project nemo_05

ACE COMBAT04 THE THE OPERATION LYRICAL Project nemo


第5話 資金の行方


魔法と機械技術の融合。JS事変以降、地上本部の掲げた兵器開発の方針である。環境への悪影響を心配することのない魔法、そして代替可能な凡人であっても操作可能な機械技術。この二つを融合することに成功すれば、環境汚染の心配のない、それでいて兵器として実用性の高いものが出来上がるのだ。
現在洋上を飛行するこの救難ヘリも、管理局の中で新鋭とされる"JF704式"を救難専用に改修した魔法と機械技術の融合による産物だった。操縦系統は信頼性の高い油圧式を装備し、要救助者を捜索するセンサーは探知魔法の応用で既存の赤外線カメラよりずっと高い解像度と捜査距離を保持している。
――しかし、グラス化されたコクピットの中にある複数のディスプレイ。それらに表示される数値や機影には、何の変化もなかった。

「くそ、やっぱり駄目か」
「まだだ、諦めるな」

救難ヘリの副操縦士はディスプレイに視線をやり、苦々しい思考を表情に映し出す。いかに高性能のセンサーと言えど、救助すべき対象がいないのでは捕捉することなど不可能だった。それを、機長が戒める。救難員が諦めれば、いくら要救助者が頑張ってもそこで終わりなのだ。
機長は操縦桿を少し前に倒し、機体の高度を下げていく。海面上空、五〇フィート。眼下を流れていく青い海、その上を漂う金属らしき何かの破片は撃墜された戦闘機のものだろうか。機長はその最中に、一枚だけ原型を留めている部品を発見した。管理局所属であることを示すシンボルマークが描かれた、F/A-18Cの垂直尾翼だ。よく見れば垂直尾翼の向こうにも、F/A-18Cの残骸と思しき部品が波間を漂っている。

「この残骸……辿っていけば、何か見つかるんじゃないか?」
「どうですかね。これだけバラバラになっているなら、パイロットもとっくに――」
「行って下さい」

不意に、キャビンの方から声がした。機長が振り返ると、キャビンで待機していたはずの救難員がコクピットに上がってきていた。

「しかしナカジマ陸士、見てのとおり機体はバラバラだぞ。それに離陸してもう四時間だ。燃料だって、残り少ない」

副操縦士も振り返る。ナカジマ陸士、と呼ばれた救難員は、しかし首を振った。年齢も外見も少女の救難員、その表情に宿る意思は鋼鉄の如く硬いものがあった。
救難員の名は、スバル・ナカジマ陸士。本局より研修と実務を兼ねて派遣された、青いショートカットが特徴的な特別救助隊の一員である。

「お願いします。燃料がなくなったら、そこで降ろして下さい。あとはウイングロードで捜索を続行します」
「んな無茶苦茶な……」
「いいじゃないか」

ヘリから降りて、単独で捜索続行。確かに優秀な陸戦魔導師、それも空を大地の如く駆けることが可能な魔法を取得している彼女なら可能だろう。だが、ここは洋上だ。陸地からは最短コースで一〇〇マイルは離れているし、要救助者はほとんどの場合ただちに治療を必要とする。ヘリの機内なら常に救護班所属の陸士が一名載っているから、少なくとも病院まで持たせることは可能だ。だが、スバル一人ではそれすら出来ない。
表情を曇らせる副操縦士、その隣で機長は若い救難員に向かって微笑みかけた。

「副長、ぎりぎりまで飛んでみよう。いやとは言わせないぞ、先週の飲み代まだ返してないだろ?」
「うえ、もう忘れたかと思ってたのに……分かりました、行きましょう」

やれやれ、と肩をすくめて副操縦士はエンジン・スロットルレバーを押し込んだ。ローター音が高鳴り、救難ヘリは速度を上げていく。低空飛行のため、ローターから生まれる風が海面を叩き、白波を上げさせている。スバルは二人の勇敢なパイロットに礼を言い、キャビンに戻った。いつでも飛び出せるようにバリアジャケット展開、制服が青白い光に包まれて消え、代わりに姿を現すのは白を主体としたバリアジャケット。
救難ヘリはそのまま低空を維持しつつ、洋上に漂うF/A-18Cの残骸に沿って飛び続けた。先ほど見つけた垂直尾翼、続いてセンサーに大きな金属反応が入り、パイロットたちが目視で確認。金属反応は、翼を失ったF/A-18Cの胴体だった。コクピットに目をやると、キャノピーと射出座席がない。

「機長、これは」
「よく探してみよう。ナカジマ陸士、降下スタンバイ!」
「了解!」

機長は計器のスイッチに手を伸ばし、センサーの捜査領域を拡大させる。同時に指を躍らせ、後部ハッチ展開。スバルのいたキャビンに、どっと冷たい空気が流れ込んできた。
頼むぜぇ、生きててくれよ――機長と副操縦士は固唾を呑んで、ディスプレイを見守った。ぷつぷつと探知された反応が浮かび上がるものの、どれも金属反応ばかり。だが次の瞬間、浮かんできた反応の中で一つだけ、他とは異なるものがあった。金属反応の上に乗っかる形で表示されるのは、生命反応。

「いた、要救助者! まだ生きてる! 方位一一〇、距離八マイル!」
「ナカジマ行け、GO! GO! GO!」

念話とも交信可能な通信システム。それを通じて、興奮気味の機長のGOサインが耳に入った。スバルは駆け出し、開かれた救難ヘリの後部ハッチから飛び出した。

「マッハキャリバー」
<<All light,Bady>>

空中に身を投げ出したスバル、最初に口走ったのは相棒の名。相棒、彼女のデバイスであるマッハキャリバーは主の意図を察し、足元に青い光の道を作り出す――ウイングロード。翼を持たない彼女にとって、空を駆ける唯一の手段。唯一とは言っても、ローラーブーツ型デバイスであるマッハキャリバーの叩き出す速度は、決して空戦魔導師にも劣らない。副操縦士の指示した方向を確認し、スバルは文字通り空を駆けた。
いったい誰がこんなことを――要救助者まで歩みを進めつつ、スバルはふと眼下を流れていく海、そこに浮かぶ戦闘機の残骸を見て思考を回す。
スクランブルで飛び出した直後、司令部からの連絡で演習中の地上の戦闘機隊と本局の教導隊が所属不明の航空機により襲撃されたことは知った。襲撃により、戦闘機隊は全滅し、教導隊にも死者が出たことも。だから彼女ら救難隊にスクランブルがかかった訳だが、今回のようなコンバット・レスキューはJS事変以来である。平和を取り戻したミッドチルダにおいて、誰が今更、何を企んでいるのか。
そこまで考えて、スバルは思考を振り払った。視界の中、青一色の海の上でぽつんと戦闘機の翼と思しき残骸が浮かんでいる。その残骸に必死に捕まっているのは、地上本部所属のパイロットだ。脱出に成功したはいいが、単座機のF/A-18Cでは励ましあう仲間が存在せず、たった一人で孤独と死への恐怖と戦わねばならなかったのだろう。

「助けに来ました、しっかり!」

ウイングロードの行く先をパイロットに向けて、スバルは高速降下。要救助者の元に辿り着いた彼女は、残骸からパイロットを引き離す。
助け出されたパイロットは疲れきった表情を浮かべていたが、どうにか口は動いていた。そこからかすかに「ありがとう」と言う言葉を聞き、スバルはパイロットを勇気付けるように笑みを浮かべる。

「ヒーロー02、こちらメディック――要救助者確保、意識あります。外傷特に見当たらず、回収願います!」
「ヒーロー02、了解。ただちに急行する、オーバー」

念話で救難ヘリを呼ぶと、スバルは肩に担いだパイロットがうわ言のように何かを繰り返し呟いていることに気付く。何だろう?と怪訝な表情を浮かべて、彼女は聴覚に意識を集中させた。

「すぐ司令部に……司令部に、伝えてくれ。右……右旋回、アイツの癖なんだ……」

右旋回? アイツの癖?
スバルには、パイロットの言っている言葉の意味が、さっぱり分からなかった。


撃墜された戦闘機八機。パイロット七名戦死。教導隊所属の魔導師四名戦死。救難活動に当たった航空機一二機。戦闘機隊の生存者一名。
ただの数字も言葉がつけば、非常に重苦しい結果をもたらす。報告書を眺めていた若きパイロット兼執務官補佐は、その事実を思い知らされていた。堅苦しく面白みのない文章の向こうに、尊い犠牲者の存在があると思えば尚更だ。
いつもはツインテールにしている鮮やかな橙色の髪を下ろし、今回は飛行服を脱いで、黒の執務官補佐の制服を纏ったティアナ。最近戦闘機の操縦桿を握っていることが多いが、自分が執務官補佐であることを忘れた訳ではない。だからこうして左手に報告書、右手に端末のキーボードの二刀流なんて真似もやっている。

「……"フェンリア"の持ち主の犯行でしょうか?」

執務室の机の向こう、宙に浮かぶ端末のディスプレイを見ながら思案顔の執務官に問いかける。
執務官――フェイトは紅い瞳に金髪で彩られた顔を傾げ、ティアナの問いに悩んだような表情を見せた。

「どうだろう。"フェンリア"の持ち主の犯行にしては、やり方が一八〇度違うんだよね」

白い指をキーボードの上で躍らせて、フェイトはディスプレイに管理局が鹵獲した透明戦闘機"フェンリア"の現在の状況を表示させる。ティアナはディスプレイを覗き込み、胸のうちでうわぁ、と驚いたような声を上げた。調査の手が入った"フェンリア"は、厳重にワイヤーでがっちり動かないよう固定されていた。まるで蜘蛛の巣に引っかかった虫のような姿、無人機とはいえティアナはひどく哀れに見えた。

「まぁ確かに、"フェンリア"らしくないやり方ですけど」

解体調査中の姿もそうだったが、今回は以前にも増して哀れな姿になった囚われの狼。ティアナは思いを胸の奥に隠して、フェイトの言葉に同意する。
"フェンリア"は多発するパイロットの失踪、行方不明事件の有力な手がかりだった。機体全体に散りばめられた超小型のカメラが周囲の風景を捉え、それを全面に投影する。これで透明と化した狼は誰に気取られることもなく、訓練などで単独飛行中のパイロットを管理局、民間問わず連れ去って行ったと考えられている。
あくまでも目立たぬようにひっそりと飛び、パイロットを連れ去る"フェンリア"に比べ、今回演習中の戦闘機隊と教導隊を襲ったラファールの編隊の行動はあまりに対照的であった。堂々とレーダーに映り、戦闘機隊を全機撃墜。脱出に成功した一名を除き、パイロットは全員死亡または行方不明。捜索は続いているが、遺体は機体もろとも木っ端微塵になっただろうからまず見つかるまい。
ただ、と前置きした上でティアナは上官に口を開く。

「――例えば、報復ってことは考えられませんか?」
「報復? つまり、"フェンリア"を捕獲されたことに対する……」

こくり。頷く部下に、執務官は思案顔。
確かに、"フェンリア"の持ち主にしてみれば管理局の行動は憎たらしいことこの上ないに違いない。自分たちの計画を邪魔された挙句、道具を取られて勝手に解体までさせられているのだから。もっとも誘拐と言う行為を行っているのだから、逆恨みと言う他ないが。

「じゃあ、ひょっとして」

何かを思い出し、フェイトは再びキーボードを叩く。半透明のディスプレイに表示されるのは、今回の襲撃事件に関わった管理局員たちの報告書。SECRET、と付け加えられていることから、おそらく補佐のティアナでは本来見る資格のないものなのだろう。
フェイトの手で反転させられたディスプレイ、ティアナは礼を言って報告書の内容を食い入るように読んだ。そのうち顔に宿るのは、疑念と言う名の表情。

「敵機の動きが人間臭かった?」
「そう。報告書にもあるけど、離れたと思わせてしっかり連携取ってたり、こっちのフェイントを先読みしたり、被弾してるのに自ら体当たりしてきたり……一番人間っぽい行
動は、下にある項目のやつだね」

フェイトに言われて、ティアナはディスプレイに映る報告書をスクロールさせていく。食い入るように、ブラウン管とも液晶とも違う画面を見ていた少女の横顔に大きな変化があったのは、スクロールが一番下に到達してしばらくの出来事だった。
操縦桿を握るようになってから、いろいろ分かったことがある。例えば、敵機を目の前にした戦闘機が脚を下げると言うのはすなわち、敵意がないことを示している。戦うためだけに作られた無人機が、それをやった。報告書に記されていた内容がとても事実とは思えず、ティアナは上官に振り返る。

「これは……本当なんですか? だって、脚を下げるってことは――」
「その辺りは、ティアナの方が詳しいだろうね。でも、紛れもない事実なんだよ」

フェイトの回答に、ティアナは頭を抱えそうになった。無人機としてあり得ない行動を、無人機がやった。この行動にいかなる意味があるのか、彼女には見当がつかなかった。
整った顔立ちに苦悩の表情を浮かべる部下に、フェイトは私の勘なんだけど、と前置きした上で口を開く。

「もしこれがティアナの言うとおり、一連の失踪事件の首謀者による報復なら――彼らは、連れ去った人たちを使ってるんじゃないかな」

えぇ?と突拍子もないことを言い出すフェイトに、ティアナは顔を上げた。
"フェンリア"が連れ去ったとされる人々は、みんなパイロットばかり。今回襲撃してきたのは戦闘機。戦闘機を飛ばすには、パイロットがいる。だが、襲撃者の機体からは生命反応が出ていない。そのことは、他ならぬフェイトが知っているはずなのだ。だからティアナは問う、何故そう考えるんです?と。

「直接乗り込んで操縦しなくても、例えば遠隔操作って手もある。実際、"フェンリア"にはデータリンク用の通信システムもあったって言う報告も届いてる。どこと通信のやり
取りをしていたかまでは、さすがに分からなかったけど――」
「……パイロットたちは、誘拐された先で協力を強いられている?」
「もしくは洗脳でもされたとかね。言葉巧みに誘惑したり、薬物投与の可能性もある」

なるほど、どこかで人間が操作しているならば無人機の"人間臭い"機動も理解できる。遠隔操作で脚を下ろす、と言うのまではさすがに理解しかねるが。

「"フェンリア"みたいに捕獲出来たらよかったんですけどね、その無人機」

捕獲して、バラして、中身を見て。親指、人差し指、中指の順番で指を立て、ティアナは捕獲後の無人機の行方を呟く。
あいにく、襲撃者の機体は全て撃墜されてしまっていた。残骸だけでもと海中に没した機体を回収すべく部隊が動いているらしいが、果たして塩水に浸った撃墜機に重要なデータと言えるものは残っているのだろうか。

「……行き詰っちゃったね」

キーボードを叩き、フェイトは展開していたディスプレイを閉じた。"フェンリア"から得られる情報はICチップ一枚に至るまで搾り取ったが、今後の捜査で進展が得られそうなも
のはすでに無し。今回の襲撃犯にしたところで、レーダー上にいきなり現れて挙句全て木っ端微塵に撃墜してしまったのだから、現状得られる情報も無し。
何をするにも情報が無ければどうにもならない。今更ながら突きつけられた現実に二人が頭を抱えているその時だった。

「ん……フェイトさん、通信入ってますよ?」
「あれ、本当だ」

フェイトの端末にある赤いランプが、いつの間にか短い感覚で鳴る高音と共に点滅していた。同じ本局内から、ローカルエリアネットワークを通じて音声通信が入ってきている。
慌ててフェイトはキーボードに手を伸ばし、回線オープン。途端に半透明のディスプレイが二人の目の前に現れて、聞き覚えのある独特のイントネーションが執務室に響く。

「おっ久しぶりー。元気やったかなぁ、フェイトちゃん? ティアナ?」
「八神隊長?」
「はやて?」

能天気な関西弁に、能天気な笑顔。されど、権謀術に関してはかつてはチビ狸とも評されたこともある。八神はやて二佐、かつての機動六課の部隊長である。
いきなり通信を送ってきたはやては、ディスプレイの中を飛び越えんばかりにじっと執務官とその補佐を見る。具体的には、制服に包まれたその身体を。
う、とティアナは背筋の方からゾゾゾッと悪寒がやって来るのを感じた。何だろう、この感じ。まるで裸体を至近距離でマジマジと観察されているような、とにかく不愉快な感覚。
ちらっと視線を下げれば、フェイトの方も同じらしく、ぶるっと肩を震わせ妙にそわそわしていた。原因など分かりきっている、画面の向こうのチビ狸だ。

「ほうほう――二人とも、相変わらずええスタイル維持しとるなぁ」
「ティアナ、切っていいよねこのセクハラ通信」
「やっちゃいましょう、ついでに禁止設定で発信源も特定してセクハラ相談室に連絡を」
「わー、わー! ほんの冗談やて!」

割と真剣な表情でキーボードに指をかけた執務官と通報の準備をする補佐官を目の当たりにして、チビ狸はディスプレイから出てきそうな勢いで食いかかってきた。
とりあえずディスプレイに手を伸ばして狸が出てこないことを確認し、「で、用件は」とフェイトとティアナは口を揃えて言い放つ。

「う、うぅ。かつての部下と何ヶ月かぶりの再会やと言うのに、なんて扱いや」

ヨヨヨ、と芝居たっぷりに泣き崩れてみせるはやて。ディスプレイの奥で白衣を着た金髪の女性が「ほらほらはやてちゃん、嘘泣きしないの」と突っ込んできたが、当のはやては忠告を無視して引き続き目の幅いっぱい分の涙をぶわーっと流し続けていた。

「どこの目薬使ってんですかねぇ、あれ」
「うーん、はやてのことだからコネを使って色んな次元世界から取り寄せたんじゃないかなぁ」
「ちょ、ちょっと二人ともそれ洒落にならんで!? 私をなんやと思っとるんや!?」

はやては結構本気で怒ったような表情を見せたので、二人はそろそろやめておいた。あまりおちょくり続けて、本題を忘れられては話にならない。
そのはやてはと言えば、どこかまだ少し不機嫌そうな表情を露にしつつも、一度咳払いして本題に入る。

「ゴホンッ……ええと。まぁ、二人とも元気そうで何よりやな。どや、仕事の調子は?」
「あんまり良くない――かな」

苦笑いを浮かべて、フェイトはティアナに同意を求めるようにして顔を向けた。異議があるはずもなく、ティアナも苦笑い。
二人の苦笑いを見たはやてはそうかそうか、と頷くと、手元にあった自分の端末のキーボードを叩く。直後、フェイトたちのディスプレイに何かのファイルが送られてきた。

「はやて、これは?」
「んーとな、頑張ってる二人に八神捜査官からのプレゼント。そっちが担当しとるのとは別件やと思っとたんやけど、どうもそういう雰囲気ではなさそうなんよ」

はやての言葉に怪訝な表情を浮かべながら、執務官はキーボードを叩いて送られてきたファイルを開く。盗難、盗聴防止用に暗号化されたそれを専用ツールで平文に戻すと、ファイルのタイトルが明らかになった――「R資金の捜索」と銘打たれていた。
はやて、これは? そう言おうとフェイトが顔を上げた瞬間、先に口を開いたのはそのはやて。

「さて問題や。航空機の燃料、弾薬、整備用部品、それらを取り扱う人の糧食、これらを調達するのにどうしても必要不可欠なもんがある。何やと思う?」
「……資金、ですか」
「正解や、ティアナ」

頷くはやては、言葉を続けた。
曰く、JS事変終結後に、首謀者ジェイル・スカリエッティがあれだけの軍事行動を取れたのは何故かと言う疑問が本局内で起きた。
曰く、調査の結果、事変で地上本部もろとも自爆し、現在は英雄と称えられるレジアス・ゲイズ中将が資金提供を行っていたことが判明した。
曰く、事変後の地上本部との間に出来た密接な関係を崩したくない本局はこの件を極秘事項とし、同時にスカリエッティに提供された資金、通称R資金の多くが依然として回収されていないため、これらの行方を調査、発見次第回収することとした。

「名目上は、テロリストの資金源調査なんやけどね。その中で、どうにもきな臭いのが一件あったんや――」

はやての言葉を聞きながら、フェイトはキーボードを叩いてファイルの中身を一字一句逃さず目を通していく。同じようにティアナもディスプレイに目を走らせる。ほぼ同時に、二人ははやての言う"きな臭い一件"を見つけた。
ミッドチルダ北部にあるダム。山中深くにあるそこは自動化が進み、配置されている人員も最低限のものだ。そのはずなのに、最近になってから食料調達の値が増えている。整備用部品や燃料、その他にも通常ダムでは使わない物品が、運び込まれているのだ。

「……ティアナ、シャーリーに至急連絡して。"フェンリア"の燃料とか、製造場所が特定できないかどうか」
「了解。ついでに地上に掛け合ってみます、ダムの周囲に滑走路として利用できるものがないかとか――確認しますけど、ダムの名前は?」

ティアナの問いで、フェイトはディスプレイに向き直る。画面をスクロールさせて、ダムの名前を彼女は口ずさんだ。

「アヴァロン――アヴァロン・ダムだよ」


薄暗い地下室。ごうごうと頭上で響くのは放水の音か。大して気にした様子は見せず、飛行服を着た男が部下の科学者と思しき白衣の男たちを連れて歩いていた。
飛行服の男は科学者たちが読み上げる研究結果の報告に耳を傾けつつ、視線を周囲に走らせていた。
――計画したのは確かに我々だが、これを見てなんとも思わんのか。どうも科学者連中と言うのは人と変わったところがある。
男の見た地下室に広がる風景は、まさに異様と言えた。五〇メートル四方はありそうな空間を、ずらっと並んだ自分と同じ飛行服の男たちが椅子に座らされていた。彼らはその全てが首の後ろに何本も用途不明なケーブルを繋げており、それらは天井に向かってどこかに伸びていた。にも関わらず、どいつもこいつも顔に浮かべるのは幸せそうな寝顔。

「すでにお伝えしましたが、パイロットたちはレム睡眠の状態にしています。こちらから電気信号を送り、本人にとって一番心地よい"夢"を見せているのです。これは精神状態を安定にすることで、データのダウンロードを円滑に行うための処置であり――」
「ダウンロード済みの者についてですが、どうやら個人の性格や癖が大きく機動に現れてしまうようです。先日も、右旋回を繰り返す者や脚を下げて降伏しようとした機体がありました。現在問題点を修正すべく、薬物投与を検討中で――」

科学者の言葉に適当に相槌を打ちながら、飛行服の男は進む。進みながら、静かに眠るパイロットたちに胸のうちで声をかけた。
すまんが、諸君らの命を使わせて頂く。悲しむことはない、苦しむことも無い。諸君らの命は、我が栄光ある祖国を討った仇敵への正義の鉄槌となるのだ。光栄に思ってくれ。
返事は、無論ない。男は理論はよく分からないが科学者たちから研究がうまく行っていることを聞き、ほくそ笑みながら地下室の奥、一際厳重に封鎖された扉の前に立った。
男は問う。彼の状況は?と。科学者たちは、男が扉の向こうにいるパイロットのことを言っているのだと気付き、手にしていたファイルの現状報告を読み上げる。

「データのダウンロードは順調ですが、まだ時間がかかりそうです。情報量が半端じゃない――彼ほどのパイロットにもなれば、どうしても手間がかかるのです」

ふん、と報告を聞いた男は鼻を鳴らす。いいだろう、そのまま続けろと科学者に命令したところで、地下室の奥から今度は軍服を着た部下らしき者が息を切らしてやって来た。

「どうした、何があったんだ?」
「管理局に、ここがバレた可能性が出てきました。調査の手が、迫ってます」

何、と科学者たちが表情を曲げた。ただ一人、飛行服の男だけが予想の範疇の出来事だと冷静に受け流し、歩き出す。目指すは同じ地下の司令室だ。
フェンリアはゼネラル・リソースの同志たちから提供された貴重な試作機だった。それを、奴らは捕獲した。報復の意味を込めて早速無人機のラファールを送りつけたが、どうやら逆に怒らせてしまったらしい。
まずかったかな、と男は思う。オーシアの秘密警察に追われるのを懸念し、カプチェンコが遺した時空転移装置なるものを使ってこちらにやって来たのだが、結局こちらでも追われる身とな
ってしまいそうだ。

「まぁ、いい……」

しかし、男は笑う。
ゼネラル・リソースの同志たちが提供した試作機はまだある。あれに彼が乗れば、もう何者であっても倒せまい。それまで持てば、管理局でもオーシアでも、一度にまとめて潰してくれる。
それにしても――古代ベルカの遺産、エレクトロスフィアと言ったか? 便利なものだ、同じベルカの名を持つ者としてありがたく使わせてもらうとしよう。
全ては祖国、ベルカ公国のために。




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最終更新:2009年07月06日 21:59