら、余計なことは考えず最初から全力で攻撃しなくてはならない。
次元世界でも、この初動対応を誤り1つの世界が──すなわち1つの惑星が──壊滅してしまった。
アルザス壊滅の報せは管理局よりエイミィにももたらされた。
バイオメカノイドの群れがアルザスに出現したとき、人々はそれを最初は単なる変わった野生動物だと思っていた。
この世界にはもともと竜型の生物種が生息していたので、三つ首ドラゴンを見ても人々はさほど重大なことだと気づけなかった。
続いてワラジムシとアメフラシの群れが押し寄せ、異常事態だと気づき始めたときには、すでにアルザスのいたるところにバイオメカノイドが出現していた。
金属質の身体を持つ彼らは、不気味で耳障りな摩擦音を出して歩行する。
ロボットではない。人工物ではない。惑星TUBOYに最初に植え付けられたのは人工的な機動兵器だったかもしれないが、もともとの住人がいなくなり、孤独な活動を続けた結果、もはや独立した生命と呼ぶべき生態を獲得した。
機械生命。次元世界で、人造魔導師の実現手段としてサイボーグよりもセルフクローニングが選ばれたのは、ヒトより強い生命を生み出してはならないという理由が根源にある。
クローン技術であれば、たとえどこまでいっても生身の人間であることは変わらないが、サイボーグが極限化していった場合、人間ではない、機械が意志を持ってしまう危険がある。
サイボーグはあくまでも、戦闘機人のように生身を主、機械を従とした、人体の補強にとどめるべきである。
スカリエッティが開発した人機融合技術はその危険と予見をはらんでいた。
それゆえに、最高評議会はこの事実を封印しようとした。
しかしもはや、その封印は解かれようとしている。
新暦65年の闇の書出現、新暦75年の聖王復活、新暦83年のバイオメカノイド襲来、そしてそれらの背後に横たわるエグゼキューター計画。
次元世界人類は、ロストロギアたる災厄をもたらしてきた超古代先史文明の残滓の由来を解き明かし、そしてそれに挑む。
人類の誇りと、存在意義を懸けた戦い。
管理局システムの真価が問われるときである。
設立理念上、管理局は次元世界国家に対する強制力を持たない。
そして、ミッドチルダとヴァイゼンは次元世界最強の軍事国家である。
この時点で既に、管理局はミッドチルダよりも立場が下も同然である。
そのミッドチルダが解き放ってしまった封印を、管理局は、またミッドチルダ自身も、全次元世界の協力と共に立ち向かっていかなければならない。
ミッドチルダだけに責任を押し付けては、この問題は解決しない。
そして同様に、地球もまた、管理外世界だからと傍観を決め込むわけにはいかない。
敵戦艦インフェルノは地球を目指している。
インフェルノをも含む、超古代先史文明の残滓たるロストロギア。それは管理世界、管理外世界の区別を問わずどこにでも分布し、そしてその根源がついに第97管理外世界テラリア──地球であると判明してしまった。
地球ともっと早期に交渉を持ち、管理世界への加盟を要請していれば──というが、今となっては結局はたらればである。
管理局艦隊に先んじて地球人に公式な接触をクラウディアが持ったことは、管理局がこの対地球政策においてイニシアチブを取れる材料になる。
もちろん、本局にいるレティもリンディもそのことは理解しているだろうし、クラウディアが第97管理外世界へ向かったという報せを受けた時点でこのプランを検討の俎上にあげただろう。
たとえ何十光年も離れていても、直接の対話でなくても、情報によって、人間は互いの意志が通じ合う。
管理局提督としてのクロノの類稀な政治力である。
リンディもまた、自分の息子の成長ぶりと、それを確かに見初めていたレティの手腕を改めて理解した。
再び、エイミィの端末が鳴らす新着メッセージのアラームが、ハラオウン邸のリビングに響いた。
アルフは居室に引っ込んだまま、リビングにいるのはエイミィ、デビッド、士郎の3人だけである。
空中投影式の魔導タッチパネルを操作し、メッセージを表示させる。既にこの程度のデバイスならば、デビッドと士郎には見せても問題はない。
映像はない文字のみの、ミッドチルダ語の文章がスクリーンに現れる。
「──始まったそうです。ミッドチルダ宙域、距離27万キロメートルの第1月軌道を越えてバイオメカノイドが侵入し、管理局次元航行艦隊による攻撃が開始されました。
現在、艦砲および魔力ミサイルによる迎撃を行っている──とのことです」
エイミィの言葉に、デビッドも士郎も、無言で重く頷く。
もはや事態は、自分たちが口出しできる領域を超えている。
次元世界人類の持つ強力な宇宙戦艦が、その搭載する魔法兵器をもって戦闘に突入した。
あとは、彼らの健闘を祈るのみである。
ミッドチルダは惑星の昼の面をバイオメカノイドに向け、海軍艦隊は輝くミッドチルダの惑星を背にする格好になる。
バイオメカノイドの知覚を光でごまかせるかは不明だが、海や雲での太陽光の反射を浴びれば艦の姿をまぎれさせることができる。
距離15万キロメートル、静止衛星の軌道を避けて高軌道宙域へ上昇したミッドチルダ艦隊は、艦首に装備された大口径魔導砲による統制射撃を開始した。
アウグストをはじめとした艦首砲は砲口が艦の中心線上に固定されているため、照準操作は艦の機動によって行い、敵に真正面を向ける必要がある。
砲塔のように回避運動をしながらの攻撃はできないので、長い射程距離が要求される。
艦隊司令は主砲を用いての砲撃戦への移行タイミングを、距離8万キロメートルに設定した。バイオメカノイドがこのラインを突破してくれば、被弾率が高まるために回避運動をとる必要があり、そうすると艦首砲は使えなくなる。
いくつかの艦は、機関全速で艦を振ったまま惰性航行で敵へ艦首を向け砲撃を行うことも独自に検討していた。
時空管理局本局艦艇はクラナガン直上の静止軌道に位置しているため、クラナガンが昼になった現在、ちょうど艦隊の真後ろに位置し、艦隊越しにバイオメカノイドの群れを見る位置にある。
本局艦艇そのものに武装は無く、巨大な人工衛星という形態の施設だが、防御力は堅牢である。
艦隊はそれぞれ、バイオメカノイドの射線上に本局が位置しないように艦の進路をとった。
後方へ抜けた流れ弾が本局施設に被害を与えることは避ける必要がある。
これまでの戦闘で観測されたデータで、バイオメカノイドは主にプラズマ弾などの荷電粒子砲を使用してくることがわかっていた。
粒子砲の場合、大気圏内に入れば濃密な空気分子との衝突で急速に減衰し、また宇宙空間であっても射程距離は数十万キロメートル程度と短く、また質量の重い粒子を飛ばしているため、原理的に光速で飛ぶ魔導砲と比べて比較的に弾速は遅い。
十分な砲戦距離をとっていれば、敵の発砲を見ながら、未来位置予測による回避が可能である。
月面泊地から出撃したGS級2艦は、ミッドチルダ海軍の主力艦隊とは離れた方角にいる。
バイオメカノイドたちも、わずか2艦がぽつんと孤立している状態に対しては魅力的な獲物と映らないのか、近くにいた小型個体がふらふらと寄っていく程度で大きな動きは見せない。
敵は、戦術に基づいた動きをしない。あくまでも機械的に、より近くにいる目標、より大きな出力を発している目標に引き寄せられる。
すなわち、大出力魔力炉を多数内蔵する本局艦艇、そして惑星ミッドチルダ、多数の艦船が近くに固まっているミッドチルダ艦隊。
相対的に、GS級程度の小型艦は、バイオメカノイドにとって対処の優先度が下がる。
その隙を突き、2隻のGS級はバイオメカノイド群の隊列の横に回りこみ、攻撃を開始した。
敵大型輸送艦に対して長距離魔導ミサイルを発射し、艦砲で邪魔な小型個体を打ち落とす。
これまでの戦闘で、敵はミサイル迎撃をほとんど行わないことが知られていたが、これほど敵の数が多いと誤誘導や迷走を起こす危険がある。
なるべく宙域をクリアにし、敵にミサイルが届きやすくする。
「本艦の対艦ミサイル飛翔中、目標命中まであと90秒です」
「2番主砲、カートリッジ再装填にかかります」
「1番主砲、目標群アルファに照準。優先度を再割り当てせよ」
GS級は、艦の規模としてはXV級とLS級の中間あたりになり、艦載魔導砲が管理局の最新型であるMk99フェーザー5インチ砲ではなく一世代古い軽量型3インチ砲になっている。
長砲身小口径で対空砲撃に重点を置いた性能のため、連射速度は速いが一発あたりの威力が弱く、有効射程も短めである。
レティ指揮下のGS級は2隻とも、砲雷科員たちが全力でカートリッジの供給作業を急ぎ、切れ目のない弾幕を張ってバイオメカノイドを押し込んでいる。
GS級の魔力光は白色であり、軽量な砲塔はダメージコントロールの観点から開放式になっている。単装の旋回砲座に最低限のシールド魔法と覆いをかぶせただけの構造のため、発砲時には砲塔後部から白い余剰魔力ガスを噴出する。
使用後のカートリッジは排莢箱によって回収され、パッキン交換後、魔力結晶を充填しなおして再使用される。
補給科では、戦闘と並行してのカートリッジ再処理作業を急ぐ。
バイオメカノイドを相手にしたとき、いかに次元航行艦であっても1隻だけの搭載弾薬量では心もとない。
可能な限り、撃てる弾数を増やす必要がある。
「敵小型バイオメカノイド、上方へ2つの群れに分かれて移動中」
「対艦ミサイル、次弾装填完了」
直撃による起爆ではなく、精密に距離測定を行い近接信管で爆発させ、いちどに大量の敵を撃破することを狙う。
「目標への発射解析値でました!」
「よろしい、発射しろ」
GS級巡洋艦の艦橋両脇に設置されている対艦ミサイルランチャーから、魔力結晶を詰め込んだミサイルが発射され、ロケットモーターに点火されてバイオメカノイド群に向け飛翔する。
これも推進薬は魔力素を添加した金属混合型のコンポジット燃料である。
比推力は従来型の固体燃料ロケットよりも大きい。ノズルに転移魔法の術式を施すことで、反動推進による加速力以上のスピードで通常空間を飛行することができる。
「ロウラン総長より入電です!」
通信士官が本局からの電文受信を報告する。
「副長、暗号鍵を」
「何と言ってきていますか」
操艦の指示を出しながら、航海長も本局からの新たな指令に注意を向ける。
「──今本局から新たに、ヴォルフラムが出撃した。例の事故があった技術部実験棟モジュールから八神二佐を回収し次第戦列に加わるとのことだ」
「八神艦長が」
「無事だったんですか!話では、第511観測指定世界での戦闘で重傷とのことでしたが」
「そこは技術部ががんばってくれたんだ──ヴォルフラムも、まだ修理が完全じゃあないが、大丈夫だ。八神さんならやれる」
この2艦の艦長はいずれもリンディとは同期の提督であり、同じロウラン閥で付き合いもある。
艦を連携させるコンビネーションは優れている。
本局艦艇との距離はこの位置ではおよそ40万キロメートルと離れており、通常航行では数十分かかる距離だ。
ミッド艦隊および本局艦隊は静止軌道付近からの遠距離砲撃を行っているため、月面泊地から出た艦たちは互いに距離が離れている状態である。
バイオメカノイド群はミッドチルダの公転軌道のやや内側に位置した次元断層から向かってきており、ミッドチルダが公転軌道上を進む軌道速度と合成した速度で進撃してくる。
太陽の重力に引かれるため、軌道を曲げながら、月の横をよけるようにしてミッドチルダに向かっている。
「艦長、月面泊地より連絡です!ゼータ・カリーナの出撃許可がおりたそうです、すぐに救援に駆けつけると!」
GS級に続いて、定期整備のためにドック入りしていたミッド海軍所属のLZ級戦艦の1隻もようやく発進した。
現代ではもはや骨董品とも呼べるような大口径艦砲を搭載し、コストのかかる荷物とされてきた大型戦艦だが、今はその主砲が強力な武器になる。
LZ級戦艦は当時(新暦ゼロ年代)で標準的だった16インチ魔導砲を3連装砲塔で4基、計12門搭載しており、これは1門だけでもXV級やLS級のもつアウグストを軽く凌ぐ破壊力を持つ。
大戦後の建造となった新しいRX級では、コスト削減と軽量化のためにより口径こそ同じ16インチだが短砲身化され砲塔の装甲もオミットしている。また搭載数も連装3基で計6門と減らされ、大出力砲撃魔法に耐える砲身強度も備えない。
かつてのような艦隊決戦のための大口径砲ではなく、支援砲撃に用いることが多くなったため、破壊力向上のための大口径化は必要性が薄れている。
より小型の巡洋艦や駆逐艦では、すでに単装砲が主流である。
かつて戦艦が活躍していた時代は、砲撃魔法の精度が低かったため、いちどに多数の魔法を発射しその中のどれかひとつでも命中すればよいという、いわゆる公算射撃が行われていた。
艦載クラスの砲撃魔法を撃つ砲身は機械式魔法陣を必要とするため占有スペースが大きく、中世時代の露天砲台から、1基の魔法陣で複数の砲撃を放つための多連装砲塔が開発された。
また艦船どうしの砲撃戦のために、砲塔には強固なシールド魔法による装甲が施された。
デバイスの性能が上がり、射撃指揮装置や魔力レーダーも進歩してくると、砲の門数が少なくても命中率がじゅうぶん期待できるようになった。
空戦魔導師の機動力が重視されるようになり、高速で移動する目標への追従性能が高い軽量砲が求められた。
また、誘導魔法の発明と術式改良により、単発の砲撃魔法では届かないような超長距離まで魔力弾を届かせることができるようになったため、新しい艦ほど、艦砲の数は減らされるようになった。
これらの次元航行艦の装備の変遷も、あくまでも人間同士の戦いであることが前提であった。
今、相手にしているバイオメカノイドは、これまでの人間同士の戦いの常識を超えた存在である。
より強大な敵を倒すために、武器は進化し、変化していく。
それは魔法でも、人間でも変わらない。
本局ドックでは、インフェルノ内部での戦闘で損傷したヴォルフラムの修理が急ピッチで進められていた。
もともと、再度第97管理外世界へ向かうため出航予定は10日後とされていたが、ミッドチルダにバイオメカノイドが侵攻してきたことでその余裕はなくなった。
戦闘を行うための最低限の兵装と電子機器の機能回復を行い、船体の外板などは後回しになる。
見た目はぼこぼこの状態だが、シールド魔法を展開すれば防御力は発揮できる。
ルキノは最後のエンジン点検を行い、魔力炉の出力が70パーセントまで発揮できることを確かめた。
インフェルノのトラクタービームを受けて船体が転覆したとき、魔力炉内部の圧力容器にダメージが加わった可能性がある。もし圧力容器が損傷していれば、最大出力で運転すると炉が破裂する危険がある。
完全な修理を行うためにはいったんエンジンを降ろさなくてはならないため、そうなると工期は1週間以上のオーダーになる。
それを待っている余裕はない。
ルキノはエリーに報告を行い、現在のヴォルフラムの装備で、戦闘が可能であるという見通しを立てた。
どのみち、主砲3基のうち艦首の1番砲塔はターレットごと大破していて修理はされていないため、残る2番、3番砲塔のみで戦い、これら2基を動かすだけであれば魔力量は足りる。
あとは魔力レーダーも、ヴィヴァーロの作業によりほぼ機能を回復した。
火器管制装置と艦砲があれば戦闘は可能だ。また、エリーはすでに技術部から報告を受け、はやての現在の状態に予想をつけていた。
本局はまだ、よみがえったはやてと闇の書をどう扱ったものかと手をこまねいていたが、エリーは決意を固めていた。
自分なら、はやてに呼びかけ、対話をすることができる。そしてそれは、ヴォルフラムの全乗組員が同じ思いだ。
自分たちの大切で信頼できる艦長を、助けに行く。もう一度会いに行く。そのためならば、何だって信じる。
はやてを信じている。
ドック内作業員を退避させ、エリー・スピードスター三佐はヴォルフラムの機関始動を指令した。
艦をドックに固定していたガントリーロックを解除し、舫い綱を解く。
解放された船体はゆったりと無重力の中に浮かび、再び、宇宙へ向けて動き出す。
「副長、エンジン出力70パーセント可能、魔力発揮値50億まで可能です!」
「わかりました。補助バッテリーへバイパス回路を接続、機関故障に備えます」
「了解!」
エリーとルキノがエンジンの処置を確認し、ヴォルフラムの後部メインノズルに再び、魔力光の輝きが復活した。
エンジンはインフェルノ艦内での戦闘で受けたダメージが修理しきれておらず最大出力を発揮できないが、この状態で戦闘行動が可能と判断した。
チャンバーへの魔力チャージが必要なアウグスト魔導砲は使用せず、誘導魔法発射機と主砲2門を使っての防空戦闘に専念する。
三つ首ドラゴンのブレスで大破した1番主砲は、砲塔を撤去した上からバーベット開口部に鋼板を張ってふさいでいる状態だ。
ダメージを受けていた2番主砲は取り急ぎ旋回装置と揚弾装置を修理し、カートリッジロードを連続して行えるようにしている。
船体がゆがむほどのダメージを受けると、砲塔も歪んで回らなくなったり、カートリッジを送り込めなくなったりする。そうなると手動装填が必要になり発射速度が落ちてしまうので、ここを最優先で修理した。
「速力120ノット、面舵10度、艦傾斜右15度!フリッツ、ガス防御帯に気を付けて!」
「了解です副長、かっ飛ばしますよ!ポルテさん、少し揺れますから席につかまっててください!」
本局から出港する際にはそれぞれの航路にかなり低速の制限速度がある。ただでさえ平時でも多数の艦船が出入りし、また施設そのものの防御のためにシールド魔法が張り巡らされているため、実質的に航路として使える空間はごく狭い。
フリッツも若い操舵手だが、ルキノから直伝を受けた操艦術の腕は確かだ。
総質量9000トンにも達するLS級の船体を、1フィートの誤差もなく正確に飛ばす。
「速力120に達しました!」
「よろしい、発令所より電測、こちら副長。ガス防御帯の位置を正確に測定してください。モジュール爆発の影響でガス帯が移動している可能性があります」
「了解!出港水路、本局より距離16キロ地点の旋回ポイントでターンです!左回頭して抜けます、ここはいつも通り進路2-7-0でいけます!」
「操舵手、左回頭用意!ロール戻して、旋回開始まで180秒!船体の慣性に気を付けて!機関室、推力で艦尾を振ります!魔力炉の出力変動に注意してください」
「はい!フリッツ、こっちはまかせて!大丈夫、あなたならやれるわ」
「まかせてくださいルキノさん!」
フリッツは舵輪を握り直して構え、エリーは海図卓に向かって航路計算を行う。計算尺に速力120を入力し旋回開始ポイントを割り出す。
これほどの速力を出すことを想定して港湾水路は設計されていないが、それでも120ならいけるとエリーは判断した。
本局艦艇などの軌道上泊地では、次元航行艦といえども水上艦程度の低速での航行になる。宇宙空間では広大なため速度感覚が異なるが、120ノットということは時速に換算すれば220km/h以上に達する。
一方、ガス防御帯の隙間は軍艦用航路では1800メートルと規定されており、もちろん隙間が一直線に空いていては隕石が素通りしてしまう危険があるため何重にも折れ曲がっている。
まさにわずかな隙間を潜り抜けるような操艦となる。
ヴォルフラム自身が発するシールド魔法とガス防御帯のシールド魔法が干渉し、虹色の波動が放たれる。
高速で飛ぶ次元航行艦が、惑星の磁気圏などに接触したときに見られる現象だ。
「次の旋回ポイントまで速力120で直進!左ロール30度、アップトリム5度に修正!航海長、速力を再計算!」
海図卓に向かうルキノは航法用デバイスを起動させ、空間投影式のキーボードを叩き、ヴォルフラムがとるべき針路と速度を計算する。
全速航行で艦の外壁が細かくきしみ、艦橋内の各種機器が魔力光を明滅させる。
「はい副長!速力120から105に減、旋回開始まで55秒です!」
「よろしい、発令所より機関室へ、15秒後に減速開始、45秒後に速力105まで減速!ルキノ、あなたの合図で旋回!」
「了解!私の合図で旋回、星図に進路をマーク、旋回開始まで50秒!」
「よーしこいこい来い……そこだ、来い……!──副長!こちら電測、左側上方のガス帯が崩れてます、幅おそらく700、左舷側から狭まっていきます!」
防波堤のようにスペースデブリをさえぎるシールド魔法が、本局の受けた衝撃によって魔法陣発生器の取り付け位置がずれたため、航路を狭めるように動いてしまっている。
航路の幅そのものはある程度余裕をもって設定されているが、本来の港湾内制限速度の3倍近いスピードを出しているヴォルフラムにとってはまさにジェットコースターのような操艦になる。
LS級の小柄な船体は、大型の巡洋艦や空母などに比べると動揺も大きく、乗組員たちはそれぞれに艦内の手すりや自分の座席につかまり、踏ん張って重力に耐える。
人工重力は常に艦の真下に向いているため、急旋回では外側に振られる感覚がある。
平衡感覚と方向感覚を失わないために必要だが、本来の設計を超えた急速度ではまさに、乗数的に増加していく重力を感じられる。
「……旋回10秒前、進路マーク!5、4、3、2、1……!操舵手、取舵一杯、右舷エレベータ上げ一杯、左舷スポイラー展開!全速前進、そのまま左ロール90まで増加、アップトリム10度に修正!
今よフリッツ!舵を目一杯引っ張って!機関室、速力105を維持!重力パラメータを忘れずに補正して!」
ルキノが声を張り上げて指示を飛ばし、ヴォルフラムの艦橋の窓に、太陽風と魔力残滓を浴びて激しく蛍光を発するシールド魔法の帯が広がっている。
壁のように迫るシールドの手前、至近距離での旋回で、滝のように魔力光の奔流が舞う。
これほどの強度の本局艦艇のシールドに激突すればこちらは大破は必死だ。ぎりぎりで、側壁のすぐそばを掠めるようにして旋回する。
「見えました!敵バイオメカノイド群を目視で確認!電測、敵艦隊の位置は測定できますか!?」
「お待ちを副長!ガス防御帯の誤差を補正します!」
「本局艦艇の上部へ向かいます、敵バイオメカノイド群の距離を測定!艦首2番主砲、艦尾3番主砲、砲塔旋回、右舷対艦戦闘用意!
副長より機関室へ、魔力炉出力70パーセント最大!出港水路の最峡部を抜けたらメインノズル推力全開、いっきにターンします!」
「っとっ……ここだ!出ました!副長、敵艦隊までの距離、約17万4千キロメートル!敵艦隊針路、方位3-5-5から0-4-5へ、ミッド艦隊と正面から激突する構えです!
この分だとこっちには気づいてません、今なら本局の壁面に沿っていけます!」
「了解……!ルキノ、上昇反転用意!トリムを左15度まで戻して、艦の視界を確保してください!」
「はい副長!フリッツ、あなたの腕の見せ所よ!航海より機関室、魔力炉出力70パーセント!メインノズル推力最大!」
本局ドックの外壁から20キロメートル、ガス防御帯を離脱したヴォルフラムは大きく左へ舵を切り、本局の北側、はやてがいるはずの実験棟区画へ向かう。
接近するバイオメカノイドからの攻撃をかわすため、使用可能な全砲門を右舷側へ向け、ミッドチルダ海軍本隊へ向けて突進しつつあるバイオメカノイド群への注意を保つ。
暗緑の闇のような雲に包まれた本局艦艇の影を浴びるミッドチルダは、接近する宇宙船からは巨大な暗黒星雲を衛星に従えた特殊な惑星に見えるだろう。
それは高度科学技術文明を獲得した人類の、技術の結晶である。
文字通り結晶のように成長した本局艦艇の、わずかな小さな隅の一角に、はやてが待っている。
愛すべき友が待っている。戦友のために、親友のために。
皆の思いを守り、そして伝え、参じる。それが自分たちの、生きていく理由。その意識を持つことが、挫けない意志の原動力になる。強い意志を持つためには、強い動機が必要である。
人類、ミッドチルダ人類、次元世界人類、という以前に、八神はやてという友人をまず第一に守る。
その意思を抱え、LS級艦船ヴォルフラムは宇宙を飛翔する。
バイオメカノイド群との距離が11万キロメートルを切り、ミッドチルダ海軍艦隊の最前線に出ているLZ級戦艦たちは主砲の発射準備にかかった。
XV級のアウグストは艦首砲という形態もあり射程距離も長いが、射線が艦の真正面に固定されていること、また魔力炉出力の大半を砲に回してのチャージが必要ということから運用には制限が多い。
昔ながらの大口径主砲を持つLZ級が、皮肉にもバイオメカノイドとの戦いでは有利であるという状況になっていた。
各艦が機関出力を最大にしてエンジンの魔力光と魔力残滓の排気をきらめかせ、戦艦群が艦隊前列に進出し、巡洋艦群は後方へ下がり対空迎撃戦のシフトを敷く。
各戦艦群の砲塔要員は、主砲の砲身へ、発射用大型魔力カートリッジを装填する作業にかかる。
通常の携行型デバイス向けのカートリッジシステムと違い、特に6インチ以上の大口径砲では弾体と装薬がそれぞれ別のカートリッジになっている。ミッドチルダ海軍の戦艦用16インチ砲では、発射用カートリッジは標準発砲では6発ロードする。
砲塔1基につき3門、その1門につき6発、さらに1艦あたり砲塔4基を搭載する。掛け掛けで、全砲門斉発では72発ものカートリッジをいちどに消費する。
カートリッジのサイズは直径と長さがそれぞれ16インチの円筒形で携行型デバイスに比べて寸胴であり、しかし詰め込まれた魔力は現代型の小型艦船であれば文字通り一撃で粉砕できる量になる。
「全艦、主砲射撃用意」
「ロムニーより入電、第2戦隊全艦、砲撃準備完了しました。ワイドエリアサーチおよび主砲射撃指揮レーダー目標連動、自動追尾装置リンク良好です」
射程距離はこちらの方が長い。
現時点で観測できている敵の個体の種類では、近距離での攻撃手段しか持たないはずだ。少なくとも今まで確認できた個体の中では、次元航行艦と宙間戦闘を行えるバイオメカノイドはいない。
アウトレンジできる、と艦隊司令は判断した。
いずれこの状況では敵は距離を詰めてくるほかない。それまでにどれだけこちらが攻撃を打ち込み、敵戦力を漸減できるかが勝負どころだ。
勝負は先手必勝、掛かりの勢いがカギだ。
太陽光を真横から浴びる角度になり、バイオメカノイドの群れが、宇宙空間に突如湧き出した光の雲のように見える。
艦隊前面に出ているLZ級戦艦各艦はそれぞれの戦隊ごとに左右に分かれ、12門の主砲を敵バイオメカノイド群に向けて指向しロックオンする。
各艦の艦長、砲術長、砲術科員たちが固唾をのんでその瞬間を待つ。
惑星ミッドチルダの青い輝きを背に、砲塔基部のターレット内に、機械式魔法陣から発せられるミッドチルダ式の4連サークル砲撃術式、そして緑白色の魔力光が浮かび上がる。
「全艦、砲撃開始!撃ちー方はじめー!」
「撃ちー方はじめー!」
ミッドチルダ海軍艦隊司令より全戦艦群へ、主砲射撃開始の号令が下る。
命令を復唱確認する手順を置き、各艦の戦闘士官の操作による術式接続が行われる。ターレット内に据え付けられた魔法陣から砲撃魔法の術式が砲身に送り込まれ、装填されたカートリッジの魔力を得て、魔力弾術式を起動させて弾丸を砲身内に生成する。
直線的な動きで接近してくるバイオメカノイド輸送艦、改ゆりかご級へ向け、16インチ魔導砲の全門斉射が行われる。
真空であるはずの宇宙空間が激震するほどの強烈な魔力光を発砲炎として放ち、数百発もの大口径砲弾が発射される。
発砲遅延装置のわずかなそして正確なタメを踏んで、空間が爆発するような強烈な魔力光と魔力残滓の噴射がほとばしった。
戦艦クラスの大口径艦砲では、カートリッジは発砲と同時に燃焼して空薬莢を残さないようになっている。発砲炎に続けて、砲塔内の余剰魔力をパージするブローバルブが白い灰を噴射し、大きく駐退した砲身を装填位置に戻して次の砲弾とカートリッジをロードする。
青白い、また緑白にも輝く魔力光の帯を伸ばし、戦艦群からの砲撃がバイオメカノイド艦隊に殺到する。
最初の爆発は、艦隊最前縁を飛ぶ小型個体を蹴散らしたものだった。高密度のエネルギーを浴びて金属がプラズマ化し、蒸発しながら閃光を発生させる。なおも突進する魔力弾が大型輸送艦に命中し、数瞬おいて、内部から大爆発を起こす。
搭載されていた大型個体に命中し、詰め込まれていた金属や有機物が一瞬で加熱され、気化して体積を瞬時に膨張させた。それはまさに爆発的な膨張である。内部の圧力が瞬間的に上昇し、宇宙空間の真空の中で、輸送艦はあっというまに船体を崩壊させる。
おそらくバイオメカノイド群は、この距離で使える攻撃手段を持っていない。XJR級打撃巡洋艦およびXV級巡洋艦による威力偵察で、敵艦隊の中でもっとも大型のものは改ゆりかご級であり、これは大型バイオメカノイドを運ぶためのもので武装はほとんどない。
それ以外は、ユスリカやマリモなどの小型個体が浮遊しつつ随伴している程度で、また輸送艦に乗らずに単独航行している三つ首ドラゴンなども、さすがに艦船ほどの射程距離のある武器は持っていないようだった。
空間の位相を揺さぶる高密度魔力弾が、10万キロメートルの距離を文字通り一瞬で飛翔する。この距離では、発砲から着弾までに要する時間はわずか0.3秒だ。
発射した魔力弾を真後ろから見る場合、透明な空間の歪みの形で飛んでいく魔力弾の軌跡を目視できる。
発砲に要した魔力はすべて砲身内で弾体を加速するために費やされ、目標に命中する弾体は砲身から飛び出した後は純粋な魔力の塊となって空間を突き進む。
この弾体カートリッジは敵にダメージを与える術式のみを充填され、その術式に使用される魔力は別途、発射用装薬カートリッジから受け取る。
戦艦主砲の破壊力とはそれだけ強大である。
それゆえに、運用に多数の人員を必要とすることや、威力が大きすぎるためにかかる手間とコストの割に使用可能な状況が限られていることから、現代魔法戦闘ではもはや時代遅れで役に立たないものとされた。
取り回しやすい小型砲や、個人携行型デバイス、搭乗型のバリアジャケットなどが発達した。
空戦魔導師の出現によって、戦艦は時代遅れの兵器となったはずだった。
より多くの魔導師をより迅速に展開できる空母や、僻地あるいは管理外世界への進出、長期哨戒にも適した巡洋艦が現代の次元航行艦では主力となった。
また巡洋艦という艦種そのものも、主力艦を護衛する補助艦艇というものから、前線に出る空戦魔導師のサポートをする後方支援基地というふうに役割が変わり、それによって装備も変わっていった。
多数の電子装備を搭載し、転送魔法を使用するための設備、艦載魔導師が乗り込むため揚陸能力や彼らの居住設備などが重視され、船体は大型化し、また艦そのものの攻撃力は優先度が下がっていった。
戦艦の乗組員とは、海軍兵学校を出た若い水兵が船の扱い方を覚えるまでの練習艦のような役割になっていた。
いわゆる旧暦大戦時代の最後のクラスであるLZ級でさえも、半数近くが退役し記念艦になったり解体されており、その後に建造されたRX級も、主砲の数や装甲強度は減らされ、兵装や電子機器の自動化もすすめられ、旧来の戦艦とはだいぶ趣が変わっている。
敵艦船の撃滅を専門とする旧来の戦艦ではなく、艦載魔導師の運用を含めた総合的な能力を求められる中であくまでももっとも大きい砲を積むクラスというものだ。
ミッドチルダ海軍で最新の、次元世界最大最強を誇るLFA級にしても、その主な運用目的としては最新技術のデモンストレーション的な意味合いが強く、個艦戦闘能力のみを追求したその艦容はむしろ用兵的には使いにくいものである。
どれほど強力な戦艦をつくっても、現代では次元破壊魔法があり、これを受けてはどんな分厚い装甲も、シールド魔法も、巨大な主砲も意味をなさない。
しかし同時に、それを使用することは最終戦争の引き金を引くことであり、実際にいくら次元破壊魔法を配備したとしても実戦でそれを撃てる状況とは、その時点ですでに、全宇宙規模の次元震で人類滅亡が決定した状況である。
第97管理外世界の兵器でいうなら核砲弾あたりに相当する艦首砲型アルカンシェルが、ぎりぎり戦術使用が可能な限界だ。
これを超えるものは、もし惑星系や恒星系の中で発射してしまえば取り返しのつかない二次災害をもたらす。
そこに、新世代の戦艦が発達してくる余地はあった。
RX級1番艦の進宙は新暦12年でありL級よりも古い。これ以降、新たな戦艦は建造されず、このまま次元航行艦の艦種としては消滅するかに思われていた。
しかし、ミッドチルダ海軍はこの現代に至って、実に60年ぶりの新型戦艦となるLFA級の建造を決定した。
この力が必要になる時が来ることは、すでにミッドチルダだけでなく各国首脳陣の間では確信を持たれていた。
ヴァイゼンでも、ミッドチルダにやや遅れながら、17級の後継となる大型戦艦──同次元世界における艦種類別としては重ロケット巡洋艦──を開発している。
バイオメカノイドの群れが、光る雲のように見えるそれが瞬間的に膨張したように、遠目からでもわかるほどに激しい爆発を起こした。
主砲弾が命中した個体が爆発し、金属が魔力と反応して燃え上がり蒸発し、大量のプラズマガスを放ってあたりを吹き飛ばした。直撃を免れた個体も衝撃波で吹き飛ばされ、他の個体と衝突し、外殻が割れて体液が漏れ出し、そこから爆発や炎上を起こした。
各艦隊は、さらにそれぞれのタイミングで斉射撃ち方による砲撃を続行する。
砲塔に装備された冷却装置が、余剰魔力の排気と同時に砲身冷却を行う。戦艦主砲はそれ自体が巨大なデバイスとみなせる。
インテリジェントデバイスのような情報処理能力や、ストレージデバイスのような術式記憶能力は持たず、単一の砲撃魔法を発射することのみに特化した大型デバイスである。
「次弾装填、急げ!」
「余剰魔力排気完了、尾栓開放よし!」
「レバー(棹桿)揚げ!ストライカーボルト後退、20!」
「後退20よし!」
砲身内に残った余剰魔力をブローバルブから排気し、次の装填のために尾栓を開く。
砲塔直下に位置する弾薬庫では、次に発射する弾体カートリッジを揚弾装置にセットし、装薬カートリッジを別途エレベータで砲室へ送る。
このあたりの機力装填装置も、戦闘での抗甚性を考慮して物理機械によって組み上げられており、魔法術式の使用は最低限にとどめられている。
「砲弾揚げます!」
「砲身装填位置へロック、砲弾よし!」
「砲弾位置合わせ!ボルト前進30、弾込めよし!」
「レバー下げ!カートリッジロード用意!ボルト後退15!」
「カートリッジロード、6よし!」
「ロード6よし!ボルト前進50、ゆっくりだ!」
携行型デバイスでは、デバイス自体の動力により自動で行われるカートリッジのロードも、戦艦主砲ともなると人力で、慎重に作業を進めなくてはならない。
ただでさえカートリッジシステムというものは魔力を高密度に充填した薬莢を使用し、暴発の危険が常に伴う。
次元航行艦では、砲塔内でのカートリッジ爆発はもっとも恐れられる事故だ。そして戦闘艦の喪失原因として宿命のように避けられないのも、被弾によって弾薬庫内のカートリッジが誘爆することだ。
個人携行用の小型デバイスでさえ、古代ベルカ時代のリボルバー・メカニカルシリンダーから、ミッドチルダ式で実現されたオートマチックスライドチャンバーに移行するまでには幾多の試行錯誤があり長い年月がかかっている。
高濃度の魔力素を防御する専用の砲術科員用バリアジャケットを装備した砲撃魔導師が、それぞれ連携して主砲へのカートリッジロードを行う。
1本の砲身につき6発の16インチカートリッジが装填され、砲術長へ発射準備ができたことを伝える。統制射撃を行うため、砲術長は各砲塔の発射準備が完了するのを待ち、4基の砲塔すべての準備ができたところでCICへ連絡する。
CICでは各砲塔へ射撃指揮レーダーからの発射解析値を転送し、敵バイオメカノイド群へ向けて照準の微調整を行う。
ここまでで、訓練されたLZ級の砲撃魔導師たちは45秒で発射準備を完了した。
「第3斉射用意完了!中砲でいきます!全艦耐衝撃体勢!ブザーならせ!」
艦内各所では主砲発射の衝撃に備え、電測員はレーダーの作動状況をチェックする。
砲術長が射撃の合図を行い、それにしたがってCICの射撃方位盤から発射指令が送られ、LZ級の艦橋を挟んで前後に2基ずつ、計4基据え付けられた砲塔から、4発の16インチ砲が発射される。
3連装砲塔の場合、通常、左、右、中の砲を順番に撃ち、ひとつの砲が発射を行っている間に他の砲が装填作業を行う。
これにより切れ目なく砲撃を放つことができる。
「発砲!!」
激しく魔力光を吹き散らし、LZ級およびRX級のミッドチルダ戦艦群は砲撃を続ける。
大きく目立つ敵輸送艦、改ゆりかご級を優先的に狙い、距離が詰まる前になるべく敵を撃ち減らす。時折、外に這い出してきたらしい大型個体に砲弾が命中したと思しき大爆発が起き、続いて周囲の小型個体が巻き込まれた小爆発が連鎖的に広がる。
各艦の電測員は敵群との距離を慎重に計測する。
このままの速度でバイオメカノイド群が接近してきた場合、おそらく距離5万キロメートル前後から敵の攻撃がこちらに届き始めると思われる。
注意すべきは三つ首ドラゴンのプラズマブレス、改ゆりかご級の荷電粒子砲、大クモのメーザー砲だ。
これら大型個体は、その体格なりの強力なエネルギー弾を撃ってくる。そこで重要になるのは、XV級をはじめとした防空巡洋艦である。
いちどに多数の対空目標を追尾し攻撃できる誘導魔法で、敵の弾丸を迎撃する。
各戦隊では、それぞれの担当宙域を割り振り、弾幕を張るように防空弾幕を構築する。綿羽根を飛ばすように、アクセルシューターの弾幕がひらひらと舞う様が見える。
戦艦群が両翼から撃ちあう中、駆逐艦戦隊は上下に展開し、雷撃戦を仕掛ける。
大出力魔力弾を詰めた誘導魔法を放ち、大型個体の破壊を狙う。
距離およそ18万キロメートル、艦砲よりも遠距離からの攻撃が可能だ。
それを察知したのか、小型個体の群れが進路を変えて向かってきた。ユスリカは速度がはやく、機動性が高いようだ。
誘導魔法を発射し終えた駆逐艦戦隊はただちに対空戦闘の準備にかかる。
「敵機接近、数およそ8000以上!方位3-4-5から3-2-5へ、左舷上方対向角プラス20!」
「対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意、前部VLSへアクセルシューター弾丸装填!」
「目標群捕捉、先頭よりトラッキング、順に狙います!」
艦橋直前に設置された対空魔法の発射台となる機械式魔法陣が起動され、対空誘導弾が発射される。
術式の名前こそレイジングハートが使うアクセルシューターと同じだが、その威力は段違いだ。魔力弾の飛翔速度は秒速数百キロメートルに達し、射程距離も1万キロメートル以上、一度に512発の魔力弾を個別の目標へ誘導可能である。
赤い魔力光を吹き散らして、文字通り無数の魔力弾が駆逐艦戦隊から発射され、バイオメカノイド群へ殺到する。
激しい閃光とともに爆発が起き、アルカリ金属の破片が飛び散る。
それらを押しのけるようにしてユスリカの群れが、耳障りな羽音を立てて突っ込んでくる。
速射砲の射程距離内に入り、駆逐艦が砲撃を開始するのとほぼ同時に、ユスリカもプラズマ砲を放った。
針のような火線が交差し、それぞれの隊列群の中で閃光が瞬く。
駆逐艦の76ミリ砲を食らったユスリカの1体が粉々に飛び散り、プラズマ砲を受けた駆逐艦も左舷船体の中央部の外板が破裂したように割れてめくれ上がった。
装甲が施されていない場所のため、破損したシールド魔法がただちに修復され気密は保たれるが、シールドに接触しているゆがんだ外板が激しく魔力残滓を散らして火花を飛ばしている。
「ひるむなっ!撃ち続けろ!」
駆逐艦は船体が小さく、真空の宇宙空間であっても被弾すれば激しく揺さぶられる。
砲塔に次々とカートリッジが供給され、速射砲は桃色の魔力弾を撃ち続ける。アクセルシューターの垂直発射ランチャーはおよそ7秒に1斉射のペースで赤色の誘導弾を発射する。
戦隊はそれぞれ広く展開し、押し寄せる小型個体を掃討していく。
戦艦群からの主砲弾が突き抜けていった空間は一時的に敵がいなくなるが、すぐにその空間にもバイオメカノイドがあふれるように押し寄せてくる。
艦隊防空の中核となるXV級およびXJR級はラインを一段下げて待機し、より長射程の誘導魔法を構えている。
「目標群にロック完了、発射準備よろし!」
「了解、全艦誘導弾発射!サルヴォー!」
「ってー!!」
駆逐艦戦隊のさらに上下を大きく覆いかぶせるようにして、XV級、XJR級からの誘導弾が飛来する。
直射砲であるアウグストはもはやこの間合いでは使えず、大型の船体を生かした大規模マルチタスク戦術コンピュータと高性能魔力レーダーに基づいた火器管制装置の性能が発揮される。
バイオメカノイドの群れはまさに無数に広がっており、普通にレーダー電波を発射したのでは反射波が入り乱れてほとんど探知不能になってしまう。
魔力レーダーでは、目標物体が放射している魔力光をスキャンするという性質上、見えなくなってしまうということはないが、レーダースクリーン上では砂を撒いたように、小型個体の反応がスクリーンを埋め尽くすように広がっていた。
ひとつひとつ撃破していくよりも、いちどに薙ぎ払う方が効率的に、見るからにそのように印象付けてくる。
左右に展開している戦艦からの砲撃で、主砲弾が通過したと思われる一帯の敵の反応が瞬間的に消えて、ほこりの積もった床を指でなぞったように一瞬クリアになり、しかしそこにじわじわと周囲から反応が流れ込み、埋まっていく。
それが繰り返されている。
倒しても倒しても湧き出てくる、という印象を地上戦ならば受けただろうが、ここは宇宙である。宇宙では、隠れる場所はない。バイオメカノイドの群れの中に、次元断層がないことはすでに確認できている。
現在、このミッドチルダ宙域で戦っているバイオメカノイドは、今見えているぶんがすべてだ。
XV級巡洋艦戦隊が偵察艦隊として宙域外縁部に広く展開し、敵群の分析を行っている。
ミッドチルダの公転軌道速度はおよそ29.78km/sであり、また次元断層自体も固有速度を持って移動しているため、このままいくとあと60時間で次元断層がミッドチルダに最接近、およそ22万キロメートルの位置を通過して外惑星軌道へ離れていくとみられた。
月軌道の内側まで次元断層が入り込む状態は相当に危険である。もし人工衛星などが接触すればたちまち飲み込まれ、戻ってこれなくなる。また、万が一ではあるがミッドチルダ地表に接触した場合大規模な次元震が発生し、地殻が破れマントルまで抉り取られる。
次元断層への対処をさておいても、ともかく目下最重要課題となるのは押し寄せるバイオメカノイド群の迎撃である。
遠距離から撃ちこまれるミサイルは、ユスリカをはじめとした小型個体の密度があまりにも高く、群れの内側にいる改ゆりかご級まで弾が届かない。はるか手前で小型個体に激突し、軌道を乱されて故障するか、誘導を失って迷走、誘爆してしまっていた。
戦艦による、可能な限りの精密砲撃で狙い撃つしかない。
それもあまり距離が近づくと、小型個体を迎撃しながらの砲撃戦は非常に困難になる。
高速な小型個体はすでに、先行している駆逐艦戦隊との接近戦に入っている。こうなると、さながら空襲を受ける水上艦のように、対空砲を全力で撃ち続ける戦いになる。
わずかでも弾幕が途切れれば、被弾、轟沈という結末が待っている。
戦闘開始からおよそ18分、今のところ撃沈された艦の報告はないが、それでもじりじりとおされつつあることが予想された。
戦艦戦隊では航行速度をぎりぎりまでおさえ、魔力炉の全エネルギーを砲撃に回す。どのみち、艦の速度を出せたところでどうにもならない。浮き砲台のようにその場にとどまって、敵を食い止める。
砲撃のたびごとに、砲塔後部から余剰魔力の排気が行われ、それは次第に圧力が上がり、噴射が激しくなってくる。
砲身が過熱し、冷却時間を長くとらなければ連続しての発射が困難になってくる。
随伴する補給艦が交代で各艦に接舷し、主砲の冷却とカートリッジの補給を行う。
各戦隊では1隻ずつをいったん後方に下げて補給作業を行い、順次艦列の最後尾に戻して砲撃を続けさせるよう命じた。
37回目の斉射で、先頭の艦がまず補給のために隊列外側へ向けて転針した。後続各艦は前後の間隔を200キロメートルにとり、バイオメカノイド群へ砲撃を続ける。
長時間の連続発射で、主砲砲身はまさに焼け爛れ、魔力光だけでなく砲身そのものが赤熱していた。
砲術科員にも休息が命じられ、水と戦闘糧食が配られた。
大量の魔力素を浴びて、リンカーコアが中毒を起こしていないか、軍医によるチェックが行われる。
艦外モニターでは、バイオメカノイド群の周囲、塵の雲のように見えるかたまりのふちのあたりで閃光を放っている物体が見える。
強行突入を試みているミッドチルダ海軍のHS級駆逐艦戦隊だ。
小型個体は駆逐艦にまとわりつき、プラズマ砲で攻撃してきている。中には船体や甲板にとりつくものもいて、乗組員がデバイスを持って砲撃して追い払ったりしている。
ミッドチルダ艦隊から見て右手側、月面基地から、GS級2隻、LZ級1隻が増援に向かい、LZ級の主砲射程に入り砲撃を開始している。
こちらは管理局指揮下にある艦だ。月面基地には、こちらも数隻の改ゆりかご級が向かっており、GS級の対艦ミサイルでどうにか撃破したところである。しかし船体はまだ形を保っており、炎上はしているが、内部に積まれているであろう大型個体の消息は分からない。
外に飛び出してこないとも限らないので、慎重に監視を続ける。
「艦長!敵大型輸送艦から、大型個体の出現を確認!少なくとも20体以上が向かってきます!」
ミッドチルダ艦隊との距離が7万キロメートルに近づき、ここでバイオメカノイド群は輸送艦より大型個体を発進させた。
ある意味ここからが本番である。
この距離になるまで、敵はまだミッド艦隊に届く武器を持っていなかったのでひたすら距離を詰めるために前進していた。
ここからは、敵の武器もこちらに届く。
互いに、全力での撃ち合いとなる。一方的な戦闘はできない。こちらが撃つということは向こうも撃ってくる。こちらの弾が当たるということは、向こうの弾を食らうこともありうるということだ。
「全艦砲撃体制維持。敵大型輸送艦の殲滅を最優先せよ。砲雷長、大型個体を主砲で狙えるか」
「速度次第です。これまで観測された情報では、三つ首竜は比較的遅いですが、大クモは、接近された場合追い切れないおそれがあります」
「そうか……」
戦隊司令は、戦艦群の作戦として2つのパターンを考えていた。このまま全艦で改ゆりかご級への砲撃を続行しこれを殲滅するか、あるいは各砲塔ごとの独立射撃に移行して大型個体を狙うかである。
改ゆりかご級には、それほど脅威となる武装もなく、低速の鈍重な目標である。大型個体も輸送艦に積まれている状態では動けないので、発進前の敵を叩くことで敵戦力の減衰を狙う。
大型バイオメカノイドは、速力も速く、耐久力、攻撃力ともに小型個体よりもはるかに大きい。
小回りの利かない戦艦では、接近戦を挑むのは危険である。大口径の主砲は砲塔の旋回や砲身の俯仰も遅いので、近づかれると追尾しきれなくなってしまう。
快速の駆逐艦でも、空戦魔導師のようにひらひらと舞うユスリカには、なかなか振り回されている。
ましてや戦艦ではというものだ。
「巡洋艦部隊は対空迎撃戦用意。全艦火器使用自由、全力射撃だ。戦艦部隊は砲戦距離6万を目標に左右へさらに展開、敵大型個体を目標に砲撃せよ」
「了解しました……!」
「戦艦部隊全艦へ、回避運動よりも攻撃を最優先させろ。ここを絶対に突破させないつもりでかかれ」
アルザスの結末はすでにミッドチルダ軍将兵のほとんどに伝わっていた。ひとたびバイオメカノイドに惑星地表への上陸を許してしまえば、もはや人間の力では太刀打ちできない。
敵が宇宙にいる間に、なんとしても食い止める。
管理局クラナガン地上本部、またミッドチルダ陸軍でも防衛線は構築しているはずだが、果たして彼らでさえどれだけ持ちこたえられるか。
大気圏内では、次元航行艦の戦闘力はかなり制限される。主砲を含む多くの武装は大気圏内では威力が大きすぎて使えず、航行速度もかなり遅くなる。
LS級やIS級のような小型艦でなければ身動きがほとんど取れない。
ミッドチルダを含む次元世界では、惑星大気圏内では空戦魔導師による戦闘が主流となっていたため、特に大型の戦闘用航空機が発達しなかったという事情がある。空戦魔導師どうしの魔法戦闘か、さもなくば艦船による砲撃と切り込み戦が主体だった。
それゆえに、バイオメカノイドに大気圏内への降下を許してしまうといっきに不利になる。
この間合いでは、こちらは使えるオプションが少なくなる。
宇宙空間でなら、こちらが有利とまではいかなくとも強力な武器が使える。
空間を張り裂くような爆音を轟かせて、戦艦部隊の砲撃が続けられる。
空気の無い宇宙空間では音は伝わらないが、魔力光が低周波領域で空間を振動させ、乗組員たちのリンカーコアに直接はたらきかけていた。
群れの中から飛び出してきた大クモがメーザー砲をなぎ払うように発射し、射線上に接触したLZ級戦艦が前甲板の舷側付近から激しい放電を生じさせた。
距離が遠く、メーザーが減衰したためこれだけではダメージは無かった。しかし続けざまに別の大クモからのメーザー砲が、今度は集中的に撃ち込まれ、艦首非装甲部が貫通され、船体の破片が破裂するように飛び散った。
「右舷艦首に至近──ッ、いえ、直撃弾!艦首被弾!」
「応急班いそげ!損害報告せよ!」
ただちにシールド魔法の術式を操作し、船体への二次被害を防ぐ。艦中央部のエンジンや弾薬庫などのバイタルパートが無事ならば戦闘続行は可能だ。
「艦首右舷錨鎖庫に被弾、重力アンカー損傷!ですが戦闘に支障ありません!」
「第3兵員室内壁破損、区画を閉鎖します!」
「主砲作動問題なし!このままいけます!」
「よろしい、射撃続行!目標を再設定、発令所よりCICへ、輸送艦から出てきた大型個体の位置を正確に測定しろ!」
カートリッジロードを終えた主砲が射撃位置に戻され、砲身を細かく動かして照準を調整する。
3連装砲塔の3本の砲身のうち、左側の砲だけが持ち上げられ、残りの2本は装填位置のままで待機する。
魔力光の爆炎がほとばしり、斉射された魔力弾がバイオメカノイド群へ向け飛翔していく。
大きくリコイルした砲身はすぐさま伏せられて装填位置に移動し、続けて右側の砲身が射撃位置に上がっていく。
バイオメカノイド群からのプラズマ弾が宇宙空間を背景に飛び交い、艦に接近してくるものは後方のXV級が迎撃ミサイルを放っている。
およそ30秒後に続けて次の斉射、1艦あたり4基の砲塔から4発の16インチ魔力弾が発射され、濃い緑色に輝く魔力光が、LZ級の重厚な艦体を彩る。
多数の戦闘艦に攻撃されているという状態をついにバイオメカノイド群も理解し、群れの中から小型個体が集団でいっきに加速してくる。
各艦のレーダーでそれは探知された。
攻撃力の高い武器と、強い魔力反応を持つ戦艦群に向かってくる。
入れ替わりに放たれた砲撃が小型個体の群れに飛び込むが、群れは広く散らばり、全体を1回の砲撃ではつかまえきれない。
XV級のワイドエリアサーチでは、あたかも触手を伸ばすアメーバのようにバイオメカノイドの群れが散開しつつある様子が観測されていた。
「全艦、敵機襲来に注意!対空警戒を厳にせよ!」
艦隊司令から戦艦群、および巡洋艦戦隊へ指令が飛ぶ。戦艦では、主砲射撃を行う際は他の武器を止めなくてはならない。16インチ砲がまき散らす余剰魔力と衝撃波はすさまじいものがあり、艦外に露出している小火器を破壊してしまう恐れがある。
対空誘導魔法発射機を使う場合、あらかじめ主砲射撃をいったん止めておく必要がある。
その場合射撃速度の低下は免れない。あるいは対空戦闘に専念させたとしても、その分主砲火力が減り、敵大型個体をおさえきれなくなる危険がある。
「レグナム、敵バイオメカノイド射程距離内に入ります!敵機接近、方位0-7-0対向角上方55度、距離8000!」
「艦長、敵が来ます!」
「砲撃中止!対空戦闘用意!」
左翼に展開していた戦艦群で単縦陣の先頭にいたRX級戦艦「レグナム」が、まずバイオメカノイド小型個体の攻撃範囲に入った。レグナムの艦長は主砲での敵艦砲撃を中止し、小型個体の迎撃に移行することを決断した。
RX級戦艦では近接防空火器である魔力パルスレーザーを6基搭載しており、また遠距離の対空目標に対しては誘導魔法発射機2基がある。
レグナムは最初から全力攻撃を行うことを決定した。
誘導魔法は反対舷の目標にも撃てるので、艦橋を挟んで両側にある発射機から魔法陣が展開され、いちどに200発以上のアクセルシューターが発射された。
続けて、副砲である5インチ連装フェーザーガンでも対空砲撃を行う。こちらは弾体と装薬が一体化したタイプのカートリッジで、LS級などの主砲に使われる速射砲とほぼ同じだものだ。
砲身は短く切り詰められて連装砲塔に収められており、すばやい敵への追従性を高め、航空目標に対する弾幕を展開する。
押し寄せる小型個体に向け、青白い魔力弾が激しく舞いながら飛びかかっていく。
バイオメカノイドは攻撃を受けても回避をしない。そのまま、射程距離に入った順に弾を撃ちはじめる。独特の羽ばたき音を出して飛ぶユスリカの尖った嘴から、青いプラズマ弾が次々と発射された。
高速の荷電粒子が、重い衝撃を持った横殴りの暴風雨のように戦艦部隊に降り注ぐ。
断続的に閃光が瞬き、プラズマ弾を浴びた各艦が燃焼する金属原子の破片を飛ばす。
主装甲帯ではじき飛ばせる分だけでなく、艦首や艦尾の非装甲区画、外部に露出したセンサー類などの装甲を施せない部分に命中した砲弾がシールド魔法に衝突して激しくエネルギーを発散させ、魔力残滓を吹き散らす。
戦闘配置では艦内通路なども可能な限り閉鎖され、破口からの艦内へのダメージの浸透を防ぐ。
閃光を放ちながらレグナムは突進し、上空で大きくターンしてきたアクセルシューターの弾丸がユスリカを薙ぎ払う。
爆風が艦上構造物を覆い隠し、燃え盛るプラズマガスが飛び散る。宇宙空間では空気抵抗がないので大気圏内に比べて煙の拡散は速い。小さなチリを吹き飛ばし、視界を確保するように舵を切る。
後続する他艦の射程を空け、敵群に照準を取りやすくする。
バイオメカノイド群の進路はまっすぐミッドチルダに向かっており、直進を続けている。
群れの幅はおよそ2万キロメートル程度に広がり、外側にいる個体がミッドチルダ艦隊へ向かいつつも、中央付近に固まった300隻以上の改ゆりかご級が依然としてミッドチルダ地表、クラナガン、そして管理局本局艦艇への進撃を続けている。
冷静を欠いてはならない。
集中力を切らせば、操艦ミスを犯し撃沈される危険が高まる。もしわずかでも戦闘意欲にほころびが生じれば、そこからいっきに総崩れになってしまう。
「大型個体接近!魔力光スペクトル照合、三つ首ドラゴン2体、大クモ3体、後方38000に新たな輸送艦確認!」
「艦長!」
「先頭の大型個体を狙え!目標敵先頭艦、主砲、砲撃開始!全艦シールド魔法を再点検せよ!」
レグナムは再び砲戦体制に入る。艦中央部に配置された対空パルスレーザーが弾幕を張って小型個体を追い払いつつ、4基の主砲塔を右舷に指向し、向かってくる大型個体をロックオンする。
「距離26000、目標内部に高魔力反応、魔力発揮値上昇していきます」
「的速20、射撃方位盤データリンクオールグリーン……!」
瞬く閃光が、虚無の宇宙空間に沈んでいくように見える。夜光雲のようにも、次元船にとりつく虚数空間の船幽霊のようにも見える。
艦内の空気が、魔力素濃度を増して、粘つくように感じられる。
「発砲!」
先行してきた三つ首竜を狙い、レグナムの主砲が魔力光の発砲炎を放つ。同時に発射されたプラズマ弾を蹴散らして緑白色の魔力弾が突進し、3本ある首のうち左側の1本と、左前脚が爆発してちぎれて吹き飛ぶ。
その斜め後方、爆炎を振り払うようにして大クモが黄白色の粒子砲を放った。
砲戦体制で回避運動をとっていないレグナムは、これを出力全開のシールド魔法で防ぐ。
電測士は目を見開いて索敵術式の操作を行い、レーダーが破損しないよう注意する。同時に、艦橋へ被弾のタイミングを伝える。それによって艦内の乗組員たちはそれぞれに耐衝撃姿勢をとる。
轟音──宇宙空間では音は伝わらないといわれるが、海で戦う船乗りたちは砲撃音を聞く。
それは高出力の砲撃魔法が発する魔力の衝撃波だ。これは宇宙空間でも魔力光すなわち電磁波を放ち、それはリンカーコアによって知覚される。
大クモの粒子砲が舷側に命中したレグナムは反動で船体を左へ傾斜させ、慣性制御装置によってゆっくりと水平に戻される。
激しい魔力残滓が吹き散り、自動修復をかけるシールド魔法が光度を増す。ダメコン要員によって切断処置をとられた船殻外板がワイヤーバインドで艦内に引き込まれ、金属がこすれあう火花を飛ばす。
「ダメージリポート!」
「右舷後部、3番主砲付近に直撃弾!火災の発生無し、3番主砲発砲可能!」
「よろしい、砲撃続行!電測、レーダーの作動状況に問題はないか!」
「はい艦長!先ほどの本艦の砲撃、敵先頭三つ首竜に少なくとも2発が命中、炎上しつつ落伍します!代わって大クモ2番個体が増速、上がってきます!速力37!」
「よし、発令所よりCICへ、砲雷長、目標を2番個体に変更。砲撃準備だ」
「アイサー!」
「いけるな……」
「大丈夫だ、戦艦はこれくらい耐える」
艦橋に詰める幹部乗員はそれぞれの部署へ指示をだし、心配をおさえるようにつぶやいた航海長に、レグナムの艦長は力強く言葉を発した。
今の大クモの砲撃は、次元航行艦ならアウグストにもひけをとらないほどの威力だった。巡洋艦クラスの艦船なら、まともに喰らえば船体を貫通されていてもおかしくない。
戦術的には、発掘されたロストロギアを緊急破壊する際の使用を目的とした大口径艦首砲であり水上艦隊戦闘での発砲は想定されていなく、それだけに大威力の砲である。
アルカンシェルとアウグストの装備により、戦艦の装甲も存在意義を失ったと思われていたが、バイオメカノイドとの戦いに際して、高耐久力の戦艦は大きな力を発揮できる。
バイオメカノイド群の中に、くさびを打ち込むように単縦陣で突入した戦艦戦隊の乗組員たちは、その思いを叩きつけるようにそれぞれの受け持ちの機器を操作し、ありったけの砲撃魔法を放つ。
6門の主砲を速射するRX級レグナムに後続し、世代的にはひとつ古い短砲身両用砲を副砲として搭載するLZ級フェルディナンドが、5インチ魔力弾の文字通り圧倒的な弾幕を、畳み掛けるように発射する。
舷側の2段の雛壇に並べられた連装砲塔は片舷に12基ずつがあり、それぞれを発砲間隔をずらして切れ目なく、大威力の対空砲弾を放つ。
ミッドチルダ式による高精度な近接信管術式が仕込まれた対空榴弾が、バイオメカノイドの群れの中で炸裂し、小型個体をはじき散らすように撃墜していく。
戦乱時代、空戦魔導師による航空攻撃が全盛を極めた時代では、これでもかというほどの砲台を甲板に並べて防御しなければ、艦船は圧倒的に不利だった。
エースランクの魔導師なら、たったひとりで何隻もの艦を沈めることができた。また誘導魔法の術式がミッドチルダ式において偏執的ともいえるほどに作り込まれているのは、艦船に乗り組んで迎え撃つ陸戦魔導師が、敵の空戦魔導師を撃墜するためである。
基本的には一対一の近接戦闘を想定するベルカ式では、射撃魔法で誘導能力を持つものは少なく、あっても術者の手元で操作できる範囲で、艦船搭載型の砲撃魔法はほとんどない。
次元航行艦の魔力弾とバイオメカノイド小型個体が衝突して爆発する炎が、ある一面で膜を作ったように、その境目をじりじりと押し広げていく。
群れの中に突入した戦艦戦隊は、左右両翼から進路を中央に向け、改ゆりかご級の船団中央へ向け突撃していく。
「見えた──あれが次元断層だ」
つぶやき、そして艦長は艦内放送のマイクを手に取り、乗組員たちにその存在を知らせた。
艦橋の窓と、そこから転送された艦内テレビのスクリーンに表示された宇宙空間の様子、その中に映るバイオメカノイド群の輝点の向こうに、淡い薄光の揺らぎを纏う次元断層が見える。
真っ黒い宇宙空間を背景にすると、次元断層は至近距離では肉眼でも判別できる。
虚数空間に落ち込む素粒子が対消滅を起こし、それがかすかな光を発するのだ。
「電測、次元断層のスキャンは可能か」
「お待ちを艦長──、はいわずかですが見えます、距離およそ22万、大きさは長辺側が少なくとも800、活動はほとんど停滞してます」
もしバイオメカノイドが次元断層を経由して今も湧き出し続けてきているのなら、強い魔力光が観測されるはずだ。それがないということは、バイオメカノイドの戦力は、少なくともミッドチルダ宙域にあるものは現在がすべてだ。
最初に次元断層の探知に成功したXV級巡洋艦「アエミリア」では、電測士がさらに精密な測定を試みていた。
バイオメカノイドの出現が最初に探知されたのはおよそ10時間前、今ならまだ痕跡が残っている可能性がある。バイオメカノイドたちが次元間航行に使用した航路を特定すれば、他の次元世界での戦闘でも防衛線を設定しやすくなる。
あるいは敵に先回りし、次元間航路で迎え撃つこともできるだろう。
「魔力光スペクトル採取、30秒お願いします!」
「よろしい、発令所より機関室、エンジン出力50パーセントにダウン、CIC、撃ち方やめ。艦回頭、取舵20度。次元断層の精密観測を行う!」
僚艦にバックアップを頼み、アエミリアは隊列を離れて観測に適した位置へと進出する。
飛び交う小型個体の動きに注意を払いつつ、魔力レーダーを次元断層に向けて走査を開始する。
「これで敵の全貌がわかりますね」
「今見えているぶんで敵は全部だ──あとどれくらいやっつければいいかがわかる、それだけでもだいぶプレッシャーが軽減される。もうひとふんばりだ」
「了解です──」
CICでレーダーを操作する電測士は、ベテランの電測長に話しかけた。少しでも不安を取り除きたいという行動だ。
だが同時に、ここで気を抜いてもいけない。伝達した情報に誤りがあればそれは他の全員に影響する。ミッドチルダ海軍そして管理局艦隊の乗組員たち皆を危機にさらしてしまう。
一歩引いたところから、冷静に全体を見渡すことができなければならない。
アエミリアの背後、後方7時方向に、紺色の靄のような防御魔法を纏う本局艦艇が、こちらもあたかもある種の次元断層のように、深く輝きながら佇んでいる。
バイオメカノイド群は陣形を大きく広げ、輸送艦から飛び立った大型個体は両翼に展開した戦艦戦隊に向かっている。
その様子を後方のXV級巡洋艦戦隊では油断なく捜索し、敵の動きを分析している。
中央に、護衛役の大型個体に守られた改ゆりかご級が少なくとも100隻以上あり、こちらは変わらず本局そしてクラナガンに向け前進している。
残りの隙間を、ユスリカやマリモなどの小型個体が埋めている状態だ。
全体的に見て、分布する範囲が広がったのでその分密度が薄くなっていると分析された。
本局艦艇の司令室から戦況を見守るレティも、そう読み取っていた。
ここを押し返せば、当座をしのぐことはできる。そうしたら、各次元世界へ向かっていった他のバイオメカノイド艦隊にも追撃をかける。
そして最後には、第97管理外世界にいる敵の巨大要塞、インフィニティ・インフェルノを今度こそ確実に殲滅する。
戦闘には必ず、達成されるべき目標がある。それが明確であれば、作戦を立てやすくなる。
具体的に何をすべきかがわかっていてこそ、兵士は力を発揮できる。
現在、迎撃に向かっているミッドチルダ海軍艦隊、もちろん全軍全艦艇ではない。ドックで整備中の艦もあるし、一部の戦艦などは記念展示状態からの再活性化作業に既に入っている。
カワサキ次官からの個人的な連絡では、一部の元乗組員有志たちが準備をしていてくれたおかげで予想外に多くの艦船を出すことができそうだとの連絡が入っていた。
LZ級よりさらに古いY級戦艦などもあるが、搭載する砲撃魔法は口径が若干小さいくらいでその破壊力は現代艦に比べてもなんら遜色はなく、戦力的には十分だ。
司令室に詰めている別のオペレーターが、ヴォルフラムからの報告を受信した。
同艦は、技術部実験棟モジュールから出現した闇の書に接触を試みている。
モジュールの中には、はやて、ユーノ、マリーが取り残されているはずである。
「ロウラン総長、ヴォルフラムより報告です!闇の書の戦闘端末、起動を確認とのことです!」
「八神二佐の安否は」
「依然として不明ですが、これより確認を試みると」
転送されてきた映像からは、その発する光で本局外壁を照らしつけている葉巻型発光体の姿が見える。
表面は驚くべきほどに平穏を保っており、まったく動く様子がない。
かつての戦闘記録からは、この姿は闇の書が覚醒してから、防衛プログラムが実体化するまでの一時的な形態であったことが伝えられている。蒐集した魔法に応じて、その術者または魔法生物の姿が浮かび上がるようになっている。
それが起きないということは、現時点で蒐集物が無くなっているからなのか、あるいは制御されているからなのか、外部からは読み取れない。
ヴォルフラムは現在、闇の書の戦闘端末に対し正面やや横から向かい合う位置で、距離12キロメートルまで接近していた。
宇宙空間での艦船操縦には、惑星大気圏内とも次元間航路とも違う独特のむずかしさがある。さらにその質量の大きさから微弱な大気層を独自に持っている本局艦艇周辺ではさらに勝手が違ってくる。
エリー・スピードスター三佐は、ヴォルフラムを闇の書の戦闘端末にぎりぎりまで接近させるよう指示した。
「艦長なら──、まわりくどいことはしません。必ず、核心をついて、最短距離を行きます」
ヴォルフラムが向かってきたとき、闇の書の戦闘端末は光り方が強い頭部を月面泊地へ、光度がやや小さい尾部をクラナガンに向ける姿勢で、本局艦艇から距離1200ヤードの位置に停泊していた。
通常の艦船操縦の感覚なら、ほぼ本局外壁に張り付いている格好である。
発せられる魔力光は、可視光線領域および紫外線・ガンマ線領域では本局艦艇に遮られ、地上には見えない。
はやてが自分の姿を見せたい相手とは現時点では本局の人間のみである──と、エリーは理解した。
現時点で自分を見るべき者とは管理局の人間である、ということだ。
「エンジン出力18パーセント、フリッツ、最微速前進!艦首を修正、取舵2度!」
「取舵2度アイ!外壁を這います!」
ヴィヴァーロは下方スキャンレーダーをにらみ、ヴォルフラムの艦体が本局艦艇に接触しないよう距離を測る。
闇の書の戦闘端末に対し、きちんとこちらの面を見せる。向かい合い、対話の意志を示さなくてはならない。
ポルテは念話回線の受信状況を全周波数帯にわたって何度もチェックし、はやてが何か声を発していないかをさぐる。
「艦長、お願いです──無事なら、知らせてください──わたしたちは、来たんです──!」
ヴォルフラムの全乗組員が固唾をのんで見守る中、エリーは艦橋のシールドスクリーンに映る闇の書の戦闘端末を見つめ、洞察をめぐらせていた。
はやてならどうするか。もし自分がはやての立場なら、自分はどういう行動をとるか。この状況で、どうやって仲間に自分を知らせるか?
闇の書の戦闘端末は人型をしていない。幾何学的な、抽象的な無機質(プレーン)な何も特徴のない姿である。
身振りや手振りは使えない、もちろん言葉などは望むべくもない。
そして忘れてはならないこととして、全次元世界人類の──このプロジェクトに携わっていたごく少数を除けば──共通認識とは、闇の書は人間の理解が遠く及ばない、異形のロストロギアであるはずだ。
それは現時点でも、ヴォルフラム以外の艦、今まさにバイオメカノイドと戦っている艦たちの乗組員は同じはずだ。
もしこのままはやてがバイオメカノイド群に突進していき、ミッド艦隊に加勢しようとしても、ミッド艦隊の側はその意図を認識できないだろう。
正体不明物体が突然戦闘に乱入してきて、敵か味方かわからない第三勢力が現れた、としか認識できないだろう。
それではいけない。重要なことは、意志の疎通を図ることである。
選択肢は複雑なように見えて、必ず二つに一つだ。それは正解か不正解かであり、モアベターというようなあいまいなものではない。
自分なら、はやてを理解できる。こういうとき、はやてがどうするかを、わかるはずだ。
エリーは胸を押さえ、息をつき、そして艦内放送のマイクを取った。
マイクの発信ボタンを押すのとほぼ同時に、あたかもエリーのその感情を読み取っていたかのように、それは起きた。
一瞬上ずった声を上げ、ヴィヴァーロが魔力ディスプレイに手をかけて身を乗り出しながら叫ぶ。
「っ、と──副長!闇の書が動き出しました、直進──増速、加速していきます、針路0-9-0、本局から離れる方向に──!」
「──副長より機関室へ!機関全速、魔力炉出力最大70パーセント、メインノズル推力最大!航海、闇の書を追跡します!フリッツ、面舵一杯全速前進!」
「あっ、ぜ、全速前進、面舵一杯アイ!」
2基のノズルが魔力光をほとばしらせ、出力を上げる飛行魔法がヴォルフラムの艦体を大きく震わせる。
加速をつけながらいっきに右へ回頭し、ヴォルフラムは闇の書の戦闘端末の横に並ぶ形になった。
「トリムを左舷寄りに!距離300まで寄せてください!」
「副長、これは──!」
ヘッドセットを押さえながらポルテが振り返る。相変わらず念話回線への入電はない。
この距離で念話が届かないということはありえないはずだ。はやてはヴォルフラムが使用するチャンネルの周波数を知っている。
LS級は何百隻も建造されているが、何より自分の艦であるし、艦首の艦番号を見なくとも、シルエットだけでこの艦は、今自分の隣にいるのはヴォルフラムだとわかるはずだ。
闇の書の戦闘端末とヴォルフラムの速度は星系内航行速度に達し、その向かう先には今まさに激戦を繰り広げている、バイオメカノイドの群れとミッドチルダ海軍艦隊がいた。
見渡すほどに広がった塵雲のようなバイオメカノイド小型個体群、その中にところどころ点在する大型個体からはこの距離でも視認できるほどの大出力エネルギー弾が放たれ、それにミッドチルダ海軍の戦艦が応戦している。
さらに群れのほぼ中央に、ひときわ強い輝きを放つ、超大型艦船──改ゆりかご級がいる。
本命はこの大型輸送艦だ。外に出ている大型個体はほんの一部で、バイオメカノイドたちの作戦は改ゆりかご級からミッドチルダ惑星へ向け大型個体を降下させることである。
大気圏内に降りられてしまうと、魔導師による迎撃は困難を極める。数からいっても、地上の対空砲台では火力が足りない。
闇の書の戦闘端末と完全に並走する形になり、ヴォルフラムはバイオメカノイド群に向け突進していた。
現在の針路と速度では、あと2分でバイオメカノイド群の射程距離内に入り、そして5分で敵陣中央、改ゆりかご級に接触する──もちろん、それより先にバイオメカノイドからの猛攻撃でひとたまりもなく撃沈されるだろうが。
死地に向かう突撃?特攻?
違う、とエリーは独白した。
信じるならついてこい、そこに答えはある。
言葉も、念話も、何もない。何もないが、しかし、想いがある。
「副長──!」
ポルテが震えながら不安を口にする。誰しもが、それは同じはずだ。
ヴォルフラムはまだ損傷から完全に復旧しておらず、またもし全力発揮可能な状態であっても、LS級1隻だけではこの無数のバイオメカノイドに突っ込んでいくのは自殺行為だ。
一方、ミッド艦隊の側でも闇の書の戦闘端末の接近を探知し、XV級の何隻かがワイドエリアサーチの走査を開始した。
各艦のセンサーが健在ならば、魔力発揮値1億、それから速力と針路がわかるはずである。
そして、そのすぐそばに管理局所属のLS級巡洋艦が従っているのが見えるはずである。
管理局艦がいるということは味方である。少なくともヴォルフラムは識別信号を発しているので艦名が特定でき、ミッドチルダ海軍のデータベースに登録されているはずだ。
だから、ミッドチルダ側からは即座に発砲できない。
闇の書の戦闘端末にとっては、ヴォルフラムが盾になる格好である。
そしてヴォルフラムにとっても、これからまさにバイオメカノイドの群れの中に突っ込んでいくのに、闇の書の戦闘端末が盾になる。
現在、闇の書は蒐集した魔法を持たず、攻撃または防御に使用できる術式は一つもない状態だ。
だがそれでも、闇の書がそれ自身の機能として持つ自己再生能力はあり、これ自体が防御力となる。
「機関室へ!速力35宇宙ノットに増速、闇の書の前に出ます!ルキノ、なんとか魔力を絞り出して!フリッツ、慎重に、距離を合わせて!」
「はいっ……!大丈夫です、艦長が、背中を守ってくれてます……!」
目の前を横切っていく格好になっていたミッドチルダ艦隊の司令部旗艦からは、闇の書の戦闘端末が、ヴォルフラムの艦尾にまさに衝突寸前、いやすでに衝突し船体にめり込んでいるように見えていた。
表面の突起物がない平坦な発光体のため、輪郭がぼやけ、ヴォルフラムと接近しすぎてくっついているように見えていた。
『こちらヘリ格納庫、副長──もう、闇の書は、本艦に接触してます──後部甲板は真っ白です、宇宙空間が見えません!』
甲板員が知らせてくる。闇の書の戦闘端末は、ヴォルフラムの後部船体に乗り上げるような格好になり、頭部を艦上構造物に突っ込ませるようにしている。
ミッドチルダ艦の乗組員からは、闇の書がヴォルフラムに突進しているように見えたが、しかしよく見てみれば、艦橋が押しつぶされたり、アンテナマストが捻じ曲げられたりはしていない。
透き通るように、闇の書の戦闘端末はヴォルフラムに重なりつつあった。
周囲に戦艦が多数いる状況であり、バイオメカノイドの側も突っ込んでくる闇の書とヴォルフラムに対して反応が遅れる。
ヴォルフラムは2番主砲を真正面に、3番主砲を左舷側に指向し、即時応戦に備える。
「ふ……副長、闇の書の戦闘端末、本艦にさらに接近──、反応が、後部甲板──いえ、本艦に接触します──!」
「通信士、念話回線は!」
「っ、い、今のところ入電なしです!」
「了解──」
エリーは確信を深め、マイクを握る。
「シールド魔法を艦首に集中!索敵スウィープ、艦首側へ指向!対潜捜索ソナーおよび誘導魔法イルミネーター停止、魔力供給をカットしてシールド魔法へバイパス処置を!」
「副長!?ど、どういうことですか、それでは後ろが無防備に」
「大丈夫です──。艦長が、守ってくれてます」
「艦長が……?」
『こちら電測、闇の書の戦闘端末は本艦へさらに接近、現在距離20フィート、……17、15、毎秒0.6フィートの速度で接近中、距離10、──現在距離10フィート未満』
ヴィヴァーロの報告に、ポルテとルキノは息をのみ、エリーは面を上げて艦長席のアームレストを握る。
艦橋の窓は既に、闇の書が発する温白色の光に包まれ、正面のわずかな角度に黒い宇宙空間が見え、そこには、何かに遮られたように近づくことができないでいるバイオメカノイド小型個体の姿が見えた。
シールド魔法により、小型個体の放つ砲弾は防御し、大型個体も、闇の書の戦闘端末の体当たりにはじき飛ばされている。
『闇の書の戦闘端末、本艦までの距離10フィート──計測限界です、闇の書の正確な位置が掴めません、本艦のレーダーアレイ基線より短い距離まで接近しています』
「副長……」
「──待っていました。私はずっと、信じていました──艦長、貴女のことを」
ふわり、と立ち上がり、振り返る。
ヴォルフラムの艦橋に、壁をすり抜けて、光が差し込む。
転送魔法が発動されている。距離を正確に合わせ、通常転移の術式を使用した。これならば、これほど艦が接近している状態で外部から探知されることはない。
フリッツもそれを理解し、ヴォルフラムの速度と針路を、わずかの揺れもないように正確に固定して闇の書の動きに合わせている。
現れたのは、ベルカ式の魔法陣。
皆が待ち望んだ、エリーにとってはずっと待ち焦がれていた、その人物の姿が、黒翼を纏った聖白色の魔力光に包まれて浮かび上がる。