ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
後日談 Mobius1&Mobius1
事件から数ヵ月後、ミッドチルダのある訓練空域にて。
――レッドアラート。その時、私は空中にいた。
編隊長機の後席で、戦闘機から見る空の様子を、自分の記憶に焼き付けておこうとしていた。
通信機のスイッチを入れるなり、前席が地上に向かって吼えている。
「無茶言わないで。お客さんの面倒見てんのよ、こっちは」
前席、すなわちこの機の機長を務めるには、かつての私の部下。その声には苛立ちが混じり、これが司令室とのやり取りじゃなかったら、そのまま怒鳴ってそう。
六課解散後、しばらく姿を見ないと思ったら、いつの間にか戦闘機パイロットになっていた。それも、凄腕パイロットに。
「通信司令室からメビウス1――転移魔法が発動したと思われる場所は、ランダーズ岬を基点に二七八から三〇二にかけて」
ところが、機長の抗議を聞きもせず、司令室は通信と同時にデータリンクを使い、レーダー上に転移魔法の発動が観測されたと思しき場所を転送してきた。
「――ランスター3尉、地上本部の貴隊しか間に合わない」
はぁ、と機長はため息を吐いた。いかにも気が乗らない様子で司令室とのやり取りを終えた彼女は、続いて通信機に手を伸ばす。
「ベイカー、ズヴェンソン、後ろについて。あたしたちで偵察に向かうわ、残りは低空へ退避して」
機長が一言そう告げると、周囲を飛んでいた味方の戦闘機は二機を残し、みんな主翼を翻し、低空へと降りていった。
残った私たちの機体と僚機の二機だけが編隊を組み、司令室から送られた座標に向けて飛ぶことになる。
「なのはさん」
機長――酸素マスクとヘルメットで覆われたティアナの顔が、こちらを振り向く。今回、私を後席に乗ってみないかと勧めたのは彼女だった。
だからだろう、彼女はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ごめんなさい、急に任務が入っちゃいました――引き返す訳にもいかないんで、このままお付き合い願います」
「あぁ、了解。うん、大丈夫だよ」
私はティアナに向かって、右手の親指を立ててみせた。彼女は頷き、正面に向き直り、機体の操縦に戻った。
視線を右上に上げると、彼女の指示を受けて援護位置につく味方の戦闘機が――確か、私の記憶ではF-15Cだったと思う――この機体のすぐ傍を移動していく。
ティアナはそれを確認し、わずかに間を置いて、操縦桿を捻る。
「あ、あの、ティアナ? 大丈夫だとは思うけど、なるべく安全運転でね?」
「努力します」
しかし、彼女の言葉とは裏腹に、私とティアナを乗せたこの機体は左に派手にロールを打ち、降下していく。
世界がひっくり返り、胃が裏返った。
二時間前。
なのはは、管理局地上本部管轄の飛行場を訪ねていた。
目的は最近地上本部に限らず、本局ですらその名を知らない者はいないと言われるほどの、凄腕のエースパイロットに会うこと。
「こ、こちらでお待ちください。あ、あの、出来ればあとでサインをお願いします!」
面会するのに都合のいい、飛行場の食堂に案内してくれた若い陸士は、露骨なまでに緊張していた。
何しろ、現在は療養中のはずのエースオブエースがやって来たのだ。雑誌の取材などで名も顔も知れていたなのはを見て、緊張しないはずがない。
サインについては笑顔でOKを出すと、陸士はさぞ嬉しそうに「じゃあまた後で!」と飛び出していった。
そのままのんびり、食堂の窓から見える駐機場に並んだ戦闘機、ときどき響き渡るジェットの轟音に思いを馳せていると、目的の人物が、食堂の扉を開けてやって来た。
「ティアナ・ランスター3尉、参りました――お久しぶりです、なのはさん」
「うん――久しぶりだね、ティアナ」
やって来たのは、飛行服の上にフライトジャケットを羽織ったティアナだった。
とりあえず形式だけの敬礼を交わし、ティアナはなのはの傍に座る。
「……まさか、戦闘機のパイロットになってるなんて思いもしなかったよ。階級も跳ね上がってるし」
なのはは、ティアナの羽織ったフライトジャケットを見ながら呟く。フライトジャケットの右胸の部分には、あのリボンのマークがあった。
同時に、飛行服の首元に縫い付けられた階級章は3尉のものになっている。パイロットはみんな士官とされるので、ティアナは操縦訓練を終えると同時に階級を上げていた。
「彼に、ちょっとでも近づけたらいいなって思って。もちろん、執務官への道だって、諦めた訳じゃありませんよ」
今はもうこの場にいない、本来のこのフライトジャケットの持ち主に思いを馳せながら、ティアナは飛行服の懐から待機モードのクロスミラージュを取り出す。
今の彼女は、フェイトの執務官補佐と地上本部の戦闘機パイロット、どちらも掛け持ちでやっているのだ。
「びっくりしたよ、"メビウス1"の跡継ぎが来たとか、二代目リボン付きとか、色々話が飛び込んできて」
「いえ……あたしなんか、まだまだですよ」
謙遜のつもりで苦笑いを浮かべるティアナだったが、なのはは知っている。ジェイル・スカリエッティの事件に関わった地上本部の戦闘機パイロットたち、アヴァランチ、ウィンドホバー、スカイキッドの三人が、口を揃えて言っていた。「間違いなく、彼女の動きはメビウス1だ」と。
それに比べて、となのははひっそりと自嘲気味な笑みを浮かべる。一連の事件でブラスターモードの開放、身体への負担を無視した大量のカートリッジロード、そしてスカリエッティのADF-01ファルケンによるレーザーの直撃。身体に影響が出ない訳がなく、現在、彼女は半ば強制的に療養中なのである。
鋼鉄の翼を得たティアナ、逆に翼を失った自分。そろそろ、世代交代の時期なのかもしれない。
「――そうだ、なのはさん」
そんななのはの心境を察してか、突然ティアナが何か思いついたのか、懐からその日のフライトスケジュールが載った書類を取り出す。
「午後からまた、訓練飛行が入っているんです。よかったら、一緒に飛びません? 操縦はあたしがします」
「え……で、でもティアナが乗ってる機体って」
確か一人乗りと聞いていたのだが、どうもティアナの様子を見る限り違うらしい。
かくして、なのはは機上の人となるのであった。
一時間前。
貸し出された飛行服は、自動的に装着されるバリアジャケットとは訳が違った。
悪戦苦闘しながらどうにか飛行服に耐Gスーツ、サヴァイバル・ジャケットを身に着けたなのはは、ティアナの案内で格納庫に入った。
「あれ……アレが、ティアナの機体?」
「ええ、そうですよ」
なのはの問いに、ティアナが誇らしげに頷いた。
格納庫にて整備員の点検を受けているティアナの愛機の名は、F-15ACTIVEと言う。優れた機動性を持つF-15を改良し、より高度な機体制御システムを搭載した機体である。
コクピットにて行われている作業は、なのはが乗るための後部座席追加のためだろう。それ以上になのはが気になったのは、尾翼に描かれたリボンのマークである。
フライトジャケットどころか、コールサインとマークまで受け継いだらしい。なのはは苦笑いしながら、F-15ACTIVEの後部座席に乗り込んだ。
ティアナの方は整備員と一緒に機体の目視点検を行い、それが終わってようやくコクピットの前席に乗り込んだ。
「じゃ、行きますよ」
「うん、了解」
なのはが頷くのと同時に、ティアナはF-15ACTIVEのエンジンをスタートさせる。
後席から、なのははティアナのエンジン始動の手順を見ていたが、その仕草はずいぶん手馴れていた。スイッチ一つ押すにも、戸惑いなどが一切無い。
きっと、彼もこんな風に愛機を飛ばしていたのだろう。なのはにはティアナの動きが、かつてのメビウス1と被って見えた。
ゆっくりとF-15ACTIVEは格納庫から顔を出し、誘導員の指示に従って滑走路の端へと進む。
「Mobius1 Cleared for takeoff.Good luck」
「Roger.Cleared for takeoff」
管制塔から離陸許可が下りると、ティアナは最後に操縦桿、ラダーペダルを動かして、離陸前の最後の動作確認。これも異常無し。
彼女は一度、エンジン・スロットルレバーを下げた。エンジンの排気音が弱まり、周囲に静寂が舞い降りる。
「――行きます」
最後に一言だけ、なのはに確認するようにティアナは言った。断る理由があるはずも無く、なのはは頷く。
直後、彼女はエンジン・スロットルレバーを叩き込み、エンジン推力を押し上げる。
滑走開始。荒鷲は己の心臓を最大限に活動させ、空へと昇るため、大地を駆け出す。
ティアナは頃合を見計らい、もう一度、今度は一番奥にまでエンジン・スロットルレバーを叩き込む。
途端に、F-15ACTIVEのエンジンから赤いジェットの炎が姿を現し、咆哮を上げる。アフターバーナー、点火。
数十トンを超えるはずの機体は、それが嘘のように離陸していった。
女性は案外戦闘機乗りに向いている、となのはは訓練空域に向かう途中、ティアナから聞いた。
強いGに晒される格闘戦では、身体の柔らかい女性の方が、より強く、より長い時間Gに耐えていられるからだそうだ。
もちろん体力や肺活量では男性の方が上だが、ティアナは魔導師としてそれなりに高いレベルにある。空戦中に、身体強化の魔法を使うこともあると言う。
「けど、空戦魔導師の適性はないのに、パイロットの適性はあったんだ?」
「ええ、まぁ……検査方法が違うからなのかも」
そんなこんなで訓練空域に向かう途中、先の司令室からの通信である。ひょっとしたら実戦になるかもしれない。
「こちらメビウス1、指定された座標に到着……何もないわね」
念のため搭載する兵装のセーフティを解除していたが、彼女たちの乗るF-15ACTIVEを出迎えたのは特に何も無い、いつも通りの青空だった。
ティアナは通信機のスイッチを入れて、僚機たちに散開して周辺を目視偵察するよう命じると、自身も正面に向き直り、周囲に視線を巡らせる。
「あぁ、なのはさん? 出来ればそっちの方でも何かないか探してください」
「え? うん、いいけど……」
何しろ、戦闘機に関してはなのはは対決した経験はあっても、搭乗経験は無い。果たして自分が役に立てるのだろうか。
ところが、ティアナはそんなことはお構いなしに、戸惑うなのはに対して言葉を続ける。
「目玉は多い方がいいんです。幸い、なのはさんには二つあります」
「――なんか、性格も多少変わった?」
「かもしれませんね」
ぶっきらぼうに答えるティアナ。頼もしくなったと言えるのだろうが、なのはの胸には一抹の寂しさのようなものがあった。
本当に、"エース"の雰囲気を漂わせちゃって――。
しばらく目視による偵察警戒を実施していた二人だったが、依然として何も見つからない。
結局司令室の誤報だったのだろうか。ティアナは「まぁ、こんなこともあります」と大して気にした様子も見せず、散開している僚機たちに集合命令を出そうと、通信機に手を伸ばす。
なのはも緊張を解いて、酸素マスクを外し、視線を眼下の海に向けた――その瞬間、彼女は眼を見開いた。
瞬きすれば見失いそうなほどの、青い海にぽつんと浮かぶ黒点が一つ、彼女たちを乗せたF-15ACTIVEとは正反対の方向へ進んでいるのが見えた。
「――三時方向、何かいる!」
「!」
ティアナの反応は速かった。直ちに三時方向下位に視線を向けると彼女も目標と思しき黒点を見つけ、操縦桿を右に倒し、次いで引く。
F-15ACTIVEは素早く主翼を翻してハーフ・ロール、機首を下げて急降下に入る。
「ティアナ、味方を呼んだ方が――」
「その前に有利なポジションにつく方が先です。急機動の連続になりますからね、舌噛まないでください」
なのはの提案を無視し、ティアナはF-15ACTIVEの高度がある程度下がったところで反転、水平飛行に戻る。
――目視できる距離なのにレーダーに反応が無い、ステルス機かしら。
ステルス機、という単語が脳裏をよぎって、ティアナはふと、F-15ACTIVEの尾翼に描かれたリボンのマークを思い浮かべる。
彼の愛機、F-22ラプターもステルス戦闘機だった。ひょっとしたら――しかしティアナは首を振り、己の考えを否定する。今は目の前の目標に集中すべきだ。
目標との距離が縮まるに連れて、徐々にその形がはっきりしてきた。形状からして明らかに戦闘機、それもステルス性を意識したもの。
心臓の鼓動が、早くなるのが分かった。所属不明のステルス戦闘機。もし撃ってきたら、自分は勝てるのだろうか。F-15ACTIVEはその巨大さと各部に付け加えられたカナード翼のおかげで、ステルス性は皆無に近い。
しかし、それを補って余りある機動性が本機の売りである。ティアナは記憶を掘り起こして所属不明機への対処方法を思い出し、このステルス機に近付くことにした。
まずは警告のため、通信機を国際緊急周波数に。所属と飛行目的を明らかにするよう呼びかけてみたが、返事は来なかった。
「どんな面してるのか、確認してみないと――」
エンジン・スロットルレバーを押し込み、F-15ACTIVEを加速させた彼女はステルス機に接近。機体の形状だけでなく、塗装や国籍マークもはっきり見える距離にまで近付き――そこで、ティアナ、そして後席のなのはすらもが、息を呑んだ。
「あれって……嘘」
「本物、だよね?」
よりはっきりと見えるようになった機体の形状から察するに、こいつは間違いなくF-22ラプター。
ただし尾翼に描かれた部隊マークは、このF-15ACTIVEと同じ、リボンのマークだった。
パイロットは――ティアナは思わず、コクピットの方に視線を送った。酸素マスクとヘルメットを装着したパイロットが、こちらを見ていた。
たまらず、ティアナは酸素マスクを外し、パイロットが自分であることをF-22に向かってアピールする。
F-22のパイロットは気がついたのか驚いたような様子を見せ――そして、右手の人差し指をくいくいと曲げた。
――来い。
言葉を実際に聞いた訳ではない。だがティアナは、彼が何を言いたいのかすぐに分かった。直後、F-22は突然急上昇。そのまま宙返りを打ち、ティアナとなのはのF-15ACTIVEの後方上位に位置しようとする。
「あ、ティアナ、後ろを取られる……」
「分かってます――上等、やってやろうじゃないの」
後方に食らいつこうとしたF-22を回避するべく、ティアナは操縦桿を左に倒して、機体をロールさせる。
左に回転しつつF-22のロックオン可能範囲内から逃れたF-15ACTIVEは、減速しつつ今度は右にロール、F-22の後方下位に強引に潜り込もうとする。
通常のF-15なら失速してしまうほどの速度だが、F-15ACTIVEに搭載された電子制御は優秀だ。ティアナの操縦に機敏に反応してみせるこの機体は、F-22の後ろを奪うことに成功する。
もらった、とティアナは機関砲の引き金に指をかけた。もちろん実際に発砲する気はなく、ガンカメラでF-22を撮影するだけだ。地上に戻って現像すれば、撃墜判定を取れる。
だが、さすがに一筋縄にはいかない。F-22は一度機首を上げて急上昇、ティアナがこれを追いかけようと操縦桿を引いた時、まるで追いかけてくるのを読んだかのようにハーフロール、急降下へ。急激な方向転換について行けず、彼女のF-15ACTIVEはF-22を取り逃がしてしまう。
逃がすもんか、とティアナの闘志に火がついた。エンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。操縦桿を前に突いてF-15ACTIVEの機首を下げさせると、加速しながらF-15ACTIVEはF-22を追って降下に入る。
「うわっ……ティ、ティアナ、もうちょっとゆっくり」
降下に入ったため、マイナスのGがかかり、身体が浮くような感覚がする。なのはが驚いているが、ティアナは無言の返答。眼下のF-22を睨みつける。
ようやくF-22を正面に捉えたが、今度は右へ左へと不規則に旋回して、ロックオンさせまいと逃げ回る動きを見せた。ティアナは逃げるF-22を追って、追従旋回。
F-15ACTIVEが右に行けばF-22は左に、それを追えば今度は右にとイタチゴッコをしばらく繰り返す。後席のなのはが旋回でGのかかる度にいちいち小さく悲鳴を漏らしているが、気にせずティアナは操縦を続けた。
――まぁ、空戦魔導師だったんだから酔うことは無いと思うけど。
念には念を入れて、後席にエチケット袋を置いておくべきだったかもしれない。そんなことを考えながら、ティアナは逃げるF-22を追い回す。
F-22が右に旋回。ティアナはこれを追うべく操縦桿を右に倒し――そのまま、今度は左に一気に倒す。
右へとロールしようとしていたF-15ACTIVEの主翼が翻り、急激な左方向へのロール。F-22は右旋回から左旋回に入り、自らティアナの前に躍り出てしまう。機動を先読みしたのだ。
「捉えた……」
静かに呟くのと同時に、ウエポン・システムに手を伸ばして使用する兵装、短距離空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーを選択。AIM-9の弾頭はF-22のエンジンから放出される赤外線を捉え、ヘッドホンを通じてティアナに電子音を送る。ロックオンした証拠だ。
「メビウス1、フォックス2……!?」
言いかけて、ティアナは思い止まった。F-22は尾翼の付け根から盛大に炎の塊、赤外線誘導のミサイルを幻惑するフレアを放出。AIM-9の弾頭はどれがF-22のエンジンのものなのか混乱し、ロックオンが外れてしまった。
――ロックオンされる瞬間を読んだ? なんて人。
やっぱり"元祖"は強い。驚くティアナを余所に、F-22は急激な右旋回。ティアナのF-15ACTIVEの右後方にまで回り込むと、機首をわずかにずらす。機関砲で狙い撃ちするつもりだ。
「ティアナ、撃たれる、後ろから――!」
「分かってます――ガンキルにこだわるなら、こっちだって!」
エンジン・スロットルレバーを強引に押し下げ、さらにエア・ブレーキ展開。F-15ACTIVEは機体上面のブレーキを展開させて、急激な減速。
F-22はさすがにこれは予想外だったらしく、F-15ACTIVEの前に突き出されてしまう。
酸素マスクから送られてくる酸素をたっぷり吸って、ティアナは冷静に、しかし熱い思考はどうすることも出来ないまま、機関砲の引き金に指をかけた。
照準が、F-22の胴体に重なる。その瞬間彼女はガンカメラを起動させ、同時にF-22のパイロットに対して宣告する。
「ガンアタック、キル! 撃墜ですよ、いい加減大人しくしてください、メビウスさん」
開きっぱなしにしていた通信回線に怒鳴り込むと、しばらくして応答があった。同時に、F-22は水平飛行に戻って大人しくなる。
「――いやぁ、やられたよ。いい腕じゃないか、ランスター?」
F-22のコクピット、それまで激しい空戦機動を行っていたパイロット――メビウス1は、酸素マスクを外し、満足そうな笑みを浮かべていた。
傍らを飛ぶのは、いつの間にか戦闘機乗りになっていた、かつて生死を共にした若き銃士の駆るF-15ACTIVE。見込みがあったのは事実だが、まさかパイロットになっているとは思いもしなかった。
「手加減しましたね? 機関砲にこだわらなければ、あの時点で撃墜できたはずです」
とは言え、このツンツンした態度は変わらないらしい。メビウス1は苦笑いしつつ、返答。
「バレたか。いや、機関砲なら純粋にパイロットの技量で決まるからな。お前さんの技量がどんなもんか」
「試したんですね? まったくもう……」
F-15ACTIVEのコクピットで、前席に座るパイロットがやれやれ、と首を振っているのが見えた。しかしそうなると、後席でぐったりしているのは誰なのだろう。
「うーん……」
「あ。な、なのはさん、大丈夫ですか?」
「え、ちょ、なのはかよ!? なんで乗ってるんだ」
通信に入り込んできたうめき声。ティアナはそこでようやく、なのはがエアーシック(飛行酔い)に陥っていることに気付いた。
早く帰らないと、これは大変なことになるかもしれない。コクピットを嘔吐物で汚すのもまずいが、何よりなのはの体調が心配だ。
ひとまず帰路に着きながら、ティアナは気にかかっていたことをメビウス1に問う。
「そういえば、どうしてまたミッドに?」
「――さて、な。自由エルジア軍を蹴散らして帰ろうとして、気がついたらまたここだよ」
つくづく俺はミッドチルダに縁がある、とメビウス1は付け加えて、笑ってみせた。
すると突然、通信機の方から、何故だかティアナのものと思しき、嗚咽が聞こえた。はっとなって振り向くと、F-15ACTIVEのコクピットで、ティアナが酸素マスクを外し、目元を抑えているのが見えた。明らかに、泣いている。
「お、おい、どうしたんだ。どっか具合でも……」
「――違います!」
心配して声をかけると、何故か怒られた。
じゃあ何だろう、と彼女の言葉を待っていると、通信機に再び、今度は涙声のティアナの声が入ってきた。
「――もう、会えないと思ってた。でも、メビウスさんは……」
また来てくれた。それは本人の意図したものではないにせよ、メビウス1が再びミッドチルダに来たのは動かしようの無い事実なのだ。
これが地上であるならば、彼女は人目も気にせず、彼の胸に飛び込んだだろう。自ら望んで戦闘機に乗った訳だが、この時ほどティアナは地上に戻りたいと思った時はなかった。
そんな彼女の気持ちを察したのか定かではないが、メビウス1は優しい笑みを浮かべて言った。
「――ああ。ただいま、ティアナ」
「……お帰りなさい」
ミッドの空に、リボン付きが舞い戻った。
どこかの古城の一室。その部屋で数人の男たちが、何枚かの報告書を手に、ため息を吐いていた。
「カプチェンコも妙なものを残したものだ、時空転移装置など……ユリシーズが落ちてからだろう、機能し始めたのは?」
オーシア空軍の飛行服を着た男が、同じく飛行服、ただしこちらはユークトバニア空軍のものを着た男に尋ねる。
男は頷き、複数ある報告書の中から、一枚を取り出す。
「ああ、それも不定期かつ何を飛ばすか分からん代物だ。我々の意図しない物まで飛ばすのは困った……もっとも、おかげでADF-01のテストは出来たが」
報告書に記されているのは、ADF-01ファルケンの詳細なデータ、それに添付された写真。
かなり重要なものであるはずなのだが、男は興味がなくなったように、報告書をテーブルの上に放り投げる。
「コフィン・システムはまだ実用レベルに達していないな。パイロットがあんな狂人でもないと精神が崩壊してしまう」
「試験的にADFX-02の機能を入れてみたが、こっちの方は効果が高いようだ。もっともコストが凄まじいが……レーザーだけで充分だな」
他にも何枚かある報告書を捲る男たちがいたが、いずれもが最終的に興味をなくし、報告書を投げ捨てた。あとはせいぜい証拠隠滅のため、焼却炉にでもぶち込むしかない。
「ところでZ.O.Eのデータはどうする? 我々はアークバードに搭載するUAV以外に特に使う用事がないが」
「自由エルジアにくれてやれ、元はと言えばあっちの技術だ。しかし……痛手だったな。貴重なADF-01を失ってしまうとは。残りは四機だろう?」
オーシアの飛行服を着た男が、確認するように言った。潜伏生活を余儀なくされる彼らにとって、戦闘機は非常に貴重だ。
ましてや、ファルケンはベルカがその技術の粋を集めて開発した、まさに切り札。彼の言うとおり、これを一機でも失うのは痛手だった。
「ああ。まさか、"リボン付き"と"黄色"が一緒に来ているとは思わなかった。エースの力は偉大だな」
「メガリスもな。しかし、これではっきりしたぞ。空からの大質量攻撃、これは極めて有効だ」
「となるとアシュレイ、やはりSOLGを使うか?」
ここに来て初めてアシュレイ、と呼ばれたオーシアの飛行服の男は、当然のように頷き、しかしすぐには実行しないことを話す。
「うむ。だがシステムの掌握にかなり時間がかかる、あと五年は待つべきだ」
「だろうな。ユークトバニアの方も、タカ派の軍人の掌握にはまだ手間取りそうだ」
「頼むぞミヒャエル、計画ではそっちからオーシアに仕掛ける予定だからな」
「分かっている、全てはベルカのため……」
ミヒャエルと呼ばれたユークトバニアの飛行服の男は、やはり頷く。
アグレッサーとして各国に迎えられたはいいが、まだまだ彼らの計画には時間がかかる。ミッドチルダでの一連の事件は、彼らにしてみればただの実験に過ぎないのだ。
「そうだ、ベルカのためだ。そのためならあと五年や四年、大したことは無い」
「皆、しばしの辛抱だ。それまでは耐えよう、ベルカのために」
男たちは、静かにその時を待つ。一九九五年、あの日、潰えたはずの強く、巨大なベルカ公国を取り戻すために。
THE OPERATION LYRICAL Fin...?
最終更新:2009年03月01日 14:07