Call of Lyrical 4
第0話 オールギリードアップ/全ては、ここから始まった
一五年前 ウクライナ北部 チェルノブイリ
ガイガーカウンターの数値は、危険値に指しかかろうとしていた。これ以上進めば、放射能で死ぬ羽目になる。
「放射能が強すぎるな、迂回しないと死ぬぞ」
前を行く彼の上官が、首元の通信用マイクを使って呟いた。だが、視界に広がる枯れ草ばかりの平原には誰もいない。
――分かってる、ギリースーツだ。
自身も装備している植物を模したカモフラージュ用の覆いを見て、彼――プライス中尉は、その効果の高さを再認識した。
今回のような隠密任務では、この手の装備は必需品なのだ。両腕にずしりと頼もしい重さを感じさせるこのM21狙撃銃ですら、消音器が付いている。
「ついてこい、頭は低くしろよ」
視界の片隅でもぞもぞと何かが動き、ようやくそれが上官のマクミラン大尉であることに、プライスは気付く。
このSAS――世界的に有名なイギリス陸軍特殊部隊の中でも、間違いなくトップクラスの狙撃と潜入のエキスパートは、プライスの前方に立ち、少し前かがみになって歩き出した。プライスも彼に付き従い、後についていく。二人とも、M21を構えたまま前進を開始。
「気をつけろ、ここは放射能汚染区域がある。吸い込みすぎると、あの世行きだ」
分かってますよ、と歩みは止めずにプライスは頷く。事前のブリーフィングがなくとも、この地でかつて何が起こったのかは、世界史を勉強すればすぐに分かる。
チェルノブイリと聞けば、誰でもすぐに思い出せるだろう。原子力発電所として、史上最悪の事故。それが起きた場所。
事故が起きる以前、この都市には何万人もの人々が暮らしていた。遊園地すら建築中だったというから、さぞ活気溢れる街だったに違いない。
そう考えると、周囲の人気の無さは嘘のようだった。道中にぽつぽつと存在する廃車が、長い間ここに人間が訪れていないことを証明していた。
「スタンバイ」
周囲を警戒しながら進んでいると、突然マクラミンが左手を上げ、止まるよう指示してきた。
プライスは素早く壁が外れて、抜け穴のようになった廃屋の中に身を潜め、M21を構える。狙撃スコープの向こうにいたのは、二人の兵士と思しき人影。
――装備はAK-47か。情報にあったテロリストの一味だな。
「敵だな、歩哨が真ん中にいる……」
マクラミンの方に視線をやると、同じくM21のスコープを覗き、敵を確認していた。
事前に通達された交戦規定では、射殺に制限は無い。元より暗殺任務、姿を見られるのはよろしくない。
「姿勢を低く、落ち着いて動け。このギリースーツは味方も欺く」
マクラミンが"動け"と言うことは、すなわち障害を排除しろと言う意味なのだろう。プライスはゆっくり、M21の銃身と銃床を両手で持って匍匐前進。
敵兵たちは気だるそうに歩き、ロシア語で愚痴の零し合いをやっているようだ。哨戒と言うより、ただその辺をほっつき歩いていると言った方が正しい。
これならバレることはあるまい――プライスはM21の銃口を前に突き出し、二人の敵兵のうち、片方に照準を合わせる。
「片方が目を離している隙に、もう一人をやれ」
言われるがまま、プライスは狙撃スコープを覗き込む。敵兵は依然として気付く様子は無い。
吸って吐いて、吸って――呼吸を止める。手ぶれが収まり、狙撃スコープのど真ん中に、敵兵の頭部が映り込む。
躊躇は、出来ない。狙いを外せば、いくらやる気の無いこいつらでも気付くだろう。
悪く思うな――引き金を引く寸前、プライスは敵兵に向かって胸のうちで謝罪の言葉を口にした。
肩に反動があって、狙撃スコープの向こうで敵兵が頭部から鮮血を噴き出し、ひっくり返るのが見えた。
もう片方は、と狙撃スコープを滑らせると、マクラミンの放った銃弾により同じく、一撃で絶命していた。
「おやすみ。行くぞ」
倒れた敵兵たちに一言だけ告げて、マクラミンは身体を起こし、前進を再開する。
しかし、一〇〇メートルも進まないうちに、再びマクラミンが左手を上げて止まれの合図。物陰に身を寄せ、前方の様子を伺った彼は少し考え、「回り込もう」と言ってきた。
プライスは彼の後を追うと、そこに民家があることに気付いた。同時に、中から会話と思しき声も。
民家の壁に張り付き、マクラミンが窓から様子を伺う。先ほどと同じく、AK-47を持った兵士が四名、タバコを吸いながらテーブルの上でポーカーをやっていた。少なくともこの民家の家人ではないだろう。
「考えるだけ無駄だな」
マクラミンは姿勢を低くして、民家を通過する。こっちは二人、相手は四人。この距離では狙撃銃も取り回しが悪く、AK-47のような小銃に撃ち負けるのは目に見えていた。
プライスは彼に続くが、突然マクラミンにそれ以上進むな、と進路を遮られた。首を傾け、民家の陰から前方の様子を伺うと、またしても敵兵がいた。こちらはしっかりとAK-47を構え、真面目に哨戒任務を行っているようだ。
――だがそれゆえに、見逃してはくれないだろうな。
悩むことは無かった。M21を構え、プライスは狙撃態勢に移行。呼吸を止めて、敵兵の進路を予測し――撃つ。狙い通り頭部に被弾したこの兵士は、真面目ゆえに命を奪われる羽目になった。
「よし、行くぞ」
いちいち慈悲の言葉をかけてやる余裕は無い。マクラミンに促され、プライスは前進。
廃車、木の陰、草むらと道中に存在するあらゆるものを活用し、二人の兵士は順調に進んでいく。
ちらっとプライスは視線を上げる。その先に映ったのは、教会と思しき建物。構造からして、ロシア正教のものだろう。
その教会の二階に、やはり銃を持った敵兵がいるのが見えた。さらに、北の方からも敵兵が一名、接近中。こちらはAK-47ではなく、ドイツ製の小銃であるG3を持っていた。
テロリストの癖に西側装備とは豪勢だな、とプライスは胸のうちで呟き、マクラミンの指示でわずかに匍匐前進、より視界の開けた木の陰に位置する。
M21を構えたプライスはまずは教会の方の敵兵を片付けるべく、銃口を上に上げた。
教会の二階の窓、敵兵は何も来ないと思っているのか、ふらふらとだらしなく歩き、タバコすら咥えていた。これでギリースーツ装備の自分たちは見つけられないだろう。
狙撃スコープの向こうの敵兵が、後ろを向いたその瞬間、プライスは引き金を引いた。放たれた銃弾は敵兵の頭部を後方から撃ち抜く。
消音器のおかげで銃声も無く、また気付かれること無く射殺しているため、敵が悲鳴を上げることも無い。隠密任務としては、これが正しい。
もう一人も――。
素早く照準を上から下へとずらし、次いで水平移動。狙撃スコープに入り込んできた敵兵、これも躊躇することなく射殺。
「見事だ、行くぞ」
短くプライスの狙撃の腕前を褒め称え、マクラミンは前進再開。先ほどの教会内を通り抜けると、目の前に広がっていたのは墓場だった。
死人が眠る土地の上を行くのはあまり気分のいいものではないが、プライスはマクラミンの後を追いかける。
その時、プライスの耳に聞き慣れない音が入り込んできた。はっとなって後ろに振り返り、M21を構える。
ところが、である。音の主は、とてもではないがM21で対抗できるようなものではなかった。
バタバタバタバタッと耳障りなローター音と共にプライスの視界に映ったのは、ロシアの誇る重攻撃ヘリ、Mi-24ハインド。こいつに狙われたら命がいくつあっても足りない。
「敵のヘリだ、伏せろ」
マクラミンに言われるまでもなかった。プライスは墓場の門の陰に身を寄せ、じっと息を潜める。ギリースーツで物陰に伏せているのだ、サーモスキャンでもされない限り、上空から見つかる可能性はまずない。
案の定、ハインドはこちらに気付くことなく、行き過ぎていった。それにしてもテロリストが攻撃ヘリまで保有しているとは、情報通り今回の暗殺対象は相当な大物らしい。
「行くぞ」
行き過ぎたハインドを見送り、マクラミンとプライスは墓場の門を潜る。国道と思しき道路を横断して、その向こうにある平原を行く。
数年は放置されているであろう、太い何かのパイプを乗り越えたところで、突然マクラミンが転んだ。
――否。プライスは正面にうごめく物体を目撃して、マクラミンが転んだのではなく大急ぎで地面に伏せたことに気付く。
「伏せろ、早く」
大慌てでプライスも地面に逃げるように伏せ、匍匐前進でマクラミンの傍まで行く。
脳の奥にまで響き渡るこの音は、装甲車のキャタピラの駆動音だ。それが何輌も、歩兵を連れてこちらに前進してきていた。狙撃銃一丁で戦いを挑むには、あまりに無謀だろう。
「ゆっくりだ相棒、数が多すぎる……やり過ごそう」
マクラミンの方も、馬鹿な考えを起こすつもりは無いらしい。このままギリースーツの低視認性効果を信じ、低姿勢を保って敵が行き過ぎるのを待つしかない。
装甲車と歩兵は彼らが見えていないのか、そのままの速度で前進してきている。
プライスはM21を身体の下に入れて、地面とサンドイッチさせる。光が狙撃スコープに反射でもしたら、それだけで自分は死ぬ羽目になる。
どさっといきなり、自分のすぐ傍に歩兵が足を下ろしてきた。こいつがちらっとでも視線を下げれば気付かれる可能性があるが――幸いにも、この敵は少し周囲に視線を配ると、すぐに歩いて離れてくれた。
ほっとプライスは安堵のため息を吐こうとして、今度は装甲車のキャタピラが眼前に迫っていることに気付く。
――まずい、このままじゃぺしゃんこだ。だが、動いていいものか。
マクラミンの方に視線を送っても、彼も息を殺してじっと敵が行き過ぎるのを待っていた。指示や援護は、期待できそうにない。
ともかくも、見つかるのを恐れて動かなかったのでぺしゃんこになった、では洒落にならない。プライスは素早く、しかし息を殺して水平に移動する。
下手に首も動かせないので、周囲の敵兵がこちらの動きを察知していないことを祈るばかりだ。
移動を終えて、どうにかプライスは装甲車の進路上から外れることに成功した。敵兵たちも、気付いた様子は無い。
「よし、移動しよう。確実に緩やかに……」
装甲車の駆動音が、だいぶ離れたところでマクミランがゆっくり、匍匐前進で移動を再開した。プライスも後を追う。
後方を振り返ると、装甲車と敵兵は国道の方に向かっていた。もう、立っても見つかることはあるまい。
二人はある程度匍匐で前進すると、周囲の安全を確認した上で立ち上がり、徒歩での前進に移った。
前進は続く。放棄された装甲車の陰に身を寄せ、前方の様子を伺うと、一台のトラックが止まっていた。そのすぐ傍には池。トラックの運転手とその助手と思しき敵兵たちが、何か
を池に向かって共同で放り投げている。
狙撃スコープを覗いて何を投げているのか確かめると、兵士の死体がトラックの傍に積み重なっていた。
「買収できない奴は始末したようだな」
なるほど、とマクミランの言葉にプライスは頷いた。相手はテロリストだ、ジュネーブ条約やハーグ陸戦条約など、守るはずがない。
池の外側の方にM21を向け、狙撃スコープで他に敵はいないか調べてみると、二人の敵兵が周囲を警戒していた。これで見つからずに進むのは、難しそうだ。
「撃ってしまうか、やり過ごすか……お前に任せる」
迅速に進みたいなら撃つまで。プライスはM21を構え、二人の敵兵のうち、遅れて歩く方に照準を合わせる。
――消音機付きだからバレる可能性は低いが、念のため。
プライスはちらっと池に放り込まれる死体の山に眼をやる。
敵兵たちが一つの死体に手をかけ、池に投げ込む――その瞬間、プライスは素早く意識をM21に戻し、狙撃スコープの向こうの敵兵に対して、銃弾を送り込んだ。
死体が池に投げ込まれ、水しぶきが上がるのと、スコープの向こうの敵兵が倒れたのはほぼ同時だった。
もう一人は、プライスの意図を察したマクミランが一撃で仕留めていた。
残すは死体処理をやっている二人の敵兵なのだが――同時に仕留める必要があった。片方を撃っても、もう片方に気付かれては意味が無い。
「俺が位置につくまで待て」
マクミランはプライスにそう告げて、狙撃ポイントを移動。放棄された装甲車の陰から銃口を突き出し、敵を狙う。
プライスは狙撃スコープを覗き込み、敵兵に照準を合わせる。死体を投げ捨てた直後、棒立ちになった瞬間がチャンスだろう。
敵兵が何体目かになる死体を池に投げ捨て、だるそうに首を回す――その瞬間を狙い、プライスは呼吸を止めて、引き金を引く。
狙撃スコープの向こうで、敵兵二名がほぼ同時に倒れた。ちらっとマクラミンの方に眼をやると、親指を立てて成功、とアピールしていた。
「おやすみ」
死体の山に仲間入りした敵兵に一言告げて、マクラミンとプライスは歩き出す。
その後、コンテナが複雑に並べられたスクラップヤードを抜けた二人は、道路上に展開する敵兵たちの部隊に出くわした。
トラックが何台も止まっていて、周囲にいる敵兵の数は、先ほどの装甲車の周りにいた連中よりはるかに多い。狙撃銃だけで相手するのは、無謀もいいところだろう。
そして、耳障りなローター音に吹き付けてくる冷たい風があると言うことは、付近にヘリがいるに違いない。輸送ヘリなら兵員を多数搭載しているだろうし、攻撃ヘリなら歩兵などボロ雑巾のようにしてしまう火力を持っている。どちらにせよ、相手はしたくない。
――しかし、だからと言って迂回ルートもないか。
地図を開いて確認してみると、もうすぐ目標地点だった。これを遠回りしていけるルートは、どこにもない。
「向こうに集まってやがる……合図したら動け、後ろを離れるなよ」
マクミランも覚悟を決めたのか、隠れ蓑にしているコンテナの陰から敵の様子を伺っている。彼は、突破のタイミングを図っているのだ。
「スタンバイ……スタンバイ……」
始まった、とプライスはにやりと笑う。マクラミンのこの口癖は、SAS内では有名だった。
マクミランの思い描く進路上から、敵兵がいなくなる。みんな、降りてきたヘリに視線が集中していた。
「OK……GO!」
マクミランの合図。止まっていた時が動き出したかのように、二人は迅速に、そして冷静に動き出す。
緊張のせいで、血の流れが必要以上に早くなっていく。胸にまとわりつく奇妙な違和感は、恐怖か。
――戦車までいたのか、こりゃ見つかったら終わりだぞ。
そんな状態だと言うのに、頭の片隅はどこか冷静を保っていた。視界に映るものをいちいち気にするのがいい例だろう。
マクミランの考えたルートは、なかなか的確だった。道路上に並ぶ車列にあえて飛び込むことで、敵兵たちの死角を突いたのである。どの敵兵も、警戒しているのは車列の外側ばかりだった。
「行くぞ」
マクミランは地面に伏せて、縦に並んだトラックの下に入る。敵も、まさか車の下に潜り込むとは思いもしまい。
さらに、トラックの運転手はみんな律儀なのか、きっちり距離を詰めて止めていた。おかげで周囲に姿を曝け出す時間も短くて済む。
――まずいな。
順調に匍匐で進んでいたが、プライスはトラックの列が中途半端なところで終わっていることに気付く。周りはまだ敵兵だらけだから、このままトラックの下から出れば気付かれる。
ちょうどその時、運がいいことに兵員を満載したトラックが一台、車列に加わってくれた。これなら、もっと奥まで進むことができる。
トラックの車列の最後尾に到達すると、マクミランが動きを止めた。わずかに身をよじって前方を見ると、数人の敵兵が進路を塞いでいた。こいつらさえいなくなれば、あとは走って一目散に逃げるだけなのだが――。
「辛抱するんだ、馬鹿な真似はできない」
M21を構えようとしたプライスを、マクミランは静かに制す。いくら消音機付きとは言え、射殺現場を目撃されれば居場所がバレる。
「スタンバイ……スタンバイ……GO!」
いつものマクミランの口癖の後に、合図が出た。トラックの下から匍匐で姿を現した二人はただちに立ち上がり、一旦正面にあったジープに身を寄せ、目的地方向に誰もいないことを確認。
「いいな? 行け」
そして、一目散に二人は走り出す。草むらに入れば、またギリースーツが敵の目を欺いてくれる。
一度M21を構えて後方を警戒するが、敵兵が追いかけてくる様子も無ければ、警戒を厳重にした訳でもない。何とか無事、抜けられたようだ。
「気付かれなかったようだ。移動を続けよう、こっちだ……」
マクミランもさすがに安心したのかほっと一息をつき、しかしすぐに前進を再開する。
途中、五階建てのすでに住人のいないアパートにいた敵兵を狙撃で片付け、死体を貪る野犬を無視し、マクミランとプライスはついに目的地の目前まで迫っていた。
兵士は、戦場に感情を持ち込まない。任務に影響を与えるし、最悪自分の生死に関わるからだ。
そのはずなのだが――マクラミンとプライスは、道中にて通過した住宅街に、妙な不安と寂しさを覚えてしまった。
屋内に入ると、何かの店だったのか、ショーウィンドウにテーブルと椅子が並べてあった。壁に貼ってあったポスターは広告だろう。
どれももう何年も使われておらず、埃を被っているものばかりだったが――それは確かに、過去ここに人間の生活が存在していたことを伝えていた。
ふと、プライスは誰もいないはずのこの住宅街で、子供の声を耳にした。そういえば途中、ブランコや滑り台などがあったように思う。
幻聴なのは分かっていた。だが、もし原発で事故が起きなければ、ここは廃墟ではなく、今でも人間が生活していたであろう、そういう場所なのだ。そういう都市なのだ、このチェルノブイリと言う街は。
「これを見ろ……この住宅街には五万人が暮らしていたそうだ。それが今やゴーストタウン……こんなのは初めて見た」
失われた人々の営み、その名残。きっと、人類が滅亡すれば地球上はみんなこんな様子になるはずだ。
目的地は、廃墟となったホテルの最上階だった。エレベーターは電源が死んでいるので機能せず、階段を使って彼らは最上階を目指すことになる。
「発砲に注意しろ、ここで情報提供者と会うんだ」
階段を上る途中、マクミランがプライスに確認するように言った。
今回の作戦は、イギリス政府が独自で掴んだ情報を元に立案されたものではなかった。素性の分からない別の組織に属すると思われる人間が、匿名で政府に情報を送ってきたのだ。
もちろん、それだけではSASは動かなかっただろう。諜報機関のMi-6が裏を取らなければ、彼らはここにおらず、イギリス本国で訓練と酒の日々を送っているはずだ。
最上階に足を踏み入れた時、マクミランは何者かの気配に気付き、M21を構える。
「――あんたらだな? こっちの"世界"の、特殊部隊と言うのは」
「!」
じゃり、とコンクリートの破片を踏みつけながら、恰幅のいい、しかし愚鈍さは一切感じられない男が姿を現す。
マクミランはM21の銃口を男に向けたが、男はそれに対し、手を広げて敵意は無いことを証明する。
「あんたが、情報提供者か?」
M21の銃口を下ろし、マクミランが問う。男は頷き、懐から一本の葉巻を取り出し、口に咥えた。
葉巻に火をつけて、美味そうに一服。見つかれば一環の終わりのこの状況下でこの落ち着き払った行動、男は相当大胆なようだ。
「大尉、誰なんです」
もっとも、プライスにとってこの男の行動は気に入らなかった。自分たちは敵の真っ只中を潜り抜けてきたと言うのに、労いの言葉の一つも無い。
プライスの苛立ちが混じった質問に答えたのはマクミランではなく、葉巻を吸う男の方だった。
「私か? 私は――レジアス・ゲイズだ。所属は、君らに言っても信用してもらえないだろうからな、言わないでおこう」
ふぅ、と煙を吐き出し、男――この当時、管理局の優秀な、しかし魔力素質を持たない一人の諜報員でしかなかったレジアスは、不敵に笑って見せた。
最終更新:2009年07月01日 17:25